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キャバリア・スラップスティック  作者: シベリウスP
アルクニー公国編
8/137

Tournament8 Charmander hunting(ヒトカゲを狩ろう!)

アルクニー公からのクエストを引き受けたジンたち『騎士団』に、途中の町で飛び込みクエストが入る。

街道に出没するヒトカゲに立ち向かう『騎士団』。ラムの作戦は成功するか?

 空は燃え、ひび割れた地表は大きく震えていた。

 見渡す限り、草木一つ見えず、水の一滴も存在しない。


 ただ荒れ果てて、死骸が累々と積み重なり、瘴気と死臭に満ちた世界だった。

 この世界には『希望』なるものは存在しない。あるのは『絶望』のみだ……たった一つの例外を除いては。


「あれが、魔王だ」


 その例外……銀髪を風になびかせ、みどりの瞳を持つ若者が、はるか彼方に灼熱の瘴気を噴き出している存在を見つけてつぶやき、切り立った崖の下を眺めて唇をかむ。


 彼らと魔王との間には、数百万の魔物たちがひしめいている。魔物の海を渡らねば、魔王の下にはたどり着けないようだった。


「魔力を集めているようですね。このままでは魔王の降臨ってことになりかねませんよ。そんなことになったら、ここまで苦心惨憺して軍を進めた意味がなくなっちまいます」


 若者の左側にいた、身長2・5メートルはあるオーガの若者が言う。


「そうだな、このままではスピリタスの言うとおりだ。そんなことはさせられない。そのためにここに俺たちがいる。シール、どうすればよい?」


 若者の問いを受けて、今度は若者の右にいる額に白い角を生やした若者が、紅蓮の瞳を彼方に据えて言った。


「魔王の魔力が満ちていない今なら、まだ間に合います。賢者の皆さんを待っている暇はありません。私たちだけで突撃しましょう、バーボン・クロウ様」


 バーボン・クロウと呼ばれた若者は、腰に佩いた剣をゆっくりと抜き放つ。


「わが神剣よ。その名のとおり暁を払い、希望の光を大地に解き放て!」


 バーボンはその言葉とともに、さっと灼熱の瘴気の中に身を躍らせ、崖から飛び降りると駆けだした。オーガ族とユニコーン族の軍団も、彼に続いて突撃に移った。


「魔王様の側には近づけぬぞっ!」


 バーボンたちの突撃を受け止めるように、異形の魔物たちは得物を揮い、勇士の軍団との戦いに入る。


「バーボン様、ここは私たちに任せて、魔王をっ!」


 オーガ部隊の指揮官スピリタスが、何万と言う魔物たちを押し留めながら叫ぶ。


「バーボン様っ! あなたしか魔王を倒せるものはいないのですっ。雑魚は私たちに任せてください!」


 ユニコーン部隊を指揮するシールも、魔物たちを飲み込むように部隊を展開して叫ぶ。


「分かった。スピリタス、シール、死ぬなよ」


 バーボンは剣を振り上げると、道を遮った魔物を一閃で斬り伏せ、


「道を開けろっ!」


 当たるを幸いなぎ倒し、彼は魔王のもとへと到着する。


 いや、そこにあるものは、正しくは『魔王の心臓』だった。その心臓は巨大で、脈を打ちながら瘴気を発している。そして鼓動と鼓動の間に、世界から生命力と魔力を吸い取っていくのだった。


「……待ちくたびれたぞ。伝説の英雄よ」


 そしてそこにはもう一人、碧い隻眼を光らせ、鳳翼の魔杖ワンドを携えた少女が立っていた。大賢人スリングである。


「大賢人様……いつの間に」


 バーボンが言うと、スリングは見た目に似合わぬ妖艶な笑みを浮かべて答える。


「そなたたちの努力に乗っかるようで悪いが、おかげで敵陣に隙ができた。その隙を縫ってここまで来たのじゃ」


 そして笑いを収め、鋭い声でバーボンに言った。


「魔王の心臓を止めねばならぬ。わらわの魔力はすでにこの場所を覆っておる。そなたの力で止めを刺せ」


 それを聞いて、バーボンはうなずくと、つかつかと魔王の心臓に近寄り、


「だあああーっ!」

 ドムッ!


