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キャバリア・スラップスティック  作者: シベリウスP
トオクニアール王国編
68/153

Tournament68 A liar hunting:part3(嘘つきを狩ろう!その3)

オーガ侯国を訪れたジンだが、『賢者会議』はジンの追討命令を発していた。

突然の動きにジンたち『騎士団』は、そしてオーガ侯国はどう対応するのか?

【主な登場人物紹介】


■ドッカーノ村騎士団

♤ジン・ライム 17歳 ドッカーノ村騎士団の団長。典型的『鈍感系思わせぶり主人公』だったが、旅が彼を成長させている。いろんな人から好かれる『伝説の英雄』候補。


♤ワイン・レッド 17歳 ジンの幼馴染みでエルフ族。結構チャラい。槍を使うがそれなりの腕。お金と女性が大好きな『やるときはやる男』


♡シェリー・シュガー 17歳 ジンの幼馴染みでシルフの短剣使い。弓も使って長距離戦も受け持つ。ジン大好きっ子だが報われない『負けフラグヒロイン』


♡ラム・レーズン 18歳 ユニコーン族の娘で『伝説の英雄』を探す旅の途中、ジンのいる村に来た。魔力も強いし長剣の名手。シェリーのライバルである『正統派ヒロイン』


♡ウォーラ・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造った自律的魔人形エランドール。ジンの魔力マナで再起動し、彼に献身的に仕える『メイドなヒロイン』


♡チャチャ・フォーク 13歳 マーターギ村出身の凄腕狙撃手。村では髪と目の色のせいで疎外されていた。謎の組織から母を殺され、事件に関わったジンの騎士団に入団する。


♡ジンジャー・エイル 20歳 他の騎士団に所属していたが、ある事件でジンにほれ込んで移籍してきた不思議な女性。闇の魔術に優れた『ダークホースヒロイン』


■トナーリマーチ騎士団『ドラゴン・シン』

♤オー・ド・ヴィー・ド・ヴァン 20歳 アルクニー公国随一の騎士団『ドラゴン・シン』のギルドマスター。大商人の御曹司で、双剣の腕も確かだが女好き。


♤ウォッカ・イエスタデイ 20歳 ド・ヴァンのギルド副官。オーガの一族出身の無口で生真面目な好漢。戦闘が三度の飯より好き。オーガの戦士長、スピリタスの息子。


♡マディラ・トゥデイ 19歳 ド・ヴァンのギルド事務長。金髪碧眼で美男子のような見た目の女の子。生真面目だが考えることはエグい。狙撃魔杖の2丁遣い。


♡ソルティ・ドッグ 20歳 『ドラゴン・シン』の先鋒隊長である弓使い。黒髪と黒い瞳がエキゾチックな感じを醸し出している。調査・探索が得意。


♤テキーラ・トゥモロウ 年齢不詳 謎の組織から身分を隠して『ドラゴン・シン』に入団した謎の男。いつもマントに身を包み、ペストマスクをつけている。


   ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


 僕たち『騎士団』は、ユニコーン侯アンタレス様の依頼で、オーガ侯国を訪問した。この国に『組織ウニタルム』がどの程度影響力を持っているのかを調査するためである。


 とはいっても、僕たちはこの国に何の伝手つても持っていない。そんな僕らがいきなり城を訪ねて

『国主のスピリタス様にお会いしたい』


 と言っても相手にはしてもらえないだろう。ラムさんを除いて。


 そこはラムさんも承知していたらしく、


「私が一足先に首府のオールに行って、スピリタス様とお会いできるよう手はずを整えます。ジン様は後からゆっくりとおいでください」


 そう言って先行しようとした。


「それは助かるが、何かあった時のためにジンジャーさんと一緒に行ってくれないか? 彼女ならラムさんのやることの邪魔にはならないと思うし」


 僕が言うと、ジンジャーさんは隠形を解いて、


「わたしですか? わたしは別に構いませんが、ラムさんがどうお考えになるか」


 と、考えるようにラムさんを見る。


 ラムさんはジンジャーさんを緋色の瞳で見つめていたが、


「……どうもワインやウェンディが言ったことが気になる。まさか父上やアンタレス様が『組織ウニタルム』と手を結んでいるということはないだろうが、用心に越したことはないな。ジンジャーさん、一緒に行ってくれないか?」


 何かを決心したようにジンジャーさんに言った。


「分かりました。わたしにオーガ侯国の内部を調査してもらいたいんですね?」


 ジンジャーさんが微笑んで言うと、ラムさんは大きくうなずき、


「話が早いな。仮にワインの見立てが正しかったとしたら、この国の誰かが私たちを陥れるために、あることないことオーガ侯国側に吹き込んでいるだろう。災いの種があるとしたら、芽を出す前に潰しておきたいんだ」


 そう言うと、ジンジャーさんもうなずいて、


「それは容易に想像できますね。どんな伝わり方をしたかで、この国の誰が、何のために、オーガ侯国の誰とつながっているかが判るというものです」


 そう言うとにっこり笑って僕に答えた。


「では団長さん、ご命令のとおりラムさんと共にオーガ侯国へ先行します。団長さんはワイン殿が戻られてから、十分に準備なさったうえでお越しください」


 そう言うと、二人は連れ立って部屋を出て行った。



 ユニコーン侯国の首府ユニオン。国主アンタレスが住まいする城の一角で、一組の男女が息を殺して何事かを話し合っていた。


「それで、ジンたちのことはスピリタスに何て言い送ってるのかしら?」


 灰色のフードを目深にかぶった女が男に訊くと、男はニヤニヤ笑いをしながら、


「ジン・ライムはエレクラ様のお許しもなく精霊王を殺害した極悪人、首にして精霊王の神殿に備えよとの密命が下っている……そう使者に言わせています」


 それを聞いた女は、喉の奥でくぐもった笑いをして、懐から一通の書簡を取り出した。


「上々ね。では、これをスピリタスの下に送って差し上げなさい」


 女から手渡された書簡を興味深そうに眺めていた男は、ハッとした顔で女に訊く。


「うむ? これはまさか『賢者会議』の教書?」


 女は、フードからのぞいている口元を歪めて


「ふふ、大賢人からの追討命令よ。これに逆らえる国主がいるかしらね?」


 そう答える。


 男は慌てた様子で、


「まさか、我が侯国にも発出されてはいないだろうな? ジン・ライムの活躍は各国で噂が広がりつつある。下手なことをすれば、アンタレス様が世に指弾されよう」


 そう言うと、女は意地悪そうな声で、


「あら、その方があなたにとって都合がいいんじゃなくて? ログイン」


 そう言うと、ログインは黙り込んだ。


「とにかく、カトル枢機卿様たちはジン・ライムの排除を決められたんです。あなたも私たちと契約したからには、カトル枢機卿のご命令に従ってもらわなければなりません」


 女はそう言って、かき消すようにログインの前から姿を消した。


 ログインは、女の言葉に衝撃を受けてしばらく立ちすくんでいたが、


「……まあいい。ジン・ライムはオーガ侯国に出発した頃だ。後はオーガ侯国がうまくやってくれるだろう。こちらが手を汚す必要はないさ」


 そうつぶやきながら、笑みを浮かべて立ち去った。



 その1週間ほど前、『賢者会議』の大賢人マークスマンのもとに、黒いマントに身を包んだ少女が訪れていた。


 大賢人は、恐ろしく禍々しい魔力が近付いて来るのを察し、念のためその時『賢者会議』の建物にいた四方賢者のスラッグとライフルを執務室に呼び出し、警護の魔導士や魔戦士たちには


