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キャバリア・スラップスティック  作者: シベリウスP
違う時空の昔物語編
55/153

Tournament55 Fiends hunting:Part15(魔神を狩ろう!その15:反抗)

魔軍の拠点を奪ったジンたちは、続いて北方の拠点での決戦に出発する。

思わぬ敗戦の報を受けた魔軍の将ザカリアは、本拠一つに戦線を縮小してジンたちを待ち受ける戦略を取る。大陸北方の戦局を決する戦いに向け、風雲は急を告げる。

【主な登場人物紹介】


■主人公ジン・ライムが5千年前の世界で出会った人たち


♡ウェカ・スクロルム 15歳 金髪碧眼の美少女。弓が得意なアタシっ子。5千年前の時空のカッツェガルテンというまちで出会った。貴族の娘だが弱い者に対する同情と理解が深い。ジンを運命の相手として慕っている。


♤ザコ・ガイル 22歳 茶髪碧眼のオーガの青年。大剣をぶん回す俺っち戦士。ウェカと同じくカッツェガルテンに住んでいた。鍛冶屋の息子だがウェカの同志的存在。戦術的才能があり、ウェカに乞われてスクロルム家の私兵を率いている。


♡マル・セロン 22歳 黒髪黒眼のエルフの美女。剣の腕も確かだが本職は書記で、カッツェガルテンの民政を引き受けている。性格は冷静で、ウェカを妹のように可愛がっている。ザコとは幼馴染である。


♡ネルコワ・ヨクソダッツ 13歳 茶髪で黒い瞳を持つヴェーゼシュッツェンの後継者。父の戦死と家臣団の離反で殺されそうになっていたところを、従姉の忠臣アーマ・ザッケンに救われ、カッツェガルテンにアーマの妹アーカ・ザッケンを遣わして救援要請した。


♡ジビエ・デイナイト 17歳 赤髪灼眼の17歳。オーガ族長の長女でジンの能力に惹かれ、異世界での仲間となる。巨大な棍棒を揮って戦うアタイっ子猛将。


♤サリュ・パスカル 17歳 金髪碧眼の美男子でユニコーン族長の長子。ジンの異世界に興味を持ち、ジビエに誘われる形で仲間になった。レイピアを持つが智謀と魔力に優れた参謀役。


♡サラ・フローレンス 精霊王アクエリアスの神殿に仕えるエルフの神官で、金髪碧眼の17歳。魔物に襲われ孤立した神殿にいたところをジンたちに助けられて仲間になる。精霊王との共感能力に優れ、数々の危機を予言する。回復魔法の達人。


   ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


 主将であるスネークを失った魔軍は脆かった。5千もいたはずの敵はジビエさんやマトンさんたちに思うさま蹂躙され、約3千を数える魔物の死体がうち捨てられた。


 逃げる者は恥も外聞もなく散り散りになってルツェルンやゼンブルク方面に消えて行ったが、ゼンブルクとの間にはイルザの村があり、そこにはサリュたちが布陣しているので、結局、魔神ザカリアのもとまでたどり着いた数は千にも満たないものと思われた。


 僕たちはフェーゲルンに入城すると、すぐさま城の代表を呼び出した。


「わがフェーゲルンの危機を救っていただき感謝します」


 現れたのは精悍ではあるが物腰が柔らかな男で、黒く染めた麻の衣服の上からなめし革の袖なしを羽織り、腰には短めの剣を2振り佩いている。


「私はフェーゲルン執政のサーケ・アッカン。オップヴァルデンで魔物追討のための同盟が結ばれたことは耳にしていました。ぜひ、わがポリスもその同盟に加えていただきたい」


 サーケさんは茶髪の下の碧眼に鋭い光を湛えてそう言った。


 僕はうなずきながらも、


「嬉しい申し出です。魔物を大陸から叩き出すには、僕たち人間やオーガ族のように他の種族と共存する気持ちを持ったみんなとの協力が不可欠。サーケ執政とフェーゲルンも喜んで同盟にお迎えします。

 ただ、現状このポリスを見ると、魔物たちの狼藉で疲弊しているみたいです。ヴェーゼシュッツェンと同じように、まずはポリスの立て直しを優先してください。部隊の提供はその後からで結構ですよ」


 そう答える。隣にいるジビエさんもうなずきながら、言葉を添えた。


「ああ、アタイたちと共に戦ってくれるってのはありがたいことだけど、拠点となるポリスを再び魔物に占拠されたら元も子もないからね。ここはジン様のいうとおりにしちゃくれないかい?」


「分かりました。しかしわがポリスは域外住民も多いので、千や千5百程度の軍ならすぐに準備できます。もし軍勢が不足するようでしたら、すぐにおっしゃってください」


 サーケさんが部屋を出て行くと、入れ替わりに金髪碧眼で額に白い角がある美男子が入って来た。


「やあ、しばらくだねジン。期待どおりの活躍を見せてくれて嬉しいよ」


「サリュ、君こそ北方魔軍の総帥が率いる軍を破るなんて凄いじゃないか。おかげでヴェーゼシュッツェンもフェーゲルンも取り戻すことができた」


 僕はサリュに会って何かホッとした。彼はワインやド・ヴァンさんのような雰囲気を持っていたし、何より僕たちの中では最も未来を見通している。僕は彼のことを心底頼りにしている自分に気がついたとき、ウェカやネルコワさんの気持ちを少しだけ理解した。


「他ならぬ『伝説の英雄』に誉めてもらって光栄だよ。

 さて、それはそうとジン、ボクはキミと今後の戦略について話がしたいんだが?」


 サリュが嬉しそうに笑って言う。僕もつられて笑いを浮かべながら答えた。


「それはありがたいな。ちょうどウェカやネルコワさんから状況を報せる使者も来たし、今後僕たちはどうすべきかってジビエさんとも話をしていたところなんだ」



 僕とジビエさんたちは、フェーゲルンの郊外に陣を敷いたサリュの所に足を運んだ。サリュはイルザの陣地にレーヴェさんを残し、ここにはエリンさんとビーフさんを連れて来ていた。


