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キャバリア・スラップスティック  作者: シベリウスP
トオクニアール王国編
63/153

Tournament63 Swindler hunting:part1(詐欺師を狩ろう!その1)

現代に戻ったジンは、状況の推移を見てユニコーン族やオーガ族に協力を要請するためとラムとワインを分派する。

その頃、精霊覇王エレクラからジンの守りを言いつかった水の精霊王マーレのもとに、思わぬ訪問者が。

【主な登場人物紹介】


■ドッカーノ村騎士団


♤ジン・ライム 17歳 ドッカーノ村騎士団の団長。ケンカにはめっぽう弱く、女性に好感を持たれやすいが、女心は分からない典型的『鈍感系思わせぶり主人公』


♤ワイン・レッド 17歳 ジンの幼馴染みでエルフ族。結構チャラい。槍を使うがそれなりの腕。お金と女性が大好きな『やるときはやる男』


♡シェリー・シュガー 17歳 ジンの幼馴染みでシルフの短剣使い。弓も使って長距離戦も受け持つ。ジン大好きっ子だが報われない『負けフラグヒロイン』


♡ラム・レーズン 18歳 ユニコーン族の娘で『伝説の英雄』を探す旅の途中、ジンのいる村に来た。魔力も強いし長剣の名手。シェリーのライバルである『正統派ヒロイン』


♡ウォーラ・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造った自律的魔人形エランドール。ジンの魔力マナで再起動し、彼に献身的に仕える『メイドなヒロイン』


♡チャチャ・フォーク 13歳 マーターギ村出身の凄腕狙撃手。村では髪と目の色のせいで疎外されていた。謎の組織から母を殺され、事件に関わったジンの騎士団に入団する。


♡ジンジャー・エイル 20歳 他の騎士団に所属していたが、ある事件でジンにほれ込んで移籍してきた不思議な女性。闇の魔術に優れた『ダークホースヒロイン』


■トナーリマーチ騎士団『ドラゴン・シン』


♤オー・ド・ヴィー・ド・ヴァン 20歳 アルクニー公国随一の騎士団『ドラゴン・シン』のギルドマスター。大商人の御曹司で、双剣の腕も確かだが女好き。


♤ウォッカ・イエスタデイ 20歳 ド・ヴァンのギルド副官。オーガの一族出身の無口で生真面目な好漢。戦闘が三度の飯より好き。オーガの戦士長、スピリタスの息子。


♡マディラ・トゥデイ 19歳 ド・ヴァンのギルド事務長。金髪碧眼で美男子のような見た目の女の子。生真面目だが考えることはエグい。狙撃魔杖の2丁遣い。


♡ソルティ・ドッグ 20歳 『ドラゴン・シン』の先鋒隊長である弓使い。黒髪と黒い瞳がエキゾチックな感じを醸し出している。調査・探索が得意。


♤テキーラ・トゥモロウ 年齢不詳 謎の組織から身分を隠して『ドラゴン・シン』に入団した謎の男。いつもマントに身を包み、ペストマスクをつけている。


   ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


 僕とド・ヴァンさんの決定により、ド・ヴァンさんの騎士団『ドラゴン・シン』は一足先にトオクニアール王国の王都フィーゲルベルクを目指し、僕の『騎士団』はラムさんを故郷ユニコーン侯国に分派する必要上、いったんハーノバーまで北上して王都を目指すことになった。


「団長くん、今回は一刻を争う。できるだけ早くフィーゲルベルクに来てくれたまえ。ブルー、団長くんたちを頼んだぞ?」


 ド・ヴァンさんはそう言って、立派な馬車を連ねて王都へと出発した。途中途中で団員を合流させ、できるだけ派手派手しく王都に乗り込む腹積もりらしい。


「ジン団長、行きましょう」


 ド・ヴァンさんの命令でリンゴーク公国から駆け付けたブルー・ハワイさんが、御者台の上から声をかけて来る。彼は『ドラゴン・シン』の遊撃隊長であるが、僕たちのために四輪馬車とともにド・ヴァンさんが差し向けてくれたのだ。


「はい、またお世話になりますね?」


 僕はそう言いながら1号車に乗り込む。ちなみに相席するのはいつぞやのようにワインとウォーラさんだ。


 さすがに四輪馬車は車内が広く板バネも効いて、乗り心地は快適だ。僕はそう思いながら、車窓を流れる風景に見入っていた。ウンターヴァルデンの出口では、東の方に連なる山々を見ながら、


(この山並みの麓を通って、魔軍を叩きに進撃したな。遠い昔のことみたいだけど、まだ半年も経っていないんだな……)


 いや、実際に5千年も前の話ではあるんだが、それでも自分で経験したことだけに、当時の風景を思い出しながら見る現在の風景は、僕にとって感傷を禁じえなかった。


「ときにジン、キミの話では、キミはあっちの世界に半年ほど滞在したそうだね。そこで起こったことを話せるだけでいいから話してくれないか?」


 ワインが珍しく真面目な表情で訊いて来る。僕はできるだけかいつまんで、ウェカとの出会いからベロベロウッドの森での決戦までを話した。


 ワインは腕を組んでじっと話を聞いていたが、僕の話が終わるといつもの笑顔を向けて


「大変だったようだね。お疲れさん、ジン」


 僕をねぎらうように言うと、もう一度ニッと笑ってくれた。


 しかし、ウォーラさんはおずおずと僕に、


「あのう、そのウェカさんって方、シェリーさんに似ていませんでしたか? 金髪で碧眼で、弓を引かれる」


 そう訊いて来る。僕はびっくりして思わずウォーラさんに詰め寄っていた。


「ウォーラさん、どうしてそれを? 確かにウェカはシェリーそっくりだった」


 広いとはいえ、馬車の中で僕に両肩を掴まれたウォーラさんは、びっくりしてアンバー色の瞳を持つ眼を大きく開き、顔を赤くしている。


「じ、実はあの遺跡の『影の庭』で、ウェカさんの残留思念を感じたことがあるんです。ドラゴンの大群に囲まれても最期まで勇敢に戦っていました」


 僕はその言葉を聞いて、ウォーラさんが観たのは確かにウェカの最期の場面だったと確信した。と共に、ウェカの最期の言葉が頭の中でこだまする。


『ジン、さよなら。愛してる』


 真っ青になって固まった僕に、ワインが静かに語りかけて来た。


「なるほど、それで判ったよ。キミがあっちの世界から帰って来た後、妙にシェリーちゃんによそよそしい態度を取るなと不思議だったんだ」


 そう言うと、優しい目で僕を見て、ズバリと訊いて来た。


「ジン、そのウェカってひとは、キミの初めての女性だった。そうだろう?」


 僕はいろいろな想念が頭の中で渦を巻いて、気持ちの整理ができなかった。頭がとても熱かった。


 それでもワインは、僕の様子を見てうなずき、


「そういう女性なら、キミの記憶に深く刻まれても仕方ないさ。ましてやその子がシェリーちゃんそっくりだったんなら、シェリーちゃんを見る度に辛い思いをしただろう」


 そう言いながら、僕の肩に手を置いて、しっかりとした声で


「でも、ウェカさんはウェカさん、シェリーちゃんはシェリーちゃんだ。キミがシェリーちゃんの代わりとしてウェカさんを愛したんじゃないように、シェリーちゃんだってウェカさんの代わりにはならない。

