Tournament64 Swindler hunting:part2(詐欺師を狩ろう!その2)
詐欺の被害者が何人も失踪する事件を追うジンたちは、スラム街に囲まれた古城へと向かう。
しかし、そこには『組織』から遣わされたエランドールのセレーネがいて……。
ジンたちは失踪事件の核心に迫れるか? そして『組織』の思惑とは?
【主な登場人物紹介】
■ドッカーノ村騎士団
♤ジン・ライム 17歳 ドッカーノ村騎士団の団長。典型的『鈍感系思わせぶり主人公』だったが、旅が彼を成長させている。いろんな人から好かれる『伝説の英雄』候補。
♤ワイン・レッド 17歳 ジンの幼馴染みでエルフ族。結構チャラい。槍を使うがそれなりの腕。お金と女性が大好きな『やるときはやる男』
♡シェリー・シュガー 17歳 ジンの幼馴染みでシルフの短剣使い。弓も使って長距離戦も受け持つ。ジン大好きっ子だが報われない『負けフラグヒロイン』
♡ラム・レーズン 18歳 ユニコーン族の娘で『伝説の英雄』を探す旅の途中、ジンのいる村に来た。魔力も強いし長剣の名手。シェリーのライバルである『正統派ヒロイン』
♡ウォーラ・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造った自律的魔人形。ジンの魔力で再起動し、彼に献身的に仕える『メイドなヒロイン』
♡チャチャ・フォーク 13歳 マーターギ村出身の凄腕狙撃手。村では髪と目の色のせいで疎外されていた。謎の組織から母を殺され、事件に関わったジンの騎士団に入団する。
♡ジンジャー・エイル 20歳 他の騎士団に所属していたが、ある事件でジンにほれ込んで移籍してきた不思議な女性。闇の魔術に優れた『ダークホースヒロイン』
■トナーリマーチ騎士団『ドラゴン・シン』
♤オー・ド・ヴィー・ド・ヴァン 20歳 アルクニー公国随一の騎士団『ドラゴン・シン』のギルドマスター。大商人の御曹司で、双剣の腕も確かだが女好き。
♤ウォッカ・イエスタデイ 20歳 ド・ヴァンのギルド副官。オーガの一族出身の無口で生真面目な好漢。戦闘が三度の飯より好き。オーガの戦士長、スピリタスの息子。
♡マディラ・トゥデイ 19歳 ド・ヴァンのギルド事務長。金髪碧眼で美男子のような見た目の女の子。生真面目だが考えることはエグい。狙撃魔杖の2丁遣い。
♡ソルティ・ドッグ 20歳 『ドラゴン・シン』の先鋒隊長である弓使い。黒髪と黒い瞳がエキゾチックな感じを醸し出している。調査・探索が得意。
♤テキーラ・トゥモロウ 年齢不詳 謎の組織から身分を隠して『ドラゴン・シン』に入団した謎の男。いつもマントに身を包み、ペストマスクをつけている。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
僕たちはホースルの使いと名乗った男を帰すと、すぐさまハーノバーの南東地区にあるという古城、通称『ダンジョン』へと向かった。
僕たちに稀代の詐欺師であるオーレーハ・ペテンシーのことをいろいろと教えてくれた地区担当のゴーフレット兄妹も、僕たちに同行してくれることになった。彼らとしては、ペテンシーを確保して、できれば真人間になるよう説得したいようだった。
「ペテンシーはどんな手を使って来るかしら?」
シェリーがにこにこしながら言うと、ブルーさんは
「少なくとも、私たちが彼のことを疑っているかもしれないと警戒しているでしょうね。とすると、司直隊のことをどうやってごまかすかでしょう」
そう言う。確かにそうだ、使いの男は『ホースルは司直隊と共にダンジョンに向かった』とはっきり口にしている。僕たちが着いてホースルしかいなかったらおかしいわけだ。
「そこはどうとでも言い逃れるんじゃありませんか? 私たちがすぐさま行動に移したことでペテンシーも少し安心したでしょうし」
ウォーラさんが言う。僕がもの問いたげな眼を向けると、ウォーラさんはにっこり笑って答えた。
「だってあの使いの男性はホースル自身ですもの。ペテンシーが変装の名人なら、私たちの様子を探るため別人に成りすまして私たちの前に現れても不思議じゃありません」
ウォーラさんはメイド服を着た普通の女の子に見えるが、その実は自律的魔人形という機械だ。
それも人間と見分けがつかないほど精巧に造られているばかりか、感情も持ち合わせているし自分の意思も持っている。
さらに戦闘や索敵に特化した能力を与えられているため、個々人の魔力解析や生命反応の探知、そして音声解析などもお手の物だ。ペテンシーがどれだけ変装が得意でも、ウォーラさんの性能には及ばなかったらしい。あっさりと変装を見破られてしまった。
「えっ!? あの男がペテンシーだったって?」
ジェイ司直が驚いていると、妹さんのエル司直補も
「どうして見破ったんですか?」
とウォーラさんに訊いて来る。僕は彼女がエランドールだということを説明した。
「えっ、わたしエランドールって初めて会いました。すごいなあ、お友達になってくれませんか?」
エルさんは瞳をキラキラさせて言う。ウォーラさんは戸惑った顔をしていたが、僕がうなずいて、
「せっかくこう言ってくれているんだ。いろんな国にいろんな友だちがいるって素敵なことじゃないか?」
そう言うと、ウォーラさんは感激の面持ちでエルさんに向き直り、
「こちらこそ、よろしくお願いします。私は正式型番PTD12、コードネームは『妹ちゃん』ことウォーラ・ララです」
そう、スカートの裾をつまんで時代がかったあいさつをした。
僕はそんな心温まる光景を見て微笑んだが、すぐに真顔に戻る。僕らが『ダンジョン』に着くまでにペテンシーの罠に対応する行動をしなければならない。
「シェリー、チャチャちゃん」
「何、ジン?」
「何ですか、団長さん?」
シェリーとチャチャちゃんが、打てば響くように反応する。
「先に『ダンジョン』を偵察してくれないか? ペテンシーに見つからないようにね。奴はどんな人物に化けているか分からないから、接近経路は十分に注意しろよ?」
僕がそう命令すると、シェリーは碧い右目を光らせてうなずき、
「任しといて。チャチャ、行くわよ!」
「はい! 副団長」
張り切るチャチャちゃんを連れて先行して行った。
シェリーとチャチャちゃんが駆けて行くのを見送りながら、ウォーラさんが心配そうに訊いて来る。
「ご主人様、今回の件もやはり、『組織』が関係しているのでしょうか?」
僕はうなずいて答えた。
