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キャバリア・スラップスティック  作者: シベリウスP
違う時空の昔物語編
57/153

Tournament57 Fiends hunting:Part17(魔神を狩ろう!その17:覚醒)

北方魔軍の陣地で激しい攻防が続く中、魔軍の総帥は他の司令官たちにジンの誘き出しを命じる。

その頃、精霊覇王エレクラを中心とする四神たちも、魔軍駆逐に向けて行動を起こした。

5千年前の世界で、ジンたちは『摂理の黄昏』をどう阻止するのか? 時局は決戦に向けて加速し始めた。

【主な登場人物紹介】


■主人公ジン・ライムが5千年前の世界で出会った人たち


♡ウェカ・スクロルム 15歳 金髪碧眼の美少女。弓が得意なアタシっ子。5千年前の時空のカッツェガルテンというまちで出会った。貴族の娘だが弱い者に対する同情と理解が深い。ジンを運命の相手として慕っている。


♤ザコ・ガイル 22歳 茶髪碧眼のオーガの青年。大剣をぶん回す俺っち戦士。ウェカと同じくカッツェガルテンに住んでいた。鍛冶屋の息子だがウェカの同志的存在。戦術的才能があり、ウェカに乞われてスクロルム家の私兵を率いている。


♡マル・セロン 22歳 黒髪黒眼のエルフの美女。剣の腕も確かだが本職は書記で、カッツェガルテンの民政を引き受けている。性格は冷静で、ウェカを妹のように可愛がっている。ザコとは幼馴染である。


♡ネルコワ・ヨクソダッツ 13歳 茶髪で黒い瞳を持つヴェーゼシュッツェンの後継者。父の戦死と家臣団の離反で殺されそうになっていたところを、従姉の忠臣アーマ・ザッケンに救われ、カッツェガルテンにアーマの妹アーカ・ザッケンを遣わして救援要請した。


♡ジビエ・デイナイト 17歳 赤髪灼眼の17歳。オーガ族長の長女でジンの能力に惹かれ、異世界での仲間となる。巨大な棍棒を揮って戦うアタイっ子猛将。


♤サリュ・パスカル 17歳 金髪碧眼の美男子でユニコーン族長の長子。ジンの異世界に興味を持ち、ジビエに誘われる形で仲間になった。レイピアを持つが智謀と魔力に優れた参謀役。


♡サラ・フローレンス 精霊王アクエリアスの神殿に仕えるエルフの神官で、金髪碧眼の17歳。魔物に襲われ孤立した神殿にいたところをジンたちに助けられて仲間になる。精霊王との共感能力に優れ、数々の危機を予言する。回復魔法の達人。


   ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


「我は無念の思いと共にこの地に眠る精霊たちに力を与える者なり。大地よ、その哀しき記憶を呼び起こし、大いなる形をこの地に顕現せしめよ!」


 ガアアッ!


 シロエの魔力は一帯の大地から一瞬、光を奪った。そしてシロエの眼前でボコッと土が盛り上がると、それはたちまち身長数十メートルのゴーレムと化した。


「おやおや、なかなか面白い能力を持っているみたいだね」


 シロエのゴーレム召喚を見たサリュは、興味深そうな顔でそうつぶやくと、驚いている兵士たちに向かって言った。


「心配しなくてもいい。摂理によって生み出されたものは摂理によって無に還るように、魔力によって生み出されたものは魔力によって処置ができるものだからね」


 サリュは金髪の下に輝く碧眼をスッと細めると、レイピアに魔力を込め始める。


「我は摂理とともにあり。あのデカブツはボクが引き受けるから、皆はユニコーン族の誇りにかけて目の前の敵を叩き潰せ!」


 サリュの額にある白い角が魔力を帯びて薄い光を放ち始める。いや、彼の檄を受けた全員が、角に光を宿し、瞳には蒼白い輝きを見せていた。


「よし、全員で壁を作って奴らを閉じ込めろ! 一人も帰すな!」


 左翼にいる、サリュに代わって全軍の指揮を執るレーヴェが叫べば、


「レーヴェ隊の動きに合わせて、敵の後ろを遮断するのよ! オーガの部隊と手をつなぎなさい!」


 右翼のエリンも弓を引き絞りながら叫ぶ。


 その間にも、サリュの本隊はレーヴェの指揮に従ってシロエ部隊の突撃を真っ向から受け止めた。


「相手の魔物は幻影だ。幻影には幻影で立ち向かえ!」


 シロエ隊が人形使いの魔導士であることを見て取ったレーヴェとエリンは、同時に部下たちに指示を下す。百戦錬磨のユニコーン戦士たちは、すぐさまその命令に反応した。


「みんな、『駿馬の季節(セゾン・デ・クルシエ)』だ。人形の魔物など一蹴しろ!」


 ユニコーンの戦士たちは、額の角を光らせると、白く輝く馬を呼び出した。どの駿馬にも角があり、いななきとともに白い魔力を噴き出している。


「よし、大陸の平穏を乱す奴らに目にもの見せてやるぞ、突撃ッ!」


 戦士たちは、百人隊長の号令の下、果敢な突撃を開始する。その勢いは凄まじく、シロエ部隊の先頭を切って進んでいた魔物たちはあっという間に蹴散らされる。


「くそっ、下がるんじゃない。糸を解除されてもつなぎ直せ!」


 シロエは剣を振り上げて叫ぶと、呼び出したゴーレムを振り返り、


「行け、ゴーレム。小憎らしいユニコーンたちを踏みつぶしてやれ!」


 髪を振り乱して絶叫する。


 ゴアアアッ!


 シロエの命令を受けたゴーレムが動き出したとき、


 ドムッ! バーンッ!

 ゴガアアッ!?


 突如としてゴーレムの足元が炸裂し、ゴーレムはぐらりと巨体を傾ける。


「くっ、何!?」


 驚いたシロエが前線の方に顔を向けると、そこには金髪碧眼の好男子がレイピアを構え、彼女を見つめて微笑んでいた。


「キミたちが『摂理の黄昏』をなぜ望んでいるかは知らないが……」


 金髪のユニコーン、サリュはゆっくりとそう言いながらシロエに向かって歩き始めると


「……それがたとえ運命だとしても、ボクは理不尽な運命には逆らうってのがポリシーでね? 悪いがキミには摂理に従ってもらうよ?」


 サリュは眩しい光に包まれ、金の羽毛が生えた羽を広げてそう言った。



 こちらはジビエの率いるオーガ部隊である。彼女は図らずもザカリアの部隊を前後から挟撃する格好になったため、巨大な棍棒を振り回しながら、勇躍して突進した。


「へっ、アタイたちにケンカを売ったのがあんたらの運の尽きってもんさ。おとなしく道を開けな!」


 ぶうんっ、ドカッ!