 それに、ウェカさんが『乙女』だったんなら、それはウェカさんが自ら選んだ運命なんだ。断じてキミのせいじゃない、そのことは強く言っておくよ」


 僕が不思議そうにゆっくり顔を上げると、ワインは片方の眉を器用に上げて


「キミがいないからっていって、ボクが何もしないと思うかい? 調べたんだ、5千年前の『摂理の黄昏』って奴をね? ついでにウェンディとも渡りをつけて、彼女がエレクラ様の遣いでキミの様子を見に行った時、その様子も教えてもらっていた」


 そう種明かしするみたいに言った。だからワインは『乙女』のことも知っていたのだ。


「ウェカが死んだのは、僕のせいじゃないのか? 僕があの世界の流れを、今の世界につながるように修正してしまったから、ウェカは死んだんだろう?」


 僕がそう訊くと、ワインは痛ましそうな顔でそれを否定した。


「ジン、運命はあらかじめ複数の選択肢として与えられている。バッグの中にパンとライスとビスケットが入っているようなものだ。どれを食べるかで運命は変わる。そしてどれを食べるかは持ち主が決めるんだ」


 そしてワインは僕にうなずいてみせ、


「ウェカさんの運命の選択肢には、たまたま『乙女』が入っていた。そして彼女はそれを選んだ、ただそれだけのことさ。キミの不幸は、たまたまキミが『伝説の英雄』で、ウェカさんを好きになってしまったことかな。

 ウェカさんの死を自分の責任だって思うのは、キミらしい優しさに満ちた解釈だが、実際の『摂理』や『運命』は、もっと冷酷で非人情的だ。そのことは今後のキミのためにも忘れないでいてくれたまえ」


 そう突き放すように言うと、話を聞いて赤くなったり青くなったりしていたウォーラさんに目を向け、ワインらしい人懐っこい笑顔と共に冗談めかして言った。


「ウォーラさん、今日のこのことはみんなには内緒にしてくれないか? でないとジンはシェリーちゃんやラムさんからボコボコにされるだろうからね?」



 その頃、エレクラからジンのことを頼まれた水の精霊王マーレのもとに、思わぬ客が訪れていた。


 彼女はどう見ても12・3歳で身長140センチ程度。明るい緑の髪を持ち、深い緑色の瞳をしていた。


 最初、来客を告げられたマーレは、取次ぎの女官から少女の風貌を告げられても心当たりがなかった。それに見た目が少女でもかなりの魔力を持つと聞いて、


(ひょっとしたら『組織ウニタルム』が偵察に寄越した者かもしれない。注意すべきだわね)


 と、緊張した面持ちで少女と会った。


「水の精霊王はアクエリアス様じゃなくなっていたのね」


 少女は応接間に通されると、マーレを見て最初にそう落胆した表情をした。


「アクエリアス様は10年ほど前にアクア・ラングに精霊王を引き継がれました。今はわたし、マーレ・ノストラムが後を任せられています」


 マーレが静かに言うと、少女はさらに


「アクア・ラングなら知っています。彼は今どこに?」


 そう問いかけて来る。マーレは目を瞑って首を横に振ると、


「彼は死にました。『組織』の命によってジン・ライムの命を狙い、返り討ちにされたのです」


 そう答える。


 少女はしばらく絶句していたが、


「わたくしは元・木々の精霊王だったマロン・デヴァステータ。今日は今話に出たジン・ライム殿の件で相談に参りました」


 そう名乗った。


 マーレはマロンの名を聞いて吃驚する。遠い昔には木々の精霊王がいたこと、彼女は魔族の始祖と言われるアルケー・クロウと手を結んで神の座を追われたことは、マーレもアクエリアスから聞かされていたからだ。


 当然、マーレはマロンに警戒心を露わにする。アルケー・クロウの仲間なら、『賢者会議』と対立している『組織』との接点がないとは言い切れない。


「それで、どのような相談ですか?」


 マーレはマロンにそう話を続けるよう促すと同時に、隣に佇立している副官のモーリェに目配せする。

 モーリェはマーレの意を察して、


「お茶を準備いたします」


 そう言うと席を外した。


 マロンはマーレの動きを知ってか知らずか、ゆっくりと彼女が『アクアリウム』を訪れた理由を話しだした。


「わたくしは『摂理の黄昏』が近いと感じています。それを止めるにはアルケーとジン・ライム殿が手を結ぶことが必要だと思っています」


 そう言うと、翠の瞳を真っ直ぐマーレに当てて、


「しかし、アルケーはジン殿を目の仇にしています。5千年前の世界でも、彼の恋人だった女性を惨殺しているほどに……ジン殿には手を出さないとわたくしと約束してくれたアルケーですが、そのやり方を見ていると約束を反故にされる可能性を捨て切れません」


 そう力なく言う。


「それで?」


 マーレが先を促すと、マロンは思い切った様子でマーレに


「それで、わたくしがジン殿を守らねばと思いました。『ラント』に伺ってみましたがエレクラ様はご不在、フェンははっきりとジン殿の敵、ウェンディ様は敵味方不明……それで、あなたのところに伺ったのです。あなたならジン殿の所在を知っているだろうと」


