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キャバリア・スラップスティック  作者: シベリウスP
アロハ群島編
89/153

Tournament89 The Traitor hunting:part4(裏切り者を狩ろう!その4)

遺跡の中で『組織』の枢機卿特使が木々の精霊王の魔力を狙う。元精霊王マロンは、正面から敵に戦いを挑む。そしてジンと賢者スナイプは、精霊王から思いもよらぬ申し出を受けるのだった。

【主な登場人物紹介】

■ドッカーノ村騎士団

♤ジン・ライム 17歳 ドッカーノ村騎士団の団長。典型的『鈍感系思わせぶり主人公』だったが、旅が彼を成長させている。いろんな人から好かれる『伝説の英雄』候補。


♤ワイン・レッド 17歳 ジンの幼馴染みでエルフ族。結構チャラい。水の槍使いで博学多才、智謀に長ける。お金と女性が大好きな『やるときはやる男』


♡シェリー・シュガー 17歳 ジンの幼馴染みでシルフの短剣使い。弓も使って長距離戦も受け持つ。ジン大好きっ子だが報われない『負けフラグヒロイン』


♡ラム・レーズン 18歳 ユニコーン族の娘で『伝説の英雄』を探す旅の途中、ジンのいる村に来た。魔力も強いし長剣の名手。シェリーのライバルである『正統派ヒロイン』


♡ウォーラ・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造った自律的魔人形エランドール。ジンの魔力マナで再起動し、彼に献身的に仕える『メイドなヒロイン』


♡チャチャ・フォーク 13歳 マーターギ村出身の凄腕狙撃手。村では髪と目の色のせいで疎外されていた。謎の組織から母を殺され、事件に関わったジンの騎士団に入団する。


♡ジンジャー・エイル 20歳 他の騎士団に所属していたが、ある事件でジンにほれ込んで移籍してきた不思議な女性。闇の魔術に優れた『ダークホースヒロイン』


♡ガイア・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造ったエランドールでウォーラの姉。『組織』に使われていたがメロンによって捕らえられ、『騎士団』に入ることとなった。


♡メロン・ソーダ 年齢不詳 元は木々の精霊王だがその地位を剥奪された。『魔族の祖』といわれるアルケー・クロウの関係者で、彼を追っている。


♡エレーナ・ライム(賢者スナイプ)27歳 四方賢者として『賢者会議』の一員だった才媛。ジンの叔母に当たり、四方賢者を辞して『騎士団』に加わった『禁断のヒロイン』


   ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


「あなたと会えなくなって、どれだけの時間が流れたでしょうね? 最後に会ったのは7千年前だったでしょうか、マロン?」


 木々の精霊王キャロット・トスカーナに憑依された金髪の女海賊、エコーは、懐かしそうにメロンに呼び掛ける。メロンは新緑の瞳を細めてうなずくと、


「はい。キャロット様が『運命の背反者(エピメイア)』に魔力を奪われて、『摂理の黄昏』に伏したと聞いて、わたくしは急いで『バウム』に戻りました。

 どうしてあの時、わたくしをウェンディ・ヴェント様のもとにお遣わしになったのですか? わたくしが側にいれば……」


「……側にいれば、私がエピメイア様に魔力を奪われずに済んだ……そう言いたいのですね? でもマロン、あなたがいれば、エピメイアに魔力を奪われたのはあなただったでしょう。そうなれば、あなたがアルケー・クロウと会うこともなく、魔族は生まれなかったかもしれません。それは『摂理の調律者(プロノイア)』様が望んだ未来ではありません」


 悲しそうに眼を伏せ、首を振って言うエコーだった。メロンには、その姿にキャロットの姿が重なって見えた。


「わたくしがアルケー・クロウに出会ったことが、すべての間違いだったんじゃないのですか? それをプロノイア様が望まれていたとは、いったいどういうことでしょうか?」


 メロンは混乱して訊く。アルケー・クロウはその出自から摂理に反する存在で、メロンはそれを承知しながらも、彼と共に摂理の疑問を解き明かす道を選んだ。


 そのために自分は精霊王の地位を奪われ、エピメイアを封じた後は『暗黒領域』に永らく眠らざるを得なくなった……数千年に及ぶ記憶が一気に頭を駆け巡る中、エコーの言う言葉は理解不能だった。いや、理解したくなかったのかもしれない。


「……世界は、摂理と共に歩んでいます。そして、魔族は摂理の完全さを証明するために生まれました。アルケーは、魔族を生んでこそ彼の使命を果たしたといえるのです」


 エコーは、在りし日のキャロットの声で、はっきりとそう言いきった。それで、メロンはエコーの言うことは彼女のでまかせや作戦ではなく、真にキャロットが憑依して自分に言い聞かせているのだと悟った。


「魔族を生んでこそ? 魔王という存在を生み出すことが、アルケーに与えられた運命だったということですか?」


 メロンはそう尋ねる。しかし、混乱する頭の中で、メロンは一つの信じられない解答を導き出していた。


(プロノイア様が望んだこと……それは『組織』の言う『浄化作戦』に通じるところがあるのかもしれない。それならジン・クロウとアルケーが出会うというのも、運命、いえ、摂理の導くところかもしれないわ)


「おや、もう決着がついている頃かと思ったが。エコー、そなたはその少女と今まで何をしていた!?」


 エコーが何かを答えようとしたとき、虚空から不意に茶色のマントの男が現れ、さも心外と言った様子でエコーを問い詰めた。


「あなたは、確か『組織』のブラウンとか言いましたね? 賢者スナイプが展開した11次元空間から、よく逃げ出せましたね?」


 翠色の魔力を展開したメロンがそう言うと、ブラウンは鋭いまなざしでエコーと彼女を見て、吐き捨てるように言う。


「くっ、魔力を利用するつもりが、逆にキャロットの術中にはまるとはな。仕方ない、その魔力、私が有意義に使ってやる!」


 ブシュッ!

「がっ!?」

「キャロット様っ!」


 ブラウンは、目にも止まらぬ速さで右腕を突き出し、エコーの胸を深くえぐる。そして心臓を抜き出すと、まだ拍動しているそれを両手で掴み潰した。


 ブシャッ!


