Tournament97 A bandit hunting:part2(山賊を狩ろう!その②)
やっと出航許可を得た『ドラゴン・シン』一行は、急いでジンたち『騎士団』の後を追う。
そのジンたちは、遂にホッカノ大陸に上陸し、土地の有力者、サン・ゾックに面会する。
【主な登場人物紹介】
■ドッカーノ村騎士団
♤ジン・ライム 17歳 ドッカーノ村騎士団の団長。典型的『鈍感系思わせぶり主人公』だったが、旅が彼を成長させている。いろんな人から好かれる『伝説の英雄』候補。
♤ワイン・レッド 18歳 ジンの幼馴染みでエルフ族。結構チャラい。水の槍使いで博学多才、智謀に長ける。お金と女性が大好きな『やるときはやる男』
♡シェリー・シュガー 18歳 ジンの幼馴染みでシルフの短剣使い。弓も使って長距離戦も受け持つ。ジン大好きっ子だが報われない『負けフラグヒロイン』
♡ラム・レーズン 18歳 ユニコーン族の娘で『伝説の英雄』を探す旅の途中、ジンのいる村に来た。魔力も強いし長剣の名手。シェリーのライバルである『正統派ヒロイン』
♡ウォーラ・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造った自律的魔人形。ジンの魔力で再起動し、彼に献身的に仕える『メイドなヒロイン』
♡チャチャ・フォーク 14歳 マーターギ村出身の凄腕狙撃手。謎の組織から母を殺され、事件に関わったジンの騎士団に入団する。シェリーが大好きな『百合っ子ヒロイン』
♡ジンジャー・エイル 21歳 他の騎士団に所属していたが、ある事件でジンにほれ込んで移籍してきた不思議な女性。闇の魔術に優れた『ダークホースヒロイン』
♡ガイア・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造ったエランドールでウォーラの姉。『組織』に使われていたがメロンによって捕らえられ、『騎士団』に入ることとなった。
♡メロン・ソーダ 年齢不詳 元は木々の精霊王だがその地位を剥奪された。『魔族の祖』といわれるアルケー・クロウの関係者で、彼を追っている。
♡エレーナ・ライム(賢者スナイプ)27歳 四方賢者として『賢者会議』の一員だった才媛。ジンの叔母?に当たり、四方賢者を辞して『騎士団』に加わった『禁断のヒロイン』
♡レイラ・コパック 17歳 内向的な性格で人付き合いが苦手だが博識。『氷魔法』を持っているため、賢者スナイプのスカウトで騎士団に加わった『ギャップ萌えヒロイン』
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
僕たち『騎士団』が乗り込んだ武装商船『アノマロカリス』号は、魔力が込められた得体の知れない箱のおかげで、通常の航海速力の2倍近い速度でホッカノ大陸へと突き進んでいた。
「地の文では『得体の知れない』と言ったけど、誰がこれを作ったのかはおおよそ想像がつくわ」
僕の部屋には、例によってワインを除く団員が集まっている。ちなみにワインは、『ドラゴン・シン』のオー・ド・ヴィー・ド・ヴァン団長と共にニイハオ島の神殿遺跡を調査するため、現在別行動中だ。
「ジン団長のことは、アルケー・クロウも注目しています。彼が『暗黒領域』に引っ込んだのも、一つはジン団長を自分が有利になる場所に誘い込みたいからでしょう。
とすると、団長と早く会うためにあの『魔力の箱』を作って荷物に紛れ込ませるのは、見方としてはあながち間違っちゃいないと思うわ」
賢者スナイプ様の言葉に続けて、メロン・ソーダさんが翠の髪をかき上げ、新緑の若葉のような瞳を僕に向けて言う。
「あら、メロンさんは『アルケー・クロウ説』? 私はちょっと違うかな」
スナイプ様が足を組み替えながら言う。いやに自信満々だ。
「スナイプ様は、どう思われているんですか? 前に訊いた時は、アルケーを疑っていたんじゃないですか?」
僕が訊くと、スナイプ様は意地悪そうな顔で微笑んで、
「あの時は、アルケーや総督府も含めて、あり得そうな選択肢を数え上げただけよ」
そう僕に反論して、
「私の結論を聞きたい? じゃあ~、私のこと、『エレーナお姉さん』って呼んでみて?」
甘ったるい声でそんなことを言う。たまにスナイプ様って、お茶目なことを言ったりしたりするけれど、みんなの前でこれはちょっと恥ずかしい。それに本来……
「え?『エレーナ叔母さん』じゃなくて?」
だってスナイプ様は僕の母・エレノアの妹だ。だったら呼ぶのは『お姉さん』じゃなくて『叔母さん』が普通じゃないか?
僕は至極真っ当なことを言ったつもりだったが、途端にスナイプ様は機嫌を損ねた。
「ふう~ん、ジンくんは私の話は聞きたくないようね? 残念ね皆さん、ジンくんがデリカシーナッシングな団長で」
スナイプ様はサッと立ち上がり、僕を冷たぁ~い目で見下ろしながらそう言って部屋を出て行こうとする。
「だ、団長さん。スナイプ様はとても綺麗だし、まだ『オバサン』ってお歳でもないから、そんなこと言っちゃ失礼です」
ドアの近くにいたチャチャちゃんが、慌ててそう言う。見るとシェリーをはじめ、ラムさんもウォーラさんもガイアさんもレイラさんも、ジンジャーさんやメロンさんまで僕をジト目で見ているじゃないか! なに、これって僕が悪いの?