「レーヴェには5千を任せている。彼ならゼンブルクから魔軍が全力で打って出て来てもしばらくは対応できるさ」


 サリュはそう言うと、僕とジビエさんを見て訊く。


「今後の部隊の動かし方について、ボクにいくつかの腹案はあるけれど、先にカッツェガルテンとヴェーゼシュッツェンからの使者の報告を聞きたい。話し合いはそれからでいいかな?」


「オップヴァルデンは人間たちの一大拠点だよ。そこの現状を知らないとマズいだろう? アタイはサリュがやりやすいようにすればいいと思うぜ。なあ、ジン様?」


 ジビエさんの言葉に僕もうなずく。それを見てサリュもうなずくと、ウェカとネルコワさんからの使者をこの場に招き入れた。


 二人の使者の報告は緊急事態を告げるものではなく、それぞれのポリスの現状を知らせるものだった。その中で特に心強く感じたのは、二つのポリスの常備兵力だった。


 カッツェガルテンにはウェカとリンさんで5百、マルさんとレンさんが5百ずつで千5百まで兵力を増強していたし、オー・トソーとシロー・アコルという客将を得て総兵力は2千5百になっていた。


 ヴェーゼシュッツェンもネルコワさんとアーカさんで5百、アーマ将軍のほかにも目ぼしい将校を将軍職に引き上げて、こちらも2千5百の兵力を揃えていた。


 その他にもネルコワさんからは、


『ザコ将軍とカーン将軍には、兵の徴募で大変お世話になりました。将も揃い兵も整いつつありますから、両将軍にはジン様のお手伝いに戻っていただこうと思っています。

 両軍で2千の兵力は、ジン様のお役に立ててください』


 そんな申し出があった。


「ザコ将軍とカーン将軍は、ヴェーゼシュッツェン防衛の任を離れてこちらに向かっているんだね?」


 サリュがヴェーゼシュッツェンからの使者に訊くと、使者はうなずいて


「はい、実は私を護衛してくれたのはカーン将軍です。ザコ将軍の部隊も、もうしばらくで到着されると思います」


 そう答えた。


 サリュはいたずらっぽい目で僕を見て、機嫌がいい笑いを浮かべ言った。


「ジン、カッツェガルテンのお嬢さんもヴェーゼシュッツェンのお嬢さんも、なかなかやり手じゃないか。この短期間で兵力を増強するのはかなりの手腕だ。

 きっとキミのために寝食を忘れて頑張ったんじゃないかな?」


 そしてジビエさんが何か言おうとしているのを、鷹揚に右手を挙げて抑え、


「ジビエ、ボクは別にキミの功績を認めていないわけじゃない。ただ純粋に二つのポリスのお嬢さん方の努力を誉めただけだ。今後の戦いにどれだけの戦力を投入できるかは、戦略をかなり左右するからね」


 そう言うと真面目な顔をして続けた。


「さて、今後、ボクたちが取れる選択肢は三つある。

 一つはこのまま北方の魔軍を叩くって方向だ。これは魔神ザカリアのこれまでの戦いぶりを見ていると、かなり高い確率で魔軍を殲滅できるだろう」


 そう言うサリュの顔は自信に満ちている。


「第二の策は、こことゼンブルグを最前線とし、ホルストラントから我らユニコーン族やオーガ族に西方の魔軍を叩いてもらうことだ。敵相互の連携を阻害するという点ではいい作戦だが、その分ボクたちも本国からの増援を期待できなくなるというデメリットもある」


 そして彼はジビエさんと僕を見てニヤリと笑い、


「……これは今さらって感じがしないでもないが、ボクの父君やジビエのお父上には『ヴェーゼシュッツェンを取り戻したら専守防衛策で行く』と説明している以上、一応は検討しないといけないだろう。最後の三つ目の策は、当初の計画どおり『専守防衛』だ。ジン、ジビエ、キミたちはどう思う?」


 それに対する僕の答えは決まっていたし、ジビエさんも可愛らしい顔に笑顔を弾けさせて言う。


「サリュ、やっぱりあんたは食えないヤツだね。あんた自身いつも言ってることじゃないか、『戦は機を重んずる』ってさ?

 せっかく大陸の北にいる魔軍をここまで追い詰めているんだ。先ずは魔軍の一角でも確実に潰してやろうぜ?」


 どうやらジビエさんは一点集中で敵と戦い、他方は持久すればいいと思っているらしい。それは僕の考えとも一致した。


「同時に多方面作戦を遂行するほどの力は、僕たちにはまだないと思う。ジビエさんの言うとおり、各個撃破して行ったが無難だと思うな」


 僕の返事を聞いたサリュは、莞爾とした微笑みを僕たちに向けて言った。


「承知した。キミたちもボクと同意見ってことだね? それでは今後の方途についてその方向で話し合おうじゃないか」



 サリュが提示した戦略は、次のようなものだった。


 まず、北方の魔軍に対してはこのまま攻勢を維持し、ゼンブルグを攻略後に拠点であるルツェルンを目指し、魔軍を撃破する。


 西方と東方の魔軍に対しては、それぞれホルストラントのユニコーン族とオーガ族の軍や、オップヴァルデンの守備隊で防御戦を行う。


 北方の魔軍を撃滅したら、状況を勘案して西方又は東方の魔軍を殲滅するための作戦を展開する……大まかに言えばそういうものだった。


「それで、肝心のザカリア討伐作戦だが……」


 壁に掛けられた大きな地図を前に、サリュが僕たちを見回して言う。フェーゲルンの執務棟会議室には、僕とサリュ、ジビエさんの他にはザコ将軍、カーン将軍やサーケ・アッカン執政、マトンさんやビーフさん、ポークさん、それにエリンさんとレーヴェさんが顔をそろえていた。


「部隊を大きく三つに分ける。第1部隊はルツェルンを直接衝く。この部隊はジンとジビエにお願いしたい」


 僕はサリュの目を見てうなずく。進撃路は長めで、途中敵の迎撃の恐れがあるとはいえ、武勇並びないオーガ族との協同作戦なら心配は少ない。


「第2部隊はボクが率いて、ゼンブルグを攻略してルツェルンに進撃する。ザカリアがどう出るかは分からないが、仮に途中で迎撃があっても、第1部隊と呼応してルツェルンを攻められるように到着するから、ジビエはそれまで大人しく待っておいてくれ」