「ぎゃっ!」


「アタイらオーガと戦うからには、それなりの覚悟ってもんはして来てるんだろう? 逃げ腰じゃアタイの前には立てないぜ?」


 ジビエはせせら笑って、行く手を遮るミュータントたちを叩き潰しながらザカリアの姿を追い求めた。

 一方でザカリアは、前方を突進していたシロエの部隊が急に止まり、巨大なゴーレムが召喚されるのを見て、自分たちが罠に掛かったことを直感した。


「シロエがゴーレムを呼び出したってことは、敵に思いもよらない備えがあったってことだね。悔しいがシロエを収容して城に戻るよ!」


 ザカリアは迷った挙句そう号令をかけたが、その決断は少し遅かった。彼女が撤退を口にしたとき、すでに彼女の部隊には横合いからビーフやジビエが猛攻撃を仕掛けてきたからだ。


「北方魔軍の将、せっかく戦場に出て来たんだ。俺たちオーガと剣を交えないと、あの世で土産話ができないぜ!」


 槍をしごいて突っ込んでくるビーフの形相に、ザカリア兵団の兵たちは戦意を無くして道を開ける。そこにビーフが部隊を引き連れて突撃し、ザカリアの部隊は二つに分断されそうになった。


「どけ! オーガが何するものぞ。たった一人に恫喝されて、それでザカリア様の親衛隊が務まるか!」


 慌てふためいているミュータントたちの群れを割って、大きな複眼を戦闘色の赤に染めた男が周りを叱咤しながら叫んだ。


「猪口才なオーガの小僧、俺はザカリア様の親衛隊長、ロート・ロータスだ。ここから先は俺がいる限り一歩も通さんぞ。尋常に一騎討ちで勝負だ!」


 敵の名乗りを聞いたビーフは、茶髪の下の碧眼を輝かせて応える。


「おうっ、魔軍にも少しは骨のある奴がいたか。俺はオーガのジビエ・デイナイト様に仕えるビーフ・オルガノフだ。望みどおり一騎討ちで勝負を着けよう」


「殊勝な心掛けだ。では行くぞ!」


 ロートはカマキリのような身体をしならせると、長刀を振り上げてビーフに突進する。ビーフは泰然として、肉薄して来るロートを眺めていた。


「やっ!」「とっ!」

 カイーン!


 ビーフは振り下ろしてきたロートの長刀を槍で跳ね返すと、相手の胸板を狙って鋭い突きを放つ。


「甘いッ!」ビュンッ!

「くっ!」バアン!


 ロートはさすがに自ら挑んで来るだけあって、戦闘経験は豊富らしい。彼はビーフの攻撃を見切って後ろに下がりながら長刀を振り下ろしてきた。ビーフはそれを間一髪で受け止める。


「ほう、オーガは図体がでかいだけかと思っていたが、案外と動きは敏捷のようだな」


 ロートが長刀を押し下げながら言うと、ビーフも唇を歪めて皮肉たっぷりに応える。


「ロータス型のミュータントは素早いだけかと思っていたが、俺に挑むだけのパワーも備えているみたいだな、感心感心」


「ほざけ! 我らインセクトを甘く見るな!」


 ロートは複眼を赤く輝かせると、長刀を押し下げる腕に力を込める。


 しかし、ビーフは涼しい顔でロートの長刀を押し返すと、


「結構なパワーだ。久しぶりに俺も手加減せずにすむみたいだな」


 そう言うと、ロートと火を噴くような戦いに入った。



 サリュは金の羽毛が生えた羽を広げて、シロエに言い放つ。


「キミたちがこことは違う世界から来た存在だとしても、その世界を形作る摂理に何ら違いはない。その摂理に従ってもらおう」


「なっ!?」


 ザシュッ!


 シロエはサリュの言葉が終わると同時に前へと跳んだ。彼女なりの予感に従った本能的な動きだったが、サリュのレイピアはそれすらも見越していたようにシロエの背中を斬り裂いた。


「くっ!」


 シロエは振り向きざま剣で斬りかかったが、サリュはその斬撃をあっさりと止め、皮肉たっぷりに言った。


「ダメだよ? 人形遣いが自ら戦っちゃおしまいさ」

 バスンッ!


「あがっ!」


 サリュのレイピアは金の軌跡を描いて、シロエを頭から真っ二つにした。


 その途端、


 ゴアアアーッ!


 サリュの後ろで立ち上がろうとしていたゴーレムが、突然雄叫びを上げて暴れ出した。


 ズン、ズシン!


 滅茶苦茶に手を振り回し、地団駄を踏むゴーレムを避けようと、ユニコーン族の戦士たちは一斉に距離を取る。突然の出来事とはいえ、粛々と対応したのはさすがだった。


「チッ、こいつの魔力が途切れたら暴れ出すようにしていたってワケか。なかなかこすっからしい真似をしてくれるじゃないか」


 サリュは地面に転がっているシロエの亡骸を見て悪態をつくと、鋭い光を宿した目をゴーレムに当ててつぶやいた。


「幸い、部隊に大きな損害は出ていないようだし、レーヴェやエリンもしっかりと部下を掌握しているみたいだ。それじゃ、ここで一つボクたちの実力ってヤツを見せつけておくのもいいかもしれないな」


 サリュはすぐに両翼で指揮を執っているレーヴェとエリンのもとに移動して、


「部隊をあのゴーレムからできるだけ離すんだ。その他の敵は討ちかかってくる奴らだけを相手にすればいい。あのゴーレムはボクが破壊する」


 そう伝えた。


 二人はサリュの指示にうなずいたが、エリンが心配そうに訊く。


「人形遣いたちはジン様の部隊にも襲い掛かっています。ゴーレムから距離を取れば、ジン様の援護ができなくなりますが?」


 サリュはそれを聞いて、戦場を見回す。ジンはゴーレムから少し離れた位置で、兵士たちと共に包囲を破ったところだった。


「彼なら大丈夫だ。敵将は討ち取ったから、あのままザカリアの所まで押して行くさ。

 それよりエリン、雑魚をジンの方に行かせないよう、しっかり捕まえておいてくれ」


 薄く笑いを浮かべながらサリュが言うと、エリンは納得したようにうなずいた。


 エリンとレーヴェが部隊に集結命令を出したのを見届けると、サリュはすぐさまゴーレムの前まで移動する。ゴーレムには敵味方の識別はできないようで、レーヴェやエリンの部隊が退き始めてもそれを追撃するような素振りは見せなかった。そして人形遣いたちは、シロエの敗死を知らないのか、レーヴェ隊やエリン隊の後を追って前進しだした。


「よしよし、そのまま前進するんだ。罠に掛かってくれる敵の数が多ければ多いほどいいからね」


 サリュはゴキゲンな声でそう言うと、今度はゴーレムを見据えて魔力を集めだした。


 ひとしきり荒れ狂っていたゴーレムは、サリュの魔力の集積に反応し、ゆっくりとその巨体をサリュの方へと向ける。シロエはこのゴーレムを周囲の魔力に反応するように調整していたのかもしれない。


 シロエの意図は不明だが、ゴーレムが魔力に反応してサリュの方へと歩を進め出したのは、彼にとって願ってもないことだった。サリュは風を集めて膨らんだ金髪にパシッ、パシッと放電を明滅させながら、ゴーレムを見据えていたが、十分に魔力が溜まり、そしてゴーレムが十分に近づいたと見るや、一気に魔力を開放した。