「……お話を聞かせてください、エレーナお姉さん……」
女性陣の圧に負けて僕がそう頼むと、スナイプ様はにっこりとして座り直し、
「さすがジンくん、素直でよろしい。いい、オンナノコはどれだけ歳を取っても『お姉さん』なの。そこは覚えておかないとモテないわよ?」
そう、僕に忠告(?)すると、表情を引き締めて続けた。
「確かにあの箱からは、普通じゃない魔力の波動を感じるわ。だからこそメロンさんはアルケー・クロウを疑ったんでしょうけど、アルケーだって自分の領分にマイティ・クロウがいることに気付いていないわけはないわ。
私は、アルケーは現在のところマイティ・クロウの相手が精一杯で、ジンくんにまでちょっかいをかけるヒマはないと思う」
そう言うと、
「異質な魔力……マイティ・クロウの存在……。アルケー・クロウ以外に異質な魔力を感じさせると言えば……」
細い顎に手を当てて考え込むジンジャーさんの独り言を聞いて、ラムさんもつぶやく。
「アルケー・クロウでないとしたら、『組織』の奴らか四神の皆さんだな。それか、カイ船長の関係者か」
「積荷関係で、早く届けてほしい荷主が仕込んだ……ってこと? けれどそうだったら船長が知らないのもおかしいわね」
シェリーが言う。これはシェリーの言うとおりだろう。仮に荷主が『魔力の箱』を仕掛けたのなら、船長か、少なくとも幹部船員にはそのことを伝えているはずだ。
でも、『アノマロカリス』号の行き足がとんでもなく速いことに気付いたのはカノン航海長で、彼女はそれをいぶかしく感じていた。それを聞いたカイ船長も、積み荷を全部検めるほどだったから、箱の存在を知らなかった可能性が高い。イッチ主計長も、知っていたら積み荷の全部調査なんて手間をかけなかったはずだ。
「うん、シェリーの言うとおり、『アノマロカリス』号の乗組員は除外してもいいみたいだ。とすると残るはやはり『組織』か」
「……消去法でいくとそうなるわね。『組織』とアルケー・クロウ、どちらにしても、相手は団長さんにいい感情を持っているなんてこと、これっぽっちも期待できないみたいね」
メロンさんがあっけらかんとして言う。実質的に彼女の言葉が、僕たちの推理の最終結果みたいになった。
『アノマロカリス』の船橋では、双眼鏡で右舷側の確認を行っているカイ船長が、当直に立っているクーノ・イッチ主計長兼信号長に話しかけた。
「なあ、イッチ。あの『魔力の箱』がいつ積み荷に紛れ込んだか、お前、本当に心当たりはないか?」
「ええ。ライスハーバーで積み込んだ時には、あんな箱はありませんでした」
イッチ主計長は即座に答える。彼女が補給品や積み荷を一括管理しているのだ、間違えようはない。
「そうか……積み荷を検める時、そう言っていたな」
船長は再び双眼鏡を覗き込もうとして、ハッとしてイッチに尋ねる。
「そう言えば、ウラジミール環礁で食料と水を補充したな。その時はどうだった?」
「何もなかったと思います……たぶん」
イッチ主計長は、その時のことを思い出しながら答えるが、先ほどと違って自信がなさそうな声だった。
「たぶん? イッチ、お前が積み荷を最終確認したんじゃないのか?」
カイ船長がいぶかしげに訊く。イッチ主計長は首を振って答えた。
「すみません。ちょっとの間、ハンナ工作長に代わってもらったんです。用事が済んだ後、『アノマロカリス』に戻ったら、搭載作業は終わっていました。ハンナ工作長が、チェック済みの補給品目録を渡してくれたんで、あたしは確認していないんです。すみません!」
その時のことを思い出して謝罪するイッチ主計長に、カイ船長は
「そんな大事なことを忘れていたとは、いつものお前らしくないな。だが、思い出さないよりはマシだ」
そう言うと、見張りの一人に命令した。
「おい、悪いがすぐにミズ・ハンナを船橋に呼んでくれ」
見張りが上甲板への階段を駆け下りるのを見ながら、カイ船長は操舵手に声をかける。
「悪いがちょっとこの場で談合する。羅針盤を頼むぜ」
「アイ、アイ!」
返事を聞いた船長は、イッチと共に風下側に移動して、
「さて、イッチ、俺にはどうにも解せねえことがある。お前が所用で積込み作業の監督をミズ・ハンナに代わってもらったことは、この際だから不問にする。
だが、その事実を今思い出したってことが気になるんだ。まさか隠していたなんてことはねえだろうな?」
静かだが、重みのある声で訊いた。
イッチは青くなって首を振り、
「とんでもないです。あたしだってさっき急に思い出したんです。信じてください」
カイ船長の肩の辺りを見ながら真剣な顔で言う。
「……嘘は吐いていねえみたいだな。ちょうどハンナが来た。話の続きは工作長から聞くとしよう。お前は当直に戻るんだ」
「アイ、アイ、サー」
イッチは少し顔を強張らせたまま答える。そこにハンナが声をかけて来た。
「船長、うちを呼んだ?」
カイ船長が少し表情を緩めてうなずくと、ハンナはすぐに側に寄って来た。
「覚えているか知らねえが、ウラジミール環礁で物資を積み込んだ時、お前は途中でイッチに代わって作業を監督したんだってな?」
船長が訊くと、ハンナは首を傾げて、
「へ? うちが? いや、そないな覚えは……」
そこまで言うと、不意に黙り込む。それを見て、カイ船長は目を細めて真剣な顔で、
「……忘れていたのか? なぜ思い出したか分かるか?」
そう問いかける。ハンナは
「あれ? あれ? なんや記憶がごちゃごちゃになっとる……。あっ、そうや! あん時イッチが急に『お花摘みに行きたい』言うもんやから、ちょうどこっちの作業も終わったんで代わりに見ておくことにしたんやった」
カイ船長は苦笑しながら、先を促す。
「で、あの時は島の人たちも積み込みを手伝ってくれたんだったな。不審な動きをする奴は見かけなかったか?」
ハンナはちょっと考えてから、
「……そう言えば、イッチがお花摘みに行く前、誰や知らんけどイッチに飲み物を渡しとったなあ。その後や、急にイッチがうちに向かって青い顔で交代してくれへんかって言ったんは」
そう答える。
それを聞いたイッチも、思い出したように大声を出した。
「そうだった! おかげであたし、もうちょっとで恥ずかしい思いをするところだったんだ! こんなこと、どうして忘れていたんだろう?」
二人の話を聞いたカイ船長は、腕を組んで難しい顔で二人に言った。