 冗談交じりのサリュの言葉に、ジビエさんも笑っている。


「そして第3部隊だが、この部隊はターカイ山脈東方鞍部を占拠して、魔軍の東方部隊からの連絡を遮断する。この任務はザコ将軍とカーン将軍にお願いしたいが……」


 サリュはそう言いつつサーケ執政に視線を向け、


「……お願いしたいが、両将軍合わせて2千ほどではちょっと心もとない。

 そこでサーケ執政殿、フェーゲルンから3千ほど兵をお借りしたいのですが、大丈夫ですか?」


 そう投げかけた。


 サーケさんはすぐさまうなずくと、目を輝かせて答えた。


「ありがたい、わがポリスにも魔軍への鉄槌の役割を与えていただけるのですね? お易い御用です。すぐに準備を整えさせましょう」


 サリュはホッとしたような顔をすると、僕たち全員の顔を見て言った。


「今までの戦いは、ボクたちの拠点を確立するためのものだった。これからの戦いこそが魔物を駆逐するための本番になる。みんな胆大頭密にことに当たってくれたまえ。

 これから二日を準備に充て、明々後日の6点(午前6時)に作戦を発動することにしよう。ジン、キミからも何か一言言ってほしいんだが」


 そう言われた僕は立ち上がり、みんなの顔を見る。やべえ、急に振られたから何を言っていいか分からない。


 僕は過熱気味の頭を冷やすために目を閉じる。ワインなら、ド・ヴァンさんなら、こんな時なんて言うのだろう?


「……僕は違う時空からここに来たけれど……」


 やっと言葉を見つけた僕はそう切り出す。思えば精霊覇王エレクラ様に何が何だか分からないうちにこの世界へと飛ばされ、ウェカやネルコワさん、ジビエさんやサリュと行動を共にすることになった僕だった。


 そこに抗い難い力が働いていたのは事実だが、一方で『摂理の黄昏』という事態を見過ごせないって気持ちが大きくなっていたのも本音だ。


「ここに住んでいる人たちは、僕がいた世界の人たちと同様、みんな一生懸命に生きている……僕はウェカやネルコワさんと出会った時、強くそう思ったんだ」


 そして僕はジビエさんやサリュを見て続ける。


「ジビエにしてもサリュにしても、僕の世界にいる仲間たちと何ら変わりない。みんなその日その日を大切に生きている。そんな暮らしを取り上げる権利は誰にもないはずだ。それが例え摂理を規定した存在であっても」


 サリュとジビエさんは、目に鋭い光を湛えてうなずく。


「だから僕は、みんなと共に魔物を駆逐し、『摂理の黄昏』ってヤツをくい止めたい。

 それは僕の手に余るものかもしれないが、ここにいるみんなが心を合わせれば何とかなる、僕はそう信じている」


 僕がそう締めくくると、サリュが優しい目で言ってくれた。


「ジンの言うとおりだ。ボクたちが力を尽くせば、四神もそれに応えてくれるだろう。

 しかしジン、キミは本当に『鈍感系思わせぶり主人公』なんだね。あんなあいさつをされちゃ、執政のお嬢様たちやジビエがキミに夢中になるはずだ。

 ボクだってキミに惚れそうになってしまうよ。『男が漢に惚れる』ってやつかな?」


   ★ ★ ★ ★ ★


「ジン様はつつがなくヴェーゼシュッツェンを奪還されたそうですよ。引き続き北部の魔軍を追って戦果を拡大中とのことです」


 南部オップヴァルデンの中核となるポリス、カッツェガルテンの城壁の上で、黒髪黒眼で身長150センチくらいの女性が、金髪碧眼で身長140センチほどの少女に話しかける。どちらも革鎧を着用して剣を佩いていた。


 少女はその報告を聞いて、遠い北の空に視線をさまよわせながら答える。


「ジンのことだから魔物なんかには負けないって信じてるけど、ネルコワさんも追撃軍の中に加わっているのかしら?」


 どことなく心配そうな口ぶりに、何かを感じ取った女性は、少女をなだめるように言う。


「ウェカ様、その点は心配要らないみたいですよ? ザコ将軍からの報告では、ネルコワ様はポリスの立て直しのためヴェーゼシュッツェンの守りに残されたみたいですから」


 それを聞くと、ウェカはホッとしたようにため息をつき、女性に向き直って笑う。


「そう、良かった。でもマル、アタシってイヤな女の子だね? ジンが他の子と仲良くしているって思うだけで哀しくなっちゃって、胸が苦しくなるんだ」


「ウェカ様……」


「ジンは別の世界の住人、だからきっといつかは自分の世界に戻っちゃうんだ。それは仕方ないことだって分かってるけど、せめてそれまでの間、一時でも長くジンと一緒にいたいって思う……これってアタシのワガママだよね?」


 ウェカは笑って言うが、マルにはその笑顔がとても寂しく感じられた。マルはうつむいてしまったウェカに近寄ると、その肩を抱くようにして言う。


「ウェカ様、わたくしはそれをウェカ様のわがままとは思いません。ウェカ様と同じ立場にあれば、誰だってそう思うことでしょう。ですから一刻も早くこの町の防御体制を万全にして、ジン様のお手伝いに参りましょう」


「……ジンがアタシを大事にしてくれてることは分かってる。ネルコワさんも自分のポリスに残されたってことは、アタシと同じ執政って立場だからだろうね。

 アタシが行って、ジンは『帰れ』って言わないかな?」


 おずおずというウェカを励ますように、マルは満面の笑みを浮かべて答えた。


「大丈夫です。ウェカ様は南部同盟の盟主、そのお立場でジン様のお側に行かれれば、ジン様だって共に戦うことを拒むことはできないはずです」



 似たようなやり取りは、ヴェーゼシュッツェンの町でも行われていた。


「ジンさまはフェーゲルンを無事攻略したらしいわ。何かの助けになればとザコ将軍とカーン将軍にジンさまのもとに行ってもらったけど、わたくしが行ったらジンさまは困るかしら?」


