Tournament77 A harpies hunting:part8(強欲者を狩ろう!その8)
遂にジンとマークスマンは刃を交えることとなった。ジンの能力に手を焼いたマークスマンは、次元転移を発動するが。
その頃、大賢人は賢者スナイプを呼び戻し、『風の宝玉』について話を聞いていた。
【主な登場人物紹介】
■ドッカーノ村騎士団
♤ジン・ライム 17歳 ドッカーノ村騎士団の団長。典型的『鈍感系思わせぶり主人公』だったが、旅が彼を成長させている。いろんな人から好かれる『伝説の英雄』候補。
♤ワイン・レッド 17歳 ジンの幼馴染みでエルフ族。結構チャラい。槍を使うがそれなりの腕。お金と女性が大好きな『やるときはやる男』
♡シェリー・シュガー 17歳 ジンの幼馴染みでシルフの短剣使い。弓も使って長距離戦も受け持つ。ジン大好きっ子だが報われない『負けフラグヒロイン』
♡ラム・レーズン 18歳 ユニコーン族の娘で『伝説の英雄』を探す旅の途中、ジンのいる村に来た。魔力も強いし長剣の名手。シェリーのライバルである『正統派ヒロイン』
♡ウォーラ・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造った自律的魔人形。ジンの魔力で再起動し、彼に献身的に仕える『メイドなヒロイン』
♡チャチャ・フォーク 13歳 マーターギ村出身の凄腕狙撃手。村では髪と目の色のせいで疎外されていた。謎の組織から母を殺され、事件に関わったジンの騎士団に入団する。
♡ジンジャー・エイル 20歳 他の騎士団に所属していたが、ある事件でジンにほれ込んで移籍してきた不思議な女性。闇の魔術に優れた『ダークホースヒロイン』
♡ガイア・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造ったエランドールでウォーラの姉。『組織』に使われていたがメロンによって捕えられ、『騎士団』に入ることとなった。
♡メロン・ソーダ 年齢不詳 元は木々の精霊王だがその地位を剥奪された。『魔族の祖』といわれるアルケー・クロウの関係者で、彼を追っている。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
「……マイティ・クロウのガキが! 貴様たちはいつも、わしの邪魔をしてくれたな。魔族が『伝説の英雄』などと笑わせるな!」
怒り心頭と言ったマークスマンの姿を見て、僕はなぜか急に冷静になった。
なぜ父はナイカトル要塞に幽閉されねばならなかったのか、なぜ20年前の『魔王の降臨』でマークスマンはウェンディや四神を訪ね回ったのか、なぜ賢者スナイプ様を『賢者会議』から汚名を着せて追放したのか。
そしてなぜ、僕はこれほど彼から嫌われているのか……。
そんな疑問が渦を巻いて、僕に次の言葉を言わせた。
「貴様は摂理の邪魔をした。その末路、俺が見届けよう」
「ほざけ!『岩突槍』!」
マークスマンの魔法が発動したのを合図に、僕らは戦闘を開始した。
「『大地の護り』!」
ズドォム!
マークスマンの魔力は確かにえげつないほど強力だった。賢者スナイプ様の話では、若い頃は大陸を巡って魔物狩りを行っていたらしい。さすがの僕のシールドも、たった1発で耐久値の半分近くを持って行かれた。
「さすがは大賢人だっただけはあるな」
僕はそうつぶやくが、マークスマンの方も真剣な顔の中に驚愕の色が見えた。
「……恐れ入ったよ。わしの『岩突槍』を完璧に防いだのは、貴様で二人目だ。ただの小僧と思っていたが、認識を改めさせてもらおう」
そう言うと、身体を覆った魔力を増大させる。その厚さは、先ほどまでとは比べ物にならない程だった。
「行くぞ、ジン・ライム!」
マークスマンは、両手に集めた魔力をそのまま僕に向けて放ってくる。それを結構な早さで連射するから、すべてを回避するのは困難だった。
バンバンバン、ピキーン!
いくつかの魔弾がシールドに跳ね返される。しかし、思ったよりも早くシールドにひびが入る甲高い音が響いた。
(魔力の強さは今まで戦った中ではアクアに次いで高いな。やはり容易ならない敵だ)
僕はそう思いながら、左手から魔弾を放ってマークスマンを牽制する。
「シールド比べなら受けて立つぞ。『不壊の土塁』!」
マークスマンのシールドは、僕の魔弾を跳ね返すのではなく吸収した。これでは耐久値をプレゼントしているようなものだ。
「ちっ! 厄介なシールドを持っているな」
どうやらマークスマンは、戦いに関して僕と同じ考えを持っているようだ。戦いに勝つためには『まずは自分が倒されないこと』が大切であると。
だからこそ、攻撃を破砕するが耐久値も下がっていくシールドではなく、相手の魔力を吸収して耐久値を上乗せしていくシールドを編み出したのだろう。
これなら最初にシールドを張りさえすれば、相手の攻撃を避ける必要もなく、しかも勝手にシールドは固くなっていく。狡猾とさえ言えるやり方だったが、長く魔物狩りを続けていくうちに編み出した知恵だろう。この一事をもっても、マークスマンの戦闘経験がずば抜けていることが判る。
「それなら、こうしてやる」
僕は意を決してマークスマンに肉薄する。
「小僧、筋はいいが、猪武者は単に狩人の餌食になるだけだぞ?」
マークスマンは魔弾を乱れ撃ちにしてくる。僕は出来るだけそれを避けようとはしたが、あまりにも多すぎるために、やはり数弾はシールドで受け止めるしかなかった。
ガン、ガン、バンッ!
シールドを割られるわけにはいけない。かと言って張り直す隙もない。だから僕は、耐久値がある程度下がったところでその内側にシールドを二重張りした。そして、魔力を発動して『払暁の神剣』を包み込んだ。
「『貪欲な濃霧』!」
『払暁の神剣』は、まるで瘴気のような紫紺の魔力に包まれる。その剣を、僕は思いっきりマークスマンのシールドに叩きつけた。
「やっ!」
ジャリンッ!
思ったとおり、剣は火花を散らしてシールドに弾かれる。
「無駄だ! わしのシールドは魔力を糧にして成長する。貴様ごとき小童に破れるものではない!」
マークスマンは憎たらしいほど余裕の表情で僕にそう言うと、両手の魔弾を叩きつけるように放ってきた。
「だあああっ!」
シュバーン!
『払暁の神剣』は、その魔力さえ両断し、
ジャッ!
