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前編 『特別』との出会い

※この作品は『ボイコネライブ大賞』のフォーマットに沿って書いているため、セリフの前にすべてキャラクター名が入ります

アナウンサー「さあ、本日のミュージックタイムは『昭和&平成の恋愛と音楽』特集! 昭和世代に聞いたロマンチックな恋愛秘話を一挙ご紹介! さあ、早速いきましょう!」


 夕食時、テレビから聞こえてきたのはそんなアナウンサーの一言だった。


町の人「昭和の恋愛と言えばあれじゃない? カセットテープ!」

インタビュアー「カセットテープ! これはまた昭和ならでは、といったものが出てきましたね」

町の人「そうよ。あの頃は自分の好きな曲をカセットテープに録音してね、それを好きな人に渡すのよ。でもね、それだけじゃないの」

インタビュアー「ほうほう」

町の人「相手には『10曲入れてあるから』って言っておいて、こっそり11曲目にラブソングを入れておくのよ~。で、相手は聞いてくるわけよ。『最後の曲はなに?』って」

インタビュアー「それは確かに気になりますよね」

町の人「そうしたら言うわけよ、『最後の曲が私の気持ちです』って! はぁ~、恥ずかしっ!」


 母と同年代の女性が恥ずかし気に語る昔話を聞き、隣で母も「懐かしいなぁ」と漏らす。


美花の母「こういうの、みんな好きだったわよねぇ」

美花「みんな、ねぇ……」


 私は聞き飽きた言葉にため息をついて、テレビから目を背けた。


     ◇ ◆ ◆ ◇


 私、佐々木美花は『普通』という言葉が大嫌いだ。

 みんな同じ流行りの音楽を聴いて、みんな同じマンガを読んで、みんな同じゲームをして、みんな同じ動画を観て、みんな同じお店に行く。


 ――それが『普通』。


 なんてくだらない。

 この場所にいるのが私じゃなくても成り立つ、誰もがすげ替え可能なありふれた日常に何の意味があるんだろう。


 そんな『普通』の呪いにかかった日々から抜け出したい。

 クラスの会話に混ざろうと必死に流行りのドラマや動画を観漁ることも、クラス内で取り残されないように最新の人気店を調べることも、すべてやめてしまいたい。


 そう思いながらも、私はまだ『普通』の女の子から抜け出せない。

 そんな私が誰よりも嫌いだった。


美花「はぁ、今週も同じ曲ばっかり……」


 放送室の机の上に散乱した紙束を持ち上げて肩をすくめる。


美花「こっちに男性アイドル、こっちに女性アイドル、こっちにドラマの主題歌、でおまけにアニメの主題歌……」


 ひとつずつ目を通して、たまらず紙束を机に叩きつけた。


美花「あぁ~っ! 毎週毎週同じ曲ばっかり! 何が面白いの!」


 私が通う中学校では昼休み中、放送部員が生徒からリクエストされた曲を流している。寄せられるリクエストの中から流す曲を選別するのも放送部員の仕事なのだが、悲しいことに今放送室には私一人。

 ひとりは病欠、ひとりは仮病、ひとりは幽霊部員……とそんな感じだ。


美花「何か目新しい曲でもあればなぁ~……」


 ちょっとした期待を込めてしばらく紙束とにらめっこを続けても、目に入ってくるのは何十回と見た曲名ばかり。


 壁掛けの時計を見ると、もう18時になろうとしている。

 もう諦めて先週と瓜二つのセットリストをつくり、帰ろうとする。そのとき、ひとつの紙が目に飛び込んできた。


美花「ん、なにこれ?」


 そこには、見たことのない外国人らしきアーティストの名前と横文字の曲名が少し丸みを帯びた字で書かれていた。


     ◇ ◆ ◆ ◇


 帰ってからスマホにその曲名を打ち込んでみると、思っていた通りに外国人のアメリカのアーティストが出てきた。


美花「え、80~90年代のアーティストって、私らが生まれる20年も前じゃん……」


 てっきり最近アメリカで流行っている洋楽だと思っていたから、あまりにも予想外だった。


美花「……こんな昔の洋楽を聴く子なんているんだ」


 自分なんて、最近の洋楽だって聴いたことがない。

 女子中学生なんてキラキラしたアイドルの曲ばっかり聴いているものだと思っていたし、実際自分の周りだってそう。

 そんな中、昔の洋楽を聴いている子に、私は興味が湧いてきた。


美花「どんな子がリクエストしてるんだろう? 文字的には女の子っぽいよね……」


 同級生だろうか? 先輩だろうか?

 何の部活に入っているんだろうか? それとも帰宅部?