「われ、世界の中に住む被造物に過ぎざれど、平安を乱す者を看過できず。摂理を建てし存在を超えた方よ、われの思いを汲み、摂理の名においてわが願いを聞き届けたまえ。

 落ちよ、裁きの閃光よ。『超空の雷(トニトルス)』!」


 サリュの呪文詠唱が終わると、ゴーレムの上空で渦を巻いていた黒雲から数十もの稲妻が迸った。


   ★ ★ ★ ★ ★


 ヒーロイ大陸の南東に、目立つほどの標高ではないが形のいい山がある。


 その山の東側には澄み切った川が流れ、その川は大きな池を作り、さらに下流へと向かっている。山と池の間には、この地域では珍しく平坦な野原が広がっていた。


 その野原の真ん中に、三人の人影が見える。


 一人目は赤くウェーブがかかった髪を腰まで伸ばした女性で、碧眼のとろんとした眼差しが印象的だった。


 二人目は金髪碧眼で背の高い男性である。がっちりとした身体を銀色の甲冑で包み、険のある目つきで何かを探すように遠くを眺めていた。


 最後は、黒髪でやや線の細い男性である。黒いマントで身を包んでいたが、黒曜石のような瞳とも相まって、三人の中では最も油断のならない雰囲気を醸し出していた。


 よく見ると、この野原にいるのは三人だけではなく、数百の兵士たちが三人を遠巻きにしている。兵士たちは緊張してはいたが、殺気などは感じられないので、三人と敵対しているわけではないようだ。


「ザカリアは遅いな」


 金髪マッチョが焦れたようにつぶやくと、赤髪の女性が甘えたような声で言う。


「今までザカリアが時間を守ったことなんてないじゃない。まだロゴス様もおみえじゃないし、もうちょっと待ってみましょうよ。ルシフェ」


「ヴェルゼ、お前は背徳の魔神だから約束を守るという習慣がないのは分かるが、今回の呼び出しはアルケー様の名前でお呼びがかかった。こんなことは今までなかったことだ。

 だからアルケー様をお待たせするなんて無礼なことにならなければいいがと心配しているんだ」


 ルシフェと言われた男がそう反論したとき、黒髪の男が静かに言う。


「……お見えだ。ザカリアは呼び出されていなかったのか、外せないほどの戦況なのか分からないが、後から申し開きせねばならないだろうな」


 ルシフェもヴェルゼも口を閉じ、黒髪の男の視線を追いかける。向こうから黒髪翠眼の男が白髪灼眼の男と共に歩いて来るのが見えた。


「……アルケー様……なぜアルケー様が直々に?」


 黒髪黒眼の男は思わずつぶやく。そこに黒髪翠眼の男が声をかけて来た。


「そろっているようだね。早速だが、現状と今後のことについて協議を始めよう」


「ロゴス様、畏れながら……」


 黒曜石のような瞳を持つ男が、ロゴスの言葉を遮って言う。


「……ザカリアがまだ到着しておりません。彼女の到着を待ってからの方が良いかと」


 すると白髪の男がくすりと笑う。ロゴスもつられて笑い顔になったが、すぐに真顔に戻り、驚くべきことを口にした。


「ディモス、ザカリアは死んだ。今日はそのこともあって、アルケー様がご自身でおみえになったのだ」


 ヴェルゼとルシフェは言葉を無くしたが、ディモスは思い当たるフシがあるらしく、動揺の欠片もない声でロゴスに問いかける。


「……少し前、異世界から人間が紛れ込んだという噂を聞いたことがあります。そいつは『伝説の英雄』として、人間のみならず亜人たちからも崇敬と信頼を得ているとか。

 ザカリアはひょっとして、その人間に敗れたのではないですか?」


「そんな! 人間風情がわたしたち魔神に勝るとでも!?」


「うむ。確かにザカリアは私たちの中では最弱だったが、だからと言って人間に不覚を取るとは思えない。ディモス、それはお前の思い過ごしでは?」


 ヴェルゼとルシフェがそう意見を述べるが、ディモスの視線を受けたロゴスははっきりとそれを否定する。


「いや、その男はジン・ライムという名で、かなり魔力は強力でかつ独特だ。俺自身、彼と会ったことがあるが、もし彼が本気を出したら俺でも勝てるかどうかはやってみないと分からないな」


 ディモスたちはロゴスの顔をまじまじと見つめた。常に自信に満ち、敵を誉めることなどめったにないロゴスがそこまで言うからには、ジンという人間は余程の存在であるのだろうと思い直した顔だった。


 アルケーは四人のやり取りを薄笑いを浮かべながら聞いていたが、ロゴスの話が一段落したと見て口を開いた。


「俺はジン・ライムに特別な興味がある。彼は恐らく俺に繋がるクロウ一族だ。

 その彼がなぜ、誰の計らいでこの世界にやって来たのか。そして四神たちが彼の後ろ盾となっているのは何故か?

 これらの疑問を解くためには、俺自身がジンと手合わせしてみるのが一番だと思う。それで君たちには、ジンをおびき出すような動きをしてほしい」


 アルケーがさり気なく言った言葉の意味を、最初に理解したのはディモスだった。


「四神が後ろ盾……ではアルケー様は、遠からずジンたちが我らに攻勢を仕掛けて来ると思っておられるのですね?」


 アルケーは白髪の下に輝く緋色の瞳で、ディモスをはじめとした三人の顔を代わるがわる見つめてうなずく。そのうなずきを見て、ロゴスが口を開いた。


「では、お前たちに今後の行動について指令を下す」



 そのころホルストラントでは、オーガ族長のヴォルフとユニコーン族長アルフレオが、それぞれ軍の進発準備にかかっていた。


 それぞれの軍は、族長自らが率いる2万。彼らには水の精霊王アクエリアスから、大陸西側の魔軍を撃破し、ナメーコのフレーメン神殿まで進撃する任務が与えられていた。もちろん、その間に遭遇した魔軍はすべて撃破することが求められている。


「まずは、包囲されて久しいトリューフの町を救い、その勢いでエノーキーを奪回することだな。大陸の西側は人間たちが結構住んでいるが、その分魔物たちの被害も大きくなったんだろう。早くフレーメン様の神殿まで突進しないとな」


 猛将であるヴォルフが豪快に笑って言うと、智将であるアルフレオは薄い笑いを浮かべて首を振る。


「大陸をほぼ縦断するほどの距離を移動せねばならないうえに、エノーキーの南にはターカイ山脈がそびえている。エノーキーから先をどれだけ素早く機動できるかで、戦の難易度も変わってくるだろうな」


「ふむ、戦なんてものは無いに越したことはないからな。できるだけ短期間で終わらせられれば、それだけ皆の負担は軽くなる。その工夫は、知略並びないアルフレオ殿にお任せする。私はその策に従おう」


 ヴォルフが笑顔で言うと、アルフレオは苦笑しながらうなずく。


「まあ、お互いに知恵を持ち寄って、アクエリアス様の負託に応えようじゃないか」


 ホルストラント軍が出撃したことを知った精霊覇王エレクラは、『天空の神殿』でアクエリアスと話をしていた。


「アルケー・クロウの所在はつかめたか? アクエリアス」


 アクエリアスは深い海の色をした瞳を持つ眼を細め、緊張した面持ちで答える。


「どうやらアルック地方の辺境に各地方の責任者を集めて何かを指示したようです。恐らくジン・ライムを討ち取る算段をしたのでしょう。ウェンディに攻勢を命じられたらどうでしょうか?」