マークスマンにシールドを確実に削っていく。
マークスマンは法器使いだ。今までの戦い方を見ると、彼は長距離から中距離での戦いを好むし得意のようだ。彼の持つシールドの特性から言っても、それは妥当な戦術と言えよう。
翻って僕の立場から言うと、彼とは間合いを置かずにシールドを削っていくしかない。絶対に間合いを開けさせるわけにはいけないのだ。
「小うるさい小童め、接近戦が望みなら相手してやるぞ!」
魔弾をかわしつつ、隙を見てはシールドを削り続ける僕の動きが癇に障ったか、マークスマンは魔杖を取り出して構えると、魔弾の襲撃に合わせて鋭い突きを放ってきた。
ジャンッ!
バン、ガン、パーン!
僕はマークスマンの突きを、上に払いのけてシールドに斬り付ける。魔弾がいくつも炸裂し、外側のシールドが破られたが、
ジャンッ! ドスッ!
「ぐっ!?」
『払暁の神剣』は耳障りな音と共にマークスマンのシールドを貫き、彼の左肩に突き立った。その時初めて、彼は僕がどんな魔力を剣に込めていたのかを悟ったようだ、
「小童、ドレイン系の魔力でわしのシールドを削っただと?」
マークスマンは苦々し気に僕を睨み、肩の傷をヒールで治す。
残念なことにシールドをぶち割ったわけではないので、それを阻止することはできなかったが、マークスマンをたじろがせ、シールドも盤石ではないことを思い知らせただけでもいいとしなければならない。
僕はシールドを張り直しながら言う。
「シールドも絶対じゃない。貴様は今まで貫通攻撃を持つ相手と戦ったことはあるか?」
マークスマンは碧眼を細めて僕を凝視する。相変わらずその瞳は憤怒の色を湛えていたが、それにわずかに戸惑いや畏怖のような色が混じったのを、僕は見逃さなかった。
「俺は貴様に訊きたいことがたくさんある。なぜ俺や父上を敵視するのか、20年前に貴様が何を思い、何のために動いたのか。ことの真相を話してもらおうか。『自己愛幻覚』!」
僕の魔力はマークスマンのシールドに阻止されず、彼の身体を包み込む。マークスマンは一瞬、息が詰まったような顔をしたが、自分の身に何の異常も起こらないことを見て、
「何の真似だ? 子ども騙しの魔法で小細工をするのは止めろ!」
そう、小馬鹿にしたように言った時、すでに僕は彼の後ろにいて、思い切り『払暁の神剣』を斬り下げ、斬り上げていた。
ジャンッ、ジャリーンンッ!
「何ッ!?」
マークスマンは、まったくの不意打ちで驚き、前方に跳んで間合いを開けようとする。僕はそれを追って再び斬り付けた。
ジャジャリーン!
マークスマンは、魔杖を振り回して僕の斬撃を弾こうとしているようだが、生憎と彼が見ている場所に僕はいない。『自己愛幻影』によって、彼は僕の幻を見ており、幻の攻撃を防ごうとしているのだ。
「うぬっ、小僧。さっきの魔法はこういうことか!」
ジャンっ!
さすがに2度、想定外の方向から攻撃を受けたマークスマンは、僕の『自己愛幻影』のカラクリに気付いて、僕の斬撃をすんでのところで受け止めた。
「さすがは元大賢人だな。今の貴様には俺が何人に見えている?」
僕が睨みつけながら訊くと、マークスマンは憎悪の籠った目で僕を見て、
「ふん! 貴様はだんだんとバーボンに似てきおった。あのいけ好かない男に!」
バフンッ! ドウンッ!
僕は、マークスマンの感情の昂ぶりに合わせて、彼の魔力が凝縮されるのを感じ取っていた。だからその魔力を叩きつけてくることは容易に想像できた。
マークスマンの魔力が爆ぜた瞬間、僕も魔力を噴出させる。魔力と魔力のぶつかり合いによって生じた高温の火の玉と爆風が僕らを包んだが、二人ともシールドに守られて傷一つ付かなかった。
だが、爆風によって僕らは引き剝がされ、かなりの間合いが開く。マークスマンはここぞとばかりに魔弾の弾幕を張り、さらに追撃をかけて来た。
「今度こそ息の根を止めてやる。『岩突槍』!」
ガンガンガンガン!
僕は再び剣の間合いに詰めるため突進を開始した。避けようもない魔弾はシールドで弾いていたが、マークスマンが再び強力な技を繰り出したのを見て、シールドを何重にも張って衝撃に備えた。間一髪、僕のシールドが張られた後、黄土色の光を放つ巨大な魔力の錐が、四方八方から僕に降り注いでくるのが見えた。
ドグワーン! パーン! ピキーン!
腹の底から響くような爆音の中に、甲高い音と済んだ高音が混じる。僕のシールドが割れた音と、内側のシールドにひびが入った音だった。
僕は何度目かのシールドを張り、爆炎の中マークスマンへと突進する。視界が利かなくてもお互いの位置は相手の魔力で判る。
僕は念のため、『自己愛幻覚』を発動し、マークスマンの後ろに回り込むように進路を変えた。その刹那の後、
ドシュンッ!
爆炎を斬り裂いて一条の火箭が通り過ぎた。魔弾ではなく、『岩突槍』の魔力の錐を前後一直線に並べて叩き込んで来たのだ。僕がそのまま直進したら、シールドなんてあっという間に割られ、ズタズタにされていただろう。
マークスマンの魔力が膨れ上がる。『岩突槍』が空振りに終わったと悟って、次の攻撃を準備しているのだろう。けれどそうはさせない。
僕は爆風から飛び出す直前に『払暁の神剣』を左手に持ち替え、『貪欲な濃霧』で包み込む。そして爆風から抜け、マークスマンを視認した瞬間、
「ステージ2・セクト2『大地の嘆き』っ!」
土の魔法を発動する。マークスマンの足元に大きな空間の歪みが口を開け、ものすごい勢いでシールドの魔力を吸い込み始める。
「くっ、エレクラの技を?」
マークスマンは慌てて『大地の嘆き』を無効化する魔法を撃つ。
「猪口才なっ!『土の呪縛』!」
ほんの一瞬で、マークスマンは『大地の嘆き』を消し飛ばしたが、その一瞬の遅れは僕に有利に働いた。
「ステージ1・セクト1『大地の演武』!」
ジャッ! パーン!
