Tournament76 A harpies hunting:part7(強欲者を狩ろう!その7)
ガイアを仲間に加えた『騎士団』の前に、『暗黒領域』にしかいないはずのダークエルフが現れた。
ダークエルフ軍団は復仇に燃えるマークスマンと手を結び、関門を占拠する。
この事態に『賢者会議』や四神、そしてジンはどう対応するのか?
【主な登場人物紹介】
■ドッカーノ村騎士団
♤ジン・ライム 17歳 ドッカーノ村騎士団の団長。典型的『鈍感系思わせぶり主人公』だったが、旅が彼を成長させている。いろんな人から好かれる『伝説の英雄』候補。
♤ワイン・レッド 17歳 ジンの幼馴染みでエルフ族。結構チャラい。槍を使うがそれなりの腕。お金と女性が大好きな『やるときはやる男』
♡シェリー・シュガー 17歳 ジンの幼馴染みでシルフの短剣使い。弓も使って長距離戦も受け持つ。ジン大好きっ子だが報われない『負けフラグヒロイン』
♡ラム・レーズン 18歳 ユニコーン族の娘で『伝説の英雄』を探す旅の途中、ジンのいる村に来た。魔力も強いし長剣の名手。シェリーのライバルである『正統派ヒロイン』
♡ウォーラ・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造った自律的魔人形。ジンの魔力で再起動し、彼に献身的に仕える『メイドなヒロイン』
♡チャチャ・フォーク 13歳 マーターギ村出身の凄腕狙撃手。村では髪と目の色のせいで疎外されていた。謎の組織から母を殺され、事件に関わったジンの騎士団に入団する。
♡ジンジャー・エイル 20歳 他の騎士団に所属していたが、ある事件でジンにほれ込んで移籍してきた不思議な女性。闇の魔術に優れた『ダークホースヒロイン』
♡ガイア・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造ったエランドールでウォーラの姉。『組織』に使われていたがメロンによって捕えられ、『騎士団』に入ることとなった。
♡メロン・ソーダ 年齢不詳 元は木々の精霊王だがその地位を剥奪された。『魔族の祖』といわれるアルケー・クロウの関係者で、彼を追っている。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
恐らくダークエルフだと思われる男の死体を調べていたメロンが、みんなの方を向いて言った。
「……アルケー・クロウがホッカノ大陸に根拠地を作っているようです。この男性は、アルケーの命でジン様の行方を探すか、わたくしを仕留めるかどちらかの任務を与えられたのでしょう」
言っていることは物騒だが、態度は平然としている。メロンの見た目がまだ12・3歳であるため、彼女の正体を知らない人が聞いたら、いったいどんな事件に巻き込まれたらそうなるのか困惑するだろう。
しかし、彼女はこの世界の摂理を守護する精霊王の立場にあった人物だ。摂理の調律者によって精霊王位を剥奪されたが、数千年を生きてきた知識と経験、そして強大な魔力はそのままだった。
まだ子どものような容姿だが、新緑の若葉のような髪の毛の下にある瞳は、哀しみを湛えて遠く東の空を見つめていた。
「アルケー・クロウって、この世界の魔族を生み出したって言われている魔術師よね? そんな遠い昔の存在が今も実在するって言うの?
だとしたら、アルケーって不老不死なの? 下手をしたら魔王よりヤバい奴なんじゃない?」
シェリーが信じられないと言いたげな顔でメロンに訊く。その疑問はワインを除く全員の疑問でもあった。
「それに、確かジン様には魔族の血が流れていたはずだ。そのジン様を、同じ魔族の祖であるアルケーがどうして狙っているんだ?」
ラムもそう言って首を傾げる。
「その疑問はもっともだ。ボクもジンが5千年前の世界に飛ばされた時、ウェンディから話を聞いて『摂理の黄昏』や魔族のことについて少し掘り下げて調べてみた。単に魔族がはびこってこの世界を滅ぼそうっていう話じゃないと思ってね?」
ワインが葡萄酒色の髪の毛を、形のいい細い手でかき上げながら話に加わる。彼は『騎士団』でも知識の豊富さと頭の回転の速さでみんなの信頼を勝ち得ている。ワインの話に、全員が耳を傾ける格好になった。
「まずは、ラムさんの疑問からだ。アルケー・クロウは魔族を創り出し、ジンはその系譜の先にいる。つまり血族であり、しかもボクが調べた限りではジンの父上であるマイティ・クロウはアルケーの本流に位置する。
ジンは、いわばアルケーの……というか『魔族の正当な血脈保持者』なんだ。魔物の多くがジンのことを『魔族の貴公子』と呼んでいたのは、そう言った理由からだ」
「でも、だったら余計アルケーがジンを狙う意味が分かんない。だってジンってアルケーの直系の子孫なんでしょ? しかも『正当な血脈』を継ぐたった一人の……ジンを手にかけたら、自分の一族が絶えてしまうってことになるのに」
シェリーが苛立ったように言う。彼女にとっては、ジンが命を狙われているという現実が不愉快であり、それ以外の状況は一切彼女の考慮の外にある。
「……ワイン、もし知っていたら教えてくれ。私は幼い時から父上に『魔王の降臨と伝説の英雄』のことを聞いて育った。我がユニコーン一族は『伝説の英雄』のもと、『勇士の軍団』を率いて戦う定めにあるからな」
ラムが赤い髪の毛の生え際、額に生えている白くて細い、金属質の輝きを放つ角に手を触れて続ける。
「我が国の記録に残る最古の『魔王の降臨』は千年ほど前だ。それから20年から50年おきに『魔王の降臨』が叫ばれ、その都度『伝説の英雄』が現れてそれを阻止してきた。
それで不思議に思うのは、今まで30人ほどの『伝説の英雄』が記録されているが、全員がクロウ一族か、クロウ一族と何らかのつながりがある人物ばかりだ。
これは、魔族を生み出した一族が自らの血脈を自身の手で断ち切ろうとしているようにも見える。ワインはその点についてどう思う?」
ワインは暫くの間、目を閉じて考えていたが、
「……ボクもはっきりと答えは出ていない。けれど、魔族がこの世界に必要ないもので、摂理を捻じ曲げる存在だったとしたら、そもそもがその存在をプロノイア様が認めるとは思えない。魔族の存在意義や摂理との関係が、今ラムさんの言った疑問を解く鍵のような気はしている。
