第13話 四日目 カーミン
病院の地下に広がっていたのは、暗闇に包まれた牢獄だった。
鉄格子の部屋が奥まで幾重と並び、奥の壁に鎖が繋がれている。
反抗的な患者を閉じ込めておく施設だろうか。
初めはそう思ったが、調べてから考えを改める。
人を閉じ込めておくには、異様に広い。
天井の高さまで、人の背丈の何倍もある。
鉄格子の一本一本が太く頑丈で、囚人の手先すら出せる隙間もない。
決定的なのが、獣臭かったということ。
僕とルナは鴉の隻眼鏡を使って、鉄格子の中を細かく鑑定する。
壁についていたのは、爪で引っ掻いた傷。傷の中には、爪の欠片。
床に落ちていたのは、羽毛や体毛の粉末、排泄物の染みや血の痕まである。
誰かの手によって隅から隅まで洗浄されていたようだが、ほんのわずかばかりな痕跡を、僕たちの《眼》は見逃さなかった。
「この檻に閉じ込められていたのは、人じゃない……獣だ」
「みたいだね。犬、豚、牛、羊、狼に、豹、タカ、フクロウまで……。なんでこんなに集めていたんだろう?」
精神病院の地下に、獣たちの檻?
牢獄の隣には、広そうな部屋があった。餌の倉庫だろうか。
「入ってみる?」
ルナに言われて、その部屋を意識した途端、僕の魔力感知が嫌な気分にさせ、番犬代わりのフロッティが反応する。
僕は無言で鴉の隻眼鏡を右目にかけ、魔力感知、熱源感知、鑑定呪文、フロッティのドラゴンの感覚を全部使って、部屋の中を隅から隅まで徹底的に確かめた。
そして腰に下げていたナイフを、フロッティに手渡す。
その部屋の中はとても広くて、獣の血の跡が生々しく残っていた。
床に台座のようなものが置かれた跡があり、細かい金属片が見つかった。
屠殺場のように、獣が台座の上に乗せられて切られたりされていたんだろうか。
気になったのは、床に散らばっていた紙片とガラスの破片。
上の階の研究室にあったものと同じものだ。
特にヤバいと思ったのは、獣の血に混ざっていた――人の血。
ここで何が行われていたのか。
アサシンの知恵のおかげで、僕は何となくわかってしまった。
「何の研究してたんだろう……」
「もっと詳しく調べてみようよ」
僕とルナは部屋の入口には背を向けて、部屋の中をもっとよく調べ始める。
――入口の左側にある壁が、不気味な静けさで、流れる砂のように崩れ落ちた。
そこから全く音を立てず、両腕の鋏と八本足と尻尾を上下左右に動かしながら、恐ろしい怪物が出てくる。
上半身は、白肌の人間の体。
下半身は、真っ赤な巨大のサソリ。
半人半蠍の怪物。
蠍魔女スカーレット直属の上級戦士シザーズが。
昨日、リーリエタウンの襲撃がなぜ先に知られたのか原因を調べるために、主の命令でここに送られて、病院の外でニコライの手下を殺した奴だ。
その後、僕たちが来たことに気づいて、地面を掘って病院の地下へ侵入した。
この部屋の崩れ落ちていた壁の中に隠れ、じっと息を潜めながら待ち構えていたんだよ。僕とルナを捕らえ、たっぷりいたぶった後で殺すために。
シザーズは足音を立てず、僕たちの背後にゆっくり近づくと、右の大鋏を振り上げて――。
「動くな」
僕は背を向けたまま、命じた。
シザーズが、大鋏を振り上げたまま動かなくなる。
自分の首に後ろからナイフを突きつけられて、動けば命はないと悟ったからだ。
ナイフを手に持って、シザーズの後ろを取ったのは僕のドラゴン、フロッティ。シザーズの首の上に乗っかって、僕のナイフをキラリと煌めかす。
《眼》のおかげで、隠れていたシザーズを見つけることができた。
だから部屋に入る前、フロッティを透明化させて待ち伏せておいたんだ。
僕たちはマスクで覆面をして振り返り、シザーズと向かい合う。
「残念だったな。俺たちには可愛い悪魔がついてるんだよ」