「ああ、十中八九そうだね。でないとわざわざペテンシーって詐欺師が失踪事件にかこつけて僕たち『騎士団』に近づいて来る理由がない。僕らを騙して何かを手に入れるためなら違う依頼をして来たはずだし、身代金目的なら目標にした団員に近づくだけでいいはずだからね」
そしてウォーラさんを見て笑って言ってやった。
「その目的って奴は、ペテンシー自身から聞き出そう」
ジンたちが目指していたのは、ひどく寂れた古城だった。
この城はトオクニアール王国が建国されて間もない頃に建てられたもので、滅亡したケルナグール王国の遺臣による反乱鎮圧と王都防衛の拠点の一つとして長らく使われていた。
しかし、建国後百年も経てば情勢は安定し、さらにトオクニアール国王がヒーロイ大陸を代表する強国として各国から認められると軍事拠点としての重要性は薄れ、山の中腹という立地は経済的中心地として活用し辛かったこともあり、築城3百年ほどで廃城となっていたものだ。
以来、荒廃が進んでいたが、今から50年ほど前に山賊の拠点となったため、その討伐時に城壁は完膚なきまでに破壊されてしまった。今では崩れかけてツタが巻き付いた居館と戦闘用の塔が残っているだけだ。
その居館廃墟の屋上で、ホースルの姿をしたペテンシーが、一人の女性と二人の執事を相手に何やら口論していた。
「セレーネさん、ジン・ライムって坊ちゃんをこの『ダンジョン』に誘き寄せたら、俺の罪を当局にとりなしてくれるって約束だったろ!? それを今さら『なかったことにしてくれ』って、余りにも俺をバカにしてねえか?」
すると、セレーネと呼ばれた女性は、緋色の瞳をペテンシーに当てて、
「いいことペテンシー、セレーネはあなたが上手くこの仕事をやり遂げたら、約束どおりあなたの免罪をハーノバーの当局に口利きをしてあげるつもりでした。何しろこの町の執政、ヤーマブキー・ロノオカッシーは我が敬愛する主の崇拝者ですもの」
そうにこやかに言うと、両手を腰に当てて
「けれど、あなたはセレーネたちとのつながりをジン殿に気付かれてしまいました。セレーネは主から『行動を秘匿せよ』との命令を受けています。その条件が満たせなくなったので、あなたのミッションは失敗ということです。失敗した者に、セレーネからの反対給付を与えるわけにはいきません」
鋭い目つきで言うセレーネに、ペテンシーはあごが外れるほど驚いた。
「嘘だ! 奴らは俺の言うことをバカ正直に信じやがったんだ。その証拠に、奴らは疑いもせずのこのこと『ダンジョン』に向かっているじゃないか!」
激高して叫ぶように言うペテンシーを、冷ややかな眼で眺めながら、
「ジン殿たちがこちらに向かっているのは確かです。しかしそれはあなたの言葉を信じたからではなく、あなたの言葉に偽りを見たからです。ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク17号!」
セレーネはペテンシーにそう言うと、執事17号を名指しした。
「はい、セレーネ・マリア・フォン・ルーデンドルフ・インゲボルク・ヨハンナ・フォン・ヘルヴェティカ様」
黒髪の美青年が音もなく前に出て来る。優雅だが隙のない動きだった。
「17号、例のものを」
「はい」
17号の左目が光り、手近な壁に映像を映し出す。ジン、ウォーラそしてゴーフレット司直兄妹の四人が緊張の面持ちでこちらに向かっているのが見えた。
「見ろ、奴らは別に物々しい備えはしていないぞ。これでどうして俺とあんたたちのつながりがバレてるって言えるんだ!?」
怒りに任せて喚くペテンシーに、セレーネはため息をついて言う。
「司直まで帯同しているわ。それにジン殿の騎士団は全部で六人。うち二人はユニコーン侯国に向かっているから、ここには四人が映ってないといけないはずよ?」
「それがどうした? 二人は前衛として先行しているだけだろう? 仮にも騎士の端くれなら普通の用心だぜ?」
そう指摘するペテンシーに、セレーネはまたもや大きくため息をつくと、
「16号、例のものを!」
「はっ!」
17号とうり二つ、いやまったくの同一人物が前に出て来て、17号のように壁に映像を映し出した。こちらにはシェリーとチャチャが映っている。二人とも得物を構え臨戦態勢だった。
セレーネは緋色の瞳を持つ眼を細めると、
「この二人はジン殿の前程にいるのではありません。彼女たちがいるのは……」
そう説明すると、16号の映像が引かれていく。明らかに城の前面ではなく、裏手の景色だった。
「……この城の裏手です。ジン殿は明らかにこの城に罠があることを看破し、伏撃の態勢を取っています」
セレーネがそこまで言ったとき、映像の中のチャチャが何に気付いたのかサッと狙撃魔杖を構え、こちらを向いた。そして次の瞬間、16号の映像は途切れた。
「偵察蜂が墜とされました。それにしても凄い腕ですね。2百ヤードは離れていたはずですが」
16号が感心したようにつぶやく。その映像を見て、ペテンシーは何も言えなくなった。
言葉を無くしたペテンシーに冷ややかな一瞥を投げると、セレーネは二人の執事に命令した。
「ジン殿に話があります。16号と17号、皆さんを丁重にここへ案内してください。こちらの存在はすでに知られてしまっていますので、無駄なことは止めましょう」
「分かりました」
16号はそう言って階段の方へ向かったが、17号はペテンシーを見て訊く。
「セレーネ・マリア・フォン・ルーデンドルフ・インゲボルク・ヨハンナ・フォン・ヘルヴェティカ様、こいつはいかがいたしますか?」
するとセレーネは、こともなげに言い放った。
「失敗したことは許されないことだけど、セレーネは寛大ですから罰は与えません。もうあなたには用がないから、どこでも好きな所へ行っても構わないわよ?」
セレーネの言葉を聞いたペテンシーは、真っ青な顔を上げて言う。
「あんたら、何が目的だ?」
その問いに答えず、セレーネはいたずらっぽく笑って言った。
「あなたがそんなことを知る必要はございません。それより早くこの場を立ち去った方がいいわよ? 執政が差し向けた司直隊がもう到着するはずだから。あなたを捕まえにね?」
それを聞いたペテンシーは、ちっと舌打ちをしてその場から消えた。
「さすが稀代の詐欺師、逃げ足は一級品ね」
そう言うとセレーネは、金髪を風になびかせながら
「さて、どうやってジン殿を説得したものかしら?」
そうつぶやいて微笑んだ。
★ ★ ★ ★ ★
それは、まだジンが5千年前の世界にいた頃、ホッカノ大陸ではちょっとしたゴタゴタが起こっていた。