ただ、魔族の発祥そのものに、摂理が関係していないとしたら、又は摂理を超えた存在であると規定されていたら、問題はかなりややこしくなるだろうがね?」
そう言いながらメロンを見た。
メロンはワインに微笑み返し、
「ワインさんの着眼点にはびっくり致します。確かに、魔族の発祥には摂理を超えた何かがあることだけは認めます。
ただ、それが何なのかは、わたくしにもアルケーは話してはくれませんでした。『暗黒領域』で彼を探し当てたら、そのことについて話を聞きたいとわたくしも考えているところです」
そう答えて、遠くを見つめる瞳をした。
精霊王たちはそれぞれ自分の『世界』を持ち、通常はそこに自分の眷属や招待した者たちと暮らしている。土の精霊覇王エレクラは『ラント』に、水の精霊王マーレは『アクアリウム』に、火の精霊王フェンは『フォイエル』に、そして風の精霊王ウェンディは『フィーゲル』にといった具合である。
僕は風の精霊王ウェンディに連れられて、彼女の世界である『フィーゲル』にいた。
その目的は『組織』の目を晦ましつつ、異次元世界で受けた影響を除去するためである。しかし、ウェンディには別の目的があったようで、僕がいろいろな記憶を取り戻してからも、補足としてその出来事の裏や関係する事物を事細かに教えてくれた。
「……というわけで、君は『伝説の英雄』候補の筆頭ってことさ。『組織』の方はそれを認めない、というより認めたくないだろうけれどね?」
心地よい風が吹く草原に腰を下ろして、ウェンディは僕にそう話す。この『フィーゲル』という場所に来て驚いたのは、ウェンディは別に一族や眷属を統制するでもなく、それぞれのやり方で好きに過ごさせていたことだ。
水の精霊王の『アクアリウム』や、エレクラ様の『ラント』では、傍から見てもはっきりした指揮命令系統があり、世界の住人はそれぞれの精霊王に絶対の忠誠を誓っていたが、ここの住人はウェンディに対して、まるで友だちでもあるかのようにフランクに……言い換えれば馴れ馴れしく……あるいは無関心に接している。
けれど僕は、この少女が単にちゃらんぽらんなのではなく、やるときはやり、見るべきところは見ているってことは判っていた。でなければ、僕に的確な助言や魔法の手ほどきなどは出来なかっただろう。
「団長くん、君とボクが最初に会った時のことを覚えているかい?」
突然ウェンディがそんなことを訊いてきたので、僕は、最初出会った頃のウェンディを思い返す。彼女との邂逅は、彼女がウォーラさんを取り戻しに来た時だったな。
「……君がウォーラさんを返してくれって言ってきた時のことかな?」
僕が答えると、ウェンディは黒曜石のような瞳をキラキラさせて、
「うん、覚えていてくれたんだね? 実はボク自身は、君のことをもっと前から知ってはいたんだけど、ちょっと忙しかったもんだからご挨拶が遅れちゃったんだよね♪」
そう一気に言うと、今度はゆっくりとした口調で続ける。
「……でも、実際に君に会ってみると、ボクが予想したより数倍も魅力的な人物だったからびっくりしちゃった♪ そして君なら、ボクがアルケー・クロウを封印し、マロンが精霊王位に復帰するために力を貸してくれるだろうと思ったのさ」
「マロン? それはマロン・デヴァステータ様のことかい?」
僕が訊くと、ウェンディはニコニコしながら答える。
「うん、そうだよ♪ 彼女はボクのマブダチなんだ☆彡 歳も同じくらいだし、精霊王を前任者から引き継いだのも同じ頃だったし。フェンやアクア、マーレなんかはずーっと年下だし、逆にじいさんは遥かに年寄りだしね?」
そして僕は、メロンさんに会った時に感じていた疑問を彼女にぶつけてみた。いくら何でも本人にできる質問じゃなかったからだ。
「ウェンディ、メロンさんがアルケー・クロウと共に『運命の背反者』を封印したって聞いているけれど、それでどうして彼女は精霊王位に復帰できなかったんだろう? いや、『木々の精霊王』そのものを封印して、後継の精霊王を指名しなかったのは何故だろう?」
それを聞いたウェンディは、不意を突かれたような顔をして、
「……マロンはアルケー・クロウと一緒にエピメイアを封印して、魔力をほぼ使い果たしたから精霊王への復活が叶わなかったって思っていたけど、そう言えばなぜ木々の精霊王そのものを『なかったこと』にしたんだろう?」
そうつぶやいていたが、しばらくすると
「……うん、考えていても仕方ないから、この件は後でじいさんに訊いてみよう。
それより、団長くんも記憶を取り戻したことだし、マークスマンの動向が判明したら君の『騎士団』に送り届けてあげるよ。幼馴染さんも待ってるだろうしね?」
そう言って笑った。
そして、マークスマンの行方はすぐに分かった。僕たちが草原で話をしている頃、ウェンディが可愛がっている風の妖精たちが、大変な知らせを持ってウェンディの居館に飛び込んで来ていたのだ。
「あっ、ウェンディ様、やっと見つけました」
そう言いながら空から降りて来たのは、ウェンディにそっくりな少女だった。ウェンディは彼女を見ると目を細めて訊く。
「どうしたんだいブリーズ? 慌てるなんて君らしくないじゃないか」
「これが慌てずにいられるもんですか。アルクニー公国とトオクニアール王国の境に、ダークエルフの軍が突然出現したんです。その数約5百人で、指揮を執っているのはチェスター・リーと名乗っている初老の男だということです」
ブリーズさんが切羽詰まったような顔でそうまくし立てると、さすがのウェンディも驚きを隠せずに、
「ダークエルフの軍だって!? 彼らはホッカノ大陸から外に出ない約束だったんじゃないのか? マズいぞ、彼らの好きにさせたら、他の『闇の種族』であるアビスオーガやルナティックシルフたちもヒーロイ大陸に出てきてしまう」
そう言った後、ふと気付いて僕に向かって訊いてきた。
「そう言えば、チェスター・リーって名前、どこかで聞いたことがあるんだよなぁ。団長くんは聞き覚えないかい?」
「そう言われても、チェスター・リーなんて人、ぜんぜん覚えが……」
僕は面食らってそう言いかけたが、電撃に撃たれたかのように、あることを思い出した。
「……待てよ? チェスター・リーって、確かマークスマンの本名じゃなかったっけ?」
するとウェンディはポンと手を叩いて
「そうだった! 確かにマークスマンの本名はチェスター・リーだ。とすると、『組織』がマークスマンに手を貸したんだな。ダークエルフまで巻き込んで、大事にするつもりだよ、きっと」
