Tournament79 A harpies hunting:part10(強欲者を狩ろう!その10)
蘇ったマークスマンとの戦いに入ったジンたち『騎士団』。
『魔族の祖』の魔力を受け、憎悪や恩讐を増大させたマークスマンに、ジンたちはどう立ち向かうのか?
【主な登場人物紹介】
■ドッカーノ村騎士団
♤ジン・ライム 17歳 ドッカーノ村騎士団の団長。典型的『鈍感系思わせぶり主人公』だったが、旅が彼を成長させている。いろんな人から好かれる『伝説の英雄』候補。
♤ワイン・レッド 17歳 ジンの幼馴染みでエルフ族。結構チャラい。槍を使うがそれなりの腕。お金と女性が大好きな『やるときはやる男』
♡シェリー・シュガー 17歳 ジンの幼馴染みでシルフの短剣使い。弓も使って長距離戦も受け持つ。ジン大好きっ子だが報われない『負けフラグヒロイン』
♡ラム・レーズン 18歳 ユニコーン族の娘で『伝説の英雄』を探す旅の途中、ジンのいる村に来た。魔力も強いし長剣の名手。シェリーのライバルである『正統派ヒロイン』
♡ウォーラ・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造った自律的魔人形。ジンの魔力で再起動し、彼に献身的に仕える『メイドなヒロイン』
♡チャチャ・フォーク 13歳 マーターギ村出身の凄腕狙撃手。村では髪と目の色のせいで疎外されていた。謎の組織から母を殺され、事件に関わったジンの騎士団に入団する。
♡ジンジャー・エイル 20歳 他の騎士団に所属していたが、ある事件でジンにほれ込んで移籍してきた不思議な女性。闇の魔術に優れた『ダークホースヒロイン』
♡ガイア・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造ったエランドールでウォーラの姉。『組織』に使われていたがメロンによって捕らえられ、『騎士団』に入ることとなった。
♡メロン・ソーダ 年齢不詳 元は木々の精霊王だがその地位を剥奪された。『魔族の祖』といわれるアルケー・クロウの関係者で、彼を追っている。
♡エレーナ・ライム(賢者スナイプ)27歳 四方賢者として『賢者会議』の一員だった才媛。ジンの叔母に当たり、四方賢者を辞して『騎士団』に加わった『禁断のヒロイン』
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
マークスマンの魔力を強く感じる。僕の身体を包む紫紺の魔力も、それにつれて分厚く、猛々しくなっていくのが判る。
『ジンくん、落ち着いて。魔力をコントロールできなくなったら終わりよ!』
僕の頭の中に、賢者スナイプ様の声が響く。スナイプ様はジンジャーさんとメロンさんを連れて、別方向からマークスマンの魔力に向かっている。
一方で、シェリーはチャチャちゃんと共に遠距離狙撃を選択したのだろう、マークスマンから距離を取るように高台を目指して移動し、ワインはウォーラさんとラムさん、そしてガイアさんを連れてスナイプ様とマークスマンを挟撃しようとしている。理想的な迎撃シフトだった。
マークスマンが立ち止まった。僕からはまだ半マイル(この世界で約910メートル)はあるが、何か策略を巡らせているんだろう。
僕はルツェルンの町から郊外へと出た。突然、家並みが途切れ、王都フィーゲルベルクへと続く街道が緑の草原の中に白く浮かび上がる。その先に、どす黒い魔力がたゆたい、天へと立ち上っているのが見えた。あれはもう『賢者会議』にいた魔術師が使う魔力じゃない、もはや瘴気と言っていい!
『ジンくん、マークスマンは自身がすでに死んでいて、死人を使役するわ。普通の攻撃じゃダメージを与えられないって思ってないと、痛い目を見るわよ』
スナイプ様の声で、たぎりかけていた僕の頭はスッと冷静になる。今のマークスマンは前回戦ったマークスマンとはぜんぜん別人だ、まったく初見の相手だと思った方がいい……僕はそう思い、迸る魔力を抑えた。
マークスマンの方も僕を認めたのだろう、凶悪な魔力が急速に僕の方へと向かってくるのを感じた。
『ジンくん、マークスマンが動き始めたわ! 周囲にもかなり強力な魔力があるみたい。気を付けるのよ!』
僕はスナイプ様のその声を聞いたと同時に、『払暁の神剣』を抜き放った。
ブワンッ!
これは僕も想定外だったが、『払暁の神剣』は鞘を離れた瞬間、マークスマンに向けて銀色の斬撃波を飛ばした。恐らく僕の魔力に反応したのだろう……その時僕はそう考えたが、実際はそうではなかったことが後々判明する。
バシュシュンッ!
「グエッ!」「ガアッ!」
チュイーンッ!
僕の斬撃波は、マークスマンの前面で形を成しかけていた何者かを両断し、マークスマンの魔杖で弾き返された。
マークスマンはそのまま突進を続けている。遠距離や中距離での戦いが得意な法器使いのはずなのに、距離を詰めての接近戦を志向しているところに、僕は得体の知れなさを感じていた。
(マークスマンはアルケー・クロウが蘇らせたと聞いた。とすると、奴が使うのは土の魔法だけではないはずだ。急いで接近するのは危険だ、近付くのは奴の魔法属性を見極めてからでも遅くない)
僕はそう思って行き足を緩める。その瞬間、マークスマンの攻撃が炸裂した。
「『大地爆散』っ!」
ズドドンッ!
突然、僕の目と鼻の先で地面が吹き飛んだ。あのまま突っ込んでいれば、僕は爆発のど真ん中にいただろう。
「ちっ! 見抜きおったか!」
再び僕の前に姿を現したマークスマンが、最初に言った言葉がこれだった。その声はしわがれて、地獄の底から聞こえてくるような不気味さがあった。ひょっとしたら、彼の魂はすでに地獄にいたのかもしれない。
「『大地の嘆き』!」
僕は前回戦ったように、マークスマンの魔力を浪費させようと思ったが、
「ふん。同じ手で来るとは進歩のない奴だ。『大地決壊』!」
マークスマンはワンドで僕の『大地の嘆き』が創った空間の穴付近をぶっ叩くと、空中へと飛び上がる。そして彼のワンドの魔力を注ぎ込まれた大地は、地割れを起こした。地割れは瞬く間に、僕の方に向けて伸びてくる。
(上に行くか? いや、横だっ!)
一瞬の判断で僕は右に飛び跳ねる。僕が上に逃げたらそこに居たであろう空間を、マークスマンの『岩突槍』が通り過ぎた。
「『大地爆散』!」
ドンッ!
