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キャバリア・スラップスティック  作者: シベリウスP
アロハ群島編
87/153

Tournament87 The Traitor hunting:part2(裏切り者を狩ろう!その2)

神殿遺跡の調査に向かうジンたち『騎士団』一行。その途中で元・木々の精霊王であったメロンから遠い昔の出来事を聞くことになる。

その頃、遺跡を探索していた『組織』の使者は、扉を開ける『鍵』を見つけていた。

【主な登場人物紹介】

■ドッカーノ村騎士団

♤ジン・ライム 17歳 ドッカーノ村騎士団の団長。典型的『鈍感系思わせぶり主人公』だったが、旅が彼を成長させている。いろんな人から好かれる『伝説の英雄』候補。


♤ワイン・レッド 17歳 ジンの幼馴染みでエルフ族。結構チャラい。水の槍使いで博学多才、智謀に長ける。お金と女性が大好きな『やるときはやる男』


♡シェリー・シュガー 17歳 ジンの幼馴染みでシルフの短剣使い。弓も使って長距離戦も受け持つ。ジン大好きっ子だが報われない『負けフラグヒロイン』


♡ラム・レーズン 18歳 ユニコーン族の娘で『伝説の英雄』を探す旅の途中、ジンのいる村に来た。魔力も強いし長剣の名手。シェリーのライバルである『正統派ヒロイン』


♡ウォーラ・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造った自律的魔人形エランドール。ジンの魔力マナで再起動し、彼に献身的に仕える『メイドなヒロイン』


♡チャチャ・フォーク 13歳 マーターギ村出身の凄腕狙撃手。村では髪と目の色のせいで疎外されていた。謎の組織から母を殺され、事件に関わったジンの騎士団に入団する。


♡ジンジャー・エイル 20歳 他の騎士団に所属していたが、ある事件でジンにほれ込んで移籍してきた不思議な女性。闇の魔術に優れた『ダークホースヒロイン』


♡ガイア・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造ったエランドールでウォーラの姉。『組織』に使われていたがメロンによって捕らえられ、『騎士団』に入ることとなった。


♡メロン・ソーダ 年齢不詳 元は木々の精霊王だがその地位を剥奪された。『魔族の祖』といわれるアルケー・クロウの関係者で、彼を追っている。


♡エレーナ・ライム(賢者スナイプ)27歳 四方賢者として『賢者会議』の一員だった才媛。ジンの叔母に当たり、四方賢者を辞して『騎士団』に加わった『禁断のヒロイン』


   ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


 木々の精霊王は、生命の神秘を司る……その理を、長い時間が過ぎた今、人間たちは忘れてしまっている。


 この『世界』は、『虚空ヌル』の中から生まれて来た。

 『虚空』から『世界』を生み出したものが『摂理』であり、その管理者を『摂理の調律者(プロノイア)』と呼んだ。

 プロノイアは、『世界』の『摂理』を調律し、『世界』に『秩序』をもたらした。


 とともに、双子の妹である『運命の供与者(エピメイア)』は、『混沌』が『秩序』を持つ際のエネルギーの軌跡ともいうべきものを規定し、それを『運命』と名付けた。


 ここに、『世界』は完成し、様々な生き物たちがプロノイアとエピメイアによって規定されていった。


 そしてプロノイアは、世界を形作る要素に応じて、精霊たちを生み出し、その王たる者を精霊王として、自らの代わりに『世界』での『摂理』の運行を監督させた。


 その初代精霊王は、土の精霊覇王エレクラ・ラーディクス、風の精霊王ウェンディ・ヴェント、火の精霊王フレーメン・ヴェルファイア、水の精霊王アクエリアス・リナウン、木々の精霊王キャロット・トスカーナである。


 この中で、木々の精霊王は他の精霊王と明らかに違う側面を持っていた。それは、『木々の精霊たちが存在するためには、他の精霊たちの働きがなければならない』という点である。


 この点があるため、プロノイアは自らが創り出し、エピメイアが運命を授けた生きとし生けるものの生命や死を、キャロットに司らせた……。


「……ということなの。だから、木々の精霊王には『豊穣の女神』や『生産の女神』といった明るいイメージとは別に、『死の女神』という別名も与えられているの」


 ニイハオ島まではまだ少し時間があるので、船室に引き上げた僕たち『騎士団』だったが、僕とワインが島での行動について話をしていたところに、突然メロン・ソーダさんがやって来た。


 僕は、前にニイハオ島の『キャロット・トスカーナ神殿遺跡』の話が出た時、彼女が何か僕に話をしたげな表情をしていたことを思い出し、すぐに彼女を部屋に招き入れた。


 案の定、メロンさんはにっこりと笑うと、遠慮もなしに部屋に入って来て、僕の寝床にちょこんと座り、


『その様子では、わたくしが何を話しに来たのか判っているみたいですね?』


 そう、涼やかな声で言うと、僕たちが答えるより早く、


『今度行く神殿には、前の木々の精霊王であるキャロット・トスカーナ様の魔力が強く残っています。そのわけを先に団長さんに知っておいてもらった方がいいと思ったので、わたくしが知っている限りのことをお話しいたしますね?』


 と前置きして、数千年前の話を僕たちに聞かせてくれたのだった。


 ちなみに、メロンさんは見た目こそ12・3歳と幼いが、実は木々の精霊王、マロン・デヴァステータ様だった人物だ。以前、キャロット様の話が出た時、メロンさんなら何か知っているに違いないと思っていたが、その見込みは当たっていた。


 しかし僕とワインは、メロンさんの話を聞くにつれて、顔を強張らせたのだった。



 マロン・デヴァステータ様が木々の精霊王位をキャロット・トスカーナ様から引き継いだのは、7千年ほど前のことになる。


 その頃は、後に『摂理の黄昏』として伝わる動乱の気配は全く感じられず、人々は穏やかに暮らしていたという。まあ、5千年前の世界で僕が出会った人たちも、まだ国というものは持たず、せいぜい都市国家レベルの政治体制が当時の最先端で、ほとんどの人たちは村落共同体とでも言った方がふさわしいような暮らしをしていた。それだけ外部からの危険要因が少なかったとも言える……とは、僕の話を聞いたワインの分析だ。


 その頃、メロンさんは木々の筆頭精霊として、キャロット様の仕事の一端を担っていたという。与えられた分担は、『散華』といって、生きとし生けるものの命の終わりに関することだったという。


「わたくしに与えられたのは、植物の命を回収する仕事でした。一見、非情で哀しい仕事のようですが、命は『摂理』に従って、その生命に与えられた生を辿り、やがて次代に引き継がれていくものです。その引継ぎを見守るというのは、一種荘厳な感情を覚えるものです」


