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キャバリア・スラップスティック  作者: シベリウスP
アロハ群島編
84/140

Tournament84 The Pirates hunting:part5(海賊を狩ろう!その5)

ジンたちはアロハ群島でド・ヴァンと再会し、島の遺跡を調査する約束をする。

しかし、総督の歓迎レセプションに招待されたド・ヴァンに対して、きな臭い陰謀が張り巡らされていた。

そしてその頃、マジツエー帝国では『組織』のフェンがとんでもない行動を起こそうとしていた。

【主な登場人物紹介】


■ドッカーノ村騎士団

♤ジン・ライム 17歳 ドッカーノ村騎士団の団長。典型的『鈍感系思わせぶり主人公』だったが、旅が彼を成長させている。いろんな人から好かれる『伝説の英雄』候補。


♤ワイン・レッド 17歳 ジンの幼馴染みでエルフ族。結構チャラい。水の槍使いで博学多才、智謀に長ける。お金と女性が大好きな『やるときはやる男』


♡シェリー・シュガー 17歳 ジンの幼馴染みでシルフの短剣使い。弓も使って長距離戦も受け持つ。ジン大好きっ子だが報われない『負けフラグヒロイン』


♡ラム・レーズン 18歳 ユニコーン族の娘で『伝説の英雄』を探す旅の途中、ジンのいる村に来た。魔力も強いし長剣の名手。シェリーのライバルである『正統派ヒロイン』


♡ウォーラ・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造った自律的魔人形エランドール。ジンの魔力マナで再起動し、彼に献身的に仕える『メイドなヒロイン』


♡チャチャ・フォーク 13歳 マーターギ村出身の凄腕狙撃手。村では髪と目の色のせいで疎外されていた。謎の組織から母を殺され、事件に関わったジンの騎士団に入団する。


♡ジンジャー・エイル 20歳 他の騎士団に所属していたが、ある事件でジンにほれ込んで移籍してきた不思議な女性。闇の魔術に優れた『ダークホースヒロイン』


♡ガイア・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造ったエランドールでウォーラの姉。『組織』に使われていたがメロンによって捕らえられ、『騎士団』に入ることとなった。


♡メロン・ソーダ 年齢不詳 元は木々の精霊王だがその地位を剥奪された。『魔族の祖』といわれるアルケー・クロウの関係者で、彼を追っている。


♡エレーナ・ライム(賢者スナイプ)27歳 四方賢者として『賢者会議』の一員だった才媛。ジンの叔母に当たり、四方賢者を辞して『騎士団』に加わった『禁断のヒロイン』


   ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


 僕たち『騎士団』を乗せた『アノマロカリス』号は、途中海賊に襲われながらもなんとか無事にアロハ群島のオウフ島に到着した。


「もうすぐライスハーバーの港に着岸する。『アノマロカリス』は、積み荷の積み替えを行うから、その間団長さんたちは(おか)でゆっくりしておくといい」


 岸壁がはっきりと見える頃になって、縮帆の様子を横目で見ながらカイ・ゾック船長がそう言う。僕はシェリーやワインと一緒に船橋で近付いて来るライスハーバーの町を見ていたが、ラムさんをはじめとする他の団員は、露天甲板で入港のための作業を興味深そうに眺めていた。


 やがて、『アノマロカリス』号が着岸し、岸壁に舫綱で繋がれた後、上陸のための橋が渡される。カイ船長は、


「おれたちも少し身体を休める必要があるし、この先の海図(チャート)も手に入れなきゃならねえ。出航は3日後ってことでいいかい、団長さん?」


 そう僕に訊いて来る。僕がうなずくと、


「じゃ、航路の相談もあるから、3日後の早朝6点(午前6時)に『アノマロカリス』まで来てくれねえか?」


 そう言って、僕の返事も待たずに


「ミズ・イッチ、積み荷リストを準備してくれ。追っ付け港の役人が来るから、荷物の積み下ろしの件は任せたぜ。


 それとミズ・アンカー、ミスタ・ボースンやミスタ・ブッシュと話し合って航海に必要な物資の補給を頼む。ミズ・ログは船体の損傷を確認して必要な修理を行ってくれ。今回の航海はまだ先が長いからな」


 そう、幹部乗組員たちに指示を出し始める。


「ジン、邪魔になったらいけないからさっさと下船しよう。アタシも早いとこ宿を探してゆっくりしたいな」


 シェリーがそう急かすので、僕は


「分かった。早速ライスハーバーの町に出てみよう。みんな、下船して桟橋で宿の相談だ」


 そう言うと、ワインやシェリーを連れてみんなの所に降りて行った。


「ジン、ライスハーバーはトオクニアール王国の海軍基地が所在していて、内海は軍港エリアになっている。町の西側には基地や軍事用の造船所があるから近付かない方がいい。


 東側の郊外には『エクリプス商会』のリゾート施設がある。ひょっとしたらド・ヴァン君がいるかもしれないから、挨拶かたがた行ってみないか?」


 全員が集まっている所で、例によってワインがその知識を披露してくれる。でも、ド・ヴァンさんがいるかもしれないって言うのはいい情報だった。


「ド・ヴァンさんだったら、アタシたちの宿もお世話してくれるかもしれないね? ジン、早速行ってみよう」


 気の早いシェリーはそう言うと、チャチャちゃんと一緒にたったか歩き出す。僕とワイン、そしてラムさんは互いに顔を見合わせ、苦笑して歩き出した。



 ライスハーバーは、思ったより大きな町だった。何日も船に乗ってやって来なければならない所だから、アルクニー公国で言えばウミベーノ村みたいなこぢんまりとした佇まいを想像していたのだが、トナーリマーチくらいの人口はありそうだった。


「海の真ん中にあるから、もっと人口が少ないかと思ってたけど、けっこう人が住んでいるのね」


 シェリーも同じことを考えていたみたいだ。周囲の風景を見回しながら、意外そうな顔をしてそう言う。


「アロハ諸島は昔から遠洋漁業の拠点になっていたんだ。そのうちに気候の良さが知れ渡って植民が始まり、近年ではフルーツの栽培や砂糖の生産が行われるようになった。


 トオクニアール王国の軍港が置かれるようになってからは、軍港相手の商売も盛んみたいだよ。何せ軍艦に必要な食料や帆布、ロープなんかの材料になる植物も栽培されているからね」


 ワインがそう言うと、賢者スナイプ様も、僕の側に来て教えてくれる。


「アロハ群島は火山群島だけど、アロハ島以外の火山は一度も噴火した記録がないわ。

 一番古い考古資料はニイハオ島の神殿跡にある石の碑文だけど、7千年前のものって言われているわ。その碑文にも、『火の神々は眠りに就いて久しい』って書いてあるの」


「へえ、7千年前の神殿ですか。それはどの精霊王を祀ってあるんでしょう?」


 僕が訊くと、ジンジャーさんと共に一番後ろにいたメロンさんが答える。


「木々の精霊王よ。正確には、キャロット・トスカーナ様を祀っているの」


 それを聞いて、僕はある考えが閃いた。


 ヒーロイ大陸にはもう木々の精霊王の神殿は残っていない。もともと木々の精霊王位があったのなら、メロンさんを精霊王から放逐した後、『摂理の調律者(プロノイア)』様がその後任を指名せず、精霊王位そのものを無くしてしまったのは何故だろう?……そのことについて、僕は疑問を感じていたのだが、その神殿に行けばひょっとしてその謎を解くカギが見つかるかもしれない……そう思ったのだ。