そう苦虫を噛みつぶしたような顔で言う。
「大賢人様の周りは土の眷属が守っているそうですから、さすがのマークスマンも単身での突入は諦めたんだろうな」
僕がつぶやくと、ウェンディは真剣な顔で僕に言う。
「古の約束を破って『闇の種族』がヒーロイ大陸に出てきたことは見逃しにできない。おまけにマークスマンまでいるんだったらちょうどいい。団長くん、ダークエルフをホッカノ大陸に追い返す手伝いをしてくれないかい?」
僕は一瞬迷った。『騎士団』の仲間たちは今頃ミーネハウゼンに到着して僕の帰りを待っているだろう。それに『運び屋』のカイ・ゾックたちをそんなに待たせるわけにもいかない。
仮に、カイ・ゾックが状況を理解し、多少の出帆延期を認めてくれたとしても、『騎士団』に合流して仲間たちと共にマークスマン軍団を目指したとしたら、『賢者会議』襲撃に間に合わないかもしれない。それでは元も子もない。
僕一人が行っても、マークスマンを相手にするのが手一杯で、ダークエルフたちを止められるかどうかは定かではない。だが、ウェンディは『ダークエルフをホッカノ大陸に追い返す手伝い』と言った。とすれば、僕の相手はマークスマンただ一人だ。何とかなるかもしれない。
「分かった。ウェンディさえよければ、すぐにダークエルフたちに斬り込もう」
僕は『払暁の神剣』の鞘を抑えながら答えた。まさかこの一言が、僕を今までにないほどの死闘に引きずり込むとは考えもしなかった。
★ ★ ★ ★ ★
ヒーロイ大陸の中央にはユグドラシル山があり、そこから大陸を南北に切り分けるようにターカイ山脈が走っている。
ターカイ東山嶺には、トオクニアール王国のハンエルンとアルクニー公国のヘンジャーをつなぐ街道が通っているが、東山嶺鞍部を越す場所には出入国の手続きをする関所が設けられている。
いつもなら交易をする商人や出張する役人、そして一般の人々でごった返しているはずだが、今日は違っていた。茶髪碧眼で肌が浅黒いエルフ、ダークエルフの部隊が関所をあっという間に占拠し、人々の往来を断ち切っていたのだ。
「第一弾は成功だ。これで『賢者会議』がわしの追討部隊を出すはず。さすればドッカーノ村の警備は手薄になる」
誰もいなくなった関所の庭で、遥か南を望みながら銀髪碧眼で初老の男が薄く笑いながら言う。年こそ取ってはいるものの、その眼光は鋭く、体格もがっちりしていて戦士の風格を感じさせる男だった。
彼は、金糸で縫い取りがしてある紫の道服の上から銀甲をまとい、腰には剣を佩いている。しかし、その男を見て一番に目を引くのは、身体をまとう黄土色の魔力だったろう。
「マークスマン殿、ここで様子見をしているのは良くない。一気にヘンジャーになだれ込み物資を手に入れた後、アルクニー公国の軍をかく乱するためケワシー山脈を越えてドッカーノ村を急襲すべきだ」
悠然と空を眺めていた彼に、黒い鎧を着てマントを翻したダークエルフが近づいてきて言う。佩いている剣や鎧の豪華さから見て、この部隊の指揮官なのだろう。
「ガイウス殿、そなたの部隊がせめて2千でもあれば、わしも急襲策を取った。
だが、大賢人を守っているのは魔導士や魔戦士だけではない。土の眷属も『賢者会議』を守護しておる。わずかに5百ではその防御を突破して大賢人の下まで行くのは困難だ。
話によると、そなたの友人二人がそれぞれ5百を率いてここに来るそうではないか。それまではここで守りを固め、手も足も出ないと見せかけて1千でドッカーノ村を急襲する……それが上策だと考えるが、そなたはどう判決する?」
マークスマンはそう反論した。魔族の軍団は人間のそれよりも戦闘力が高いのは当然だが、大賢人や四方賢者、そして両大陸から選りすぐりの魔導士と魔戦士を相手にするとなると、それなりの数的優勢はほしいところである。
さらに、土の眷属は四神最強の精霊覇王エレクラが率いている。こちらも並みの魔導士や魔戦士では手も足も出ないレベルの闘士が揃っているだろう。
そう考えると、マークスマンの言ももっともだ……そう考えたガイウスは、念のためといった感じで訊いた。
「ふむ、それでは『賢者会議』の面々に敬意を表し、戦士の能力的な差はあまりないものとして考えましょう。一体どのくらいの魔戦士や魔導士がいるのでしょうか? それと、土の眷属の兵力は判りませんか?」
「わしが大賢人だったときは、魔戦士と魔導士で2百人が常時詰めていた。ライトは臆病者だからもっと増やしているかもしれん。
土の眷属は周囲に2百から5百は詰めているだろう。ここを攻めてくるのも、最初は『賢者会議』の追討部隊ではなく、土の眷属だと思うぞ」
マークスマンの答えを聞いて、ガイウスは腕を組んで考える。
(なるほど、土の眷属相手では、仮に相手が2百ほどしかいなかったとしても、恐らく苦戦は免れまい。マークスマン殿の言うとおり5百もいるとしたら、この天険に拠って防御戦をした方が損害も少ないだろう。攻めるのは後続の部隊が到着してからでも遅くはない)
「……なるほど、把握しました。確かに後続の部隊を待って攻勢に移った方がいいかもしれませんね。援軍にここを守ってもらい、私はマークスマン殿とドッカーノ村を目指しましょう。魔戦士や魔導士は私の部隊で引き受けますので、マークスマン殿は心置きなく本懐を果たしてください」
「ご理解いただけたなら安心した。それでは、わしはこの周囲に罠を仕掛けて来よう。後続部隊の到着が待ち遠しいが、その時はよろしく頼みましたぞ」
ガイウスの答えを聞いたマークスマンは、喜んでそう言うと関所の周囲を精査するためにその場を離れた。数人の兵士が彼を守るように付き従っている。
そんなマークスマンたちを見送りながら、ガイウスは『暗黒領域』を出て数百回も繰り返してきた思念の沼に落ち込んでいく。
(私たち『闇の種族』は、前回の『魔王の降臨』で『伝説の英雄』たちに追い詰められた時、魔王の側に付かないことを条件に種族全体を見逃してもらった。さらに『暗黒領域』内に留まることを条件として罪を問わないという契約を四神と交わした。
いかにアルケー・クロウの命令だろうと、武人の約束や神との契約を反故にしていいわけがない。一体父上は何を考えてマークスマン殿の『護衛』を私に命じたのだ? しかもアクィラやアナスタシアたちの種族にまで呼びかけて……父上は求めて混乱を起こしたいとでもいうのか?)
