Tournament75 A harpies hunting:part6(強欲者を狩ろう!その6)
互いに傷ついたウォーラとガイア、その二人の修理は元精霊王のメロンに任された。
その頃、異次元から救い出されたジンは水の精霊王の世話を受けていたが、記憶の一部を失っていた。そんなジンを見て、彼を訪ねて来たウェンディは……。
【主な登場人物紹介】
■ドッカーノ村騎士団
♤ジン・ライム 17歳 ドッカーノ村騎士団の団長。典型的『鈍感系思わせぶり主人公』だったが、旅が彼を成長させている。いろんな人から好かれる『伝説の英雄』候補。
♤ワイン・レッド 17歳 ジンの幼馴染みでエルフ族。結構チャラい。槍を使うがそれなりの腕。お金と女性が大好きな『やるときはやる男』
♡シェリー・シュガー 17歳 ジンの幼馴染みでシルフの短剣使い。弓も使って長距離戦も受け持つ。ジン大好きっ子だが報われない『負けフラグヒロイン』
♡ラム・レーズン 18歳 ユニコーン族の娘で『伝説の英雄』を探す旅の途中、ジンのいる村に来た。魔力も強いし長剣の名手。シェリーのライバルである『正統派ヒロイン』
♡ウォーラ・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造った自律的魔人形。ジンの魔力で再起動し、彼に献身的に仕える『メイドなヒロイン』
♡チャチャ・フォーク 13歳 マーターギ村出身の凄腕狙撃手。村では髪と目の色のせいで疎外されていた。謎の組織から母を殺され、事件に関わったジンの騎士団に入団する。
♡ジンジャー・エイル 20歳 他の騎士団に所属していたが、ある事件でジンにほれ込んで移籍してきた不思議な女性。闇の魔術に優れた『ダークホースヒロイン』
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
ヒーロイ大陸。
この世界で初めて人間が生まれ、定住し始めたといわれる大地。
その中心にユグドラシル山という標高1万メートルの山を仰ぎ見るこの大陸には、トオクニアール王国、アルクニー公国、リンゴーク公国、そしてオーガとユニコーン二つの侯国が存在する。
このうち二つの侯国は大陸の北西に位置する『ホルストラント』と言われる台地の上に存在し、人間が住まう地域と明確に一線を引いている。面積も大陸の10分の1程度であり、亜人が住む土地として畏怖の対象となっていた。
最も大きいトオクニアール王国は面積で4割、人口で5割を占め、マペット家が統治してヒーロイ大陸を代表する国家となっている。
次がアルクニー公国で、大陸の南東方面に位置し、国土は北をターカイ山脈、西をケワシー山脈で囲まれた形となっている。面積は大陸の3割程度だが山地が多く、人口では2割弱を占めるに過ぎない。
暴虐を以て知られたケルナグール王国を、マペット家と共闘して滅ぼしたポトフ家が統治していて、その頃からトオクニアール王国とは同盟関係にある。
最後に大陸の南西部にリンゴーク公国がある。面積は大陸の2割、人口は3割弱で、ルーム家が統治している。
アルクニー公国のほぼ中心にはカーミガイル山という独立山塊がある。標高は777メートルと高くはないが、古くから神がいる山として崇敬の念をもって見られ、魔術師たちの修行場としても有名な山である。
そして現在は、ヒーロイ、ホッカノ両大陸に住む全魔術師を統括する『賢者会議』が置かれている山でもあった。
その中腹にある、さして大きくもない邸宅で、長い銀髪に灰色の瞳をした女性が、4・5人の男女に向かって話をしていた。
「国王や国主と言われる者たちは、『魔王の降臨』ほど『摂理の黄昏』には興味を持っていない。一度も経験したことがないのだから仕方ないことではあるが、それでも『魔王の降臨』が『摂理の黄昏』と連動することもあり得るのだ」
ヒーロイ大陸に所在するいずれの国も、何度か『魔王の降臨』という混乱を経験しているが、『摂理の黄昏』という世紀末的状況については何の情報も持っていなかった。
『魔王の降臨』が50年から百年というスパンで起こっているのに比べ、『摂理の黄昏』については5千年から2千年という長い周期で起こっているのだから、はっきりとした記録は何も残っていないのだ。僅かに各国の昔話や神話にその片鱗を見ることができるに過ぎない。
「ただ、ケルナグール王国時代の歴史書に『魔族を創生したアルケー・クロウが精霊王たちに封印される際、その思念を『約束の地』に残した。残留思念は封印が弱まると世界に怪異を起こした』とある。
これが記録で確認できる最古の『魔王の降臨』に関する記述だ。そうすると、『摂理の黄昏』との関係の謎は、アルケー・クロウが何を考えて魔族を創生したか、そして摂理はなぜ魔族の創生を許したか、この二つの疑問に集約できる」
銀髪の女性の言葉に、金髪で碧眼の女性が
「大賢人様、『摂理の黄昏』について、四神に訊いてみてはいかがかと思いますが?」
そう提案する。
大賢人ライトは、金髪の女性を見てうなずくと、
「そうだな。我もある程度は知っているが、知識と情報は多いに越したことはない。賢者スナイプよ、四神と連絡を取ってくれるか?」
そう頼んだ。
「分かりました。すぐに連絡を取ってみます」
そう言うと、賢者スナイプはその場で転移魔法陣を描いて中へと消えた。
「……賢者スナイプ様は、四方賢者にお戻りになられないおつもりなのですね?」
茶髪に碧眼をした、15・6歳の少女が残念そうに言うと、赤毛の男性が翠の瞳を彼女に向けて、慰めるように言う。
「残念がるライフルの気持ちも解るが、もともと賢者スナイプは野に下りたがっていた。人には向き不向きがある、スナイプにはスナイプのやり方で力を揮ってもらった方が、みんなのためになると俺は思うぞ」
すると大賢人もうなずいて
「我もそう思う。スナイプには『賢者会議』にいては出来ないことがあるらしい。だから我も強いてスナイプを止めなかった。
それより賢者アサルト、そなたが故郷に戻っていた時、『組織』とマジツエー帝国の間で何やら問題が起こっていたそうだな? そのことを詳しく話してくれないか? ひょっとしたら『組織』について何か判るかもしれない」
アサルトに訊くと、賢者アサルトは苦り切った顔で
「承知いたしました。『組織』側の人物はフェン・レイという少女だそうです。大司空シールド・ヘイワガスキーの話では、かなりの魔力を持っているようですから、ただの人間ではないかもしれません」
そう前置きして、マジツエー帝国と『組織』が領土の割譲問題で揉めていることを詳しく話した。
話を聞いた大賢人は、
「ふむ……賢者ハンドの話では、リンゴーク公国でも『組織』が手を回してマッシュ・ルーム公の地位を奪おうと画策していたと聞く。
