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キャバリア・スラップスティック  作者: シベリウスP
トオクニアール王国編
78/153

Tournament78 A harpies hunting:part9(強欲者を狩ろう!その9)

11次元空間でマークスマンの死を見届けたジンは、仲間と合流するため港町ミーネハウゼンにやって来た。そこで『運び屋』と出会ったジンは、初めての航海に出る。

その頃、アルケーによって蘇ったマークスマンは、新たな罠を張り、ジンを待ち構えていた。

【主な登場人物紹介】


■ドッカーノ村騎士団

♤ジン・ライム 17歳 ドッカーノ村騎士団の団長。典型的『鈍感系思わせぶり主人公』だったが、旅が彼を成長させている。いろんな人から好かれる『伝説の英雄』候補。


♤ワイン・レッド 17歳 ジンの幼馴染みでエルフ族。結構チャラい。槍を使うがそれなりの腕。お金と女性が大好きな『やるときはやる男』


♡シェリー・シュガー 17歳 ジンの幼馴染みでシルフの短剣使い。弓も使って長距離戦も受け持つ。ジン大好きっ子だが報われない『負けフラグヒロイン』


♡ラム・レーズン 18歳 ユニコーン族の娘で『伝説の英雄』を探す旅の途中、ジンのいる村に来た。魔力も強いし長剣の名手。シェリーのライバルである『正統派ヒロイン』


♡ウォーラ・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造った自律的魔人形エランドール。ジンの魔力マナで再起動し、彼に献身的に仕える『メイドなヒロイン』


♡チャチャ・フォーク 13歳 マーターギ村出身の凄腕狙撃手。村では髪と目の色のせいで疎外されていた。謎の組織から母を殺され、事件に関わったジンの騎士団に入団する。


♡ジンジャー・エイル 20歳 他の騎士団に所属していたが、ある事件でジンにほれ込んで移籍してきた不思議な女性。闇の魔術に優れた『ダークホースヒロイン』


♡ガイア・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造ったエランドールでウォーラの姉。『組織』に使われていたがメロンによって捕えられ、『騎士団』に入ることとなった。


♡メロン・ソーダ 年齢不詳 元は木々の精霊王だがその地位を剥奪された。『魔族の祖』といわれるアルケー・クロウの関係者で、彼を追っている。


   ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


「……くそう、結構大変な手間だったなあ」


 僕は、頭をフル回転させて別の次元空間(後から判ったことだが、マークスマンが操っていたのは『11次元空間』だったそうだ)からやっとのことで抜け出した。


 次元空間の出口は僕らが住んでいる空間のどこにでも開くことができるらしく、僕が姿を現したのは『騎士団』のみんなが待つミーネハウゼンの郊外だった。


「……マーレ様が教えてくださったとおりだな。あの波止場に『騎士団』の皆が待っているに違いない」


 僕は、ミーネハウゼンを一望する丘の上から、レンガを無造作に並べたような街並みと、小波に夕日を反射させている港を眺めてつぶやく。


 思えば、ガイアの襲撃以来、僕は数日を『騎士団』から離れて過ごしている。ウォーラさんとガイアの勝負がどうなったのかはもちろん気になるが、それより僕のことを心配しているであろうシェリーのことが気になって仕方がなかった。


「これは早いところ、みんなに合流しなきゃなあ」


 僕がそうつぶやいた時、大事なことに気付いた。僕はシェリーやワインたちがどこに宿を取っているのか、まったく知らないのだ。


 ミーネハウゼンは大きな港町だ。ルツェルンほどではないにしろ、ふ頭は南北二つあるし、その中間には造船所が軒を連ねている。当然人口も多いし、宿屋だってかなりの数に上るだろう。


 そこで、僕は宿を探すのは諦めて、僕たちをホッカノ大陸まで運んでくれるはずの『運び屋』カイ・ゾックの船まで行ってみることにした。船なら基本的に同じ名前のものはないだろうし、商売をやっている者ならば、知っている人も多いんじゃなかろうか。


 僕が丘の上からミーネハウゼンの街に入る頃には、辺りはすっかり夕日が包み込んで黄昏時を迎えていた。港町の朝は早いと聞くが、それに応じて夜に出歩く人も極端に少ないらしく、街を行く人たちも足早に通り過ぎていく。


(困ったな、誰に話しかけたらいいんだ?)


 通り過ぎていくのは、夕飯のための買い物を済ませた帰りだろう、女の人が多い。剣をぶら下げた旅人から話しかけられても、うさん臭く思われるだろうし、下手をしたら物取りと間違われるかもしれない。


 誰か男性、できれば船員が通りかからないかと期待したが、なかなか目ぼしい人物はいない。僕は潮の香りを頼りに海へと、周囲を見回しながら歩いていた。


「あんた、見ない顔だね? 旅人かい? それとも船員希望かい?」


 僕の様子が目立ったんだろう、黒髪に黒い瞳をした妖艶な女性と、金髪碧眼の美女が声をかけて来た。どちらもキルティングの丈夫そうな生地でできた服を着ていて、腰にはサーベルや剣を吊っていた。


「あ、僕たちを乗せてくれる船を探しているんですが」


 僕がそう答えると、黒髪の女性は僕を頭のてっぺんからつま先まで舐めるように見て、呆れたような声で言う。


「旅慣れちゃいるようだけど、海ってのはおかとはずいぶんと勝手が違うよ? 船乗りになりたいなら12・3歳くらいからでも遅いくらいさ。諦めな」


 どうやら僕は船員希望者と間違われたらしい。僕は苦笑しながら説明し直した。


「あ、いえ。別に船乗りになりたいわけじゃなくて、僕はカイ・ゾック船長に用事があって『アノマロカリス』号を探しているんです」


 すると二人は顔を見合わせて、


船長おやじに用事だって?」


「あなたの名前は? あたしは『アノマロカリス』主計長のクーノ・イッチだ」


 驚いたことに、二人は僕が探している船の幹部乗組員だったようだ。イッチさんと名乗った金髪の女性は僕に名前を訊いてきたので、僕も丁寧に答えた。


「これはご丁寧に。僕はドッカーノ村騎士団団長のジン・ライムです。僕たちの『騎士団』からは、ワインかジンジャーさんが話を付けてくれていると思うんですが」


「ああ、ミズ・ジンジャーとは何度か話をしたことがある。なんだ、それじゃあなたはあたいたちの顧客じゃないか。失礼なことを言っちまって謝るよ。

 あたいは『アノマロカリス』航海長のカノン・アンカー。あたいたちの船にご案内するよ。ついて来てくださいな」


 こうして僕は、幸運な偶然によって『アノマロカリス』号へと行き着いたのだった。



 僕は生まれて初めて航洋帆船を見て、大きさにびっくりした。今まで見て来た舟は、4・5人乗りのボートや筏、大きくても定員20人ほどの渡し船だったから、


「なるほど、荒れる海を乗り切るには、これくらいの大きさが必要なんだな」


 思わず声に出してしまった。


 そんな僕に、カノンさんは苦笑し、イッチさんは呆れたような顔で


「何? あなた今まで船に乗ったことって全然ないわけ? 言っとくけど、あたしたちの船は同業者の中でも大きい方じゃあるけど、海が荒れる日は木の葉のように揺られるからね? 海に落っこちたり、船酔いでくたばったりしないでよ?」