ホッカノ大陸に君臨するマジツエー帝国、その帝都シャーングリラ郊外の森に、まるで木々に隠れるような佇まいの古城がある。
この城の持ち主はフェン・レイといい、彼女はこの城を買い取るという合法的手段で手に入れた。もちろんその周辺の城地も彼女のものであり、おかげて彼女はマジツエー帝国のうるさい官憲の目を気にすることなく、眉目秀麗な執事たちと共に日々の暮らしを楽しんでいる。
彼女は、ゆったりとした緋色のドレスに身を包み、豪華で柔らかな長椅子に腰かけて、午後のティータイムとしゃれ込んでいた。
「ふう、一仕事終えた後の紅茶はまた格別の味わいだわね。まるでセイレーンに魅入られた船乗りのように、我が視界を阻む濃霧すらも我を純白の高貴さで寿いでいるようだわ」
フェンはティーカップを口から離すと、ため息とともに言う。
「それにしても、マチェットの坊やの頑迷さにはほとほと困ったものね。しかも大司空のヘイワガスキーもなんのかんの言ってはっきりした回答を寄こさないし……これは少し痛い目に遭ってもらわなきゃいけないかしら?」
フェンはそうつぶやくと、ティーカップをソーサーに戻し、良く通る声で
「ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルグのオリジナル、ちょっと話があるんだけど?」
そう、彼女の執事を呼び立てる。
「何でしょうか、お嬢様?」
フェンの声と同時に、音もなくドアを開けて黒髪の男性が入ってくる。フェンはそんな男性を振り向きもせず、
「前回、あなたがヘイワガスキーと交渉したわね。その様子を詳しく話してもらえるかしら、ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルグのオリジナル?」
そう訊くと、ヴォルフガンク・ガイウス……
「ああ、私のことはヴォルフでいい。こんなことで無駄にページを使うもんじゃない」
「? 誰に向かってダメ出しをしているの? ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルグのオリジナル」
不思議そうに訊くフェンにヴォルフは優雅な微笑みを向け
「何でもございませんお嬢様。それより、シールド・ヘイワガスキーとの交渉の件ですが」
そう言うと、フェンは長椅子に座り直して紅茶のカップに手を伸ばす。
「そうだったわね。それじゃ、聞かせてちょうだい」
フェンが促すと、ヴォルフはおもむろに手帳を広げて
「マジツエー帝国は相変わらず、『領土の割譲を約した文書を提示せよ』の一点張りです。我々が示した前皇帝ダガーの手紙についても、『領土の割譲』の文言が見えないため無効だと言い張っております」
そう、静かな湖面のさざ波のような声で言う。
「ふん、なるほど往生際が悪いわね。それじゃワタクシがダガーに送った書簡を示してあげなさい。あれにはワタクシがはっきりと『領土の割譲』って書いていたはずだから」
脚を組み替えながらフェンが言うと、ヴォルフは首を横に振って答える。
「お嬢様からの手紙についても指摘いたしました。しかしヘイワガスキーは、ダガーの手紙がお嬢様の手紙の返事として書かれた証拠はない、と主張しております」
それを聞いて、フェンはあからさまに気分を害したような顔をヴォルフに向ける。
「まったくもう、あの親父の奴、すでに何か月にもなろうとしているのにああ言えばこう言って……。いいわ、そっちがその気なら、ワタクシにも我慢の限度ってものがあるから。
ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルグのオリジナル、すぐにシャーングリラに行くわよ」
フェンがそう言って立ち上がろうとするのを、ヴォルフは丁寧に制して、
「お嬢様、マジツエー帝国が私たちの要求を素直に飲むはずがないことは、最初から分かっていたことではありませんか。
それに、マチェットの指示かどうかまでは判りませんが、ヘイワガスキーは大司馬メイス・ダンゴスキーに命じて軍を動かす準備までしております。この状況で何の準備もなしに帝都に乗り込むのは危険でございます」
そう注意を促した。
フェンは燃えるような赤い髪を左手でさっとかき上げる。左目に当てたバラの形の黒いアイパッチがちらりと見える。
「ふうん、マチェットの坊やもなかなか怖いもの知らずってことね。仕方ないわね、ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルグのオリジナル、ちょっとマチェットたちには痛い目を見てもらう必要があるわ。準備をお願いするわね?」
「かしこまりました、お嬢様」
ヴォルフが眉毛一つ動かさずにお辞儀をするのを横目に見ながら、フェンは高笑いしながら部屋を出て行った。
マジツエー帝国の帝都シャーングリラの東には、ドリルフィン山脈が青い山並みを見せている。この山脈の最高峰であるドリル山は標高8千888メートルもあり、万年雪を戴いた山脈から流れ出るガリル川とともに、帝国の初期段階では『暗黒領域』と人間が暮らす領域を分ける境界線として機能していた。
そのガリル川の水源近くに、ウンターシャーングリラという村落が存在する。ここは20年前に発行された地図には掲載されていたが、現在はどこにあるのか不明な『謎の集落』扱いをされていた。ここにはホッカノ大陸を最初に発見し、植民を始めた伝説的人物、ドン・ペリー『提督』が賢者マーリンと名乗って住んでおり、今も錬金術を研究しているとの話がまことしやかに語られていたのだ。
ウンターシャーングリラを訪れた人間は、ここ20年でわずかに数人と言われていて、どんなに優秀な冒険者でも、なかなかたどり着けない隠れ里でもあった。
「……このウンターシャーングリラは俗世から隔絶した世界だ。それは僕が真理の探究を誰にも邪魔されたくないからってことは、君たちもよく知っているはずだが?」
集落の中心部にある一軒家の中で、一人の男と一組の男女が向かい合っていた。部屋の片隅には薬品で焦げた跡のある机の上に、何本もの試験管やビーカーが雑然と並べられている。何らかの実験を行う部屋であることは間違いなかった。
亜麻色の髪で碧眼の男からそう言われた金髪碧眼の男女は、理解のうなずきをしながらも、どこか男を見下した態度を隠すことなく言う。
「それは解っているよ、カエサル。いや、今は『賢者マーリン・アマルガム』と言った方がいいのかな?」
「私たちだってドン・ペリーから、あなたと同じ使命を与えられた存在ですもの、そこは理解しているつもりよ?
