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キャバリア・スラップスティック  作者: シベリウスP
マジツエー帝国編
98/153

Tournament98 A bandit hunting:part3(山賊を狩ろう!その3)

マジツエー帝国の領土を蚕食し始めたフェンは、山賊たちを支配下に入れて軍事行動を激化させようと目論んでいた。

その頃、ジンたち『騎士団』は、その動きに『組織』が絡んでいることを確信し……。

【主な登場人物紹介】

■ドッカーノ村騎士団

♤ジン・ライム 17歳 ドッカーノ村騎士団の団長。典型的『鈍感系思わせぶり主人公』だったが、旅が彼を成長させている。いろんな人から好かれる『伝説の英雄』候補。


♤ワイン・レッド 18歳 ジンの幼馴染みでエルフ族。結構チャラい。水の槍使いで博学多才、智謀に長ける。お金と女性が大好きな『やるときはやる男』


♡シェリー・シュガー 18歳 ジンの幼馴染みでシルフの短剣使い。弓も使って長距離戦も受け持つ。ジン大好きっ子だが報われない『負けフラグヒロイン』


♡ラム・レーズン 18歳 ユニコーン族の娘で『伝説の英雄』を探す旅の途中、ジンのいる村に来た。魔力も強いし長剣の名手。シェリーのライバルである『正統派ヒロイン』


♡ウォーラ・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造った自律的魔人形エランドール。ジンの魔力マナで再起動し、彼に献身的に仕える『メイドなヒロイン』


♡チャチャ・フォーク 14歳 マーターギ村出身の凄腕狙撃手。謎の組織から母を殺され、事件に関わったジンの騎士団に入団する。シェリーが大好きな『百合っ子ヒロイン』


♡ジンジャー・エイル 21歳 他の騎士団に所属していたが、ある事件でジンにほれ込んで移籍してきた不思議な女性。闇の魔術に優れた『ダークホースヒロイン』


♡ガイア・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造ったエランドールでウォーラの姉。『組織』に使われていたがメロンによって捕らえられ、『騎士団』に入ることとなった。


♡メロン・ソーダ 年齢不詳 元は木々の精霊王だがその地位を剥奪された。『魔族の祖』といわれるアルケー・クロウの関係者で、彼を追っている。


♡エレーナ・ライム(賢者スナイプ)27歳 四方賢者として『賢者会議』の一員だった才媛。ジンの叔母?に当たり、四方賢者を辞して『騎士団』に加わった『禁断のヒロイン』


♡レイラ・コパック 17歳 内向的な性格で人付き合いが苦手だが博識。『氷魔法』を持っているため、賢者スナイプのスカウトで騎士団に加わった『ギャップ萌えヒロイン』


     ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


 なぜ『風の宝玉の欠片』が、カイ船長の家にあったんだろう?

 僕は、ふわふわとした感覚の中、そのことが妙に気になっていた。だって、カイ船長の両親は、元は山賊だ。後にお母様が、生き残った手下たちを連れて結社的な集団を組織したが、やはり魔王や『伝説の英雄』、『魔王の降臨』とは何のゆかりもない。


(『風の宝玉の欠片』は、どこにでも転がっているようなものではない。それなのにカイ船長は、少なくとも『風の宝玉の欠片』が特別なものだって分かっていた)


 僕の意識は、知らない間に別の世界に迷い込んでいたのかもしれない。だって、目の前には、明らかに若き日のカイ船長とカノンさんがいて、二人は生まれたばかりの赤ん坊を愛おしそうに眺めていたから。


 すると、30代後半と思われる女性がドアを開けて入って来て、二人に問いかけた。


「カイ、カノンさん、これからどうする気だい? 二人とも船員の訓練学校はまだ卒業していないんだろう?」


 するとカイ船長は、決心したように答える。


「俺は学校を辞めて働くよ。お袋の農園で使っちゃくれないか?」


 すると、カノンさんは慌ててカイ船長に言う。


「え!? そんな話聞いてないよカイ。あんた言ってたじゃない、『船乗りは俺の天職だ』って。あたいこそ、学校辞めて働くから、あんたは自分の夢を追いかけなよ? いつかあんたが船長さんになったら、あたいも楽させてもらうから」


 言い合う二人を、苦々しい顔で聞いていた女性は、話に割って入った。


「二人とも、先のことを考えもせずに子どもを作ったの!? カイ、あなたには失望したわ。そんな考えなしな子に育てた覚えはないんだけど」


 黙り込む二人に、女性は静かに諭す。


「カイもカノンさんも、船員学校に入ったばかりじゃないの。技術もない人間を雇ってくれるほど、世の中は甘くはないのよ?

 まずは船員学校でも何でも、ちゃんと卒業して、将来の見通しを立てるのが先よ。そのくらいのことは、二人とも解るわよね?」


 何も言えずにうなずく二人だったが、


「でも、この子は……俺たちの子はどうすればいいんだ?」

 ピシャッ!