 そう言うと、僕を船尾にある船長室に案内してくれる。


「船長、顧客のドッカーノ村騎士団団長をお連れしました」


 船長室の分厚い扉をノックしながらイッチさんが言うと、野太い声で、


「おう、やっと合流されたってことか。入ってもらってくれ」


 その返事を聞いて、カノンさんはイッチさんに、


「イッチ、ボーイにお茶を準備させな。それと、ドッカーノ村騎士団の宿屋に連絡だ。団長がうちに来ているってね」


 そう命令すると、僕を連れて船長室に入った。


 カイ・ゾック船長は、190センチ近い上背を持つ、想像していたより細身の男性だった。彼は船長室の窓から暮れ行く水面を眺めていたが、僕たちが入って行くとこちらを振り向いて、潮焼けした顔をニッとほころばせ、


「やあ、雇い主さん。待ちかねたぜ。まあ座ってくれや」


 そう言って、僕に豪勢な長椅子を勧めて来た。


「ありがとうございます。いろいろあって、出帆を遅らせてしまったことはお詫びします」


 僕が謝って座ると、カイ船長は機嫌を悪くした様子もなく、僕の向かいに座ると、


「まあいいってことさ。お宅の事務総長からも汐待費をいただいているからな。顧客に正当な理由があって、おれたちに損をかけないよう気を配ってくれているんだ。気にするこたぁねえぜ」


 笑顔のままそう言うと、茶髪の下の黒曜石のような瞳をキラキラさせて、


「ちょっと小耳に挟んだんだが、あんたは『伝説の英雄』だってな? もしよかったら、ホッカノ大陸で何をする予定か教えちゃくれねえか?」


 身を乗り出すようにして訊いて来る。


 僕がその勢いに言葉を無くしていると、カノンさんがクスクス笑いながら


「ごめんなさいね、団長さん。あたいらの船長ボスには子どもっぽいところがあってさ? まあ、そうじゃなきゃこんな商売なんてやってられないけれどね?」


 そう謝ると、カイ船長に、


「ボス、その話は航海中にたっぷり聞けるじゃありませんか? それより、具体的な航路の話をしておくんなさいよ? でないとあたいも海図チャートの調べようがありませんから」


 そう苦言を呈する。


 しかしカイ船長はムッとした顔で、


「なんでだよ?『伝説の英雄』と話せる機会なんてそうそうどこにでも転がっているもんじゃねえぞ? もうすぐ騎士団のみんなも乗船して来るだろうから、航路の話はお前が向こうの副団長なり事務長なりとすればいいだろ? 航路のことは航海長であるお前に任せてるんだから、いちいちおれにお伺い立てなくてもいいんだぜ?」


 そう言いながら、カノンさんを追い払うように手をしっしっと動かす。


 しかし、カノンさんも負けてはいない。


「何言ってんの? あんたはこの船と乗組員、それに荷物やお客さんに対しての全責任を負ってるんだよ!? あんたがそんなに無責任なことするってんなら、あたいは船を降りさせてもらうよっ!?」


 どすの利いた声で言うと、さしものカイ船長も折れたのか、慌ててカノンさんのご機嫌を取るように言う。


「ちょ、船を降りるなんて言うなよ。お前みたいな腕のいい航海長なんてそう居ねえんだからよ。男のロマンは後回しにすっから、機嫌直してくれよ」


 二人が言い合っているとき、ちょうどイッチさんがシェリーたちの到着を告げて来た。


「船長、航海長、ドッカーノ村騎士団の皆さんが波止場に到着されました」



 僕たち四人が甲板に出てみると、ちょうどシェリーを先頭にみんなが乗船してきたところだった。

 シェリー、ワイン、ラムさん、ウォーラさんに続いてガイアさん、チャチャちゃん、メロンさんと続き、最後にジンジャーさんが乗船すると、舷側に着けられていた階段が外される。これで『アノマロカリス』号への乗下船は出来なくなったわけだ。


「あっ、ジン。異次元に吹っ飛ばされたって言うから心配していたんだよ? 体調はどうなの? 怪我とかしてない?」


 僕の姿を見て、シェリーがすっ飛んで来て訊く。僕は彼女を安心させるために明るく笑って答えた。


「ああ、マーレ様やウェンディの世話にはなったけど、どこにも異常はないよ。それよりガイアさんは無事、ウォーラさんと仲直りできたみたいだね?」


 そこに、ウォーラさんに付き添われて、ガイアさんが僕の所にやって来た。


「どうも、我はガイア・ララ。正式型番PTD11、コードネーム『お姉さま』です。妹ともども、よろしくお願いいたします」


「うん、こちらこそよろしく。ところでガイアさん、君は誰の魔力マナで再起動したんだい?」


 僕は、ガイアさんとウォーラさんがそっくりなことに、今更のように気付いて驚きながら訊く。まあ、彼女たちは同型機、つまりは姉妹なので似ているのも当然だが。


 ガイアさんは、唇の端っこをちょっと上げる。これが彼女にとっては笑顔なのだろう。


「メロン様のマナをいただきました」


 そんな話をしていると、ワインがニコニコしながら近寄ってきて言う。


「やあ、ジン。キミの方でもいろいろあったみたいだね? バトラーから報告は受けているよ。やっと合流できたところだが、まずはカイ・ゾック船長と打ち合わせをしよう。お互いの報告は、その時にできればと思っているよ。それでいいかな?」


「そうだね。そのつもりで船長室から出て来たんだ。助言してもらえれば助かるよ」


 僕がうなずくと、カノンさんが僕たちに声をかけて来た。


「お話は終わった? それじゃ皆さん、船橋ブリッジに来ていただける?」


 僕たちは、カノンさんの後について船尾にある高くなって手すりに囲まれた場所へと移動する。そこは10メートル四方の広さがあって、真ん中には足を固定された大きな机、船尾近くには大きな舵輪があり、後方に向けて2基、両舷にそれぞれ2基の大型弩弓が据え付けてあった。


「大型弩弓が据え付けてあるなんて、まるで軍艦みたい」


 シェリーが目を丸くして言うと、カイ船長はにやりと笑って言う。


「まるで、じゃなくて、この船は正真正銘、軍艦さ。おれがこの船を造るとき、軍艦の設計を基に建造してもらったんだ。だから相手が海賊だろうと怖くはねえぜ」


「なるほど、噂には聞いていたが、キミたちの評判が良いのはこの船のおかげでもあったのか。

 今はマジツエー帝国と休戦中とはいえ小競り合いや臨検の話もよく聞くし、アロハ群島からコロリン諸島にかけての海域は海賊が横行する。


 そんな中でキミたちは依頼達成率が異常に高くて不思議に思っていたんだが、実質軍艦ならそんじょそこらの海賊が手を出せないのもうなずける。奴らの船はしょせん武装商船レベルだろうしね?」


 ワインが言うと、カイ船長は胸をそらして豪快に笑い、上機嫌でワインと話し出した。


「あっははは、事務長の旦那、あんたにゃ敬服するぜ。海や船に対する知識もかなりのもんだし、何よりあんたは切れる。どうだい、陸でつまらない暮らしを続けるより、いっちょ広い海で男のロマンってのを追いかけてみないか?」


 ワインは温顔をたたえたまま、カイ船長を適当にあしらう。


「ふふふ、悪くない話です。でも、実はボクは船酔いがひどい質でしてね? 今もちょっと心配しているんですよ、航海中皆さんに迷惑をかけやしないかってね?