一方で、迎撃のための罠を仕掛けに、関所の陣地を出たマークスマンは、ハンエルンから来た道とヘンジャーに続く道を眺め、より平坦なハンエルン側には鏡面魔法を主軸とした遅滞用の罠を、ヘンジャー側にはつづら折りを利用して敵を追い落とす罠を仕掛けた。
それは、一緒について来ていた『護衛用』のダークエルフたちすら感心するほどの出来栄えで、
「さすがは魔法使いを統括する大賢人だった方だけある」
と、彼らもマークスマンを絶賛していたという。
ダークエルフたちの尊敬のまなざしを受けながら、マークスマンはここ1週間の間に起こった出来事を思い出し、
(まさか魔族の中にわしを助けてくれる者がいようとは。『捨てる神あれば拾う神あり』とはよく言ったものだ)
自分の運命を変えた出会いを思い出していた。
ミーネハウゼンの郊外で、ガイアがジンの『騎士団』に捕獲されるところを見ていたマークスマンは、ヘルプストの提案に基づいて急遽、暗殺対象を大賢人に切り替えた。
そしてヘルプストと別れた後、一旦はドッカーノ村に転移したマークスマンだったが、
(いかんな。やはり大賢人の周囲はかなりガードが堅い。これは正面から力押しで行くのではなく、何か別の工夫が必要だ)
『賢者会議』が置かれているカーミガイル山だけでなく、ドッカーノ村全体を覆う大賢人ライトの魔力を感知して、ベロベロウッドの森に退いたマークスマンだった。
しかし『別の工夫』とは言っても、『賢者会議』から追討命令まで出されている身である。おいそれと人前に顔を出すことはできない。
なにしろ追討命令を受けた魔法使いは、追討対象を発見した場合、『直ちに自分が及ぶ限りの仲間に発見を知らせ、遅滞なく対象に戦いを挑み、逃すことがないようにしなければならない』からである。
そのせいで、マークスマンも何度か発見され、その度に数人から数十人規模の魔法使いたちに戦いを挑まれた。もちろん、よほどの相手でもない限りマークスマンにとって脅威とはならなかったが、今では超有名な騎士団『エルドラド』のエドモンド・ナカムラや、『ヘルキャット』のマイティ・フッドらまでマークスマン狩りに名乗りを上げているという噂が立っており、目立った行動は控えるべき状況だったのだ。
困り切ったマークスマンだったが、
(待てよ、ベロベロウッドの森と言えば、ジンの小僧がここを通る際、何万匹ものスライムに襲われたとエレーナのヤツが報告していたな。低級な魔物を使って目晦ましというのはいい方法かもしれない)
そう思いつくと、早速魔物探しに森を探索することにしたが、半日ほど旅人や木こりを避けて森をさまよったものの、魔物の影も形も見えない。
「……人為的に集められたものだったのかもしれんな。まあ、魔物はここにしかいないというものでもない。明日いっぱい探して、見つからなければマーターギ村近くのトロールたちにでも話をしてみるか」
休憩を取ってそんな風につぶやいていたマークスマンは、不意に恐るべき魔力を感知してサッと立ち上がった。身体中の毛が逆立ち、思わず身震いするほどの圧倒的な力だった。
(何者だ? これほどの魔力、今まで数人ほどしか感じたことはない。しかも魔力が異質だ。これはまさか、ライトの刺客か?)
戦闘態勢を整えたマークスマンに、異空間から湧き出たように白髪の男が現れて声をかけて来た。
「大賢人マークスマン、身構える必要はない。俺は貴様の味方だ、話を聞きたまえ」
男は感情を抑えて話しているようだったが、その端々から鋭い殺気が漏れ出てきており、マークスマンとしては簡単に戦闘態勢を解くわけにはいかなかった。
しかし、相手が戦いを望んでいるわけではないことは、辛うじてマークスマンも感じ取れたので、数歩下がって相手の圧から逃れたところで口を開いた。
「……そなたがわしと話をしたいという気持ちは伝わった。どんな用件だ?」
「用心深いな。大賢人を務めるほどなのに自らの力を過信しないところは気に入ったぞ」
男は薄い唇を歪めてそう言うと、緋色の瞳をマークスマンに当てて訊いた。
「貴様はジン・クロウというガキを知っているか?」
「マイティ・クロウの息子だな? 一部の者は彼を『伝説の英雄』とか『繋ぐ者』として持ち上げているようだが、わしから見ればまだひよっこに過ぎん。ジンがどうした?」
マークスマンも唇をひん曲げて答えると、男は薄く笑い、
「悔しそうだな。まあ、彼が人に知られるようになってから、貴様の思惑は悉く外れているから無理もないか」
そう揶揄するように言う。相手の圧に押され気味だったマークスマンも、この言葉には過剰と言える反応を示した。
「それはわしをバカにした言葉か!?」
身体から黄土色の魔力を噴き上げるマークスマンだったが、男はそんなマークスマンを涼し気な顔で見て笑う。
「勘違いするな、俺も貴様と同じであのガキに煮え湯を飲まされた一人だ。本来は俺自身で奴を八つ裂きにしてやりたいところだが、生憎俺はある人物と誓約を結んでいてな? 奴に直接手出しができないんだ。
それで、貴様を助けることでジン・ライムに痛い目を見てもらおうと考えたってことだ。どうだ、俺と組んでお互いの意趣を返さないか?」
マークスマンはそう言う男を胡散臭げに眺めていたが、
「わしは『組織』との約束で大賢人を葬らねばならん。それを先に済ませてからでいいのなら、そなたの提案に乗っても良い」
そう答えた。見ず知らずの人間の提案に易々と乗るほど、マークスマンは迂闊でも経験不足でもなかったが、男の持つ雰囲気に飲まれそうになったというのがその理由だろう。
男はそんなマークスマンを見て、不気味な微笑を絶やすことなく、
「良かろう。ただ、せっかくなら大賢人とジン、まとめて葬ってやればどうだ? その『組織』とやらにとっても、その方が都合がいいだろう?」
そう重ねて提案してくる。
「いい話だとは思うが、『賢者会議』は守りが堅い。生え抜きの魔戦士や魔導士が詰めているうえに、今では土の眷属までが大賢人の護りに当たっているのだ。ジンがいかに小僧だとはいっても、同時に相手するのは無謀だと思うが?」
マークスマンの反論に、男はこともなげに答えた。
「貴様一人でやろうとするからだ。俺がいい援軍を斡旋してやる。奴らも、機会さえあれば『暗黒領域』から脱出したいと願っているはずだからな」
そう言うと、男はマークスマンに、
「二日待っているといい。二日後の正午、この場所に援軍を差し向ける。後は貴様の思いどおりに暴れたまえ」
そう言い捨てると姿を消した。
マークスマンは、男の姿が消えると
「……今のは夢か? 一体あの男は何者だ?」
そうつぶやいて、ゆっくりとその場に座り込んだ。その時、自分の背中が汗でぐっしょりと濡れているのに気が付き、ひどく疲れたことを自覚した。
マークスマンは男の言葉どおり、二日後の正午に再びその場を訪れた。すると二日前に男がそうだったように、いきなり空間が歪み、そこから精悍な顔つきをしたダークエルフが現れ、マークスマンを見つけると近寄って来て言う。