 その神剣を『魔王の心臓』に叩き込んだ。


   ★ ★ ★ ★ ★


 アルクニー公国のドッカーノ村。その村は人口5百人くらいの小さな村で、自然豊かな土地である。


 北にはカーミガイル山がそびえ、東に流れるセー・セラギ川の川面に、その美しい姿を映している。


 南にはこの村の灌漑用水でもあるスンダー池が、冷たく澄んだ湧き水をたたえ、村の西側に南北に延びる街道を行きかう旅人たちは、その湧き水でのどを潤し、疲れを癒すのであった。


 そのドッカーノ村には、ヒーロイ大陸とホッカノ大陸に住む全魔法使いを統べる『賢者会議』が置かれている。『賢者会議』は大賢人と四方賢者、合計5人で構成され、通例によって大賢人の故郷である場所に置かれる。


 大賢人マークスマンはドッカーノ村の生まれで、前の大賢人スリングの後を襲って20年前に大賢人となった。


「……あれから20年……か……」


 大賢人マークスマンは、すっかり白くなった長いひげをなでながらつぶやく。彼が大賢人となれたのは、よき友でもあった大賢人スリングの遺言によるものである。


(スリングは稀代の魔女だった。彼女が『魔王降臨』の際に生まれ合わせたのは、やはり運命と言うべきか……)


 マークスマンはそう考えて首を振る。


(いや、彼女はあの時代に生まれ合わせねば、無残な死を遂げずとも済み、もっと人々の役に立ちつつ今も大賢人として人々を善導していたことだろう……それを考えると、マイティ・クロウがなぜ、あんなことをしでかしたのか……)


 コンコンコン……


 マークスマンがそこまで考えを進めた時、ドアがノックされた。


「入り給え、賢者スナイプ」


 ドアを開けて入って来た賢者スナイプは、ニコリと笑って訊く。


「大賢人様、何のご用事でしょうか?」


 するとマークスマンは、机に肘をつけて、スナイプを睨むようにして言った。


「スナイプ、私はあの坊やを必ずこの村に連れ戻せと命じたはずだ。なぜ、勝手に判断してジン・ライムを国の東方へと旅立たせた?」


 するとスナイプは、悪びれずに笑って答えた。


「あら、私は大賢人様のご命令に背いたつもりはございませんことよ? だって大賢人様は『いつまでに』連れ戻せとはお命じになってませんもの。それにジンくんはさすが『マイティ・クロウ』の息子、民の苦しみを聞いて聞かぬふりはできなかったんでしょうね。私にはそんな彼を止める理由はございませんし、その権利もございませんから」


 その言葉を、苦虫を噛み潰したような顔で聞いていたマークスマンは、冷え冷えとした言葉でスナイプに言った。


「分かった、そなたとジンの経緯を知っておればこそ、そなたにジンの監視を命じたが、この役目はハンドに任せよう。そなたはマイティ・クロウの様子でも探って参れ」



 僕たち『騎士団』は、アルクニー公国の首府であるデ・カイマーチから、大海獣リヴァイアサンが現れたという海辺の村、ウミベーノに向かっていた。


 途中、僕とラムさんが『人食い花(カニバルフラワー)』の大群に襲われるというハプニングがあったものの、その後は順調な旅が続き、ウミベーノまでの中間地点であるデキシントンの町にもうすぐ着くというところだった。


「デキシントンはアルクニー公国が成立した戦いの発火点になったと言われる町だ。それまでこの地を領有していたのは、悪名高い独裁者ド・クサイが率いるケルナグール王国だった。この地の代官だったマペット家の主が、この地の土豪だったポトフ家と手を組んで起こした反乱が、後にケルナグール王国を倒すこととなったと言われている」


 デキシントンの町の入口に立っている記念碑を目にして、ワインがそのうんちくを語ってくれた。本当にワインは歴史や地理について、他の追随を許さないほどの知識を持っている。


「本当にワインはいろいろなことを良く知っているな。それで女癖が悪くなければ、旅にはもってこいの仲間なんだが」


 ラムさんが緋色の瞳をワインに当てて言う。


「ひどいな、ボクのどこが女癖が悪いだって?」


 ワインの抗議に、シェリーが突っ込みを入れる。


「だってアンタって美人と見れば見境なく口説くじゃないの? デ・カイマーチでアルクニー公のお屋敷に泊まった時、メイドさんにちょっかいかけてたこと、忘れたわけじゃないわよね?」