「くっ! 『大地の護り』!」
マークスマンは思ったとおり、僕の着地寸前で着地地点を爆散させてきやがった。さすがに死んでも狡猾な奴だ。
「貴様のシールド、いつまで持つかな?『岩突槍』!」
ズバババンッ!
マークスマンの魔力の錐は、前回の数倍の威力で襲い掛かってきたが、僕のシールドはそれをすべて破砕した。
しかし、こちらからも攻撃しないことには相手を倒すことはできない。そのためにはできるだけ接近する方が望ましいのだが、相手がどんな手を隠しているのか不明なうちは、うっかり近寄っては罠にかかる可能性がある。
そんなジレンマを抱えている僕に、マークスマンは挑発的な態度で魔法を撃って来る。
「それ、それ! 避けないとシールドが持たないぞ? いい眺めだな、『伝説の英雄』よ」
マークスマンは、自分を迎撃するために近寄って来たのはジンだけではないことを知っていた。
(左からは四人。二人は自律的魔人形だな。残りの二人も結構強い魔力を持ってはいるが、ジンほどではない。
右からは三人、うち一人はスナイプか。何やら得体の知れない魔力を持っている奴もいるな。やはり右から来る奴らには気を付けなければ)
マークスマンはそう判断すると、自分の攻撃で近寄ることができないジンを見て、
(よし、これで『死の舞踏』の準備はできた。ジン、貴様の墓をここに立ててやる)
そう決心し、『切り札』ともいえる魔法を発動した。
「非命に倒れた者どもよ。生者を羨む者どもよ。我の声を聴き、我のもとに集え。生きとし生けるものに、その怨嗟をぶつけるがいい!『死の舞踏』!」
マークスマンが魔力を高める。そのどす黒い瘴気は、まるで蜘蛛の糸のように周囲の地面へと伸び、そこから武器を持った人影がはい出てくる。その顔は土気色で、目には光がなく、どよんとしたくすんだ表情をしていた。
死人の軍団は、生きている者の生命力に反応する。彼らはいくつかの集団となって、ジンやスナイプ、ワインたちに襲い掛かっていった。
「これは!?」
ゾンビの集団を目の当たりにしたスナイプが思わずたじろぐと、メロンはこともなげに教える。
「アルケー・クロウが与えた能力なら、死人を使役することくらい造作もないわ。
あれは怨念や憎悪などの負の感情を集めて形作ったもの……アルケーは『ポーン』って呼んでたわ。あれも概念の結晶だから、物理的攻撃は意味ないわよ」
それを聞いたスナイプとジンジャーは、
「分かったわ」「感謝します」
そう言うと、二人とも法器を取り出し魔力を込め始めた。
「まとめて相手するわ。『黒南風の季節』!」
スナイプの魔法は数十の魔兵が固まっているど真ん中で炸裂し、それらを地面から吹き上げてバラバラに斬り裂く。
「一網打尽よ。『闇の沈黙』!」
ジンジャーの魔法は魔兵の集団を紫紺の霧で覆いつくす。その魔兵たちはその場で全員が霧に溶けるように消えていった。
「二人ともさすがだわ。でも、このままじゃキリがないわね」
メロンはそうつぶやくと、目を閉じて呪文を唱え始める。呪文が進むにつれて、彼女の身体を翠の淡い光が包み始めた。
「命は芽生えの時を待つ……行き場のない魂魄よ、『時待ちの詩』を聞き、また来る春を待ち眠りなさい!」
メロンの言葉とともに、彼女を包んでいた光は優しい波動と共に周囲に広がる。その光に触れた魔兵は、次々と白く発光しながら光のチリとなって消えていった。
「ジン・ライム、こちらは大丈夫よ。マークスマンを摂理に戻し、アルケーの魔力の癖をしっかりと覚えておくことね」
残りの魔兵を掃討しているスナイプとジンジャーを見守りながら、メロンはそうつぶやいた後、遠い目をした。
「何だあれは!? ワイン、あの気色悪い奴らはどうやって倒すといい?」
ワインとラムたちの方では、魔兵を見てラムが顔をしかめていた。
いや、不快な表情を浮かべていたのは彼女だけではなく、ウォーラやガイアも、
「何ですかあれ? 亡くなっている方々を無理やり眠りからたたき起こすなんて、マークスマンは元大賢人様だったくせに、人の心はお持ちじゃないのでしょうか?」
「いや、マークスマンはすでにジン団長に倒されていますから、人の心など残ってはいないでしょう。それにしても気色悪いですね」
そんなことを話している。
ワインは三人の反応に苦笑しながら、
「まあ、ボクでもあまり、というかかなり嫌な気持ちだから、キミたちが嫌悪感を催すのも解るよ。あれは死者使役の魔法で、恐らく怨念や憎悪などの概念を実体化させたものだと思う。だから属性攻撃しか効かないだろうね」
肩をすくめながら言うと、ラムは帯電で膨らんだ髪を揺らして魔兵の方を向き、長剣を抜き放った。
「試してやる。行けーっ、『灼熱の鳳翼』っ!」
ドウンッ!
ラムは大剣に炎をまとわせると、真一文字に振り抜く。炎は意志ある翼のように魔兵たちに向かって飛んで行き、途中にいる魔兵もろとも焼き尽くした。
「なんだ他愛もない。雑魚じゃないか」
ラムが呆れて言うと、ワインは笑顔のままで、
「たとえ雑魚でも、まかり間違ってルツェルンの街中に入られたらヤバいことになる。ここは一匹残らず倒すべきだよ、ラムさん」
そう言うと、鞘を払った槍を回しながら、ゆっくりと魔兵たちの方へ歩いていくと、
「痛くしないからねっ!(意味深)」
ドズバンッ!
魔力が乗った槍を左斜め下から右上へと振り抜く。空間には青い魔力の線を引いた。
ワインは、槍を身体の横に立てて、葡萄酒色の髪の毛を形のいい手でかき上げながら
「ふん、10体程度か。もっと集まっている所を狙うべきだったかな」
そう、次の魔兵たちが近付いて来るのを眺めながら言った。
一方でウォーラとガイアは、
「イヤですっ! 近付かないでくださいっ!」
ぶうんっ! ドシュッ!
ウォーラは大剣に土の魔力を乗せて、ぶんぶんと振り回している。魔力のおかげで、危害半径は通常の5倍くらいになっている。魔兵は恐れる色もなくウォーラに近付いては、胴体を切断されたり、頭や手足を斬り飛ばされたりしている。
「ウォーラが嫌がっているじゃないの、近付くんじゃないわよっ!」
ウォーラの近くでは、姉のガイアが槍を振り回している。彼女の槍も木々の魔力を宿して翠色に輝き、
「やっ!」
ドバンッ!