 そう言って来た。


「あなたも精霊王を頂くくらいの存在なら、ジン・ライムの居場所くらい判るはずでは?」


 マーレが不審な表情で訊くと、マロンは首を振って自嘲気味に答える。


「わたくしの魔力は、『運命の背反者(エピメイア)』を眠らせたときにほとんど使ってしまいました。まだ完全には回復していないので、全力発揮は1回しかできません。

 それでも、アルケーが現れたとき、何がしかの役には立つはずです」


 マーレは、マロンの真剣な眼差しを見て、彼女が嘘を言っていないことは解った。しかし、アルケー・クロウが絡むことを自分の一存で処理できないとも考えていた。


 判断に迷ったマーレのもとに、モーリェがエレクラを案内して入って来る。


「マロン、お前は『摂理の調律者(プロノイア)』様から精霊王をはく奪された身、私たち精霊王との接見も禁止されているはずだが?」


「エレクラ様」


 白髪で琥珀色の瞳を持つ男性は、そう言いながらずかずかとマロンの前まで歩いて来ると、マーレを振り返っていう。


「マーレ、よく知らせてくれた。礼を言うぞ」


 マーレが何も言えずに黙っていると、マロンがエレクラの服に縋りつきながら、


「エレクラ様、プロノイア様からの命令は重々承知しておりますし、わたくしがここに来たことでマーレ殿に迷惑がかかることも存じています。

 けれど5千年前の事象をご覧になったとおり、アルケーは危険な存在になり果てています。わたくしはジン殿だけでなくアルケーも救いたいのです。

 無礼と承知していますが、どうかジン殿の居場所を教えてください!」


 哀願するように叫ぶ。


 しかしエレクラは厳然たる態度でマロンに言い渡した。


「ならん! ジン・ライムは『繋ぐ者』として我々の希望となるか、『摂理の破壊者』に堕ちるかの岐路に立っている。

 アルケーと摂理のことを詳しく調べて来たそなたには悪いが、ジン・ライムがハーノバーに向かっているなどと教えるわけにはいかんのだ」


 それを聞いて一瞬、ぼうっとしたマロンだったが、エレクラから続けて、


「分かったか。分かったら早くここから出て行くがいい」


 そう言われてハッとし、


「分かりました。ありがとうございますエレクラ様」


 そう飛び切りの笑顔を残して『アクアリウム』から消えた。


「あの、エレクラ様……」


 マロンが消えた後、マーレが声をかけると、エレクラは天井を見上げてつぶやいた。


「マロンは我々を裏切ったわけではない。そのことはウェンディもよく知っている。

 しかし、プロノイア様からの明確な赦免のご指示がない限り、我々が彼女にできることはこれが精一杯だ。

 マーレ、この場のことは当分の間、他言無用だぞ。マロンが来たことも忘れるんだ」


   ★ ★ ★ ★ ★


 ハーノバーはヒーロイ大陸でも古い歴史を持つ都市で、町は直径3マイル(この世界で約5・5キロ)の壁に囲まれた旧市街と、その外に雑然と広がる新市街に分かれている。


「ではジン様、私は故郷で父上にジン様をお迎えする準備を整えてもらいますが、ジン様もどうかご無事で」


 ラムさんはハーノバーに着くと、一息つく暇も惜しんですぐにユニコーン侯国へと旅立って行った。


 ここまでの旅で疲れているはずだし、僕が5千年前の世界に行っている間にもいろいろな気苦労もあっただろうから、せめて2・3日ゆっくりしてはと勧めたのだが、


「ド・ヴァン殿の話を聞く限り、状況は思ったより切迫しているようです。軍団は今日と言って明日に発向できるものではありません。準備に掛かるのは早いほどいいはずです」


 そう言って譲らなかったのだ。


 仕方なく僕は、彼女の説得を助ける意味でも、途中の行程を短縮できることからも、ワインを帯同させることにした。


 僕からそう言われたワインは、


「えっ、ボクがかい?」


 と最初はびっくりしたようだが、すぐに笑顔になって、


「ふむ、キミのことをユニコーン侯アンタレス・アスター殿やシール・レーズン戦士長殿に売り込んで来ればいいんだね? 判った、確かに引き受けるよ」


 そう言うと、嫌がるラムさんを引きずって転移魔法陣の向こうに消えた。


 さて、そうなると僕には差し当たって頭を悩ませることが一つあった。


 他でもない、今夜の宿の部屋割だ。


 ワインがいれば彼と同室すればいいだけなんだが、まさか僕が女の子と同室ってわけにはいかない。と言って、僕が単身で寝ることにはシェリーやウォーラさんは絶対反対だった。『不意の襲撃から団長の身辺を守る者がいないのは不用心』だそうだ。


 仮に僕がブルーさんと同室すれば、必然的にウォーラさんが一人になってしまう……そのことを僕は気にしていた。


 しかし、その心配はすぐに雲散霧消した。


「団長さん、少し話がありますが」


 僕がラムさんを見送った後、馬車の預かり所で頭を抱えていると、黒髪を長く伸ばした二十歳前後の女性が姿を現した。前の水の精霊王で『組織』の幹部だったアクアが放った刺客と戦ったときに仲間になったジンジャー・エイルさんだった。


「そうか! ジンジャーさんがいた」


 僕が喜びを顔に表して言うと、ジンジャーさんはキョトンとした目で、


「えっ!? 何がですか?」


 そう訊いて来る。僕は訳が分からないって感じのジンジャーさんを引っ張って宿屋まで行くと、半ば強引に僕とブルーさん、シェリーとチャチャちゃん、ウォーラさんとジンジャーさんで部屋を決めてしまった。


 その後で僕がジンジャーさんに訳を話すと、彼女は呆れたようにため息をついて僕を見つめ、


「それならそうと言っていただければよかったのに。ではわたしは別に手配した宿をキャンセルして参りますね?」


 そう言うと、イタズラっぽく笑って訊く。


「でも団長さん、もしわたしが『団長さんと同室でなければお断りします』って言ったらどうされます?」


「えっ!? じょ、冗談だよね?」


 僕が慌てて言うと、ジンジャーさんはくすくす笑って、


「さあ、どうでしょう? わたしが帰るまでに、答えを決めておいてくださいね?」


 そう言うと、通りを歩いて行った。



「しかし、私が同室だなんて、ジン団長も苦労されますね。『ドラゴン・シン( う  ち )』の団長なんて、スペシャルスイートにお一人で泊まられるか、幹部団員全員で雑魚寝ですけどねぇ」


 ブルーさんが荷物を解きながら言う。けれど彼はすぐシェリーたちのことを思い出し、


「まあ、あのお嬢さん方相手なら、一人で宿泊させてはくれないでしょうし、雑魚寝したらしたでいろいろモンダイが起きそうですね?」


 と同情されてしまった。


 そこでドアがノックされたので、僕が


「どうぞ」


 と答えると、


「失礼します」


 と言いながらジンジャーさんが入って来た。


「じ、ジンジャーさん。さっき言ってたこと、まさか本気だったの?」


 僕が驚いて言うと、ジンジャーさんは首を傾げて


「え? わたし何か言いました? 団長さんに報告があるのでやって来ただけですが?」


 そうニコッと笑って言う。そう言えばジンジャーさんはそんなこと言ってたっけ。


 それで僕は落ち着くと、ブルーさんを見る。ブルーさんは僕の視線を受けて、


「私がいてはまずいなら席を外しましょう」


 そう言いながら腰を浮かしかけたのを、なんとジンジャーさんが押し留めて言った。


「面白い報告です。『ドラゴン・シン』の団長さんも知っておいて損はしないと思いますよ? というか、知っておかれた方がいいと思います」


 その言葉に、ブルーさんは青い目を細め、真剣な顔になって座り直した。


 そこに、事前に呼び出していたんだろう、シェリーやウォーラさん、チャチャちゃんも部屋に入って来る。ジンジャーさんは全員がそろったのを確認すると、自らドアの側へと移動し、報告を始めた。


「近ごろ、このハーノバーで集団失踪事件が起きていることはご存知でしょうか?」


 ジンジャーさんの言葉にブルーさんが反応する。


「そのことならマディラ殿から耳打ちされていた。ジン団長を王都にお送りしたら、その調査にかかれとの命令だった。まだ詳細は判らないが、何か情報があるのなら提供していただければ感謝します」


