Tournament95 The Sea Serpent hunting(シーサーペントを狩ろう!)
物資補給のために立ち寄った環礁で、ジンたちはシーサーペントの退治を依頼される。
しかし、その話は『組織』がジンとの接点を作るためのものだった。
【主な登場人物紹介】
■ドッカーノ村騎士団
♤ジン・ライム 17歳 ドッカーノ村騎士団の団長。典型的『鈍感系思わせぶり主人公』だったが、旅が彼を成長させている。いろんな人から好かれる『伝説の英雄』候補。
♤ワイン・レッド 17歳 ジンの幼馴染みでエルフ族。結構チャラい。水の槍使いで博学多才、智謀に長ける。お金と女性が大好きな『やるときはやる男』
♡シェリー・シュガー 17歳 ジンの幼馴染みでシルフの短剣使い。弓も使って長距離戦も受け持つ。ジン大好きっ子だが報われない『負けフラグヒロイン』
♡ラム・レーズン 18歳 ユニコーン族の娘で『伝説の英雄』を探す旅の途中、ジンのいる村に来た。魔力も強いし長剣の名手。シェリーのライバルである『正統派ヒロイン』
♡ウォーラ・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造った自律的魔人形。ジンの魔力で再起動し、彼に献身的に仕える『メイドなヒロイン』
♡チャチャ・フォーク 13歳 マーターギ村出身の凄腕狙撃手。謎の組織から母を殺され、事件に関わったジンの騎士団に入団する。シェリーが大好きな『百合っ子ヒロイン』
♡ジンジャー・エイル 20歳 他の騎士団に所属していたが、ある事件でジンにほれ込んで移籍してきた不思議な女性。闇の魔術に優れた『ダークホースヒロイン』
♡ガイア・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造ったエランドールでウォーラの姉。『組織』に使われていたがメロンによって捕らえられ、『騎士団』に入ることとなった。
♡メロン・ソーダ 年齢不詳 元は木々の精霊王だがその地位を剥奪された。『魔族の祖』といわれるアルケー・クロウの関係者で、彼を追っている。
♡エレーナ・ライム(賢者スナイプ)27歳 四方賢者として『賢者会議』の一員だった才媛。ジンの叔母?に当たり、四方賢者を辞して『騎士団』に加わった『禁断のヒロイン』
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
波の音と、船の揺れが心地よい。
(赤ん坊の頃、揺りかごの中で眠っていた時って、きっとこんな感じだったんだろうな)
僕がそう思うと同時に、意識がぽっかりと浮かび上がる。きっと長い眠りだったんだろう、身体の節々が強張っている。
「ジン、起きた?」
隣の寝台から幼い声がする。僕はゆっくりと身体を起こしながら、声の主に顔を向け、笑いかけた。
「同時に目覚めたみたいだね? メロン、君の言う『継承の儀』はうまく行ったんだろうか?」
すると、メロンもゆっくりと起き上がり、翠色の髪に手櫛を当てながら答える。
「キャロット様の魔力は、ちゃんと継承できているわ。あなたも、必要とあらばいつでも木々の魔法を使えるはずよ」
「そうか、君が名実とも精霊王としての魔力を取り戻せたんなら良かった。
しかし、あの後、『運命の背反者』に対して、『摂理の調律者』様は、どんな処置をされたのだろう?」
僕は少しの期待を込めて訊く。僕たちが今までさまよっていた7千年前の時空で、エピメイアが処断されたとしたら、5千年前の『摂理の黄昏』も違った結果になっているかもしれない。そうしたら、ウェカが生きている可能性もある。
けれど、メロンは残念そうに首を振って、冷厳な事実を僕に説明する。
「プロノイア様は摂理に従順なお方。過去や未来に干渉されることはあっても、摂理として決定された過去であれば、その変更を認められないわ。
今度のことも、恐らくはわたくしたちがあの時空に現れる前の段階まで、『時空の巻き戻し』を行われたと思うわ」
「時空の巻き戻し?」
僕は寝台に座り直して訊き返す。メロンも同じように、僕に向かって座り直し、
「すべては、『なかったこと』になるの。恐らくわたくしも、プロノイア様の記憶の書き換えで、今回経験した出来事はすべて忘れ、わたくしが知っている『摂理が決定した過去』しか思い出せなくなるでしょうね」
そう言って寂しそうに笑う。それはそうだ、時空が巻き戻ったら、7千年前の『摂理の黄昏』で活躍した風の精霊王ウェンディ・ヴェント様が生き返るというメリットはあるが、精霊覇王エレクラ様はじめ、あの時空の精霊王たちの共通認識となった、キャロット様の改良された小麦の罠について、何の知見も残さないことになってしまう。
僕の思いを汲み取ったのか、メロンはゆっくりと寝台を降りて、僕の肩に手を当てる。
「こればかりはしょうがないわ。でも、エピメイアにあなたのことを知られていない状況に戻ったし、アルケーだって誕生していない時空に戻ったってことなの。それでよしとしなくちゃ」
僕はその時、メロンの言葉に自分を無理やり納得させたが、アルケーの存在という矛盾が残っていることに気付くのは、もっとずっと後のことになる。
「とにかく、『伝承の儀』が無事に終わったことをみんなに報告しなきゃ。自律的魔人形さんや獅子戦士さん、それに幼馴染さんたちがきっと首を長くして待っているんじゃないかしら?」
メロンはイタズラっぽくそう言って、船室のドアへと歩いて行った。
僕が眠っている間に、『アノマロカリス』号は、ずいぶんと行程を進んでいたらしい。久しぶりに弩弓甲板に上がった僕は、日差しのまぶしさに思わず目を覆った。
「よう、団長さん。ずいぶんと長い眠りだったみたいだな。いい夢は見られたかい? 久しぶりに船橋で潮風に当たらねえか?」
船橋から、赤銅色に日焼けした逞しい男性、カイ・ゾック船長が声をかけてくる。僕はありがたくその誘いを受け入れることにして、船橋への階段を駆け上がる。
「ふむ、長く眠っていた割には、筋肉は落ちちゃいないようだな。『伝承の儀』ってのはうまく行ったのかい?」
右舷後方からの風を受け、カイ船長は茶色い髪をなびかせながら訊く。
