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キャバリア・スラップスティック  作者: シベリウスP
アロハ群島編
88/153

Tournament88 The Traitor hunting:part3(裏切り者を狩ろう!その3)

『組織』はついに神殿の封印を解いた。神の魔力の悪用を防ぐため、ジンたちは先に遺跡へと向かう。

枢機卿特使との戦いが、今始まった。

【主な登場人物紹介】

■ドッカーノ村騎士団

♤ジン・ライム 17歳 ドッカーノ村騎士団の団長。典型的『鈍感系思わせぶり主人公』だったが、旅が彼を成長させている。いろんな人から好かれる『伝説の英雄』候補。


♤ワイン・レッド 17歳 ジンの幼馴染みでエルフ族。結構チャラい。水の槍使いで博学多才、智謀に長ける。お金と女性が大好きな『やるときはやる男』


♡シェリー・シュガー 17歳 ジンの幼馴染みでシルフの短剣使い。弓も使って長距離戦も受け持つ。ジン大好きっ子だが報われない『負けフラグヒロイン』


♡ラム・レーズン 18歳 ユニコーン族の娘で『伝説の英雄』を探す旅の途中、ジンのいる村に来た。魔力も強いし長剣の名手。シェリーのライバルである『正統派ヒロイン』


♡ウォーラ・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造った自律的魔人形エランドール。ジンの魔力マナで再起動し、彼に献身的に仕える『メイドなヒロイン』


♡チャチャ・フォーク 13歳 マーターギ村出身の凄腕狙撃手。村では髪と目の色のせいで疎外されていた。謎の組織から母を殺され、事件に関わったジンの騎士団に入団する。


♡ジンジャー・エイル 20歳 他の騎士団に所属していたが、ある事件でジンにほれ込んで移籍してきた不思議な女性。闇の魔術に優れた『ダークホースヒロイン』


♡ガイア・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造ったエランドールでウォーラの姉。『組織』に使われていたがメロンによって捕らえられ、『騎士団』に入ることとなった。


♡メロン・ソーダ 年齢不詳 元は木々の精霊王だがその地位を剥奪された。『魔族の祖』といわれるアルケー・クロウの関係者で、彼を追っている。


♡エレーナ・ライム(賢者スナイプ)27歳 四方賢者として『賢者会議』の一員だった才媛。ジンの叔母に当たり、四方賢者を辞して『騎士団』に加わった『禁断のヒロイン』


   ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


 アロハ群島のニイハオ島。この島の東側には活火山があり、その麓は森林地帯である。


 うっそうとした森林の中からは、数千年前の遺跡が発見され、土地の人たちは『木々の精霊王キャロット』の神殿跡だと言い伝えている。


 その遺跡の側、木々が夜空を隠す漆黒の闇の中、一組の男女が向かい合っている。


 男は、茶色の髪の下に不気味な光をたたえて女性を眺めている。その唇には、憐れむような笑いが浮かんでいた。


 その男に相対する女性は、豊かな金髪が額にべっとりと張り付いている。女性の額や顔に汗が滴っているのは、密林特有の湿度の高さだけではなかった。


「ブ、ブラウン。何をする気?」


 女性は上ずった声でやっとそれだけのセリフを絞り出す。ブラウンと呼ばれた男は、冷ややかに答えた。


「そなたの知ったことではないぞ、エコー」


 静かな、しかし殺気のこもった声に、エコーは震え上がった。海賊団に所属し、勇猛さと冷酷さで鳴らしたエコーだが、ブラウンのたった一言に震え上がってしまったのだ。


 ブラウンは、声も出せなくなったエコーの間近で足を止めると、彼女のあごを左手でくいっと上げ、睨みつける彼女に不気味な笑いを浮かべて言った。


「まだ覚醒していないのか。まあいい、どうせ必要なのはそなたの持つ魔力だけだからな。それにしても、人間には珍しい木々の魔力を持つ者と偶然出会えるとはな。私は運がいい」


 ブラウンはそう笑いながら、エコーの額に右手を押し付けた。


 ブラウンの瞳が赤く怪しく光ると、エコーは糸の切れた操り人形のように地面に崩れ落ちる。ブラウンはエコーを軽々と抱きかかえると、密林の奥へと歩を進めた。



 その頃、遺跡では海賊たちが数にものをいわせて、遺跡の一点を掘りまくっていた。


「ラダーの旦那。どのくらい掘ったら、お宝部屋の入口が見えますかね?」


 男たちの作業を、近くで見守っている小太りだが精悍な顔つきをした男が、細身で小狡そうな目をした男に訊く。


「私とブラウン殿がくさいと思った場所が一致したんだ。お宝部屋から漏れ出てくる魔力は、瓦礫や土が少なくなるごとに強くなっている。私の感覚に狂いがなければ、あと1メートルも掘る必要はないと思うぞ」


 アロハ群島総督府の制服に身を包んだ男……総督府特別書記官だったテイク・ラダーは、自信満々に言う。だが、内心は冷や冷やものだった。


(くそっ、何が枢機卿特使だ。あのブラウンという男、口ほどにもなく役立たずだった。何が、『木々の魔力と縁があるものにしか扉は開けられない』だ! できなかった口実に決まっている。こうなったら私が何としても扉を開かないと、身を置く場所すらなくなってしまう)


 ラダーは、心の中の焦りを押し隠して、悠然とした態度で海賊に言った。


「ヤッタルワイ一等航海士殿、神殿壁面に変わったものが見えたら、すぐに作業を中止して私に知らせてほしい。私はちょっと枢機卿特使殿を探しに行ってくる」


「そう言えば、あのどことなく不気味なお人は、2時間ほど前から姿が見えませんね? どこに行ったんです?」


 ヤッタルワイの質問に、ラダーは苦々し気に答えた。


「探し物だそうだ。遺跡の実物を見て、必要なものを探しに行った。もう戻ってくるはずだが、何か手違いがあったとしたら大変だからな」


 ラダーがそう言ってその場を離れようとしたとき、密林の中から茂みをかき分けてブラウンが姿を現した。


(ほう、戻って来たか。逃げ出す口実かと思っていたが)


 ブラウンの姿を認めたラダーは、意外そうな表情を隠しもせずに、ブラウンに近寄って言った。


「ブラウン殿、もう戻って来ないかと思っていましたよ。それで、探し物は見つかりましたかな?」


 ブラウンはラダーの声に含まれる嫌味を無視して、ゆっくりとうなずき答えた。


「私も、そなたも運がいい。こんなに早く木々の魔力エレメントを持つ者に出会えるとは思っていなかったからな」


「木々の魔力エレメント? それがどうしたって言うんです?」


 鼻で笑って訊くラダーに、ブラウンはそっけなく答える。


「前にも言ったはずだ。この遺跡には精霊王キャロットの魔力で封印がしてある。その封印を解くには木々の魔力かそれに近似した魔力が必要だとな。だからそなたや海賊たちがどれだけ頑張って入口を見つけようとも、遺跡の中には入れないのだ」