 ジンジャーさんはうなずくと、


「今までの被害者は約50人。土地の売買を持ちかけられた方や埋蔵金を発掘するとして騙された方、大地主の起業に協力を持ちかけられて騙された方などです。

 全員が巨額の資金を騙し取られた後、相手を司直に訴えようとした矢先に姿を消しています。ハーノバーの司直も動いてはいるようですが、なかなか全容解明にはほど遠いようですね」


 そう言う。


「ジンジャーさん、どこでそんな話を聞き込んだんだ?」


 僕が訊くと、ジンジャーさんは急に顔を引き締めて答えた。


「この町の司直が依頼してきました。最近また、事件の前兆のような噂が広がっているので調査してほしいと。明日、その司直が宿を訪ねて来ることになっています」



 その夜、事件の詳しくは明日にならないと判明しないので、ジンたちはそれぞれの部屋に戻ってゆっくりすることにした。


「……まさか、あなたと同室になるなんて思いもよらなかったですが」


 ウォーラは、自分に続いて部屋に入って来たジンジャーを見てそう言うと、ジンジャーも薄く笑って茶化すように言う。


「残念ね? ブルーさんがあくまで団長さんとの同室を拒んだら、あなたが団長さんと同室できる可能性が高かったでしょうに」


 けれどウォーラは、そんな挑発には一切乗らないで、アンバー色の瞳を光らせてジンジャーに訊く。


「それで、こんな事件をご主人様のお耳に入れて、何を考えているのですか?」


 ジンジャーはウォーラの視線を気にすることなく、微笑んだまま答える。


「何も考えてはいないわよ? ただ、この事件に『組織』が関わっていたとしたら、団長さんにちょっかいかけて来るんじゃないかしらと思っただけよ。

 相手から手出しされて後手に回るより、あらかじめ相手の手の内を知っておいた方が良いんじゃない?」


「あなたがアクアの部下だったことを知っていなければ、私も警戒したりはいたしませんが、万が一に備えるのが私たち自律的魔人形エランドールの務めですので。悪く思わないでくださいね?」


 ウォーラがそう言うと、ジンジャーは感心したように腕を組んで言った。


「あら、やっぱりわたしの正体を見破っていたのね? さすがはエランドールだわ」


「グンタイアリを率いていたキュラソーという女の子と同じ魔力の波動ですから。ただ、私はあの時、あなたが騎士団に加わることに対して反対はいたしませんでしたが」


 ウォーラが微笑みながら言うと、ジンジャーはさも意外そうに訊く。


「あら、それは意外だったわ。反対しなかった理由は何かしら?」


 ウォーラはじっとジンジャーを見つめながら答える。


「あなたは心底反省していました。それにご主人様に対して好意をお持ちでした。それなら余程のことがない限り、ご主人様を裏切ることはないと思ったからです」


 するとジンジャーは、ニコニコと笑ってうなずいた。


「そう、ありがとう、信じてくれて。あの後、わたしはアクアから襲われたわ」

「えっ!?」


 驚くウォーラを見て、また一つうなずいたジンジャーは、先を続ける。


「敵に情けをかけられた部下は信用できない……それがアクアの言い分だったわ。わたしはやられたふりをして何とかその場を凌いだけど、動けるようになるまで2日かかった。

 その後わたしはジンジャー・エイルと名乗ってレミー・マタンの騎士団に入り、団長さんと再会したわ。今はアクアもいなくなったし、わたしは晴れて『組織』から自由になったってことね」


 そこまで言うと、ジンジャーはウォーラの目を真正面から見つめて言った。


「だからわたしは、団長さんについて行くだけよ。それに団長さんは『特殊な魔族の血』を持っているんだもの、『組織』の思いどおりにはさせないわ」


「ご主人様が持つ『特殊な魔族の血』? それはいったいどういう……」


 ウォーラがそう訊きかけたとき、


「ウォーラ、ジンジャーさん、一緒にチャチャちゃんが作ったお菓子を食べない?」


 笑顔とともに、シェリーとチャチャが乱入してきた。


「あら、悪いわね。わたし甘いものが大好きなのよ。嬉しいわあ」


 ジンジャーがすかさずそう言って、チャチャが広げたお菓子に手を伸ばしたので、ウォーラはそれ以上話をすることが出来なかった。


(まあいいです。ご主人様と魔族のことについては、後からゆっくりと聞き出すことにいたしましょう)


 ウォーラはそう考えて、お菓子で盛り上がる三人の輪の中に入っていった。


   ★ ★ ★ ★ ★


「自分はハーノバー北地区の司直長、タイ・ホースルといいます。今回は高名な騎士団の皆さんにご協力いただけるということで、誠にありがとうございます」


 翌日、僕たちを訪ねて来た司直は、如才なくそんな挨拶をして、早速本題に入った。


「すでにお聞き及びのことと思いますが、ハーノバーではここ数か月で47人もの市民が失踪しています。被害者の属性は商店の店主や地主、企業の責任者などさまざまですが、全員が詐欺の被害者であることが共通しています」


 ホースル司直長はそう言いながら、手書きの資料を配った。


「なるほど。被害者の皆さんには職業や年齢、性別などに特定の傾向は見られませんね」


 僕が資料を見て言うと、ホースルさんは困ったような顔で、


「そうなんです。しいて言えば、全員が金持ち……と言うか小金を貯めていたってことですかね」


 そう答える。


「全員が詐欺の被害にあってたって聞いてますけど、一人当たりの被害額ってどれくらいなんですか?」


 シェリーが訊くと、ホースルさんは手帳をめくって、


「えーと……一番被害額が多かったのは地主の方ですね。2万ゴールドを3回にわたって詐取されています。これは金の取引だと騙されたものです。

 最少額でも5千ゴールドですから、被害総額は60万ゴールドにも上っています」


 60万ゴールドといえば、僕たちの所領の60年分の稼ぎだ。普通の人は一生で5万ゴールド稼げるかどうかっていうところだから、いかに詐欺がえげつない犯罪かが判る。


「それで、詐欺犯は捕まったんですか?」


 チャチャちゃんが訊くと、ホースルさんは面目なさげに頭をかく。この司直さんは不自然なほど表情が豊かだ。僕たちは旅の間に何人もの司直や自警団の人たちと会ったが、この人ほどあけすけに顔に出す人も珍しい。


「いえ、全力を傾けてはいますが、手がかりすらつかめません。被害者たちがその詐欺師に会っているところを見かけた人もいるにはいるんですが、全員がその詐欺師の風貌を全く違うように供述しているもので」


