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キャバリア・スラップスティック  作者: シベリウスP
アロハ群島編
86/153

Tournament86 The Traitor hunting:part1(裏切り者を狩ろう!その1)

ニイハオ島にある木々の精霊王の神殿遺跡を調べることにしたジンたち『騎士団』。ド・ヴァンたちも調査に向かうこととなるが、海賊の残党が『組織』の枢機卿特使とともに先回りしていた。

精霊王の魔力が残ると噂される遺跡には何があるのか、謎を解くためにそれぞれが動き出した。

【主な登場人物紹介】


■ドッカーノ村騎士団

♤ジン・ライム 17歳 ドッカーノ村騎士団の団長。典型的『鈍感系思わせぶり主人公』だったが、旅が彼を成長させている。いろんな人から好かれる『伝説の英雄』候補。


♤ワイン・レッド 17歳 ジンの幼馴染みでエルフ族。結構チャラい。水の槍使いで博学多才、智謀に長ける。お金と女性が大好きな『やるときはやる男』


♡シェリー・シュガー 17歳 ジンの幼馴染みでシルフの短剣使い。弓も使って長距離戦も受け持つ。ジン大好きっ子だが報われない『負けフラグヒロイン』


♡ラム・レーズン 18歳 ユニコーン族の娘で『伝説の英雄』を探す旅の途中、ジンのいる村に来た。魔力も強いし長剣の名手。シェリーのライバルである『正統派ヒロイン』


♡ウォーラ・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造った自律的魔人形エランドール。ジンの魔力マナで再起動し、彼に献身的に仕える『メイドなヒロイン』


♡チャチャ・フォーク 13歳 マーターギ村出身の凄腕狙撃手。村では髪と目の色のせいで疎外されていた。謎の組織から母を殺され、事件に関わったジンの騎士団に入団する。


♡ジンジャー・エイル 20歳 他の騎士団に所属していたが、ある事件でジンにほれ込んで移籍してきた不思議な女性。闇の魔術に優れた『ダークホースヒロイン』


♡ガイア・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造ったエランドールでウォーラの姉。『組織』に使われていたがメロンによって捕らえられ、『騎士団』に入ることとなった。


♡メロン・ソーダ 年齢不詳 元は木々の精霊王だがその地位を剥奪された。『魔族の祖』といわれるアルケー・クロウの関係者で、彼を追っている。


♡エレーナ・ライム(賢者スナイプ)27歳 四方賢者として『賢者会議』の一員だった才媛。ジンの叔母に当たり、四方賢者を辞して『騎士団』に加わった『禁断のヒロイン』


   ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


 アルクニー公国だけでなく、両大陸にその名を轟かせている一級騎士団『ドラゴン・シン』。その団長であるオー・ド・ヴィー・ド・ヴァンを誘拐しようとした海賊団の野望は、オウフ島西側の泊地で潰えた。


 海賊団は、首魁のビリー・ボーンズをはじめ、ビリーの部下であるブラボー、チャーリー、フォックスらと『コックローチ』号、『シーサーペント』号の2隻を失った。


 なお、船から海に飛び込んだエコーは行方不明、フォックスと共に戦ったマイクとオスカーは投降し、ライスハーバーに使者として赴いたゴルフは総督府の司直に身柄を確保されていた。


 そしてもう一人の首領、ジョン・マンズローも、乗船の『スベスベマンジュウガニ』号と共に全員が戦死していた。


……と、これが僕たち『騎士団』がマディラさんから聞いた今回の事件の結末である。海賊は退治され、アロハ群島周辺の海の安全は確保された……ライスハーバーの市民たちは、そう語り合ってホート・シゲーン総督を讃えたことだろう。


「……けれど、事態はそんなに楽観視することはできない。情報としては伏せられているが、ジョン・ゴールドの手下だったガウスは逃亡しているし、ビリーの懐刀として知られたエコーもその死は確認されていない」


 ド・ヴァンさんは、お気に入りの紅茶をたしなみながら、ワインを見て言う。そして紅茶を一口含むと、得も言われぬ表情をして、


「ああ、総督府首席書記官殿の隠れ家にあった紅茶も、かなりの佳作だったが、やはりいつもの紅茶をたしなむと心が安らぐ。団長くんたちも、遠慮せずに喫したまえ」


 僕たちに勧めると、僕を見て続ける。


「でも、本当に問題なのは、この企みを影から操った奴がいるってことと、そいつが現在も逃亡中ってことさ。しかも、その企みに『組織ウニタルム』が関わっているとしたらなおさらだ。団長くんも、そう思うだろう?」


 ド・ヴァンさんの言葉に、僕たち全員が耳をそばだてた。『組織』の関与については、事前にテキーラさんから聞かされていたとはいえ、その時はまだ『疑い』の域を超えていなかった。


 しかし、ド・ヴァンさんがこれほどはっきりと言うのであれば、しっかりとした証拠を握っているに違いない……僕はそう思いながら、ド・ヴァンさんの次の言葉を待った。


 果たしてド・ヴァンさんは、後ろに控えた背の高いペストマスクを被った男性に声をかける。


「テキーラ、君の報告をもう一度聞こう。団長くんたちにも、詳しく状況を説明してくれたまえ」


 するとテキーラさんは一歩前に出て、くぐもってはいるが聞き取りやすい声で、ことの経緯を話し出した。



「私がテイク・ラダーに違和感を覚えたのは、本国で『組織』との関与を指摘されてロネットの不興を買いオウフ島に左遷されたのに、家族を伴って赴任していたからだ。


 普通、左遷人事を食らった人物は、家族を伴わず挽回を期して仕事に精を出すものだ。

 あるいは、自分の出世はここで終わりと諦めて窓際人生を楽しむか、一思いに官を辞するか、その三択しかない」


 テキーラさんの言葉に、ド・ヴァンさんは、


「しかし、ラダーは秘書官長を務めていた人物。それなりに頭は切れるし野心もある。今回の左遷も人生の一局面だと割り切る図太さも持っているだろう。


 そんな男が、どうして家族を伴って任地に来て、しかもやる気を失ったかのように酒浸りの毎日を送っているのか……だね?」


 そう問いかける。テキーラさんはうなずいて、


「団長の見立てのとおり、ラダーには長所がある。それは自分の将来を見据えた時、プライドを捨てられるというところだ。そんな男なら、普通にしていても2・3年もすれば本国に召し返される望みはある。


 しかし、彼は本国には未練はないとでもいうように、家族を伴ってやって来て、仕事も適当にサボっていた。それを見て私は、『家族を本国に残していては足かせになる』と考えたのだろうと推察した」


