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キャバリア・スラップスティック  作者: シベリウスP
トオクニアール王国編
80/153

Tournament80 The Pirates hunting:part1(海賊を狩ろう!その1)

みんなの協力を得てマークスマンを倒したジンたち『騎士団』は、マジツエー帝国が所在するホッカノ大陸に向かい出帆する。

そのマジツエー帝国では、領土割譲を要求する『組織』対策に、使者をド・ヴァンの所に派遣することを決定していた。

【主な登場人物紹介】


■ドッカーノ村騎士団

♤ジン・ライム 17歳 ドッカーノ村騎士団の団長。典型的『鈍感系思わせぶり主人公』だったが、旅が彼を成長させている。いろんな人から好かれる『伝説の英雄』候補。


♤ワイン・レッド 17歳 ジンの幼馴染みでエルフ族。結構チャラい。水の槍使いで博学多才、智謀に長ける。お金と女性が大好きな『やるときはやる男』


♡シェリー・シュガー 17歳 ジンの幼馴染みでシルフの短剣使い。弓も使って長距離戦も受け持つ。ジン大好きっ子だが報われない『負けフラグヒロイン』


♡ラム・レーズン 18歳 ユニコーン族の娘で『伝説の英雄』を探す旅の途中、ジンのいる村に来た。魔力も強いし長剣の名手。シェリーのライバルである『正統派ヒロイン』


♡ウォーラ・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造った自律的魔人形エランドール。ジンの魔力マナで再起動し、彼に献身的に仕える『メイドなヒロイン』


♡チャチャ・フォーク 13歳 マーターギ村出身の凄腕狙撃手。村では髪と目の色のせいで疎外されていた。謎の組織から母を殺され、事件に関わったジンの騎士団に入団する。


♡ジンジャー・エイル 20歳 他の騎士団に所属していたが、ある事件でジンにほれ込んで移籍してきた不思議な女性。闇の魔術に優れた『ダークホースヒロイン』


♡ガイア・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造ったエランドールでウォーラの姉。『組織』に使われていたがメロンによって捕らえられ、『騎士団』に入ることとなった。


♡メロン・ソーダ 年齢不詳 元は木々の精霊王だがその地位を剥奪された。『魔族の祖』といわれるアルケー・クロウの関係者で、彼を追っている。


♡エレーナ・ライム(賢者スナイプ)27歳 四方賢者として『賢者会議』の一員だった才媛。ジンの叔母に当たり、四方賢者を辞して『騎士団』に加わった『禁断のヒロイン』


   ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


 酷く熱い夜だった。夜空を見上げても、夏の空は熱い雲に覆われて星ひとつ見えやしない。こんな夜に外を出歩くのは、ましてや人気のない山の中を旅するのは正気の沙汰とは思えない。


 そう、それが勝手知ったるルツェルン地方だったとしても、星明りのない山道を歩くのは常に道迷いや滑落の危険と隣り合わせである。


 けれど、その時の俺には、そうする以外なかった。一刻も早く、大賢人スリング様の命令を遂行しなければならない、そして再び『約束の地』に戻り、今度こそ魔王の心臓を止めねばならない。魔王が実体を取り戻す前に!


「マークスマン殿、『賢者会議』の場所が変わったのか? 俺がホッカノ大陸に渡る前は、王都フィーゲルベルクの郊外にあったと覚えているが?」


 俺が訊くと、マークスマンは銀髪をかき上げて、碧眼を俺に向けてきた。


「スリング様が『約束の地』に出陣されている間、一時的にルツェルン郊外に『賢者会議』の本拠を移しているのです。その方が情報を早く手に入れることができますからね」


「……そうだったのか。それならわざわざエレノアに会いにアルトルツェルンまで行かずともよかったんだ。しかし、ルツェルンでは賢者級の方々の魔力を少しも感じなかったが」


 俺が言うと、マークスマンは困ったように眉を下げて、


「ホッカノ大陸で魔物の姿を見なくなったという報告が届いてひと月。しかしスリング様からの連絡が一向にありません。それに『伝説の英雄』たるそなたや、勇士の軍団からも何の音沙汰もありませんでした。


 我ら『賢者会議』は、四方賢者筆頭のライト様はじめ、全員がスリング様捜索のため両大陸に散っています。今宵、私がそなたに出会えたのも、奇跡に近い出来事なんです。


 他の四方賢者にはすでに、そなたを『賢者会議』に連れて行くことを知らせています。一刻も早く、『魔王の降臨』とスリング様の現状をご説明ください」


 そう釈明する。どことなく非難の色がこもった物言いではあったが、理由があるとはいえ今の今まで『魔王の降臨』について何も知らせることができなかった身としては、恐縮してうなずくしかなかった。


 俺が何も答えないでいると、マークスマンは人の好さそうな笑みを浮かべて、俺をルツェルン郊外にある一軒の古びた家へと案内した。


 俺は部屋の中に通された時、この屋敷に魔力が少しも感じられないことをいぶかしく思ったが、四方賢者たちはまだ戻っておらず、護衛の魔導士や魔戦士たちも同行しているのならと、その違和感を押し殺していた。


 しかし、マークスマンは俺に長椅子を勧めると、


「ちょっと用事を先に済ませてきます。筆頭賢者ライト様たちも、おっつけ帰って来られるでしょうから、それまでゆっくりとしていてください」


 そう言って部屋を出て行った。


 それからどのくらいの時間が経っただろう? 少なくとも30分や1時間といった時間ではなかったことは確かだ。俺は四方賢者が誰も帰って来ず、マークスマンも戻ってこないことに苛立ちと不信感を覚えていた。


 いい加減、待ちくたびれた俺が、マークスマンを探そうと長椅子から立ち上がったとき、そのマークスマンがやっと戻って来た。何だか深刻な表情をしている。


「……マークスマン殿、賢者ライト様はじめ他の四方賢者の皆さんは、いつここに戻られるんだ? 誰も転移魔法陣を使えないってわけじゃないんだろう?」


 俺が訊くと、マークスマンは口をへの字に曲げ、


「……そのことですが、私が『伝説の英雄殿が大事な報告を持って戻って参りました。四方賢者全員に大賢人様からの指令を預かっているとのことです。至急お戻りください』と連絡したところ、『伝説の英雄には『魔王の降臨』を終息させたことにして、故郷に帰らせろ」というご指示でして……』


 歯切れが悪い口調でそう言った。


 俺はびっくりして、思わず大声が出た。


「どういうことだ!?『魔王の降臨』は終わっていない。大賢人様の働きで封印されているだけだ。エウルア……スリング様を見殺しにしろというのか!? マークスマン殿、俺があなたに話したことをちゃんと伝えたのか?」