 カイ船長が情けない顔でそう言うと、女性はカイ船長の頬に平手打ちを食わせ、


「今のあなたたちが、子どもを育てられる環境にいると思っているの? 子どもには罪はないのよ?」


 そう決めつけて、


「この子の名は?」


 きつい口調でカイ船長に訊く。カイ船長は反射的に、


「パ、パンジーだ。カノンが好きな花だっていうから」


「そう、かわいい名前ね? では、パンジーは私が育てます」


 そうはっきりと言った。


「え?」「でも……」


「その間に、あなたたちはこの子を引き取れるよう精進なさい。何も絶対会わせないというわけじゃないから。カノンさんはいつでも会いにおいで」


 優しく微笑んで言う女性に、カノンさんは涙を流しながら、


「あ、ありがとうございます」


 そう言って、赤子の頬を撫でる。


「カイ、当分の間、あなたはこの子の兄ってことにしておくわ。カノンさんはカイの恋人……それでいいわね?」


 女性の言葉にうなずく二人だったが、女性は子どもをまじまじと見てハッとしたように目を見開いた。


「……この子は何かの運命を背負って生まれてきているわ。そしてその運命を邪魔しようと、呪いをかけられている……」


 そうつぶやく。カイは、女性の言葉に顔色を変えた。


「お袋、お袋は確か魔法が使えたよな!? 本当にこの子に呪いが?」


 カノンも、心配そうな顔で、子どもをぎゅっと胸に抱きしめる。


「……安心しなさい。こういう時こそ、()()が役に立つかも……」


 女性はそう言うと、急いで奥の部屋に引っ込み、何か翠色で角ばった宝石のようなものを持ってきて、赤ん坊の胸の上に置いた。


 するとその宝玉は、淡い翠の光を放つ。その光に引きずられるかのように、赤ん坊から一筋の黒い煙が立ち上り、消えた。


「……これで大丈夫よ。魔導士サン・ライムの孫に呪いをかけるなんて、ずいぶんと度胸があるわね」


 女性が言うと、カイ船長は


「……お袋、その石は?」


 そう訊く。魔導士サンは、宝玉を赤ん坊の胸から取り上げて、


「これは風の精霊王ウェンディ様が、魔王を倒すために隻眼の大賢人スリング様に与えたと言われる『風の宝玉』の一部分よ。


 あなたのお父様がヒーロイ大陸でヤンチャしていた頃、襲ったキャラバンに『賢者会議』の事務方がいたみたいで、これを手に入れたの。


 私はいつかお父様が捕まって、山賊団が窮地に陥った時、『賢者会議』を使ってその危機を乗り越えるつもりで持っていたわけ」


 そう、『風の宝玉の欠片』の由来を話すと、


「でもいつか、勇者マイティ・クロウか、その後を継ぐ者が現れたら、今度は必ずその手にお返ししなきゃいけないわ。カイも、カノンさんも、そのことだけは忘れないでね?」



「……さん……ジンさん、大丈夫ですか!?」


 柔らかい声が聞こえる。そして髪を撫でる優しい手のぬくもりが、僕の意識を次第にはっきりとしたものにしていく。


「パンジー……」


 僕のつぶやきに、髪を撫でる手がビクッと震える。それで僕は目を開けた。目の前には青を基調とし、黄色と黒をアクセントにした服が見え、頬にはやわらかくて暖かい感触がある。どうやら僕は、サン・ゾックさん……いや、パンジーさんに膝枕されているらしい。


「気が付かれましたか? びっくりしました」


「驚かせてすみませんでした。どのくらい僕は気を失っていましたか?」


 僕が答えて身を起こそうとすると、パンジーさんはそれを押し留め、


「倒れた時に頭を打っていらっしゃいます。もうしばらくこのままでいてください。それと、ワタシが驚いたのは、『風の宝玉の欠片』が、あなたの身体に吸い込まれて消えたことです。あなたはお兄様がおっしゃるとおり、本物の『伝説の英雄』だったのですね?」


 そう言って微笑む。


「……お母様から託された任務は、一つ終えました」


「パンジーさん、君は……」


 続きを言おうとする僕の唇をそっと押さえて、パンジーさんは小さな笑みを浮かべて首を横に振った。


「どうしてその名を? パンジーはワタシの本名であり、コードでもあります。一般向けのワタシの名はあくまで『サン・ゾック』。お母様……いえ、おばあ様から引き継いだものです」


「さっきまで、夢というか、別の世界にいたようだ。君はいつ、本当のことに気付いたんだい?」


 僕が訊くと、パンジーさんはクスリと笑って、


「最初っからです。ワタシが真実を知らないと思っているのはカイお兄様とカノン様だけ。

 『ブリューエン』のみんなにも、おばあ様が緘口令を敷かれました。『カイとカノンが所帯を持つまでは、誰もしゃべるんじゃないよ』と。

 だから今でも、みんな私のことを先代サン・ゾック様の子どもとして振舞ってくれているんです」


 僕は、船橋で見たカイ船長とカノンさんの仲の良さを思いだし、


「二人とも、もう一流の船乗りなのに、どうして一緒にならないんだろう?」


 そんな言葉が口を突いて出る。


「さあ? ワタシもまだ13歳だから詳しいことは解りませんが、大人には他人ひとに言えない事情ってものがあるそうですからね?」


 そう言った時、突然ドアがバンッと開かれ、血相を変えたシェリーとクロッカスさんを先頭に、『騎士団』とパンジーさんの部下が飛び込んできた。


「さっきの大きな音は何ですか? お嬢様」

「あーっ、ジン! アタシの目が届かないのをいいことに、また女の子とイチャイチャしてるぅ~!」


 僕たちはびっくりして、思わず二人してみんなを見回す。そこには、パンジーさんを心配しているクロッカスさんやナルシスさん、ローズさんやルピナスさんがいるかと思えば、なぜかニヤニヤしているスイートピーさんとポピーさんもいる。


「ちょっと、ジンを離しなさいよ!」


 ジェラシっているシェリーが、すごい剣幕でパンジーさんに詰め寄るが、パンジーさんは落ち着き払って言葉を返す。


「落ち着いてください。ジンさんが急に倒れたので、こうして安静にしていただいていたのです。ポピー、ジンさんを診察してもらえますか? 倒れた拍子に、頭を強く打たれています」


「え?」


 戸惑うシェリーを押しのけて、ポピーさんが僕の側に膝をつく。


「ちょっと失礼して、ここは痛むっちゃ?」


 僕の首筋や、頭のあちこちを押さえては、僕の反応を見ている。やがて一通り診察を終えると、


「なあんだ、うちはてっきり、お嬢が好きな人をオモチャにしとるのかと思ったっちゃ。

 ジン様の方は、コブができとるだけで、心配ないっちゃ」


 そう診断を述べる。続いてウォーラさんも、


「はい、ご主人様の脳波や魔力、生命反応に特段の変化はございません。立ち眩みなどがないようでしたら、もう身体を起こしても大丈夫ですよ?」


 そう言って僕に手を伸ばす。


 う~ん、これは早いとこ立ち上がった方が、シェリーやウォーラさん、それに密かに怒りをためているラムさん(彼女の赤い髪は帯電して膨らんでいる。怒っているときの特徴だ)や、パンジーさんの部下たちの手前、いいんじゃないか?


 僕がそう思ってゆっくり身体を起こすと、今度はパンジーさんもおとなしく、僕が立つのを支えてくれた。そして自分も立ち上がると、


「よかった。みんな心配かけたわね? ジンさん、一緒に1階でみんなと一緒に食事でもどうですか?」


 そう誘ってくれた。僕はシェリーやウォーラさんに


「せっかくのお誘いだ、心配させたお詫びに、今までの冒険談でもしながらごちそうになろう」


 そう笑いかけた。しかしこの時、僕は夢で見た光景の大事な部分を、すっかり忘れてしまっていたんだ。


   ★ ★ ★ ★ ★


「しかし船長もお優しいですな。航海時に幹部級がこれだけ船を空けたのは、『アノマロカリス』始まって以来じゃないですか?」


 船橋に突っ立って海図を眺めているカイ船長に、筋骨たくましい中年の男が声をかける。


 カイは、肩をすくめながら答えた。


「まあな。でもカノンもハンナもイッチも、ジンのことをとても気に入っていたからな。一人を選ぶって酷なこと、俺にはできなかったぜ。

 ブッシュ操帆長、あなたやボースン甲板長にはしわ寄せを食わせちまって悪いが、アインシュタットで奢らせてもらうから、それでチャラにしてくれよ」


「いいんですか船長? 今度の仕事の船長の取り分はすっ飛んじまいますぜ?」


 喜びながら訊くブッシュ操帆長に、カイは豪快に笑って答えた。


「そんなこた細かいことさ。それで俺の気持ちを汲んでもらえりゃそれでいいんだ」


 そう言った後、遥か北東の空を見上げてつぶやいた。


「カノンも、久しぶりにパンジーに会えて嬉しかったろうな」



 所変わってこちらはマジツエー帝国。その東方にあるジークハインという寒村である。この村は土地が瘦せていて、しかも水の便が悪いため芋類くらいしか採れず、帝国としても長く放置してきた場所である。