「ふむ、誰かははっきりしないが、目的ははっきりしたな。恐らくあの『魔力の箱』を仕掛けた奴は、団長さんを狙っているし、できるだけ早く会いたいと思っているってことだ。
そしてこの船や乗組員に無用な被害を与えないようにしていることから、かなり自分に自信を持っているはずだ。
俺はこのことを団長さんに伝えるが、何か思い出したらお前たちからも直接団長さんや団員のみんなに伝えてくれ。俺への報告は後でいい、一刻を争う事態があるかも知れねえからな」
★ ★ ★ ★ ★
「出航用意。P旗掲揚、錨を上げろ!」
アロハ群島の中心的な島、オウフ島の南岸にある巨大な軍港、ライスハーバーで、一隻のフリゲート艦が出航のため動き始めた。
いや、その他に8隻のコルベット艦も、旗艦の動きに合わせて兵員たちが甲板上を走り回り、出港準備に大わらわだ。
「やっとマジツエー帝国への渡航許可が出たが、これもラ・ミツケール殿、あなたのおかげですね」
フリゲート艦の艦橋で、桟橋を見つめている金髪碧眼の美男子が、隣に立っている初老の人物に声をかける。
ラ・ミツケールは、白い顎髭を揺らしながら笑い、
「なんの、キャロット神殿遺跡の調査を成功させ、珍しい史料まで見つけ、さらにはそこに書かれている『神代エルフ文字』の解読のヒントまでくれたド・ヴァン殿はじめ『ドラゴン・シン』だ、これくらいの骨折りで感謝されるなど、むしろ恥ずかしいくらいだわい」
そう言うと、フリゲート艦艦長の
「出航! 総帆展張!」
の声に二人はマストを見上げる。ブワサッという重々しい音とともに、3本のマストに真っ白な帆が展開された。
「取り舵」
艦長の号令に、帆が風を捕まえて左舷に傾きながらゆっくりと動き出した瞬間、操舵員は景気よく舵輪を回す。艦はゆっくりと左に向きを変え始めた。
「……さて、ようやくライスハーバーを出航できました。これから風と潮の具合にもよりますが、最短2週間の航海でマジツエー帝国に着きます。
本艦隊はマジツエー帝国で唯一、外国に開かれているアインシュタットに向かいます」
艦が無事に動き出すと、艦橋右舷にいた間髪碧眼で精悍な男が、ド・ヴァンとミツケールのもとに来て言う。
「ああ、ホレイショ・ホルスタイン提督、お世話になるね。アロハ群島総督府とは話を付けているから、艦隊が出張ってくることはないと思うよ。安心したまえ」
ド・ヴァンは、強くなってくる潮風に髪をなびかせながら笑って言う。ホルスタイン提督は苦笑しつつ、尊敬のまなざしをド・ヴァンに向けて言った。
「それについては、本職たちも驚いております。あれほど強硬だった総督府が、こうも急に態度を軟化させたのはどういった経緯でしょう? 後学のため、差支えなくば教えていただけませんか?」
ド・ヴァンは、肩をすくめてこともなげに答える。
「別に秘密なんて何もないよ。ボクたちの渡航に『学術的必要性』が生じたことを理解してもらっただけだ。昔から言うじゃないか、『ペンは剣よりも強し』ってね?」
ド・ヴァンの言葉に、ミツケールはただ笑ってうなずく。
だが、元軍人であり、臨検の経験も豊富だったホルスタイン提督には、それだけで十分だった。彼は笑って答える。
「なるほど、これはいい経験でした。今後の『海の傭兵』活動でも参考にさせていただきます」
ド・ヴァンは、史料の研究に余念がないミツケールを、中甲板の特別貨物室に見送ると、その足で上甲板にある士官室に向かった。この一角を、ガンルームを取り仕切る士官に頼んで団の会議室としていたのだ。
幹部団員には司令官室や艦長室の近くに部屋が宛がわれていたが、ド・ヴァンは自身も含め幹部団員を艦内の当直割に参加させ、部屋もマディラとソルティ、ウォッカとテキーラ、自分とブルーでシェアしている。
そこでド・ヴァンは、探していた人物を見つけて話しかけようとしたが、
(マディラ? ワインと何の話をしているんだろう?)
二人が深刻な顔をしているので、話しかけるのをためらった。いや、正確には深刻な顔をしているのはワインだけで、マディラはどうも泣いているらしい。
(ふむ、マディラはニイハオ島の遺跡調査では、何かナーバスになっていたな。同じエルフだから、ワインにしか相談が出来ないことなのかもしれない)
そう考えたド・ヴァンは、とりあえず自室に戻ることにした。後からワインに詳細を聞いてみようと思いながら。
一方でワインは、ド・ヴァンが自分たちを見て姿を消したことに気付いていた。
(ド・ヴァン君のことだ、マディラさんが不安定なことは気付いていたはず。しばらくはボクに任せようという腹かな?)
ガンルームにいたワインは、マディラがいきなり彼の前に座って泣き出したことに当惑していたが、ド・ヴァンの登場と無言の退場で、少し心が落ち着いた。
ガンルームは軍艦の若い士官たちのたまり場で、酒は許可がない限りご法度だが、お菓子や清涼飲料などは安く手に入る。この時もワインたちの反対側には、数人の士官が菓子を食べながら駄弁っていたが、マディラが泣き出したのを見て一斉にワインを非難するような眼で見た。
ワインは、葡萄酒色の髪をわしゃわしゃと掻き、士官たちに無言で肩をすくめて見せる。それを見て士官たちは察しよく、ワインたちの邪魔にならない程度の声で雑談に戻った。
「やれやれ、これでボクとマディラさんは、ガンルームの格好の話題になるだろうね」
ワインが面白そうにつぶやくと、泣き止みかけていたマディラは急いで涙を拭いて謝る。
「す、すみませんね。ワタシのせいでワインを好奇の目にさらすことになって。ただ悩みを聞いてもらってるだけだ、って説明してくるわ」
そう言って立ち上がろうとするマディラを押し留めるように、ワインは首を振って言う。
「その必要はないよ。彼らはこの雰囲気をちゃんと判っている。それが、スマートさをモットーとする青年海軍士官の心遣いだよ」
「でも、変な噂が立ったら、ワインが迷惑するし、ワタシも困る」
マディラの反論に、ワインは苦笑して答える。
「大丈夫さ。ボクのことを面白おかしくいじることはあっても、女性には優しいのが彼らの習性だ。キミやソルティさんはこの船の女神扱いされているからね。間違ってもキミを下げるような噂は立たないさ」
ワインはそう言うと、意地悪そうな笑みを浮かべて続ける。
「ボクは、キミとの噂が立っても一向に構わない。同じエルフだし、キミのことを好ましい女性だとも思っているからね?