その突きは1体だけでなく、その後ろにいる魔兵数人をいっぺんに刺し貫いた。
その様子を見ていたワインは、視線をジンとマークスマンがいる方に移す。ジンはマークスマンの攻撃を避け続けながら、隙を窺っているようだ。
(ふむ、ジンのことだ、相手に物理攻撃が効かないことくらいは見抜いているだろう。あの様子を見ると、ジンが負けることはあり得ないみたいだな)
そう見切ったワインは、自分たちはマークスマンが呼び出した魔兵たちの排除に専念することにした。
「ジン、マークスマンは任せた。雑魚たちはボクらに任せてくれ」
ワインはそうつぶやくと、魔兵たちが蝟集するところへと突っ込んで行った。
★ ★ ★ ★ ★
ルツェルン郊外での戦いは、すぐに近くに住む魔術師たちの知るところとなった。
ジンとマークスマン、『伝説の英雄』の候補と元大賢人の魔力は群を抜いている。その二人の魔力がぶつかり合っているのだ、気付かれないはずがないのだ。
「マークスマンが現れただと!?」
ルツェルン地方の魔術師たちをまとめている支部長が、偶然ジンたちの戦いを見ることになった魔術師からの通報で現地にやって来た。やって来たはいいが、余りの魔力の分厚さと異質さに、ジンたちを遥か望見する場所まで来て足が止まってしまう。
「……何だ、この魔力の濃さは。それにこんな魔力の波動は聞いたことがない。一体誰がマークスマンと戦っているんだ。これじゃ、加勢したくてもできない」
支部長が顔を青くして言うと、案内してきた魔術師も身体を震わせて
「確かに、私も10年以上魔術師をやっていますが、こんな魔力があることを初めて知りました。支部の魔術師たちを全員集合させましょうか?」
そう訊くが、支部長は首を振った。
「あの魔力の中には誰も突入できない。それより周りを見てみろ! 誰かが影みたいなものと戦っているぞ。私たちはあっちの加勢に回ろう」
「では、私がルツェルンの仲間に知らせます」
支部長の決断を聞いて、案内の男性は懐から紙を取り出し、何やら呪文を書いた後に、
『マークスマン現る。ルツェルン郊外の街道北で何者かと激闘中。支部長命令ですぐに参集されたし。仲間にも知らせること』
そう記すと、魔力を込めて宙に投げ上げる。手紙は数十個に分かれて、ルツェルンの町や付近の里に飛び去った。
一連の様子を見ていた支部長は、案内の男にうなずいて
「ありがとう。ではある程度人数が集まるまで、ここで待機しておくことにしよう」
そう言うと、ワインたちの戦いを心配そうに見つめた。
支部長たちがいる場所とは別の丘の上に、一組の男女が眼下の戦いの様子を眺めていた。男性は見た目27・8歳、長く伸ばした白髪を首の後ろでくくり、黒の詰襟服の上下を着て腕組みをしている。
少女は見た目13・4歳で、黒髪を長く伸ばし、白いシャツと革の半ズボン、素足にブーツといういでたちで、翠のマントを翻している。
「ポーンの相手はあれでいい、問題はマークスマンだ。すでにこの世の者ではない彼を、ジン・ライムはどうやって処断するか。ウェンディ、お前ならどうする?」
青年から問いかけられたウェンディという少女は、可愛らしい顔を青年に向けると、眉をひそめて答えた。
「団長くんの能力でマークスマンに負けることはないと思う。でも、マークスマンの力の根源がアルケーと繋がっていたら、今の団長くんじゃマークスマンを倒してアルケー・クロウの呪縛を解くことは難しいんじゃないかな?」
青年はウェンディの答えを聞いて難しい顔をしていたが、
「アルケー・クロウは、直接ジン・ライムに手を出せないとしても、今回のようにどんな手を使ってもジン・ライムを倒そうとしてくるだろう。
我々も、ジン・ライムを四六時中守っているわけにもいかないし、アルケーのことだからそうはさせない方策も考えているだろう」
そう静かに言うと、ウェンディの方を向き直り、
「ウェンディ、お前がマークスマンとアルケーを繋いでいる『カラクリ』を見つけ出し、アルケーを遮断するんだ。やってはもらえないか?」
そう頼む。しかしウェンディはジト目で青年を見て答えた。
「じいさん、ボクはいつも言ってるよね? 危険なことをボクばっかりに押し付けないでって。
まったく、アルカディア・イム・オルフェの小屋が無くなって以来、ボクはじいさん自慢の逸品にぜんぜんお目にかかれなくなってるんだよ?」
「今はそんなことで口論する時じゃないだろう? 私のワインが飲みたければ、いつでも『ラント』に来ればいい。ラントスやラインには話を通しておいてやろう」
青年が面食らったように言うと、ウェンディはにっこりと笑って、
「分かったよ。でも、じいさんの考えるとおり、アルケーとマークスマンが『カラクリ』で繋がっているんなら、団長くんに手を貸す必要もないと思うけどなあ。ボクは団長くんが自分で『カラクリ』を処理するって、じいさんのワイン1本を賭けるよ」
そうお道化たように言うウェンディだった。
青年……精霊覇王エレクラは、苦笑しながらうなずいた。
「分かった、その賭けに乗ろう。ジン・ライムがお前の言うとおり『カラクリ』を自身の力で処理できるに越したことはないからな。
私はマーレの所に行って来るが、その間ジン・ライムたちから目を離すんじゃないぞ」
「それは解ってるって。行ってらっしゃい」
エレクラが転移魔法陣で水の精霊たちの世界『アクアリウム』に消えると、ウェンディは背中の大剣の柄に手を触れながら、
「さて、じいさんにはああ言ったけれど、不測の事態には備えなきゃね?」
真剣な顔でジンたちを見ながらつぶやいた。
「そうか、これがアルケーの魔法なのか」
僕は、周りをすっかり囲んだゾンビたちを見回してつぶやく。
ジャリン! ガッ! バンッ!
