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キャバリア・スラップスティック  作者: シベリウスP
違う時空の昔物語編
59/153

Tournament59 Fiends hunting:Part19(魔神を狩ろう!その19:決戦)

北方の魔軍陣地に攻め込んだジンたち。ジンはそこで敵将との一騎打ちに臨む。

そのころ、魔族の雄・アルケーは全軍を一か所に集めて一気に勝負を付けようと図っていた。

転進する西方魔軍と南方魔軍。それを追う精霊王や人間たちの部隊……戦雲が大きく動く中、ジンと魔将との決戦はどうなるのか?

【主な登場人物紹介】


■主人公ジン・ライムが5千年前の世界で出会った人たち


♡ウェカ・スクロルム 15歳 金髪碧眼の美少女。弓が得意なアタシっ子。5千年前の時空のカッツェガルテンというまちで出会った。貴族の娘だが弱い者に対する同情と理解が深い。ジンを運命の相手として慕っている。


♤ザコ・ガイル 22歳 茶髪碧眼のオーガの青年。大剣をぶん回す俺っち戦士。ウェカと同じくカッツェガルテンに住んでいた。鍛冶屋の息子だがウェカの同志的存在。戦術的才能があり、ウェカに乞われてスクロルム家の私兵を率いている。


♡マル・セロン 22歳 黒髪黒眼のエルフの美女。剣の腕も確かだが本職は書記で、カッツェガルテンの民政を引き受けている。性格は冷静で、ウェカを妹のように可愛がっている。ザコとは幼馴染である。


♡ネルコワ・ヨクソダッツ 13歳 茶髪で黒い瞳を持つヴェーゼシュッツェンの後継者。父の戦死と家臣団の離反で殺されそうになっていたところを、従姉の忠臣アーマ・ザッケンに救われ、カッツェガルテンに従妹のアーカ・ザッケンを遣わして救援要請した。


♡ジビエ・デイナイト 17歳 赤髪灼眼の17歳。オーガ族長の長女でジンの能力に惹かれ、異世界での仲間となる。巨大な棍棒を揮って戦うアタイっ子猛将。


♤サリュ・パスカル 17歳 金髪碧眼の美男子でユニコーン族長の長子。ジンの異世界に興味を持ち、ジビエに誘われる形で仲間になった。レイピアを持つが智謀と魔力に優れた参謀役。


♡サラ・フローレンス 精霊王アクエリアスの神殿に仕えるエルフの神官で、金髪碧眼の17歳。魔物に襲われ孤立した神殿にいたところをジンたちに助けられて仲間になる。精霊王との共感能力に優れ、数々の危機を予言する。回復魔法の達人。


   ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


 ウェンディはくるっと頭を回し、ディモスの部下たちが本陣で起こった戦闘を見て続々と集まって来るのを眺めていたが、


「ジン、ボクが雑魚たちを抑えているから、ディモスをやっつけてくれるかな? そんな顔しなくても大丈夫だよ。君ならきっと勝てるさ」


 そう言うと、


「まずはディモスを援護を断つことだね。『風の魔障壁(ストームウォール)』!」


 僕とディモスを風の牢獄に閉じ込めた。


「ふん、猪口才な真似を……」


 ディモスは僕たちの周囲でうなり声を上げる魔障壁に、憎々し気な視線を向けると舌打ちしたが、『払暁の神剣』を右手に提げた僕の姿を認めると、不意に真面目な顔で僕に話しかけて来た。


「そなたは確かジン・ライムとか言ったな? 話によると魔族の血が混じっているようだが、なぜ魔族の始祖たるアルケー様の下に馳せ参じない?」


 僕はこの言葉を今まで何度聞いただろう? 人間だろうが亜人だろうが、そして魔族だろうが生きる意味は自分で決めるもので、種族がどうであろうが関係ないことじゃないか。


 そんな当たり前のことで不思議がって、何度も不毛な質問をされることに、僕はいい加減うんざりしてきていた。


「魔族がすべてアルケー・クロウの言いなりになると思っていたら大間違いだぞ」


 僕が低い声で言うと、ディモスは薄い唇を酷薄そうに歪めて


「ふん、魔族がなぜ生まれ、アルケー様がどのようなお考えをお持ちであるか知らないのに、一人前の口を利くんじゃないぞ」


 そう吐き捨てると、おもむろに槍を構えながら続けた。


「まあいい、我が魔族の実力を知れば、そなたの考えも変わるだろう。どれだけ抗おうと、魔族は魔族の『掟』から逃れられぬのだからな」


(魔族の『掟』……血は血で償え……他の生命を贖うは自らの生命……)


 僕の頭の中でそんな言葉が弾けた時、無意識のうちに僕は紫紺の魔力を身にまとっていた。


「むっ!?」


 槍を構えて僕に先制攻撃を仕掛けようとしたディモスは、その魔力の開放を見て驚きの声を上げる。


「そ、その魔力……貴様、どこでそんな力を手に入れた?」


 ディモスの声が心なしか上ずっている。それほど僕の魔力って変なのだろうか?


 戸惑う僕の心とは裏腹に、僕の口を衝いて出たのは思いもよらない言葉だった。


「魔族の『掟』? お前こそその『掟』に従い、自らの血で償いをせねばならないことを思い知ることだな」

 シュバッ!

「くっ!?」


 ディモスはジンの素早い機動に虚を衝かれ、間一髪で斬撃を避けた。見た目は少年で、どことなく気の弱さすら感じさせたジンだが、魔力の開放後の豹変にはさしもの魔神といえども信じられない思いが強かった。


(こいつ、何者だ? こんな魔力の波動はアルケー様からでさえ感じたことはない。四神と共にいたが、四神を超える存在かもしれない。まさかこいつが……)


「やっ!」

ビュンッ!


「おっ!」

 カイーン!


 ジンが斬撃から転瞬の早業で突きを繰り出したが、ディモスは槍の柄でそれを弾き、


「えおうっ!」

 シュンッ!


 ジンの胸板狙って雷のように槍を突き出す。しかし、


「ふっ」

「おおっ!?」


 ジンは慌てもせずに突きをかわすと、けら首を左手で捕まえた。


「償いも、贖いも、すべて自分の身から出たもので、それは誰もが己で背負うもの。

 そして摂理は自分自身すら裏切らないものだ。アルケー・クロウはそう言っていなかったのか?」


 ディモスはジンの鋭い瞳に射すくめられたように身体が強張った。その瞳が緋色に輝き、強い信念を感じさせる光を放つのを見たディモスは、一瞬息を飲んだ後、弾けるように哄笑する。それは勝敗を度外視した、いっそ清々しくすらある笑いだった。


 ジンは、ディモスの笑い声を聞きながら、その真意を悟って魔力をさらに掻き立てた。こいつは自らの死すら超越して自分に挑もうとしている……ディモスの剣呑さを一瞬で理解したのだ。


おんっ!」

 バチイッ!