「妙な魔力が近付いている。もし敵だったとしても、敵わぬと見たら手を出さずにやり過ごせ。賊は私自身が処置する」


 そう言い聞かせていた。


(これは……今までに感じたことがない魔力だわ。いったい何者が大胆にも『賢者会議』の拠点を目指しているっていうの?)


 賢者ライフルは、緊張した面持ちで大賢人の執務室にいた。それは隣に立っている賢者スラッグも同じだったようで、


「何だこの魔力は!? これは到底そこいらにいる魔物や、まして人間じゃないぞ。ライフル、お前はこの魔力に覚えはないか?」


 青い顔で訊いてくる。賢者ライフルは首を横に振り、


「いえ、これほど禍々しい魔力、今まで感じたこともありません」


 そう答えて、身を震わせた。


「騒がなくていい。もし敵なら、ここに来たことを後悔させてやればいいだけだ」


 大賢人マークスマンは小声で話し合っている二人にそう言うと、じっとドアを凝視している。特に騒ぐでもなく、泰然として座っているマークスマンに、


(大賢人様はこの魔力の持ち主を知っているのかしら。それとも単に度胸があるだけかしら。何にしても、相手が誰かで大賢人様の秘密の一端は判るかも)


 賢者ライフルはそう思うとともに、変な感心をしてしまった。


 その時、ドアの外から、ガシャッ! とかドサッ! という音が聞こえて来た。要所に配置した護衛の者たちが倒れる音だろう。


 やがて、ドアの前で足音が止まり、青銅の甲冑が何者かを誰何した。


『何者ですか? ここは『賢者会議』。誰であろうと約束もなく訪れていい場所ではありません。今すぐ……』


 甲冑の声がそこで途切れる。三人は固唾を飲んでドアを凝視した。


 すると、ドアを黒い影が通り抜けてきて、マークスマンの前で立ち止まる。身長140センチほどの、黒いマントで身を包んだ人物だった。


「大賢人、あたしが来た。意味、解るよね?」


 少女がマークスマンに話しかける。感情のない中性的な声だった。


 マークスマンは一瞬、碧眼に当惑の色を浮かべたが、すぐに落ち着いた声で賢者スラッグや賢者ライフルに命じる。


「スラッグ、ライフル。少しの間、席を外せ」


「え!? しかし、得体の知れない人物と大賢人様を二人きりにするのは……」


「出て行けと命じているのだ!」


 異議を唱えるスラッグの言葉にかぶせるように、マークスマンの怒号が飛ぶ。いつも冷静なマークスマンとは思えない振る舞いだった。


「……賢者スラッグ様、大賢人様の仰せです。大賢人様、私たちも大賢人様の警護という任務がございます。ドアの外で待機していてもいいですか?」


 賢者ライフルは賢者スラッグをなだめると共に、大賢人にそう訊いた。しかしマークスマンはにべもなく言う。


「無用、そなたらの部屋に戻れ。必要ならわしが呼び出す」


 それを聞いて、賢者スラッグも賢者ライフルも、もう何も言えないと悟ったのか、


「承知いたしました」


 そう言ってマークスマンにお辞儀をし、部屋を出て行った。



 マークスマンは、スラッグとライフルが確かにそれぞれの部屋に戻ったことを感じ取ると、黒衣の少女に向かって言う。


「念のため、この部屋に『不壊の土塁(マイティ・ウォール)』を張らせてもらったぞ。別に構いはしないだろう、ヴィンテル殿?」


 すると少女は、フードを外してマークスマンを見た。肩までの黒い髪に、黒曜石のような瞳が印象的な顔だった。


「構わない。四神の術式だろうとあたしは気にしない」


 ぼそりとつぶやくヴィンテルに、マークスマンはさっそく問いかける。


「それで、カトル枢機卿の首座たるあなたが、今日は何の用でここに?」


 少女は黙って口角を少しだけ上げる。これで少女は笑っているつもりなのか、感情のない声のまま言う。


「そんなにあたしを早く帰したい? 大丈夫、用件を済ませたらすぐ帰る」


 そして何か言いかけたマークスマンを、右手を挙げて制止し、


「ジン・ライムが邪魔。追討命令を出せと『盟主様』が望んでいる」


 そう、若干大きめの声で言った。


「追討命令?」


 驚いて繰り返すマークスマンに、ヴィンテルは能面のような顔でうなずき、


「うん、追討命令。ジン・ライムは、勝手に水の精霊王アクア・ラングを殺した」


 そう言うヴィンテルには、マークスマンすら心底震え上がるほどの迫力があった。


「追討命令はよほどのことでなければ発せられない命令。それに『賢者会議』の全会一致を必要とする。今、四方賢者の二人が欠けてい……」


「あたしじゃなく、『盟主様』がジン・ライムを邪魔と言っている。何を聞いていたの、マークスマン?」


 先ほどマークスマンが賢者スラッグにしたように、ヴィンテルが彼の言葉をぶった切って詰め寄ってくる。


 マークスマンは額に汗を浮かべながら、何とか断る理由を探した。ジン・ライムの噂は、彼に好意的な人々によって、ヒーロイ大陸ではかなり広がっている。そんな彼に追討命令を出せば、大賢人や『賢者会議』の良識を疑われてしまうだろう。


(しかも水の精霊王の交替について、エレクラはジンを非難するような声明を何も出していない。全国の魔術師たちから『賢者会議』の独断と思われたら、エレクラの詰問状に書かれたことが事実だと思われてしまう)


 考えあぐねているマークスマンに、ヴィンテルは冷たい瞳を当てて言った。


「魔術師あてに出す必要はない。教書を国主あてに出せばいい。違う?」


 ヴィンテルの周囲の空間が暗く沈んだ。これが最後通告だと悟ったマークスマンは、仕方なくうなずいた。


   ★ ★ ★ ★ ★


 ヒーロイ大陸の北西に、かなり広い台地がある。ここは断崖に囲まれているだけでなく、気候や土壌の関係から耕作に向かないため、人間があまり足を踏み入れない土地だった。


 いや、人間がここを積極的に開拓しようとしなかったのは、この地方は遠い昔からユニコーン族やオーガ族の聖地と知れ渡っていたからだ。人間を超える能力を持ちながら、人間に好意的な彼らが住まうこの土地を、人間たちは恐れと敬意を込めて『ホルストラント』と呼んでいた。