「ええ、まあそうですね。ところで、『アノマロカリス』号は、今どの辺りを航海しているんですか?」
僕は船長に、一番気になっていることを訊いた。シェリーによれば、僕とメロンはほぼ1週間というもの眠っていたらしい。
マズいことに、最初にメロンが
『大丈夫、長くても3日くらいで終わるはずよ』
と言っていたので、それ以降のシェリーの心配は凄かったらしい。
ワインでもいれば、シェリーの八つ当たりはすべてワインに向かうのだが、ワインにとっては幸運なことに、彼はド・ヴァンさんと一緒にキャロット神殿跡を調査中でここにはいない。
おかげでシェリーの心配は愚痴となって、今の今まで、たっぷり半日は彼女の話を聞いていたのだ。
カイ船長は、僕のどことなくげんなりした表情を読み取ったのだろう、わざと明るい声で、僕を海図台へと誘って言った。
「ミズ・カノン・アンカー、俺たちの雇主様が現在位置をご所望だ。説明してくれ」
すると、海図台でディバイダを握って海図とにらめっこしていた茶髪の女性は、顔を上げて僕に笑いかけた。
「おや、団長さん。もう何とかっていう儀式は終わったんだね? あんまり長いこと寝ているもんだから、あんたの幼馴染さんがひどい状態になってたよ。埋め合わせはしてあげたかい?」
……どうやら、シェリーのことは『アノマロカリス』号中の話題になっているらしい。舵輪を握っているマカリスター操舵長も、無関心を装って僕らの話にはしっかり聞き耳を立てているようだ。
「えっと、話は聞いてあげましたよ。それで現在位置は?」
僕が答えると、カノンさんは大げさにため息をついて、
「あらあら、団長さんはもっと気が利く男性だと思っていたけれど?『話を聞いてあげる』のは男性として当然のことよ。もっと彼女さんが喜ぶようなことをしてあげなくちゃ」
そう言いながら僕を優しく睨む。睨みはしたが、すぐに笑顔になって、
「……あ、そんなことしたら、今度はラムやウォーラっていう女の子たちが病んじまうか。
悪いね、団長さん。幼馴染さんのリカバリーは自分で考えておくれ」
そう言う。どうも僕は年上の女性にいじられやすいみたいだ。
「はあ、それで、現在位置は?」
怒りはないが、呆れすら通り越した僕がため息と共に訊くと、やっとカノンさんは真面目な顔で海図を指差して答えてくれる。
「この船がウラジミール環礁を目指していることは、船長から聞いているね?
で、今がこの辺り。今日は晴れて靄ってもいないから、視程は15マイル(約27・8キロ)ってところかな? 見張りからはもうすぐ見えてくるはずさ」
そう言っているところに、メインの見張り台から声が届いた。
「おーい、船橋、前方1時の方向に島が見えまーす!」
すぐにカノンさんは、後ろにいるマカリスター操舵長に、
「面舵、針路は140度だよ」
そう指示を下す。マカリスター操舵長はうなずき、舵輪を勢いよく右に回す。
「アイ、アイ、針路140度」
『アノマロカリス』号は、一瞬スピードを緩めると、ゆっくりと船体を左に傾けながら船首を回し始める。間髪を入れず、ブッシュ操帆長たちがマストに取り付き、風を最も効率よく受けるようにマストが回り始めた。
「舵中央、宜候-」
その瞬間、マカリスター操舵長は舵輪をサッと左に回し、船首が回りきらぬうちに舵を中央に戻した。
『アノマロカリス』号が定針したと見て、カイ船長が僕に話しかける。
「団長さん、環礁で補充する物資についてと、今後の航海について話したいことがある。副団長さんと獅子戦士さんをこの場に呼んじゃくれねえか?」
そう言って、僕の返事も待たずに、近場にいた水夫に命令する。
「イッチ主計長を呼んでくれないか? それと、団長さんからってことで、ミズ・シュガーとミズ・レーズンにも船橋においでいただくよう伝えてくれ」
「何なに、何の用事なの?」
「もうすぐ島に着くんじゃないか?」
しばらくすると、シェリーとラムさんがそんな話をしながら船橋に上ってくる。それを見て、カイ船長はニコニコしながら言う。
「よぉーし、全員そろったな。じゃ、協議を始めよう。ミズ・イッチ、まずは物資のことだ。説明してくれ」
イッチさんは、真剣な表情でうなずくと、手帳を見ながら口を開いた。
「食料と水についてです。本来ライスハーバーで、ホッカノ大陸までに必要な食料と水を積み込むはずだったんですが、どうしても総督府の許可が取れませんでした。
それで、一応ヘンダーソン島からトラック諸島を経由して、トオクニアール王国のアルトルツェルンまでの物資を積み込んでいます」
「え? 総督府はアタシたちがホッカノ大陸に行くことを、絶対に認めてくれなかったの? あれだけジンが協力したのに、恩知らずにもほどがあるわ!」
シェリーが怒ってそう言うが、ラムさんは僕が感じたのと同じ疑問を口にする。
「ふむ、商船ならイケると思ったんだがな。しかし、トラック諸島はマジツエー帝国領だが、そこに寄港するのはオーケーなんだな?」
「ええ、お互いの交易船が難破するのを避けるため、トラック諸島とアロハ群島のライハナ島は、お互いの寄港地や交易地として双方が使用できると協定が結ばれています」
イッチさんの説明に、僕たちはうなずく。
「でも、寄港地があるため、実際に認められた物資の量はヘンダーソン島までの分だけです。つまり、ウラジミール環礁でホッカノ大陸までの物資を補充する必要があります。
けれど、あそこではそれほどの物資は調達できないでしょう。仮に物資があったとしても、『アノマロカリス』に関する総督府からの通達が現地に届いていたらアウトです」
イッチさんは、困り果てた様子でそう言った。つまりは、僕たちは飢えを覚悟でホッカノ大陸へと進路を向けるか、おとなしくヒーロイ大陸へ戻るか、何とかして物資を調達するかの三択を迫られているのだ。
「……現実問題として、ウラジミール環礁に、ホッカノ大陸までの航海を支える物資はあるんですか?」
僕が訊くと、イッチさんは首を横に振る。
「島中の物資をかき集めたら、必要量を満たすだけのものはあると思いますが……。
あるいは島の長老が『備蓄品』の放出を認めてくれたら、ですかね?
