後編 本当の想い
※この作品は『ボイコネライブ大賞』のフォーマットに沿って書いているため、セリフの前にすべてキャラクター名が入ります
一緒にCDショップへ行ってから、はや一か月。
縮み始めていた距離は再び開いてしまったような気がする。
相変わらず毎週金曜日18時、待ち合わせをするわけでもなく二人とも河川敷に向かう。
でも、会話は最低限。流れる空気も気まずいものになってしまっていた。
理由はなんとなくわかっている。
美花『そういえば、一ノ瀬さんってどうしてこういう曲にハマったの?』
この質問が原因だと思う。この後からどこか話しかけづらい雰囲気を出し始めたから。
愛華『私、昔から他人とうまく喋れなくて、その反動で家に引きこもるようになっちゃったの。そのまま現実から逃げるように父親のギターを借りて、いろんな洋楽を弾くうちに聴くようになって……って感じ』
そう言っていた彼女の顔は悲しそうで、どうしても好きなものを語るような感じは一切なかった。
それに、その後にこぼした一言が気になって仕方がない。
愛華『ただ、私にはこれしかないってだけだから――』
美花「『これしかない』ってどういうことなんだろ……?」
私一人の部屋じゃ、誰も答えをくれる人はいない。
でも、私はどうしてもその答えを考えられずにはいられなかった。
◇ ◆ ◆ ◇
美花「ね、寝つけなかった……」
結局、あのままモヤモヤしたままベッドに寝転がっていたけど、そんな状態でちゃんと眠れるはずもなく、ほとんど徹夜状態で登校。
放課後になっても、私のあくびは止まってくれる気配がなかった。
美花「もう一回、ちゃんと話さないと……」
このまま気まずいままなのは嫌だ。
今日こそちゃんと話そう。そう思った矢先の出来事だった――。
いつも通り、愛華の演奏を聴きながら、私は話を切り出すタイミングをうかがっていた。
でも、そこであることに気づいた。
美花「あれ、もしかして一ノ瀬さん、元気ない?」
別にミスが多いとか、そういうすぐわかることじゃない。
ただ、毎週ずっと聴いていた演奏だから、どこかいつもと違う空気を感じとれたのだった。
愛華「……うん、ちょっとね」
手を止めてこっちを見る愛華の表情、声色、すべてが「明らかに様子がおかしい」と訴えかけてくる。
聞きたくない。そう思って話を逸らそうとした瞬間、それよりも前に愛華が口を開いた。
愛華「――私ね、転校しちゃうんだってさ」
頭が真っ白になった。
愛華「なんか親の転勤? とかでさ。もう来月には別の県にいるんだって」
どこか他人事のように話す愛華の言葉も、もう耳に入ってこない。
愛華「だから、もうあと二回ぐらいしか来れないみたい。ごめんね」
今日こそちゃんと話し合おう。そう思って考えていた言葉もすべて頭から抜け落ちて、なにも考えられない。いや、考えたくない。
もう、何も聞きたくない――。
◇ ◆ ◆ ◇
あれから何を喋ったのかも、何を聞いたのかも覚えていない。
ただ、『愛華ともう会えなくなってしまう』。その言葉だけが、何も考えられない空っぽの脳みそにこびりついていた。
美花の母「美花~! 今日も学校行かないの~!?」
扉越しに叫んでくる母の声も無視して、ひとりベッドでうずくまる。
美花の母「もうっ、母さんはもうパートに行くからね! ちゃんと冷蔵庫からご飯出して食べなさいよ~!」
ドタドタと足音が遠ざかったのを確認してから、少しだけ布団の中から顔を出す。
そのままスマホのカメラをインカメラで起動。そこに映った自分の顔を見て、思わず乾いた笑いがこぼれた。
美花「ははっ、ひっどい顔……」
目は腫れて、クマまである。
髪はボサボサ。表情は死んでいる。
美花「はははっ……」
壊れたように笑いながらも、私の心からはぽっかりと穴が空いたような感覚が消えないでいた。
美花「もう、会えないんだ……」
寂しい。悲しい。つらい。不安になる。
色んな感情が心の中で好き勝手に暴れまわって、胸がキュッと締め付けられる。
美花「そっか。もう、私だけの特別な時間は――」
そこまで口に出して、気がつく。