 ラダーの顔色が青くなる。自分よりも魔力に優れたブラウンが言った言葉を、あまりにも軽く受け止めていたことを思い知った感じだ。仮にまだブラウンが帰って来ず、ヤッタルワイたちが遺跡の扉を見つけていたなら、ラダーは窮地に追い込まれていただろう。


「そ、それは幸運でした。それで、木々の魔力を持つ者はどこに?」


 冷や汗をかきながらラダーが訊くと、ブラウンはニヤリと笑って言った。


「私に手の中にある。それより、発掘現場に行こうじゃないか。もうそろ、扉が発見される頃だからな」



 同じ頃、密林の中に動く二つの影があった。二人とも、人型はしているが、そのシルエットは人間のそれとは少し違っていた。


 まず、耳の辺りにはヒレがあり、手首や足首の辺りにもヒレがある。二人は水中最強の種族と言われるアクアロイドだった。


 水の精霊王の眷属でもある彼らは、自立心が高く、眷属の中でも精霊王の側近に仕えている者は少ない。ほとんどが独自のコロニーを作り、そこで暮らしている。この二人は精霊王や人間と積極的に関わる少数派に含まれるだろう。


「……エノーラ、方向はこれで合っているのか? 私の計算ではもうすでに遺跡に到着しているはずだが?」


 海の色をした髪を持つ男性のアクアロイドが、先を行く女性のアクアロイドに訊く。エノーラと呼ばれたアクアロイドは、振り向きもせずに答えた。


「大丈夫ですよ、ミシェル。結構、敵味方不明の個体を察知しているので、それらに遭遇しないように歩いているだけです。遺跡までは、もう直線距離で5百メートルって所まで来ています」


「ふむ、恐らくは海賊連中だろうな。ただ、いくつか気になる魔力の波動が感じられるが、君は『伝説の英雄』やオー・ド・ヴィー・ド・ヴァン団長の魔力がどれか判別できるか?」


 ミシェルと言われた男が訊くと、エノーラは即座に


「わたしが聞いている情報が確かなら、まだジン・ライムとド・ヴァン団長は近くには居ません。けれど明らかに異質で、強力な魔力を持つ者が遺跡にいます。恐らく敵でしょう」


 そこまで言って、慌てて訂正する。


「もとい! ミシェル首席書記官、伏せて!」


 そう言って、地面にぴったりと身を伏せる。ミシェルもまったく遅れることなく、エノーラの隣に身を伏せて訊いた。


「どうした、エノーラ特命書記官?」


「……近くに物凄い魔力の持ち主がいます。それともう一人、遺跡にいる人物ほどではありませんが、かなりの魔力の持ち主も一緒です。どういたしますか?」


 小声で訊くミシェルに、同じく小声で答えるエノーラだった。


 ミシェルは、エノーラの言葉で周辺に探索波を飛ばす。これはアクアロイド特有の能力で、背中のヒレを震わせ、その反射波によって探索対象の位置や状況を把握するといったものだ。


「ミシェル、それをやるとわたしたちがアクアロイドだと判ってしまいますよ?」


 エノーラが慌てて小声で注意するが、ミシェルはうなずいて、


「いいさ。それで突っかかって来るんなら敵だ。分かりやすくていい」


 そう言った。その時である。


「そのお方のおっしゃるとおりです。おかげであなた方が総督府の書記官たちだと判りましたよ」


 そう言いながら、草むらをかき分けて翠の髪と瞳を持つ少女と、黒髪で黒曜石のような瞳を持つ女性が現れた。二人とも、殺気どころか猛々しい雰囲気すらない。黒髪の女性はエプロンこそつけていないが黒いメイド服であり、少女に至ってはカーテンを無造作に身体に巻き付け、ベルトで止めただけのように見える。


 二人を見たミシェルは、敵意がないことを見抜き、立ち上がると訊いた。


「私は総督府の首席書記官ミシェル・ラントマン。こちらは部下の特命書記官エノーラ・レイだ。

 こんな時間にこんな所にいるからには、君たちもただ者ではないはずだ。名前と所属を聴かせていただこうか」


 すると、黒髪の女性が前に出て来て丁寧に自己紹介する。


「さすがは総督の懐刀と言われるお人ですね? わたしはドッカーノ村騎士団所属、ジンジャー・エイル、こちらは特別団員のメロン・ソーダです」


「メロン・ソーダよ。よろしくね?」


 ジンジャーの後ろから顔を出すメロンを、ミシェルは鋭い目で見て訊いた。


「メロン・ソーダさん。不躾だがあなたの魔力はただ者ではない。一体あなたは何者なんだ?」


 するとメロンは、魔力を消し、くすっと笑って答えた。


「わたくしは、木々の精霊王を調べている単なる研究者よ?

 そんなことより、テイク・ラダーたちが遺跡の扉を開けてしまう前に、何とかしなくちゃいけないんじゃないかしら?」


 ミシェルは、エノーラが彼の袖を引っ張ったのと、ジンジャーが微笑と共にうなずいたのを見て、それ以上の追及を止めた。


「確かに、お嬢さんの言うとおりだ。遺跡にまつわる伝承に真実が含まれているとしたら、キャロット様の眠りをみだりに妨げることは許されないからな」


 ミシェルは誰にともなくそう言うと、ジンジャーを見て訊く。


「ミズ・ジンジャー、あなたはドッカーノ村騎士団の先遣隊だと思うが、ジン・ライム殿はこちらに向かわれているだろうか?」


「はい、団長は『ドラゴン・シン』の皆さんと共にこちらに向かわれていると思います。団長の到着まで、遺跡の扉を開かせないことがわたしたちへのご命令でした」


 ジンジャーの答えを聞いて、ミシェルはうなずいた。


「分かりました。では、共闘させていただきましょう。この場の指揮は、ジンジャー殿にお願いできますか?」


 するとジンジャーは、薄く笑って首を振った。


「テイク・ラダーが敵方にいるから、総督府のあなたが表立って動けないことは理解しますが、この件はわたしよりマロンさんの方がよく分かっていると思います」


 ミシェルは一瞬、驚いた顔をしたが、すぐにうなずいてマロンに言った。


「マロンさん、この場の指揮をお願いできますか?」


 するとマロンは、意外なことを言った。


「非常に希薄ではありますが、相手方にも木々の魔力に関係する者がいるみたいです。カギになりうる人物がいるなら、『組織ウニタルム』の枢機卿特使ほどの者なら扉を開けてしまうでしょう。わたくしは先行して、それを阻止します」