どちらにしても、現実的ではありませんけれど」
イッチさんの言葉に、ラムさんが質問を投げかける。
「一つ訊いていいか? 君たちは何度もホッカノ大陸まで航海しているんだろう? その時の物資はどうしているんだ? ちゃんと必要量を積載しているんじゃないのか?」
「届を出して、交易を目的とすることや禁制品を積載していないことを確認されたら、必要量の積載は認められます。今回の場合は、ちょっと事情があって、届には目的地をコロリン諸島にしていたんです」
「ま、何度もそうやって抜け道を突いてマジツエー帝国に渡ったことはある。そん時ゃ、水の配給を減らしたり、食料分を減らして水を積んだりしてな? 足りない分は途中で釣りなんかして補うって寸法だ。
ただ、それをやるとかなり厳しい航海になるし、お嬢さんたちを乗せてそれはないだろうってイッチやカノン、ハンナが言うからな。団長さんの意見を聞きたいんだ」
イッチさんの言葉をカイ船長が補足する。
僕はシェリーやラムさんを見た。やっぱり自給自足の航海はきついだろうと思ったんだが、案に相違して二人とも目を輝かせている。
「何? 魚を釣ってその場で食べるの? おいしそうじゃない」
「うむ、私たちは騎士だ。騎士は必要とあらばどんな窮乏にも耐えねばならない。水を必要分積み込んで、自給自足ってのはいい案だと思うぞ?」
シェリーもラムさんもそう言う。僕は慌てて、
「自給自足ってことは、収獲がなければ食事にありつけないってことだよ? シェリー、ラムさん、それは解ってるよね?」
そう訊くと、二人とも心外そうに、
「解ってるわよ、そのくらい。でも、ホッカノ大陸に行かないと、ワインと合流できないじゃない?」
「うむ、それに私たちだけじゃなく、チャチャやジンジャーさん、メロンさんも賛成すると思うぞ? ウォーラとガイアは、最初から食事を摂る必要がないしな。ただ、問題は賢者スナイプ様だけれど」
ラムさんが言うと、なぜかスナイプ様が顔を出して、
「あら? 毎回の食事が魚なんて美味しそうじゃない? それに私、こう見えて釣りは得意なのよ?」
そう賛成の意を表す。
それを聞いたカイ船長は、じっとシェリーたちを見つめていたが、ニヤリと笑うと楽しそうに言った。
「分かった。じゃあ、俺たちの流儀でやらせてもらおうか。イッチ、ウラジミール環礁に着いたら、必要量に1割増しで水を手配だ。ついでにライムを数十箱買い付けて、残りを食料に充てよう。頼んだぜ」
★ ★ ★ ★ ★
ウラジミール環礁は、ちょうど北に大きな水道を持つ環礁で、もともとは火山島でありウラジミール島と呼ばれていた。
古ウラジミール山と伝わる火山は、今から1万数千年前に、島の中央部を吹き飛ばすほどの大噴火を起こした。その噴火により噴出した火山灰や噴出物により、世界は1週間ほど暗闇となり、太陽が見え始めても数年間はどんよりとした日が続いたという。
「……その噴火は、当時の人間たちを絶滅寸前まで追い詰めた。研究者の中には、両大陸で5万人から10万人にまで人口が減ってしまったって主張する者もいるわ」
『アノマロカリス』号がウラジミール環礁に到着した夜、僕たちは環礁で唯一の村であるマイムマイム村の数少ない宿屋に陣取って、賢者スナイプ様から昔の話を聞いていた。
「ずいぶん大きな噴火だったんですね。それで今は火山として活動しているんですか?」
僕がスナイプ様に訊くと、
「私は地質学者じゃないから、はっきりしたことは言えないけれど、『賢者会議』への報告を見ると、今は完全に活動を停止しているみたいね。
このマイムマイムの村長は代々火口湾の監視と調査の任に当たっているけれど、何か大きな動きがあったってこと、少なくともここ5千年は記録されていないわ」
そう答えると、眠そうにあくびをして、
「ふああ……。久しぶりに揺れない大地の上にいると、船上生活って思ったより疲れるんだなって実感するわ。メロンさん、もう眠らない?」
そう言って部屋を出て行く。
「わたくしも、キャロット様の夢でも見ることにするわ」
そう言ってメロンも、スナイプ様の後を追い部屋を出る。
「お姉さま、私たちもスリープモードに入りませんか?」
白い髪とアンバーの瞳を持つ、群青色のメイド服を着た少女、ウォーラさんもそう隣にいる同じ顔をした少女に問いかける。翠の瞳をした少女はうなずくと、
「うむ、そうしようか。我らも明日は必要とあらば『アノマロカリス』号の物資積み込みを手伝わねばならんからな。ジンジャー殿、我らは先に寝ている。鍵は開けておくから、勝手に入って来ても構わんぞ」
そう言いつつ部屋を後にした。この二人は見た目こそ人間そっくりだが、自律的魔人形という機械だ。しかし、感情や思考能力を持ち合わせていて、しかも魔力で自身の能力を飛躍的に増大させられる。
それを追って、
「そうですね、明日も早いでしょうし。団長さん、お先に失礼します」
ジンジャーさんが部屋を出て行く。
僕はそれを見送って、そこに残っていたシェリーに訊く。ラムさんはチャチャちゃんを連れて一足先に部屋に戻ったらしい。
「……シェリー、自給自足って結構厳しいと思うぞ。本当に大丈夫か?」
するとシェリーは、青い瞳を僕に向けて答える。
「大丈夫よ。ワインをあっちで待たせるわけにもいかないでしょ?」
「まあ、そうなんだけれど。でもワインならド・ヴァンさんたちと一緒だから、あまり心配はいらないと思うけど」
「そういう意味じゃなくて、ワインにしてもド・ヴァンさんにしても、今の状況ならジンと一緒に『暗黒領域』に行くべきだと思ってるに違いないわ。
だって、メロンさんから聞いた限りでは、『魔王の降臨』が起こるのは時間の問題って言うじゃない? だったら、『伝説の英雄』がいなくちゃ話にならないもの」
シェリーが右目を輝かせて言う。これから僕たちを待ち受けている困難に対して、一切気にしていないような笑顔だった。思えばシェリーは、僕が『騎士団』を立ち上げたいと相談した時から一貫して僕の力になってくれたし、この旅の途中では何度彼女から助けられたか判らない。
「……やっぱり僕は、幸せ者なんだな」
つぶやくように言う僕の言葉に、シェリーは大きくうなずいて
「うん、アタシもジンと旅ができて幸せだよ? できればこうやって、ずっと一緒に旅を続けていたいとも思ってる」
そう言うと、えくぼが出る笑顔で