「メロンさん、その遺跡を見学することってできないかな?」


 僕がそう言うと、シェリーが真っ先に反応する。


「えっ!? アタシは反対。だってジンが今度は7千年前の世界になんて連れて行かれたらたまったもんじゃないわ。その度に現地妻なんて作られてもヤだし」


「いや、現地妻って言い方、やめてくれないかな?」


 僕が抗議すると、シェリーは腕を組んで僕のことをジト目で眺め、


「ふう~ん、5千年前の世界でウェカってとよろしくやっちゃった人が良く言うわね? ジンがアタシ以外の女の子と経験しちゃったなんてショックだわ」


 そう嫉妬の目で言う。


 さすがにヤバいと思ったのか、メロンさんが可愛らしい顔で、


「団長さんの気持ちは解ります。きっとわたくしが木々の精霊王位をはく奪された後、なぜ後任の精霊王が任命されなかったのか、その理由が知りたいのでしょう?」


 そう話に割って入って来た。


 僕は渡りに船と、強引に話題を変える。


「もしかして、メロンさんはその理由をご存じなんですか?」


 しかし、メロンさんの答えは意外なものだった。


「知らないわ。知りたくもないし、いまさら知ったところでどうにもならないもの。

 団長さん、世の中にはそんな、謎のままで放っておいた方がいいことだってあるのよ?」


 あっけらかんとしたメロンさんの表情に、僕はそれ以上何も言えなかった。シェリーもまた、メロンさんの言葉に何かを感じ取ったのか、慌てて話題を切り替える。


「そ、そう言えばワイン、ド・ヴァンさんのリゾート施設ってあとどのくらいかかるの? アンタの話ではライスハーバーの町からそんなに離れていない風だったけど、もうかれこれ30分は歩いているわよ?」


 するとワインはニヤニヤしながら答えた。


「シェリーちゃん、周りを見てみるんだ。ボクたちはすでにド・ヴァンくんの施設の中に足を踏み入れているよ」


「えっ!? でも別に看板もなかったし、急に景色が変わったってこともなかったと思うが」


 シェリーではなくラムさんが、びっくりした声を上げる。ユニコーン族でも抜群の戦士である彼女は、まだ18歳だが15歳からヒーロイ大陸最高峰と言われる武闘大会に出場し、3年連続で優勝を飾り、故国であるユニコーン侯国からは『獅子戦士シールトゥルク』という称号までもらっている。


 そんな彼女だから、周囲の変化に気付けなかったってことがショックだったのかもしれない。


「そんなにがっかりしなくてもいいわ。この施設のコンセプトは『日常の中の非日常』みたいだから、訪れる人がいつの間にか非日常の世界に誘い込まれているってシチュエーションを演出しているのよ。施設に入り込んだって気付かれたら、ド・ヴァンさんの面目も潰れちゃうでしょうしね」


 慰めるようにジンジャーさんが言う。ジンジャーさんも結構各国のことに詳しいようだ。


「それよりご主人様、私たちの宿はどうなりますか? カイ船長の話ですと、オウフ島に3日間は滞在することになるみたいですが」


 僕のすぐ後ろを歩く、白髪にアンバーの瞳をして群青色のメイド服を着た女の子が訊いて来る。隣には全く同じ顔をした翠の瞳で黒いメイド服をした女の子が、じっと僕を見ていた。


 この二人は、どこからどう見ても普通の女の子にしか見えないが、実は自律的魔人形エランドールという機械だ。『組織ウニタルム』に雇われたMADな博士によって造られたもので、戦闘と索敵に特化した性能を持っている。


 アンバーの瞳をしたウォーラ・ララさんは、正式型番PTD12、コードネームを『妹ちゃん』といい、ひょんなことから僕の魔力で再起動したため、僕のことをご主人様と慕ってくれている。


 隣にいるのが彼女の姉で正式型番PTD11、コードネーム『お姉さま』と言う。僕たちはガイアさんと呼んでいて、自分もそう名乗っている。『組織』によって再起動され、僕のことをずっと狙っていたのだが、メロンさんの活躍で仲間になった。


 そのメロンさんは、最後尾で元四方賢者のスナイプ様と一緒に歩いている。スナイプ様は本名エレーナ・ライムと言い、僕の母エレノアの妹だ。つまり僕にとっては叔母となる。


 そしてメロンさんは元々木々の精霊王マロン・デヴァステータ様だったお方で、今はアルケー・クロウという魔族の始祖を探しに僕の騎士団と行動を共にしている。


(考えてみると、僕の騎士団って、いつの間にかすごい人たちばかりが集まったなあ。みんなの力を合わせたら、『魔王の降臨』はきっと止められる。5千年前のような犠牲を出さずにできるはずだ)


 僕がそんな感慨にふけっていると、


「……ご主人様? 何を考えていらっしゃるのですか? ひょっとしてニイハオ島の神殿跡がそんなに気になられるのですか?」


 心配そうにウォーラさんが訊いて来る。隣のガイアさんも、何も言わないがウォーラさんの問いをバックレている僕に冷たい視線を送っていた。


「えっ? あ、ああ、今夜の宿のことだったね? もしド・ヴァンさんがいるのなら彼に頼んでもいいかなっては思っているけれど?」


 僕が答えると、ガイアさんが冷たい声でおっかぶせるように訊いて来る。


「で? 我が妹のもう一つの問いに答えていただきたいのですが?」


 ……なんか、ガイアさんは仲間になってウォーラさんと再会した途端、強烈なシスコンを発揮しだしているようだ。多分、自分の妹が慕っている主人からないがしろにされたと受け取ったのかもしれない。


「そうだね、キャロット様の神殿についてメロンさんはああ言ったけれど、木々の精霊王位が空位のまま、というかなかったことにされているのは、『魔王の降臨』だけでなく『摂理の黄昏』に深く関わっている気がしてならないんだ。何かのヒントでもいいから手に入ったらいいなって思っている」


 僕が答えると、ワインがすかさず、


「実はボクもジンの言うことに賛成する。『魔王の降臨』については、世上の噂や伝承、そして『勇者と魔王の書』という書物であらましのことは推測できる。


 でも『摂理の黄昏』については、5千年前にそれが起こったこと以外何も分かっちゃいないし、それを体験したのがジンしかいない」


 そう、口を挟んで来る。何か僕に言おうとしたシェリーだったが、ワインの言葉を聞いていったん口をつぐみ、こう訊いてきた。


「でもジンが体験したことを基に行動すればいいんじゃない? メロンさんが言っていたとおり、知らなくていいことは引っ掻き回さない方がいいと思うけど?」


 すると、今まで黙っていた賢者スナイプ様が、


「私は一応、賢者としての立場からものを言わせていただくわね?