「うむ!?」
マークスマンは、自分のシールドが飛び散るさまを、信じられないものを見るような目で眺めていた。キラキラと破片が飛び散る中、僕はマークスマンの胸に『払暁の神剣』をたたき込んだ。
★ ★ ★ ★ ★
ホッカノ大陸。
ヒーロイ大陸から東に数千海里の波頭を越えた先にあり、今から5百年ほど前に伝説の探検家ドン・ペリー『提督』と仲間たちにより発見された。
その後、ドン・ペリーは大陸の探検と開拓を進め、その後を継いだナイフ・イクサガスキーがマジツエー帝国を建国し、入植を進めて国土を広げていった。
当初は、カッセルを首都としたが、3百年前にオルトリラに遷都し、10年前にはシャーングリラに新たな都をおいた。
そのシャーングリラから少し離れた所にアインクライン川の源流があり、源流の側にはウンターシャーングリラという村がある。この村は20年ほど前までは地図に載っていたが、今は地図からも抹消され、正確な位置や村までの経路は既に判らなくなっていた。
けれど、いつの日か帝国の人々は、
『ウンターシャーングリラには希代の錬金術師、賢者マーリン・アマルガム様がいて、世界の成り立ちや生命の起源などについて研究している』
と信じるようになっていた。
実際、賢者マーリンはウンターシャーングリラにいて、日夜研究に没頭していた。
ただ、賢者マーリンの名がマジツエー帝国の中で人の口に上るようになって、もう5百年が経っている。それなのに人々がその噂を荒唐無稽なものとせず、中にはウンターシャーングリラに赴いて賢者マーリンに会おうとする者すらいるのは、それだけ彼の存在にロマンを感じるからだろう。
そのウンターシャーングリラには、もう建物は数件しかない。
一番の高台には少し大きめの館があり、そこから一本道を下ると古い木造の小屋、石造りの倉庫のような建物、そして屋根と壁だけの大きな倉庫があり、その裏手には深い谷を渡るための蔓で編んだ吊り橋……。
そこに、栗色の髪にくりくりした碧眼を持つ少女が、ゆっくりと谷川から登ってくる小路を歩いてきた。
「……確か、賢者スナイプ様は、賢者マーリン様の研究室ではなく、近くの小屋に住んでいらっしゃると聞いていたけれど……」
少女は立ち止まって汗をぬぐいながら言う。
その時、どこからか彼女を見ていたのだろう、亜麻色の髪をした青年が道の擁壁の上から少女に声をかけてきた。
「君は賢者ライフルだね? 久しぶりにエレーナに会いに来たのかい?」
すると賢者ライフルは、少女らしいキラキラした目で青年を見上げて、
「あっ、お久しぶりです、賢者マーリン様。スナイプ様は今、どちらにいらっしゃるんですか?」
と訊く。マーリンは薬草で一杯の籠を小脇に抱えたまま、優しい微笑みをライフルに向けて答えた。
「エレーナは、僕のラボで研究の準備をしてくれている。新しい薬を開発していたんだけれど、ちょうど薬草が切れてしまってね? 採りに行ってたんだ」
マーリンはそう言うと研究室へとつながる道を歩き出し、
「一緒に行こう。そして君がエレーナを呼び出しに来た事情も話してもらえるかい? ことによっては僕も何か助言ができるかもしれない」
というので、ライフルは小走りでマーリンのすぐ後ろまでやって来ると、歩調を合わせて歩きながら、
「ヒーロイ大陸にダークエルフの軍団が現れました。そしてそれを呼び出したのはどうもマークスマンみたいなんです。
大賢人様は、ご自分が狙われていることを見抜かれて、ドッカーノ村の住民を避難させられました」
「……そしてエレーナに、自分に協力するよう依頼するため君をここに遣わした……その理解で間違っていないかい?」
ライフルの言葉を聞いて、マーリンが微笑みながら言うと、ライフルはうなずいた。
「おっしゃるとおりです。マークスマンは若い時分に諸国を遍歴して幾多の魔物を倒した猛者。それに大賢人に選ばれるほどの魔力と術式を持っています。大賢人様も万が一を考えられたのでしょう」
必死に訴えてくるライフルに、マーリンは真剣な顔で何事かを考えていたが、しばらくして笑顔に戻って、
「まあ、エレーナに話をしてごらん。彼女だって本当はヒーロイ大陸に早く戻りたいはずだ。僕がある理由で彼女をここに留めていただけだし、その理由ももうなくなったからね」
そう言うと、研究室のある家の玄関を開ける。
「マーリン様、もう薬草はそろったのですか? あら、賢者ライフルじゃない? どうしたの一体?」
玄関が開く音を聞いて、金髪の美女がやって来て、ライフルの姿を見ると碧眼をまん丸くして訊く。
「言っておくけれど、たとえあなたが大賢人様の命令で私を口説きに来たんだとしても、もう私は『賢者会議』に戻るつもりはないわよ?」
両手を腰に当てて言う賢者スナイプに、マーリンが笑いながら声をかける。
「まあまあ、エレーナ。今回ライフルはそのことでここに来たんじゃないそうだ。それよりもっと切羽詰まった事情があるようだから、先ずは彼女の話を聞いてあげるといい」
その言葉に、平常の顔色に戻ったスナイプは、
「分かりました。じゃ、ライフル、話を聞かせてちょうだい」
そう言ってライフルを家の中に招き入れた。
「用件だけ言います。マークスマンがダークエルフの軍勢と共に大賢人様を狙っています。それで大賢人様は、スナイプ様の力を借りたいとわたしをここに遣わされました」
椅子に腰かけるや否や、飲み物が出てくるより前に、ライフルはスナイプにそう告げる。スナイプも、考えてもみなかったことにしばらく言葉を無くしていたが、
「……ダークエルフはホッカノ大陸から出られないはずじゃないの? マークスマンだって、私は一度も奴の魔力をこの大陸で感じたことはないけれど。どうやってダークエルフなんかと連絡を取ったのかしら?」
そう、碧眼を細めてつぶやく。
「マークスマンがどうやってダークエルフを味方につけたのかは、この際後回しにして、どうか大賢人様に協力していただけませんか?」
ライフルが必死の面持ちでスナイプに問いかける。するとスナイプが返事をするより先に、マーリンが口を挟んだ。
「ダークエルフの件は心配しなくてもいい。恐らく四神が対応するだろう。