「さて、アタシも寝ちゃおうかな。ジンと同じ部屋じゃないのは不服だけど」
そう言って、ラムさんとチャチャちゃんが待つ部屋へと歩いて行った。
次の日、僕は誰かに身体をゆすられて目が覚めた。
「う、う~ん……」
「ジンくん、起きて。カイ船長が相談があるって」
押し殺したような賢者スナイプ様の声で、僕はゆっくりと起き上がら。窓の外を見ると、まだ東の空は紫色をしており、下の方だけうっすらとオレンジ色が混じりだしている。
「……まだ朝日も昇っていないのに、何の用だろう?」
僕は寝ぼけ眼をこすりながら服を着る。スナイプ様は首を振って答えた。
「どんな用事であるにしろ、いい用事だとは思えないわね。ひょっとしたら、このまま何らかの事件に首を突っ込むことになる可能性も高いわ。身支度はしっかり整えておいてね?」
スナイプ様はそう言い残すと、ゆっくりと玄関兼用のダイニングキッチンに向かう。ほのかに紅茶の香りがしているのが感じられたので、メロンさんもすでに起きているらしい。
僕が身支度を整えて部屋に入ると、カイ船長は少し困ったような顔で
「団長さん、朝っぱらから面白くない話を聞かせることになっちまうが、相談があるんだ」
そう話を切り出す。
僕は船長の向かい側に座りながら、務めて笑顔で訊いた。
「どういうことですか?」
すると船長は、いかにも船長らしくズバリと本題に入る。
「今朝、『アノマロカリス』に村長の使いって奴がやって来て、『シーサーペントを退治してくれないか』っていう依頼を持ちかけてきた。どうやら団長さんたちの噂はこんなところまで広がっているらしくてな?」
「シーサーペント……ですか。詳しく話を聞いてみないことには、何とも答えようがないですが……」
僕は腕組みをして考える。僕たち『騎士団』を頼って来たのなら、できるだけ期待に添いたいが、相手を知らないことには戦いようもない。それに、
(僕たちのことを知っているということは、アロハ群島総督からの『アノマロカリス』号に対する協力禁止の通達が届いているのかもしれない。できれば協力して恩を売っておきたいものだけれど)
そんな思いもあったのだ。
スナイプ様も、メロンも、同じことを考えたのだろう。
「そうね、ジンくん、話を聞くだけ聞いてみたら? 私も同行するわ」
「わたくしも、できる協力はした方が良いと思うわ」
そう勧めてくる。
僕たちの意見がまとまったと見て、カイ船長はニコリと笑いながら立ち上がって言った。
「そう言ってもらえると思ったぜ。じゃ、早速だが俺と一緒に村長宅まで付き合っちゃくれねえか?」
ウラジミール環礁で最も多くに人が住んでいる村、マイムマイムは、北の水道の真向かい、環礁の南側にある。
この村がある場所は島の幅が最も広く、2マイル(この世界で約3・7キロ)ほどである。人々は長い年月をかけて山を切り崩して平らにし、標高にして50メートルほどの台地に村をこしらえていた。
村の南部は段々畑になってはいるが、潮風が直接当たるため、主に大麦やホウレン草、大根なんかが栽培されているそうだ。
『アノマロカリス』号は、直径10マイルもある環礁の南端に投錨していたので、宿もその近くにある。宿から村へ上ると、がっちりとした関門があった。
「誰だ!」
門を守っている若い男が、僕たちを誰何する。これだけ厳重なのは、海賊対策であるらしい。
「ああ、俺は下に停泊している『アノマロカリス』の船長だ。マルコ・コパック村長に呼ばれてやって来た。招待のお手紙はこれさ、検めてくれ」
カイ船長がそう言いながら手紙を手渡す。それを見た男は急に丁寧になり、
「ああ、例のシーサーペントの件ですね? お引き受けいただけるんでしょうか?」
そう訊きながら関門の脇にあるくぐり戸のカギを開ける。
「それはこちらの団長さん次第さ」
くぐり戸を通って村に入った船長は、僕の顔を見て笑う。男は僕を見て、
「ぜひお引き受けください。でないとみんな漁もできません」
必死な様子で頼み込んでくる。
「シーサーペントって、どんな奴なんですか? 大きさとか、どんな習性を持っているとか分かりませんか?」
僕が訊くと、男は怖気を揮ったように、身体をぶるっと震わせて答えた。
「アイツは化けモンです。長さは優に1ケーブル(この世界で約370メートル)はありました。素早く泳ぎ、潜っては船に体当たりして沈めてしまいます。それに毒の息を吐くんです」
それが本当なら恐るべき敵だ。しかも、いつか戦ったリヴァイアサン(と言われた大サメ)と違い、相手は水の中にいる。このクエスト、受けるにしても十分な作戦を立てる必要がある。
僕はそう思いながら、男に言った。
「ありがとうございます。村長さんから、さらに詳しいお話を聞きますね?」
まだ朝日が昇り切ってもいないのに、村長さんは僕たちの訪れを聞くとすぐに会ってくれることになった。この一事をもっても、どれだけ村にとってシーサーペントが厄介者なのかが分かる。
「よく来てくれた、『伝説の英雄』殿。わしがこの村の村長、マルコ・コパックだ」
村長はまだ50歳かそこらだろう、やや白いものが混じる黒髪を短く刈り込み、黒い瞳は鋭い光を放っている。
すると、僕が自己紹介する前に、スナイプ様が村長に声をかけた。
「久しぶりね、マルコ・コパック魔法博士。歴戦の魔戦士であるあなたでも歯が立たないとしたら、余程の魔物なんでしょうね、そのシーサーペントって」
すると、村長は僕の後ろにいたスナイプ様に初めて気が付いたのか、慌てて席を立って、
「こ、これは賢者スナイプ様! お久しぶりです」
そう言った後、スナイプ様の笑顔に促され、詳細を話し始めた。
「そいつが現れたのは、5日ほど前のことです。村の若者が、『環礁内の生簀が何者かに食い荒らされている』と報告して来たので、一緒に見回りに行ったところ、そいつがいたんです」
「大きさは1ケーブル程って聞きましたが、実際のところどうなんですか?」
僕が訊くと、村長はうなずき、
「それ位はありましたね。もっと大きかったかもしれません。水の魔力を持っていて、口から毒を含んだ水を吐き出します。わしも腕に覚えはありましたから一戦交えましたが、同じ『水』のエレメントだったんで魔法が通りませんでした」
悔しそうに言う。
「そう、じゃ、ジンくんなら『土』だから相性はいいでしょうね。で、そいつは1匹なんでしょうね?」