 嫌な音と共に血潮が飛び散り、と共に心臓から噴出する魔力をブラウンは自らの中に取り込んだ。


「……あなたは、造られた存在(ホムンクルス)ですね?」


 キャロットの魔力を取り込み、しかもキャロットの思念は受け付けないブラウンを見て、メロンは冷たい声で言う。


 ブラウンは冷めた目でメロンを見ると、突然哄笑して言った。


「はっはっはっ、それがどうした? アルケー・クロウも私と同じホムンクルスだったではないか? 摂理を外れた存在だからこそ見えるものもある。お前の魔力も、すぐに私が手に入れてやる」


 するとメロンは、寂しそうに笑って答えた。


「……摂理に外れた存在でも、それに気付いて摂理の中で生きようとしたのがアルケーです。彼は摂理を不完全だと思い、その不完全さの理由と意味を追いかけていただけ。あなたとは違います」


 その言葉とともに、メロンは翠に光る葉っぱの魔力を身にまといながら続けた。


「それに、魔力を失うのはあなたです。気付きませんか?『伝説の英雄』がやって来るのを?」


「『伝説の英雄』だと? 何を余迷いごとを。あの小僧は今頃、私の魔力の檻の中で干からびているはずだ……何っ!?」


 凶悪な笑みを浮かべたブラウンだったが、自分たちがいる空間に微細な振動が走っているのを感じ取り、笑いを収めて周囲を見渡す。そんなブラウンに、メロンは厳かに言った。


「木々の精霊王は命を司ります。あなたにも、審判の時が来たようですね?」



「ジンくん、ジンくん!」


 スナイプ様の声が聞こえた気がした。


「ジンくん、ジンくん! 気をしっかり持って!」


 慌てたようなスナイプ様の声だ。僕は身体を包み込む暖かでゆったりとした感触が気持ちよくて、目を開けるのも億劫だった。


 その時、本当に久しぶりに『あの声』が聞こえて来た。


『ジン、そのくらいのことで我を失うんじゃない。お前には大事な役割がある。運命や摂理がお前を見放さないうちは、お前は死ぬことは許されないんだ』


 軽く頬を叩かれたような気がして、僕はゆっくりと目を開ける。ぼんやりとした視界に、僕を見下ろすようにして、誰かが僕の顔をのぞき込んでいるのが見えた。


『すっかり大きくなったな』


 その声は、とても優しくて、懐かしかった。緑青色の魔力に包まれたその男の人は、銀色の髪をなびかせて僕に笑いかけた。日に焼けたたくましい身体、翠色の瞳、そして腰に佩いているのは、僕がいつかスナイプ様に渡した僕の剣……。


『お前は強い、この俺が認めよう。どんな困難も、お前なら乗り越えられる。ジン、『約束の地』でお前を待っているぞ』


 男の人の言葉が終わると同時に、『払暁の神剣』は細かく震えだす。そしてそれに合わせるように、僕の身体からは翠と黄金色の魔力が噴き出した。


(まだ、終わりじゃない。僕は、まだ、生きている……)


 そう思ったら、身体が自由に動くようになる。魔力の噴出はさらに激しくなり、そこに紫紺の魔力までが加わった。


(掟……摂理と共にあれ、摂理が汝を導くのなら、その導きに従順であれ……)


 なぜか、その言葉を思い出した。


「ステージ3・セクト3『大地の慈愛(ホルストカリタス)』……」


 僕は土の魔法を展開する。僕を包んでいたよどんだ空気は雲散霧消し、ブラウンが仕掛けた罠の構造がよく判るようになった。


「……精神こころを封じる魔法か。心は常に動くもの、それを縛り付けるのは自分自身だ。『(ヴィンド)()発散(アウスストレメン)』!」

 バシュンッ、パアーンッ!


 僕の風魔法は、ブラウンの罠を内側から吹き飛ばした。


「ジンくん、大丈夫!?」


 スナイプ様が僕に駆け寄って来て、ふらつく僕の身体を支えてくれる。シェリーやウェカとはまた違う、いい匂いがした。


「大丈夫です。それよりブラウンは?」


 僕が訊くと、スナイプ様は悔しそうに唇を噛んで言った。


「私の世界から抜け出したわ。思ったより手強い奴みたいね」


「じゃ、メロンさんは二人を相手にしているってことですか? スナイプ様、早くメロンさんの所に行きましょう」


 メロンさんと相対していた女性には、木々の精霊王キャロット様の魔力が宿っている。キャロット様の意識が残っていれば、メロンさんと戦闘状態に陥ることは十中八九ないだろう。


 しかし、それもあの女性本体の意識がどのくらい強靱か、キャロット様が一体何をメロンさんに話したいのかで違ってくる。残りの一、二が起こりえるのだ。


 それに、ブラウンがあの場にいることで、あの女性の意識がどう変わるか分からない。そうなるとメロンさんがいかに木々の精霊王だったといっても、二人を相手にするのは厳しいだろう。


 スナイプ様も同じ気持ちだったのか、僕の言葉にうなずいて言ってくれた。


「もちろんよ。すぐに空間規定を解くわ。でも、すぐに戦闘に入る公算が大きいから、十分注意してね、ジンくん」


「はい」


 僕のうなずきを見て、スナイプ様は11次元空間の規定を解く。乳白色で明るい空間は消え去り、先ほどまでいた遺跡内部の空間に戻った。


 そんな僕たちが最初に目にしたのは、ブラウンが女性の胸から心臓を抉り出している光景だった。


「……あいつ、一体何を?」


「ちょっと様子を見ましょう。ジンくん、こっちへ」


 僕が茫然としていると、スナイプ様が僕の腕を取って物陰に引き入れる。


 僕たちが瓦礫の陰から見ていると、ブラウンはあざ笑うように、


「『伝説の英雄』だと? 何を余迷いごとを。あの小僧は今頃、私の魔力の檻の中で干からびているはずだ……何っ!?」


 凶悪な笑みを浮かべたブラウンだったが、何かを感じ取ったのか、笑いを収めて周囲を見渡す。そんなブラウンに、メロンさんは厳かに言った。


「木々の精霊王は命を司ります。あなたにも、審判の時が来たようですね?」


 そして僕たちが隠れている方に顔を向けると、


「ジン・クロウとエレーナ・ライム、あなた方には『深淵の間』で、キャロット様から直々に昔のことを聞いてもらう必要があります。ですから、ここでの戦いには参加しないでください」


 そう言いながら魔力を開放する。僕とスナイプ様は、翠の膜に包まれて、マロン様の魔力に守られる格好になった。


「……四神に匹敵する木々の魔力……貴様は本当にマロン・デヴァステータだったのか?」


 ブラウンが絞り出すような声で言うと、メロンは厳しい顔つきになり、彼の問いに魔力の開放でもって答えた。


「萌え盛る今を高らかに笑い、越軌の不逞を呪縛せよ!『花萌えるうた』のもとに」


   ★ ★ ★ ★ ★


「どうしたの、ジンジャーさん?」


「何か不測の事態でも起こったか?」


 遺跡の1層で宝物の略奪に余念がない海賊たちを捕縛するため、ゆっくりと入口に近付いていた二人のアクアロイドは、黒髪を長く伸ばした女性が不意に立ち止まったのでいぶかしげに聞く。