キミはド・ヴァン君のことが気になっているみたいだから、いい話をしてあげよう。『人の噂も七十五日』と言う、ボクたちがこの艦を降りて2か月もすれば、今の出来事なんてすっかり忘れられているさ」
するとマディラは顔を真っ赤にしながら、
「ワ、ワイン、それは団長には内緒にして!? でないとワタシ、『ドラゴン・シン』に居づらくなっちゃう」
そう頼んで来る。ワインは微笑みながらうなずき、
「安心したまえ、ボクは他人のペースを邪魔するシュミはないから。
それより、キミがわざわざボクを探してまで相談したかったことの方が、ボクには興味深いんだ。話してくれないかい?」
そう言うと、マディラははっとした様子で辺りを窺い、ワインの方に顔を近づけてささやくように言った。
「ワタシ、部屋でキャロット神殿遺跡から出土した遺物の模写を見ながら、『神代エルフ文字』をワタシなりに解読していたの。そしたら気になる文言があって……。
ワタシ一人でこの結果を受け止められなくて。ワインならきっと、明確な判断をしてくれると思ったの」
涙ぐむマディラを見ながら、ワインは力強くうなずく。
「分かった。キミがそれほど心を痛めているんだ。新たな翻訳はそれほど衝撃的だったんだね? 話してみるといい」
するとマディラは首を振りながら、一枚の紙をポケットから取り出し、ワインの前に滑らせて言った。
「口頭で伝えると間違いも起きるし、何よりワタシはその文言を二度と口にしたくない。ワイン、それを読んでみて?」
ワインはうなずいて紙を手に取り、書かれている詩を一目見て顔色を変えた。
そこには、こう見え消しで書いてあった。
『木々の魔力を継ぐ者は、木々の精霊と魔族にいる。世界の生命を絶やさぬよう、魔族の英雄は最後の戦いに赴くだろう。そして生命の重さを知らしめるが、魔族の英雄は裏切られ、英雄は命を刈り取る者と化すだろう』
マディラの字は端正だが、後の方になっていくに従って乱れがちになっている。どれだけマディラがこの結果に驚愕し、それでもワインに見せるため、かなりの努力をしたことが窺われた。
「これは、『ニイハオ島神殿遺跡』の内部に安置されていた石板のテクストだね? 最初の翻訳とはほぼ真逆の意味になっているが、どうしてこんな解読結果になったんだい?」
一瞬の驚愕が過ぎると、ワインは冷静さを取り戻して訊いた。
マディラは、間違いに気付いてしまった自分を恨むような顔で、ワインに再解読の経緯を説明した。
ワインは、自分の部屋に閉じ籠って、マディラから渡されたテクストと翻訳を前にため息をついた。
あの後、ワインはマディラに笑いかけ、
「大丈夫だ。これは『預言』ではなく『予言』だ。つまり、キャロット様の意思を伝える文書ではなく、キャロット様が視られた未来を危惧して書かれたものだ。
逆に言うと、こんなことが起きないように気を付けろという、キャロット様からの時を超えた注意喚起だ。だからボクは、この解読に気付いてくれたキミに感謝したいよ」
そう言うとマディラは不思議そうに訊き返す。
「ワイン、この文書が預言ではないって、なぜ言い切れるの? そりゃあ確かに、予言は『誰かが予め言った、起こるかもしれないこと』で、預言は『誰かが神から預かった、起こるべきこと』だから、予言と思った方が救いはあるけれど」
するとワインは、片方の眉だけを器用に吊り上げ、
「ふふ、ボクも少しだけ『神代エルフ文字』はかじったことがある。テクストの最初の文字に注目してくれたまえ。そこには『Donne di ‘qu』とあるだろう?
『Donne』は『神』だ。ただ、『di ‘qu』で『汝らが君主』となり、これは精霊王の一人称になる。すなわち、これはキャロット様自らがおっしゃった言葉ということだ。
もし、精霊王の言葉を聞いた人間が記したものなら、『Donne di ‘qu iste joane e-le-qweru.(汝らの君主が申し渡す) 』でなく、『Donne dre ‘wie seine joanet e-le-qweru(我らが君主はこう述べられた)』ってなるはずさ」
そう説明すると、マディラは穴の開くほど予言詩を見つめ、ほっと溜息をつく。
「……やっぱり、あなたは恐ろしいほどものを知っているわね? あなたを出し抜くのが簡単じゃないわけだわ」
マディラの顔色が通常に戻ったのを見て、ワインは笑って言った。
「それはどうも。でもボクだって万能じゃないし超人でもない。この詩については、しばらく考える時間をくれないか?
それと、さっきド・ヴァン君が来ていた。ボクたちを見て遠慮したようだ。後でキミからド・ヴァン君に説明してあげるといい。『ワタシが好きなのは団長だけです』ってね?」
「ばか。すぐに茶化すから、あなたってカッコいいくせにモテないのよ」
マディラは怒ったようにそう言って、
「でも、ありがとう。少し希望が見えて来たわ。この詩については、ワタシから団長に説明しておくことにする」
席を立ちながらそう言うと、はにかむように笑って、ガンルームを出て行った。
(……キャロット様からの時を超えた注意喚起……か。このことはジンに伝えたものだろうか? それとも、スナイプ様やメロンさんに相談してからの方がいいだろうか?)
ワインは、マディラが再解読した文言が『魔王と勇者の書』に書かれたある場面の記述そっくりなことに気付いていた。
『魔王と勇者の書』は、20年前に起こった『魔王の降臨』について書かれたもので、当時の『伝説の英雄』マイティ・クロウをはじめ大賢人、『賢者会議』の面々がどのような行動をしたかが書かれている。著者不明のこの本は、長らく『賢者会議』によって禁書扱いされていたが、大賢人ライトによって禁書指定が解かれている。
ワインは、1年ほど前にこの本を手に入れた。マディラは『魔王と勇者の書』を読んだことがないので気付けなかったのだろうが、ワインがこの本を貸しているド・ヴァンならば、詩の秘めた恐るべき内容に気付くかもしれない。
「……勇者は選択を迫られる。運命の導きに従うか、運命に抗って新たな世界を目指すか……。今までの勇者は運命の導きこそ至高と考えていた。マイティ・クロウすらそうだ。
でも、5千年前の世界で、運命の残酷さを知っているジンが、どんな選択をするのかは、誰にも分らない。ただ、マディラさんが第2テクストの再解読でも同じ読み方をしているのだけが、救いと言えば救いかな……内容はともかくとして、少なくともジンは正しい選択をするようだから」
そう独り言を言うと、テーブルの上の詩に再び目を落とした。
★ ★ ★ ★ ★
『アノマロカリス』号は順調な航海を続け、とうとう明日にはホッカノ大陸が見えるはずの所まで来ていた。
「団長さん、初めての船旅はどうだった?」
僕が、おそらく最後になるだろう船上での月を感慨深く眺めていると、カイ船長が船橋に上がって来て訊く。心なしか寂しそうな顔をしている。
「ええ、最高でした。恐らく『アノマロカリス』号だったから、こんなに楽しい旅ができたんだと思います」
僕が本心から答えると、カイ船長はカラカラと笑い、
「そうかい、そりゃよかったぜ。それに『伝説の英雄』からそこまで褒められちゃ、天にも昇るって気持ちだぜ。仲間たちもその言葉を聞いたら感激するだろう」
そう言って、不意に笑いを収め、真剣な顔で言った。
「団長さん、『暗黒領域』は人が踏み込む場所じゃねえって聞いたことがある。もちろん、『騎士団』のみんななら、『暗黒領域』を踏み分けて、『魔王』って奴をぶっ倒してくれるって信じているが、過信と油断は禁物だぜ? なんせ団長さんを狙っているのは、魔物だけじゃねえっても聞いているからな」
