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キャバリア・スラップスティック  作者: シベリウスP
トオクニアール王国編
74/153

Tournament74 A harpies hunting:part5(強欲者を狩ろう!その5)

異次元に飛ばされたジンは、水の精霊王に救い出される。その頃、ウォーラとガイアは激闘を続けていた。二人の自律的魔人形の戦いの決着はいかに?

【主な登場人物紹介】

■ドッカーノ村騎士団

♤ジン・ライム 17歳 ドッカーノ村騎士団の団長。典型的『鈍感系思わせぶり主人公』だったが、旅が彼を成長させている。いろんな人から好かれる『伝説の英雄』候補。


♤ワイン・レッド 17歳 ジンの幼馴染みでエルフ族。結構チャラい。槍を使うがそれなりの腕。お金と女性が大好きな『やるときはやる男』


♡シェリー・シュガー 17歳 ジンの幼馴染みでシルフの短剣使い。弓も使って長距離戦も受け持つ。ジン大好きっ子だが報われない『負けフラグヒロイン』


♡ラム・レーズン 18歳 ユニコーン族の娘で『伝説の英雄』を探す旅の途中、ジンのいる村に来た。魔力も強いし長剣の名手。シェリーのライバルである『正統派ヒロイン』


♡ウォーラ・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造った自律的魔人形エランドール。ジンの魔力マナで再起動し、彼に献身的に仕える『メイドなヒロイン』


♡チャチャ・フォーク 13歳 マーターギ村出身の凄腕狙撃手。村では髪と目の色のせいで疎外されていた。謎の組織から母を殺され、事件に関わったジンの騎士団に入団する。


♡ジンジャー・エイル 20歳 他の騎士団に所属していたが、ある事件でジンにほれ込んで移籍してきた不思議な女性。闇の魔術に優れた『ダークホースヒロイン』


■トナーリマーチ騎士団『ドラゴン・シン』

♤オー・ド・ヴィー・ド・ヴァン 20歳 アルクニー公国随一の騎士団『ドラゴン・シン』のギルドマスター。大商人の御曹司で、双剣の腕も確かだが女好き。


♤ウォッカ・イエスタデイ 20歳 ド・ヴァンのギルド副官。オーガの一族出身の無口で生真面目な好漢。戦闘が三度の飯より好き。オーガの戦士長、スピリタスの息子。


♡マディラ・トゥデイ 19歳 ド・ヴァンのギルド事務長。金髪碧眼で美男子のような見た目の女の子。生真面目だが考えることはエグい。狙撃魔杖の2丁遣い。


♡ソルティ・ドッグ 20歳 『ドラゴン・シン』の先鋒隊長である弓使い。黒髪と黒い瞳がエキゾチックな感じを醸し出している。調査・探索が得意。


♤テキーラ・トゥモロウ 年齢不詳 謎の組織から身分を隠して『ドラゴン・シン』に入団した謎の男。いつもマントに身を包み、ペストマスクをつけている。


   ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


「凄いな、エランドールが本気を出すのは初めて見たが、これほどのものとは」


 ウォーラたちに30ヤードの所まで近寄っていたラムが、驚きを隠せずに言うと、ワインも難しい表情で言った。


「テモフモフ博士が鬼才だったのは確かだね。あの二人は彼の最高傑作と言っていいと思うよ。だからこそ、どちらも壊してしまうのは惜しいな」


「ワインさん、あの二人、どっちが勝つと思う?」


 ジンジャーが訊くと、ワインは肩をすくめて答えた。


「このままじゃ相討ちだ。あとはどちらが先にマナが切れるかだね」


「マナ切れを待つしかないのか? そうこうしているうちに相討ちになるなんて最悪だぞ」


 ラムが焦れたように言うと、ワインは戦っている二人を見つめながら答えた。


「もちろん、そんなことはさせないさ。チャチャちゃんやシェリー、それにメロンさんが面白いことを考えている。それに期待しようじゃないか」


 ワインの言葉に、ジンジャーは何かを察したように薄く笑うと、


「それじゃ、わたしは魔力を隠してあの二人にできるだけ近寄っておくわね」


 そう言いながら隠形する。


 ワインは肩をすくめて、


「やれやれ、ジンの『騎士団』にも、いろいろと化け物じみた団員が増えて来たな。まあ、作戦内容を察知しても口にしないのはさすがだよ」


 そうつぶやくと、何か聞きたそうにしているラムに向かって、


「ボクたちももう少し近付こう。魔力は隠さなくていい。ボクたちの存在自体がガイアにとってプレッシャーになるだろうからね」


 そう言うと、槍を構えてウォーラたちの方へと歩き始めた。



 一方で、ウォーラと戦っているガイアは、そんなワインたちの動きをできるだけ気にしないようにしていた。いや、感情バースト状態になったウォーラを相手にするには、他のことなど気にかけていられなかったと言うのが正しい。


「やっ!」

 ブオウンッ!「はっ!」


「おりゃあああっ!」

 ブンッ!「くそっ!」


 魔力が乗って金色に輝くウォーラの大剣は、攻撃範囲が数十倍に伸びている。それも実体がない魔力であるために受け止めることができない。できることと言えば避けること、あるいは……。


「とりゃあっ!」

 ビュンッ、ガッ!


 ガイアは魔力でガードした腕でウォーラの斬撃を受け止めた。この方法には多少のリスクが伴う。なにせウォーラの魔力を上回らなければ、その部分で間違いなくガイアの腕は切断されてしまうからだ。


 だが、何とか反撃の機会を作りたかったガイアは、無理を承知でウォーラの攻撃を受け止めると、


「はっ!!」


 同じく感情バーストにより分厚く魔力が乗った槍を突き出す。


 さすがにウォーラは自分の大剣が止められたときに、次は何が起こるか判っていたようで、


「甘いです!」

 ドウンッ!


 身体を覆う魔力を、ガンマ線バーストのようにガイアへと叩きつけた。


「うおっ!?」


 ガイアはその圧力で10ヤードも吹き飛ばされる。渾身の魔力を込めた一撃も、ウォーラに届かなかったのだ。


「もらいました!」

 ぶんっ!


 ガイアはまだ空中にいる。避けもかわしも出来ない状況にある彼女に、ウォーラは渾身の斬撃を振り下ろした。


 ジャリンッ!


