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キャバリア・スラップスティック  作者: シベリウスP
違う時空の昔物語編
58/153

Tournament58 Fiends hunting:Part18(魔神を狩ろう!その18:前夜)

ジンは仲間と共に魔軍の陣地への攻撃を開始する。その行動を見た精霊覇王は、魔軍を大陸から叩き出すため、全戦線での攻勢を決意した。

戦雲が動く中、ウェカも軍を率いてジンのために参戦する。5千年前の世界で『摂理の黄昏』を止める決戦が今始まった。

【主な登場人物紹介】


■主人公ジン・ライムが5千年前の世界で出会った人たち


♡ウェカ・スクロルム 15歳 金髪碧眼の美少女。弓が得意なアタシっ子。5千年前の時空のカッツェガルテンというまちで出会った。貴族の娘だが弱い者に対する同情と理解が深い。ジンを運命の相手として慕っている。


♤ザコ・ガイル 22歳 茶髪碧眼のオーガの青年。大剣をぶん回す俺っち戦士。ウェカと同じくカッツェガルテンに住んでいた。鍛冶屋の息子だがウェカの同志的存在。戦術的才能があり、ウェカに乞われてスクロルム家の私兵を率いている。


♡マル・セロン 22歳 黒髪黒眼のエルフの美女。剣の腕も確かだが本職は書記で、カッツェガルテンの民政を引き受けている。性格は冷静で、ウェカを妹のように可愛がっている。ザコとは幼馴染である。


♡ネルコワ・ヨクソダッツ 13歳 茶髪で黒い瞳を持つヴェーゼシュッツェンの後継者。父の戦死と家臣団の離反で殺されそうになっていたところを、従姉の忠臣アーマ・ザッケンに救われ、カッツェガルテンにアーマの妹アーカ・ザッケンを遣わして救援要請した。


♡ジビエ・デイナイト 17歳 赤髪灼眼の17歳。オーガ族長の長女でジンの能力に惹かれ、異世界での仲間となる。巨大な棍棒を揮って戦うアタイっ子猛将。


♤サリュ・パスカル 17歳 金髪碧眼の美男子でユニコーン族長の長子。ジンの異世界に興味を持ち、ジビエに誘われる形で仲間になった。レイピアを持つが智謀と魔力に優れた参謀役。


♡サラ・フローレンス 精霊王アクエリアスの神殿に仕えるエルフの神官で、金髪碧眼の17歳。魔物に襲われ孤立した神殿にいたところをジンたちに助けられて仲間になる。精霊王との共感能力に優れ、数々の危機を予言する。回復魔法の達人。


   ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


 ルツェルンを本拠としていた北方魔軍は、指揮官である偽善の魔神ザカリアの消滅を知ってあっけなく崩れ去った。


 ジンが銀の髪の下に緋色の瞳を輝かせて戦場に現れ、


「俺はジン・ライム。お前たちの将・ザカリアは我が魔力の前に敗れ去った。これ以上何のために戦うのだ!?」


 そう遠くまで轟き渡るような大音声で叫ぶと、オーガ族やユニコーン族の攻撃を辛くも跳ね返していた魔物たちの士気は完全に阻喪した。


「……ジン・ライムとは、『伝説の英雄』と言われている男じゃないか?」


「そう言えば、先ほどまで天に沖していたザカリア様の魔力や波動が消えているぞ」


「魔神たるザカリア様すら敵わないんだ、俺たちが敵うわけがない」


 ほとんどの魔物はそう言い合いながら、目の前にいたオーガ・ユニコーン族連合軍に降参した。


 しかし、ビーフと刃を交えていたロート・ロータスやポークと戦っていたクロエ・モールは、ジンの言葉を聞くと


「私はどこまでもザカリア様のお供をするだけだ」


 と、二人とも見事に自刃して果てた。


 一方、ルツェルンを守っていた北方魔軍の参謀・ヘルゴートのクラッグは、恐れていた事態が現実になったと知るや、


「こうなったらルツェルンの人間たちを皆殺しにして、北方魔軍の恐ろしさを人間たちの記憶に焼き付けてやる!」


 と、部下を集めて破れかぶれの血迷った命令を下した。


 しかし、その命令を実行するために部下たちが動き出そうとしたとき、空間がぐにゃりと歪み、そこから金髪碧眼で額に金属質の白い角を持った美男子が現れた。


「やれやれ、そんなことだろうと思ったよ。キミたち、このヘルゴートの命令に従ってボクたちから殲滅されたがいいか、それとも大人しく降伏して故郷に帰る望みをつないだがいいか、今すぐ答えたまえ!」


 ヘルゴートたちは、そう叫んだ若者の後ろには、万を数えるユニコーン族の戦士が目を怒らせながらこっちを見下ろしているのを見て取って、一瞬怯んだ後すぐに武器を放り出して地面に座り込んだ。


「くそっ!」


 クラッグは、部下たちが意気地なく降伏する様を、歯噛みしながら見つめていたが、サリュから


「ヘルゴートの将軍、キミの部下たちは故郷に帰りたいそうだが、キミ自身はどうしたいんだい?」


 そう訊かれた時、遂に怒りが爆発した。


「摂理には矛盾がある。アルケー様はその矛盾を正し、虚影の空を打破せんとされているのだ!

 そんな大望も理解できず、我らを悪と決めつける者たちと同じ天を戴きたくはない!」


 クラッグは叫ぶと同時に剣を抜いてサリュに斬りかかったが、


「下郎、そんな腕でサリュ様に届くかッ!」

 バスンッ!

「がっ!?」


 横合いから護衛隊長のセノが雷のように飛び掛かり、その大剣でクラッグを真っ二つにしてしまった。


「セノ、殺してしまったか?」


 サリュから訊かれたセノは、面食らった様子で答える。


「はい。生かしておくべきでしたでしょうか?」


「……そうだね、奴は聞き捨てならないことを言っていた。その真意を確かめたかったがまあいい。キミが生かしておいても、あの様子じゃ自ら命を絶っただろうからね。とにかくありがとうセノ、助かったよ」


 恐縮して下がるセノをそう言って労うと、サリュは碧眼に鋭い光を込めてつぶやいた。


「ふむ、『虚影の空』か……『摂理の矛盾』とどうつながるのだろうかな?」



 魔軍を率いる魔神たちは、『魔族の始祖』と呼ばれるアルケー・クロウやその腹心ロゴスから指示されたとおり、その軍団をアルック地方やデュクシ地方、そしてモンド地方に終結させていた。ジンが元いた世界で言うと、概ねアルクニー公国の版図に戦線を縮小したことになる。


 西の魔軍を相手にするはずだった火の精霊王フレーメンの部隊は、恐怖の魔神ルシフェの卓越した指揮と、背徳の魔神ヴェルゼの指揮する南部魔軍が西部魔軍に協力したことで、さしたる戦果を挙げることなく、ルシフェ軍をデュクシ地方へと取り逃がしてしまった。


 5千年前のこの世界でも、ヒーロイ大陸の地理的な特徴は変わりない。それは大陸の南東部はターカイ山脈とケワシー山脈で囲まれた、守るに堅い地形だということだ。


 魔軍の中心地とも言えるアルック地方に到達するには、山脈を越えねばならない。それは西から攻めようが北から攻めようが同じである。


 山脈を越える経路は、ターカイ山脈に1か所、東尾根の鞍部と呼ばれる峠道があり、ケワシー山脈にはオップヴァルデンからのデュクシ街道と、マーターギ集落へ続くロンドマッシュ回廊と呼ばれる桟道の2か所があるだけだ。