「あなたが、前の大賢人マークスマン殿ですね?」
「いかにも、わしはマークスマンだが」
マークスマンが面食らって答えると、そのダークエルフは
「ある方のご依頼で、あなたの護衛としてまかり越しました。ガイウス・ロンギヌスと申します。部下5百を連れて参りましたが、これからどうされますか?」
そう丁寧に名乗って訊いた。
「あの人物は何者だ? わしのことを何と聞いている?」
マークスマンが問うと、ガイウスは困ったような表情を作り、
「あのお方については、私は何も申し上げられません。あなたのすることを助け、あなたを守れとの依頼を受けたものです」
そう答える。
マークスマンは釈然としないものを感じながらも、
(これは天の助けという奴だろう。あの男は胡散臭い奴だったが、このガイウス・ロンギヌスとかいう男は信用できそうだ)
そう思い、
「そうか、ではわしの計画をお話ししよう。そのうえで知恵を貸してもらいたい」
そう、ガイウスに今後の自分の計画……『患者会議』を襲い大賢人を討ち取り、ジン・ライムという騎士を血祭りに挙げる……を話した。
話しているうちに、ガイウスの顔色がどんどん悪くなっていくのを見て、
(あの男、わしが何をするのかをこいつに話していなかったと見えるな。気の毒だが、断ったり、裏切る素振りを見せたりしたら斬るか)
そう思ったマークスマンだったが、案に相違してガイウスは、歯切れこそ悪いものの、
「……分かりました。私としても思うところはございますが、あのお方の命であれば断ることもかないますまい。全力でご支援申し上げます」
そう言ったのだった。
★ ★ ★ ★ ★
霧が立ち込める世界だった。目の前は乳白色のヴェールで覆われ、数メートル先も見通せない。ゆったりと流れる霧は、音を吸い込んだ静寂の中で、時間の感覚すら奪っていく。
深い霧の中、四つの影が動いている。霧の流れがあるために、傍目には動いているのか止まっているのか分からない。さらには、霧の流れのせいで自分自身がどちらに向かっているのかすら錯覚しそうだった。
「水の精霊王は、ぼくたちから離れるみたいだよ」
先頭を歩む、蒼いマントで身を包んだ少女が言うと、
「ほんなら、うちたちの側にいる精霊王はウェンディとフェンの二人やねんな? 半分になってもうたやないか? やっぱエレクラの質問状があかんかったなあ」
その後ろに続く、朱色のマントをした女の子が残念そうに言う。
「ゾンメル、ウェンディは敵味方不明です。確かに、マークスマンを匿ってくれたりはしましたが、『盟主様』に忠誠を誓っているとは思えない節があります。彼女を仲間と信じていたら、思わぬ痛い目を見るかもしれないわよ?」
朱色のマントの女の子の後ろから、白いマントに身を包んだ女性が言う。
「ふぇっ!? そないなんや? うち、ウェンディは馬鹿正直やから裏表ないって思ってたんやけど、ヘルプストがそう言うんならそうなんやろな。人は見かけによらへんもんなんやな?」
そう言うゾンメルに、ヘルプストの後ろにいる黒いマントに身を包む娘が、
「……マークスマンにダークエルフが味方しているという噂。一体誰が『闇の種族』を引き込んだの?」
そう、不審そうな声で誰にともなく訊く。
「その話、ぼくも耳にした。ヴィンテル、あなたかヘルプストがお膳立てしたんじゃなかったの?」
最初に発言した少女が言うと、ヴィンテルは首を振り、
「あたしもヘルプストも、アルクニー公国の国主と話をしていた。誰も『闇の種族』の縄張りである『暗黒領域』には行っていない。
フェーゲル、その話はいつ、どこで、誰から聞いた?」
逆に少女に聞き質す。
フェーゲルは目を白黒させて、
「へっ!? 水の精霊王の『アクアリウム』からの帰りに、枢機卿特使のグリュンが知らせて来たけれど? グリュンはぼくの用事でハンエルンに行っていたら、マークスマンとダークエルフが話をしているのを見かけたらしいけど」
そう包まず話した。
「……『盟主様』ご自身が動かれたのかもしれないわね」
フェーゲルの話を聞き、ヘルプストがそうつぶやく。それにヴィンテルが賛成した。
「同意。『盟主様』なら、アルケー・クロウに話をつけられる。アルケーを動かして、『闇の種族』を引き込んだのだろう」
「けれど、『闇の種族』は前回の『魔王の降臨』の際、四神と相互不可侵の契約を結んでいるっていうよ?『闇の種族』も、四神を敵に回してまでアルケー・クロウの言うことに従うかなあ?」
フェーゲルの言葉に、ヘルプストは簡潔に答えた。
「それは直接『盟主様』に訊けば判ることよ」
そう言うと、目の前の空間を歪ませた。
四人が『空間の通路』を通り抜けると、そこはどこまでも続く草原だった。足元の雑草は風に揺れ、太陽は温かく輝いていたが、頬に風を感じることもなく、鳥の歌も虫の声も聞こえない。まるで作りかけの箱庭を眺めているようだった。
黙って立っている四人の頭上から、幼女のような、しかしどことなく中性的な声が響いてきた。
『カトル枢機卿、今日は何の用事なの?』
不思議そうな声に、思わず四人は顔を見合わせる。
「……これ、『盟主様』は何も知らへんのとちゃうん?」
フェーゲルが小声でつぶやくのを聞きながら、ヘルプストはいつもと変わらない優しげな声で虚空に語りかける。
「わたしたちの計画を悉く邪魔してきた、ジン・ライムの件でご報告がございます」
すると虚空の声は、無邪気に答えた。
『ああ、今、マークスマンと自律的魔人形が彼を狙ってるんでしょ? 何か面白い進展があったの?』
「エランドールは、惜しくも彼を討ち漏らしましたが、マークスマンがダークエルフと手を結んで『賢者会議』を襲撃する予定です。うまく行けば、ジンもろとも『賢者会議』を骨抜きにできると思います」
ヘルプストは、わざとガイアがジンたち『騎士団』に捕獲されたことを告げなかった。『盟主』と呼ばれる存在が機嫌を悪くしないようにと慮ったのだが、
『ふうん、そう。でもマークスマンはどうやってダークエルフを仲間に引き入れたんだろう? ひょっとしてヴィンテルの策略?』
と、四人が想像もしていなかったことを訊いてきた。
「……いえ、ヴィンテルもわたしも、そのような策は講じておりません。そもそも、わたしたちではアルケー・クロウと会うことさえ困難です」
ヘルプストが冷静に答えると、『盟主』は不思議そうな声色になり、
『君たちが仕組んだことじゃないなら、誰がダークエルフなんかをマークスマンに引き合わせたんだろう? 何だか変な感じ……』
そうつぶやき、しばらくしてはっきりと四人に言った。
『確か、『闇の種族』は四神と不可侵条約を結んでいたよね? ダークエルフがヒーロイ大陸に出てきたら、四神が確実に動き出す。
カトル枢機卿、一体誰が『闇の種族』を唆したのかを至急調べて。そしてもし、アルケー・クロウが動いているとの噂でも聞き込んだら、彼の所在をつかんで。アルケーの側には、懐かしい人物がいるはずだから』
四人は威に打たれたように平伏した。