 そう言うと、黒いマントの中から分厚い手袋をはめた左手を出す。その手には一枚のメモが握られている。


 テキーラさんは、そのメモを僕に手渡しながら続ける。


「そのメモには、『組織』の上級幹部であるカトル枢機卿の一人、ヘルプストの署名が据わっている。ラダーが島から脱出するときに処分し忘れたものだろう」


 僕はそのメモを改めて見返す。何の変哲もない四角い白紙だが、魔力視覚で見てみると、はっきりと文末に何やら署名が見えた。


「ラダーがこれを読めるとしたら、彼も何らかのエレメントが覚醒しているってことか」


 僕がそう言いながらメモをワインに渡すと、ワインは気のない顔でそれを見ていたが、ド・ヴァンさんに手渡しながら物凄いことをさらりと言った。


「彼が魔力を使えるにしても、この命令遂行はムリゲーじゃないか?『今は亡き木々の精霊王の魔力を解放し、火山の眠りを覚ませ』だなんて」


 それを聞いた僕は、驚いてメロンさんの顔を見る。どう見ても10歳くらいの少女であるメロン・ソーダさんだが、その実は元木々の精霊王マロン・デヴァステータ様だ。アロハ群島のニイハオ島には、彼女の先代の精霊王、キャロット・トスカーナ様を祀っていた神殿の遺跡がある。そのこととこの命令に何らかの関係があるのなら、彼女が何かリアクションをするだろうと思ったのだ。


 案の定、メロンさんは僕の視線に気付いたが、薄く笑っただけだった。しかし、その笑顔には何か言いたげな様子が窺えたので、


(ここでは話せないことなのかもしれない。後で直接、メロンさんに訊いてみよう)


 そう思い、僕も微笑みかけるに留めた。


「では、ラダーはニイハオ島に逃げ込んでいる可能性が高いな。ド・ヴァン殿はもちろん、奴を追いかけるつもりだろう?」


 ラムさんが緋色の瞳を輝かせて訊く。


 ド・ヴァンさんは、薄く笑って答えた。


「おお、それはもちろん。せっかくの『組織』上層部のことをよく知っている人物と出会えそうなんだ、こんなチャンスはめったにないからね。それに、どうせキャロット・トスカーナ様の神殿の遺構を調査する目的もあるし」


 それを聞いていたジンジャーさんが、メロンさんに小声で訊いているのが聞こえた。


「メロンさん、トスカーナ神殿遺構で注意すべきことはあるかしら?」


 するとメロンさんは、あっけらかんと答えていた。


「7千年前にデラウエア火山の噴火で地下に埋もれた神殿よ。注意すべきことはたくさんあるわ」


「いえ、その意味ではなく、さっきの話ではトスカーナ様の魔力は散じておらず、しかるべき方法さえ知っていれば、その魔力を使うことも可能だってふうに理解したの。

 トスカーナ様の魔力がそのまま残っているってこと、ありえるのかしらと思って」


 この発言には、ワインやマディラさんだけでなく、その場にいた全員が注目した。


「ふむ、魔法使いが亡くなった後も、その魔法が残っている例はいくつか知っている。ボクは個人的に『残留魔力』と呼んでいるが、それがどんな条件で発生するかは判らない」


 ド・ヴァンさんが言うと、賢者スナイプ様が


「いわゆる残留思念と同じよ。強い思いがその周囲の空間に影響を及ぼし、意図せず空間規定を伴った魔法構造になっていると『賢者会議』では結論付けていたわ。

 けれど、精霊王の魔力にこの理論が適用できるか、若干議論の余地があるけれどね?」


 そう言ってメロンさんの顔を見る。メロンさんは涼しい顔でそれを無視していた。


「……とにかく、ラダーはニイハオ島に逃げ込んだと思われる。ビリー・ボーンズ海賊団の残党、ガウスやエコーも十中八九それに合流しているだろうし、『組織』の枢機卿特使とやらもそこに居る可能性が高い。適切な作戦と十分な準備の後、できる限り早くニイハオ島に向かいたい。団長くん、ドッカーノ村騎士団はいつ出発できる?」


 僕はカイ船長の言葉を思い出した。確か船長は『出発は3日後ってことでいいかい?』と言っていた。今日で2日が過ぎたから、約束の出航日は明日だ。


「僕たちがチャーターした船は、明日出航できますが」


 僕が答えると、ド・ヴァンさんは笑って言った。


「それは偶然だね。ボクたちの艦隊も明日には物資を補充出来るようだ。それでは団長くん、お互いの手段でニイハオ島に向かい、そこで落ち合うことにしよう」



 僕たちは『ドラゴン・シン』のみんなとの話し合いの後、『アノマロカリス』号に向かった。今後の行動について、カイ船長と話をする必要があったからだ。


 そもそも、僕たちはマジツエー帝国へ行くために『アノマロカリス』号をチャーターしているのだ。当然、船長もそれを前提に航海の予定を立てているし、積み荷も運んでいる。


 ニイハオ島に行き、面倒ごとに巻き込んでしまったら、『運び屋』としての評判にも関わるだろう。だから僕は、最悪、ここで船長との契約を終了させることも覚悟していた。


 波止場に着くと、『アノマロカリス』号は荷物を積み込んでいるところだった。


 カイ船長は、イッチ主計長やハンナ工作長と一緒に、積み込み作業を監督していたが、僕たちの姿を見つけたイッチ主計長の身振りで降り返り、


「おお、団長さんたちじゃねえか! 出発は明日だってのに、えらく早いご乗船だな。イッチ主計長に会いたくなったのかい?」


 顔中を口にして笑う。その大声を聞いて、重そうな荷物を背負って積み込み作業を行っている船員たちがどっと爆笑した。


 笑い声とカイ船長の大声につられたように、イッチさんが舷側の手すりの上から顔をのぞかせて、


「船長、何冗談言ってるんですか!? あんたたちも、気ィ散らせるんじゃないわよ!」


 そう怒鳴ったが、僕たちの姿を見て途端に笑顔になり、


「団長さん、お帰りなさい。もう乗船するの?」


 そう言って手を振ってくれる。


「まったく、ジンったらヘンに女の子に人気があるんだから」


 イッチさんの笑顔を見て、シェリーはむくれて僕のひじをつつく。でも、僕だっていろんな経験から、シェリーのやきもちを逸らす呼吸を手に入れていた。


「やっぱり、ポニー・テールの女の子って可愛いよな。ワインもそう思うだろう?」


 考えてみれば、僕にあけすけな好意を表現してくれる女の子って、みんな金髪のポニー・テールだ。シェリーも、ウェカも、イッチさんも……。


「いや、イッチ主計長は二十歳を迎えているから、『女の子』って表現もどうかと思うよ? でも、確かに金髪碧眼ポニテはキミに首ったけだね。キミとの相性がいいのかもしれないな。シェリーちゃんを筆頭として」


 そう言いながらシェリーを見ると、彼女は顔を赤くしながらちょっとにやけていた。


「そ、そう? ジンがアタシだけを見てくれるんなら、アタシはジンがどれだけモテようと構わないけど……」


 シェリーのご機嫌が持ち直したところで、すかさずワインは話を変える。


「それはそうと、カイ船長さん、ちょっと相談事がありましてね?」


「何だ、相談事って? 言っとくが俺の船の上では恋愛は禁止だぜ? だから団長さんとイッチの仲を取り持ってくれってのはナシにしてくれよな?」


 う~ん、海の上ではいろいろなものから遮断されているから、どうしても男の話は酒か女か遊びにしかならないが、それにしても船長はシェリーの様子から察してくれてもよさそうなものだけれどなあ……。