 ジンジャーは、注意深く周囲を確認していたが、ほっと安どのため息を漏らし、アクアロイドの二人に答えた。


「いえ、結構強力な魔力を感じたので、念のために『神の鳥観図(イーグル・アイ)』で確認しただけよ。近くに『ドラゴン・シン』がいるわ。ウォッカというオーガの戦士が一隊を率いて突入の時期を窺っているわ。わたしたちの突入と連動するつもりみたいね」


「何、もう『ドラゴン・シン』が来てくれたのか?」


「ということは、オー・ド・ヴィー・ド・ヴァン団長やジン・ライム殿も到着しているということですね。やはり、さっき感じ取った魔力はジン殿のものだったんですね」


 二人のアクアロイド……アロハ群島総督府のミシェル・ラントマン首席書記官とエノーラ・レイ特命書記官は同時にそう言い、覇気を丸出しにした。


「よし、それでは突入しよう。精鋭の噂が高い『ドラゴン・シン』がいてくれるなら、海賊たちを制圧するのもあっという間だろう」


 ミシェルはそう言うと、エノーラを連れて遺跡へと突進する。その姿を確認したウォッカは、にんまりとして背中の大剣に手を伸ばし、


「よし、突撃だ! まだ声を出すな」


 大剣を抜き放つとともに、先陣を切って入口へと斜面を駆け下りて行った。彼の部下百人が無言でそれに続く。


 ミシェルとエノーラは、そんなウォッカ隊の突撃を横目に見ながら、遺跡の入口から中に飛び込む。飛び込んだらすぐにミシェルは左に、エノーラは右にと展開しながら、二人とも先制攻撃の魔弾をたたき込んだ。


「くらえ、水の魔弾!」

 ボシュンッ!


「おとなしくしなさい!『水の呪縛』っ!」

 シャッ!


 奇襲を受けた海賊たちは、なすすべもなく二人の餌食になったが、奥にいたヤッタルワイはさすがに指揮官だけあって、わずかな時間で立ち直りを見せる。


「野郎ども、相手はたった二人だ! 同士討ちを気にせず、数にものを言わせて押し包んじまえ!」


 刀を抜いたヤッタルワイがそう叫ぶと、海賊たちは落ち着きを取り戻し、ミシェルたちをそれぞれに包囲して攻め立て始める。


「エノーラ、油断するな! こっちに来い!」


 ミシェルは剣を抜いて、海賊たちの攻撃を防ぎながら叫ぶ。エノーラはその声に応じて、短剣を振り回しながらミシェルのもとに駆け寄って来た。


「すぐに『ドラゴン・シン』が駆け付ける。それまで頑張るんだ」

「分かりました」


 ミシェルとエノーラは背中合わせになって声を掛け合いながら、海賊たちの攻撃を防ぐ。


 そこに、


「海賊ども、精霊王の神殿での狼藉は許さんぞ!『ドラゴン・シン』親衛隊長、ウォッカ・イエスタデイ推参っ!」


 野太い大音声が轟き、ウォッカを先頭に『ドラゴン・シン』の騎士たちがなだれ込んできて、形勢は一気に逆転した。


「抵抗する奴は叩き斬れ! 降参する奴は命だけは助けろ!」


 縦横無尽に大剣を揮うウォッカは、土の魔力で身を覆っている。もともと身体が頑丈でちょっとやそっとの剣や槍ではかすり傷しか与えられないオーガである。魔力でガードされたら、普通の人間の膂力ではまったくダメージを与えられない。ウォッカの前では、海賊たちはただ逃げ惑うばかりであった。


「くそっ! 俺様が相手だっ! でくの坊、ヤッテ・ヤッタルワイが相手をするっ!」


 ヤッタルワイは名乗りを上げながら刀を回してウォッカに肉薄するが、


「残念ね? あなたに死んでもらうわけにはいかないのよ。『闇の沈黙(ダーカイエット)』!」


 不意に目の前に立ちふさがったジンジャーが指を鳴らす。


「うおっ!? 目が見えねえ!?」


 ヤッタルワイはそう叫ぶと、ピクリとも動かなくなる。その脳天に、ウォッカの重い拳が振り下ろされた。


 ガンッ!「うげっ!」


 ヤッタルワイは、潰されたカエルのような声を上げて失神する。


「お前たちの隊長は生け捕った! 無駄な抵抗は止めろ!」


 ウォッカの大声に、海賊たちは戦意を無くし、次々と武器を捨ててその場に座り込んだ。


「ありがとうございます。おかげで助かりました」


 ミシェル首席書記官がエノーラ特命書記官を連れて、ウォッカに挨拶するが、彼は微笑と共に首を横に振り、


「いや、お礼ならジンジャー殿に言うべきだな。俺がヤッタルワイと遣り合えば、ほぼ確実に殺していただろうからな」


 そう言った後に哄笑する。


「そう言えば、ジンジャーさんは?」


 エノーラの言葉に、三人は周囲を見回すが、ジンジャーの姿はどこにも見えない。


「……この遺跡のどこかで、ジン団長が『組織ウニタルム』の奴らと戦っているはずだ。ジンジャー殿はその加勢に行ったのだろう。

 書記官殿、まずはこいつらをライスハーバーに連行した方がいいと、俺は思うぞ」


 少しの後、ウォッカが言うと、二人のアクアロイドは顔を見合わせたが、


「そうしましょう。ジンジャー殿には後日、お礼をいたします」


 ミシェルがそう言った。



 一方で、ニイハオ島の東側の海上を、一隻の帆船がかなりのスピードで航行していた。その帆船は、2本のマストと、船尾楼に隣接した見張り台を兼ねる望楼を持った珍しい形式で、甲板上には弩弓が並べられている。


 一見して、コルベット艦のようだったが、実は軍艦ではなく、れっきとした商船だった。その証拠に、メインマストのトップに翻る旗はトオクニアール王国の軍艦旗でも、海賊旗でもなく、北斗七星を象ったものだった。『運び屋』として名高いカイ・ゾック船長が率いる『アノマロカリス』号だったのだ。


「しかし、急遽俺たちで海賊を退治することになるとはな。『伝説の英雄』と一緒に戦いたかったぜ」


 船橋で茶髪を夜の潮風になぶらせながらカイ船長がぼやくと、海図台を覗き込んでいた茶髪で碧眼の女性が、


「船長がそれを言うなら、あたいだって最初は船の留守番を言いつかっていたんですよ?

 ハンナは戦闘指揮官で海兵隊司令だから仕方ないとして、イッチ主計長まで連れて行って、あたいだけ留守番ってひどいじゃありませんか?」


 そう文句を言う。


「ま、まあ、カノン航海長の気持ちは判るねんけど、船長と航海長が両方とも『アノマロカリス』を留守にするんはマズいと思うで?