 マークスマンは困り顔で、


「魔王の心臓を止めるにはあなたと大賢人様の魔力ではやや力不足なので、我々四方賢者も戦闘に参加せよとのご指示でしたね? ちゃんと賢者ライト様にはお伝えしましたが、


『四方賢者全員が一時的にも『暗黒領域』に入れば、両大陸に住む人々に不安を与えかねない。せっかく魔物を『暗黒領域』へ閉じ込めて、人々の暮らしも元どおりになりかけているのだ。『暗黒領域』には私と賢者エール、見習いの賢者マズルとキルで向かい、大賢人様をお助けするから、『伝説の英雄』には『魔王の降臨』は終息したことにして故郷へ帰らせろ』


 とおっしゃいまして。私も大事な報告ですから直接バーボン殿の話を聞いてから判断されてはと反対したのですが、お聞き入れになりませんでした。


 考えてみれば人々の暮らしをこれ以上乱したくないというお考えにも一理ありますし、あなたが持って来られた大賢人様のご指示には、筆頭賢者たるライト様が責任もって対応されると言われるのですから、それに従った方がいいのでは?」


 そう説明してきた。


「俺はスリング様に、四方賢者の皆さんと共に必ず戻って来ると約束したんだ。それにスピリタスやシール、スコッチたちも待っている。いかに筆頭賢者様の御指示でも、それは受け入れられないな」


 俺が厳しい顔でマークスマンを見つめて言うと、彼はさらに困った様子で、汗を拭きながら言った。


「あなたの実力はスリング様も認めていらしたのです。現に魔物は『暗黒領域』へと駆逐され、人々は安心して暮らせるようになっています。


 わずか数か月前には誰も想像すらできなかったことを、あなたや『勇士の軍団』の皆さんはやってのけたのです。それほどの功績を台無しにしたくないでしょう?


 どうかライト様の指示に従っていただけませんか? でないとスリング様の妹さんにも迷惑や災難が降りかかりますよ?」


「それは脅しか? エレノアやエレーナには何も関係ないぞ?」


 俺が凄むと、マークスマンはずるそうな顔を向けて答えた。


「脅しのつもりはさらさらございませんよ? ただ、あなたが帰って来られたことはエレノア様もご存知です。そしてその理由も。私は『賢者会議』の総意として、人々に余計な不安を与えないためにも、あなたの関係者には事実を黙っていていただきたい、そう申しているだけです。もちろん、受け入れていただけますね?」


 急にふてぶてしい態度を取るマークスマンを見て、


(これはコイツの一存で言っているわけでもなさそうだ。とすると、『賢者会議』の提案を飲まねば、最悪『追討命令』の対象ってわけか。


 すまん、エウルア。少し君との合流が遅れることになりそうだが、俺は必ず君の所へ戻る。賢者ライトが加勢に行くそうだから、それでしばらく持ち堪えてくれ)


 俺は現状をそう認識した。思えばその時、マークスマンと戦ってでも賢者ライトの所に向かっていれば、俺やエウルアは20年もの間苦労をしないで済んだのかもしれない。その代わり、ジンがこの世に生まれなかったかもしれないが……。



 ……僕は夢を見ていた。その夢の中で、僕は懐かしいかあさまが、銀の髪に翠の瞳をした男性に必死な顔で頼んでいるのを見ていた。


『バーボン、今さら10年前のマークスマンの行動を告発しても、エウルア姉様のご苦労が減るわけではないわ。相手は大賢人になっているのよ? ジンもいることだし、考え直してくれない?』


(バーボン?……ああ、そうか。この人が僕の父上か。確かに僕に似ているな)


 僕は夢の中で、バーボンと僕を見比べてそう思っていた。考えてみれば、父の顔をまじまじと見たのは初めてで、これまでうすぼんやりとしか思い出せなかった父の顔が、初めてはっきりと脳裏に刻みつけられた瞬間だったかもしれない。


 父は幼い僕の方を見ながら笑って、でも眼の光だけは真剣に、母に答えていた。


『いや、まだ間に合うんだ。実は10年ぶりにシールやスピリタスから連絡があった。

 彼らは10年前のあの日、突然の撤退命令に釈然としないものを感じていたそうだ。それを伝えて来たのが俺じゃなく、スコッチでもなく、マークスマンだったことにも違和感を覚えていたらしい。


 しかもその後10年間も俺とは音信不通だったことも、疑念を膨らませた一因だ。そして昨日、すべての元凶は『賢者会議』……少なくともマークスマンにあるのではと言ってきた。真実を明らかにするつもりがあるなら協力するとも、再び『勇士の軍団』を率いて『約束の地』に出陣してもいいともな。


 俺は君のためにも、君の大切な姉君であるエウルアとの約束は果たしたい。今ではジンがいるから、俺は心残りなく戦えると思う』


 父と母がそんな話をしていたことだけは覚えている。内容についてはほとんど理解できなかったが、父上が何か大事な約束をしていて、それを必ず果たしたいと考えていることは、当時7歳だった僕にも解った。


 そして次の日の早朝、父はユニコーン族やオーガ族のいるホルストラントに旅立ったのだ。それがマークスマンの罠だとも知らずに。


(そうか、これがとうさまがいなくなった理由か。すべてはマークスマンが仕組んだこと……しかし、マークスマンがどんな理由で、何を求めてこんなことをしたのかは、本人がいなくなってしまった今、永遠に判らないな……)


 僕はそう考えて、ふと、耳元で誰かが僕に話しかけていることに気付いた。気付いたと同時に、僕は現状を理解する。そうだ、僕はマークスマンと戦って、アルケーの魔力に囚われていた彼を摂理の平安の中に送ったのだ。その時、彼の、というよりはアルケーの魔力で視力を失っていた。


 僕はゆっくりと目を開ける。けれど、相変わらず視界は暗いままだ。このまま僕は光を奪われてしまうのだろうか?


 けれど、僕の耳には


「あっ、やっと目を開けてくれた。どう、ジン。アタシが見える?」


 心配そうな、けれどどことなくホッとしたようなシェリーの声が聞こえて来た。魔力で周囲を見てみる限り、今この部屋にはシェリーと僕しかいないようだ。


「……いや、残念だけど。魔力視覚で周囲のことは分かるけれど、今のところ何も見えない」


 僕が頭を振って言うと、シェリーは一瞬ハッとした様子を見せ、僕に抱き着いてきた。甘い香りが僕の鼻腔をくすぐる。


「大丈夫、メロンさんは一時的なものだって言ってたから。目が見えるようになるまで、アタシがジンの目の代わりになるから。だから心配しないで」


 シェリーの身体が小刻みに震えている。きっと彼女だってショックを受けているのに違いない。それでも僕のために強がっているんだと思うと、急に彼女のことが愛しくなって、抱きしめる腕に思わず力がこもった。