 僕がそう思っていると、ワインはさすがに世慣れしているので、船長の言葉を華麗にスルーし、本題を口にする。


「実は、緊急にニイハオ島での調査が入ったんです。期間はちょっと分かりませんが。それで、『アノマロカリス』号の都合を聞きに来たんですが」


「何、ニイハオ島? 調査ってのは精霊王の遺跡かい?」


 驚いたことに、遺跡になんか興味なさそうな船長が、目を輝かせて訊いて来る。ワインもびっくりするほどの食いつきようだった。


「ええ。マジツエー帝国に行く前に、どうしても解いておきたい謎が出来ましてね? キャロット・トスカーナ様の遺跡にそのヒントがあるんじゃないかって話になりまして」


 ワインが説明すると、船長は、


「ミズ・アンカー、ミズ・イッチ、ちょっと来てくれ!」


 カノンさんとイッチさんを呼びつける。そしてやってきたカノンさんに、


「航海長、俺たちの雇い主様が緊急にニイハオ島への移動をご所望だ。デラウエア湾まではどのくらいかかる?」


 いきなり訊いた。


 カノンさんはこんなことには慣れっこなのか、


「風が順調なら半日もかかりませんよ。でも船長、寄り道したら荷物を届けるのが遅くなりますが?」


 質問にはちゃんと答えたうえで意見を言う。


 カイ船長はカノンさんの注意にもめげず、ニヤリと不気味な笑いを浮かべてイッチ主計長に訊く。


「イッチ、積み荷はたしかアレだったな? 期限はどうなっている?」


「はあ、『届け先や海軍の状況を適切に判断して、可及的速やかに』ってなってますが」


「……つまり、べらぼうに遅れさえしなければ、相手に届けばいいんだな?」


 ずるそうな目をして念を押す船長に、イッチさんはため息と共に答えた。


「はあ……まあ、いつまでに届けろって言われたわけじゃないですから、その点で言えば船長のおっしゃるとおりじゃありますけどね。でも、変な理由で遅達ってことになったら、『アノマロカリス(この船)』の評判に関わっちゃいますよ?」


「理由が付けばいいんだろう? だったら『伝説の英雄の依頼で謎解きをしていた』じゃダメか?」


 カイ船長が瞳をキラキラさせて言う。僕は、この人は本当に子どもの心を忘れていないんだなと苦笑し、カノンさんとイッチさんは頭を抱えてしまう。


 その時、左目にアイパッチをした金髪の女性が船から降りて来て、


「何やて、謎解き? おもろそうやんか。一体何の話や?」


 右目をキラキラさせて話に加わって来た。


「あっ、ハンナ工作長、ちょっと聞いて。船長がニイハオ島に行くって言いだしたんだ。あたしとしては、早めに荷物を届けたいんだけど」


 イッチさんが『いい助け舟だ』とばかりにハンナさんに言うと、ハンナさんは一瞬きょとんとした顔をして、ニコッと笑った。


「へえ、ニイハオ島? つまり船長は神殿の遺跡調査がしたいねんな」


 そう言うと、真面目な顔になって、


「うち、じいちゃんから聞いたんやけど、ニイハオ島にはずーっと昔、今はもうおらへん精霊王の神殿があって、その精霊王の魔力はお宝を守ってるんやって。


 お宝ってのは噓っぽいけど、精霊王の魔力がそないに長い間消えへんもんなんか、ごっつ興味深いと思わへんか? どーせ荷物はアレやろ? ここで2・3日くらい遅れてもかまへんって」


 そう言うと、僕の顔を見て、


「ジン団長さんも一緒に行くんやろ? だったら、うちはニイハオ島に行くんは賛成や」


 そう言って頬を染める。シェリーやラムさん、そしてウォーラさんまでもが面白くない顔で僕を睨んでいた。


 そんな雰囲気なんてまったく一顧だにせず、カイ船長は上機嫌で命令する。


「よおーし、話は決まった! じゃ、団長さんたちは明日5点(午前4時)にここに来てくれないか? イッチ、積み込みを急がせろ。それからカノン、海図の準備だ」


   ★ ★ ★ ★ ★


 ニイハオ島はアロハ群島では4番目に大きい島である。とともに、火山の噴火で出来たと言われる群島では唯一、活火山がある島でもあった。


 気候は温暖で、主にサトウキビが栽培されている。


 島の東側はデラウエア火山があって、ごつごつとした岩の大地といった感じだが、西側へとなだらかに傾斜して、島の中央部は密林地帯、そして西側は平坦な台地になっている。人々は主にこの西側台地に居住し、畑を耕作していた。


 島の北側、中央部付近に一隻の帆船が停泊した。すぐにその船から数艘のボートが下ろされ、島へと漕ぎ渡っていく。


 やがて、上陸した50人ほどの男たちのうち、頭に赤い布を巻いた小太りの男が、沖の帆船に向けて手鏡で何か信号を送った。


 すると帆船は、何枚かの信号旗をマストに掲揚し、ゆっくりと沖へと出て行く。


「ガウス船長は、私たちを見捨てるつもりか? 宝を発見しても船がないとどこへも持ち出せないぞ!?」


 男たちの中では明らかに場違いな、上品な服を着ておとなしそうな男が、小太りの男に言うと、


「違いますよ、ラダーの旦那。あっこに船を置いていちゃ目立つし、嵐が来たら避ける場所もねえ。だから船長はここから東に数マイル離れた入り江に船を持って行ったんでさあ」


 そう笑って答える。


 するともう一人、茶色のマントに身を包んだ、これも明らかに場違いな感じがする男が、ラダーと言われた男に薄い笑いを浮かべて言う。


「ラダー殿、たとえ船があったとしても、あなたがすべきことを完遂しなければ、この島からは出られませんよ。さあ、早くトスカーナ神殿遺跡に参りましょう」


 ラダー……アロハ総督府特別秘書官だった男は、それを聞いて小太りの男に


「……ヤッタルワイ一等航海士さん、部下と共について来てくれないか」


 そう言って密林の方へ歩き出す。


「おお、早いところお宝を手に入れねえとな。野郎ども、ついて来い!」


 ヤッタルワイは上機嫌で部下に号令をかける。部下たちも満面の笑顔で、陽気に密林の中に続いて行った。


 その様子を見ていた茶色のマントの男は、薄ら笑いを浮かべたまま、


「ふふ、人間とは強欲なものだ。この先に何が待っているかも知らないで。まあ、その時までいい夢を見ていてもらおうか」


 そう言うと、ふっとその姿を消した。


 密林は、思ったより数倍歩き辛かった。高い冠林キャノピーが日の光を遮り、夕方のように薄暗く、地面にもつる草などが倒れ朽ちた木の幹に絡みつき、ラダーや海賊団の歩みを遅々たるものにしていた。