ただ、ドクター・テモフモフを殺害したのはやりすぎじゃないかしらって思ってね? あなたの意見を聞きに来たって訳なの」
そう言った二人は、腕を組んで自分たちを見つめているマーリンに対して、畳みかけるように訊いてきた。
「あなたがドン・ペリーの最高傑作であるということは認めるわ。あなたは存在の秘密に最も近くまでたどり着き、『クオリアス理論』を打ち立てた。私たちじゃ到底真似のできることではないと思う。その理論はドクター・テモフモフが完璧な自律的魔人形として昇華させたし、やがては人間の世の中をさらに発展させるものと期待していたの」
女性が言うと、それに続いて男性も、
「カエサル、エランドールはドン・ペリーが夢見た世界を構成するパーツの一つだ。
ドクター・テモフモフがいなくなった今、『クオリアス理論』を理解しているものはお前だけだと言っても過言じゃない。
俺たちはお前がなぜ、愛弟子だったテモフモフの夢を継いでエランドールを造らないのか、不思議に思っているんだ」
そう、詰め寄るような格好で訊いた。
賢者マーリンは腕組みを解くと、二人を見て答える。
「アントンとドーラの意見は把握した。話の前提としてまず、僕がテモフモフを手にかけたんじゃないことを言っておこうか。僕たちはドーラの言ったとおり、ドン・ペリーの願いを受けて生まれた存在だ。だからこそ僕は、世界の生成や万物の成り立ちについて一心に研究してきた」
そこで言葉を切ったマーリンは、顔の前で手を組み、
「アントン、ドーラ、君たちはエランドールやホムンクルスが容易く摂理の向こう側に行ってしまえる存在だと理解しているか?」
そう二人に逆に訊き返す。二人が言葉に詰まっているのを見て、マーリンはうなずく。
「エランドールもホムンクルスも、その生成に関して言えば人間や他の動物、いや妖魔ですら摂理の中にいる。いつかは無に帰すという意味では、摂理から外れた存在ではない。
しかし、ある条件が揃うと、彼らはいとも簡単に摂理を飛び越えてしまう。それがその個体にどのような影響を及ぼすかは、その個体にしか判らないんだ」
そしてマーリンは、アントンとドーラに止めを刺すように言った。
「君たちも、そんなことくらいは気付いているだろう? ただ僕たちはドン・ペリーの悲願といったものがDNAに刻み込まれているから、摂理を超えようとしないだけだ。
けれどテモフモフが造ったエランドールたち、彼らにはそんな思いはない。僕はテモフモフの訃報を耳にして、彼の研究室を訪れてみたが、そこに残された研究資料を見る限り、テモフモフはエランドールの持つ危うさに気付いていないばかりか、その欠陥を助長する改良を加えていた」
「それはどういう意味だ? まさかテモフモフはドン・ペリーの願いに背を向けたというのか? 信じられん」
アントンが言うと、マーリンは遠くを見るような目つきで、
「アントン、研究には資材やお金がいる。僕たちはそれを何とか手に入れる術を知っているが、テモフモフはパトロンを見つけることで自身の研究を進めていた。
そのパトロンとして手を挙げたのは『組織』という者たちだ。君も名前くらいは聞いたことがあるだろう?」
そう言う。アントンとドーラは『組織』のことを知っているのか、声も出せずに顔を見合わせた。
「そこで二人にお願いがある。同じドン・ペリーの遺志を継ぐ者として、テモフモフが遺したエランドールたちの状況を調査し、危険な存在なら排除してほしいんだ」
マーリンの言葉に、二人は呪縛を解かれたようにうなずいた。
マーリンは二人を見て一瞬、今日初めての微笑みを浮かべると、真剣な顔に戻って
「僕が知っているテモフモフの作品はPTD1『学生』、PTD2『戦士』、PTD3『道化』、PTD4『幽霊』、PTD5『法律家』、PTD6『ナルシスト』、PTD7『淑女』、PTD8『執事』、PTD9『踊り子』、PTD10『ドール』、PTD11『お姉さま』、PTD12『妹ちゃん』、PTD13『死神』だ。
このうち『執事』と『踊り子』は火の精霊王フェン・レイのもとにある。
『お姉さま』は水の精霊王だったアクア・ラングのマナを受けていることは判っているが、現在行方不明だ。
『妹ちゃん』についてはジン・ライムという人物に仕えているので問題はない。ただ、『お姉さま』がジン又は『妹ちゃん』に接触してくる可能性は高いだろう。まずは『お姉さま』の確保と無害化から進めてもらえばありがたいが」
そう言うと、アントンもドーラもうなずいて
「分かった。『お姉さま』の方はドーラに任せる。俺は他のエランドールたちの所在を確認しよう」
「じゃ、私は『お姉さま』を監視する一方で、『組織』についても調べてみるわ」
そう答えて席を立とうとする二人をマーリンは押し留めて、
「待ってくれ。実はそのジン・ライムという人物のことだが、僕の古い友人の話では『魔王の降臨』や『摂理の黄昏』において重要な役割を果たす存在らしい。だから彼のことは陰から支援してもらいたいんだ」
そう頼む。すると驚いたことに、アントンがびっくりした顔をして言った。
「ジン・ライム? ひょっとしてマイティ・クロウの息子か!?」
「アントン、ジン・ライムを知っているのか?」
マーリンも驚いて訊くと、アントンは首を振り、
「いや、ジン自身に会ったことはない。が、俺が『暗黒領域』を旅していた時、偶然出会った賢者ライトからその名は聞いていた」
そう答える。
「賢者ライトは、どうしても前大賢人のスリングを助けたいようだな」
マーリンが言うと、アントンは目を細めてうなずく。
「うむ、20年前の『魔王の降臨』について、どうやら真相に近づいているようだな。
マイティ・クロウから『英雄の天命』が離れていることも、天命がジン・ライムに下るであろうことも、彼女は見通していた。
マイティ・クロウとともに『約束の地』に行こうと考えていたようだが、肝心のマイティ・クロウの居場所がつかめないとぼやいていたよ」
それを聞いて、マーリンはなぜライトが大賢人を望まず、マークスマンにその座を譲って旅に出たのか解った気がした。
(そうか、大賢人スリングも、賢者ライトも、そしてエレーナ・ライムも、そのような運命のつながりがあったとしたら、彼女たちの選択は決して不可解でも、間違いでもない)
マーリンはそう思いながら、アントンとドーラを見て言った。
「君たちを僕の古い友人に紹介しておいた方がいいみたいだ。ぜひ時間をくれないか」
★ ★ ★ ★ ★
古城からほうほうの体で逃げ出したペテンシーは、何とかジンたちやシェリーたちに見つからず、ハーノバーの郊外まで逃げて来ていた。
彼は人目を憚るように周囲を念入りに観察し、誰も近くにいないことを確かめて路地裏へと滑り込む。そして一軒の家の裏口を開けて中に入った。
「くそう、この大陸でも名だたる詐欺師、オーレーハ・ペテンシー様としたことが、まんまと坊ちゃん嬢ちゃんにしてやられるとはな。俺も焼きが回ったか?」
部屋に入ると、ペテンシーは悪態をつきながら司直の制服を脱ぎ捨てる。そして目立たない服に着替え、腰に短剣を帯びた彼は、机の中をひっかきまわして幾ばくかの銀貨をポケットに入れ、
「とにかく、俺は『組織』にも目を付けられたはずだ。早いとこマジツエー帝国にでもずらからなきゃ、明日のお日様を拝めねえかも知れねえ」
焦ったように呟きながらマントを羽織って裏口から外に出た。