「あ……ジン、ちょっと苦しい」


「ご、ごめん……」


 僕は思わずシェリーを抱きしめていた腕を放す。シェリーの吐息に似た声が、すごく艶めかしく感じられてしまったのだ。こんな思いをシェリーに抱いたのは初めてだった。


 シェリーは僕から名残惜しそうに離れると、いつもの元気な声で、


「ジンが目覚めたこと、みんなに知らせて来るね。ワインやメロンさんなら、ジンの視力を回復する方法も知っているかもしれないわ」


 そう言うと部屋を出て行った。


 しばらくすると、


「やあジン、マークスマンの件では大賢人様からお礼の言葉が届いているよ。それにカイ船長の方はいつでも出帆できるそうだ」


「お具合はいかがですか、ご主人様? アルケーの魔力の影響で視覚に影響が出ていると聞きましたが」


「まったくマークスマンは、最後の最後までろくなことをしてくれなかったな。あれで前の大賢人様だったとは、正直なところ思いたくない」


「……それでも、団長さんはさすがです。本来ならあの魔法で頭を吹き飛ばされていてもおかしくないところでした。ほんの一瞬、魔力の発動が遅れていたら、今ここに団長さんはいなかったでしょうね」


 そう言いながらワインとウォーラさん、ラムさん、メロンさんが部屋に入って来る。


「……その様子じゃ、まだ視力は戻っていないみたいだね?」


 ワインの声にうなずいた僕は、彼に向かって訊く。


「見えるようになるかな?」


「それは大丈夫です。団長さんはアルケーの魔力が浸透するのを防ぐため、無意識に視神経の連絡を遮断したのです。ただ、それがあまりに急で、あまりに強く行われたため、神経回路の復旧に手間取っているだけで、興奮状態にある神経をゆっくりと休めれば、だんだんと元どおりになるはずです」


 自信に満ち溢れたメロンさんの言葉で、僕もホッとしたし、隣にいるシェリーもやっと安心したようだった。


「じゃ、カイ船長を待たせても悪い。それに船の出帆って風や潮の流れを逃すわけにはいかないんだろう? 状況が許せばすぐに出発できるよう、『アノマロカリス』号に乗船することにしよう」


 僕がそう言って寝台から立ち上がると、シェリーはため息と共に僕に『払暁の神剣』と剣帯を手渡してきて訊く。


「大丈夫なの? 気分は悪くない?」


 僕は目を閉じたままうなずいて答えた。


「大丈夫だ。生き物の存在は魔力視覚で判るから。ただ、障害物なんかが見えないのがネックだな。シェリー、ウォーラさん、フォローをお願いできるかい?」


   ★ ★ ★ ★ ★


 アルクニー公国のドッカーノ村、ジンやシェリー、ワインの故郷でもあるこの村は、『聖地』であるカーミガイル山の麓にあった。


 カーミガイル山の中腹には、全国の魔法使いを束ねる『賢者会議』が置かれている。本来、大賢人の出身国に置かれるのが慣例であった『賢者会議』が、大賢人ライトの出身国であるマジツエー帝国ではなく、前任者マークスマンの出身国に置かれたままになっているのは、二つ理由があった。


「マークスマンが引き起こした混乱も、だいぶ収束しましたので、そろそろ『賢者会議』をマジツエー帝国に移してもいいのでは? 候補地はアリエルシュタットかアルカディア・イム・オルフェではいかがでしょう?」


 大賢人と四方賢者が集まる『会議の間』で、賢者アサルトがそう切り出した。賢者スラッグやハンドはしきりとうなずいているが、一番若い賢者ライフルだけは、心配そうに大賢人ライトの顔色を見つめていた。


(大賢人様のお具合はマークスマンが処断されて以降、何とか小康状態を保っているみたいだけれど、まだあまり無理をしていただきたくないわね)


 そんなライフルの心配を感じ取ったのか、ライトはゆっくりと言った。


「確かに、今後『魔王の降臨』が起こるのであれば、我らも戦局の側にいた方がよいな。

 しかし、我が『賢者会議』をここに置いた理由はマークスマン対策だけではない」


「と、申しますと?」


 ライフルは、アサルトやスラッグが何か言うより早く、ライトに訊く。ライトはライフルに微笑みかけて、


「我は『組織ウニタルム』の動きも気になる。ジン・ライム殿の報告では、マークスマンと手を結んでヒーロイ大陸の諸国を混乱に陥れようとしたのも『組織』なら、そのマークスマンを裏切って倒したのも『組織』だという。


 さらに、アルクニー公国の国主は今もって『組織』と連絡を取っているようだ。彼女たちの目的を知り、悪しき企図があるならそれを摘まねば、『賢者会議』をホッカノ大陸に移した後、ヒーロイ大陸に混乱が起こるやもしれぬ」


 そう答えた。


「しかし、精霊覇王エレクラ様が『賢者会議』への質問状であれほどはっきりと意見を述べられ、私たちも『組織』への協力をはっきりと否定した回答を送っております。

 どちらの文書も、各国の国主たちにも届けられておりますので、それに反する行動を取る国主は、もはやいないと思いますが?」


 賢者アサルトがそう意見を述べる。大賢人ライトは、そんなアサルトを一瞥すると、


「賢者スラッグ、そなたはアルクニー公国の担当だったの? その後、ハッシュ・ポトフとショコラ・ポトフ、それにミート・ポトフの動きはどうです?」


 賢者スラッグに訊く。


 スラッグは言いにくそうにしていたが、


「どうした? リンゴーク公は『組織』に国内を荒らされたため、はっきりと『組織』に対して敵対意識を表明している。オーガ侯やユニコーン侯も、『組織』の息がかかった者を側近から排除している。トオクニアール王国のロネット・マペットもそうだ。


 その中で、アルクニー公だけはそんな動きを見せていない。公自身も、妃も、妹の銀行総裁も『組織』と昵懇であることは周知の事実であるのにもかかわらずだ。地形的に他の国と比べて攻められにくい国であるだけに、我は気になっているのだ」


 ライトが催促するように言うと、スラッグはアサルトを気にしながら答えた。


「は、兄のザッハー・エルトルテからは、相変わらず『組織』の使者と思しき連中が、頻繁に公のもとを訪れているとの連絡がありました。今のところは財政的な結びつきのようですが、財政を握られたら『組織』の思うがままになってしまわないかと兄は危惧しているようです。大賢人様や『賢者会議』からの介入を求めている様子も感じられました」