 この3か所について南から言うと、ロンドマッシュ回廊にはフレーメンが全軍を集めてマーターギ集落へ突入する作戦を開始していたが、背徳の魔神ヴェルゼの粘り強い指揮でまだ突破口を開けないでいた。


 その北に位置するオップヴァルデンでは、ホルストラント軍とカッツェガルテン軍が水の精霊王アクエリアスの指揮の下で、恐怖の魔神ルシフェの軍と一進一退の攻防を繰り広げていた。


 そして最も北に位置する東尾根鞍部には、ジンをはじめザコ将軍やカーン将軍、アーマ・ザッケン将軍が指揮するヴェーゼシュッツェン軍、そしてサリュのユニコーン族とジビエのオーガ族の軍がいて、絶望の魔神ディモスが固める陣地攻略にかかっていた。


 ちなみに各戦線の兵力差は、ロンドマッシュ方面ではフレーメン軍2万対ヴェルゼ軍3万、オップヴァルデン方面ではアクエリアス軍3万5千対ルシフェ軍3万、そしてターカイ山脈方面ではジンの率いる4万対ディモス軍6万だった。


 山脈を挟んで戦線が膠着してひと月が経とうとしていた。フレーメン様やアクエリアス様の方面でも激闘が続いているようだったが、なかなか芳しい結果は出ていない。


 かく言う僕が責任を持っている方面でも、サリュやカーン将軍が知略を絞って何度かの攻勢を試みたけれど、結局は兵力差のために息切れして、敵陣突破は成らなかった。


 僕は天幕から外に出た。僕のような戦の素人がどれだけ考えても、いい案は浮かんで来なかったが、だからと言って諦めるわけにはいかない。何とかして戦局をいい方に動かすことができたなら、『摂理の黄昏』を阻止することも夢ではなくなるのだ。


 僕は腕組みすると、遠くの山々を眺めた。青く見えるターカイ山脈が、そこだけ削り取られたように低くなっている場所がある。それが東尾根の鞍部だ。僕がいる所からの比高は5百メートルだが、尾根筋よりも5百メートルから千メートルも低い。


 そこに、いまや難攻不落の要塞と化した敵陣がある。こいつのせいで魔物を大陸から駆逐する日がいまだにはっきりとした目途を立てられないのだ。それはウェカやネルコワたちが平穏に暮らせるようになるまで、まだまだ時間がかかるってことを意味する。


「やっほージン、敵情偵察かい?」


 僕がそんなことを考えていると、漆黒の髪に黒曜石のような瞳をした少女が、明るい声で話しかけて来た。少女は翠色のマントに身を包み、白いシャツに革の半ズボン。そして素足に革の編み上げ靴を履いていた。


 この少女と出会ったのは1か月前、僕たちがルツェルンを奪還した直後だった。



「あっ、いたいた☆ 君がジン・ライムっていう子だね? もう~、探したんだよぉ~」


 部隊を率いてルツェルンに入った僕は、一人の少女からいきなりそう話しかけられて面食らった。彼女は僕を見つけると、サッと隊列に入り込んでくる。周囲にいた兵士たちが止める間もない素早さだった。


 けれど少女は何も武器らしき物は持っておらず、どう見ても13・4歳であるし、僕に対して敵意や殺意を持っていないことは雰囲気で分かった。


 それに何より僕が彼女に対して親しみを覚えたのは、彼女が僕の世界のウェンディそっくりだったからだ。考えてみるとエレクラ様がいるんだからウェンディだっていてもおかしくない。僕は彼女を列からつまみ出そうと寄ってきた兵士たちを目顔で止め、念のため『払暁の神剣』の鞘に左手を添えて訊く。


「確かに僕はジン・ライムだけど、君はひょっとして風の精霊王のウェンディ・リメンさんかい? 僕に何の用かな?」


 するとウェンディは一瞬びっくりしたようだったが、すぐにクスクス笑って答えた。


「うふふ、そう言えば君は5千年後の世界から来たってエレクラ様が言ってたっけ。だったらボクのことを知ってても不思議じゃないね?

 お察しのとおり、ボクはウェンディ・リメン。風の精霊王さ。君と会って話をして来いってエレクラ様から言われたから、ずーっと君を探してたんだよ?」


 この世界のウェンディは、5千年後の僕の世界のウェンディと違ってこすっからしくないようだ。やはり5千年分だけ若いからだろう、素直で可愛らしかった。


「それは光栄だな。それでエレクラ様が君を使わしたのは、いったい何のためだい?」


 ウェンディは僕のことをじっと見ていたが、僕の問いには答えずに上機嫌で言った。


「ふっふーん☆ 確かに君って変わった魔力の持ち主だね? これは退屈しないですみそうだよ❤」


 しばらくすると、彼女は僕が風魔法に通じる魔力を持っていることを見抜いたのだろう、僕に風魔法の手ほどきを勝手に始めた。


「そう、もうウインドストームまでものにするなんて、君ってなかなかスジがいいね♪ いい弟子を持ってボクも鼻が高いよ」


 彼女は始終ニコニコしていたが、伊達や酔狂で僕に術式を教えているのではないことは、教授内容の確かさと時折見せる真剣な眼差しからうなずけた。


 かと言って、僕が何と問いかけようとまったく無視を決め込んでいるように、彼女は自分のペースを金輪際崩さなかった。


(まあ、ウェンディが何を考えているとしても、彼女は四神の一柱だし、敵に回ったりすることはないとは思うな)


 僕は元の世界のウェンディのことを思い出すと、彼女を手放しで信用する気にはなれなかったが、『摂理の黄昏』を食い止めるという目標を達成するには、ウェンディの参加は願ってもないところだった……。



 ……僕がウェンディとの邂逅を思い出してボーっとしていると、彼女はムスッとした顔で再び僕に訊く。


「ジンってば、敵情視察なのかいって訊いているんだけど、何を考えているんだい? ひょっとしてカッツェガルテンにいるって言う恋人のことでも思い出していたのかい?」


 その言葉に、僕はウェカのことを思い出しながらも慌てて答える。


「い、いや。あそこにある敵の陣地をどうやったら突破できるのかなって考えていたんだ。

 もうかれこれひと月になるけど、なかなか戦局を動かせないから、このままだと『摂理の黄昏』の阻止に間に合わなくなるんじゃないかって心配なんだ。ウェンディ、何かいい方法はないものかな?」


 するとウェンディは、くすくすと機嫌よく笑って、


「あそこを守っているのはディモスだったね? 彼は『絶望の魔神』って言われるだけあって、人々の諦めや絶望が大好きなんだ。

 でも、君たちには諦めない強さがある、そうだろう? 希望を持って困難に立ち向かうことこそ、ディモスの罠を抜け出す最高の手段なのさ」


 そう言った後、真面目な顔に戻って


「まあ、心構えとしてはそれでいいけど、希望を持つには具体的な手段がいるよね。

 一日待ってくれるかな? ボクの神殿は奴らのど真ん中、キミントンにある。奴らを駆逐しなきゃ、ボクだって大事な信者の皆に顔向けができないからね。ボクがあそこを突破する策を、何とか考えてみるよ」