 そう言ったマロンは、三人が驚くのをしり目に、翠の光に包まれて姿を消した。


   ★ ★ ★ ★ ★


「では団長くん、明け方の遺跡を拝見しようか」


 ド・ヴァンさんとの短い打ち合わせの後、僕たち『騎士団』は『ドラゴン・シン』の本隊と共に密林へと足を踏み入れた。地図上では遺跡まで10マイル(この世界で約18・5キロ)とあり、普通の人なら1日行程と言ったところだ。ただし、実際は密林を行くことや、途中は湿地や沼があって迂回を余儀なくされることから、3日行程が普通だと言われている。


 しかし、僕たちはそんな悠長なことを言っていられない。何しろ神殿遺跡にはすでに『組織』の奴らが到着しているはずなのだ。下手をすると神殿の扉は開かれ、精霊王キャロット様の魔力が暴走して、どんなことが起こるか判らない。

 ……いや、起こりうることは判っている。それはきっとデラウエア火山の噴火と、それに伴う地震などの災害だ。『組織』の枢機卿、ヘルプストって奴がそれを引き起こせと明確に指示していた。


 アロハ群島でここ数千年活動している火山はデラウエア山しかないが、数万年単位で見ると各島に一つや二つの火山が存在する。それらが一気に噴火したら、群島だけでなく大陸にまでその影響は及ぶだろう……とは、ワインの見解だった。


 だから僕たちは出来る限り密林を直進し、半日行程で遺跡まで行かねばならないのだ。僕たちは最後の手段として、転移魔法陣の使用まで想定していたが、先頭に行くのが密林に慣れた冒険家のオタカ・ラ・ミツケールさんと、魔力に優れたテキーラさんだったこともあり、案外順調に進んでいた。


「ワイン、僕たちが現地に着くまで、奴らが扉を開けることを妨害できるかな?」


 かなりペースを上げて歩いているといっても、道は地面の草を押し広げて、足元を不安定にする木の根っこや岩を片付けただけのものだ。街道と比べると歩き難さは歴然としている。それでも、テキーラさんの魔力の賜であることは分かっている。彼がいなければ、とてもじゃないが半日で密林の10マイルなんて踏破できっこないだろう。


「そこはメロンさんとジンジャーさんを信じるしかありませんね。私たちは一刻も早く遺跡に着くことを優先しないと」


 ラムさんが僕を励ますように言ってくる。


 しかし、ワインは違った。


「ジン、今回は遺跡に奴らが入り込んでしまったらアウトだ。でも、作戦立案上、どうしても最悪の事態を想定しておかなければならない。奴らがキャロット様の魔力を覚醒させてしまったらどうする?」


 僕の前を歩くワインが、振り返りもせずにそう訊いて来る。


「それは大事な視点ね。キャロット様と言えば、生きとし生けるものの生殺与奪の権を与えられた精霊王。その魔力の質は、私たちが知っているそれとは、また違っているでしょうし」


 僕の後ろを歩く賢者スナイプ様も、真剣な声でワインに同意する。


「生殺与奪の件って……生き物の運命を決めるのは『運命の供与者(エピメイア)』じゃなかったんですか?」


 僕の隣を進むシェリーが、驚いた顔でスナイプ様を振り向いて訊く。スナイプ様は厳しい顔つきで首を横に振ると、


「エピメイアは生きとし生けるものの運命を、摂理に則って決定するだけ。実際の生死を決めるのはキャロット様ってことよ」


 そう言うと、僕に教えるかのように話し出した。


「ジンくん、魔法を土水火風や光と闇、そして木々の七つに分類するのには理由があるのよ。ジンくんは騎士としての人生を歩みだしたから、魔法の理論を深く勉強してはいないみたいだけど、本当は『魔戦士』なんだから、ちゃんと魔法を勉強して修行した方がいいわね」


 スナイプ様の言葉に、なぜかワインは大きくうなずいている。


「土水火風は自然現象であり、物事の根幹よ。土は万物の基礎、水は生命の基礎、火は活動の基礎、そして風は万物流転の象徴。


 これら自然の摂理を受けて変転していく相を現しているのが木々の魔法よ。だから木々の魔法は融通無碍に効果を変えられるし、ものによってはシールドなどの物理的防御は無効になるわ。


 こういった特性を知っておかないと、仮にキャロット様の魔法と対峙することになったら思わぬ不覚を取るわよ」


 スナイプ様の声は、今までのどんな場面よりも真剣さがあふれている。僕は頭の中でスナイプ様の言葉を反芻した。


(木々の魔法は自然の摂理を受けて変転していく相を現している。だから効果も多様だし、シールドを無視する……か。一瞬でも気を抜いたら、それで終わりだな)


「ねえジン、こう言ったら不謹慎だって怒られるかもしんないけど、戦いは水物でやってみないと分かんないところもあるよね?


 幸い、今回は『ドラゴン・シン』のみんなと一緒だし、カイ船長たちだっていてくれるから、海賊たちはカイ船長に任せて、アタシたちは『組織』のヤツと戦うってことにしたらどう?


 アタシが足手まといだったら海賊相手に回るから、最初はみんなで『組織』の枢機卿特使ってヤツをやっつけようよ?」


 来るべき戦いに向けて思いを巡らせていた僕は、不意に横からシェリーに話しかけられてびっくりした。


「えっ!? あ、ああ、そうだね」


 生返事をする僕に、シェリーは


「なに、ジンったら。アタシが言ったこと聞いてなかったの?」


 そうむくれるが、ワインが苦笑しながらフォローをしてくれる。


「まあまあシェリーちゃん。ジンはいったん何か考え始めたら凄い集中力を発揮するじゃないか。さっきだって、これから起こるであろう戦いに向けて、士気を奮い立たせていたんじゃないか?」


 そう言ってシェリーが僕に食って掛かろうとするのを華麗に阻止し、


「ジン、シェリーちゃんが提案した、『みんなで枢機卿特使に当たる』って言うのはいい考えだ。というより、今回はぜひそうしなければならないとボクは思うよ。だから、ある程度到着の目途がついたら、ド・ヴァン君とも話し合ってみるといい。きっと彼も同じことを考えているはずだから」



 テイク・ラダーとブラウンは、連れ立って発掘作業中の現場に戻って来た。よく見ると遺跡の周りはすでに5メートルほど掘り下げられ、巨大な神殿の扉が地面から半分ほど顔をのぞかせていた。


