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エリカ。

「行くな! エリカ」


 逃げ出そうとした彼女の腕を掴んで引き止める彼、ジークハルト・フォンブラウン。

 その力強い手から逃れようと身体をひねるもかなわなくて、

 黒のメイド服に身を包んだ彼女はジークの懇願するような瞳をキッと睨みつけ、声を荒げた。


「だから、そう思うなら奥様とちゃんと向き合ってくださいませ!」


「いや、他の女なんて皆同じだろう。誰もかれも俺の地位と金に興味があるだけで。そんな薄汚いやつの子なんかいらない。あいつだって結局は一緒だろう。地位や金に釣られて俺の妻の座におさまったんだろうさ。だったら好きにすればいいし、侯爵家なんてなんだったら弟が継げばいいのさ。俺このままは魔法具の研究をしながら自由気ままに生きるんだ」


 ジークがそこまで声に出したところで、彼女の表情が涙で崩れる。


 そのまま、

 バチン!

 と彼の頬を平手でぶつ彼女。

 叩かれた彼よりも、叩いた彼女の手のひらの方が真っ赤に赤くなっていた。


「馬鹿にしないで! 女がみんな地位やお金目当てだなんて思わないでよ! わたくしだって好きでこんなところにきたわけじゃないわ! わたくしのことが気に入らないのならどうぞ離婚に同意してください!」


 そう言って胸元から白い魔法紙を取り出して叩きつける彼女。

 そのままバッと振り返り部屋を出ると、隣の隣、自分の部屋に戻り勢いよくドアを閉めた。



 ♢ ♢ ♢


「なんだ?」


 いきなり平手打ちを喰らってしばらく呆然としてしまったジーク。


 メイドのエリカに恋をして、彼女に告白したら逃げ出そうとしたから思わずその腕を掴んでしまい。

 彼女が自分の契約上の妻の事を持ち出すから、思わず頭に血が上り言わなくていい事まで言ってしまったと思ったところで彼女に叩かれた、訳だけれど。


「泣いてた、な……」


 はたかれた頬はそこまで痛くない。というよりも習慣で、瞬時に治癒魔法を発動してしまったから、痛いと思ったのはほぼ一瞬の出来事だった。


 それよりも。

 投げつけられた白い紙。あれは……。


 寝台に落ちた紙を拾いよくみると、それは離婚申請用の契約魔法紙だった。

 婚姻中の男女がお互いに名前を書き教会に届けることで、それまでの婚姻関係を解消できる、そういう契約書。

 詳しい離婚条件なども記入でき、それを互いに履行させるための契約魔法の書類だった。


 そこにあるのは妻であるエーリカの名前。

 あとはジークが署名し教会に提出するばっかりになっている。って、なっているわけだが――


 って、エーリカ? エーリカ、って、エリカ、か!?


 まさか!!


 エリカは、エーリカだったのか!!?


 騙されていた?

 そんな気持ちより先に、あの微笑ましい彼女の笑顔が目の前に浮かぶ。


 まさかエーリカがメイドのふりをして自分の世話をしてくれていただなんて。


 というか、父も母も、妹だって知っててさせていたんだろう。

 彼女が勝手にそんなこと、出来るわけはないから。


「ああ。俺は妻の顔も覚えていなかったのか……」


 ありえない。

 そう思われても仕方がない。

 そんなふうに自省する。自分自身が情けなくてどうしようもなくて。



「泣いて、いた、な」


 悲しそうに涙を流していた彼女。


 そんな顔、させたかったわけじゃなかった。

 笑っている彼女の顔をもっとみていたかっただけだった。のに。



 夜が更けていく。

 月も星も分厚い雲に隠れ、灯りもない。

 そんな窓に、ポツリポツリと雨粒があたりだし、それは急速に大粒の雨となっていった。



 ■■■■■

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