 メロンさんは、厳かな顔でそう言うと、一つため息をついた。


「キャロット様は、華やかで明るく、人懐っこい方でした。でも実際は、とても繊細で優しい方でもありました。病むもの、苦しむものを見ては心を痛めておられました。

 そんなところが、エレクラ様に言わせれば『精霊王にしては優しすぎる』ということだったのでしょう」


「その優しさが『摂理の黄昏』の時、木々の精霊たちに不利に働いたということですね?」


 ワインが葡萄酒色の髪を形のいい手でいじりながら言う。メロンさんはワインをかわゆく睨むと、ため息をついて言った。


「はあ……ワインさん、ウェンディの言うとおり、あなたは人間にしてはものを知り過ぎているわ。もちろん、あなたはニイハオ島の神殿遺跡調査報告書には目を通しているんでしょう?」


「地質学者の報告ですね? もちろん読みましたよ。キャロット様の神殿がデラウエア火山の噴火で埋まってしまったのは確かに7千年前ですが、神殿が破壊されたのは火山の噴火が原因ではなく、他の外的要因によるものである……そんな結論だったと記憶していますが」


 ワインがさらりと言うと、メロンさんは少し表情を翳らせてうなずいた。


「7千年前の『摂理の黄昏』。その時に生命を散らした精霊王が二人いました。風の精霊王ウェンディ・ヴェント様と木々の精霊王キャロット・トスカーナ様です。


 けれど、お二人の最期は、まったく対照的でした。最期まで『摂理』を守るために戦い抜いたウェンディ・ヴェント様と、好まぬ争いを最後まで避けようとしたキャロット様。それが、エレクラ様……というよりプロノイア様の不興を招き、そこにわたくしのアルケー・クロウとのことが重なって、木々の精霊王を指名しないという現在の状況につながったのだと思います」


 悲しそうに言うメロンさんだが、僕はその話を聞いても何処か納得がいかなかった。今の話では、木々の精霊王は生きとし生けるものの生命の始まりと終わりをつかさどっている。その大事な役目は、一体誰が務めているのだろう?


 そう思った僕は、メロンさんに訊いてみた。


「メロンさん、一つ不思議に思っているんだけれど、木々の精霊王がいない今、誰がその役目を行っているんだろうか? 生命を司るなんて、そんな重大な役目がある木々の精霊王をなぜ指名しないんだろう?」


 すると、メロンさんは困ったような顔をして、


「カンのいい人間はキライだわ。『摂理』『宇宙』そして『生命』……これらはみんな『虚空ヌル』の秘密につながっているの。でも、『繋ぐ者』となるべきあなたなら、知っておかねばならないことね」


 そう言うと、ワインを見てにっこりと笑い、


「そういうことだから、ワインさんには席を外してもらっていいかしら? あなたのことだから、こういった秘密には興味津々なのは解るけど、わたくしもエレクラ様やプロノイア様との誓約を破るわけにはいかないの」


 そう言うと、ワインは肩をすくめてキザっちく片方の頬で笑い、


「仕方ありませんね。確かに深奥の秘密にはとても興味があることは認めますが、それが知るべき人物が知るべき時に触れた者でない限り、『好奇心、猫を殺す』ってことになるのは経験済みですから」


 そう言って、ドアを開けて部屋を出て行った。


 ドアが閉まると、メロンさんは僕を真剣な顔で見て、


「ジン・クロウ、今から話すことは、本当はエレクラ様があなたに話そうと思っておられることだと思います。ですから、わたくしの話とエレクラ様の話を注意深く聞いてください。そして、時が来るまではあなたの胸に収めておいてください」


 そう、強い意思を感じさせる声で言った。



「ワイン、どうだった?」


 ワインは部屋から出ると、ラムやシェリー、ウォーラ姉妹に捕まった。みんな、ジンジャーと共にニイハオ島に先行していたはずのメロンが突然戻って来たことに、何か不穏なことを感じていたのだ。


「ああ、ジンジャーさんはニイハオ島の南東、エフリの町に拠点を設置したそうだ。これでド・ヴァン君に会えなくても、宿に困ることはないみたいだね」


 ワインがすっとぼけて答えると、シェリーはジト目でワインに突っかかる。


「そんなことは聞いてないの! メロンさんと何の話をしていたのかを聞いているの!」


「……君がそのようにバックレるとは、相当ヤバいことを話していたんだろうな?」


 シェリーとラム、両方から詰められるワインだが、


「ヤバい? そうだね、少なくとも今現在は、ジンだけが知っておけばいいことだそうだ。その他の人間が知っていても、百害あって一利なしって感じの秘密だろう。

 ただ、それまでの話はキミたちにも知っておいてもらいたいんで、別の部屋で話すことにしよう。シェリーちゃん、ラムさん、それでいいかい?」


 シェリーとラムは、心配そうに顔を見合わせてうなずいた。


「じゃ、ボクの部屋に来てもらおう。チャチャちゃんやスナイプ様も呼んできてもらっていいかな?」


 ワインはそう言うと、さっさと自分の部屋へと足を向けた。


「他ならぬ精霊王自身から昔日の話を聞けるなんて、ほんと、『賢者会議』を抜けてよかったわぁ」


「難しい話じゃないですよね?」


 賢者スナイプとチャチャはそう言いながら入ってくると、ワインに促されて彼の寝床に腰かける。


「さて、急にメロンさんが戻って来たのは、ジンに話しておきたいことがあったからってことは、みんな知ってのとおりだ。そのうち、7千年前の『摂理の黄昏』で何があったのかについては、恐らくボクを通じてみんなに伝えてほしいというメロンさん……いや、マロン・デヴァステータ様の意向だろう」


「7千年前……ジンが連れていかれた5千年前よりさらに昔にも、大事件が起こったってことなの?」


 ワインの言葉にシェリーは驚いて声を上げる。ウォーラもガイアも、そしてチャチャも戸惑いの表情を隠せなかった。


 けれど、スナイプだけは真剣な顔でうなずくと、


「7千年前の『摂理の黄昏』……『賢者会議』では、さらに昔、1万2千年前と2万年前にも『摂理の黄昏』が起こったってことだけは掴んでいたわ。


 でも、7千年前の『摂理の黄昏』は、それまでの事象を大きく変えてしまったと言われているの。その訳が判るかもしれないわね」


 そうみんなに聞こえるように言った。


「それまでの『摂理の黄昏』と、何が違ったんですか?」


 チャチャが訊くと、スナイプは能面のような顔で答えた。


「それ以降なのよ、『魔王の降臨』という言葉が聞かれるようになったのは」


「じゃ、『摂理の黄昏』と『魔王の降臨』には何らかの関係があるってこと?」


 シェリーが言うと、ラムはあごを手で押さえながらつぶやいた。


「……というより、マロン・デヴァステータ様とアルケー・クロウが、『魔王の降臨』に関係していると思うな。とりあえず、ワインの話を聞いてみよう」


   ★ ★ ★ ★ ★


 8千年前、ヒーロイ大陸には数えるほどしか人間の集落はなく、人口もずっと少なかった。ほとんどの人たちは狩猟や採集で生活しており、作物を育てることが一部の地域で始まったばかりだった。