 そのホルストラントの南側は、オーガ族の領域である。オーガ侯国の首府であるオールの町で、その首領たるスピリタス・イエスタデイは同時に届いた二通の書簡に戸惑いを隠せなかった。


 まず一通目は、友人でもあるユニコーン侯アンタレスから届いたもので、ジン・ライムという人物が来たことを記し、その人格や行動を口を極めて貶したうえで、


『水の精霊王を私怨にまかせて殺害した極悪人だ。その首を取って神殿に捧げるべきだろう。私もその隙を窺ったが逃げられてしまった。ジンは君の国に向かっているので、君にジンの処置を任せたい』


 とあったのだ。


(はて、今までアンタレスが他人の悪口を書いて寄越した試しがない。それにジン・ライムの人となりについても、ウォッカが高く評価していることと矛盾する。これは何か裏がありそうだな)


 そう考えたスピリタスが二通目の書簡を見ると、それは大賢人からの教書だった。


 驚いたスピリタスが慌てて中を読むと、さらに驚くべきことが記されていた。


『水の精霊王アクア・ラング様が、ジン・ライムという男に殺害された。

 何の落ち度もない精霊王を手にかけたジン・ライムは、神殺しの極悪人であり、精霊覇王エレクラ様も深く嘆かれているところである。

 よって『賢者会議』は、ジン・ライムの追討をすべての国主に求め、また期待するものである』


 これを読んだスピリタスは、すぐさま謀臣の二人を呼ぶよう、近習に言いつけた。


「ランドルフ・マッカートニーとウェザーニャ・コリアノフを呼んでくれ」


 近習からその知らせを受けた二人は、すぐにスピリタスの執務室にやって来た。


「国主様、お呼びでしょうか?」


 先任のランドルフが訊くと、スピリタスはさっそく問いかける。


「うむ、ちょっと二人に訊きたいことがあってな。先に水の精霊王の交替が知らされたが、その理由やエレクラ様が特別な声明を発しているという話を聞いたことがあるか?」


 突然の質問に、二人は顔を見合わせる。水の精霊王の交替は知っているが、前任のアクア・ラングがどうなったのか、そのことに関して精霊覇王がどんな感情を抱いているかなどは、まったく情報として流れてきていないのだ。


 しばらくして、ランドルフが答える。


「いえ、そういった情報は何もつかんでいません。それがどうかしたのですか?」


 スピリタスはうなずくと、


「実は、こんな手紙が来ている。どちらも大変なことが書いてあるが、いささかいぶかしいものも感じてな? それでそなたたちの意見を聞きたい」


 そう言って、二通の手紙を二人に投げて寄越した。


 二人は黙って手紙を読んでいたが、かなりの衝撃を受けたことは、顔色が見る見るうちに変わったことで容易に想像できた。


 やがてランドルフが手紙を返しながら言う。


「アンタレス様らしくない言葉遣いですね。それにあのお方はどのようなことがあっても、他人の悪評を書かれるお方ではないと思いますが?」


 それにうなずいてウェザーニャが、


「ジン・ライムという人物は、近頃この大陸でもいい噂が広がってきています。若君とも交流があるとのことでしたので、密かに動向を調べていましたが、こんな大それたことができるような人物ではないと思いますが?」


 そう言って首を傾げる。


 スピリタスは双方の言葉にうなずき、


「わしも二人と同じ意見だ。これには何か裏がある。それが誰の差し金で何を狙っているのかは判らぬが、この要請に唯々諾々と従っていいとは思えぬ。

 それで、そなたたちはどう対処したらいいと思うか?」


 そう二人に投げかけると、ウェザーニャが打てば響くように答えた。


「とりあえず、ジン・ライムがこの国を訪れたら、歓迎してはいかがです? その間に私が、書簡に書いてあることが事実かどうかを調べますので」


 それにランドルフが付け加える。


「私は、アンタレス侯の周辺や『賢者会議』に探りを入れてみましょう」



 トオクニアール王国は、ヒーロイ大陸で最も大きく、そして最も国力が強い国である。その歴史は、3百年ほど前に遡る。


 その頃、ヒーロイ大陸にはケルナグール王国が存在し、その首都はハンエルンまたはアルトルツェルンだった。


 建国当初は開明的な王が続けて即位し、政治的にも経済的にも発展したのだが、代を経るごとに為政者は平和にれ、文化は爛熟し、頽廃の気風が漸くはびこってきた。


 第13代国王であったドン・クサイは、『ケルナグール王国最低の暗君』として歴史に名を残している。彼は8歳で即位してから80年にもなんなんとする在位期間の間、ただの一度も臣下を集めて政策を練ったこともなく、すべてを寵臣に任せていた。


 そのため、政治は腐敗し、賄賂や癒着が横行したと言われている。その頃、冒険者として名前を知られ始めたドン・ペリーが仲間を集めてホッカノ大陸を目指したのも、こうした世相を嫌ったからと伝わっている。


 その後、『最後の名君』と言われる努力家の第15代女王ド・リョークカは、『上は緊縮、下は積極』を掲げて治世を行った。王室や地方の名族には倹約を勧め、ねん出した財源で古くなっていた公共財を整備し、産業を振興した。


 また、軍隊は最小限とし、民力を民生に集中する方策を取った。魔物の跳梁が最も少なかった時勢も彼女に味方し、40年の治世で国力を復活させることに成功している。


 しかし、その後の4代は凡庸な国王が続き、魔物がしばしば現れるようになってからは国の支出も増大することになった。


 ケルナグール王国暦で485年、ついに最後の国王ド・クサイが25歳で即位する。


 ド・クサイは頭が切れ、王太子時代からその聡明さは国民に知られていた。だんだんと脅威が増してきた魔物への対策として、国を3つの地区に分け、それぞれの地区に10の軍団管区を置くという改革を実行し、魔物をある程度抑え込んだのが王太子時代で最大の功績である。


「地方の名族はその地位に胡坐をかいて、可愛がるべき人民を自分たちの贅沢を支える奴隷か何かだと勘違いしている。国の役人も、そんな奴らにおもねって国の意向を貫徹しようとしない。ここが一番の間違いだ」


 30歳になったド・クサイは、それまでの治世を振り返り、中央集権こそがケルナグール王国を再生させる道だと信じた。そこで、地方の名族から任命していた宰相をはじめとした国政運営の要となる役職を彼らから取り上げ、代わりに地方で実力を発揮した官吏が大臣になれる道を開いた。