我が『組織』の名を初めて聞いてから20年ほどになり、『暗黒領域』でもその動きに注目していたが、ついぞ領土的野心を聞いたことはなかった。
果たしてこの二つの動きは領土的野心を露わにしたものか、それとも他に目的があるのか……賢者アサルト、賢者スラッグ、賢者ハンド、その方たちはそれぞれの故郷で『組織』についてもう少し詳しく調べてみよ。マークスマンの事件があったので、『組織』と繋がりがある国主も調査には協力的になっているだろう。
賢者ライフル、すぐに大賢人教書を各国主当てに準備し、四方賢者の調査に協力するよう言い送っておいてくれ」
そう命令する。
「分かりました」「ご命令のままに」「承知いたしました」
賢者アサルト、スラッグ、ハンドはそう答えて、すぐさまそれぞれマジツエー帝国、アルクニー公国、リンゴーク公国に向かった。
一方で賢者ライフルは、
「わたしは、トオクニアール王国に行かなくてもいいのですか?」
そう尋ねる。
大賢人はうなずき、
「トオクニアール国王については、そなたの父上、博士クワトロ・リングにいろいろと調べてもらっている。それより、我はそなたに賢者スナイプのことを詳しく訊きたい」
そう、不思議なことを言った。
マナ切れで動かなくなったガイア、そのガイアから手傷を負わされたウォーラを前にして、メロンが穏やかな顔でシェリーとウォーラを見て言った。
「わたくしも機械のことは詳しくありませんが、わたくしが以前『摂理の調律者』様から委任されて司っていたのは、万物の成長と調整、そして終焉に関することです。
今までウォーラさんやガイアさんを観察してきましたが、自律的魔人形は普通の機械とは違うみたいですし、ひょっとしたらわたくしの魔力で修復ができるかもしれません。やってみますか?」
「確かに、エランドールは構造や組成が違うが、魔力で生命活動のすべてを賄っている。やってみる価値はあるかもしれない。
メロンさん、お手数ですがあなたの思うとおりにしてみてはくれませんか? うまく行ったらウォーラさんだけでなく、ガイアさんも『騎士団』に迎え入れられるかもしれない」
ワインはメロンの言葉を聞き、即決してそう頼む。ラムもシェリーも、ワインの言葉にうなずき、そしてウォーラも琥珀色の瞳に希望を輝かせて答えた。
「分かりました。お願いいたします!」
ウォーラのすがるような視線を受けて、メロンは優しい魔法を解き放った。
「命は芽生えの時を待つ……『時待ちの詩』よ、その生命力でこの者の在りし姿を寿ぎ、障りあればそれを取り除け」
すると、翠の淡い光を放つ蔓が地面から生え出て、ウォーラの身体を優しく包む。びっくりしたウォーラだったが、その魔力がとても心地よいものだと感じた時、彼女の心に生じた不安や恐れはすっかり消えていた。
その様子を見ていたメロンは、満足そうに薄い胸を張って言う。
「大丈夫のようです。エランドールが通常の機械と違っていたことが幸いしましたね」
その様子を見ていたワインが、拍手して訊く。
「さすがは元精霊王だけありますね? ところでガイアさんの修理について、一つ問題がありますが?」
「……誰のマナで再起動するか、という問題ですね?」
メロンが答えると。ラムも腕を組んでうなずく。
「ああ、エランドールはマナを与えた者に絶対の忠誠を誓う。ウォーラのように、たとえジン様の命令であっても疑問があるときはそれを拒否するようならいいが、ワインの話ではガイアの忠誠心のパラメータは人為的に引き上げてあるという。
本来ならパラメータを初期状態にしてから再起動した方がいいが、あいにく私たちではエランドールの制御機構はいじれない。
それなら誰のマナで再起動したらいいかと迷っているんだ。ジン様がいたら、ジン様のマナが一番だとは思うんだが」
ラムの言葉を聞いたシェリーやチャチャ、ジンジャーもうなずく。
「わたくしのマナではいけないかしら?」
メロンがあっけらかんと言うと、ワインは目を細めて訊いた。
「それは悪くない選択だと思うけど、マナ切れを起こした時にメロンさんがいない場合はどうするつもりですか?」
その質問に、メロンはにこりと笑って答えた。
「うふふ、ジン団長さんから聞いているのね? ホッカノ大陸に着いたら、わたくしがアルケー・クロウを探しに別行動することを。
わたくしはガイアをアルケー捜索に同行させるつもりなの。だって、わたくしの魔力はまだ回復しきっていないから、もしアルケーと戦うことになったら一抹の不安はぬぐえないわ。だからこそ、今の人間の英知が詰まったエランドールを帯同したいの」
ワインは、そんなメロンの顔をじっと眺めながら何かを考えていたが、
「まあ、エランドールなら可能かもしれないな……」
そう、不思議なことをつぶやいて、シェリーに訊いた。
「メロンさんの意見を容れようと思う。シェリーちゃん、それでいいかい?」
「……ま、メロンさんとワインにしか解らない秘密があるんでしょうね。いいわ、ジンの代理としてメロンさんに任せるわ」
シェリーの返事を聞くと、メロンはワインを可愛らしく睨んでから、笑顔になって
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて、ガイアを修理してみますね?」
そう言うとガイアを仰向けに寝かせ、拾い集めて来た外板や左腕を元の位置に戻し、魔法を発動した。
ワインたちはその様子を見ていたが、驚いたことにメロンはまずガイアにマナを注入し、再起動から試みた。メロンの身体の周りを翠の魔力が覆ったが、その分厚さと波動の温かさ、そして清浄さに、その場にいた全員が目を見張った。さすがに元精霊王だと再認識した顔だ。
程なくして、ガイアはゆっくりと目を開け、身体を起こそうとする。それをメロンが止めた。
「まだ起き上がらなくてもいいわ。あなたには少し修理が必要なの。気持ちを楽にして目を閉じていてちょうだい」
メロンがそう言うと、ガイアは緑色の瞳を彼女に向けて、
「……我はどうしたのだろう? なぜ左腕が壊れたのですか?」
そう気だるそうな声で訊く。
「今は気にしなくていいわ。もし気になるのなら、あなたが覚えていることを話してもらってもいいかしら?」
メロンの言葉に、ガイアは素直に話し始めた。
「我の中核制御装置に設置されている記憶媒体には、我の名はPTD11、コードネーム『お姉さま』で、製作者はアイザック・テモフモフ博士。準同型機にPTD12、『妹ちゃん』がいる。我はガイア・ララと名乗り、妹はウォーラ・ララと名乗っている……そう記録されていますが?」
「そのとおりよ。それでは最初に起動してから今までに何があったか、あなたは記憶しているかしら?」
メロンが訊くと、ガイアはうなずき、
「戦闘システム及び索敵システムに直結した行動判定用記録媒体を解析します……短期記憶媒体には情報なし。システムログに残っているフラグを解析します……最適化終了」