 それを聞いてエレクラは腕を組み、しばらく何かを考えていたが、


「……ウェンディに与えた任務も大切なものだ。その答えが出るまではホルストラント軍を有効に活用するしかないだろう。

 アクエリアス、すまないがお前にはアルフレオとヴォルフを指揮して西から魔軍を追い詰めてもらいたい。もし、魔軍がキノコン地方を放棄するような気配が見えたら、すぐに私に教えてくれ」


 そう言いながら踵を返すエレクラの後姿に、アクエリアスは慌てて問いかけた。


「承知しましたが、エレクラ様はどちらへ?」


 エレクラは歩みを止め、肩越しにアクエリアスに答えた。


摂理の調律者(プロノイア)様のところに行く。摂理への挑戦がこれほどはっきりしているのに、今までプロノイア様からの明確なご指示がなかったのは不思議だ。

 ひょっとしたらジン・ライムの出現や運命の背反者(エピメイア)のことが関係しているのかもしれない。だとしたら、私たちの行動も根本から考え直さなければいけなくなるからな」



 そのころ、風の精霊王ウェンディ・リメンは、ジンに会うためルツェルンへと向かっていた。


(マロンとアルケー・クロウの気持ち、か……プロノイア様から精霊王をはく奪されたとき、マロンは何を思ったんだろう?)


 『風の翼』で空を翔けながら、ウェンディはそう思う。とともに、自分にこの使命を与えたときのエレクラの暗い瞳を思い出した。


 エレクラは厳しい目で彼女を見て


『ウェンディ、お前の気持ちは理解するが、『摂理の黄昏』が近付いている今、私情は捨ててもらわなければならない。

 お前にとって辛いことかもしれないが、私はお前に『アルケー・クロウが魔族を創った理由』と、『魔族の存在意義』を調べてほしいのだ。アルケー・クロウがマロンの思いを理解した上でのことならば、魔族という存在はきっと摂理の中に組み込まれた存在理由があるに違いないと思っている』


 そう力強く言うと、ウェンディを慰めるように訊いた。


『……お前も知っているだろうが、ジン・ライムという男がこの世界に現れた。彼とはアクエリアスの仲介で一度会った事があるが、アルケー・クロウの直系の子孫で、『摂理の黄昏』を阻止するためこの世界に送られてきた存在に間違いはない。

 彼と会って、彼と行動をともにすれば、あるいはマロンやアルケー・クロウがこの世に残した思いを知ることができるかもしれない。やってくれないか?』


(ひょっとしたらエレクラ様は、『摂理』そのものに対して何らかの疑問を感じているのかもしれないな。だとすると、ジンって子は『繋ぐ者』だけでなく『摂理の破壊者』にもなりえるのかもしれない。それをボクに見極めろってことなのかな)


 ウェンディはそこまで考えが至ると、思わず身震いが出た。世界の成り立ちについてある程度理解している精霊王である彼女は、自分がとんでもない相手と会おうとしていることに気付いたのだ。


 しかし、持ち前の気楽さが彼女の持ち味でもある。ウェンディは心の中に畏れを抱きつつも、それ以上考えるのを止めてつぶやいた。


「まあ、ジンって子が何者だろうと、その時はその時さ。まずは彼が本当に魔族の一族なのか、そして何を考えているのか、それが分からなきゃどうしようもないもんね」


 そしてウェンディは『風の翼』にさらに魔力を集めると、わき目もふらずにルツェルンへと飛行を続けるのだった。



 そして、火の精霊王であるフレーメンは、ホルストラント軍の発向を聞くと、本拠地であるナメーコのフォイエル神殿に取って返し、手すきの眷属たちを集合させた。


「俺たちが戦いに参加すると必要以上の損害が出ることから、直接的な戦闘は神官たちに任せ、間接的支援に甘んじて来た。皆、さぞ悔しかっただろう」


 真っ赤な軍装に身を包んだフレーメンは、居並ぶ眷属たちに向かってそう静かに言う。サラマンダーや火狐、そして炎鴉などの集団は、みな一様に瞳をぎらつかせてフレーメンの言葉を聞いていた。


 フレーメンは、そんな視線を真っ向から受け止めると、不意に胸を張り、大きな声で眷属たちに告げる。


「しかし、雌伏の時間もこれまでだ。精霊覇王エレクラ様から、ホルストラント軍と共同して魔軍を大陸から叩き出すため、全力で戦っていいとのお許しが出た。

 諸君、大陸の平穏を取り戻すため、そして罪もなく命を奪われた人々の無念を晴らすため、摂理の名の下に炎のあぎとで魔軍の奴らを食い千切れ!」


 おおううっ!


 フレーメンの獅子吼に、炎の眷属たちは暴風のような喚声を挙げた。


 その喧噪の中、フレーメンの声が響き渡る。


「部隊を三つに分ける。一隊は東に向かい、ケワシー山脈を越えて来た南方魔軍を叩き潰せ。もう一隊は南に向かって西方魔軍の支隊を海に追い落とせ。

 最後の一隊は北に向かい、ホルストラント軍と手をつないで西方魔軍の本隊をぶっ潰すんだ! どの方面も、途中で魔軍に出会ったら躊躇なくやっつけろ。雑魚であっても一匹残らず始末するんだ」


 わおおううっ!


 仮借ないフレーメンの命令に、天に沖するほど戦意を高めた『火の精霊王』軍は、魔軍殲滅に向けて行動を開始した。


「ファイア、フェン!」


 フレーメンは精霊王の副官であるファイアと、筆頭精霊のフェンを呼び出すと、


「ファイア、そなたは俺の名代としてサラマンダー軍1万を率い、ホルストラント軍と共同して西方魔軍の本隊を叩け。フェンは炎鴉軍1万をもって南方に向かい、西方魔軍の支隊を叩くんだ」


 そう命令を下す。ファイア・ストームとフェン・レイは畏まって命を受け、


「承知いたしました。ホルストラントのヴォルフ・デイナイトは稀に見る猛将、アルフレオ・パスカルもアクエリアス様の信任篤い智将と聞きます。彼らと力を合わせて魔軍を殲滅いたします」


「フレーメン様、ご安心ください。南方の魔軍はワタクシ、フェン・レイが責任持って処置いたしますわ」


 二人はそう言って軍を進発させた。


 ファイアとフェンの2万を見送ったフレーメンは、火狐軍1万に目を向け、


「では行くぞ。敵は南方魔軍の3万だ」


 自らもまた、炎の大剣を背負って出撃した。


   ★ ★ ★ ★ ★


「落ちよ、裁きの閃光よ。『超空の雷(トニトルス)』!」


 サリュの呪文詠唱が終わると、ゴーレムの上空で渦を巻いていた黒雲から数十もの稲妻が迸った。


 ズババン、ピシャーン!

 ズゴゴゴ!……


 サリュが召喚した紫電は続けざまにゴーレムを直撃する。それは容赦もない鉄鎚となってゴーレムを抉り、熱し、叩きのめした。


 ドグアアァーンッ!