「そうだな、バックにバラの花束までちりばめて……よくあんな歯が浮くセリフが出てくるもんだな」


 ラムさんも呆れ顔で言う。


 しかしワインはくじけない。ニコニコと笑いながら答えるのだった。


「ボクはただ、美人を美人として正当な評価を捧げているだけだよ。

 例えばラムさんなんかは、騎士としての情熱を秘めた紅玉の瞳や、その情熱を具現化した緋色の髪、そして崇高なるユニコーン族としての誇りを凝結したように淡い光を発する額の角、引き結んだ丹唇、すらりと伸びた手足、そして形のいい胸やみずみずしさの詰まった腰とお尻、引き締まった太もも(ニチャア……」


「ストップ! ワイン、後半はなんか変な方向に行っているぞ」


 僕は慌ててワインの口をふさいだが、ちょっと遅かった。ラムさんは頬を真っ赤にしながらも緋色の目を据えてワインを睨んでいるし、シェリーもこの上なく冷た~いジト目でワインを見ている。


「まったく、アンタって人の頭の中を見てみたいわ。どうせ〇〇〇(ピー)△△△(ピー)のことしかないんでしょうけどね」


「そのようだな。最初は聞いていて心地よかったが、だんだんと聞くに堪えないヒワイな言い回しが出て来た。どう育てばそんな男になるのだ?」


 いやはや、非難ゴウゴウレッツゴーだが、彼にはいいところもたくさんある……はずだし、一面だけ見て引かれてもワインが可哀そうだ。


「まあまあ、ワインは君たちが思うほど女癖は悪くないよ。そもそも誰に対しても優しい男だし、他人の美点を見つけ出すことが得意なだけだ。言い回しも独特なだけで悪気がある男じゃないんだから、そこは僕の友達ってことで勘弁してくれないか?」


 見かねた僕が助け舟を出すと、ラムさんは苦笑しながらも


「なるほど、『物は言いよう』ってよく言ったものです。ジン様がそこまでおっしゃるのなら、私はジン様の意見を尊重いたします」


 そう言ってくれた。


 けれどシェリーは諦め顔で


「あのねジン、ジンがそうやってワインを甘やかすから付け上がるんじゃない。たまにはビシッと意見してあげることも友達の大切な役割だよ?」


 そう言ったのだった。



 さて、僕たちがそんな話をしながら歩いていると、向こうから10人ほどの武装した男たちが駆けて来るのが見えた。

 どうやらお目当ては僕たちらしいが、司直から追われる理由がこれっぽっちも思いつかない。


「何だ、司直か? それにしては物々しいな」


 ラムさんが背中の長剣に手を伸ばしながら、僕を守るように前へ出ると、


「ラムさん、まずは話し合いだよ? 『暴力ハンタイ』がジンのモットーだからね」


 ワインも右手に槍を持って前に出る。ラムさんは左手を上げてそれに応える。


 ちなみにシェリーは僕の右斜め後ろに立って、弓に弦をかけていた。


「そこの旅人、ちょっと話がある。私はデキシントンの司直隊長、トリガー・プルだ」


 僕たちが戦闘態勢で立ち止まっていると、僕たちの10歩ほど前で隊列を整えた男たちの中から、隊長らしき人物が出てきて言った。


「ご丁寧にどうも。僕はドッカーノ村から来た『騎士団』の団長、ジン・ライムです。お話とは何でしょう?」


 僕が名乗ると、トリガー隊長は頬を緩めて


「やはりそうでしたか。アルクニー公のご依頼でウミベーノ村に調査に遣わされた騎士団の方々がこの町を通ると通達がありました。私はあなた方に依頼したいことがあって、ご到着を待っていたのです。公のご依頼もあることでしょうが、この町の困りごとの解決に力をお貸し願えませんか?」