「ふむ……」


 スラッグの報告を聞き、ライトは鋭い目で何かを考えていたが、


「……アルクニー公には荒療治が必要かもしれんな。スラッグ、そなたは我の名代としてアルクニー公に教書を届けよ。それとアサルト」


 賢者スラッグに命令すると共に、賢者アサルトを見て言った。


「アルカディア・イム・オルフェに適地を探せ。早くこちらを固めてマジツエー帝国に行かんと、領土割譲問題が思わぬ火種になる可能性が高いからな」



 ホッカノ大陸は、ヒーロイ大陸の東にある。そこに行きつくには、万里の波涛を越える必要がある。


 5百年ほど前、高名な冒険者ドン・ペリー『提督』と50人の仲間たちによって発見されたホッカノ大陸には、植民の歴史を経てマジツエー帝国が生まれた。


 以降、ドン・ペリーの夢を引き継いだイクサガスキー家によって、原住民たちを仲間にし、跳梁跋扈する魔物を駆逐しながら領土を拡大してきた。


 現在は25歳の青年皇帝マチェット・イクサガスキーが、先帝ダガーの妹レイピア・イクサガスキー以下の補佐を受けて、帝国を運営していた。


 しかしここ3か月ほど、マチェットやレイピアにとって頭の痛い問題が起こっていた。


「メイス大司馬、『組織ウニタルム』の調べは進んでいるの?」


 大宰相レイピアが、斜め前に座ったメイス・ダンゴスキーに訊く。


「いえ、軍からも特殊な訓練を受けた者を調査員として派遣しましたが、全員が行方不明になっています。フェンの周りはガードが堅いですな」


 メイスはそう答えた後、茶髪の下の碧眼を輝かせ、


「しかし、思わぬところから協力者が現れました。『組織』について判っていることを情報提供したいとの申し出を受けましたので、取り急ぎ部下をアロハ諸島のオウフ島に派遣しています」


 そう報告する。


「情報提供者だと?『組織』の回し者ではないだろうな?」


 大司空のシールド・ヘイワガスキーが不審そうに聞くと、メイスは慌てて付け加える。


「おお、説明不足でした。情報を提供したいと申し出て来たのはアルクニー公国の騎士団『ドラゴン・シン』の団長、オー・ド・ヴィー・ド・ヴァン殿です」


 それを聞いて、シールド大司空は愁眉を開いて言う。


「なに、ド・ヴァン殿が? それなら情報としては信用が置ける。それで、ド・ヴァン殿の要望は何だ?」


「はい。それが、『ドラゴン・シン』と、同盟者である『ドッカーノ村騎士団』の入国許可と領土内の自由通行権がもらえればいいとのことです」


 メイスの答えに、今まで黙っていた大司徒のランス・オチャスキーがいぶかし気に言う。


「ド・ヴァン殿の『ドラゴン・シン』は我が国までその名が聞こえた一級騎士団。それが単に入国許可と自由通行権だけのために『組織』などという剣呑な集団の情報を提供するとは、にわかには信じられませんな。別に何か要求とかはなかったのですか? 例えばゴールドとか」


 メイスは首を振った。


「いや、その他には何も要求はなかった。ただ、無事上陸した暁には、陛下に親しく謁見を賜りたい……そう言われただけとのことだ」


「朕は『ドラゴン・シン』やオー・ド・ヴィー・ド・ヴァンの噂は聞いている。たいそう優秀で、部下も精鋭ぞろい。それでいて驕ることもなく、謙虚で清廉潔白とのことだ。


 それほど世間の評判がいい人物が、詐欺まがいのことはするまい。謁見を願い出てきたら、特段の配慮を以て接しよ。頼んだぞ、大司徒」


 マチェットが口を挟み、ランス大司徒にそう言った後、


「ところで、フェンのその後はどうだ? 相変わらず話は平行線か?」


 シールド大司空に訊くと、


「はい。ただ、近頃はゴールドで話を付けようというこちらの意見に、面と向かってバカにする様子が見られなくなりました。ひょっとしたら、フェンもしびれを切らして、決着を急いでいるのかもしれません」


 シールドがそう答える。いかにも不思議そうにしているので、フェンの歩み寄りにどんな意図があるか測りかねているようだった。


「今までにない変化ですね。フェンがどのくらいのゴールドを想定しているか、まずはそこを探るべきです。揺さぶりかもしれませんので、相手の条件には十分に気を付けるように。50万ゴールド以下で話がまとまりそうなら、大司空の権限でフェンと覚書を交わしても構いません。陛下、それでいいでしょうか?」


 叔母であるレイピアは、重要な事項を決定する際には、必ず甥であるマチェットの意見を聞く。兄であった先帝ダガーを尊敬してはいたが、武断的で強引な面については常々異論があったレイピアである。


(先帝陛下は、マチェット様は優柔不断だと嘆いておられたが、実はそうではない。真面目であるため、一つの施策について多面的に考えられるから決断が遅くなられるだけ)


 レイピアはマチェットをそう評価し、できる限り彼の意志と決定を尊重し、皇帝に相応しい威厳をつけさせようと心を砕いていたのだ。


 もちろんマチェットも、レイピアの気持ちはよく判っていた。彼はこの優しく才色兼備な叔母のことを慕っていた。


「うむ、こちらで3年前の蟲の災厄を調査したところ、少なくともフェンが災厄の収束に関わっていたことは判った。それならば帝国の危難を救ってくれた者に褒美を取らせるのは当然だ。今、大宰相が申した方向で交渉を進めよ」



 閣議が果てて、自室で皇后と共に昼食を摂っていたマチェットのもとに、内務省参事官のマリア・アルペンスキーがおずおずと顔を出した。


「陛下、お食事中のところすみませんが……」


 マチェットはマリアを見ると、口元を拭いて彼女の方に向き直った。


「構わん。大宰相殿が見えたのであろう? すぐにここへ通せ」


 マリアはマチェットの許しを得ると、すぐにレイピアを案内するために立ち去る。


「陛下、お食事が冷めてしまいますが? 大宰相殿も叔母様ではあるでしょうけれど、もう少し遠慮や気配りをしていただけないものでしょうか?」


 皇帝の一日は忙しい。昼食はその中で唯一、まとまった休息が取れる時間だった。


 けれどマチェットは今のように、昼食時であろうと臣下から急ぎの報告があると聞けば、食事を中断して公務に戻ることがしばしばあった。


 皇后としては、彼の身体が心配で思わず漏らした愚痴だったが、マチェットはその言葉を聞きとがめて、


「ククリ、それはお前の心得違いだ。お前の兄のシールドは政策立案に責任を持つ大司空として、それこそ寝る間も惜しんで帝国の民のために心を砕いてくれている。


 そんな臣下の努力に乗っかって、どうして朕だけが安穏として居られよう。朕の身体を心配してくれるのは嬉しいが、内宮の扉をくぐって外に出れば朕は公人だ。内宮に戻った時に、お前が安らぎをくれればそれでいい」


 そう優しくたしなめる。


 そこに、レイピアが微笑を浮かべながら現れて、


「さすがはマチェット様です。その心がけを聞いて、私は嬉しく思います。先帝陛下もご安心なさっているでしょう。


 それとククリ様、確かに私に配慮不足の面があったことは認めます。これからは陛下の大事な休息時間に謁見を願うことは極力避けましょう。陛下、申し訳ございませんでした」


 そう言って謝る。


「い、いえ、わたしはそのようなつもりで申したわけでは……」


 ククリは皇后とはいえ、相手は先帝の妹で夫の叔母。一族の最年長者でもある。そんなレイピアから頭を下げられて、ククリはすっかり慌ててしまった。


 レイピアは気を悪くした様子もなく、ククリに優しい笑顔を向けて言う。


「判っています。妻として夫の健康に気を配るのは大事なこと。私はマチェット殿のことは息子のように思っていますし、あなたのことも娘と思っています。そんな二人が仲睦まじくしているのを見るのは嬉しいことなのですよ?」