 作物を育てることを人間に教えたのは、木々の精霊王キャロット・トスカーナであり、彼女は植物のうち人間の役に立ちそうな種類を選別し、自らの『世界』である『バウム』で品種改良のようなことを行っていた。


「出来た♡ この麦なら一回で今までの3倍は収穫できるわ」


 金色の穂をつけた麦の前で、嬉しそうに言うキャロットのもとに、どう見ても12・3歳の少女がやって来て、呆れたように声をかける。


「ああ、やっぱりここにおられたんですね? エレクラ様がおいでですけれど、約束の時間をお忘れだったんですか?」


「あら、マロン。え? エレクラ様が? マロン、今何時かしら?」


 あたふたするキャロットに、マロンはどことなく冷たい声で答える。


「10時半です。お約束は10時だったそうですね?」


「エレクラ様は? もう帰られてしまったかしら?」


 キャロットが慌てて言うと、身長180センチを超える白髪の青年が姿を現した。


「ふむ、これがキャロットの『畑』というものか。なかなか面白い植物を育てているみたいだな?」


「エレクラ様!」「お待たせしてしまって済みません!」


 エレクラの突然の出現に、マロンもキャロットもびっくりして謝罪する。


 しかしエレクラはじっと麦を見つめながらキャロットに訊いた。


「気にする必要はない。私が今日、見てみたかったのは、君の『研究』についてだったからな。キャロット、この麦はプロノイア様が最初に生み出された麦とは違うようだが?」


「はい、収穫量が増えるように改良した麦です。これで人間たちは飢えから解放されるんじゃないでしょうか?」


 胸を張って答えるキャロットに、エレクラはさらに問いかける。


「ふむ、人間たちにこの麦を育てさせるつもりなんだな。

 しかしキャロット、人間は自然の恵みを受け取り、その日その日をこともなく生きているぞ。今のままでも十分じゃないか?」


 エレクラが言うと、キャロットは目をキラキラさせて答える。


「それはエレクラ様がおっしゃるとおりですが、冬や干ばつなどの時には、毎回少なくない犠牲が出ています。人間はプロノイア様が地上の主宰者とするために創られたと聞いています。それなら、彼らが飢えずにすむよう、収穫が多く、貯蔵しやすく、運びやすい食べ物があってもいいと思うんです」


 エレクラはそんなキャロットをじっと見つめていたが、


「キャロット、私は作物を育てることが必ずしも人間たちの飢えを解決するものではないと考えている。もちろん、今の生活は自然に依る部分が大きく、不安定なのは認める。

 だから何とかしたいというお前の考えを否定することはしないが、私の言葉を少し考えてもらったらありがたい」


 案外優しい声でそう言ったエレクラは、


「今日、私が見たかったものは見せてもらった」


 そう言って二人に背を向ける。


「え!? もうお帰りになるんですか? 何もお構いもせずにすみません」


 キャロットの言葉にうなずいたエレクラは、


「マロン、ちょっといいか?」


 そう言って、その場から姿を消した。


「マロン、私は根菜の方もチェックしてくるから、エレクラ様の見送りはお願いするわね」


 そう言われたマロンは、うなずいてエレクラの後を追った。



 エレクラは『バウム』の出口でマロンを待っていた。そして彼女の姿を見ると、


「マロン、お前は人間たちに大地を収奪する技を教えることについてどう思う?」


 そう訊いてきた。


 その言葉に、マロンはハッとした。エレクラがキャロットの考えに決して賛成しているわけではないことを知ったからだ。


 マロンが何も言えずに黙っていると、エレクラは静かに続ける。


「確かに、キャロットが創作した植物は、人間たちに多くの実りを与えるだろう。

 しかし、多くの実りをもたらす植物は、自身が必要とする以上の地力を吸い上げる。その行き着く先は、何物をも育むことのない荒れた大地だ。


 私は大地の精霊王としても、そしてお前たち木々の精霊をも含む精霊覇王として、世界の根幹たる大地を収奪する技には賛成しかねる」


 厳然としたエレクラの言葉に、マロンは押し黙ってしまう。そんな彼女を見て、エレクラは優しく声をかけた。


「マロン、私は別にお前を責めているわけではない。キャロットの側で彼女のさまざまな思い付きをいい形で実現させてきたお前だ、私が今言ったことを勘案しつつ、キャロットの言う豊かな実りを人間に与える術を考えてほしい。難しいことだが、頼んだぞ?」


 エレクラの付託が余りにも困難なことは解っていたマロンだったが、深々と頭を下げ、そして訊いた。


「わたくしの手に余ることを恐れますが、できる限りの努力をいたします。

 それでエレクラ様、先ほどエレクラ様は、『作物を育てることが必ずしも人間たちの飢えを解決するものではない』と仰いましたが、どういう意味でしょう?」


 エレクラは、寂しそうな笑みを浮かべて答えた。


「人間は、持てば持つほど、さらに持ちたいと思うものだ。そしていつしか、持てる者と持たざる者に分かれてしまう。少数の持てる者は、多数の持たざる者たちの意見を聞かず、やがて人間同士はいがみ合う……そうやって、いくつの滅びを見て来たことか……」


 最後はつぶやきに近かったが、マロンに衝撃を与えた。


「そういうことだ。マロン、できるならお前が人間たちに『農業』を伝えるといい。その際に、できる限り平等な社会となるよう、人間たちを導いてほしい」


 エレクラはそう言って、虚空に消えた。


「できる限り、平等に……」


 マロンは、エレクラの最後の言葉を、じっと考えていた。



 マロンは、エレクラの言いつけどおり、自身で『農業』を人間たちに伝えた。そのことについては、エレクラがキャロットに対し直々に、


「作物の育成指導はマロンに任せるがいい。キャロット、お前はさらに収穫効率のいい作物を研究したらどうだ?」


 そう声をかけたため、もともと学究肌だったキャロットは喜んで、一も二もなくエレクラの言葉に従った。


 そしてマロンの方は、


(できる限り、平等に……)