それより僕は大賢人ライトの身体が気になる。エレーナ、君は今研究している薬を持ってライトの所に行ってあげるといい。そしてそのまま、ジン・ライムと合流するんだ。
ただし、君はまだ君がすべきことをするための準備が整っていない。だからホッカノ大陸に来たら、必ず僕の所に一度は顔を出すんだ。いいね?」
マーリンの言葉を聞いて、ライフルもスナイプもきょとんとした顔をする。二人の表情を見て、マーリンは厳しい表情を緩めて説明した。
「マークスマンは、ジン・ライムに討たれる運命にある。これはクロウ一族というより、ライム一族とリー一族との確執が生んだ必然の結果だ。
そしてライフル、ライトの身体はずいぶん昔から『暗黒領域』の瘴気にやられていた。恐らく自分でも気が付いているだろうが、このままではもうそんなに長くはないだろう」
この言葉は、スナイプとライフル、二人に衝撃を与えた。
特にライフルは、顏を真っ青にして
「うそ……だって大賢人様の心象風景は、いつだって穏やかで、負の感情なんて一切感じられなかったのに……」
そうつぶやく。
マーリンは優しい微笑みをライフルに向けてうなずくと、
「ライトならそうだろう。彼女は『賢者会議』に戻ると決めた時、すでに大賢人スリングとは再び会えないと覚悟を決めていたはずだ。
さまざまな思いが消えた迷いのない境地に、彼女は達しているんだろう。君が彼女の心象風景に、穏やかな景色しか見ることができなかったのも当然だ。それが『摂理を受け入れた心の風景』なんだろう」
そう言った後で続けて、
「しかし、僕から言わせてもらえば、今ライトを死なせるわけにはいかない。だから僕はずっと『暗黒領域』の瘴気を研究し、その疫学的知識を蓄えていた。
僕とエレーナが作っている薬を飲めば、ライトの病気を一時的に寛解させられるだろう。エレーナも、ヒーロイ大陸に戻る準備をして待っていたまえ」
そう言うと、賢者マーリンは研究室に入っていった。
1時間後、賢者スナイプは賢者ライフルと共に、ドッカーノ村に向けて旅立った。二人を見送った賢者マーリンは、
「エレーナ、君は自分の秘密を知った時、何を考えるんだろう? 君がその秘密に触れないで生きてゆければと願っていたが……」
そう、悲しそうな顔でつぶやいた。
一方で、ライフルは『賢者会議』に戻ると、すぐにスナイプを連れて大賢人ライトの部屋に伺候した。
「大賢人様、ライフルです。賢者スナイプ様をお連れしました」
部屋の中からは、待ちかねたようなライトの言葉が聞こえる。
「入って。二人に折り入って話がある」
その声に応じて、ライフルがドアを開けてスナイプと共に大賢人の部屋に入る。ライトは立ち上がって二人に笑いかけると、身振りで席を勧めた。
二人が示された席に座ると、ライトはその正面に腰かけて口を開いた。
「まずは、ダークエルフの件から。峠の陣地を偵察した賢者ハンドからは、すでにダークエルフの姿が見えなくなっているとの報告を受けた」
「すでに進撃を開始したということでしょうか?」
スナイプが緊張した面持ちで訊くが、ライトは穏やかな顔でゆっくりと首を横に振る。
「否、ハンドの報告では、マークスマンをジン・ライムが押し留めてくれているとのこと。ダークエルフは風の精霊王の忠告を聞き入れてホッカノ大陸に戻ったのだろう」
「ジンくんがマークスマンと!? 大賢人様、私はすぐにジンくんを応援しに参ります!」
血相を変えて立ち上がったスナイプを、ライトは優しく、しかし有無を言わせぬ威厳を込めて押し留めた。
「スナイプ、急がなくてもいい。ハンドの報告ではジン・ライムが優勢だったとのことだし、我がここから感じていても、マークスマンが苦戦しているのが判る。
だからそなたがジン・ライムの所に行くときは、決着を付ける時になるだろう。それまでに、そなたに『風の宝玉』について教えてほしいことがあるのだ」
自信に満ちたライトの態度や声に、スナイプは賢者マーリンが言っていたことを思い出して、少し心が落ち着いた。
(そうよ、マーリン様は、マークスマンはジンくんに討たれる運命にある、とおっしゃったわ。賢者マーリン様と大賢人ライト様、世に冠絶する魔力をお持ちの二人が言われるんだもの、まずは信じなきゃ)
そう心に決めると、スナイプは座り直して答えた。
「大賢人スリング様が風の精霊王ウェンディ様からいただいた宝玉のことですね?」
「さよう。巷間の噂では、大賢人スリング様はその力をもって魔王の心臓を『約束の地』に封印していると伝わっている。
しかし我が調べてみたところ、『風の宝玉』には魔王と対峙するだけの力が十二分にあるはずだということが分かった。
我は、『伝説の英雄』マイティ・クロウと大賢人スリング様がいて、『風の宝玉』の力があったのに魔王の心臓を止められなかったことが不思議でならないのだ。そのことで世間の一部では『マイティ・クロウが大賢人スリング様を裏切った』という噂を立てる者もいたが、我はそれにも納得がいかない。
賢者スナイプ、そなたは『魔王と勇者の書』を読んだことがあるのだろう? それに大賢人スリング様はそなたの実の姉。20年前の『魔王の降臨』前後にマークスマンが不審な動きをしていたことは聞いたが、魔王とマイティ・クロウの戦いの件で、そなたが知っていることを包まず話してほしいのだ」
真剣な顔で言うライトの声には、悲壮感が籠っていた。20年前、スリングとマイティ・クロウは『魔王の降臨』を止められたはずなのだ。それなのになぜ、スリングは『約束の地』から還らず、マイティ・クロウもナイカトル要塞に幽閉されるような事態となったのか……ライトの胸の内にはそんな思いが渦を巻いているに違いない。
他人の心の内を観ることができる賢者ライフルには、大賢人ライトの思いが痛いほど伝わって来た。そしてその思いが、ライトの身体を蝕んでいる瘴気を活性化させることも。
だからライフルは、スナイプが事情を話し出す前に、ライトに
「……事情を聞かれたら、お身体に障る可能性があります。賢者スナイプ様のお話をお聞きになる前に、この薬を飲んでいただけませんか?」