 心底困ったように、眉尻を下げて言うホースルさんだった。


「ふむ、詐欺師は一人じゃないかもしれないな。そして足がつくのを恐れて被害者たちを始末したとすると、やはり複数犯の方が説明がつくだろう」


 ブルーさんの意見に、シェリーも同意する。


「そうね、それだったら仲間たちが集まるアジトみたいなものがあると思うわ。犯行時の詳しい状況なんて分かってないんですか?」


 シェリーの問いに、ホースルさんはアッと何かに気づいた顔をすると、


「そうですね。自分は署に戻って、目撃者からの状況をもう一度精査してみます。何か分かったらお知らせしますので、よろしくお願いしますね?」


 そう言うと、そそくさと帰って行った。



 僕たちは、状況をド・ヴァンさんに報告すると出て行ったブルーさんを除き、全員でホースルさんの話を再検討してみることにした。


「ホースルさんは、詐欺師たちが被害者を始末するためにどこかへ連れ出したって線で捜査を進めるみたいだけど、さっきの話を聞いてどう思う?」


 僕が訊くといの一番にシェリーが、


「話の筋は通っていると思うわよ? 仮に別の犯人が別の目的で被害者をどっかに連れて行ってるとしたら、凄い偶然だと思うもん」


 そう言う。


 まあ、それは確かにそうだ。詐欺師と誘拐犯に何の関わりもないとしたら、詐欺に引っ掛かった人をこうもピンポイントで誘拐するなんてことはできないだろう。


 ジンジャーさんもそう思っているのか、


「詐欺と失踪、これが無関係に発生したと考えるより、詐欺被害にあった人たちが絶望の余り自ら行方を晦ませたと考える方が、よほど自然ですね」


 そう言っている。


 だが僕は、説明しづらいが違和感を覚えていた。それで、ホースルさんの話を聞いていた時から一言もしゃべらなかったウォーラさんに声をかけた。


「ウォーラさん、君はずっと黙って話を聞いていたけど、何かしっくり来ないところってある?」


 するとウォーラさんは、アンバー色の瞳を僕に向けて、静かに口を開いた。


「私は、この話に何か裏があるように感じてたまりません。そもそも、あのタイ・ホースルって人は本当に司直なのでしょうか?」


「司直に間違いないんじゃない? 身分証明書も持ってたし」


 シェリーが言うと、ウォーラさんは首を振ってさらに言う。


「しかし、私の心理判定装置には所々彼が言ったことに偽判定が出ました。彼は大事なところで嘘を言っています」


「彼が大事なところで僕たちについた嘘って?」


 僕が訊くと、ウォーラさんの答えは驚くべきものだった。


「彼は詐欺師を知っているはずです。それに被害者たちの行方も。あの判定結果はそうとしか考えられません」


 ウォーラさんの言葉を注意深く聞いていたジンジャーさんは、険しい顔をして立ち上がると、僕に謝ってきた。


「団長さんすみません。何かわたしのせいで、また変な事件に首を突っ込むことになってしまって……ウォーラさんの言うとおり裏がありそうですので、一度調査してみます」


 そう言うと、部屋を出て行こうとする。そこに、血相を変えて戻って来たブルーさんがジンジャーさんを抑えて言った。


「ミス・ジンジャー、調査するなら私も加わろう。ただしその前に、私の報告を聞いてからにしないか?」


 ブルーさんはそう言いながらジンジャーさんを座らせると、開口一番、


「今回の件をド・ヴァン様に報告して、後の指示を仰ぎました。ジン団長たちとともに調査にかかったものか、それとも皆さんを王都にお連れした後、私だけで調査したものか判断に迷ったもんですからね?」


 そう言う。


 ド・ヴァンさんは僕たちのことを王都で待っているはずだし、その用事にも遅れるわけにはいかない。ブルーさんが現状を説明しド・ヴァンさんの指示を仰いだのも分かる。


 けれどブルーさんの次の言葉で、僕たちは眉を寄せて緊張した。


「ド・ヴァン様の調べでは、ハーノバーに『タイ・ホースル』という司直は存在しないそうです。これはマディラ様がハーノバー司直隊長に直接問い合わせたことだから確かなこと……と、するとあの男は何者で、なぜジン団長の騎士団にこの事件解決を依頼して来たのか気になるところです」


 僕たちが黙っていると、ブルーさんはうなずいて、


「団長はその男が『組織ウニタルム』の回し者ではないかと疑っておられます。もしそうならジン団長に火の粉が降りかかるのは明白。

 ですから、共に調査してその男を捕縛しろとのご指示でした」


 そう言うと、ジンジャーさんを見て言う。


「私は事件そのものを精査してみます。あの男の調査をジンジャーさんにお願いしてよろしいですか?」


「分かりました。団長さんたちはわたしたちの調査が終わるまで、ここでゆっくりしていてください。何が起こるか分かりませんから、シェリーさん、ウォーラさん、団長さんの身辺をしっかり守ってくださいね?」


 ジンジャーさんの言葉に、


「分かったわ、任せてちょうだい!」

「了解いたしました。ジンジャーさんもお気をつけて」


 シェリーとウォーラさんが頼もし気にそう言うのを聞いて、ジンジャーさんはブルーさんと部屋を出て行った。



 その頃、ジンたちの宿を出たタイ・ホースルは、司直詰所には戻らずハーノバーの南地区にある寂れた家を訪れていた。


「戻って来ましたね。首尾はどうですか?」


 ホースルが家に入ると、赤いワンピースと裾の詰まったズボンを穿き、腰に剣を2本ぶら下げた女性がホースルに話しかけて来た。


「どうもこうも、ただの坊ちゃん嬢ちゃんたちじゃないか。明日にでも指定された場所に誘き出してやるさ」


 ホースルがせせら笑って言うと、女性は金髪の下に見える赤い瞳を光らせて、


「見た目に騙されてはいけませんよ? ジン・ライム殿はああ見えても一級の魔戦士で頭もいいんですから。あなたの正体は見抜かれなかったでしょうね、ペテンシー?」


 そう念を押す。


 ペテンシーと呼ばれた男は、バカにし切った様子で答える。


「そんな心配はご無用だぜ。奴らは事件のことばかり気にしているからな。『詐欺の一味が被害者たちを口封じのために拉致した』って信じ込んでいやがるよ」


 そう言うと、急に狡そうな顔をして女性に訊く。


「それで、奴らを捕まえたら、約束どおり俺が無罪になるよう口を利いてくれるんだよな? セレーネさん」


 セレーネという女性は、感情が籠っていない声で答えた。


「我が主であるフェン様は約束を違えるお方ではありません。もちろん、失敗したときもね?」


 それを聞いてペテンシーは気分を害したように、ペッと唾を吐き、


「ふん、あんたも知っているとおり、俺は今まで一度も当たりを外したこたぁねえ。詐欺師に最も必要なのは信頼感なんだぜ?」


 そう言うと、次の部屋に引っ込んだ。


 しばらく何かごそごそしていたペテンシーだが、5分ほどすると商売人に化けたペテンシーが出て来る。セレーネはすっかり別人となったペテンシーを見て感心したようにつぶやく。


「さすがは大詐欺師のオーレーハ・ペテンシーね。見事なものだわ」


「さてと、それじゃ次の段階へ進むぜ。セレーネさん、吉報を待ってな」


 ペテンシーはセレーネの言葉が聞こえなかったのか、おっかぶせるように言って家を後にした。


 セレーネは、ペテンシーが出て行った後、ため息とともに


「……詐欺師としての腕はいいかもしれないけど、今一つ信用ならないところがある男ですね。ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク16号と17号!」