 さらに、智謀と人格を兼ね備えた若き名将、ヤバイホッド・オ・レッツェーを軍団長から総司令官へと抜擢し、軍の威力を背景に自らの理想を一つ一つ実現させていった。


 ド・クサイの失敗は、余りにも急ぎすぎたということだろう。その施策は『上を削り、下を富ませる』ものであったが、『地方の名族』というだけで中央の政府から目を付けられた貴族たちは、所領換えや領地没収の話が広がるにつれ、国王に疑心暗鬼となっていったのだ。


 そんな中で、大陸の貴族たちがその動向を注視していたのが、アルック地方に広大な所領を持っていたマペット家だった。


 当主ジュリアン・マペットは、領民を大切にする貴族として有名だった。さすがのレッツェーも、


「マペット家には手を出さない方が良い。むしろ彼を宰相として迎えた方が、陛下のためになるのでは?」


 と、常々口にしていたという。


 そんなジュリアンをド・クサイとの戦いに引き込んだのは、エーリンギー地方の豪族、ツーキョ・タルケとホウム・ルームの兄弟だった。彼らは所領没収の通知を受け、王の使者を斬って反乱の兵を挙げた。


「タルケ家の家人がエーリンギーの代官に税の減免を交渉しに行ったところ、代官所の役人から暴行を受けた事実に対して抗議したことが、所領没収の理由だと? それは没義道ではないか?」


 ホウム・ルームから救援の使者が送られたジュリアンは、タルケ家とルーム家の方に非があれば加勢しないつもりでいた。しかし、理由が理由だったこと、部下のデュクシ・ポトフを送って調べさせたところ、タルケ・ルーム両家の言うとおりだったことから、ジュリアンは遂に挙兵を決意した。


「だが、陛下の目指すところは首肯できる。事の次第を訴えて、両家への処分を撤回していただければ、わざわざ波風を立てるに及ばない」


 ジュリアンはそう言って、疎明の使者としてデュクシ・ポトフをレッツェーのもとに派遣した。


 ド・クサイの不幸は、たまたまレッツェーがルツェルン地方の一揆対応で首都にいなかったことだろう。デュクシは首都を守る親衛軍団の司令官に捕らえられ、レッツェーが戻るまで監獄に繋がれることになる。



 デュクシの投獄を知ったジュリアンは、


「疎明の使者を故なく投獄するとは無体である」


 として、一つはエーリンギー代官の裁定に抗議するため、もう一つは親衛軍団司令官の無道を告発するためとして、2万の軍でハンエルンへの進撃を開始した。


 これを喜んだのがツーキョ・タルケとホウム・ルームだった。二人はそれぞれ5千の兵を集めて、エーリンギーを攻めようとして失敗し、それぞれが1万の敵から猛攻を受けていたところだったのだ。


「ジュリアン・マペット殿が国王糾問の兵を挙げた」


 との話はあっという間にヒーロイ大陸を駆け巡り、ジュリアンやホウムたちの軍に加勢を申し出る小豪族たちが次から次へと現れた。


 『ジュリアン・マペット起つ』の報をルツェルン地方で聞いたレッツェーは、その場の指揮を部下に任せ、1万を率いて急ぎ帰還した。


「陛下、ジュリアン・マペットが兵を挙げたと聞きましたが、一体彼は何を大義に今回の挙兵でしょうか? 彼は考えなしにこんな暴挙を行う人物ではありませんが?」


 軍装のまま、取るものも取り合えずド・クサイの前に出たレッツェーは、開口一番そう尋ねる。ド・クサイも不思議そうに、


「知らぬ。何でもエーリンギーの代官のやり方に不平があるようだが、ジュリアンの詰問状とやらがまだ届いておらんのだ」


 そう答える。


 レッツェーは眉を寄せて、


「それはおかしい。陛下、私が今回の件を調べてもようございますか? それとできれば、ジュリアンとの話し合いも行ってみたいのですが」


 そう提案する。ド・クサイはうなずいてそれを許可した。


 早速、レッツェーはあちこちに手を回し、ジュリアンの詰問状を手に入れた。その内容を見たレッツェーは、ド・クサイに目通りを願うと、


「これはジュリアン殿の申すことに理があります。エーリンギーの代官を呼び戻して理非を明らかにし、併せて投獄中のデュクシを急ぎ釈放していただきたいと思います。その後のことは、本職にお任せください」


 そう願い出た。


 ド・クサイも理非曲直が分からない男ではない。レッツェーの言葉を聞いてすぐさまエーリンギー代官に召喚状を出し、デュクシを釈放した。


 しかし、エーリンギーは防御戦闘の真っ最中だし、国内各地でド・クサイに反対する勢力が兵を挙げるしで、王都ハンエルンにはだんだんと不安が広がっていった。


 この情勢を見て、レッツェーは


「いかん、もはやジュリアン殿と話し合いを行っても、各地で噴出した不満分子の活動を鎮火させることはできない。武人としては誠に遺憾だが、ジュリアン殿と雌雄を決し、飛び散った火の粉は各個撃破するしかないだろう」


 そう決断し、ド・クサイをシュバルツハウゼンの城へ退避させ、全国の軍団には


「各軍団は軍団長の指揮の下、現地を保全せよ。反乱が生起した場合、軍団長の判断で適宜処置してよろしい。

 作戦行動中の軍団は、現状のまま任務を遂行せよ。任務達成の後は駐屯地に戻って別命を待て」


 そう指示を飛ばすと、シュバルツハウゼンには親衛軍団6千と5個軍団3万を送ってデュクシ峠に布陣させ、自らは5個軍団3万を率いてターカイ山脈東尾根鞍部に陣地を造り、ジュリアンの2万を待ち受けた。


 その後の歴史は、すでに述べたとおりである。ジュリアンは名将ヤバイホッド・オ・レッツェーと対峙している間にデュクシに別働軍を準備させ、ホウム・ルーム、ツーキョ・タルケの2万と配置を密かに交代した。


 そしてジュリアンは、デュクシ・ポトフ軍1万と共に側背から一気にデュクシ峠を落とし、シュバルツハウゼンにいたド・クサイを自害に追い込んだ。時にド・クサイ40歳、在位は15年だった。


 それ以降、ジュリアンの建てたトオクニアール王国は、ヒーロイ大陸を代表する国として、長く盟主の地位を保ってきたのである。



 トオクニアール王国の王都フィーゲルベルクは、だだっ広い平原に位置する。しかし、近くを流れる川や、高低差は大きくはないが大地の起伏を十分に活用して設計されており、見た目ほど防御力は低くない。むしろ攻めにくい都市であった。