 そして、顔を赤くして手で覆っているククリに、


「ただ、今日の話は皇后陛下にも知っておいていただかねばならないことですし、かと言って内宮でするわけには参りません。皇后陛下も、内宮の女官には今日の話は内密にしておいてくださいませ」


 そう、一転して真剣な顔で言った。


「分かった。それで話というのは?」


 マチェットも真剣な顔で言うと、レイピアはクスリと笑って


「マチェット様、私はお腹が空きました。夫婦の食卓に割り込むのは心苦しいですが、御相伴に預からせてもらっても構わないでしょうか?」


 そう言う。マチェットは虚を突かれた顔をしたが、すぐに笑ってうなずいた。


「叔母上も忙しい身の上ですからね? 一緒に食べれば、食事をすっ飛ばさずに済むし、ククリも安心するでしょう。分かりました、すぐに叔母上の分を持って来させましょう」


   ★ ★ ★ ★ ★


「……闇落ちしたマークスマンを討ち取ったって聞いてはいたが……」


 僕たちが『アノマロカリス』号に乗船したとき、カイ船長は僕が一時的に視力を失っているのを見て、そう言って絶句する。


「元大賢人を討ち取るのはさすがだが、大丈夫かい、団長さん?」


「大丈夫です。2・3日もすれば視力は戻りますので。それまでは船室でゆっくりさせてもらっていいでしょうか?」


 僕の代わりにシェリーがそう言うと、カイ船長はにこりと笑って、


「ああ、あんたたちは俺の雇い主だ。船の運航の邪魔になりさえしなければ、部屋でゆっくりしてもらって構わねえぜ。副団長さん、あんた、団長さんと同室ってことにしてやろうか?」


 そんなことを言う。


 シェリーの顔が見えなかったから判らないが、きっとシェリーも顔を赤くしていたに違いない。その証拠に、彼女は慌てて


「え!? ア、アタシは構わないけれど、団の風紀を乱すわけにもいかないし、ジンのお世話はワインに任せるわ。いいでしょ?」


 そうワインに話を振る。ワインは苦笑しながらも、


「まあ、団長と副団長を同じ部屋に入れて、二人ともに何かあったらマズいからね。

 では、部屋割りはボクとジン、シェリーちゃんとチャチャちゃん、ラムさんとジンジャーさん、ウォーラさんとガイアさん、メロンさんとスナ……エレーナさんでいいかな?」


 そう提案し、全員がうなずく。


「ジンくんと一緒の部屋じゃないのは残念だけど、メロンさんにも興味があったから嬉しいわあ。よろしくね、メロンさん?」


「わたくしこそ、心強い仲間が出来たってうれしく思っているわ」


 スナイプ様とメロンさん。ちょっと見は親子みたいに見える二人だけれど、案外仲良くなれそうだった。


「じゃ、ジン。客室に案内してもらうか。そこで少し休むといい」


 僕がワインに連れられて中甲板に降りようとしたとき、シェリーとメロンさんが同時に話しかけて来た。


「ジン、あとで部屋に行くね?」


「団長さん、わたくしとエレーナさんで団長さんの目を検査してみます。エレーナさんにはアルケー・クロウの魔力特性を知っておいてもらった方がいいと思いますので」


 それを聞いて、ウォーラさんたちも話に加わって来た。


「でしたら、私もアルケーの魔力を解析したいです。そうすれば、アルケーが近づいたらすぐに注意喚起できますし」


「うん、我もそのくらいの役には立てるはずです。ぜひ、我も同席することをお許しください」


 ウォーラさんとガイアさん。二人はどこからどう見てもメイド服を着た女の子にしか見えないが、その正体はPTD12『妹ちゃん』とPTD11『お姉さま』と言い、アイザック・テモフモフというMADな博士が『組織』の依頼で作り上げた自律的魔人形エランドールという機械だ。


 マナを動力源とし、その性能は戦闘と索敵に特化しているので、そんじょそこらの魔戦士や魔導士なら逆立ちしたって勝てっこない。


 しかし、意外にもメロンさんはそれを拒絶した。


「それは止めたほうがいいわ。アルケーの魔力は特殊だから、その端っこに触れただけであなた方は故障してしまうかもしれないし、暴走してしまうかもしれない。


 普通の魔術師だって、触れたら身体が融けるか、燃え上がるか、干からびるか、爆発するか……それほど危険な魔力なの。団長さんだからこそ、その一端に触れても無事でいられたのよ」


 さらにジンジャーさんまで、


「わたしもメロンさんの意見に賛成するわ。団長さんの魔力は特別なの。恐らく、この世界でアルケーと正面切って戦える魔力特性を持っているのは団長さんだけよ」


 そんなことを言う。


 だが不思議だったのは、いつもならそんなことを言われても


『私はエランドールです。ご主人様のお役に立てるため、いかなることも知っておかねばなりません!』


 などと反論するウォーラさんが、この時ばかりはおとなしく二人の言うことを聞いたのだ。もっとも、その際に二人に、


「……分かりました。でもその代わり、ご主人様の魔力がどう違うのか、それを後でご説明いただけますか?」


 そう頼んではいたが。



「うん、アルケーの魔力はほとんど残っていないわ。後は視神経の暴走を鎮めたら、視力は元どおりになるはずよ」


 船室に入り、僕の目を検査したメロンさんが明るい声で言う。僕はホッとしたが、それはワインやシェリーも同様だったらしく、


「どうやったらいいの?」


 やや食い気味にシェリーが訊くと、メロンさんは苦笑しながら答えた。


「特にすることはないわ。強いて言えば、気持ちをリラックスさせておくことね。船の揺れや波の音は、気持ちを落ち着けるのにはちょうどいいんじゃないかしら?」


 それを聞いて、スナイプ様が優しい声で僕たちに提案した。


「じゃあ、しばらく幼馴染三人で『騎士団』を立ち上げた頃でも懐かしんだらどう? なるべく幸せなことを思い出すと、視力の回復も早いわよ。きっと」


 僕たちはその言葉に甘えることにした。


「スナイプ様、優しいね?」


 シェリーはみんなの目が無くなると、僕の隣に腰かけて来た。ワインは僕の向かいにある椅子に腰かけているようだ。


「そうだね。考えてみれば僕たちの旅のきっかけは、スナイプ様が依頼された銀行破りたちの捕縛だったね」


「そうそう。あれでアルクニー公の目に留まって、最初はリヴァイアサンを偵察することになったのよね」


「偵察どころか、ボクたちで倒してしまったけれどね。おかげでボクも、生まれて初めて名誉騎士メダルなんてものを手にすることができたよ。ド・ヴァン君やウォーラさんなんて仲間にも巡り合って、ジンの口車に乗って騎士団を立ち上げて良かったって思うな」


