表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キャバリア・スラップスティック  作者: シベリウスP
トオクニアール王国編
73/153

Tournament73 A harpies hunting:part4(強欲者を狩ろう!その4)

刺客のガイアとの戦闘に入ったジンは、異次元に飛ばされてしまう。そしてウォーラとガイア、エランドール同士の激闘が幕を開ける。

その頃、大賢人は賢者スナイプに20年前のことを問い質していた。

【主な登場人物紹介】


■ドッカーノ村騎士団

♤ジン・ライム 17歳 ドッカーノ村騎士団の団長。典型的『鈍感系思わせぶり主人公』だったが、旅が彼を成長させている。いろんな人から好かれる『伝説の英雄』候補。


♤ワイン・レッド 17歳 ジンの幼馴染みでエルフ族。結構チャラい。槍を使うがそれなりの腕。お金と女性が大好きな『やるときはやる男』


♡シェリー・シュガー 17歳 ジンの幼馴染みでシルフの短剣使い。弓も使って長距離戦も受け持つ。ジン大好きっ子だが報われない『負けフラグヒロイン』


♡ラム・レーズン 18歳 ユニコーン族の娘で『伝説の英雄』を探す旅の途中、ジンのいる村に来た。魔力も強いし長剣の名手。シェリーのライバルである『正統派ヒロイン』


♡ウォーラ・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造った自律的魔人形エランドール。ジンの魔力マナで再起動し、彼に献身的に仕える『メイドなヒロイン』


♡チャチャ・フォーク 13歳 マーターギ村出身の凄腕狙撃手。村では髪と目の色のせいで疎外されていた。謎の組織から母を殺され、事件に関わったジンの騎士団に入団する。


♡ジンジャー・エイル 20歳 他の騎士団に所属していたが、ある事件でジンにほれ込んで移籍してきた不思議な女性。闇の魔術に優れた『ダークホースヒロイン』


■トナーリマーチ騎士団『ドラゴン・シン』

♤オー・ド・ヴィー・ド・ヴァン 20歳 アルクニー公国随一の騎士団『ドラゴン・シン』のギルドマスター。大商人の御曹司で、双剣の腕も確かだが女好き。


♤ウォッカ・イエスタデイ 20歳 ド・ヴァンのギルド副官。オーガの一族出身の無口で生真面目な好漢。戦闘が三度の飯より好き。オーガの戦士長、スピリタスの息子。


♡マディラ・トゥデイ 19歳 ド・ヴァンのギルド事務長。金髪碧眼で美男子のような見た目の女の子。生真面目だが考えることはエグい。狙撃魔杖の2丁遣い。


♡ソルティ・ドッグ 20歳 『ドラゴン・シン』の先鋒隊長である弓使い。黒髪と黒い瞳がエキゾチックな感じを醸し出している。調査・探索が得意。


♤テキーラ・トゥモロウ 年齢不詳 謎の組織から身分を隠して『ドラゴン・シン』に入団した謎の男。いつもマントに身を包み、ペストマスクをつけている。


   ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


 待ち伏せしていたガイアは、アクアの仇である僕の他は眼中にないようだった。


 ラムさんとウォーラさんがガイアの包囲網に加わっても、ガイアは彼女たちのことを歯牙にもかけないと言った様子で呵々大笑し、


「我の最後の戦いは、思ったより楽しいものになりそうだ。では、最後まで我にとことん付き合ってもらおう」


 水色の魔力を燃え立たせ、魔力の乗った槍で僕に突き掛かって来た。


「ジン・ライム、我が主たるアクア・ラング様の苦しみを味わうがいい!」


 ガイアは魔力を最大限まで引き出しているのだろう、まるで蒼白い彗星のように空間に軌跡を残しながら槍を突き出してくる。


「やっ!」

「はっ!」チュイーンッ!


「たっ!」

「くっ!」シャリーン!


 ガイアは上に下にと槍を操り、僕の隙を突こうと火を噴くような攻撃を仕掛けてくる。しかし、元々僕はシェリーから、


『手堅い防御の剣って珍しいけど、ジンの守りは誰にも抜けないんじゃないかしら?』


 と言われていた。相手の動きを読み、それに合わせることはさして難事ではなかった。それがたとえどんな戦士だったとしてもだ。


 それに5千年前の世界を経験して以来、僕には『守るためには、攻めねばならないときもある』ことが分かっていた。だから、ガイアの鋭い攻撃をいなしながらも、僕は攻撃する隙を狙っていた。


「とおっ!」


 ガイアが今までにも増して速度を乗せた突きを繰り出してきたとき、僕にはガイアが作ったコンマ1秒にも満たない隙を見つけた。


「だっ!」

 ジャリンッ!「何ッ!?」


 僕はガイアの突きを避けるために体を右に流しながら、左下から右上にかけて『払暁の神剣』を振り抜いた。今までにない手応えを感じると同時に、何か固いものをこすったような音が僕の耳に届く。それと同時に、ガイアは驚いた声を上げて数メートルも後ろに跳び下がった。


「あの位置から、あのタイミングでよく我に傷をつけてくれたな。やはりそなたは我の最後の敵に相応しい」


 僕の剣はガイアの黒いメイド服とその下の肌を斬り裂いていた。もちろん彼女は自律的魔人形エランドールであるため血は出なかったが、縮んだ肌のテクスチャの奥に鋼でできた胸部の装甲板が見えている。


「だが我は旦那様のためにもそなたに負ける訳にはいかん」


 ガイアはそう言うと、青白い魔力で身体を包んだ。その魔力には今までにない群青色の煙がまとわりついている。


「……我の奥義、『鳥兜』。この煙に少しでも触れたら、そなたの命は刈り取らせてもらうぞ」


 ガイアはそう言いながら槍を構える。彼女を包む魔力と瘴気に似た煙は、まるで心臓が拍動するように明滅し、拡大と収縮を繰り返している。


(つまり、彼女は毒に侵された空間を自分の意図のままに操れるということか)


 僕が『払暁の神剣』を握り直してそう思った時、


「ガイア、ご主人様をあなたの思いどおりにはさせません!」

 ブワンッ! ガツッ!


 横合いからウォーラさんが大剣で斬り付けてきたが、ガイアは慌てもせずにそれを槍の柄で受け止める。


「ふん、来たかウォーラ。だが、ジンの命はすでに我が手の中にある。そなたも悪あがきせず、我と共に来い」


「くっ!」


 驚いたことに、ガイアの瘴気は何本もの触手のように、僕を巻き取ろうと伸縮する。ある程度、自分の意志で動かせるだろうとは事前に予測していたところだったが、ウォーラさんと対峙しながら僕の方を見るでもなく攻撃を仕掛けてきたのは想定外だった。


「ご主人様、ガイアは私が相手いたします。どうか下がってください!」

 ぶんっ! カーン!