「うわっ!?」


 ディモスは自分の周囲に空電を閃かせる。槍を握っていたジンの左手に大きな火花が散り、驚いたジンは10ヤードほどディモスから間合いを空けた。


「……面白い、そなたの力は我が敬愛するアルケー様に匹敵する。これは我もそれなりの力で対応しなければ失礼というものだな」


 そうディモスが言うと、彼はたゆたう魔力を急に収斂させ始めた。そしてその姿を、漆黒のマントに身を包んだ黒騎士へと変える。


「ジン・ライムよ、そなたは我が出会った生涯ただ一人の好敵だ。その力、我が見届けてやる!」


 ディモスは、吹きすさぶブリザードのような声で叫びながら、槍を構えてジンへと突進してきた。



 アルック地方には、その中心からやや南寄りに平坦な土地がある。幅30フィートの川が南北に清冽な水を湛えながら流れ、その西側には8百メートルほどの形のいい独立した山がある。


 その山は、夏に向かう直前の瑞々しい若葉に包まれ、小動物たちも木々の間を駆け巡っている……はずだった。


 いつもなら騒がしいほどに動物たちや鳥たちの声が響き渡っているはずなのだが、その日はいつもと違い、山は何とも言えない静けさに包まれていた。


 そんな静寂を破るように、人の足音と下枝を折る音がして、ぽっかりと木々が生えていない広場のようになっている場所に、白髪の男が姿を現す。彼は日差しを受けて一瞬、手をかざし目を細めたが、広場の真ん中に黒い髪を長く伸ばした男を見つけ、涼やかな声で語りかけた。


「……ロゴス、戦況は思ったより悪い方に転がっているようだな? やはりジン・ライムとか言う男のせいか?」


 ロゴスと呼ばれた男は、白髪の男の声に少し面白がっているような響きを感じ、意外そうに答えた。


「……はい、それは疑う余地はありません。しかし想定外だったのは、四神が動き始めたことです。ウェンディなどはジン・ライムと共闘しているようで、ディモスも苦戦しているようです」


「……ほう、四神が? 俺が動かぬ限り、四神は手出しはしないと思っていたが……」


 アルケーもまた、意外そうに言う。そして少しの間、何かを考えるように首をかしげていたが、青い空を見上げると薄く笑って言った。


「はっはっはっ、運命の背反者(エピメイア)様が動かないとでも思っているのだろうな。

 ロゴス、ジン・ライムは危険な存在だ。彼はどの時空にいても、俺たちの邪魔をするだろう。この際、四神と共に葬ってしまった方がいい」


「では、俺が仕留めて参りましょうか?」


 翠色の瞳にかすかな殺気を込めてロゴスが訊くと、アルケーは首を緩く横に振りながら逆に問いかける。


「俺の血族で、しかもかなりの実力の持ち主だ……ロゴス、確かお前からはそんな報告を受けていた記憶があるが?」


 その問いに、ロゴスはうなずく。それを見たアルケーは、緋色の瞳に不気味なほどの穏やかさを湛えて言った。


「……ならば、ジン・ライムは俺が直々に始末すべきだろうな。魔族の『掟』にかけても裏切りは許されないからな」


 アルケーの言葉に、ロゴスは額に汗を浮かべながら頭を下げる。側近中の側近と言っていいロゴスは、アルケーがこのような話し方をするのは彼が酷く気分を害しているときだと知っていた。ロゴスはアルケーが仮借ない命令を下すのだろうと、薄ら寒い心地で頭を下げたままその時を待った。


 案の定、アルケーはロゴスの頭の上から被せるように、冷たい声で命令した。


「ついでに、頭に乗った人間や亜人どもを皆殺しにしてやろう。ロゴス、すぐにディモスはじめ全軍をアルック地方まで後退させろ。ベロベロウッドの森を奴らの墓場にしてやろう。それと……」


 ロゴスは、アルケーが意味ありげに押し黙ったので、ゆっくりと顔を上げる。アルケーはそんなロゴスの耳元に顔を寄せて、低い声で言った。


「……人間たちを抹殺する役目は、ロゴス、お前に任せる。俺はジン・ライムを葬ることに全力を挙げるからな」


 ロゴスは、静かなアルケーの声を聞き、その身体の中でうごめく強大な魔力に身震いするような思いで答えた。


「承知いたしました」



 ウェンディがディモスとジンを『風の魔障壁』に閉じ込めたころ、ザコ・ガイルとカーン・シンの2将軍は、ディモス軍陣地の目と鼻の先を闇に乗じて通過することに成功していた。


 そして、主力を率いたサリュとジビエの二人は、敵陣のど真ん中に出現した『風の魔障壁』を見て、


「ジンとウェンディ殿は上手くやってくれたようだ。ジビエ、ボクたちも押し出そう」


「待ちかねたよ。やっとアタイの出番ってことだね」


 そう笑いながら、それぞれの部隊に出撃命令を下した。


 ディモスの軍は、突然中軍で起こったジンとディモスとの戦いに気を取られ、守りが疎かになっていた。サリュとジビエの率いる2万は、その隙を衝いた形になった。


「ふん、『風の魔障壁』か……さすがは風の精霊王だな、やることが派手だ」


 ディモス軍のど真ん中で轟音を立てているウェンディの魔力を見て、サリュがつぶやくと、隣で巨大な棍棒を肩に担いだジビエが合いの手を入れる。


「おかげで、敵陣のど真ん前まで無傷で来られたし、ザコ将軍やカーン将軍だって上手いとこアルック地方に突入できたはずだよ。

 さて、サリュ、アタイが先陣ってことで文句はないよね?」


 するとサリュは、金髪を形のいい手でかき上げながら、碧眼をジビエに向ける。サリュの視線と緋色の瞳を持つジビエの視線が交錯した。


「もちろん、文句なんてないさ。ただ、最後に念を押しておくが、ジンの戦況がどうであれ、キミはひたすらにアルック地方へと部隊を進めるんだ。でないとザコ将軍たちに不測の事態が起こっても、どうにもならなくなるからね」


