第49話 二度目の旅立ち
三月十七日の午後。
晴れの日に、僕とおじさんはレイチェル村を出て、いつものように山の麓の森へ木こりの仕事に行くところだ。
僕が村に帰ってきて、妹のミナと一緒にクルクスの町に帰りたいと言い出し、おじさんとおばさんがあと一ヶ月は村にいてくれとお願いされて、僕たちは一ヶ月いると約束した。
その一ヶ月が早いもので、もう残り一週間だ。
そんな中、おじさんとおばさんは、一つ気がかりを抱えている。
例のスライム事件解決で娘のタマモさんが優秀な魔術師、立派な大人だと一度は認め、町に帰る僕とミナに同行することを許したものの、その後冷静になる。
というより心配になった。
タマモだってまだ十五歳(今年十六)。もうすぐ十三歳の僕と十一歳のミナを任せ、本当に子供三人だけでクルクスの町に行かせていいものかと。
人の親であれば、当然の心配だった。
そこでおじさんと僕たちはもう一度相談して、あと最低一人、信頼できる大人を同行させたいということになった。
その人がまだ見つかっていない。
村を聞いて回ったところ、僕たちと同じようにこの村に疎開した人や出稼ぎのために、クルクスの町に帰りたいという人が老若男女問わず十人ばかりいた。
しかし日取りや都合が悪かったり、子供を抱えていくことを嫌がったりと折り合いがつかず、僕たちと一緒に来てくれる同行者がはっきりと決まらないでいる。
このまま見つからなくても約束の日になれば町に行っていいと、おじさんとおばさんは言ってくれた。
二人を安心させてあげるために、僕とミナと娘のタマモさんは同行者を見つけたいと思っている。
村の人を説得するか、となりの集落を探すか。
思わぬ助け舟は、村の外からやって来た。
森から戻った僕とおじさんが、村の入口で集めた薪を運び入れようとしている時だった。
北西の方角から騎兵隊十騎が、村に続く道を通って馬を走らせ、僕たちの方に近づいてきたんだ。
先頭の一騎は、僕が見覚えのある騎士だった。
「どうどう」
僕たちの前で、その女性の人が手綱を引いて乗っていた馬を止める。
後ろの騎士たちも従って、十騎の騎兵隊が僕たちと向かい合う。
突然の訪問に、おじさんは不満を隠さずその人たちに問うた。
「なんですか、あなたたちは?」
「失礼。急ぎの旅ゆえ、どうか馬上からお伺いすることをお許しいただきたい」」
凛々しい女騎士が、先頭の白馬の上から声をかける。
年齢は一見、二十代半ば。
金色の長髪を伸ばし、鋭い瞳に強靭な意志を宿していた。
防具は、胴体と両足に着た板金鎧のみで、両腕は動きやすいよう服を着ている。
剣の腕に相当の自信があるのだろう。腰の帯には、宝剣と呼ぶに相応しい長剣を携えていた。
「村の方とお見受けする。ここはレイチェル村で相違ありませんか?」
「そうです。俺たちのレイチェル村へようこそ。お美しい女騎士殿」
「おう、それはよかった」
僕は、喜ぶこの女の人を知っている。
王国軍にいた頃から、何度も見かけたことがある。彼女の方は、勇者パーティーへの出入りをシリウスに禁じられていたから、僕に気づいていないようだけど。
「そういうあなた方は?」
「これは申し遅れました」
彼女が馬から降り、おじさんと僕に名乗った。
「私は、リゼルネ王国騎士団副団長クラウディア。新女王ソフィア様の命により、王都ルピアヌスからあなたたちにお話があって参りました」
アーニャの一番の仲間。
公爵夫人ソフィア様と娘のアーニャに忠誠を誓った騎士。
獅子王要塞の地下闘技場で、アーニャが僕と話している時、彼女の後ろから「アーニャさまー!」と大声で呼んだ人。
魔王城の祭壇への扉の前で、アーニャが魔王と一騎討ちを繰り広げた時、彼女の後ろで勝利を信じて立っていた女騎士。
聖女になったアーニャを側で支え続けたのがこの人、クラウディアさんだ。
そんな有名人がいきなりやって来て、村は騒ぎになる。
特にタマモさんが、一目見てメロメロになった。
「信じられない……こんなところでクラウディア様に会えるだなんて!」
どうやらクラウディアさんのファンだったらしい。
「タマモお姉ちゃん、あの人のこと知ってるの?」
「なに言ってるの、ミナちゃん。クラウディア様は、王国軍の伝説の一人。”天才剣士”、”聖女様の側近中の側近”、”狙撃の騎士”、”次期剣聖最有力候補”などなど、呼び名や肩書きがたくさんある人なの」
タマモさんが興奮しながら、ミナに言った。
僕にとって最も驚くべきことは――、
「そんなにすごいのに……私やココロちゃんと同じ歳なんだよ! もう憧れるしかないじゃない!!」
そう、クラウディアさんは、タマモさんや姉さんと同じ歳。
悪いかもしれないんだけど……正直全然見えない。