 そう言うと、ペテンシーが出て来た部屋の向かいにあるドアが開き、黒髪で漆黒の闇のような瞳をした執事姿の男性が二人、姿を現す。


「何でしょうか、セレーネ・マリア・フォン・ルーデンドルフ・インゲボルク・ヨハンナ・フォン・ヘルヴェティカ様」

「高貴なる主フェン・レイ様にお仕えする我らに、どのようなご用事でしょうか?」


 二人がうやうやしくそう言うと、セレーネは真剣な顔で命じた。


「16号、ジン・ライムたちを見張っていて。ペテンシーの話では、彼が持ちかけた事件に何も疑問を感じていないということだったけど、セレーネはそう思えません。

 ジン殿のことですから、きっとペテンシーを疑っているはずです。ドッカーノ村騎士団に動きがあったら、すぐセレーネに知らせてください」


「了解しました」


 16号がそう言って部屋から出て行くと、続いて


「17号、あなたはペテンシーを見張っていて。彼は名も高い詐欺師、セレーネたちに協力すると見せかけておいて、いざとなったらどんな手を使って裏切るか判りません。

 セレーネたちを裏切ることは、フェン・レイ様に楯突くことと同義。それはセレーネとしても許し難いことですので」


「承知しました。我が崇高なるフェン・レイ様に対する裏切りは17号も見逃せません。怪しい動きがございましたら、すぐにお知らせいたします」


 17号も勇躍して部屋を後にする。残されたセレーネは、窓から外を眺めて薄く笑うと楽しそうにつぶやいた。


「さて、ジン様はセレーネたちの罠をどうやって切り抜けるかしら? 今からセレーネはワクワクしています」



 僕はジンジャーさんとブルーさんの調査が終わるまで、シェリーとウォーラさんに守られながら宿でのんびりしていた。本当は僕も司直の詰所に行っていろいろと調べたいことがあったんだが、


「ジン、忘れてるかもしれないけど、ガイアもジンのことを狙ってるのよ? ワインやラムがいなくて騎士団の戦力が半減しているんだから、二人が帰って来るまでは大人しくしておいて」


 ガイアとはウォーラさんの姉で、アイザック・テモフモフというMADな博士によって造られた自律的魔人形エランドールという機械だ。彼女たちは見た目も人間そっくりだが、何といっても思考力や感情も持ち合わせていて、しかも性能は戦闘と索敵に特化している。そんじょそこらの魔戦士や魔導士では束になっても敵わないだろう。シェリーとウォーラさんの心配ももっともだった。


 それは理解しているが、僕が部屋にいることを苦痛に感じるのは、やはりシェリーがいるからだろう。しかもシェリーは僕が1週間も行方不明だったこともあり、いつにも増して僕から離れようとしない。


 ここで僕が5千年前の世界で体験したことを、包まずシェリーに話せたらどんなに良いだろう。けれどそうすればシェリーが傷つくだろうってことが判っているので、僕はシェリーの顔にウェカの笑顔が重なって見えるのを黙って耐えるしかなかった。


「ご主人様、エレクラ様の詰問に『賢者会議』は何て答えるでしょうか?」


 ウォーラさんは僕が5千年前の世界でどんな経験をしたか知っている。だから極力、現在僕たちが考えておかねばならないことを話の話題にしてくれる。


 けれどシェリーは僕が5千年前の世界でどんな女の子とどういう関係になったのかってことを気にして、ともすると話題をすぐにそっちへと持って行こうとするのだ。


「ねえジン、アタシ訊きたいことがあるんだけど」


 僕がウォーラさんの話に乗って、『賢者会議』がエレクラ様にどんな答えをするか考えていたら、不意にシェリーが頬を膨らませて話に割り込んで来た。


「何だいシェリー。君ならどんな答え方をする?」


 僕が訊くと、シェリーはぶんぶんと首を振り、


「ジン、あんたアタシに隠し事してるでしょ?」


 僕の胸倉をつかまんばかりの迫力でそう訊いて来た。


「へ? 僕が君に何を隠さなきゃいけないんだ?」


 僕がすっとぼけてそう答えると、シェリーの目がじわりとうるんで来る。


「だってジン、あっちの世界から帰って来てから、明らかにアタシを避けてるもん。最初は何かジンの気に障ることしたのかなって思ったけど、ぜんぜん思い当たることないし。

 だからきっと、あっちの世界で何かアタシに言えないことがあって、それでアタシを避けてるんだろうなって思ったの」


 シェリーは一気にそう言うと、何て言ったらいいか考えている僕の顔を見つめて、哀しそうな顔で続ける。


「ジンがさ、アタシのことを嫌いになったんなら、はっきりそう言ってほしいんだ。それか、あっちの世界に恋人ができたとか……。

 どっちもアタシにとってはツライことだけど、今みたいにジンの気持ちが判らないままでいるよりいい。だって気持ちがぐちゃぐちゃになっちゃいそうだもん」


「シェリー……」


 僕は自分の心を守るため、無意識にシェリーを避けていた。それが彼女を苦しめていたことに気付けなかったし、はっきり言ってシェリーの気持ちにまで気を回す余裕もなかったことを白状する。


 けれど僕の変化にシェリーは気付いていた。そして僕が変わってしまった理由を考えて、ずっと悩んでいたのだ。


「シェリー、悪かった。理由は僕の気持ちが整理出来たら話したいと思うけど、あっちの世界でいろいろあってね?

 でも、これだけは言っておく。君のことを嫌いになったわけじゃない。それは信じていてくれ」


 僕がシェリーの目を見て言うと、シェリーはぐっと拳で涙を拭って、


「うん、ジンは今まで大事なことでアタシに嘘ついたことないもんね?」


 そう言って笑った。どこか痛々しい笑いだった。


   ★ ★ ★ ★ ★


 次の日、約束の時間どおりにタイ・ホースルは僕たちの部屋にやって来た。


 僕たちは、前日の夜には調査を終えたジンジャーさんやブルーさんからの報告で、彼の正体や今度の事件の真実について、あらましのことは掴んでいた。


 だからホースルが現れた瞬間に彼を捕縛しても良かったんだが、一つだけ判らないことがあったのだ。


 それは、『この茶番は誰が、何のために考えたのか』ということである。


 恐らく『誰が』の部分は、ホースルに訊けば白状するかもしれない。それでも、彼が茶番の目的まで知らされているとは限らない。


 それはホースルという男の正体を考えれば解る。他人を騙すことを生業にしてきた奴に、依頼者が誰であれ本当の狙いを話すはずがない。


 というわけで僕たちは、何にも知らないふりをして彼の話に乗ってやることにしたのだ。


「昨日、皆さんがおっしゃってた目撃者に関する調書をもう一度精査してみました。被害者と犯人と思われる人物がどちらの方面に歩いて行ったかを詳しく調べてみたら、だいたい南東の方角に向かっていることが判りました」