 王宮は都市の北辺にあり、5階建てである。そしてさらに北には、丘を利用した強力な要塞群が隣接していた。


 王宮の4階には国王ロネットの執務する部屋がある。ロネットは今年25歳、性格は明るく真っ直ぐで、曲がったことが許せない。

 しかし、国民のためなら多少の嘘はつけるし演技もできる、そんな国王だった。


 その彼が、ここ一月気になっていることがある。他でもない、精霊覇王エレクラが出した『賢者会議』への詰問状の件だった。


 彼は考え事をする際、執務室の横にある資料室にこもる癖がある。この日も、ロネットは資料室で膨大な資料から取り出した報告書を読みながら考え事をしていた。


(エレクラ様が気にしておられる『組織ウニタルム』、確か私の臣下にも『組織』と連絡を取り合っている者がいると秘書官長が言っていたな。私が即位するとすぐに協力関係を結びたいと使者を送って来たこともあったが、どうも彼らの目指すところがはっきりしなかったため返事を保留した。その後は何も言って来なくなったが、こんな事態になってははっきりと断らねばならないだろうな)


 資料のページをめくりながらそう考えをまとめたところで、ドアがノックされる。


「……誰だ?」


 ロネットが静かに答えると、ほっとしたような女性の声がした。


「ああ、やっぱりここにいらしたのですね? 大宰相様や外務尚書様が探しておられましたよ? 何でも『組織』の件でご報告があるとか」


 と、ドアを開けて茶髪で青い目をした女性が入ってきた。


「何、『組織』の件だと? アスカ、秘書官長にすぐ閣議を開くと伝えてくれ」


 ロネットが言うと、アスカは微笑んで首を振り、


「いえ、大宰相様がおっしゃるには、秘密裏に陛下にお伝えしたいということです。同席を指定されたのはわたしと大蔵尚書、兵部尚書だけでした」


 そう言って複雑な顔をする。


 ロネットも翠の瞳をした目を細めて眉を寄せたが、


「この国の不利益になることさえしなければ、『組織』との繋がりがあるというだけで処罰はせぬ。それにまだ話を聞いてもいないうちに憶測であれこれ言うのもよくない。

 よし、アスカ内務尚書、とりあえずオセロとベルンの話を聞いてみよう。その後のことはそれからだ」


 そう言うと、アスカと連れ立って資料室を出た。


   ★ ★ ★ ★ ★


「ジン、事態は結構深刻だよ?」


 ド・ヴァンさんのもとを訪れていたワインは、2日後に帰って来たが、その時の第一声がこれだった。


「ワイン、顔色が良くないぞ? 亜空間酔いを覚ましてから話を聞こうか?」


 真っ青な顔をしているワインを心配して僕が言うと、ワインは首を振って答える。


「亜空間酔いもあるが、驚愕の方が大きい。『組織』がとんでもないことを考えている可能性があるんだ。それもキミに関してね? だからウォッカさんにも来てもらった」


 その言葉とともに、まだ閉じていなかった亜空間への出入口から、亜麻色の髪を角刈りにしたウォッカさんが出てくる。さすがにオーガの一族とはいえ、亜空間の気持ち悪さは避けられないらしく、青い顔をしていたが、それでも笑顔を作って、


「ジン団長殿、お久しぶりです。今ワイン殿が話されたとおり、『ドラゴン・シン( う ち )』でも剣呑な情報を手に入れましてね? ド・ヴァン様がジン団長殿の力になってやれと俺を遣わされたというわけです。早速、情報をお知らせいたします」


 僕はうなずくと、シェリーたちと共に二人の話を聞くことにした。


「まず、『賢者会議』は今もってエレクラ様の詰問状に回答していません。賢者ハンド様はリンゴーク侯に呼ばれたままですし、賢者アサルト様もマジツエー帝国から帰国される様子もありません。

 エレクラ様は『賢者会議』としての考えを質問されていますから、四方賢者の出張で大賢人も助かっている部分もあるでしょうな」


 僕はウォッカさんの言葉に引っ掛かりを覚えた。ウォッカさんは見た目と違ってかなり礼儀正しく、そこはオーガ侯国の次期国主という育ちの良さかなと思っているが、そんな彼が四方賢者の皆さんには様付けし、大賢人様にそれを付けなかったからだ。


 僕の疑問に気付いたのか、ウォッカさんはうなずき、厳しい表情で続けた。


「以前、各国への『組織』の浸透度合いをご説明しましたが、今回新しい動きが出ました。

 どうも『組織』の暗躍があったようで、『賢者会議』はジン団長殿の追討命令を各国首脳に向けて発出しています」


 その言葉の意味を、僕たちはしばらく理解できなかった。けれど、急にシェリーが立ち上がって叫ぶ。


「どういうこと!? なんでジンが追討されなきゃならないのよ。そんなのおかしいわ!」


 それに、ワインが鋭い目でうなずいて言う。


「ああ、この追討命令は対象がジンだってことですでに怪しさ満点なんだが、その発出の経緯や通達先を見ると、怪しいことだらけだ」


「どういうことですか、ワインさま?」


 ウォーラさんが訊くと、ワインは唇を片方だけ上げて笑い、


「さっきウォッカさんが『四方賢者は出張』と言ったのを覚えているかい? 追討命令は、捕縛命令や魔術師の位階はく奪命令と並んで最も重い処罰だ。それだけに大賢人の恣意で運用されることがないよう、命令発出に当たっては厳格な手続きが定められている。今回の命令発出はそれらの手続きをすべて無視して行われているんだ」


「ジン殿への弁明の機会提供、『賢者会議』の全員一致、布告は全国の魔術師へ文書での直接送付……今回の手続きで無視されている部分だ」


 ウォッカさんが怒りを露わにして言うと、ワインも呆れたように肩をすくめて、


「しかも告発者が公表されていない。仮に告発者がいないのだとしたら、この決定は根本的に間違っていることになる。誰か魔術師が逆に告発したら、『賢者会議』全員が弾劾されるレベルだよ」


 そう言う。ウォッカさんもうなずいたが、


「俺もそう思う。だが問題は告発者がいた場合、なぜその名を公表しないかだ。ド・ヴァン様は、公表できない相手、公表したら『賢者会議』や大賢人が困る相手からの告発だったと考えていらっしゃる。俺も同感だ」


 そう言うと、じっと僕の目を見つめてきた。


「ひょっとしたら、ド・ヴァンさんは『組織』が僕を告発したって考えているのかな?」


 僕が言うと、ウォッカさんは大きくうなずいた。


「判ったことは三つある。追討命令を『賢者会議』に出させるほど、『組織』はキミを邪魔にしていること、『賢者会議』は噂どおり『組織』と繋がっているってことだ」


 ワインの言葉に、僕は


「三つめは?」


 と訊くと、ワインはニッコリと笑い、


「これらのことを、ボクたちがどうやって知ったと思う? 追討命令が出たことをリンゴーク侯が知らせてくれたんだ。『ヘルキャット』のマイティ・フッドや『スーパーノヴァ』のレミー・マタン殿からも、心配の手紙を受け取っているよ」


 そう言うと、ウォッカさんが


「各国首脳の反応も教えてもらった。当然のことながら、リンゴーク侯は教書を無視している。アルクニー侯は国内に『賢者会議』があるからまるっきり無視できないようで、ドッカーノ村騎士団の国外追放を宣言している。ただし、関係者にはお咎めが下ったという噂は聞かない。