そう一息で言うと、僕の肩を両手でつかんで、
「俺は仲間を失いたくねえ。俺たちが魔力を使えるんなら、『アノマロカリス』を売り払ってでもあんたと旅を共にするんだが、仲間を無駄死にさせねえのも船長としての務めだ。
いいかジン、絶対生きてアインシュタットに帰って来てくれ。俺は『魔王の降臨』を解決して凱旋するあんたを、この『アノマロカリス』でヒーロイ大陸まで送り届けることを楽しみにしているんだ」
そう熱く語りかける。僕は船長の、いや、カイ・ゾックという漢の真情に触れ、胸が熱くなった。
「分かりました。ご忠告、胸に刻んでおきます」
僕が感激の面持ちで答えると、カイ船長はにかっと笑い、
「騎士の誓いは絶対っていうからな、そう言ってくれるなら、俺は安心することにするぜ。
ところでジン、あんたたちを降ろすシャイン村の件だが、少し様子が変わっているそうなんだ。事前に情報を知らせておかないと、陸に上がって戸惑うだろうからな。
『騎士団』のみんなにも、現状を少し説明させてくれ」
そう言う、僕はもちろんうなずいた。
「なあ、ジン。俺が以前話したこと、どのくらい覚えている?」
船長室に向かいながら、カイ船長が訊いて来る。僕は簡単に、
「船長のお母さんが、陸での『運び屋』的な仕事をしているんだったね。彼女に任せれば、帝都シャーングリラに潜り込める……そういうことだったと記憶しているけれど?」
そう答えると、カイ船長はうなずいて、
「おお、よく覚えていてくれたな。それで、現在のシャイン村だが」
ドアを開けた船長は、僕を長椅子に座らせ、戸棚からラム酒のビンと木のお椀を二つ取り出して僕の前に座った。
「ジン、あんた酒は?」
僕に笑いかけて訊く。僕がお酒を嗜まないことを見越して訊いているのは確かだった。
「いえ、飲んだことはありません」
僕が答えると、カイ船長は大仰に驚いて見せ、
「ええっ!? うちじゃイッチだってラム酒は大好物だぜ?『伝説の英雄』が酒の一杯や二杯飲めなきゃ、今後、バカにされる場面が出て来るかもだぜ?」
そう言いながら、僕の前に椀を置き、3分の1ほど注いで笑う。
「なあジン。俺は何も酒に強くなれって言ってるんじゃない。飲めねえ奴は体質的に絶対無理だからな。うちじゃ、ああ見えてカノンは一滴も飲めねえ。飲むとすぐ蕁麻疹が出るんだ。だから俺も勧めねえ。
だがな、もし体質的に無理じゃねえんなら、酒を嗜んでおくといい。適量な酒は身体を温めるし、酒の席では本音も聞ける。相手を酔い潰して主導権を握るってことも出来るし、傷を洗えば消毒もできる。
最初は少し口に含んで、ゆっくり飲み込むんだ。それで具合が悪くなるようなら、それ以上勧めねえよ」
そう言いながらカイ船長は、自分の椀になみなみと注いで、ゆっくりと飲み干す。その様は、傍から見ていても美味しそうだった。
「……うん、やはり友と飲む酒は最高だ! ジン、最初は少しだけだぞ?」
カイ船長の笑顔につられて、僕はラム酒が入ったお椀を取り上げた。
次の日、僕は自分の船室で目覚めた。
(あれ、なんで僕は船室にいるんだ?)
僕は昨夜のことを思い出そうとするが、サンがどうとか、パンジーがどうとか、花の名前ばかりが浮かんできて、肝心なことを一向に思い出せなかった。
「あら、ジンくん。気分はどーお? 吐き気とかめまいとかしない?」
そこに、スナイプ様が入って来て、僕が目覚めているのを知るとニヤニヤ笑いをしながら声をかけてくる。僕はゆっくりと起き上がって、
「いえ、何ともありません。てか、昨日船長と話したこと、何も思い出せないんですが?」
そう答えると、スナイプ様はチェシャ猫めいた笑いを張り付けたまま、
「そーお? きっとお酒を飲んでいい気持ちで寝込んじゃったからだわ。でもジンくんって、いつの間にかお酒飲めるまでに成長してたのね? ジンくんのちっちゃい頃を知っているだけに、お姉さんなんだか感動しちゃった」
そう言った後、僕を蹴飛ばすように告げた。
「それはそうと、ホッカノ大陸が見えて来たわよ。カノン航海長によれば、シャイン村の沖合まであと2時間ってところらしいわ」
「それは大変だ。上陸の準備をしないと」
僕は慌てて寝台から飛び降りる。荷物そのものはそんなにないが、下船した後の行動を打ち合わせないといけないし、『運び屋』との手違いがないように調整しないといけない。
そして何より『アノマロカリス』号を下りるってことに対し、まだ心の準備ができていないのだ。
僕は船室を出て、急いで船橋に駆け付ける。カイ船長はいつもどおり、右舷船橋に立って、近付いて来るホッカノ大陸を静かに眺めていた。
「船長」
僕が声をかけると、船長はどことなくホッとした様子で、
「目が覚めてくれたか。ゆっくり別れを惜しむ暇もないかと思っていたぜ」
そう言うとニカッと笑い、
「どうだいジン、ラムは美味かったか?」
そう訊いて来る。僕は思わずうなずいて、
「ええ。ただ、せっかく楽しい思い出になるはずだったのに、何も覚えていないんですよ」
そう正直に告白する。
だが船長は上機嫌で、
「それなら大丈夫だ。ジンは酒を飲めるってことが分かったからな。酒ってのはある意味戦闘と同じさ。場数や慣れの部分が大きくてな?
だから、あんたが凱旋するときには、面白い話がたくさん聞けるだろうぜ。楽しみだ」
そう言って僕を意味ありげに見て、視線を船橋の左舷側に移す。そこでは、カノンさんとイッチさん、ハンナさんが何やら揉めていた。
いや、揉めているのではなく、三人で何か一生懸命に話をしている。ただ、その雰囲気がとてつもなく真剣で、殺気すら感じるほどだった。
「……何ですか、あれ? 普段のカノンさんたちと違いますが」
僕が訊くと、船長は肩をすくめて答える。
「いや、俺から見れば、あれがカノンたちの素だけどな?
実は、サンの所まで誰が付いて行くかで揉めているらしい。三人とも付いて行きたいって言ってきたが、ダメだって申し渡した。そしたらあんな感じさ」
サン……何か聞いたことがある言葉だが、考えてみれば船長のお母さん……いや、思い出した! お母さんは亡くなってしまって、今は『運び屋』としての仕事を船長の妹さんが引き継いでいるらしい。そんな話だった。
「いえ、場所さえ教えていただいたら、僕たちだけでも大丈夫ですから。せっかくの気持ちを踏みにじるようですが、誰か一人ってことになったら、仲違いの本になりませんか?」
僕は船長にそう言って断った。例えばシェリーとラムさんとウォーラさんの三人から、一人だけを選んで相部屋になるようなものだ……そう考えると胃が痛む。
しかし船長は、
「俺は女心ってのには疎いが、三人ともジンのことを心から気に入っていると思う。だからあれだけ熱心になるんだろう。船の都合が付けば、三人に行ってもらうのが一番だが、生憎と積み荷を早く届けないといけなくてね?」
そう言うと、三人の方へ大股に歩いて行った。
「大航海家、話は決まったかい?」
「あっ、カイ。たまにはあたいも陸に上がりたいし、サンちゃんにも会いたいから、あたいを行かせてくれよ。あんただって両大陸で五本の指に入る航海術の達者じゃないか。4・5日あたいがいなくても『アノマロカリス』は大丈夫だよ」
カノンさんがそう言うと、イッチ主計長兼通信長も負けじと、
「ジン様はあたしが『アノマロカリス』に案内したんです。最後の見送りまで責任もってあたしにさせてください、船長」
最初に僕と出会ったことをアピールする。
「カノンは航海長で、この船をアインシュタットまで連れて行く義務があるし、イッチは積み荷を確認する必要があるんとちゃうん?