 最後にとてつもなく眩しい光が閃き、耳をつんざくような轟音が辺りに響き渡った。その凄まじさは、ユニコーン族の戦士たちも魔物たちも、一瞬凍ったように固まってし待って戦闘が中断するほどだった。


 ゴ、ガ……。


 ゴーレムは身体中に青白い炎をまとって立ち尽くしていたが、岩石がこすれ合うような呻き声を上げると、風化した山肌が崩れていくように、ボロボロと砂礫の塊となって砕け散った。


「敵将はすでになし。頼みのデカブツもご覧のとおりだ。これ以上キミたちに戦う理由はないと思うが、どうだろう?」


 サリュがシロエ軍の生き残りに向かってそう言うと、レーヴェとエリンもすかさず大声で投降を呼び掛ける。


「武器を捨てろ! 投降すれば命までは奪いはしない!」


「武器を捨てて座りなさい! 今度はあなたたちが『超空の雷』を食らいたいの!?」


 二人の呼び掛けに、あちこちでユニコーン軍に包囲攻撃を受けていたシロエ軍の残党は、我先に武器を地面に投げ出すとその場に座り込んだ。


「よし、いい心掛けだ。約束どおりお前たちの命は保証する。エリン、全員をフェーゲルンへと後送してくれ。自らの故郷に帰る希望を持ち、帰る手段がある者なら、この場で帰らせても構わないよ」


 サリュは、ずらりと座り込んだ人形遣いたちを見つめ、厳しい顔のままそう言った。



「噂には聞いていたが、ミュータントってのは確かに驚嘆すべき生き物だな」


 オーガ部隊で副将格のビーフは、槍を回しながら敵に声をかける。


「へっ、こっちこそ、オーガのしぶとさには脅威を感じているぜ」


 北方魔軍を率いる魔神ザカリアの親衛隊長ロートも、複眼を赤く染めてわき目もふらずに長刀を振り回しながら応える。二人の一騎討ちはすでに四半時(30分)ほど続いており、それぞれの部下たちは二人の周りを囲み、手に汗握る思いでそれぞれの隊長を応援していた。


「やっ!」

 ヒュンッ!

「おっと!」


 顔面を狙ってきたビーフの槍を外したロートは、


「えいっ!」

 ブンッ!

「はっ!」


 鋭く長刀を斬り上げるが、ビーフはそれを見越していたのか、身体を斜に開いて斬撃を受け流す。


 それぞれの得物はそれぞれの籠手や袖をかすめるのだが、なかなか決定的なダメージを与えられない。オーガとミュータント、種族は違うが二人の戦士の腕が伯仲しているからだろう。


「一つ訊くが……」


 ビーフが槍を回して長刀を弾きながら、


「貴様たちは何の目的で『摂理の黄昏』を望んでいる?」


 そう訊くと、ロートはせせら笑いながら答える。


「目的? 人間という哀れな生き物を世界から抹殺する以外、何があるって思うんだ?」


 ガキッ!


 ビーフは、斬り下げて来た長刀を槍の柄で止めて、冷ややかな眼でロートを見据え、


「人間とて摂理の中に存在する。それを滅ぼすのは摂理に叶うことか?」


 そう訊きながら長刀を押しやって跳び下がる。


「ハッ!」ぶうんっ!


 ロートはとっさに長刀を横に払ったが、斬撃が空を斬るのを見て構えを執りなおし、皮肉そうに顔を歪めると吐き捨てた。


「問答無用だ。人間たちとて幾多の生物を絶滅させて来たではないか! その報いを受けると思えば不思議でも何でもない」


「なるほど、貴様の言い分は把握した」


 ビーフは槍を左手に持ち、斜に構えるとうなずいた。


「だが、摂理は自らを律すると聞いている。人間を滅ぼすのは摂理に任せておけばいい」


 ビーフはそう付け加えると、再び槍を回してロートに突きかかった。


「ふん、我が主たるザカリア様はその摂理を書き換えるほどのお方と手を握っておられるのだ。我らごときがどれほど足掻こうと無駄なほどに強大なお方とな。

 お前もあの世でこの世界の摂理が書き換わるのを見届けるがいい!」


 ロートは獅子吼してビーフを迎え撃った。



 猪突したジビエは、ついにザカリアの本陣までたどり着いた。巨大な棍棒を揮って敵兵を跳ね飛ばしてきた彼女の目の前で視界が急に開け、50ヤードほど向こうに革鎧に身を包んだザカリアの姿が見えた。


 ザカリアは襲い掛かってきたビーフをロートに任せ、なおもシロエの救出を図ったが、ゴーレムが砕け散るのを遠望してシロエの討ち死にを知り、城へと方向転換したところだった。そこをジビエに捕まった。


「アンタが北方魔軍の大将かい? アタイはオーガ族長ヴォルフの娘でジビエ・デイナイト。ここで会ったが百年目ってことで、尋常に勝負としゃれこもうじゃないか」


 ジビエは棍棒を抱えてザカリアに近づきながら名乗りを上げると、ザカリアは一瞬、助けを求めるように周囲を見回し、付近の味方がすべてオーガと戦っているのを見て取り、


「ふふ、ついに罠に落ちたってことね。ワタシも魔神の一柱、ジタバタしたりはしないわよ。さっ、ここまで来られたご褒美にワタシが少し遊んであげるわ」


 意を決したように懐から法器を取り出して笑った。


「おや、アンタは法器遣いだったんだね? アタイはてっきり剣か槍を使うもんだとばかり思っていたよ」


 ジビエは緋色の瞳を持つ目を細め、立ち止まって身構える。魔戦士と違い、魔導士はいつ、どの方向からどんな攻撃をして来るのかを見極めるのが難しいからだろう。


「ワタシが魔導士だからって軽んじないのは褒めてあげるわ。あなた、相当戦闘経験があるわね?」


 微笑を浮かべるザカリアに、ジビエは周囲を警戒しながら答えた。


「アンタら魔導士のやり方には、一度酷い目にあってるんでね?」


「そう、それはご愁傷様ね? それに懲りずにまた酷い目に遭いに来たのね?」


 ザカリアはそう言いながら、胸元から何枚かのカードのようなものを取り出すと、それを無造作に空へと放り投げる。ジビエが視線を動かさずに眼の端で捉えたそれは、驚いたことに地面に落下もせず、二人の周りで宙に浮いた。


「ワタシは偽善の魔神。嘘と幻想に満ちみちた世界の本質を、とっくりと味わってちょうだい、ジビエ・デイナイトさん」


 ザカリアはそう言うと、青く凍えた光を放つ魔弾を放つ。


「? どこを狙ってるんだい!」


 ジビエは、ザカリアの魔弾があさっての方へ放たれるのを見て、棍棒を振り上げて突進した。


「虚影の世界で、目に見える事象をそのまま信じちゃいけないわよ?」


 ザカリアの言葉に、背中から殺気を感じたジビエはとっさに振り向いた。先ほどの魔弾がジビエのすぐ側まで接近してきていた。


「はッ!」

 ジャンッ!


 ジビエは間一髪で魔弾を破砕した。ザカリアの魔法属性は氷らしく、破砕された魔弾はキラキラしたアイスダストをまき散らしながら消える。


「一体何をしたんだい!?」


 ジビエがザカリアを睨みつけると、ザカリアはジビエを見下すように


「オーガは単純だって聞いちゃいたけど、噂どおりね? 敵からその技について、教えてもらえるとでも思っていたの?」


 そう呆れたように言うと、サディスティックな笑みを浮かべる。


「これくらいの仕掛けは自分で見破らないとね?」

 ブワンっ!