ゾンビたちは僕のシールドを剣や槍でめちゃくちゃにぶっ叩いている。シールドの耐久値は削られていくが、マークスマンの魔法に比べたら大した影響はない。
それにしても、ゾンビたちは無駄に近い行為を、無表情で飽くことなく繰り返している。目はうつろで、考えることもなく、ただマークスマンの指示に従って、割れもしないシールドに挑みかかっているのは、悪夢のようだった。
だが、それを見るにつけ、僕の心の中に怒りが蓄積していく。死んでしまった人間たちを呼び戻して、自分の意のままに操ろうなんて、死を冒涜した行為だ。
(アルケーは自分を摂理を超えた存在だと言っていたが、摂理を破壊する存在でもあるらしいな……)
そう考えると、群がるゾンビたちの向こう側で僕を見てニヤニヤ笑って居るマークスマンも、ある意味ではアルケーの被害者だ。
しかし、マークスマンだってこの世に執着や未練、そして僕……と言って悪ければ僕に流れる血に対しての異常なまでの憎悪がなければ、こんなことにはならなかったに違いない。一体何が、彼を死してなおこんな行動に走らせるのか、それが知りたかった。
「いい眺めだぞ、ジン・ライム。貴様も妄念に囲まれて死ぬとよい。わしの無念を少しでも味わってな」
マークスマンが上機嫌で笑っている。数百というゾンビに囲まれ、動きが取れない僕に対して、すでに勝った気分でいるのだろう。
「……マークスマン、貴様の妄執には呆れてものも言えない。一体20年前に何が起こった? 何を目的に、貴様は『賢者会議』を、そして俺の父を裏切った?」
僕が大声で訊くと、マークスマンは鼻で笑って答えた。
「何も解ってはいないんだな? 前回わしが言ったことを真面目に考えていれば、そんなことはすぐ判りそうなものだが。
物事の真理には目を背けるくせに、何かとしたり顔をする。貴様は確かにバーボン・クロウの息子だな」
「物事の真理?」
僕がつぶやくと、それが聞こえたのかマークスマンは真面目な顔で言った。
「わしは大賢人候補から外されたリー一族の不幸を背負い、摂理について考え続けた。魔族がこの世に存在するからには、摂理はそれを許しているはずだ。それなのになぜ、魔族の血を引く者は世間から指弾され、白い目で見られねばならないのか、とな」
「それで? 俺も、俺の父も魔族の血を引いている。そのことは俺の幼馴染の間では周知の事実だった。それでも俺に対して悪い感情をぶつけてきた者は誰もいないが?」
僕が言うと、マークスマンは苦虫を噛み潰したように、
「ああ、貴様は幸運だった。ドッカーノ村は人間だけの村ではない。エルフもシルフも、そしてオーガも住んでいる。お互いが助け合って生きている、大陸でも珍しい村だ。
そして貴様も、人間だけでなくいろんな種族を仲間としている。バーボンもそうだった」
そう吐き捨てるように言う。
「種族の別に善悪はない。当たり前のことだろう? それに今まで何度かの『摂理の黄昏』は、種族を超えた連帯で乗り切ってきたはずだ。そのことと、摂理と何の関係がある?」
僕は心底、マークスマンの思いが解らなかった。彼の口ぶりでは、彼だって種族の違いが重大な問題ではないと考えているみたいだったから。
しかし、僕はマークスマンの次の言葉に耳を疑った。
「ああ、種族で善悪は決まらない。しかし、種族に優劣は存在する。我々魔族は、摂理を超越したアルケー・クロウが生み出した種族だ。
だから我々は摂理を超え、新たな摂理のもとで新たな世界を創る権利と義務がある。そのために、わしは20年前の『魔王の降臨』の際、バーボンが魔王と和解することを期待した。彼もまた、魔族の特殊性に気付いていたからだ」
「バカな!『伝説の英雄』たる者が、魔王と和解するだと?」
僕は思わずそう叫んだ。『伝説の英雄』は、『魔王の降臨』の際はそれを阻止し、『摂理の黄昏』が迫れば人々共に摂理を守って来た。
そんな存在が、摂理を破壊する立場の者と和解などするはずがない。僕にはマークスマンの言っていることが全く理解不能だった。
マークスマンは、僕を憫笑するように言う。
「ふん、バーボンは魔族がなぜ生まれたかを理解していたぞ。わしがあれほど分かりやすいヒントを出しているのに判らぬとは、貴様はバーボンの子には似つかわしくない魯鈍さだな」
「魔族の始まりが、摂理を超えたアルケーにあるからか?」
僕が言うと、マークスマンは胸を張って答える。
「解っているじゃないか。言うほど貴様は鈍い男ではないようだな」
そう言うと、マークスマンは両手を上げて、
「ポーンたちよ、しばし待て!」
そう叫ぶ。僕の周囲でシールドを叩きまくっていたゾンビたちが静かになり、僕から数歩離れた。
「魔族は摂理を改変し、新たな世界を創り出すことができる。なぜなら我らは摂理を超えた存在から生まれたからだ。摂理を超えた終極の存在、それが魔王と伝説の英雄だ。
バーボンは、どちらもアルケー・クロウの意思の具現化、写像としての存在であることを理解していた。そして両極にある存在が手を結んだ時、『虚影の空』は崩れ去り、真実の瞬間が訪れるだろうことまで見通していた」
ポーンとかいうゾンビたちが静かになったので、マークスマンの声がよく聞こえる。
「……マークスマン、つまりお前は、魔王と伝説の英雄、どちらも魔族だから両極の存在でも相手を理解できる……そう考えているわけだな?」
僕は笑いをこらえながらマークスマンに問いかける。彼は鋭い目で僕を見ると、不機嫌になって語気を強めた。
「何が可笑しい!? アルケーが摂理を超えた存在だったからこそ、我が魔族は世界を変えるために存在しえたのだぞ?」
マークスマンは真っ赤になって叫ぶが、僕が笑っているのには訳があった。
確かに僕は、今まで摂理や運命などについて深く考察することはなかったし、魔族が世界に存在する理由なんて考えたこともない。
ただ、5千年前の世界でウェカたちと共に『摂理の黄昏』を阻止するため戦った経験から、魔族の存在に特別な意味を感じたことはなかっただけだ。人間だろうと、オーガだろうと、エルフだろうと、魔物だろうと、そして魔族だろうと、みんな運命のしからしめる所にしか流れつかなかった。そこに何の違いもなかったのだ。
それに僕は、エレクラ様やアクエリアス様との話から、たとえアルケー自身が摂理の外で命を始めた存在でも、魔族は摂理の中で創り上げられたものであることを知っていた。
「お前の見解は把握した。しかし、その見解には重大な見落としがある」
僕はそう言いながら、絞っていた魔力を開放する。金の光が身体を包み、翠のハローと紫紺の炎がそれに加わった。
「見落とし、だと?」
マークスマンは僕の魔力開放を受けて、自分も魔力を開きながら上ずった声で訊く。僕は緋色の目を光らせて答えた。
「摂理は変わる。摂理の外の存在は、いつか摂理から包含される。アルケーも同じだ。いつまでも超越した存在など、ありはしないのだ。その証拠に……」
僕はそう言いながら『払暁の神剣』を構え直す。その剣尖には黄金色の魔力が渦を巻いてまとわりついていた。
「アルケーの魔法は、四神の魔法体系の中にある。それを証明してやろう。見よ、ステージ4・セクト2『大地の激怒』をっ!」
ズドンッ!