 最終的にはうちらにぴったりの仕事が割り当てられたんやから、その話はもう水に流してええんとちゃう?」


 左舷の見張りをしていたハンナ戦闘指揮官が、カノンを慰めるように言うと、右舷で見張りをしている金髪碧眼の女性が、


「あたしは、名にし負う『ドラゴン・シン』と一緒に戦えるだけで光栄だな。この船に乗り込んでるソルティって隊長も立派な騎士だし。団長のオー・ド・ヴィー・ド・ヴァン殿がどれだけ凄い人か想像がつくよね?」


 心なしかはしゃいだ声で言う。


 そう言った時、黒髪に浅黒い肌をした精悍な女性が、船橋に駆け上がって来た。


「カイ船長、ちょっと相談があるんですが」


「おや、噂をすればソルティ殿。相談とは?」


 カイ船長がにこやかに問いかけると、ソルティはちょっと面食らったように一呼吸おいて、


「え? ええ、私が団長から受けた命令は、貴船の乗組員と共にアパカ泊地にいる海賊船を占拠しろというものでしたが、貴船には接舷戦闘要員が乗船しているのかをお聞きしたくて。もし乗船しているなら、指揮官と作戦のすり合わせをさせていただきたいんです」


 そう用件を述べる。


 カイ船長は話を聞き終わるとハンナ戦闘指揮官に声をかけた。


「ミズ・ログ、ソルティ殿と敵船占拠の打ち合わせをしてくれ。『アノマロカリス』は東から朝日を背にして海賊船に近付き、弩弓の援護の許に斬り込み隊を出す」


「アイ、アイ、サー!」


 ハンナは元気よくカイに答えると、ソルティのもとにやって来て


「私が海兵隊司令で『アノマロカリス』戦闘指揮官兼工作長のハンナ・ログです。船首楼で打ち合わせをいたしましょう」


 そう言うと、ソルティと連れ立って船橋を降りていく。


「ミズ・イッチ、ハンナ工作長に代わって左舷を見張ってくれ」


「アイ、アイ、サー」


 イッチが左舷の見張りに就くのを見ながら、カイはカノン航海長に訊く。


「航海長、アパカ泊地に着くのは何時ごろだ?」


「今が23時で、ちょうどアパカ岬を回ったところです。日の出は5時23分の予定ですから、風さえ変わらなければ余裕で日の出に間に合いますね」


 カノンの答えに、カイは鼻をふんと鳴らし、


潮風かぜが湿ってやがる。日の出ごろには靄るんじゃないか? 航海長、若干船足を速めるぞ。でないとせっかくの好機を逃しちまうかもしれない」


 そう言うと、メインマスト近くにいる。潮焼けした男に大声で命令した。


「ミスタ・ブッシュ、フォアマストにトガンスルを張ってくれ!」


「アイ、アイ、サー! フォアマストのトガンスルを展開だ!」


 ブッシュ操帆長がフォアマストの下にいる海員たちに怒鳴ると、4・5人の若者たちが敏捷にマストを登っていく。わずか1分足らずで『アノマロカリス』号は、速度を上げた。


「これでいい。靄が斬り込み隊を乗せたボートを隠してくれるだろうぜ」


 船橋で腕組みをしながら進路を睨むと、カイはそう満足そうに微笑んだ。



 一方、海賊船『スベスベマンジュウガニ』号の船橋では、ガウスという青白い顔をした男が、しきりと陸を気にしていた。


「船長、ちょっとおかに近付きすぎちゃいませんか?」


 片目をアイパッチで隠した小柄な男が、舵輪を操作しながらガウスに訊く。


 ガウスは、夜の闇の中でとりわけ黒く沈んだように見える密林地帯の海岸から目を離さずに答える。


「総督府の軍艦がニイハオ泊地に現れたという情報が入ったんだ。ヤッタルワイ一等航海士たちが戻ったら、すぐさま収容してずらかる必要がある。

 幸い、今は南風だ。ギリギリまで陸に寄っていてもすぐに沖に出られる。座礁だけは注意してくれ」


「へい、船長」


 小柄な男はそう返事をすると、舵輪の操作に集中する。それを見届けたガウスは、手近にいた水夫に、


「念のため、測深をしよう。誰かもう3人連れて船首に行き、両舷で測深しろ。1時間交代だ」


 そう命令する。命じられた男はすぐに


「へい、分かりやした船長」


 そう言うと、船橋を駆け足で降りてゆく。


(ヤッタルワイがラダーやあの不気味な男と船を離れてから、日の出を迎えたら3日目になる。首尾よく遺跡の宝物を見つけたら、早ければ昼前には戻ってくるだろう)


 ガウスはそう読んで日没から船を岸に寄せ始めていたのだ。


「船長、一等航海士はいつ頃戻って来るでしょうね?」


 船橋に詰めている操帆長が訊く。ガウスは首を振って答えた。


「分からん。そもそも『精霊王の宝物』が存在するかどうかも判然としないんだ。あの不気味な男は妙に自信ありげだったが、だとすると昼頃には戻って来るだろう。

 仮に存在しないことが分かったら、もっと早いかもしれない」


「ヤッタルワイは強欲だから、宝物がないと言われても密林を探し回るんじゃないですかね? 俺っちの部下がごっそり連れて行かれちまったから、帆の取り回しに難渋しているんですが」


 操帆長のボヤキに、ガウスは真剣な顔で言う。


「ラダーは総督府から追われている身だ、無駄な時間を使わないだろう。ないと分かればすぐさま引き返してくるはずだ。それが今まで戻って来ないとなると、それらしいものは見つかったのかもしれないな」


「は、それじゃお宝が拝めるかもしれねえってことですかい? だったら、多少の不便は我慢しやすぜ」


 お宝があるかもしれないという言葉に、操帆長は機嫌を直して船橋を降りていく。その後ろ姿を見ながら、ガウスの心には別の心配が浮かんだ。


(そう言えば、甲板員もかなり陸に上げている。今、軍艦に捕まったらひとたまりもないな)


「……夜明けまで待ってヤッタルワイからの連絡が無い場合は、一旦沖に出た方がいいかもしれないな」


 夜明けまで1時(2時間)、月の光こそあるものの周囲は暗く、見通しはよくない。それに靄が出そうな兆候もあったため、ガウスはそうつぶやいて海図台に視線を落とした。


   ★ ★ ★ ★ ★


「……四神に匹敵する木々の魔力……貴様は本当にマロン・デヴァステータだったのか?」


 ブラウンが絞り出すような声で言うと、メロンさんは厳しい顔つきになり、彼の問いに魔力の開放でもって答えた。


「萌え盛る今を高らかに笑い、越軌の不逞を呪縛せよ!『花萌えるうた』のもとに」

 ブワッ!