 ワインがおどけた調子で言う。『口車に乗って』と言っているが、僕の『騎士団』立ち上げに際して、一番親身になって相談に乗ってくれたのはワインとシェリーだ。ワインなんて、立ち上げ時の費用を彼のポケットマネーで融通してくれてもいたのだ。


「でも最初はワインったら、『こんなの騎士団の仕事じゃない』って不満タラタラだったわよね?」


 シェリーが意地の悪い声で訊くと、ワインは葡萄酒色の髪を形のいい手でかき上げて、


「イヤだな。ボクはただ、子どもの預かりとか、畑の草むしりとか、道路や河川の清掃とか、お使いの代行とかを引き受けるより、もっと『騎士団』らしい仕事もしないとって言っていただけじゃないか」


 そう反論する。


「まあいいじゃないか。小さなことからコツコツと努力を積み重ねていったからこそ、ドッカーノ村のみんなにも可愛がってもらったし、『賢者会議』からもジョークタウンのジャッカロープの処置を引き受けることができたんだから」


 僕が言うと、ワインはにたぁ~っと気持ち悪い笑いをして、


「そう言えばあの時、シェリーちゃんはジンに裸を見られたってとんでもない勘違いをしたよね? かいがいしくジンの世話を焼くシェリーちゃんは可愛らしかったなあ」


 そうシェリーをいじる。シェリーはアワアワして、


「そ、そんなこと思い出さなくてもいいから! あの後、お母さんからもずいぶん冷やかされたんだから。『本当にお前はジンくんべったりだね』って」


 そう言う。僕もうなずくと、


「まあ、いつも洗濯や掃除はお世話になっていたし、ご飯も作ってくれていたよね。

 でもあの時は急に『アタシ、今日からジンの家に泊まって、精一杯ジンに尽くすね。お母さんも了解してくれたから心配しないで』なんて言うもんだからびっくりしたよ」


 そう暴露する。


「おお、シェリーちゃんの愛がダダ洩れしているじゃないか。残念だがボクは、そんなに一途に自分のことを思ってくれる彼女はいないね。その点はジンに勝てないかな」


 ワインが冷やかし気味に言う。うん? 今ワインのヤツ、サラッと僕をディスらなかったか?


「ワイン、それってシェリー以外は……」「ちょっとワイン、止めてってば!」


 僕やシェリーが何か言おうとしたとき、ワインは急に声を落としてこう言った。


「いよいよマジツエー帝国に入る。ド・ヴァン君のことだから、マチェット陛下にボクたちのことを紹介する算段をしてくれているだろう。『暗黒領域』に入れば、周りは魔物ばかりだし、アルケー・クロウという剣呑な奴もいる。


 何より、もし『魔王の降臨』が近づいていて、ジンが『伝説の英雄』なら、今後こう言った昔話をする時間は貴重なものになる。だから今のうちに言っておくよ。ボクはジンやシェリーちゃんと同じ時代に生まれて、同じ騎士団で旅ができて幸せだよ」


 僕は突然のワインの言葉に固まってしまう。いつもの彼らしくなかったが、彼がおちゃらけた態度の裏に、どれだけの真剣さを隠しているか知っているつもりの僕は、とっさにいい言葉が出なかった。


 けれど、シェリーは、


「そうでしょそうでしょ? まったくワインったら、いつもそんな風に素直にしていればもっとモテるんだよ? だってアンタ、顔も頭もいいし、お金も持ってるでしょ? 素直じゃないから女の子は敬遠するんだよ。


 この際だからアタシも素直に言うけれど、アタシもワインのことはスキだよ。ジンと母さん、父さん、エレノアおば様やバーボンおじさんの次くらいにね?」


 そう言って笑う。僕はおかげでワインがぶっ立てたフラグは見事にへし折られたな……そう考えていた。



「ジンジャーさん、ちょっといいかい?」


 上甲板でラムと一緒に港を眺めていたジンジャーに、『アノマロカリス』号の航海長、カノン・アンカーが声をかける。茶髪碧眼のカノンは、潮焼けした腕にドラゴンのタトゥーを入れていた。


「何ですか?」


 近寄って来たカノンとジンジャーの邪魔にならないよう、ラムが気を利かせてその場を離れようとしたが、


「あんたは『ユニコーン侯国のステルスウォーリアー』だね? ちょうど良かった。あんたにも話を聞いておいてほしいんだ。一緒に船橋ブリッジまで来てくれるかい?」


 そう言ってすたすたと歩き出す。ラムはジンジャーと顔を見合わせると、カノンの後について船橋に上った。


「さて、本当ならあんたたちの団長さんか副団長さんと話をしたいんだが、あたいの船長ボスが無粋な真似は止せって言うからさ、あたいたちと交渉してくれたジンジャーさんにとりあえず相談しようと思ってね?」


 船橋の真ん中に固定された大きな海図台の前に立って、カノンが潮焼けした顔をほころばせる。


「……航路のことですか? それなら団長が初めて乗船されたときに協議済みでしょう?」


 ジンジャーが不思議そうに訊くと、カノンは首を振った。


「いや、航路のことじゃない。けど、あんたらの答え如何では航路の変更もあり得るけれどさ」


「航路のことではないとすると、以前、イッチ主計長が言っていたトオクニアール王国の海軍の件かな?」


 ラムが言うと、カノンは大きくうなずいた。


「ああ、さすがはユニコーン侯国の獅子戦士だね。イッチも言っていたが、近頃トオクニアール王国の海軍の中には、臨検と称してむやみに貿易船を停止させ、積み荷を強引に没収する艦長がいるんだ」


「……ふむ、海軍の艦長が海賊まがいのことをしていては世も末だな。それで?」


 ラムが腕を組んで言うと、カノンは、


「もちろんそんな艦長ばかりじゃないんだけどさ、あたいたちがつかんだ情報では、今巡検している艦隊は、そんなごろつき艦長が特に多いらしい。何でも、戦隊司令官自体が部下の艦長に臨検、没収を励行して、自分や艦長たちの懐を肥やしているってんだ。


 で、ものは相談だが、航路を変えてオウフ島に行くか、先だって話したとおり南方交易路を使うか、あんた方の最終判断を聞かせてほしいんだ」


 そう言って、肩をすくめた。


「ま、あたいたちはどっちでも構わない。トオクニアール王国の軍艦が無理やり臨検するというなら、海事法に基づいて対応するだけだからね?」


「その想定には、戦時交戦法規も含まれているって考えていいんだな?」


 ラムがニヤリとして問うと、カノンも意味深な笑いを浮かべ、


「そこんとこは、うちの船長が判断することさ」


 そう言って笑う。


「……分かりました。とにかく団長さんにも話をしておくわ。でも、団長さんの体調が回復するまで、何も起こらないことを祈っているけれど」


 ジンジャーが堅い顔で言うと、カノンも真剣な表情に戻って答える。


「そいつはあたいたちも同じさ。面倒ごとなんてない方がいいに決まってる。

 でもあんた方の団長さんって凄えな。『伝説に英雄』って話だけでもたいしたもんだけど、元大賢人のマークスマンを討ち取ったって聞いたぜ?