 この村に最初の村人が入植して以来、現在までの3百年の間、放棄されては食い詰め者たちが入植して村を立て直す……そんなことが何回も繰り返された。


 そんな村を、赤い髪をして赤いマントに身を包んだ女性が、いかにも執事然とした男性を引き連れて歩いている。


「ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク22号、マチェットの坊やはワタクシたちの要求を呑みそう?」


 女性が周囲を見回しながら訊くと、ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク22号は首を振り、


「使いに立ったヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク23号の報告では、大司空シールド・ヘイワガスキー側は話すら聞かないような状況だったそうです。


 いきなり、『和議を反故にするような人物の話は聞く必要がない』と切り口上で言われ、衛兵に囲まれそうになったため戻って来たようです。優美で高貴なる我が主フェン・レイ様の威光を知らしめてやるのがよろしいかと」


 そう、ありのままを報告する。


「フン。それじゃ、力ずくで帝国全土を掌握させてもらうのみね。エルメスハイルには、もう山賊団が入っているかしら?」


 フェンは片頬で笑い、執事22号に訊くと、


「はい。サン・ゾックたち1千5百人が入っています。山賊とは言いながら、結構いい武器を持っているみたいですね。マジツエー帝国の先遣隊を追い返しています」


 そう答える。フェンはニヤリと笑って、


「ふん、同じ人間同士が争ってくれれば、ワタクシの可愛い炎鴉フォイエルクロウを意味のない戦いに使わなくて済むわ。


 ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク22号、サン・ゾックにもう少し軍資金を与えて、せめて5千の軍勢を集めてジークハウンドとの連絡線を確保させ、トリエッティ方面への攻勢を準備させなさい」


 そう命令し、もう一人、控えている執事に向き直ると、


「ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク24号、あなたはヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク25号と共に『暗黒領域』にいる『闇の種族』に協力を求めて来てちょうだい。

 もちろん、受諾させることが前提よ、分かっているわね?」


「はい」「もちろんでございます、お嬢様!」


 執事24号と25号は、そう返事をすると、すぐさま行動に移る。


「ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク22号、あなたも早くエルメスハイルに向かってちょうだい。


 大丈夫、ここにはヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク21号もいるし、ジークハウンドにはセレーネ・マリア・フォン・ルーデンドルフ・インゲボルク・ヨハンナ・フォン・ヘルヴェティカもいるから、帝国も簡単にはジークハイン村には近づけないはずよ」


 やや強面でフェンが重ねて命令すると、執事22号はうなずいて、


「承知いたしました、お嬢様」


 脱兎のように北へと駆け出した。


「さて、マチェットの坊や。あなたはどんな手を使って来るかしら? できるだけ派手に軍事行動を起こしてくれれば、それだけワタクシの力を見せつけてあげられるけど」


 フェンは、はるか西の空を見上げて哄笑した。



 その頃、帝都シャーングリラでは、突然のフェンの実力行使への対応に大わらわだった。


「山賊団が『組織ウニタルム』と手を結んでいるだと!?」


 帝都シャーングリラでは、フェンのジークハウンド占拠、東の関門の奪取に対抗するために派遣した先遣隊1千5百の軍勢が敗北を喫し、ほうほうの態で退却して来たことが報じられ、閣議が開かれていた。


「先遣隊は探索軍団第5独立混成旅団所属の第105機動捜索連隊です。

 連隊長代理の報告によれば、エルメスハイル町を威力偵察中、ほぼ同数の敵軍から奇襲を受け、ハッシュ連隊長はじめ約5百の損害が生じたため退却したとのこと。

 敵将は連隊長と一騎打ちする際、『サン・ゾック』と名乗ったということです」


 宰相付き参事官のタブン・ウソツキーがメモを見ながら報告する。その彼に、大司徒ランス・オチャスキーが驚いたような顔で訊き返す。


「待て、ウソツキー参事官。今『サン・ゾック』と言ったか? その報告は確かか?」


 ウソツキー参事官は、団子っ鼻の狐のような顔をオチャスキー大司徒に向け、うなずいて答える。


「はい。チョッパー連隊長代理の報告書には、確かに『敵将はサン・ゾックと名乗った』と書いてあります」


 大司徒は腕を組みながら、大司馬メイス・ダンゴスキーに訊く。


「大司馬殿、『サン・ゾック』は1年ほど前に代替わりしたと聞いていますが、どうでしょうか?」


 するとダンゴスキー大司馬はうなずき、


「先代のサン・ゾックは女性。今のサン・ゾックは年端もいかぬ少女です。恐らく、敵将は名の知られた『サン・ゾック』を騙っているのだと思います」


 そう答える。そこに皇帝マチェット・イクサガスキーが口を挟んだ。


「うむ、サン・ゾックの名は朕も知っている。先代の頃から北方の開発や治安維持に協力的で、住民たちの信頼も篤いと聞いた。そんな人士の名を騙ることは、朕は到底容認できぬ。内務令、すぐさまその不逞の山賊団棟梁を調査しろ!」


 青年皇帝マチェットから直接の命令を受けた内務令クアトロ・アルペンスキーは、ハッと頭を下げ、自身の後ろに佇立している青年に小声で命じた。


「マリオ、聞いたであろう? すぐさま調査にかかれ」


「承知いたしました」


 すぐさまマリオという青年が音も立てずに席を外すと、代わってマリオとよく似た女性が内務令の後ろに控える。


(サン殿の名前を騙っているのは、フェンから守りを任された『助言屋』のダイ・アクーニンだろう。奴が2百人ほどの無頼の徒を率いてトオクニアール王国から密入国しているとの情報はつかんでいたけれど、今まで尻尾をつかませなかった。この機会に、帝国に仇なす輩への見せしめの意味も込めて、徹底的に叩きたいものね)