スナイプ様が訊くと、村長はうなずき、
「スナイプ様には敵いませんね。実はシーサーペントは2匹います。恐らくつがいでしょうな。1ケーブルというのは、小さい方の大きさです」
そう苦笑しながら話す。
「分かったわ。そのシーサーペント、私たちで何とかするわ」
「そうですか! それは助かります!」
スナイプ様の答えに目を輝かせた村長に、スナイプ様はイタズラっぽく笑って言った。
「その代わり、クエストクリア時にお願いしたいことがあるの。聞いてくれるわよね?」
「え? は、はい。それはもちろん」
村長が答えると、スナイプ様は上機嫌で
「約束よ? じゃ、ジンくん、カイ船長さん、行きましょう」
そう言って、僕たちを連れて宿へと戻った。
★ ★ ★ ★ ★
宿に戻った僕たちは、メロンさんから話を聞いていたシェリーやラムさんたちに早速囲まれた。
「団長、相手はシーサーペントですって? 久しぶりの魔物退治で腕が鳴りますよ」
ラムさんはすでに臨戦態勢だ。赤い髪が帯電して膨らみ、青い放電すら起こっている。
「でも、相手は海の中なんでしょ? 不利になったら潜って逃げるに決まってるわよ。どうやって戦うの?」
シェリーの意見は至極もっともだ。現にジンジャーさんやウォーラさんはそのことを考えているのだろう。二人とも眉を寄せて難しい顔をしている。
「まあまあ、そこは私に任せて。それよりジンくん、もうすぐお客さんが来るから、その娘が宿に入るのを誰にも見られないようにしてあげられるかしら?」
スナイプ様が不思議なことを言う。そう言えば、ここに戻って来る途中も、スナイプ様はカイ船長に、
『水の調達は協議したとおりでいいけど、食料調達は少し待って。それと、できるだけ船倉を空けておいてね』
そんな指示を出していたのだ。
僕はそれを思い出し、
(スナイプ様に何か考えがあるんだろうな)
そう判断して、ジンジャーさんにお願いする。
「ジンジャーさん、今スナイプ様が言われたこと、お願いしてもいいかな?」
するとジンジャーさんは、ハッと顔を上げて、
「は? はい、了解いたしました。それでスナイプ様、誰を待っていればいいのでしょうか?」
そう訊く。まあ、単に『その子』と言われても、どんな人物なのかは判りようがない。
けれどスナイプ様は眼を閉じると、
「今、宿の向かい側でこっちを見ているわ。15・6歳の女の子で、ちょっと変わった『水』のエレメント持ちよ。お願いできるかしら、ジンジャーさん?」
そう言うと目を開けてにっこりと笑う。
ジンジャーさんも途中から目を閉じていたが、すぐにその場から姿を消した。
まさにその頃、宿屋の向かいに生えているヤシの木に隠れるように、少女が立っていた。
彼女は肩の長さで切りそろえた黒髪を、しきりと左手の指に絡ませながら、逡巡したように木陰から出たり入ったりしている。
着ているものは村長や村の人たちと同じ、甚平のような紐を結んで固定するもので、上下とも若草色の生地に細かいツユクサのような花を染め上げている。
「どうしよう、『伝説の英雄』様や賢者スナイプ様を危険な目には遭わせられない。
かといって、本当のことを言ったらお父さまが罪に問われるかもしれないし……」
少女がつぶやいた時、すぐ近くから女性の声で、
「その話、詳しく聞かせてもらっていいかしら?」
そんな声とともに、黒髪を長く伸ばした女性が現れ、黒曜石のような瞳で少女を見つめた。ジンジャーである。
「!?」
少女は声を上げようとしたが、ジンジャーの視線にからめ捕られ、声も出せず、指一本動かすことすらできなくなってしまう。
ジンジャーは、パニックになりかけている少女の耳元で、優しくささやいた。
「わたしはジンジャー・エイル。賢者スナイプ様の仲間よ。心配せずに私と共に来てちょうだい。スナイプ様と『伝説の英雄』が待っているから」
少女は、次の瞬間には宿屋の中にいた。すぐには状況を飲み込めないのか、目をぱちくりさせて周囲を見回している。
僕はそんな彼女に、務めて優しい声で問いかける。
「初めまして、僕はドッカーノ村騎士団の団長、ジン・ライムだ。君の名前を聞かせてもらっていいかな?」
すると、少女はやっと目の前に並んでいる僕たちが幻影でも夢でもないと確信したのか、二・三度深呼吸してから名乗った。
「あ、あたしはレイラ・コパック。村長マルコ・コパックの娘です」
「レイラさん、あなたをここに連れて来てもらったのは私よ。あなたが話そうか迷っていることを聞きたくてね? 私が誰だか知っているわね?」
スナイプ様は優しい声で言う。けれどその雰囲気は、お世辞にも『優しい」とは言い難かった。
「……はい、賢者スナイプ様です。それで……その……」
レイラさんは明らかに気圧されている。顔からみるみるうちに血の気が引いて行った。
「……私はあなたの考えが読めますが、敢えて口には出しません。あなたの口から本当のことを言えば、スナイプ様にもお慈悲はあると思いますよ?」
白髪で群青色のメイド服を着たウォーラさんが、アンバーの瞳を光らせて追い込みをかける。ウォーラさんは見た目こそただの人間にしか見えないが、実は魔力をエネルギーにして動く自律的魔人形という機械だ。だから本人の意思に反して、時にはえげつないほど冷酷な雰囲気を醸し出せる。
「えっと……その……」
レイラさんの顔は蒼白いを通り越して真っ白になっている。このままじゃ気絶するかも……僕が思わずそう心配した時、絶妙のタイミングでガイアさんが言った。
「おぬし、父を助けたくはないんだな?」
ガイアさんはウォーラさんの双子の姉で、共に『組織』から依頼を受けたテモフモフというMADな博士に造られた。その声色は、凍えるほど冷たい響きでレイラさんの心臓をなでたのだろう、彼女はがっくりと肩を落とし、
「実は、シーサーペントは2匹じゃなく、数十匹も環礁内にいるんです。しかも全部が1ケーブルを超えたバケモノで、毒も一滴皮膚に触れただけで即死するレベルです」
そう白状した。
僕は眉を寄せる。マルコ村長は見るからに善人で、5千年前の世界で僕をたばかってウェカの首を狙ったゲロ・ゲーロとは明らかに別に思える。しかも彼が見せたスナイプ様への尊敬の念は絶対に作り物ではなかった。そんな彼がどうして、僕はともかくスナイプ様まで騙す必要があるのだろう?