 まあ、ここに居るジンやシェリーちゃんとの旅が今のボクにとっては最重要なので、この旅の目的を果たした後、船長さんのお誘いについて前向きに検討することにしますよ。

 ところで、今度の航海について、航路や日程なんかを説明していただけませんか?」


 ワインの返事に、カイ船長は残念そうな顔をしたが、すぐにカノンさんに言い付けた。


「まあ、楽しみにしておくさ。ミズ・カノン、航路や旅程の説明を頼む」


 カノンさんは肩をすくめてため息をつくと、海図を机の上に広げて、


「本船はミーネハウゼン出帆後、一度物資調達と貨物の受領のためにルツェルンに立ち寄ります。ルツェルンでの荷役は1日で終わる予定ですが、その後は南方航路を取ってアロハ群島のオウフ島、ライスハーバーに立ち寄ります。


 ライスハーバーを出たら、トオクニアール王国海軍やマジツエー帝国海軍の目をごまかすため、いったんライハナ島の泊地に投錨し、両海軍の巡検航路を突破してホッカノ大陸を目指します。ホッカノ大陸では北方の港町シャインに寄港する予定です」


 カノンさんが海図を指し示しながら説明するが、はっきり言って僕やシェリーにはチンプンカンプンだった。だが、じっと海図を見ていたジンジャーさんが、海図から目を離さずに訊く。


「南方航路が比較的穏やかなことは認めますが、オウフ島まで航海日数はどのくらいを想定しているのかしら? この航路では海流は逆になるでしょう?」


「おっしゃるとおり、海流は逆になりますので、大体2週間から3週間を見込んでいます。

 北方航路と中央航路は海流の影響があまりありませんが、北方航路は時化ますし、中央航路はトオクニアール王国の軍艦と出会う確率が高いので除外しました」


 カノンさんが説明すると、


「アロハ群島はトオクニアール王国の領土だから、こそこそ航海しなくてもいいんじゃないか? 中央航路なら10日くらいでオウフ島に着くと聞いたが?」


 ラムさんがもの問いた気な目でカノンさんを見る。カノンさんは後ろにいたイッチさんを振り返り、


「ミズ・イッチ、差支えない程度で説明してあげな」


 そう言うと、イッチさんは帳簿を持って前に出て来て、真剣な顔で言う。


「そちらのユニコーン族のお嬢さんが言うとおり、中央航路は確かに早く着くけど、トオクニアール王国の軍艦と会って臨検されるのは御免蒙りたいんです」


「……ふむ、ルツェルンで何か王国に知られてはいけない物を積み込むのかな? ああ、ボクたちは乗客だから、この船の運航については口出しはしないが、こちらに迷惑が降りかかるのだけは避けてほしいな」


 ワインが言うと、イッチさんは首を横に振り、


「何を積み込むのかは荷主との約束で口外できませんが、輸出入が禁止されている物ではないことはお約束します。端的に言うと、何を運んでいるにしろ、今の王国のやり方での臨検は受けたくない……これはあたしたちだけじゃなく、海運に携わっているみんながそう思っているはずです」


 そう言うと黙り込む。後は察してくださいって感じだった。


 世故に長けたワインやラムさんは、その様子から何かを察して顔を見合わせたが、何も言わずに航路の話に戻る。


「……まあ、さっきも言ったようにボクたちは乗客だ。海や船のことはキミたち本職に任せるよ。それで、ボクたちが下船するシャインって町について教えてくれないかい? そこは波止場なんだろうね? ボクの記憶では、マジツエー帝国は貨物船の寄港地をアインシュタットに制限しているって話だったが」


 ワインが意地悪そうな顔で訊くと、それを見たカイ船長が笑って答えた。


「ははは、あんたにゃ隠し事が出来ないって改めて思ったよ。お察しのとおり、あんたたちはシャインでボートを使って下船してもらう。

 知ってのとおり、マジツエー帝国は基本的に入植者以外の入国を認めていない。アインシュタットに行けば入国管理官に見つかって強制送還されるのがオチだからな」


「あたしたちの船は表向き海賊対策として最低限の武装をした貨物船で、乗客はいないことになっています。もちろん、管理局に提出する貨客リストに記載されているのは積み荷だけです」


 カイ船長に続いて、イッチさんもそう言う。『運び屋』を名乗るからには、その後のことも当然、考えているはずなのだが、僕の『騎士団』では最年少のチャチャちゃんはびっくり顔でシェリーに言う。


「えっ!? それじゃ、あたしたちはマジツエー帝国にほっぽり出されるんですか? 向こうでコワイ人に捕まったらどうしよう?」


 その声が聞こえたのだろう、カノンさんが笑ってチャチャちゃんに言う。


「まさか? あたいたちは最後まで乗客に責任を持つよ。

 あっちにはあたいたちに協力してくれる人がいるんだ。あんたたちが下りる場所まで迎えに来てもらう手はずはついているよ。後はその人に任せていれば、2・3日でマジツエー帝国を大手を振って歩けるようになるはずさ」


「事前に情報が漏れると協力者に迷惑をかけるんで、直接会うまでは名前とかも秘密にしているんだ。悪く思わねえでくれよな?」


 カイ船長は頭を掻きながら言う。その説明にチャチャちゃんも少し安心したようだ。


 こうして、僕たち『騎士団』は、初めての航海に出発した。


   ★ ★ ★ ★ ★


 アルケー・クロウがジンとマークスマンとの戦いの場に現れた……そのことは、『賢者会議』でも情報をつかんでいた。


 大賢人ライトは、トオクニアール王国とアルクニー公国との国境付近に不穏な魔力を感知して以降、賢者ハンドを近くに派遣してその動静を探っていた。


 そのため、他の国主がマークスマンとダークエルフ軍の動向を知った時には、ライトはすでにドッカーノ村の住人たちをすべて避難させていた。


 その後は、賢者ライフルが連れて来た賢者スナイプと共に事態を注視しながら、善後策を考えていたのだ。もちろん、状況が悪化した場合、自分も含めて『賢者会議』の総出撃も視野に入れていた。


 だが、幸運なことに、ライト自身が


『マークスマンはジン・ライムに討たれる運命にある』


 と予言していたとおり、マークスマンはジンの魔力の前に敗れ去った。実際止めを刺したのは『組織ウニタルム』のカトル枢機卿フェーデルだったが、そんな細かい経緯はまだこの時点では判っていない。


「……そこまでは我も見通していた。しかし、アルケー・クロウが介入してくるとは想定外だった」


 難しい顔をしてライトが言う。彼女の側にいるスナイプ、ライフルの顔も強張っていた。


 なにしろ相手は『魔族の祖』と言われ、この世に魔族を生み出し、魔王まで出現させてしまったという存在である。


 彼女たちがアルケーの魔力を感知した時、あまりに強大で禍々しい魔力に戦慄するとともに、自らの存在を隠しもしない傍若無人さに、恐れを通り越して呆れさえ感じていた。


 そして、アルケーとジンが戦闘に入った場合を危惧した賢者スナイプが血相を変えて立ち上がった時、


『ライフル、スナイプを止めよ!』


 ライトが鋭く命令し、賢者ライフルはスナイプに抱き着いて、今にも部屋を飛び出そうとしているスナイプを必死に押さえつけた。


『離して、ライフル。今ジンくんを死なせるわけにはいかないの!』『スナイプ様、落ち着いてください!』


 スナイプの悲痛な叫びとライフルの困惑した大声が部屋に響き渡る中、大賢人ライトは立ち上がって、鋭い表情で北の方角を見据えていた。


(アルケーはジン・ライムには手は出さぬ……その昔、彼がマロン・デヴァステータと交わした約束を覚えておればな。しかし、その約束を忘れておったり、マロンに憎しみを感じておったりすれば、我の出番かもしれん。我ではアルケーの前に1分立っておられれば御の字だが、ジン・ライムを逃がす時間くらいは稼げよう)