 その女性……内務庁参事官マリア・アルペンスキー……シャイン村でサンと協議をしていたのも彼女だ……は、そう考えて唇をかんだ。


「とにかく、一旦結んだ和議を反故にし、勝手に領土を侵犯した罪は許し難い。相手が『組織ウニタルム』の何であろうと、帝国は厳然としてこれに対処するであろう。

 大司徒、フェンに書簡を遣わせ。『1週間以内に軍を解散し、租借地か本拠に戻れば今回のことは不問に処す、そうでなければ帝国は必要な処置を取るであろう』とな」


 マチェットの厳しい顔に、大司徒オチャスキーは硬い顔でうなずく。


「大司馬、そなたはすぐに軍団の準備だ。相手は魔力を持つ輩、探索軍団では荷が重かろう。急ぎ第5独立混成旅団を下げ、第2軍のボルシチ・キーロフ左軍都尉に必要な命令を出させよ! 軍事行動はすぐに発動できるようにしておくんだ」


 ダンゴスキー大司馬はうなずくと、皇帝マチェットに確認するように訊き返す。


「承知致しました。では、第6師団に出動命令を出し、第2師団と第10師団には待機命令を出させますが、それでよろしいですか?」


 マジツエー帝国の軍隊は師団を戦略単位とし、1個師団には歩兵連隊3個、騎兵連隊、野戦弩弓連隊、施設工兵連隊がそれぞれ1個ずつ、そして輜重連隊2個と管理大隊、司令部大隊が所属している。定数は1万5千人である。


「……フェン側の人数はつかんでいますか?」


 今まで黙っていた大宰相レイピア・イクサガスキーが口を開いた。ダンゴスキー大司馬は、少し不安そうに答える。


「は、第105機動捜索連隊の報告では、ジークハウンドに魔戦士5百程度、エルメスハインに山賊が2千乃至3千、ジークハインに妖魔1千程度が配備されているようです。


 首魁のフェンは所在不明ですが、敵軍の動きを見ているとジークハインにいる可能性が高いと思います。フェンの城には、執事たちと魔導士5百ほどが詰めているようですが、こちらは大きな動きを見せていません」


 それを聞くと、レイピア大宰相はマチェットに顔を向けて言った。


「敵の数は思ったより多いようです。それに普段は人気のない城に、あっという間に魔導士を集めたとなれば、城には内外を自由に行き来する『時空の通路』があると思われます。

 と、なると、フェンは兵員の補充には事欠かない状況でしょう。


 陛下、兵力の逐次投入ではなく、第2師団や第10師団もフェンへの攻勢に充て、フェンと本拠の連絡を絶つため、近衛第2師団に加えて第4軍から第8師団を出してフェンの城を包囲すべきです」


 と、かなり大規模な軍事行動を提案した。


 マチェットは驚いた。マジツエー帝国には近衛を含めて14個師団が常設されているが、そのうちの5個師団を投入しようというのだ。国内にこれほどの部隊を展開するのは、4年ほど前の蟲の襲来以来であり、ほぼ戦時体制と言っていい。


 マチェットは少し迷ったが、中途半端な兵力ではフェンに乗ぜられ、かえって戦を長引かせると思い至り、


「……うむ、大宰相の意見を採ろう。大司馬、朕の命令は変更だ。第2軍の総力を挙げてフェンを叩き潰せ!」


 大きな声でこう命令した。



 皇帝の命は下った。


 ダンゴスキー大司馬はすぐさま将軍府から麾下の軍司令官、近衛軍司令トラップ・オーネス護軍中尉、第2軍司令官ボルシチ・キーロフ左軍都尉、第4軍司令官ウラー・ドルバチョフ後軍都尉らに、


『帝国の友情を裏切り、領土を侵犯したフェン・レイを討伐せよ!』


 と、緊急出動の命令を下した。


 もちろん、フェンの所業は各軍司令官たちも既に聞き知っていたので、出動命令が下るのを今や遅しと待っている状況だった。


 そのため、オーネス近衛軍司令はすぐさま近衛第2師団を引き連れてフェンの城に出発したし、キーロフ第2軍司令官も麾下部隊と共にアリエルシュタットへと司令部を前進させていた。


 また、ドルバチョフ第4軍司令官も、第8師団に出動命令を下し、自身も司令部をシャーングリラに移していた。


「フェンめ、自身の身勝手な行いで朕の人々に無用な苦しみを与えおって。キーロフ、絶対にフェンを捕らえよ! 必要とあれば朕自ら近衛を率いてフェンを叩く!」


 若き皇帝マチェットは、出陣の報告に来たキーロフ第2軍司令官に、怒気をみなぎらせてそう言葉をかけた。


   ★ ★ ★ ★ ★


 僕は、ドアを叩く音で目覚めた。昨晩の食事会はパンジーさんやシェリー、ラムさんやウォーラさんたちに挟まれ、四人の心理戦に巻き込まれたので、料理もろくに喉を通らなかった。僕は倒れて頭を打ったということを口実に、早々に会場を抜け出し、用意してあった部屋に転がり込んだというわけだ。


 僕の『騎士団』とパンジーさんの『ブリューエン』の親睦を深めるという名目の食事会から抜け出すのは勇気がいったが、賢者スナイプ様の、


「ジンくん、サンさんは何でもない風を装っているけど、シェリーちゃんの挑発がエスカレートしてきたわ。これ以上ここにあなたがいたら、どんなことが起こるか判らないから、早めに部屋に引きこもったら? 後は私が何とかするから」


 という言葉に甘えさせてもらった。


 僕が寝台から身を起して、そんなことをボーッと思い出している間も、ドアをノックする音はやまない。


「ジン・ライム様、起きておいでですか? お嬢様とナルシス様がお話ししたいそうです。準備ができましたら、大食堂においで願えますか?」


 どうやら、起こしに来たのはこの屋敷の管理人であるクロッカスさんのようだ。昨日会った感じでは、何事にも動じない冷静さを持っていると思われる人物だが、声の調子が切羽詰まっている。これは不測の事態が生じたに違いない。


 僕はそう思って、寝台から飛び降りると服を着ながら答える。


「分かりました。すぐに行きます」


「ああ、ひょっとしてまだ眠っておられましたか? すみません、ちょっと困った情報が入ってきたものですから……では、お待ちしています」


 クロッカスさんはそう言うと歩き去ったようだ。僕は急いで顔を洗い、『払暁の神剣』を佩くと、とにかく食堂に急いだ。



 僕が食堂に着くと、すでにパンジーさんはじめ『ブリューエン』のみんなが席に着いて待っていた。ちなみに、『騎士団』メンバーではスナイプ様とメロンさんがいる。


 パンジーさんは僕を見るとパッと笑顔を見せて、


「おはようございます、ジンさん。こんなに早く起こしてしまってごめんなさい。でも、ジンさんのお力が借りられたらって思って……」


 そう言うと、今まで見せたことのない心細そうな表情をする。


「とにかく、お掛けください」


 僕はクロッカスさんから勧められるままに、スナイプ様の右側に座った。ここは、角を挟んでパンジーさんの左斜め前になる。


 長机は入り口側に開いたコの字型に配置され、奥の右隅にパンジーさん、その隣に白髪で黒曜石のような瞳をしているナルシスさんと続き、僕の対面にはクロッカスさん、ヒヤシンスさん、ローズさん、スイートピーさんと続く。ルピナスさんとポピーさんは、昨夜のうちに農場に戻ったそうだ。