それに引き換えうちは、船が船台に上がらない限り仕事はあらへんし、小修理程度なら部下たちだけでもちゃっちゃとやれるから、うちが一番『アノマロカリス』にも迷惑かけへんで。なあ船長?」
珍しく左目のアイパッチを外したハンナさんが、ド正論をぶち込んで来る。
カイ船長は温顔を湛えたまま、三人の言い分を辛抱強く聞いていたが、
「ふん、お前たちで三人で、ジンをサンの所に送って行くか?」
そう、驚きの発言をした。
「えっ、いいのかい? 航海長も通信長も、工作長もいなくなるんだよ?」
カノンさんが驚いて訊き返すと、カイ船長は笑って答える。
「誰かを選んで、変なしこりを作るよりはいいだろう? カノン、最先任のお前が指揮を執って、ジンを間違いなくシャイン村の農園まで送ってこい。
ボートを1艘出すから、帰りはそれを使って大至急アインシュタットまで来るんだ。日限は明日を含めて5日ってことにするぜ」
それから半日後、『アノマロカリス』号は薄墨のような空の下で黒々と横たわるホッカノ大陸、シャイン村の沖1カイリの所で錨を下ろした。
「じゃあ、ジン。それと『騎士団』のみんな、ホッカノ大陸での活躍を祈っているぜ」
「カイ船長も、皆さんもお元気で。僕たちみんなも、『アノマロカリス』号の活躍を祈っています。楽しい旅をありがとうございました」
僕はカイ船長の言葉を受け、彼と握手してボートに乗り込んだ。続いてシェリー、ウォーラさん、ガイアさん、チャチャちゃんが乗り込んで来る。
後ろのボートには、ラムさん、ジンジャーさん、スナイプ様、レイラさん、そしてメロンさんが、カノンさんたち三人と共に乗っている。
「ライン放せ!」
後ろのボートからカノンさんの声が聞こえる。僕のボートでも、指揮官が『アノマロカリス』号から降ろされていた縄梯子と、係留用の綱を切り放した。
と同時に、8人の水夫がオールを漕ぎ出す。
「ジン、絶対に帰って来いよ! 今度は浴びるほどラムを飲ませてやるからな!」
カイ船長が弩弓甲板で手を振っている。いや、よく見たら、手が空いている水夫たちはみんな弩弓甲板に整列して、僕たちに手を振ってくれている。中にはマストの横桁や見張台から手を振ってくれる者もいた。
「ありがとう。アタシたちもみんなのこと、忘れないよー!」
感激屋のシェリーが、真っ先に立ち上がって両手を振る。ボートがグラッと揺れたが、船員たちはすぐにオールや舵で揺れを抑えた。
「シェリー、危ないから座ってくれ」
僕は手を振りながらシェリーに注意する。シェリーもグラッと来たのが怖かったのか、僕の注意をおとなしく聞いてくれた。
シャイン村の浜辺は、やわらかい砂地だった。2艘のボートは、波打ち際まで乗り上げて止まる。
「イッチ、ハンナ、ボートをもっと引き上げておくんだ。高波が来てもさらわれないところまで運ぶよ」
カノンさんがボートの底から、太くて長い丸太を浜辺に放り投げながら言う。僕たちのボートも、同じような丸太を10本ほど浜辺に放り投げた後、
「では、皆さん、お元気で」
指揮官の号令で『アノマロカリス』号へと漕ぎ戻って行った。
僕たちは、カノンさんたちに協力して、ボートを波打ち際から百ヤードほど陸に運び、丸太や草の束をボートに投げ込んで人の目から隠した。
作業が終わると、カノンさんが久しぶりの上陸に嬉々とした表情で、
「ジンさんたち、手伝ってくれてありがとうよ。
じゃ、これからサン・ゾック様の所へ案内するけど、サン・ゾック様のコミュニティには合言葉があるんだ。先ずはそれを覚えておくれ」
僕たちが、いくつかの合言葉をしっかり頭に叩き込んだことを確認すると、
「では、ご案内するよ。あたいについて来ておくれ」
砂浜から村へと続く小道を歩き出した。
★ ★ ★ ★ ★
月明かりの中、2階建ての洋館が白く浮かび上がっている。その周囲には、薔薇の生け垣が作られ、優雅で、それでいて物静かな雰囲気を醸し出している。
その洋館の中央、中庭に面した2階の部屋で、銀髪碧眼の女性が燭台の光で日誌を付けていた。静かな空間に、紙の上を走るペンの音だけが聞こえてくる。
その静けさは、ノックの音で破られる。女性はドアに目を向け、澄んだ中性的な声をかけた。
「何事ですか?」
「クロッカス様、夜分にすみません。カイ・ゾック様の部下だというお方が、ジン・ライムという騎士様とその団員たちを連れておいでになっていますが」
ドアの外から聞こえてくる声に、クロッカスは立ち上がって、
「ふむ、思ったより早かったですね……分かりました。失礼のないように応接室にお通ししておいてください。私もすぐに一階に降ります」
そう命令する。
「かしこまりました」
ドアの外でそんな返事がして、廊下を立ち去る音がする。クロッカスはその音を聞きながら、薄紫のナイトガウンを脱いでタキシードに着替え始めた。
(カイ様と連絡が付いたのが5日前だったかしら? その時はまだカイ様はウラジミール環礁にいた。それからたった5日でここまで着くなんて、どんな手段を使ったのかしら?)