 そんなことを考えていたライトの耳に、


『大賢人様、峠の関所からマークスマンとアルケー・クロウが消えました』


 息を切らしている賢者ハンドの声が聞こえた。


『どういうこと!? ジンくんは無事なの?』


『えっ、賢者スナイプ様!? どうしてここに?』


 胸倉をつかまんばかりの勢いで尋ねるスナイプを見て、ハンドは当惑した顔をするが、


『我が協力を願った。それよりハンド、詳しく報告してくれ』


 自分を見つめて落ち着いた様子で命令するライトの態度で、ハンドも当惑から抜け出たのだろう、同じく我に返ったスナイプがホッとした様子で椅子に座り込むのを見て、


『ジン・ライム殿はマークスマンが編んだ11次元空間の中に居ました。

 自分はその空間に突入したわけではありませんが、マークスマンの息が切れ、ジン殿の気配が11次元空間の外で感じられた後、物凄い魔力が空間内に現れました。


 その魔力は数分で消えましたが、同時にマークスマンがどこかに立ち去るのをこの目で見ました。どこに行くのか後をつけようとも思いましたが、罠かもしれないのでとりあえず報告に戻って参りました』


 そう、ゆっくりと報告をする。椅子に座ったスナイプが、あからさまにホッとした表情をした。


「状況を整理しよう。マークスマンはジン・ライムから討たれたが、アルケー・クロウが蘇らせた……ハンドの報告を聞く限り、我にはそうとしか思えない」


 大賢人の言葉に、賢者ハンドやライフル、そしてスナイプもうなずく。


「と、すると、マークスマンは再度ジン・ライムを狙うだろう。アルケーが蘇らせた魔人だ、その力は生前のそれを上回るだろう」


 ライトはそう言うと、スナイプを見て、


「ジン・ライムはマークスマンを討ち取ったと安心しているだろう。そこを襲われたらいかにジン殿でも苦戦は免れまい。スナイプはこのことをジン殿に知らせて、彼を守ってくれないか? そなたが行ってくれれば、我は安心だ」


 心なしか優しい顔で頼んで来る。スナイプは一も二もなくその依頼を快諾した。


「お心遣い、ありがとうございます。私は早速ジンくんの所に行きます。大賢人様も、お身体を大切にしてください。『魔王の降臨』も、これからが本番ですので」


 スナイプは幸せそうな微笑を浮かべると、転移魔法陣を描いてその中に消えた。


「……アルケー・クロウのことは二人に任せよう。我らは我らがすべきことをやらねばならない」


 大賢人ライトは、その場にいる賢者ハンドとライフルにそう言うと、疲れたような微笑を浮かべた。



 そこは、形のない世界だった。光に満ちていたが、それは一つの光源から発せられるものではなく、薄い霧で乱反射した光が、そこに居る青年を四方八方から包み込んでいる……そんな水墨画のような風景だった。


 青年は180センチを超える長身で、長く伸ばした白髪を首の後ろでくくっている。黒の詰襟服を着ているが、手袋と靴は純白だった。


 足元を霧が流れているが、青年はそれを気にすることもなく歩みを進める。どこまでも平らで、それでいて果ては見えない世界。足元を脅かすものなど何もないことを、青年は良く知っていた。


「エレクラ、今度は何が起こった?」


 不意に幼い声が青年に呼びかける。青年は琥珀色の瞳で真っ直ぐに前を見つめ、静かな声で答えた。静かだが凛として、霧の中をどこまでも伸びていくような涼やかな声だった。


「どうやら『摂理の黄昏』が発現するようだ。ホッカノ大陸に『闇の種族』が現れたり、死人が蘇って使役されたりしている。目に余るものがあるので、今のうちにアルケー・クロウを四神で追討したい」


 それを聞いて、エレクラの前に、白髪でアンバーの瞳をした10歳くらいの少女が現れる。少女は白いワンピースの裾をひらひらさせながら宙に浮かんでいた。


「アルケー・クロウが目覚めたとでも言うか? 我は彼の波動を感じぬぞ。彼はマロン・デヴァステータと共に『約束の地』で未だ目覚めぬ眠りについておるが?」


 不思議そうに言う少女に、エレクラは


「5千年前のアルケー・クロウが、ジン・ライムを狙ってこの世界に来た。マロン・デヴァステータもその後を追って来ている。『摂理』は、同一人物が同一の時間軸において異なる空間に存在することを禁じていない。ならば5千年前のアルケーが存在することで、今のアルケーが目覚める可能性がある。先ずは5千年前のアルケーを追討したい」


 そう説明する。


 少女はエレクラの説明を聞いて納得し、


「そうか、近頃異端の魔力を感じておったが、それが5千年前のアルケーだとしたら納得だ。だがの、エレクラ。アルケーやマロンは『運命の背反者(エピメイア)』と協力したことを後悔し、自らエピメイアを封じて眠りについた者たちだ。


 5千年前のアルケーを追討することで、今の彼らの眠りを不必要に覚ます必要などないぞ。要は『居るべき時空』に戻せばよいのだろう?」


 そう、こともなげに言う。


 エレクラは心配そうな顔で訊く。


「お言葉ですが『摂理の調律者(プロノイア)』様、相手は魔族を創造し、自ら摂理の外にある存在と豪語していた人物。そう簡単に行きますか?」


「無論だ。もし我にそれが出来かねるとあらば、そなたたち四神で彼を追討することの方こそ現実味が薄いとは思わんか?


 心配するな、そのアルケーは実態ではなく、恐らくアルケーの無念や荒ぶる精神こころが形を取ったものだろう。いわば『アルケーの一部』だな」


「アルケーの一部……」


 エレクラがそうつぶやいた時、プロノイアは腰に巻いたベルト……青く染めた麻と金糸を撚り合わせ、細いひも状にしたものを三重巻きにしている……に左手を当て、右手をゆっくりと天に向ける。右手が天を指した瞬間、この世界を覆っていた霧が一瞬晴れ渡り、眩い閃光が走った。


「もうよいぞエレクラ。目を開けい」


 プロノイアの言葉で目を開けたエレクラは、


「今のは?」


 ただ一言訊く。プロノイアはにこと笑い、同じく短く答えた。


「調整しただけだ」


 エレクラはそのことについてそれ以上訊かなかったが、代わりに


「もしアルケー・クロウが目覚めたとしたら、我々が討伐してよろしいですか?」


 そう質問を投げかける。プロノイアは幼い顔の眉間にしわを寄せていたが、


「……アルケーが目覚めた時、エピメイアが目覚めていなければ討伐もよかろう。

 だが、エピメイアが目覚めていたとしたら、少々厄介なことになる。その時は『繋ぐ者』がどれほどの活躍を見せてくれるかにかかっておろうな」


 そう答えると、エレクラの顔を見て、真剣な表情で


「我は摂理の調律をことさらにないがしろにして居ったわけではない。人間の世界には『賢者会議』があり、我々の力添えがなくても世界を回して居ったからな。


 しかし、摂理にはどうしても不完全に見える部分がある。そのことに気付いてしまったがゆえに、エピメイアも我と袂を別ったのだが……」


 そう言いかけた後を、エレクラが引き取って続ける。


「……『事実は直感に反する』ということですね? ジン・ライムもまた、『摂理の破壊者』となってしまった場合は、いかがいたしますか?」


「……そのような兆候があるのか?」


 翳のある表情でプロノイアが訊くと、エレクラは口元を緩めて首を横に振り、答えた。


「兆候……そうですね、私に基づく魔力より魔族としての魔力が強くなってきているようです。アルケー直系の魔族であり、ライム一族の血も引いていますから仕方のないことではありますが」


「ふむ……」


 エレクラの話を聞いたプロノイアは、小首を傾げて考えていたが、


「彼には2度会ったことがあるが、いい青年だったと思う。魔族の血に囚われてしまうのは惜しいな。できる限り彼を導いてやってはくれんか?」


 エレクラの目を見て、何かを悟ったかのような表情で言った。



 一方で、大賢人ライトからジンとの合流を示唆された賢者スナイプは、ジンの居場所を特定することに全力を挙げた。


(マークスマンと戦ったのはヘンジャー街道の関所。ジンくんたちの行動を考えれば、ロネット陛下のもとへ状況報告に戻るか、『賢者会議』に向かっていたか、マジツエー帝国を目指すかだわね。