 エレクラの言葉を胸に、食料の備蓄が人間の間で不公平な格差を生まないように、土地の取り合いや水資源の奪い合いが不毛な争いを生まないように心を配りながら、人間たちにさまざまな作物の栽培方法や利用法、公正な制度を指導して行った。


 そのような努力を続けて千年ほど経つと、ヒーロイ大陸は北部や西部の開拓が進み、人間たちもある程度数を増やしていった。


 初期の環濠集落が発生するのはこの頃で、それまでキャロットの神殿の神託として人々を指導してきたマロンが、『メロン・ソーダ』と名乗って人間たちの間で直接指導を始めるのもこの頃のことだった。


 しかし同じ頃、エレクラは大陸を回ってあることに気付いた。


 その日も、莫逆の友と言える風の精霊王ウェンディ・ヴェントと共に地上を徘徊していたエレクラは、ヒーロイ大陸を南北に分けるターカイ山脈の東嶺鞍部、後に『ヘンジャー・ハンエルン街道』と呼ばれることになる峠道を南に下ったところで立ち止まった。


「……エレクラ、どうした? 何か気になることでもあるのか?」


 先を進んでいたウェンディは、エレクラの足音が途切れたことに気が付いて立ち止まり、振り返って訊く。


「うむ……ウェンディ、お前はこの雰囲気に、何か違和感を覚えないか?」


 長く伸ばした白髪を首の後ろでくくった青年の姿をしたエレクラは、アンバー色の瞳を光らせて眼下の大地を見据えながら訊き返した。


 そう問われたウェンディは、翠の瞳をエレクラ同様、眼下に広がる森林に向けると、しばらく周囲を注意深く眺めていたが、


「……エレクラ、何を感じ取ったのだ? 私には特段変わった雰囲気は感じられないが」


 首を振って答える。


 エレクラは憮然とした面持ちで、


「そうか……いつも風の精霊からさまざまな情報を手に入れているお前なら、すぐに気付くと思ったんだが」


 そうつぶやくように言うと、眼下の森林の一角を指差して、


「ウェンディ、良く見ろ。あの一角だけ生えている木々の種類や年齢が違うと思わないか? 本来この森は照葉樹が繫っていたはずだ。それがいつの間にかあの一角についてはヒノキなどの木に代わってしまっている」


 そう言うと、続けて


「それに、木々の精霊たちの姿がぜんぜん見えない。これだけの森林なら、数万とは言わなくても数千の精霊が暮らしているはずだ。現にキャロットの眷属のほとんどはデュクシ地方からモント地方の森林地帯に住んでいる。それなのに魔力が少しも感じられないのはなぜだ?」


 森を見回しながら、何かを思い出すような表情で言う。


「森林の植相が変わったのは、人間たちがブナやカシを切り倒し、その後にヒノキなどを植えたからだろう。木々の精霊についても、キャロットの用事で集めているだけかもしれないぞ?」


 ウェンディの言葉に、エレクラは釈然としない様子だったが、


「……まあ、私の思い過ごしということもあるだろうからな。ところでウェンディ、キャロットはどうしている?」


 自分に言い聞かせるように言うと、ウェンディに問いかけた。


 ウェンディは、翠の瞳を細めて南東の方角を見ていたが、首をひねって答える。


「キャロットの『バウム』にはマロンお嬢ちゃんがいた。お嬢ちゃんの話では、アルック地方を見回っていて、自分もキャロットのもとに向かうつもりだと聞いたからここに来てみたんだが……はて?」


「……マロンの話では、キャロットはこの世界にいくつか『別荘』を構えているそうだ。そこを拠点に、この世界に合った植物を創っているらしい。そう遠くはないはずだから探してみよう」


 エレクラはそう言うと、さっさと峠道を下りだした。



「……おかしいわねえ?」


 アルック地方のほぼ中心、後に『ベロベロウッドの森』と言われるようになる森林地帯のほぼ中央に、その小屋はあった。


 見た目は普通の山小屋の造りだが、特徴的だったのは小屋に隣接する森が切り開かれ、そこにいくつもの作物が栽培されていることだった。


 そして面白いことに、作物の畝を包み込むように、魔力が揺蕩っている。一つの畝を覆う空間は温かく湿った空気に満ち、別のそれでは涼しく調整された空気が満ちている。


 うねるような赤い髪に翠の瞳をした娘が、そのうちの一つの前で首をかしげている。彼女の手には、目の前の畝に茂っている植物から採取したのであろう、いくつかの穂が握られていた。


「何がおかしい? キャロット」


 そこに、エレクラとウェンディ・ヴェントが姿を現す。キャロットは、二人が突然現れたのにもびっくりせず、


「ああ、エレクラ様とウェンディ様。よくここが分かりましたね?」


 そう言うと、再び手の中にある植物の穂に視線を戻した。


「この地方にいるとマロンから聞いたんでな。それで、何がおかしいんだ?」


 エレクラが問うと、キャロットは右手の穂をエレクラに見せながら、


「ちょうどいいところにおいでくださいました。まず、これをご覧ください」


 そう言う。


 エレクラとウェンディは顔を見合わせたが、ウェンディが手を伸ばして穂を受け取る。よく生育し、実をいっぱいにつけた穂だった。


「これは麦か? 今年はかなり出来がいいようだな……どこと言って不審なところはないと思うが?」


 ウェンディはその穂をしげしげと眺めながら言う。確かに、野生の麦と比べると実の一粒の大きさと言い、生っている数と言い比べ物にならない。キャロットの改良にかける熱意の賜物と言ってよかった。


 しかしエレクラは、その実から微量の魔力……キャロットとはまた異質のものが残っていることに気付いた。


「キャロット、その麦には明らかにお前以外の者の手が加わっている。お前がその麦にどんな違和感を覚えたのか、それを話してくれないか?」


「はい、わたしが意図した『たくさん大きい実を付ける』という方向には合致していますが、何というか、依存性があるような気がします。明らかに誰かが手を加えていることがはっきりしてはいるのですが、作物としては優秀なので、どうしたものかと……」


 当惑の表情をしながらも、捨て去るのも惜しいと考えていることがありありと分かるキャロットだった。


 エレクラは少し考えて、


「マロン、お前はどう思う? この麦を人間に育てさせていい結果が生まれるだろうか?」


 マロンに訊く。


 マロンは麦とキャロット、そしてエレクラを交互に見ていたが、


「作物そのものには問題は少ないかと。むしろ、このような変化を起こさせる人物に会ってみたい気がします」


 そう答えた。


 エレクラはウェンディ・ヴェントを見る。ウェンディもマロンの意見に賛成した。


「エレクラ、お前はいつも『争いは不満から起きる』と言っていた。食べ物が不足する以上に人間たちにとって深刻な不満はないだろう。マロンが問題がないと言っているのなら、せっかくキャロットが苦労して創り上げた作物だ、活用した方が良いだろう」


