契約婚のお飾り妻。
「これは契約婚だ。私が君を愛することはない」
形ばかりの披露宴が終わった後、自分と旦那様だけがいた控室で、エーリカは婚姻を結んだばっかりの旦那様、ジークハルトからそんな言葉を浴びせられた。
この縁談が決まってから今まで自分の顔なんか見ようともしなかったジークハルト。
挨拶をしてもプイッと横を向いてしまいまともに顔もみようとしない彼に呆れていたエーリカは、こんな言葉を吐かれても我慢をしなきゃいけない今の境遇に、情けなさにも悲しくなった。
それでも。
込み上げてきた悲しみも、怒りも、表に出さないように我慢して。
「承知いたしました」
と、そう一言だけ口にすると頭を下げる。
宴も終わり案内された寝室は、ジークハルトの執務室の隣。本当だったら夫婦の寝室になる場所だった。しかしどうやら彼は執務室を挟んで反対側、以前から使っている私室で寝起きする様子。
執務室とこの寝室を繋いでいた扉のこちら側は大きめなチェストで隠されか弱い女性の力では開けることは叶わない状態だった。
元々貧乏男爵家に生を受けたエーリカ。
バークレー男爵家の四女として生まれた彼女は貴族院初等科を卒業後すぐ伯爵家の侍女として働きに出ていた。
貴族院とは貴族の子女がその魔法の才を鍛錬しつつ、社交一般を学ぶためにある。
通常であればそうして十五歳で卒業するまでに同年代の貴族同士の社交の経験を積み、友情や恋愛、そんな人生経験を学ぶ場所でもあったそこ、貴族院。
政略結婚が当たり前な貴族同士の婚姻にあっても、そうした貴族院での恋愛によって結ばれる関係がないでもない。
それが家同士の利となるならば、そうした恋愛事情を通じて正式に婚約、婚姻することも多々あったのだ。
そんな貴族院を初等科のみ、十二歳で終え働きに出たエーリカにとって、もう普通の縁談など期待するべくもなく、と諦めていたはずだった。