「やっ!」

 ぶんっ! チィーン!


 ウォーラさんはそう言いながら、ガイアの気を逸らそうと必死になって大剣を揮うが、すべてガイアに阻止される。その間一度もガイアは僕に視線を向けなかった。


 ガイアはそんなウォーラさんに余裕綽々といった感じで、小馬鹿にしたように言う。


「ウォーラ、我らがエランドールであることを忘れたか? ジンの動きなど、見なくても把握できるわ!」


「『大地の護り(ラントケッセル)』!」


 ガイアの言葉を聞いた僕は、すぐさまシールドを展開する。しかしガイアはそれすらも意に介さないように、チラリと僕を見て言う。


「我の毒は貫通攻撃だ。シールドなど役には立たんぞ」


 その時、僕の頭の中にシェリーの声が聞こえて来た。


『ジン、もっと後ろに下がって。ワインたちが後方50ヤードの草原にガイア包囲のための陣を敷いたわ。そこまで来てくれたらアタシとチャチャちゃんも狙撃を開始する。ガイア捕獲作戦を始めよう!?』


 『貫通攻撃の毒』と聞いて、これからどうすべきか迷っていた僕は、シェリーの言うとおりガイア捕獲作戦を発動することにした。


「ウォーラさん、捕獲作戦を発動する。僕と一緒にガイアをくぎ付けにするんだ!」



 ガイアを捕獲する……僕はまず、戦いの場所を動かすことにした。ここは街道の真ん中だ、今はたまたま旅人が通っていないからいいものの、無関係の人たちを巻き込むわけにはいかない。ただでさえガイアは僕を倒すためには手段を選ばないだろうって想像できるのに、こんな所で戦うのは自分たちの足を引っ張るだけでガイアの思うつぼだ。


「ご主人様に気を取られると、私の一撃を浴びますよ? たっ!」

 ぶうんっ! ガッ!


 ウォーラさんの重い斬撃を、魔力のこもった槍の柄で受け止めると、ガイアは碧眼に憎悪の色を浮かべてウォーラさんに言った。


「しゃらくさい。『絆』などという目に見えないものを信じて、エランドールの本分を忘れたお前に負ける我ではない。『鳳仙花』っ!」

 ドウンッ! グゥワーンッ!


 ガイアは大剣を押し付けてくるウォーラさんに至近距離から魔弾の斉射を浴びせる。物凄い炸裂音と爆風が辺りを包んだが、爆炎が晴れるとウォーラさんは傷一つ付かずに大剣を構え直していた。


「ご主人様のシールド、あなた程度で壊せると思っているのですか? はっ!」

 ジャンッ!


 ウォーラさんが、ガイアの目にも止まらぬ突きを大剣で防ぐ。ガイアはサッと槍を引き、すぐさまウォーラさんの顔面目掛けて突きを放った。


「やっ!」


 ウォーラさんは後ろに跳ぶことで穂先をかわし、琥珀色の瞳でガイアを睨んで言う。


「ご主人様を守るのがエランドールの務め。そしてご主人様と一緒に夢を追いかけるのが私の生きがいです。お姉さまは信念に殉じるおつもりでしょうが、それはエランドールにとって正しいことでしょうか?」


「エランドールは戦闘機械だ。命令が正義に悖るかどうかを判断する立場にはない」

 シュッ!


 火を噴くようなガイアの突きを、後ろに跳びながら避けると、ウォーラさんは反論する。


「私のご主人様は、そうはおっしゃいませんでした。『自分だって間違う時もある。間違いだと思ったら、僕に注意してくれ』、ご主人様はいつもそうおっしゃいます。

 アクアが生きていた時に、お姉さまがアクアの命令に従ってご主人様の命を狙ったことについて訊きます。お姉さまはそれが正しいことと思って命令を受けられたのですか?」


「ふんっ!」

 シュバッ! カーン!


 ガイアはものも言わずに突きを繰り出す。ウォーラはそれを大剣で止めると、ガイアの目を真正面から見てもう一度訊いた。


「答えてください。摂理を乱す『組織ウニタルム』からの、ご主人様を倒せという命令を、お姉さまは正しいと思って受けられたのですか!?」

 カカッ、キンッ!


 ガイアは、ギリギリと歯をかみ鳴らしながらウォーラさんを物凄い目で睨み、槍で大剣を押している。ウォーラさんも一歩も引かずにそれを押し留めている。


「ふん、御託を並べるな……」

 ブワッ。


 ガイアを包む魔力が厚みと猛々しさを増した。僕はとっさにウォーラさんの身を案じてガイアに躍りかかろうとしたが、瘴気の触手が僕を阻む。


「ウォーラさん!」


 僕が叫ぶと同時に、ガイアは


「我にとっては旦那様の命が絶対だ!」

 バシューンッ! ドスッ!

「あっ!」


 滝のような火花とともに、ウォーラさんの苦痛の声が響く。ガイアの槍はウォーラさんの大剣を貫き、ウォーラさんの右肩も刺し貫いていた。


「ウォーラさんっ!」

 ドムッ、ドムッ、ドムッ!


 僕は魔弾でガイアの触手を撃ち払うと、ガイア目がけて突進するが、彼女はウォーラさんを地面にねじ伏せ、槍を深々と地面に差し込む。


「あっ……」


 小さく呻き声を上げるウォーラさんを見下して、


「ウォーラ、お前はジンを倒した後スクラップにしてやる。しばらくここでおとなしくしていろ」


 ガイアはそう吐き捨てると、僕の方に向き直って魔力を全開にしてきた。


「ジン・ライム、今こそ我と旦那様の怨嗟を払う時だ!『向日葵』!」


 次の瞬間、僕の周りでガイアの青い魔力が花咲き、僕を包み込んで圧死させようとでも言うように急速に空間を圧縮してきた。


(ダメだ。この魔力は破砕も、発散も、反射もさせられない。僕のシールドを張り直しても受け止められる保証はない!)