 サリュが言うと、ジビエはにかっと笑って


「分かってるって。指示どおりに動くよ。それがひいてはジン様の役に立つんだろう?」


 そう言うと、自分が率いる部隊の速度を上げた。


 ジビエ隊の動きを見て、サリュは副将のエリンに命令を下す。


「エリン、キミに5千を預ける。レーヴェとともに間道を伝って敵陣の後ろに回り、ジビエが叩き出した残敵を一兵残らず捕縛してくれ。ボクはこのままジビエの後ろを進み、敵陣の中にしばらく居座るつもりだ。ジンとウェンディの戦果が明らかになってから進撃を再開する。よろしく頼むよ?」


「分かりました」「お任せください」


 エリンとレーヴェは弓と槍、それぞれの得物を握り直してそう答えると、サッと自分の隊をまとめて進路を変える。


 それを見ながら、サリュは上機嫌で、側に控える大剣を背負った戦士に笑いかけた。


「予定の行動さ、何も心配することはない。それより敵が思ったより頑強に抵抗する場合は、セノ、しっかり頼んだぞ」


   ★ ★ ★ ★ ★


 ディモスはたゆたう魔力を急に収斂させ始めた。そしてその姿を、漆黒のマントに身を包んだ黒騎士へと変える。


「ジン・ライムよ、そなたは我が出会った生涯ただ一人の好敵だ。その力、我が見届けてやる!」


 ディモスは、吹きすさぶブリザードのような声で叫びながら、槍を構えてジンへと突進してきた。


はやい! これはアクア・ラングにも匹敵する難敵だぞ)


 ジンはそう見て取ると、


「『大地の護り(ラントケッセル)』!」


 自身をシールドで守り、『払暁の神剣』を構え直す。たったそれだけの挙動を取っている間に、ディモスはジンの目の前まで移動していた。


「やっ!」

「おうっ!」

 チーン!


 ジンの剣がディモスの槍を上へと跳ね上げる。ジンは振り上げた剣を叩きつけるように振り下ろしながら、そのまま剣尖をディモスの胸に奔らせた。


「甘いッ!」

 カーン!


 ディモスは撥ね上げられた槍先の動きに逆らわず、そのまま槍を回転させ、石突でジンの剣の動きを封じる。『払暁の神剣』の切っ先と槍の石突は、火花を上げて激突した。


(……もらったと思ったが、さすがは魔神を名乗るだけはあるな)


 ジンのそんな思いが顔に出たのだろう、ディモスはニヤリと唇を歪めて言った。


「我ら魔神は、アルケー・クロウ様の祝福を受けて魔力を授かった。同じ魔族の系統であるそなたがどんな動きをするかは目を瞑っていても分かる。悪あがきしないことだな」


 するとジンも『払暁の神剣』を左手に持ち替え、不敵な笑みを浮かべて言う。


「ならば四神の御業はどうだ? ステージ3・セクト1『大地の刃(ラントソード)』!」


 ジンが右手に溜めた金色の魔力を大地に叩き付けると、そこから鋭い刃がディモス目がけて一直線に地面を斬り裂く。


 ズババババババッ!


「ふん、子どもだましだな。そんな術式では我に傷一つ付けれやせぬぞ」


 ディモスが余裕の笑みでジンの『大地の刃』を避けるため右に移動するが、


 ズババンッ!

「何ッ!?」


 ディモスの左脚から血しぶきが飛び散った。


「四神の術式が子どもだましなわけがなかろう? 食らえっ!」


 ズババンッ!

「がっ!?」


 ズバンッ!

「うぐっ!」


 ズババババンッ!

「がはっ!」


 続けざまに放たれるジンの『大地の刃』を、ディモスは避けることができずに朱に染まる。最初に斬られたときは何が起こったのか理解しがたいといった表情を浮かべていたディモスだったが、『大地の刃』が目標を追尾する術式だと見抜くと、諦めたのかなすがままになっているのだった。


「往生際がいいな、さすが魔族と褒めてやるよ」


 ジンがそう言いながら右手に魔力を集めているのをみて、ディモスはキラリと目を光らせ、ニヤニヤと笑って答えた。


「四神に愛でられし魔族か。しかし、そなたの能力ちからは見切った。そなたでは我の命には届かん」


 それを聞いて、ジンは緋色の瞳を持つ眼をすっと細め、冷え冷えとした声で言った。


「いかにアルケー・クロウとて摂理の外で存在することはできない。摂理に背く者は、摂理によってその存在を秤量されるからだ。それを思い知ってもらおう。

 ステージ3・セクト2『大地の怒り(ラントメテオ)』!」


 その途端、空から落ちて来た巨大な隕石が、ディモスを直撃して凄まじい爆風を生んだ。



 ジンとディモスの戦いは『風の魔障壁』の中で行われていたため、『大地の怒り』の爆風が陣地を吹き飛ばすことはなかったが、その代わり魔軍の防衛線の要である北方陣地には、別の暴風が襲い掛かっていた。サリュとジビエのユニコーン・オーガ連合軍である。


 魔軍は、さすがに第一線の防御陣地から部隊を引き抜くような真似はしていなかったが、その後ろを守り陣地の弾力性と強度を高めるはずの後詰部隊は、中心部で暴れだしたウェンディへの対処に次々と引き抜かれていたのだ。


「アタイは泣く子も黙るオーガの族長ヴォルフの嫡子、ジビエ・デイナイトだ! 空っぽのドタマを月まで吹っ飛ばされたくなけりゃ道を開けな!」


 ジビエはそう叫ぶと、部隊の先頭に立って鹿砦を叩き壊し、驚いて逃げ惑う魔軍守備隊の真っただ中に躍り込んだ。


「命を粗末にするんじゃないよ!」

 ぶううん!


 鬼の形相をしたジビエが棍棒を振り抜くたびに、数十もの魔軍兵士の東部や手足が宙に舞い上がる。血煙で視界が赤く染まる中、魔軍の守備隊は算を乱して戦線を放棄しだした。


「オーガだっ!」

「下がるな、戦え!」

「後詰は何で出て来ないんだ!?」

「敵は一人だ、押し包んで討ち取れ!」


 突進するジビエの前方では、恐れをなして逃げようとする兵士たちや、なんとかそれを押し止めようとする隊長たちの悲鳴や怒号が渦巻き、混乱を引き起こし始めていた。


 そこに、


「後詰? うふふ、そんなものはないよ」


 満面の笑みを浮かべながらウェンディが空中に現れて、大剣を右手に引っ提げながら大声で混乱を助長する。


「ボクはウェンディ・リメン、風の精霊王さ。ディモスは『伝説の英雄』とタイマンで戦ってるし、君たちが首を長くして待ってる後詰は、ボクがちゃんと始末しておいた。

 だから君たちは孤立無援ってやつだよ? オーガやユニコーンの勇士たちに蹂躙されるか、それとも降伏して故郷に帰るか、好きな方を選びたまえ!」


 そう言うと、無造作に大剣を振り抜く。


 ヴォンッ!