しかし彼は、ドアを開けた瞬間に固まってしまう。それもそのはず、そこにはセレーネと名乗った女剣士の側にいた執事のような男がペテンシーを待ち受けていたのだ。
「ペテンシーさん、セレーネ・マリア・フォン・ルーデンドルフ・インゲボルク・ヨハンナ・フォン・ヘルヴェティカはあなたを解放すると判断しましたが、我が高貴にして慈愛溢れるお方は、あなたにもう一度だけ機会を与えるとの仰せでした。どうか私について来ていただけませんか?」
そう言うと執事は返事も待たずにすたすたと歩き始める。ペテンシーは執事の態度に憤慨しながらも、不気味さや好奇心が勝ったのか、
「話があるってんのなら聞いてやってもいい。けど、俺を司直に突き出すってんなら御免蒙りたいぜ。それと、ちゃんと報酬は出るんだろうな?」
そう言いながら執事の後について歩き出した。
「大丈夫ですよ、私たちは契約を守ります。今回の依頼についても、先ほどまでの依頼とは別個の事案ですので、別に報酬をお支払いいたします」
「そいつは豪儀な話だが、いったい何をすればいいんだ?」
胡散臭そうにペテンシーが訊くと、執事は薄く笑って答えた。
「歩きながらじゃ話せませんよ。とにかく何も言わずについて来てください。詳しいお話はそこでいたしますから」
「お久しぶりですね、ジン様。アクアを首尾よく討ち取られたようで、我が主人たるフェン様も甚くお喜びでした」
僕とウォーラさん、ゴーフレット司直兄妹は、裏門方向から狙撃魔杖の発射音が轟いたので、急いで古城の崩れた城門に向かって駆け出した。
しかし城門に行きついた時、金髪の下に緋色の瞳を輝かせたセレーネさんが、黒髪の執事二人を従えて僕たちの前に現れた。
「久しぶりだね。『ド・クサイの秘宝』の一件以来だけど、今度はあの詐欺師と組んで何をやらかしてるんだい? セレーネさんは詐欺や誘拐なんていった悪事には加担しないもんだって信じていたけれど、どうやら違うみたいだね」
僕が失望を声に表して言うと、セレーネさんも気恥ずかしそうに顔をうつむけて、
「自律的魔人形の宿命です。セレーネだって良いことと悪いことの区別はつきますし、できるならそんな命令には従いたくはないのですが……」
そう言い訳がましく言い、僕の後ろでセレーネさんを睨みつけているウォーラさんを見つけると、
「あなたがPTD12『妹ちゃん』ですね? セレーネは正式型番PTD9、コードネーム『踊り子ちゃん』です。本当ならあなたとも親交を深めたいのですが、今日はセレーネもフェン様のご命令で動いていますので用件を先に済ませてしまいますね?」
ムッとしているウォーラさんに微笑んで言うと、僕の方に向き直って
「ジン様、今回セレーネがこちらに遣わされたのは、フェン様があなた様と一度しっぽりと話をしたいから案内せよとのことでした。どうかセレーネの顔を立てていただいて、フェン様との会合にご同意いただけませんか?」
そう、微笑んで言う。
しかし、僕が答えるより早くウォーラさんがずいっと前に出て、怒り顔で言い放つ。
「ダメです! たとえセレーネさんがご主人様に対して害意をお持ちでないとしても、フェンはチャチャちゃんのお母さまやラムさんに酷いことをした前科があります。
そんな方との話し合いが何事もなく終わるとは思えません。それになぜ『じっくりと』じゃなく『しっぽりと』なのでしょうか? フェンはご主人様と本当に話し合うつもりはあるのでしょうか?」
すると、セレーネさんは顔を真っ赤にして言い訳した。
「え!? セレーネはそう言いましたか? すみません、それはセレーネの願望がダダ洩れしてしまったものです。フェン様がそのようなことをおっしゃったのではございません」
「だったら余計に、私のご主人様を出向かせるわけには参りません! だいたい、エランドールがそういうこと出来るわけがございませんし、仮に出来たとしても私が許しません」
ウォーラさんも真っ赤になってセレーネさんに言う。しかし、セレーネさんの方が一枚上手だった。
「あら、『妹ちゃん』はそういう組み立て方をされているのね? セレーネは『踊り子ちゃん』ですから、殿方を悦ばせるような組み立て方をされています。ジン様、一度セレーネとゆっくり遊んでみませんか? 絶対に後悔はさせませんから」
セレーネさんはそんなことを言いながらウインクなんかしてくる。ウェカやネルコワさんとの経験がなければ、僕自身、どぎまぎして何て言ったらいいのか困ったことだろう。
「私はこの身に代えてもご主人様をお守りするのが務めです。そんなふしだらなことをおっしゃるのなら、剣に賭けてもあなたの申し出を断らせていただきます!」
エキサイトしたウォーラさんが遂に大剣を抜いた。しかしセレーネさんは、まだ双剣に手を伸ばさずに驚くべきことを言った。
「ジン様、言い忘れていましたが、フェン様のもとにはペテンシーも招待されています。
ジン様も彼に何かご用事がおありなのでしょう? フェン様との会合後、時間が許せば彼とも話ができるかもしれませんよ?」
「分かった、セレーネさんの顔を立てるため、フェンと会ってみよう」
僕がウォーラさんを抑えながら言うと、ウォーラさんは焦った表情をし、反対にセレーネさんはパッと顔を明るくした。
「ご主人様、ふしだら女の口車に乗ってはダメです。高慢ちきな女とは話し合う余地なんかありませんし、ペテンシーが居るというのも嘘かも知れません!」
焦った顔でそう叫ぶウォーラさんを心地よさげに見下して、セレーネさんは
「ふふ、さすがはジン様ですね。セレーネはジン様の決断を後悔させませんわ」
そう腕を組んで言う。
しかし、僕だって伊達に5千年前の世界でいろんな経験をしたわけじゃない。僕はセレーネさんに笑顔で続けて言った。
「ただし、会見の場所と時間は僕が指定させてもらう。その場にペテンシーも連れて来い。
それが君の提案を飲む条件だ。どうかな、セレーネ?」
僕がセレーネさんを呼び捨てにするのを聞いて、ウォーラさんがキッと僕を睨んだのが分かる。しかしこれは交渉ごとにおける技法の一つだ。ウォーラさんのご機嫌を少々損ねたとしても、ここはセレーネさんを交渉の土俵に上げるのが先だ。
案の定、セレーネさんは僕の呼び捨てに反応し、
「えっ、えっ? 今、セレーネのことを呼び捨てにされましたか?」
そう首筋まで真っ赤になって身体をくねらせる。
「うん、そういえば前回、セレーネって呼んでくれと言われたなって思い出したんだ。
それでセレーネ、僕の提示した条件はどうする? 飲まなければ僕とセレーネの縁が無かったってフェンに復命するといい」
僕がやや冷たくそう言うと、セレーネさんは途端に顔を青くして、
「そ、それは困ります。セレーネもフェン様に報告ができなくなってしまいます。ジン様、どうかセレーネをいじめないでください」
そう僕に懇願してくる。僕はわざと冷たく言い放った。
「僕は君をいじめているつもりはない。セレーネならともかく、相手がフェンなら信用が置けないから、これくらいの条件を出してもいいだろう?」
そして、困り顔のセレーネさんに止めを刺すように、わざとウォーラさんの肩を抱きながら言った。
「条件に同意してもらえないのは残念だ。ウォーラ、やっぱり君に心配かけるわけにはいかないから、セレーネにはお引き取り願おうか」
すると、セレーネさんは叫ぶように言った。
「分かりました! ジン様の条件をフェン様にお伝えいたします。その代わり、ドタキャンとかはなしでお願いいたしますよ?」