 僕はガイアの魔法の恐ろしさを一瞬で見抜いた。人間が生み出した最高の戦闘機械に神に匹敵する存在の魔力が籠ったらどうなるか……その答えの一端をまざまざと見せつけられた思いだった。


 僕は、ガイアの魔力が僕を素粒子にまで分解する刹那の間に、イチかバチか魔法を発動した。


崩壊不可避デスキューブ!」


 魔力を発動すると、ジンを包んでいたガイアの魔力がある空間を、ジンごと紫紺の空間が包み込み、そして一瞬で消えた。


   ★ ★ ★ ★ ★


 トオクニアール王国の北東部には、ヒーロイ大陸随一の港町、ルツェルンがある。その郊外に、まるで隠者でも住んでいるのかと思うほど粗末な小屋があった。


 いや、太い枝を挟み込むように棒を立てかけ、それに板を打ち付けただけの建物は『小屋』と言うにも烏滸がましかった。


 小屋の中では、50代半ばの男が椅子に座って目を閉じている。まるで時が止まったかのように静かだが、ゆっくりとした息遣いは聞こえる。瞑想をしているようだった。


 不意に男が目を開ける。髪は銀髪だが、碧眼には油断ならない光が宿っていた。


 男はゆっくりと立ち上がると、藁で編んだ蓆をぶら下げただけの出入口から外へ歩み出る。ここまでまったく音を立てなかったことが、男の並々ならぬ技量を物語っている。


 男の視線の先には、フード付きの黒いマントで身を包んだ人物がいた。その人物は男が自分を見ていることを知ると、それまでのゆったりした歩き方から一変し、すたすたと坂を上って来て男の前で立ち止まった。


 マントの人物は、フードを外して男を見る。黒い髪に黒い瞳をした少女だった。


「あたしの接近を感じ取ったのは、さすがマークスマン」


 少女が幼さの残る、しかしどことなく妖艶さも含んだ声で言うと、マークスマンは碧眼を細めて訊いた。


「ヴィンテル殿、何をしにおいでになった? そなたは、わしがジン・ライムを先に狙うと言った時、支援はしないとおっしゃったのでは?」


 どことなく嫌味が混じった物言いだったが、ヴィンテルはそんなことにはお構いなしに、


「ジン・ライムの居場所が判った。今、自律的魔人形エランドールのガイア・ララがジンを追っている。今日明日には襲撃にかかるだろう。そなたも加われば、ジンの死命を制することができる」


 そう言う。マークスマンは静かに訊いた。


「それはいい情報だ。それで、ジンは今どこに?」


「オッペルの郊外。恐らくミーネハウゼンに向かっているのだろう」


 ヴィンテルの思いがけない答えに、マークスマンは驚きを隠さずに、


「何っ? ミーネハウゼンには大きな船会社はないはずだ。なぜルツェルンに来ない?」


 思わずそう口走った。


 ヴィンテルは冷たい目でマークスマンを見て、


「ヒーロイ大陸諸国とマジツエー帝国は領土問題で係争中。一応停戦協定は結んでいるが国交は完全回復していない。マジツエー帝国行きの客船が就航していると思う?」


 そう訊く。それで、マークスマンは自分が大賢人だったころ、両大陸の往来を回復させようと努力したが、トオクニアール王国もマジツエー帝国もこの問題には消極的だったことを思い出した。


 マークスマンの顔色を読んだヴィンテルは、それ以上何も言わず、


「大賢人ではなくなって視野が狭くなったか? 何にせよ、ガイアがジンにかかったのは僥倖だ。他の団員はガイアに任せ、そなたがジンを討てばいい。オッペルで会おう」


 ただそれだけを告げて姿を消した。


(くそっ、わしとしたことが両大陸の状況を失念しているとは。危うくジンを取り逃がすところだった。今回ばかりはヴィンテルに礼を言わねばならんだろうな)


 ヴィンテルが姿を消してしばらくは茫然としていたマークスマンだったが、


「……うむ、標的の居場所さえ判れば、後は容易い。ましてエランドールがいるならなおさらだ。ガイア・ララとか言ったか、わしのために存分に利用させてもらおう」


 そう満面の笑みを浮かべると、さっそく転移魔法陣を描き出した。



 アルクニー公国ドッカーノ村。

 ジンやシェリー、そしてワインの故郷でもあるこの村は、人口5百人ほどと小さな村だったが、アルクニー公国を南北に走る主要な幹線道路の東にあり、人の往来は多い。


 それに北にはカーミガイル山、東にはセー・セラギ川、南にはスンダー池があり、農業や窯業、金属細工が盛んな村だった。


 そんなドッカーノ村は、ここ20年、前の大賢人マークスマンがアルクニー公国出身だったこともあり、『賢者会議』の本拠が置かれていた。


 マークスマンが大賢人の座を追われ大賢人ライトが就任したが、彼女は『大賢人の出身国に賢者会議の本拠を置く』という慣例に反し、代替わりのゴタゴタが片付くまで本拠をカーミガイル山の中腹から動かさないという決定を下していた。


 大賢人ライトは、マークスマンがそうしていたように、大賢人の執務室からセー・セラギ川を眺めていたが、分厚い扉を叩くかすかな音に反応して振り返る。


「お疲れ、賢者ライフル。入るといい」


 大賢人ライトはハスキーな声でそう言うと、長い銀髪を揺らしてデスクの脇まで歩を進める。ドアが開いて、賢者ライフルが金髪碧眼の美女と共に入室してきた。


「ライト様、賢者スナイプ様をお連れしました」


 賢者ライフルが、茶髪の下の碧眼を輝かせてライトに報告すると、大賢人ライトは軽くうなずいて視線をスナイプに向ける。


 スナイプも微笑んで小さくうなずき、一歩前に出て挨拶をした。


「初めてお目にかかります、賢者スナイプです。大賢人御就任、誠におめでとうございます。早速ですが、今回のマークスマンことチェスター・リーの件でお話があるとか?」


 スナイプがそう言うと、大賢人は


「長い話になるはずだ、座るといい」


 そう言ってスナイプとライフルを長椅子に座らせ、自身もその向かいに腰掛ける。


 大賢人は呼び鈴を鳴らし、現れたお付きの者にお茶の準備を言い付けると、二人に視線を戻して本題に入った。


「……マークスマンと『組織ウニタルム』の関係については、現在、土の眷属の協力を得ながら調査を進めている最中だ。しかし一つ解せないのは、大賢人ともあろうマークスマンが、なぜ『組織』と協力する立場を取ったのか、という点だ。ライフルの共感力でも、覗けたのは彼の心の一部分。焦り、怒り、妬みといった感情だったそうだ。


 確かに、マークスマンのリー一族はスナイプのライム一族と同様、代々大賢人を輩出する家柄だったが、ここ数代はスリング様、シャープ様、スコープ様とライム一族につながる人物が大賢人位に就いていた。まあ、先代のマークスマン様がああいった混乱の中で大賢人位を退かれたのだから仕方ないことでもあるだろうが……」


