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キャバリア・スラップスティック  作者: シベリウスP
アルクニー公国編
6/137

Tournament6 Flock of Slime hunting(スライムの群れを狩ろう!)

アルクニー公の招きに応じ首都を目指すジンたち『騎士団』一行。

彼らは街道沿いに巣食ったスライムの群れを退治しようとするが……。

 僕たち『騎士団』は、トナーリマーチを離れて、旅の目的地であるデ・カイマーチへと歩を進めていた。


「ジン、身体は大丈夫? 荷物持とうか?」


 騎士団の(自称)副団長であるシェリー・シュガーが、怪我が治ったばかりの僕を心配してなにくれとなく世話を焼いてくれる。


「大丈夫だよ。トナーリマーチ最高の宿でゆっくりできたから、すっかり良くなったよ」


 僕はバックパックを背負い直しながら言う。


「そう? 疲れたら言ってね?」


 シェリーはそう言うと、前を歩くワインに


「ワインももっとゆっくり歩いてよ。ジンはまだムリさせちゃいけないんだから、気を遣いなさいよ」


 そう文句を言う。


「シェリーちゃんの心配は分かるが、ジンはこれくらいで参る男じゃないし、疲れたらそう自分で言うはずだよ。そうだろう、ジン?」


 ワインは、葡萄酒色の髪を形のいい手でかき上げながら言う。僕はうなずいて、


「そうだね。もう少し速く歩いてもいいよ。でないと今日は森の中で野宿ってことになりかねないからね」


 そう言う。


「私は別に構わないが、宿に泊まった方が団長がゆっくりできるでしょうしね」


 先頭を行く背の高い女性が、振り返って緋色の瞳で僕を見つめて言う。


「ラムさんの言うとおりだよ。ジンに少し踏ん張ってもらえば、今夜は柔らかい布団で眠ることができる。その方がジンの身体にもいいに決まっているだろう?」


 ワインはそう言うと、ふと気づいたようにラムさんに訊く。


「ところでラムさん、キミは腰に付けたダンプポーチくらいしか持っていないみたいだけれど、荷物はどうしているんだい?」


 ラムさん……ラム・レーズンは額に1本の角を持つユニコーン族の戦士で、父親は戦士長をしているとのことだ。その家柄に相応しく、彼女は長剣を軽々と操り、トオクニアール王国の武闘大会では3年連続で優勝しているという逸材だ。


 眼に見えないほど素早い攻撃を繰り出すことから『ステルス・ウォーリアー』の異名を持つ彼女は、先だってトナーリマーチで行われた騎士団相互の練習試合で、その名にふさわしい激烈な戦いを見せてくれた。


 そんな彼女は、トレード・マークの刃渡り1メートルほどの長剣を背負い、腰にはダンプポーチを一つ付けただけの軽装だ。日常用具や下着、着替えなどはどこにしまっているのだろう。


「何だ? 荷物はすべてダンプポーチの中だ。魔法で小さくすればかさばらないし、重たくもない。逆になんで君たちはそんな大荷物を抱えているのかを一度訊きたかったんだ」


 ラムさんが心底不思議そうな顔をして言う。それを聞いて僕たちは同時に思った。


(その手があったか!)


 僕たちがすぐさま彼女の真似をしたことは言うまでもない。



 トナーリマーチの中央部にあるひときわ人目を引く大理石造りの建物の一角で、金髪碧眼の美男子が、ソファに座って話をしていた。

 彼は、高価たかそうなシルクのシャツの袖をまくり、優雅に口元にティーカップを持って行く。


「いやあ、実に面白い人たちだったねえ。ソルティ、感想はどうだい?」


 男がそう訊くと、男の左手に座ったエルフの女性、ソルティは


「私が相手をしたシルフのお嬢さん、まだまだ粗削りだったけれど磨けばいい弓使いになりそうでしたわ。また彼女と勝負できたらいいわね。ウォッカもそう思うでしょ?」


 微笑ながらそう言う。その言葉を聞いて、ソルティの向かい側に座ったオーガの男、ウォッカもうなずいて言う。


「俺の相手だったラム殿は、さすがに『ステルス・ウォーリアー』と異名を取るだけあると感心した。あれほどの戦士が、なぜあの弱小騎士団に入っているのか不思議だ」


 それを聞いて、最初の美男子が笑いながら言う。


「ふふっ、彼女にとって騎士団の大きさは関係ないのだろう。現にあのジンという団長は不思議な魅力を持っていた。それにワインがあんなにできるヤツとは知らなかったしね。マディラ、キミはワインについてどう思った?」