 また、カノンさんをはじめ『アノマロカリス』号のクルーたちは、まだ起きていないようだ。


「ジンさんは、現在マジツエー帝国で起こっていることを、どのくらいご存じですか?」


 パンジーさんが訊いて来る。僕は正直に首を振った。


「いえ、通り一遍のことしか知りません。現在僕が知っている状況も、『賢者会議』の本拠がこちらに移って来たことくらいです」


 するとパンジーさんは、少し困った顔で、


「……そうですか、それは仕方ないことでしょうね。では、ワタシが相談したいことについて、状況をご理解いただけば話が早いと思いますので、順番にご説明いたします」


 そう言うと、表情を改めて訊いてきた。


「ジンさんは、『組織ウニタルム』のことはご存じかと思います」


 僕も目を細めてうなずく。


「ええ。確かホッカノ大陸には、火の精霊王でもあるフェン・レイという女が、統括者として居るはずですね? ということは、困りごとはフェンとの関わりですか?」


「はい、そのとおりです。それで、フェンが現在、帝国の東側の土地を占拠していることはご存じでしょうか?」


 これは初耳だった。フェンのヤツ、やっていることはアクアにも負けないじゃないか!


 僕の驚いた顔を見て、パンジーさんはナルシスさんを振り返る。ナルシスさんはうなずいて、僕に説明を始めた。


「帝国と『組織』の問題については、わたくしから説明いたします。

 帝国では4年ほど前、蟲が人間や作物を襲うという事件が起こりました。帝国でも軍を出して駆除に当たりましたが、まったく効果なく、半年で数百万人が犠牲になりました」


 この話は、リンゴーク公国で耳にした。その『蟲』を使う魔導士が、僕と同じクロウ一族のキュラソーという女性だった。そういえば彼女は元気にしているだろうか?


「そんな時、フェンが先帝ダガー陛下に、『領土の半分を譲れば、蟲を退治しよう』と持ち掛け、先帝陛下がそれを受諾されたらしいのです。少なくとも、フェンはそう主張していたみたいです」


「それで蟲は退治されたんだろう? まあ、蟲使いに蟲をおとなしくさせただけだろうから、『組織』にとってはマッチポンプみたいなもんだけれど」


 僕が言うと、クロッカスさんは


「やっぱりそうだったのか。先代のおっしゃったとおりだ」


 そうつぶやく。この言葉を受けて、ナルシスさんは続きを話し始める。


「フェンが動くと、蟲は嘘のようにいなくなりました。それで10か月ほど前、フェンが帝国に約束の履行を求めて来たのです。先帝陛下はそんな約束があることを伝えずに崩御されていたので、帝国としては寝耳に水だったはずです。


 その後、両者で協議を重ね、最終的にはフェンに慰労金8億ゴールドを下賜し、併せてジークハイン村とその周辺を99年間無償で租借することを認められ、フェンもそれに同意したはずでした。


 しかし、半月ほど前、フェンは突然、ジークハウンドの町を占拠して『東の関門』を閉じて守備隊を壊滅させ、ジークハイン村とジークハウンド町の中間にあるエルメスハイル町まで占拠しています」


 話を聞いてみると、思ったよりフェンは大規模な軍事行動を取っているようだ。相手は精霊王だし、炎の眷属たちもなかなか強いものが多いと聞いている。これは苦戦しそうだなと思っていたが、ナルシスさんは思いもよらぬことを話した。


「現在、魔物や魔戦士たちが確認できているのはジークハインの村に炎鴉フォイエルクロウが約1千と、フェンの本拠である古城に5百ほどです。攻撃の最前線たるジークハウンドには魔戦士約3千が、防御の要であるエルメスハイルには山賊が2千ほど配置されています」


「……ということは、エルメスハイルがフェンの部隊にとってはアキレス腱ね。でも、そんな大事な場所に山賊を配置しているのは、何だか罠っぽいわね」


 賢者スナイプ様が言うと、メロンさんもうなずき、


「精霊王としては、無駄な戦いに眷属や一族を投入したくないし、実際フェンの場合は精霊王への就任の経緯から、あまり無道なことはできないはずよ。

 となると、スナイプさんが言うとおり、人間の部隊を囮に使った大規模殲滅作戦って言う見方には説得力があるわ」


 そう言って僕を見る。


「でも、エルメスハイルを失うことは、フェンの本拠と租借地の交通が遮断されることを意味するんじゃないかな?」


 僕が感じたままを率直に言うと、メロンさんは可愛い顔で恐ろしくえげつないことを言った。


「まあ、みんなそう思うでしょうね。特に軍事を解っている人ほど、補給線や連絡線が断たれることの意味を知っているから、『自軍の補給線を犠牲にしてまで大きな罠は仕掛けないだろう』と思うはずよ。


 でもジン、フェンたちは精霊や妖魔なのよ? 物理的な補給線なんか気にしないでいいの。だって亜空間で行き来すればいいだけだから。

 そう考えると、2・3千の人間を犠牲にしても、マジツエー帝国の軍を半壊させられれば、フェンにとってはお釣り以上のものを手に入れることになるの」


 メロンさんの意見に、誰もが言葉を失った。ヤバい! 魔物と結構戦ってきた僕ですら、いわゆる『常識』でものを見ていた。魔物や妖魔、ましてや精霊などと戦った経験がある人がマジツエー帝国にどのくらいいるだろうか?


「……フェンを止めなきゃ」


 僕は唇をかんでつぶやく。でもどうやって? 今からシャーングリラに行って皇帝に会い、話をしても遅いかもしれない。いや、マジツエー帝国軍の優秀さは、世間に疎い僕の耳にも入っている。今頃はフェンを叩くために、軍団を展開しているだろう。もしかしたら、すでに戦闘に入っているかもしれない。


 焦っている僕に、パンジーさんは思案に困ったような顔で告げた。


「それで、ワタシがお力を借りたいというのは、わが『ブリューエン』の濡れ衣を晴らしてほしいということなんです」


 一瞬、僕は理解が追い付かなかった。フェンと帝国の戦闘と、パンジーさんたちの『濡れ衣』がどう関係するのかが分からなかったからだ。


「フェンと手を結び、エルメスハイルを占拠している山賊団の首領は、『サン・ゾック』の名を名乗っているのです」


 パンジーさんは、怒りの表情と共にそう言った。



「……カノン航海長、お礼やお別れの言葉を言わなくてもよかったんですか?」


 ジンやパンジーたちが、帝国で起こっている状況について話し合いをしていたころ、ジンを送って来た『アノマロカリス』号の三人……カノン航海長、ハンナ工作長、イッチ主計長たちは、密かに屋敷を抜け出てボートを目指していた。