僕が魔力を開放しながら『払暁の神剣』を大地に突き立てる。一瞬、光の輪が僕を中心に四方へと走った。
ドグワンッ!
「おおっ!?」
突然大地が大きく揺れ、マークスマンは不意の縦波に耐え切れず宙を舞った。そして僕を囲んでいたポーンとか言うゾンビたちは、閃光に飲まれて一瞬でチリとなって消えた。
「アルケー・クロウは超越存在だ。それを認めぬ貴様は魔族の反逆者だ!『土の呪縛』!」
マークスマンが呪縛の魔法を使ってくる。恐らく僕の動きを止めるだけでなく、魔力の減衰も狙っているのだろう。
僕の胸に翠の淡い光が灯る。僕は躊躇なく、生まれつき与えられた土の魔法ではなく、ウェンディから教わった風の魔法を撃った。
「魔族の存在意義は貴様が言っているところにはない!『風の花弁』っ!」
「何だと!? 風の魔法?」
マークスマンが驚いてたじろぐ。魔法属性から言うと『風>土>水>火>風』だ。
マークスマンの属性は僕と同じ土だった。だから『風の宝玉』の件でウェンディを訪ねた時、彼女から
『あの宝玉は、ボクが風魔法を使う者のために創ったアイテムだ。土魔法しか使えない君が持っていても宝の持ち腐れじゃないかな?』
そう言われて追い返されたのだ。
パーン!
僕の行動を呪縛しようと、周囲で凝り固まっていた土の魔力が破砕され、拡散される。それだけではなく、風に乗った花弁は容赦なくマークスマンにまとわりつき、彼の視界を奪った。
「くそっ、貴様いつの間に風魔法をっ!『不壊の土塁』!」
マークスマンは、自ら『エレクラのシールドに匹敵する』と豪語していた魔法を使った。
こいつは相手の魔法を吸収して自分のシールド耐久値を上げ続けるもので、前回もそれを割るには苦労した。
けれどこの魔法を使ったということは、マークスマンは防御に回った、言い換えれば攻撃手段が尽きたということだ。
「そこまでだ、マークスマン!『貪欲な濃霧』と『自己愛幻覚』っ!」
『払暁の神剣』は翠の魔力と紫紺の炎に包まれる。風の拡散魔法と魔族の吸収魔法、毒魔法をいっぺんに発動したのは初めてだ。僕はそのままマークスマンとの距離を詰め、『払暁の神剣』を彼自慢のシールドに思い切り叩き込んだ。
★ ★ ★ ★ ★
「凄い。ジン団長はいつの間に風属性まで手に入れていたんでしょうか?」
ジンとマークスマンが戦っている場所からほど近い……とは言っても軽く50ヤード(この世界で約45メートル)は離れていたが……場所にいた賢者スナイプに、ジンジャーが話しかけた。
「……彼の胸に、何か風の魔力を詰め込んだものがあるわ。きっと悪戯者のウェンディが創ったものなんでしょうけど」
ジンジャーの後ろで二人の様子を眺めていた、どう見ても12・3歳の少女が、新緑の色をした瞳を光らせて言う。
「うふふ、メロンさんは鋭いわね? 彼は『風の宝玉の欠片』を持っているの。私と同じように」
賢者スナイプは微笑んでそう言うと、自分の胸に埋まっている『風の宝玉の欠片』を呼び覚ました。彼女の胸から、淡いけれど温かい、翠の魔力があふれ出る。
「最終段階では、あなたがその魔力を使ってジン団長と共にマークスマンに止めを刺すつもりなんですね、賢者スナイプ?」
メロンが強張った表情で訊くと、スナイプはメロンの顔も見ずにうなずき、
「ええ、魔王の心臓を封印しているお姉様たちを助けるには、まだ宝玉の欠片が足りないけれど、今のジンくんならマークスマンを摂理に還すには十分なはずよ」
微笑と共に腕組みをしてジンたちを見つめるスナイプだった。
メロンは、そんなスナイプを見て、
(このひとの運命はわたくしに似ている。そして、なぜだか知らないけれど、賢者マーリンやアルケーに似たものを覚えるわ……この感覚は何なんでしょう?)
ふっと、不吉の翳を感じたメロンだった。
ジンジャーの方は、スナイプに対して別の感想を抱いていた。
(四方賢者という立場を捨ててまでジン団長と行動を共にするというのは、単に彼女の姉が『魔王の降臨』の時に大賢人だったことや、ジン団長の母親だからってことだけじゃなさそうね。
ひょっとしたらスナイプ様自身がジン団長に対して『許されざる想い』を抱いているんじゃないかしら?)
「……まさかね? きっとわたしの考え過ぎね」
スナイプに聞こえないくらいの声でつぶやいたジンジャーだった。
そんな時、三人がいる場所からそう遠くもない空間が歪み、転移魔法陣の中から茶髪碧眼の少女が出て来た。彼女はすぐにスナイプの姿を見つけて、
「良かった、スナイプ様もここにいらっしゃったんですね?」
そう言いながら駆けて来る。ジンジャーはそれを止めようとしたが、少女が四方賢者のマントを着ていたため、
(この子がスナイプ様の後任に指名された賢者ライフルね。確かマークスマンの指名での四方賢者任命じゃなかったかしら?)