 ザカリアはいくつかの魔弾を放つ。そのいずれもが直接ジビエを狙っているわけではなかったが、さっきのこともあり、ジビエは棍棒を斜に構えて魔力を燃え立たせた。


「やっ! たっ! やあーっ!」

 ジャンッ、ジャリンッ、パキーン!


 ジビエは3・4発の魔弾を打ち払ったが、


 ドンッ!

「ぐっ!?」


 右から飛んで来た魔弾が、ジビエの背中に命中する。身体を覆っていた魔力の噴出がクッションの役割を果たしてくれたとはいえ、その衝撃はさすがのジビエも苦痛の呻きをもらすほどだった。


「凄いわ、5発中4発も弾くなんて、さすが『戦闘種族』って言われるだけあるわね。

 でもワタシも、自分の術式は完璧であってほしいから、あなたに感心はするけど不愉快だわ。だから……」


 ザカリアはそう言いながら、再び胸元から何枚かのカードのようなものを取り出すと宙に投げ上げる。


 地面に膝をついていたジビエは、ザカリアのその動きを見て気が付いた。サッと顔を上げて空中に浮かんでいるカードのようなものをよくよく見てみると、それは磨き上げられて魔力に包まれた鏡だった。


「……そうか、そいつで魔弾を反射させていたんだね?」


 ゆっくりと立ち上がるジビエに、ザカリアは勝ち誇ったように言った。


「気付くのが遅いわよ? やっぱりオーガは脳筋なだけあって、オツムの方はトロいのね?」


 その言葉とともに、ザカリアは無数の魔弾を放つ。それらは速く、あるいは遅く、様々な軌跡を辿ってジビエに襲い掛かった。


「くそっ、数が多すぎる!」

 バン、カーン、シャリンッ!……


 ジビエは能う限りの速さで魔弾を打ち払っていたが、周囲すべてから、微妙な時間差をおいて襲い来る魔弾のすべてを弾き返すことができず、その身に数弾を受けてしまう。


「ごはっ!……なかなかに厄介な技を使いやがるもんだね」


 累積したダメージによってふらつく身体を棍棒で支えて立っているジビエを、ザカリアは心地良さそうに見つめて


「あら、せっかく自信満々にワタシに勝負を仕掛けて来たくせに、もう泣き言を言うなんてオーガらしくないわよ?

 あなたも戦闘種族の端くれなら、勇猛果敢に戦って散ってちょうだい。その方がワタシもアルケー様への申し開きが楽になるから」


 そう言うと、今までの中で最も多くの魔弾をジビエに叩きつけた。



 そのころ僕は、巨大なゴーレムがサリュの魔法で崩壊するのを見て、


「よし、反撃だ。ユニコーン族と協力して、残敵を掃討するんだ。僕がいないときはサリュかビーフさんの指揮を受けて戦え!」


 僕は付き従っている兵士たちにそう指示を出し、小隊ごとにサリュの部隊に編入させて共同作戦を取らせることにした。前回、部隊を指揮したとき、隊としての行動を大事にするあまり、僕自身が突出すれば勝負を決められたはずの好機をみすみす逃したことを思い出したのだ。


 もちろん、部隊ごと戦闘に突入させることもできた。しかし、兵士たちの魔力や魔法の実力は、はっきり言って心もとなかった。だったら彼らには無理をさせず、戦局に寄与できる場所で動いてもらった方がいい……これは今回の出撃前から考えていたことだった。


 そのため僕は部下たちをサリュ隊に任せると、単身敵が群がっている方向へと馬を駆けさせた。自分の安全だけに気を配っていればいいという気楽さが、僕の前進をこの上もなく迅いものにした。


(どうせなら、ザカリアとかいう魔神と手合わせしたいものだな)


 僕はそう考えながら、目の前に立ち塞がってくる敵を次々と薙ぎ払い続けた。


「そこの戦士、止まれ!」


 かなり敵の奥深くまで突入した僕は、そろそろザカリアの本陣が見えるころだと思い、魔神の魔力を探ろうと手綱を引き絞った。そのとき、前方に現れた軍から一人の将が馬を寄せて来て僕に呼び掛けてきた。


 その将は僕が呼びかけに応じて立ち止まったと勘違いしたのだろう。ゆっくりと近づいて来ながら手槍を持ち直して名乗った。


「私は偽善の魔神ザカリア様の配下でクロエ・モール。名のある武将と拝見したが、貴様はいったい何者だ?」


 僕は右手に『払暁の神剣』を握ったまま、馬首を彼女に向け変えて答えた。


「僕はドッカーノ村騎士団団長のジン・ライム。そのザカリアに用がある、そこをどけ」


 クロエは僕の名乗りを聞くと虚を突かれたような顔をしたが、すぐに槍を握り直すと引き連れている部下たちを振り返って叫んだ。


「奴が噂の『伝説の英雄』だ。スネークをはじめ仲間の仇を討て!」


 命令を受けた敵兵たちは、驚きや戸惑いの表情を隠せないまま、剣や楯を取り上げて僕を遠巻きに包囲する。


大地の護り(ラントケッセル)!」


 僕はシールドを張ると『払暁の神剣』を構えてものも言わずにクロエを強襲する。槍先を揃えて僕の動きを窺っていた敵兵が動く前に、僕はクロエの懐に飛び込んでいた。


「くっ!」

 ジャンッ!


 よほど慌てていたのだろう、クロエは身体の周りに魔力をまとっていたにも関わらず、その魔力で防御をするでもなく、ましてや魔法攻撃を撃つでもなく、単に持っていた槍で僕の斬撃を受け止めただけだった。


「でやっ!」

 バシュンッ!

「くおっ!?」


 僕は、馬を下がらせて間合いを取ろうとするクロエの動きに合わせ、手綱を緩めて馬を前進させて『払暁の神剣』を横薙ぎにする。軽い手応えと共にクロエの鎧の袖が千切れた。


 その様子を見て、敵兵たちは呪縛が解けたように、クロエを助けようと槍を突き出してきた。


「邪魔だ!」

 キーン、ズバンっ!


 僕は槍のけら首を撥ね上げ、何人かの敵兵を斬り下げる。それで包囲は解けたが、クロエはその隙に槍衾の後ろに逃げ込んでいた。


「面白い、その程度で僕の手からすり抜けられるかな?」


 せっかく出会った好敵だ。北方魔軍の大将の側近ならば、今までの将とはその意味合いもぜんぜん違って来る。僕は何としてもクロエはザカリアと合流させたり、この場から逃がしたりしてはならないと考えていた。


 そのとき、僕は不意に背中に強力な魔力を感じた。頭の毛が逆立ち、背筋がぞわぞわする。これほどの魔力を放つ者は魔神ザカリア以外には考えられなかった。


(ザカリアは後ろか。僕はいつの間にか敵陣を突っ切っていたのか)


「……だとしたら、こいつらと遊んでいるヒマはないな」


 僕のつぶやきが聞こえたのだろう、クロエはいきり立って言う。


「私をバカにしないことだね。さっきは不意討ちだったからちょっと焦ったけれど、態勢が整えばお前なんかに引けは取らないよ」


 そう叫ぶと同時に、クロエの背後に青黒く大きなオオカミが現れる。そのオオカミは琥珀色の瞳を不気味に光らせて僕を凝視している。


 幻影ではない。その証拠にオオカミはどす黒い瘴気を噴出させ、周囲には電気をまとっていた。雷属性の瘴気は、かなり厄介な相手だといえる。


「お前をザカリアさまの所に行かせるわけにはいかないね!」


 ビュンッ! ジャリンッ!