 ブラウンの周囲で翠色の魔力が弾け、地面から淡い光を放つ蔓草が生えてくる。それは一瞬のうちにブラウンの身体を巻き取って行動の自由を奪った。


「くっ!?」


 ブラウンの顔が驚きと焦りで醜くゆがむ。


(なるほど、これが神の魔力か。さすがに我が枢機卿の方々に匹敵すると聞いていただけはある)


 メロン改めマロン様は、左手を伸ばして蔓草をしっかりと握りしめながら、


「……話してちょうだい。あなた方『組織ウニタルム』は、一体何のためにキャロット様の眠りを妨げたいの?『摂理の黄昏』と何か関係があるのかしら?」


 そう訊く。そして僕たちの方を振り返りもせずに、


「賢者スナイプ、そして『伝説の英雄』ジン・クロウ。こちらに来てこいつが逃げないよう見張ってくださらないかしら? わたくしの魔力もまだ全開ってわけじゃありませんから、大事を取りましょう」


 そう言った。


「……ジンくん、行くわよ」


 スナイプ様はマロン様たちの様子を注意深く見守り、僕にそう声をかけて瓦礫の陰から出て行った。


 僕もそれに続いて一歩を踏み出そうとしたとき、


(ジンくん、あなたはマロン様の後ろを守って差し上げて。私はあいつの後ろに出るわ。お互いの魔法が干渉しないように、位置取りには気を付けて)


 スナイプ様は頭の中にそう話しかけて来た。


 僕はうなずくと、マロン様の右斜め後ろで立ち止まる。スナイプ様はちょうど僕と正反対の場所で、かつ、マロン様には魔弾の射線が被らないような位置に立った。


「二人とも、よくできました。ではブラウンとやら、先ほどのわたくしの質問に答えていただけないかしら?」


 マロン様がそう言いながら、左手の蔓草を少し強めに握る。蔓草の光は少し強まり、ブラウンの周囲に葉っぱの形の魔力が飛び散った。


「ぐっ!?」


 ブラウンは目を見開いて呻き声を上げる。緊縛の魔力が強まり、彼の身体を締め上げているみたいだった。


「どうするの? しゃべらないならそれでもいいわ。また別の人から聞き出せばいいだけだから。でも忠告はしておくわ、植物は正直よ。あなたが抵抗すればするほど、自分を苦しめることになるってことは理解しておいた方がいいわよ」


 マロン様が話している間にも、魔力の蔓草はどんどんと成長を続け、ブラウンの身体を何重にも巻き付けてゆく。ブラウンの顔色はそれにつれて赤から青、そして白へと変わっていった。


「……」


 だんまりを続けているブラウンに、スナイプ様がしびれを切らしたように声をかける。


「強情ね。あなたが呪縛に堪えられているのは、木々の魔力を取り込んでいるからにすぎないのよ? 

 キャロット様の封印を解いて何をするつもりかは知らないけれど、摂理に抗うような使い方を考えているのなら、口を割らなくても結果が教えてくれるだけのことよ?」


「ぐっ!」


 マロン様の魔力が強まったのか、ブラウンは目に見えて苦しそうな顔をする。唇の端からは一筋の血があふれ出した。


「ふふ、ふふふ、ふはははは……」


 しかし、ブラウンは不意に天を向いて笑いだした。その身体からは、翠色の魔力が噴き出している。


「マロン様!」


 スナイプ様が心配そうに言うが、マロン様は慌てもせずに、


「ムダよ。わたくしの魔力はキャロット様の魔力と同じだもの。あなたを呪縛している蔓草たちは、魔力の共鳴で強まりこそすれ、それで逃れることはできないわ」


 そう言うと、右手をブラウンに向け、


「キャロット様の魔力は木々たちのもの。返してもらうわね? 花が散るのは種のため。『散り逝くうた』を聞きながら眠れ!」


 ブラウンが身に取り込んだ木々の魔力を吸い取り始める。


「がっ!」


 ブラウンは肩で息をしながら、マロン様を睨んでうそぶいた。


「ふっ、『盟主様』は世界の根幹を改革するお方。摂理を超えた力は、やがて魔力を統合し虚空ヌルの秘密と『虚影の空』を明らかにするだろう。そんなに遠い未来ではないぞ……」


 それと同時に漆黒の魔力が彼を包み込む。その魔力は、今まで僕が感じたことのない種類のものだった。


「これは……スナイプ、すぐに下がって! 団長さんもすぐにこの場から離れるのよ!」


 マロン様も、そしてスナイプ様も、異様な魔力の発現を見て取ると、サッと身をひるがえして転移魔法陣を発動する。


「ジンくん、早く!」


 スナイプ様が魔法陣の入口で僕を待っている。僕たちがいた地下層は大きな振動とともに、天井が崩れ始めていた。


 ゴゴゴゴ……ズガン、ドーン!


 僕は崩れ落ちる瓦礫を避けながら、どうにかスナイプ様の転移魔法陣に飛び込んだ。


「ジンくん、急いで!」

 ドンッ!


 僕は余りに慌てていたので、スナイプ様の胸に飛び込む形になったが、スナイプ様はそんな僕をしっかりと受け止めてくれた。



 僕たちが移動したのは、地下1階のキャロット様の像がある場所だった。まだ床は細かく振動し、足の下ではしきりに何かが崩れる音がしていたが、床やそれを支える構造はしっかりと造られているらしく、一応は安心と言ったところだった。


「……『深淵の間』に『組織』の者が侵入することは何とか阻止できましたね」


 メロンさんはそうつぶやくと、まだ僕を抱きしめているスナイプ様に、いたずらっ子のような顔で茶々を入れる。


「スナイプ、幸せに浸っているところ悪いんですが、わたくしたちにはもう一つやらねばならないことがあります。団長さんを可愛がるのはその後にしてもらってもいいかしら?」


 それを聞いて、スナイプ様は急に僕から離れて、真っ赤になりながら言う。


「えっ!? い、いやぁだ。ジンくんってば、いつまでしがみついているのよ?」


 いや、僕を抱きしめて来たのはスナイプ様ですよね!?