 町の復興を視察している栗色の髪に黒い瞳を持つ少女が、後ろに付き従っている黒髪で茶色い瞳を持つ軍装の女性と、茶髪に黒い瞳の女性を振り返って訊く。


「ジン様がネルコワ様をここに残されたのは、ネルコワ様が執政であることも一つの理由ではあるでしょうが、ネルコワ様の身を案じてのことと拝察します。

 ジン様の気持ちに応えるためにも、お嬢様はポリスの発展に注力される方がよいかとおれは考えますが。アーカはどう思う?」


 軍装の女性が言うと、話を振られたアーカという女性もうなずいて、


「わたしもアーマお姉さまと同意見です。ジン様に無用な心配をおかけしないよう、ネルコワ様はポリスとオップヴァルデンの復興に力を注ぐべきでしょう。

 ウェカ様もカッツェガルテンを動いておられませんし、お二人でオップヴァルデン地方を金城湯池とし、ジン様の行動を支えられるのがいいかと思います」


 そう答えると、ネルコワという少女はぷくりと頬を膨らませて言う。


「戦場往来のアーマ将軍はともかくとして、わたくしの気持ちを分かっているはずのアーカまでそう言うのね?

 ウェカさまがジンさまの側にいないときこそ、ジンさまをわたくしだけのものにするチャンスじゃない。ここの守りはアーマ将軍とドウ・ブロック書記官に任せて、わたくしがカルボたちを率いて征討軍に加わるのはいけないことかしら?」


「いけないと言うより、ジン様の心遣いを無にしないことが重要ではないでしょうか? それにネルコワ様にはアグル様から受け継いだこの町をしっかりと守る使命がございます。

 ジン様は必要と思われたらネルコワ様に出陣を請われるでしょう。それまでは、先ほど申し上げたように町を復興させることに注力すべきです」


 アーカはネルコワの気持ちは十分解ってはいたが、敢えて反対の意思を表明する。アーマも厳しい顔つきながらも優しい光を瞳にたたえながらうなずく。


 ネルコワが思わず声を大きくして何か言おうとした時、


「すみません、盗み聞きするつもりはなかったのですが、つい聞こえてしまいまして」


 ドアを開けて、銀髪碧眼の若者が入って来た。


「ブロック書記官、何の用事なの?」


 ネルコワが柳眉を逆立てて訊くと、ブロックは困ったような顔で、


「はい、カッツェガルテンのウェカ様から連絡がございまして、共同でオップヴァルデンの防衛体制について協議したいとのことでした。

 どんな提案がなされるか分かりませんので、『伝説の英雄』様へのご加勢については、その協議が終わってから……というわけには参りませんか?」


 そうネルコワに報告する。


 ネルコワは面白くなさそうな顔でしばらく黙っていたが、アーマ将軍やアーカ副官の顔を見やってため息を一つつき、


「……分かったわ。わたくしだってジンさまから負託された任務をないがしろにはしたくないもの。いつ、どこで協議が行われるのかしら?」


 そう訊くと、ブロック書記官はホッとした顔で答えた。


「明後日にはウェカ様がここにおいでになるようです。ご命令をいただければ、すぐに準備にかかりますが?」



 ウェカはブロック書記官の報告どおり、2日後にヴェーゼシュッツェンへとやって来た。お供はマルとリン、そしてシローとオーの2将軍で、兵力は4千だった。


 ネルコワはウェカを城門まで出迎えに出たが、思ったより多くの兵を引き連れて来たウェカの真意を測りかねるとともに、


(ウェカさまは人々を徴用することに慎重だったお方で、カッツェガルテンには常備兵力は千もいなかったはず。

 けれどここにこれほどの軍を連れて来たってことは、本拠地のレン殿の部隊、ザコ将軍やカーン将軍の部隊と合わせると7・8千の部隊を揃えたってことね。

 ひょっとしたらウェカさまも、ジンさまへのご加勢を考えられていらっしゃるのかもしれないわ)


 そんな想像もするのだった。


 アーマやアーカ、ブロックも同じことを想像したのか、いつになく緊張した面持ちでネルコワに付き従っている。


「思ったより多いな」


 アーマ将軍がつぶやくと、アーカ副官もうなずいて、


「ひょっとしたら、ひょっとするかもしれませんね、お姉様」


 そう言ってアーマを見る。アーマは視線をそらさずに、ブロック書記官に訊いた。


「ブロック殿、今我らはひっかき集めれば7千の部隊を編成できるが、輜重の方は大丈夫かな?」


「……4千までなら一月は現地調達なしでも何とかなりそうですが、それ以上の部隊規模や長期の軍事行動となれば、現地調達が見込めないと苦しいですね」


「分かった。もしジン様への援軍の話になったら、そのことも踏まえてネルコワ様にご判断いただこう」


 三人は、ウェカがネルコワと話をしだしたので口をつぐんだ。


「ネルコワさん、わざわざお出迎えありがとう。アタシの部隊はどこに駐屯させればいいかしら?」


 ネルコワが振り向いたのを見て、アーマ将軍は一歩前に出た。


「宿営地については、おれの部下に案内させますので、その指示に従ってください。

 ウェカ様とその随員の皆さんに関しては、城内に宿舎を準備しております。こちらはブロック書記官がご案内いたします」


 それを聞くとウェカはリンに顔を向けて言った。


「リン、指揮をオー将軍に任せて部隊を宿営地に入れさせて。あなたはアタシについて来てちょうだい」


 リンはうなずくと、アーマ将軍の部下とともにオー将軍が指揮する部隊へ駆けて行く。


「つつがなくヴェーゼシュッツェンを奪回できて良かったですね、ネルコワさん?」


 ウェカがにこにこしながら話しかけると、ネルコワも笑顔で応じた。


「ありがとうございます。行く当てもなかったわたくしに、多大なご協力をいただいたことに対し、感謝の言葉もございません。

 今後のことについても、腹蔵なく話し合えたらと思っています。協議の場の準備もございますので、リン将軍が戻られたらまずは宿舎で一息つかれてください」


「分かったわ。それじゃお言葉に甘えさせていただくわね? 実りある話し合いができることを楽しみにしているわ」


 ネルコワには、そのウェカの微笑がやけに眩しく感じられた。



 1時間ほど休憩したウェカは、マルとリンを連れてネルコワとの協議に臨んだ。協議の主題は、オップヴァルデンの防衛体制整備と二つのポリスの役割分担である。


「ジンたちが北部の魔軍を叩き、戦線を北に押し上げている現状で、アタシたちが気を付けねばならないのは東部と西部の動きよ。

 そのうち西部の魔軍は、ジンに協力してくれているサリュ殿が輜重部隊の一隊を壊滅させたらしいから大きな動きは取れないでしょうし、動いたとしてもホルストラントを狙うでしょうね。だから問題は東部の魔軍なの」