 トオクニアール王国は様子見しているようだ。ロネット陛下は聡明だと聞く。国内の魔術師が誰も通知を受け取っていないことを知って、事の真偽を調査させ始めたという話も聞いている」


 そう言った後、暗い顔をして続けた。


「が、ユニコーン侯国やオーガ侯国の出方が判らない。アンタレス様も父君も、教書形式での追討命令の異常さに気付いてもらえるとは思うが、もしも臣下に『組織』と気脈を通じている者がいたら、どう転ぶか判らないんだ」


 僕はアンタレス様との謁見を思い出して、ありそうなことだと思った。

 もし、教書が届いていないのなら、全員への謁見を回避したり、僕たちをオーガ侯国へ追い立てるように遣わしたりはしないはずだ。僕は妙に納得した。


「ここにいるメンツを見てみると、ラムさんとジンジャーさんが先行しているんだね? いい判断だよ。それで、ウォッカさんにもお力を借りようと思うんだ」


 ワインの言葉に、ウォッカさんは頼もし気にうなずいて言った。


「俺も先行してオーガ侯国に行こう。俺が行けばラム殿も都合がいいだろうしな。

 できれば父君と話をして、『左龍軍団』の指揮官としてジン団長殿をどうされるおつもりか訊いてみたい」



 その頃ラムとジンジャーは、早くもオーガ侯国の首府、オールの町を望見できる場所まで到着していた。


「オールの町は台地上にあるんですね。防御力は高そうだけど、水の確保とかどうしているのかしら?」


 比高50メートルはある断崖の上に存在する町を見て、ジンジャーがつぶやくと、ラムは厳しい顔をして答える。


「町の中にいくつも井戸を掘っている。川からも水を汲み上げているし、その施設もある。オーガ族の強靭さも相まって、あの町を落とすことは困難と言うより不可能と言った方がいいだろうな」


「ふーん」


 ジンジャーは黒曜石のような瞳でオールの町を眺めていたが、不意に笑って、


「じゃ、ラムさん。わたしはこれから調査に入ります。お互いの情報交換はどうやりましょうか?」


 そう訊いてくる。ラムは


「私の扱いがどうなるかだな。スピリタス様の居住区域に案内されたら、いくらジンジャーでもおいそれと出入りはできないだろう?」


 そう訊いてみたが、ジンジャーは涼しい顔で答え、その姿を消した。


「どこであっても、警備員の質と巡回頻度ですよ。では、今夜1点半(午後9時)ごろお伺いしますね?」


 ラムは、ジンジャーが消えた空間を眺め、


(凄いな、魔力だけでなく気配すら完全に消している。ジンジャーは、いったいどこでこんな能力を手に入れたんだろう?)


 そう感心したが、すぐに自分がしなければならないことを思い出し、国主の屋敷へと真っ直ぐ歩いて行った。


 オールの町は思ったより広かった。それはオーガ族が町の建設に当たり、住宅地だけでなく畑や里山まで町の区域として設定していたからだ。だからラムの足をもってしても、町の入口からスピリタスの屋敷までたっぷり30分はかかった。


 ラムは、屋敷の門の前にぬっと突っ立ち、門衛に声をかける。


「すまないが、スピリタス様にお目通り願いたいんだ」


 すると門衛は胡散臭そうな顔をしてラムを眺め、


「なんだ、ユニコーン族の女武芸者か。わが国には勇士はごまんといる。仕官なら諦めて他を当たった方がいいぞ」


 馬鹿にしたように言ってくるが、ラムは笑顔のまま手を振って言う。


「いや、私は仕官希望者ではない。私はドッカーノ村騎士団のラム・レーズン。私たちの団長がスピリタス様にぜひご挨拶したいと申していてな? ウォッカ殿の幼馴染である私が、ご都合を伺いに先行してやって来たんだ。取次ぎをお願いしたい」


 ラムの話を聞くと、門衛はしばらくぶつぶつ言っていたが、やがてラムの正体に気付くとびっくりして叫んだ。


「ドッカーノ村騎士団、ユニコーン族のラム・レーズン、ウォッカ様と幼馴染……まさかあなたは、ユニコーン侯国の獅子戦士シールトゥルク、『ステルスウォーリアー』のラム様ですか!?」


 ラムが微笑みを浮かべたままうなずくと、門衛は


「失礼いたしました! すぐに取り次ぎますので、門の中でお待ちください!」


 そう言ってラムを敷地内に通し、自分は遠くに見える玄関へとすっ飛んで行った。


 ラムがしばらくそこで待っていると、遠くから威風堂々たる男性が歩いて来るのを認め、彼女は一つうなずいてその男に向かって歩き出す。


 両者があと10ヤードほどに近づいた時、ラムが笑顔であいさつした。


「お久しぶりです、エンドルフのおじさま。わざわざ元帥たるおじさま自らのお出迎え、ありがとうございます」


 青い軍服に身を包んだエンドルフ・エッケル元帥は、苦み走った顔をほころばせて、


「ラム殿、しばらく見ないうちに随分とお綺麗になられたな。シール殿から旅に出たと聞いていたが、もう故国に戻られたのか?」


 そう訊くと、ラムは顔を赤らめながら首を横に振って答えた。


「いえ。旅の目的は果たしましたが、私は騎士団員となりましたので、もうしばらく故国くにには戻らないつもりです」


 それを聞いて驚いたエンドルフは、ラムに思わず訊いた。


「なんと! ラム殿ほどの腕を持つ戦士が所属する騎士団なら、団長はさぞ強いのだろうな。団長殿は何とおっしゃる方だ?」


「団長のジン・ライム様は、『伝説の英雄』です。私が父から旅に出ることを言いつけられたのは、『伝説の英雄』を探すためでした」


 ラムの話を聞き、エンドルフは真剣な顔をして言った。


「ラム殿、もしそなたの団長殿が『伝説の英雄』だとしたら、この国の困ったことを相談したい。棟梁に会う前に、私に話をさせてもらえまいか?」


   ★ ★ ★ ★ ★


 会議室には、異様な雰囲気が漂っていた。


 トオクニアール国王、ロネット・マペットが内務尚書のアスカ・ターレットと、5階にある国王用の会議室にやってきたとき、大宰相オセロ・ブリッジ、大蔵尚書ラナ・キール、外務尚書ベルン・キャプスタン、兵部尚書フォア・マストの四人が、興奮した面持ちで座っていた。


「みんな、何を議論していたのかな?」


 ロネットが椅子に座りながら訊く。大宰相は息を整えて答えた。


「順を追ってお話しした方が、我々の論点を理解していただきやすいと思います。外務尚書、まずは君から説明してくれたまえ」


 そう言う大宰相の頬がまだ紅潮しているのを見て、ロネットは


(沈着冷静なオセロがこれほど興奮しているのも珍しいな。よほど大きな問題か、理不尽な問題が起きたのだろうな)