 僕は思わずそう突っ込みたくなったが、ことのはじめは転移魔法陣に飛び込んだことだから、僕は敢えて何も言わずに、


「あ、すみませんでした」


 そう謝った。


 マロン様はそんな僕たちを眺めてニヤニヤしていたが、不意に真面目な顔に戻って僕に言う。


「団長さん。今回はブラウンを仕留め損ないました。今後、『組織』の連中は全力を挙げてあなたを狙ってくることでしょう。

 ですから、あなたには是非ともキャロット様の過去を知り、その魔力を引き継ぐとともに、キャロット様を平安の中に戻してもらいたいのです。力を貸してもらえますね?」


 確かに、さっきの場面で奴の魔力が消えたことは分かっていたが、それは『倒された』というより『誰かが奴を転移させた』と言った方が正しいような気はしていたのだ。


「分かりました。奴らがまたここにやって来る前に、キャロット様を助けましょう」


 僕は思わずそう言った。無意識に出た言葉だったが、マロン様はとても喜んで、何度もうなずくと、

「やはり、あなたはエレクラ様が気になさっているお方だけはあります。

 キャロット様の魔力や精神は、『運命の背反者(エピメイア)』によって不当にこの遺跡の中に封印されました。もう、キャロット様はすべてのしがらみから解き放たれて、お心安らかに摂理の許に行かれてもいいはずです。

 団長さんはそれを分かってくれたのですね?」


 そう言いながら僕の手を取り、何度も上下に振って言う。


 スナイプ様は僕たちを見て、微笑と共に言葉をかけて来た。


「ジンくんは人の痛みがよく解る若者ですし、とても優しいんです。マロン様、それではキャロット様に会いに行きましょう。行き先は『深淵の間』でいいですね?」


 マロン様はその言葉にうなずき、周囲を見回してキャロット様の像が樫の棒を握っていることに気が付くと、フッと笑いを浮かべてつぶやいた。


「……キャロット様、そんな罠を仕掛けているとは、さすがです」


 マロン様は神像につかつかと歩み寄り、樫の棒を取り上げると

「命は芽生えの時を待つ……『時待ちのうた』よ、わたくしたちを至高の存在の許に導いて、摂理の調律を補佐せしめよ」


 静かに呪文を唱える。さっきまでは翠に輝いていた棒は光を収め、静かな魔力を湛えて振動を始める。


『マロン、やっとあなたが来てくれたんですね?』


 神像から、不意にそんな声が聞こえて来て、僕とスナイプ様はびっくりしたが、マロン様は懐かしそうな表情を浮かべてうなずき、


「はい。アルケー・クロウが目覚めた今、わたくしたちに与えられた使命を果たさねばなりません。キャロット様、7千年前の話の続き、聞かせていただけますか?」


 そう言いながら樫の棒を神像の膝の上に横たえる。神像は木々の魔力に同期して、柔らかな翠の光を発しながらゆっくりと振動を始めた。


『あなたが先に来てくれてよかった。アルケーが目覚めたのなら、エピメイアの目覚めも近いということでしょう。事態が大きくなる前に、ぜひあなたにあの時の話をして、謝らねばならないと思っていたのです。こちらにおいでなさい、マロン・デヴァステータ』


 その声とともに、神像の前に翠色の空間が口を開いた。



 その頃、ニイハオ島の北東にあるアパカ泊地には、1隻の帆船が錨を下ろしていた。

 船尾にある船橋では、青白い顔の男が、濃くなってきた靄に顔をしかめて周囲を見回している。


「ガウス船長、もう休まれたらどうですか? こんなに靄っているんだから、おかからの信号も見えませんぜ」


 しかしガウスは、頬を痙攣させながら答える。


「いや、俺が気にしているのは総督府の連中が奇襲してくることだ。ヤッタルワイのことだから、視界が悪い時に迂闊に信号を出さねえさ」


「だったら、もう少し沖に出ちゃどうです? このままここに居ても、錨を上げないと動くこともできやせんし、自由に逃げ回ることもかないませんぜ?」


 舵輪を握った舵手が言うと、ガウスは首を振って、


「お前の言うとおりだが、操帆長が言うには帆を操作する水夫が足りないので、できるだけ動きたくはないそうだ。よほどのことがない限り、このままいるしかない。錨はいつでも上げられるように甲板員を配置してはいるが、肝心の帆の操作が覚束ないんじゃ仕方ないさ」


 苦虫を噛みつぶしたような顔で答える。ヤッタルワイに操帆員たちを連れて行かせたことを後悔している顔だった。


(帆さえ自由に動かせたら、こんな危ない橋は渡らなくても済んだんだ。それにしても遅い。ヤッタルワイのヤツ、欲をかいているんじゃないだろうな)


 ガウスがそう思って舌打ちした時、メインマストのトップから大声で報告があった。


「おーい、船橋ブリッジ。75度方向にマストが見えまーす!」


 その報告を聞いた途端、ガウスはただでさえ青白い顔面を蒼白にして、ヒステリックに命令を下した。


「甲板長、すぐに抜錨だ。操帆長、悪いが船を動かす。二等航海士、風の向きを取って一番早くかつ安全な針路で沖に出ろ!」


 ガウスの大声は、黎明の静寂を破った。甲板長はすぐに船首に飛んで行って揚錨作業を指揮するとともに、配下の水夫十数名には、


「お前たちは操帆長の指揮を受けて、マストを操作しろ!」


 そう命じていた。


 操帆長は、甲板長の心遣いに感謝したが、ガウスたちは運に恵まれなかった。錨はしずくを垂らしながら巻き上げられていったが、広げられた帆は風を捕まえなかった。


「……おかしい、凪の時間は過ぎている。この時間なら陸からの風が吹くはずだ」


 だらりとしている帆を茫然と眺めながら、ガウスは信じられないといった顔でつぶやくが、頬に当たる潮風が思ったより弱いことに気付くと、


「……いや、ちゃんと風は吹いている。もう少しの我慢だ」


 そう自分に言い聞かせるようにつぶやいて、北東方向に目をやる。まだ靄は濃く、何も見えないが、見張りからの報告で、やって来ているのはアロハ群島総督府の軍艦だと覚悟はしていた。


(こちらから相手が見えないのなら、相手もまだこちらの所在をつかんではいないはず。靄が晴れる前に動き出し、十分に沖に出られれば逃げるチャンスはある)


 そんなガウスの期待は、見張りの報告で打ち砕かれた。


「おーい、ブリッジ。正体不明の船は真っ直ぐこちらに向かって来ています! 相手のマストが一直線に並びました!」


 その頃、ようやくガウスの海賊船は風を捉え、ゆっくりと沖へと動き出した。


 だが、間の悪いことに風が強くなり、海上の靄は急速に吹き払われていく。そして視程が半カイリほどに開けた時、こちらに向かってくる船が靄の中から姿を現した。


「あれは……カイ・ゾックの『アノマロカリス』号!」


 ガウスが叫んだ瞬間、『アノマロカリス』は船足を速め、海賊船の艦尾をかわして左舷側に出る針路を取る。ガウスが息をのみ、何も声を発することが出来ないうちに、わずか1ケーブル(約185メートル)の所を『アノマロカリス』が航過する。