「そう、良く教えてくれたわね。でも、それくらいのこと、マルコ・コパックと話をした段階で見通していたわ。私が知りたいのは、なぜ彼が私やジンくんを騙そうとしたかってことよ。知っていたら話してくれないかしら?」
スナイプ様は腕を組み、微笑んで訊く。レイラさんはその言葉にびっくりしつつも、必死になって哀願する。
「お願いです、父を処罰しないでください。父は『枢機卿特使』とかいう奴に脅されて仕方なく嘘をついたんです!」
そうか! 枢機卿特使……『組織』の親玉である枢機卿の手足となって動く奴らのことで、僕は一度ブラウンと名乗る奴とキャロット神殿遺跡で出会ったことがある。魔力も強そうだったが、それ以上に目的達成のためならどんなことでもやりかねないというヤバさを感じた。何にしても油断ならない奴らだ。
そんな奴らが暗躍しているのなら、マルコ村長が僕たちを罠にはめようとしたのもうなずける。
「私は、シーサーペントを倒した後で私の言うことさえ聞いてもらえれば、嘘の情報をつかませようとしたことについては不問にするわ。ただ、『伝説の英雄』がそれを許せばの話だけれどね?」
スナイプ様が意味ありげに僕を見る。するとレイラさんは、今度は僕に向かって、
「お願いです、『伝説の英雄』様。父を許してください! そのためだったらあたし、何でもします!」
そう言う。ただ僕は、そんなシリアスな場面だったのにもかかわらず、
(これがワインが居たら、『今、何でもするって言ったよね?』とか言って茶化すんだろうなあ)
そんなことを思っていた。
「……君が知っている限りでいい。枢機卿特使の名前や特徴、そして奴らが抑えている君たちの弱みを教えてくれ」
シェリーによれば、その時僕の瞳は緋色に輝いていたという。レイラさんは溜息をつくと、ゆっくりと事情を話し出した。
僕たちは、レイラさんから話を聞いて、緊急に作戦会議を行うことにした。
もちろん、レイラさんにはその場に留まってもらっている。今のところ彼女しか正確な情報を知っている者はいなかったし、それに彼女の魔力は特別だから、ぜひシーサーペント討伐に協力してもらいたかったためだ。
「枢機卿特使は『ゲルプ』と名乗っていたそうね? 彼はどこにいるのかしら?」
スナイプ様が訊くと、レイラさんは首を振り、
「分かりません。突然シーサーペントの群れとともにやって来て、島を取り囲みました。
そして、『言うことを聞かねば、こいつらを上陸させて村人を全滅させる』と脅してきたんです。それ以降、姿を見せてはいませんが、どこかで見張っているに違いありません」
そう言って暗い顔をする。
「……これは、シーサーペントを退治する班と、ゲルプとかいう枢機卿特使を迎え撃つ班に分かれた方が良いわね……」
スナイプ様はそう言いながら僕の顔を見て、にこっと笑い、
「シーサーペントは海の中にいる。だから遠距離攻撃ができる団員を充て、ハンター役を中心に戦った方が良いわ。ハンター役はラムさんにお願いできるかしら?」
ラムさんに視線を向ける。
「分かりましたが、サポーター役は誰を付けてくださいますか? 私としては、シェリーとチャチャは絶対に必要ですが」
ラムさんの意見に、スナイプ様は大きくうなずいて、
「もちろんよ。シェリーちゃんとチャチャちゃん、それに私とジンジャーさんがサポートにつくし……」
そこまで言ってレイラさんに視線を向け、
「レイラさん、あなたの水魔法は特別みたいね? どちらかというと『氷魔法』と言ってもいい性質を持っているわ。だからあなたにもシーサーペント退治に加わってもらいます」
そう命令に近い感じで言い渡す。レイラさんは『氷魔法』と言われた時、明らかに動揺したが、
「解るでしょう? 奴らを氷漬けにして、そこをラムさんやシェリーちゃんたちに止めを刺してもらうの。ゲルプについては心配要らないわ。『伝説の英雄』ジン団長に、ウォーラさんとガイアさんの姉妹、それにメロンさんがいるから、手出しなんてできないと思うわよ? たぶん」
スナイプ様にそう言われ、僕の顔を見て微笑して、
「……分かりました。ジン団長さんを信じます」
そう言ってくれたのだった。
★ ★ ★ ★ ★
シーサーペント狩りは、次の日の日の出と共に作戦行動を開始した。
前日のうちに、僕はスナイプ様とシェリーを伴って『アノマロカリス』号を訪れ、カイ船長に作戦を伝えてボートを1艘借りていた。
「ジン団長、この島のみんなを苦しめている奴をやっつけるんなら、俺たちにも手伝わせてくれよ。まったく水臭いぜ」
カイ船長は豪快に言うと、ラムさんを中心とする『攻撃班』用とシェリーを中心とする『サポート班』用に1艘ずつ出してくれただけでなく、ハンナ攻撃隊指揮官が指揮する『第2サポート班』まで出撃させてくれた。
ちなみに、『攻撃班』にはラムさん、ジンジャーさん、スナイプ様と『アノマロカリス』号乗組員10名が、『サポート班』にはシェリー、チャチャちゃん、レイラさんと乗組員10名、『第2サポート班』にはハンナさん以下15名が割り当てられている。
「いい? 先ずはハンナさんたちが囮になってシーサーペントたちを誘き出してくれるから、敵の数が少ないようだったらシェリーちゃんたちがまず攻撃して。
いきなり全力でかかってくるようだったら、私たち『攻撃班』が攻撃を始めるから、シェリーちゃんたちは適宜支援してちょうだい」
「分かりました。スナイプ様やハンナさんも気を付けてください」
シェリーはそう言うと、僕を見て、
「ジンも気を付けてね。レイラの話では、ゲルプって奴も結構強いらしいから」
心配そうに言うので、僕は笑って答える。
「心配しなくてもいいよ。ウォーラさんやガイアさんもいる。それより目の前の任務に集中して、不覚を取らないようにしてくれよ?」
僕はスナイプ様から『ジンくんは村の側にいて、枢機卿特使に対応して』、と言われたため、ウォーラさんとガイアさんを連れてスナイプ様やシェリーの班を見送った。