 すると、美男子の正面に腰かけた、これも金髪碧眼の一見青年のように見えるマディラが言う。


「アタシの狙撃魔杖をかわした相手は初めてでしたし、槍の腕も底が知れないと思いましたよ。単にへらへらしたチャラいヤツかと思ったら大違いでした。ド・ヴァン様と同じですね」


 すると美男子は苦笑いして言う。


「ボクと同じ、は酷いなァ。ボクはいつだって真面目に不真面目をキメているんだから」

「それだったら、ワインも同じじゃないですか?」


 ソルティが言うと、ド・ヴァンはかぶりを振って言う。


「ボクとワインとは韜晦しているものが違うようだ。ボクは単に生真面目が好きではないし、人生にはエスプリも必要だと思っているのでおチャラけているが、彼は自分自身に秘めたものを隠しているみたいだった」


 その述懐を聞いて、マディラもうなずく。


「そうですね。彼は案外、『賢者会議』の皆さんと近い位置にいる気がします」

「ふーむ、『賢者会議』か。ボクは賢者アサルト様にしかお目にかかったことはないが、彼らも何かを隠しているような気がして、あまり好きになれないな」


 そうつぶやくと一つ頭を振って、


「まあ、いいか。マディラ、ウォッカ、ソルティ、僕たちもしばらく旅に出ようか?」


 いきなりそう言うド・ヴァンに、ウォッカが面食らったように訊く。


「旅ですか? まあ、それもいいでしょうが、なぜ急にそんなことを?」


 するとド・ヴァンは、片目をつぶって悪戯っぽい顔をして答えた。


「たまにはいいだろう? 風の向くまま気の向くままって言うじゃないか。それに彼らがデ・カイマーチでどんな行動をするかも見てみたいんだ」


   ★ ★ ★ ★ ★


 絶海の孤島がある。

 その島は、ヒーロイ大陸からもホッカノ大陸からも数百キロは離れていた。


 ここ数年は、寄せ来る波と、大地にとらわれぬ自由の翼を持つ鳥たちだけが、その島を訪れることができるもののすべてだった。

 しかし、この島に人間がいないかというとそうではない。


 島は全島が密林で覆われているが、その中央部には『天空の砦』と呼ばれる切り立った大地があり、その大地の上には石造りの頑丈な城があった。


 城には、指揮官をはじめとした完全武装の魔戦士百名と、それを支援する後方要員としての魔導士百名が駐屯していた。


 2百人もの部隊を駐屯させているのは、この島に大事な物資があるからでも、他国との紛争が起こっているからでも、手に負えない魔物から住民を守るためでもない。そもそもここにはこの部隊以外、たった一人しか人間はいないのだ。


 つまり、この城は外の脅威から何かを守る施設ではない。中にある脅威を外に出さないためのものであった。


 『賢者会議』直属の『危険分子収容所ナイカトル』、それがこの施設の名前だった。



「おい、昼飯だ!」


 城の中庭に造られた石造りの建物の前で、魔戦士がそう叫ぶ。すると分厚い扉の向こうから何かがきしむ音がして、1フィート×1フィートくらいの窓が開いた。


「手を出せ!」


 魔戦士の声に、中にいる人物は両手を外に差し出す。魔戦士はその手に食事が載せられた木の板を持たせる。中にいる人物は食事を受け取ると、ゆっくりと窓を閉じた。


 その部屋は、成人男性一人が暮らすには十分な広さがあった。10ヤード×5ヤードはあり、窓は一つもない。

 ドアがある壁の端に、板の囲いが作られていて、どうやらそこが用を足す場所らしい。そこからは異臭が漂って来ていた。


 その場所の対角線上に、粗末なベッドとイスとテーブルがあり、テーブルには陶製の水差しと羊皮紙数枚、そしてガチョウ羽のベンとインク壺が置いてあるだけだった。


「……毎日代わり映えもしない食事だな」


 テーブルに着いた男はそうつぶやくと、かび臭いパンを水っぽいスープでのどに流し込む。すっかり固く、パサパサになっていたが、食べられないという代物ではなかった。もっとも、当然お世辞にも美味しいと思えるようなものでもない。


 男は、40代の初めくらいである。


 もう長いことここに囚われているらしく、顔色は白く、銀髪は肩を越えるくらいの長さになっていた。頬はそげて痩せこけていたが、伸び放題のひげ面の中で翠色の瞳が輝いている。その瞳は、自分の手首にはめられた銀製の腕輪を忌々しげに眺め、やがて自嘲のつぶやきをもらす。