 ズババーン!

「ぎゃっ!」「うえっ!」「がはっ!」


 ウェンディの大剣は一陣の鋭い刃を生み、魔軍の中を駆け抜けざま、数十の兵や指揮官を真っ二つにして見せた。


「風の精霊王だって!?」

「なんで四神がここに!?」


 度肝を抜かれた兵士たちは、動くことも出来ずにウェンディをポカンと見つめていたが、


「どうするの? もう一度ボクの『風の刃』を受けてみたい? それとも、いっそみんなまとめて暗黒大陸まで吹き飛ばしてほしいのかな?」


 ウェンディの声で我に返った兵士たちは、慌てて武器を捨てその場に座り込んだ。


 その様を、厳しい目で見詰めていたウェンディは、大方の兵たちが投降したのを見て、上機嫌にうなずいて言った。


「……うん、みんなお利口さんが多くて助かるよ。じゃあ悪いけど、ユニコーンの軍師が来るまで、ちょっと動かないでおいてくれるかな?」


 ウェンディは捕虜となった魔軍兵士たちに呪縛の魔法をかけた。



 『風の魔障壁』の中は、ジンの『大地の怒り(ラントメテオ)』の爆発でもうもうとした煙に包まれていた。


 しかしジンは、『払暁の神剣』を構えたまま、5ヤードほど右に動いていた。彼はディモスの魔力がまだ散じていないことに気が付いていたのだ。


(四神たるアクア・ラングも俺の『大地の怒り』に耐えていた。同じくらいの魔力を持つディモスだ、この程度で戦闘不能にはならないだろう)


 果たして、


 ビュンッ!


 渦を巻く土煙を斬り裂くように、漆黒の魔力がついさっきまでジンがいた空間を突き抜け、黒騎士が幕を払うように飛び出してきた。


「ふん、油断してはいなかったか。まあ、そうでないと我も面白くはないが」


 ディモズはそう言うとマントを翻し、その姿を消す。


「!」


 一瞬の後、ジンは目の前に現れたディモスを見て目を細めたが、同時に背後から冷たい気配を感じ取り、無意識に振り向きざま『払暁の神剣』を横殴りに払った。


 ガッ! チィ-ン!


 ジンの目の前に現れた黒騎士の攻撃はシールドに阻まれたが、ジンの振り向きざまの斬撃は、禍々しい魔力をまとったディモスの槍に受け止められていた。


「ほう、我が現身を見切るとは……いよいよそなたを無事に帰すわけにはいかなくなったな」


「それはこちらのセリフだっ!」


 ディモスは、自分を睨むジンの瞳が赤く怪しく輝き、その身体と剣を黄金色の魔力が覆うのを見て、とっさに後ろに跳んだ。


 ジャリンッ!


 刹那の後、ジンの剣はディモスの槍を切断し、


 ジャンッ!


 踏み込んで来たジンは、返す刃でディモスの鎧に傷をつけた。


「おのれっ!」


 ディモスはさらに後ろに下がりつつ、両手に魔力を集めて剣を出現させ、


 カーン!


 ジンの剣を受け止めつつ、左手の剣をがら空きになったジンの右脇腹を狙い、すり上げるように奔らせる。


「!『大地の魔弾(ラントブレッド)』!」

 パーンッ!


 とっさに右手を剣から放したジンは、ディモスの剣を魔弾で弾き返す。


「くっ!」


 ジンの右手が自分に向けられたのを見たディモスは、舌打ちしながら間合いを空けた。


「……はやいな。それに戦闘のセンスもいい……」


 ディモスが口を開くと、それにつれて漆黒のマントがゆっくりと広がっていく。ジンには、そのマントがすべてのものを飲み込む空間の歪みのように見えた。


(そうか! 摂理をすり抜けた者なのか!)


 ジンがそう思うと同時に、ディモスは魔力を開放する。


「……だが、そなたにはここで消えてもらわねばならない。消滅も摂理のうちだ、悪く思うなよ?『冷酷な視線(デスゾーン)』」


 ディモスのマントは、まるで翼のように広がるとジンを包み込むように空間を侵食して来る。


「存在の否定か……厄介な」


 ジンはディモスの空間魔法に気を取られていたのは間違いない。そしてそのわずかの隙を見逃すほど、ディモスは戦いに不慣れな男ではなかった。


 バスンッ!

「うっ!?」


 ジンは、自分の右腕が肘から切断され、『払暁の神剣』を握ったまま宙を舞うのを見た。そして一瞬遅れて、胸にとてつもなく熱い衝撃を感じ、目の前まで迫って来たディモスが唇を歪めてこう言うのを聞いた。


「勝負は一瞬で決まるんだよ。凍てつく空間ですべてを忘れるがいい。『伝説の英雄』よ」


 ディモスが剣を抜いて跳び下がり、ジンの胸の傷からは鮮血と魔力が噴き出す。それを茫然と見ている彼を、ディモスのマントが包み込んだ。


   ★ ★ ★ ★ ★


 アルック地方……そこは5千年の後にはアルクニー公国が建国される場所である。しかし、今はまだ人間が開墾を始めて十数年しか経っておらず、ヒーロイ大陸最後のフロンティアと呼ばれている地域であった。


 もちろん、まったくの無人ではない。ヘンジャーやキミントン、デキシントンやシュガーレイク、そしてマーターギなどの集落は出来ていたし、キミントンには風の精霊王の神殿も出来上がっていた。


 そのキミントン集落の西方に、ごつごつとした岩山がある。その頂上で、黒いマントを翻した白髪の青年と、黒い革鎧を着け腰に長剣を吊った男が、眼下に広がるうっそうとした森を眺めていた。