 ホースルはさも大発見をしたかのように、大仰な身振り手振りで熱弁する。僕は真剣な顔をして彼に訊いた。


「それは一歩前進じゃないですか。それで、南東の方角で被害者の皆さんを監禁などできそうな場所に心当たりはありますか?」


 僕が訊くと、ホースルはにんまりとした。きっと心の中では『してやったり』って思ってるんだろう。


「ハーノバーの南東は結構なスラム街になっているんです。

 その中でも『ダンジョン』って言われる古い城がありましてね? 屈強な破落戸ごろつきですら決して近づかない場所です。

 奴らのアジトがあるなら、十中八九そこだろうと思います」


 深刻な顔をして僕らにそう言うホースルに、僕はあっさりと言った。


「じゃ、その『ダンジョン』に乗り込みましょう。ホースルさん、一緒に来てもらっていいですか?」


「えっ!? 今から、自分もですか?」


 びっくりするホースルに、横からブルーさんがうなずきながら言う。


「もちろんです。私たちはその『ダンジョン』への行き方を知りませんからね。それに司直の応援も必要でしょう?」


 僕ら二人にそう言われ、ホースルは明らかに焦った顔をする。こいつ、僕たちだけを差し向けて、まずは町のごろつき、次に『ダンジョン』って二弾構えの罠を準備していたのかもしれない。


「い、いえ、皆さんへの依頼は自分が独断でやってることなので、皆さんが協力してくださってることが上に知れたら、関係ない一般人を巻き込んだと怒られてしまいます」


 へどもどしているホースルに、シェリーが容赦ない追撃をかます。


「あら、アタシたちは騎士団、それもアルクニー公国とリンゴーク公国から名誉メダルを受けた一級騎士団よ? どちらの国でも司直との共同捜査も経験しているし、アタシたちを『一般人』呼ばわりするのは失礼ってもんじゃないかしら?」


「へ? そ、そうなんですか?」


 いよいよ言葉に窮したホースルは、最高に頭を巡らせたに違いない。数秒ほど絶句していたが、すぐに落ち着きを取り戻し、


「それは失礼しました。それでは自分はこれから詰所に行って、司直隊の出動許可をもらって来ます。皆さんは先に南東地区の司直詰所に行っていただけますか?」


 そう言った。


(こいつ、逃げる気だな)


 そう直感した僕は、ブルーさんを見る。するとブルーさんは意外にも、


「それがいいでしょう。では、南東地区司直詰所で会いましょう」


 そう言って、ホースルを部屋から出した。


 ホースルが部屋から出て行った後、シェリーがブルーさんに不満そうな顔で訊く。


「ホースルはこの場でタイホしてとっちめてやればよかったのに。あいつ、絶対に姿を晦ますわよ。なぜわざわざ逃がしちゃったんですか?」


 するとブルーさんは、落ち着き払って答えた。


「あいつの一存でジン団長を狙ったのなら、シェリーさんの言うとおり二度と姿を現さないでしょう。でもそれなら、脅威としては大したことはない。

 もしうちの団長が睨んだとおり、奴の後ろに『組織ウニタルム』が絡んでいるなら、この程度でミッションを投げ出したりはできないはずですよ」


「でも、彼は名の知られた詐欺師、それに変装の名人ってことですよね? 本当に逃げちゃったらいかがいたしますか?」


 ウォーラさんが訊くと、ブルーさんはそれにも鷹揚に答える。こういうところはド・ヴァンに似ている。同じ騎士団にいると、考え方や仕草も影響を受けるんだなあ……僕はそんなこの場に似つかわしくないことを考えていた。


「大丈夫、ミス・ジンジャーが気を利かせて彼を尾行しているようだから」



 僕らはその足で、ハーノバー南東地区の司直詰所を訪ねた。


 この地域は、ホースルが言ったとおりゴミゴミして、余り住み心地がいい場所とは言えなかった。あふれ出したごみや動物の死骸なんかで道路も狭くなっており、何しろ臭いがヤバかった。


「うえっ、何この臭い!? ショーロの紡績場の方がまだマシだわ」


 シェリーが鼻を押さえて言う。僕たちの所領であるショーロの村は養蚕と絹織物が盛んで、村の一角は繭をゆでた時の臭いが始終たち込めている。それが結構臭くて、慣れるまでは吐き気を催すこともしばしばだった。


 でも確かに、この通りはさらにキョーレツな臭いに包まれている。


「生ゴミだけじゃなく、糞便や動物の死骸まで捨てられているからでしょうね。まあ、人間の死体がないだけマシだと思わないと」


 ブルーさんはさすがに余裕で、そんなことを言いながら辺りを窺っている。


 道の向こう側には人相の悪い男たちやボロをまとった子どもたち、そして油断ならない目をした女性たちが、僕らのことを物珍しそうに見ている。僕らが武器を携えていたから遠巻きにして寄って来ようとしないが、そうでなければ『いいカモ』と思われて何をされたか分からない。それほど通りの雰囲気は荒んでいた。


「やれやれ、やっと司直詰所です。近道なんて横着せず、表通りを歩いて来ればよかったですかね?」


 大通りに出ると、ブルーさんが頭をかきながらそう言う。驚いたことに表通りは今までの荒み様が嘘のように、清潔で活気がある明るい道だった。


「でも、この通り以外は先ほどの道と大差ないようですね? この通りだけが平和そうにしていられるのは、やっぱり司直詰所に面しているからでしょうか?」


 ウォーラさんがアンバー色に瞳を光らせて言う。その言葉に、ブルーさんはうなずくと、


「それも一つの理由ではあります。でも、その他にもっと根本的な理由があるんですよ、お嬢さん」


 そう言うと、北西を指さす。その向こうには遠く旧市街を囲む壁が見えた。


「あの壁がどうしたんですか?」


 シェリーが訊くとブルーさんは壁を睨みつけながら、それでも淡々と説明してくれた。


「旧市街に住んでいる人たちは、例外もありますが古くからの家柄で経済的にも裕福です。

 一方で、新市街の住人は他地域からの移住者が多く、その多くは生活に困っているかギリギリの生活を余儀なくされている人たちです。

 しかし、この町の執政には慣例で旧市街出身者しかなれません。ですから町の発展に寄与しない地区には、開発のための十分な予算も与えられず、町としての指導もなく打ち捨てられた形になっているんです」


 僕はさっきの惨状に合点がいった。大通りは壁の南東門に通じている。旅人に対するメンツだけで整備されているんだろう。


 僕だけでなくシェリーやウォーラさんもショックを受けた顔をしている。


 アルクニー公国にもリンゴーク公国にもスラム街はあったが、どちらの国もそれをどうにかしようという姿勢だけでも感じられた。


 それなのに、まさか自分の町の住人を、厄介者扱いと言って悪ければ無視を決め込むような為政者がいるとは思わなかった。しかもここは大陸を代表するトオクニアール王国じゃないか!