 ウォーラの大剣とガイアの腕の間に火花が飛び、嫌な音が辺りに響き渡る。ガイアは大剣をとっさに右腕で弾いたが、その代償として二の腕の外板が吹き飛んだ。


「くそっ!」


 ガイアは、吹き飛んだ外板を拾うこともせず、今度は20ヤードほどの間合いを取ってウォーラを睨みつける。


 そんなガイアを見て、ウォーラは構えを解くと、


「私のマナはまだ88パーセントも残っています。お姉さまはいかがですか? 見たところ、もう50パーセントを切っているようですが」


 黄金色に輝く瞳を細めて言う。その顔をガイアは苦々しい顔で見ていたが、


「最後まで勝ちを諦めないのが自律的魔人形エランドールだ。我の望みは旦那様の仇を取るか、ここで斃れるかだ!」


 そう叫ぶと、また感情バースト状態になる。しかし、ガイアも今までの戦闘で、このまま戦ってもウォーラに勝てはしないことを理解していた。


(まだジンが生きているとしたら、ウォーラとの戦いにこれ以上マナを消費するわけにはいかない。何とか次の攻撃でウォーラに致命傷を負わすか、少なくとも行動不能にしなければ……イチかバチか、やってみるか)


 そう決断したガイアは、ウォーラに向かって流星のような突進を開始した。



 僕は、ふわふわとした感覚の中、ゆっくりと目を開いた……と言うより『目が覚めた』という言い方が正しいかもしれない。何せ、最初は頭がボーッとして、自分がどこにいるのか、何をしていたのか思い出せなかったからだ。


 霞がかかったような感覚の中、僕は現在の状況を少しでも理解しようとした。目の前に明るい天井が見えるということは、僕は何かに横になっているということだ。頭も、身体にも痛みはないから、怪我をしているわけでもないらしい。


(身体に異常がないのなら、起き上がることもできそうだな)


 そう考えた僕は、ゆっくりと上半身を起こす。どこにも痛みはないが、とにかく身体がだるくて重かった。


「目が覚めましたか?」


 僕が上体を起こしたのを見て、誰かが声をかけてくる。幼い感じがしたが、しっかりした芯の強さを思わせる声だった。


 僕が声のした方を見ると、開け放った扉から海の色をした髪をなびかせ、15・6歳ほどの少女が近寄って来た。彼女は確か、マーレ・ノストラムという水の精霊王のはずだ。


「えっと、マーレ・ノストラム様でしたね? 僕はどうしたんでしょう?」


 我ながらおかしいとは思ったが、まだ前後の記憶が曖昧な僕はそうマーレ様に訊く。マーレ様は少し眉をひそめたが、すぐにホッとした顔をして言う。


「あなたは違う次元に吹き飛ばされていたんです。探し当てるのがもう少し遅かったら、命に関わるところでした」


 それを聞いても、僕には自分に何が起こったのかをはっきりと思い出すことができなかった。しかしマーレ様の表情を見て、大変な事態だったことは間違いないと思ったので、


「ありがとうございました。頭がボーッとして、何があったのか思い出せないんですが……違う次元に吹き飛ばされたというのはどういうことでしょうか?」


 そう、お礼を言うと共に訊いてみた。何か大事なことを思い出せないでいる……そんな感覚が目覚めてからずっとしていたのだ。


 マーレ様は僕のお礼には優しい顔でうなずいたが、『何があったか思い出せない』という言葉を聞いて、表情を曇らせた。


「次元の影響で記憶に混乱が生じたのですね? あなたは魔力のぶつかり合いで生起した次元の狭間に落ち込んだのです。

 あのままいれば、あなたの身体や精神は上の次元に取り込まれ、存在が消えてしまっていたかもしれません」


 マーレ様の言葉を聞いて僕が思ったことは二つ、『高次元はどんな影響を僕に与えたのだろうか?』ということと、『魔力のぶつかり合いはどうして起こったのだろうか?』ということだった。


 僕がそのことを口にすると、マーレ様は人を呼んで僕を再びベッドに横にならせながら、


「次元空間はそれぞれが物体を規定する法則を持っています。高次元に行けばそれだけ規定する要因が増えると言い換えても大きな間違いではありません。


 そして、下の次元から上の次元に迷い込んだ物体は、規定する要因が不足するままに高次元での法則に曝されることになります。そこで物質の規定に綻びが生じ、その次元に溶けるようにして存在が拡散されてしまうのです。


 規定術式で自らの存在のパラメータを付与すれば、異次元での存在が危険に曝されることはありませんし、次元の繰り下げを知っていれば、高次元からの帰還はそう難しくはないのですが……」


 そう教えてくれた。ただし、その時の僕にはチンプンカンプンだったけれど。


 説明を聞いてさらに混乱した僕を優しく見つめながら、マーレ様は


「なぜ、あなたが異次元に飛ばされたかを説明する前に、あなたは規定術式や次元の繰り下げ、収束術式と拡散術式の知識を手に入れる必要がございますね? わたしが教えて差し上げます。今後、魔王やアルケー・クロウとの戦いで必ず役に立つと思いますので」


 そう言って笑った。


   ★ ★ ★ ★ ★


 ガイアは、待ち構えているウォーラに流星のように突進する。水の魔力を身体中に分厚くまとっているので、ウォーラは


(イチかバチか、私と刺し違えようと決心したのですね。それならお姉さまの望みどおり、これで勝負を決めて差し上げます!)


 ウォーラは感情バースト状態を最高まで持って行き、ブーストがかかった魔力に包まれて金色の輝きを放っている大剣を思い切り振り上げ、彼女の方からも間合いを詰める。


「やああっ!」


 これでウォーラの魔力がガイアのそれを上回っていたなら、ガイアは一刀両断にされる。逆にガイアの魔力が勝っていたなら、大剣は弾かれ、ガイアの槍はウォーラを貫くだろう。二人ともに、これは賭けに等しいものだった。


 しかし、ウォーラが大剣を振り下ろそうとした刹那、ガイアは不意に自分の身体を覆っていた魔力を消した。


「えっ!?」


 驚きのあまりウォーラの手が一瞬止まる。ガイアが魔力を消した意味が解らず、


(お姉さま、まさか私にわざと斬られようとしている?)


 そんな考えが浮かび、その躊躇がウォーラの斬撃から鋭さを奪った。


 ガイアはそんなウォーラの躊躇を感じ取ったのか、さらに加速して槍を突き出す。その槍にはガイアの増幅した魔力のすべてが込められていた。


(しまった! お姉さまの狙いは私の躊躇いを!)


 ウォーラは、ガイアの加速を見て彼女の考えを見抜いた。そしてとっさに後ろに跳びながら大剣に力を込めて振り下ろす。


 ジャンッ! ギャンッ!