「ふん、あの程度の罠を見抜けなかった俺がいけなかったんだがな」


 そして男は立ち上がると、高い場所に開けられた明り取りの窓を見つめて、


「大賢人マークスマンも、何を考えているのかな」


 そう独り言を言うと、部屋の中を歩き回った。孤独の中、外界の刺激もないこの部屋では、それくらいしか気晴らしはないのだ。


(耐えろ、まだこの島には『賢者会議』の奴らの魔力が漂っている。下手に動いても捕まるばかりだ。奴らだって神ではない、きっとスキができるはずだ)


 男はそう考えながら、鉄格子がある天窓を見つめていた。



 城の門番は、時ならぬ賓客の来訪を受けてうろたえていた。


 よほどの人物だったらしく、門番の一人は城の方へとすっ飛んで行く。そして程なくして、彼は指揮官と思しき人物と共にこの場に戻って来た。


「これは大賢人様。大賢人様が直々にここにおいでになるとは何事ですか?」


 指揮官が言うと、大賢人マークスマンは豊かなひげを揺らして訊く。


「かの者はどうしている? ここしばらくすっかりおとなしくなったようだが」


 すると隊長は、得意そうな色を顔に浮かべて答える。


「はい、ここ2・3年はすっかり諦めたようで、日がな一日部屋の中を歩き回ったり、何やら難しい計算をしたりして過ごしているようです。看守にも従順で、何ら問題を起こしていません」


 それを聞いたマークスマンは、琥珀色の瞳を細めて訊いた。


「彼と話ができるかな?」

「えっ⁉ それは危険です。彼はまだかなりの魔力を残していますし、おとなしくしているのは演技かもしれません」


 隊長は慌てて言うが、マークスマンはニコニコしながら、


「私は心配してはおらん。彼は自分の立場はしっかりと理解しているはずだ」


 そう言って、城の中庭へと歩き出した。


「大賢人様、それではせめて護衛をつけさせてください」


 中庭にある建物の前まで来ると、隊長はそう願い出た。大賢人に何かあったら自分の首が飛ぶ。隊長が青くなるのも当然であった。


 大賢人マークスマンは、笑顔でうなずくと、


「ふむ、心配してくれるのは嬉しいが、私はかの者と二人きりで話をしたいことがある。そなたには迷惑をかけぬので、今回は遠慮してもらおう」


 そう、有無を言わさぬ様子で言うと、建物の中に入った。



 独房の中の男は、不意にドアの鍵が外される音を聞いて、いぶかしげにドアの方を見やった。今は食事時ではないし、週に1度の中庭散策の時間でもない。


(さては、いよいよ俺を始末するつもりかな。面白い、できるもんならやってみろ)


 男がそう思って身構えていると、ドアが開いて一人の老人が入って来た。質素な身なりだが上品で、笑みを湛えた顔には見事なあごひげが蓄えられている。大賢人マークスマンであった。


 男は一瞬あっけにとられたが、すぐに


「ふふん、大賢人マークスマン殿ご直々に俺の処断にやって来たか」


 そう言うと、どっかと椅子に座る。


 大賢人マークスマンは優しげな瞳で彼を見ていたが、


「他人はそなたを『堕ちた英雄』と呼ぶが、私はそうとは思わない。少し話ができるか、『マイティ・クロウ』よ」


 そう言うと、手近にあった椅子に座る。


「どうした風の吹き回しだ? 平穏に暮らしていた俺を呼び出し、こんな所に閉じ込めたお前が、俺と話をしたいなんて。魔王が降臨するんじゃないか?」


 男はそう言いながら、違和感を覚えていた。大賢人の魔力は、目の前の男ほど静かではない。穏やかだが圧倒的な圧力を持っている。それに比べると、この男の魔力は静かすぎた。マイティ・クロウは静かに訊いた。


「そなた、何者だ?」

「……気付いたか、『マイティ・クロウ』。そなたの見込みどおり私は大賢人ではない、そなたの味方だ。騒がずに私の話を聞け」


 男はそう言うと、静かに語りだした。


「私はウェルム・ラクリマエ。『組織ウニタルム』から来た」


 マイティ・クロウはうなずく。長い間この場所に囚われていた彼は、


(『組織』がどういうものなのかは知らないが、俺に対して殺気を放っていないのであれば、話を聞くだけは聞いてもいい)