そう言いながら、深い緑色をした錠剤が入っている小瓶を差し出した。
ライトはびっくりしてその小瓶に視線を向けたが、錠剤から発する魔力を敏感に感じ取り、笑顔でうなずいた。
「ふむ、賢者マーリン様だな? ウンターシャーングリラに居ながら我の寿命まで計られるとはさすがだ。ありがたく頂戴しよう」
ライトはそう言うと小瓶をライフルから受け取り、錠剤を1粒口にした。先ほどまで青白かったライトの顔に、血の気が戻って来る。
「それでは、私が知っていることを申し上げます」
ライトの様子を見ていた賢者スナイプは、ほっとした顔をして20年前の出来事を話し始めた。
「話の前提として、『風の宝玉』は大賢人スリング様の手元にはございません。その代わりに、昨年私のすぐ上の姉エレノアがエウルア姉様を助けに『約束の地』へと旅立ちました。今は二人がかりで魔王の心臓を『風の魔障壁』の向こう側に閉じ込め続けています」
スナイプが言うと、大賢人ライトは驚愕して、
「そんな! では『風の宝玉』はどこにあると!?」
思わず大声を上げる。
スナイプは落ち着いて首を横に振り、答えた。
「戦闘経過の子細は判りません。あるいはエレノア姉さまはバーボン・クロウから聞いているのかもしれませんが、とにかく大賢人スリング様は何らかの理由でマイティ・クロウを『風の宝玉』と共に戦場を離脱させ、『賢者会議』に援軍を呼ばせに差し向けました。
マイティ・クロウが私たちの家に戻って来た時期があまりに遅いのが気になりますが、『賢者会議』から迎えに来たマークスマンと共に出かけ、帰って来た時にはマイティ・クロウの手元に『風の宝玉』がなかったことは確かです」
「では、マークスマンが『風の宝玉』を? 彼奴はどこまでも『賢者会議』を冒涜した行動を取りおって……」
激怒して言うライトに、スナイプはあくまで冷静さを失わず、
「現状では、マークスマンが『風の宝玉』を持っていることはあり得ません。エレノア姉さまは『約束の地』に旅立つ前、私とジンくんに『風の宝玉』の欠片を託して行かれましたので。
『風の宝玉』がなぜ砕けたのか、どのくらいの数の破片となったのか、それをエレノア姉さまがどうして手に入れたのか、その経緯は分かりません。
しかし、私の身体の中に『風の宝玉』の半分が埋め込まれていることだけは確かです」
そう言って、風の魔力を発動する。その魔力に共鳴するように、彼女の胸が淡い翠色の光を発した。
スナイプの胸元を見ていた大賢人ライトは、怒りを収めると、
「……スナイプ、そなたが『賢者会議』に居ては出来ぬことがあると言った意味、今解った。そなたは最終的にはジン・ライムと共にことに当たる運命なのだな」
そう言って、不思議な笑いを浮かべた。痛ましそうな、それでいて羨ましそうな、いろいろな感情がないまぜになった笑顔だった。
★ ★ ★ ★ ★
「ステージ1・セクト1『大地の演武』!」
ジャッ! パーン!
「うむ!?」
マークスマンは、自分のシールドが飛び散るさまを、信じられないものを見るような目で眺めていた。キラキラと破片が飛び散る中、僕はマークスマンの胸に『払暁の神剣』をたたき込んだ。
「うぐっ!?」
一瞬、痛みのためかマークスマンの顔がゆがみ、目が大きく見開かれる。けれどそれは文字どおり一瞬のことで、
「くっ!」ドカッ!
「うっ!?」
マークスマンは、僕を蹴り飛ばすと間合いを開けた。僕が『払暁の神剣』を横薙ぎにする間を与えぬほど、素早い動きだった。
「……『魔族の貴公子』の名は伊達じゃないようだな。それに四神の技を許されているとは、貴様は父以上にいけ好かない男だな」
マークスマンはシールドを張り直すと、鮮血がほとばしる胸に手を当てた。土の魔力が見る見るうちに傷を回復させ、流れ出る血も止まった。
「俺の父と貴様との間に何があったんだ? 貴様と父は10ほど年が離れている。関りがあったとは思えないが」
僕が訊くと、マークスマンはペッと血が混じった唾を吐いて、
「そうだな、わしが『賢者会議』に調査員として働き始めるまでは、わしの人生は順調だった。大賢人シャープ様にも目をかけられていたしな」
そう自嘲気味な声で言って、すぐに笑いを収める。
「昔話はしたくない。貴様を屠れば、『組織』の奴らは喜び、バーボンは悲しむ。それがわしの復讐だ。
貴様の中に流れている魔族とライム一族の血は、わしの憎悪と怨念の対象でしかない。行くぞ、小童!」
傷が癒えたマークスマンは、それまで以上に鋭く、執拗な攻撃を再開する。魔弾が飛び交い、地面が炸裂し、時には互いの得物が擦れて火花と甲高い金属音をこだまさせた。
僕は『払暁の神剣』に『貪欲な濃霧』をまとわせ、マークスマンのシールドを削っていく。
マークスマンも僕のやり方を一度経験しているため、シールドの耐久値を気にしており、たまにシールドを張り直す。
僕もまた、シールドを何重にも張り巡らし、一番外側が割られてもすぐに新たなシールドを張る。戦いは相手にダメージを与えるのではなく、いかにダメージを受けないかのシールドの固さと、それを維持する魔力がいつ尽きるかの持久戦の様相を呈してきた。
もちろん、こうなることは彼と対峙した初手から想定内だ。戦い方や戦闘に関する信念が似た相手との戦いは、結局は引き分けか、一瞬の油断で凄惨な最期を迎えるかのいずれかに帰着するものだ。
少ない戦闘経験ながらも、僕の本能はそのことを告げていたし、百戦を経て来たマークスマンも十分に解っているはずだ。
しかしここで、今の今まで僕たちの戦闘を高みの見物していたウェンディが動いた。
「マークスマン、それ以上無駄なことは止めるんだ!」
僕とマークスマンは、大剣を肩に担いだウェンディが突然大声を出したので、驚いて彼女を見た。ウェンディはニコニコとしているが、その黒曜石のような瞳には強い光が灯っており、風に揺れる黒髪は、翠色の魔力を発していた。
「少し戦いを中断したまえ。マークスマン、本来君が『組織』と手を結んでいなければ、君たち二人には戦う理由はないはず。それをここまでの事態を引き起こしたからには、それなりの理由があるのだろう?