 そう思いながら、ベルン外務尚書を見る。


 ベルンは、ロネットに一通の書簡を手渡して言う。


「1週間前に『賢者会議』から届いた大賢人教書です。読んでいただければ判りますが、内容にも、発出手続きにもかなりの問題を含んでいると考えています」


 ロネットはとりあえず内容を一読して驚いた。その驚きはそのまま質問となる。


「これは追討命令ではないか!? ベルン、追討対象になっているジン・ライムとはどういう人物だ?」


「アルクニー公国の騎士で、昨年騎士団を立ち上げたようです。最初はパッとしない存在でしたが、『賢者会議』の依頼をクリアし、フリント・ロックの盗賊団を捕縛してから少しずつ知名度を上げて来たようです。

 ウミベーノ村を襲っていたリバイアサンをはじめ、魔物討伐の実績もかなりの数に上ります。最近の特筆すべき魔物討伐は、リンゴーク公国での妖魔化したグンタイアリ討伐ですね。

 アルクニー公国栄誉騎士メダルとリンゴーク公国騎士メダル保持者で、リンゴーク侯からは1万ゴールドの所領を賜っています」


 ベルンの報告に、ロネットは感心したように言う。


「ふむ、立派な1級騎士団じゃないか。ジン・ライム個人はどんな人物だ?」


「まだ17歳ですが、『ドラゴン・シン』のオー・ド・ヴィー・ド・ヴァンとの親交があり、他には『ヘルキャット』のマイティ・フッドや『スーパーノヴァ』のレミー・マタンも仲間と認めています。なお、彼らがタルケ兄弟のリンゴーク公国乗っ取り計画を阻止しています。所領はその時授与されたようです」


「まだ17歳というのにそれだけのことをやってのけるとは、かなり優秀で有能な人物のようだな。配下にもいい人材を揃えているのだろう。どんな団員がいる?」


 ロネットはすっかりジンに興味を持ったようだ。話し合いのことを忘れたように、ジンのことを聞きたがった。


「現在確認しているのは7人です。特筆すべきは、ユニコーン侯国の獅子戦士と呼ばれるラム・レーズンがいることでしょう。それと、ウォーラ・ララという娘。この女性は、真偽は確認中ですが自律的魔人形エランドールと名乗っています。

 その他には、シルフの副団長シェリー・シュガー、エルフの事務総長ワイン・レッド、人間で魔物ハンター上がりのチャチャ・フォークがいます。

 残りの二人のうち、黒髪の女性は騎士団と同行しているのは確かですが、別行動が多いので団員じゃないのかもしれません。もう一人の少女は、最近姿を確認したばかりなので詳細不明です」


「ふむ、少数精鋭といったところかな? それで、彼が水の精霊王を倒したというのは本当なのか? 人間が精霊王を倒すだなんて、私には信じられないが」


 ロネットの言葉に、兵部尚書のフォア・マストが答えた。


「すぐに調査させましたが、真偽は不明です。ただ、ジン・ライムが倒してきた魔物の数々を思えば、あながちまったくの出まかせとも思えません」


「それよりも、もっと重大なことがございます」


 横から大蔵尚書のラナ・キールが真剣な顔で口を出す。


「もっと大事なこと?」


 ロネットがもの問いたげにラナを見ると、ラナは真剣な表情を崩さず、


「この教書は1週間も前に届いたものなのに、私たちが教書の存在を知ったのは2日前。5日間もこれを陛下にお見せしようとしていなかったのです」


 そう言う。その顔は憤懣やるかたないといった感じであった。


 確かに、『賢者会議』からの文書であれば、大至急国主の目に入れなければならない。何が書いてあったとしても、それが国の平穏に関わることが多いからだ。


「……文書の取り扱いは秘書室担当だったな。どういった経緯でこの文書の存在を知ったんだい?」


 ロネットが尋ねると、内務尚書のアスカ・ターレットが答えた。


「アルクニー公国の会計班長から、私的に相談がありました。『賢者会議』からの依頼文書の扱いに困っているって。それで詳しく話を聞いてみたら、この教書のことが分かり」


「私に内務尚書から問い合わせが来たんです。外務のルートで教書が送られて来ていないかと」


 ベルン外務尚書が続けると、オセロ大宰相がうなずき、


「それで私に報告が上がりましたので、秘書室長を問い質したところ、『うっかり忘れていた』とのことでした。もちろん、彼は叱責しておきましたが」


 そう締めくくる。ロネットは目を閉じて、少し何かを考えてから、


「……秘書室長のテイク・ラダーには私からもお灸を据えておく。しかし、なぜ『賢者会議』からの教書を隠すような真似をしたんだろうか?」


 そう目を開けて言う。どことなくきな臭いものを見るような目で教書を眺めていた。


 ベルンもその視線に気付き、


「何にせよ、『賢者会議』からの教書が届いたのは事実です。ですが、その対応を考える前に、この教書が発出された裏を知ることと、この文書を陛下の目に入れずに何をするつもりだったのか、この二つの疑問を調べるべきでしょう」


 そう言うと、ロネットは大きくうなずいて言った。


「ジン・ライムは、そなたたちの調べを聞く限り、とても追討されるべき存在ではないと思う。一体『賢者会議』に何が起こっているのか、先のエレクラ様からの詰問状の件も含めて、調査した方がいいようだ。

 それと、詰問状のなかで触れられていた『組織ウニタルム』についても、近頃面白くない噂を聞いている。フォア・マスト、そちらの件についてはそなたに調査を任せる。妙な騒動に巻き込まれたら国民が迷惑するからな。しっかり頼むぞ」



「ラム殿、もしそなたの団長殿が『伝説の英雄』だとしたら、この国の困ったことを相談したい。棟梁に会う前に、私に話をさせてもらえまいか?」


 オーガ侯国の重心の一人、エンドルフ・エッケル元帥からそう言われたラムは、面食らいながらも


(うむ、やはりジン様の周囲で何か陰謀めいたものがうごめいているみたいだな)


 とピンときた。歴戦の勘といったものだろう。


「何でしょうか? 私がお役に立てるかどうかは分かりませんが。とりあえずお話を聞かせてもらってもいいでしょうか?」


 ラムがそう答えると、エンドルフは喜んで、


「良かった、これで棟梁は悪事に加担しなくて済む」


 そう言いながら、ラムを自分の執務室に案内する。


(ん? 今、『悪事に加担』とか言わなかったか?)