 甲高い音が響いた時、ウォーラとガイアはすれ違って立っていた。


「……仕留めそこなったか……」


 無念そうにつぶやいてガイアが振り返る。彼女の左腕は肘から切断されていた。


 しかしガイアは、後姿を見せて立っているウォーラの背中から槍の穂が突き出ているのを見て、ゆっくりとウォーラに歩み寄りながら右手に魔力を集め始める。


「……不覚を取りました。ご主人様、すみません」

 ガランッ。


 ウォーラは力なくつぶやくと大剣を取り落とす。そしてゆらゆらと身体を揺らしながら、胸に突き立った槍を震える手で抜き取ると、膝から地面に崩れ落ちた。


「ウォーラ、我の勝ちだ」


 ウォーラに近付きながらガイアが右手を挙げた時、ガイアはサッと振り向いて飛んできた魔弾を右手で弾く。


「むっ!?」 チュイーンッ!

 パーンッ!


 そして続けざまに矢声がガイアの耳朶を打つ。


 シュン、シュン、シュン、シュンッ!

「くっ!」

 ドムッ、ドムッ、ドムッ、ドムッ!


 背後からの矢はガイアの足元に突き立って炸裂する。矢と爆風を避けるには、ウォーラから距離を取るしかなかった。


「はっ!」 チューンッ!

 パーンッ!


 ガイアは矢を避けながら、魔弾を叩き落す。矢も魔弾も、恐ろしいほどの正確さだった。


(狙撃魔杖に弓、どちらも視界に捉えられない。方向すら変わっていく。厄介な奴らだ)


 ガイアは焦った。せっかくウォーラに止めを刺せると思ったのに、大事なところで邪魔が入ったのだ。


(しかも左腕を失い、マナも充填率が37パーセントまで下がった。これ以上感情バーストを使うと、ジンと戦えなくなる)


 だからこそ、


「せめてここでウォーラを仕留めておけば、まだジンと戦える!」


 右手に集めた魔力を、思い切りウォーラに叩きつけた。


 ドムッ、バシュンッ!

「くそっ!?」


 ガイアは、ウォーラを水流の膜が包み、魔弾を弾き返すのを見て歯噛みする。そんなガイアの後ろに、葡萄酒色の髪の毛を細い指先に巻き付けていじりながら、ワインが現れて言った。


「さすがはドクター・テモフモフの最高傑作だね。両雄争えば一失あり、キミもここまで頑張ったんだ、誰もキミのアクアに対する忠誠を疑う者はいないさ」


「黙れっ! 我はまだジンを倒しておらぬ。邪魔をするとお前も許さんぞ」


 バシュンッ、バン!


 猛るガイアが魔弾を放つが、ワインは魔力を乗せた槍でそれを打ち払った。


「キミはジンが倒れていないことを知っているんだね? だったらなおさら素晴らしいよ。

 エランドールは魔力を与えた者に対して絶対の忠誠を誓う、そのことはウォーラさんを見て十分に解っているつもりだが、同時に彼女が類まれな分析力と判断力を持っていることも知っている。


 それでどうだろう、ガイアさん。キミは現状で本当に勝算があるのかい? ジンは別次元に飛ばされて、まだ戻って来ないのに」


 ワインは何事もなかったかのように問いかける。


 ガイアはちらりとウォーラの方を見た。そしてその場に弓を持ったシェリーと狙撃魔杖を構えたチャチャがいることを見て、すでに勝機が去ったことを悟った。


(主目標たるジンの行方は不明。ウォーラには致命傷を与えたと言っても、応援が来たため止めは刺せない。我のマナもすでに35パーセントを下回り、左腕を失った。もはや勝つ見込みは皆無に等しい)


 ガイアの戦闘指令システムは現状を冷静に分析していた。あとは感情がそれを納得するかだった。


「……キミはウォーラさんと甲乙つけがたい優秀なエランドールだ。状況については正確な分析ができていると信じている。あとは感情がそれを受け入れるかどうかの問題だと思うけれど、恐らく『組織ウニタルム』の誰かがキミの忠誠心のパラメータを引き上げているんじゃないかな?」


 ワインがそう言うと、ガイアは『忠誠心』という言葉に反応して、カッと目を見開き、


「……そうだ、我の旦那様はおっしゃっていた。『エランドールが選べるのは勝利か死かだ』と。ならばせめて……うっ!?」


 右手に魔力を集めてワインを睨みつけていたガイアが、急に魔力を収めて棒立ちになる。


「……なぜだ、魔力が消えていく……貴様、何をした?」


 弱々しい声でワインを問い詰めるガイアに、ワインも心底不思議そうな顔をし、肩をすくめて答える。


「イヤだな、ボクのせいにしないでくれないかい? キミも判っているだろうが、今キミを包んでいる魔力はヒール系でもドレイン系でもない。そんな魔力、ボクが使えるわけがないだろう?」


「……く……『マナ充填率20パーセント以下、強制省力モードに入ります』……なぜだ? 我はエランドールの誇りのため、最後まで戦いたいのに……」


 虚脱したように膝をつくガイアの前に、新緑のような髪をした少女が現れ、静かに語りかける。


「花が散るのは種のため……『散り逝くうた』で静かに眠りなさい」


「なるほど、メロンさんの魔法か。だったらあの魔力の質の違いにも納得がいく」


 ワインが少女を見てつぶやく。ガイアを魔力で捕えていたのは、メロン・ソーダという新入りの団員で、その正体は元木々の精霊王マロン・デヴァステータであることは、ジンの『騎士団』では周知のことだった。


「……この魔力、旦那様の魔力の波動に似ている……お前、ただの人間ではないな?」


 ガイアにはすでに立つ力も残されていないのだろう、ぺったりと座り込んで彼女がそう訊くと、メロンは花のような笑みを浮かべて、


「エランドールにも心はあるはず。ただ人間の手によってその心に変な縛りを与えられているだけ……ジン団長さんはあなたのことをそう言っていました。


 実際あなたを眺めていて、わたくしはあなたが極悪非道な人には見えません。ですから、わたくしはあなたの心をもっと自由にしてあげようと思ったんです」


 ガイアは、メロンの言葉を不思議な気持ちで聞いていた。ジンやウォーラを討ち取れなかったという無念さや、このまま何もできずに動けなくなる哀しさ、悔しさ、そしてアクアが思い出の中から消えてしまうという切なさともに、なぜかホッとしたような思いや希望といった温かい思いがないまぜになった感覚だった。


(不思議だ。悔しくて悲しいはずなのに、なぜこんなに安らかな思いが胸に広がるんだ?『旦那様の所に行ける』という思いだけで、どうして我はジンやウォーラを許す気持ちになれるんだ?)


 ガイアは遠くなる意識の中で、そう思っていた。



 ウォーラは、ガイアが魔力を集めた槍を突き出してきたとき、


(お姉さまは、私の隙を作るためにわざと魔力を収めたんですね!)


 そう思い至り、すでに最高に魔力を集めていた大剣をためらいなく振り下ろした。


 ジャンッ! ギャンッ!