「構わないさ。ジン様をサン・ゾック様の許に送り届けるっていう、あたいたちの仕事は終わった。後は船長の指示通り、できるだけ早くアインシュタットに行かないと、積み荷の引き渡しに支障が出ちまうからね」


 イッチ主計長は、積み荷のことを言われると、何も言えなくなってしまった。


「けどさ、せめてパンジーはんとは、ゆっくり話したかったんとちゃうん? 何度かチャンスはあったんに、航海長が無視するもんやから、うちはイライラしとったんやで?」


 ハンナ工作長が呆れたように言うと、カノンは厳しい顔で、首を振った。


「あたいは、パンジーさんのお兄様の部下……そういう立場だよ。カイが来ているのならともかく、あたい一人がいい思い出来ないだろう?」


「せやかて、カイ船長だってパンジーはんのこと気にしてるんやから、なーんも土産話がないっちゅうのもなあ……」


 ハンナが両手を頭の後ろで組んで言う。


「カイだって、あたいのことは解ってくれるさ。ところでハンナ戦闘指揮官、狙撃魔杖に魔弾マナブレットを装填しておいた方がいいぜ?」


 カノンはハンナを見てウインクし、そう言う。その目には鋭い光が宿っていた。


「……ホンマやな」


 ハンナも真剣な顔になり、肩にかけていた狙撃魔杖を手に取り、遊底ボルトを開いて5発の弾を一気に弾倉に押し込む。そのジャッという音が辺りに響いたと思うと、十数名の男たちが姿を現した。どうやらサン・ゾックの屋敷から尾行けられていたらしい。


 カノンは慌てもせず、周囲を見回すと落ち着いた声で男たちに話しかける。


「あたいたちは『アノマロカリス』の乗組員クルーだ。お客を目的地に送り届けての帰りだが、あんたたち、何の用だい? 生憎と運賃は前金で頂いていてね? あたいたちはすっからかんだよ」


 すると、リーダーと思われる男が前に出てきて言った。


「あんた、カノン・アンカーだな? 俺たちは相手も見ずに突っかかるバカじゃねえ。

 俺たちが欲しいのは金じゃねえ。あんたたちが運んで来た『騎士団』についての情報だ。


 特に団長はめっぽうつええって話じゃねえか。ジン・ライムや他の団員について、知っていることを話してくれたら、それなりの報酬は出すぜ?」


 カノンは、男の話を興味なさそうに聞いていたが、男が『ジン・ライム』と言ったとたん顔色を変えた。


「おい、てめえ。今ジン様のことを呼び捨てにしたな?」


 カノンは、茶髪の下の碧眼をすっと細めると、どすの効いた声で男に言うと、


「ジン様はな、あたいたちが逆立ちしたって敵わねえ妖魔たちを、たくさん討伐されている一級騎士団の団長だ。それに『伝説の英雄』でもある。あたいなんかが話しかけるのも畏れ多いお方だよ。


 ましてやてめえのような奴が、ジン様を呼び捨てにするなんて、何様のつもりだい!? あたいが剣を抜かないうちに、とっとと失せな!」


 そう決めつける。カノンの両側ではイッチが双剣を構え、ハンナは狙撃魔杖の狙いをつけていた。


 男は、カノンの身体から発する冷え冷えとした怒気を感じながらも、鉄面皮に


「ま、まあ、あんたの気分を害したのなら謝るよ。だがな、俺たちも仕事として引き受けちまったからには、手を引くわけにはいかないんだ。

 どうか機嫌を直して、ジン様の話を聞かせちゃくれねえ……」

 ズドンッ!


 狙撃魔杖の発砲音が響く。リーダーの男は、ハンナの一発を額に食らって、膝から崩れ落ちた。


「うちの一等航海士が言ったことが聞こえんかったんかい? 次は誰が魔弾を食らいたいんや、さっさと失せたらんかい!」


 ハンナが叫ぶと男たちは明らかに動揺し、蜘蛛の子を散らすように逃げ散った。


「……リーダーを捨てて逃げるなんて、大した奴らじゃなかったんですね?」


 イッチが双剣を鞘に納めて言うと、ハンナはイタズラっぽい目をして、


「まあ、ドタマにぶち込んださかいな。こいつが死んだ思うてもしょうがあらへん。実際ぶち込んだんは睡眠と自白効果を仕込んだ魔弾やけどな?」


 そういうと、カノンに訊く。


「航海長、こいつどないする? アインシュタットまでは睡眠効果は持たへんで?」


 カノンは少し考えてから答えた。


「こいつらはジン様のことを知りたがっていた。それに頼まれたとも言っていたわね。

 仕方ない、一旦こいつをサン・ゾック様の屋敷に連れて行こう」


   ★ ★ ★ ★ ★


 エルメスハイルの町は、混乱の極みにあった。


 昨日まで普通の平和な暮らしを送っていたのに、いきなり赤毛のタキシードを着た少女が、赤で統一した鎧を付けた女戦士と、同じ顔の執事然とした男二人を伴って現れた時から、この町の平和は音を立てて崩れ落ちた。


 少女は、堂々と町の政庁に乗り込み、町長を監禁すると、町職員を一か所に集めて宣言した。


「今日からこの町は、ワタクシ並行宇宙の管理者たるフェン・レイのものになったわ。このことに反対する者は、今すぐ職を辞しなさい!」


 ザワザワ、ザワザワ……


 執事たちが職員を集めている間も、彼らは当惑の声を上げていたが、いきなりフェンからそう言われた職員たちの不安と疑念は最高潮に達した。


「あなたがこの町の執政権を握られた証をお見せください。町長はどうされているのですか!?」


 一人の勇気ある職員が、思い切ってフェンにそう尋ねると、フェンは不機嫌そうに男を見やり、


「町長はワタクシの言を受け入れ、先ほど故郷に帰ると言って庁舎を後にしたわ。前町長が認めているのが証拠よ。

 それに、もともとワタクシはマチェットの坊やから、この国の半分を受け取る権利があるのよ。みんな、4年ほど前の蟲大量発生事件を覚えているでしょ? あれはワタクシと『盟主様』が解決したのよ」


 職員たちのざわめきが大きくなる。みんな、もちろん4年前のことは覚えていた。その功労者が目の前の少女だと言われても、すぐには納得できなかったのが理由の一つ、町長がすでにその職を自ら譲ったというのが一つ。


 そして、皇帝が少女に領土の半分を譲る約束をしたということが、当惑の最も大きな理由だった。


「失礼ながら、あなたが4年前の蟲事件解決の功労者だと言われても、私たちは納得しかねます。町長に直接、経緯を説明していただきたい。町長はどこにいらっしゃいますか?」


 最初に質問してきた男が大声を上げる。周囲の職員たちも、男に同調する者がだんだんと増えて来た。


 フェンは、面倒くさそうに髪をかき上げる。左目を隠したバラの形のアイパッチが、チラリと見えた。


「ワタクシが言っていることを信じられない者は、前に出てきてちょうだい。ワタクシが蟲事件を解決したという証拠を、みんなに見せてあげるから」


 フェンは、腕を組んで挑発的な表情で言う。男を含めて10名ほどが前に出て来た。


「もういない?……じゃ、みんなよく見ておきなさい。どうやって蟲を退治したのかを」


 フェンはそう言って魔力を開放する。見る人が見たら、フェンの身体を紅蓮の炎が覆い、天井近くまで火焔を噴き上げたのが分かっただろう。


 パチン!