 そう言う。


 僕はまず、変な出来事に巻き込まれたのではないと知ってホッとした。そして次に、トリガーという隊長が言う困りごとについて興味がわいた。


 アルクニー公の依頼は、ウミベーノ村の状況調査と大海獣リヴァイアサンに関する情報収集だ。重要度ではランクAだし、緊急度も高い。


 けれどこの町に何か困りごとがあるのなら、内容によっては力を貸せるかもしれない。


 僕はそう思って皆を見た。ワインが代表して意見を言った。


「話の内容次第だよ。アルクニー公からのクエスト進行に支障がないかどうかだね」


   ★ ★ ★ ★ ★


「まあったく、大賢人様もイケズね~。ジンくんたちを止められるわけないじゃない。あの年頃の子って、夢と希望にあふれているし、冒険したがっているんだから」


 賢者スナイプは、絶海の孤島にある『ナイカトル収容所』の門を見上げながら悪態をつくと、辺りを見回して小声でつぶやいた。


「……それはそうと、ここに『マイティ・クロウ』が収容されているって言うけど、おかしいわねェ……」


 スナイプはふと違和感を覚えて首をかしげたが、次の瞬間には笑顔になり、


「ま、いいわ。久しぶりに彼とは積もる話でもしましょうっと」


 そう言いながら、門衛の側へと歩み寄った。


「賢者スナイプ様でしょうか?」


 門衛は、彼女の姿を認めて敬礼しながら訊く。


「そうよ。事前に通告しておいたけれど?」


 彼女が言うと、門衛は姿勢を正して答える。


「はい、通知は確かに受け取っております。本日は視察、ご苦労様であります」

「うふふ、ご苦労様って程じゃないわ。あなた方も大変ねぇ、毎日退屈じゃない?」


 スナイプはそう言うと、開かれた門を通って敷地内へと入る。


「賢者スナイプ様、お疲れ様であります!」


 そこには守備隊長が待っていた。『賢者会議』のメンバーの突然の視察ということで、彼の顔には緊張の色が濃く浮かんでいる。


 スナイプはクスリと笑い、隊長の顔を見て目を細めた。


(これは……私が感じている違和感の鍵は、この隊長が握っているみたいね)


 スナイプはそう思うと、隊長の脅えたような瞳を見つめながら訊く。


「かの者はどうしているかしら? ここしばらくすっかりおとなしくなったようね」


 すると隊長は、得意そうな色を顔に浮かべて答える。


「はい、ここ2・3年はすっかり諦めたようで、日がな一日部屋の中を歩き回ったり、何やら難しい計算をしたりして過ごしているようです。看守にも従順で、何ら問題を起こしていません」


 それを聞いたスナイプは、藍色の瞳を細めて訊いた。


「彼と話ができるかしら?」

「えっ⁉ それは危険です。彼はまだかなりの魔力を残していますし、おとなしくしているのは演技かもしれません」


 隊長は慌てて言うが、スナイプはニコニコしながら、


「私のことは心配要らないわ。彼は自分の立場はしっかりと理解しているはずだから」


 そう言って、城の中庭へと歩き出した。


「賢者スナイプ様、それではせめて護衛をつけさせてください」


 中庭にある建物の前まで来ると、隊長はそう願い出た。視察中『賢者会議』のメンバーに何かあったら自分の首が飛ぶ。隊長が青くなるのも当然であった。


 と同時に、隊長の顔に何か怪訝な表情が浮かぶ。


 賢者スナイプは、その表情を見ると笑顔でうなずき、


「ふふふ、あなたは以前に同じようなやり取りをしたことがあるようね? 思い出してくれないかしら」


 そう言いながら、隊長の額を右の人差し指でチョンとつついた。


「うっ⁉」


 隊長は、頭の中から何かを引きずり出されるような圧力を感じて呻くが、その脳裏に大賢人マークスマンの顔が浮かんできた。


 スナイプは、隊長の表情の変化を正確に読み取っていた。そして彼女はやおら胸の前で腕を組むと、隊長に訊いた。


「あなたの頭に浮かんだのは、大賢人様の顔じゃなくって?」

「は、はい……。しかし大賢人様はここ10年、一度もこの島に来られた記録がございませんが」


 いぶかしげに答える隊長に、スナイプは意地悪そうな顔をして言った。


「その大賢人様はニセモノね。そしてこの中にいるという『マイティ・クロウ』、彼もきっと偽物……というよりコピーかしら」


 隊長は驚いたような顔で慌てて言う。


「えっ、でも、奴はずっとこの中にいます。毎日毎晩、部下たちがちゃんと確認していますが」


 するとスナイプは、厳しい表情で隊長に言う。


「彼を確認します。部屋の前まで案内しなさい」



 獄舎にいる『マイティ・クロウ』をチラリと見たスナイプは、それが本人ではなく魔法によって造られたコピーであることを瞬時に見抜いた。


(ふむ、ここにいるのは『マイティ・クロウ』本人じゃないわ。彼の魔力を上手に使って編み上げたコピー。いったい誰がこんなことをしたのかしら……)

「……面白いじゃない……」


 思わず漏れるつぶやきに、隊長は慌てて訊く。


「す、スナイプ様、私はどうしたらいいでしょう?」


 するとスナイプは、見る人をとろかすような笑顔で答えた。


「心配しなくてもいいわ。こんなことができるのは余程の術者よ、あなたたちが騙されて当然だわ。部下には何も言わず、大賢人様から指示があるまでは通常どおりに任務をこなしなさい」