 そう言うと、風の翼を広げて姿を消した。


「四神がどんな手を打つのか楽しみだね」


 ウェンディが姿を消すと、天幕の中からサリュとジビエが姿を現して言う。どうやら話を聞いていたらしい。


「まったく、敵が出撃さえしてくれれば、それに乗じる隙はあるんだろうけど、こうサザエみたいに閉じ籠られちゃ、アタイたちも打つ手なしだよ」


 ジビエはそうぼやくと、不意に顔を赤くして恥ずかしそうに僕に言う。


「そ、そう言えば、アタイはまだジンにお礼を言ってなかったね。ザカリアとの戦いのときは、不覚を取っちまったアタイを助けてくれて感謝するよ」


 するよ、仲間の気安さからかサリュがチャチャを入れる。


「おお、そう言えばあのときはビーフ殿やポーク殿もとても感謝していたよ。ジビエをお姫様抱っこして連れて来るなんて、ジン、キミもなかなか隅に置けない。重くはなかったかい?」


「こらっ! いくら幼馴染でも言っちゃいけない言葉があるだろう? アタイが気にしているのは知っているくせに。だからあんたは『何考えているか分からない奴』って言われるんだよ!」


 ジビエが真っ赤になって抗議するが、サリュはどこ吹く風といった感じだ。僕は努めていつもどおりに、


「いや、ジビエは案外軽かったよ。それに女の子らしい、いい匂いもした。館の中にも一輪挿しを飾っていたし、心性は優しいんだなって思っているよ」


 そう言うと、ジビエは


「え!? や、止めておくれよ。そんな面と向かって褒められると、なにやら背中がムズムズしてこっぱずかしいよ」


 真っ赤な顔を両手で覆って照れる。それを見てサリュは、ニヤニヤしながら言うのだった。


「ふふ、これでジビエのコンプレックスも吹き飛ぶだろうね。それにしてもジン、キミは本当に女心をくすぐるのが上手い。さすがは『鈍感系思わせぶり主人公』だよ」


   ★ ★ ★ ★ ★


 この世界は、一定の法則に従って動いている。世界が生まれたのも、大地が生まれ、風が吹き、水が流れ、火が熾るのも、それは世界の法則に従っているのだ。


 そして人々は、この法則を『摂理』と呼んだ。


 だが、『摂理』にはもう一つの大事な意味がある。それは『法則そのものを規定する公理系』のようなものであり、公理系の調整を司っているのが『摂理の調律者(プロノイア)』だった。


 プロノイアがいる時空は、ジンたちがいるそれとは違う。いや、エレクラをはじめとする四神たちの時空とも一線を画していて、どこまでも白く明るい世界に彼女は一人で存在し、世界を見つめていた。


 その光に満ちた世界に、身長180センチを超えるすらりとした男が姿を現す。彼は白髪の下で輝く琥珀色の瞳で、しばらく周囲を見回していたが、やがて首を横に振ると、静かに空間へと語りかけた。


「摂理が危機を迎えているのに、何のご指示もいただけないのは、我ら精霊王を試していなさるのか?」


 すると、男の側に白髪でアンバーの瞳をした一人の少女が現れる。彼女は宙に浮いたまま、男に話しかけた。子供っぽさはあるが、優しくふくよかな声だった。


「別に試しておるわけではない。摂理の背反者(エピメイア)が後ろで糸を引いているようじゃから、それがはっきりするまでわしも動くわけにはいかんのじゃ。

 今の所はアルケー・クロウも表立って動いてはおらんようじゃし、魔物や魔神の相手ならエレクラ、そなたたちで十分じゃ」


 その言葉に、精霊覇王エレクラは眉をひそめて訊く。


「アルケー・クロウが暗躍していることは掴んでいましたが、エピメイアが動いているとおっしゃいますか? 仮にそれが真実なら、ジン・クロウが摂理の敵になることもありえますが……」


 エレクラの言外の問いに、プロノイアは


「ふむ。エレクラ、そなたは前回の『摂理の黄昏』を覚えておるか?」


 そう訊く。


 エレクラはうなずいて答えた。


「はい。前回の場合、『繋ぐ者』は存在しなかったように思いますし、ジン・クロウが5千年後の世界で直面しているという『魔王の降臨』などもなかったと記憶しています」


「そもそも魔族や魔王の大本たるアルケー・クロウの存在がなかったからのう。『魔王の降臨』などは無くて当然じゃ。

 しかし、『繋ぐ者』は存在したぞ? そのことを知ったから、エピメイアはわしと袂を別ったのじゃからな」


 目を細めてそう言うプロノイアは、幼女のような見た目に似つかわしくないほど大人びた表情であった。


「『繋ぐ者』が存在した? それはどういうことでしょう?」


 驚いたエレクラが訊くと、プロノイアは遠くを見る目をして話し出した。


「これはエピメイアがなぜ摂理に対して疑問を持ったのかにも通じることじゃ。ジンとやらに会ったら話して聞かせるとよいぞ」



 そのころ、まだ『天空の神殿』には7人の神がいた。


 『摂理の調律者』と言われるプロノイア、その妹で『運命の供与者』と呼ばれたエピメイア、土の精霊覇王エレクラ・ラーディクス、風の精霊王ウェンディ・ヴェント、火の精霊王フレーメン・ヴェルファイア、水の精霊王アクエリアス・レナウン、そして木の精霊王マロン・デヴァステータである。


「近ごろ、酷く気温が下がってきたと思いませんか?」


 七神が集まっている中で、マロンの言葉がすべての始まりとなった。


「そう言えば、近ごろ海に浮かぶ氷の量が増えた気がするわ。フレーメン、あなたの方はどうかしら?」


 アクエリアスが訊くと、フレーメンはたくましい腕を胸の前で組んで答える。


「それは俺も気になっていたところだ。ここ数年、火山の活動が活発で噴煙が濃くなっていたし、昨年は大きな噴火が何か所かで相次いだ。気候が寒冷化しているのは確かだろうな」


「火山灰が厄介なのは、風の通り道よりも高く舞い上がることだ。おかげで風では吹き散らすことができず、いつまでも日の光を遮ることになる。何とかしないと、地上は大変なことになるぞ?」


 銀髪に翠の瞳を持つウェンディ・ヴェントがエレクラの顔を見ながら言う。この二人はほぼ同時に生まれ、ほぼ同時に精霊王となった。すべての摂理を統括するプロノイアも、平時はこの二人を同格に扱っている。


「エレクラ、あなたはどう思う? お姉さまが摂理を調律されてはいるけれど、こんなことって初めてじゃない?」


 白髪に瑠璃色の瞳をしたエピメイアが訊くと、エレクラは緩く頭を振って否定した。


「いや、今まで気候は何度も温暖化と寒冷化を繰り返してきた。今の段階では、今回の変動が明らかに摂理の規律を外れているとははっきりと言いかねるところがあります」


「それにしても、外部からの影響が何もないのに、これほどのことが起こるなんて不思議だわ。ひょっとしたら、最初に規定された摂理そのものに何らかの矛盾や瑕疵があったんじゃないかしら?」