 ライトはそこで言葉を切り、スナイプを正面から見据えて、


「……我には、マークスマンが『組織』と協力したのも、20年前の『伝説の英雄』バーボン・クロウをナイカトル要塞に幽閉したのも、理由は同じ根から発していると思う。

 それで、バーボンや彼の息子、ジンとも近しい君に、意見を聞こうと思ったのだ。我が『暗黒領域』をさまよっていた20年の間に何が起こったかも含めてな。君の心の赴くままで構わない、話してくれないか?」


 そう言った。


 スナイプはうなずいて、


「……時系列でお話しした方が理解しやすいと思いますので、長くなることはお許しください」


 そう前置きをして、昔語りを始めた。



 『魔王の降臨』についての話で世間が騒がしくなったのは、私が7歳の時でした。

 その頃私はすぐ上の姉、エレノアと一緒に暮らしていたんですが、そこに当時大賢人位にあった姉のエウルアが、酷く真剣な顔をして戻って来たんです。


「大賢人様、急なお帰りですね。一体何事が起こったのでしょうか?」


 エレノア姉さまが大賢人様に訊くと、大賢人様は青い右目をエレノア姉さまに向け、


「うむ、昨今世間の噂になっている『魔王の降臨』、どうも噂では済まないことになりそうだ」


 そう一言言うと、私たちには目もくれずに、家にいた頃は実験室として使っていた屋根裏部屋へと行き、しばらく何か探し物や調べ物をしていました。


 私は大賢人様とエレノア姉さまの真剣な顔でのやり取りを聞いて心配になったので、


「エレノア姉さま、悪いことが起こるの?」


 そう訊くと、姉は優しい顔で首を振って答えてくれました。


「これは摂理よ。でも、『魔王の降臨』があったとしても、エウルア姉様はとても優秀な魔術師だし、それに『伝説の英雄』が現れるはずだから、エレーナは何も心配しなくてもいいのよ?」


「でんせつの、えいゆう?」


 私が訊くと、エレノア姉さまは瞳をキラキラとさせながら、力強い声で


「ええ、とーっても強くて、そこら辺の魔物なんかあっという間にやっつけちゃうわよ。だからたとえ相手が魔王でも心配いらないわ」


 そう言って私の頭を撫でてくれました。


 その時、大賢人様が屋根裏部屋から降りて来て、姉さまに


「エレノア、我はすぐ『賢者会議』に戻る。しばらくは戻って来られないと思うが、我のことは心配するな。それより、『伝説の英雄』が現れるまでは、魔物の跳梁が激しくなるだろう。無理をする必要はないが、ライムの一族としてできるだけのことをお願いする」


 そう言いました。


 するとエレノア姉さまがにこりと笑って答えました。


「ご心配なく。エレーナのことも、私がちゃんと守りますから」


 それで大賢人様は初めて私がいることに気付いたように、私にも微笑を浮かべ、


「ああ、エレーナもいたんだな。エレノア姉さまのこと、よろしく頼んだぞ?」


 私の頭を撫でながらそう言ったかと思うと、すぐに真顔に戻って


「エレノア、大事な話がある。ちょっと来てくれ」


 そう言うと、姉さまと一緒に外へ出て行きました。


 やがて外から戻って来たエレノア姉さまは、少し青い顔をしていましたが、私が心配そうな顔をしているのを見て、


「あ、エレーナ。お腹すいたでしょ? ご飯準備するね?」


 そう笑って言いました。今思うと、あれはずいぶんと無理をして笑顔を作っていたんだなと思います。


 ……………………


 しばらくすると、大賢人様が言われたように、あちこちで魔物が暴れだすようになり、エレノア姉さまも、地域の魔術師たちと一緒になって魔物の討伐に出ることもありました。


 そんな状況がしばらく続きましたが、ある日、魔物たちの数が少なくなっていることに気付きました。エレノア姉さまにそのことを言うと、


「エウルア姉様から、『伝説の英雄』が現れてヒーロイ大陸の魔物たちを蹴散らしてくれたと聞いたわ。今は『勇士の軍団』を引き連れてホッカノ大陸で魔王の本拠地へと進撃しているそうよ」


 嬉しそうな顔で答えるエレノア姉さまの顔が、とても幸せそうに輝いていたのを覚えています。


「伝説の英雄って、いつかお姉さまに会いに来た銀髪のお兄さまのこと? 確かバーボンっていった」


 私が訊くと、姉さまは頬を染めて答えました。


「そう。バーボンが頑張ってくれているから、『魔王の降臨』ももうすぐ終わるはずよ」


 後から聞いた話では、姉さまが魔物を討伐していた時、かなり強い魔物の大群に出会ってしまったことがあったらしく、その時助けてくれたのがバーボン……マイティ・クロウだったそうです。


 それで姉さまは彼の魔力があまりに強く、異質なので大賢人様に引き合わせたそうです。今思えば、それがすべての始まりだったのかもしれません。


 ヒーロイ大陸から魔物が消えて一月ほどたったある夜、突然ドアが静かにノックされました。それでエレノア姉さまが立って玄関を開けると、驚いたような声を上げました。


「え!? バーボン? どうしたのいったい?」


 するとバーボンは、何も言わずに首を振りました。すっかりやつれて元気のない様子に、お姉さまは不安そうな顔をしながらも、


「とにかく上がって。魔王と戦って疲れ過ぎたのよ。ゆっくりしていれば元気も出るわ」


 そう言いながら半ば無理やりバーボンを家に押し込みました。


 それからお姉さまは食事を準備したり、亡き父のクローゼットからバーボンに合いそうな服を探したりと忙しく動き回りました。私もお風呂を準備しました。


 そして私たちは、お風呂から上がってさっぱりしたバーボンを真ん中に、彼の話を聞くことにしたのです。


「バーボン、おかげさまで魔物はヒーロイ大陸からいなくなり、平和が戻って来たわ。みんな『伝説の英雄』の帰還を待ちわびていたのに、いつまでも帰って来なかったのはなぜ? それに筆頭賢者のライト様から、エウルア姉様の居場所は知らないかって聞かれたの。それってどういうこと? バーボンとお姉様は一緒に魔王と戦ったんじゃないの?」


 エレノア姉さまは、バーボンの様子から不吉な何かを感じ取ったんでしょうね、いつもおっとりとして落ち着いている姉さまが、あんなに立て続けに質問するところは初めて見ました。