 ウェカが言うと、右隣に座ったマルが資料の束をめくって補足する。


「ジン様がエレクラ様の神殿に行かれたとき、魔軍から入手された情報によると、東部の魔軍を率いているのは『絶望の魔神』ディモスで兵力は3万。

 けれどジン様の話では、この大陸の東側にもう一つの大きな大陸があって、恐らくそこが魔軍の本拠らしいから、増援を受けている可能性も捨てきれないそうです」


 マルの言葉に、ヴェーゼシュッツェン側の出席者はどよめく。この時代にはまだホッカノ大陸は発見されていないので無理もない。


「ジンさまの世界は、随分と地理的な発見も行われているみたいですわね」


 ネルコワはそうつぶやくと、アーマ将軍の顔を見る。アーマはその視線を受けて、


「大陸南部の状況がまったく分からないので、今の段階で言えることは少ないですが、最小限西部ターカイ山脈鞍部とドッペル山系から魔物が侵入することのないよう、防衛体制を整えておく必要はありますね」


 そう意見を述べる。


 ウェカはうなずくと、ネルコワを真っ直ぐ見つめて訊いた。


「アタシもそう思うわ。それにザコ将軍からも『北の魔神ザカリアが東の魔神と手を結ばないように両者を遮断する必要がある』と言って来てる。

 そうなった時、オップヴァルデンを守りながらジンの要請に応えられるかしら? ネルコワさんはどう思う?」


 ネルコワはしばらく考えていたが、


「可能……だと思います。ウェカさまには5千でオップヴァルデンを守っていただき、わたくしが5千乃至6千を率いて東部ターカイ山脈沿いに展開すれば、魔軍の合同を阻止できます」


 そう答えて、


(ウェカさまもジンさまの側で戦いたいと思ってらっしゃるはず。わたくしが留守部隊を率いてオップヴァルデンを守ると言うべきだったかしら?)


 ちょっぴり後悔するネルコワだった。


 しかし、ネルコワが驚いたことに、ウェカは彼女の言葉に機嫌を損ねることもなく、


「そうね、ドッペル山系はヴェーゼシュッツェンからの方が越えやすいし、その方がいいかもしれないわ。そのときはザコ将軍やカーン将軍も併せて指揮してもらうことになるでしょうから、よろしくお願いするわね?」


 そう笑って言った。


(ウェカさま……私情よりも全体を見ての決断なんでしょうね。わたくしも見習わなきゃいけませんね)


 屈託のないウェカの笑顔を見ながら、なぜか敗北感がわき上がって来たネルコワだった。


   ★ ★ ★ ★ ★


 ヴェーゼシュッツェンを放棄した北部魔軍の大将、『偽善の魔神』ザカリアは、ジンのフェーゲルン攻略に呼応してサリュたちがドッペルンを攻略したため、いったんはサリュ撃滅のために出撃を準備した。


 しかし智将クラッグは、サリュたちが自分たちのいるゼンブルグに向かって来るのではなくイルザを攻めるのを見て、


「マズい、ユニコーンの奴らが狙っているのはルツェルンとゼンブルグの分断だ。このままでは我らは本拠からの増援を受けられなくなってしまう」


 と、サリュの企図を見破ると同時に、北部魔軍が置かれた状況を正確に理解した。


「何だって!? ゼンブルグも放棄してルツェルンに立てこもれ?」


 クラッグから『魔軍はいったん全軍を挙げてルツェルンに退くべきだ』という献策を受けたザカリアは、茶髪を逆立てて叫んだ。彼女の身体を包んだ瘴気のような魔力が膨れ上がって、周囲に気味の悪い波動を放っている。


(いかんな、ザカリア様はことのほかご機嫌が悪い。

 ヴェーゼシュッツェンからドッペルンへ退く予定だったのが、ゼンブルグまで下がらざるを得なくなっただけでも想定外なのに、ほんの半年前に上陸したルツェルンまで下がるのはザカリア様にとって屈辱に違いない。

 が、それをしなければ北部方面軍は瓦解する。何とか理解していただかねば)


 クラッグはザカリアの激怒を見て腹をくくると、面を冒して諫言する。


「お怒りはごもっともですが、このままここでザカリア様が敵の重囲に陥ってしまわれると、本拠からの援軍が受けられなくなってしまいます。ここは全軍をルツェルンに集め、人間どもの攻撃を受け止めつつ戦力の回復を図るが上策です」


 ザカリアとて暗愚ではない。わずかに1万に満たない軍を相互支援が難しいゼンブルグとルツェルンに配置するより、本拠からの補給が受けられるルツェルンに集めて抵抗した方がいいことは分かっていた。ただ、連戦連勝だった自分が今のように追い詰められるなど、到底信じられなかったのだ。


 虚空を睨み、ギリギリと歯ぎしりしていたザカリアは、


「ジン・ライムなどという人間が現れたばっかりに……戦力を回復したら、いの一番にジンを叩くんだ。クラッグ、忘れるんじゃないよ?」


 叩きつけるように言うと、サッと席を立って奥の部屋に引っ込んでしまった。


 クラッグはため息をつくと、隣で青い顔をしてひざまずいている魔導士に、静かな声で言った。


「シロエ、君の部隊も移動の準備をしたまえ」



 ルツェルン地方は石灰岩の層が地表に露出し、長年の雨風に浸食されたため、白くてごつごつとした独特の風景を創り出している。


 そしてルツェルン……ジンたちの世界では『アルトルツェルン』と呼ばれることになる町は、海沿いにあって西側を丘陵地帯が取り巻いていた。この時代のポリスとしては珍しく、周囲を取り囲む城壁はなく、丘陵地帯と環濠がまちの防御線を形作っていた。