 なおも心配顔の隊長に、スナイプは重々しい口調で付け加えた。


「あなたたちがベストを尽くしているのは分かっています。私もあなた方の落ち度として大賢人様に伝えるつもりはないわ。だから何か思い出したらすぐに私に知らせなさい」



 賢者スナイプは、『ナイカトル収容所』を後にすると、『賢者会議』には戻らずにトオクニアール王国に向かった。


 その古都・アルトルツェルン。その街はずれに広い庭を持つ古い家が何軒かあるが、そのうちの一棟が彼女の自宅の一つだったのだ。


 ただし、彼女はできる限りこの家のことは秘密にし、よほどの用事がない限りここにはやって来ない。

 『マイティ・クロウ』が消えてしまったことは、彼女にとっても予想外の出来事だったが、


(あの魔力の編み方は、そんじょそこらの魔導士じゃないわね。伝説の英雄『マイティ・クロウ』があんな所に監禁されていることは、一部の者しか知らない事実。それを知っていて、彼を連れ出すのであれば、それは彼の味方か、『賢者会議』の敵か、それともその両方かよね)


 そう考えた彼女は、『マイティ・クロウ』のコピーを解除するのではなく、しばらくその者たちの企みに付き合ってやることにしたのである。


(真実を『賢者会議』に告げれば大事になる。そしたら『マイティ・クロウ』の無実を証明したくてもできなくなる。それよりは、もっと選択肢を増やし、より建設的な計画を進めておかないと……)


 そのために彼女は、何をさておいてもこの『秘密の自宅』に舞い戻ったのだった。


「確か、彼が私にくれたアレは、ここにしまっていたと思うけれど……」


 彼女は、自宅に入ると真っ直ぐ屋根裏部屋に向かい、そこに乱雑に置いてある道具箱を一つ一つ検め始めた。


(アレがあれば、ジンくんに『払暁の神剣』のありかを教えてあげられるわ。彼が神剣を手にするまでは、大賢人様にはナイカトルのコピーについては内緒にしておかなくては)


 スナイプはそう考えながら、次々と箱の中を検めていくのだった。


   ★ ★ ★ ★ ★


「やれやれ、キミのお人好し加減にはいい加減呆れてものも言えないよ。アルクニー公からの依頼はどうするつもりだい?」


 肩をすくめて言うワインに、珍しくもシェリーが同調して言う。


「ジン、相手はヒトカゲよ。アタシたち、この旅に出るまでドッカーノ村から一歩も外に出たことなんてなかったから、魔物退治にも慣れていないのよ。スライムにもてこずっていたアタシたちが、ヒトカゲに刃が立つわけないじゃない」


 そう、デキシントンのトリガー司直隊長から依頼されたクエストは、『街道に巣食った巨大なヒトカゲを退治すること』だった。


「確かにウミベーノ村の出来事は一刻を争うだろうけれど、この町の人たちが難儀しているのを見てみぬふりもできない。幸い、ヒトカゲの巣は街道沿いだというし、僕らも少しずつ戦闘経験を積んでおいた方がいい」


 僕が言うと、ラムさんも緋色の瞳を持つ目を細めて、僕の意見を擁護してくれる。


「ジン様の言うとおりよ。ヒトカゲは確かにスライムより強いでしょうけれど、今度の相手は1匹だし、皆の魔法属性を考えると打つ手はあるわ。今後の肩慣らしとしてちょうどいいんじゃないかしら?」

「話によれば、ヒトカゲは全長5メートルはあるそうだけれど、それでも『肩慣らし』って言えるの?」


 シェリーが心配そうに訊くと、ラムさんは自信ありげな顔でこう言った。


「大丈夫、私の考えが正しければ、皆の力できっと倒せるわ。私を信用して(トラスト・ミー)


 それを聞いて、シェリーが小声で言った。


「『トラスト・ミー』って、それ言っちゃったら途端に信用がなくなるってセリフじゃない?」


 するとワインがニコニコしてフォローした。


「いや、ラムさんは『ユニコーン侯国の獅子戦士』だ。その戦歴は華々しいし信用は置ける。ルーピーってあだ名されたどこかの国の元首相とは違うと思うよ?」


「待て待て、ワイン。それはモンダイ発言では?)