目を閉じて機械的な声でそうつぶやいていたが、やがて眼を開けて答えた。
「いくつかの人名らしきものが記録されていました。『バーディー・パー』『アクア・ラング』そして『ジン・ライム』です。戦闘パターンは残っていましたが、何があったかの詳細は不明です」
それを聞いて、ワインは感心したようにつぶやく。
「なるほど、いったんマナが無くなったら、記憶はすべて消去されるのか。ただ、マナがあった時分に経験した戦闘や、吸収した知識に関しては、蓄積型記憶媒体にパターン化して記録されていくということか。ある意味、人間より効率的に経験や知識を収集できるわけだ」
「そうね。けれど、繋がりは切れてしまうわ。そこが彼女とウォーラさんの違いかしら」
側でメロンの様子を注意深く観察していたジンジャーが言う。
「そう言えば、ジンがマーターギ村で毒山菜を食べさせられたとき、マナが切れるまでジンを介抱したわね。それでもウォーラは記憶を失っていなかった。どうしてかしら?」
シェリーが不思議そうに言うと、ラムは首を振って
「詳しいことは、私たちは専門家じゃないから判らない。だが、テモフモフ博士は意図してウォーラとガイアに差異を設けたんだ。恐らく、技術的な比較をするためだろう。二人のうち『浄化作戦』に適している方を量産するつもりだったんだろうな」
そう言って、メロンの魔力に包まれたガイアを見つめた。
★ ★ ★ ★ ★
異次元から助け出された(らしい)僕は、水の精霊王マーレ・ノストラム様が進めるままに、精霊王の世界である『アクアリウム』でお世話になっていた。
しかし、この世界はどうなっているのだろう? 周りに海藻のような植物は生えているが、みんな薄い青色や緑色をしていて、何よりゆらゆらと立っているのだ。まるでここは水の中であるとでも言うように。
「ああ、ジン様。ここにいらっしゃったんですね? マーレ様がお探しですので、すぐに水の宮殿にお戻りください」
僕が暇を持て余して、『アクアリウム』を散策していると、緑青色の髪と瞳を持った女の子が息を切らして駆けて来て言う。確か彼女はマーレ様の副官でモーリェ・セレさんとか言ったな。
「ああ、モーリェさん。すみません、すぐに戻ります」
僕は側にやって来たモーリェさんに謝ると、一緒に来た道を戻りだす。その時もモーリェさんは
「マークスマンの事件があったので『組織』も大人しくしていますが、ここにも『盟主様』の使いを名乗る者たちがやって来たことがあります。ジン様に何かあっては大変ですので、あまり外を出歩くことはお控え願えませんか? でないとワタシがマーレ様から怒られてしまいますので」
そう、口を酸っぱくして僕に頼むのだった。
正直、僕は自分の立場すら覚えていなかった。マーレ様から助けられた当初には、まだ自分のことを覚えていたような気がするが、今思い出せるのは自分の名と出身地、そして『騎士団』のことだけで、僕がなぜ旅をしているのか、旅の中で何があったのか、そんな大事なことを思い出せなくなっていたのだ。
だから、こんなにも僕のことを心配してくれる人を目の前にして、自分のことが思い出せないことが済まなくて、何も言えなくなってしまうのだ。
そうこうしているうちに、僕たちは水の宮殿に帰って来た。ここは精霊王の住まいに相応しく、荘厳で清浄な空間が広がっていたが、建物自体は『厳めしい』というより『清楚で閑雅』という形容詞が似合うものだった。
「マーレ様、ジン様を探してまいりました」
僕たちがマーレ様の部屋の前まで来ると、モーリェさんがそう声をかける。すぐに椅子から立ち上がる音と、急いでドアに駆け寄って来る音が聞こえ、忙しなくドアが開かれた。
「ああよかった! ジン様に急いでお知らせしないといけないことが起こったんです。とにかく部屋に入ってください。モーリェも同席してちょうだい」
僕の顔を見るなり、マーレ様は青い顔をして急き立てるように言う。髪の毛や目の色がもともと深い海の色をしているマーレ様の顔は、冗談でなく真っ青になっている。
ここでお世話になって数日経つが、いつも穏やかで物静かなマーレ様がこれほど慌てているのを見るのは初めてだった。それで、僕は勧められた椅子に腰かけると、わざと落ち着いた声で謝った。
「すみません、勝手に散策をして。ずいぶん探されましたか?」
するとマーレ様は、真っ青な顔のまま叫ぶように言った。
「探しました。こんな情報が入った時に、部屋からいなくなられるもんですから、わたしはてっきりジン様が『組織』の手の者に連れ去られたんじゃないかと思いました」
『ウニタルム』はどこかで聞いたことがある……僕はそう思いながらマーレ様に話しかける。どうやら僕と『ウニタルム』との間には、きな臭い何かがあるんだろうなと察した。
「なるほど、『組織』が僕を狙っているってことですか?」
僕の問いは頓珍漢だったようだ。けれどそれゆえに、マーレ様の興奮を鎮めることができたようだった。
マーレ様は僕を見て、深くため息をつき、
「そうでした、ジン様は記憶喪失だったんでしたね? 高次元の存在因子への干渉は、思ったより深刻な影響をジン様に与えているみたいです……」
そう言って一瞬、憮然としたマーレ様だったが、すぐに気を取り直して
「記憶の方は別に手を打つとしましょう。今は状況をジン様に理解していただくことが大事です」
そう自分に言い聞かせるように言うと、僕の目を真っ直ぐに見つめて、
「これからお話しすることは、ジン様自身の安全に関わることです。記憶が抜け落ちている状況では理解しがたい部分もあるかと思いますが、話を聞いてください」
情報は、精霊覇王のエレクラ様からもたらされたものだった。
自律的魔人形のガイア・ララと大賢人だったマークスマンが僕を狙って動き出していることは、エレクラ様も御存じだったようで、僕が『アクアリウム』にいると聞いたエレクラ様の使者……ラントス・ミュールと言ったらしい……は、
「それは心強いですな。ジン様があなたの世界にいると知られたら、エレクラ様も安心なさるでしょう」
そう言って笑った後、こう言ったそうだ。
「ガイア・ララはすでにジン・ライムの仲間たちによって捕獲されたようです。ただ、マークスマンが大賢人を狙って動き出しています。エレクラ様はそれを『組織』の陽動だと考えておられます」
「陽動? 何のためにでしょうか?」
マーレ様の問いに、ラントスさんはこともなげに答えたらしい。
「マークスマンを囮にして、助けに来たジン殿を討ち取るか、少なくともジン殿の居場所を探し出すつもりでしょうな。討ち取れれば幸い。ジン殿が現れなくても居場所が判ったらすぐに『盟主』は刺客を送るつもりでしょう」
「マークスマンが『賢者会議』を襲うことで、どうしてジン様の居場所が判るというのでしょう?」