 乾いた甲高い音が響く。それと同時に、


 ボウッ!

「うぐぁっ!?」「がはっ!」「げっ?」


 前に出て来た男たちが一瞬で火だるまになり、あっという間に黒焦げとなった。


 職員たちは、何が起こったのか理解するのに時間がかかったが、一人が、


「……魔法使い……」


 そうつぶやいたのをきっかけに、フェンから逃れようとパニックになった。全員がこの広間から出ようと出入口に殺到したが、そこには女戦士と執事が待ち構えていたことと、


「ここから出て行くということは、職場を放棄すると解釈していいのね? 残った者は大事にしてあげるわよ」


 というフェンの声が聞こえたことで、職員たちも少し冷静になる。


 フェンは上機嫌で、


「聞き分けのいい子は大好きよ。じゃ、みんなはいつもどおり仕事して。変なことを考えない限り、あなたたちの安全と職は保証するわ。

 ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク21号!」


 そう職員たちに告げて、執事の一人を呼びつける。


「何でしょうか。世界で最も聡明で慈悲深いお嬢様」


 執事21号が側に寄って来ると、にこやかな顔で命令した。


「あなたは、ワタクシの代わりにしばらくこの町の政務を取り仕切って。それとヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク22号は、すぐに兵を集めなさい。山賊でもいいし、食い詰め者でもいい、ワタクシの命令に従順な者たちを急いで集めなさい!」



 ……そんな経緯で集められた山賊たちが、今はこの町の主人面をしているのだ。山賊たちは十人ほどで隊伍を組んで、町の巡回に名を借りた略奪行為を繰り返していたし、乱暴狼藉は日常と化していた。


「……どうやら、帝国は本腰を入れてフェンの姉御を討伐するみたいですぜ、ダイのお頭」


 左の頬に刀傷がある冷たい目をした女性が、庁舎の窓から西方を睨んでいる若者に告げる。ダイと呼ばれた若者はゆっくり振り返ると、静かな声で訊いた。山賊から『お頭』と呼ばれるのには似つかわしくない、線が細く優しそうな顔をした青年だった。


「フェン殿が帝国に対して突っかかっているんだから、討伐軍を興すのは当然だろう?

 それで、帝国軍の動きはどうなんだい? 過日、捜索師団の先遣隊を叩いたけれど、今度はどのくらいの兵力で来るのか判っているのかい、コア?」


 ダイが落ち着いた声で訊くと、コアは拍子抜けした声で、


「ふう、いつも思うけど、ダイのお頭は慌てることってないのかい? どんなに切迫した時でも、そのふわふわした声を聞くと戦う気が失せるというか……」


 そう言いかけていると、もう一人、槍を抱えた娘が部屋に飛び込んできた。


「ダイちゃん、大変たいへーん!」


「何だいシロヴィン、大きな声を出して。うるさいだろう?」


 コアが叱りつけるが、シロヴィンはぜんぜん気にした様子もなく、ダイの胸ぐらをつかまんばかりに血相を変えてまくし立てる。


「て、帝国軍がたっくさんこっちに向かって来るよ! 偵察に出していた者たちはみんな、青くなっているの。このままじゃ、町を守るどころじゃなくなっちゃうよ?」


「シロヴィン、先ずは落ち着いて。帝国軍がどのくらいの兵力を向けて来たか、教えてくれるかい? その情報なしじゃ、ぼくも策を立てられない」


 ダイが静かに訊くと、少し落ち着いたのかシロヴィンは、乱れた亜麻色の髪に手櫛を入れながら答える。


「えっと、話では、アリエルシュタットに第2軍が集結しているみたい。そのほか、近衛や第4軍からも師団が出張ってきているみたいだよ?」


「なるほど、アリエルシュタットか……」


 ダイは碧眼に鋭い光をたたえて虚空を見ている。その様子を見たシロヴィンは、コアにささやく。


「ね、コアちゃん。あの顔をしているときのダイちゃんって、カッコいいよね? あたし、だからダイちゃんのファンなんだ~」


「あ? ああ、そうだな。いつもは雲か霞を食っているんじゃないかって捉えどころがないお人だが、軍事行動が絡むと途端に人が変わる。それが魅力っちゃ魅力だね」


 二人のひそひそ話も聞こえないように、考え事に集中していたダイだが、考えがまとまったのだろう、腕組みを解いて二人に話しかけた。その話し方は、さっきまでののんびりとしたものではなく、まるで将軍のような物言いだった。


「……とりあえず防御戦闘の準備だ。コア、町の全周にわたって築いた塹壕の前に、急いで障害物を置いてくれ。それと、ドリルフィン山脈への地下道の完成を急がせてくれ。1週間以内で完成させるんだ」


「分かった、あたいに任せな!」


 勇躍して出て行こうとするコアを押し留め、ダイは続けて言った。


「コア、兵士たちから帝国軍の兵力を聞かれたら、1個旅団程度と答えるんだ。

 敵の第2軍は司令部も含めて3個師団5万を持っているが、実際の主攻線がどこに向けられるか判っていないから、正直に教える必要はない。

 そんなことをしたら、根が山賊の奴らだ、戦意を失って逃げ出すぞ」


「了解。言うとおりにするよ」


 コアが出て行くと、ダイはシロヴィンを振り返って言った。


「シロヴィン、君は偵察について来てくれ」


「え!? ダイちゃん自身で偵察するの?」


 驚いて茶色の瞳を持つ目を丸くしたシロヴィンに、ダイはうなずいて


「ああ。第2軍が総がかりの体制を取っているとはいえ、ジークハウンドにいるセレーネさんの魔戦士軍団を無視してエルメスハイルに軍は向けられないさ。


 ぼくはむしろ、帝国軍の主攻線はジークハウンドに向けられると思っている。あそこを奪回すれば、『東の関門』も取り戻し、ぼくたちとフェン殿の軍を根拠地から分断できるからね。