 『摂理の黄昏』については、『賢者会議』でもいろいろ調べているんだけれど、ジンくんが体験したほどの資料って持っていないのよ。


 シュッツガルテン北の遺跡についても、5千年前の層を調べ始めたばかりで、『摂理の黄昏』ではどんな戦いや現象が起こったのかすら、ジンくんの話を聞くまでは皆目見当すらついていなかったの。


 だから、ジンくんやマロン様がいる状況でキャロット・トスカーナ様の遺跡を調査することについて、私は非常な興味を覚えているわ」


 スナイプ様がそう話した時、バナナ畑の小道から4人の人影が現れて、


「賢者スナイプ様のご意見に賛成いたしますよ。とても興味深い話ですね」


 中央にいた金髪碧眼で水も滴る美青年が爽やかに笑ってそう言った。


「ド・ヴァンさん!」


 僕がびっくりして言うと、ド・ヴァンさんは相変わらずの笑顔で僕に近付いて来て、


「やあ団長くん。やっぱりちゃんとホッカノ大陸までの移動手段を確保できたみたいだね? 君たちなら何とかすると信じていたよ。

 ところで、こちらが君の叔母上たる賢者スナイプ様だね?」


 ド・ヴァンさんはそう言いながらスナイプ様の方に向き直って、丁寧に頭を下げて挨拶をする。


「お久しぶりです、賢者スナイプ様。ぶしつけながらお聞きいたしますが、『四方賢者』復帰をお断りになられたと聞きました。一体どんなお考えがあってのことでしょう?」


 するとスナイプ様は気を悪くした様子もなく、


「話せば長くなるわ。それに道端で気軽にお話しするようなものでもないことくらい、ド・ヴァンさん、あなたなら解っているはずよね?」


 とろけそうな笑顔で言う。


 ド・ヴァンさんはクスクス笑いながら、後ろに控えた金髪の一見少年のように見えるエルフの女性に言った。


「これは一本取られました。マディラ、すぐにホテルに連絡して、団長くんたちの部屋を準備するよう言い付けてくれないか?


 団長くん、賢者スナイプ様、今後のこともすり合わせたいので、ボクのホテルに来ていただいてもいいでしょうか?」


   ★ ★ ★ ★ ★


 マジツエー帝国は、5百年以上前に冒険者たちが作り上げた植民帝国である。ホッカノ大陸の発見者である『提督』ドン・ペリー、その後を引き継いで開墾と植民を進めたナイフ・イクサガスキー、有能な部下を抱え帝位に就いたソード・イクサガスキー……彼ら創業者の苦労は計り知れないものがあった。


 そして現在の帝位には、25歳の青年マチェットが就いていて、叔母のレイピア・イクサガスキーをはじめとしたよき臣下の補佐を受けながら帝国を運営している。


 彼にとって最も頭が痛かった、『組織ウニタルム』との領土割譲問題も一段落し、やっと通常の日々が戻って来ていた。


「クアトロ、『組織』のフェン・レイとかいう女はどうしている?」


 各部署から上げられた決裁を持ってきた内務令クアトロ・アルペンスキーに、マチェットは機嫌よく訊く。『帝国の半分を割譲しろ』という無理難題が、8億ゴールドの慰労金と一地方の租借で済んだのだから、マチェットとしては満足できる結果だった。


 しかし、『組織』に対して悪感情が芽生えたのは当然の結果であり、マチェットは決してフェンという少女に気を許してはいなかった。


「ジークハイン村に人を送っているようです。どうやら租借地の運営に力を入れた方が得策だと考えたのでしょうな」


 マチェットの問いに、クアトロ内務令が答える。事実、フェンは男女一組の使いを居城から送り出していた。その報告が内務省に入ったのは2日前だ。


 マチェットはその報告に満足したが、それでも彼の性格上、こう言うのを忘れなかった。


「そうか。しかし、目を離すんじゃないぞ」


「分かりました」


 クワトロ内務令はうやうやしくお辞儀をして部屋を出て行った。


「……念のため、叔母上の考えも聞いてみるか」


 そうつぶやくと、マチェットは立ち上がり、


「レイピア大宰相を呼び出してくれ」


 側にいるマリアとマリオの姉弟きょうだいに命令する。姉であるマリアがうなずくと、マリオがすぐさま部屋を出て行った。


 待つことしばし、大宰相として臣下を統率するレイピア・イクサガスキーがマリオとともに息を切らしてマチェットの部屋にやって来た。


「ああ、叔母上。すみません、忙しいあなたを急に呼び出しまして。どうぞおかけください。マリア、何か大宰相に飲み物を」


 マチェットは皇帝とはいえ、呼び出した相手は先帝の妹、自身の叔母だ。そう言ったこともあり、マチェットはレイピアを心の底から頼りにし、大切に扱ってもいた。


「急にどんな御用事でしょう、陛下?」


 レイピアの方も、兄が可愛がっていたマチェットのことを愛し、その才能に期待もしていたので、一族で最年長である彼女ではあったが、マチェットを皇帝として立てるよう心を配っている。


「他でもありません、『組織ウニタルム』のことです」


 マチェットが言うと、レイピアは不思議そうに首を傾げて訊き返す。


「フェンという少女が言ってきた領土割譲の件なら、先日片が付いたではありませんか? その後何か問題でも?」


「いえ、内務令の報告では、フェンはジークハイン村に人を遣わしているようです。その他の動きは見えませんが、それまでの彼女のしつこさから考えるとやけに物分かりがいいなと思いまして。宰相府には何か報告が入っていませんか?」


 マチェットの表情には深刻さはなかったが、レイピアはこんな時のマチェットの勘は不思議なほどよく当たる実例を何度も見てきたため、真剣な表情で答えた。


「今のところ、宰相府には何の情報も入っておりません。しかし、『組織』を警戒するに越したことはありません。参事官のウソツキーに命じて情報を集めさせましょう」



 レイピアは宰相府に戻ると、参事官であるタブン・ウソツキーを呼び出した。


「大宰相様、今度はどんな御用事でしょうか?」


 レイピアの召しを受け、参事官室で資料を作っていたウソツキーが倉皇として顔を出す。


「ウソツキー、先般我が帝国と『組織』との間で協約が締結されたことは耳にしているでしょう?」


 レイピアが訊くと、ウソツキーは狸のような顔を緩めてうなずく。


「はい、一時はどうなることかと思いましたが、内務令様の手腕には感服しているところです。褒賞金も思ったより安く上がったようで、財務の方も喜んでいたようです」


 レイピアは、彼の狐のように細い目に狡そうな光が浮かぶのを見てみぬふりして、


「クワトロ殿は万事に抜かりがない人物、その手腕を存分に発揮してくれたのでしょう。そなたも、その手腕を発揮してくれることを期待していますよ?」


 そう、意味ありげに笑いながら言う。


 ウソツキーは、空とぼけた口調で、


「はて、私はいつも陛下と殿下のためにできる限りの力を尽くしているつもりですが。

 それで、今度はどのような任務を仰せ付けになられるのでしょうか?」


 そう満面の笑みで聞く。


 レイピアもまた、満面の笑みを浮かべ、


「陛下は、ジークハイン村の租借権を『組織』にお与えになりました。しかし元々我が国の領土の半分を要求していたフェン・レイという人物が、わずか一郡の租借で満足しているとは思えません。