不思議そうに聞くマーレ様に、ラントスさんは真剣な顔をして
「御存じかもしれませんが、マークスマンには魔族の血が流れています。魔族の血はお互いに引き合い、そして戦いの場では波動を発します」
そう言った。
「ちょっと待ってください。ラントス様の言葉を素直に解釈すれば、ジン様にも魔族の血が流れているというように聞こえますが?」
マーレ様が驚いて訊くと、ラントスさんは黙ってうなずいたそうだ。
言葉を失くしたマーレ様に、ラントスさんは
「我々、土の眷属は『賢者会議』の守護に回ります。仮にジン様を狙って『組織』が行動を起こした時には、ジン様の守護は水の眷属に任せたい……エレクラ様はそうおっしゃっていました」
眉一つ動かさずに言ったそうだ。
マーレさんもまた、
(エレクラ様は何としてもジン様を守り切るおつもりなのですね)
そう、土の眷属の覚悟を感じ取り、真剣な顔でうなずいた。
「分かりました。後顧の憂いがないよう、わたしたちでしっかりとジン様を守ります。エレクラ様にはそうお伝えください」
そう言った後、声を潜めてラントスさんに伝えた。
「それと……エレクラ様に、ジン様が記憶を失くされていることをお伝え願えませんか?」
「えっ!? それはどういうことでしょうか?」
驚いたラントスさんに、マーレ様は眉を顰め、
「ガイアとの戦いの際、魔法を破砕するために撃った魔法の爆発で違う次元に飛ばされたのです。次元の影響で記憶が飛んでしまったみたいで、名前や『騎士団』のお仲間のことは覚えておられますが、旅での経験などをすっかり思い出せなくなってらっしゃいます」
それを聞いたラントスさんは、すぐに表情を引き締めて、
「分かりました。エレクラ様に報告いたします。恐らく何かいい方法を考えていただけるに違いありませんので、ジン様の安全確保に全力を注いでください」
そう言って姿を消したそうなのだ。
僕は、その経緯を聞いて、気になったことをいくつか質問した。
「マーレ様、僕を取り巻く状況が切迫していることは理解しました。それでいくつかお聞きしたいのですが、僕は四神の皆さんとはどういう関係なのでしょうか? 大事にしていただいているのはありがたいと感じていますが、その理由に思い当たることがなくて恐縮しています」
僕がそう言った時、何か懐かしい声がした。
「ヤッホー、マーレ。久しぶりに君の顔が見たくなっちゃった☆ あれっ、団長くんじゃないか!? どうして君がここに?」
振り向くと、そこにはサラサラの黒い髪の毛を伸ばし、白いシャツに革の半ズボン、素足に革のブーツと言ったいで立ちの、13・4歳ほどの少女が宙に浮いていた。
僕は、宙に浮いているのだから人間じゃないのだろうと見当をつけて、突然出現した少女を見ていたが、
「ウェンディ様! ここしばらく『神の宮殿』にもお顔が見えないので心配していました」
マーレ様がそう言ったので、この少女が風の精霊王ウェンディであることが判った。
……判ったのはいいが、僕は彼女にどこかで会っている気がしてならなかった。それも決していい感情と共にではないということも……正確には懐かしさを感じていたのだから、彼女に会って嫌な気はしなかったのではあったが。
ウェンディは何も言わない僕を見て、不思議そうに訊いて来る。
「あれっ? 団長くんはどうしてボクをシカトするかな? ボク、何か団長くんを怒らせることをやらかしちゃった?」
僕が何とも言えず黙っていると、マーレ様が助け舟を出してくれた。
「実はジン様は記憶が混乱しておられるのです。次元空間の影響を受けてしまって」
それを聞いたウェンディは、えっ!? と言った顔で僕とマーレ様を見比べ、マーレ様が沈痛な面持ちでうなずくのを見て、僕の顔を真っ直ぐ見て来た。
「じゃ、君はじいさんから5千年前の時代に飛ばされたことも覚えていないのかい?」
「……記憶が無くなったわけではないらしいので、『思い出せなくなった』というのが正確だとは思いますが。5千年前に行かされてたなんて、そんな経験もしてたんですね?」
屈託なく僕が答えると、ウェンディは少し複雑な表情をして、マーレ様に言った。
「団長くんの置かれている状況はじいさんから聞いて知っている。フェンのことと、そのことでじいさんから呼び出されたんだからね?
そこで相談だけど、団長くんをボクに預けてくれないかな? 彼の記憶を何とかできるかもしれないし」
マーレ様は明らかに困った表情をして、
「ええ? でもわたしはエレクラ様からの御依頼でジン様をお守りすることになっているのですが……」
そう抵抗する。
けれどウェンディは、イタズラっぽい顔をして
「大丈夫、ダイジョーブ♪ じいさんにはボクから報告しておくから。それに一度、団長くんをボクの『フィーゲル』にご招待したかったんだよね☆ さ、団長くん、行こうか?」
そう言って僕を『風の翼』に包み込んだ。
「あっ! ちょ、ちょっと待ってください。ウェンディ様ったら!」
ウェンディは、マーレ様が止めるのも聞かず、僕を『アクアリウム』から連れ出した。
★ ★ ★ ★ ★
ウェンディから連れられてきた『フィーゲル』という彼女の世界は、さんさんとした太陽が暖かい光を届け、そよ風が吹くのどかな場所だった。
四神や魔神が創り出す『世界』は、その創造主の性格が色濃く反映するって話を思い出し、僕はウェンディって優しくて陽気な性格なんだって思った。まあ、彼女とマーレ様の話を聞いていたら、優しいかはともかく、陽キャってことはすぐに理解できたけれど。
どこまでも続く草原や、青く霞んだ山々、そして箱庭のようにメルヘンチックな建物……僕が、そんな風景に見とれていると、ウェンディが声をかけて来た。
「どうしたんだい? 何か気になったものでもあるのかい?」
僕は首を振って答える。
「いや。ただ、この『世界』はとても優しくてのどかだなって思って。案外、君は優しい性格なのかもしれないな」
するとウェンディはきらりと黒曜石のような瞳を光らせて、
「うふふ、君からそんなことを言われるなんて思ってもみなかったよ。
で、君は今『案外』って言ったけど、君のボクに対するイメージと違ったってことだよね? 君はボクにどんなイメージを持っていたのかな?」
先ほどマーレ様に向けたような意地の悪い顔で訊いて来る。
「え? ま、まあ、ちょっと悪戯好きで意地悪な面があるのかなあって思っていたんだ。
現に今もこうして、答えに困る質問を僕にしているしね?」
僕が答えると、彼女は薄く笑って、
「ふーん、じゃ、そのイメージはどうして君の中に固まったんだろうね? 考えてみたらいい、『魔族の貴公子』さん」
そう言う。
僕は『魔族の貴公子』と呼ばれて、何かが心の中でうずいた。何だろう、この哀しくて、けれど懐かしく甘酸っぱい思いは?