私は、愛華を友だちとして見ていたんじゃない。ただ、みんなとは違う愛華の近くにいることで、私もみんなとは違う『特別』な人間になりたかっただけなんだって。
美花「……最低じゃん、私」
嫌いだ。こんな醜い考えを持つ私のことが。
今すぐにでも消えてなくなりたいぐらいに大嫌い。
でも、私には川に飛び込む覚悟も、ビルから飛び降りる度胸もない。
だから、もうこの部屋から出たくない。誰にも迷惑をかけずに、誰とも関わらずに生きていたい。
美花「ほんと、大っ嫌い……」
誰とも顔を合わせたくない。
あれだけ必死に通っていた河川敷にも、もう行きたくない。
あの声も、あの演奏も、もう二度と聞きたくない。
美花「……いいや、もう会いたくなんてないんだし」
――だって、私のこの醜い本心を見透かされたくないから。
◇ ◆ ◆ ◇
気づけば、私はもう二週間も部屋に引きこもっていた。
いつも通り両親は仕事へ行き、家には自分だけ。
そんなときだった。
美花「……ん、インターホン?」
何か荷物でも届いたんだろうか。
面倒だとは思いながらも部屋を出て、玄関の扉を開けた。
愛華「お、おはよう、佐々木さん」
美花「一ノ瀬、さん……?」
顔を見られたくなくて、急いで扉を閉めそうになる。
愛華「し、閉めないで!」
びっくりして手を止める。
愛華を見ると、今にも泣きだしそうな顔をしていた。
美花「な、なに?」
愛華「いや……今日、引っ越しだから、最後に話したくて……」
そうか、今日はもう引っ越しの日だったんだ。
愛華「で、でも、いざとなったら何を話せばいいのかわからないね」
美花「う、うん……」
気まずい。この場から今すぐに逃げ出したい。
罪悪感に胸が張り裂けそうで、それでもどこか愛華の顔を見られて心が躍っている自分もいる。
美花(どうして私って、こんなに嫌な奴なんだろ……)
なんだか愛華が喋っているような気がするけど、何も頭に入ってこない。
美花「ほんと、嫌だなぁ……」
愛華「え?」
美花「あっ、いやっ……ちがくて……」
一瞬ためらって、でも一度こぼれはじめた本音が勝手に口から流れ出していく。
美花「私のことが嫌いだなって」
愛華「嫌い? どうして……」
美花「私、一ノ瀬さんと友だちになりたくて近づいたんじゃない。ただ、他の人とは違う一ノ瀬さんの近くにいて、『自分はつまらない周りの人たちとは違うんだ』って思うために利用していただけなの」
びっくりして言葉を出せずにいる愛華を見て、少し胸が軽くなる。
美花「ね、軽蔑したでしょ?」
そうだ。軽蔑してくれていい。
むしろ、そっちの方が私も変な期待をしなくて済むから――。
でも、次に見えた彼女の表情は、とても優しい微笑みだった。
愛華「ううん。むしろ、感謝してるよ」
美花「え?」
愛華「実は、私自分が嫌いだったの。他の人と同じことが好きになれない自分が」
美花「一ノ瀬さん……」
そんな悩みがあるなんて、考えたこともなかった。
いつだって私の頭の中は、『普通』への嫌悪感でいっぱいで、『特別』への憧れでいっぱいだったから。
愛華「でも、佐々木さんが『私のギターがかっこいい』って言ってくれて、救われたんだ。だから、利用していたのはお互いさま。最低なのは、私も同じ」
微笑みを崩さないまま、私にそっと何かを手渡してきた。
愛華「前に言ってたから。『私の好きな曲を教えて』って」
美花「あっ……」
手を見ると、カセットテープが握られていた。
愛華「ちゃんと最後まで聴いてね、絶対」
それだけ言い残すと、愛華は「じゃあね」と去っていった。
◇ ◆ ◆ ◇
どうしていいのかわからない。
愛華は転校してしまって、もう会えない。学校は前と同じつまらない息の詰まる場所へ逆戻り。
だからだろうか。私は親の部屋からカセットデッキを引っ張りだして、いつの間にかあの河川敷に来ていた。
美花「なにしてんだろ……」
自分の嫌な部分を吐き出してしまったこと。
愛華も自分と同じように隠した気持ちがあったこと。
支えにしていた愛華が遠くへ行ってしまった喪失感。