「あれがキャロット神殿の扉か?」


 ラダーが低い声で訊くと、ブラウンは茶色の髪をかき上げ、目を細めて答える。


「そのようだ。海賊の奴らには見えないだろうが、木々の魔力でしっかりと封印されている。キャロットは扉の装飾に魔力を紛れ込ませていたんだな」


 そう言われて、ラダーはしげしげと巨大な扉を眺める。なるほど、『木々の精霊王』と言うだけあって、扉の表面には森林やつる草などの模様が浮き彫りにされていて、それら一つ一つに何らかの魔力が込められているのが見て取れた。


「ふん、見たことがない魔力だな」


 ラダーがつぶやくと、ブラウンはわざとらしく大仰にラダーを褒める。


「おや、あの魔力が見えるだけでなく、異質さまで判るとは、さすがにそなたはヘルプスト様が頼りにされている人物だけあるな」


 見え見えの嫌味に、ラダーは顔をしかめながらも、何とか怒りを押し殺して、


「過分な言葉に感謝する……それで、あの魔力をどうやって解除する?」


 つい口調がぶっきらぼうになる。


 それでもブラウンは気にすることなく、


「言っただろう、木々の魔力を持つものを手に入れたと。もうすぐ扉の前の土砂は除去される。行ってみよう」


 二人が話している間にも作業は続けられ、神殿の扉の全貌が露わになった。


 巨大である。岩でできた扉は見るからに頑丈そうで、表面の彫刻が荘厳さを増している。

 一枚が縦3・6メートル、横1・8メートルあり、長い間地中に埋もれていたとは思えない。それと同様に、周囲の壁も、地上にあった時と変わらないと思えるほど劣化は進んでいなかった。


「おう、ラダーの旦那とお使者さん。見てのとおり扉は掘り出したぜ。後はお二人の力で御開帳ってしゃれこんでくれねえか?」


 二人が近付いて来るのを見たヤッタルワイは、胸を張って言う。ラダーは重々しくうなずいて、


「分かっている。ここはブラウン殿の出番だ」


 そう言うと、ブラウンは何も言わずに扉の前に歩み寄り、右手をマントから出した。


「うっ!?」

「うえっ!?」


 ブラウンが握っていたものを見たラダーとヤッタルワイは、同時に変な声を上げて目を見開く。ブラウンが握りしめていたのは、生々しい心臓だった。


「ブ、ブラウン殿。それは?」


「これが、扉の『鍵』だ」


 恐る恐る訊くラダーの言葉に、ブラウンは振り向きもせず、冷たい声で答えながら、心臓を扉に押し当てた。


 すると、ラダーの目には心臓が淡い翠色の光を放ち、鼓動を始めたように見えた。


 いや、それはラダーの錯覚ではなく、実際に心臓は鼓動を再開していた。しかも、鼓動に合わせて翠の光も光量を変化させ、そして扉の模様と一体化していた魔力まで、まるでタイミングを合わせるかのように拍動を始める。


(扉の魔力が心臓に共鳴している……これが『鍵』なのか?)


 そう思って見つめているラダーの目の前で、扉に込められていた魔力は心臓に乗り移り、その瞬間、ブラウンは呪文を唱えた。


「Es ist iheren Hertz. Heyte nach nicht Seren, durum. Heisen Sie!」


「「おおっ!」」


 ラダーとヤッタルワイは同時に叫んだ。動かすには何百人の力が必要だろう巨大な扉が、軋む音すら立てずに大きく開かれたのだ。


「……用意周到なことだ。この入口にも結界が張ってある。神殿の中に入るには、もう一仕事必要そうだな」


 こちらに開いた扉が塞いでいた空間に、翠の光を放つ薄い膜が見える。ブラウンはその場から身動き一つせずそう言うと、再度、心臓をその膜に押し当てた。


 すると、何者も拒むように揺蕩っていた魔力は、すべて心臓に吸い込まれ、薄暗い神殿の内部が見えるようになった。


「これで神殿には入れる。ラダー殿は私と来てもらおう。一等航海士殿、ご苦労だった。この階にある宝物はすべてそなたたちの好きにするといい」


 ブラウンの言葉に、ラダーとヤッタルワイはハッと我に返り、


「おう、野郎ども。お宝を探してそっくりいただくんだ!」


 ヤッタルワイの声に、眼前の出来事に気を飲まれて茫然としていた海賊たちは、がぜん元気を取り戻して、おおーっという雄たけびと共に神殿内部へとなだれ込んでいく。


「お使者さん、礼を言うぜ。下の階に何か目ぼしい物があったら、俺たちにも分けてくれよな?」


 ヤッタルワイは興奮気味にそう言うと、


「こらーっ、ネコババするなーっ!」


 もはやブラウンやラダーには目もくれずに、部下たちのもとへとすっ飛んで行った。


「……強欲なバカどもには、ちょうどいいオモチャだな」


 ブラウンは嘲った感じで言うと、ラダーに向き直り。


「ラダー殿、私たちは本来の任務を遂行しよう」


 そう言って、神殿の奥へと歩き始めた。



 キャロット神殿の異変を最初に感じ取ったのは、メロンだった。


「いけない! キャロット様の封印が解けた!」


 顔面を蒼白にしてそう叫んだメロンに、ジンジャーやミシェル首席書記官、エノーラ特命書記官はびっくりして振り返る。


「メロンさん、いったいどうしたの? もう遺跡にかなり近付いているから、相手が歩哨を立てていたら見つかるわよ?」


 ジンジャーが訊くと、メロンはそれどころじゃないといった感じで、


「神殿の封印が解けたわ。相手にも木々の魔力を扱える人物がいたのね。わたくしの油断でした」


 そう早口で言うと、


「わたくしは先に行きます……その前に、団長さんにも来てもらった方がいいかも」


 そう独り言のように言って、翠の光と共に姿を消す。


「何事が起こったんですか?」


 メロンが消えるのを見たミシェルは、彼には珍しく慌てた風に訊く。ジンジャーは首を振ると、


「良くない知らせのようです。どうやら『組織』の連中は遺跡の封印を解き、内部に侵入したみたいです。メロンさんは団長にこのことを知らせに行きました」


 そう、ミシェルとエノーラに答えた。


 それを聞いて、二人は顔色を青くする。


「ミシェル、あの遺跡に伝わる伝承では、キャロット様を不用意に起こすと、デラウエア火山が噴火するって言われているわ。わたしたちはどうすべきでしょう?」


 エノーラの問いに、同じく青い顔をしながらも比較的冷静さを保っているミシェルは、


「……このまま近付こう。遺跡で何が起こっているのかをこの目で確認しないことには、対処の方法も分からない」


 一時の思案の後、そう決断した。


 ジンジャーはミシェルの言葉にうなずきつつも、


「メロンさんは団長を迎えに行ったはずです。団長が動けば、ド・ヴァン殿も『ドラゴン・シン』を連れて行動を共にするはず。わたしたちは『組織』の奴らに気取られぬよう、ゆっくりと遺跡に近付いた方がいいと思います」