「ヴェルゼは配置に就いたが、ルシフェとディモスがまだ来ないな。ロゴス、二人から連絡はないのか?」


 白髪の青年がのんびりした声で訊くと、すぐ後ろに控えていた革鎧の男が、ゆっくりと首を横に振りながら答える。


「ルシフェは人間どもの追撃に手を焼いているようです。しかし、明日か明後日には敵を振り切ってここにくるでしょう。問題はディモスの方です」


「ディモスは最強の魔神だ。どんな問題があると?」


 ロゴスの言葉に、白髪の青年は驚きもせずに訊く。


「ディモスと連絡が取れません。彼だけでなく、配下の誰ともです。こんなことは今までになかったことですが」


 ロゴスがそう言うと、青年は少しの間黙っていたが、やがてくっくっと喉の奥で笑い、


「……そうかい、仮にディモスを倒し、その軍を四散させるほどの実力を示したのなら、さすがは我が魔族の血は侮れないと言ったところだな」


 そう、楽しそうに言うと、ロゴスを振り返った。その顔は笑っていたが、目は笑ってはいなかった。


「ロゴス、ルシフェの軍を確実に合流させないといけないな。君が行って助けてやってくれ。それと、ディモスの軍とは引き続き連絡を取ってみてくれ。もしディモスがやられていたとしても、ジン・ライムがどんな手を使ったかくらいは知りたいからな」


「承知いたしました」


 ロゴスは短く答えると、不意にその場から姿を消した。


 白髪の青年は、相変わらず眼下に広がる森を飽かずに見つめていたが、何を感じ取ったのか、振り返りもせずに言った。


「そこで止まるんだ。少しでも動くと安全は保証できないぞ」


 すると、白髪の青年の後ろ10ヤードの所に、身長140センチ程度の明るい緑の髪をした少女が姿を現す。少女は髪をかき上げ、エメラルドのような瞳を青年に当てると、非難するような声で問いかけた。


「アルケー、わたくしを置いて黙ってヒーロイ大陸にまで足を延ばし、いったいあなたは何をしているのですか? しかも魔族のみんなまで引き連れて。

 摂理の不合理については、まだ検討の余地がある……それがわたくしとあなたが話し合った結果ではなかったですか?」


 少女はそう一気に捲し立てると、頬を膨らませてアルケーと呼び掛けた青年を睨みつける。真剣に怒ってはいるようだが、その態度や言葉には、アルケーへの深い愛情といったものが感じられた。


 アルケーはロゴスと話していた時とは打って変わって、多少慌てたような態度を見せつつ、言い訳するように、


「マロン、君はまだこんなところに出て来ちゃいけない。魔力もまだ十分には回復していないんだぞ?」


 そう言うと、マロンと呼ばれた少女はゆっくりと首を横に振り、


「騙そうとしてもダメです。わたくしのことはわたくしが一番よく分かっています。わたくしはもう十分にゆっくりしました。後はアルケー、あなたがいつ、わたくしに言ってくれるのかを心待ちにしていたんです。『一緒にエピメイアに止めを刺そう』と……」


 そう言ってアルケーの目を翠の瞳でじっと見つめる。アルケーがその視線から逃れるように目を逸らすと、


「わたくしから目を逸らさないで! アルケー、あなたはいつも堂々と前を向いて、わたくしに摂理を語ってくれたではないですか。あのときのあなたは、いったいどこに行ってしまったのですか?」


 叱りつけるように言うマロンだった。


 アルケーは下を向いていたが、その両手がぐっと握りしめられているのに気づいたマロンは、優しい声でアルケーに訊いた。


「あなたがわたくしのことを、とても大事にしてくれているのは分かっています。何か言いたいことがあるのなら話してみてください」


 するとアルケーは、ゆっくり顔を上げて訊いた。


「摂理には不完全さが残っている……いつか君と俺はそのことで話をしたよな?」


「ええ、覚えています。『変わらないものは何もない。その理だけが不変の真理と言うのであれば、そこには大きな矛盾がある』と言うことでしたね?」


 マロンがうなずいて答えると、アルケーは


「……俺は摂理を否定はしない。この世界にあるからには、何らかの『決まり』というものは存在して当然だろう。死や老いはすべてに平等な生きとし生けるものへの世界からの慈悲だ……」


 そう静かに言うと、マロンから視線を外し、空を見上げて自嘲気味に


「……しかし、俺自身が摂理から外れた存在だって知った時、俺は自分の間違いに気付いた。摂理を外れた者が存在できる世界なら、そもそも摂理には自然を律する強制力はないのではないかってね? ならば、エピメイアが言う『新たな摂理の規定』もあながち荒唐無稽な考え方じゃない」


 そう笑って言った。


 マロンはそんなアルケーを哀しそうに見て、一つため息をつくと首を振って言う。


「……摂理から外れても、それを受け止めるのが世界です。そして世界は、摂理を外れた者が摂理を改変することを易々と許すほど慈悲深くはありません。

 そのことはアルケー、あなたも新大陸でさまざまに実験し、考察したのではありませんか?」


 そして続けて、


「わたくしはジン・ライムという人物を見たことはありませんが、こちらに来る際、少し調べてみました。彼もまた、摂理を外れた存在であることは間違いありませんが、四神が彼を受け容れ、彼と共に戦っているのは、彼がきっと摂理を十分に理解している人物だからでしょう。彼と争うことは避けるべきです」


 そう、強い口調で諭した。


 しかしアルケーは、


「ジンは魔族の血を引く男だ。そんな男がなぜ四神と手を結べたのか、そして何を考え何を望んでいるのか……俺はそれを知りたいだけだ」


 そう鋭い目をして言うと、続けて


「それに君の言うとおり、ジンが摂理を理解していると言うのなら、その真実を俺は知りたいと思う。今まで俺や君が探し続けて来たものを手に入れるチャンスなら、俺はそれを見逃すつもりはない」


 決然とした口調だった。


 マロンは困ったような顔で、アルケーに訊く。


「それは戦いという手段ではなく、話し合いではいけないのですか? あなたが話し合う余地があると思うのなら、わたくしがジン・ライムのもとへ使いをしてもいいのですよ?」


 しかしアルケーは、


「それはできない。ジン・ライムがただの戦士ならともかく、魔族の血を享けた人物なら、彼は俺が立てた『同族の血を流すなかれ』という『掟』に明確に反している。『掟』に基づき処断できるのは俺だけだ。ジンは自らの血で自らの罪業を清算すべきだ」


 そうキッパリと言うと、マロンを見て続けた。


「すでに彼はいくつかの局面で我が同胞を手にかけている。話し合うには遅すぎるんだ……もちろん、ロゴスからの報告を聞いてすぐさま動けば、ここまでの事態には陥らなかったかもしれないが」