胸の中はぐちゃぐちゃで、ずっと心臓が締め付けられているみたいで。
それでも、去り際に残した愛華の言葉だけが、なぜかずっと頭に鮮明に刻まれていた。
美花「これ、どうやって使うんだっけ……?」
なんとなく、昔に親が使っていたのを思い出してカセットを入れて、再生ボタンを押し込む。
美花「あっ、鳴った」
はじめに聞こえてきたのは、聴き慣れたギターの音。
続いて、愛華の歌声が音に乗って流れ出す。
美花「一ノ瀬さん……」
胸がよりいっそう強く締め付けられる。
曲が進むごとに息は荒くなって、喉がはりついて、呼吸が苦しくなる。
痛い。苦しい。悲しい。もう聴きたくない。
耐え切れずに停止ボタンに手が伸びたとき、ふと脳内に愛華の言葉がよみがえってきた。
愛華『ちゃんと最後まで聴いてね、絶対』
手を止める。
美花「……そうだ、ちゃんと最後まで聞かなくちゃ」
カセットテープの入っていたケースには、セットリストが書かれている。
見てみると、残っているのはもうこの一曲だけだ。
美花「つらいなぁ……」
空を見上げて、目を閉じる。
さあ、もう曲も終盤。これさえ聞き終えれば、私はこの苦しみから解放されて――。
そして、演奏が止まった。
美花「はぁ、終わったんだ……。終わっちゃった、んだ……」
うれしいのか、悲しいのか。
今どんな気持ちなのか、自分でもわからない。
でも、どこかモヤモヤした気持ちを抱えながら、そっとカセットデッキに手を伸ばす。
すると、止まったはずのカセットから、また愛華の声が流れ出した。
愛華『最後にもう一曲だけ、聴いてください』
美花「え、さっきので終わりなんじゃ……」
リストを見てみても、やっぱり書いていない。
愛華の呼吸の音が少ししてから聞こえてくるのは、さっきまでと変わってとても聴き慣れた曲。
美花「え、なんで……?」
その曲は、とあるシンガーソングライターが歌っている、自分が嫌いで嫌いで仕方がなかった流行りの曲のひとつ。
『流行り』になんて興味がなかった愛華がそれを歌っている。それをわざわざ『流行り』が嫌いな私に聴かせている。
私にはその意味がわからなかった。
美花「どうして……?」
当てつけ? 嫌がらせ?
色んな負の感情が湧き上がる中、ハッと気づく。
美花「あっ、『昭和の恋愛』……っ!」
最近テレビで見たことだ。
昭和では、カセットテープに録音した音楽の曲名を使ってお互いの気持ちを伝え合うことがあったと。
――そう、この曲の名前は『親愛なる君へ』。
離れていても私たちは友だちだと。そう言われているような気がして。
そんな強い気持ちが乗せられた歌は、今まで私が嫌っていたものと同じ曲だとはまったく思えなくて。
とても綺麗で、力強くて、胸の奥が熱くなって。
私はただ泣いて、哭いて、泣き叫んだ――。
◇ ◆ ◆ ◇
結局、私の二週間の引きこもりという名の逃避行はあっけなく終わって、今は元の何の面白みもない学生生活に逆戻り。
昼休みに流れる曲は、いつも通り聴き飽きるほど聴いた流行りの曲ばかり。
クラス内の会話も流行りのゲームか、動画か、アニメか、ドラマか……。
もちろんそこに愛華はいないし、前は楽しみだった金曜日が来ても退屈なことは変わらない。
でも、そんな私にもひそかな楽しみができた。
美花「~~~~♪」
同級生A「なんか楽しそうだね?」
美花「うん、この曲、私が選んだからね」
同級生A「これって、ひとつ前のドラマの曲だよね? こんなアレンジあったっけ?」
教室のスピーカーから聞こえてくるのは、ギターの音と私の大好きな人の歌声。ただそれだけ。
美花「ううん、これは本人が歌っているんじゃないんだ」
同級生A「ふぅん。でも良いね、この人。綺麗な歌声で」
美花「ふふっ、いいでしょ?」
でも、この歌声が今まで同じクラスにいた彼女のものだと、誰も気づかないだろう。
別に気づいてくれなくてもいい。私だけが知っていれば、それで。
だって、これは――。
美花「――私にとって『特別』な曲だから」
この曲を私に贈ってくれた、今は遠くに行ってしまった彼女を想いながら、目を閉じて、聞こえてくる歌に耳を傾けた。