 エピメイアがつぶやくように言うと、プロノイアは琥珀色の瞳をエピメイアに当てて


「もしも摂理が誤っていたとしたら、この世界は一瞬たりとも存在できなかったじゃろう。

 ただ、わしの摂理の調律に狂いがあったり、摂理に摩耗が生じていたりしたら別じゃがの。それでも、その場合は何らかの象徴があると思うんじゃがのう」


 言い訳をするように言うと、五人の精霊王たちに視線を向けて笑った。


「とにかく、わしも気にかけておくから、何か変わったことがあれば小さなことでもわしに知らせてくれ。頼んだぞ」



「2千年前、わしは事態を甘く見ておった。じゃから、せっかくマロンが指摘してくれた異常に気付けなんだ。本当はフレーメンやウェンディ・ヴェントが言ったことをもっと深く考えるべきじゃった。

 あの時の気候変動の大きな原因は、わしが摂理の調律を誤っておったのではなく、摂理に緩みが生じていたのじゃ。そしてそれは、エピメイアが口にしたとおり、摂理そのものが内包する弱点でもあった。ただ、その時までその弱点が顕在化するための条件がそろっておらんかっただけじゃ」


 能面のような顔でプロノイアが言う。エレクラはうなずくと訊いた。


「その条件が、『繋ぐ者』あるいは『摂理の破壊者』の誕生ですね?」


「うむ、まさかアルケー・クロウのような者がこの世に生を受けておるなどとは想像の外にあった。そしてそれが摂理の中からではなく、摂理を歪めた方法で生み出されるということも、わしにとっては盲点じゃった」


 表情はまったく変わらないが、その声にはいささかの悔恨の念が込められていた。


「その点は仕方のないことだと拝察します。しかし、今もって判らないのは、あの時、プロノイア様がマロンの精霊王を剥奪されたことです。マロンはアルケー・クロウが『繋ぐ者』あるいは『摂理の破壊者』のいずれであるかを確認するため、彼に近づいていたはずですが?」


 エレクラが訊くと、プロノイアは薄く笑って首を横に振る。


「それはわしも判っておった。しかし、マロンはエピメイアと同様、摂理の不完全さに疑問を持っておったことも知っておる。彼女は滅びと摂理について、エピメイアと良く論を戦わせていたからのう」


「滅びと摂理……」


「さよう、この世界で何度も大絶滅が起こったことはそなたも知っておろう? わしは進化や淘汰は自然の摂理の一環としての『あるべきもの』と捉えておる。大地の変遷の中で、生き物が暮らす環境は刻々と変化してきた。たとえ一見して悠久の存在に思えるものでも、一つとして変わらぬものはない。それは理解していよう?」


 プロノイアの言葉に、エレクラは黙ってうなずく。


「摂理とは、変わりゆくことすらその中に含んでおる。変転こそ不変の真理ということじゃが、一見矛盾したこの真理こそ、虚空ヌルの規定せしものとわしは理解しておる。

 しかし、エピメイアたちは別の見解を持っておったようじゃがのう」


 プロノイアは溜息をつくように言うと、


「摂理が終焉を規定しておるのなら、摂理そのものもその時に終わる。しかし、終焉が摂理の規定の外にあるものなら、摂理には根本的に誤謬がある……それがエピメイアの持論じゃったし、マロンもそれに同調しておったようじゃな。少なくとも、アルケー・クロウが何者か判るまではな」


 プロノイアの横顔に翳を感じ取ったエレクラは、思い切って訊いた。


「アルケー・クロウは『繋ぐ者』であり、マロンは彼と関わることによって摂理の真実を理解したと思ってよいのですね?」


「さよう。しかしその時には、すでにマロンはエピメイアと運命をともにせざるを得なかったようじゃがな。そのことをアルケーが理解しておったなら、魔族を生み出すにしても、もっと違った『掟』にしたはずじゃろうな」


「摂理の弱点とは?」


 エレクラが訊くと、プロノイアはニコリと笑って意味ありげなことを言った。


「それはそなたとて理解しておろう? そしてウェンディ・ヴェントが『繋ぐ者』をアルケーの代わりに務めてくれたこともな。

 後は、そなたが気にしているアルケーの子孫とやらと会ってみるとよい。恐らく彼がいる世界のそなたは、すべてを見通したうえでこの世界に彼を送って来たのであろうからな」


 プロノイアの言葉を黙って聞いていたエレクラは、一つ頭を下げると


「……分かりました。それでプロノイア様、アルケーたちへの対処は今のとおりで大丈夫でしょうか?」


 そう訊くと、プロノイアは白い髪の下の琥珀色の瞳を彼に向けて答えた。


「構わぬぞ。だいたいそなたの方向性が間違っておったら指示しようと思っておったが、アルケーが前に出てこないのであれば四神たちに任せておいても結果は大して変わらぬわ。

 それよりその少年のことに気を配っておくことじゃな。彼には未来のそなたも期待しておるのじゃろうからな」


   ★ ★ ★ ★ ★


「じゃ、打ち合わせどおりに動いてね? ディモスはボクが引き受けるから、君たちはできるだけ早く陣地を突破するんだよ」


 ウェンディは、サラサラの黒髪を朝風に揺らして笑う。東方魔軍の陣地に引っかかることおよそ一月、僕たちは風の精霊王ウェンディの協力を得て、何とか絶望の魔神ディモスが守る陣地帯の攻略のめどが立った。


「オップヴァルデンのウェカに連絡は取れたかい?」


 僕は一緒にウェンディを見送りに出たサリュに訊くと、彼は額に生えた白い角をさわりながら答える。


「ポークは昨夜帰って来たよ。火の精霊王フレーメン様の3万は南方魔軍のヴェルゼを圧倒してマーターギ街道からアルック地方に乱入する準備を整えたそうだし、ウェカ殿も1万5千の兵力でいつでも出撃可能だそうだ。

 ウェカ殿の方面にはボクの父上やジビエの父君が合流しているし、何より水の精霊王アクエリアス様がいらっしゃるようだから、さほど心配はいらない。ボクたちがディモスの6万をどう料理するかだろうね」


 するとジビエも僕を見ながら、


「アタイはジン様のために敵を蹴散らすだけさ。サリュ、ウェンディ様が敵の魔神を引き受けてくださるうちに、アタイたちはどう動けばいい? 作戦をもう一回みんなで確認しておいた方がいいんじゃないかな?」


 そう訊く。サリュはそんなジビエを優しい目で見つめると、念を押すように言う。


「戦いで最も大切なことは、生き延びることだ。キミはジンに対して盲目的な信頼を捧げている。そのことについて、ボクはとやかく言うことはしないが、『摂理の黄昏』を乗り切った後の世界をみんなで楽しむってことがボクの願いだし、それはジンも同じだと思う」


「それはもちろんだよ。君たちはみんな……ここにはいないけれどウェカやネルコワも含めて、僕がこの世界で出会った大切な仲間だ。苦労を分かち合った仲間たちと平和な時間を過ごすことって、すごく幸せなことなんじゃないかなって思っている」