 甲高い音が響いた時、ウォーラとガイアはすれ違って立っていたが、ウォーラの目には大剣に斬り裂かれて宙を舞うガイアの左腕が見えていた。


(残念です、仕留めそこないましたか!?)


 その思いと、体幹を引き裂かれるような痛みが走るのが同時だった。


「ぐっ!?」


 ウォーラはその痛みで、ガイアの槍が自分の右胸を貫いていることに気付いた。鳩尾や左胸でなかったことが幸いし、主動力源は失わなかったものの、ガイアの魔力が流れ込んできたため、物理的な機構の破壊だけでなく搭載機器の停止による影響が表れていた。


(主動力制御装置の異常なし。動力配分センサー故障、右腕への動力伝達機構ショート、同じく制御機構破壊。マナ32パーセント拡散、現在充填率54パーセント。自己修復機能発動、動力伝達機構及び制御機構修復開始。使用マナ12パーセント、所要時間2時間の見込み……)


 ウォーラの危機管理装置は次々と状況の確認や対応指示を発していたが、頭脳がその理解に追い付かず、ただ茫然と佇むだけだった。


「すみません、ご主人様。不覚を取ってしまいました」

 ガランッ。


 力を失ったウォーラの手から、大剣が滑り落ちる。


 その音でハッとしたウォーラは、


(いけません、このままじゃガイアの魔力で体内の機器が次々と不調になってしまいます。そうなってはご主人様に顔向けができません)


 混乱する頭の中でようやくそう気が付き、やっと動く左手で槍を抜き取る。異質な魔力が無くなったため、右腕を動かす機構は復活したが、制御装置が故障中なため、まだ満足に動かすことはできなかった。


(困りました、足に力が入りません。このままではやられてしまいます。何とか戦闘態勢を維持しないと……)


 膝から崩れ落ちたウォーラだったが、ガイアが近付いて来る気配を感じ、大剣に手を伸ばそうと身体をひねる。途端に、激痛が身体を雷電のように走り抜ける。


「ぐっ! なぜ、機械なのに痛みを感じるのかしら、不思議です。私を造った博士は、どういうつもりで私を設定したのでしょう?」


 ウォーラは思わず独り言を言う。今の緊迫した状況下で、そう思ってしまったのは我ながら不思議だった……のちにウォーラはガイアにそう語ったという。


 余りの痛みに行動が停止したウォーラに向かい、ガイアが


「ウォーラ、我の勝ちだ」


 と、止めを刺そうとしている声が聞こえたが、ウォーラはなすすべもなく、


(……でも、これでご主人様の所に行けます。神様はエランドールが逝く場所と、ご主人様がおられる場所を違わせるなんて、そんな意地悪なことはなさらないですよね?)


 そう、諦めと共に思っていたが、


「むっ!?」 チュイーンッ!

 パーンッ!


 ガイアは、後ろから放たれた魔弾を弾くため、ウォーラに止めを刺すことが出来なかった。それだけではない、続けて襲い掛かる魔力を込めた矢や魔弾によって、ガイアはウォーラに近付くことさえできなくなった。


「ウォーラ、もう大丈夫よ。立てる?」


 急な展開にウォーラが茫然としていると、近くでシェリーの声が聞こえ、


「チャチャ、ウォーラを動かすのを手伝って」

「分かりました、副団長!」


 チャチャの声とともに、ウォーラは両側から抱え上げられながら立ち上がる。


「チャチャ、そちらは私が支える。君はガイアが突っ込んで来ないよう、狙撃魔杖で牽制しておいてくれないか?」


 なんとラムもこの場に姿を現し、右肩を支えていたチャチャと交代しながら言う。


「分かりました! あれっ、このシールドは?」


 チャチャは、突然四人を水流のシールドが覆ったので驚いてそう言った。


「ワインだろう。ガイアの相手はワインとジンジャー、それにあの不思議な少女に任せて、私たちは早くウォーラを安全な場所まで移動させよう。シェリー、途中でへばるなよ?」


 ラムが笑って言うと、シェリーも微笑んで答える。


「大丈夫よ。ウォーラだってアタシたちの大事な仲間だもん、助けなかったらジンから怒られちゃう」


 それを聞いて、ウォーラはかすかに顔を上げてシェリーに訊いた。


「シェリーさん、ご主人様は……」


 かすれた声で訊くウォーラに、シェリーはみなまで言わせず、


「ジンなら大丈夫よ。ガイアの魔力を受け止めるために使った魔法の影響で、異次元に吹っ飛ばされただけみたいだから。メロンさんがそう言っていたわ」


 そう説明する。


(メロンさんが言ったのなら本当のことでしょうね。さすがはご主人様です……)


「あっ、ウォーラ。しっかりして!」


 安心したウォーラは、自己修復機能を最大限まで発揮するため、強制スリープモードに入った。


   ★ ★ ★ ★ ★


 ヒーロイ大陸の中央には、ユグドラシル山がそびえている。世界樹の名を冠して呼ばれるこの山は、海抜1万メートルに達する高峰で、その5合目から上はどの国の領土にも属していない。


 空気が薄く、植物もあまり生えていない土地で、人間が生活していくには過酷な環境であるし、人々が目の色を変えて欲しがるような資源もない場所なので、常駐している者は誰もいない。


 しかし、この見捨てられたような土地には、古くから巨大な神殿があることで一部の人間には知られていた。

 神殿といっても、自然石を雑に組み合わせたような代物ではなく、大きな大理石をふんだんに使った本格的なものだ。いったいどれほどの労力と時間を注ぎ込めば、これほどの神殿を建造できるのだろう……ここを訪れた者が一様に抱く感想だった。


 その神殿の中央部、広い空間の真ん中には一段高い正方形の区画があり、そこには立派な椅子が備えられている。


 椅子の上部は吹き抜けになっていて、その吹き抜けは神殿の中央にある塔を通じて天空へと続いている。


 広間は20ヤード四方ほどもあり、百人はゆっくり収容できるだろう。しかし、そこに居るのはたった五人だけだった。


「みんな、久しぶりに顔を合わせたよね? 特にバーディー、君とはマジツエー帝国に行ってもらって以来だから、数か月ぶりだよね。元気だった?」


 中央の椅子に座った長い黒髪の少女が、黒曜石のような瞳を赤毛の美女に向けて問いかける。バーディーと呼ばれた女性は、身体にぴったりとした黒い革のボディー・スーツを着用していた。彼女は碧眼を少女に向けると、にっこりと笑って答える。