 僕が慌てて言うと、ワインは後ろを向いて何かを確認していたが、ややあって真面目な顔で言った。


「済まない、『ルーピーってあだ名された』は台本どおり『独創的(笑)な服の配色をした』に変更させてもらうよ。いやあ、つい口が滑っちゃってね?」


「困るよ、変なアドリブ入れられたら。どんな投稿サイトにも、コンプライアンスってものがあるんだからさ」


「まったく、表現の自由ってものはどこ行ったんだ?」


「人を不快にさせて『表現の自由』もないだろう? 日本ではエスプリやブラック・ジョークはあまり流行らないんだよ」


 僕たちがこそこそ話していると、


「はい、そこー! 意味不明な茶番をしなーい!」


 シェリーがイエローカードを出してくる。


「まったく、メタい発言は話の腰を折る。早くヒトカゲの退治に向かおう」


 ラムさんもそう言って、長剣を担いで歩き出した。



 街道を歩くこと四半時(30分)、僕たちはデキシントンの町北東部のうっそうとした森の前までやって来た。


「ここに巨大ヒトカゲがいるって話だね?」


 ワインが言うと、ラムさんが周りを見回して、


「ふむ、確かに街道に近いから、旅人は難儀するだろうな。それに私たちもこの道を通らないといけなかったから、どっちみちヒトカゲとの戦いは避けられなかっただろうな」


 そう言う。


「で、さっきラムが話していたとおりに戦えばいいのね?」


 シェリーが弓弦ゆんづるを張りながらラムさんに訊くと、ラムさんは僕を見てニコリと笑って答えた。


「ええ、それぞれの魔法属性とヒトカゲの魔法属性を考えたら、さっき話したとおりに戦えば勝てるはずよ」


 ラムさんがそう言って森の方へと視線を移した時、ざわざわと草むらが動き、


 ガアアッ!


 そう、なんとも言えない咆哮と共に、巨大なトカゲが姿を現した。確かに大きい。トリガー隊長の話では全長5メートルと言うことだったが、どうやらそれは体長の間違いのようで、尻尾も含めた長さは10メートルはあった。


「大きいわね」


 ラムさんが言うと、シェリーが


「でも炎をまとっていないじゃない。本当にあれがヒトカゲなの?」


 そう訊く。


 まだ炎はまとっていないが、身体の周りに揺蕩っている瘴気が、そいつがタダの大トカゲではなく、妖魔化した生き物だという証拠だった。僕はうなずいて言った。


「あれは間違いなくヒトカゲだ。瘴気をまとっている。何かのきっかけがあれば炎をまとうだろう」

「じゃ、攻撃してもいい?」


 シェリーが訊くと、ワインが首を振った。


「物理で殴っても時間がかかる。属性攻撃ができるようになるまで待ちたまえ」


 僕らが見ていると、そいつはのっしのっしと地響きを立てながら歩いて街道まで出て来た。そして周りを睥睨していたが、僕たちの姿を見つけたのか、


 グアアッ!


 そう一声咆哮し、身体の周りにパッと炎を沸き立たせる。その火焔は数メートルも立ち上り、まだ30ヤードは離れているのに、僕たちに焚火の近くにいるかのような暑苦しさを感じさせた。


「よし、奴が魔力を開放した。まずはジン様、皆にシールドを」


 ラムさんの言葉で、


「『大地の護り(ラントケッセル)』、発動!」


 僕の防御魔法の発動と共に、全員の周りにシールドが現れる。


「ワイン、水の魔力を奴に付与するんだ!」


 ラムさんが次の指示を飛ばす。ワインはうなずくと、


「暑苦しいのはキライだよ。『水の魔弾(ウォーターボール)』!」


 そう、ヒトカゲに巨大な水球を叩きつけた。


 ジュワッ!


 水球が蒸発してしまう刹那の時間の中で、ラムさんはシェリーに、


「シェリー、拡散をお願いっ! 食らえ、『灼熱の鳳翼(フレイムフリューゲル)』!」


 そう言いながら自らも魔法を放つ。


「分かった。行けっ! 『拡散の陣風(ディフュージョン)』っ!」


 シェリーは、ラムさんより一瞬早く、魔力を込めた矢を放つ。


 ドバン! キシャアアッ!


 シェリーの拡散魔法で、ワインがヒトカゲに与えた水魔法が拡散した。ラムさんの話によれば、これで奴の水魔法への耐性がダウンするはずだ。


 ドウンッ! グギャアアアッ!