 バーボンは、目を閉じて苦しそうに姉さまの質問を聞いていましたが、


「……最初に言っておきたいことは、俺は決して逃げ出したんじゃないってことだ。それを信じてもらえなければ、大賢人様の気持ちは無駄になる」


 目を開けると姉さまの顔を真剣な目で見て言いました。


 私もですが、姉さまも『逃げる』という言葉にびっくりして、しばらくバーボンを見ていましたが、やがて姉さまは笑顔を作って訊きました。


「……とにかく、何があったか教えてくださらない? エウルア姉様はどうしているの?」


 その答えは、私たちを固まらせました。


「大賢人様は、『魔王の心臓』を封じ込めている。大賢人様が言うには、奴を倒すためには『賢者会議』総がかりでないといけないとのことだ。四方賢者の皆さんと俺が行けば、魔王の心臓を止められる。それを伝えに大賢人様は俺を戦場から離脱させたんだ」


「……それは、『魔王の降臨』はまだ終わっていないという意味ですか?」


 衝撃から立ち直った姉さまが訊くと、バーボンは薄く笑い、


「……大賢人様の作戦で、俺は本来より何年か早く『風と土の祈り』を受けた。おかげで魔王が形を成す前に魔軍を蹴散らし、『魔王の心臓』を封じ込めることになった。

 心臓さえ止められれば、大賢人様の作戦は完璧だったろう。ただ、大賢人様の『風の魔障壁』の中に魔王の心臓が閉じ込められている限り、『魔王の降臨』はあり得ない。その意味では、『魔王の降臨』は終わったとは言える。最後の決着が付いていないだけだ」


 そう言うと、姉さまと私を改めて見て言いました。


「大賢人様は生きている。俺は大賢人様との約束を守るため、『賢者会議』に状況を伝えて、すぐに『約束の地』に戻るつもりだ」


 そう言って立ち上がった時、再びドアが静かにノックされました。


「どちら様でしょう?」


 再びお姉さまが玄関の戸を開けると、そこにはバーボンと同じ銀髪で、バーボンより一回り年長の男性が立っていて、こう言いました。


「私は四方賢者のマークスマン。『伝説の英雄』が帰って来ているだろう? 大賢人様のことで話を聞きたい」


 それを聞いたバーボンは、ボロボロのマントを壁から外し、


「ちょうど良かった。俺も大賢人様の命令を『賢者会議』に伝えなきゃいけなかったんだ。案内を頼む」


 そう言いながら、賢者マークスマンと出かけて行きました。


 それが、思わぬ方向に話が進んでしまうのです。


   ★ ★ ★ ★ ★


「消えた!? 爆発もせずに?」


 ジンが消えた空間を見つめ、ガイアは愕然とした声を上げる。確かにジンは自分の魔力に包まれていた。後はジンが魔力によって圧し潰され、限界点まで達したあと爆発拡散するのを見ていればいい……そう思っていた彼女にとって、『消滅』は腑に落ちない結果だったのだ。


(……ジンが何をしようと、我の『向日葵』の中からは逃げられぬ。現に奴の生体反応も魔力も、一切感じない。何か悪あがきをした結果、魔力の反応で消滅してしまったに違いない)


 ガイアはそう考えて強いて自分を納得させると、槍で地面に縫い付けられたウォーラのもとへと歩いていく。


 そのウォーラは、目の前で起こった出来事に理解が追い付かないらしく、


「ご主人様! どこに行かれたのですか、ご主人様!」


 半分取り乱しながらそう叫んでいる。彼女はジンがガイアの魔法に捉えられ、そして消滅したところはしっかりと見ていた。けれどそれが『ジンの死』と結びつかないらしい。いや、結び付けることを心が拒否しているのだろう。


 ガイアはそんなウォーラを見てクスリと笑った。


 エランドールは主人のために戦う機械、『絆』だの何だのは不要なのだ。現にジンを失ったウォーラの取り乱しぶりはどうだ。あれはエランドールではない、人間の女の子にもなれない哀れな存在だ……。


 ガイアは初めてウォーラにはっきりと優越感を覚えた。そんな気持ちの昂ぶりが、自分目がけて駆け寄ってくる他の団員の存在を感知しても、


(ジンを討ち取った今、我に未練はない。団員にどれほどの戦士がいるかは判らぬが、暴れるだけ暴れて、名のある戦士を一人でも多く道連れにしてやろう)


 そんなことさえ決心させていたのだ。


 ガイアは自らの身体を水のシールドで覆うと、駆け付けて来たシェリーやラム、ワインたちをガン無視して、ウォーラ一人に話しかけた。


「ウォーラ」


 茫然としていたウォーラは、ガイアの声を聞いてびくっと身体を震わせる。ゆっくりと顔を上げガイアを見つめるウォーラの目には、涙が光っていた。


 そんなウォーラに、ガイアは無慈悲な言葉を投げ付ける。


「ジン・ライムは死んだ。見ていただろう? ご主人様の最期を見届けられてよかったじゃないか。今の気持ちはどうだ?」


「何だと!? 団長が貴様程度にやられるわけがないだろう。ふざけたことを抜かすと許さんぞ!」


 激昂したラムは緋色の髪を帯電で光らせて、背中の長剣を引き抜くとガイアに飛びかかろうとする。


「止せ、ラムさん! あいつの周囲を見ろ、貫通性の毒をまとっている。やっつけたいならそれだけの工夫が必要だ」


 ワインが慌ててラムの前に立ちはだかって、妄動を抑えようとする。


「そうね、悔しいけれどガイアの相手ができるのは今のところウォーラさんとシェリーさん、チャチャさんと……」


 ジンジャーが姿を現してそこまで言うと、黒い瞳を若草色の髪をした少女に向けて訊く。


「メロンさん……って言ったかしら? あなたならあのエランドール、どう料理する?」


 するとメロンは、ジンジャーを見てうなずき、ニコニコしてシェリーに話しかけた。


「シェリーさん、心配しなくてもいいわ。団長さんは生きているし、あのエランドールの命運もあと少しで尽きるから」


 傍から見ても判るくらい翠と紅蓮の魔力を沸き立たせて、今しもガイアに向けて矢を放とうとしていたシェリーは、メロンの言葉を聞いて魔力を収める。


「え? じゃあジンはどこ行ったの?」


 びっくりして、それでも安堵の色を顔一杯に表すシェリーに、メロンは種明かしするような顔で言う。


「団長さんはガイアの魔力に捉えられる前に、自分の魔力でガイアの魔法を内側から消滅させたの。その煽りを受けて別の次元空間に浮き上がっただけだから心配は要らないわ。

 次元空間の繰り下げは、やり方を知らないと結構手間がかかるけど、団長さんならすぐにやり方に気付くと思うわ」


 それを聞いて、身体の力を抜くシェリーだったが、ふと心配そうに、


「でも、ジンがやり方に気付けなかったら、違う次元に閉じ込められたままになっちゃうのかな?」


 そう言うと、メロンが薄い胸を張って言った。


「その時は、わたくしの出番ね」


 みんなの話を聞いていたワインは、やっと感情を抑え込んだラムをはじめ、全員を見て言った。


「とにかく、ジンが無事ならガイアを捕獲する手を打たないといけない。あいつの今までの行動を考えると、ジンをやっつけたと思い込んでいる今は、ウォーラさんを倒そうとするだろう。