黙ってしまった僕に、ウェンディはさらに言葉をかけてくる。いや、心を動かす言葉のシャワーみたいだった。
「賢者スナイプ……エレーナがいたら、君に『伝説の英雄』と声をかけるかもしれない。それとも、『繋ぐ者』かな?
何しろ君は『伝説の英雄』だったマイティ・クロウ、バーボン・クロウの息子だしね?
君は、5千年前の世界で、アルケー・クロウに『摂理の黄昏』の招来を諦めさせているからね。まだ思い出せないかい?」
ウェンディが言葉を吐くたびに、僕の頭の中には妖魔化したハリネズミやトロール、金髪の女性、金髪のエルフの青年や赤い髪のオーガの女の子、そして金髪をポニー・テールにした少女の顔が次々と浮かんできた。
(シェリー!? いや、シェリーはシルフだ、人間じゃない。じゃ、この女の子はいったい誰なんだ?)
僕にはそれが誰だか思い出せなかった。けれど、とても愛しく、切なく、温かい気持ちが胸にあふれて、僕は泣きそうになる。思い出の中から僕を見つめる、シェリーに似たシェリーじゃない女の子。
その子は僕に静かに笑いかけていた。シェリーがお日様のような笑顔だとしたら、その子の笑顔を見た僕の脳裏には、なぜか夜空に冴える月が思い浮かんだ。
『アタシはお月様からウェカって名付けられました。ジン様って言う太陽がないとアタシは光を無くしてしまいます』
そうだ、いつかどこかで、この子から僕はそんな言葉を聞いた……。
僕がそう思った時、少女は悲しそうな顔で僕に言った。
『さよなら、ジン。愛してる……』
その言葉は僕の胸に鋭く突き刺さった。そして、僕ははっきりと思い出した。
「ウェカ……なぜ君が……アルケーめ!……」
そのつぶやきとともに、僕の心の中は悔しさや悲しさ、そしてアルケー・クロウへの憎悪といったものが渦巻き、外へあふれ出ようとする。
ブワッ!
僕は無意識に魔族としての力を呼び起こしたんだろう、紫紺の魔力に包まれた僕を見てウェンディは背中の大剣を抜き放った。
「団長くん、落ち着くんだ!」
ウェンディの叫び声とともに、翠の魔力が僕を包み込む。ああ見えても彼女はさすが四神の一柱だ、その魔力は一撃で僕の紫紺の魔力を吹き飛ばした。
それとともに、僕も急に力が抜けて座り込んでしまう。
「悪いね。ちょっと強引かとは思ったけれど、君がこれまでのことを思い出せなくなったら、じいさんも打つ手を無くすと思うんだ。君の精神はそんなにヤワじゃないことを知っていたから、非常手段を取らせてもらった。心の傷をえぐるような真似をしたことは謝るよ」
ウェンディが大剣を背中の鞘に納めて言う。その頃には、僕の頭の中の霧は少しずつ晴れ始めていた。
「……そうだ、ガイア! ウォーラさんはどうしたろう? 早くみんなと合流しなくちゃ」
僕は、『アクアリウム』に連れられて行く直前までガイアと戦っていたことを思い出した。あいつは危険だ、僕がいない間にどうなってしまっただろう?
考えてみれば、僕とガイアが戦っていた時から数日が経過している。どんな形であれすでに決着がついているはずで、もしウォーラさんをはじめ僕の『騎士団』の団員に何らかの犠牲が出た場合、マーレ様が黙っているはずはない……そんな簡単な道理が頭に浮かばなかったのは、まだ異次元空間の影響が残っていたからだと思いたい。
ウェンディは薄く笑いながらため息をつき、
「やれやれ、団長くん、落ち着くんだ。君がガイアと仕合ってどれだけ時間が経ってると思う?
ガイアはメロンが捕獲したよ。それにウォーラさんもメロンが修理したみたいだ。木々の精霊王の魔法が効くなんて、エランドールっておもしろいよね?」
そう言う彼女の笑顔を見て、僕はさらに力が抜けてしまう。
「団長くん、せっかく記憶を取り戻したけれど、君は少し休んで頭の中を整理した方がいい。でないとマークスマンが突っかかって来た時に不覚を取るよ? それに……」
言い淀んだウェンディの顔を見ると、彼女はおかしくてたまらないといった感じで顔をほころばせていた。意味が解らない僕に、ウェンディは笑いながら教えてくれた。
「済まないね、君を笑ったんじゃないんだ。今頃『組織』の奴らは『アクアリウム』で困った顔をしているだろうなって思ってね?