「はい。ウェンディ様のおかげで面白い経験をさせていただきました」


 バーディーの笑顔を見て、ウェンディも顔をほころばせる。


「おや、バーディーがそんなに爽やかに笑うのを久しぶりに見たよ。よっぽど賢者マーリンの所が気に入ったんだね?」


 二人の会話を聞いていた金髪碧眼の男が、静かに話の輪に入って来る。


「私もバーディーの変わりようには驚きました。ここ数年は眉間にしわを寄せた顔しか見ていなかったですからね。ところでウェンディ様、バーディーから我々に報告と相談があると聞いています。いかがいたしますか?」


 金髪の男が言うと、ウェンディは男に訊き返す。


「相談って何だい? ウェルム、君は聞いていないのかい?」


 ウェルムは首を振って、


「あらましのことは聞いています。しかし私の一存では決められませんので」


 そう答えると、ウェンディはバーディーを見つめながら少し何かを考えていたが、残りの白髪で翠の瞳をした男と、マントに身を包んだペストマスクの男に訊く。


「ボクは聞きたいなあ。せっかく賢者マーリンの近況が知れるんだもん。イーグル、テキーラ、君たちも聞きたいよね?」


 二人の男たちは無言でうなずく。それを見てウェンディは上機嫌でバーディーを促した。


「よし、全員一致だ。バーディー、まずは賢者マーリンのことを報告してくれないかい?」


 バーディーはそこに並んだ四人の顔を等分に見比べながら、口を開いた。


「賢者マーリン様は仰いました。『真実の扉は、求める者に対して鍵を掛けたりしない。しかし、真実をくみ取るには人間は脆い存在だ』と。


 マーリン様は、あたしに世界の真実を教えてくださいましたが、そのおかげであたしはしばらく廃人のようになっていたようです。マーリン様があたしを憐れんで、知識を消去してくださらなかったら、今あたしがここに居るか、とても疑問に思います」


 ウェンディはひじ掛けに肘をつき、手であごを支えながらバーディーの話を聞いていたが、彼女がそう言って口を閉じると、面白そうに問いかける。


「なるほど、マーリンは昔とちっとも変わっていないみたいだ。

 バーディーも大変な目にあったみたいだね? 本当にお疲れ様だったよ。

 それで、彼はボクに対して何か言っていなかったかい?」


 バーディーはうなずいて、


「いくつか伝言を言付かっています。『世界の秘密を知りたいのなら、ウェンディ自身が来るといい』と言われましたし、『ホッカノ大陸の植民とマジツエー帝国建国については、歴史の裏など何も存在しない。伝わっているとおりだ』とも仰っていました」


 そう言う。ウェンディはその言葉を聞いて、


「ふむ……」


 そう言ったきり、黙り込んでしまった。


 そんなウェンディを、四人は不安そうな顔で見つめていたが、やがて彼女が何か得心が行ったようにうなずいて


「……まあ、じいさんに訊いても同じ答えを言ったろうね。

 分かったバーディー、君を彼の所に遣わした成果は、彼が元気だと判ったことと、君自身が昔みたいに明るくなったことでよしとしよう。

 それで、相談というのは『組織ウニタルム』のことについてだろう? 違う?」


 ウェンディは、さっきまでとは違い何を考えているのか判らない不気味な笑顔で言った。



 『組織ウニタルム』の名は、両大陸でそれなりの地位にいる人間なら、誰でも一度は聞いたことがある名前だった。


 その成立はいつのことなのか、正確には判っていない。ただ、今から20年ほど前には、『真実の涙(ウェルム・ラクリマエ)』と名乗る男性が各地で暗躍していたことは判っている。


 『ウェルム・ラクリマエ』、それはウェンディの側にいて、イーグルやバーディー、それにテキーラに指示を下したり、他の地域の『組織』の執行部隊と調整をしたりしている男のことである。その名乗りが組織の別称になっているくらいであるから、彼の組織内での地位は格別であり、精霊王であるウェンディも彼のことは目をかけている節があった。まあ、ウェンディの性格上、ウェルムのような男が特に気に入ったのだろう。


 『組織』が『盟主様』の存在を口にしだしたのは、10年ほど前のことだ。そしてそれ以降『組織』は少しずつ変わっていき、ウェンディやウェルムはその変貌に戸惑っていることは、以前に書いたとおりである。


 無論、バーディーやイーグル、テキーラも自分たちが所属する組織の変化について知ってはいたが、ウェルムほどの地位に居なかったことや前線指揮が多かったことで、疑問を持つことは少なかった。


 けれど、賢者マーリンを訪ね、その下で経験を積んだバーディーは、今や大きな疑問を抱えていた。それは『組織』の最終目標は正義なのか? ということである。


 だからこそ彼女は、マジツエー帝国から戻るとすぐにウェルムと面会している。


「報告書は読ませてもらった。なかなか得難い経験をしたようだね?」


 ウェルムは、部屋に入って来たバーディーに笑いかけると椅子を勧め、彼女が腰を下ろすとすぐに本題に入った。


「それで、話をしたいこととは?」


 バーディーは一つ深呼吸すると、


「ウェルム様は、『組織』の立ち上げの頃から関わっていると聞いていますが?」


 そう切り出す。


 ウェルムはいつもの厳しい顔とは似ても似つかない優しい顔でうなずくと、


「そのとおりだ。私は仲間と共に『組織』を立ち上げた。その仲間は、ウェンディ様が加入された頃、目指すものの違いで『組織』を抜け『暗黒領域』探索に向かったが、それ以降は君たちのような有為な若者の支持を受け、活動を続けて来たんだ」


 そう言って微笑む。しかしバーディーは、その笑顔に少しの翳が差していることに気付き、うなずきを返して言う。


「あたしは、御存じのとおり早くに親を亡くして、裏稼業で働かざるを得なかった女です。生きるためには何だってやりましたが、ウェルム様から『組織』に誘っていただいた後は、荒仕事が少なくなって気持ちの上でも楽になっていたんです」


「そうだな、君が『組織』に入った頃は、まだ10をいくつも超えてはいなかったね。

 まだ年端もいかぬ、それも女の子に荒仕事をやらせるわけにはいかないだろう? 私たちは山賊や盗賊団とは違う。私たちの目的は暮らしやすい世界を創ることだからね」


 ウェルムが静かに言うと、バーディーは真剣な目をして問いかけた。


「ウェルム様は、今の『組織』について思うところはございませんか?」


 ウェルムは、真っ直ぐに見つめてくるバーディーの視線を受け止めつつ、


「思うところ? 確かに思うところはいくつかある。君にも何か思うところがあるのだろう? 良ければ話してくれないか? ここだけの話だ」


 そう水を向けた。


 するとバーディーは、


「実は、賢者マーリン様から教えられたんです。今の『組織』が目指すところは、あたしが胸を躍らせて加わった頃のそれと違っているって。


 それにマーリン様は次のように仰いました。

『摂理は変えられない。変えるためには世界の大本である虚空ヌルそのものを壊さなければならない。しかし虚空は壊せない、虚空を壊せるのは虚空の意思だけだ。


 その虚空を壊す意思は、『虚影の空』のもと現れる『摂理の破壊者』となって具現化する。『繋ぐ者』となるか、『摂理の破壊者』となるか、彼がどちらを選ぶかで、僕たちも今後の行動を変える必要がある』と」