 シェリーちゃん、チャチャちゃん、悪いがウォーラさんを狙撃で援護してくれないか? ボクたちはできるだけ近寄って、隙を見て接近戦を挑もう」



 ウォーラを見下ろすガイアは、ラムが何か叫んでいるのを聞いて襲撃してくることを期待したが、仲間たちに止められたらしいことを見て取って、


「ふん、どんな時でも冷静な奴がいるってことか。我にとっては面白くない展開だ」


 そうつぶやく。ガイアの生体探知装置と魔力探知機は、ワインたちが自分を遠巻きにするのを教えていたが、襲い掛かって来る様子も見受けられなかったため、当面の相手をウォーラ一人に定めた。


「どうだウォーラ、お前の仲間は団長たるジン・ライムが討たれたというのに、誰も我に弔い合戦を挑もうとはしないぞ。それがお前の言う『絆』か? 笑わせてくれるものだな」


 皮肉たっぷりにガイアが言うが、ウォーラは顔を伏せて何かぶつぶつとつぶやいている。


「どうしたウォーラ。せめてお前だけでも我に挑まないと、ジン・ライムも草葉の陰で泣いているぞ? ウォーラの忠誠心はそんなものだったのかとな」


 そんなガイアの挑発を聞き流しているウォーラの生体反応探知装置と魔力探知機が、ワインたちの現在地を教えた。


 仲間たちが近くにやって来たことを知ったウォーラの頭に、


(ワインさまたちはご主人様の命令を守って、ガイアを捕獲するつもりですね。それなら私もご主人様の命令には忠実であらねばなりませんね。()()()()()()の名前を辱めるわけには参りませんから……)


 そんな考えが浮かび、胸の中に熱い感情が渦巻いた。


(『亡きご主人様』……そうだ、ご主人様はもういらっしゃらないんだ。優しくて、あったかくて、私に『幸せ』という感情を教えてくださったご主人様。この身が壊れるまでお慕い申し上げ、この身に代えてもお守りしてゆくつもりだったのに……)


 そんな思いが駆け巡り、ウォーラは再び涙を流す。群青色のメイド服にぽつぽつと丸い染みがいくつもできるのを見て、呆れたように声をかけた。


「ウォーラ、我はお前を過大評価していたようだ。お前の言う『絆』とやらで、我を倒してジン・ライムの仇を取ればいい。できるものならな」


 しかし、ウォーラはその声を聴いていなかった。彼女の胸に浮かんでいたのはただ一つ、


(私の愛するご主人様の命を奪ったガイア、たとえ姉であっても、いえ、姉であるがゆえになお許せません!)


 そう言った思いだった。


「……せん……」


「? 何を言った? 聞こえないぞ」


 俯いて何かをつぶやくウォーラに、ガイアは怪訝そうに声をかける。ひょっとしたらジンが倒されたショックで精神的に戦闘不能になったと思ったのかもしれない。


「……ゆ……ません……」


「何だ、ウォーラ。言いたいことがあったらはっきりと言え。それでもお前はエランドールか?」


 バカにしきったような声で言うガイアは、ゆっくりと顔を上げたウォーラの視線をまともに受けて絶句する。それはウォーラの瞳が今まで見たこともないほど鋭く、禍々しい光を帯びていたからだ。


 ガイアは、ウォーラの瞳が琥珀色だけでなく、紫紺の霧をまとったようにゆらめいているのを見て、思わず1・2歩後ずさった。それほど強烈な圧力を放っていたのだ。


(何だ、この魔力は。これがジン・ライムの真の魔力なのか? だとすると、ジンは死んではいない!?)


 ガイアの脳裏に、自分の『向日葵』が収縮し、発散した情景が思い出される。確かにジンもろとも発散したと思っていたが、その情景を改めて解析したところ、ジンの魔力が弾け飛んだ証拠はどこにも映っていなかった。


(……魔力の発散の跡が残っていない。そうか、どうやったかは知らないが、ジンは我の『向日葵』の罠を抜け出ていたのか。あの時もっとよく観察しておけばよかった……)


 後悔のほぞをかむガイアだが、そんなことを言っていられない事態が起こった。ウォーラがゆっくりと立ち上がったのだ。その身体からえも言われぬ殺気を発しているのを感じ取ったガイアは、


(感情バーストか。これはウォーラに集中せねば。ジンを探して倒すのはその後でもいい)


 ガイアの戦闘指揮プログラムがそう判断したとき、ウォーラは大剣を構え直して冷たい声で言った。


「そう、私はエランドールです。だから私の愛するご主人様を奪ったあなたには、死んでいただきます」


 その途端、ウォーラの全身を黄金色の魔力が包み込み、瘴気のような紫紺の煙がその周囲に立ち上った。


 ガイアは碧眼を細めてウォーラを見ていたが、ウォーラの右肩の傷がみるみる癒えていくのを見て、


「お前には感情バースト時の自己修復機能まで搭載されていたのか……面白い。この前以上のバーストだな。来い、ウォーラ。我こそ貴様に旦那様の無念を叩きつけてくれるわ!」


 そう叫んで槍を構えるガイアに、ウォーラは悪魔のような微笑みを浮かべて、そして姿を消した。


「うっ!? はっ!?」

 シュンッ!


 ガイアは一瞬驚いて動きを止めたが、すぐに前に跳ぶ。その背中を一瞬で後ろに回ったウォーラの斬撃がかすめた。


「やっ!」 ぶうんっ!


 ウォーラはガイアを追って跳躍しながら大剣を揮う。それはガイアも想定していたらしく、もう一度、今度はさっきより遠くに跳躍してウォーラに向き直った。


はやい! 我もバーストを使わねば、今のウォーラには勝てん)

 ドウンッ!


 意を決したガイアは、身体中を覆っていた魔力をさらに厚くする。魔力の噴出の圧力で、ジンから斬られていた胸の皮膚が剥がれてめくれ上がったため、


(うっとうしい、邪魔だ!)