 そう意見を言う。


「ド・ヴァン殿もこちらに向かっているんですか?」


 エノーラが訊くと、ジンジャーは薄く笑って答えた。


「団長とド・ヴァン殿は、シェリーの言うところの『マブダチ』だそうですから」


   ★ ★ ★ ★ ★


 一方、遺跡では……


「……ブラウン殿、一体どこに『キャロットの魔力』が封印された部屋があるというのだ? ここは遥拝所がある第1層ではないか?」


 期待を裏切られたようなラダーの声に、ブラウンはまったく感情を込めない声で短く答えた。


「地下室があるはずだ」


 神殿遺跡に入ったラダーとブラウンは、第3層に転がっている宝物の略奪に余念がないヤッタルワイたち海賊連中をしり目に、第2層、第1層と降りて行った。無論、彼らの目的は財宝などではない。この神殿のどこかに、木々の精霊王だったキャロット・トスカーナ、この世界に作物というものを与えてくれた偉大な存在である彼女の魔力が、まったく損なわれずに封印されているはずなのだ。


 第1層は7千年前に起こったデラウエア火山の噴火により、すっかり噴出物に埋もれてしまって、外からの光はまったく入って来なかったため、二人は松明を手に持っていた。


 この階層にはキャロットの神像が置かれていたが、数千年間も人目に触れていなかったとは思えぬほど、綺麗な状態で残っている。椅子に座って小麦の穂を手にした神像が松明の光に照らされて、まるで生きているかのように見えたことに、ラダーは心の中でぎょっとしつつも、地下への入口がないか周囲を注意深く観察する。


「地下室には神官しか入れなかったはずだ。キャロットを拝みに来る人間たちに直接関係がないものだから、入口は巧妙に隠されているか、予想もしない場所にある可能性が高いと思うがな」


 ブラウンはそう言いながら、茶色い瞳で一心に神像を見つめている。


「どうした、ブラウン殿?」


 一向に入口を探そうとしないブラウンに、焦れたような声でラダーが訊く。ブラウンは神像から目を離さずに、


「……なるほど、これがキャロットの最後で最大の罠か。とすると、こちらも木々の魔力を扱える『切り札』が必要だな」


 そうつぶやき、左手をマントから出す。その手には魔力を飲み込んで薄く翠の光を放つ心臓が、力強く拍動していた。


「……ブラウン殿、私はそなたがこの神殿の扉を開放した時から疑問に思っていたが、その心臓の持ち主は一体誰だ?」


 恐る恐る、といったふうに訊くラダーに、ブラウンは簡単に答える。


「心臓の持ち主を、この場に召喚しよう。()()にも力を貸してもらわないとな」


 ブラウンはそう言い、何かの呪文を唱えだした。


「Ides remuromu danndern, wasse teroumn ber. Sie hatte rerusern ihe commandore tern’ues……」


 ラダーは息を吞んで、信じられない光景が目の前に広がるのを見ていた。ブラウンの掌にある心臓は光を放って浮かび上がり、二人の目の前で女性の姿を取りつつあったからだ。


「……その女は、確かエコーとか言った海賊だな?」


 かすれた声でラダーが言うと、ブラウンはうなずいて、


「そのとおりだ。この女に会えたのは幸運だった。エレメントが開いていないとはいえ、木々の魔力を持つエレメントだったからな。今までは心臓だけにお世話になっていたが、ここから先はどうやら木々の魔力が扱える実体が必要のようだ」


 今や、エコーは翠の魔力に包まれ目を閉じて立っている。若葉のようなたくさんの光がエコーの周囲に飛び交っていて、彼女は何も身にまとってはいないようだったが、身体の詳細を見ることはできなかった。


「木々の魔力!? この女にそんな力が?」


 そんなエコーを、ラダーは疑わしげな目で見たが、ブラウンが呼び出したこと、エコーの心臓にはこの遺跡を封じ込めていたキャロットの魔力が多少なりともこもっていることに思い至った彼は、それ以上ものを言うことを控えた。


「自らの知識の範疇にない事項には、沈黙を貫くのが最も賢いやり方だ。それが分かっているそなただからこそ、ヘルプスト様はそなたとの協定に応じられた」


 ブラウンは満足げに言うと、エコーに目を向け、


「さあ、新たなるヘルプスト様の友人、『盟主様』のしもべよ。そなたには、そなたに似合った装いを授けよう」


 そう言いながら右手を向ける。すると、エコーを覆っていた翠の光は消え、そこには黒い革鎧に樫の棒を持ったエコーが、うっとりとした表情で立っていた。


「わたしに何のご用事でしょうか? ブラウン様」


 エコーが感情のない声で言うと、ブラウンはニヤリと笑い、


「うむ、そなたに解いてほしい結界があるのだ」


 そう言いながら、漆黒の魔力を展開する。キャロットの像はその魔力に反応し、翠の神々しい光とともに、その場に数十体の人形を出現させた。どの人形も魔力で翠に輝き、魔力がこもった木剣を握っている。


「ふん、話に聞いたキャロットの自動人形オートマタか。面白い、神の魔法がいかほどか、この目でしかと見届けてやる」


 マントから手も出さずにそうつぶやき、神像に相対したブラウンやエコー目がけて、自動人形たちは一斉に斬りかかって来た。



「いったいどうしたんだい、団長くん?」


 歩みを止めた僕の部隊をいぶかしく思ったのだろう、ド・ヴァンさんが不思議そうな声で訊きながら、僕の所へ歩み寄って来た。


 しかしド・ヴァンさんは、僕の前にメロンさんがいるのを見て取って、すべてを理解したかのように真剣な顔をしてつぶやいた。


「ふむ、『組織ウニタルム』の奴らにしてやられたのかな?」


 するとメロンさんは、翠の瞳を持つ目を細めて、


「ふふ、団長さんの周囲にいる人間は、みんな察しが良くて助かります。一から十まで説明しなくても済みますから」


 そう言った後、笑顔を納めて続けた。


「お察しのとおりです。『組織』の枢機卿特使ブラウンは、遺跡の封印を解きました。

 今のところ、入口の扉を開いただけですが、相手にも木々の魔力を扱える人物がいるからには、『部屋の封印』と『深層の封印』を解くのも時間の問題でしょう。

 団長さん、悪いけどわたくしと一緒に遺跡について来てくれませんか?」


 僕はワインやシェリー、そしてラムさんを見た。三人とも、いや、その後ろにいるウォーラさんやガイアさんもうなずく。


 しかし、ド・ヴァンさんだけは違った。


「メロンさん、君が何者かは知らないが、人間じゃないってことは分かる。そして、キャロット様と関係があることもね?