 そこで言葉を切ったバーディーは、マーリンの言葉の意味を鋭い目をして考えているウェルムに訊いた。


「あたしは難しいことは解りませんが、マーリン様がおっしゃる『繋ぐ者』や『摂理の破壊者』って、あたしたちが追っているジンって子のことじゃないかって思うんです。


 だとしたら、『組織』は『魔王の降臨』に対抗するたった一人の存在に手を出そうとしていることになります。ウェルム様はこのままでいいと思われますか?」


 バーディーは真剣だった。真剣に自分たちがしていることの意味を考え、間違ったことをしたくないとの思いが溢れていた。その剣の切っ先のような鋭い視線を受け、ウェルムは優しく微笑んで答えた。


「今の『組織』についての疑問は、私もウェンディ様と話をしたところだ。賢者マーリンの言葉をウェンディ様にも聞かせてくれないか? そのうえで、今後私たちはどう動くべきか、みんなで考えてみようじゃないか」



 バーディーは、ウェルムとの話し合いを思い出しながら、ウェンディに賢者マーリンの言葉を伝えた。


「なるほど、『摂理は変えられない。変えるためには世界の大本である虚空ヌルそのものを壊さなければならない。しかし虚空は壊せない、虚空を壊せるのは虚空の意思だけだ。


 その虚空を壊す意思は、『虚影の空』のもと現れる『摂理の破壊者』となって具現化する。『繋ぐ者』となるか、『摂理の破壊者』となるか、彼がどちらを選ぶかで、僕たちも今後の行動を変える必要がある』か……」


 ウェンディはゆっくりとマーリンの言葉を繰り返し、ウェルムを見て訊いた。


「ウェルム、賢者スナイプがここに居た時、団長くんの未来を見通して、彼こそが『伝説の英雄』だと言っていたことを覚えているかい?」


「はい、『英雄の天命』はすでにマイティ・クロウから去り、ジン・クロウに天命が下るはず……そう言っていましたね」


 ウェルムがうなずくと、続いてテキーラを見て訊く。


「テキーラ、『ドラゴン・シン』に潜入している君が、ボクたちの中では恐らく一番団長くんのことを判っているはずだ。彼について、何か新しい情報はないかい?」


「ジン・ライムが5千年前の世界に飛ばされ、そこで起こった『摂理の黄昏』を阻止したことはウェンディ様も御存じかと思いますが、その際に彼の恋人を屠ったアルケー・クロウがジンを追ってこの世界に来ています。現在は『暗黒領域』にいるようです。

 また、マロン・デヴァステータがアルケーを追ってジンのもとに居ます」


 ペストマスクのせいで声はくぐもっているが、テキーラは質問にすぐそう答えた。


 ウェンディはキラリと目を輝かせると、愉快でたまらないような顔で言った。


「へえ、アルケーやマロンがねえ。じいさんってばそんなこと一言も言ってなかったけどなあ。でもまあ、『魔族の祖』や『幻の精霊王』までそろったんなら、カトル枢機卿も()()()()していられないだろうな」


 そして四人に、真剣な顔で命令する。


「いいかい、アルケー・クロウの件はともかく、マロン・デヴァステータのことは口外無用だよ? 団長くんの今後にとって彼女の存在は大きいし、カトル枢機卿や『盟主様』にとっても、マロンは想定外の不確定要素になるはずだからね?」


 その言葉を受けて、ウェルムが


「承知いたしました。では我々は今後、『組織』とは距離を置くということで構いませんか?」


 そう訊くと、ウェンディはズルそうな顔をして答える。


「まあまあ、そう焦っちゃいけないよ。何せ『組織』は今までの積み重ねがあるから情報収集力や配下の組織力も大きい。下手に動いて目をつけられても厄介だよ。


 特にウェルム、君とボクは、カトル枢機卿の立場から見ると目の上のたんこぶだ。妙な動きをしたら、彼女たちはすぐさますっ飛んで来るよ」


「しかし、そもそも『組織』はウェルム様の思いがあって作られたものでしょう? はっきりと袂を分かってもいいと思いますが?」


 今まで黙っていたイーグルが言う。彼は『組織』の幹部の中では誰よりも……ウェンディよりも……ウェルムを尊敬し、慕っていた。


「いや、今はそんなことにこだわっている場合じゃない。袂を分かつのは、『盟主様』が何者で、何処を目指しているのかが判明してからでも遅くはない。


 イーグル、バーディー、そしてテキーラ。三人ともカトル枢機卿には会ったことがなくても、配下の枢機卿特使は何度か見かけたことはあるだろう? あのような、人間をはるかに超える存在たちが何かを企んでいるのだ、ことを急いではいけない」


 ウェルムが厳しい顔で三人を見て言うと、イーグルは青い顔をしてうなずく。


 その様子を見て、ウェンディが屈託のない笑顔で言った。


「まあ、ボクは最初から『盟主様』に対して敵でも味方でもないつもりで接していたから、原則的には今後もそれを変えるつもりはないよ。ただ、これから起こるはずの『魔王の降臨』、それに対処するためにはどうしても団長くんの力が必要だ。


 そこでだ、みんなで団長くんを見守ってあげてほしいんだ。もちろん、カトル枢機卿たちにバレないようにね?」


   ★ ★ ★ ★ ★


 ジンを狙って襲撃してきたガイアを捕らえた『騎士団』一行は、ジンが戻って来ないまま、港町ミーネハウゼンを目指していた。


「ジンが戻って来てアタシたちがいないと心配するんじゃない?」


 シェリーはそう言ってチャチャと共に現地に残ると言ったが、


「ジン団長の魔力の在処を見ると、異次元空間から抜け出して、今は水の精霊王マーレの所にいるみたいです。マーレなら団長さんの状況を見てわたくしたちの所まで送ってくれるはずですから、何も心配は要りません」


 メロンのその言葉にワインやジンジャーも同意して、


「ウォーラさんには修理が必要だし、ガイアさんを早く再起動させねばならない。メロンさんの言葉を信じて、ボクたちはジンが合流したら直ちにホッカノ大陸に出発できるようにしておくべきだよ」