そう察して、ライフルの動きを見守るに留めた。
「あら、賢者ライフル。どうしたのいったい? マークスマンなら、見てのとおりジンくんが相手しているから心配は無用よ?」
ちらりとこちらを見て言うスナイプは、翠の魔力に包まれて立っている。魔力の噴出が激しいため、彼女の金髪は風を受けたように波打ち、膨らんでいた。
それを見た瞬間、ライフルは
(ああ、スナイプ様は今、本当に幸せを感じていらっしゃるんだ。それほどまでに、ジンさんへの思いは強かったんですね)
そう、スナイプの心象風景を覗いて、電流が走ったように感じ取った。
「え、あ、ええ、マークスマンのことについては、ジン様が捕捉したことをご存じですので大賢人様もさほど心配はなさっていません。
ただ、アルケー・クロウについて新たなことが判明しました。そのことをスナイプ様にもお知らせしろと大賢人様が申されましたので、ここに来た次第です」
ライフルは一瞬感じた思いを振り払うように、笑顔を作って言う。
スナイプは振り返って目を細めると、
「大事な話みたいね? でも、私も今はジンくんから目を離せないわ。お話を聞くのは、彼がマークスマンを摂理に還すのを見届けた後でも構わないかしら?」
そう訊く。ライフルも視線をジンとマークスマンに向けてうなずいた。
「分かりました。私も『伝説の英雄』の戦い振りには興味がありました。スナイプ様と一緒に行動させてください」
一方でワインたちも、ポーンの群れを排除しながら徐々にジンたちの所まで近寄って行ったが、ジンが『大地の激怒』を放った時、ワインは『水の奔流』を発動しながら、ラムたちに注意喚起した。
「巻き込まれるぞ! ラムさん、上へ跳べっ!」
ワインは、地面の亀裂が岩石を噴き上げながら近寄って来るのを茫然と見ているウォーラとガイアに
「ウォーラさん、ガイアさん、早くこっちへ!」
と強引に『水の奔流』に乗せる。
ラムはそれを確認すると、
「行けっ!『雷楔転移』!」
ラムも、空中に魔力の楔を打ち込み、その場へと瞬間移動した。
ズガガガガッ!
その間に、ジンの魔法は眼下の地面をズタズタに引き裂いていく。
「……すごいな、1マイル(この世界で約1・8キロ)四方は瓦礫の山だ」
振動や噴出が収まった地面に戻ったラムは、改めてジンの方を向く。ちょうどジンが『風の花弁』を発動するところだった。
「風魔法!? ジン様のエレメントは土じゃなかったのか?」
びっくりしたラムが思わず叫ぶと、ガイアが側に来て言う。
「やはり。我の戦闘データには、団長から風の魔力を感じたと残っていました。団長さんは魔力転換ができるのではないでしょうか?」
しかしワインは、それを聞いて思い当たることがあった。
(そうか、『風の宝玉の欠片』だ! 確か魔性のグンタイアリに乗っ取られたシェリーちゃんは、ジンが『風の宝玉の欠片』を持っていると口走ったことがあった。
その魔力を使えるようになったってことは、いよいよ『魔王の降臨』が近いってことだろうな)
一人そう思ったワインは、ラムたち三人に向かって言った。
「ボクたちが推参してもジンの足手まといになりかねない。この場で戦況を注視し、機会があれば参戦しよう。ただ、ジンが危機に陥った場合は、みんなで突っ込んでジンを助けるぞ」
「わたしもその案に賛成するわ」
「わっ、ジンジャーさん! どうしてここに?」
いきなり後ろに現れたジンジャーにびっくりして、ワインは彼らしくもなく大声を上げる。ジンジャーはイタズラっぽい目をして、ラムやウォーラたちを見て答えた。
「賢者ライフル様が来られたの。何やら賢者スナイプ様と秘密のお話があるみたいだから、わたしはこっちに来たってわけ。アルケー・クロウについての話ってことだったから、ちょっと興味はあったけれどね?」
「ふむ、アルケー・クロウの件か……『賢者会議』のことだから、何かとんでもない秘密を探り当てたのかな?」
ワインは細い顎に形のいい手を添えて独り言を言うと、
「まあ、賢者スナイプ様のことだ、必要と認めたらボクたちにも話してくれるだろう。ところでメロンさんはあっちに残っているのかい?」
ジンジャーに訊く。ジンジャーはうなずいて、
「なんといってもメロンさんは元・木々の精霊王ですものね。しかも昔はアルケー・クロウと関係があった方でしょ? 賢者スナイプ様のご指名だったし、本人もアルケーのことを知りたがっていたわ。あちらには賢者ライフル様もいらっしゃるし、何も心配は要らないわよ?」
そう答える。
「問題は『賢者会議』がつかんだアルケー・クロウの情報がどういうものかだね。単に所在や仲間のことならいいけれど、『魔王の降臨』に直接関係があることだったら、ちょっと厄介なことになるかもしれないな」
ワインがそう言うと、今まで黙っていたラムも、
「そうだな。『魔王の降臨』が早まるのなら、私も父上に『右鳳軍団』の発向を早めていただかなければならない。それと、『ドラゴン・シン』のウォッカにもその情報を伝えなければな」
そう言ってキッと唇を引き結ぶ。
「本来、『組織』の計画では、『魔王の降臨』が起こる時に合わせて『浄化作戦』を発令するはずでした。ドクター・テモフモフがいないので、作戦用の自律的魔人形は揃っていないはずですが、『組織』がそれくらいで『浄化作戦』を諦めるとは思えません」
ガイアが言うと、全員がハッとした目で彼女を見つめる。ワインは碧眼を細めるとジンたちの方へと顔を向け、
「……すっかり忘れていたが、そのこともあったな。ジン、マークスマンとの決着を付けて、早いとこ賢者マーリン様を訪ねなきゃいけないぞ」
そうつぶやいた。
★ ★ ★ ★ ★
「そこまでだ、マークスマン!『貪欲な濃霧』と『自己愛幻覚』っ!」
『払暁の神剣』は翠の魔力と紫紺の炎に包まれる。風の拡散魔法と魔族の吸収魔法、毒魔法をいっぺんに発動したのは初めてだ。僕はそのままマークスマンとの距離を詰め、『払暁の神剣』を彼自慢のシールドに思い切り叩き込んだ。
パーン! ドムッ!
「ぐああっ!」
『払暁の神剣』はマークスマンのシールドを割り、そのまま彼の胸に突き刺さった。
「わしのシールドを何度も破るとは。その魔力こそ、魔王に通じるものだ」
マークスマンは『払暁の神剣』を握りしめると、瘴気を口から吐き出しながらにやりと笑って言う。
「死者にどうやって再び死を届けるつもりだ? 今のわしはどれほど剣で斬り刻まれようと、槍で刺し貫かれようと、死ぬことはないのだぞ?」
「『逃走不可能』!」
僕は慌てずにマークスマンを紫紺の空間に閉じ込める。『払暁の神剣』を抜いたが、傷口からは一滴も血が流れなかった。
「……信じ難いが、本当にアルケーは死んだマークスマンを操っていたみたいだな、『完全な虚空』!」
ブシャンッ!
僕の魔法で、マークスマンは紫紺の空間と共に潰れて消え去った……はずだった。
しかし、
(魔力が散じていない!? ということは、アルケーが使っていた魔法は死者の蘇生だけではなかった?)