ダークエルフが東ターカイ山脈の関所を占拠したという知らせは、トオクニアール王国とアルクニー公国に同時に届いた。
「ダークエルフといえば『闇の種族』の一員。彼らは『暗黒領域』を領分とし、他の地域には住まないという誓約をしていたのではなかったのか?」
外務尚書ベルン・キャプスタンからその一報を聞いたロネット・マペット王は、すぐさま大宰相オセロ・ブリッジと内務尚書アスカ・ターレットを呼んで善後策を協議することにした。
「ダークエルフがハンエルン街道峠を占拠していることは、現地の司直や旅人から聴取した話から確実なことと思います。その数は約5百。決して多いとは言えませんが、エルフの軍ですから、魔力を持たない兵を差し向けても鎧袖一触にされるでしょう」
ベルン外務尚書は、刻々と集まって来る情報を整理し、冷静に状況を説明する。
「ハル、クワトロをこの場に。彼のことだ、すでに軍の発向準備にかかっているかもしれない」
ロネット王は、側に控えている白皙の女性に命令すると、
「分かりました」
ハルは短く答えて、すぐに部屋を出て行く。
「大宰相、どう思う? ダークエルフはなぜ、いきなり誓約を破るような真似をしでかしたのだろう?」
ロネット王が訊くと、オセロ大宰相は首を振り、至極真っ当な返答をした。
「理由の詮索は後でもよろしいかと。今はダークエルフの軍にどう対処するかが先決です」
「ダークエルフ側から、何か要求のようなものは届いていないか?」
王から訊かれたベルン外務尚書は、固い顔で答える。
「いえ、何も。占拠したのが2日前ですから、何か要求があればもう届いている頃ですが」
「何も要求せず、ただ関所を陣地化して固めているだけ、か。狙いが判らないだけに不気味ではあるな……アルクニー公の動きは判るか?」
重ねての王の問いに、ベルン外務尚書は言葉に詰まる。
「王様、アルクニー公もこの知らせを受け取ったのは昨日か今日のことでしょう。外務尚書も困っています」
アスカ内務尚書がたまりかねて口を挟んだ。
ロネット王は、ハッと気づくと、顔を赤くして言う。
「うむ、言われてみればアスカの言うとおりだ。むしろ何か動きがあれば、それはアルクニー公が事前にこのことを知っていたということになる。では、まだそれらしい動きはないのだな?」
「はい。何か動きがあれば、すぐにお知らせいたします」
「頼んだぞ」
ロネット王がそう言った時、ハル秘書官長補佐が精悍な男を連れて部屋に入って来た。男は王の前で直立すると、水際立った敬礼をして言う。
「クワトロ・リング、参りました」
ロネット王はこれも威厳ある答礼をして言う。
「よく来てくれた大将軍。すでに聞き知っているかと思うが、ダークエルフが5百の軍でハンエルン街道の峠を占拠した。2日前のことで、今は関所を陣地化しているそうだ。
彼らからの連絡は要求を含めて一切ない。目的など詳しいことは全く判明していないが、何か行動を起こさねばアルクニー公国との交易に大きな支障となる。
とりあえずダークエルフたちに拮抗する部隊を編成したいが、どのくらいかかる?」
クワトロは王の問いを受けて、一つため息をつき、ゆっくりと答えた。
「……魔力を持つ者たちを選抜するよう、アレン・ファンネル領兵使には命令を下しております。また、峠直下までの軍用路上に兵糧や資材を集積しておくよう、アレン・コール監運糧に通達しました」
「おお、さすがはクワトロだ。『先手将軍』と言われるだけあるな」
ロネット王が褒めるが、クワトロは真剣な顔で驚くべき情報を告げた。
「実は昨日、中郎将のジューゴ・リヤーン上将がたまたまハンエルン方面に出ておりまして、本職は昨日のうちに彼からの報告でこの事件を知りました。ただ、気になる報告があったので、それを確認するまでは陛下のお耳に入れることを控えておりました」
「気になる報告とは?」
ロネット王が堅い表情で訊くと、クワトロはさらりと答えた。
「ダークエルフの軍に、前の大賢人マークスマンが加わっております」
その場にいた全員が、一瞬何を言われたのか耳を疑った。クワトロはそんな全員の顔を眺めてうなずくと、
「ダークエルフの軍にマークスマンがいます。ジューゴ中郎将自身が目視で確認していますので、確定情報です」
再びはっきりと言い切った。
「……マークスマンがダークエルフを仲間に引き入れたと言うのか? だとしたらその狙いは何だ?」
考え込むロネット王に、オセロ大宰相が意見を述べる。
「王よ、この情報を『賢者会議』に知らせるべきでは? 追討対象となっているマークスマンと、誓約を破ったダークエルフが手を組んだとすると、何を仕出かすか分かりませんし、我々だけでは手に余ります」
その言葉に、クワトロもうなずく。
「本職も、それをお勧めいたします。ジューゴ中郎将もそう言って参りました」
そう言った後、厳しい顔で続けて言った。
「誰がダークエルフを引き入れたのかは分かりませんが、ジューゴ中郎将の見立てでは、マークスマンの狙いは大賢人ライト様でしょう。『賢者会議』の護りは固く、さしものマークスマンも単身での襲撃では成功は覚束ないと考えたと思われます。
ですから我々はマークスマンの動きに密着し、時々刻々彼の所在を大賢人様に伝えて差し上げればいいと思います。
また、名誉騎士長エドモンド・ナカムラに命令し、騎士団『エルドラド』でマークスマンを牽制してはいかがかと」
大将軍クワトロ元帥の言葉に、その場にいた全員がうなずいた。
★ ★ ★ ★ ★
アルクニー公国ドッカーノ村。
この物語の主人公であるジンの生まれ故郷であり、現在の『賢者会議』が置かれている村は、大騒ぎになっていた。いきなり村長のもとに『賢者会議』から賢者ハンドが訪れ、
「魔物の軍が『賢者会議』を狙って進軍してくる恐れがある。『賢者会議』は全力で迎撃するが、万が一を考えて、全村民にセー・セラギ川東岸20マイル(この世界で約37キロ)以遠に退避することを要請する。
村長は至急、全村民にこのことを知らせ、2時間以内に村民を広場に集合させよ。大賢人様自ら転移魔法陣で皆を避難させるとのことだ」
と告げたからだ。
村長のファルケンハインは驚倒し、すぐさま役場の職員挙げて村中の家を一軒一軒回り、どうにか言われた刻限までに全員を村の広場に集めることができた。村民の避難先は、ワインの父であるヌーヴォー・レッドの申し出で、彼の所領であるココダーノ村に決まった。
実は、トオクニアール王国からの使者を待つまでもなく、大賢人ライトや四方賢者たちは、国境の峠で起こった異変に気付いていた。
しかも大賢人ライトは、ダークエルフの軍が関所を占拠する前すでに、賢者ハンドを呼び出して、
「ヘンジャー北の峠に不穏な魔力がある。恐らく『暗黒領域』由来の魔物が現れたに違いない。済まんがすぐ現地に行って確認してくれ。手に余るような魔物なら連絡せよ」
そう命じて送り出していたのである。
そのため、峠の関所が占領されたという一報がアルクニー公に届く頃には、賢者ハンドの報告により大賢人はことのあらましを知っていた。
