ランベルト子爵。
「やぁ、エーリカさん。ちゃんと寝たかい?」
ワゴンを押してジークの部屋にあと少しというところで、フォンブラウン侯爵にそう声をかけられた。隣の男性は薬師なのだろうか。年配のその男性、黒い魔導服に身を包み、顎まで白い髭に覆われていかにも魔導師然としている。
「あ、わたくしは……」
寝ていない、とは言い辛く口籠る。
「うーん、その様子だとあまり寝ていなさそうだね。きっと一晩中ジークハルトの看病をしてくれてたんだろう? ありがとう。お陰で熱もひいていたからもう大丈夫そうだよ。こちらはジークハルトの上司で薬学にも詳しく、薬師の資格もあるランベルト子爵だ。昨夜の様子を心配してくれてたのもあって、本日の仕事を休む旨連絡を入れたらそれを聞いて朝一番で駆けつけてくれたのだよ。薬も処方してくれたからね、もう心配はいらないよ」
そうさわやかな笑顔で話す侯爵。
「こちらは、ジークハルト君の専属メイド? ですかな?」
エーリカの服装を見てそう判断したランベルト子爵、少し不思議そうな表情で侯爵に尋ねる。
(そうよね、そう思って当然よね)
あまり深く気にしていないエーリカに対して、侯爵が慌てて訂正をいれた。
「いや、この子はうちの嫁だよ。ジークハルトの妻、エーリカだ。訳あって今はメイドの格好をしているが」
「なんと! ジークハルト君の奥方でしたか。それはそれは失礼致しました。しかし、聞いていた話と違いますな」
(え?)
「どのような話を聞いていらっしゃたのでしょう?」
思わず、そう声に出ていたエーリカ。ジークが上司に自分の事をどんなふうに話しているのか、気になって。
「なに、奥方とはあまり会話もないのだと、そんな内容でしたかな……」
(ああ。やっぱり……)
少し高揚していた気分も落ちていく。
やはり。
上司にそんな事を言うくらい、彼は自分のことが嫌いなのだ。
いや、嫌ってくれているならまだマシ。視界にさえ入れて貰えていないのだ。そう感じて。
「昨夜も、かなり体調が悪く無理をしているようだったのでね、『君も新婚なのだから無理しないで早く帰りなよ。奥方も淋しがるだろう?』と声をかけたんだが、『あれは俺のことなんて気にもしませんよ』なんて言うからね、心配してたんだよ。しかしそんな奥方が朝まで看病してくれたとは。心配して野暮だったかね」
そう笑うランベルト子爵。
「すみません。子爵様。わたくしが看病していたという事は、どうかジーク様には内緒にしていただけませんか? それと、こんなふうにメイドの格好をしている事も」
少し暗めの声で、なんとかそれだけ云うエーリカに。
「何か事情があるのかね。まあ、黙っているのは構わないが……」
「私からもお願いするよ、ランベルト子爵。これはジークハルトの女嫌いを治すためなんだ」
「ええ、侯爵閣下。承知いたしました。そういうことなら」