「よう、ビリー・ボーンズの一等航海士。確かガウスとか言ったな。悪いこた言わねえ、俺が『掛かれ』を命じる前に海賊旗を降ろして降伏しな!」


 『アノマロカリス』の船橋から、カイ船長が大声で呼びかけるのを聞いて、ガウスは我に返った。


 思わず言い返そうとしたガウスだったが、『アノマロカリス』の弩弓がすべてピタリと狙いをつけているのを見て、悔しそうに命令した。


「……よりにもよって『アノマロカリス』が来るとはな。旗を降ろして白旗を掲げろ!」


   ★ ★ ★ ★ ★


「団長、艦隊に戻らないのですか?」


 ヤッタルワイたち海賊を一人残らず捕縛した『ドラゴン・シン』を艦隊に戻したド・ヴァンは、マディラとウォッカだけを連れて遺跡に残った。


「ウォッカ、ボクたちがこの遺跡に来た理由を忘れたかい? ラ・ミツケール殿の調査結果を待つ間、ボクたちは団長くんたちの行方を探そう」


 ド・ヴァンは、この遺跡に興味津々と言った感じであちこちを歩き回っている男性の姿を眺めながら言う。


「そう言えば、ジン団長は先にこの遺跡に向かったんでしたね? それにしては魔力のかけらも感じないのはなぜでしょうか?」


 オーガであるためガタイの大きいウォッカが、うさん臭そうに周囲を見回しながらつぶやくと、金髪碧眼でちょっと目には少年のように見えるエルフの女性が、それに答えるように言う。


「この遺跡には精霊王だったキャロット・トスカーナの魔力が封印されているって話だったわね。その魔力を悪用されないようにってことでジン団長たちはここに来た。

 今のところ、ちょっと前の地鳴り以外には気になる事象は起こっていないし、地鳴りの後も変わった出来事はない。ということは……」


「団長くんは『組織ウニタルム』の奴らの動きを止めたってことだね? テイク・ラダーを空間転移でこちらに送って来たからには、団長くんはキャロット様の秘密に着実に近づいているようだ」


 ド・ヴァンの言葉に、ウォッカは不服そうに言う。


「しかし、ジン殿も水臭い。どんな危険があるかも判らないのに、俺たちを蚊帳の外にする法はないと思いますがね?」


 何も言わないがマディラも同じ気持ちのようだ。しかしド・ヴァンは意外にあっさりと、


「まあ、彼は四神をはじめとしていろんな存在から特別扱いされているみたいだからね?

 今度だって、あの翠色の髪をしたお嬢ちゃんは、明らかに団長くんに何かを知らせるために彼を指名したようだったし。


 恐らく彼女は、木々の精霊王キャロット・トスカーナ様の眷属かそれ以上の存在だよ。だとしたら、そんな存在の招きもなしについて行くなんてこと、ボクには畏れ多くて出来ないな」


 ド・ヴァンの言葉を聞いて、マディラとウォッカは顔を見合わせる。そんな二人に、ド・ヴァンは明るい声で笑って言った。


「団長くんはボクたちにかなり気を使ってくれているよ。海賊団の捕縛だけじゃなく、総督府の裏切り者、テイク・ラダーの身柄確保までわが『ドラゴン・シン』に譲ってくれたじゃないか。


 これは『暗黒領域』ではそれ以上の恩返しをしないと、先輩騎士団として恥ずかしい思いをしなくちゃならなくなりそうだね?


 とりあえず今は、ラ・ミツケール殿の調査を手伝おうじゃないか。それによって団長くんにも有意義な情報が入手できるかもしれないからね?」


 そう言うとド・ヴァンは、二人を連れて遺跡内部へと入って行った。



 そこは、翠色の温かい光に満ちた場所だった。


 アロハ群島のニイハオ島にある『木々の精霊王キャロット・トスカーナ神殿遺跡』は、内部調査が出来なかったことで詳細が判らず、『精霊王の魔力が封印されていて、封印を解くと眠りを妨げられた精霊王の怒りに触れる』との伝承に尾ひれがつき、『封印を解くとデラウエア火山が大爆発する』とか『アロハ群島にある全部の火山が大噴火する』とか言われて恐れられていた。


「その噂は、私が故意に流布したものです。神の禁足地となれば、普通の人物はここには近寄りません。もしも敢えてこの場所に来る者があったとしたら、それは学究の徒か、私の魔力を悪用しようとする者か、私がここに来てほしい者……その三者しかありえませんからね?」


 僕は、マロン・デヴァステータ様の後ろに賢者スナイプ様と並んで立ち、心に沁み込むような優しい声を聞いていた。翠色の髪をした少女、マロン様の前には、明るい赤髪をした碧眼の女性が、僕たちを見つめて優しく微笑んでいた。


「マロン、あなたが筆頭精霊だった時、わたしは人間たちのためにさまざまな植物を改良し、それをあなたが人間たちに広めましたね。覚えていますか?」


「覚えていますが、それが何か?」


 マロン様は突然の問いに当惑した様子でうなずく。


「……それが運命だったのか、摂理がそこまで組み込んでいたのかは、今でも私には判りません。しかし、私が行った植物の品種改良が、魔族を生むきっかけの一つになりました」


 キャロットは静かにそう言う。その言葉で、マロン様は何かを思い出したかのように、沈痛な顔でキャロット様に訊く。


「キャロット様、先ほどキャロット様はあの女性の口を通して、『魔族は摂理の完全さを証明するために生まれた。アルケーは、魔族を生んでこそ彼の使命を果たしたといえる』とおっしゃいました。それはどういう意味でしょう?」


 この発言は、僕やスナイプ様にとっても不意打ちだった。僕自身に魔族の血が流れていることが判り、それが『騎士団』のみんなに受け入れられているとは言っても、やはり心の中のどこかに、『魔族は摂理から外れたものではないのか?』という思いがあることは確かだった。


 けれど、魔族が『摂理の完全さを証明するために生まれた』とはどういう意味だろう? そしてなぜ、魔族が生まれたことが摂理の計らいだと言えるのだろう?


「……アルケー・クロウは魔族の祖。魔王を生んだ存在。『賢者会議』では、いえ、魔法を学ぶものはみんなそう思い、反面教師として自らを律してきましたし、『魔王の降臨』には挙げてその阻止に力を尽くしてきました。


 しかし、摂理がそれを望んでいたとなれば、今までの『伝説の英雄』たちやその仲間たちの努力や犠牲は何のためだったのかと考えてしまいます」


 スナイプ様が憮然としてつぶやく声が届いたのか、キャロット様はスナイプ様に視線を移す。そしてびっくりしたように両手で口を覆った。


「え!? なぜ、()()()()()()()()()()()()()?」


 スナイプ様はそれを聞いて眉をひそめたが、


「私はエレーナ・ライム。つい先月まで『賢者会議』で四方賢者を務めていました。姉は元大賢人スリング、エウルア・ライムです」


 そう自己紹介する。


「大賢人スリングの妹で四方賢者……なるほど、あなたの魔力が衆と違うのは理解しました。では、賢者スナイプ、あなたもここから先の話を聞いてください」


 少し疑問を残したような顔だったが、キャロット様はそう言うと、僕たちに7千年前の話をしてくださった。



「7千年前。それは私が眠りについた時期であり、マロンが木々の精霊王を継いだ時期であり、マロンがアルケー・クロウと出会った時期でもあります。

 それだけの条件が揃ったので、『摂理の黄昏』が起こりそうになったのでしょう」


「お伺いします。今、『摂理の黄昏』が起こりそうになった、と仰いましたね? 私たち『賢者会議』では、2万年前、1万2千年前、7千年前、5千年前に『摂理の黄昏』が起こり、うち7千年前から『魔王の降臨』という事象も起こるようになった……という理解でいるのですが」