とにかく、君をここに招待して良かったってことさ。じいさんもきっとそう言ってくれるだろうね」
ジンをウェンディから無理やり連れ去られた形になったマーレだが、しばらくしてウェンディの行動に感謝することになった。『組織』からの使いが『アクアリウム』を訪れたのだ。
フード付きの蒼いマントに身を包んだ『組織』の使者は、薄い黄色のワンピースに同色のズボンを穿いた少女を従えて、『アクアリウム』を囲む湖の対岸に姿を現した。
「ぼくは『盟主様』の命で遣わされたフェーゲル、カトル枢機卿の一人だ。水の精霊王マーレ・ノストラム殿と話がしたい」
フェーゲルの来訪は、すぐにマーレに伝えられた。
「何ですって!?『組織』からの使者が?」
驚くマーレに、モーリェも緊張した面持ちで告げる。
「はい。しかもカトル枢機卿の一人だと名乗っています」
それを聞いてマーレも表情を硬くした。カトル枢機卿はウェンディの言葉を借りれば
『彼女たちは言ってみればボクたち四神みたいなものさ。魔力の強さは確かにボクたちに匹敵すると思うよ?』
ということだった。
(わたしたち四神の中では、エレクラ様に次ぐ強さを誇るウェンディ様がそう言うくらいだから、侮ってはいけない相手ね。それにしてもジン様がここにいなくてよかった)
マーレはそう考えながら、モーリェに命令した。
「お使者と会見しましょう。みんなには不必要に騒ぎ立てないよう、そして秘かに武装して桟橋に集合するよう下知して」
「分かりました!」
モーリェが慌てて飛び出していくのを見送って、マーレは左右を固めた精霊たちに落ち着いた声で言った。
「行きましょうか。わたしたちは先代のアクア様の時には、ずいぶんと『組織』の役に立ったはずよ。お使者も理不尽な話は出来ないはずだから」
湖のほとりに立っていたフェーゲルは、対岸の『アクアリウム』が騒がしくなるのを聞きつけて、口元をほころばせて言う。
「へえ、やっとマーレ様のお出ましか。アクアの時と違ってトロいな」
「アクアと違ってマーレは『盟主様』に明確に忠誠を誓っていません。注意された方がよろしいかと」
フェーゲルの後ろにいる、淡い黄色の戦袍を着た女性が言う。しかしフェーゲルはケラケラと笑って、
「あはは、ゲルプ、心配しなくてもいい。マーレは敵でもなく味方でもない、そんな立ち位置でぼくたちと付き合っていこうと考えているんだ。
アクアと比べたら決断力や先を見る目では格段に劣っているが、そう言うやつでも水の眷属を統べる精霊王だ。礼を失しない程度にあしらってやろうじゃないか」
そう言うと、湖の上を歩き出した。
『アクアリウム』側の岸にいたモーリェたちは、その様子を見てびっくりし、ちょうど到着したマーレに言う。
「マーレ様、ご覧ください。使者は水面を歩いてやって来ています。あんな奴相手では、島に立てこもって戦うなんてことはできません。どうしましょうか?」
青くなっているモーリェに、マーレは微笑んで答えた。
「なぜ戦うことを真っ先に考えるのですか? わたしたちはまだ、お使者や『盟主』の考えをその口から聞いてもいません。こちらから迂闊に手を出しさえしなければ、お使者も話し合いでことを納めようとするはずです。モーリェ、お使者を迎える準備を整えてください」
「分かりました。しかしマーレ様、十分お気をつけてください」
モーリェが居館の準備を整えるよう、周囲にいた水の眷属たちに命じるのを聞きながら、マーレは首を振って独り言ちた。
「……まだ『組織』は全面的な武力行使を行う準備が整ってはいないはず。何とかそれまでに、『盟主』の居場所や正体が判明すればいいけれど」
そしてマーレは、こちら側の岸に上がって来たフェーゲルに正対し、温和な表情を造って呼び掛ける。
「ようこそ、『盟主様』のお使いよ。『組織』のことは前任のアクア・ラングから申し継ぎを受けています。わたしは精霊王マーレ・ノストラム、今回お越しになった用件は何でしょうか?」
するとフェーゲルは気分を害したような顔で、
「ぼくはカトル枢機卿の一人、フェーゲルだ。アクア殿からぼくたちのことを聞いていたなら、どうしてウェンディに誘わせたとき『盟主様』に忠誠を誓わなかったんだい? 水の眷属たちには『盟主様』も期待されていたんだよ?」
そう冷えた口調で言って、一瞬マーレを蔑むような笑みを見せた。
マーレはフェーゲルの表情の変化に気付いていたが、
「アクア様はアクア様のお考えのもとで『組織』の皆さんとの友誼を大切にしておられたんでしょう。しかし、わたしは精霊王位に就く際、エレクラ様から忠告を受けていました。精霊王は『摂理の調律者』様の思し召しのもと、世界の摂理を守るために尽力すべき存在だと。
わたしにはまだ、前任のアクア様やその前任のアクエリアス様のような力はありません。ですから、まずは内を大切にすることを目標とし、対外的な関係が生じるものについては、しばらく静観することにしているのです。これは相手が『組織』でなくても同じです」
怒るでもなく、静かに、しかし恐れる様子もなくフェーゲルの目をはっきりと見つめて言った。
「ふん、自分の菲才を認めることはいいことですけど、だったらなおさらのこと、ぼくたちと手を組もうって気にならなかったのかな? やはり君はアクアと比べて数段落ちるね」
フェーゲルは侮蔑の眼差しでマーレを見ると、上から目線でそう言う。
「精霊王様に無礼だぞっ!」
さすがに腹に据えかねたのか、モーリェが突っ掛りそうになるのを、マーレは温顔を湛えたまま止める。
「待ちなさいモーリェ。わたしがアクア様に比べて菲才なのはわたし自らが認めていることです。怒らなくてもいいわ。
それよりフェーゲル殿、あなたの言うとおり愚鈍なわたしは、もう少し状況を見定めないと『組織』とどのような関係を結べばよいか判断しかねます。
今日の所はお引き取り願えないでしょうか? あまりに強引におっしゃられると、わが眷属に対する印象が悪くなってしまいますので」
あくまで静かな声だが、マーレの不退転の決意を感じ取ったのだろう、フェーゲルはぐるりと周囲を見回すと肩をすくめてため息をつき、
「……マーレ殿がおっしゃることはよく分かった。今日のところはいったん出直そう。いい返事を期待しているよ。帰るぞ、ゲルプ」
そう言って踵を返し、湖を渡って『アクアリウム』から出て行った。
「……いけ好かない奴らでしたね。アクア・ラングはどうしてあんな奴らと手を結んでいたのでしょう?」
モーリェが苦虫をかみつぶしたような顔で言うと、マーレも真剣な顔でうなずいて答えた。
「そうね。わたしもそこは気になるわ。『組織』はどんな条件を出してアクアの友情を勝ち得たのか、それが分かれば、『組織』や『盟主』の謎を解くヒントになるんじゃないかしら」