 僕がそう答えると、サリュはわが意を得たりって顔でみんなを見回して言った。


「ジン、やはりキミは『伝説の英雄』と呼ばれるにふさわしい人物だね? では諸君、ジンの思いに応えるため、そしてボクたち自身の明日のために出陣しようじゃないか」


 サリュの言葉を聞き、ジビエをはじめとしてザコ・ガイル将軍やアーマ・ザッケン将軍なども、自らの部隊へと歩いて行った。


「……ザコ将軍とカーン将軍、ちょっといいかい?」


 サリュはその場から去ろうとする二人を呼び止める。この二人は人間側の反攻拠点となったカッツェガルテン生え抜きの将軍だった。


「サリュ殿、俺たちに何か用かな?」


 ザコが茶髪の生え際に生えた角を触りながら訊く。オーガであるザコは、ユニコーン氏族ではあるものの同じく亜人に属するサリュに、最初から好意を持っていた。


 そんなザコに、サリュはニコニコしながらすぐ側まで近づくと、小声で言った。


「キミとカーン将軍は、今までの戦歴から見るに臨機応変で機動的な作戦が得意と観た。

 それで二人には、ちょっと特殊な任務を任せようと思うんだが、やってくれるかな?」


「どんな作戦かも聞かずにうかつな返事はできませんな。俺たちのことを評価していただいてるのは嬉しいことですが、俺たちだって万能じゃありませんからね」


 ザコが答えると、サリュは嬉しそうに顔をほころばし、こちらを見ているカーンに手招きをしながら、


「ふふ、安請け合いしないのが気に入ったよ。それじゃカーン将軍と一緒に作戦計画を聞いてもらおうか」


 そう言うと、


「何事ですか、サリュ殿?」


 急いで駆け付けてきたカーンに碧眼を当てて言った。


「実は、キミとザコ将軍に1万を預けるから、僕たちと別行動を取ってもらいたいんだ。

 行き先はオップヴァルデン地方のデュクシ峠と言えば、ボクが何を期待しているかは解ってくれるだろう?」


 サリュの言葉を聞いて、もともとカッツェガルテンの宿将であるザコとカーンは、その意味するところをすぐさま悟った。


(デュクシ峠ではウェカ様たちが恐怖の魔神ルシフェと睨み合いを続けていらっしゃる。そこに俺たちが後ろから魔軍を切り崩せば、勝負は決まったも同然だ。

 しかし、こちらの方面だって味方3万に対し絶望の魔神とやらが率いる魔軍が6万もいるのに、俺たちの1万を分派する余裕はあるのか?)


 戦略に長けたザコは、すぐさま頭の中で彼我の勢力図を思い浮かべてそう感じる。同じ心配はカーンも抱いていたと見え、


「……時間との勝負ですな。俺たちがアクエリアス様の軍を迎え入れた後、この陣地の向こう側を叩けばいいんですね?」


 そう問うと、サリュは口元に不思議な笑みを浮かべたまま首を振って、驚くべきことをさらりと言ってのけた。


「いや、キミたちはそのままアクエリアス様と共にキミントンのウェンディ神殿を目指してほしいんだ。その途中、ルシフェやディモスに見つからないよう厳重に擬装した陣地を造って、そこで魔軍を伏撃してほしい」


 二人は驚いた。サリュが言っていることは、言い換えればディモスの陣地は速やかに突破でき、しかも陣地にいた魔軍は退却せざるを得ない状況になるだろうということだ。


(まあ、ジン様が全幅の信頼を置いているサリュ殿のことだ。ウェンディ様とも敵陣突破の策を話し合われていたみたいだし、俺たちはその信頼に背かないよう精いっぱいやることだな)


 そう考えたザコとカーンは、すでに目の前に魔軍がいるような精悍な顔で答えた。


「分かりました。お任せください」



 一番北方でジンの部隊がいよいよ動き出す前、デュクシ地方への峠に陣を張ったアクエリアス軍に、思わぬ訪問者があっていた。


 アクエリアスがいる方面は、三つの戦線ではただ一つ、味方が兵力的に勝っていたが、眼前のルシフェ率いる魔軍は峠道をしっかりと固めて前進を峻拒しているのだった。アクエリアスはこの方面の主な将軍たちと今後の見通しについて協議を重ねていたが、


「こちらが兵力的に優勢とはいえ、その優越はわずかなものでしかありません。ですから、攻勢を取るに当たっては万全の準備と十分な成算をもって行うべきです。今は陣を固めて様子を観つつ、攻勢の好機を作為するべきでは?」


 というカッツェガルテンのオー・トソー将軍をはじめとする慎重派と


「魔軍の一角を崩せば、ジン様の軍やフレーメン様の軍にも良い影響を与えるだろう。虎穴に入らずんば虎児を得ず、ここは思い切って奇襲をかけましょう」


 というヴェーゼシュッツェンの宿将たちが持論を戦わせていたのだ。


 四神の一柱たるアクエリアスとしても、ここは迷うところだった。


(……三つの戦線のうち、この戦線だけが敵を上回る兵力を抱えている。その意味では私たちが戦いの流れを作るべきでしょうが、やたらなことをして敵に乗じられては元も子もなくなる……難しいところだわね)


 アクエリアスは、深い海の色をした瞳で峠を見ながら考えあぐねていた。


「フレーメンはロンドマッシュ街道を強引に突破するつもりでいるようだ。彼の作戦を助けるためにも、アルック地方への進撃は早ければ早いほどいい。アクエリアス、慎重になるのはいいが、何を恐れている?」


 そう言いながら、白髪を長く伸ばし、首の後ろでくくった男が琥珀色の瞳を輝かせながらアクエリアスに近寄ってきた。


「! これはエレクラ様。もうプロノイア様とのお話は済んだのですか?」


 アクエリアスが慌てて向き直る。


「気になることはすべてお聞きしてきた。プロノイア様がおっしゃるには、エピメイアやアルケー・クロウが表立って動いている形跡はないようだ。

 そのため、現段階ではジン・ライムがいる限り私たちが魔軍を駆逐することに何の支障もない。思い切ってルシフェを攻めてみるのもいいだろう」


 アクエリアスは、微笑みとともにそう言うエレクラを見て、安心したようにうなずいた。


「分かりました。正直、カッツェガルテンやヴェーゼシュッツェンの将軍たちも攻勢を取ることに反対する者はいなかったんです。ただ、その時期をいつにするかで意見が割れていただけで……。エレクラ様がそうおっしゃるのなら、思い切った作戦を取れます」


 彼女の言葉を聞いて、エレクラはうなずいて言った。


「プロノイア様が気にしておられてことについては私が対処する。ウェンディがジン・ライムと共に行動を起こす頃だから、彼らと連絡を密にして魔軍が跋扈する地域を制圧するといい」



 エレクラからの指示を受けたアクエリアスは、すぐにカッツェガルテンやヴェーゼシュッツェンの宿将たちを集めてアルック地方への侵攻作戦を協議した。


「南の戦線ではフレーメンが苦戦しながらもヴェルゼを少しずつ押して行っています。

 ジン・ライム殿の戦線でも、ウェンディが何かの行動を起こす頃です。それに乗じて私たちもルシフェの陣を制圧してアルック地方に乗り込むべきでしょう。ジン・ライム殿の部隊と連絡を取り、可及的速やかに攻勢を発動することといたします。その際の先鋒は、ヴェーゼシュッツェンのナーレ将軍にお願いいたします」


 アクエリアスが言うと、先鋒を任されたカルボ・ナーレ将軍は、同じくヴェーゼシュッツェンに所属するペペロン・チーノ将軍とバン・バンジー将軍の顔を見て、二人がうなずくのを確認すると、