僕がそう思った時、背中に氷を押し当てられたような寒気を感じて、僕は躊躇なく前へと跳んだ。
ジャッ!
僕のシールドを、何かが削った。信じたくはないが、マークスマンが時空の罠から抜け出していることは確実だった。
「良く避けたな。油断していなかったのは、さすが『伝説の英雄』だな」
僕が振り向いたその先には、マークスマンが魔杖を構えてニタニタ笑っていた。胸にはさっきの傷が残っているから、逃走不可能な空間からどうにかして逃げ出したに違いない。
(厄介だな。魔力も、弱まっているどころか増強しているみたいだ)
戦いを続けることは、さして苦痛じゃない。どうせ彼は僕や大賢人様を狙っているのだ。大賢人様を狙って、故郷であるドッカーノ村の人たちがひどい目にあうのを考えたら、むしろ僕と戦っている方がいい。
が、それにしても限度がある。魔力のうえでも、体力的な面でもだ。
(こいつの魔力はどこから手に入れているんだ? 自律的魔人形と同じ理屈なら、どこかに魔力を蓄えているものや、魔力を供給している何かがあるはずだ)
僕は魔力視覚でマークスマンを見てみた。思ったとおり、彼は分厚い魔力に包まれてはいたが、体内には魔力の輝きはない。とすると、どこかから魔力を受け取っているはずだ。
「食らえっ!」
マークスマンはワンドから十字の斬撃刃を出してくる。法器使いなのに斬撃とはしゃらくさかった。
「はっ!」
パーンッ!
僕は『払暁の神剣』で斬撃刃を破砕すると、その勢いに乗ってマークスマンに斬りかかる。ガッ! という音とともに、マークスマンは『払暁の神剣』をワンドで受け止めて、
「わしは死をも超越している。アルケー・クロウは摂理を超えた存在だということに納得がいったかね?」
ふてぶてしい笑いと共に言う。
「貴様は死んでいる。すでに摂理に従っているんだ。死は貴様をその腕に抱き取っているのに、目を閉じさせないのがアルケーの魔法だ。俺はそんな魔法を使うやつを軽蔑する!」
僕の胸の中にある『風の宝玉の欠片』が、僕の思いに反応して透き通った翠の炎を燃え立たせる。
「やああっ!」
僕は『払暁の神剣』に風と土、両方の魔力を乗せて横薙ぎに斬り払う。踏み込みは十分だったはずだが、手応えはなかった。
「わしには肉体の呪縛すらない。そろそろ貴様も、アルケーの魔法の真の恐ろしさを味わう時間だ」
僕の後ろから、勝ち誇ったようなマークスマンの声がする。急いで振り向いた僕の目に、マークスマンがその瞳を緋色に怪しく輝かせているのが見えた。
「うっ!?」
その突き刺すような眼光をまともに見た瞬間、僕は脳を手で捏ね繰り返され、頭が破裂しそうな感覚に襲われた。
「うわああーっ!」
僕の口から出たのは、物凄い絶叫だった。
「ジン・ライム殿の属性は土でしたよね? 風魔法を教えたのはスナイプ様ですか?」
ジンたちの戦いを見つめていた賢者ライフルは、傍らにいる賢者スナイプに訊くと、スナイプは首を緩く振って答える。
「ジンくんには、もともと風魔法を使う素地はあったのよ。でも、私はエレメント違いの魔法を教えたりしていないわ。それは違反ですもの。
きっと、ウェンディか誰かが教えたんでしょうね。あるいは、自然と開花したってこともあるかもしれないけれど」
そう言うと、ライフルを振り返って言う。
「それはそうと、さっきの話。アルケーの新しい情報についてだけど、先に聞いておいた方がいい気がしてきたわ。概略だけでも話してくれないかしら?」
するとライフルは、チラリとメロンを見る。スナイプは真面目な顔でうなずいて、
「彼女なら大丈夫。シェリーちゃんやワイン君に聞いたんだけれど、あなたは元・木々の精霊王マロン・デヴァステータ様らしいわね?」
そうメロンに問いかけると、メロンは幼さが残る顔をほころばせて肯定する。
「アルケーはジン団長と手を結ぶべきです。わたくしはアルケーを説き伏せるために『騎士団』と行動を共にしています」
「ワイン君もシェリーちゃんも、ラムさんもウォーラさんも、彼女の言葉を信じているみたい。もちろんジンくんもね? だから私も彼女のことは信じているわ。他ならぬアルケー・クロウのことですもの、彼女にも教えてあげて」
スナイプの言葉に、ライフルはうなずいた。
「分かりました。ではメロンさんも一緒にお聞きください。今回、お知らせしたいことは二つあります。
一つは『暗黒領域』に住む『闇の種族』が、アルケー・クロウに服属したようです。やむにやまれぬ事情があったと、ダークエルフ、アビスオーガ、ルナティックシルフ、それぞれの種族から密使が『賢者会議』にやって来ました。
大賢人様はその疎明を容れ、表立った行動がない限りは黙認されるおつもりです。スナイプ様たちが今後ホッカノ大陸に渡られると聞きまして、心覚えまでに情報を提供しておきます」
「ありがとう、気を付けておくわ。それで二つ目は何?」
スナイプが先を促すと、ライフルは表情を引き締めて、
「マロン・デヴァステータ様なら事実を知っていらっしゃるかもしれませんが、『賢者会議』で過去の記録を精査したところ、アルケー・クロウが複数人いるのではないかとの見方が出てきました」
そう言ってメロンを見る。メロンは眉を寄せて何かを考えているようだった。
「アルケーが複数人いる? それは偽物がいるってこと? それとも影武者?」
スナイプも眉を寄せて訊く。偽物や影武者が存在するなら、それへの対応策も考えておかねばならない。
しかし、ライフルは首を振って否定する。
「偽物や影武者ではありません。恐らくみんな本物のアルケー・クロウです。
ジン殿が精霊覇王エレクラ様の計らいで5千年前の世界に行き、『摂理の黄昏』を止めたという話を聞いて、当時のことが判る資料や伝承を調べたところ、ヒーロイ大陸にアルケー・クロウが来ていた時も、ホッカノ大陸にはアルケーの魔力を確認できたと思われる記述があったのです。
それがアルケーの意志なのか、意志だとしたらその狙いは何か、そこまではまだ判りませんが、とにかくアルケー・クロウは少なくとも二人いることは確実です。そのことも、お知らせしておいた方がいいと思いまして」
「メロンさん、いえ、マロン・デヴァステータ様。あなたはその昔、アルケー・クロウと共に摂理と世界の謎の解明に努力し、『運命の背反者』を封印したお方。
アルケーは本当に一人じゃないのですか? 差支えなければお教えください」
スナイプがメロンにすがるような眼で尋ねる。しかしメロンは顔を上げて言った。
「ごめんなさい。アルケーがどんな思いで行動しているか、わたくしにも判らないの。
でも、これだけは言えるわ。アルケーは『約束の地』を目指している。そしてアルケーはわたくしと共に『約束の地』で眠っていると」
「では、マロン様もお二人いらっしゃるということですか?」
ライフルが訊くと、メロンは首をかしげて
「そうね、わたくしも実体はあるし、その意味では二人いると言っていいのかしら? ただ、眠っているわたくしも、今のわたくしが何をして、何を感じているかは理解しているわ。だから『二人の別人格が存在する』と言ったら間違いの気がするわね」
そう言った時、
「わああーっ!」
パーンッ!