「大賢人様、賢者ライフルです。お呼びでしょうか?」
大賢人ライトは、いつものように窓からセー・セラギ川の水面を眺めていたが、ノックの後の声で我に返って
「入りなさい」
そう言ってドアの方へと向き直る。
「失礼します」
一礼して部屋に入った賢者ライフルは、大賢人の顔を見るなり微笑んで言った。
「賢者スナイプ様は、賢者マーリン様の所においでです」
大賢人ライトは、それを聞いてクスリとした。賢者ライフルはまだ16歳と若いが、魔力が強いだけでなく、他人の思考を鏡にかけているかの如く読むのが得意である。その能力を買われての四方賢者任命だった。
「ほう、スナイプのことだから、一目散にジン・ライムのもとへ駆け付けるかと思っておったが違ったか」
大賢人ライトはそう冗談のように言うと、表情を引き締めて
「峠の関所をダークエルフの部隊が占拠した。マークスマンがその部隊に加わっている。子細は判らぬが、十中八九、我を狙っておるに違いない。
我はドッカーノ村の村人に避難を呼びかけるが、そなたは賢者スナイプにこのことを知らせてほしい。そのうえで、我に力を貸してくれるよう頼んでもらえまいか?」
そう凛とした声で言う。
さしもの賢者ライフルも、この言葉にはびっくりして、思わず訊き返してしまった。
「え!? マークスマンがダークエルフと?」
賢者ライフルのびっくり顔が可愛らしかったのか、大賢人ライトは微笑と共にうなずき、
「そう言っている。奴が我を狙っているなら、ドッカーノ村が戦火に包まれるは必定。
そして我としても、マークスマンは手強き相手。ゆえに賢者スナイプの力を借りたい。受けてくれるな?」
再びそう言う大賢人だった。
「承知いたしました。すぐに出かけます」
賢者ライフルがそう言って勇躍、転移魔法陣で賢者マーリンのもとに出発したのを見届けると、大賢人ライトは大きくため息をついてデスクの椅子に座り込んだ。額にはじっとりと冷たい脂汗が浮かんでいた。
(大賢人スリング様を探して『暗黒領域』をさまようこと20年。さすがに我も蓄積した瘴気の毒を克服することは叶わなんだ。せめて一目だけでもスリング様にお会いしたかったが、それも諦めねばならんようだな)
大賢人ライトは、椅子の背もたれに寄りかかりながら、大きく息を吸っては吐き出す。そんなことをしばらく続けていると、少し楽になったのか彼女は再び立ち上がってセー・セラギ川の光る水面を見つめ、ポツリとつぶやいた。
「いや、まだ我の命脈は尽きぬ。スリング様に再会することは叶わぬかもしれんが、『賢者会議』の後を託す者を育てることは出来よう」
大賢人ライトは、しばらく目を閉じていたが、顔色が常のように戻った後、ドッカーノ村に避難命令を出すために賢者ハンドを呼び出した。
東ターカイ山脈の関所を陣地化したマークスマンとガイウスは、今後の戦略で意見の相違を見せた。
「マークスマン殿、私たちは昔日の誓約に違反してこの場にいます。出来れば仲間たちをこの企てに関わらせず、速戦で決着をつけていただきたい。
この場には守備として2百を残し、『賢者会議』の魔導士や魔戦士への対応に2百、そして土の眷属には私が百人を率いて対峙しましょう。その間に貴殿は大賢人殿と話をつけられればいい」
ガイウスの本心は、できるだけ相手に損害を与えず、マークスマンと大賢人ライトとの私戦という印象を与えるようにして、昔日の誓約を破った形になっている『闇の種族』への四神の追及を避けたいということだった。
一方でマークスマンは、『闇の種族』たるダークエルフの力量は認めつつも、大賢人ライトと『賢者会議』そのものへの意趣返しという目的を果たすには兵力が大きければ大きいほどよく、また、大陸の騒乱を大きくすればするほど自分に対する『組織』の評価も高まることを知っていたため、
「ガイウス殿、慌てる必要はない。たとえ王国や公国の軍隊、騎士団がどれほど押し寄せようと、わしとそなたが手を結べば恐れるものは何もない。
それに5日ほどすればアビスオーガやルナティックシルフの軍勢もやって来る。その時こそ、新たな世界の夜明けを迎えるために進撃を開始するチャンスだ。
それまでの間、わしらはここで人間どもの足掻きを眺めていればいい。そなたはわしを助けるために遣わされたのだろう? だったらわしの言うとおりにしてもらわないと困る」
あくまでも自説を主張して譲らなかった……らしい。
『らしい』というのは、僕たちが関所の敵陣に斬り込んだのがその直後だったからだ。だから僕もウェンディも、なぜマークスマンやダークエルフたちがここを占拠して2日間も居座っていたのかを不思議に思っていた。
先に姿を現したのはウェンディだった。
「あれれ~、おっかしいぞお~? 君たち『闇の種族』は20年前にボクと誓約を結んだよね? どうしてここに居るのかなぁ~?」
すっとぼけた声でそう言いながら、虚空に現れたウェンディを見て、ダークエルフの隊長らしき人物が顔色を変えてサッと跪く。
ウェンディはギロリとマークスマンをひと睨みして牽制すると、
「君は確か、ヴェスタの息子さんかな? 立派になったねえ」
そうダークエルフの隊長ににこやかに話しかける。『にこやかに』とは言っても、この陣地はすでに風の眷属が完全に包囲している。精霊王副官のブリーズさんが指揮を執り、ウェンディの号令があれば一斉に攻撃を仕掛ける態勢だった。
そんな状況に気圧された隊長に、ウェンディは機嫌よく語りかける。その様子を見ていると、まるで仲間と談笑しているようで、これから戦をしようとしているようには見えない。ウェンディ一流の戦意を削ぐ話術だった。
「どうしたんだい、ヴェスタの息子さん? 君たちがボクらとの約束を反故にするとは思えないが、どうしてここに居るのかくらい申し開きは出来ないのかい? 君だってもういい歳だろう、知らないでは済まないんだよ?」
ウェンディが優しく言うと、ガイウスはゆっくりと顔を上げ、
「……失礼いたしました。私はガイウス・ロンギヌスです。父ヴェスタの命令で、マークスマン殿の手助けに遣わされました」
そう名乗った。それを見て僕も、ガイウスがここに居るのは彼の本意ではないと悟った。
ウェンディもガイウスの気持ちを見抜いていたんだろう、ふっと笑うと
「それは違うな。ヴェスタの命令ではなく、アルケー・クロウがそうしろと言ったんだろう? 君はヴェスタから聞いていないかもしれないがね?」
そう言うと、もう一度マークスマンを視線で威圧して、ガイウスに声を張り上げた。
「君はここを占拠するとき、関所の役人や旅人を一人として殺傷していない。そのことは褒めてあげるよ。そのうえで次から君と君の種族の今後を選ぶんだ。
一つ、すぐに部隊をまとめて『暗黒領域』に帰れ。そうすれば君が好奇心で物見遊山に来ていただけってことにしてあげよう。
二つ、その5百でボクと戦うかい? 言っとくけど、ボクは眷属をここに5千ほど連れてきている。それにたとえボクに勝っても、エレクラのじいさんが黙っちゃいないよ?