「ラダーの旦那、こっちの方角で合ってるか?」


 部下たちに前進路を切り開かせながら、ヤッタルワイは何度か目の質問を口にする。その度にラダーはポケットから方位磁針コンパスを取り出し、地図と突き合わせながら方向を確認する。


「大丈夫だ、こっちで間違いない。あと半マイル(この世界で約930メートル)も行けば密林を抜ける」


 ラダーの答えを確認すると、ヤッタルワイは鼻の穴を膨らませて、


「野郎ども、もう一息でこのくそ忌々しい森とはおさらばだ。気張っていけ!」


 そう部下たちにがなり立てる。


 部下たちはへとへとになっていたが、終わりが近いと知るや、欲望の方が上回ったのか、見違えるほど元気になって作業に取り組む。


 やがて、先頭で刀や斧を揮っている男たちから歓声が上がった。密林を抜けたのだ。


「一等航海士、目の前に遺跡があります!」


 先頭から一人の男が走って来て、ヤッタルワイに報告する。


「でかした! よし、俺に続け!」


 ヤッタルワイは、すでにお宝を見つけたかのように、興奮して駆けだす。後ろに続いていた海賊たちも、それに続いた。


「ちっ、後先考えない人間は厄介なものだ」


 ラダーがそう悪態をつきながら密林を出ると、目の前が急に開けた。空を覆い隠していた冠林にはぽっかりと穴が開き、太陽の光が差し込んで来る。すでに中天を回っていたが、目の前に現れた巨大な遺構に、全員が息をのんだ。


 遺跡は、この辺りでは見かけない大理石で出来ているようだった。幅は軽く2百メートルはあるだろう。5段の階段状になっていて、1段目と3段目は回廊が取り巻き、2段目と4段目には窓がいくつも開けられていたが回廊はなく、最上段には尖塔があった。


 そして、3段目から上には、枯れた蔓がびっしりと絡みついている。恐らく、2段目までは火山灰に埋もれていたのを、調査隊が掘り起こしたに違いなかった。


「よし、あそこに入口がある。みんな、気を付けて中を調べよう」


 目ざとく入口を見つけたヤッタルワイは、すぐにでも遺跡に突入しようと思したが、ラダーに止められた。


「待て、一等航海士さん。仮にもここは精霊王の神殿だった場所だ。どんな罠が仕掛けてあるか分かったもんじゃない。慎重に調査してから内部への道を探そう」


「馬鹿言っちゃいけねえ。この遺跡は調査隊が調査したんだろう? だったら何も罠なんてねえよ」


 抗議するヤッタルワイに、ラダーは薄く笑って入口を指さし言う。


「よく見てみるんだ。入口は頑丈な扉で封鎖されている。私はここに来てからこの遺跡のことをいろいろと調べてみたが、調査隊はとうとう中に入ることができなかったようだ。


 だから遺跡を掘り起こした後、外壁や周辺を調査するに止め、内部の調査は入口を開けることができた後に行うとしている」


「ラダー殿の言うとおりですよ、一等航海士さん?」


 そこに、茶色のマントを身に着けた茶髪の男が現れて言う。


「ここは木々の精霊王だったキャロット・トスカーナの神殿。そのキャロットの魔力はなくなっていません。下手に手出しせず、私たちが入口の封印を解くのを待った方が身のためでしょうね」



 その頃、ド・ヴァンは艦隊旗艦『オンディーナ』の艦橋で、艦隊の首脳と協議を進めていた。艦隊は、アロハ群島で最も東にあるライハナ島の港ケメケメに停泊し、さまざまな物資を積み終わったところだった。


 司令長官のホレイショ・ホルスタイン、前衛司令のジョン・ジャージー、後衛司令のブラボー・ブラウンスイス、艦隊参謀長のガルダヤ・ガンジーは、そろって浮かない顔をしている。


「どうしたんだい、ホルスタイン提督? 艦隊に何か問題でも? ひょっとして物資に何か不足でもあったのかい?」


 ド・ヴァンは明るい声で訊くが、ホルスタイン提督は沈鬱な表情のまま首を横に振る。


「いえ、物資は十分です。ホッカノ大陸まで十分にもつでしょう。ただ、トオクニアール王国海軍が、どうしてもマジツエー帝国への航海を認めません」


「アロハ群島の領海東端から東に20カイリ以上離れたら撃沈すると、総督名での警告が来ています」


 ガンジー参謀長が、一枚の文書をド・ヴァンに手渡す。ド・ヴァンはそれを注意深く読んでいたが、苦笑しながら参謀長に返して言った。


「ふむ、『トオクニアール王国の国王は貴殿に対し、マジツエー帝国への移動を諦めるよう勧告する』か。『領海の東端を20カイリ以上離れた場合、国王の命に背く者として撃沈する』とは穏やかじゃないな」


「ド・ヴァン殿、あなたは確かに私たちの雇い主ではありますが、私たちも陛下の許可を受けて海の傭兵として活動しているのです。私たちの立場もご一考いただければ幸いです」


 ホルスタイン提督は、心苦しそうにド・ヴァンに言う。せっかく、音に聞こえた騎士団『ドラゴン・シン』のギルドマスター、オー・ド・ヴィー・ド・ヴァン団長からの声掛けで引き受けた仕事を、完遂できないことを心底残念がっている顔だった。


「まあ、そんなに残念がる必要はないさ。世の中、物事がすべて自分の思いどおりに動くと思うほど、ボクも子どもじゃないからね。君たちの立場も考えないと」


 ド・ヴァンはそう言うと、


「とにかく、総督府から言ってきたことへの対応は後で考えよう。とりあえず、ボクたちをニイハオ島に送ってくれないかい? できれば、陸上まで支援の手を伸ばしてもらえたらありがたいが」


 ホルスタイン提督に笑いかける。提督は不思議そうに訊き返した。


「は、ニイハオ島ですか? このままマジツエー帝国に行かれるんじゃ?」


 ド・ヴァンは、片目をつぶって楽しそうに答えた。


「ボクの莫逆の友と、ニイハオ島の遺跡調査を約束したんだ。海軍の皆さんも、ボクが西に向かうことについては何も言わないだろうからね」


 ド・ヴァンたちがそんな話し合いをした2時間後、ホルスタイン提督は艦隊をケメケメから出航させた。近くの山の上に設置された腕木信号機セマホアが、慌ただしく動き始める。