 想像は膨らむばかりだ。


 こうして、私の『洋楽の人』捜索が始まった――。


 とはいえ、すぐに全校生徒を調べられるはずもない。生徒数は私の学年だけでも100人オーバー。三学年合わせるとなると、もう考えたくもない。


 となれば、まずはクラス内だ。

 試しに昼休み、リクエストのあった洋楽を流してみる。

 だけど……。


同級生A「なに、この曲?」

同級生B「聴いたことないし、なんか古そうじゃない?」

同級生C「どうせ、センセーがリクエストでもしたんじゃない? 趣味わるぅ……」


 うん、だいぶ酷い反応ばっかり。


美花(これじゃ、このクラス内にはいないかなぁ~……)


 周りにバレないようにこっそり教室内を見回すと、珍しい姿が目に入った。


美花(あ、一ノ瀬さん。今日は起きてるんだ)


 教室の端で退屈そうに窓の外を見ている彼女は、いつも眠そうに机に突っ伏している。

 というか、授業以外の時間で起きていることをほとんど見たことがない。


 そのままじっと見ていると、こっちに気づいたようですぐに顔を伏せてしまう。


美花(あっ! もしかしてジロジロ見すぎたかな……?)


 心の中で反省しつつ、次こそは誰か探し出してやろうと意気込んだ。


     ◇ ◆ ◆ ◇


 あれから一か月が経った。


美花「あ~、もうっ! これだけ探してなんで見つからないの~!?」


 イライラが抑えられず、つい大声を出してしまう。

 こういう時は、放送部に入っていてよかったと思う。だって、放送室なら防音がしっかりしていて、大声を出しても外に漏れる心配がない。


 一か月間、様々な方法で『洋楽の人』を探し続けた。


 昼休みにリクエストのあった洋楽を流しては、いろんな教室を巡って反応を窺ってみたり。放課後にリクエストボックスの近くで張り込んでみたり。

 それでも、まったく成果がなかった。


 挙句の果てには――。


美花「もっと『普通』に流行りの曲を流してほしい、かぁ~……」


 今日、昼休みにクラスメイトに言われた言葉を思い出して、ため息が出る。


美花「はぁ、結局見つからないまま終わっちゃうのかぁ……」


 やっと『普通』とは違う何かを見つけられるんじゃないかと思ったのに、また元の生活に逆戻り。

 このまま帰ってしまうと、また興味もないドラマを『みんなが観ているから』という理由だけでチェックしないといけない。


 そう思うと、いつの間にか私の足は家から少し離れた河川敷に向いていた。


美花「……メッセージ? 誰だろ?」


 通知音に震えるスマホを見てみる。


同級生A『昼休みに流す曲、これなんてオススメ!』

同級生A『これね、今やってるドラマの主題歌なんだけど』

同級生A『アイドルのかけるくんが歌ってるの!!』

同級生A『絶対に流してね!!』


 返信することもせず、スマホの画面を閉じる。


美花「はぁ、帰りたくないなぁ……」


 家に帰れば、またあの『普通』に塗り固められた日常に戻らないといけない。

 だからといって、同じドラマを、動画を、音楽をチェックしておかないと、私はクラスで取り残されてしまう。


 結局、今の私にできた精一杯の抵抗は、ただ河川敷の芝生の上に座り込むことだけだった。


美花「せめて、『洋楽の人』だけでも見つけたかったな……」


 薄暗い空を見上げて、今日何度目かわからないため息をつく。


 こうして何分ぐらい過ぎただろうか。

 この無駄な抵抗をやめて家に帰ろうと腰を上げたとき、ちょうど風に吹かれてギターの音がやってきた。


美花「へぇ、こんなところでギターの練習してる人いるんだ」


 音を辿ると、次第に歌声も聞こえてくる。


美花「女の子? すごい綺麗な声……」


 高めのキー。でも、力強い芯のある歌声。

 何の歌を歌っているだとか、ギターや歌の上手さがどれほどだとか、今はそんなことどうでもよかった。


 ――ただ、私はその歌に聞き惚れていた。


美花「……あれ、この曲って」


 音に近づいて、ようやく気付いた。

 聞き覚えがある。そうだ、これは初めて昼休みに洋楽を流したあの日の曲だ。


 これを弾いているのは、どんな人なんだろう?


 興味につられて、ふらふらと音の鳴る方へ。

 すると、そこで見えた少女の背中に私は言葉を失った。


美花「え、一ノ瀬さん……?」


 ギターを弾きながら空に向かって歌う彼女の横顔は、いつもクラスの隅っこで眠そうにしているものとは違っていて。

 まっすぐ空を見据えるその瞳も、透き通るようなその声も、繊細な手つきで奏でられるギターの音色も、そのすべてがどうしようもなく魅力的で、私の心を鷲づかみにして。



美花「……かっこいい」


 日が暮れて彼女が歌うのをやめるまで、私はその場から一歩たりとも動けなかった。

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