「そのことについては、アクエリアス様から先鋒をお任せいただいた後、二人と協議してある程度の作戦案を立てています。よろしければ、それを説明いたしますが?」


 そう口にする。


「さすがはネルコワ・ヨクソダッツ殿が見込んだ将軍たちですね。では、カッツェガルテン部隊との整合もありますから、あなた方が立案した作戦をお聞きしましょう」


 アクエリアスはカッツェガルテンの老将オー・トソー将軍の顔を見て笑ってうなずくと、カルボ・ナーレ将軍を見て言った。


 その時、エレクラが口をはさむ。


「アクエリアス、作戦会議の途中だが、ジン・ライムの部隊から伝令が到着したようだ。細部を詰めるのは、その話を聞いてからでも遅くはないと思うが?」


 唐突なエレクラの言葉に、アクエリアスはじめ帷幕の将軍たちがびっくりしていると、司令部付きの兵士がやってきて告げる。


「オー・トソー将軍、北部戦線の味方から伝令が参っています!」


 それを聞いて、オー・トソーは静かに兵士に言う。


「ここに案内してくれ」



 ジンの部隊から伝令としてやって来たのはエリン・シャトーだった。エリンはサリュの作戦をつまびらかに伝え、


「こちらの作戦は明後日閏8点(午後2時)です。ウェンディ様とジン様がディモスにかかるのを合図に発動します。その際、ザコ・ガイルとカーン・シンの2将軍がこちらの陣地に向けて突出しますので、援護をお願いしたいのです」


 そう告げて報告を終える。


 エリンの言葉を聞いていたオー・トソー将軍は、難しい顔をしながらあごひげを引っ張り、すぐ隣に座っているアーマ・ザッケン将軍に訊いた。


「わしは第一線を引退してしばらく経っているので、ザコ将軍以外の実力に関しては正直なところ未知数じゃ。アーマ将軍、今の話について、そなたはどう思う?」


 アーマもエリンの報告を黙って聞いていたが、オー・トソーからそう訊かれると即座に答えた。


「おれはジン殿とあまり行動したことはないが、我が公子たるネルコワ様や副官のアーカが心底彼を信頼しているところを見ると、エリン殿の報告にあるとおりジン殿の部隊と呼応して作戦行動を取ったがいいと思う。少なくとも、彼はおれたちが思うより強大な力を秘めていることは間違いない」


「ふむ……」


 アーマの言葉をしばらく吟味していたオー・トソー将軍だったが、


「……確かに、ウェカお嬢様もジン殿への信頼は篤いようじゃった。分かった、せっかくアクエリアス様の御前にいるのだ、その方向で作戦を考え直してみよう」


 ついに決意したようにアクエリアスの顔を見て言うと、


「……ジン・ライムは信頼するに足る戦士です。それに彼のもとにはウェンディもいますので、ここは彼らを信じていいのではないでしょうか」


 アクエリアスが笑顔と共にそう言った。


   ★ ★ ★ ★ ★


「じゃあ、ディモスはボクとジンに任せて、君たちは敵陣突破とアクエリアス様の部隊と手をつなぐことをしっかり頼むよ?」


 朝焼けまで程遠い星明りの中で、ウェンディが元気な声を上げる。僕はその声が尾根筋を占拠している敵に聞こえるんじゃないかとハラハラしていた。


「……四神であるウェンディ様にわざわざ申し上げることではないと思いますが、わずか二人で敵の大将を奇襲されるのですから、隠密行動を心がけてください」


 やはり心配なのか、サリュがそれとなくウェンディに注意するが、彼女は気にする様子もなく、元気いっぱい上機嫌なまま答える。


「うん、それはもちろんだよ。君たちこそ時間どおりに進出してくれないと、ボクはともかくジンがひどく苦労することになるからね?」


「それはもちろんです。ザコ将軍たちはもう発動しましたから、もうそろそろボクたちも行動を開始します。途中で何があっても、お約束どおり四半時(30分)過ぎには陣地を超越しますよ」


 サリュとジビエが言うと、ウェンディはうんうんとうなずき、


「その言葉を信じるよ。じゃあジン、これから敵陣を驚かせに行こうか?」


 そうイタズラを考えている子どものような顔をして、僕を風の翼で包み込んだ。


(これが四神の『風の翼』か。シェリーが使う魔法と比べると穏やかで温かさも違う。さすがは風の精霊王だな)


 僕はふわりと身体にまといつく魔力を心地よいものに感じながら、耳元をささやくように流れる風の音を聞いていた。


『ジン、うっとりしているヒマはないよ。もうすぐ敵陣のど真ん中に到着だ。すぐに戦えるよう、準備しておいてね?』


 頭の中にウェンディの声が響く。僕はそれで我に返って、『払暁の神剣』を吊っている剣帯を左手で触る。うん、緩みはない。そんな僕の動きを感じてだろう、またウェンディが頭の中に語りかけてきた。


『ジン、相手はかなりの魔力を持った魔神だ。だからボクも最初っから全開でぶっ飛ばすけど、君もそのつもりでいてほしいな。土の魔力と魔族の力、どっちを使うかは君に任せるから』


「分かった」


 僕は短く答えたが、その時いい考えが頭に浮かんでニッコリと微笑む。うまく行けば奴らの戦意を初っ端からひしぐことが出来るだろう。


 魔物たちは僕たちがまさかたった二人で斬り込んで来たとは思わないだろう。きっと後続があると思うのが普通だ。しかしそれではサリュたちが見つかってしまう公算が高い。それじゃ困るのだ。


 そこで僕は、敵陣に乗り込んだらまずこの術式を使おうと思った。それなら敵は僕らが二人で来たことを驚愕の中で納得するだろうと思ったのだ。


『ジン、悪い顔してるなあ。どんな悪戯を思いついたんだい?』


 楽しそうに訊くウェンディに、僕は薄ら笑いと共に答えた。


「着いてからのお楽しみさ」



 一方、ジンとウェンディを見送ったサリュたちは、速やかに出撃態勢を整えた。朝食は火を使わないもので済ませ、その行動を徹底的に秘匿した。


「魔物たちの見張りは陣前1マイル(この世界で約1・85キロ)ってところだ。我々はそのすぐ手前まで隠密に移動する。敵陣で騒ぎが起きたら、敵には目もくれずに陣地突破を狙うんだ。各隊長はもう一度隊内でのハンドサインの意味共有を徹底しておけ」


 サリュはそう命令を下すと、ジビエ部隊と共に1か月も滞在した陣地から静かに部隊を発向させた。陣内のかがり火は、敵に無用な刺激を与えないようにいつもどおりの数だけ焚いていたが、その薪は火持ちがいい針葉樹のものを使用していた。


「薪の種類にまで気を回すなんて、アタイには到底真似できないね」


 ジビエが隣を進むサリュに言うと、彼は横目でジビエを見ながらウザったく伸びた髪をかき上げて答える。


「ジビエだって作戦を考える立場になれば、いろんなことに気を回すようになるさ。いい作戦を立案することは、敵味方の損害を局限することと同義だからね」


「アタイはいつだって自分の腕っぷしで仲間を救うって考えだったけど、それじゃ通用しない日がいつかきっと来るんだろうね。はあ、アタイももう少し真面目にお勉強しとくべきだったかな」


 ぼやくジビエに、サリュは優しい目を当てて言った。


「知識を得るのに遅すぎるってことはないさ。誰でもその気になれば成長できるものなんだ。いつかジンが彼の世界に戻った後、ボクたちが立ち止まってしまったらどうなると思う?」


 サリュの言葉に、ジビエはハッとした顔を上げる。ジンが別の時空から来た存在であることを思い出し、少し寂しそうな顔をしていた。


 サリュはそんなジビエの顔を見ながら、彼もまた寂しげな笑いを浮かべる。それを見てジビエは両の頬を軽くぴしゃぴしゃと叩き、戸惑いを吹っ切ったように言った。


「そうだねサリュ。あんたの言うとおりだ。アタイたちにはジン様をこの世界に縛っておく理由も、方法もない。この世界はあくまでアタイたちのものなんだよね?」


 そう言うジビエを見ながら、サリュは


(いつか来る時に、カッツェガルテンの姫やヴェーゼシュッツェンのお嬢さんも、ジビエと同じ気持ちになってくれるだろうか?)