「ふん、トオクニアール王国の艦隊は抜け目がないな。あの信号を受け取ったら、ボクたちをすぐに捕まえられるよう艦隊を出航させるはずだ」


 セマホアの動きを横目に見ながらド・ヴァンが言うと、ホルスタイン提督が笑って


「トオクニアール王国の艦隊は、私たちがとうとう東に向かって出たかと手ぐすねを引いているでしょうな。この期に及んで西に向かうとは想像もしていないでしょう」


 そう言いながら、望遠鏡を目に当てて遠く東の水平線を眺める。


「どこを探しても私たちが見当たらないとなったら、大捜索網を広げるかもしれませんね」


 おかしそうに言う艦隊参謀長の言葉を聞いて、ホルスタイン提督ははっと何かに気付いたかのようにド・ヴァンに言った。


「ド・ヴァン殿、あまり大事にしてしまったら、国王陛下にも不信感を持たせてしまいます。我が艦隊がニイハオ島に向かうことを、ライハナ泊地司令に伝えておいてはいかがでしょう?」


「そうだね。総督はともかく、陛下の心を痛ましめるのはボクの本意じゃない。すぐに港湾局に信号を送ってくれないか? 電文は任せるよ」


「承知いたしました」


 ド・ヴァンの依頼に、提督はそう答えて艦長を見る。クロベ・ワギュ艦長は打てば響くように信号長に命じた。


「信号長、港湾局当て信号。『ホルスタイン艦隊はニイハオ島に赴かんとす。貴職の弥栄を祈念す』だ。急いでくれ」



 さて、僕たち『騎士団』は、カイ船長との約束どおり、次の日の早朝に『アノマロカリス』号を訪ねた。『アノマロカリス』号はすっかり出帆準備を整えて、カイ船長自ら舷門で僕たちを出迎えてくれた。


「やあ、団長さん。今日は天気もいいし、風もちょうどいい。絶好の航海日和ってところだ。いい船旅を約束するぜ。ところで黒髪の姉ちゃんと翠の髪のおちびちゃんの姿が見えないようだが?」


 潮焼けした厳つい顔をほころばせて言うカイ船長に、僕も笑顔を返したが、すぐに真顔になって


「ありがとうございます。ジンジャーさんとメロンさんは、所要があって別行動しています。ところで船長にお話ししておかなくちゃいけないことがあったんですが」


 そう言うと、船長はニコニコ顔を崩さずに、


「何だ? 船賃ならニイハオ島くらいまでは契約に含まれるってことで構わねえぜ? 俺自身もあそこの遺跡には興味があってな? いつか自分でも行ってみたいと思っていたんだからよ」


 そう答える。カイ船長の言葉は、貧乏騎士団の僕たちにとってはありがたかったが、僕が説明し忘れていたのはそのことじゃない。


「いえ、それはありがたいですが、別にお伝えしなきゃいけなかったことがあって……」


 そういう僕に、船長は笑って、


「分かった分かった。風を逃しちゃいけねえから、出航してから聞くよ。とりあえず団長さんたちは船室キャビンに行っててくれねえか? 俺の準備が出来たらイッチを寄こすから、船長室まで来てくれ。そこでゆっくり話を聞こう」


 そう言うと、真面目な顔に戻って船員たちに命令を下し始める。


「よし、お客さんたちは乗船した。全員出航用意!」


 命令を受けて、カノン航海長は海図台に、イッチさんは信号台の側に、ブッシュ操帆長はメインマストの側に、ボースン甲板長は揚錨機キャプスタンの近くにすっ飛んで行き、それぞれの作業開始を号令する。『アノマロカリス』号は、ゆっくりと岸壁を離れ、ニイハオ島への航海に出発した。


 僕たちは作業の邪魔にならないよう、それぞれの船室に入ったが、ワインとシェリーは自分の部屋に荷物を置いてすぐに僕の部屋にやって来た。


「さて、ニイハオ島に着いたら、早速遺跡を探さなきゃいけないが、ボクたちには残念ながら遺跡発掘や調査についてのノウハウはない。だからド・ヴァン君の到着を待たねばならないだろうね」


 ワインが言うと、シェリーは


「ド・ヴァンさんがアンタみたいに博識で、団員にも曲者がそろっているのは認めるけれど、遺跡の調査なんて専門的な知識を持つ団員がいるのかしら?」


 そう首をかしげて言う。


 そこに、ラムさんが部屋に入って来て言う。


「ド・ヴァン殿のことだ、その辺のこともちゃんと手を打っているだろう。でないとあんなに自信ありげに『期待に応えられると信じている』なんて言わないからな」


「あれ? ラムはチャチャちゃんの相手をしていたんじゃないの?」


 シェリーが意外そうに訊くと、ラムさんは薄く笑って答えた。


「ああ、チャチャちゃんなら、賢者スナイプ様が相手をしてくださっている。しかし、スナイプ様がどうしてチャチャちゃんに興味を覚えられたのか気にはなるが」


 そんな話をしていると、ドアがノックされ、


「ジン団長さん、カイ船長の時間ができたのでお話がしたいとのことです」


 イッチさんが迎えにやって来た。


「じゃ、カイ船長に説明しに行こうか?」


 僕がそう言って立ち上がると、ワイン、シェリーそしてラムさんもうなずいて立ち上がった。


   ★ ★ ★ ★ ★


 朝焼けの中、ニイハオ島にゆっくりと近付く帆船の姿があった。


 3本マストの大きな船で、スマートな白く塗られた船体が、明けてゆくオレンジの空に映えている。

最上甲板には左右に弩弓が並べられ、すぐ下の上甲板にも、空いている船端から弩弓が確認できた。トオクニアール王国アロハ群島派遣艦隊に所属するフリゲート艦『アルトルツェルン』である。


 その艦橋には、艦長であるヨハン・ジャージー正海佐ほか幹部乗組員と、二人のアクアロイドが、近づいてくる島影を見つめていた。


「ラントマン首席書記官殿も、こんな任務までされるとは難儀なことですな」


 艦長が意味ありげに言うと、ラントマンは涼しげな青い目を艦長に向けて、


「貴官もそう思われるか? だが、貴官も知ってのとおり、今回は陛下にとって由々しき事態を惹き起こす恐れがある。だから早急に処断せねばならないのだ」


 そう、笑いもせずに言う。


「しかし、本艦の陸戦隊が加勢するとはいえ、標的や標的を守る者に対しては手出しをするなとの命令を承っていますが、いったいどういうことでしょう? 本来ならそういった者どもこそ、私たち海軍や司直の出番なのでは?」


 艦長が訊くと、ラントマンの隣で朝日を受けて輝くニイハオ島を見つめながら、エノーラ特命書記官が答える。ラントマン同様、感情を一切動かしていない平坦な声色だった。


「それは貴官が知るべきことではありません。陸戦隊はあくまで海賊を一網打尽にするため、この島に遣わされたのです。最初から最後まで、その認識でいてください」


 ヨハン艦長は、思わぬエノーラ書記官の反応に、困惑の表情で、


「は、はい。分かりました」


 言葉少なに答える。ラントマン首席書記官はそんな艦長に、


「頼みましたよ? 私たちだけでは大勢の海賊たちを相手にするのは不可能ですし、肝心の『標的』を逃してしまったら元も子もありませんからね?」


 そう、口調を穏やかにして言う。


 そんなラントマンの気遣いに、ヨハン艦長は感謝しながら敬礼して、艦橋左側にいる幹部乗組員の方へと歩き去った。


「首席書記官、『標的』は何を考えてニイハオ島に逃げ込んだんでしょうか? どうせならマジツエー帝国に亡命するとか、まだマシな方法があったでしょうに」


 エノーラが不思議そうに訊くと、ラントマンは


「ラダーとしてもそうしたかったんじゃないかと思う。しかし彼は『組織ウニタルム』と関係があった。そしてマジツエー帝国は今、『組織』と何やら紛争を起こしているらしい。だからラダーを受け入れる可能性は低いんじゃないかな」