 二人の話を聞いて、エレクラは決断した。


「分かった。ではキャロットとマロンを信用しよう」


   ★ ★ ★ ★ ★


「……それが小麦の発祥なんですね。でも、それと『摂理の黄昏』と、どんな関係があるのでしょうか?」


 僕との話の後、全員を部屋に呼んで真剣な顔で8千年から7千年前の話をしてくれたメロンさん……元木々の精霊王マロン・デヴァステータ様に、僕は率直な疑問をぶつける。小麦と『摂理の黄昏』……その二つがどうしても、僕の頭の中で結びつかなかったのだ。


 それはシェリーやラムさん、ウォーラさんたちも同様で、みんな不思議そうな顔をしてメロンさんの答えを待っている。


 しかし、ワインだけは違った。彼はメロンさんの話から、僕たちが気付かなかったことを読み取っていたのだ。


「メロンさん、続きを話してくれませんか? ボクはその『小麦』が、7千年前の『摂理の黄昏』の引き金になったと感じているから」


 ワインがそう言うと、メロンさんは不思議な笑みを浮かべてワインに訊いた。


「あなたなら、わたくしの話からキャロット様が創り上げた作物の危うさに気付いてくれるだろうと思っていました。試みに訊きます、なぜ、小麦が『摂理の黄昏』の引き金になったと思いましたか?」


 ワインは葡萄酒色の髪の毛を形のいい手でかき上げながら、無造作に言った。


「キャロット様の魔力で品種改良した麦に、それ以上の変化を起こさせたのなら、その『手を下した存在』とは四神以上の存在だ。


 ボクはその存在を『運命の供与者(エピメイア)』様だったと観る。生命に運命を与える存在でないとそんなことはできないだろうからね?


 ただそうすると、エピメイア様はなぜ、何のためにそうしたか、その変化は摂理に変革を与えるものではなかったのか……なんて、いろいろな疑問が浮かんでくるけれどね?」


 ワインの答えに、メロンさんは満足そうな笑みを一瞬浮かべ、すぐに深刻な顔に戻って言った。


「素晴らしいわ! おおむねあなたの言うとおりよ。そしてあなたの疑問、作物の変革と摂理の問題は、これからわたくしが話すとおり。


 でもその前に、キャロット様はエピメイアの力を広げてしまったがゆえに、エピメイアに反抗することもできずに命を落とされたし、その命をエピメイアに握られてしまったために、世界に災厄を呼び込むことになった……そのことを理解してほしいの」


「というと、今ニイハオ島の遺跡には本当にキャロット様の魔力が封じられているってことですか!?」


 僕はそう叫んだ。マロンさんの話を聞くまでもなく、キャロット様の魔力を封じたのはエピメイアだろうし、なぜ封じたのかもおおよそ見当がつく。自らの復活のためか、『摂理の黄昏』の引き金にするためだろう。


 メロンさんは、僕の考えを見抜いたようにうなずくと、


「はい。団長さんのお考えのように、キャロット様の命はエピメイアが復活するために確保していたものです。わたくしやアルケー・クロウは、まさかエピメイアがそこまで準備しているとは考えもしていなかったのですが……」


 そこで伏し目がちに付け加える。


「小麦は人間たちから食料の不安を取り除きました。少なくとも、栽培を始めたうちはそうでした。でも、天候の影響を受けるところは以前と同じでしたし、さらには人間たちを貧富という壁で仕切ってしまいました。わたくしがエレクラ様のおっしゃった言葉の意味を理解した時には、もう手遅れでした」


 そして顔を上げると、


「7千年前の『摂理の黄昏』は、人間たちの共感や協力という概念が薄まった時を狙って起きました。唯一の慰めは、その時エピメイアを封印していたことです。


 あの騒乱に乗じてエピメイアが力を揮ったら、『摂理の調律者(プロノイア)』様も苦労されたことでしょう」


 そう言った後、僕を見て、


「わたくしはキャロット様やエレクラ様に申し訳ないことをしたと思っています。小麦の普及に対し、エレクラ様は筆頭精霊たるわたくしに反対意見を述べてほしかったに違いありません。その期待に応えず、摂理を乱す原因の一つを世界に解き放ってしまいました。

 この過ちは、アルケー・クロウが犯した過ちと共に、わたくし自らで決着を付けるつもりです」


 そう言った。決意のこもった瞳だった。


「……まあ、先のことは今は置いておいて……」


 言葉を無くしている僕たちの中で、最初に発言したのはやはりワインだった。


「喫緊の問題は、『組織ウニタルム』の奴らとテイク・ラダーがキャロット様の神殿遺跡に向かっていることだ。ひょっとしたらもう到着していて、遺跡の中に入り込んでいるかもしれない。何としてもキャロット様の魔力開放は阻止しなければならないが、メロンさんに何か考えはあるかい?」


「そうですね……恐らく、キャロット様の意識が途切れる際、魔力発動には木々の精霊を通じて行わねばならないなどの制約をかけていると思います……まあ、わたくしの願望ですが。けれど、わたくしが先に遺跡に行けば、『組織』を一時的に止めることはできるでしょう」


 ちょっと考えたあと、メロンさんはそう言った。ワインはうなずいて、


「ボクもそう提案しようとしていたところでした。幸い、テイク・ラダーにはジンジャーさんがぴったりと張り付いています。彼女の所に送って差し上げましょう」


 右手の人差し指をボウっと光らせて言うと、続けて、


「ボクたちはド・ヴァン君と合流して現地に向かいます。24時間だけ時間を稼いでいただければと思いますが、無理はなさらないでください」


 そう、僕たちにも言い聞かせるように言って、転移魔法陣を描き始めた。



 さて、そのころ遺跡周辺では、茶色の髪と瞳を持つマントの男が、遺跡の周囲を丹念に歩き回っていた。男のすぐ後ろには、黒髪でこすっからしい目をした男が続く。


「ブラウン殿、いつになったら遺跡の中につながる場所を発見できるのだ? もうかれこれ2時間は歩き回っているし、隅から隅まで見て回ったと思うが?」


 黒髪の男が焦れたように声をかけると、精神を集中していた茶髪の男は、不意に立ち止まって黒髪の男に振り向いて答えた。


「ふむ、キャロットは精霊王だった存在だ。魔力を捉えることなど簡単だと思っていたが、肝心の入口が巧妙に隠されている。恐らく、同じ波動を持つ魔力の持ち主がいないとカギとなる部屋にはたどり着けないようになっているようだな」