ペテンシーが連れて来られたのは、ハーノバーの政庁舎だった。
彼はヴォルフが何のためらいもなく政庁舎に向かっていることを察すると、
「おいおい、俺はこの町の司直から追われている身だぜ? そんな俺が政庁舎になんて行ってみろ、あっという間に手が後ろに回っちまうぜ。あんた、俺を裏切ったってんじゃねえよな?」
そう凄むと、その場から走り去ろうと身構える。
するとヴォルフは、鷹揚に振り返って、
「まあお待ちなさい。この町の執政、ヤーマブキー・ロノオカッシーがあなたを拘束させるも見て見ぬふりをさせるも、我が麗しの主人が命ずるままです。
今はあなたにものを頼みたいと我が主人が申していますので、あなたが捕まることは万に一つもありえませんよ」
そう言うと、薄くはあるが人を安心させるような微笑を浮かべる。それを見てペテンシーは、
「とにかくアンタを信じてみるよ。裏切られたらその場から逃げればいいだけだしな」
そう覚悟を決め、ヴォルフと共に政庁舎に入った。
4階の執政執務室までは、二人のことを咎める者は一人もいなかった。むしろ秘書が降りてきて、二人を執務室まで案内したほどだった。
執事が執務室のドアを軽くノックすると、中からツンケンした女性の声で
「入りなさい」
そう入室を促してきた。
「おい、この町の執政官はヤーマブキー・ロノオカッシーだったよな? いつからロノオカッシーは女になったんだ?」
ペテンシーがこれ以上ないくらいに胡散臭そうな様子を顔に出して訊くが、執事は全く動じた様子もなくドアを開けた。
「お嬢様、オーレーハ・ペテンシー様をお連れ致しました」
執事がうやうやしくお辞儀をして言うと、執務室の重厚な机に腰を下ろしていた女性がすっと立ち上がる。白いシャツにタキシード姿で、首には真っ赤な蝶ネクタイをしている。
女性は燃えるような赤い髪を右手でサッと払うと、
「ご苦労様、ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルクのオリジナル」
そう言いながら緋色の瞳でペテンシーを見つめて、薄く笑いを浮かべると、
「あなたが古今東西類を見ない詐欺の天才、生粋のペテン師と言われるペテンシーね?
初めまして、ワタクシの名はフェン・アリステス・アリスタティア・デ・ラ・マルシェレイ。甚九郎くんを罠にはめるのは失敗したそうだけど、これから言うミッションを完遂してくれれば失敗の責任は問わないし、別にボーナスも差し上げるわ。どう、良い話でしょ?」
腰に両手を当てて言うフェンだった。
ペテンシーはあからさまに警戒して、逃げ道を探すように視線を動かしながら訊く。
「あんた、何者だ? 執政官の部屋に勝手に入るなんて」
「あら、ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルクのオリジナルから聞かなかったかしら、ワタクシはたいていの町の執政官とは顔見知りなの。だからロノオカッシーもワタクシの言う事を素直に聞いてくれたわ。並行世界の彼方に行って自分の運命を試したくはないでしょうしね」
ペテンシーは、そんなフェンの物腰やヴォルフの柔和な表情に、やっと自分に危害を加えるつもりがないことを確信したのか、やや落ち着きを取り戻して言った。
「……考えてみれば、あんたらは最初っから俺を騙そうなんてしていなかったよな。
分かった、今度は何をすればいい? さっきの仕事は少し油断しちまったからうまく行かなかったが、今度はちゃんとご要望にお応えして見せるぜ」
するとフェンは、にんまりと笑って、
「じゃ、とりあえずワタクシの城まで来てくれないかしら。あなたにお願いするのは、マジツエー帝国を向こうに回した壮大なペテンよ」
そう言うと魔力を発動し、三人の姿はその場から消えた。
★ ★ ★ ★ ★
「その、フェンとか言う女のところにご一緒させてはいただけませんか?」
セレーネさんがフェンに僕の条件を伝えるため姿を消すと、エルとジェイのゴーフレット司直兄妹が僕に掛け合って来た。
「フェンという女がペテンシーを匿っているのなら、彼女も容疑者の蔵匿に当たります。司直の責務として話を聞かなければなりません」
ジェイ・ゴーフレット司直は真剣な顔をして僕に詰め寄ってくる。それをシェリーやウォーラさんが、
「フェンって言うオンナは話し合いなんてものができるタマじゃないわ。魔力が扱えなければ、相手すらしてもらえないわよ」
「そうです。ペテンシーだけならともかくとして、セレーネなんていう女やエランドールの執事たちは、あなた方人間じゃ到底手には負えません。ここはご主人様や私たちにお任せください」
そう言ってなだめるが、
「もし、あなた方の言うようにフェンが悪事を企んでいるのなら、ペテンシーをこれ以上悪に染めるわけにはいきません。フェンとその一味には手を出しませんので、私たちも同行させてください!」
エル司直補さんも真剣な顔で頼み込んでくる。
(これはひょっとして、この二人とペテンシーとの間には何かあったのかもしれないな)
僕はそう考え、ジェイ司直にその疑問をぶつけてみた。
「ジェイさん、僕の勘違いなら謝りますが、あなた方兄妹とペテンシーの間には、何か確執めいたものがあるんじゃないですか?」
するとジェイさんとエルさんは一瞬身体を強張らせたが、
「……後でお話しします。まずはペテンシーを無事確保することに神経を使いたいですから。ジン団長殿、それではいけませんか?」
絞り出すような声でそう言うジェイさんの唇は強く引き結ばれている。僕はそれを見て、これ以上彼らから話を聞くことも、同行を諦めさせることも難しいと感じた。
僕はシェリーとウォーラさんの顔を見る。二人とも難しい顔をしていたが、考えていることは僕と同じみたいだった。
「……アタシたちだって自分の身を守るので精一杯だと思うわ。それでもいいんですか、エルさん?」
シェリーが訊くと、エルさんは強くうなずいて、
「それは覚悟しています。でもわたしたちはどうしてもこの手でペテンシーを確保しなくちゃいけないんです」
真剣な表情でシェリーを見つめ返した。
そのやり取りを見て、ウォーラさんは僕に助言してくれる。
「ご主人様、ゴーフレットさんたちを連れて行くことにしましょう。そうすれば私たちはフェンやセレーネたちに集中することができます」
僕も、もはやそうするしか方法はないと思った。
「分かりました。一緒にペテンシーを追いかけましょう。フェンの使者であるセレーネという自律的魔人形には、会合場所にペテンシーを同行させるよう条件を出しています。奴らが約束を守れば、僕たちの代わりにペテンシーと話をしてください。
しかし、奴らが約束を破った場合は、速やかにその場を立ち去ってもらわないと、あなた方の無事は保証できません。それを約束してもらえますか?」
僕の言葉に、ゴーフレット司直兄妹が喜んで返事をしようとした時、
「団長さん、少しお待ちください。出発の前に、ハーノバーで起こっている失踪事件を解決して行きませんか?」
そう言いながらブルー・ハワイさんが一人の女性を伴って部屋に入って来る。その女性を見て、ジェイ司直が驚きの声を上げた。
「あなたはマジメーナさん。ロノオカッシー執政の娘さんがなぜここに?」
それを聞いてブルーさんは薄く笑い、マジメーナさんと呼ばれた女性に
「こちらの司直たちは、今度の失踪事件を特に心がけて調査しています。他の司直がまったく動かないのに、自らの立場が危うくなるかもしれないことを気にもかけずにね。