サンは不思議に思ったが、『アノマロカリス』号の客人を案内したという声がしたので、クロッカスは部屋を出る。桃色の髪をした可愛らしい娘が、ピンクのワンピースに剣というアンバランスな格好でクロッカスを待っていた。
「スイートピー、ローズは起きているかい?」
「うん、客人を出迎えたのはローズだよ。彼女は『アノマロカリス』からのお客だって知って、すぐにお嬢様に知らせに行ったんだ。あたいに客人のもてなしは任せるからって」
さわやかな声で答えるスイートピーに、クロッカスは微笑んで
「そう、それは気が利くことね。あなたも、夜中に突然起こされて大変でしょうが、カイ様のお客なら相応の待遇で迎えてしかるべきなの。しっかり手伝ってね?」
そう言うと、スイートピーははにかんだように笑って、
「大丈夫。あたい、お嬢様にすんごい憧れてるから、お嬢様のためならたとえ火の中水の中だよ♡」
元気に客室へとクロッカスを案内するのだった。
僕は、その屋敷を一目見て、
(カイ船長が言っていたけど、船長のお母様はかなりのやり手だったんだなあ。カノンさんの話では、村の東外れに桁違いの農園もあるそうだし。船長の妹さんって、どんな方なんだろう?)
屋敷の佇まいに、期待が膨らんだ。確かに屋敷は大きいが、大き過ぎるほどではない。しかし、良く手入れされた外壁や、きちんと管理された生け垣などを見ても、この屋敷の主人が威厳を持っていることが分かる。
先代のサン・ゾックさんが亡くなったのは、もう1年ほど前だというが、それでも管理が行き届いているのは、後を継いだ2代目のサン・ゾックさんの人望が篤いことを証明しているように思えた。
コンコン、コンコン
ドアがノックされる。それに応じたのはカノンさんだった。
「ジン・ライム団長がお待ちです。中にどうぞ」
「失礼します」
ドアの向こうから現れたのは、身長170センチほどのタキシードで身を固めた女性だった。彼女は僕と同じ銀色の髪の下で輝く碧眼を僕に当てて、きびきびとした口調で挨拶する。
「初めまして、私はこの屋敷の管理人でクロッカスと申します。ジン・ライム団長、カイ船長からあなたのことは聞いています。よくおいでくださいました。
主人のサン・ゾックは農園にいます。遣いを差し向けましたので、もうすぐおいでになると思いますが、それまでゆっくりとお過ごしください」
そう言うと、彼女は後から入って来た桃色の髪をした女の子に、
「スイートピー、あなたはお嬢様がおいでになったら、この部屋にご案内して」
そう命じる。女の子はうなずくと、僕にスカートの裾をつまんで時代がかった挨拶をし、部屋を後にする。
「カノン様、お久しぶりです。あなたが『アノマロカリス』号を離れるのは珍しいですね。わたしはてっきり、お客様を案内してくるのはハンナ・ログ工作長だけだと思っていましたが、あなたに加えてクーノ・イッチ通信長までとは。カイ様のご命令ですか?」
クロッカスという女性は、かなり細かいところまで気が回るし、『アノマロカリス』号のこともよく知っているようだ。
(今の質問は、カノンさんへの注意とも取れるな。航海長をはじめとした幹部船員を使いに出すなんて、彼女にとってはあり得ない判断なんだろうな)
僕がそう考え、カノンさんがどんな返事をするかと見守っていると、カノンさんは屈託ない笑いをして、クロッカスさんの疑問に答えた。
「アッハハハ、船長の許しもなしに船を離れたら大変なことになるよ? もちろん、あたいら三人がジン団長をここにお送りするのはカイ船長の命令さ。
それだけ船長はジン団長を気に入ったんだね。もちろん、あたいらも、他の船員たちも、ジン団長はじめ『騎士団』のみんなは尊敬してるし、大好きさ」
その答えを聞いて、驚愕を隠せないクロッカスさんは、僕のことをまじまじと見つめ、あることに気付いて表情を硬くする。
「……初見のお客様をまじまじと見つめてしまって、はしたないことをしました。
ですが、無作法を承知でお伺いします。あなたは魔族ですね?」
僕は無言でうなずいたが、左隣に座っているシェリーは、クロッカスさんの瞳に侮蔑と恐れの色が浮かんでいるのを見て取って、瞬間湯沸かし器張りにムッとした。
「魔族だったら何? アタシのジンをバカにするんだったら、絶対に許さないんだから!」
「まあまあ、シェリーちゃん、ちょっと落ち着いて。ジンくんのモットーが『暴力ハンタイ』ってことは、あなたが一番よく知っているでしょ?」
僕の真後ろに立っている賢者スナイプ様が、春風のような声でシェリーを眺め、クロッカスさんに問いかける。
「あなた、クロッカスさんって言ったかしら? ジン・ライム、あるいはジン・クロウの噂は聞いたことなぁい?」
その言葉で、クロッカスさんの顔が凍り付いた。
「……」
「知ってはいるみたいね?
アルクニー公国では大海獣リヴァイアサンを倒し、トロールの群れを鎮圧。
リンゴーク公国では公国乗っ取りを企んだ『組織』の野望を阻止して所領を拝領。
そしてトオクニアール王国では、『組織』に通じた裏切者、前の大賢人チェスター・リーを討伐……ジン団長は、それほどのことをやってのけた『伝説の英雄』なの。魔族の血が流れているからと、団長をバカにすると痛い目を見るわよ?」
畳みかけるように言うスナイプ様の言葉一つ一つが、見えない魔弾のようにクロッカスさんを貫いているのが分かる。彼女の額は汗でぬれ、顔色は真っ青だった。
「……ジン・クロウ。あなたが、水の精霊王を倒した、あのジン・クロウ殿ですか?」
絞り出すような声で質問するクロッカスさんに、右隣に座っているラムさんが止めの言葉を吐いた。
「アクアが『組織』に踊らされて先に仕掛けて来たんだ。団長は降りかかる火の粉を払っただけだ」
クロッカスさんはがっくりと頭を垂れ、
「……それほどのお方とは……カイ様が友情を乞われた理由が分かりました」
そうつぶやいた後、サッと顔を上げ、
「今までの無礼を心からお詫びいたします。わたし風情の妄言は気にせず、お嬢様とも友情を結んでいただければ幸いです」
深々と頭を下げるのだった。
「サン・ゾックお嬢様がお着きになられました!」
ドアの外から、ピンクの髪をした女の子が報告する。僕たちと談笑していたクロッカスさんは、すぐに精悍な顔つきになり、立ち上がるとドアを開けながら言った。
「お嬢様、お待ちしておりました。カイ様のご友人たるジン・ライム様とそのお仲間たちです」
「お疲れ様、クロッカスにスイートピー。それとローズも、真夜中にも関わらず迎えに来てくれてありがとう」
そう言いながら入って来たのは、シェリーと同じくらいの背丈の女性だった。真夜中にも関わらず、青を基調として黄色と黒をアクセントにしたイブニングドレスをきちんと着て、同じ配色の帽子をかぶっている。ふわふわの茶髪をした彼女によく似合っていた。