一人称を変えているのは、できるだけ正体を隠すため。
「……ナイフを手にしたドラゴンとはな」
シザーズが強気な態度で笑みを浮かべた。
ルナがシザーズの背後に回って、フロッティと一緒にナイフを突きつける。
「何も話さぬぞ。我等は忠士。我が身を捧げた半人半蝎のこの肉体こそ、その証。何をされようとも決してな!」
「いいや、話してもらう……。ニコライとスカーレットについて」
僕がそう言うと、シザーズの表情が驚きに変わった。
「お前たち……ニコライについて調べに来たのか?」
「そうだ。お前、何か知っているのか?」
「……いいぞ。話してやる」
シザーズが、今度はほくそ笑んだ。
「何も話さないんじゃなかったのか?」
「密偵ニコライについてならば喜んで話そう。スカーレット様のご命令だからな」
「スカーレットの命令?」
「あの方は、世界中の人間たちに広めたいのだ。奴が何をしたのか。三英雄と呼ばれる奴の本性を……。浄化で一人だけ生かすのもそのためだ。勇者と周囲の奴らの隠蔽が、実に忌々しいがな!」
隠蔽工作に証拠隠滅。シリウスのやりそうなことだ。
病院や牢獄がきれいにされていたのはそのためか。
とんだところで、話を聞ける人が見つかった。
「聞かせろ。この病院はなんなんだ? ニコライはなぜこの病院にいたんだ?」
「それは、我等にもわからない。だが五年前、ニコライがこの病院から脱走したことは確かだ。恋人と一緒にな」
「ニコライに……恋人だって?」
「本当だ。ジュディという名の娘だ。何しろ我ら魔族側の世界まで逃げた二人を、村に匿ってあげたのが、まだお優しい奥方であられたスカーレット様と旦那様だったのだから」
「スカーレットが……結婚?」
「子も宿していた。いつまでも幸せに暮らせていたはずだった……」
ニコライに恋人がいて、スカーレットには夫と子供がいたなんて……。
「……ニコライたちを、勇者シリウスが追ってこなければ!」
僕の本当の衝撃は、それを聞いた時だった。
「シリウスが、ニコライを追ってきた!?」
「話をしても無駄だった。奴は勇者の力で、スカーレット様の村を一方的に焼き払った。ただ魔族というだけの理由で」
あいつ……そんな頃から!
「スカーレット様とニコライたちは捕らえられ、広場に引きずり出された……。そしてスカーレット様と奴の恋人の前で……忘れられぬ惨劇が起きた」
「……何が、あったんだ?」
「勇者がそそのかして、ニコライが……旦那さまを喰ったのだ」
「……はっ?」
僕は、耳を疑った。
「口を開けて、こう……ガブリとな!」
ルナも、多分そうだったと思う。
スカーレットが、なぜ虐殺をするようになったのか。
「……喰った?」
「本当さ。その時、私もそこにいたからな」
姉さんを殺された僕は、彼女の気持ちがわかってしまった。
「お腹の子は?」
「……流れた」
「……スカーレットはどうして殺されなかったんだ?」
「来てくださったのだ。魔王ディアギガス様がな」
「……ニコライの顔にある白い火傷は、魔王の白炎によるものか」
「そのとおり。勇者が黄金の魔力で消し止めていなければ、奴はあの場で浄化されていた。当代の魔王と勇者が初めて邂逅した瞬間でもあったのだ……。どうでもいいがな」
僕も、シザーズに同意見だった。
「話はこんなところだ。もっと詳しく聞きたいか。それとも私を殺すか。そうした方が身のためだぞ。私は何度でもお前たちを殺す。たっぷりいたぶった後で」
「黙れ。お前、名前は?」
「……カーミン」
「カーミン。お前を解放してやる。帰って、スカーレットに伝えろ」
「なんと?」
「俺はニコライに追われている。お前のもとにニコライを誘い出してやると」
「……どうやって?」
「知らないのか。ニコライは俺を追って、ここアインズガーデンに来てるんだよ」