 スナイプ様が訊くと、キャロット様は大きくうなずき、


「時期的なものとしてはその理解で結構です。しかし、実際に『摂理の黄昏』という事象がはっきりと起ったのは2万年前と7千年前の2回だけです。


 2万年前のものは、虚空ヌルの歪みのために起こりました。地軸を揺らし、世界のあちこちで火山が噴火し、人間は世界から駆逐されそうになったほどです。


 もちろん、まだ魔族が生まれる前でしたので、魔族の跳梁は起っていませんが、代わりに生物のキメラ化が起こり、気象の変化と共にそれらが人間を滅亡の淵に追い込もうとしたのです」


「生物のキメラ化……」


 僕はリンゴーク公国で出会ったキメラを思い出した。あんな不気味な奴が大量に発生したのなら、2万年も前の人間では太刀打ちするのは困難だったろう。


「その当時は、わたくしたち精霊がキメラを抑えましたね?」


 マロン様は、往時を思い出すように鋭い目をして言う。


「ええ、五人の精霊王だけでなく、『摂理の調律者(プロノイア)』様や当時はまだ『運命の供与者』と呼ばれていたエピメイア様も力を尽くされました。


 しかし、1万2千年前の『摂理の黄昏』においては、なぜかプロノイア様は出陣されず、前線の指揮をエピメイア様に一任されていました」


 キャロット様は残念そうに言う。そう言えば、僕が5千年前の世界で『摂理の黄昏』に遭遇した時も、実際に動いたのは精霊覇王エレクラ様をはじめとする精霊王たちだけで、プロノイア様が何かをされたということは噂にすら聞かなかった。


(プロノイア様って、確か一度キメラを退治した後に異世界で出会った少女のことかな?)


 僕は、温かく明るい世界で僕を迎えてくれた、11・2歳の少女を思い出す。白髪にアンバーの瞳をして空色の布を身体に巻き付け、腰には金の鎖を三重巻きにしていた。


 彼女からは圧倒的な魔力こそ感じなかったが、何か神聖にして侵すべからざるような荘厳な雰囲気が漂っていたことは覚えている。


「……キメラの発生は摂理に反する出来事。『運命の背反者(エピメイア)』が摂理の不完全さに思い至る素地はその頃からあったってことね。それにプロノイア様の指揮権放棄にも似た振る舞いが、エピメイアの考えを加速させたのね」


 スナイプ様が言うと、キャロット様はうなずいて


「そのとおりだと思います。その後に、アルケー・クロウという摂理を外れた存在が現れ、彼は『虚影の空』を見つけ出します。そのことについては、マロン、あなたの方が詳しいわね?」


 そう訊くと、マロン様はほろ苦い顔をした後、思い切ったように言葉を吐き出した。


「摂理は虚空ヌルがこの世界を創りだしたときに規定されたもの。この世界ではすべてがその摂理に則って運命を刻みます……というのが建前ですが、摂理には揺らぎがあり、たまに摂理に規定されている部分を逸脱するものも現れます。ホムンクルスしかり、自律的魔人形エランドールしかり……」


「でも、それは私たちが摂理のことを完全に理解していないからそう見えるのではないでしょうか? エランドール……というより『意識』の問題については、賢者マーリン様の『クオリアス理論』で説明がつくものだと思っていますが?」


 賢者スナイプ様が反論すると、キャロット様は首を振って答える。


「そもそも、私たち精霊王ですら虚空ヌルの中から生まれた被造物に過ぎません。摂理が世界をどのように規定しているのかは、実際のところプロノイア様やエピメイアにしか理解はできないのではないでしょうか?」


「……そのエピメイアは、なぜキャロット様たちと敵対することになったのですか?」


 僕は気になることを訊いてみた。


 旅の始まりには意識すらしてなかった『魔王の降臨』。その魔王が最大の敵かと思いきや、5千年前の世界では『摂理の黄昏』やアルケー・クロウといった難敵の存在を知り、今またエピメイアという存在を知った僕だ。精霊王をしのぐ存在……ひょっとしたらそのエピメイアこそが、ラスボスというに相応しいのかもしれない。


「エピメイアは『運命の供与者』と呼ばれていた、『摂理の調律者』プロノイア様の双子の妹よ。ともに虚空ヌルが世界を生み出した時、摂理とともに生まれ出で、プロノイア様は摂理の調律を、エピメイアは森羅万象に摂理に則った運命を授けることを任務としていたわ」


 スナイプ様が言うと、マロン様は苦虫を噛み潰したような顔をして、その後を引き取って言う。


「けれど、『摂理の黄昏』を目にして、『摂理には大きな矛盾がある。その矛盾こそが世界を不安定にしている』と考え、プロノイア様と対立したの。

 アルケー・クロウを生み出したのもエピメイアだと、わたくしは考えているわ。そのために、キャロット様の魔力が必要だったのよ」


 僕はそれを聞いてキャロット様を見る。キャロット様は厳しい顔つきでマロン様を見ていたが、僕の視線に気付くと表情を和らげて、


「動物は、土と風、火と水と木々の魔力の混合物です。それぞれの種族の違いは、混合比の違いともいえるでしょう。エピメイアは『永遠』を望んだ。と共に『不変不滅』も手にしたいと望んでいました。


 そこで、彼女は何体ものホムンクルスを造って摂理に挑戦したのです。アルケー・クロウはその中にあって、最高の傑作と言っていいものでした。なぜなら彼は、『虚影の空』を見つけ出したのですから。


 アルケーがマロンと共に生み出した『虚影の空』を超える存在である『繋ぐ者』は、7千年前の『摂理の黄昏』の時に行方不明になっていますが、その流れを受けた存在が魔族となったことは間違いありません」


 僕にそう言うと驚くべきことを提案された。


「ジン・クロウ。あなたは魔族の流れを受けた存在とはいえ、その魔力はとても澄んでいます。きっとエウルア・ライムの魔力やさまざまな精霊の祝福を受けて世界に生まれ出たのでしょう。マロンと共に、私の魔力を引き継いでもらえないでしょうか?」


(裏切者を狩ろう!5に続く)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

先代の木々の精霊王との話は、ジンにとって何度目かの運命の岐路と言えるでしょう。

伝説の英雄とは何者なのか、そして『魔王の降臨』とは何を意味するのか……今後は、物語の根幹をなす疑問点のうちいくつかに対してヒントとなるエピソードが続くことになります。

では、次回もお楽しみに。

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