それにこちらの騎士はドッカーノ村騎士団のジン団長です。ご存知かもしれませんが、ジン団長の騎士団はさまざまな事件を解決に導いた功労により、アルクニー公国から栄誉騎士メダルを、リンゴーク公国からは名誉メダルと所領を受け取っておられる一級騎士団ですし、我が『ドラゴン・シン』とも旧知の間柄。
あなたのお悩みは、こちらの方々が解決してくれるかもしれません。私に話してくださったことを、今一度ここでお話ししていただけませんか?」
「それで、甚九郎くんの条件を唯々諾々と受けて来たって言うわけね? 場所と時間を甚九郎くんの都合に合わせ、大事な要件を任せたいと思っているペテンシーを連れて行くなんて、あなたはどこまで甚九郎くんに甘いのかしら?」
ホッカノ大陸、マジツエー帝国の帝都シャーングリラ郊外にある古城の一室で、フェンは不機嫌そうにセレーネの報告を聞いて言う。セレーネは顔を赤くして、いつもの彼女に似つかわしくないほど縮こまっていた。
「いいこと、ペテンシーはすでにマチェットの坊やに一泡吹かせるための準備にかかっているのよ? それにワタクシもまたぞろハーノバーくんだりまで出かけている暇はないの。
優秀なエランドールのセレーネ・マリア・フォン・ルーデンドルフ・インゲボルク・ヨハンナ・フォン・ヘルヴェティカともあろうあなたが、どうしてそれくらいのことを理解していないのかしら?」
フェンは馬鹿でかいマホガニー製の執務デスクで書き物をしながら、セレーネにそう言ってセレーネに視線を向ける。その非難するような眼に、セレーネは思わず首筋に寒気を感じたが、勇気を振り絞って言葉を吐きだした。
「……もちろん、セレーネも得失は比較いたしました。その結果、フェン様がジンと話し合うことは、どんな結果に終わろうともフェン様の貴重な時間をかけるに値すると考えたのです。そのため、彼の条件をフェン様に伝えるということで拒絶や黙殺されることは回避いたしました」
フェンは必死になって弁解するセレーネから視線を外し、書類を読んでいるふりをする。それがフェンの機嫌が悪い時の癖だとセレーネも分かっているため、セレーネは根気よく自分がそう判断したことの理由を説明した。
けれどその時、肝心のフェンはまったく違うことを考えていた。
(ふん、いろいろと理由を付けているようだけど、結局のところ彼女は甚九郎くんに好意を寄せているだけですわ。まあ、彼女がヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルクのオリジナルにちょっかいをかける可能性が減ったことだけでも、ワタクシにとっていいことではあるわね)
そう思ったフェンは、ゆっくりと羽ペンをインク壷に差し込みながら言った。
「セレーネ・マリア・フォン・ルーデンドルフ・インゲボルク・ヨハンナ・フォン・ヘルヴェティカ、あなたの言い分は分かりました」
重々しい声に、セレーネは息を飲んで押し黙る。この後フェンが何を言うのかは、さすがに長く仕えたセレーネでも予想は不可能だった。
何しろフェンは気まぐれで、しかも独自の美学を持っている。信じられないほど理不尽で非情なことを平気で言う一方で、苛烈さがウソと思えるほど慈愛に満ちて真っ当なことを言うこともあるのだ。
しかもそれに一定の法則などはまったく感じられない。まさに『神は気まぐれに人を愛し、理由もなく人を罰する』としか言いようがないのだ。それでセレーネは大きな災厄が降りかかることを覚悟した。
しかし、フェンが下した命令は、セレーネの予想を半分裏切るものだった。
「甚九郎くんが魔族の分際でこのワタクシ、並行宇宙の管理者であるフェン・アリステス・アリスタティア・デ・ラ・マルシェレイとの謁見に条件を付けるという無礼は見逃して差し上げましょう。
しかし、ペテンシーの帯同は認めません。彼には引き続きマジツエー帝国への作戦に没頭してもらわないといけないので。
セレーネ・マリア・フォン・ルーデンドルフ・インゲボルク・ヨハンナ・フォン・ヘルヴェティカ、ご苦労だけどワタクシの意見を甚九郎くんに伝えるとともに、彼が望む場所と時間を聞いて来ちゃいなさい」
セレーネはフェンの言葉を聞いて、
(ペテンシーを連れて行かなければ、ジン様はフェン様との話し合いを拒否されるでしょう。
しかし、ジン様を敵に回すのはどう考えてもフェン様のためにはなりません。マジツエー帝国との協議を遅らせても、ペテンシーを連れて行くことに同意していただかないと)
そう心に決め、やや怒ったような顔でフェンに意見した。
「我が尊敬する主、並行宇宙の管理者たるフェン・アリステス・アリスタティア・デ・ラ・マルシェレイ様に申し上げます。ジン様はご主人様にとって仲間とすべき人物です。今、彼の希望を断って話し合いの余地を無くすのは、後々ご主人様の首を絞めることになりかねません。どうかお考え直しいただき、ペテンシーの帯同を許可してください」
フェンは冷ややかな顔でセレーネの言葉を聞いていたが、途中であからさまに不機嫌な顔になり、セレーネの言葉が終わるや否や身体からパッと魔力を湧き立たせた。
「セレーネ・マリア・フォン・ルーデンドルフ・インゲボルク・ヨハンナ・フォン・ヘルヴェティカ、あなたにはワタクシという主人がありながら、ジン・ライムを様付けしたわね!? 自律的魔人形のくせに、二股かけようっていうの?」
紅蓮の炎に似た魔力はセレーネをたじたじとさせたが、『エランドールなのに二君に仕えるのか?』というフェンの言葉は聞き逃せなかった。
「何をおっしゃるんですか!? セレーネは今までも、そしてこれからもずっとフェン様のために力を尽くして参るつもりです。ただジン様は味方にして頼りがいのある人物ですし、彼といい関係を築くことはフェン様にとってもプラスになると判断し……」
「お黙り! セレーネ」
癇癪を起こしたフェンは、セレーネの言葉を遮って立ち上がり、炎鴉を呼び出して叫ぶ。
セレーネは炎鴉を見て、
(これだけ言っても聞き入れられなければ、スクラップにされても仕方ないわ。最期にジン様と今後のことを話し合いたかったな。『妹ちゃん』、ウォーラ・ララって言ったっけ? 彼女はいいご主人に巡り合えて幸せね)
そう、覚悟を決めて目を閉じた。
ブルーさんが連れてきた女性は20代半ばで、そんなに派手ではないが清楚さと気品を感じさせた。まあ、この町の執政官の娘だというから、そこは当然かもしれない。
「私はマジメーナ・ロノオカッシーと申します。父の申し付けでこの町の民生や福祉に携わらせていただいています」
柔らかくはあるが、どことなく芯の強さを感じさせる声だった。僕は彼女の第一声を聞いて、この女性は名前のとおり真面目な生き方をしてきたんだなと感じた。
「初めまして。僕はドッカーノ村騎士団の団長、ジン・ライムです。こちらは副団長のシェリー・シュガーと団員のウォーラ・ララ、チャチャ・フォーク。
早速ですが、失踪事件のことをお話ししていただけますか?」
僕が言うと、マジメーナさんは顔色を白くしてうなずき、のっけからとんでもないことを口にした。
「この失踪事件の黒幕は、私の父です」
そう言われて、僕も、いやシェリーやウォーラさん、チャチャちゃんも一瞬思考が止まった。では詐欺事件の被害者を狙って誘拐(?)していたのは、この町の執政官であるヤーマブキー・ロノオカッシーってことか? いったいなぜ?