 そこで、ジークハイン村に行き、密かに『組織』の動向を探って来てほしいのです。今度はヒーロイ大陸にいる騎士団との連絡ほど手間はかからないと思うので、フェン・レイの所在やジークハイン村に入った部下が何を考えているかを悉皆調査しなさい」


 そう、表情とは裏腹に、ややきつめの口調で命令する。


「分かりました。前回のご下命と違い、今度は交通手段や連絡手段が無いというわけではございませんから、すぐに調査にかかります」


 ウソツキーはレイピアの感情を正確に読み取ったはずだが、鉄面皮にも言い訳がましいことを言いながらお辞儀をして部屋を出て行った。


「……やはり、あの男をいつまでも参事官にしておくわけにはいかないようですね」


 ウソツキーが出て行った後、レイピアはやや後ろに顔を向けてはっきりとした声で言う。すると、その声に応えるように、黒髪に漆黒の瞳を持った男が衝立の陰から出てくる。


「ユウノー、あなたにも出てもらわねばならないようです」


 レイピアの言葉に、ユウノーと呼ばれた男はうやうやしく頭を下げ、


「かしこまりました。もし、ウソツキー殿に越軌の行動や命令違反がございましたら、いかがいたしましょう?」


 そう訊く。レイピアは眉一つ動かさずに答えた。


「捕縛せよ。抵抗した場合はそなたの判断で処断してよい」


「承知致しました」


 そう答えた時には、ユウノーの姿は消えていた。



 その頃、ウソツキーは自分の執務室に戻って旅支度を始めていた。


「今度はレイピア大宰相からどんな用務を言いつかったんです?」


 執務室にある来客用の長椅子に座っていた執事然とした男が、戻ってきたウソツキーに訊く。黒髪に黒い瞳を持った、静かな雰囲気の男だった。


「……相も変わらず人使いが荒いオバサンだ。そして猜疑心も強い。あれじゃどれだけ美人でも結婚できなかったのもうなずける」


 ウソツキーが乱暴な口調で言うと、男は薄く笑ってつぶやいた。


「なるほど、ジークハイン村に行って、ヴォルフ3号とセレーネ殿の行動を見張れと、そう言われたようですね?」


「ヴォルフガング・フォン・ヘーゼルブルク殿、どうしてそれを!? いつものことだがそなたの炯眼には恐れ入る。それで、私はどうすればいい?」


 驚きで目を丸くして訊くウソツキーに、ヴォルフガングという執事は笑って答えた。


「いつもどおり、屋敷でゆっくりしておいていただきましょうか。その間に私どもがいいように計らいますから」


「おお、それはいつもいつも済まないな。そなたたちにばかり仕事を押し付けて、私は楽ばかりさせてもらっている」


 相好を崩して言うウソツキーに、ヴォルフは唇を歪めて笑うと、


「なんの、私どもこそ、あなたの皇帝や大宰相に関する情報で助けられていますからね。このくらいのことは朝飯前というものです。それでは、私は帰らせていただきます。後刻、お屋敷にお伺いいたしますよ」


 そう言って席を立つ。


 ヴォルフが出て行った後、ウソツキーはまとめた荷物を持って、


「さて、これから2週間くらいは所領に引きこもりか。骨休めのつもりでのんびりさせてもらおうかな」


 そう言いながら、彼もまた『旅に出る』ために執務室のドアに錠をおろした。


 一方でヴォルフの方は、ウソツキーの部屋を辞した後、すぐにフェンが待つ古城へと帰って、ウソツキーが大宰相レイピアから言いつかった任務について報告していた。


「ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルクのオリジナル、ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク8号が言っていたことをどう思う?」


 クッションの利いた長椅子にゆったりと腰掛けているフェンが訊くと、紅茶の入ったポットをトレーに片手に捧げた男性が、フェンの目の前に置かれたティーカップに紅茶を注ぎながら答える。


「おそらく、大宰相レイピア殿は私たち『組織ウニタルム』のことを警戒しているのでしょう。あれだけ強硬に領土の割譲を主張していたお嬢鎌が、たった一地域の租借と8億ゴールド程度の褒賞金で満足するはずがないと思っているのでしょうね」


「あら、その観測はなかなか鋭いわ。ジークハイン村とその一帯を領地とするならともかく、ただの租借でしょう? 確かにヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク15号と16号を遣わした調査では、付近の山脈に銀鉱脈があったけれど、その採掘権はマジツエー帝国との按分……これじゃ、せっかくの開発も無駄になっちゃうわ」


 フェンがチョコレートをつまみながら言うと、ヴォルフガング・ガイウス……


「ああ、私のことはヴォルフでいい。何度も言うようだがわざわざフルネームを全部呼ぶような真似をしなくてもいい。読者にとっても冗長だろう」


 ヴォルフはそう、ナレーターにダメ出しをすると、穏やかな顔でフェンに問いかける。


「では、お嬢様はプランBを発動されるおつもりですか?」


 フェンはその問いに少しだけ考えを巡らせているようだったが、やがて右手を伸ばして長机の上にある銀の鈴を鳴らした。


 チリリン……


 涼やかな音色が終わらぬうちに、開け放たれたドアの向こうから、一群の男性たちがわらわらと部屋の中に入って来た。みんな黒い髪と黒い瞳を持ち、黒いタキシードという執事の身なりをしている。全員がヴォルフにそっくりだった。


「お呼びでしょうか、お嬢鎌?」


「何なりとお申し付けを、お嬢様」


 執事たちは口々にそう言ってフェンにお辞儀をする。フェンはそんな様子を長椅子にふんぞり返って心地良さそうに眺めていたが、執事たちの言葉が途切れた時、薄く笑いを浮かべて言った。


「ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク22号から26号、あなたたちにちょっと頼みたいことがあるの。他のみんなはいつもの仕事に戻ってかまわないわ。必要があれば呼び出すから、その時ワタクシの役に立ってちょうだい」


 すると、22号から26号までの5人を除く執事たちは、恭しくお辞儀をして部屋を出て行った。


「私たちは、何をすればよいのでしょうか?」


 5人を代表して22号が訊くと、フェンは紅茶を一口すすり、おもむろに足を組み替えて言った。


「マチェットの坊やはワタクシのことを信用していないらしいわ。大宰相に命じてワタクシたちへの監視を強めるつもりよ。


 相手がワタクシのことを信用していないのなら、ワタクシだって相手のことを斟酌してあげる理由はない、そうでしょう?」


「この世でもっとも高貴で気高いお嬢様を信じないとは、マチェットは何と罪深き男でしょう。お嬢様のお怒りはごもっともです」


「相手がお嬢様のことを信頼をしていないと宣言したようなものですから、お嬢様も相手の信頼を期待する必要がなくなったということでございます」


 ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク22号たちは、フェンの言葉を聞いて等しく怒りを口にする。


 それをいちいちうなずきながら聞いていたフェンは、


「今、ワタクシはジークハイン村にセレーネ・マリア・フォン・ルーデンドルフ・インゲボルク・ヨハンナ・フォン・ヘルヴェティカとヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク3号を遣わして、村長にワタクシの施政方針を伝えているわ。


 ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク22号、あなたは『暗黒領域』との境を守る東の関門に向かい、守備隊に『暗黒領域』を探査に出かけた冒険団の救出命令が出たと嘘の命令を伝えて守備隊を出撃させ、東の関門を占拠しなさい。火の精霊フォイエルクロウたち5百羽を預けるわ」


 まず22号にそう命令し、続けて執事たちの顔を見ながら次々と命令を下していく。


「23号は東の関門に近いジークハウンドの町を占拠し、付近のトリエッティ村まで含んだ陣地を造りなさい。ただし、目立つような構築をしてはダメよ? あなたにもフォイエルクロウを5百羽預けるわ」


「24号はエルメスハイルの町を確保して、ジークハイン村とジークハウンド町との連絡路を確保するのよ。同じくフォイエルクロウ5百羽を預けるわ」


「25号はジークハイン村にいるヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク3号やセレーネ・マリア・フォン・ルーデンドルフ・インゲボルク・ヨハンナ・フォン・ヘルヴェティカにワタクシの命令を伝えなさい。

 その後はセレーネ・マリア・フォン・ルーデンドルフ・インゲボルク・ヨハンナ・フォン・ヘルヴェティカの指揮下でヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク3号と共に彼女を助けるのよ。あなたにはフォイエルクロウ1千5百羽を預けるわ」


 そう言いつつ、懐から一通の手紙を取り出して25号に手渡す。25号はたしなみよく、手紙の封緘を確認すると、中身には一切興味がない風に自分の内ポケットにしまい込む。


「26号はシャーングリラに使いをし、マチェットの坊やにジークハウンド町を含むオストジーク郡の永久租借を宣言してちょうだい。租借料は3億ゴールドを一括で支払うってね。あなたにはフォイエルクロウ1千羽を預けるから、必要だったらマジツエー帝国軍と一戦交えても構わないわ」


 フェンは5人の執事たちに命令を下し終わると、さっきから様子を黙ってみていたヴォルフに向かって訊いた。


「ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルクのオリジナル、ワタクシのすることに疎漏はあるかしら?」


 ヴォルフは一つため息をつくと、


「お嬢様、エレクラ様は『組織』との協力を明確に禁止されています。せっかくエレクラ様に目を付けられないよう、なるべく穏便にことを済ませてきた私やディー・ゴーフレット殿の努力を無駄になさいますか?」


 そう詰問するような口調で訊き返す。


 しかしフェンも負けてはいない。


「エレクラ様の御命令とこのことは別物よ! お互いを信じて協定を結んだはずなのに、ワタクシを一方的に監視しようとする方が悪いのよ。だったら、ワタクシはワタクシの信じる道を行くわ」


 そう一気に言うと、ヴォルフが何か言うより早く、執事たちに向かって言った。


「さあ、ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク22号から26号、ワタクシの命令を遂行しなさい!」


   ★ ★ ★ ★ ★


 マジツエー帝国でホッカノ大陸を揺るがす戦乱が起きようとしていた頃、1千5百マイル西側のアロハ群島でも、良からぬことを起こそうとしている一団がいた。


 ビリー・ボーンズやジョン・マンズロー、ジョン・ゴールドの海賊団がオウフ島東側の停泊海域に自身の船を泊めていたが、彼らは獲物たるオー・ド・ヴィー・ド・ヴァンがオウフ島総督ホート・シゲーン上将主催の歓迎レセプションに参加するところを拉致しようと、ライスハーバーのすぐ東の港町まで移動してきた。


「マンズロー、ド・ヴァンの泊まっている施設は判ったか?」


 いかにも『海賊』といった風情のジョン・ゴールドは、偵察を引き受けていた後輩の海賊、ジョン・マンズローを自分の船である『トゲアリトゲナシトゲトゲ』号に呼んで訊いた。


「判りましたけど、さすが大きなとこの坊ちゃんですね。自分とこのリゾート施設のホテルに泊まってやがるんで、宿泊中を襲うなんてこた出来ませんぜ」


 マンズローがうらやましそうに言うと、ゴールドはふんと鼻で笑って、


「そりゃあそうだろうよ。エクリプス商会と言ったら両大陸でも指折りの大きな商店だ。はなっから宿舎を狙うなんてことは考えていねえ。ただ、標的の坊ちゃんがどの道を使って総督府に向かうかが知りたかっただけだ」


 そう言うと、アイパッチを外して目をしばたたかせ、


「マンズロー、標的がライスハーバーの町中に宿を取っていないのは僥倖だぜ? 街中で大騒ぎしたら、すぐに総督府の奴らが飛んでくるからな。だから坊ちゃんを襲うのはリゾート施設の敷地内だ。幸い、あの施設は周囲を柵や生垣なんかで囲っちゃいねえ」


 そう話すと、再びアイパッチをはめる。


「なるほど、そんならすぐに襲撃にばっちりの所を見繕って来まさあ」


 マンズローはそう言うと、身軽に『トゲアリトゲナシトゲトゲ』号から下船して行った。


「船長、標的はヒーロイ大陸でも名の知れた騎士団の団長ですぜ? それに情報では団員を5百人から連れていて、お抱えの艦隊司令官はあのホレイショ・ホルスタインってこってす。分が悪いんじゃねえですかい?」


 頭に赤い布を巻いた、秀麗な顔をした男がゴールドに訊く。ゴールドはその男に顔を向け、豪快に笑って答えた。


「アッハッハッハ、ガウス、おめえの悪い癖だぜ。こうと決めたら後はやるだけだ、失敗を恐れちゃいけねえ。もちろん、不安なことがあれば対策を考えておくのは大切だが、おめえだって考えに考えてるんだろう?」


「……それはそうですが、俺たち百人足らずの人数でオー・ド・ヴィー・ド・ヴァンほどの人物をやすやすと拉致できるとは、どう考えても無謀としか思えませんぜ」


 自信なさそうに言うガウスに、ゴールドは目を据えて、


「ガウス、おめえが言うことだから聞き逃してやるが、そういうことはあまり大きな声で言うんじゃねえ。大丈夫だ、心配しなくてもマンズローからの警告があれば船に戻ってトンズラするだけだ。シロッコの親父さんみたいに、飛んで火にいる何とやらにゃなりたくねえからな」


 そう言うとニッと笑った。


 その頃、自分の船である『スベスベマンジュウガニ』号に戻ったマンズローは、手下たちを甲板に呼び集めて、


「みんな知ってのとおり、俺たちはド・ヴァンの若造を誘拐する。ド・ヴァンはいいとこの坊ちゃんだから、たんと身代金が手に入るはずだ。


 俺たちはゴールドの旦那が罠にかからぬよう、周囲の偵察と見張りをやるぜ。相手は若造とはいえ騎士団長でもあり、総督がわざわざ賓客扱いするような人物だ。気を張って頑張るんだ!」