 そう心の中で思った。



 僕とウェンディが姿を現したのは、絶望の魔神ディモスの本営の真後ろだった。僕は戦闘への心の準備ができた後、ウェンディの言葉に従って魔力も気配も消していた。ウェンディだってそうだ。彼女はあれほどの魔力をどこにやったんだって思うくらい完璧に魔力を隠していた。


『じゃ、まずはボクがディモスを誘き出すよ。君の出番はそれからだよ?』


 そう小声でつぶやくと、ウェンディは静かに僕の側から離れ、まるでピクニックに行くかのように軽やかな足取りでディモスの天幕へと歩き始めた。


「ウェンディ、どうするつもりだ?」


 僕が訊くと彼女はニタリと不吉な笑みを頬に張り付けながら、肩越しに僕に答えた。


「ヤダなあ、そんなの決まってるじゃないか? ボクが魔力を開放したら、君の方も頼むよ」


 その言葉と共にウェンディの身体を翠色の魔力が覆い、彼女の周りに風が集まり始める。ディモスの天幕はその風にあおられて、バタバタと大きな音を立てた。


「何だ、急に風が強くなり始めやがって。やっ! 貴様は何者だ!?」


 様子を見に天幕の外へ出て来たレプティリアンが、翠に輝くウェンディを見つけてそう言うと、彼女はイタズラが見つかった子どものようなあどけない笑顔で名乗った。


「やあ、近ごろ大陸に侵攻して来た魔物たちって言うのは君たちのことだね? ボクはウェンディ・リメン、風の精霊王さ。君たちの親玉であるディモスに用があって来たんだ」


 それを聞くとレプティリアンは跳び上がるほど驚いて、


「げっ! 四神の一柱だって? て、敵襲だぁ~!」


 そう叫んだ。


「何だ何だ?」

「敵襲だって?」


 レプティリアンの叫びを聞きつけ、目の前の本営だけでなくあちこちの天幕から兵士たちが集まって来た。しかし、敵陣のど真ん中で数百を超える魔物に囲まれているっていうのに、ウェンディは顔色一つ変えず、眉一筋すらピクリとも動かさなかった。


 ウェンディは魔力で宙に浮きながら、ゆっくりと腕組みをして


「騒がないでいいよ。『絶望の魔神』とやらをここに呼び出してもらおうか」


 酷く冷たい声で魔物たちを見下して言った。


 そのとき、本営から


「騒ぐな、相手は大陸の摂理を守る存在だ。こちらから出向く手間が省けたことを感謝しないとな」


 そう言いながら黒い甲冑に身を包んだ男が姿を現した。威風堂々として魔力も衆を超えているのがはた目でも分かった。


「ふん、貴様が四神の一角か。思ったよりなよなよとしているな。今日は降伏の相談にでも来たのか?」


 ディモスが傲岸にも胸を反らせて訊く。その様を気の弱い者が見たら卒倒ものだろう。


 けれど、ウェンディはディモスの圧を感じているのかいないのか、可愛らしい顔に微笑みを浮かべたまま首を横に振った。


「いやあ、残念だけどボクたちは君を摂理の名において処断しに来たんだ。もちろん、君が戦を収めて暗黒大陸に戻ってくれるなら、無駄な戦いをしなくて済むんだけど?」


 ウェンディの飄々とした物言いに、ディモスは一瞬あっけに取られたような顔をしたが、すぐに鋭い視線をウェンディに当て、皮肉な口調で言った。


「なるほど、たいした自信だな。しかしすぐにその顔を絶望で歪ませてやろう」


 そう言うとディモスは、虚空から真っ黒な穂先の槍を取り出し、無造作に魔力を開放する。魔力の噴出でディモスの周囲は黒い陽炎のように空間が揺らめいている。自ら『魔神』と名乗るだけあって、魔力の量と禍々しさは僕の予想をはるかに超えていた。


 それでもウェンディは翠の魔力を静かに放出しながら微笑んでいる。見た目に似合わない落ち着きだった。


「……まあ、アルケー・クロウの部下ともあろう者が、ボクなんかの話にホイホイと乗ってくるわけがなかったね? それは想定内さ」


 ウェンディは背中に負ぶっていた大剣をゆっくりと抜きながら言う。のんびりとした声だったが、その目は油断なくディモスを睨みつけている。


「ジン・ライム、君はディモスの後ろを取って!」


 ウェンディなそう叫ぶと、一跳びでディモスの懐に飛び込んだ。


「分かった。『大地の護り(ラントケッセル)』!」


 僕も魔力を開放し、シールドで身を守りながらディモスの背後へと回り込む。途中にいたレプティリアンたちは『払暁の神剣』の餌食となった。


「やっ!」

 ズバンっ!


「うげええっ!」


 部下たちの断末魔を聞き、ディモスは舌打ちしながらウェンディの斬撃を受け止める。


「とおっ!」「チッ!」

 ジャンっ!


 真横から襲い掛かったウェンディの大剣を受け止めたディモスは、後に回った僕をチラリと見て、


「なるほど、貴様だけではなかったってことか。道理で落ち着き払っていられたはずだ」


 そこまで言うと、僕をまじまじと見て、


「……お前は……。そうか、お前がロゴス様が会ったと言うアルケー様の一族か。魔族の頂点に君臨する血を引く者が、どうしてアルケー様の望みを邪魔するのだ?」


 そう、静かな、けれど威圧するような声で僕に言う。僕はものも言わずに魔力を開放した。僕は人間だ、こいつに何も答える気なんてなかったし、ディモスだって僕の答えを期待していたわけではないだろう。


 だから僕は、ものも言わずにディモスへと斬りかかった。


 ビュンッ! カーン!


「ナイスな判断だよ、ジン」

 ブオンッ!


 僕の斬撃に反応した隙を突いて、ウェンディの大剣がうなる。けれどディモスはそれすらも石突で跳ねとばしてうそぶいた。


「どちらも腕はいい。魔力も十分だ。相手にとって不足はないぞ」


「そうやって余裕ぶっこいてられるのも今のうちだよ? ボクは早めに武器を捨てることをお勧めするけどなあ」


 大剣を構え直してウェンディが言うと、ディモスは失笑した。


「はっ、お嬢さんは余り戦闘経験がないようだな。一つ忠告しておくが、我ら魔神は四神と同じ魔力を持つ。四神だからといって油断しないことだな」


 その言葉に、僕はコイツと向き合って初めて口を開いた。


「ザカリアの魔力は、四神とは比べ物にならないくらい弱かったが?」


「ふん、ザカリアか。ヤツは我ら魔神の中でも最弱の部類だ。我を同じように始末できると思っていたら大間違いだぞ」


 そう言うとディモスは魔力を迸らせる。それは僕が今まで感じたことがないほどのものだった。敢えて言えば、アクアと対決した時に同じような威圧感を覚えたときだけだ。


「うふふ、それが君の全力かい?」


 ウェンディが楽しそうに大剣を叩きつける。ディモスは魔力を漲らせた槍でそれを易々と受け止めたが、


 ブワンッ! ズシャッ!