 アルケーの言葉と哀しみに満ちた彼の瞳を見たマロンは、事態が後戻りできないところまで来ていることを悟った。彼女は落胆した様子を隠そうともせず、それでも最後の望みをかけるようにアルケーを見て言った。


「……分かりました。あなたがそこまで言うなら、わたくしは何も言いません。

 けれど、これだけは約束してください。あなたが勝っても、ジン・ライムの命を奪ったりしないと。

 彼は何らかの使命を帯びて、時空を超えてきた存在です。彼の命は彼が元々いた時空で全うすべきもので、みだりにそこに手を加えてはいけません。いいですね?」


 縋りつくようなマロンの視線に、アルケーは一種の圧を感じ、思わず頷いていた。



『ジン、お前は何のために『掟』を立てた。摂理のためではなかったのか?』


(またこの声か。時空を超えてもなお、俺に語りかけてくるなんて……)


 ジンは真っ暗で静かな空間にいた。上も下も分からない不思議な感覚の中でたゆたっていたジンだったが、不意に頭の中に響いた声で、手放しかけていた意識をしっかりと取り戻した。


(確か俺は胸を刺され、右腕を斬り落とされたな。まずはその処置からだ)


 ジンは暗闇の中で目を凝らす。漆黒の闇だったが、『払暁の神剣』が淡い光を放っていたため、見つけるのは比較的容易だった。


 ジンは右腕をつかむと、さも当たり前のように傷口をひじに当てる。紫紺の魔力が傷口を包むと、斬られた腕は元通りにつながった。胸の傷はいつの間にか塞がっていた。


(なぜ、俺はこれが出来ると知っていたんだ? まるで何度もこんな経験をしたように、自然と身体が動いた。それにいつの間にか塞がった傷……不思議だ)


 ジンの頭の片隅に、ふとそんな疑問が浮かぶ。しかし彼がその疑問につかまってしまう前に、再び声がした。


『その疑問は、現在迫っている危機を乗り切ってから考えろ。相手は魔族だが、お前の立場なら、奴を処断しても『掟』には反しない。ステージ5の第2段階まで開放してやる。『伝説の英雄』の真の力を、魔族を生み出した存在に思い知らせてやれ!』


 その声が聞こえた途端、ジンの左腕から紫紺の魔力が噴き出した。よく見ると、彼の左腕には鉄の色に鈍く光る鱗のようなものが生えていた。


「これが、俺の中に眠っていた魔族の血か」


 ジンはそうつぶやくと、緋色に輝く瞳で漆黒の虚空を睨み据え、


「……ならば我が『掟』に基づき、摂理の下に命ずる。虚空は光に満たされよ!」


 ジンの言葉と共に、左腕は清冽な青い光を放った。



「ふん、『伝説の英雄』だか何だか知らないが、案外あっさりと虚空に還って行ったな。アルケー様が気になさるほどの人物ではなかったということか」


 『冷酷な視線(デスゾーン)』がゆらゆらと空間を収縮させ、中にあるものすべてを凍らせ、押し潰すさまを見ながら、ディモスは魔力の剣をしまい込んでそうつぶやく。


 そんなディモスの背後から、すっとぼけた声がした。


「さぁ~て、それはどうかなぁ?」

「むっ!?」


 ディモスは仕舞った双剣を再び構え直し、サッと振り返りざまに右へと移動する。彼の視線の先には、翠のマントを翻し、白いシャツに革の半ズボン、素足に革のブーツを履いた黒髪の少女が、ニコニコしながら彼を見ていた。


「……貴様、四神の一柱だな?」


 隙のない構えを崩さずにディモスが訊くと、少女はうんうんと頷いて名乗った。


「さすがはアルケー・クロウのお気に入りだね? ボクはウェンディ・リメン、風の精霊王さ。ところで君は、本当にジン・ライムを仕留めたと思っているのかい?」


 思わぬウェンディの言葉に、ディモスは黒い瞳にいぶかしげな光を込めて訊く。


「どういう意味だ?」

「あははは。その様子じゃ、本当に君はジン・ライムを仕留めたと信じているみたいだね。

 じゃ、いいことを教えてあげる。君が相手しているジン・ライム、本名はジン・クロウだ。彼が元いた世界では、軒並み魔族たちは彼のことを『魔族の貴公子』と呼んでいた」


 ウェンディが笑って言うと、ディモスは明らかに動揺する。


「ジン・クロウだと!? それでは奴は単なる魔族ではなく、アルケー様と同じ血が流れていると?」


 そう叫びながらも、ディモスは今告げられた事実を事実として受け止められなかった。受け止めたくなかったと言うのが彼の正しい心情かもしれない。


(アルケー様には血族はいらっしゃらないはず。奴は違う時空から来たとは言っても、魔族の神祖と呼ぶべきアルケー様に楯突く理由が分からない。摂理は黄昏て、いずれアルケー様やエピメイア様の『新たな摂理』が立てられるはずなのに……)


 そんなことを思っているディモスだったが、ウェンディが『冷酷な視線』に捕らえられているジンを助けようともせず、慌ててもいないことで、ジンの正体がウェンディの言うとおりかもしれないと信じ始めた。


 そんなディモスに、ウェンディは面白そうに声をかける。


「ほらほら、注意力が散漫になっているよ? それじゃ、ジン・クロウを討ち取るなんて寝言にしかならないよ?」


 それを聞いて総毛だったディモスは、慌てて『冷酷な視線』のゆらめきを自分とウェンディの間に置くように位置を変えた。その瞬間、


「我が『掟』に基づき、摂理の下に命ずる。虚空は光に満たされよ!」


 ジンの声が響き、青白く鮮烈な光が奔った。


「くっ! 俺の『冷酷な視線』を……」


 ディモスが唇をかんで悔しそうにつぶやく。漆黒の闇はすっかり消え、紫紺の魔力に包まれたジンがそこにいたからだ。


 しかし、ジンの姿を遠望したウェンディは、目を細めて当惑したように、


「ふむ……団長くんが『魔族の貴公子』ってことは、じいさんから聞いて知っていたけど、アレはちょっとマズいことになりそうだなあ。とりあえず、じいさんに報告しに帰るか」