 それを聞いて、黒髪の男は怒りを露わにしてまくしたてる。


「何だと!? ではあなたは2時間もの間、遺跡の周りをただぐるぐると徘徊していただけだというのか? 何という時間の無駄遣いだ!」


「では、私がもっと早くそなたにこの状況を知らせていたら、そなたならどうにかできたというのだな? どうだ、ラダー殿?」


 ブラウンの言葉に、ラダーは言葉に詰まる。ラダー自身も魔力を使うが、目の前にいる不気味な男の方が魔法に長けていることを、本能で感じ取っていたのだ。


 ブラウンは、むっつりと押し黙ってしまったラダーを横目に見て、重々しい声で続ける。


「私だってただ周りを回っていたんじゃない。キャロットの魔力は確かに遺跡の中から感じられる。微かではあるが、それは確かだ。方向としてはちょうど中心だな。ただ、その魔力を込めている空間が同じ次元にあるとは限らない」


「……それは、遺跡を物理的に破壊しても、魔力を封じた場所にたどり着けるか分からない、ということですかな?」


「その可能性が大だな。まあ、あの海賊たちが退屈しているようだから、奴らに遺跡をほじくり返させてもいいと思うぞ。それでカギとなる部屋にたどり着けたら大いなる僥倖だからな。やってみる価値がまったくないこともないだろう」


 苦虫を噛み潰したような顔でラダーが訊くと、ブラウンは肩をすくめて言った。ラダーはその投げ遣りな態度に腹が立ったが、何とか怒りを押し殺す。


「ヤッタルワイたちには希望を持たせておかないと、何をしでかすか判らない。私は取り敢えず発掘作業にかかろう。それで、あなたはどうするつもりですかな?」


「……木々の魔力を持つ者を探して来よう。そんなエレメントを持つ者は少ないだろうが、皆無ではないし、最後の手段として木々の精霊をひっ捕らえるというやり方もあるからな」


 ブラウンはそう言い残して姿を消した。


「くそっ、大事な時に役に立たない奴め!」


 ラダーは虚空に悪態をつくと、眠りこけている海賊たちの許へ足を運ぶ。


「一等航海士殿、ヤッタルワイ殿!」


 ラダーは、仰向けになっていびきをかいている大男に、声をかけながら体をゆすぶる。


「おう、もっと飲め……ぐう」


 ヤッタルワイはどんな夢を見ているのか、寝ぼけてそんなことを口走る。ラダーは一瞬、腰に佩いた剣を抜こうとしたが、やっと思い止まった。


「一等航海士殿、ヤッタルワイ殿、起きてくださいませんか!?」


 さっきより強く体を揺すると、ヤッタルワイはぼんやりと目を開け、


「んあ? もう朝か?」


 などと言いながら目をこする。ラダーは手近にあった水筒を取り上げ、栓を抜くとヤッタルワイに差し出しながら言った。


「いえ、夜明けまではまだ数時間あります。ですがお宝のおおよその位置が判りましたので、お知らせしようと思いましてね」


 ボーッとしていたヤッタルワイだが、『お宝』と聞いて急にぱっちりと目を開け、差し出された水筒から水をがぶ飲みした。


「そうか! そりゃあいい知らせだぜ。で、お宝はどこにある?」


 勢い込んで聞くヤッタルワイを、ラダーは優雅に両手で抑えて、


「まあお持ちください。私はお宝のおおよその位置が分かったと言ったのです。そこで、あなた方のお力をお借りしたくて」


 そう言うと、ヤッタルワイは目を輝かせ、


「なんだ、位置さえつかめていれば、業突く張りの野郎どもならあっという間にお宝にたどり着くさ。分かった、今から準備にかかろう」


 そう勢い込んで立ち上がり、夜の密林に轟き渡るような声で、眠り込んでいる海賊たちをたたき起こした。


「野郎ども、起きろ! ラダー大先生がお宝の位置をつかんだぜ。俺たちがちょっくらほじくり返しさえすれば、お宝は目の前だ! 発掘の支度をしろ!」



 ヤッタルワイの大声は密林に棲む獣たちを驚かしたが、その声を聞きつけてにんまりと笑顔を浮かべた者もいた。


 金髪を波打たせ、下草に手を焼いていたその女性は、ヤッタルワイの声を聞くと


「ありがたいねえ。こう暗くちゃどっちに進んだらいいか判らなくなりかけていたけど、ヤッタルワイのだみ声もこんな時には役に立つわね」


 女性はそう言うと、刀を振り回して道を開く。少し行くと、ラダーやヤッタルワイたち海賊連中が歩いたと思しき踏み分け道に出た。


「やれやれ、奴らの歩いた後にやっと出たわね。最初からこの道を見つけられれば、もっとラクチンに進めたんだろうけど。まあいいわ、苦労すればするほど、お宝に愛着がわくってもんだから」


 女性はそう言いながら、刀を鞘に戻してずんずんと歩く。やがてヤッタルワイたちが整列して、遺跡に向かうのが遠目に見えた。


(……ここが『キャロット神殿跡遺跡』か。ヤッタルワイたちがああやって遺跡に向かう所を見ると、入口が見つかったか、発掘作業にかかるかのどっちかだわね)


 女性はそう考えると、ヤッタルワイたちに見つからないように密林を回り込み、状況を確認する。ヤッタルワイたちが手に手にスコップやつるはしを持って、遺跡を掘り始めるのを見ると、馬鹿にしたような笑みを浮かべてつぶやいた。


「ハン! あのラダーっていう奴やブラウンとかいう不気味な男は、今にもお宝を手に入れられるみたいに言っておきながら、実際はこのザマなのね。

 やっぱり奴らは口先だけの信用ならない奴らだったってことか」


 その時、女性は不意に、背中に氷でも押し付けられたかのような寒気を感じて振り返る。


「な、なによあんた!」


 女性は、いつの間にか後ろに茶色の髪と瞳を持つ男が佇立しているのを見て大声を上げる。しかし、男は酷薄そうな目で彼女を見つめながら、じりじりと近寄って来た。


「あ、あんたはブラウンとかいうテイク・ラダーの仲間だね!? 私に何の用事?」


「ふむ、意外な所に意外な人物がいるもんだな。そなた、確かエコーとか言ったな?」


 男はエコーの言葉を無視して、そうつぶやきながら彼女を舐め回すように見つめている。そのねっとりとした視線に含まれる狂気に似た圧力に、エコーは震えあがってしまった。


 エコーは女性とはいえ、幼い時から海賊に育てられ、数々の修羅場を潜って来た。ビリー・ボーンズのお気に入りでもあり、海賊仲間でも勇猛果敢、冷酷非道で通っている女性でもある。その彼女が、指一本動かせなくなってしまったほど、ブラウンという男の迫力は凄まじかったのだ。