そんな声にならない疑問を、僕たちの表情から読み取ったのだろう、マジネーナさんはうなずくと大きく深呼吸して続けた。
「私のところにも、詐欺の被害者から相談がひっきりなしにあっていました。ですから詐欺事件にペテンシーが関係していることも知っています。
けれど、ペテンシーが主犯となって行ったこれまでの詐欺とは少し違うところがあって、私も、私の部下も不思議に思っていました」
「これまでのペテンシーが起こした事件と違うところっていうのは、被害者が行方不明になっているところですか?」
僕が訊くと、マジメーナさんは首肯して
「はい。ペテンシーは『奪うのは金だけ』をモットーにしていましたので、被害者がその後重ねて害を被ることはありませんでした。ペテンシーは相手の経済状況に応じて騙し取る金額を決めているみたいで、詐欺に遭ったからって被害者がそれで破産するとか、生活が立ち行かなくなるとかってことは、今までただの一度もありません。ましてや被害者が忽然といなくなるなんて前代未聞です」
そう一気に言うと、一つ息をして、
「それに、ペテンシーは詐欺を働いた後、遅くとも1週間以内にはそのお金を南東地区のスラムに住んでいる人々に分け与えていました。今回の詐欺事件では、被害者のお金がばらまかれた形跡がないのです」
そう言ってジェイ司直やエル司直補を見る。
「あなた方は司直だそうですが、今回の失踪事件を他の司直たちが捜査している様子はありますか?」
そう訊かれたジェイさんは、いぶかしげな顔で答えた。
「そう言えば、『連続失踪事件』の捜査本部って設置されていないな。エル、お前は何か聞いていないか?」
「ううん、捜査本部のことは何も聞いていないよ? それに同僚たちは『連続失踪事件』じゃなくて『ペテンシー詐欺事件』として失踪事件のことも調べているみたい。そうしないと詰所主幹の司直長が捜査を認めてくれないんだってぼやいてたわ」
エルさんがそう言うのを聞いて、僕はピンときた。
「誰かが失踪事件を『詐欺被害にあって絶望した被害者が自分で蒸発した』ってことにしたいらしいね。そうしたらペテンシー一人が悪者になるからね。
それでマジメーナさん、ロノオカッシー執政が捜査の邪魔をしている証拠でもつかんだんですか?」
僕が訊くと、マジメーナさんは大きくうなずいて言った。
「はい、そのとおりです。私は、父が司直隊長を呼び出して不機嫌そうに『連続失踪事件』の捜査をすぐに中止するよう命令しているところを目撃したんです。
もちろん司直隊長は50人に近い人たちが不可解な失踪を遂げているのですから、捜査の中止命令を頑強に撥ねつけました。
けれど、次の日にはその司直隊長は罷免されてハーノバーから追放になりました」
確かにおかしな動きをしている。普通、自分が責任を持っている町で今回のような事件が起こったら、罷免された司直隊長のように考えるはずだ。それをわざわざ命令まで出して指揮権を発動するのは、調べられたらロノオカッシー自身が困ることがあるからだと思わないではいられない。
けれど、それだけではロノオカッシーが黒幕とは断定しかねる。他に彼をけしかけた人物がいる可能性だってあるのだ。例えばそれが『組織』だったとすれば、ペテンシーにセレーネさんが関わっていたのも納得できる。
僕がそう思っていると、マジメーナさんはつらそうな顔でさらに付け加えた。
「私も最初は、なぜ父が『連続失踪事件』の捜査を中止させるのか、『ペテンシー詐欺事件』を優先事件として司直隊に指示したのか、その理由が分かりませんでした。
そんな時、私の友人で会計部署の出納責任者をしている者が、私と秘密裏に話したいと家にやって来ました」
そこまで聞いて、僕はマジメーナさんに尋ねた。
「出納担当が把握していないお金の流れがあったんですね? その額が詐欺被害の総額と一致したと……そんなところですか?」
するとマジメーナさんはびっくりして固まり、今まで僕たちのやり取りを聞いていたブルーさんが拍手をしながら話に加わって来た。
「お見事、ジン団長。さすがは我が団長のド・ヴァン様が『最高の友人』と自慢されるだけありますね」
「……ジン様のことはブルー様からお聞きしてはいましたが、さすがに若くして一級騎士団を統率されるだけありますね」
マジメーナさんの称賛を聞きながら、僕は少し気恥ずかしくなった。それで僕は慌てて
「では、その証拠をお持ちでしょうか? 証拠があれば、ここには司直もいることですし、すぐにロノオカッシーの確保に向かいましょう。それか、ロノオカッシーの処遇についてマジメーナさんに何かお考えでもありますか?」
そう訊くと、彼女の代わりにブルーさんが答えた。
「証拠はそろっているそうです。
ただ、今回の騒動にはペテンシーだけでなく『組織』の人物も関わっていましたよね?
ロノオカッシーと『組織』のつながりが気になりますから、ド・ヴァン様は『ドラゴン・シン』としてこの事件解決に当たれと指示をされています。
そこで、私の意見ですが……」
僕らはブルーさんが言う作戦に従って、ロノオカッシーを糾弾すべく行動を開始した。
(詐欺師を狩ろう その3へ続く)
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
ワインとラム、『騎士団』随一の智と勇を備えた二人を欠く状況ですが、どうやら事件の核心に迫って行けそうです。それはとりもなおさず、ジンだけでなくシェリーやウォーラ、それにジンジャーたちも成長しているということでしょう。
賢者マーリンが不思議な動きをしていますが、それは四神や『賢者会議』とどのような関係があるのか。物語も大きな転機を迎えそうです。次回もお楽しみに。