 そう思ったのだ。


「わが『組織』の盟主のご命令により、そなたを迎えに来た。今夜1点(午後8時)、看守の巡回が済んだらドアの外に出ろ。そのくらいの魔力は残っているだろう」


 ウェルムはそう言うと、マイティ・クロウの目に浮かんだ猜疑の色を認めてうなずく。


「簡単に他人を信用しない……さすがは当代の英雄だな、賢明な判断だ。けれど『組織』はそなたの力が必要なのだ」

「……俺はここに7年も捕らわれている。身体もなまり魔力も消えた。こんな俺に何ができる?」


 そう言うマイティ・クロウに、ウェルムはニコリと笑って、


「隠さなくてもいい。さっきも言ったように俺は『賢者会議』の側ではない。といって魔王側のものでもない。盟主はそなたの『大地の誓約』に期待しておられるのだ」


 そう言うと、続けて


「エレノア殿のことは残念だった。盟主も手を差し伸べられたのだが、間に合わなかったのだ」


 そう、しんみりとした声で言った。

 それを聞いて、マイティ・クロウはがっくりと肩を落とした。


「……エレノアが死んだとここの隊長から聞かされていたが、それは俺の心を折るための嘘だと思っていた……本当だったんだな」


 そしてハッと顔を上げてウェルムに訊く。


「ジン、ジンはどうしている?」

「ジン殿は村人たちの庇護のもと、立派に成長しているぞ。そなたを探すために騎士団を立ち上げている。大地の精霊たちの覚えもめでたいようだな」


 それを聞いて、マイティ・クロウは安心したようにため息をつき、


「俺は我慢しすぎていたようだ」


 ウェルムの目を見つめてそう一言言った。


   ★ ★ ★ ★ ★


「スライムだって?」


 僕は、ワインの言葉にそう思わず言った。


 ドッカーノ村を出て5日目。あと2日も歩けばアルクニー公国の首都であるデ・カイマーチに着くと思っていたが、トナーリマーチから10キロも行かない所にあるベロベロウッドの森の入口で、僕たちは立ち往生していた。


 ワインは、形のいい手で葡萄酒色の髪をかき上げながら、


「うん。ベロベロウッドの森一帯に何万というスライムが巣くっているらしい。厄介なのは、それが一種類じゃないってことさ」


 スライムにはいくつか種類があって、オーソドックスな水スライムの他に火のスライムや岩石スライム、氷スライムや電気スライムまでいる。


 一種類だけならその属性に気をつければいいだけの話だが、これだけの種類が近くにいるとしたら、それぞれの複合的な影響に気を配らないといけない。例えば水スライムと戦っている最中に氷スライムの攻撃を食らえば凍ってしまうし、電気スライムの攻撃を受ければ感電してしまう。


「それにしても万単位とは大げさだな」


 ラムさんが言うと、シェリーもうなずいて


「そうよね。この森がどれだけ広いって言っても、万もいるとは思えないわ。実際のところどうなのかしら?」


 そう言う。

 ワインは片眉を上げる彼独特の皮肉るときのしぐさをして言った。


「さーてね? スライムの群れに会ったという旅人の話を、自警団の連中はそのまま真に受けているらしいから、調査すらしていないみたいだよ?」

「この森を迂回することはできるかな?」


 僕が訊くと、ワインは大げさに肩をすくめて、


「西方は山岳地帯だ。西にはないね。東側にキミントンの町からの迂回路がある。ただ、そこを行くと3日ほど余計にかかるのと、キミントンの町に行くにはここを引き返す必要がある。ジン、どうする?」