 それともう一つ特徴的なことは、沖合にある小島だった。周囲わずか2マイル(この世界で約3・7キロ)、もっとも高い所でも海抜10メートルほどしかない島だったが、ここには武器や食料の貯蔵庫、石造りの集落などがあり、いわば『最後の砦』といった感じであった。


「いろいろと噂は届いているわ。兵たちの動揺を防ぐために詳細は伏せているけれど、本当にスネークは討ち死にしたの?」


 ザカリアたち8千の部隊がルツェルンに着いた時、守将のクロエは丘陵地帯まで出迎えに出ていた。その彼女がクラッグを見て最初に訊いたのは、スネークの安否とフェーゲルン陥落の真偽だった。


「残念だがどちらも本当のことだ。後退命令を出そうとしたが、敵の進撃が思いのほか速かった。オーガとユニコーンがドッペルンを占拠したと聞いた時に後退させておけばよかったと反省している」


 残念そうに言うクラッグに、クロエは慰めるように


「勝敗は時の運よ。君自身がいつも言っていることじゃない。

 それより敵の『伝説の英雄』ってどんな奴なの? オーガやユニコーンが力を貸しているところを見ると、よほどの人物みたいね?」


 そう話題を変える。


「私もまだ『伝説の英雄』とは戦場で相まみえていない。けれどオップヴァルデンでの用兵やフェーゲルン攻めを見る限り、決して凡庸な男じゃない。相手がまだ若造だからといって油断してはいけない」


 クラッグが真剣な顔で言うと、クロエもあながち冗談でもなさそうな顔で


「確か『伝説の英雄』には四神も味方するのよね? アルケー様やロゴス様じゃないと相手にならないんじゃない? あたしは暗黒大陸に戻って出直したがいいと思うけれど?」


 そんなことを言う。


 さすがに温厚なクラッグもムッとした顔で、


「それが出来れば私も苦労はしない。けれど仲間をこれほど失ったからには、今さら引き返すことなど出来ないんだ。本拠からの増援を受けたらジン・ライムたちとの決戦だ。クロエ、君もそのつもりでいてくれ」


 そう吐き捨てると、ザカリアが待つ宿舎へと駆けて行った。



「それで、増援の船団はいつごろ到着の予定だい?」


 ザカリアがせかせかした様子で訊く。


「予定では、1週間後に到着します。北方方面軍への兵と物資の割当は、兵1万と物資2万トンです」


 シロエが言うと、ザカリアはぶっきらぼうに、


「物資の割当を減らしてもいいから、兵を2万受け取れるよう調整して! 補給を受けても敵より少ないなんてあり得ないよ」


 そうシロエに厳命する。


「確かに、頑強な抵抗を受けて損害を被ったのは私たちと西方方面軍で、他の2方面では四神の神官たちが若干の抵抗を見せているだけだ。その意味では、私たちは優先的に兵員の補充を受けるべきだ。シロエ、その調整は私がやる。君はクロエとともに丘陵地帯の陣地線を急いで補強してくれないか」


 ザカリアの命令を受けて途方に暮れた顔をしたシロエだったが、クラッグからそう言われてホッとした顔でうなずく。


「情報では、ユニコーンたちはゼンブルグを目指して行軍中、フェーゲルンの部隊も動き始めたようです。遅くとも5日もすれば、どちらの敵も丘陵地帯の向こう側に姿を現すでしょうな」


 クラッグの報告を聞くと、ザカリアは碧眼に憎悪の光を湛えて言った。


「ワタシたちはここを死守し、増援とともに奴らをオップヴァルデンやホルストラントへ押し戻す! 今後はポリスを落としたら人間どもは皆殺しにして、町や村は何一つ残さないよう徹底的に破壊する。そのつもりでいておくれ!」



 そのころ、ユニコーン族の1万を率いたサリュは、一路ゼンブルグを目指していた。


「さて、エリンとレーヴェ、キミたちはザカリアがまだゼンブルグにいると思うかい?」


 馬の背に揺られながらサリュが訊くと、エリンは言下に答える。


「彼我の状況と兵力差を考えたら、寡兵を相互支援もできない拠点に分散配置する愚は犯さないと思いますが?」


「俺もエリンの考えに賛成です。ゼンブルグには千ほどの別働隊を送って確保し、俺たちはルツェルンに向かったがいいのでは?」


 レーヴェもそう言って、サリュの後ろで馬を駆る若者に目を向けた。


「セノ、斥候の報告で何かそれらしいことを示唆する情報はないか?」


 すると、セノと呼ばれた若者は、金髪をかき上げて答える。その仕草はサリュにそっくりだった。


 いや、そっくりだったのは仕草だけではなく、その顔立ちや身体つき、そして軍装までもがサリュに似せてあった。ただ違うのは、サリュが碧眼だったのに対し、セノは翠の瞳を持っていたことだ。


「僕の掴んでいる情報では、ゼンブルグはどことなく慌ただしい雰囲気があったってことでしょうね。エリン様やレーヴェ殿の言われるとおり、ひょっとしたらザカリアはゼンブルグから移動しようとしているのかもしれません」


 それを聞いて、サリュは決断する。


「ザカリアがいない城を攻めても、戦力の分散になるだけだ。しかしせっかく敵が手放したものを見過ごすのも得策じゃない。

 セノ、キミに1千を与えるから、先行してゼンブルグの様子を確認してくれ。ザカリアがまだいれば街道筋を固めて敵の動きを牽制し、ザカリアがいなければゼンブルグを確保するといい」


「分かりました」


 セノは命令を受けると、すぐに自分の部隊を率いて先行して行った。


「本当にゼンブルグまで放棄しているとしたら、ザカリアも打つ手を無くしているってことでしょうかね?」


 セノの部隊を見送りながらレーヴェがつぶやくと、エリンが首を振った。


「それはどうかしら?『守るところ無からざれば、薄からざるところなし』と言うわ。戦力が減ったのなら戦線を縮小するのは戦略の常道よ。少なくとも、ザカリアは愚将じゃないし、補給を受けるためにルツェルンへ後退したのなら、戦意は高いと見るべきね」