 それに真実かどうかは判らねえが、精霊王にも勝ったっていう噂も流れている。見た目には温和で堅物みたいだが、一体何者だい?」


 ラムとジンジャーは、顔を見合わせて微笑を交わし、


「見たままだ。真面目で、一途で、争いを好まない。だから他人のために一生懸命になれる。私たちはそんな団長を誇りに思っている。あなたがカイ船長を誇りに思っているのと同じさ」


 ラムはそう言うと、微笑んだままのジンジャーと共に、船室へ降りて行った。


   ★ ★ ★ ★ ★


「じゃあ出帆するぜ。カノン、ボースン、ブッシュ、準備はいいか!?」


 船橋でカイ船長が大声を張り上げると、海図台の前にいるカノン航海長、船首で揚錨機キャプスタンに取り付いている水夫たちを監督するボースン甲板長、メインマスト付近にいるブッシュ操帆長が、それぞれ


「配置よし!」


 と答えてくる。


 カイ船長はぐるりと船を見回し、すべてが自分の理想どおりだと確認すると、満面の笑顔で僕たちを大海原へと誘う号令を発した。


「出航用意! P旗掲揚、錨を揚げろ!」


 その号令一下、揚錨機にとりついていた水夫たちが一斉に動き始め、ガラガラという大きな音と共に船首の錨鎖が潮水を垂らしながら巻き上げられていく。


 そして船橋では信号員が、ブリッジマストのハリヤードに、真ん中だけ四角く染め残した真っ青な信号機を掲げた。


「立ち錨!」


 船首からボースン甲板長の声が聞こえると、カイ船長は振り返りもせず訊く。


「航海長、風向きは?」


「210度。本船針路は330度」


 カノン航海長が答えると、カイ船長は水面を睨んだままうなずく。


 やがて、錨が雫を垂らしながら海面を離れると、カイ船長は間髪入れずに号令をかけた。


「総帆展張!」


 その号令が響くと、すでに各マストに登って横桁スパーで待機していた水夫たちが一斉に帆を広げる。


 それと共に、甲板上の水夫はブッシュ操帆長の号令で帆柱を回し始めていた。


 バサッ!


 真っ白い帆は左後ろからの風を捉え、大きく膨らむ。船体がぐらりと右に傾いた刹那、


「面舵!」


 カイ船長の指示が飛ぶ。


「おもーかーじ!」


 舵輪を握っていた操舵員は、思いっきり右に舵輪を回す。傾きかけていた船体は風を捉えて動き始めた。


「航海長、針路を30度に持って行ってくれ。そのまま直進して北方航路の進路で港を離れる」


「アイ・アイ・サー」


 カノン航海長が答えると、ブリッジマストトップの見張り台から、


「航海長、ルツェルンの管制塔から信号。『安全なる航海を祈る』!」


 そう大声で知らせて来た。


 カノン航海長がカイ船長を見る。そして船長のうなずきを見て、傍らにいる信号員に命令した。


「返信。『感謝す。いい一日を』だ」


「はい、『感謝す。いい一日を』。返信します!」


 信号員は大声で復唱すると、数枚の信号旗をブリッジマストのハリヤードに掲げた。


 『アノマロカリス』号は後ろからの風を捉え、順調に速度を上げていく。やがて行き足もついて、桟橋から半マイル(この世界で約930メートル)も離れて、ルツェルンの町が遠くなったころ、カイ船長はカノン航海長を振り返り、笑って言った。


「後は、北方航路に乗せて半日ほど進めばジュリア島が見える。あの辺は霧が出やすいから、霧に紛れて南方航路にトンズラするぜ。海軍は管制塔からの報告を受けて、俺たちの出航は知っているはずだからな」


「なぜジュリア島まで行くんですか? もっと早くに航路を離脱した方がよくはありませんかね?」


 カノンさんが訊くと、カイ船長は薄く笑って、


「ジュリア島までは船の往来が激しい。そんな中で臨検なんかできない。そして俺たちの船がいなくなっていることが判ったら、海軍は俺たちの捜索に軍艦を分派するかもしれねえ。おとなしく北方航路を進んでいるって思わせておいた方がいい」


 そう答えると、


「じゃ、霧が出るまではお前さんに任せたぜ。俺はちょっくら『伝説の英雄』さんに話を聞いて来るからよ」


 そう言い残して、上機嫌で船橋を降りて行った。



 その頃僕は、中甲板にある船室で潮の香りと船の揺れを楽しんでいた。視力はまだ戻ってはいなかったが、シェリーやウォーラさんが助けてくれるので不便さはそんなに感じなかった。


 ただ、ラムさんがまた船酔いで元気をなくしていたのと、チャチャちゃんまで船酔いを発したのが気がかりだった。


「ご主人様、イッチ主計長からお茶を分けていただきました。お飲みになりますか?」


 ウォーラさんが船室のドアを開けて入って来る。


「そうだね。時化たら厨房の火は落とすそうだから、飲めるうちにいただいておこうか」


 僕が答えると、ウォーラさんは


「かしこまりました」


 そう言って厨房の方へ行こうとする。


「あ、ウォーラさん。ラムさんとチャチャちゃんはどう?」


 僕が訊くと、ウォーラさんは振り返って、


「前回ほどではないそうです。ラムさんはジンジャーさんが、チャチャちゃんはシェリーさんが介抱していますので、ご心配要りませんよ?」


 そう、明るく言って出て行った。


 ウォーラさんが出て行ってしばらくして、ボーっとしていた僕は、不意に殺気を感じて『払暁の神剣』を抜き討つ。


 カーン!


 澄んだ音がして、『払暁の神剣』が何かを受け止めた。僕はとっさの判断で押してくる相手の得物を押し返すと、


「『大地の護り(ラントケッセル)』!」


 シールドを発動して、前にいる相手に冷静に問いかけた。


「カイ船長、僕を試してどうするんです?」


 すると、相手はあっさりと剣を収めて笑って謝まる。


「済まないな、俺って男は自分が見たことしか信じねえんだ。しかし、驚いたぜ。視界が奪われているのに寸分狂いもなく俺の抜き打ちを止めるなんて、やっぱあんたは『伝説の英雄』の呼び声に恥じないな。


 あんたみたいな騎士から声をかけていただいて、客として乗船してもらえるなんて、このカイ・ゾック一生の快事だぜ」


 そう言って、ドアに寄り掛かる。確かにカイ船長の剣捌きは並みの腕ではなかった。商売柄敵も多く、荒仕事も日常茶飯事かもしれないが、それにしても殺気が来た次の瞬間には剣が頭上まで来ていた。抜く瞬間まで殺気を隠していたということだ。これはなかなかできることじゃない。


「カイ船長は、『運び屋』になる前は何を?」


 僕が訊くと、船長は本当に済まなさそうに頭を掻きながら答える。


「俺が悪かった。本当にちょっと試しただけなんだ。頼むから剣をしまってくれないか?