「さて、それじゃシーサーペントをやっつけてやりましょうか。ボートは一塊にならず、3方向から環礁の中央部に向かって進むことにしましょう」
スナイプ様が他の2艘に大声で指示を出しているのが聞こえる。
「あんなに大声で指示を出したら、シーサーペントに悟られちゃったりはしないのかな?」
僕は思わずそう口走ってしまったが、ガイアさんが翠の瞳を持つ目を細めて首を横に振り、
「あれでいい。スナイプ殿が本当に狙っているのは、シーサーペントではなくゲルプとかいう枢機卿特使の方だと思う。それにシーサーペントを誘き出すためには、こちらの存在を知られる必要がある」
そう言うと、青い海水を湛えた環礁を鋭い目で見つめる。
「……確かに、何十匹もの生体反応がありますが、少し不自然な所があります」
ガイアさんと同じく、鋭い目で環礁を眺めているウォーラさんが、不思議なものを見るような顔をしてつぶやく。
「不自然なところ?」
僕が訊くと、ウォーラさんは厳しい顔つきのままうなずいて答える。
「はい。生体反応は確かにあるのですが、妙にノイズが入ったような感じが致します。恐らく、あそこにいるシーサーペントたちはもともと別の生物で、何者かが魔力によってバケモノに変えていると思います」
僕はそれを聞いて大きくうなずく。考えてみれば、僕がこの旅を始めた当初から、魔物と何者かとの関わりは常に示唆されていた。ベロベロウッドの森のスライムたちしかり、デキシントンのサラマンダーしかり、ウミベーノ村のリヴァイアサンしかり……。
(やはり、『組織』の奴らは、最初っから僕たちに目を付けていたのだろうか?……)
僕はそう思いながら、枢機卿特使が今度は何を企んでいるのかに考えを巡らせる。
(最初、『組織』の奴らは、ウェンディやフェン・レイみたいな精霊王たちを中心に活動を行っていた。僕のことを最も邪魔にしたアクア・ラングがいい例だ。
けれど、ウェンディみたいに『組織』に対し信頼をおいていない精霊王が居たり、何よりも精霊覇王エレクラ様が『組織』や『賢者会議』に疑問を表したりして、さすがの『盟主様』とかいう奴も動かす駒に窮して来たんじゃないかな)
僕はそこまで考えて、ふるふると首を振る。もともと『組織』の奴らはこの世界そのものを変革しようとして活動している。それも、僕が知る限り前回の『魔王の降臨』があったとき以来だから、少なくとも20年は何らかの企みを進行させ続けて来ているのだ。
(……『組織』の奴らがどんな状態にあって、何を目的にしているかについては、ド・ヴァンさんたちの考えも聞いてみないことには何とも言えないな)
とりあえず僕は現状に集中して、現れる可能性が極めて高い、ゲルプという枢機卿特使を迎え撃つことにした。
「……なるほど、嫌な感じやね……」
環礁の真ん中付近まで進んだボートの上で、金髪碧眼で左目にアイパッチをした女性が、周囲を見回しながらつぶやく。彼女の周りでは、屈強な男たちが狙撃魔杖を構えて、海面のちょっとした変化も見逃すまいと目を光らせている。
「ハンナ戦闘指揮官、この周辺の海の色はおかしいですぜ」
すぐ横に立つ男がそう言った途端、ハンナの乗るボートの周囲が一斉に湧き立った。
「全員戦闘開始やで! シーサーペントが見え次第撃てっ!」
ハンナはそう号令をかけ、自身も目の前に現れたシーサーペントに狙撃魔杖の狙いを付けた。
「現れたわ。チャチャちゃん、ハンナさんのボートが包囲から脱出できるようサポートよ!」
囮となった第2サポート隊を救うため、シェリーはすぐさまチャチャに号令をかけ、自身も弓を引き絞る。
「行けーっ、『炎の拡散』!」
バシュンッ!
「ハンナさん、早く逃げてくださいッ!」
ドム、ドム、ドムッ!
シェリーの魔力を乗せた矢と、チャチャの魔弾がシーサーペントに炸裂するが、
ギュウエエエッ!
ドバーン!
シーサーペントたちはさしたる痛痒も感じないように、海面を泡立たせ、かえって猛り立ってシェリーたちの乗るボートに襲いかかって来た。
「アタシに襲い掛かろうなんて、いい度胸しているじゃない!」
バシュンッ!
ギエエエッ!
大口を開けて襲い掛かってくるシーサーペントの口腔内に、シェリーの矢が突き立って炸裂する。シェリーは元々から使える『風魔法』の他に、蟲使いと戦って失った左目の代わりに『火の魔力』が籠った魔法石を得ている。単なる拡散以上の魔力は、簡単にシーサーペントの頭を吹き飛ばした。
「あたしのシェリーお姉さまに手を出すなぁーっ!」
ドム、ドム、ドム、ドム、ドムッ!
チャチャちゃんも、手練れの早業でシーサーペントを狙撃する。彼女の狙撃魔杖は弾倉に5発の魔弾を装填できる。それを3秒ほどで連射し、しかも全弾を同じ場所に中てている。さしもの固いシーサーペントの鱗も、チャチャちゃんの1連射で確実に吹き飛び、当たり所によってはそのまま致命傷になっている。
「チャチャちゃん、危ないっ!」
チャチャちゃんがベルトから魔弾を5発引き抜いた時、彼女を狙って鎌首を持ち上げたシーサーペントをシェリーが射抜く。
バシュンッ!
グアアアーン!
片目を吹き飛ばされたシーサーペントは、往生際悪く、シェリーに向かって毒を吹き出した。
ブシャアアーッ!
「きゃあっ!」
「シェリーお姉さまっ!」
思わず叫ぶ二人を、緑青色の光が包む。
「その二人を簡単に殺させる訳がないでしょう?『慈愛の風洞』」
賢者スナイプ様がシェリーたちをシールドで包み、レイラさんに大声で呼びかけた。
「レイラさん、あなたの出番よ!」
それを聞いたレイラさんは、緊張で蒼白くなった顔でうなずくと、両手を広げて叫んだ。
「悪しきものよ、水の精霊王のみ名において、その活動を止めることを命じます。『寒流の導き』っ!」
ザザアーッ!
レイラさんの魔法は、水上に顔を出しているシーサーペントを凍りつかせただけでなく、環礁一帯の海水をたちまち氷で覆ってしまった。
「よし、今だッ! 行けえーっ、『灼熱の鳳翼』っ!」
ドウンッ!