 サリュはうなずくと、


「ボクたちは魔物との戦いには慣れているが、今まで見たこともない魔物が上陸していないとも限らないし、ザカリアも魔神と言われるのであればかなりの実力は持っているはずだ。やはり奴らが戦力を回復する前に叩いておくべきだろうね」


 そう二人に言うと、東の空を見上げて鋭い目をしてつぶやいた。


「さて、ジン。キミの活躍に期待せざるを得ない状況が近づいてきたな」



 そのころ僕は、ジビエさん率いるオーガ部隊を中心に、カッツェガルテンの主将ザコ・ガイルやカーン・シンらの将軍たちとともに、魔軍の北方部隊の拠点であるルツェルンを目指していた。


 このうちザコとカーンの2将軍には、ターカイ山脈東方鞍部を占拠して魔軍の東方部隊からの連絡を遮断するという任務が与えられていたのだが、進撃路が途中まで一緒なので駒を並べていたのだ。


「一番の心配は、東方のディモスとかいう魔神がザカリアに援軍を送るかだな。今、デュクシ地方はどうなっているんだろうか?」


 僕が言うと、隣で馬を駆るジビエさんがビーフさんを顧みて訊く。


「ビーフ、他の戦域の情報は何か入っているかい?」


「いいえ、族長からは特段これといった情報は流れて来ていません」


 ビーフさんの答えを聞き、ジビエさんは眉を寄せていたが、


「仕方ない、東部の魔軍についてはザコ将軍たちの頑張りに期待するしかないようだね。西部の魔軍と連携を取って同時に北上なんかしないことを願うよ」


 そう言うと、マトンさんに相談するように言う。


「マトン、もうすぐアタイたちはルツェルンへ、ザコ将軍たちはターカイ山脈の鞍部に向けて袂を分かつ。進撃すればするほどお互いの距離が離れるのは気色悪いね。

 そこでマトン、アタイは誰かの部隊をこの場に残そうかと思うんだ。東部魔軍が北上した場合に備えてね? 誰を残すべきだと思う?」


 ジビエさんにしては珍しく、奥歯にものが挟まったような言い方だ。マトンさんはその様子を見てジビエさんの心の中を理解したように、明るく笑って答えた。


「はっはっはっ、お嬢様にしては珍しくしおらしく出られましたな? では、その役目は私が引き受けましょう。もし東部魔軍が北上して来たら、ザコ将軍たちとともにしっかりと山脈鞍部で抑えておきます」


 それを聞いて、ジビエさんは救われたように


「ありがとうマトン、アタイの気持ちを汲んでくれてさ。でも、仮に今言ったようなことが起こったらすぐにアタイに知らせるんだ。無理して大きな損害を被ったりなんかしたら、その後の作戦に悪影響を及ぼすからね。頼んだよ?」


 そう言うと、僕を見た。


「ジン様、お聞きのとおりです。マトンをザコ将軍たちとともに行動させることをお許しください」


 僕は二人のやり取りを聞きながら、


(東部の魔軍も3万の兵力を持っているらしい。たとえ地の利がこちらにあるとしても、ザコ将軍たちの5千じゃ荷が重いだろう。マトンさんは経験豊富な将帥みたいだし、彼の部隊を加えたら敵との兵力差は縮まる。それに万が一の予備兵力としても期待できるな)


 そう考えていたところなので、ジビエさんの言葉にうなずいた。


「分かった、こちらはまだ1万弱の兵力があるし、サリュの1万もすぐに駆け付けてくれるだろう。マトン将軍、急なお願いで申し訳ないが、ザコ将軍たちをよろしくお願いするよ」


 それを聞いてマトンさんは白いあごひげを揺らして笑い、


「ははは、気になさらず。私もカッツェガルテンの将軍たちには少々興味がございましたから、彼らとともに戦えるのは嬉しい限りです。では、お嬢様、『伝説の英雄』様、行って参ります」


 自ら率いる2千5百とともに、ターカイ山脈鞍部へと南下して行った。


 それを見送ったジビエさんは、僕に緋色の瞳を持つ眼を向けて言った。何かを胸に秘めた真剣な、それでいて清々しい顔だった。


「さて、それじゃアタイたちはルツェルンに向かいましょうか。サリュのことだから今頃はゼンブルグを手中に収めていることでしょうぜ」


   ★ ★ ★ ★ ★


 ヴェーゼシュッツェンでオップヴァルデン防衛を協議したウェカとネルコワは、そこでの決定事項に基づいて行動を起こした。


 まず、ウェカはカッツェガルテンに戻るとオー・トソー、シロー・アコルの2客将を呼び出し、


「オー将軍、シロー将軍、二人に5千を預けるわ。すぐにデュクシ地方との境界に砦を築いて、東部魔軍の動きに対応できるよう態勢を整えてちょうだい」


 と、カッツェガルテン守備隊の主力を南東方面へ派遣し、


「レン、あなたには2千を預けるわ。ヴェーゼシュッツェン近くでネルコワさんと協力してオップヴァルデンの玄関口を守ってちょうだい」


 と言うと、続けてリンに視線を移し、


「リン、あなたにも2千を預けるわ。総軍予備としてラウシェンバッハに駐屯し、全体を睨んでいてほしいの」


 そう言う。リンとレンはうなずいたが、リンが心配そうに言う。


「仰せには従いますが、このポリスに残る兵力がわずか1千になってしまうのが心もとなく思います。レンをこの町に残し、ヴェーゼシュッツェンにはホルストラントからの援軍を召致することはできないのでしょうか?」


「そうね、そこはジンが何とかしてくれるとは思うけど、まずはアタシたちでできることをやらなきゃ。ホルストラントからの援軍が期待できるようになったら、レンにはこの町に戻ってもらうわ」