 そう訊いてきた。


「旅人が困っているのなら、せめて街道筋からはスライムを追い払ってあげないといけないな」


 僕が言うと、シェリーが困った顔で言う。


「……ジンはそう言うと思ったけれど、身体の方は大丈夫? スライムの複合攻撃って結構堪えるわよ?」

「ジン団長の気持ちは判りますが、『無理をしない』ということも戦士として大切なことです。完調ではない時の戦いは避けるべきだと思いますけれど?」


 ラムさんもそう言って心配そうな顔をする。


「大丈夫だよ。これくらいのケガは何てことないし、父さんを見つける旅に出たら、こんなことは日常茶飯事だろうからね」


 僕はそう言うと、念のために剣帯とダンプポーチの閉まり具合を確認する。どちらも緩んでいないから大丈夫だ。


「さて、それじゃ行こうか」


 僕がそう言って歩き出すと、シェリーとラムさんは顔を見合わせ、肩をすくめて僕を追いかけてくる。


「では団長、せめて私たちを先頭にしてください」

「そうよ、ジンは後ろにいて。ワイン、ジンを頼んだわよ?」


 僕が止める間もなく、ラムさんとシェリーは二人でずかずかと歩き出す。


「ジン、二人の厚意は受けておくべきだ。キミはもっと大切な時に前に出なければならないのだから」


 ワインもそう言うと、手槍を右手に引っ提げて僕の前を歩き出した。


「分かったよ。ここはみんなに甘えよう」


 僕が言うと、ワインは振り向いて形のいい右手の人差し指を顔の前で横に振りながら言った。


「違うな、『甘える』んじゃない。ボクたちは『騎士団』でキミは団長だ。斥候は副団長か先鋒隊長がするものと決まっている、ただそれだけのことさ。キミは団長たるもの何をすべきかを考えておきたまえ」



 ベロベロウッドの森は、話に聞いて想像していたよりも深かった。頭の上を重なり合った木々の葉が完全に覆い、日の光すらこぼれて来ない。


「だが、木々がお日様の光を受けるために競争で背伸びをしているから、横からの光は入ってくるな」


 ワインが言うと、


「……湿っぽいな。スライムが好みそうな場所だ」


 ラムさんが油断なく辺りを見回しながら言う。

 シェリーも何かを感じたのか、肩から弓を外し、


「何かいるわ。見てくるね」


 そう言いながらうっそうと茂った下草を弓で押し分けて前に出ようとした。

 その時だった、周りの草むらがざわざわと揺れ、あちらこちらからシャボン玉のような大きな泡が湧き出て、僕たちに向かってきたのは。


「ちっ、水スライムの『捕食泡ハンターバブル』か!」


 ワインが槍を振り回し、泡を破裂させながら言う。


「これに捕まったら、割れるまで息ができなくなるぞ!」

「了解……んあっぷ!」


 言っているそばからシェリーが泡に飲み込まれてもがく。


「シェリー!」

 パアン!


 僕は剣を抜き放つと、シェリーを捕まえている泡を叩き斬る。派手な音と共に泡は水しぶきを辺りに飛び散らしながら破裂した。


「はあ、はあ、ジン、アリガト」


 シェリーのお礼の言葉にうなずく暇もなく、僕は次から次へと襲って来る泡の群れを叩き割り続けた。


「泡を斬ってもらちが明かない。本体を叩き斬ってやるっ!」


 ラムさんがそう叫ぶと、その緋色の髪が風を受けたようにふわりと膨らみ、その身体の周りに空電が走った。


「みんな下がれっ! 感電するぞっ!」


 ラムさんはそう叫ぶと、蒼い稲妻のように僕たちの周囲を跳び回り、そこに群れていた水スライムをことごとく叩き斬った。


「秘技、『紫電連撃ライトニングスパーク』っ!」

 ズガガガガガっ……


 もともとユニコーン族は雷属性だ。水スライムは魔法によって純水が形を成している魔法生命体と言っていい。ラムさんの電撃を受けると、群れごと感電して『魔法の表皮』が弾け飛んだ。


「……ふん、手間をかけさせやがって」


 ラムさんは長剣を背中の鞘に戻すと、ずぶぬれになりながらも僕の所に戻ってきて訊いてきた。


「団長、けがはありませんでしたか?」

「おかげで助かったよ。けれど全員ずぶぬれだ。このままじゃ風邪を引いちゃうな」


 僕が言うと、ワインもすっかりぬれそぼった髪をかき上げて言う。


「これが本当の『水も滴る美男子』ってわけだ。少し乾いた場所で焚き火でもした方がいいだろう」

「そうね、次のスライムたちがやって来ないうちに……」


 シェリーが服の裾を絞りながら言ったとき、


「くそっ、氷スライムと電気スライムかっ!」


 ラムさんが再び長剣を抜き放って叫んだ。



(水の次に氷と電気だなんて、間が良すぎる)


 僕は、剣を揮って氷スライムたちを弾き飛ばしながら、そう思った。


 氷スライムは体表から冷え冷えとした冷気を放つ。ワインによれば『氷の吐息(フローズンブレス)』というらしいが、これをもろに浴びれば凍傷確定である。ましてや僕たちはさっきの水スライムとの戦いでずぶぬれだ。瞬時に凍ってしまっても不思議ではない。


 だから僕たちは氷スライムたちに囲まれないように動きつつ、得物で弾き飛ばし続けているのだが、そこで邪魔になるのが電気スライムだ。


 電気スライムはその名のとおり電気を持っている。放電することすらあって、それに当たると一瞬気が遠くなるほどの痛みが走り、続いて身体が痺れる。

 そして僕たちは何度も言うが今はずぶぬれの状態……言い換えれば感電しやすい状態であり、こいつらからは逃げるしか今のところ手がない。


 バチイッ!