 そう手下たちに檄を飛ばす。手下たちはみな、ギラギラした目でマンズローを見ていた。


「それじゃ、各班長は打ち合わせたとおりに動いてくれ。かかれっ!」


 マンズローの号令で、海賊たちは腰に刀と短剣をぶら下げて、次々と『スベスベマンジュウガニ』号から降りて行き、ライスハーバーの町目指して消えて行った。


「……さて、俺もビリーの旦那に報告に行くかな」


 マンズローは一つため息をつくと、沖に停泊している『コックローチ』号を眺めてつぶやいた。どこか気乗りのしない顔だった。



「親分、マンズローとゴールドの手下たちが動き始めましたぜ」


 『コックローチ』号の船橋で、海図台の上に足を投げ出してラム酒をかっ食らっている大柄でぼさぼさの髪の男に、望遠鏡を覗いていた頭に黄色い布を巻いた若い男が報告する。


 親分と言われた大男は、ぎょろりと大きな目玉を若い男に向けて、


「よし、いよいよ作戦開始だ。フォックス、チャーリーとエコーを呼んでくれ」


 そう言う。フォックスと言われた男が「分かりました」と言いながら船橋の階段を駆け下りるのを見ながら、大男は木の椀の中身をあおった。


「船長、いよいよですかい?」


 フォックスに連れられて、頬に刀傷のある精悍な面構えをした男と、険のある目つきをした海賊には珍しい女性が船橋に上がって来る。


「おう、チャーリー。マンズローとゴールドが動き始めた。総督府の奴らとのお遊びはゴールドたちに任せて、俺たちは予定の行動に移るぞ」


「……仲間を大事にすることがウリのビリー・ボーンズの旦那が、仲間を裏切って大金をせしめるってのはいかがかなって思っちゃいますが?」


 ビリーの言葉を遮るように、女がそう言ってチャーリーを睨む。


「チャーリー、どうせあんたの入れ知恵でしょ? あたしたちの仕事(しょうばい)は仲間からの信用が大事なのよ? シロッコの大親分が亡くなった今、海賊団の首領に最も近いって噂されている親分の信用を落として、あんた何がしたいの?」


「おいおい、エコー。詰まらない言いがかりは止してくれよ? この話はお前も知ってのとおり、どこの誰かは知らねえがご親切な方からのタレコミから始まったんじゃねえか。

 それをおいらのせいにされちゃ堪んねえな」


 チャーリーが苦笑しつつ言うと、ビリーも大きな目でエコーを見て、


「エコー、チャーリーが俺に何か吹き込んだって思っているのなら、それはお前の勘違いだ。俺はゴールドやマンズローの所にも送られて来たこの手紙を信用しちゃいねえ。どうせシロッコの親分をやっつけた勢いに乗って、この際俺たち海賊を一網打尽にしようって総督府の連中が仕掛けた罠だろうからな」


 そう言いながら、海図台の上にあるラム酒のビンを取り上げ、ラッパ飲みして続ける。


「……っぷあ! やっぱラムはこうして飲むに限るぜ。

 それでな、俺はゴルフやオスカーに命じて総督府の周辺を探らせていたんだ。すると、総督府のある人物がオスカーに接触してきやがった。

 それで、俺はそのお人と協定を結んだんだよ」


「協定?」


 目を細めて訊くエコーに、ビリーは得意げに話す。


「ああ、総督府は海賊を減らしたい。しかしあんまり手間はかけたくない。そんな時、ド・ヴァンの坊ちゃんがホッカノ大陸に渡航を企てているって噂が入る。


 総督としては、ド・ヴァンのマジツエー帝国行きも阻止したい。それで、今回の作戦を思いついたって訳さ。海賊を減らし、坊ちゃんの渡航も阻止する名案を思い付いたってことだな。ま、恐らくは知恵者のホート・シゲーンが考えたんだろうが」


「それで? あたしたちはどんな役回りなんですか?」


 エコーが訊くと、ビリーは酒臭い息を吐きながら答えた。


「ド・ヴァンをある場所に監禁する。それだけのことさ」


   ★ ★ ★ ★ ★


 アロハ群島は五つの大きな島を中心とした風光明媚な島々である。この島々に人間が住み始めたのはかなり昔に遡る。ニイハオ島に7千年前の『木々の精霊王』の神殿の遺跡があるのがその証拠の一つだ。


「それだけに、この島々にどんな歴史があったのかを探ることは、この先のボクらの旅に何らかのヒントを与えてくれるのではないかと考えている。


 総督府の歓迎レセプションが終わったら、キャロット様の神殿跡を調査してはどうだろう? きっと『暗黒領域』でアルケー・クロウに会った時、役に立つのではないかと思うのだが」


 いつものように高級ホテルの最上階に陣取ったド・ヴァンさんは、僕にそう言ってシェリーたちの顔を見る。シェリーはムスッとした表情のまま黙っている。彼女としては、また僕が何千年といった昔に飛ばされることを一番心配しているのだろう。


「シェリー、君が僕のことを心配してくれているのは解る。でも、僕はエレクラ様や『摂理の調律者(プロノイア)』様が木々の精霊王位を廃止されたことがどうしても気になるんだ。前回の件はエレクラ様の意向があったから起こったことだし、みんなの側から離れないようにするから、ド・ヴァンさんたちと一緒にニイハオ島に行かせてくれないか?」


 僕が真剣な顔で言うと、シェリーは顔を赤くして少しそむけ、


「も、もう。ジンったらやり方がずるいよ。じゃ、調査はワインに任せて、アタシの側から離れないって約束してくれたら、ニイハオ島に行ってもいいわ」


 そう、仕方なさそうに言った。


 ワインはラムさんやウォーラさんと顔を見合わせて苦笑すると、


「まあ、ジンしか感じ取れないこともあるから、キミが来てくれないとお話にならないんだが。

 でも、遺跡そのものに限って言えば、ボクやド・ヴァン君で十分な調査ができると確信しているよ。そうだろう、ド・ヴァン君?」


 そう、ド・ヴァンさんに声をかける。


 ド・ヴァンさんも横にいるマディラさんをちらりと見て、機嫌よくうなずいた。


「ワインの期待に応えられるものと確信しているよ。ボクの騎士団にはマディラをはじめとした頭脳派の団員も多いし、ブルーにもいろいろ手配をしてもらっているからね。


 じゃあ、ボクたちの用事が済んだら、すぐにニイハオ島に渡ろうじゃないか。君が雇った『運び屋』たちには、船の用意が出来たらニイハオ島に来るよう、ボクからウォッカを通じて話を付けておこう」


「団長、テキーラがライハナ島から戻りました。報告事項があると言っていますが」


 ドアの向こうから女性の声がする。マディラさんの中性的な声と違って、柔らかくて落ち着いた声だった。ソルティさんに違いない。


 僕がそう思っていると、ド・ヴァンさんは僕の顔を見てからドアの外に声を返す。


「ソルティかい? テキーラに紅茶を出して労ってやってくれ。ボクもすぐにそちらの部屋に行こう」


 そう言ったド・ヴァンさんは済まなさそうに、


「ちょっとこちらの用事で席を外させてもらうよ? この後のことはマディラと話を進めておいてくれないか? 団長くん、少しの間失礼するよ」


 ボクとワインにそう言うと、サッと立ち上がってドアの向こうに消えた。



 ド・ヴァンが、ジンたちと話をしていた広間から私室に近い応接間に入ると、そこには身長190センチ近い長身で黒いフード付きのマントを羽織った男が、長椅子に腰かけて彼を待っていた。