 バリっ!


 ガイアは自ら黒いメイド服の前をはだけ、胸部の皮膚をむしり取った。銀色の冷たい輝きを発する装甲がむき出しになる。


「やああーっ!」

 ガイン!


「とっ!」

 パーン!


「はあっ!」


 ガイアの動きに隙を見つけたウォーラが大剣で斬りかかる。それをガイアは槍で弾いて胸板目がけ突き出す。槍は大剣に阻まれ、ガイアは続いて繰り出された斬撃を避けて後ろに跳んだ。ウォーラが鋭い矢声をかけているのと対照的に、ガイアは終始無言だった。


 ガイアにはウォーラにないマナ自己生成機能が搭載されているが、ウォーラにはガイアにない自己修復機能がある。通常であれば長く機能を発揮できるガイアが有利であろう。


 しかし、お互いに感情バースト状態で戦っている今、マナの消費量はガイアの自己生成能力を上回っている。そうなると戦闘時の物理的ダメージを幾分かでもカバーできる自己修復機能を持ったウォーラの方が断然有利である。


 ガイアも、そしてウォーラもそのことは解っていた。だからガイアは敢えて攻撃行動に出ずにウォーラの攻撃を避け、あるいは弾き返す消耗戦を選んだのだ。そしてウォーラはガイアのそんな選択を見破っていた。


 ウォーラは、20ヤード程まで間合いを開けたガイアを、軽蔑の眼差しで見て言う。


「あなたの言うエランドールとは、逃げ回るしかできない存在のことですか?」


 ウォーラの言葉にガイアははっきりと気分を害した顔をするが、その表情を抑え込んで答えた。


「作戦上、どうしても必要であれば回避に徹することもある。作戦で動くのは臆病者ではない。姉をあまりバカにすると、後で痛い目を見るぞ?」


 ウォーラは鼻で笑って言った。


「なるほど、作戦ですか。それなら私たちも、あなたが逃げられないように作戦で対応するしかございませんね?」


「何だと!?」


 ガイアは、ウォーラの言った『私たち』に敏感に反応した。とっさに魔力探知機や生体反応探知装置を確認する。ガイアが驚いたことに、ワインたちはいつの間にかかなり近くまで距離を詰めて来ていた。そして……


「はっ!」

 カイン、チューンッ!


 パーンッ!


 ガイアは、狙撃魔杖から発射された魔弾を槍で斬り払う。一瞬遅れて彼女の耳に発砲音が届いた。


(音が後から来た。4百ヤード近い所から狙っているというのか?)


 愕然とするガイアに、ウォーラはゆっくりと近付きながら声をかけた。


「今のはチャチャさんです。シェリーさんの弓はもっと強力ですし、ワインさまやラムさんも今のあなたにとって無視できないほど強いはずです。それに……」


 ウォーラはそこまで言うと、さらに魔力を開放した。


 ドウンッ!


 銀色だったウォーラの髪の毛が、土の魔力を受けて金色に輝く。その魔力は真っ直ぐ天に沖するほど立ち上った。


「くっ!!」


 魔力の圧力に髪をなびかせているガイアに、ウォーラは冷酷な顔で選択を迫った。


「あなたには三つ選択肢があります。降伏するか、尻尾を巻いて逃げるか、今の私に匹敵するくらいまで魔力の開放度を上げるか……誇り高きエランドールであるお姉様、さあ、どれを選びますか?」


 ガイアは、ウォーラの言葉の途中から顔を真っ赤にしていたが、ウォーラの挑発が終わるや否や、魔力を最大限に開放した。


「ふざけるな! 我は戦場を逃げぬ。やっ!」

 シュンッ!


 電光石火の突きは、今までのそれとは比較にならないほどの速さだったが、ウォーラはそれを難なく避け、大剣を振り回す。


「えーいっ!」

 ぶんっ!


 ガイアの槍も、ウォーラの大剣も、それぞれの魔力を乗せてそのリーチは物理的なそれの数倍に達している。もちろん魔力なので受けたり弾いたりはできない。避けるか、シールドで阻むかの方策しかない。


 ウォーラもガイアもシールド魔法は持っていない。身体中を魔力で覆って身を守るしかないのだ。もちろんそれすらもマナ頼りである。


「凄いな、エランドールが本気を出すのは初めて見たが、これほどのものとは」


 ウォーラたちに30ヤードの所まで近寄っていたラムが、驚きを隠せずに言うと、ワインも難しい表情で言った。


「テモフモフ博士が鬼才だったのは確かだね。あの二人は彼の最高傑作と言っていいと思うよ。だからこそ、どちらも壊してしまうのは惜しいな」


「ワインさん、あの二人、どっちが勝つと思う?」


 ジンジャーが訊くと、ワインは肩をすくめて答えた。


「このままじゃ相討ちだ。あとはどちらが先にマナが切れるかだね」


   ★ ★ ★ ★ ★


「それでは、そなたはマークスマンがマイティ・クロウを何らかの罠にはめたと考えているのだな?」


 賢者スナイプの話を聞き終えた大賢人ライトは、目の前に座っている金髪碧眼の美女、スナイプにそう問いかける。


 スナイプはうなずくと、


「はい。バーボンはマークスマンに連れられて『賢者会議』に行ったはずですが、二日と経たないうちに戻って来ました。そして深刻な顔でエレノア姉さまに何かを相談していました。

 私はその場でエレノア姉さまから賢者スコープ様への弟子入りを申し渡され、アルトルツェルンへ送られました。それ以降、ジンくんが産まれるまでバーボンとお姉さまの行方は判らないままでした」


 そう答えた。


「バーボン・クロウはスリング様の命を受け、『賢者会議』を『約束の地』に出撃させるため戻って来たはず。しかし我の知る限りマークスマンがバーボンを『賢者会議』に連れて来たという記憶はない。当時の四方賢者だったストックやエールも、バーボンには会っていないはずだ」


 静かに考え込む大賢人に、スナイプは恐る恐る訊く。


「当時、『賢者会議』の皆さんは、エウルア姉様がお帰りにならないことをどう受け止めておられたのでしょう?」


「うん、『伝説の英雄』が『勇士の軍団』を連れて『約束の地』に突入して以降、スリング様はずっとバーボンと同一行動を取っておられた。


 やがて『魔王は倒された」という噂が広がり、我らもその裏付けを取るために賢者ストックとエールを『約束の地』に送ったが、二人の報告では『約束の地』に魔物の姿はなくなっていたということだったので、『賢者会議』として『魔王の降臨』は終結したと発表したのだ。