 一瞬遅れて、ラムさんの火魔法がヤツを直撃した。その刹那、ラムさんは叫んだ。


「ワイン、君の出番だっ!」

「待ってたよ、奥義『海嘯の一閃(ビッグウェーブ)』だ」


 ワインはそう言うと、一瞬でヒトカゲの直前まで移動し、


「痛くしないからねっ!(意味深」

 ズドバンッ!


 限界まで魔力を集めて青く光る槍を、ヒトカゲの右下から左上へと振り抜いた。



 グエエエエッ!


 ワインの水魔法は、ヒトカゲが持っていた火の魔力を完全に吹き飛ばしてしまった。炎が吹き消されたヒトカゲは、苦しそうな悲鳴を上げるとみるみるうちに縮んでいき……


「……これがあのヒトカゲの正体?」


 ワインに駆け寄ったシェリーが、そこにうずくまる全長30センチほどのトカゲを見て言う。


「……どうもそうらしい」


 ワインが槍に鞘をかけながら言う。


「でも、どうしてこいつが、あんな巨大な、しかも妖魔化した生物になっていたんだ?」


 僕が言うと、何かを拾い上げたラムさんが


「これのせいでしょう」


 そう言いながら、ラムさんは手のひらに載せた長さ3インチ、幅と高さが2インチほどの透き通った物体を僕たちに見せた。


 その透き通った物体は、キラキラと太陽の光を反射しながらも、内部に緋色の光を宿している。手を近づけなくても分かるほどの魔力の波動が、その石から出ていた。


「これは……魔法石マナストーン?」


 僕が訊くと、唇をかんで何かを考えていたラムさんは、ハッと気づいたかのように


「はい、魔法石です。それもかなり上質の」


 そう答える。


「魔法石は魔力を封じることができる石だ……言い換えればこの魔法石は誰かが魔力を封じたものだ。それがこんな所にあり、野生の大トカゲを妖魔化していたってことは……」


 ワインがつぶやくように言うと、ラムさんは首を振って


「考えたくないことだが、そんな使い方をしている奴がいるってことだな。先にも話したとおり、魔法石はさまざまな大きさで料理用の燃料や狙撃魔杖の薬室充填剤として普通に売られている……それにしてもこの魔法石は大きさと言い、魔力の質と言い、かなり高価な部類ではあるが……」


 そう不思議そうに言う。


「まあ、たまたま持ち主が落としてしまい、それを大トカゲが飲み込んでしまったってこともあるだろう。何にせよ、司直隊長からのクエストはクリアだ。ラムさん、シェリー、そしてワイン、お疲れ様だったね」


 僕がそう言うと、シェリーはニコリとして


「アリガト、ジンのシールドがあったから落ち着いて狙えたんだよ? さ、早くクリア報告をして、アルクニー公のクエストに掛かりましょ?」


 そう言うと、僕の腕をつかんで走り出した。


「お、おい、シェリー。分かったから離してくれ」


 僕はぐいぐいと引っ張られながら、シェリーにそう叫ぶのであった。



「……ジンのお気楽な解釈では納得しないみたいだね? ラムさん」


 ジンとシェリーが駆けていくのを眺めながら、ワインは隣でまだ突っ立っているラムにそう言う。


 ラムは薄く笑うと、何か言いたそうにして口をつぐみ、ややあって


「……まあ、そう言うこともあるだろうさ」


 そう答える。


 しかし、ワインは葡萄酒色の髪を形のいい手でかき上げながら、


「そうだとしたら、その魔法石の持ち主はかなりのズボラか金持ちだ。あの大トカゲがどのくらいの間妖魔化していたかは知らないが、多く見積もってもここ数日だろう。そうするとその魔法石は、新品の時に紛失したってことになる……そうだろう?」


 そう言って流し目でラムを見た。


 ラムは、一つため息をつくと、観念したように言う。


「まったく、君ってヤツはどうしてこんな所だけは鋭いんだ? 大トカゲを妖魔化させたヤツが、ベロベロウッドの森で私が見かけたヤツと同じなら、そいつはジン様……少なくともこの騎士団の誰かを狙っているってことになる。そんなことは考えたくないが、この魔法石の新しさが、ヒトカゲの出現が誰かの故意だったことを示唆している」