 実は、エコーが感じた圧力はブラウンの持つ魔力だったのだが、魔力が覚醒していない彼女にはそれが判別できなかった。


 ブラウンは、声も出せなくなったエコーの間近で足を止めると、彼女のあごを左手でくいっと上げ、睨みつける彼女に不気味な笑いを浮かべて言った。


「まだ覚醒していないのか。まあいい、どうせ必要なのはそなたの持つ魔力だけだからな。それにしても、人間には珍しい木々の魔力を持つ者と偶然出会えるとはな。私は運がいい」


 ブラウンはそう笑いながら、エコーの額に右手を押し付けた。


   ★ ★ ★ ★ ★


 エピメイア……彼女は『運命の供与者』という呼ばれ方をする、『虚空ヌル』が生み出した最初の存在の一人である。


 双子の姉であるプロノイアは、『摂理の調律者』とも呼ばれ、ヌルから摂理の執行を任された存在だった。エピメイアは彼女の唯一無二の協力者として『摂理に反しない中で』、さまざまな物質や生命に、その従うべき運命を与えて来た。この二柱の神の活躍がなければ、ヌルが生み出した世界はいつまでも混沌カオスが渦巻いていただろう。


 二人は姿かたちが非常に似ている。白い髪、10歳ほどにしか見えない見た目、薄い青の布地をまとっているところまでは同じだが、瞳の色と腰に巻いたベルトが違っていた。


 プロノイアはアンバーの瞳に金の細いベルトを3重に巻いているのに対し、エピメイアは群青の瞳に銀の太いベルトを腰に巻いている。ベルトの違いがなければ、後ろから二人を判別するのは不可能だ。


 だが、プロノイアはほとんど彼女が創った異界にいるのに対し、エピメイアは世界にいることが多い。


 もちろんどんな生き物も、彼女が顕現しない限り、その姿を見ることは不可能だ。そして彼女は、精霊王の上位存在として、彼らとプロノイアをつなぐ役割も果たしていた。そのため、プロノイアからは『冷静な孤高の人物』といった印象を受けるのに対し、エピメイアは『情熱的で人懐っこい人物』という印象を受けるものも多かった。


 そんな彼女は、アルック地方を訪れた際、木々の精霊からキャロットの話を聞いた。


「近頃、世界には新しい植物が増えて来たけれど、どうしてかしら? 私はお姉様から新たに植物が生まれたことなど、何も聞いていないけれど?」


 エピメイアは、数十年ぶりに訪れたアルック地方に、明らかに実を付ける量が増えたアワやヒエなどが、端正に造られた畑に波打っているのを見て、不思議そうにつぶやく。


(そう言えば、ヴァルデン地方やヴェルク地方でも、人間たちは地面を均してこんな区画を作っていたっけ。いったいいつから、何を育てているのかしら?)


 そう思ったエピメイアは、木々の精霊王の別宅が付近に会ったことを思い出した。


(ちょうどいいわね。キャロットに話を聞いてみることにしましょうか)


 エピメイアはそう決めると、視察の予定を変更して木々の精霊王別宅がある森へと足を向けた。


「ふうん、キャロットも隅に置けないわね。結構工夫してある家だこと」


 エピメイアはキャロットの別宅を見て、感心したようにつぶやく。別宅は一見すると粗末な小屋だったが、その奥行きは異空間につながって、内部はかなりの広さであることが窺えたからだ。


 しかし、とつぶやいてエピメイアは首をかしげる。キャロット個人や数人の腹心を連れて籠るための家なら、そんなに大きな造りにしなくてもいい。木々の精霊たちを集めるための施設なら、ハンエルンにある精霊王の神殿で十分のはずなのだ。


(これは、途中で見かけた新種の植物と関係があるに違いないわ。一体キャロットは何のために、何をしでかしたって言うのかしら?)


 そう思いながらも、エピメイアは何食わぬ顔で別宅の呼び鈴を鳴らす。そして、家人が何かを答えるより早く、


「キャロット、私よ。ちょっと聞きたいことがあって立ち寄ったわ!」


 そう言いながらドアを開ける。ドアにカギはかかっていなかった。


「あっ、エピメイア様!」


 奥から駆けて来た12・3歳ほその少女は、エピメイアの顔を見て驚いた顔でそう言うと、すぐに笑顔になって続けた。


「キャロット様は『バウム』にいらっしゃいます。何かご用事でしたら連絡しますが?」


 そう言って奥に行こうとする少女をエピメイアは押し留め、


「あ、マロン。あなたで判るならそれでもいいのよ。ちょっと聞きたいだけだから」


 そう言うと、こちらを向き直したマロンに訊いた。


「40年ほど前にこの地方を視察した時にはなかった植物がやたらと目につくの。あの植物はいつの間に生まれたの? お姉様(プロノイア)からは、新種の植物を生成するなんて話を聞いたことがないから、不思議に思って」


 するとマロンは、笑みを浮かべて答えた。


「ああ、あれはキャロット様が人間たちのために改良した植物たちです。今までヒエ、アワ、イネ、トウモロコシを改良されています。主に収穫量が多くなり、粒も大きくなるような改良ですので、新種というわけではありません」


「そう、人間や家畜の食べ物となるために、1年以内に成熟して実を付けるという運命には手を付けていないのですね?」


 エピメイアは笑ってそう言うと、


「マロン、私にキャロットが実験している畑を見せてほしいんだけど?」


 と頼んだ。


 マロンには、相手がこの世の摂理や運命を司る神にも近い存在なので、その頼みを断るという選択肢はなかった。そもそも、マロンは植物の品種改良は摂理を超えていないという認識だったので、隠そうという意識もなかったようだ。


「分かりました。こちらにおいでください」


 マロンは至極簡単にエピメイアの頼みを聞き入れ、キャロットの畑へと彼女を案内した。



 キャロットの畑は、この家を最初見た時にエピメイアが看破したとおり、別の空間にこしらえてあった。広さはこのような実験に使用するには十分なほど広く、ちょうど麦の新たな品種を研究している途中らしく、1アールほどの面積に空間を仕切っていくつかの麦を育てているようだった。