 ラムはその言葉に引っ掛かりを覚えながら、おとなしくエンドルフの後を付いて行った。


 エンドルフは執務室に着くと、


「座ってゆっくりしてくれ。今、お茶を準備させよう」


 そう言って小間使いを呼ぼうとしたが、ラムは首を振って、


「お気遣いなく。おじさま、何か切羽詰まった大事な話がおありなのでしょう? 先にそちらをお聞きしたいんですが?」


 そう言うと、エンドルフは済まなそうな顔をして、


「そうか。それではお言葉に甘えて、先に私の相談に乗ってもらおうか」


 と、ラムに長椅子を勧め、自分も向かい側に腰かけた。


「それで、ご相談というのは?」


 ラムが口火を切ると、エンドルフは


「ラム殿は、『組織ウニタルム』という者たちを知っているか?」


 そう問いかけてきた。


「詳しくは知りませんが、『組織』とは何度か手合わせしたことはあります」


 ラムはそう言うと、これまでの『組織』との関わりを詳しく話した。


 聞き終わると、エンドルフは怒りの表情を浮かべて、


「ラム殿、よく分かった。それであの書簡に団長殿の名が記されていた理由が分かった。恐らく団長殿のことが邪魔になる『組織』の差し金だろうということもな」


 そう言う。ラムは胸騒ぎを覚えて訊いた。


「書簡にジン様の名前が? いったいどんな書簡なんです?」


 エンドルフは怒った顔のまま答えた。


「5日ほど前、棟梁あてに届いた『賢者会議』からの教書だ。内容はジン・ライム殿が故なく水の精霊王を殺害したので、彼を追討せよとのことだった。

 我々も事の真偽がつかめなかったため調査することにしていたのだが、ラム殿の話を聞いて真実がよく判った。どうだろう、私と共に棟梁にお会いして、今の話を聞かせていただけないか?」


 ラムは飛び上がるほど驚いた。なぜ、『賢者会議』がジン様の追討命令を? といぶかしむ半面、『組織』が裏で糸を引いているとしたなら分からないこともない、と思ったラムだった。


(むしろそうだとしたら、ワインが怪しんでいたように『賢者会議』と『組織』が繋がっている証拠になる。スピリタス様だけでなくアンタレス様や父上も、この話を聞いてジン様の味方をしてくださるに違いない)


 ラムはそんな決意の火を緋色の瞳に灯して、


「分かりました。むしろこちらがお願いしたいところです」


 そう答えた。


 ラムとエンドルフの会話を、隠形して聞いていたジンジャーは、


(こちらはラムさんがいるから任せていいわね。あとは他の参与連中、特に民政を担当するランドルフ・マッカートニーは切れ者だから、彼の様子を探ったがいいわね)


 そう決断すると、一足先にスピリタスがいる政務棟へと向かった。



 政務棟では、スピリタスの下で侯国の民政を取り仕切っている重臣、参与のランドルフ・マッカートニーとウェザーニャ・コリアノフが、額を突き合わせて難しい顔をしていた。


「私が調べたところ、ユニコーン侯国の首脳陣は一枚岩ではないようだ。国主のアンタレス様がどう考えられているかまでは判らなかったが、政務主幹のログイン・ボーナスと財務主幹のデネブ・アスターが対立しているようだな。

 ログインは『賢者会議』に好意的だが、デネブは批判的だ。その他の民生主幹オーロラ・ベテルギウス、外務主幹ジグムント・シリウス、内務主幹スピカ・フォーマルハウトは態度を明らかにしていないが、戦士長シール・レーズンは是々非々のようだ」


 ランドルフが言うと、ウェザーニャもため息とともに言う。


「はあ、つまりユニコーン侯国は厄介な問題にこれ以上関わり合いたくないから、私たちに下駄を預けて来たってことですね?」


「まあそう言うことだろうな。これがアンタレス様の指示だとは思いたくはないが、ジン・ライムという疫病神がこの国に近付いて来ているのは確かだ。早めに方針を決めないと、まかり間違ってジン・ライムを討ち取れなどという命令が下った時に慌てることになるからな」


 ランドルフ・マッカートニーが言うと、ウェザーニャは頭を抱えて、


「ああんもう! スピリタス様にはああ言っちゃったけれど、『賢者会議』と『組織』の繋がりなんて、そんなもの急に調べて判るわけないじゃない!

 せめて今回の教書に関する件だけでも、何か情報があればいいのに」


 そう泣き言をいう。ランドルフは苦笑して、


「ウェザーニャらしくないな。泣き言を言っている暇があったら事実関係をはっきりさせる方策でも考えることだな。例えば、ジン・ライムの騎士団員から話を聞いてみるとか」


 そう助け舟を出す。


 ウェザーニャがそれを聞いて顔を輝かせ、


「あ、それは気付かなかったです。あんまり焦っていたからそこまで気が回らなかったみたいですね」


 そう言った時、ジンジャーが姿を現した。


「お初にお目にかかります。わたしはドッカーノ村騎士団のジンジャー・エイル。ジン団長の話を聞くおつもりなら、わたしが知っていることを話してお聞かせしてもいいわよ?」


「誰だっ!?」「誰っ?」


 ジンジャーの闖入に、驚いたランドルフとウェザーニャが同時に席を立ち、剣を抜く。


 けれどジンジャーは、黒髪に指を巻き付けて笑いながら再度名乗った。


「突然お邪魔してごめんなさい。わたしはジンジャー・エイル。あなた方が話題にしているジン・ライム団長が率いる騎士団の団員よ。団長が濡れ衣を着せられそうになっているのなら、それを晴らすのも団員の務め。そうでしょ?

 だから、あなた方に話をしに来たの。何なら、『組織』のことについても、わたしが知っている限りのことを教えて差し上げても良くってよ?」


「ジンジャー・エイル殿と言ったな? そなたがジン・ライム殿の騎士団員であることを証明できるかな?」


 ランドルフが油断のない目つきでジンジャーを見据えて訊くが、彼女はいたって普通に


「同じ団員の証明じゃ、あなた方を納得させられないでしょうね。『ドラゴン・シン』のオー・ド・ヴィー・ド・ヴァン殿に訊いてみたらいいわ」


 そう答える。


「ウェザーニャ、確認を」

「はい!」


 ランドルフの命令で、ウェザーニャは部屋を出ていく。


 それを見送った彼は、ジンジャーに


「ひとまずそなたを信じよう。椅子に座りたまえ」


 そう言うと、ジンジャーの真向かいに腰を下ろし、疲れ切った顔で言った。


「正直、そなたが何者であろうと関係ない。私たちに真実を示してくれる存在ならな。

 さて、早速だが話を聞かせてくれ」


   (嘘つきを狩ろう その4へ続く)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

いよいよ『組織』がジンに対して直接に動き出しました。

今のところ四神では精霊覇王エレクラと水の精霊王マーレがはっきりとジン側で、火の精霊王フェンは敵側寄り、そして風の精霊王ウェンディがよく分からない立場ですね。

今後、これらの関係がどうなっていくのか、そして『組織』の『盟主』とは何者なのか、面白い展開になって行きそうです。

次回もお楽しみに!

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