ボクだって一応、精霊王を任されているからには、君の好き勝手で大陸が騒乱に陥るのを座視するわけにはいかないんだ。君が20年前ボクの所に『風の宝玉』の件で来たことも含めて、理由を話してくれないか? さもないと……」
ウェンディは大剣に風を吸い寄せながら、マークスマンに切っ先を向け、
「君たち二人の決闘は継続を認めない。代わりにボクが相手をしよう。どうだ?」
僕はウェンディの飛び入りで一息付けた。かなり長い間戦っていたんだろう、気が張っているうちは感じなかった疲れが、どっと両肩に覆いかぶさって来る。
それはマークスマンも同じだったようで、彼はすごい目で僕を睨みつけながらも、肩を大きく上下させていたが、シールドを解き、構えていた魔杖をゆっくりと下ろすと、案外穏やかな声で笑った。
「ふふ、理由だと? よかろう、先代マークスマン以降、リー一族が味わった屈辱と怨嗟の歴史を話してやるのも一興だ」
そう言うと、いきなり魔法を発動し、僕たちがいる空間を切り離した。
「しまった!」
ウェンディは、目の前でいきなりジンとマークスマンが消えたので、慌てて魔力を発動する。
「くそっ! ボクがついていながら、簡単に謀られるなんて。『風の楽譜』よ、その調べで団長くんたちの居場所を特定してくれ!」
ウェンディの身体から涼し気な風がそよぎだし、それは四方へと小波のように広がっていく。その波動を注意深く感じ取っていたウェンディは、突然はたと当惑したような顔をした。
「いけない、マークスマンは空間転移したんじゃない。次元転移したんだ!」
ウェンディはそのことに気付いて青くなる。まだジンは次元空間の規定を水の精霊王マーラから学んだばかりだ。実践的なことは何一つ試したことはない。
(マズいな、もし団長くんがいる次元を見つけられなかったら、彼は高次元の解れの中で消えてしまうぞ)
「……諦めちゃいけないな。怒られるのを覚悟でじいさんに助けを乞うしかないかな。まったくマークスマンめ、団長くんから処断されなかったときは、ボクが飛びっきり苦しい最期を迎えさせてやる」
ウェンディはそうつぶやくと『風の翼』を広げてその場で消えた。
僕は例えようもない気持ち悪さの中で、意識を取り戻した。身体を動かしたら、そのまま中身が空間へ飛び出して行きそうなこの感じ。何とも収まりの悪い、脳や内臓があるべき位置にじっとしていることを拒否しているような気持ち悪さは、一度経験したことがあったことを思い出す。
(マークスマンめ、次元空間に連れ込んだんだな。このまま何もしないでいたら、僕は次元の規定によって存在に解れが生じ、そこから空間へと融けだしていくんだったな)
僕は心を落ち着けて、以前マーレ様から聞いたことを一つ一つ思い出す。次元の規定は即座に物質を破壊するものでなく、物質がその規定に従おうとするため、構成している物質に綻びが生じるものらしい。
だから綻びが顕著になる前に、次元数を解析し、それに見合った存在指標を付け加えるといい……マーレ様から教わったことを、誤解を恐れずにざっくり言うとそうなる。
そのやり方や、元の次元空間に戻るための『次元の繰り下げ』なんかも、速成教育ではあるが一通り教わっている。勉強なんか不得手な僕だったが、それでもそのやり方を覚えていられたのは幸運だった。
僕はゆっくりと口を動かし、『次元調整』の魔法を発動する。一瞬遅れて、僕の身体はしっかりとした存在感を取り戻した。これで動いたらその場に内臓が残ってしまう……なんていうグロいことにはならない。
しかし、マークスマンが次元を操れるとは思わなかった。もう一つ僕が幸運だったのは、マークスマンは次元と空間、両方の規定を同時に操ることができなかったことだ。さもなければ僕は『次元調整』が終わる前に彼に引きずりまわされ、悲惨な姿になっていたことだろう。
「だが、奴が同じ次元に存在することは確かだ。どこからどんな攻撃をしてくるか、油断できないな」
僕は無意識に左手で『払暁の神剣』の鞘を撫でながらつぶやく。
「探し回るより、待っていた方がいいかな」
周りをよく見ると、鋭い角を持つ岩がごろごろしている。空は赤黒く、血のような色をして、薄暗い世界だった。もしこれがマークスマンが創り上げた世界なら、彼に似合っている……僕は皮肉ではなくそう思った。
すると、『払暁の神剣』が小さく振動し始める。きっとマークスマンの魔力に反応しているのだろう、そう思った僕は、左手で鞘を握り、右手を剣の柄に添えて目をつぶった。深呼吸をして心を落ち着け、精神を研ぎ澄ます。
僕は目を閉じている。けれど僕の脳裏には、周囲の状況がはっきりと映っていた。マークスマンが勝ち誇った顔をして僕の方へと駆けて来るのさえ見えた。
と、不意に脳裏に映っていたマークスマンが消える。と共に、『払暁の神剣』は大きく振動し始めた。まるで差し迫った脅威を僕に知らせるように。
いや、その瞬間、僕はしばらくぶりであの言葉を聞いたのだ。
『行け、ジン。魔族の誇りを失った者は、魔族の掟により処断しろ。お前はそれをするべき立場にある』
それを聞いた瞬間、僕の身体は無意識に反応した。
「ジン、これで最期だ!」
いきなり僕の背後にマークスマンが現れて『岩突槍』を撃って来る。しかし僕は振り返りざまにマークスマンの胸を横一文字に薙ぎ払い、転瞬の早業で周囲から降り注ぐ魔力の錐を一つ残らず切り払った。
パシーンッ!