 だったら、団長くんだけじゃなく、せめて賢者スナイプ様を連れて行ってはどうだろうか? 相手は『組織』でも上位の存在だ。ボクは強くそれをお勧めする」


 その言葉を聞いて、賢者スナイプ様が前に出てきて言う。


「あらぁ、オー・ド・ヴィー・ド・ヴァン団長ったら、解っているじゃない?

 メロンさん、私も元は『賢者会議』の一員だった者。こんな危難を見過ごしにはできないわ。ぜひ、同行させていただきたいわ」


 それを聞いて、メロンさんは僕とド・ヴァンさん、そして微笑を浮かべている賢者スナイプ様の顔をゆっくりと見まわし、うなずいて言った。


「分かりました。では団長さんとスナイプ様、ついて来ていただけますね?」


 僕とスナイプ様は同時にうなずいた。


「ジン、ちょっといいかい?」


 転移魔法陣を描き始めたメロンさんを横目に見ながら、ワインが僕の袖を引く。


「何だい?」


 僕がワインに向き直ると、彼はチラッとスナイプ様を見た後、真剣な目をして僕に言った。


「ジン、スナイプ様はキミのことを身を挺しても守ろうとするだろう。だが、今スナイプ様を失うわけにはいかない。だから君は無理をするべきではないんだ。それだけは忘れないで行ってくれたまえ」


 後から考えると、これは不思議な助言だった。けれどその時の僕は、いつもの注意喚起だと軽く考えていた。


「分かったよ。とりあえずメロンさんとスナイプ様が行けば、『組織』の奴らを押し留められるだろう。ワインたちも、できるだけ早く来てくれよな?」


「ジンくん、行くわよ」


 僕はワインにそう告げると、スナイプ様の声に弾かれるように、転移魔法陣の中に飛び込んだ。


 ジンたちが消えた後、ド・ヴァンはワインに訊いた。


「さて、団長くんの良き理解者にして最高の参謀さん。ボクたちはどうすればいい?」


 するとワインは、ド・ヴァンに向かって頭を下げて言った。


「お願いだ、ド・ヴァン君。ボクたちと同一行動してくれないか?」


 ド・ヴァンは驚いた顔で、それでも鷹揚にワインの肩を抱いて優しく言った。


「自尊心の高い君が、これほどのことをするんだ。今回の一件は、ボクが想像しているよりも重大な問題をはらんでいると思っているんだね?

 承知したよ。というより、最初から各個撃破されるのはマズいと思っていたんだ。時間が惜しい、すぐに出発しようじゃないか」



「ふん、話に聞いたキャロットの自動人形オートマタか。面白い、神の魔法がいかほどか、この目でしかと見届けてやる」


 マントから手も出さずにそうつぶやき、神像に相対したブラウンやエコー目がけて、自動人形たちは一斉に斬りかかって来た。


 エコーはブラウンをチラリと見た。ブラウンは薄く笑いながら、


「構わない、暴れてみるといい」


 そう答える。


 ズシャッ! バンッ!


 ブラウンの答えを聞いたと同時に、エコーは眼にも留まらぬ速さで動き、自動人形たちの半数は樫の棒の打撃を受けて、糸が切れたように座り込む。


「……私に刃を向けることは許さぬ」


 エコーのつぶやきとともに、倒れ込んだ自動人形たちは朽木のようにボロボロになる。


「そなたたちの魔力、返してもらうぞ」


 エコーは樫の棒を水車のように回しながら言う。彼女の棒は翠に光り、両端からはみずみずしい若葉を吹き出している。


「たっ!」

 パアアーンッ!


「はっ!」

 ピイインッ!


 エコーは自動人形たちの木剣を弾きながら、次から次へと自動人形たちの頭や胴体に鋭い突きを叩き込む。やがて、すべての自動人形たちは、朽ち果てた残骸と化した。


「見事だ。では、神像の封印を解いてくれ」


 短時間の激闘を身じろぎもせずに眺めていたブラウンは、満足そうにエコーに命令する。エコーはうっすらと笑った後、能面のような顔に戻って神像に歩み寄り、持っていた樫の棒をキャロットの像に持たせた。


 すると、神像は翠色のまばゆい光に包まれて後ろへと動き出す。神像が動く音と光が収まったとき、三人の目に地下へと続く階段が飛び込んできた。


「ご苦労だった。さて、ラダー殿、いよいよこれから先が本番だ。私もそなたの身を案ずる暇がないかもしれないので、心の準備をしておいてほしいな」


 ブラウンはそう言うと、エコーと共にさっさと階段を降りはじめる。ラダーは我に返って、慌てて二人の後を追った。


 階段を降りた先には、またしても翠色の結界があった。


 しかし、エコーはもともと木々の魔力エレメントを持っていた女性であり、そのエレメントはほかならぬキャロットの魔力を受けることで解放された。魔力に関してはいわばキャロットのコピーであり、キャロットが仕掛けた罠も、結界も、自身の魔力の前には無きに等しかった。


 エコーは薄く笑うと、右手を前に出す。そして結解に軽く触れると、出入口を仕切っていた翠色の幕は、まるで靄が薄れるように消え去った。


 結解が消えたことを確認したブラウンは、上機嫌でエコーに言う。


「やはり、キャロットの魔力を使えると至極便利だ。さて、いよいよ『深淵の間』に近くなってきたな。行こう」


 その時、歩き出したブラウンを押し留めるように、エコーが目の前に立って訊く。


「……この先に私が眠っていますが、その前にそなたたちに訊きたいことがあります。私を起こして何をするつもりでしょう?