間髪を入れず、ラムが炎をまとわせた長剣を真一文字に振り抜く。炎はまるで意思を持った翼のように、凍りついたシーサーペントたちを直撃した。
レイラさんの魔法が環礁を凍てつかせ、ラムさんの『灼熱の鳳翼』がシーサーペントたちを蒸発させるのを眺めた僕は、
「よし、バケモノたちはこれで何とかなる。さすがはラムさんたちだ」
そう言って、周囲を見回す。確証はないが、さっきから何となく視線を感じていたのだ。
「……そこにいるんだろう? 僕と話がしたいなら姿を現すといい」
僕が、20ヤードほど離れた椰子の林に向けて声をかけると、幹の間からくすんだ黄色のマントで身体を覆った男が現れる。顔はこれも沙漠の色をしたフードに隠れて見えないが、乾いた皮膚やパサついた髪がのぞき、男の不気味さを引き立てている。
男は、ハッハッと引きつった笑いをして、金属を引っ掻いたような雑音が混じった声で話しかけてきた。
「なるほど、お前が『伝説の英雄』か。私は『組織』の枢機卿、ゾンメル様の特使ゲルプ。まあ、私のことは村長の娘からすでに聞いているとは思うが。
ゾンメル様からは、お前がいきなり攻撃を仕掛けることはないと聞いてはいたが、話のとおりだな」
「……それは相手によるさ。話が通じないなら、叩くまでだからね。けれど、そんな言い方をするってことは、ゾンメルって枢機卿は話の分かる人物だと期待していいかい?」
僕が訊くと、男は機嫌良さそうに口元を緩めて答えた。
「ゾンメル様に限らず、枢機卿の皆様はヴィンテル様を除いてみな寛容であらせられるのさ。私たちだって話し合いで済むものなら、求めて争いごとを起こしたくないというのが本音だ……ということで、『伝説の英雄』がこの島に寄港するという情報を入手されたゾンメル様が、お前を『組織』までご案内しろと命令を下されたのだ。もちろん、戦いを前提としたものでないことは約束する」
僕はゲルプの瞳から視線を離さなかった。彼の視線は揺るぎ無く、後ろめたさを感じさせなかった。彼の『戦いを前提としていない』という言葉は真実……少なくとも彼自身はそう信じているとは思えた。
「……団長、彼は嘘を吐いていると自分では思っていないようだ。少なくとも、彼に命じた人物は、団長を連れて来ることを優先するような言い方で命令したものと思う」
僕の左側にいて、手槍を構えているガイアさんが言うと、
「はい、私もお姉さまに同意します。彼の言葉に嘘はありません。少なくとも、彼自身はまだ、ご主人様に対して攻撃を許可されていないと思われます」
右斜め前に出て大剣を構えているウォーラさんも言う。
(ジン、ここは彼の誘いに乗ってみるのも一つの手よ。そうすれば、『組織』がどんな集団かを判断する材料が手に入るわ)
僕の後ろにいるメロンさんが、頭の中に話しかけてくる。僕自身はすでに対応を決めていたが、三人が三人ともそう言ってくれたので、僕は迷うことなくゲルプの提案を受け入れることにした。
「分かった。君の主人であるゾンメル枢機卿と話ができるのならいい機会だと思う。君の提案を受け入れて、話し合いの場を設けることにしようじゃないか」
僕が言うと、ゲルプは薄く笑ってうなずきながら、
「そう言ってもらえるものと期待していましたよ、『伝説の英雄』。では、お前たちがマジツエー帝国に着いたら、会談場所をすぐに知らせることにする。
私たちはゾンメル様と私、そしてもう一人の特使の三人で出向くから、そちらも二人、同行者を決めておいてくれ」
そう言うと、現れた時のように突然に姿を消した。
(……魔力発動の揺らぎや兆候をまったく感じなかった。ひょっとしたら枢機卿特使たちは四神に匹敵する魔力や強さを持っているかもしれないな)
僕と同じことを感じていたのだろう、ガイアさんが虚空を見つめてぽつりとつぶやいた。
「……『組織』には思ったより手練れが多い。『魔王の降臨』が先に起こったら、対応に苦慮することになりそうだな」
レイラさんの魔法は、水上に顔を出しているシーサーペントを凍りつかせただけでなく、環礁一帯の海水をたちまち氷で覆ってしまった。
「よし、今だッ! 行けえーっ、『灼熱の鳳翼』っ!」
そこに間髪を入れず、ラムが炎をまとわせた長剣を真一文字に振り抜く。炎はまるで意思を持った翼のように、凍りついたシーサーペントたちを直撃した。
ドウンッ! ズバババーンッ!
ギュワアーン!
ラムさんの魔力は、十数匹のシーサーペントをあっという間に蒸発させただけでなく、凍りついていた海面を一瞬にして沸騰させ、環礁の底に逃げてやり過ごそうとした残りのシーサーペントを海面へと引きずり出した。
「逃げ場を失くした哀れな魔物よ、水の精霊王のみ名においてレイラが命じます。その心臓を罪の償いに捧げることを!『凍てつく水鎖』っ!」
ザアアアーッ!
グゥワッ!?
レイラさんの叫びとともに、水上に顔を出したすべてのシーサーペントに海水の奔流が巻き付き、それはすぐさま氷の鎖となって魔物たちを氷結させる。
「よし、最後は派手に決めさせてもらうぞ。『紫電連撃』っ!」
ラムさんは限界まで雷の魔力を貯め込むと、それを一気に爆発させる。
ズガガガッ、パアーンッ!
電気の負荷をかけたラムさんの軌道は目に見えないほど素早く、林立する数十の氷柱の中を一瞬にして何十回も駈け抜けながら長剣を揮った。その長剣にも電圧がかかっていて、斬れ味は名刀・名剣ですら比較にならない。
「……」
ラムさんが自分のボートに戻り、静かに長剣を背中の鞘に戻した時、
ブシャアアアッ!!
シーサーペントたちは凍てついた血をダイアモンドダストのように噴出させながら、数百もの肉塊と化して環礁に沈んだ。
「さすがね。ラムさんに止めを任せて正解だったわ」
漕ぎ寄って来たボートの上で賢者スナイプ様が褒めると、ラムさんははにかんだ様に笑い、レイラさんを見て言う。
「いや、これはレイラの魔力に負うところが大きい。『氷魔法』なんて初めてお目にかかったが、君はいったいどうやってあんな魔力を手に入れたんだ?」
すると、レイラさんはおどおどした態度で、
「い、いえ……あたしは物心ついた時から『変な子』扱いされていたんです。だって、まともに水魔法が使えず、凍らせてばっかりだったから。父はそんなあたしが奇異の目に晒されないように、この島に引っ越してきてくれたんです」
そう、つっかえながら話す。
賢者スナイプ様は、そんな彼女を優しい目で見ていたが、
「おそらく、何らかの特別な因子が絡んで変異的な魔力の発現になったんでしょうね。数百万分の一の確率で起こると言われてるけれど、私も実際の事例として観察できたのは初めてよ。
ねえ、レイラさん。言い方は悪いけれど、できれば私はあなたをもっと詳細に研究して、魔力の発現についてのメカニズムを明らかにしたいの。それに、あなたの魔力は今後、『暗黒領域』を探索するときにきっと役に立つわ。
だから、ジンくんの騎士団に入って、一緒に旅をしてくれないかしら?」
真剣な顔でレイラさんにそう言った。
「え!? あたしが、ですか?『暗黒領域』であたしがどんな役に立てるんでしょう?」
レイラさんが目を丸くして慌てたように訊き返すと、スナイプ様は見る人をとろかすような笑顔になって答えた。
「大丈夫よ。ジンくんの騎士団は、全員が『そこにいること』そのものが大事な役割を担っている者たちばかりだから」
(シーサーペントを狩ろう! 完)
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
次回からはいよいよ、マジツエー帝国編になります。『暗黒領域』に足を踏み入れているバーボンやアルケー・クロウ、帝国でまたまた問題行動を起こしている火の精霊王フェン・レイ、そして魔王の心臓を封印している元大賢人エウルア・ライムとジンの母エレノア……。
すべての人物のつながりと、20年前の『魔王の降臨』時に起こった出来事、そしてさまざまな運命の絡み合いについて、丁寧に書いていきたいと思います。
次回は、本作後半に向けての構成見直しを行いますので、2週間後の投稿とさせていただきます。どうかお楽しみに。