「やあ、テキーラ。使いと視察はご苦労だったね。メアリー・ツィツィはどうだった? 元気にしていただろうか?」


 ド・ヴァンはそう言いながらテキーラの斜め前に腰を下ろす。一緒について来たソルティはド・ヴァンの後ろに佇立した。


 テキーラはペストマスクの下で笑ったのだろう、くぐもった声が漏れたが、すぐに笑いを消して答える。


「なかなか面白そうな女性だった。以前はかなりヤバいことにも手を染めていた人物だと見たが、生まれはいいようだな?」


 ド・ヴァンは薄く笑うと小さくうなずき、


「君の見立ては正確だ。彼女はある豪商の娘だったが、身を持ち崩してね? ボクを詐欺ろうとして失敗し、今はボクのために働いてくれている。気難しいところはあるが根は素直で真面目な女性だ」


 そう言うと、テキーラの仮面を真っ直ぐ見て訊いた。


「君のことだ、ライハナ島のトオクニアール王国海軍基地の様子でも調べて来てくれたんだろう? ふねの動きはどうだった?」


 テキーラは肩をすくめて、


「フン、メアリーの話や軍港近くに住んでいる者たちの話を総合すると、戦列艦の数はそうでもなかったが、通報艦が増えているらしい。


 念のため私もライハナ島の艦隊泊地を見て来たが、確かに即出撃可能な状態の通報艦が数十ほど停泊していた。私たちがトオクニアール王国の領海を出ないよう、圧力をかける気であることは確かだ」


 そう答える。


 ド・ヴァンはソルティを振り返ると、


「聞いたかいソルティ。ホート総督は『魔王の降臨』よりもトオクニアール王国の決まりの方が大切らしい。彼もジューゴ・リヤーン上将と並ぶ王国の逸材の一人のはずだが」


 呆れた口調で言う。


「物資は5日後……私がメアリーと話をした時点からなので、現在は4日後に、メケメケの港にある彼女の倉庫に届く。それまで、総督府が何もしなければいいがな」


 テキーラの復命に、ド・ヴァンは心底面白そうな顔をして言う。


「何もしないどころか、すでに海賊たちをけしかけて何かを企んでいるようだ。ボクを誘拐するという噂も入ったので、目下そのことについて調査中だ」


 ド・ヴァンは騎士団『ドラゴン・シン』の団長、『エクリプス商会』の代表、8百万ゴールドの所領を持つ領主という肩書の他に、一級の魔剣士という実力を持っている。そんな彼のことを、海賊風情が何をしようというのだ?


 そう考えたテキーラは、仮面の下で思わず失笑する。


 テキーラの笑いに気付いたド・ヴァンは、同じく失笑しながらも言った。


「確かに、笑ってしまう話なのだが、この計画に総督府も一枚かんでいるとしたら、物事はそんなに簡単じゃない。計画そのものは至ってシンプルで、ボク自身捕まってもすぐには殺されることはないと思っているが、なぜボクをマジツエー帝国に行かせたくないか、そこが判らないから少々困惑しているんだ」


「確かに。団長は大きな影響力を持っているが、総督から見ればただの一般人に過ぎない。『ドラゴン・シン』が5百名の団員を誇ると言っても、正規の軍隊が本気になって掛かって来たら抗いようがない。本当に何を気にしているのだろうな?」


 真剣な声で言うテキーラに、ソルティが


「ひょっとしたら『組織ウニタルム』の差し金じゃないですか?」


 そう言うと、即座にド・ヴァンが否定する。


「いや、どこの国でも『組織』寄りの思想を持つ臣下は国主の側近や重臣から外されている。団長くんの事件とエレクラ様の公開詰問状の件で、最も『組織』寄りの国主であるアルクニー公ですら、表立った行動は控えている。それはトオクニアール王国のマペット陛下も同様だし、そもそも陛下は最初から『組織』に対しては中立的なお方だった」


 そう言った後、ド・ヴァンは困ったような笑いとともに言った。


「ここで今、総督の胸の内をあれこれ想像しても始まらない。歓迎レセプションで直接、総督の考えを聞いてみることにしよう」



 その頃、総督府ではド・ヴァンの歓迎レセプションを明日に控え、最終チェックが行われていた。


 総督であるホート・シゲーン上将は、本国にいるジューゴ・リヤーン上将とともに、国王ロネット・マペットの懐刀として有名な人物で、戦略に優れた男である。


 一般的に、本国から遠く離れた領地の監督など、事務方から見れば出世街道を外された官吏か先が短い定年間際の官吏が任されるものという認識がある。


 実際に総督府でも、自分たちの職場のことを『島流し』と自虐してやる気をなくしているものもいれば、『静養所』と言って島の風物を楽しみつつ、仕事は適当にしている者が多かった。


 その雰囲気は、総督であるホート自身が無類の酒好きであり、勤務中であっても酒の匂いをぷんぷんさせていることで助長されている節がある。


 しかし、ホート自身はサボろうなどといった考えは全くなく、仕事の能率を上げるために酒を飲んでいるに過ぎなかった。マジツエー帝国との小競り合いが頻発するアロハ群島だからこそ、彼が選ばれて赴任している……ホートは自分に向けられた国王やジューゴの期待をよく理解していたのである。


「ド・ヴァン殿は若いとはいえ、様々な功績を残してきた一級の騎士だ。饗応には失礼のないようにしろ」


 ホートは自ら会場の飾りつけや料理の献立、レセプション出席者の人選など、全般に目を配っていた。彼が、これほどド・ヴァンに対して気を遣っていたのは、ド・ヴァン自身の経歴はもちろんであるが、


「ド・ヴァン殿は『伝説の英雄』との噂が高いジン・ライム殿と、固い友情で結ばれているようだ。ジン殿との橋渡しをしてもらいたいのだ」


 という願望があるからだった。


 『魔王の降臨』については、両大陸に住む三十路前後の人以上であれば、何度か経験している。しかし、


「もし、近々『魔王の降臨』があるとすれば、それは『摂理の黄昏』を伴ったものになる可能性が高いという。


 『賢者会議』でもそのことについて総力を挙げて研究を進めているようだが、『摂理の黄昏』がどういったもので、何を引き金として起こるものなのかは、現状まったくわからない状況だ。


 『賢者会議』が分からないからと言って、国として何の対策もしないでいいというものでもない。どんな些細なことでもいいから、今は情報を収集しなければならないのだ」


 それが、昨年末あたりからのホートの口癖だった。


 準備状況に満足したホートは、総督執務室に戻ると、信頼する部下二人を呼び出した。


「総督、何のご用事でしょうか?」


 そう言いながら、一組の男女が部屋に入って来る。二人とも、海のような色の髪と瞳を持つ水の精霊(アクアロイド)だった。


「ラントマン首席書記官、君は特別書記官として本土から送られてきたテイク・ラダーのことをどう思う?」


 ホート総督が意味ありげに訊くと、ラントマンと言われたアクアロイドの男性は深い海の色をした瞳に侮蔑の色を浮かべて答えた。


「やる気をなくしているようですね。陛下からかなりきつくお叱りを受けたようですし、アロハ群島勤務のことを島流しと思い込んでいるようです。エノーラ、君から見てラダーのことはどう思う?」