 直前までの行動では、オッペルを目指していたというから、マジツエー帝国に渡るためルツェルンへ行こうとしていたと考えるのが妥当なところだわ)


 そう結論したスナイプは、いったんアルトルツェルンへと向かった。


 ここには、彼女の隠れ家があったのだが、今は燃えてしまって跡形もない。しかし彼女はその土地を手放してはいなかった。彼女が焼け落ちた家の残骸がまだ残っているその場所に向かったのは、ある目的があったためだ。


(もう『魔王の降臨』は否応なく始まる。私はエウルア姉様やエレノア姉さまのもとへ駆け付けなければならなくなるだろう。そうなる前に、どうしてもジンくんに渡さなきゃならないものがある)


 スナイプは、焼け落ちた材木が積み上げられた敷地に足を踏み入れると、転移魔法陣を描いてその中に入る。彼女が転移魔法陣から出た先は、地下の一室だった。


 地下とは言っても、じめじめした感じは微塵もない。明り取りも工夫を凝らしているのか、多少薄暗い程度で、中で何かの作業をするのに支障がない程度の明るさはあった。


「大枚はたいてこの地下室を造って良かったわ。火事の影響なんてどこにもないし、ここに避難させた物も盗まれてもいないし。

 すべてがうまく行ったら、ここでジンくんと暮らすのもいいかもね」


 思わずそう言って、苦笑しつつ首を振るスナイプだった。そんな未来があるとはまったく信じていないくせに、未練がましい言葉を口にする自分をわらっている表情だった。


(ジンくんにはシェリーちゃんもいるし、ラムちゃんもいる。私みたいなおばさんの出番なんてないわよね)


 スナイプは自分に言い聞かせて、探し物に集中することにした。地下室はそれほど広くはないというものの、生活するのに最低限必要なものの他、実験器具や魔導書、そして彼女にとって大事なものをすべて運び込んでいたため、お目当てのものを掘り出すのはなかなかの難事だったのだ。


 それでも彼女がなんとかそれを見つけ出した時、すでに外は暗くなりかけていた。


「……あら、もうこんな時間になっちゃったのね? 考えてみたら探し物に夢中でお昼も食べていないし、ジンくんの居場所を特定するのは、お腹に何か入れてからにしよう」


 スナイプは地下の別室にある厨房に入ると、手早くベーコンエッグの炒めアスパラ添えを作る。


「うん、結構食べられるようになったわ。やっぱり料理って経験値がものを言うところもあるわね」


 最初この料理をふるまった時のウェンディとヴィクトールの反応や感想を思い出しながら、スナイプは満足して食事を終えると、探し出したものを改めて確認するために、古びた箱から取り出した。


「……このネックレス、どう見ても真ん中の輪っかには宝玉が嵌められていたみたいね。

 これが『風の宝玉』に関するアイテムなら、どうしてこれをエレノア姉さまが持っていたのかが謎だけど」


 スナイプが見ていたのは、銀製の正方形の台座の中央に、直径15センチほどの丸い穴が穿たれたものだった。正方形の頂点の一つにがっちりとした留め金があり、そこに銀の鎖が通してある。その反対側の頂点は、穴の縁から細く切り欠かれている。一見してネックレスだが、本来は別の用途に使われていたものだろうことは容易に想像できた。


「とにかく、あの時エレノア姉さまが言われたジンくんに渡してほしい物って、これに違いないわ。後はジンくんの居場所を特定するだけね……」


 そう言うとスナイプは、深い瞑想に入った。


   ★ ★ ★ ★ ★


 トオクニアール王国にはいくつかの幹線道路がある。王国南方でアルクニー公国への街道の出発点となっているハンエルンから、王国随一の港町ルツェルンを結ぶ街道も、そんな主要幹線の一つだった。


「ヘンジャー街道の関所占領事件が解決して安心していたのだが、マークスマンがこれほど大っぴらに暴れまわるとはな」


 トオクニアール王国王都フィーゲルベルクでは、国王ロネットが秘書官長のヘルム・リングからの報告を受けて苦り切った顔をしていた。


 マークスマンは、『組織ウニタルム』と協力関係にあることを精霊覇王エレクラに暴かれ、エレクラ自身の手で大賢人を罷免された。


 それ以降、新たな大賢人ライトによってマークスマン追討命令が出されたため、彼は全国の魔法使いから追われる身になった。関所占拠以前にも、何度かマークスマンを狙って返り討ちになった魔法使いが数十名いたが、関所の事件後、その数は何倍にもなっていた。


「……要因の一つは、マークスマンが姿を隠そうとしていないからだと思います。関所事件以前は、恐らく単身で大賢人様かジン・ライムを狙っていたため、自分を狩る魔法使いが邪魔で、できるだけ見つからないようにしていたのでしょう」


 ヘルムがそう言うと、隣に立っている女性が、その後を受けて言う。


「もう一つは、自身の根拠地をぜんぜん移そうとしていないことです。魔術師たちが返り討ちにあったのは、ハンエルンとルツェルンを結ぶ街道の中間地点とその周辺に集中しています。追討命令を奉じる魔術師たちにとっては探さないでいいので、安易に襲撃をしかけて返り討ちになっているものと思われます」


 ヘルムの双子の妹ハルは、報告の後、


「わが君、『賢者会議』の追討命令は君主にも効力が及びます。魔術師たちの被害が百人を超えている現状を鑑みると、国として動かないでもいいのでしょうか?」


 そう意見を述べる。


 ロネットは、その場に居合わせたクワトロ・リング元帥に問いかける。


「クワトロ大将軍、マークスマン追討軍の発出についてどう思う?」


 クワトロは、厳しい目をヘルムとハルに当てて答える。


「マークスマンは大賢人としての考えを糾弾されて罷免されたもので、魔力をはじめとした戦闘力は他の追随を許しません。百人出せば百人、2百人出せば2百人が彼の好餌となるだけでしょう」


 即答したクワトロに、ハルとヘルムは黙り込んでしまう。ロネットは笑って、


「ハルは余が『賢者会議』から睨まれぬように気を遣って言ってくれたのだ。余もこの件は騎士団『エルドラド』のエドモンド・ナカムラ総長に依頼している。『エルドラド』の出撃が無理でも、いい騎士団を紹介してくれるだろう」


 そうクワトロに言った。


 クワトロはうなずいて、


「いいご判断です。私見としては、『エルドラド』が出ない場合、アルクニー公国の『ドッカーノ村騎士団』か『ドラゴン・シン』、リンゴーク公国の『ヘルキャット』か『スーパーノヴァ』を選定なさるといいかと。どの騎士団も、団長が一流の魔戦士ですゆえ」


 そう意見を述べる。


 クワトロが口にした騎士団の名を聞いて、興味を覚えたのか、ロネットが珍しく下世話な話題を口にした。


「ふむ、いずれも当代名の通った一級騎士団だが、『ドッカーノ村騎士団』とは? どこかで聞いた名前ではあるが」


「お忘れですか? オー・ド・ヴィー・ド・ヴァン殿の推薦で謁見されたことがございますよ? 団長のジン・ライム殿は、今回のマークスマン事件の発端になった方ですが」


 内務尚書のアスカ・ターレットが言うと、ロネットはポンと手を叩いて、


「おお、ジン殿ならよく覚えている。そうか、彼の騎士団は『ドッカーノ村騎士団』というのか。覚えておこう」


 そう言うと、クワトロ元帥を見て言った。


「大将軍、もし『エルドラド』が出られないと言ってきたら、ジン殿の騎士団に出撃要請を出してくれ。彼ならマークスマンを倒せると思う」



 ハンエルン=ルツェルン街道の中間辺り、オッペル街道が交差する辺りは、あちらこちらに疎林がある。この辺りは交通が多く、馬車や牛車が多い時には渋滞が発生することもあり、疎林は旅人や牛馬に格好の憩いの場を与えてくれるのだ。