ジンの絶叫と、狙撃魔杖の発砲音が轟いた。
「今のはジンくん!?」
「狙撃の音も聞こえましたね?」
血相を変えて顔を見合わせるスナイプとライフルに、メロンは落ち着いて言った。
「不測の事態のようです。団長の所に行った方がいいでしょう」
マークスマンの怪しい眼光に射すくめられたジンは、頭を吹き飛ばされるような感覚に、思わず目を閉じて絶叫した。
「うわああーっ!」
パーンッ!
頭を押さえて叫ぶジンを見て、危機的状況を感じ取ったのだろう、間髪を入れずチャチャの狙撃魔杖が火を噴く。
「ちっ!」
チュイーンッ!
マークスマンは舌打ちをしながら、チャチャの魔弾をワンドで弾いたが、
ドスッ! ボンッ!
「おっ!?」
続いて襲い掛かって来たシェリーの矢を防ぐことはできなかった。
いや、眉間を狙って飛び来た矢を、とっさに左腕で受けたのだが、シェリーの矢には『烈火の突風』、つまり火魔法と風の拡散魔法が込められている。マークスマンの左腕はひとたまりもなく切断された。
パン、パン、パン、パン!
シュッ、シュッ、シュッ、シュッ!
「ぐぬぬ、しつこい奴らだ!」
チャチャとシェリーは、次々とマークスマンを狙って魔弾と矢を放ってくる。二人の息の合った攻撃に、マークスマンはほんの10ヤード先でうずくまっているジンに手出しができないどころか、両者の距離はだんだんと離れていく。
その時、ジンの胸が翠色の淡い光を放ち、全身を包み込んだ。
(くっ、何とか頭痛は収まったが……)
ジンは額を押さえていた手を放し、ゆっくりと首を振る。頭痛はぶり返さないし、身体のどこにも異常はないようだ。ただ一か所を除いて……。
ジンがそのことに気付いて呆然としかけた時、
「ジンくん、大丈夫!? 立てる?」
賢者スナイプの声とともにふわりと甘い風が吹き、ジンをゆっくりと立ち上がらせた。
「ジン殿、わたしは賢者ライフル。スナイプ様の後輩です。大丈夫ですか?」
ジンは声のする方に顔を向けたが、視界に紗幕がかかったように何も見えなかった。
(……だが、マークスマン、いや、アルケーの魔力は感じる。あいつはどうしてもこの手で倒し、20年前のことを聞き出さないと)
そう思ったジンは、笑顔を作って答えた。
「大丈夫です。少し不覚を取りましたが、奴には僕が止めを刺します」
そう言って、『払暁の神剣』を握り直すと、魔力を頼りにマークスマンに近付く。
(いけない、団長は恐らく目が見えなくなっているに違いない。あのまま行かせたら、最悪の事態が起こる可能性がある)
ジンのかすかな変化を、敏感に感じ取ったのはメロンだった。彼女は、シェリーやチャチャの狙撃を回避し続けているマークスマンを睨みつける。小さな身体から、透き通った新緑色の魔力が燃え上がった。
「ちょっと、マロン様、一体何を?」
突然の魔力の発現にスナイプが驚きの声を上げるが、メロンは躊躇なくマークスマンに魔法を撃った。
「花が散るのは種のため。『散り逝く詠』よ、摂理から外れた存在の基を止め、永久の平安に導きなさい!」
メロンの魔力は凄まじかった。地面から生え出た若葉色に光る蔓は、動き回るマークスマンに容赦なく絡みつき、その動きを強引に止める。
「くっ! これは、四神の魔力か!?」
驚いて叫んだマークスマンの口に、シェリーが放った矢が飛び込んで炸裂した。
「あぐわっ!」
ボシュンッ!
くぐもった音を立てて、マークスマンの頭部が顎を除いて吹き飛ぶ。その時、『払暁の神剣』を構えたジンは、
「視えたっ!」
そう言うと、翠のハローを持つ黄金色の魔力を燃え立たせた。
「ジンくん、魔族を魔族の魔法で処断しちゃだめよ! 四神の魔法を使いなさい!」
スナイプの叫びに応じて、ジンは『払暁の神剣』を左手に持ち替え、右手を真っ直ぐにマークスマンへ向けて、エレクラの糾問術式を撃った。
「魔族としても外道の者よ、その魔力を摂理に還せ! ステージ4・セクト1『大地磔刑』っ!」
ドズバンッ!
地面から飛び出た岩の槍は、マークスマンの身体を串刺しにして2メートルほども持ち上げる。
「ジンくん、魔力の結節に拡散術式を叩き込むのよ!」
スナイプが続けて叫ぶ。ジンはうなずいて、
「闇の魔力は消滅し、哀れな者を平安へと送れ!『風の通い路』っ」
バシュウウンッ!
マークスマンの身体に残る『闇の魔力の結節』に、風魔法を叩き込んだ。
「ぐぐうううっ……」
すると、頭部のないマークスマンは、喉の奥から泥を吐き出すような声を上げ、瘴気と共に崩れ去った。
「やったわね、ジンくん♡」
「すごいです! さすがは『伝説の英雄』様ですね!」
マークスマンの最期を見届けたスナイプとライフルは、そう言いながらジンの所に駆けて来たが、
「……マークスマン……いや、チェスター・リー。貴様というやつは、ただ自らの強欲のために……」
ジンはそうつぶやくと、糸が切れた人形のように地面へと崩れ落ちた。
(強欲者を狩ろう!終)
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
死を超えた強敵・マークスマンは、仲間たちとの連携で何とか倒したジンですが、アルケー・クロウの情報などがだんだんと出てきましたね。
ホッカノ大陸では、どんなことが待っているのでしょうか?
次回もお楽しみに。