 そう答えると、エノーラを横目で見ながら続ける。


「いいかいエノーラ。『組織』は何を考えているか分からない集団だ。ただ、先般エレクラ様から出された詰問状から推察する限り、『摂理』を守る立場ではないことは確かだ。


 そんな奴らと、仮にも陛下の側近、秘書室長の職を拝命していたラダーの関係性や、『組織』がラダーに力を貸して実現させようという計画を調べることが、今回私たちに課せられた使命だ。そこを忘れないようにな?」


「解っています。ただ、ミシェルの言うようにド・ヴァン殿がやって来たら、私たちはどうすればいいでしょうか?」


 エノーラの問いに、ミシェル・ラントマンは薄く笑って答えた。


「彼らの邪魔はしないでおこう。たとえ、彼らがラダーを倒すことになっても、それは私たちにとっては手間が省けるだけのことだからな」



 その頃、ド・ヴァンをはじめとする騎士団『ドラゴン・シン』の面々を乗せたホレイショ・ホルスタイン艦隊は、順風と潮流に恵まれてニイハオ島まで10カイリ(18・5キロ)の所まで来ていた。ここまで近付くと、望遠鏡を使えば島の様子がある程度まで観察できる。


「やあ、ホルスタイン提督。いよいよニイハオ島だね」


 艦橋で島をじっと見つめているホルスタインのもとに、ド・ヴァンがマディラとウォッカを連れて現れる。


「おお、ド・ヴァン殿。ちょうど良いところにおいでくださいました。本艦隊はニイハオ島の北東にあるアパカ泊地に停泊しようと考えていますが」


 ホルスタインがそう報告すると、ド・ヴァンは首を横に振って言った。


「いや、そこにはきっと海賊団の生き残りが船を泊めているはずだ。ボクたちが停泊したら逃げ出す恐れがある。提督、少し時間が伸びてもいいから、島の南東にあるエフリ泊地に艦隊を向けてくれないか?『ドラゴン・シン』はそこで上陸しよう」


「海賊が? では、ついでに我々の艦隊でその海賊船を拿捕いたしましょうか?」


 ホルスタイン提督が多少の不満を込めてそう提案するが、ド・ヴァンは微笑と共に首を横に振った。


「確かに、提督の艦隊ならガウスとかいう海賊が率いる船の一隻や二隻、歯牙にもかけないだろう。ただ、今回はテイク・ラダーという裏切者と、それに与する『組織ウニタルム』の使者を捕獲することが主目的だ。


 君たちの腕なら海賊を一網打尽にすることは容易いが、それをやってしまうと『組織』の者が逃げ出す可能性が高い。だから、ボクたちはジン・ライム団長たちと共に隠密裏に神殿遺跡に乗り込む必要があるんだ。


 『ドラゴン・シン』のメンバーについては、一時的にキミの陸戦隊と同一行動を取らせる予定だ。ブルー・ハワイと連携して、いつでもガウスとその船を捕まえられるようにしておいてもらいたい」


 ド・ヴァンの言葉に、ホルスタイン提督は納得しつつも、一つの疑問をぶつけてくる。


「ド・ヴァン殿のお考えは解りました。それで、ジン・ライム団長とは、ひょっとして一時期『賢者会議』から追討命令が出されていた騎士のことでしょうか?」


 ド・ヴァンは、薄く笑いながら答えた。


「そういうこともあったようだね。でも、彼は追討されるべき人物ではない。そのことは、その後に何が起こったかで証明されているだろう?」


 ホルスタイン提督は無言でうなずく。『賢者会議』の確執は、口にしてはならないと考えたようだ。


 ド・ヴァンは、提督の無言の肯定に対して笑顔のまま、やはり無言でうなずき、


「そういうことだ。では提督、艦隊を速やかにエフリ泊地に回航してもらいたい」


「アイ、アイ、サー」


 ホルスタイン提督は、サッと敬礼する。歴戦の風格を感じさせる鮮やかな敬礼だった。


「ド・ヴァン様」


 ホルスタインがその場を離れた後、マディラが側に寄って来て声をかける。


「ああ、マディラ。聞いてのとおりこの艦隊は北部の泊地でなくエフリ泊地に停泊する。着いたらすぐに遺跡へと向かうので、準備の方はお願いするよ?」


 ド・ヴァンの言葉にマディラはうなずき、


「準備の方はソルティとウォッカが進めています。ところで、本当にテキーラも連れて行かれるつもりですか? 彼を『ドラゴン・シン』と共に残し、ブルーを連れて行っては?」


 マディラの言葉に、ド・ヴァンは潮風で乱れる髪の毛を気にしながら、


「ふむ、今回は『組織ウニタルム』の枢機卿特使とかいう人物が出張ってきているから、もしテキーラが『組織』側の者だったら裏切るかもしれない……君が心配しているのはそういうことだろう?」


 そう、ズバリと訊く。マディラはうなずくと、


「はい。今までもテキーラは肝心な特に姿を消すなど、不審な動きをしています。それに彼は『組織』のことについて詳しすぎます。今回のクエストは総督自らの指名依頼です。失敗するわけにはいきませんし、下手をするとドッカーノ村騎士団まで危険に晒すことになります」


 そう意見を言った。


 しかしド・ヴァンは、しばらく考えた後、


「マディラの心配は解る。しかし、テキーラは今までボクたちに目に見えた損害を与えているわけではない。まあ、『お姉さま』の件はグレーだけれど、団員の話では取り立てて不審な点は見えなかったそうだ。それに彼が『組織』から送り込まれた人物だとしても、送り込んだ人物はおそらくウェンディだろう。とすれば、団長くんに不利なことはしないだろう。ここはテキーラを信じてみようじゃないか」


   ★ ★ ★ ★ ★


 ニイハオ島の北東、アパカ泊地に停泊している海賊船『トゲアリトゲナシトゲトゲ』号の船橋で、蒼白い顔をした男と、茶髪の女が海図台を挟んで話をしていた。


「あんたも偉くなったもんだねえ、マンズローの後釜にちゃっかり座っちゃって。それで、『キャロット・トスカーナの秘宝』の在り処は判ったのかい?」


 女が薄笑いを浮かべて訊くと、ガウスは唇を歪めてそっけなく答えた。


「……ビリー・ボーンズの旦那には悪いが、今回の仕事はすべてが裏目に出たってことですぜ、エコーの姐御。私は最初はなっから『組織』なんて連中のことは胡散臭いって思っていましたが、まさか手を組んだ『海の紳士』が全滅しても、眉一つ動かさねえ冷血な奴らだとは思いませんでしたぜ」