 クロエが突きかかってきた。そのスピードは今までとは比べ物にならないほど速かったし、同時に召喚されたオオカミも鋭い爪で襲い掛かってきたのだ。僕はとっさに判断して『払暁の神剣』でオオカミの攻撃を撥ね返し、槍はシールドで受け止めた。


 ガウウッ!

 パーン!


 思ったとおり、クロエよりも後ろのオオカミの方が気が抜けない相手だった。


(クロエというやつの技量は大したことはない。けれど召喚獣が厄介だな)


 僕がじれったさを感じ始めた時、


「おううっ、『伝説の英雄』様じゃねえか! 待ってな、今俺っちが加勢するからよ。オーガのジビエ様配下、ポーク・ラム推参!」


 そう叫びながら、ポークさんが大剣を振りかざして突進してきた。


「雑魚はどきなっ!」


 ぶうんっ、ザシュッ!


「ごばああっ!」「ぐへえっ!」「がはっ!」


 驚いたことに、ポークさんは大剣の一振りで5・6匹の魔物を薙ぎ払う。彼に続いてなだれ込んできたオーガたちも同様に、当たるところ敵なしって強さを発揮した。


「!? いいところで邪魔をっ!」


 クロエがポークさんを睨んで呪詛のような声を上げると同時に、


「ばぁーか、おめえは『正義は必ず勝つ』って言葉を知らねえのか?」


 ドムッ!


「ぐわっ!」


 ポークさんの魔力はかなりのものだった。その魔力を込めた大剣は、瘴気と帯電した大気を難なく突き破り、クロエの身体を存分に刺し貫いた。


「ここは俺っちたちに任せて、『伝説の英雄』さんは早いとこ魔軍の大将をやっつけてくれないかい? お嬢が一人で戦ってるかもしんねえからさ」


 もがき暴れるクロエを鋭い目で睨み付けながら言うポークさんに、僕はうなずいて


「分かった。ジビエと一緒にザカリアをやっつけてくるから、ここは任せたよ。ポークさん、ルツェルンからの援軍に注意しておいてくれ」


 そう言うと、親指を立てて笑うポークさんを残し、ザカリアの魔力がする方へと馬を走らせた。


   ★ ★ ★ ★ ★


「負けるもんか! アタイらオーガに『敗北』って文字はないんだよ!」


 ガン、バシュッ、グワンッ、シャリーンッ!


 無数の魔弾が降り注いでくるのを見ても、ジビエは勝負を投げ出したりはしなかった。


(アタイはジンと約束したんだ。みんなで『摂理の黄昏』を阻止して、みんなで平穏な暮らしを取り戻そうって!)


ドムッ!

「ぐはっ!」


ズコッ!

「がはっ!」


 何発かの魔弾を受け、口から血を吐きながらも、ジビエは歯を食いしばって魔弾を弾き飛ばし続けていた。


「根性あるじゃない、さすがはオーガって褒めてあげるわよ?

 でも、これでおしまい。さっさとあの世って所に逝きなさい!」


 ザカリアは止めの攻撃を繰り出す。発射された魔弾の数は、先ほどの攻撃に勝るとも劣らぬ苛烈さだった。


 それでもジビエは


 シャリンッ、ジャッ、パーンッ!


 いくつかの魔弾を弾いて見せたが、


 グワンっ!

「がっ!?」


 魔弾の一発が頭に直撃し、彼女の意識を一瞬途切れさせた。それが合図だったかのように、動きを止めたジビエの身体中に情け容赦もなく魔弾が襲いかかる。


 ドスドスドスドスドスドスドスドス……

「ぐ、げっ、ごあっ、がっ!」


 途中までは体を覆った魔力がダメージを幾分か軽減させていたが、その魔力が途切れた時、ジビエの胸と腹を魔弾が直撃し、


 ゴキュッ!「がああっ!」


 ジビエは血反吐と断末魔の声を上げて後ろへと吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられた。


「これで終わりね? どう、逃げも隠れもできないで魔弾に晒されるって、とってもエキサイティングだったでしょ?」


 地面に転がったジビエは、意識が朦朧とする中でうつ伏せとなり、何とか起き上がろうと腕に力を込める。その様子を見ていたザカリアは、怖気を揮うように身体を震わせると、


「まだ逝っちゃってないなんて、恐ろしいほどのしぶとさね。一思いに楽になった方がお前のためにも良かったって思うけど……」


 そう皮肉たっぷりに言い、


「ワタシは女の子を必要以上に苦しめるシュミはないわ。あなたの大切な『伝説の英雄』さんも、すぐにそちら側に送ってあげるから、これで楽になりなさい」


 ドムッ!

「ぐわっ!」


 止めの魔弾をジビエの頭に叩きつける。ジビエはひと声上げると地面に突っ伏して動かなくなった。


「ジビエ!」


 そこに、馬にまたがった少年が現れ、倒れているジビエを見て声を上げる。ザカリアがその声のする方を振り返ると、銀の髪の下に緋色の瞳を持った少年が下馬するところだった。少年は黒い服とズボンを身につけ、その上に革鎧をまとっただけの軽装だったが、腰に佩いた剣はたいそう立派なもので、彼自身からも恐ろしいほどの魔力があふれ出ていた。


「……あなたが噂に聞く『伝説の英雄』、ジン・クロウね?」



 僕はそれまでにないほど馬に鞭をくれていた。本来、馬は乗り手の心情が分かる生き物で、急いでいるときは鞭を打たれなくとも勝手に速度を上げてくれるのだが、その時の僕は悪い予感に包まれていたこともあり、疾駆する馬が遅く感じられて仕方がなかった。馬もさぞかし面食らっていたことだろう。


 焦燥に包まれながらも、僕はザカリアの魔力をたどって敵陣を駆け抜ける。

 この段階になると、僕の行く手を敢えて阻もうとする魔物もすっかり影を潜めてしまっていた。だから割とすんなりと、僕は長い髪の女性が魔力を噴き出しながら立っている所までやって来られたのだろう。


「あれがザカリアか。ジビエは戦っていないのか?」


 僕はそうつぶやき、そして悪い予感が的中してしまったことを瞬時に理解した。ザカリアの魔力は猛っており、周囲には魔力に包まれた何かがいくつも宙に浮いている。


 そして近づくに連れ、ザカリアの前に何者かが倒れているのがはっきりと見えだした。燃えるような赤い髪に朱色で統一した軍装、そして側に転がった巨大な棍棒……倒れているのはジビエに間違いなかった。


「ジビエ!」


 僕は我慢できずにそう叫ぶと、ザカリアからまだ20ヤードほど離れていたが馬から降りた。そしてジビエのもとに駆け寄った僕に、ザカリアが声をかけてきた。思ったよりも柔らかくて温かい声だった。