「それに団長さんを狙っているのはガイアだけではないわ。マークスマンも団長さんを目の敵にしているはずだし、ひょっとしたら今、この場に現れても不思議じゃないわ。


 早く船に乗れば、少なくとも航海中は敵の襲撃を警戒しなくても済むようになるし、『ドラゴン・シン』と共闘できる日も近くなる。ここは急ぐべきよ、副団長」


 そう勧める。


 シェリーは三人の意見を聞いてもなお、迷っているようだった。


「シェリー、君は副団長だ。ジン様がいない間は、君がジン様の『騎士団』を守る必要がある。君がジン様と離れ離れになることに対して、大きな不安を抱えていることは知っているけれど、ジン様ならきっと私たちのもとに戻って来る」


 ラムはそんなシェリーを見て力強くそう言うと、シェリーの耳元に唇を寄せ、


「私はジン様の件では君のライバルだが、『騎士団』を念頭に話をするなら君のいい友だちであるつもりだ。だから君が『ジン様喪失症』みたいになるのは見ていられない。


 君は騎士としてはこの上なく有能で、ジン様のことは団で一番よく理解しているはずだろう? そんな君をジン様が放っておくと思うか?」


 そう小声で激励する。


 シェリーはびっくりした顔でラムを見て、同じく小声で


「え!? あ、ありがとうラム。確かにアタシがしっかりしなくちゃね?」


 そう言うと、ラムは照れたように笑ってうなずいた。


「そうさ。これからもっと過酷な旅になるだろうが、お互い自分のため、ジン様のために精進しようじゃないか。じゃ、副団長、行動命令をお願いする」


 シェリーはにっこりとお日様のような笑みを浮かべ、元気に命令を下した。


「ミーネハウゼンに向かうことにするわ。チャチャちゃんはジンジャーさんの指揮で前路索敵をお願い。前の大賢人様だったマークスマンが襲撃してくる恐れがあるから、周囲は十分に警戒して。ウォーラの警護はワインに、ガイアの搬送はメロンさんにお願いします」


「了解。副団長、しんがりは私が受け持とう」


 ラムがそう答えると、『騎士団』はミーネハウゼンへと歩き出した。



 行動を再開した『騎士団』の様子を、近くの丘の上からじっと眺めている男がいた。

 灰色のマントはボロボロで、とんがり帽子を目深に被った彼は、『騎士団』にジンがいないことを見て取ると、苦虫を嚙みつぶしたような顔をしてつぶやく。


「ジンがいない……ヴィンテルの話では、ガイアとかいう自律的魔人形エランドールはかなり強力な戦士で、彼女の攻撃に合わせて戦いを挑めばジンを討ち取ることも容易いということだったが、どんなへまをしたらジンを取り逃がし、自身も捕獲されるような羽目になるのだ?」


「……ジンはガイアの攻撃を破砕するために使った魔力の共鳴で、異次元へと飛ばされたみたいね。現状ではどこにいるのか判らないわ」


 男は、突如後ろに現れた白いマントの女性からそう言われ、びっくりして振り返る。白いフードで顔を隠した、身長170センチほどの女性がそこに立っているのを見て、男は機嫌を損ねたように言う。


「ヴィンテル様の次はヘルプスト様か。お前たちが期待していたエランドールは、あえなく奴らに捕まってしまったぞ。それに肝心のジンがいないのであれば、わしが奴らを見張っておく意味もあるまい?」


 しかし、ヘルプストは首を振って言う。


「奴らを『約束の地』に行かせなければ目的は果たせる。このままジンを狙うの? それとも大賢人ライトを狙う? 選択は任せるけれど、今度は失敗を許されないわよ?」


「……分かった、いつ帰って来るか分からないジンを待っているより、思い切ってライトを狙ってみよう。『賢者会議』の方はどうなっているのだろう?」


 マークスマンがすぐに言うと、ヘルプストは意外そうに


「今度は即決したのね。『賢者会議』の状況については後でゾンメルから知らせるわ。早く準備にかかることね」


 そう言って姿を消す。


 マークスマンは、ヘルプストが消えた空間を憎々しげに見つめると、


「ふん、思ったより嫌味な感じではなかったな。


 まあ、奴らはわしをスケープゴートにして、『賢者会議』を骨抜きにしたいだけということは判っている。その罠に嵌らないよう気を付けて行動すべきだし、ライトとジンを抹殺して摂理の秘密を入手すれば、奴らの言う『盟主様』とやらも倒してやる。


 さすればわしは、『摂理の破壊』を目論む『組織ウニタルム』から世界を救った英雄になるからな」


 そうつぶやいて、彼もまた転移魔法陣を描いてどこかに消えた。


 しかし、マークスマンが姿を消してすぐ、その場所に身長190センチを超える体格のいい男と、こちらも180センチに届くほど背が高い女性が現れた。


 男は黄土色の髪の下に輝く石色の瞳を細め、


「……マークスマンも堕ちたものだ。彼は本気で大賢人ライトやジン・ライムを狙っているわけでもなさそうだ。いや、狙ってはいるのだろうが、勝ちが確定していない勝負に及び腰になっているというべきなのだろうな。


 『組織』と手を結び、摂理の保持という『賢者会議』本来の目的も忘れ、ただ自分自身のことしか考えない人物に成り下がってしまったとはな……」


 そう独り言を言うと、それを聞いていた女性が尋ねる。


「ラントス・ミュール様、『騎士団』にジン・ライムが戻るのを確認して彼にエレクラ様のお言葉を伝えるのを優先した方が良いでしょうか? それとも『賢者会議』に戻って大賢人ライトの護衛を厚くするべきでしょうか?」


 そう訊かれたラントスは、鋭い目で周囲を見回していたが、


「……ジン・ライムは水の精霊王マーレ・ノストラム様の所にいる。俺はエレクラ様のお言葉を彼に伝えて来よう。ライン・ラント、君は『賢者会議』に戻り、マークスマンの動向を大賢人に伝えて邀撃態勢を整えてくれ。俺もすぐに合流する」


 そう決断して言った。


 ラインと言われた女性は、すぐにうなずいて


「承知いたしました。自分は『組織』にいたので、奴らに魔力の質を解析されて行動を監視されている可能性がございますから、その方が無難でしょうね。

 では早速、『賢者会議』に戻ります。ラントス様もお気をつけて」


 すっと大地に融けるように姿を消した。


(思えばエレクラ様は、マークスマンが大賢人に就任して以来、ずっと彼のことを信用されていなかった。さすがはエレクラ様と言うべきだが、マークスマンも摂理を守る立場にありながら、なぜこのような事態を招いたのか。人間の心というのは厄介なものだな)