 エコーは、冷たい視線をガウスに向けて、彼の言葉を無視するように続ける。


「で?『キャロット・トスカーナの秘宝』は見つかったのかい?」


 ガウスは、エコーの視線を振り払うように、月夜に黒々と浮かび上がる密林の方に顔を向けて答えた。


「ヤッタルワイがラダー殿や『組織』の使者と共に遺跡に向かいやした。私は宝物があるかどうかについては興味はありやせんが、もしあるとしてもその場所を探し当てるのは至難の業だと思いますぜ?」


 それを聞いて、エコーは明らかに気分を害して、


「あんたは海賊団でも頭が良いことで有名だったけど、場所の捜索には加わらなかったのかい?」


 そう、棘のある言い方をする。


 ガウスは彼女の言葉を軽く受け流し、


「まあ、それは『組織』の使いとラダー殿に任せておけばいいんじゃないですか? どうせ神殿遺跡の場所は秘密じゃねえんですから」


 そう答える。途端にエコーは目を輝かせてガウスに訊いた。


「遺跡の場所を記した地図ってのはないのかい?」


「ありますよ。ほら、これでさあ」


 ガウスは海図台の引き出しから無造作に1枚の地図を取り出すと、エコーに渡す。エコーはひったくるように地図を手にすると、目を皿のようにして地図を見る。


 そして、遺跡の場所を確認すると、彼女は満足げに地図をたたんで、


「ふん、じゃ、あたしも調査のお手伝いに行ってくるとするよ。ガウス、悪いけどボートを出してくれないかい?」


 そう、手を腰に当てて言う。


 ガウスはエコーから見えないように一瞬ニヤリとずるそうな笑いを浮かべ、すぐに


「分かりました。エコーの姐御にはずいぶんと世話になってますからね。気を付けて行ってきておくんなさい」


 そう、満面の笑顔で言った。



「さて、あそこに見えて来たのがニイハオ島だ。距離はまだ20カイリ(約37キロ)はあるかな。このまま順調にいけば、2時間で着く」


 月の明かりの下でカイ船長が船首方向を指差して言う。僕たちは船長が差す方向を一斉に見たが、島は夜空の暗さに紛れてすぐには判別がつかない。


「……結構大きな島なんですね」


 僕たちの中では最も夜目が利くシェリーが、真っ先に島を見つけて言う。


「まあ、アロハ群島では4番目に大きい島だからな。それに、唯一現在まで活動している火山がある島でもある。だから、遺跡調査にある程度の時間がかかることは想定済みだ。


 こっちの荷物については心配要らねえ。せっかく調査するんならある程度の成果を残さにゃならんだろうし、犯罪を犯した総督府の人間が遺跡に関係しているんなら、なおさら放っちゃ置けないだろう?」


 カイ船長は僕の顔を見て言う。僕たちはあの後、船長室を訪れ、今回緊急にニイハオ島に行かなければならなくなった理由を説明していた。


 届け物を積んだ『アノマロカリス』号を僕たちの都合で引きずり回すのも心苦しいので、もし都合が悪ければ僕たちをニイハオ島まで運んでくれるだけでもいい……僕がそう言うと、カイ船長は心外そうに僕の顔を見て言ってくれたのだ。


「おいおい、団長さん。せっかく俺も楽しみにしているんだ。そんなつれないことは言わねえでくれよ。

 なあに、荷物と言っても腐るもんじゃねえし、届けるタイミングってもんもあるから、1週間やそこら遅れたって構わねえぜ? 現に今までだって半月遅れで相手に届けたって事例もある。そこは心配しないでもらいたいな」


 僕がそんな会談を思い出していると、不意にカイ船長は


「ところで団長さん。ニイハオ島に着くのはいいが、どこに船を泊めればいい? 確か団長さんは今回の事件には、何か総督府の人間が関わっていると言っていたな?」


 そう訊いてくる。


「え? 神殿にいちばん近い場所ではいけないんですか?」


 僕は首を傾げた。ワインの話では、ニイハオ島は東西に細長く、北東にアパカ、南東にエフリ、そして南西にペペナハという泊地があるが、問題の遺跡に最も近いのは島中央部の北岸にあるニイハオ湾だ。


 ただ、ニイハオ湾は水深が浅く干満の差も大きいため、底の浅いボートを除けば陸に接近するのは危険だそうで、湾の近くには小さな漁村がいくつか点在しているに過ぎない。


 首を傾げた僕の代わりに、ワインが船長の質問に答えた。


「ええ、本国で秘書官長をやっていたテイク・ラダー特別書記官ですね。彼は行方をくらましていますが、総督の追捕の網から逃げた海賊たちと共にニイハオ島に逃げたと信じるに足る情報があります。ですから、北東のアパカ泊地ではなく、南東のエフリ泊地に行っていただけませんか?」


「ふふ、事務総長さん。あんたは本当に先の見通しが鋭くて感心するぜ。海賊たちとその特別書記官ってヤツはニイハオ湾で船を降りた後、遺跡へ直行し、残りの奴らはアパカに船を回したに違いない……俺はそう睨んだんだが、団長さんたちが海賊ザコたちと遊ぶ気がねえのなら、エフリ泊地をお勧めしたいと思っていたところだ」


 カイ船長は機嫌よくそう言うと、当直で船橋にいたハンナ・ログ工作長兼戦闘指揮官に、


「ミズ・ログ、聞こえていたろう? エフリ泊地に船を回してくれ」


 そう命令する。ハンナさんはサッとブリッジマストにひるがえる吹き流しを見ると、ディバイダを片手に海図とにらめっこした後、操舵手に命令する。


「取舵。針路265度だ」


「針路265度、アイ、アイ、サー」


 カイ船長は、『アノマロカリス』号が新たな針路に乗ったのを見て、笑顔で僕たちに言った。


「さて、これでエフリ泊地まであと2時間半ってところだ。団長さん、それまで船室でゆっくりしておきな。おかに上がったら、何が起きるか分からないんだろう?」



 テイク・ラダーと『組織ウニタルム』の使者を含む海賊たちとジンの『騎士団』、そしてド・ヴァン率いる『ドラゴン・シン』。この三者のうち、最も遺跡に近い位置にいるのは海賊連中だが、逆に最も遠くにいるのが『ドラゴン・シン』だった。何しろド・ヴァンが雇った傭兵艦隊は、ライハナ島での物資補給を終え、やっとオウフ島の南10カイリ(約18・5キロ)を通過しつつあったのだ。