僕は、第一声を聞いて、さすがはカイ船長の妹さんだと感心した。年頃はチャチャちゃんと同じくらいと見たが、スナイプ様と同じような落ち着きと知性、そしてお茶目さも感じた。
「初めまして、僕はドッカーノ村騎士団の団長、ジン・ライムです。お兄様にはとてもお世話になりました。ご兄妹からお力をお借りするのは気が引けますが、何分僕はマジツエー帝国の現状を含め、通り一遍のこと以外はぜんぜん分かりませんので、よろしくお願いいたします」
サン・ゾックさんは立ち上がって挨拶する僕を、茶色い瞳でじっと見つめている。
カイ船長の黒い瞳も、深淵を覗いているような迫力があったが、サンさんの瞳には見ているものの本質を見抜くような、それでいて見られていることが不快にならない不思議さがあった。
「ジンさん、お兄様からワタシのことはどう聞かれていますか?」
今後のことを話すのかと思いきや、いきなりそんなことを聞いて来るサンさんに、僕は一瞬戸惑ったが、
「お亡くなりになったお母様の後を受けて、マジツエー帝国で『運び屋』をはじめ住民のためになる事業を行っておられると聞いています。カイ船長が絶賛していましたから、どんなお方かお会いするのを楽しみにしていました」
笑顔でそう答えると、彼女は僕の左右にいるシェリーとラムさんを交互に見つめ、僕に視線を戻して笑顔を咲かせた。それは、華やかではあるが鼻につかない、可憐さに満ちた笑顔だった。
(まるで三色スミレみたいだな)
僕は彼女が着ている服から、そう連想した。そんな僕に、サンさんは身体を寄せながら言ってくる。
「ジンさん、今後の我が『ブリューエン』とドッカーノ村騎士団との行動については、お互いに副首領に任せて、ワタシたち首領同士、お互いをもっと知り合うために二人っきりでお話しませんか?」
「お嬢様!」「え!? いきなり二人っきりはマズいっちゃよ」
サンさんについてきた白髪の若い女性と、赤毛でくりくりとした碧眼を持つ少女が叫ぶが、サンさんは頓着せず二人に言う。
「大丈夫よ。聞けばジンさんはお兄様の友人だって言うじゃない。あの気難しくて人を見る目が厳しいお兄様が心を許すほどのお方よ? 何にも心配要らないわ」
そして続けて、
「クロッカスとナルシス、悪いけれどドッカーノ村騎士団の皆さんと、今後ワタシたちが行う支援をご説明して。そして行動の詳細を調整しておいてくれない? ジンさん、どなたとお話しすればいい?」
部下への命令がてら、僕に訊いて来る。その強引さに、僕は思わず
「え? じゃ、シェリーとラムさん、ジンジャーさんに頼むよ」
そう答えてしまった。
シェリーはさっきから真っ青な顔をして肩を震わせていたが、後ろからスナイプ様が、そっと肩を抱き、
「シェリーちゃん、ジンくんを信じて。マジツエー帝国に上陸したばかりなのに、揉め事を起こすのは得策じゃないわ。私も協議に加わるから、ね?」
そうなだめたため、シェリーはやっとのことで爆発を抑えた。
「……分かったわ、ジン。任せて」
シェリーは何とか笑顔でそう言ったが、僕がサンさんの方に歩み寄ろうとしてシェリーの側を通ったとき、彼女は低い声で
「ジンのバカ。あとで見てなさい」
僕の耳元でささやいた。
シェリーは僕が出て行った後、スナイプ様やジンジャーさん、ラムさんを後ろに従えて、クロッカスさんたちに斬り込むように言った。
「アタシはドッカーノ村騎士団の副団長、シェリー・シュガー。今後の行動を話し合うそうだけど、まずはあなた方の腹案を聞かせてくれる?」
僕とサンさんは、スイートピーという女の子に連れられて、館の2階に案内される。階段を上ると長い廊下があり、
「お疲れ様、スイートピー。もう下に降りて、みんなと一緒にお茶でも楽しみなさいな」
そう言ってスイートピーさんをまるで追い立てるように階下へ下がらせる。
「さて、それじゃジンさん、ワタシについて来てください」
そう言ってサンさんが僕の先に立って案内してくれる。そして彼女は、一番奥の部屋、突き当りになっている場所のドアを開きながら笑って言った。
「この部屋は、いわゆる『開かずの間』です。ここを開けていいのはお兄様だけなのですが、実は、お兄様からジンさんにこの部屋の中にあるものを見せて差し上げろという指示を受けていました。
ですから、部下の誰にも知られてはいけなかったのです。ジンさんの隣にいた、ポニー・テールのシルフの彼女には悪いことをしましたが、ワタシたちの秘密も守らねばなりませんから、ご容赦くださいね?」
そして、ドアを開けた彼女は、先に部屋の中に入り、僕を手招いた。
「ジンさん、どうぞ中にお入りください。ワタシの父が収集していた宝物の中にあった、『伝説の英雄』が持っていたと伝わる『風の宝玉の欠片』です」
『風の宝玉の欠片』! それは隻眼の大賢人スリング様が、風の精霊王ウェンディから渡されたという魔力の増幅アイテム、『風の宝玉』が砕け散ったものだ。
『風の宝玉』については、『魔王と勇者の書』によれば、マイティ・クロウが魔王と対峙した時に、スリング様が『風の魔障壁』を発動した後、マイティ・クロウを逃がす際に彼に託したと伝わっている。
それがなぜ、マイティ・クロウの手から離れたのか、なぜ砕け散ったのかは判らないが、少なくとも僕と賢者スナイプ様はその欠片を持っているし、スナイプ様によれば、僕はその欠片を集めなければならない運命なんだそうだ。
僕は決心すると、一つうなずいて部屋に足を踏み入れる。その途端、サンさんが持っていた『風の宝玉の欠片』は、淡い翠の光を発して、細かく振動し始めた。
「……やはり。お兄様の見立ては正確でしたわ」
サンさんは、僕の胸の辺りで翠の光が揺らめくのを見てそうつぶやくと、『風の宝玉の欠片』を持ったまま僕の方へと歩み寄り、僕の胸にそれをそっと押し当てた。
僕は、身体が痺れたようになって動けない。よく見ると、キマイラを退治した後見つけた『風の宝玉の欠片』のように、それは僕の胸に点った光と共鳴して、鼓動のように光が明滅している。
ドクンッ!
「うっ!?」
サンさんが持つ『風の宝玉の欠片』が僕の胸に触れた時、僕は世界が弾け飛ぶような感覚を覚え、気が遠くなっていった。
(山賊を狩ろう!その3に続く)
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
遂にジンたちはホッカノ大陸に一歩を記しました。けれど、のっけから不思議な展開になりましたね。
ホッカノ大陸、つまりマジツエー帝国では、まだ火の精霊王フェンが領地獲得を諦めていません。それがジンたちの旅にどう影響してくるのか、次回をお楽しみに。