「ぐあっ!?」


 僕の後ろから甲高い音と共に、ワインの苦しげな叫びが聞こえた。


「ワインっ! このっ!」

 ズバン!


 僕はワインに駆け寄ると、その身体にぴったりとくっついている電気スライムを叩き斬った。バチッという火花と共に電気スライムは弾ける。


「ワイン!」

「来るなジン、キミも感電するぞ」


 顔面を蒼白にしたワインが、槍につかまって立ち上がりながら言う。僕はその言葉で立ち止まった。


「ボクの身体にはまだ電気が残っている。しばらくは近づかない方がいい、ぐあっ!」


 ワインは身体を痙攣させながら言う。そのワインに、電気スライムと氷スライムが同時に覆いかぶさって来た。


「ワインっ!」

「よせ、ジン!」


 僕は、ワインが止めるのも聞かず、彼の身体に覆いかぶさった。


 バシィンッ!

「ぐはあああっ!」


 僕と氷スライム、そして電気スライムの間に盛大な火花が散り、僕はあまりの痛みに気が遠くなってしまう。氷スライムの『フローズンブレス』を吸い込んだのだろう、肺が焼けるように熱く、そして針を刺すような痛みが喉に走る。


(息が、息ができない)


 僕は氷スライムと電気スライムにのしかかられ、身体中を痙攣させながらそう思った。


「いやああっ! ジンッ!」


 僕の様子を見たシェリーが、短剣ダガーを両手に構えて走ってくる。


「シェリー、ワイン、伏せろっ!」


 ラムさんのそう言う声が聞こえ、続いて


「よくも私の団長をっ! 食らえっ、『灼熱の鳳翼(フレイムフリューゲル)』っ!」

 ドウンッ!


 ラムさんは身体中を紅蓮の炎で包むと、その炎を長剣に乗せて振り抜いた。炎はまるで翼のように広がり、紅蓮の翼は意志あるもののように、僕にのしかかっている氷スライムと電気スライムを直撃した。


 ドヴァンッ!