 しかし、ここ4・5日は誰も疎林には近寄らず、それどころかこの交差点を敬遠して、途中から脇道に逸れる旅人がほとんどだった。


 その理由は、いくつかの疎林の中を覗いてみれば判る。


 司直隊の努力で、ほとんどの疎林の中は整理されていたが、それでも異様な臭気が立ち込めているのに気付くだろう。いや、不幸な旅人なら、魔術師たちの死体が折り重なっている光景を目にすることになったかもしれない。


 ここ数日、マークスマンとその追手たる魔術師たちは、この付近を中心に凄絶な戦いを繰り広げていた。と言っても、『凄絶』なのは決まって魔術師側だったのだが。


 今日もまた、数十人の魔術師たちがこの場所にやって来て、マークスマンの姿を探していた。まだみんな若く、首領の男でも30代ではないかと思われた。


 首領は交差点付近の大木の陰に陣取り、配下の魔術師たちは二人一組になって周辺の疎林の偵察を行っている。


「兄貴、ダメです。どこにもいやがらねえ。この辺りの疎林はあらかた探してみましたが、どこもかしこも死体の山か血膿の海しかありませんでした。ひょっとしたら、拠点を変えたのかもしれませんぜ?」


 袖付きの革鎧を着た若者が、首領らしき男に報告する。『兄貴』と言われた男は、金髪の下の碧眼をその男に向け、甲高い声で答える。


「もっとよく探せ! 俺はこの近くにマークスマンの魔力を感じているんだ。奴を倒せば、俺たちは一躍、両大陸に名を馳せ、『賢者会議』からの覚えもめでたくなるんだぜ。もっと気を入れて、精神を研ぎ澄ますんだ」


 すると、報告した男とは別の、茶髪の若者がおずおずと訊いてきた。


「あのう、兄貴、本当に俺たちでマークスマンを倒せるのかな?」


 兄貴と言われた男は、冷たい視線をその若者に向けると、蔑んだように言う。


「なんだ? 怖気づいたか? 昔っから言うじゃないか『虎穴に入らずんば虎子を得ず』ってな。一足飛びに有名になりたけりゃ、男たるもの大きな賭けもするもんだぜ?」


「けれど、相手が相手だしなあ。さっきの疎林に転がってたお六なんか、とても人間とは思えないほど滅茶苦茶だったし。いったいどんな魔法を使ったら、人間があんなズタボロになるんだろう?」


 若者の顔色は、まるで死人そのものだった。彼の後ろにいた少年も、その現場を思い出したのか、うっと声を上げると、その場で激しく嘔吐した。


「わっ、手前、情けないぞ。手前みたいな奴は俺の弟子じゃねえ! 荷物をまとめて、とっととウンターヴァルデンに戻りやがれ!」


 首領の怒りを見て、仲間たちが少年をどこかに連れ去る。


「ったく、これだからひよっこは困る。いいか、マークスマンだって人間だ。俺たちと同じペーペーだった時代もあるはずだ。お前たちも、この俺が直々に修行を見てやってるんだ。もっと自信を持て!」


 首領は、若者の報告が自分の部隊の士気を下げるのを恐れてか、自信に満ちた態度で弟子たちに訓示を垂れる。


「マークスマンは大賢人とは言いながら、術式が少ないことでも有名だった。そんな奴、『七色の技を持つ男』と異名を取った俺の敵じゃねえ!」


 首領がふてぶてしい顔でそう言った時、


「……そうか、ではわしの前にどれだけ立っていられるかを試そうじゃないか。お前が1分を超えてもなお生きていたら、わしの首をただで持って行っていいぞ」


 そんな声がして、首領のいる場所から街道をはさんで向かい側に、大賢人の衣装を着込んだマークスマンが現れた。


「げっ!?」


 意表を突かれて固まる首領を、マークスマンは感情のこもっていない声で挑発する。


「どうした、怖気づいたか? 自分の腕に自信がないなら、尻尾を巻いて逃げ帰るといい。逃げる奴に手出しをするほど、わしは落ちぶれちゃいないからな」


 マークスマンの物言いに怒気を発したか、周りを取り囲んでいるという安心感もあって、首領は猛気を取り戻して言った。


「笑わせるな!『賢者会議』から追討命令を受けた重罪人の分際で。そちらこそ、今降伏したら命だけは助けてやらんでもないぞ?」


 首領の威嚇を見て、周囲の弟子たちも士気を取り戻す。無名の彼らが一躍名を上げる絶好の機会なのだ。全員が飢えたオオカミのような目でマークスマンを見ていた。


 しかしマークスマンは周囲を見回すこともせずせせら笑って、


「身の程知らずとはお前のような者を言う。戦いは口先でするもんじゃないぞ」


 そう言いながら緋色の瞳を光らせた。


「うげっ!?」ボシュンッ!


 何をどうされたのか、首領の頭がいきなり熟れたスイカのように爆散し、辺りは一瞬、血飛沫で赤く翳った。


 その赤い霧が一瞬で晴れると、そこには頭部を失った首領が首から血を噴き出しながらゆらゆらと立っている。周囲の弟子たちは、何を見せられているのか、脳の処理が追い付いていないようで、ただ茫然と突っ立っているだけだ。


 ドサッ!


 数秒後、力を失った胴体が地面に転がる音を聞いて、弟子たちの間に恐慌パニックが広がる。


「うわあっ!」

「兄貴がっ!」

「助けてくれっ!」


 弟子たちは、目を引きつらせ、襟元を鉤爪で引っ掴まれたような表情をして一散に逃げ散った。


 蜘蛛の子を散らすように逃げていく弟子たちの姿を見ながら、マークスマンは満足そうに、


「……これで駒は揃った。あとはジンのそっ首をねじ切って、アルケー様の前に差し出すだけだ。それでわしは摂理の秘密を手に入れ、永遠の存在となれる」


 そうつぶやいた。


 そして弟子たちの姿が完全に見えなくなった時、マークスマンは転がっている首領の死体に向かって、皮肉たっぷりに呼びかけた。


「哀れな奴め。木偶の坊だった貴様にも活躍の場を与えてやる。ついて来い」


 すると、マークスマンの身体からあふれ出た漆黒の瘴気が死体を包む。その瘴気が消えた時、首領の死体と共にマークスマンの姿は消えていた。



 マークスマンが消えた後、その場に白髪の青年が姿を現し、周囲の様子をサッと眺めて不気味な笑みを浮かべて言う。


「マークスマンもなかなかやるじゃないか。しかし、自分がまだ生きていると思い込んでいるとは、元大賢人が聞いて呆れる。本当のことを知った後の、奴の顔を拝むのが今から楽しみだ」


 青年はそう言って高笑いをし始めたが、不意にその笑いを収め、真剣な顔で周囲を見回す。どことなく不安そうな顔だった。


『アルケー・クロウ、誰を探しているの? 何を恐れているの? わたくしはここにいて、別にあなたに危害を加えるつもりはないわ』


 急に背後から少女の声が聞こえて来て、アルケーはびくっと身体を震わせる。そして恐る恐る声がする方を振り向いて、一瞬顔色を変えた。


「アルケー、わたくしはあなたがこの世界に来て、わたくしとの約束を破るんじゃないかと心配しているの。すでにあなたはマークスマンを通じて何か企んでいるみたいだし」


 そこには、身長140センチ程度で見た目は12・3歳の少女がいて、明るい緑の髪の下の深い緑色の瞳でアルケーを見詰めていた。


 少女は、胸の前で手を組んで、哀しそうな顔をして言う。


「アルケー、わたくしがあなたにジン・ライムに手を出さないでってお願いしたのは、あなたとジン・ライムが反目していては、『摂理の黄昏』を終息させることができないからです。と同時に、魔族が背負った運命の輪を、この辺りで断ち切りたいのです」


