鏡の中センパイ
「センパイ、ごめんなさい。ごめんなさい」
ずっと泣いているのは、ぼくだった。
ぼくの手が涙で濡れて温いのに、先輩はどんどん冷たくなっていっていく。
「ばぁか」
「死んじゃだめだ」
「なんで死ぬ前提なんだよ」
だって、だって。
その半身が、左顔から肩までの半身が、……もげている。濡れた竹には血とか何かが土と一緒に混じっていて…。
「鏡ねぇか? 」
「……」
「お前、そういうところだぞ。けーさつかんってのは、身だしなみも整えるのも仕事だと思え。ほら、おれのリュックの内ポケットにあるからさ」
リュックにはテッシュとか、笛とか、電池ライトとかといっしょに鏡もあった。
「それを見て見ろ。ほら、俺の顔! どうだ、普通だろ」
「センパイ、グロいよ……あれ、あれ、顔、顔、普通に普通になっている」
「お前、ほんとにちょろいな」
と、げほげほ笑って僕の手の中で崩れていった。
そんな夢を見た。
「なんで朝っぱらから呼んでもないのに来るんだ」
の怒号。
そして、
「あげてしまったら、お茶なんか入れなきゃなんねぇだろうがや! 」
と、湯を沸かすセンパイは普通の寝起きの顔だった。
まあ、普通よりも一段と目つきが悪いのとテンションが落ちているのは、寝起きだからだと思う。
「で? わけを聞こうか」
天気がいいですね。から、山菜取りに行きましょう。とぼくが言って、センパイが「怖いわ」っていうからぼくが「ダイジョウブです、食えるキノコだけ取ればいいのですから、安心ですよ」って大見え切って、「貧乏を舐めないでください。こういうのは慣れているので」といって、出かけて、その日の山でがけ崩れで遭難したという出来事をかいつまんで説明していくと、
「俺はフロイトじゃねぇ! 」
って、のと、「へえぇ、面白いな」が入って行った。
「で、交通手段は」
「えっと」
「センパイのバイクかな? 」
「俺、二人乗り持ってねぇぞ」
「車? 電車? バス? 」
「場所は? 」
「近所だった気がするけど、ほら、山道ってどこもよく似ていて」
「腐葉土も堆石も人が入る山によっては違う、まあ、いいわ。で、次」
センパイはかっこいい。
ぼくが不安な要因をすべてあげてくれる。
ちぐはぐを許さない。
でも鏡の話は面白いと言ってくれた。
「お前の夢で俺がそういうのするのね」と、笑う。
だから、これの今している話すら夢ではないのかと、ぼくが突然泣き出したから、
「右と左で証拠を見せてやる」
と、眉毛と口元を片方だけ歪ませてくれた。
「せんぱーい、そういうのって、普通、ウインクとかの方がいいんじゃないですかぁ」
なんて、いったら、「お前は正常だ、脳に乱れはない、たちの悪い夢は忘れて、二度寝して来い。帰れ」って追い出されそうになった。
「日曜日の朝からうるさいぞ」
と、奥の部屋から女の日との声が聞こえた。
「あ、この前のメギツネだ。なんでここにいるの」
居酒屋で突然彼女つらして腕を組まれた女がいた。
「なによー、顔しかいけていない男が」
「俺のリンゴ。半分食ったの、鏡でごまかしたの誰だ! 」
あれ、だれだっけ。
昨日のこと忘れている。