 氷スライムはその炎で一瞬にして蒸発し、電気スライムは破裂した。


「大丈夫ですか? 団長」

「ジン、大丈夫?」


 僕の所に二人が駆け寄って来て訊く。僕は何とか起き上がると、


「大丈夫だ。それよりワインは?」

「ボクはおかげで無事さ」


 ワインは気丈に言うが、彼の左手が真っ白になり、そこから血がにじんでいるのが見えた。僕から氷スライムを引きはがそうとしたのだろう。


 僕の視線を感じたワインは、無理やり笑って言う。


「キミの観察は正確だ。ボクはいったん撤退することをお勧めするよ。まだベロベロウッドの森の3分の1も進んでいない。このままじゃじり貧だ」


「……確かに、まだ炎スライムという厄介者が残っているし、他のスライムも全滅させてはいないだろうからな。団長、ここは退きましょう」


 ラムさんもそう言う。彼女はまだまだ戦えそうだが、僕とワインは満身創痍、シェリーも少し疲れが見えている。僕はうなずいて言った。


「分かった。悔しいけれど撤退だ。作戦を立て直して出直そう」



「なかなかできる連中だったな」


 ジンたちが撤退した後、その場に影のように現れた男がそうくぐもった声でつぶやく。男はフード付きの黒いマントを身にまとい、顔にはペストマスクをかぶっている。

 男はしばらく『戦場』の様子を眺めていたが、そこに残る魔力の残滓を感じ取ると、


「ふむ、シルフ、エルフ、そしてユニコーン族と魔族か……。面白い、俺のペットたちをこれだけ痛い目にあわせるとは……」


 そうつぶやくと、森の奥に消えて行った。


   ★ ★ ★ ★ ★


 僕たちは一旦ベロベロウッドの森から引き返すと、とりあえず近くの林の中で身体を休めることにした。


「やれやれ、スライムの属性が複合すると、あんなに厄介だとは思わなかったよ」


 ようやく身体のしびれが取れたワインがそう言いながら僕を見つめてウインクする。


「まあな。あれだけ群れられると堪らないな」


 僕もやっとしびれが取れた手を振りながら答えた。


「でもジン、無理しちゃいけないじゃない。ジンが氷スライムと電気スライムにのしかかられたのを見た時は、心臓が止まりそうだったんだからね」


 シェリーが頬をふくらませながら言うのに、僕はただ謝るしかない。


「ゴメン。でもワインが危なかったからつい身体が動いちゃったんだよ。ラムさんのおかげで助かった……ラムさん?」


 僕は、ラムさんがベロベロウッドの森を見つめながら何か真剣に考えこんでいるのを見て、そう声をかける。ラムさんは僕の声にハッとして僕を見た。


「どうしたんだい? 何か考えていたようだけれど」


 僕が訊くと、ラムさんは真剣な顔でうなずき、逆に僕に訊き返してきた。


「はい、団長はさっきのスライムたちについて、不思議に思ったことはありませんか?」


 僕は戦闘の最中にふと湧いた疑問を口にする。


「そうだね、水スライムの次に氷と電気スライムがかかってくるなんて、間がいいなとは思ったよ。単に僕たちの進む先にその順番で巣食っていただけかもしれないけれど」


 それを聞いて、ラムさんはニッコリとしてうなずいた。


「さすがは団長ですね、私もそう思います。スライムたちは属性が違う場合、あんなに近くには巣を作りません。自分たちだって他の属性の影響を受けてしまいますからね」


「ふむ、それはそのとおりだな。ではラムさんは、あのスライムたちは誰かが意図的に配置したと言いたいのかい?」


 ワインが包帯を巻いた左手を気にしながら言うと、ラムさんはそれにもまたうなずいて言った。


「うむ、私はあのスライムたちは野生のものではなく、誰かが飼育しているものだと思った。ワイン、君はあのスライムたちが同じような大きさだったことに気が付いたかい?」


「……そう言えば、みんな同じような大きさだったな。特に大きい個体も、小さい個体も見当たらなかった」


 ワインが言うと、シェリーが


「それって、単に子どものスライムは攻撃してこなかっただけじゃないの?」


 そう訊く。それにラムさんは首を振って答えた。


「それはない。というか、スライムには子どもと大人の違いはないんだ。奴らは魔法生命体だから、生まれた時点で身体は完成している。単に大きいか小さいかの違いだけで、みんな生命力を持つものを見ると襲い掛かってくる性質があるんだ」


 さすがは諸国を旅したラムさんだ。野山にいる魔物たちのことは良く知っている。そして彼女は、緋色の瞳を持つ眼を細めると、ポツリと言った。


「それに、遠くに人影を見た気がします。一瞬でしたし、目の端っこでとらえただけですから、はっきりそうだとは言い切れませんが」


「……ラムさんの言うことが当たっているとしたら、そいつの狙いは何だろう?」


 僕が言うと、ラムさんは首をかしげて


「相手の狙いについては、正直、分かりません。単に通行を妨害することが目的かもしれませんし、それによってさらに何かしらの影響を与えることが目的かもしれませんし」


 そう答えた。


「トナーリマーチはアルクニー公国にとって特段これと言って重要な町じゃない。町自体に嫌がらせをするには手が込み過ぎているし、それほどの恨みを買うほどの町でもないと思うな」


 ワインはそう言って、片眉を上げると続けて言った。


「まあ、『ドラゴン・シン』やオー・ド・ヴィー・ド・ヴァンに恨みがある奴の仕業かもしれないしね」


 僕はド・ヴァンの爽やかな笑顔を思い出して、『それはないだろう』と言おうとしたけれど、現にド・ヴァンが命を狙われたことを思い出すと、半分肯定せざるを得ない。


「ここで町の通行を妨害していたら、必ずド・ヴァンや『ドラゴン・シン』に討伐依頼が行くだろう。相手はそれを待っているのかもしれないよ?」


 ラムさんも、ワインの意見に同意して言う。

 僕はみんなの意見にうなずいて言った。


「誰かがスライムを操っているにしても、それがド・ヴァンを狙っているにしても、はっきりしていることは街道を使う旅人たちが迷惑しているってことだ。何とかあのスライムたちを退治する方法はないかな?」