 黙りこくってしまった僕たちに、ブルーさんはどことなく寂しげな笑顔を向け、


「すいません、余り面白い話じゃありませんでしたね? あそこが司直詰所です。早く行ってホースル……いえ、詐欺師オーレーハ・ペテンシーのことを司直に知らせてあげましょう」


 そう言って歩き出した。



 司直詰所では、同じ顔をした男女の司直が僕たちを迎えてくれた。すでにブルーさんから話が通っていたようで、


「あ、昨日連絡をいただいた『ドラゴン・シン』のブルー・ハワイさんですね? お待ちしていました」


 金髪碧眼の女の子が僕たちを詰所の中へと案内してくれる。


 僕たちが長椅子に座ったところで、向かいのごっついデスクで書き物をしていた若い男性が立ち上がり、笑顔を見せて僕たちの向かいの椅子に腰かけた。


「どうもはじめまして。俺はハーノバー南西地区担当のジェイ・ゴーフレット司直。こちらは俺の部下のエル・ゴーフレット司直補です」


 ジェイ司直が自己紹介すると、ブルーさんは


「兄妹で司直とは珍しいですね。しかも同勤とは」


 そう言う。確かに、司直はお互いに変な融通を利かせることがないように、原則として血縁者は同じ管区に配属となることはない。ましてや同じ詰所なんて問題外だ。


 しかし、ゴーフレット兄妹には特殊な事情があるらしい。ゴーフレット司直は、


「ご覧のとおりこの地区は治安がいい方とは言えません。何人もの司直が町のみんなに襲われて、いつしかこの詰所に勤務を希望する者がいなくなったのです。俺たち兄妹はこの地区で生まれ育ちました。ですから町の悪い連中やヤクザ者と多少の行き来があります。

 それを買われてこの詰所勤務を仰せつかりました。妹が司直試験に受かると、特例で俺たちは同勤になったんです」


 そう説明した後、


「本当は、町のお偉いさんがもっと真剣に地区に向き合っていれば、こんなことにはならなかったんでしょうが……」


 そうつぶやく。ブルーさんは何度も同感のうなずきをしていたが、


「ところで私がここに来た理由は、旧市街で頻発している行方不明事件の件にオーレーハ・ペテンシーが関係していることが判ったからです」


 そう言うと、ゴーフレット司直兄妹は非常に驚いて、


「何ですって!? あのペテンシーが行方不明事件に?」

「彼はお金を奪っても命は奪わないっていうのがモットーだったのに?」


 そう、同時に叫んだ。


 それを聞いて僕たちは余りの意外さにびっくりした。だって普通、『詐欺師』といえば人を騙して不法に不当な利得を得る奴のことだから、司直が彼をかばうといえば言い過ぎだが少なくとも好意を持っているかのような述懐をしたのは腑に落ちなかった。


「聞きたいことがあるんですが」


 僕がそう言うと、ジェイ・ゴーフレット司直は居住まいを正してうなずく。


「お聞きになりたいことは判っています。詐欺師であるペテンシーに対して、彼をかばうような発言をしたことについてでしょう?

 もちろん、俺たちは司直ですから、詐欺と言う行為自体は絶対に許せませんし、ペテンシーほどの人物ならその才能をもっと有為なことに使ってほしいというのが本音です」


「けれど、ペテンシーが狙うのは旧市街に住まう裕福な人物ばかり。それに彼自身は決して豪勢な暮らしをしているわけでもありません。いわゆる『義賊』っていいますか、手に入れた金品は南東地区の貧しい人たちに分け与えています。

 だから、この地区の人たちのほとんどはペテンシーに対して協力的で、わたしたちが捜査で聞き込みをしても何もしゃべってはくれません」


 隣に座っていたエル・ゴーフレット司直補も言葉を添えた。


 僕は二人の話を聞いて、ペテンシーという男のことがよく分からなくなった。確かに彼は話をする中でどこか僕たちを嵌めようとする意図を感じさせた。その意味ではすっかり悪に染まっているのだろう。


 しかし、ゴーフレット司直兄妹が言うように、詐欺という行為の目的が貧者への施しにあるのなら、彼の心性を『悪』と決めつけることもできないと思ったのだ。


 もちろん、目的は手段を正当化しない。そんなことが認められたら、この世界そのものがカオスになってしまう。


 ただ、『正義とは相対的なものだ』という確信が僕の中でハッキリしたことは確かだった。この問題、ワインやド・ヴァンさんならどう言うだろう?


「ねえジン、ゴーフレットさんたちの話を聞いてるとさ、ペテンシーってそんなに悪い奴じゃないって思えちゃうんだよね。どうするの?」


 考え込んでいる僕にシェリーが訊いてくる。人の良いシェリーは、今の話を聞いてペテンシーをとっちめようって気が薄らいでいるのは確かだった。


「……目的は手段を正当化しません。ペテンシーが貧者に対して経済的支援を施したいのなら自らの資産でするべきですし、裕福な者から奪って富の再配分を気取っているのならそれは国に任せるべきです。

 この際、トオクニアール王国の為政者がすべきことを成していないという論点は無視しましょう。それを言い出すと切りがないですし、私たちが小さな場で論争しても仕方がないことですから。

 ただ、本当に彼が社会に対して何らかの不満があるのなら、社会を改革する方向に自分の行動を持って行かなかったことが残念ではありますね」


 ブルーさんはそう言うと、僕の顔を見て訊いた。


「ジン団長、仮にペテンシーが完全な悪ではないのなら、なおさらなぜ彼が『組織ウニタルム』と手を組んでいるのか分かりませんね。やはり、彼の罠に嵌ってみるしかないでしょうね。どうされますか?」


 僕はシェリーやウォーラさんの顔を見た。ウォーラさんは


「私はご主人様を守るためにいる存在です。ご主人様のお心のままに」


 そう言って笑うし、シェリーもにこにこして


「ダメって言ってもジンはやっちゃうでしょ? いいわよ、アタシはこの騎士団に入るとき、ジンにとことんまで付き合うって決めてるんだから」


 そう言ってくれた。


「分かった、ありがとう。それじゃペテンシーに付き合って、彼が本当はどんな人間なのか、『組織』とのつながりはどうなのかを探ろう。

 そしてできるなら、彼を改心させて、その能力をいい形で発揮するよう仕向けたいもんだな」


 僕はそう言うと、ゴーフレット兄妹にあるお願いをした。その準備が整った時、僕たちのところにホースルからの使いという人物がやって来た。


「司直隊の出動が許可されました。ホースル司直長殿はすでに『ダンジョン』に出発されています。皆さんも早く来てください」


 僕はブルーさんと顔を見合わせ、にっこりと笑ってうなずいた。


(詐欺師を狩ろう その2へ続く)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

今回から新章突入です。現代に戻ったとはいえ、心の傷を抱えたジンが仲間とどう関わり、どのように変わっていくのか。その様子を丁寧に書き込んでいきたいと思っています。

これからも、キャバスラをよろしく! 次回もお楽しみに。

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