さあ、ガイウス、どっちを選ぶ? 君の決断に種族の命運がかかっているんだよ?」
ガイウスは額にじっとりと汗をにじませていた。いや、彼の顔を見ると100パー帰りたいと思っているのは確かだが、それを口にするのを憚らせる何かがあるみたいだった。
僕はすぐに、その原因がアルケー・クロウだと気付いた。ダークエルフを含む『闇の種族』はどちらかというと魔族に位置する。『魔族の祖』であるアルケー・クロウの言には逆らえなかったのだろう。
「ヴェスタやアルケーのことなら心配は要らない。ヴェスタにはボクから話をしておくし、アルケーは……」
ウェンディはそう言いながら地面に降り立つと、僕を『風の翼』の中から出して、
「……いずれはボクとこの団長くんに封印される運命だ。帰ってヴェスタに伝えるといい、『伝説の英雄、繋ぐ者』が現れました、ってね?」
そうにこやかに宣言した。
僕はびっくり顔のガイウスに向かって忠告した。
「ウェンディの言うとおりにした方がいいと思いますよ? それにもし、あなたがマークスマンの護衛という立場に拘っているのなら、その役目ももう終わりです。だって……」
僕はそう言いながら魔力を開放した。黄金色の魔力には翠色のハローが付き、瘴気のような紫紺の魔力はその周囲を取り巻いている。
僕は紫紺の魔力をある方向に放つ。そこに居たダークエルフたちは慌てて魔力を避けたため、僕とマークスマンの間に道が出来た。
僕は『払暁の神剣』を抜き放ちながら続けて言った。
「……だってマークスマンは、ここで僕が倒すから」
僕はマークスマンが挑発に乗って襲い掛かって来るかと身構えていたが、案に相違して彼は動かなかった。身体から天に沖するほどの黄土色の魔力を噴き上げていたが、すごい形相で僕を睨みつつも、微動だにしなかったのだ。
僕らの魔力の比べ合いに度肝を抜かれたか、ガイウスやダークエルフたちは石になったように立ち尽くしている。そんな状況に痺れを切らしたウェンディが、ついに強権を発動した。
「時間切れだ、強制送還させてもらうよ。できるだけ優しくしてあげるけど、ケガをしても悪く思わないでおくれよね?『風の通い路』!」
ビュウウッ! ゴゴオウウウッ!
「うおっ!?」「うわあっ!」
ウェンディが魔法を発動すると、ダークエルフたちの後ろに大きな風穴が開く。それはまるでブラックホールのように、ダークエルフたちを吸い込んでいった。全員が風穴に飲まれるのに10秒もかからなかった。
「……ウェンディ様、一体何を!? 仲間をどうされたんです!?」
一人離れていたため、風穴に飲まれずに済んだガイウスが血相を変えて訊くが、ウェンディはしれっとした顔で答える。
「やだなあ、君がいつまでも答えを渋っているから、強制的に『暗黒領域』にある君たちの領地まで飛ばしてあげただけさ。別に誰一人として命を奪ったりはしていないよ? さっきも言ったけど、着地に失敗してケガ人が出ているかもしれないけれどね?
心配なら、君も早く領地に戻ったらいい。ついでに『闇の種族』の仲間たちに、ヒーロイ大陸へのピクニックは中止だと伝えておいてくれないかな?」
そして対峙する僕とマークスマンを指差して、
「ごらん、マークスマンはもう護衛の対象じゃない。当代きっての魔戦士たちの戦いに水を差すもんじゃないと思うけどなあ?」
そう言ったので、ガイウスは僕たちを見て、
「……確かに、私の出番はないみたいです。ウェンディ様、私たち種族の背信的行動を見逃していただき感謝いたします」
そう言うと、ウェンディは彼女にしては厳しい顔つきで言い放った。
「違うよ、許しちゃいない。ただ目をつぶるだけだ。近い将来、ボクや団長くんが『暗黒領域』に足を踏み入れた時、貸しを返してもらうよ。行くといい」
彼女の言葉に、大汗をかきながらガイウスが転移魔法陣に消えると、ウェンディは僕とマークスマンを見てつぶやいた。
「さて団長くん。君がどう戦うかをじっくり拝見させてもらうよ。果たして君は、ボクが望んだ『風の宝玉』の保持者だろうか?」
ダークエルフ部隊がウェンディの風穴に消え、ガイウスすら『暗黒領域』に戻ったのを見て、遂にマークスマンが口を開いた。
「……マイティ・クロウのガキが! 貴様たちはいつも、わしの邪魔をしてくれたな。魔族が『伝説の英雄』などと笑わせるな!」
怒り心頭と言ったマークスマンの姿を見て、僕はなぜか急に冷静になった。
なぜ父はナイカトル要塞に幽閉されねばならなかったのか、なぜ20年前の『魔王の降臨』でマークスマンはウェンディや四神を訪ね回ったのか、なぜ賢者スナイプ様を『賢者会議』から汚名を着せて追放したのか。
そしてなぜ、僕はこれほど彼から嫌われているのか……。
そんな疑問が渦を巻いて、僕に次の言葉を言わせた。
「貴様は摂理の邪魔をした。その末路、俺が見届けよう」
「ほざけ!『岩突槍』!」
マークスマンの魔法が発動したのを合図に、僕らは戦闘を開始した。
(強欲者を狩ろう! その8へ続く)
20年前のマークスマンの行動や、彼に協力するアルケー・クロウのことが気になりつつも、ついにジンとマークスマンが直接対決することになりました。
マークスマンの怨念の前に、ジンの勝算はいかに?
次回もどうぞお楽しみに。