「……まあ、十分に気をつけておくさ。特にジンの身の回りはね」


 ワインが言うと、ラムは真剣な顔でうなずく。


「頼む。本当は私がジン様を守りたいんだが、まだ、私はその、ジン様と二人きりになるなんて恥ずかしくて……」


 それを聞いて、ワインはニコリと笑い、


「ふふ、シェリーちゃんが聞いたら怒りが爆発しそうだな。ジンはボクにとってかけがえのない親友だ、彼のことは任せておいてくれたまえ」


 そう言う。


 そんなワインに、ラムは魔法石を差し出して言った。


「これはかなり役に立つと思う。君がいつか言っていた魔法属性転換、君なら易々とモノにできるだろう。持っていたらいい」


 けれど、ワインは首を振って言った。


「ボクは割と水魔法オンリーで満足しているんだ。それに水と火では相性が悪い。それは魔法耐性をダウンさせる風魔法のシェリーちゃんに使わせた方がいい」

「彼女で大丈夫だろうか?」


 心配するラムに、ワインは片眉を上げる独特のしぐさで肯定して言った。


「大丈夫さ。シェリーちゃんだって捨てたものじゃない。キミが『騎士団ウチ』に入るまでは、彼女がホープだったんだから。何よりジンのためだ、歯を食いしばっても属性転換をモノにするだろう。彼女は頑張り屋だからね」


   ★ ★ ★ ★ ★


「ふーん、あのエルフの男とユニコーン族の女、ちょっと厄介な奴らだねェ」


 デキシントンの町に戻る『騎士団』を見つめて、少女がぽつりとつぶやく。


 少女はどう見ても13・4歳。身長は150センチ足らずで、白い肌に漆黒の髪と黒曜石のような瞳を持つくりくりとした目が印象的である。


 彼女は白い上着に革の半ズボン、素足に革の長靴といういでたちで、背中には自分の背よりも大きい両手剣を負っていた。


「ウェンディ様、なかなかに腕の立つ少年たちのようですね?」


 そう言いながら、180センチを超える長身を黒いマントで包んだ男が姿を現す。虚空から湧いて出たかのように現れた彼は、豊かな金髪の下に底知れぬ智謀を秘めた碧眼が光る、危険な香りがする男だった。


「ああ、そのとおりだよウェルム。ベロベロウッドの森で感じていたとおりだ。彼らはもっともっと強くなるよ、楽しみだ」


 ウェンディと呼ばれた少女が、心から楽しそうに笑う。そんな彼女に、ウェルムは静かに報告した。


「テキーラは例の作戦どおり、『ドラゴン・シン』のオー・ド・ヴィー・ド・ヴァンとの約束を取り付けました。彼のことです、うまくやるでしょう」

「ウェルム、『マイティ・クロウ』はどうしてる? おとなしく時を待つことにしてくれただろうか?」


 ウェンディは、小さくなっていく『騎士団』の面々から目を離さずに訊く。


「はい、わが『組織ウニタルム』は彼にとって少なくとも敵ではございませんから」


 ウェルムはそう答えると、碧眼を細めて


「ただ、『賢者会議』のスナイプが、『ナイカトル』のコピーに気付きました」


 そう言うと、ウェンディは初めてウェルムに向き直って訊く。


「スナイプが? なぜあのスナイプが『ナイカトル』に? 彼女は何があろうと『マイティ・クロウ』とは顔を合わせられないはずなのに」


 ウェンディの驚きにうなずきながら、ウェルムはさらに続けて、


「スナイプが『マイティ・クロウ』に会いに行ったことも驚きですが、もっと不思議なことがございます」

「不思議なこと?」


 ウェンディが首をかしげながら先を促す。ウェルムが言ったことは、さすがのウェンディにとっても不可解なことだった。


「彼女は『ナイカトル』の『マイティ・クロウ』がコピーであることを見抜きながら、まだ『賢者会議』にそのことを報告していません。それどころか、まだドッカーノ村に戻ってもいないようです。どこにいるかは判然としていません」

「ふーむ……」


 ウェンディは目を閉じて腕を組み、何かを考えていたが、


「その話が本当なら、『賢者会議』も一枚岩じゃないってことだね。ウェルム、至急スナイプの所在を割り出してくれないかな?」


 そう言うと、虚空に転移魔法陣を描き始める。


「承知いたしました。けれど何のために?」


 ウェルムの問いに、ウェンディは


「スナイプに会いに行くためさ。ボクは直接彼女に訊きたいことがあるんだ」


 そう言うと、虚空に消えた。


(Tournament8 ヒトカゲを狩ろう! 完)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

いやー、なんか魔法攻撃でみんなが発するセリフを考えるのが楽しいですね。

次回はいよいよ、リヴァイアサンとの戦いです。

8月15日の投稿予定ですのでお楽しみに。

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