「……マロン、魔族の運命の輪を断ち切ることは、神や魔の存在をこの世界から消滅させることに他ならない。残るのは摂理に背を向けた人間だけだ。


 そんな世界が幸せなものになると、君は本当にそう信じているのか? 摂理は神が打ち立て、その中には魔族や亜人たちすべても包含されているんだぞ?」


 マロンは、怒りを押し殺したように言うアルケーに、母のような微笑を向けて答えた。


「アルケー、摂理は変わっていくものです。世界の中で不壊なる真実は、『変わらないものは何もない』ということだけ。わたくしたちはその世界の中で、ただ運命を紡いでいく……そのことは、あなたとわたくしとで、同じ見解にたどり着いていたではないですか」


 黙ってマロンの言葉を聞いていたアルケーは、ぐっと両拳を握りしめると、


「……俺はッ、君のために……」


 そうつぶやいたが、すぐに顔を上げて


「マロン、摂理に対する見解は君と同じで、それは変わっていない。ただ、君と違うのは永遠に対する希求の度合いだ。俺は俺の納得する摂理を追い求める。それでジン・ライムと対立することになったとしても、それこそが運命と諦めてくれ」


 そう言って、サッと姿を消す。マロンが引き留める暇もなかった。


「待って、アルケー!」


 そう叫んだが、マロンはアルケーが消えた空間を茫然と眺めて哀しそうにつぶやいた。


「……あなたが摂理を超えた存在でなかったら、永遠にこれほど執着はしなかったかもしれない。『運命を紡ぐ者』が、あなたの認識を変えてくれるしかないのかしら」


   ★ ★ ★ ★ ★


 『アノマロカリス』号での航海は、かなり快適だった。まあ、外洋ではなく沿岸を、陸地を見ながらの航行だったから揺れも少なかったし、初めての船旅だったからってこともあるだろう。


 カノン航海長の話では、ヒーロイ大陸東岸には北向きの海流が流れているそうで、それに乗っての航海だったから船の揺れも少なかったらしい。


「ルツェルンで荷物を積んだら外洋に出るので、そん時ゃ揺れはこんなもんじゃないよ」


 潮焼けした顔でそう言われて、正直シェリーやチャチャちゃんはビビっていた。


 『船酔いには弱い』と言っていたワインだが、案外元気そうに船橋でカイ船長と談笑している。時にはカノンさんの代わりに六分儀での天測までやっているようだ。


 彼は該博で、旅に慣れていることは知っていたが、まさか海のことまで守備範囲にしているとは思わなかった。


 ジンジャーさんも船の旅は初めてではないらしく、与えられた船室でゆっくりと過ごし、時には日の光を浴びに甲板を散歩している。彼女も、ボースン掌帆長やブッシュ甲板長といった筋金入りの『海の男たち』に交じって、操帆作業や甲板掃除を手伝っていた。


 もちろん、船酔いとは全く無縁のウォーラさんとガイアさんは重作業を手伝っているし、(元精霊王の)メロンさんも、マストトップの見張り所で景色を堪能しているようだ。


 団員それぞれが船旅を満喫している中で、意外にもラムさんだけがダウンしていた。どうも彼女は、ワインの転移魔法陣で体験した亜空間酔いがトラウマみたいになっているようだ。今も彼女は船室で横になり、頭を上げることさえできないみたいだった。


 僕は、シェリーがちょうど船橋に上がって来たので、ラムさんの様子を訊いてみた。


「あ、シェリー。ラムさんの様子はどう?」


 シェリーは軽く肩をすくめると、小さなため息をついて答える。


「青い顔をして寝てるわ。吐くものがないみたいで、見ていてキツそう」


「そうか。でもカイ船長の話では、こればっかりは慣れしかないそうだしなあ」


 僕が答えると、その声を聞きつけたのか、カイ船長が僕の方にやって来て言う。


「よう、『伝説の英雄』さん。あんたの団員は本当に有能だな。客に仕事を押し付けて悪いと思ってるが、おかげで作業もはかどって助かっているよ。ところで船酔いした姉ちゃんの話だが……」


 カイ船長はそこで話を切って、海風を胸いっぱいに吸い込んで、


「うん、だいぶおかに近付いてきた。海流に乗る関係で朝から少し沖に出ていたんだが、もうすぐ見えてくる岬を回り込めば、ルツェルンは目と鼻の先だ。


 へばっている姉ちゃんも、陸に上がれば四半時(30分)くらいで元気を取り戻すさ。そう話してやればいい」


 そう言うと、ワインを見て続けて言う。


「あの事務長さんも、何年か前に船酔いでひどい目にあったようだが、船の揺れってのは身体が覚えているもんでな? 一度目より二度目、二度目より三度目の方が症状は軽くなるもんだ。あの兄ちゃんも、思ったより具合が悪くならないって言ってたぜ。


 まあ、うちの航海長に気に入られて、運用術を仕込まれているみたいだし、何かに集中しているから船酔いを感じるどころじゃないってのもあると思うぜ」


 そう陽気に言うと、


「ま、とにかくあと半時(1時間)もすればルツェルンに錨を下ろす。積込み作業に半日かけて、出帆は明日6点(午前6時)だ。遅れないでくれよ?」


 そう、豪快に笑った。



 『アノマロカリス』号は、カイ船長の言葉どおり1時間後にはルツェルンの桟橋に係留されていた。こうして僕たち『騎士団』は、まる1日ぶりに地面を踏みしめた。


 たった1日だったが、動かない大地がこんなに頼もしく思えたことはなかった。いつの間にか、常に足元が揺れている感覚に慣れてしまっていたんだろう。


「今夜は船に泊まれないのかしら?」


 メロンさんがメインマストトップの見張り所を眺めながら言う。よほどあの高い場所が気に入ったようだ。


 ウォーラさんが、ガイアさんと顔を見合わせながら言う。


「私たちも荷役を手伝えますとイッチ主計長に申し出ましたが、『積み荷の守秘義務がある』という理由で断られました。私たちが見てはマズいものって何でしょうか?」


「違法なものではないことは、カイ船長がジンに明言しているから合法的な積み荷であることは確かだ。つまり、トオクニアール王国の海軍に臨検されては困るものってことさ」


 ワインが薄笑いを浮かべながら、ウォーラさんの疑問に答える。


「どうして『トオクニアール王国の海軍』って言い切れるの? 臨検がヤバいのはマジツエー帝国もそうじゃない?」


 シェリーが訊くと、ワインは片方の眉だけを器用に上げて、


「カイ船長が臨検を気にしていたのは、アロハ群島までの航路だけだったのを覚えているかい? マジツエー帝国でいったん港もない北部に船を寄せるのは、ボクたちを下船させるためで、積み荷そのものは唯一の港であるアインシュタットで降ろす予定だ。


 つまり、積み荷はマジツエー帝国にとっては何も問題のないものだということさ。となると必然的に、トオクニアール王国にとっては問題になる積み荷だってことになる」


 そう言って続ける。


「ただ、積み荷が何かを推理はできるが、ボクたちは知らないふりをしていた方がいい。

 カイ船長がボクらの乗船を許したのは、報酬につられたからじゃない。現にボクは彼に、こちら都合の出帆延期に関する汐待料以外は、正規の船賃しか支払っていない」


「じゃあ、なんでカイ船長だけがアタシたちの希望を聞いてくれたの? アタシはてっきり、ワインがすんごい報酬を提示したんだとばかり思ってた」


 シェリーが訊くと、ワインは僕を見ながら笑って言った。


「最初、この国で最も大きい船会社に、正規の3倍の報酬で話を持って行った。そこはボクの『レッド貿易』や父上の『ルーン商会』が贔屓にしているところだからね?