すべての音が一時に聞こえ、その音が鳴り響いた後は静寂に包まれる。
マークスマンは、信じられないものを見ているような顔で、僕をじっと見ている。その目は大きく見開かれていたが、瞳に灯った光はだんだんとその輝きを無くしていった。
「……わしは、負けたのか?」
ポツリとマークスマンがつぶやく。その唇の端から、鮮血が一筋の線となって滴り落ちた。わななく手を胸の傷口に当て、ヒールをかけようとしているようだが、
「何故だ? 魔力が……」
気が抜けたような声で言うマークスマンに、僕は彼の足元を指さす。マークスマンはゆっくりと自分の足元を見た。僕の『大地の嘆き』がぽっかりと口を開け、彼の魔力を吸い取っていた。
茫然とする彼に、僕は静かに言った。
「貴様を斬り裂いた『払暁の神剣』には、『貪欲な濃霧』と『自己愛幻覚』を同時にかけていた。もう止血は不可能だ。
諦めて俺やウェンディの質問に答えて逝ったらどうだ? なぜ、貴様は大賢人でありながら、世界を混乱に陥れようとしたのかを。俺が『終焉の輪廻』で貴様のすべてを終わらせる前に」
そう言って、『払暁の神剣』に魔力を集める。剣は紫紺の魔力を燃え立たせた。
その時、僕は背後にとてつもない魔力を感じた。背中に氷を押し付けられたような冷たい感覚は、まぎれもなく殺気だった。
「『終焉の輪廻』!」
僕は振り向きざまに、躊躇なく魔法を撃ち、ついでに横に10ヤードほど跳んだ。もちろんシールドも張ってのうえだ。
バシュンッ! ドムッ。
鈍い音とともに、僕の魔法が拡散する。その向こうには、蒼いフード付きのコートで身を包んだ人物が、弓に矢をつがえてこちらを見ていた。
「……何者かは知らないが、俺に殺気を向けるからには、味方ではないことは確かだな」
僕が言うと、その人物はフードを上げて顔を露わにした。翠の髪に碧眼をした15・6歳くらいの女の子だった。けれどその魔力と言い、態度や雰囲気と言い、ただ者ではないことは確かだった。
「君がジン・ライムだね? ぼくは『組織』で『盟主様』にお仕えするカトル枢機卿の一人、フェーデル」
フェーデルは名乗ると、碧眼を細めて僕をまじまじと見つめ、
「なるほど、『盟主様』はともかく、ヘルプストやヴィンテルが君のことを警戒するのも納得したよ。やっぱりマークスマンを始末して正解だったな」
そう言う。僕はびっくりして振り返ると、マークスマンは眉間に矢を受けて地面に崩れ落ちていた。矢じりが後頭部に抜けているので、即死だったろう。
「なぜ彼を!? 貴様たちの仲間じゃなかったのか?」
するとフェーデルは、矢を箙にしまい、肩に弓をかけ、呆れたように両手を腰に当てて言い放った。
「はっ、仲間? 何をバカなことを。ぼくらの仲間には『盟主様』に逆らう者や無能な者はいないよ? 例えば彼のような無能はね?」
「マークスマンには訊きたいことがあったんだ」
僕が怒って言うと、彼女はそんなこと意にも介していないように、
「でも結局はやっちゃうつもりだったんでしょ? 君の手間を省いてやったんだ。感謝されこそすれ、怒られる理由が判らないな」
この場には似つかわしくない可愛らしい笑顔を作って、
「それはそうと、早くこの空間から出た方がいいよ? 空間の造り主が消えたんだ、おっつけこの時空間は消滅するからね。うまく脱出できればいいね?」
そう言いながら消えた。
(口封じか……これで謎は謎のままってことか……待てよ、大賢人様や賢者スナイプ様なら、何か知っておられるかもしれない)
僕はマークスマンの口から真相が聞けなかったことに落胆したが、そう思いつくと、この空間から抜け出る方策に頭を切り替えた。
★ ★ ★ ★ ★
「それで、お前はのこのことここにやって来たという訳だな?」
白髪を長く伸ばし、琥珀色の瞳をした青年が、腕を組みながらウェンディを睨みつけて訊く。精霊覇王で土の精霊王でもあるエレクラ・ラーディクスである。
「い、イヤだなぁじいさんったら。ボクだって団長くんを一生懸命探したんだよ? でもマークスマンのヤツが空間転移じゃなくて次元転移なんて技を使うもんだから、さすがのボクもお手上げだったんだ。
手遅れにしないために、恥を忍んでじいさんに助けてもらおうって思ったボクの決断を褒めてほしいなあ」
エレクラから睨みつけられたウェンディは、わたわたしながらも、頬を膨らませてエレクラに抗議する。
エレクラは一つため息をつくと、
「それで、お前はジン・ライムとチェスター・リー、どちらが勝つと思うんだ?」
そうズバリと訊く。
ウェンディは薄い胸を張って即答した。
「転移する直前までの勝負を見れば、団長くんが優位だね。マークスマンはほぼ全力で戦っていたけど、団長くんは大技を使うことを避けていたみたいだし。
きっと、ある程度マークスマンを追い詰めてから、彼の行動の理由や昔の秘密を聞き出すつもりなんだろうね」
「私も同意見だ。しかし、お前がここに来たということは、ジン・ライムの弱点も見えたからだろう? 何を心配している?」
腕組みしたままでエレクラが訊くと、ウェンディは眉毛を八の字にして答えた。
「さすがじいさんだ。団長くんは次元空間の規定変更や次元の繰り下げなどの魔法体系については、ついこの間マーレから話を聞いたばかりで、一度も『次元調整』をはじめとする次元魔法を試したことがないんだ。
前回、次元空間にぶっ飛ばされて、マーレに助けられなかったら消滅していたかもしれないって聞いているから、おんなじ目に遭っていないか心配なんだ」
「ふむ……マーレが伝授したのなら、ジン・ライムのことだ、ぶっつけ本番でも『次元調整』くらいならやりこなせるとは思うが。
私はそれより、チェスターに訊きたいことがあるから、ジン・ライムが全力発揮できないまま事態が推移することの方が心配だ」
「どういうこと?」
ウェンディが目を丸くして訊くと、エレクラは厳しい表情を作って答える。
「チェスターは本人が気付いていないのかもしれないが、アルケー・クロウと繋がっている可能性が高い。対戦が長引けば、アルケー・クロウがしゃしゃり出てくる可能性があるからな。ジン・ライムには私の魔法のほとんどを許可しているが、まだ彼にステージファイナルを許可する段階ではない。彼とアルケー・クロウは、まだ戦うべき時ではないのだ」
「だったら、さっさと団長くんを助けに行こうよ、じいさん!」
ウェンディが焦ったように言うが、エレクラは遠くを見る目をして、
「チェスター・リーが20年前に誰と会い、何を話したのかは知っている。しかし、いかに私でも人の心の中までは見通すことはできない。彼がどんな理由で、何を望んでそうした行動を取ったのか、ジン・ライムがチェスターから聞くことが出来ればいいが……」
エレクラはそこで言葉を切り、鋭い光をその目に湛えてウェンディを見据えて訊いた。
「ウェンディ、判るか?」
そう訊かれたウェンディは、いつものポンコツさはどこへやら、こちらも黒曜石のような瞳を鋭く光らせてうなずく。
「これは、アルケー・クロウだね? やっぱりこの世界でも奴は目覚めていたんだ」
そう言った後、ウェンディは不思議そうに訊く。
「でも、奴の魔力を変な空間から感じる。じいさんはどう?」