 するとエノーラと言われた女性は、あからさまに顔をしかめて、


「酒と女にハマっているようです。総督府の中でも書記官職は各部署との接触が多い所ですが、暇さえあれば他部署の女性職員にちょっかいをかけていると聞いています。

 でもミシェル、これはあなたの要請で内偵している事項だけど、なぜあなたから総督に言わないの?」


 そう言うと、ミシェル・ラントマンは、薄い唇を歪めてホートに向かって、


「いや、一から十まで俺が報告すると、真実味が薄れるからな。

 総督、ラダー特別秘書官は左遷で総督府に飛ばされたと職員全員が知っており、みんなが腫れ物に触るように彼を扱っています。

 しかも総督自らが日中に飲酒をされるものだから、ラダーの飲酒に対して誰も文句を言えない状況です。この点は、せめてラダーがいなくなるまでの間くらい、お考えいただきたいと思いますが?」


 そう、笑っているのか怒っているのか分からない顔で言う。


 さすが切れ者で通っているホート総督も、この報告は意外だったらしい。珍しく慌てた様子で目をしばたたかせていたが、すぐに笑顔になり、


「これはミシェルに一本取られたな。その点は私も慎もう。それで、君たちに頼みたいことというのはな……」


 ホートはそこまで言うと、目顔で二人にもっと近寄れと合図をする。二人はホートの意を悟って数歩前に出て耳を澄ました。



 次の日、僕たち『騎士団』は、歓迎レセプションに向かうド・ヴァンさんたちを宿の玄関で見送った。レセプションは夜の部はないそうなので、9点(この世界で16時)には宿に戻って来るらしい。


 その後、ニイハオ島での調査項目などを話し合う予定だったので、僕たちはド・ヴァンさんの好意にもう一晩だけ甘えさせてもらうことにしていた。


「では、団長くん。また君たちと謎解きができることを楽しみにしているよ」


 ド・ヴァンさんはそう言って、5百人からの団員を引き連れて威風堂々とライスハーバーの町に出かけて行った。


「……ジンもあんな風に、何百人もの団員を率いるようになるんだろうなあ」


 僕の左隣でド・ヴァンさんを見送っていたシェリーが言うと、右隣にいるラムさんが、


「さらに、団長には我々『右鳳軍団』とオーガのスピリタス殿が率いる『左龍軍団』。それにガン・スミスや酔いどれスコッチがいる『遊撃軍団』が付き従うことになります。威風はド・ヴァン殿を超えるでしょうね。そんなジン様を見るのが楽しみです」


 熱っぽい目で僕を見ながら言う。まずい、シェリーが機嫌を損ねるかもしれない。


 僕はとっさにそう思ったので、ラムさんに微笑みかけるとともに、シェリーを振り向いて言った。


「もしも僕に『伝説の英雄』の運命が与えられているのなら、その運命には従わざるを得ないけれど、そうなった時はシェリーが心配だ。僕と共にアルケー・クロウや魔王と戦ってくれるかい?」


 するとシェリーは、左目にアイパッチを当てた可愛らしい顔をパッと輝かせ、


「もちろんよ! だってアタシはそのためにジンとここまで旅をしてきたんだもの。ジンが行くところなら、アタシは地獄の果てだって一緒に行くよ」


 そう大きな声で言う。上気したその顔には、幸せそうな笑みが浮かんでいた。


「シェ、シェリーお姉さまがそう言われるなら、あたしもついて行く!」


「私たち自律的魔人形(エランドール)は、いついかなる時でもご主人様とともにあります。もちろん、私もご主人様を最後まで見守ります」


 チャチャちゃんとウォーラさんが言うと、


「うむ、妹たるウォーラがそのつもりなら、姉である我も出ずばなるまい。団長、このガイアも同行させていただきたい」


 次から次へと決意表明が行われたため、何か言う機会を失ったラムさんに、ワインが笑いながら言った。


「ジンは5千年後の世界で、少しは女性の扱いを学んできたみたいだね? ラムさんにとっては面白くなかったかもしれないが、シェリーちゃんをむくれさせた場合のめんどくささと比較したんだろう。


 確かに、ジンのこととなったらシェリーちゃんは向う見ずで、思い込みが激しすぎる場合があるから、ラムさんの大人の対応に期待した方が正解だと思うよ」


 ワインの言葉を聞いたラムさんは、照れくさそうな顔をして小さな声で言った。


「そ、そんなふうに言ってもらえて感謝する。けれどワイン、君にだから言うが、私だってジン様にご機嫌を取ってもらいたい時はあるんだぞ?」


「ジンに伝えておくよ。『一つ年上の姉さん女房は、金のわらじを履いてでも探せ』って、ある国では昔から言われているよってね?」


 ワインがそう言ってラムさんにウインクすると、彼女は恥ずかしそうにお礼を言った。


「感謝するよワイン。でも、仮にジン様が私以外の誰かを選んだとしても、私はその時は『ユニコーン侯国の獅子戦士シールトゥルク』として、ジン様のために力の限り闘い抜くつもりだ。それは剣に誓う」


 僕たちがそんな話で盛り上がっていた時、後ろの方では賢者スナイプ様が眉をひそめて何かを考えていた。


「? 賢者スナイプ様、どうかされたのですか?」


 ジンジャーさんの言葉に、僕たちは話を止めて一斉にスナイプ様を見る。一心に何かを読み取ろうと虚空を見据えていたスナイプ様は、僕たちの視線に気が付き、腕組みを解いて僕に訊いてきた。


「どうしたのジンくん? 私の顔に何かついているのかしら?」


「いえ、スナイプ様こそどうされたのですか? すごく怖い顔で虚空を見つめていらっしゃったみたいですが」


 僕がそう言うと、スナイプ様は両手で頬をぱんぱんと軽くたたき、


「何でもないわ。周囲の空気に少々違和感を覚えただけよ。その違和感ももう消えているみたいだから、私たちを狙ったものではなかったみたいね」


 そう答える。けれど僕たちはそれが気になった。僕の騎士団以外に狙われる可能性があると言ったら、僕が知る限りこのリゾート施設にはあと一人しかいない。


「それって、じゃあド・ヴァンさんを狙っている奴らがいたってことですか?」


 僕が言うより早く、シェリーがスナイプ様に訊く。さすがは幼馴染だ、考えることが僕にそっくりだった。


 びっくり顔のシェリーに対し、スナイプ様は落ち着いた態度だった。


「そうでしょうね。でも、ド・ヴァン殿に害を与えようという感じでもなかったわ。だから私もどうしたものか迷っていたの」


「……それなら、私が様子を探ってみましょう。皆さんは部屋でお待ちになっていてください」


 ジンジャーさんがそう言って姿を消す。すると今まで黙っていたメロンさんも、僕に強い瞳を向けて言ったのだった。


「わたくしも、ちょっと気になることがあります。皆さんは先にニイハオ島へ行ってください。そこで合流いたしましょう」


(海賊を狩ろう! その4に続く)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

ド・ヴァンと再会したジンたちは、例によって思わぬ事件に巻き込まれそうです。先を取って言えば、この事件が、ジンたちをニイハオ島の神殿遺跡に導くことになります。

そして強引にことを進めようとするフェンはどうなってしまうのでしょうか?

さらに、ギャグを目指した『キャバスラ』はどこを目指しているのでしょうか? 次回もお楽しみに。

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