背丈が高く、堂々としているし、大人びている。
村の人たちが教会の中に集まって、クラウディアさんの話を聞いた。
「ここら辺の町や村を回って……クルクスの町へ行きたい者たちを集めている?」
「はい」
司祭様に聞かれ、クラウディアさんが答える。
僕とミナは、話に引きつけられてしまう。
「一年前の四月二日、クルクスの町は魔王軍の襲撃に遭いました。あれからもうすぐ一年。魔王が滅んだ今、町の復興が進み、次の四月二日には慰霊祭も予定されています。村の中にも、町に帰りたい方がいらっしゃるのではありませんか?」
「ええ、います。この村に逃げてきた者、家族を失った者も……」
司祭様が、そう答えた後で微笑んだ。
「なるほど。クラウディア様、話が見えました。あなた方騎士団は、町に帰りたい者たちを帰らせてあげるために、希望する者たちを集めているのですね?」
「そのとおりです」
クラウディアさんが自分たちが何のために来たのか、村の人たちに告げる。
「希望者の集合場所は、ここから東南東に一日行った先にあるヴィーカの宿場町。そこに来た者たちを我々騎士団が一日おきに責任を持って、クルクスの町までお送りしています。私は、女王陛下とこれを発案した辺境伯の命により、そのことを皆さんに伝えに来ました」
村の人たちが喜ばしい声を上げる。
話の中で、”辺境伯の命”と聞いた時だった。
僕は、となりにいたタマモさんが一瞬ドキッとしたのを感じ取る。
理由はわからない。どうしたんだろう。
「無論、町に着いた後も我々騎士団が保護し、慰霊祭が終わった後は元々住んでいたところにまでお帰しします」
「それは素晴らしい。ですがクラウディア様、なぜ女王陛下はそこまでのことを我々にしてくださるのですか?」
「新たな女王としての慈悲です。住んでいた町が一度滅ぼされ、魔王が滅んだ今だからこそ、帰りたがっている民たちがいる。だからこそです」
「話はわかりました。これぞ神のお召しべし。新たなる女王陛下に感謝するといたしましょう」
願ってもない話だ。
クラウディアさんたち騎士団が、町まで連れってってくれるというのだから。
もしかしたらソフィア様とアーニャが僕のために……いや、きっとそうだ。
ルナや先生も手伝ってくれたのかも。
「どうでしょう、レイチェル村の方々。クルクスの町に行きたい方はいらっしゃるでしょうか?」
「ちょっと待ってください、副団長殿」
クラウディアさんの話を、おじさんが止める。
娘と同じ歳の人に、おじさんは怒りの目を向けた。
「ナオヤ・ブルーノです。クルクスの町には私の身内がいました。王国軍に入って、命を落とした者も……。話に聞くに、あなたが従った勇者は、随分とひどい方だったそうではありませんか?」
「事実です。勇者シリウスは、正真正銘の悪党だった。素直に私情を申し上げれば、私自身何度この手で斬り殺してやりたいと思ったことかわからない」
「ならば不敬を承知ではっきり言わせていただく。その勇者と、甥と叔母の関係である女王とその娘の王女は、本当に信用できる方なのですか?」
おじさんの言葉に、他の人たちから「そうだ、そうだー」とも声が上がる。
「王女様は聖女として魔王を打ち倒し、勇者を捕らえ、世界を救ったともっぱらの評判ですが、俺らからすれば、王族内の争いで手柄を奪ったようにしか見えない。副団長殿、女王様と聖女様は命にかえて、俺たちの大事な身内を無事にクルクスの町まで連れてってくれると約束できますか?」
おじさんたちに反抗されるクラウディアさん。
敬愛する主君を疑われて、彼女の内に激しい怒りが沸き立つ。
それを鋼の精神力で抑え込むと、
「御二方に、忠誠を誓った騎士として断言しましょう」
クラウディアさんは、とても礼儀正しく応じてくれた。
「ソフィア様とアーニャ様は、勇者とは全く違う。この世で最も慈悲深き方々だ」
その言葉に、僕は疑いなかった。
「……ですが、所詮私も、あなたたちの言う身内の一人でしょうね」
「そうだな。そのとおりだ」
「ですからナオヤ・ブルーノ殿、勇者のことで私たち女王側が許せないというのであれば、私がやれることは一つだけです」
そう言って、クラウディアさんが姿勢を正し、
「レイチェル村の方々。勇者と王国軍は数々の所業、女王ソフィアの名の下に、リゼルネ王国騎士団副団長クラウディアがここに謝罪いたします」
おじさんたちに頭を下げた。
「我々の力が及ばす申し訳なかった。どうか許してほしい……」
副団長の肩書がつく女性の行いに、村の人たちが戸惑い、どよめく。
おじさんは険しい表情は変えず、一息ついた。
「おじさん」
僕は言った。
「この人を信じよう。大丈夫、ソフィア様とアーニャ様は、きっといい人だよ」
そう、僕はよく知っている。