「おおっ!?」


 ウェンディの魔力は止めることができず、大剣から発せられた魔刃がディモスを容赦なく斬り裂いた。


 ウェンディはくるっと頭を回し、ディモスの部下たちが本陣で起こった戦闘を見て続々と集まって来るのを眺めていたが、


「ジン、ボクが雑魚たちを抑えているから、ディモスをやっつけてくれるかな? そんな顔しなくても大丈夫だよ。君ならきっと勝てるさ」


 そう言うと、


「まずはディモスを援護を断つことだね。『風の魔障壁(ストームウォール)』!」


 僕とディモスを風の牢獄に閉じ込めた。



 ジンたちの作戦行動開始を受け、アクエリアスもデュクシ地方への進撃を開始した。


 しかし、いざ作戦行動を開始してみると、この期に及んで自分たちに大きなものが欠けていることに気付いたアクエリアスだった。それは『主将の不在』である。


 『アクエリアス軍』と呼称される軍の中核はアーマ・ザッケン将軍を主将とするヴェーゼシュッツェン部隊と、老将オー・トソー将軍を中心とするカッツェガルテン部隊からなり、それにアクエリアスと水の眷属たちが加わっている。アクエリアス自身が主導権を握って積極的に指揮を執るのならともかく、彼女はそれほど前に出る性格ではなく、おまけに自身の長所と短所を痛いほど分かっている。


(アーマ将軍もオー将軍も、私の観るところ十分な戦闘経験を積んだ良将であることは確かですが、二人の上に立ち統合して指揮を執れる人物が必要ですね。私は軍事的な才能に乏しいし、困ったものです)


 恐怖の魔神ルシフェが依る陣地は、アクエリアスたちが拠点としていた砦とそんなに離れてはいない。現在の状況でデュクシ峠の陣地にかかれば、不測の事態に陥る恐れがあるが、かと言ってジン部隊から分派されてくるザコ・ガイル将軍とカーン・シン将軍の部隊を待っていたら、ルシフェに作戦を読まれてしまう可能性がある。


(私たちがルシフェの陣地に掛かると同時か、少し遅れて別動隊が背後を衝いてくれるのが望ましいのですが)


 アクエリアス軍が通常より若干遅めの速度で行軍しているのは、アクエリアスのそんな気持ちの表れだった。


 アクエリアスは後陣として進んでいる。全軍の指揮を委ねられているアーマ・ザッケン将軍は2万を率いて中軍にあり、先鋒として進んでいるのはオー将軍とシロー・アコル将軍の1万だった。


 考えあぐねているアクエリアスの下に、後方から騎馬が駆け寄ってきた。


「アクエリアス様、緊急のお知らせです!」


 水の眷属の一人が馬上で叫ぶ。その顔にも声にも、それほどの緊張感が込められていなかったので、少なくとも悪い知らせではないわね……アクエリアスはそう思いながら眷属に訊く。


「何事ですか。我が軍は先ほど進発したばかり、門出の行足を鈍らせるのは不祥ですが?」


 アクエリアスの言葉に、眷属は汗を拭きながら、


「し、失礼いたしました。ですが、カッツェガルテンからウェカ執政どの自ら、1万の軍を率いてこちらに参られるとの知らせが届きましたので」


 そう答える。


「えっ!? カッツェガルテンのお嬢さんが?」


 アクエリアスは注進を聞いてびっくりしたが、


(これはジン・ライムの役に立ちたいがために参陣したのかもね。人間の中では最初に魔物排除を掲げた人物だから、彼女の参戦はそれなりに意味があることと言えるわね……)


 そう考えると、眷属に命じた。


「分かりました。ちょうど私も思案に困っていたことがありましたから、ウェカ執政の参戦は渡りに船といったところです。アクア・ラング、あなたはマーレ・ノストラムとモーリェ・セレとともに、一時この軍を指揮してください」


「承知いたしました。それで、アクエリアス様はどちらへ?」


 青くサラサラした髪をかき上げてアクアが訊くと、アクエリアスはただ微笑んで一言言った。


「我が軍の主将をお迎えに」



「何とかアクエリアス様の軍に追い付けそうね」


 速足で進む馬の上で、器用にバランスを取りながらウェカが言う。鞍の上で身体が跳ねる度に、ポニー・テールにした金色の髪が揺れる。


「リンもついて来たそうでしたね。心配そうな顔をしていたのが忘れられません」


 ウェカの左で馬を駆るマルが言うと、右側で手綱を取っているレンも、


「しかし、カッツェガルテンをほぼ空にしちゃっていいんでしょうか? リンの2千では凄く心もとないですけど」


 そう言って心配顔だ。


「仕方ないじゃない。ジンが頑張ってる今こそ、魔物を大陸から叩き出すチャンスなのよ? ここで決戦を挑むのなら、兵力は多ければ多いほどいい。そう思ったから、動員できる限界まで動員したら、リンには2千しか残せなかったの」


 ウェカも心配なのだろう、自分への言い訳のような言葉を吐く彼女の前に、アクエリアスが姿を現す。


「心配は無用と思うわよ? ジン殿とその仲間たちの作戦がうまく行けば、遠からずこの大陸から魔物たちは駆逐されるでしょうから」


「アクエリアス様!」


 慌てて居住まいを正すウェカたちに、アクエリアスは優しい瞳を当てて、


「そんなに固くならないで。私はこちらの方面の作戦行動をあなたに委ねようと思ってここに来たんですから」


 そう言うと、突然のことで固まるウェカに、アクエリアスは彼女の考えを丁寧に説明した。


「こちらの方面は恐怖の魔神ルシフェが3万で守るデュクシ峠を越えてアルック地方を目指しています。ジン・ライム殿は北方から絶望の魔神ディモスが守る陣地を突破して私たちと手をつなぐ予定です。

 この作戦はお互いのタイムテーブルがかみ合わないと、突出した方が敵の集中砲火を受ける可能性も高く、それを避けるためにはしっかりとした指揮系統が確立されていなければなりません。

 しかし、私たちの部隊にはヴェーゼシュッツェンのアーマ・ザッケン将軍とカッツェガルテンのオー・トソー将軍と言う同格の将軍がいて、その二人に無理なく命令を下せる人物がいなかったのです。

 ウェカ・スクロルム殿、あなたならポリスの執政官でもあるし、人々を魔物との戦いに奮起させた人物でもあります。やってもらえませんか?」


 ウェカは最初のうちこそ自信なさげな表情でアクエリアスの言うことを聞いていたが、


(ジンが北から攻めている。アタシはそれを助けなきゃ)


 そう決意すると、アクエリアスの顔を見てうなずいた。


「……分かりました。ジンが頑張ってくれているんだもの、アタシも見習って頑張らなきゃね? ご指示どおり、この方面の部隊指揮を全うして見せます!」


 アクエリアスはひどく嬉しそうにうなずいた。


   (魔神を狩ろう その19へ続く)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。家族が流行の感染症にかかったり、僕が骨折したりでなかなか筆が進みませんでした。

さて、物語はいよいよジンの今後の運命を示唆する場面へと突入します。『摂理の黄昏』や『魔王の降臨』、そしてジン自身の謎について、その一端が暴かれる展開になる予定です。次回もお楽しみに。

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