 私には現実世界での依り代となるべき身体はなく、すでに死んだ身です。ただ魔力が残っているゆえに精神も虚空ヌルに戻ることが出来ず眠っているだけのこと。


 私を起こした時のリスクは知っているでしょう? そのリスクを冒してもなお、私を起こす必要があるのでしょうか?」


 するとブラウンは、意外そうにエコーを見て舌打ちする。


「チッ、キャロットの魔力をこの女の心臓に取り込んだだけかと思っていたが……」


「私はこの女性の身体を借りているだけです。この女性に私の魔力を使わせ、私を起こして何をするつもりでしょうか?」


 ブラウンのつぶやきが聞こえたのか、エコーは声に鋭さを込めて再度訊く。


「その者たちは、あなたの魔力を使ってデラウエア火山を噴火させ、『摂理の黄昏』のきっかけをつくろうとたくらんでいるのです」


 エコーの問いに答えたのは、ブラウンでもラダーでもない、少女の声だった。


「何者だ!? うっ?」


 振り返りざまに魔法を撃とうとしたラダーが、風の魔法によって呪縛されて呻く。ラダーたち三人の視界には、翠色の髪と瞳をした少女。そしてその少女を守るように両側に立っている金髪碧眼の女性と、銀の髪をなびかせて翠の瞳を持った少年の姿が映った。


「イヤあねぇ、いきなり魔法のごちそうは野蛮じゃない?」


 金髪の美女が言うと、ブラウンは茶色の瞳で刺すように彼女を見て、


「貴様は、賢者スナイプだな?『賢者会議』がどうしてここに?」


 驚きの叫びを上げる。


「あら、私はもう『賢者会議』から卒業したのよ? それとも、なぜ私が『賢者会議の追討対象になっていないか』という意味かしら?」


 賢者スナイプが腕を組んで訊く。それに答えようとしたブラウンが何かを言う前に、エコーが絞り出すような声で言った。


「そなたは、マロン。マロン・デヴァステータですね? どうしてあなたがここに?」


 エコーの声には、懐かしさと愛しさがあふれている。そのニュアンスを敏感に感じ取ったブラウンは、まだ幼いマロンをしげしげと見つめ、何かに思い当たったかのように、驚愕の色を湛えて叫んだ。


「マロン・デヴァステータだと!? キャロットの次、最後の木々の精霊王たるそなたが、どうしてここに居る!? アルケー・クロウと共に封印されているのではないのか?」


 その言葉を聞き、賢者スナイプはジト目でメロンを見て言う。


「……やっぱりね。あなたの魔力から、ただの人物じゃないとは思っていたけど。木々の精霊王だったとはね」


 メロン……マロン・デヴァステータは、悪びれもせず笑ってスナイプに言う。


「隠していたわけじゃないわ。訊かれなかったから、自分から言うものじゃないと思っていただけ。

 それよりスナイプさん、わたくしはキャロット様と話がしたいの。そこの男たちのお相手をお願いできるかしら?」


 すると、スナイプはジンを見て肩をすくめ、


「やれやれ、ジンくん、精霊王同士の話し合いを邪魔しないよう、ご依頼のとおりこの二人は私たちで相手をしましょう」


 そう言うと、碧眼を細めて


「ではマロン様、ごゆるりと。『風の結界陣(ヴィンドケッセル)』!」


 魔力を発動して、ジンやブラウン、ラダーごと結界の中に封じ込めた。


   ★ ★ ★ ★ ★


「……本当に遺跡の扉が開いている」


 密林の奥にある『木々の精霊王キャロット・トスカーナの神殿遺跡』に到着したアロハ総督府の首席書記官ミシェル・ラントマンは、ぽっかりと口を開けた神殿入口を見て、途方に暮れたようにつぶやく。


「……まだ、精霊王の部屋や、少なくとも深淵の間のカギは解けていないと思いますよ? 深淵の間が開いたら、それこそどんな災厄が起こっているか分かりませんからね」


 遺跡全体を注意深く見ていたジンジャーがそう言うと、ラントマンは少し安心したように、隣にいる特命書記官エノーラ・レイを見て訊く。


「確かに……ではエノーラ、『組織ウニタルム』の奴らが第1層にいるか判るか?」


「いませんね。1層には海賊連中しかいません。『組織』の奴らは地下の階層にいるようですが、恐ろしく魔力が強い人物が3名、新たに加わりました」


「そいつらが敵か味方か判るか?」


 緊張した声でラントマンが訊くと、エノーラはうなずいて、


「はい、一人は賢者スナイプ様ですね。あとの二人は、わたしが見たこともない魔力の質をしていますから、ジン・ライム殿とそのお仲間でしょう」


 そう答える。ジンジャーもうなずいて、


「ドッカーノ村騎士団には転移魔法陣を使える団員がいます。『組織』がキャロット様の魔力を開放する前に、追い付くことができたようです。わたしたちは、海賊たちを一網打尽にしましょう。『組織』の加勢をしないように」


 そう提案する。


 ラントマンはエノーラを見る。エノーラは自信ありげにうなずいた。


「分かった。では海賊たちを抑えよう」


 ラントマンはそう決断すると、ゆっくりと遺跡に近寄って行った。


 その頃、事は一刻を争うと見たド・ヴァンは、ワインたちと共に、すでに遺跡の近くまで来ていたテキーラ隊に加わった。


 騎士団そのものの指揮はマディラに委ね、偵察隊としていたソルティ隊と共にアパカ泊地に停泊するガウス海賊団の船を攻撃する役割に変更したのだ。


「むむむ、貴重な古代の遺物を乱雑に扱いおって……」


 テキーラ隊がいたのは遺跡からわずか2百ヤードくらいだったので、遺物を漁る海賊たちの笑い声や歓声、怒声や何かの破壊音などがはっきりと聞こえた。遺跡発掘の専門家でもあるトレジャーハンター、オタカ・ラ・ミツケールは、その喧騒に、白いひげを揮わせてつぶやく。


「ラ・ミツケール殿、今しばらくお待ちを。どうせ奴らにとって至福の時間はそう長くは続きませんからね?」


 テキーラと共に遺跡を眺めるド・ヴァンは、悔しそうに肩を震わすミツケールをそう言って慰め、ウォッカに命令する。


「ウォッカ、総督府の書記官殿たちが側にいるはずだ。彼らの攻撃が始まったら、間髪を入れず君の隊で攻撃を開始してくれ」


「分かりました」


 言葉少なに答えて、ウォッカはちらとテキーラを見る。テキーラはペストマスクをしているので表情こそ見えないが、この状況にほくそ笑んでいるように思えた。


「テキーラ、君はボクとともに来てくれ」


 ド・ヴァンがさらりとそう言うと、テキーラは意外そうに、くぐもった声で訊き返す。


「私がか? ウォッカ殿の方が団長の護衛には相応しいだろう。私が『組織』に寝返らないと信じているのか?」


 テキーラの問いは、ウォッカを怒らせるのには十分だった。しかし、ウォッカはド・ヴァンがおかしそうに答えたため、すんでのところでテキーラに躍りかかることを思い留まった。