 ラントスはマークスマンと『組織』について何度も口論したことを思い出し、憮然としていた。



 『騎士団』一行はミーネハウゼン目指して歩き出したが、すぐに問題に突き当たった。それは戦闘で故障を抱えたウォーラと、マナを発散してしまったガイアについてだった。


 二人とも自律的魔人形エランドールという機械である。それも意識や感情を持ち、人間と同じように自分のことは自身で判断して動くことができるという、ある意味機械の範疇を超えたものだった。


 それ故に構造は複雑であり、意識がない状態でのガイアの乾燥重量は160キロにも達していた。ガイアより装甲が薄いウォーラでさえ120キロもあるので、いかにメロンが元精霊王だといっても搬送にはそれなりに苦労する。


 しかも、見た目が完全に人間の少女であり、傍から見ると死体を運んでいるように見え、幹線沿いの宿場町に入ったら司直の目に止まること請け合いだった。ただ救いは、切断された左腕と装甲板が露わになった胸部を見れば、それが人工物だと納得してもらえるだろうという見込みだけだ。


 その危険に気付いたのはワインだった。ウォーラが万全な状態なら問題はない。最初に彼女がジンと出会った時のように、ガイアを袋詰めか何かにして運べばいいだけだ。


 けれど今は、ウォーラ自身も手傷を負って故障している状況である。無理はさせられなかった。


「……すみません。あと2時間もすれば動力伝達機構と制御機構の修理が終わります。マナ配分センサーの調子が悪いので、万全の状況からは程遠いですが、お姉さまを背負って歩くぐらいは可能になりますので、それまでお待ち願えませんか?」


 ワインの提案で脇道の広場で小休止した『騎士団』だったが、その時ワインやラムがウォーラに訊いた答えがこれだった。


「ウォーラさん、単刀直入に訊くが、自己修復機能で全回復まで持って行けるのかい? キミの状態を見るに、ボクはとてもそうは思えない。言い方は悪いが分解整備が必要なレベルじゃないか? 正直に答えてくれ」


 ワインが訊くと、ウォーラは眼を閉じて自身の状況をスキャンしたのだろう、悲しそうな顔をして答えた。


「……ワインさまの見立てどおりです。動力伝達機構は異質な魔力が混入したためコンタミしたものですからリスタートで解決しますが、制御機構やマナ配分センサーは物理的破損なので交換が必要みたいです。それでも戦闘出力を40パーセントに抑えれば、臨時的措置で大丈夫です」


「私はエランドールにはまったくの不案内だから技術的なことは皆目解らないが、戦士として言わせてもらえば今の君の状態で一緒に旅をするのは考えものだ。


 私たちは『騎士団』だから、いつどこでどんな事件に巻き込まれるか分からないし、ジン様を狙う者がいることが確定している中で、君をどこまでサポートできるかも未知数だ。


 ワイン、エランドールを修理できる者はいないのか? もしいたら、ウォーラを分離して彼女を修理するのが一番だと思うが?」


 ラムはユニコーン侯国戦士長の長子で、15歳の頃から武名を知られている戦士でもある。故国では『獅子戦士シールトゥルク』の称号を与えられており、ジンに会うまでは父の命令で大陸を経巡っていた。


 だから彼女は『戦士』として、ウォーラに厳しいことを言うのに躊躇しなかった。


 ウォーラもそれを解っているので、悲しそうにしながらもラムの言葉に一切反論しない。故障を抱えたままの自分が、強敵であることが分かっているマークスマンや『魔王』と戦ってもジンのお荷物にしかならないことは明白だったからだ。


 ワインも難しい顔をして黙っている。ラムの言うことがあまりにド正論過ぎて反対はできないが、かといってウォーラのジンに対する思いを知っているだけに、理屈で割り切っていいものかを迷っている顔だった。


「……『組織』にウェルム・ラクリマエという人物がいます。ウェンディの配下でありながらヒーロイ大陸ではウェンディの名代を務めるほどの人物ですが、彼はガイアの修理と調整を行ったと聞いています。ヒーロイ大陸でエランドールを修理できるのは彼くらいしか思いつきません」


 ジンジャーがぽつりと言う。


「……ウェンディに頼めば何とかなるかもしれないが、彼女だって『組織』と四神としての狭間で危ない橋を渡っている可能性がある。ボクたちとの関わりが『組織』に知られる可能性が少しでもあるなら、その案は見合わせた方が良いだろう」


 少し考えた後、ワインが残念そうに首を振って言う。


「でもそれじゃ、ウォーラさんがあんまりにもかわいそうです。ウォーラさんだって団長さんのお役に立ちたいって思いで頑張っているのに」


 チャチャが必死の面持ちで訴えるが、それにはシェリーが言い聞かせるように反対した。


「ウォーラの気持ちはアタシも痛いほど解る。でも、仮にジンがピンチになったとき、今のウォーラは自分が壊れてもジンを守ろうとするわ。


 万全の状態でそうしてくれるのは構わない。アタシだってジンのためなら死んでもいいって思ってるから。


 けれど、無理をして悲壮な覚悟でそうするのは、アタシは間違いだと思う。だってジンはいつも言ってたから。『自分を大切にしない者は騎士の資格はない』って」


 シェリーの言葉に、みんなが黙り込んだ時、メロンが穏やかな顔でシェリーとウォーラを見て言った。


「わたくしも機械のことは詳しくありませんが、わたくしが以前『摂理の調律者(プロノイア)』様から委任されて司っていたのは、万物の成長と調整、そして終焉に関することです。


 今までウォーラさんやガイアさんを観察してきましたが、エランドールは普通の機械とは違うみたいですし、ひょっとしたらわたくしの魔力で修復ができるかもしれません。やってみますか?」


「確かに、エランドールは構造や組成が違うが、魔力で生命活動のすべてを賄っている。やってみる価値はあるかもしれない。


 メロンさん、お手数ですがあなたの思うとおりにしてみてはくれませんか? うまく行ったらウォーラさんだけでなく、ガイアさんも『騎士団』に迎え入れられるかもしれない」


 ワインはメロンの言葉を聞き、即決してそう頼む。ラムもシェリーも、ワインの言葉にうなずき、そしてウォーラも琥珀色の瞳に希望を輝かせて答えた。


「分かりました。お願いいたします!」


   (強欲者を狩ろう! その6へ続く)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

何とかガイアを捕獲し、これでウォーラも姉と一緒になることができました。

しかしジンはまだ『騎士団』に合流できない状態なうえ、マークスマンや『組織』が大賢人やジンを執拗に狙っています。

対決の時は『組織』の都合で伸ばされていますが、情勢を有利にしようと動くのは『組織』だけではありません。対マークスマン戦の準備は着々と進んでいるようで、その分戦闘は激烈なものになるはずです。次回もお楽しみに!

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