「……あなたが噂に聞く『伝説の英雄』ジン・クロウね?」


 僕は立ち止まると、ザカリアに正対して名乗った。


「僕はドッカーノ村騎士団長のジン・ライム。お前は『偽善の魔神』ザカリアで間違いないな?」


「間違いないわよ。ワタシはアルケー様の手下で北方魔軍の大将、偽善の魔神ザカリア。

 ふむ、確かにあなたからはアルケー様とおんなじ魔力と危うさを感じるわね」


 悠然としたザカリアの態度にカッとした僕は、ザカリアの言葉を遮るように言った。


「なぜ、自分たちの領分から出てきて、世界の平穏を乱すような真似をするんだ?」


 するとザカリアは、唇をゆがめて笑い、僕を挑発するように


「あら、そんなことよりも先に訊くことがあるんじゃない? たとえば、そこに転がっている子はどうしたのか、とかね?」


 そう言うと、倒れているジビエに向かってあごをしゃくった。


 僕はその太々しい態度に、思わず感情が破裂しそうになったが、


『ジン、戦いは冷静さが必要だ。我を忘れて突っかかれば相手の思う壺にハマるぞ。それにお前はまだ不安定だ。闇に取り込まれないようにするためにも、頭は冷やして戦え』


 僕の頭の中に、久しぶりにあの声が響いた。


(闇に取り込まれる? そう言えばエレクラ様もそんなことを言っていたような?)


 僕は頭の中の声を聞いた瞬間、煮えくり返りそうになっていた感情が急に引いて行くのを感じながらそう思った。


「ジビエ、しっかりしろ!」


 僕はじザカリアをガン無視して、ジビエの身体を揺さぶる。よかった、身体は冷たくなってはいない。ただ、あちこちにあざができ、特に頭からの出血が酷いので、放っておいたら命に関わると判断した僕は、彼女にヒールをかけた。


「気をしっかり持て。ステージ3・セクト3・大地の慈愛(ホルストカリタス)!」


 僕の『土の魔法』は淡い黄色の光を放ってジビエの身体を包み込む。程なくして彼女の出血は止まり、呼吸も通常どおりになった。


「さすがは『伝説の英雄』ね? 素晴らしいくらいの魔力よ。確かにあなたはアルケー様の最大の障害になりそうだわね」


 感心したように言うザカリアを、僕は立ち上がって振り返り、


「アルケー・クロウは魔物や魔王を創り上げた存在だと聞いているが、元々は精霊王にも認められたほどの人間だったそうだな? そんな彼がどうして摂理に挑戦するなどと大それた望みを抱いたんだ?」


 ザカリアの碧眼をまともに見て訊いた。


 しかしザカリアは薄く笑うと首を振って


「ワタシはアルケー様のお気持ちを理解できるほどお側に仕えたわけじゃないから、あなたの質問にはお答えしかねるわ。

 どうしても知りたければ、ロゴス様かアルケー様ご自身に訊いてみることね」


 そう答えると、


「まあ、あなたがワタシに勝って、残りの魔神に勝ち抜くことができたらの話だけど」


 そう言いながら指を鳴らし、胸元から何枚かのカードのようなものを取り出すと宙に投げ上げる。それはジビエの周りに浮いていた物と一緒になって、僕を取り囲んだ。


「罠にはまったね、『伝説の英雄』。あなたもその小娘同様、なすすべもなくワタシの魔術にひれ伏しなさい!」


 ザカリアは勝ち誇ったように言うと、とてつもない数の魔弾を発射した。



 僕は、何か得体の知れない物体が僕を取り囲んだとき、ザカリアがどんな術式を使って来るのかを本能的に察知した。


 だから僕が最初に反応したのは、自分の周りにシールドを張ることだった。


大地の護り(ラントケッセル)!」


 ドズバババンッ!


 僕がシールドを張った瞬間、ザカリアの魔弾が周囲で爆発する。シールド展開がコンマ1秒でも遅れたら、魔弾の餌食になっていただろう。


「やっ!」

 ビュンッ!

「おっと!」


 僕は爆発の煙が消えやらぬうちにザカリアに肉薄して『払暁の神剣』を揮う。さすがにザカリアは油断していなかったようで、僕の斬撃は見事にかわされた。けれどそれも想定の内だ。


「食らえっ、『貪欲な濃霧(ドレインミスト)』!」


 僕は逃げるザカリアに、空いていた左手から紫紺の魔力を放つ。それは残念なことにザカリアの髪の毛をかすっただけだったが、なぜかザカリアは恐怖に慄いたような顔を僕に向けて言った。


「あ、あなた本当に『伝説の英雄』? それとも『摂理の破壊者』なの!?」


「訳が分からないことをほざくんじゃない!」


 ビュンッ! バシュッ!


「くっ!」


 ザカリアは何に驚いたのか知らないが、一瞬彼女の動きが止まった。その遅延が彼女に薄くはあるが手傷を負わせる。


「……なるほど、四神に祝福されているだけでなく、クロウ一族の血も色濃く引き継いでいるって訳ね。これは思った以上に厄介な敵だわ」


 右腕の傷をさすりながらザカリアが言う。ヒールをかけたらしく、その傷は見る見るうちに塞がって言った。


「感心している場合じゃないぞ?」


 ジンは身体を金色の魔力で包み、紫紺の魔力を噴き出させながら言う。


「先ほどの『ドレインミスト』は、時限爆弾みたいなものなんだからな」


「何だって!?」


 驚いたザカリアが、先ほどジンの魔力がかすった髪の先を見てみると、そこからは紫紺の魔力がまるで瘴気のように禍々しい力を発散していた。


 いや、ザカリアが見ていると、その魔力は髪を分解しながらじわじわとザカリアの方へと近寄ってくる。


「な、何だこの魔力は!? お前、やはりアルケー・クロウ様の……」


 恐れと焦りで顔を青くして叫ぶザカリアを憫然と眺めながら、ジンは鋭く言った。


「時が来ぬうちにみだりにものを言うな! 貴様はただ静粛に死ねばいい。『崩壊不可避デスキューブ』!」


 ジンの左手が伸びたとき、ザカリアは切り取られた紫紺の空間の中にいた。


「そんな、魔神たるワタシが……」


 絶望に包まれた顔でザカリアはジンを見つめると、途端に笑い出して


「あっははは、まさかこんな所でまお……」


 そう言いかけたが、最後まで言い終わらないうちに彼女は、空間の凝縮の中でその存在を消した。


「ふん、アルケー・クロウが何を思っているのか、確かめねばならないようだな」


 ザカリアが消えた空間を睨みつけながら、ジンはそうつぶやいたが、


「その前に、勇者を救わないといけないな」


 ジンはそう言うと、ジビエを横抱きに抱え上げて歩き出した。



 遠ざかって行くジンの後姿を、虚空から現れた白髪の男が緋色の瞳で見つめていた。


 その男は、ジンの周りにたゆたう魔力をじっと観察していたが、やがてフッと笑うと、


「ふむ、やはり面白い男だ」


 そうつぶやき、とけるように虚空に消えていった。


   (魔神を狩ろう その18へ続く)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

魔神ザカリアを倒したジンですが、敵のアルケーやジン自身の魔力にもいろいろな謎があるようです。それは本来の世界でのジンの立ち位置にも関係してきます。

次回は、私事のため8月中旬の投稿になると思います。少し間が空きますが、『キャバスラ』を見捨てないでくださいね。

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