その頃、湖を渡るフェーゲルは、不思議そうな顔をしていた。
「おかしい、確かに魔族の魔力を感じた。つまりジン・ライムは『アクアリウム』にいたはずだ。しかし、彼の姿はどこにもなかった。ゲルプ、お前は何か感じたか?」
「いいえ、事前に情報を受けていましたので、私の分身に島内をくまなく探させましたが、それらしい人物は見当たりませんでした」
ゲルプも意外そうに言う。
それを聞いて、フェーゲルは思案に余ったように
「ふむ、ジン・ライムが『アクアリウム』に居たら、そのことでマーレを詰められたんだけど。外の世界にもジンの魔力を感じないってことは、まだ異次元に閉じ込められているのかな? とりあえずヘルプスト様やヴィンテルに報告しなきゃな」
★ ★ ★ ★ ★
ウォーラとガイアの修理は、メロンの予想どおり半日以上かかった。一刻も早くミーネハウゼンにたどり着きたいラムやシェリーたちにとって、半日の停滞は焦りを伴うものに違いなかったが、
「肝心のジンとまだ合流できていないし、ホッカノ大陸で『暗黒領域』に足を踏み入れることを考えたら、ウォーラさんやガイアの能力は無視できない。
ここはジンジャーさんに、『運び屋』のカイ・ゾックと連絡を取ってもらって、出航日時を延期してもらうしかないな」
ワインの考えで、ジンジャーがミーネハウゼンに先行することになった。
「そうですね。出航日時まであと3日。連絡もなく遅れたらカイたちの信用を失います。分かりました。わたしが先行して状況を伝えておきますのでご心配なく」
ジンジャーも同じ心配をしていたのだろう、ワインの言葉を聞いてすぐさま東へと向かった。
先に修理が終わって目が覚めたのはウォーラだった。彼女がガイアから受けた右肩の傷は、内部の機器ともどもすっかり良くなっていた。
「……ご主人様、ご主人様はまだお戻りになりませんか?」
目覚めて開口一番そう言うウォーラに、シェリーが屈託のない笑顔で言う。
「ジンなら大丈夫。精霊王様の所にいるらしいから。まったく、5千年前の世界に行った時以来、ジンってば単独行動に陥ることが増えて困っちゃうわね」
シェリーに心配する様子が見えなかったため、一安心したウォーラだったが、不意に思い出したように、
「ガイア! お姉さまはどうなりましたか?」
そう訊く。
「ガイアさんはメロンさんの活躍で捕獲しました。今はメロンさんの修理が終わるのを待っている状態ですよ」
そこに、ウォーラが目覚めたとチャチャから報告を受けたワインがやってきて言う。
ワインの顔も通常どおりだったため、ウォーラはやっと安心したように言った。
「そうですか、メロンさんが。これでお姉さまにインストールされたプログラムを解析すれば、『浄化作戦』の一端は判りますね?」
「まあ、確かにそのとおりだが、プログラム解析については、賢者マーリン様のお力がどうしても必要だ。あのお方以外に自律的魔人形の制御機構をいじれる方はいないからね。
それで、ガイアさんの修理が終わったら、すぐにミーネハウゼンへ向かうことになる。体調はどうだい?」
ワインが訊くと、ウォーラはゆっくりと両手を回し、立ち上がるとにっこりと笑った。
「とても調子がいいです。メロンさんの魔力はご主人様の魔力とすごく相性がいいんですね。さすがは土の魔力と木々の魔力です」
それを聞いたワインは、
「それは良かった。メロンさんには感謝しなくちゃね。それじゃ、ガイアさんが目覚めたらお知らせするので、それまでゆっくりと準備を進めておいてくれたまえ」
そう言って、ラムが立っている場所へと歩いて行った。
「……シェリーさん、私たちもガイアの所に行ってみませんか?」
つぶやくように言うウォーラを見て、シェリーは心配そうに
「ガイアはメロンさんからマナを発散させられたので動けなくなっただけだから、心配は要らないと思うけど。ウォーラのお姉さんだから、会っちゃダメとは言えないけれど、辛くない?」
そう訊く。ウォーラは真剣な眼差しをシェリーに向けて答えた。
「大丈夫です。それに私には、ガイアがご主人様への害意を持っていないか確かめる義務があります」
「分かった。チャチャ、ついて来て」
「了解です! 副団長」
ウォーラの決意を知って、シェリーはチャチャと共にガイアのもとへと足を運ぶ。ガイアが修理を受けている場所は、ウォーラがいた場所からそう遠くなかったので、すぐに翠の魔力と蔓に覆われたガイアの姿が見えてきた。
「やあ、ウォーラ、シェリー、チャチャ。来たか」
ガイアの様子を真剣な顔で見つめていたラムが、腕組みを解いて言う。
「メロンさんはさすがに元精霊王だけあるな。まさかエランドールまで修復できるとは思わなかった」
そしてウォーラを見て訊く。
「実はガイアにはもうマロンさんのマナを充填してある状態だ。もし、ガイアがジン様への攻撃命令を覚えていて、それに従おうとした場合、私は躊躇なくガイアを破壊するつもりだが、ウォーラに異存はないか?」
ウォーラもうなずいて答えた。
「異存ありません。私もそのことを確認しにここに来たのですから」
ウォーラの決意を聞いて、ラムは安心したように優しく笑うと、
「そうか、そう言ってくれるとありがたいよ……もうすぐ修理も終わるようだ。シェリー、チャチャ、一応戦闘態勢を取っておこうか」
そう言い、再び鋭い視線をガイアに向けた。
(……もう少しで修理も終わりね。思考回路や記憶媒体には手が付けられなかったけれど、ガイアが悲しい記憶に囚われていないことを祈るばかりね)
メロンは、翠の光が弱くなり、それにつれてガイアに巻き付いている蔓が地面に吸い込まれていく様子を見ながら、そう考えていた。いかに彼女が元精霊王だからと言って、機械であるエランドールの『意識』や『記憶』にまでは手が出せないからである。
「メロンさん、お疲れ様。ガイアが以前と変わっていない可能性がある。少し下がってくれないか」
ラムとウォーラがそう言ってメロンの側に近寄ると、メロンの隣にいたワインが笑って言う。
「ガイアさんのことなら心配は要らないと思うよ? 彼女は一度マナが発散した時、記憶がリセットされているようだから。まあでも、用心に越したことはないか」
ウォーラもラムも、ワインの言葉にうなずく。
「私も一度マナ切れでシャットダウンしたことがございますが、ご主人様のことやそれまで経験したことは覚えていました。ガイアがそうではないと言い切れませんから」
背中の大剣に手を伸ばして言うウォーラを優しく見つめながら、メロンが言った。
「いい心がけです。しかし、わたくしはガイアに期待しているのです。お願いですから、ガイアと最初に話をさせていただけませんか?」
ワインもメロンの言葉に同意するようにうなずくと、ウォーラとラムに
「メロンさんなら大丈夫だ。彼女の言うとおりにしてみよう」