 んなもんが目の前にぶら下がってちゃ、尋問を受けている気分になっちまうからよ」


 僕が苦笑して剣を鞘に納めると、船長は穏やかな声で言った。


「俺のお袋は今マジツエー帝国のシャインって村にいる。名前はサンだ」


 僕はシャインという地名を聞き、彼に訊く。


「じゃ、僕たちのことを手引きしてくれる人って……」


「ああ、お袋だ。親父は昔、山賊をやっていてな? 俺もガキの頃から親父に剣を仕込まれた。その当時は百人ほど手下がいてな? 俺も大きくなったら親父の後を継ぐのかって複雑な気分だったぜ。


 手下たちはみんな気のいい連中だったんだが、なんせ山賊って商売だ、先が見えない暮らしだったからな。お袋は俺が跡を継ぐことには反対していた」


 船長は自嘲気味にそう言うと、目をつぶって眉を寄せる。何か思い出したくないことを思い出そうとしているように、眉が細かく震えていた。


「……話したくないことなら、無理して話す必要はないですよ?」


 僕が言うと、船長は首を振って、


「いや、これはうちの乗組員クルー全員が知っていることだ。別に隠していることじゃねえ」


 そう言うと、続けた。


「俺が12の時、親父の山賊団はトオクニアール王国の討伐を受けた。百人単位で暴れまくってちゃ目を付けられるのは当然だし、遅かれ早かれそうなる運命だったんだろうが、とにかく親父の死を知ったお袋は、俺や仲間の奥さん連中、生き残った手下たちと共にマジツエー帝国に移住した。


 そして俺はカノンと一緒に船に乗り、船長資格を取ったんだ。俺がこんな商売をしているのは、親父の業を背負って罪滅ぼしをしているって側面もある。ボースンやブッシュは、その頃親父の手下だった連中だしな」


「何故それを僕に? 仲間に話をするのは分かりますが」


 僕が訊くと、船長はふっと笑って答えた。


「はは、俺はな、あんたが気に入ったんだ。もちろんあんたが『伝説の英雄』だからってこともあるが、なんかあんたには不思議な魅力ってもんがあってな? まあ、俺の一方通行だったようだが」


 最後のつぶやきには、寂しさが感じられた。


「……」


 僕はなんて言ったらいいか分からなかった。


 たぶん船長は、僕たち『騎士団』……というより僕個人と友好関係を結びたいのだろう。彼は単に人が良いだけの人物ではないことは、今までの船上作業や立居ぶるまい、さっきの剣の腕、そして彼の生い立ちから判っている。個人的には彼と仲間になることを拒む理由は何もない。


 けれど、僕は彼がまだ何かを、それも重大なことを隠している気がしてならなかった。それが、僕に沈黙を強いた理由だ。


 僕がなんて言ったらいいか考えているうちに、部屋の空気がどことなくよそよそしい雰囲気になる。これ以上、黙っているのも気まずくなるばかりだったので、僕が口を開きかけた時、静かにドアがノックされた。



「……あの、ご主人様にお茶をお持ちしたんですが。ドアが開けられません」


 部屋の外からウォーラさんの声がする。きっとお茶を持って来てくれたんだろう。いや、ウォーラさんだけでなく、


「ジンってば、部屋に鍵をかけて何やってんのよ? もしや、カノンさんやイッチさんとイイコトしてるんじゃないでしょうね? ジン、ここを開けなさい!」


 何か勘違いしているシェリーの声までする。


 カイ船長は苦笑しながらドアから身体を離し、


「おお、お嬢さん方、悪かったな。ちょっとおたくの団長さんと男同士の話をしていたもんだからな」


 ドアを開けながら言う。


 もちろんシェリーがカノンさんやイッチさんとどうこうってのは、彼女なりの冗談だ。けれど、どの船室のドアにも錠はないことくらい、何日か過ごせば分かりそうなものだが……僕はそう思ってシェリーに言う。


「シェリー、見てみたら判るけど、このドアには鍵はかけられないよ」


 するとシェリーはばつが悪そうな顔で、言い訳をする。


「だって、アタシたちオンナノコの部屋には鍵がかけられるもん」


「ああ、俺やカノン、イッチの部屋は鍵付きだ。ついでに女性の乗客のために、4部屋鍵がかけられる部屋を準備しているからな。当然のことさ」


 カイ船長はさらりと言う。


 シェリーはさらに慌てた様子で、


「え、そうなんだ。ところで、ジン、何の話をしていたの?」


 そう訊く。僕はまだ目が見えないが、シェリーの声色で、彼女とウォーラさんは僕たちの会話を聞いていたんだろうと察した。


 そして、カイ船長も同じことを考えていたらしく、


「おや、『俺が12の時』と話し出してから、お前さんたちはドアの外にいたじゃないか。聞こえなかったのなら、また話してやってもいいぜ? どうせこの船の連中はみんな知っていることだし、隠す必要もないからな」


 そう言ってニコリと笑う。


 黙ってしまったシェリーに代わって、ウォーラさんが口を開いた。


「すみません、盗み聞きするつもりはなかったんです。ノックしようとしたら、ちょうど船長さんの身の上話が聞こえてしまって、入るに入れなくなって。ご主人様にだけ話をされるつもりでしたのなら、申し訳ないことをいたしました」


 そう言って頭を下げる二人に、船長は手を振って言った。


「聞こえちまったもんは仕方ねえさ。それに誰だって過去をなかったことにはできない。辛いことも、黒歴史も、みんな手前てめえが通って来た道だ。ちゃんと受け止めて、今日を悔いなく過ごすようにしねえとな。お嬢さん方も気にするんじゃないぜ」


 カイ船長の言葉を聞いて、僕は彼と仲間になることを決めた。


「船長、お願いがありますが」


 僕が言うと、カイ船長はすぐに


「おう、何だい?『伝説の英雄』のお願いなら何だって聞くぜ?」


 そう言って笑顔になる。


「僕たち『騎士団』と、同盟してくれませんか?」


 僕が言うと、一瞬船長は何を言われたかを考えて、


「それは願ってもないことだぜ。もちろん、『同盟』には俺たちの友情も含まれているんだろう?」


 そう訊いてくる。僕はうなずいて答えた。


「もちろんです。あなたは戦士としても僕の先輩です。どうか『魔王の降臨』に力を貸してください」


「もちろん、その申し出は受けるぜ。そうと決まれば、今夜は船上パーティーだ。イッチに最高のパーティーを準備させるぜ」


 カイ船長はそう言うと、豪快に笑った。


   (海賊を狩ろう! その2に続く)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

先週はいろいろあって投稿できなかったことをお詫びいたします。

さて、ついにジンたちは海に乗り出しました。航海中に何が起こるか、そしてマジツエー帝国に何が待っているのか、全く未知数ですが、物語が核心に近づいていることは確かです。

次回もお楽しみに。

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