 そうつぶやくと姿を消した。


   ★ ★ ★ ★ ★


 アルック地方のほぼ中央、うっそうとした森を見下ろす岩山に、三人の人物が集まっていた。


 一人目は、赤髪碧眼で弓を小脇に抱えた女性である。彼女はせかせかした様子で、金髪碧眼の男に問いかける。


「いったいどれだけ待たせたと思ってるの? 聞けばあなたの方面は、人間の小娘が主将だったって言うじゃない?『恐怖の魔神』が聞いて呆れるわ」


 女性のぽんぽんと歯に衣着せない言葉に、金髪の男は疲れ切った表情で弁解する。


「まあそう言うな、ヴェルゼ。私だってアクエリアスが出て来た程度で陣地を明け渡すつもりはさらさらなかった。ディモスに掛かっていたはずの奴らがいきなり後ろから襲って来なかったら、私はもっと早く後退指示に従えただろう」


 それを聞くとヴェルゼはムッとした様子で、


「ルシフェ、あなたちょっと慢心していたんじゃなくて? 後ろから奇襲されるなんて、いつものあなたらしくない失態じゃない。

 いいこと、今度の決戦は単にザカリアの仇討ちってだけじゃなく、わたしたちに煮え湯を飲ませ続けたジンってヤツを叩くのが目的よ。いつも先陣を切って敵を切り崩してきたあなたが、そんなことじゃ困るのよ」


 そうややきつめの口調で言う。ルシフェはおし黙ったままだ。


「まあ、ルシフェは同じ失敗を繰り返す男じゃない。そのくらいにしといてやれ、ヴェルゼ。それよりディモスがまだ着陣していないのが気になるが、ルシフェ、お前は何か情報を手に入れていないか?」


 黒髪の男が翠色の瞳をルシフェに向けて問うと、ルシフェは金髪をかき上げながら、言い難そうに答えた。


「私の後ろから奇襲をかけて来たのは、明らかにディモスと対峙していた奴らだった。私が崩れたら、そいつらはディモス軍を挟撃することは分かっていたから、後退命令にすぐには反応できなかったんだ。

 私が軍をまとめてデュクシ地方とアルック地方との分岐点に布陣するまで、ディモスがやられたとは聞こえて来なかった。敵の奇襲部隊も急激に北へと去って行ったから、まだ苦戦しているのではと思うな」


 それを聞くと、黒髪の男はやや何かを考えている風だったが、やがて


「……仕方ない、ディモスの合流を待たずに作戦行動に移ろう。ディモスも敵を排除したら戦線に加わるだろう」


 そう静かに言う。ヴェルゼは何か言いたげだったが、


「……そうね。上手くいけば、ルシフェがやられたみたいに、ちょうど相手の背後を衝くことになるし。分かったわロゴス様。それで、いつ発動すればいいかしら?」


 無理に明るく訊いた。


 ロゴスは相変わらず難しい顔をしていたが、少し表情を緩めると、


「アルケー様がお戻りになられていないが、明日の正午まで戻られなければ、こちらの判断で動いていいと言われている。それまでには出撃準備を整えておいてくれ」


 そう答えると、さっきから黙っているルシフェに話しかける。


「ルシフェ、お前はザカリアを除けば、人間と戦った経験があるたった一人の将帥だ。お前は人間たちの能力をどう評価する?」


 すると、ルシフェはヴェルゼが自分の部隊に戻ったことを確認して、沈痛な表情で答えた。


「人間には魔力は使えないと多寡をくくっていたことは確かさ。けれど稀に魔力を扱える魔戦士もいるし、生身の人間だって策略を講じてかかって来る。

 その敢闘精神と団結力には目を見張るものがあった。私たちへの敵愾心が、元々は猜疑心を多く持った人間という種族を一つにしてしまったようだ。アルケー様に、軍紀を厳正にし、人間たちを虐殺しないようもっと強く献言すべきだったと反省しているよ」


 憂いに沈んだルシフェの横顔を見ながら、ロゴスは最も気になっていることをズバリと訊いた。


「そうか……それでお前は、ディモスはここに来ると思うか?」


「四神が動き始めた。私たちがこの大陸に上陸して1年以上経つが、今までそんなことはなかった。すべてが計画どおり進んでいた。

 だが、ジン・ライムという人物の名が聞こえ始めた頃から、作戦に齟齬が見え始めた。拠点の陥落、部隊の全滅、そしてザカリアの敗死。私はディモスはジン・ライムに倒されているだろうと見ている。

 ロゴス様、私は明日アルケー様に会ったら一時新大陸への撤退を進言したいが、そのとき口添えしてはもらえまいか?」


 ロゴスは驚いてルシフェを見た。元々ルシフェは智謀で鳴らした男で、今回のヒーロイ大陸への侵攻作戦も、その骨格は彼が創り上げた。アルケーの望みも十分に理解し、その実現に尽力してきた彼を知るロゴスにとっては、情勢認識の違いだと笑って聞き流せる言葉ではなかった。


「ルシフェ、お前は今度の決戦に勝算が持てないのか?」


 意外そうにロゴスが訊くと、ルシフェは首を縦に振った。


「残念だが、私の中ではザカリアと共にルツェルン地方を失った時に、勝算はかなり薄くなっていた。四神が動き出したことを知って、ここが潮時だと考えたんだ」


「ジン・ライムを血祭りに上げれば、人間たちの希望は潰える。俺はそう思うが、お前はまた別の考えがあるようだな?」


 ロゴスが静かに言うと、ルシフェは今度は首を横に振り、


「ジン・ライムたちがヴァルデン地方にいるうちに、奴を討ち取っていればそうだっただろう。しかし、ユニコーンやオーガ、そしてエルフたちも人間と共に動き出し、それに四神までもが加わった。今ジンを討ち取ったとしても、奴らは弔い合戦としてかえって士気を高めてくるだろう。遅すぎたんだ」


 そう言って空を仰ぐルシフェの言葉を聞きながら、背筋に薄ら寒いものを感じたロゴスだった。



「くっ! 俺の『冷酷な視線(デスゾーン)』を……」


 ディモスが唇をかんで悔しそうにつぶやく。漆黒の闇はすっかり消え、紫紺の魔力に包まれたジンがそこにいたからだ。


 そのジンを見て、ディモスは双剣の魔力を増大させる。無意識に行ったことだが、ジンはそれに鋭く反応した。


「『掟』に従うべきは貴様だ。『捕捉不可能アンリミットパーシュート』!」


 バスンッ!「うぐわっ!」


 ジンは魔力の開放と同時に、ディモスの後ろに移動していた。振り上げた『払暁の神剣』には血が滴っている。


「み、見えなかっただと!?」


 ディモスが驚愕して叫ぶ。技の速さではロゴスやアルケーにも勝ると自負していただけに、それを超える神速ともいえるジンの剣技に驚いたのだ。


 しかし、それほど自身の強さに誇りを持ち、アルケー・クロウ幕下随一の俊英と自負して来た戦士である。ジンの強さが想像を超え、アルケー・クロウに繋がる存在だと知ってもなお、ディモスは勝負を諦めなかった。