「もちろんだ。君の今までの動きを見ていると信じるに足る人物だ。少なくとも、ボクとジン・ライム団長が親友であるうちはね? それに、ウォッカやマディラたちを失うわけにはいかないしね」


 ド・ヴァンは、テキーラが肩をピクリと動かしたことを見逃さず、続けた。


「勘違いしないでくれたまえ。君しか枢機卿特使とやらにぶつけられる団員がいないんだ。戦うにしても、そうでないとしてもね?」


 そう言うと、あとは厳しい表情で遺跡の入り口に目をやるド・ヴァンである。


 テキーラは、そんなド・ヴァンを見ながら、ペストマスクの下で冷や汗を流していた。


(オー・ド・ヴィー・ド・ヴァン、やはり恐ろしい人物だ。私がウェンディ様の指示で『ドラゴン・シン』に加わったことも、最初から見抜いていたのかもしれない)



「ではマロン様、ごゆるりと。『風の結界陣(ヴィンドケッセル)』!」


 賢者スナイプ様は魔力を発動して、僕ごとブラウン、ラダーを自身の結界の中に封じ込めた。


「ジンくん、ラダーはド・ヴァンちゃんへのお土産よ。彼から総督閣下に引き渡してもらえば、『ドラゴン・シン』に恩を売れるじゃない? ジンくんのバインドで動けなくしてくれれば、私が『ドラゴン・シン』の所までお届けするわ」


 スナイプ様は視線で茶色いマントの男を牽制しながら、僕にそう言った。


「分かりました。おとなしくしていろよ、『大地の護り(ラントケッセル)』!」


 僕はそう答えると、ラダーを土の魔力の中に閉じ込める。


「いい感じよ。じゃ、ラダーさん、あなたはいったんライスハーバーの総督府に戻りなさいな。命を助けてあげるんだから、『組織』のことについてちゃんとお話を聞かせてね?」


 スナイプ様は妖艶な笑顔をラダーに向けると、翠色の魔力でラダーを包む。その光が消えた時、ラダーの姿はそこにはなかった。


「……さすがは四方賢者の一角を担っていただけはあるな。私に攻撃の隙を与えないとは」


 ラダーが消えた空間を悔しそうに見つめながら、茶色のマントの男が言う。


「あら、お褒めに預かっちゃった❤ 私はエレーナ・ライム、あなたの名前を聞かせてもらってもいいかしら? お互い、名前も知らずにやりあうなんて無粋な真似は嫌いだから」


 スナイプ様は『風のシールド』で自分の身を守りながら言う。


 茶色の男はうなずいて名乗った。僕はともかくとして、名にし負う四方賢者であったスナイプ様を前にして、両手をまだマントの下に隠したままだ。それほど自分の強さに自信があるのだろう。


「私はブラウン・ブラウン。『盟主様』の側近たるカトル枢機卿の一人、ヘルプスト様にお仕えする第三席枢機卿特使だ。そちらの小僧が『伝説の英雄』を受け継いだジン・クロウか?」


 僕は、ブラウンという男から目を離さずに、『払暁の神剣』を抜き放って言った。


「ドッカーノ村騎士団団長、ジン・ライムだ。キャロット様の魔力を使って、いったい何をする気だ!?」


「ふむ、木々の精霊王キャロットのことを知っていたか。では、キャロットが『盟主様』と交わした契約のことも知っているだろうな?」


 僕とスナイプ様の攻撃を同時に受けては分が悪いと思ったか、ブラウンはスッと数歩下がって訊いてくる。やはり僕が睨んだとおり、こいつは法器使いなのだろう。


「……木々の精霊王は、ある時期まで、地上のあらゆる生物の生殺与奪の権を『摂理の調律者プロノイア』様から委託されていたと聞いているわ。そのことと関係があるのかしら?」


 僕は聞き流していたが、スナイプ様がそう訊くと、ブラウンは残忍そうな薄い唇を歪めて答えた。


「その様子では知らないようだな。木々の精霊王たちの裏切りを」


「裏切り?」


 スナイプ様は眉をひそめてオウム返しに言う。その声に少し当惑の色が混じっていた。


 それを感じ取ったのだろう、ブラウンはクスリと笑うと、


「そうだ、裏切りだ。プロノイアとお前たちが奉じている『摂理』というまやかしに対する裏切りと言った方が分かりやすいか?

 何にせよ、それは我らの『盟主様』に利することであり、『盟主様』が新たな世界の法則を打ち立てるべきお方であることの証拠だ。四神は躍起になって否定するだろうがな」


 僕は、ブラウンの言うことには若干の真実があると思った。けれど、それを今最後まで聞くわけにはいかないと、僕の心の奥で警告を発する者もいる。僕はその警告に従うことにした。


「だっ!」

 ぶんっ!


「ジンくん!?」


 僕は迷わず、ブラウンに斬りかかる。ブラウンは惜しいところで僕の斬撃をかわして後ろに跳んだ。

 しかし、その動きは僕の想定の内だった。


「汝『運命の背反者(エピメイア)』に仕えし者よ、摂理の真理を視ずして世迷言を言うなかれ!『貪欲な濃霧(ドレインミスト)』っ!」


 僕は左手をブラウンに向け、彼の存在を紫紺の濃霧にからめ捕った……はずだった。


「くっ!?」

「ジンくんっ!」


 僕は、ドレインミストの中にブラウンがいないことを瞬時に悟った。そして彼が僕の後ろで両手を前に伸ばしていることも。


「……小僧、貴様程度では私の前には立てぬ」


 その言葉を聞いた刹那、僕はブラウンの魔力空間の中にいた。


「ジンくんっ!」


 スナイプ様の声が聞こえる。僕は、遠くなる意識の下で、ブラウンがスナイプ様にこう言うのを聞いた。


()()()()()よ、()()()()()はまだ『伝説の英雄』ではない。

 『盟主様』は神を超える存在、枢機卿は四神に匹敵する。私程度で不覚を取るような者は、『約束の地』に近づくことすらできないであろう。

 小僧を今殺しても面白くない。『伝説の英雄』となってから再戦しよう。それまで小僧をせいぜい鍛えておくことだな」


(……弟? 偽りの存在?……どういうことだ?)


 僕は薄れゆく意識の中で、そう考えていた。


(裏切者を狩ろう!4に続く)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

物語はついに、ジンが『伝説の英雄』として覚醒するところまでやってきました。

『盟主』であるエピメイアやその側近、アルケー・クロウ、そして魔王。ジンが立ち向かわねばならない敵はあまりに巨大ですが、覚醒とその後の出会いと別れが、ジンの運命を引きずって行くのでしょう。

次回もお楽しみに。

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