 今思えば、スリング様が戻られてからすべての措置を行うべきだったが、あの時はスリング様はおっつけ戻られるから、追認いただければいいと考えたのだ。我も若かったな」


 そこでため息をついた大賢人ライトは、首を振って


「スリング様が音信不通になって1週間が経った頃、我はふと疑問を感じた。確かに魔王の魔力は感じなくなってはいたが、スリング様も『伝説の英雄』も姿を見せないのはなぜだ? ひょっとしたら大きな手違いが起こっているのではないかとな。


 それで我はバーボンの行方をマークスマンに調べさせる一方、スピリタス・イエスタデイとシール・レーズンのもとにストックとエールを送って当時のことを聞き取らせた。ストックとエールはスコッチ・カッパーやガン・スミスからも話を聞いて来てくれた。その調書は『賢者会議』に残されているはずだ」


 当時を思い出しながらそう言った。


 スナイプはびっくりして言う。


「お待ちください。賢者ストック様や賢者エール様の調書は残っておりますが、マークスマンの調書は残っておりません。マークスマンは何と報告したのですか?」


 スナイプの質問に、今度は大賢人の方がびっくりして言う。


「何だと!? そんなはずはない。仮にも『魔王の降臨』に関する記録だ。我自らが封印して書庫に保管した。ライフル、すぐに書庫と蔵書目録を確認しろ」


「はい、直ちに!」


 まだ16歳と言う若年ながら、スナイプの後任として『賢者会議』に迎えられていた賢者ライフルは、命令を受けて書庫へすっ飛んで行こうとする。


 それをスナイプは押し留め、


「ライフル、ちょうどいいわ。もしも書庫に『魔王と勇者の書』という著者不明の本があったら、一緒に持って来てくれない?」


 そう依頼する。ライフルは大賢人の顔を見た。大賢人書庫は大賢人の所管に属しており、いかに賢者の依頼とは言っても、大賢人の許可なくしては一冊たりとも持ち出しはできないからである。いや、普段は立ち入ることさえ禁止されているのだ。


「賢者スナイプが申し出た書籍の噂は聞いている。我も興味があったところだ。持ち出しを許可する」


 賢者ライフルは大賢人の言葉を聞くと、勇んで書庫へと向かった。


「今の話を聞く限りでは、マークスマンは『魔王の降臨』以前から何かを知っていて、何かを企んでいたと考えるのが至当だな。これは一刻も早くマークスマンを捕えねばなるまいな」


 大賢人はそう独り言のように言うと、スナイプに灰色の瞳を当てて言った。


「賢者スナイプ、そなたはマークスマンのために濡れ衣を着せられて四方賢者を罷免されたに等しい。元の地位に戻って我を助けてくれないか?」


 しかしスナイプは首を横に振って大賢人の依頼を断った。


「私の代わりにライフルが十分役目を果たしてくれいています。そもそも私は『賢者会議』みたいな組織の中で動くことが苦手でした。


 それより私はジン・クロウの近くで彼を守っていてあげたいのです。そのことでライト様のお役に立ちたいと思っています。


 私に対する大賢人様のお誘いはとても嬉しいですが、私の得手不得手をお考えいただき、我儘をお聞き届けいただければ幸いです」


 大賢人はしっかりと自分の目を見て話すスナイプを優しい目で見つめていたが、彼女が話し終わるとうなずいて訊いた。


「個人的には残念だが、そなたの意見を聞き入れよう。そなたは確かジン・クロウの叔母に当たったかの?」


「はい。姉のエレノアやエウルア、そしてマイティ・クロウからも、ジンくんのことを頼まれていますから」


 頬を染めて言うスナイプに、大賢人ライトもまた微笑んで言った。


「分かった。スリング様のお声がかりであれば、我がどうこう言うべきではないな。そなたの信じる道を行き、そなたがすべきことをするがいい」



 それからしばらくして、賢者ライフルが書庫から戻って来た。


「大賢人様、賢者ストック様や賢者エール様の調書はこのとおり持って参りましたが、賢者マークスマンの調書は司書たちを総動員して探しましたが見当たりません。それに蔵書目録からも記載が無くなっていました」


 賢者ライフルの報告に、大賢人は眉をひそめる。


「確かに我が蔵書目録に記載し、書庫に納めた。20年前のことだがはっきり覚えている。それなのに影も形もなくなっているのなら、マークスマンが大賢人の職権で破棄したのだろう。それは取りも直さず彼が記録に残しておいてはまずいものとして認識していたことを意味する……」


 大賢人はそう言うと、ライフルに訊く。


「ライフル、スナイプが申していた『魔王と勇者の書』は見つかったか?」


 それにもライフルは困ったような顔で首を横に振った。


「いいえ。その書は確か17年前に禁書指定を受けていた書籍です。その時にやはりマークスマンによって処分されてしまったのでしょう」


「ふむ……そこに書いてあったことと、マークスマンの報告に大きな矛盾があった。それでマークスマンは自分の報告書と『魔王と勇者の書』をこの世から消し去った、ということだな」


 大賢人の言葉に、ライフルは


「その書には何が書いてあったのでしょう? 確かに『魔王と勇者の書』は20年前の出来事の裏が書いてあるという噂は聞いたことがございますが」


 そう考え込むようにつぶやく。


「その書には、20年前に大賢人様はじめ『賢者会議』の皆さんがどう動いたかが書かれていました。マークスマンについてはバーボン・クロウを探したこと、『伝説の英雄』が行方不明になったと『賢者会議』に報告したこと、そして風の精霊王ウェンディを訪ねたことが記されていたと記憶しています」


 スナイプが言うと、大賢人とライフルが驚いた顔をして彼女を見る。


「スナイプ、君は『魔王と勇者の書』を読んだことがあるのか?」


 大賢人が訊くと、スナイプはうなずいて答えた。


「はい、土の精霊王エレクラ様から読ませていただきました」


「君はエレクラ様とも面識があるのか? だったら、エレクラ様から『魔王と勇者の書』を借りるわけにはいかないか?」


 大賢人の真剣なまなざしを真正面から受け止めて、スナイプはうなずいた。


(強欲者を狩ろう! その5へ続く)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

いよいよ前半第一の山、ガイアとの戦いです。エランドール同士の戦いはこれまで小競り合いと言った感じでしたが、どうなるのでしょうか。

そして大賢人ライトがスナイプと会った事で、20年前に何があったのか、なぜバーボンが悪者になったのかがはっきりしてきます。

ああ、やっと『キャバスラ』も物語の半ば近くまでやって来ました。次回もお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