 でも、にべもなく断られた。まあ、国から目を付けられちゃ、その後の営業がやりづらくなるから、そこは仕方ないと理解しているよ」


「ワイン、それ、答えになっていない」


 ジト目でシェリーが突っ込むと、ワインは苦笑しながら、


「まあまあ、話には順序ってものがあるから。

 それで僕は、『運び屋』を使うことにした。たいていの『運び屋』は海賊が合法的な仮面をかぶっているものだから、ボクは逆に正規の船賃以上を支払うつもりはなかった。


 その中でカイ船長だけが、この仕事を受けてくれた。

 彼によると、ジンが『賢者会議』につながっていて、『伝説の英雄』って噂も出ていて、ヒーロイ大陸に所在するすべての国主と知り合いだから引き受けたそうだ。

 それだけの人物なら、たとえ途中で臨検にあっても、密航者として拘束されないと読んでいるらしい。


 だが積み荷の中身を知ってしまうと、乗客ではなく乗組員として拘束される恐れがある。だから積み荷には一切手を付けさせないんだろう」


 そう説明する。僕は驚いてしまった。あの豪放磊落で、どっちかって言うとぬけた感じがするカイ船長が、思ったより緻密な頭脳を持っているのが分かったからだ。


「へえ~、あのちょっとノリの軽いおっちゃんがねえ~。『人は見かけによらない』って本当だわ」


 シェリーも同じことを感じたらしい、そう言って目を丸くしている。


「ところで、今夜の宿はいかがいたしますか? 奇数になりますから、わたしが別の宿に泊まってもいいですよ?」


 ジンジャーさんが言った時、


「大丈夫、その必要はないわ。私があなたと同室ってことでどうかしら?」


 そう言いながら、金髪碧眼の美女が路地から出て来た。



「賢者スナイプ様!」


 驚いたことに、そこに居たのは賢者スナイプ様だった。ここ数か月、顔を見ることはなく、ワインの話では四方賢者を罷免され『賢者会議』からも追われる身になっていたというが、一体何があったのか?

 僕はいろんなことを訊きたかったが、


「賢者スナイプ様、心配していました。四方賢者に復帰されるのでしょう? ジンジャーさんと同室ってどういうことですか?」


 なぜかワインがそう訊く。以前もそうだったが、ワインは賢者スナイプ様のことになると、俄然積極的になるなあ。ひょっとしてワインって年上が好みなのか?


 僕がそんなことを思っていると、スナイプ様はワインに笑いかけ、僕やシェリーを見て僕たちが想像もしていなかった爆弾宣言をした。


「イヤあね、私は四方賢者復帰を断ったわ。せっかくいい後輩が活躍しているんだもの、彼女の活躍の場を奪うつもりもないし。私は一介の賢者に戻って、エレーナ・ライムとしてジンくんの騎士団に入団したいのよ」


「ええええっ!?」

「そんなもったいなーい!」

「なんてラッキーなんだ!」

「何があったんですか?」


 僕、シェリー、ワイン、ラムさんが一斉に叫ぶ。ちなみに誰が何と言ったか、読者のみんなには判ってもらえると思う。


 ラムさんはワインをヘッドロックしながら、


「スナイプ様なら今のライト様の後を受けて、次期大賢人にもなれるはずです。一体何があったんですか? ジン様に関係することでしょうか?」


「痛い痛い、ラムさん痛い! ギブ、ギブぅ~!!」


 ワインが叫び声を上げるのにも構わず、スナイプ様に訊く。


 するとスナイプ様は碧眼をすっと細めて、小さくうなずく。スナイプ様も助けを求めるワインを華麗にスルーした。


「さすがはラムさんね。私はジンくんに力を貸したいの。『繋ぐ者』としてお姉様たち……大賢人スリング様と博士エレノア様を助けるために」


 スナイプ様の言葉に、僕は驚きが隠せない。え!? お母様は亡くなったんじゃなかったのか?


 混乱する僕を、優しい目で見ながら、スナイプ様はさらに僕を混乱させる言葉を発した。


「でもその前に、アルケーが蘇らせたマークスマンが、ジンくんを狙っているの。先ずはこの脅威を排除すべきね」


「えっ? でもマークスマンは、僕の目の前で確かにフェーゲルとかいう『組織ウニタルム』の手の者に倒されましたが?」


 僕は記憶を手繰りながら言う。あれが僕の思い違いや夢だったとは思えない。


 スナイプ様は温顔のままうなずいて答える。


「ジンくんの記憶は正確よ。確かに一度、マークスマンは命を落としているわ。


 でも、その後、アルケー・クロウが彼を生き返らせたの。マークスマンは自分を狙ってくる魔法使いを片っ端から討ち取って、自分の駒として使うつもりみたいね。


 嘘だと思うなら、ここ数日、オッペル街道やハンエルン街道で起こった出来事を調べてみるといいわ。その時間はあまりないかもしれないけれど」


 スナイプ様の言葉が終わらないうちに、僕はあの胸糞が悪くなるような凶悪な魔力を感じた。忘れもしない、確かにマークスマンの魔力だ!


 ただ、前回手合せした時よりもはるかに強力で、そしてはるかに凶暴になっている。怒り、恨み、嫉み、憎悪など、人間が持つありとあらゆる負の感情が寄り集まったような、黒くてドロドロしたものを感じさせる魔力だった。


(……これは! マークスマンは確かに人間ではなくなったようだ。とすると、こいつをやっつけるのは骨が折れるぞ)


「ジンくん、まだイッちゃダメよ。魔力を隠して」


 スナイプ様の言葉が耳元で聞こえ、僕はハッとして魔力を抑え込む。どうやら僕は無意識にマークスマンの魔力に反応して、紫紺の魔力を噴き出していたらしい。


「分かりました」


 僕がうなずくと、スナイプ様は魔力が来る方向をじっと睨んでいたが、


「ワイン君、マークスマンにはジンくんに当たってもらうわ。あなたはシェリーちゃんを助けて、ラムさんとウォーラさん、ガイアさん、そしてチャチャちゃんと共にマークスマンが繰り出してくるはずの『人形』を叩いて。


 私はジンジャーさん、そして翠のおちびさんと一緒にマークスマンを牽制するわ。マークスマンを叩くのが狙いではなく、雑魚がジンくんに近付くことと、万が一、アルケー・クロウが現れた時、みんなが逃げる時間を稼ぐのが目的よ。無茶はしないでね」


 そう、ワインをはじめとするみんなに言う。全員がスナイプ様の言葉にうなずいた。


「ジンくん、マークスマンはアルケー・クロウが使う魔法が与えられているはず。でも、あなただって四神から与えられた魔法や、魔族としての深淵に通じる魔法が使えるはずよ。

 私たちのことは気にしなくていいから、自信を持って戦ってきなさい」


 僕はスナイプ様の言葉を聞き終えた瞬間、翠のハローを持つ金色の魔力に包まれて、迫り来るマークスマンに向かって突進を開始した。


(強欲者を狩ろう!了)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

マークスマンを使い、あくまでジンを狙うアルケー。そしてジンを守ろうとする『賢者会議』や精霊覇王エレクラたち。

両陣営の思惑が入り乱れる中、ジンとマークスマンの2回戦が近付いています。

果たしてジンは、20年前のマークスマンの行動を知ることができるのでしょうか? 次回もお楽しみに。

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