エレクラはすっと立ち上がって、ウェンディを見て答えた。
「私もだ。ウェンディ、せっかくアルケーの存在を感知したんだ、顔を見に行ってやろう。こんな機会はめったにないぞ」
「分かったよじいさん。ボクもついて行くよ」
ウェンディも立ち上がり、エレクラに言う。エレクラはドアの所に立っていた筋骨たくましい男に、静かな表情で命令した。
「ラントス、ちょっと出かけてくる。念のため私の槍を持って行こう。『クウィエス』を持ってきてくれ」
「かしこまりました」
命令を受けたラントスは一瞬眉毛をピクリと動かしたが、静かに微笑むエレクラを見ていつものように丁寧にお辞儀をして部屋を出て行く。
「じいさんが『クウィエス』を揮うのって2千年ぶり? いや、もっと昔だったっけ?」
ウェンディが緊張感の欠片もない声で訊くと、エレクラは興味なさそうに
「2千2百年ぶりだな。それよりウェンディ、相手が相手だ、決して油断するなよ」
エレクラはラントスが持ってきた幅広の槍を受け取ると、ウェンディにそう言って『神の宮殿』を出て行った。
白い男だった。
その男は、地面に横たわる初老の男を、緋色の瞳で見つめていた。
「……ふん、大賢人だった男が、小僧や娘っ子に不覚を取るとはな。しかし、貴様が20年前に動き回ってくれたおかげで、魔王は不完全のまま『風の魔障壁』に閉じ込められ、おかげで俺が動く隙が出来たというものだ」
白髪の男は、マークスマンの額を貫通した矢を無造作に引き抜くと、
「……『盟主』という奴は、なかなか面白いことを考える奴だな。裏切り者と無能は仲間と認めない、か。いい教育をしているもんだ」
あざ笑うように言って、矢に自分の魔力を込める。赤く光る矢に、漆黒の煙のような魔力が絡みつく。男はその矢をマークスマンの額の傷に元どおり差し込むと、
「甦れ、マークスマン。お前は俺の代わりにジン・ライムを討ち、俺に奴の魔力を捧げるんだ!」
緋色の瞳を怪しく輝かせると、男の身体を赤と黒の魔力が包み込む。その魔炎はマークスマンの屍をも包み込んで燃え盛り、やがて炎が消えた時、マークスマンは凶悪な笑みを浮かべながら立ち上がっていた。
「ジン・ライム、絶対に逃がさんぞ」
マークスマンは、しわがれた声でそうつぶやくと、次元空間の裂け目に消えて行った。
漆黒の煙をまとったマークスマンが消えると、彼を見送っていた男はずる賢い目をして
「マロン、お前と余計な約束をしたばかりに、俺の手間は増える一方だ。早く目覚めて俺を解放してくれ」
そうつぶやくが、不意に鋭い目をして虚空を睨みつけると、皮肉そうに笑って、
「四神か。神と言われながらも神に劣る存在が、たった俺一人を追いかけて駆けずり回るとは、何とも気の毒なことだな。せっかくだから、少し遊んでやるか」
ゆっくりと身体の力を抜いて、やってくるはずの存在を待ち構えた。
その頃、ウェンディは『風の楽譜』でアルケー・クロウの動向を探っていたが、びっくりして叫んだ。
「……じいさん、マークスマンが消えた!」
「消えた? アルケーがどこかに運び去ったというのか?」
エレクラが眉をひそめて訊くと、ウェンディは首を振って、
「いや、近くにアルケーの魔力がある。何かとんでもないことを企んでいるに違いないよ」
そう言った時、彼女とエレクラの前に、白髪で緋色の目をした男が姿を現した。黒いボロボロのマントを翻したその男は、冷たい目で二人を見ると、感情のこもっていない声でウェンディに呼び掛けて来た。
「風の精霊王ウェンディ・リメン、だな? 貴様が探している男は、ジン・ライムを倒しに世界に戻った。残念だったな」
「君がアルケー・クロウだね? マークスマンにどんな悪さをしたんだい? 彼は逆立ちしたって団長くんには勝てないけれど?」
ウェンディが目を細めて言うと、アルケーは口角を少し上げて、
「……面白い、それが貴様ら四神の言う『摂理』か。しかし、俺は初手から『摂理』を無視した存在だ。ジン・クロウがすでに死んでいるマークスマンをどうやって倒すか、高みの見物をさせてもらおう」
そう言うと、サッとマントを翻して消えた。
「何だって!? ちょっと待てっ!」
ウェンディが飛びかかったが、もはやアルケーはどこかに移動してしまっていた。
「くそっ、何処に行ったんだ?」
ウェンディが探索のために魔力を発動しようとしたとき、その寸前で
「よせ! ウェンディ!」
エレクラが大声でウェンディを止める。
「どうして止めるのさ、じいさん? マークスマンを生き返らせるだなんて、アルケーのヤツ、完全に『摂理』に反したことをやってるじゃないか! ボク、あからさまにケンカを売って来る奴を見過ごしになんてできないよ」
エキサイトするウェンディをなだめるように、エレクラは表情を和らげて言った。
「頭に血が上ると、四神であっても怪我をするぞ。黙ってついて来るがいい。私がいいというまで魔力は使うなよ?」
そう言って歩き出すエレクラの後を、ウェンディは不満げに歩いていたが、エレクラはアルケーが消えた場所から2百ヤードほど離れた場所で足を止めると、
「ウェンディ、奴が消えた場所に攻撃を仕掛けてみろ」
いきなりそう言う。
ウェンディはその言葉で、アルケーが去り際に罠を仕掛けていたことを悟った。
「じいさん、言いたいことは解ったよ。それにしてもアルケーって奴はめんどくさい奴だね? どうやって始末するつもりだい?」
ウェンディが反省して言うと、エレクラは無造作に魔弾を放つ。もちろん、エレクラは二人をシールドで覆っていた。
ズドゥムッ! パンッ!
魔弾が炸裂すると、その空間が腹に響く音と共に弾け、高温の爆風と瘴気に似た圧力が二人の所まで襲い掛かって来た。
「うひゃあーっ! なんて物凄い反応だ」
ウェンディは歓声を上げたが、エレクラの怒りを湛えた顔を見てその視線を追い、彼女もまた顔色を変える。エレクラのシールドに、小さくはあるが亀裂が入っていたのだ。
「……不落鉄壁の私のシールドに亀裂を入れるとは、アルケーは聞きしに勝る手ごわい相手だな」
エレクラはそう言うと、ウェンディにいつもの冷静な表情、いつもの落ち着いた声で言った。
「ウェンディ、こんな奴が冥界から連れ帰って解き放ったチェスター・リーだ。恐らく何倍もの魔力を与えられているだろう。
早くジン・ライムにこのことを知らせてやらねばならない。彼はチェスターを倒したと思い込んでいるかもしれないからな。頼めるか?」
「分かったよ、じいさん。それで、じいさんはどうするつもりだい?」
ウェンディがうなずいて請け合うと、エレクラは厳しい顔に戻って答えた。
「これは放っておける事態じゃない。『摂理の調律者』様に状況を知らせて、今後の指示を受けるべきだろう」
エレクラはそう言うと、ウェンディの答えを待たずに姿を消した。
(強欲者を狩ろう! その9へ続く)
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
マークスマンとの決戦は、第2ラウンドへ持ち越されることになりました。彼が20年前の『魔王の降臨』の際に、何のためのどう動いたか、それが開かされることになります。
次回もお楽しみに。