 ぼくの観測を確かめるために、ぼく自身で見てみるのさ。それに今の状況で山賊たちに5万の軍を見せたら、味方は誰もいなくなっちゃうよ」


 そうシロヴィンに言い聞かせて笑った。



「フェンと手を結び、エルメスハイルを占拠している山賊団の首領は、『サン・ゾック』の名を名乗っているのです」


 パンジーさんは、怒りの表情と共にそう言った。


 なるほど、自分の名乗りを勝手に、それも帝国に盾突く奴らが使ったとなれば、パンジーさんが心穏やかでないのも解る。ましてや先代のサン・ゾックは、彼女が敬愛している祖母で、名のある魔導士だったらしいから、怒りがわいて当然だ。


「それは許し難いですね。それで、僕に力を借りたいとは?」


 僕の表情があまりに怖かったんだろう、パンジーさんはちょっと身をのけぞらせ、


「ワ、ワタシの心情をくみ取っていただいてありがとうございます。

 それで、ジンさんにお願いしたいことというのは、反乱に協力している『サン・ゾック』は偽物だということを証明してもらいたいんです」


 そう頼んで来る。僕はあれっと思った。


「サン・ゾックさん、わざわざジンくんが証明しなくても、あなた自身が呼びかければいいじゃない。シャイン村の人たちも、あなたがこの村を動いていないことは知っているんでしょう?」


「それに、先代の功績はマチェットも知っていて、あなたのことも耳に入っているはずよ。

 マチェットと村人たちが、あなたの潔白を信じているのなら、それでいいんじゃないかしら? 人の口には戸は建てられないって言うし、人のうわさも七十五日とも言うわ。

 それとも、何か急いで偽物であることを周知しないといけない理由でもあるの?」


 賢者スナイプ様も、メロンさんも、僕と同じ疑問を抱いたようだ。口々にそうパンジーさんに問いかける。


 パンジーさんが困り顔で口を開こうとしたとき、席を外していたスイートピーさんが、カノンさんたちを連れて部屋に入って来た。イッチさんとハンナさんは、ぐったりとした男を肩で支えている。


「お嬢様、カノン様たちが曲者を捕まえたそうです」


 スイートピーさんが言うと、イッチさんとハンナさんはどさりと男を投げ出す。男はピクリともしないが、息はしているので、眠らされているようだ。


「曲者って、どういうことですか? カノンさん、説明していただけますか?」


 パンジーさんがそう問いかける。凛とした顔だが、カノンさんと会って目が輝いているように思えた。


「あ、ああ。潮風が恋しくて散歩に出たら、こいつが率いる10人ほどの野郎どもに囲まれてね? 聞けば誰かからか頼まれてジン様や『騎士団』のことを探っているって言うじゃないか。

 だから、誰が何のためにそんなことを頼んだのか、こいつに訊いてみようと思ってね? とっ捕まえて連れて来たって次第さ」


「眠りと自白の魔弾をぶち込んでるから、今なら何でもゲロすると思うで?」


 ハンナさんが笑って言う。


 パンジーさんはうなずいて、


「分かりました。カノンさん、ありがとうございます。ではヒヤシンス、こいつを尋問してちょうだい」


 カノンさんは、パンジーさんのお礼を聞いて、頬を上気させていた。やはり嬉しいんだろうな……そう思っているうちに、男への尋問が開始された。


 まず、男を椅子に座らせ、手足を縛る。そして眠りこけている男の耳元で、ヒヤシンスさんが訊いた。


「なぜ、ジン・ライム様や『騎士団』のことを知りたいの?」


 男は、まるで目覚めているかのようにスラスラと答える。


「頼まれたんだ。ジンの行き先を聞いて来いと。そして『騎士団』の団員についても、名前や魔力の質、性格を調べろと」


「ふーん。それで、あなたにそれを頼んだ人物って、誰かしら?」


「……知らない。ただ、真っ白いマントをした、恐ろしいほど白い顔をした不気味な女だった。報酬はジン一人で5百ゴールド、団員は一人につき2百ゴールドだった」


 僕はスナイプ様やメロンさんと顔を見合わせた。二人とも心当たりがないのか首を横に振る。


「その女は名前を名乗らなかった? 偽名かもしれないけど、聞いていたら教えて」


「……確か、『ヴァイス』と名乗った。いきなり現れて、『探索屋』をしているかと訊いてきたから、そうだと答えると、手付金2百ゴールドを出して依頼してきたんだ。がっ!」


 そこまで言うと、男は急に眼を見開き、電気にでも当たったかのように叫び声を上げて飛び上がった。


「ちょっと、どうしたの!? しっかりして!」


 驚いたヒヤシンスさんが、男の身体を揺さぶるが、男は何も反応しない。顔色がどんどん悪くなっていく。


「ヒヤシンス、少し離れて」


 ナルシスさんが男に近寄り、手首を触りながら男の目を確認する。30秒もしないうちに彼女は男の手を放して言った。


「ダメですね、もう死んでいます。恐らく、キーワードを口にしたら心臓が破裂するような魔法をかけられていたんでしょう。魔力なんて全然感じませんでしたが、そうとしか思えません」


 魔力を感じさせない術式、目的達成のためには手段を選ばないやり方、そして『ヴァイス』と名乗った女……。


「これはもう、『組織ウニタルム』が手を回したと考えても間違いないと思うわ。

 今までの枢機卿特使たちの名前も、『ブラウン』『ゲルプ』と色彩をコードネームにしているようだし」


 スナイプ様がつぶやくのを聞きながら、僕は決心した。


(『組織』は本格的に手を出してくるつもりだな。奴らの目的が真に世界の平穏を乱すものなら、マジツエー帝国にいるうちに叩き潰してやる! 『暗黒領域』に入ってまでちょっかいをかけられるのは御免だ)


「……たぶん、スナイプ様のおっしゃるとおりだろう。フェンも帝国と争っているようだし、見過ごしにはできないな。

 サンさん、君の頼み、やり方さえ任せてくれるなら、力になれるかもしれない」


 僕が硬い顔でそう言うと、パンジーさんはパッと笑顔になって言った。


「ありがとうございます! これでワタシも先代との約束を守れます」


 そして、僕の表情に気付いたのか、急に心配顔になって続けた。


「嬉しいですが、危ないことはしないでください。それと、ワタシたちができることがあればおっしゃってください。何でもいたします」


(山賊を狩ろう!その4に続く)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

マジツエー帝国に上陸した直後から、きな臭い状況に置かれることになったジンたち。

今後、事態がどのように動くのかは全く持って未知数ですが、マジツエー帝国内で大きな決戦が起こりそうな予感はあります。

次回、ジンたちはいよいよフェンとの戦いに向けて出発します。お楽しみに。

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