 僕の言葉に、全員が考え込む顔になった。



「……もう一度訊かせてくれ。俺には『作戦中止』と聞こえたが?」


 ベロベロウッドの森の中、ちょうど中間くらいの所に、古びた掘立小屋がある。その中で、ペストマスクの男が眼前に座る人物にくぐもった声で訊いた。


「うん、そうだよ。ボクは確かに『この作戦は中止する』と言ったんだ。聞こえていなかったのかな?」


 ペストマスクの男は、目の前の椅子にちょこんと座った13・4歳に見える少女がニコニコして言うのを聞いて、納得していないように言った。


「俺はせっかく面白い獲物を見つけたんだ。せめてそいつを……」


 けれど、少女は白い顔に笑みを浮かべたまま、おっかぶせるように言う。


「個人の趣向は認めない。これは『組織ウニタルム』の決定だよ?」


 ペストマスクの男は、少女の漆黒の瞳に殺気がほとばしるのを感じて、渋々言った。


「……分かりました。ペットたちを撤収し、作戦を打ち切ります」


 それを聞くと、少女はニコリと笑って言った。


「ねえテキーラ、キミの役目はあのジンって言う子がどれだけの遣い手かを見極めることだ。ボクはこの目で彼を見て、ある程度の感触は得た。だからキミには次の作戦に掛かってもらわないといけないんだ」

「次の作戦……ですか?」


 テキーラと呼ばれたペストマスクの男がオウム返しに言うと、少女は漆黒の瞳を持つくりくりした目を細めて言った。


「そう、次の作戦☆ それはね……」


 少女はニヤリとした表情のまま、テキーラに『次の作戦』を指示した。



「スライムの群れが消えた、だって?」


 次の日、僕たちはベロベロウッドの森の入口にある番所で、『スライムの群れが忽然と消えた』という情報を聞き込んで耳を疑った。


「ああ、何でも昨日、やけに森が騒がしいので自警団の連中が調査のため森に入ったそうなんだ。その時、スライムの群れが北の方角に向かって大挙して移動しているのを見たそうだ」


 情報を聞き込んできたワインはそう言うと、ホッとした表情をしているシェリーに向かって、


「よかったねシェリーちゃん。これでジンは無理せずに済むよ」


 そう笑って言う。シェリーはうなずきながらも不思議そうに、


「そだね。でも、なぜ急にスライムたちは出て行っちゃったのかしら?」


 そう言って首をかしげる。


「……目的を果たしたか、中止せざるを得ない事態が起こったか……でしょうね」


 ラムさんも歯切れが悪い。ラムさんが見た『人影』が、スライムを操っている人物だったとしたら、その真意が測りかねるだけに不気味さは増す。


 けれど、僕は敢えてそのことは話題にせずに、明るい声で言った。何より僕たちには、スライムの群れを一網打尽にするいい案が浮かばなかったのだ。下手をすると昨日の二の舞をしかねない状況だっただけに、正直なところ群れが消えたのは勿怪の幸いと言ったところだった。


「旅人たちに危険がなくなったのならいいことじゃないか。早く森を抜けよう。でないといつまで経ってもデ・カイマーチに行きつけない」


 僕の言葉に、ワインも片頬で笑って、


「そうだね、『目の前にない危機に心をすり減らさざるべし』だよ。ジンの言うとおり、抜けられるときに森を抜けてしまおう」


 そう言うと、槍を担いで真っ先に歩き出した。


「あっ、ワイン。ダメだよ勝手に行動しちゃ」


 シェリーが慌ててワインを追いかけるのを見ながら、僕はまだ立ちすくんで何かを考えているラムさんに声をかけた。


「ラムさん、心配してくれるのはありがたいけれど、まずは目の前の道を進もう」


 するとラムさんは、ゆっくりと頭を振り、僕を見つめて答えた。


「分かりました。でも、私は何があっても団長を守って見せます」



(あの人影は、確かにただの人間のものではなかった。今まで見たことのない魔力の質と量だった。そして明らかに私たちへの敵意が感じられた……)


 ラムは、その時のことを思い出して背筋が寒くなった。相手はこちらが相手の存在を認めたことに気付いていた。気付いていたが敢えて手を出してこなかったのだ。


(あの時、あいつが攻撃して来たら、私たちにはそれに対処する手段はなかった……世の中は広い、私ももっと強くならないと。ジン様のために)


 ラムは、自分の前を歩くジンの後姿を見つめながら、強く心に誓っていた。


(Tournament6 スライムの群れを狩ろう! 完)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

いやぁ〜、ジンの父親に近づく奴らは何者なんでしょうか? そもそもなんでジンの父『マイティ・クロウ』は囚われているんでしょうか?

謎をはらみつつ、ジンたちは成長していきます。

次回もお楽しみに。

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