あの二人が、どんな人なのか。
おじさんが、僕を信じて笑ってくれた。
「そうだな」
「いーや、あたしはまだ納得できないね!」
とおじさんが納得してくれたと思ったら、今度はおばさんが出てきた。
「お前……」
「頭を下げるぐらいなら誰だってできるよ。それで死んだ人が帰ってくるなら誰も苦労はないじゃないか!」
おじさんたちが困る中、クラウディアさんがおばさんに頭を上げる。
「ご婦人、でしたらどうすれば信じていただけるでしょう?」
「そんなの簡単だよ。クラウディアちゃん、あんた、ここでお昼を食ってく時間はあるかい?」
「はあ?」
「あたしの師匠が教えてくれたことさ。その人を信じられるかどうかは、一緒にごはんを食べてみればわかることだってね」
「そういうことでしたら……ぜひ!」
クラウディアさんは、にっこり。
後ろの騎士たちが「副団長!?」と驚くが、聞き耳を持たなかった。
おばさんは喜んで、ここに集まっている村の人たちに呼びかける。
「やるよ、あんたたち。あたしたちが腕によりをかけて、クラウディアちゃんと騎士たちの舌を満足させて、腹一杯にしてやろうじゃないか!」
「まかせて、お母さん!」
タマモさんだけでなく、村の人たちが大いに張り切る。
「私も手伝う〜」
「お願い、ミナちゃん。見ててくださいね、クラウディア様。私たちごちそう作っちゃいますから!」
「おう、期待してるぞ!」
教会前の広場で、クラウディアさんと騎士たちにごちそうが振る舞われた。
「これは……うまい! おいしい!」
クラウディアさんは大満足。彼女一人で、騎士一人の二、三倍は平らげた。
彼女は食べさせてもらったお礼に、その場で、女王様がしてくださったこと、聖女様が成し遂げたこと、自分自身の武勇伝を熱く語り、おばさんとタマモさんと村の人たちを大いに喜ばせる。
「クルクスの町まで、クラウディアちゃんについていきな!」
おばさんは、クラウディアさんがめちゃくちゃ気に入ってしまった。
僕とミナに、満面の笑顔で薦める。
「あたしの目に狂いはないね。あの子はとっても信頼できるよ。うちの嫁に来てほしいぐらいさ」
「だーれと結婚するんだ?」
おじさんがツッコんで、タマモさんと僕を苦笑いさせる。
「とにかくこれで……」
「決まったね」
タマモさんと僕は、うなずき合う。
クルクスの町まで、誰についてきてもらうのか。
騎士団に守ってもらえるなら、おじさんたちも言うことなしだ。
「それではごちそうさまでした。五日後に案内役の騎士をここに送ります」
クラウディアは颯爽と馬に乗り、騎士たちと共に村を出ていく。
「タマモ・ブルーノ!」
その別れ際、彼女は見送る人たちの中にいたタマモさんに声をかけた。
「君の話は、聞いている。君と共に旅ができる日を楽しみにしているぞ!」
走り去っていく騎士たちを、僕たちは手を振って、最後まで見送った。
「聞いた? クラウディア様が私にあんなことを言ってくれるだなんて……」
タマモさんはデレデレだ。僕とミナの前で両方のほっぺたを抑えている。
「よかったね、タマモお姉ちゃん」
「僕も驚いた。タマモさんって本当に有名な魔術師なんだね」
「まあね……大活躍だったんだから」
僕の言葉に――、タマモさんが口を濁す。
予定を二日早めて、あと五日――。
三月二十二日の日に、約束どおり迎えの騎士が馬に乗ってやって来た。
クルクスの町まで行きたいという人は、僕たちを含めて十一人。
準備を終えた僕たち三人は、おじさんとおばさんと家を出て、村の入り口まで一緒に行く。透明化して、フロッティは僕の後ろに、レヴィルはミナの肩の上に。
そこで、お別れする。
おじさんが目を潤わせながら、笑顔で僕に言った。
「父さんに怒りたいなら怒っていいんだぞ。『今まで何してたんだ!?』ってよ」
「言っておく。おじさんの分まで怒鳴り散らしてやるよ」
ミナとおばさんは抱き合って、泣いてしまう。
「ありがとう、おばさん……」
「いつでも帰ってきなよ。ここはもうあんたたちの家なんだからね」
「ぜったい帰る。お父さんと一緒に!」
最後にタマモさんが、両親と長い時間をかけて抱き合った。
「カケルとミナを頼んだ」
「任せて、お父さん」
「がんばっておいで。今度は応援してるからね」
「ありがとう、お母さん……」
タマモさんが、両親と僕たちに約束した。
「待ってて。必ずカケルくんとミナちゃんと一緒に、おじさんを連れて帰ってくるからね……」
僕たちは一緒に行く人たちと共に、村の人たちみんなに手を振られて旅立った。
僕とミナが生まれ育った町、魔王に一度滅ぼされたクルクスの町へ。
慰霊祭と、父さんを探しに。
もちろん誰も死なせない。僕は二人目の勇者だからね。