「別空間に畑を作ったのも、品種ごとに空間を分けているのも、新しい品種の花粉が現在存在する品種と交わらないようにという配慮ね?」


 エピメイアが訊くと、マロンはうなずいて、


「はい。わたくしたちは物事の状況を変える権能は与えられていますが、それによって現状に悪影響を及ぼすわけにはまいりません。

 精霊王や精霊は万能ではございませんから、予期しない変化が現れる危険には常に考慮する必要がございますので」


 そう答える。


 エピメイアは機嫌よくうなずいて、マロンを優しい目で見て言った。


「そうね、その配慮は必要よ。そしてマロン、キャロットにそんな助言をしたのもあなたね?」


「え!?……」


「隠さなくてもいいわ。あなたは必要なことをしているのだから。

 キャロットの性格は知っています。彼女はアイデアを思い付いたら、それを実現させることにしか気が回らなくなります。そんな彼女にしては用意が周到すぎるので、あなたの的確な助言があったんだと思っただけです」


 マロンは、エピメイアの言葉に頬を染めてうつむいた。エピメイアはそんな彼女を見て微笑むと、視線を麦たちに戻す。そしてしばらく観察していたが、不意にある一つの空間に右手を伸ばして、静かに魔力を開放する。


「……エ、エピメイア様、一体何を?」


 驚いたマロンが恐る恐る訊くと、エピメイアは群青色の瞳をマロンに向けて答えた。


「別に……キャロットの努力に対して、些細なご褒美をあげただけよ」


 その言葉を聞いて、マロンはなぜだか胸騒ぎがしたという。それはエピメイアの瞳に、どことなく嘲笑しているような色を感じ取ったからかもしれない。


 押し黙ったマロンに、エピメイアは屈託のない笑顔を向け、少し高圧的に言い渡す。


「マロン、今のこと、キャロットには内緒よ? 彼女も他人の手が加わったと知ったら、気分を害するかもしれないから」


 マロンは仕方なくうなずいたが、エピメイアは真顔で不思議なことをつぶやいた。


「摂理はすべてを規定する。けれど、偶然は摂理を超えないのかしら?」


「え?」


 マロンがそのつぶやきにそう言うと、エピメイアはすぐに笑顔に戻り、


「何でもないわ。さて、気になるものは見たし、私は視察の続きに戻るわ。キャロットに、あんまり研究に没頭しすぎて、精霊王の見回りをサボらないように言っといてね」


 そう言うと、すっとその姿を消した。


(……エピメイア様は、この麦たちを見て何を感じられたんだろう? そして何をされたんだろう?)


 エピメイアの不可思議な振る舞いに、マロンは首をひねった。


 一方でエピメイアはアルック地方の森に戻ると、


「キャロットが造った新しい麦は、摂理すれすれのところにいた。私の魔力であの麦がたくさんの実を付けるようなれば、それは摂理を超越した植物になるということ。

 あの麦がちゃんと育てば、摂理にもどこかに不完全さが残っている証拠になるわ」


 そうつぶやいて、ほくそ笑むエピメイアだった。


「お姉さま、お姉さまが是としている摂理、それに欠陥があるとすれば、私たち姉妹が新たな摂理を規定しなくちゃならなくなるわよ?」


 エピメイアは笑いを含んだまま、さらに南、モント地方へ向けて飛び立って行った。



「やあ団長くん、やっぱり君たちは優秀だよ。我ら『ドラゴン・シン』の行動をちゃんと読んでいるとは、期待どおりだよ」


 僕たち『騎士団』は、ニイハオ島の南東にある港町、エフリに到着した。そしてすぐさまエフリの町にある『エクリプス商会』の出張所に足を向ける。ド・ヴァンさんたちが先に到着していたらそこに居るはずだし、いなくてもそこで待っていれば彼と合流できる……というワインの意見に従ったのだ。


 案の定、ド・ヴァンさんはすでに出張所にいて、僕たちの到着を待っていたらしい。彼は僕の顔を見ると、すぐに駆け寄って来て僕の肩を親しげに抱き、出張所内へと案内してくれた。


 ド・ヴァンさんは、僕の後ろにいるカイ・ゾック船長たちを見て、驚いたように訊いて来る。


「団長くん、後ろの『海の戦士』たちは何者だい? まさか船丸ごと団員にしたって言うんじゃないだろうね?」


 すると、後ろにいたカイ船長が、得意そうに胸を張って答えた。


「ははっ、『伝説の英雄』をお客にしたってだけでも光栄なのに、騎士団員と間違われるのは最高の気分だぜ。

 俺は、『運び屋』のカイ・ゾック。『アノマロカリス』を駆って海をねぐらにしている男だ。今回は『伝説の英雄』のお手伝いってことで推参したぜ。よろしくお願いするよ、オー・ド・ヴィー・ド・ヴァン団長と『ドラゴン・シン』の皆さん」


 そう、今回カイ船長は『アノマロカリス』号にカノン・アンカー航海長を残し、乗組員の4割40人を自らとイッチさんで率いていた。他にハンナさんと海兵隊員20名が僕たち『騎士団』に加勢してくれることになっている。


 するとド・ヴァンさんは目を細めて優雅に笑い、


「なるほど、海賊をものともしない軍艦仕様の船を駆る、凄腕の『運び屋』がいるとは聞いていたが、君たちがそうなのか。ボクはオー・ド・ヴィー・ド・ヴァン、騎士団『ドラゴン・シン』の団長だ。こちらこそよろしくお願いするよ」


 そうカイ船長と握手すると、僕に向かってウインクして訊く。


「ところで団長くん、今回ボクたちは遺跡の調査も行う予定だ。そこで、その道のプロにも仲間に加わってもらっている。誰だと思う? 君もよく知っている方さ」


 ド・ヴァンさんの目がイタズラっぽく光っている。僕は突然訊かれて当惑したが、僕も面識がある人物で遺跡調査のプロと言ったら、一人しか思いつかない。


「まさか、オタカ・ラ・ミツケールさんですか?」


 僕が訊くと、ド・ヴァンさんはニコニコ顔でうなずいて言った。


「ご名答。ラ・ミツケール殿はテキーラと共に先発してもらっている。さっきソルティの偵察隊が出発した。団長くん、時間が惜しい。作戦は遺跡に向かいながらすり合わせることにしないかい?」


 なんとド・ヴァンさんたちの行動の素早いことか。僕は彼のテンポについていくことがやっとだった。


(これが『実戦経験の差』とか『戦闘センス』って言うのかな? けれど、ド・ヴァンさんくらいのセンスを持たなければ、ホッカノ大陸、ましてや『暗黒領域』では生き延びられないだろう。僕も頑張って戦いに関する感性を磨かないと)


 僕は、決意を新たにして彼の提案にうなずいた。


(裏切者を狩ろう!3に続く)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

木々の精霊王は、思ったよりも重要なカギを握る存在だったことが判明しました。

今回のエピソード、作者が想定していたものよりも長くなりそうです。

次回は、いよいよ神殿の扉が開きます。お楽しみに。

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