「ド・ヴァン殿、ニイハオ島まではまだ半日ほどかかります。専用船室でくつろがれては?」


 フリゲート艦『オンディーナ』艦橋では、艦隊司令長官のホレイショ・ホルスタイン提督がド・ヴァンにそう言って勧めるが、ド・ヴァンは優雅にかぶりを振って答える。


「提督、君がそう言ってくれるのはありがたいが、海の上では紅茶を楽しむことも難しい。ボク好みの茶葉はあるが、それに似合うほどの水がないからね。


 まあ、潮風の中では考え事が捗るんだ。あまり気にせず、艦隊の指揮に集中してもらっても構わないよ」


 そう言ったド・ヴァンだったが、すぐにホルスタイン提督に質問する。


「提督、総督府からも海賊連中を捕縛するための艦隊が出撃しているだろうね?」


「そうですね。ガンジー参謀長の話では、総督直属の書記官に率いられた軍艦がライスハーバーを出撃しているらしいですから。ちなみに艦名はフリゲート艦『アルトルツェルン』のようです」


「フリゲート艦か……陸戦隊はどのくらい上陸させられるだろうか?」


「最大で百名ってところでしょうな。フネを動かさないのなら、3百名は上陸させられるでしょう」


「百名ないし3百名か……」


 ド・ヴァンはそうつぶやくと、側にいるマディラやウォッカに


「そういうことなら、上陸後のことは少し考え直さなければな。

 マディラ、ウォッカ、ちょっとみんなで作戦会議だ。提督、ボクたちは船室にいるから、何か変わったことがあったら声をかけてくれたまえ」


 そう声をかけて、連れだって船室のある上甲板へと降りて行った。


「ド・ヴァン様、何を考えておられるのですか?」


 船室に入って全員が腰を下ろすと、開口一番マディラがそう訊く。ド・ヴァンは形のいい手で金髪をかき上げると、薄く笑って答えた。


「いや、団長くんたちはどこに上陸するだろうかって思ってね? 確かボクは彼に『ニイハオ島で会おう』とは言ったが、具体的な泊地は告げていなかったことを思い出したのさ」


「仮に、ジン殿たちがアパカ泊地やニイハオ湾沖に停泊した場合、海賊たちが船を襲う恐れがありますね」


 ブルー・ハワイが言うと、ソルティは


「どうかしら? ジン殿の側にはワインがいるわ。彼なら、状況を正しく分析して、ジン殿たちをエフリ泊地に導くんじゃないかしら?」


 そう言いながら首をかしげる。


「仮にアパカ泊地やニイハオ湾に向かったとしても、ラム殿や自律的魔人形エランドールの姉妹がいますからね。そう簡単に海賊たちにやられることはないと思いますよ」


 ごつい体格をしたウォッカが腕組みをしたまま言う。


 ド・ヴァンの目は、ペストマスクをした長身の男に向く。その男は、くぐもった声で、しかし妙に自信ありげに言った。


「ジン・ライムは大事な時に判断を誤ったことがない。我らがエフリ泊地に行くことを見越しているだろうし、そうでなくともワインの坊やが推測しているはずだ。

 もし、エフリ泊地でジン・ライムに会えなかったら、私がニイハオ湾に助太刀で赴いてもいい」


 それを聞いて、ド・ヴァンは我が意を得たりとでも言うようにうなずき、


「分かった。それではボクたちは一刻も早くエフリ泊地に行って、団長くんたちとともに遺跡を目指そう」


 そう言って立ち上がった。



 その頃、『キャロット・トスカーナ遺跡』では、茶色の髪と瞳を持つ不気味な雰囲気をまとった男が崩れた神殿跡の一角にたたずみ、何かの呪文を唱えていた。


 その呪文は、誰も聞いたことがない言葉で唱えられており、10ヤードほど離れた所で男を見守っているテイク・ラダーも、


(どこの言葉だ? そもそも、このような呪文を聞いたことがない。まさか、ブラウンは本当に古い魔術を体得しているのか?)


 そう考えながら、固唾をのんでその光景を見守っていた。


「El,guintes res datio horenndasu ces’t byan naturesum im des h’otelles……」


 ブラウンという男は、ずいぶんと長い間呪文を唱え続けている。近くにいる海賊たちも、その陸戦隊長であるヤッタルワイをはじめとして、全員がうつらうつらし始めていた。


 しかし、ラダーはまんじりともせずブラウンの様子を窺っている。彼は、ニイハオ島にある遺跡の価値にうすうす気が付いていたため、どんな宝物が眠っているのか大きな興味を持っていたのだ。


 やがて、ブラウンは突然呪文を唱えるのを止めた。そしてそのまま、首を傾げて闇に浮かぶ遺跡を眺めていたが、ゆっくりとラダーを振り返り、手招きをした。


 ラダーは、その所作に、『海賊たちには聞かせるな』というブラウンの意図を感じ取り、ゆっくりと茶髪の男に歩み寄ると、できるだけ小さな声で訊いた。


「ブラウン殿、どうした? なぜ呪文詠唱を止めたのだ?」


 するとブラウンは、ラダーよりも小さな声で、苦々しげに答える。しかしその言葉は、思ったよりはっきりとラダーの耳朶を打った。


「……さすがは精霊王の神殿だ。かなりの魔力が残っていて、しかもそれは何かに操られているかのようにこちらの魔力に反応して、遺跡への入口を開放しようとする私の魔法を邪魔してくる。この魔力障壁を取り除くには、同じ精霊王の魔力か、キャロット・トスカーナの魔力を熟知している者が必要だな」


 ブラウンの顔は月の光に照らされて青白く浮かび上がっていたが、表情の奥に言い知れない敗北感がこもっていて、それが彼の顔を一層凄絶なものにしていた。


 ラダーは一瞬言葉に詰まったが、ここまで来て手ぶらでこの島を出るわけにはいかない。彼は世俗的な栄華や名誉を求めるために、現在の比較的恵まれた立場をふいにするリスクを冒してまで『組織ウニタルム』と手を結んだのだ。


「……ブラウン殿、私はそなたを信じて、トオクニアール王国の秘書官長という立場を賭けて『組織』の便宜を図って来たし、家族を捨ててニイハオ島くんだりまでやって来た。


 それを今さら、魔力が不足しているからと言って何もできないとは、私を馬鹿にしているのか? 早くそなたが言う『キャロット・トスカーナの秘密』を手に入れるため、何とかしてもらえまいか?」


 ラダーは苦々しく思いながらブラウンに言う。ブラウンも、感情のない目でラダーを見ていたが、


「そうだな。では少し待っていてくれたまえ。現状を枢機卿に報告し、後の指示をもらって来よう」


 そう言うと、ラダーが何か言うより早く、その姿を虚空に融け込ませた。


   (裏切者を狩ろう!2に続く)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

神殿遺跡に木々の精霊王の魔力が残されているのはなぜか、その魔力は何のために誰が残したのか、様々な謎がある場所に、ジンたちや『ドラゴン・シン』、海賊に総督府の書記官と、さまざまな立場の者たちが集まって来ています。

次回は、その謎の一端が判明することになります。お楽しみに。

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