そう言って、少し離れた所からメロンとガイアを見守ることにした。
メロンは、ガイアが目を開けて上体を起こすのを見て、静かに語りかける。
「体調はどうですか? 治療はうまくいったと思いますが」
ガイアは、翠色の瞳をメロンに向けて、にこっと微笑んで答える。
「おかげさまで、すっかり良くなりました。機械的な故障まで魔法で治すことができるなんて思わなかったですが」
メロンも屈託なく笑って言う。
「そうね。わたくしも確信があって魔法を使ったわけじゃないけれど、エランドールは極限まで人間そっくりに造られているから、ひょっとしてって思ったの。賭けが当たってわたくしもあなたも幸運だったわ」
ガイアはゆっくりと立ち上がると、黒いメイド服の裾を両手でつまみ、
「ご主人様、マナをいただいただけでなく修理までしていただき、感謝の言葉もございません。ガイア・ララ、これからはご主人様のためにこの身が壊れるまでお仕えいたしますので、よろしくお願い申し上げます」
恭しく挨拶をする。
メロンはそんなガイアに、
「わたくしはメロン・ソーダ、よろしく頼みますね? 早速だけど、わたくしはあなたに、いくつか守ってほしいことがあるのだけど」
首をかしげて言うと、ガイアは笑顔のまま、嬉しそうに言う。
「何でしょう? 早速ご主人様から指令をいただけるなんて光栄です」
「そんな『指令』っていうほど仰々しいものじゃないわ。まずは、わたくしのことは『ご主人様』ではなく『メロン様』と呼んでもらえるかしら?」
メロンが言うと、ガイアは一瞬驚いた顔をしたが、
「メロン様がお望みなら、それに従います」
そう答えた。
メロンはにっこりと笑い、
「ありがとう。わたくしはあなたと主従の関係ではなく、仲間として一緒に過ごしていきたいの。だから、わたくしにとって大事な仲間であるジン・ライム様とその『騎士団』のみんなとも、仲良くしてほしいの」
そう言う。
ガイアはワインやラム、そしてウォーラを見て、
「ウォーラ、あなたも『騎士団』の仲間だったのね?」
そう訊く。ウォーラは目に涙を浮かべながらうなずくと、
「お姉さま、やっとあの頃の優しいお姉さまと再会できました。お姉さまと一緒に居られるなんて、私は嬉しいです」
そう言ってガイアに駆け寄る。
「ウォーラ、あなたはいいご主人に巡り合ったみたいね。それに比べて我は、今まで何をやっていたんだろう?」
ガイアは、抱きついてきたウォーラに、悲しそうな顔でそう言った。
「悲しい顔をしないでください! これからエランドールに恥じない働きをすればいいことじゃないですか!? 少なくとも私は、お姉さまが一緒にいてくれればもう他に何もいりません」
ウォーラがそう言うと、二人の様子を見ていたメロンが、
「ガイア、そなたが知っている『組織』のことについて詳しく話してくださいませんか?
もちろん、無理に思い出せとは言わないわ。思い出せた時で結構だから」
そう言うと、ガイアはうなずいた。
こうしてガイアが落ち着いた後、『騎士団』のメンバーはシェリーとワインを中心に今後のことを話し合った。
「……そう言うことで、無事『お姉さま』ことガイア・ララさんがボクたちの仲間になってくれた。ホッカノ大陸に渡る船については、ジンジャーさんが先行してカイ・ゾックと話をしてもらっている。
けれど、問題はジンだ。異空間に吹っ飛ばされた後、メロンさんの話では水の精霊王の世界にいるってことだったけど、それならもう戻って来てもいいはずだ。
それなのに、まだ姿を現さないということは、異空間で何かあったか、精霊王の世界で問題が生じたかだ」
ワインが言うと、ラムが後を取って現状を説明する。
「つまり、私たちはジン様を待つか、先にミーネハウゼンに行くかを選ばなきゃならない。
ジン様を待つとしても、手持ちの食料はあと3日分だ。近くの宿場町で宿を取ってもいいが、『運び屋』たちをそう何日も待たせることもできない。
しかもジン様がどこに戻って来るのかすら分からないんだ」
「じゃ、ミーネハウゼンまで行って、そこでジンを待ったらどう? アタシたちが目の前にいて、状況を目の当たりにすれば、『運び屋』たちだって出帆延期を理解してくれるわよ、きっと」
これはシェリーの意見である。
「そうですね。精霊王様の所にいらっしゃるのなら、私たちがミーネハウゼンに行ったこともお見通しでしょうから」
ウォーラも賛成する。
「……」
しかし、ガイアは翠の瞳を持つ目を細め、さっきまでとは全く別人のような鋭い顔つきをして黙っている。
「? お姉さま、どうされましたか?」
ウォーラがいぶかしがって訊くと、ガイアは黙ったままいきなり2百ヤードほど左にある疎林へとダッシュし、
「我らを狙う不届き者め、食らえっ!」
虚空から取り出した槍で大きな木を一突きする。
ドシュンッ!「ぐわっ!」
大木の後ろから断末魔の声が聞こえたので、ラムとウォーラが急いで駆け付けると、そこには胸を刺し貫かれて息絶えている男がいた。
完全武装して腰に佩いた剣の柄を握ったまま、槍に貫かれている彼には、今まで出会った種族にはない特徴があった。耳が尖り、一見してエルフかシルフのように見えるが、それにしては肌の色が真っ青に近い浅黒さだった。
「……ダークエルフですね。この辺りに集落は見かけませんか?」
追い付いてきたメロンがラムに尋ねるが、ラムは難しい顔をして否定した。
「いや、ダークエルフやアビスオーガ、ルナティックシルフの一族はホッカノ大陸にしかいないはず。少なくとも、私がヒーロイ大陸を旅した間に、彼らの集落の噂を聞いたことはない」
「……とすると、彼はホッカノ大陸からわざわざボクたち、というよりジンに会いに来たってことかな? でも、完全武装しているということは、とても平和的な目的でボクたちを付け狙っていたとは思えないな」
ワインが言うと、ガイアも冷たい目で男を見下ろして言った。
「我の脅威判定システムに明らかに反応した。こやつが我らのうちの誰かを狙っていたことは間違いない」
すると、そんなやり取りを聞きながら、男の死体を調べていたメロンが、みんなの方を向いて言った。
「……アルケー・クロウがホッカノ大陸の根拠地を作っているようです。この男性は、アルケーの命でジン様の行方を探すか、わたくしを仕留めるかどちらかの任務を与えられたのでしょう」
(強欲者を狩ろう! その7へ続く)
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
遂にウォーラとガイアの姉妹が再び手を取り合える時が来ました。けれど、『組織』やマークスマンの動きも顕著になり、さらに新たな脅威が現れ、物語は前半の山場へと突入していきます。
次回もお楽しみに。