「面白い、面白いぞジン・ライム。貴様こそ我の一生で出会えた最高の敵だ。我も畢生の魔力で戦おう」


 そう言うとディモスは身体中から赤黒い魔力を放出し始める。瘴気に似たその魔力は、じわじわと空間の温度を上げ、空気をねっとりとしたものに変えていった。


「極寒の次は煉獄か。魔力の軸は固定していた方がいいと思うぞ?」


 ジンはそう言って、再びディモスに攻撃を仕掛ける。


 だが、今度はディモスの方もジンの紫紺の魔力の軌跡を捉えていた。なぜかジンは『捕捉不可能アンリミットパーシュート』を発動していなかったのだ。


「我を見くびったか! そのツケはしっかり払ってもらうぞ」


 バシュンッ! ドバッ!


 ディモスは突っ込んで来たジンの斬撃を一歩下がることでやり過ごし、がら空きになった左肩から右脇まで思い切り斬り下げた。


「さすがに速いな。魔神を名乗るだけはある」


 ジンの返り血を避けるため5ヤードほど跳び下がったディモスの耳に、紛れもないジンの声が聞こえた。そして刺すように冷たい殺気が押し寄せて来たことに驚いたディモスは、条件反射で振り返ると、斬り下げて来たジンの斬撃を間一髪で受け止める。


 ジャンッ!


「見事だな。お前でこれだけ強いんだ。アルケーはさぞかし戦い甲斐がある奴だろうな」


 『払暁の神剣』で押し付けながらジンが言うと、ディモスは苦々しそうに唇を歪めて答える。


「ほざけ! 貴様程度でアルケー様の前に立てると思うな」

「ほう?」


 ジンは、見たことがないほどのサディスティックな表情を浮かべると、『払暁の神剣』を思い切り押しやり、


「面白いことを言う奴だ。褒美にもっと楽しくなることをしてやろう。『逃走不可能パープルプリズン』!」

「うおっ!?」


 ディモスは、紫紺の魔力に仕切られた空間に閉じ込められる。一辺が百フィート(約30メートル)ほどの立方体の中にいるのだと悟ったディモスが、脱出するために空間の結節を探していると、檻の外からジンの声がした。


「お前がその中でどれだけの間、俺の魔力に抗うことが出来るか見ていてやる。せいぜい努力することだな。『自己愛幻覚ナルシスポイズン』!」

「むっ!?」


 ディモスは、突然この空間に現れたジンを見て眉をひそめる。この空間は出入り不可能ではないのか? それとも術者であるジンだけ特別なのか?


 しかしディモスにはそれ以上考えている余裕はなかった。ジンが紫紺の魔力を曳いて流星のように斬りかかって来たからだ。


「やっ!」

 バスン!


 しかし、ジンはあっけなくディモスの双剣に斬り裂かれた。先ほど斬り捨てた時のように、手応えは確かに感じたのだが、斬られたジンはまるで煙のように紫紺の靄となって消え散っていく。


「……どういうことだ? 単なる分身にしては存在感がありすぎる」


 戸惑っているディモスに、ジンが再び現れて斬りかかって来る。


「どうしたディモス、楽しみはこれからだ。お前は『絶望の魔神』なんだろう? お前自身が絶望してどうする?」


「ほざけ!」

 バシュンッ!


 揶揄しながら突っ込んで来たジンを、ただ一撃で屠ったディモスだったが、


「怒りで我を忘れるってことがないとは、さすがだよ」


 三度現れたジンが、斬りかかって来る。


「ジン・ライム、正々堂々と勝負したらどうだ!? 分身ばかり繰り出してくるとは、貴様には恥というものはないのか!」

 ドバッ!


 消えたジンが遺した紫紺の靄を睨みつけディモスが吼えると、ジンはまた姿を現してせせら笑う。


「分身を使うと恥だと? 先ほど自分の分身を楯にして、後から斬り付けてきた貴様には言われたくないな」


「くそッ!」


 笑って斬りかかってくるジンに、ディモスは双剣を回して襲い掛かった。


 ジャンッ! パン! シュンッ!

「うおっ!?」


 ディモスは、それまでと違ってジンが斬撃を弾き飛ばし攻撃もしてきたので、驚いて後ろに跳び下がる。


「ジン・ライム、ようやく自分の卑怯さ加減に気が付いたか。貴様が編んだこの空間を貴様自身の墓場にしてやる!」


 目を輝かせてジンに飛び掛かったディモスだったが、ジンはそんなディモスの剣が届くか届かないかという間合いで、突然紫紺の靄となって消えた。


「うん!? またもや幻影かっ! バカにしやがって!」


 そう怒り心頭に発したディモスだったが、不意に目の前が暗くなり、身体中から力が向けていくのを感じた。


「何だ……ジン、貴様いったい何をした!? ぶふぇっ!」


 ディモスは、吐き出した鮮血と自分の周囲にたゆたう紫紺の靄を交互に見ていたが、歯ぎしりして呻くように声を絞り出した。


「この魔力は、瘴気! ジン、貴様は我を毒と戦わせていたのか!」


 『逃走不可能パープルプリズン』の外にいるジンは、ディモスの叫びを聞いて嘲笑いながら、


「貴様程度の実力の奴と、俺がまともに勝負すると思っていたのか? 摂理の下に還り、何もかも勉強し直して来い。『崩壊不可避デスキューブ』!」


 左手の魔力を開放すると、ディモスは空間ごと潰れて消滅した。


 ジンはしばらくの間、何もなくなった空間を見つめていたが、


「さて、残った奴らを叩き潰すか。魔物の奴らも決戦する気満々のようだが、俺にとっては残敵掃討に過ぎないがな」


 そうつぶやくと、紫紺の魔力の尾を引いて、南へと移動を始めた。


(魔神を狩ろう その20へ続く)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

いよいよ『遠い昔の異世界編』も佳境を迎えて参りました。

異世界と言いつつ、ジンがいる5千年前の世界は、本来の世界とあまり違ってはいませんので、ここで起こった出来事がジンのその後に大きく影響することは間違いありません。

それだけに、今後の『トオクニアール王国編』や『20年前の英雄編』そして『ホッカノ大陸編』でのエピソードとどう整合させるのか悩ましいところです。

次回もお楽しみに!

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