 ウェカは笑顔で続けて


「大陸に平和を取り戻す……ちょっと前まではこの町一つでさえ守り切れるか心配していたけれど、ジンのおかげで絵空事としか思えなかったことが実現するかもしれないって希望ができた。

 だからアタシはジンを信じて、アタシができることを全力でするだけ。マル、リン、そしてみんな、アタシに力を貸してちょうだい」


 ウェカが全員を見回してそう言うと、それまで黙っていたマルが口を開いて、


「ウェカ様、わたくしたちは先代の旦那様の遺志を継いだウェカ様が、この町や人々を大事にされる姿勢に共感したからお仕えしているのです。

 ですから『摂理の黄昏』を止められるかどうかは関係ありません。ウェカ様が優しい気持ちをお持ちになる限り、わたくしたちはウェカ様について参ります」


 そう答えると、オー将軍も白髪の下の目を細めて付け加えた。


「ウェカ様は、わしがカエサリオン様にお仕えしていた頃とちっとも変わっておられませんな。明るくて、前向きで、そしてお優しい。

『伝説の英雄』が現れる時期に生まれ合わせたのは、わしにとっても願ってもない機会です。それがウェカ様のためになるのであれば、わしは犬馬の労を厭いません」


 シローやリン、そしてレンもうなずく。


 ウェカは嬉しそうに笑うと、一人一人の顔を見ながら幸せそうにつぶやいた。


「ありがとう、みんな。アタシはみんなと会えて幸せだよ」



 同じ頃ヴェーゼシュッツェンでは、ネルコワが城門前の広場で、居並ぶ兵士たちに訓示を述べていた。


「わたくしがこの町を魔物の手から奪い返せたのは、ひとえに『伝説の英雄』たるジン・ライムさまとその仲間たちのおかげです。奪還の混乱も収まりきっていない時期に兵を興すのは本来避けたいところですが、ジンさまはじめオーガやユニコーン族の方々まで魔物の駆逐に身を挺しておられる今、それを座視することはできません。

 幸い、皆は有能な指揮官のもと、魔物たちとも拮抗する実力を身に付けたと報告があっています。ふるさとヴェーゼシュッツェンを取り戻すために尽力していただいた方々に、その恩を返すのは今をおいてありません。どうか諸君には、わたくしの意を汲み、アーマ・ザッケン将軍の指揮の下、ヴェーゼシュッツェンの武威を知らしめてください」


 ネルコワの訓示が終わると、軍装も凛々しいアーマ・ザッケンが前に進み出てネルコワに水際立った敬礼を行い、列をなしている兵士たちに向き直って命令する。


「ただ今から作戦を発動する。先鋒のカルボン・ナーレ将軍は直ちに発向せよ。本隊の行軍順序はバンバ・バンジー隊、おれの隊、ペペロ・チーノ隊とする。かかれっ!」


 アーマ将軍は、カルボン将軍の2千5百が動き始めるのを見てネルコワに向き直り、


「ではネルコワ様、行って参ります」


 そう敬礼とともに言い残し、自分の部隊へと駆けて行った。


「……行ってしまいましたね」


 1万の軍勢が山陰に消えるまで東門の上から見送ったネルコワに、アーカ副官が寂しそうに話しかけた。ヴェーゼシュッツェンの征討軍を率いるアーマ将軍はアーカの姉である。ヴェーゼシュッツェンの災難以降、二人は常にネルコワの側で彼女を助けて来たのだが、任務とはいえいざ離れ離れになると心細さを感じるらしい。


 ネルコワも、わずか2百とはいえ兵士たちをまとめ上げて、昼夜を問わず自分を守ってくれたアーマがいなくなるのは寂しかったが、『摂理の黄昏』を乗り切るためには仕方がないことだと決意していた。だからこそ、ヴェーゼシュッツェンの主力部隊をそっくりそのまま送り出したのだ。


 ここに残っているのはアーカ副官とブロック書記官が指揮する2千5百しかいない。一度魔物の襲撃を受けた経験からすると心細くなる兵力だったが、ネルコワは


(大丈夫、わたくしにはジンさまやウェカさま、それに仲間たちがいるわ)


 そう思うと、不思議と心が落ち着くのだった。


「アーカ、ブロック、いつまでも寂しがってちゃダメよ。今後のことに頭を向ければ、心も明るくなるはずよ?」


 ネルコワがそう言うと、アーカはハッとした顔でネルコワを見つめる。アーカの目にはネルコワが一回り大人になったように見えた。


「……ええ、そうですね。このポリスに昔日の賑わいを取り戻すには、まだまだ時間がかかるようですから」


 眩しそうな目でネルコワを見てそう言うアーカに続いて、ブロックも


「ではまず、東の街道の整備とその沿線への入植について、ネルコワ様のご許可をいただきたいと思います。詳しくは後ほど説明いたしますので、執務室に参りましょう」


 そう、落ち着いた声で言うのだった。



 サリュたちから先行してゼンブルグを目指すセノは、智将サリュの配下に相応しく慎重かつ迅速に進撃していた。


「先遣隊からの報告はまだか?」


 セノは指揮する1千のうち2百を分派し、本隊の1マイル(この世界で約1・85キロ)ほど先を進ませ、1時間おきに報告を受けていた。ゼンブルグまで10マイルを切ったころからは30分おきと頻度を上げている。


「特に変わった報告はありません。敵の伏兵や罠なども見当たらないようです」


 隣で馬を駆る副官や将校がそう言うが、セノは金髪の下の翠眼を輝かせてつぶやく。


「おかしい、僕たちの行動はゼンブルグにいる奴らには筒抜けのはずだ。僕たちは別に隠密行動をしているわけじゃないんだからな。それなのに何も動きがないとは……」


 セノは周囲を見回した。埃っぽい街道は晴天の下で長く延び、街道脇の草原は優しい風に揺れている。遠くの方には、のんびりと畑を耕す人々の姿も見受けられ、これが軍事行動でなければ、ピクニックと言ってもおかしくないほど平和な光景だった。


 しばらく馬の背に揺られてそんな風景を鋭い目で見ていたセノは、


「そうか! 先遣隊との間を半マイルまで詰めろ。僕は先遣隊に合流するが、お前たちは後から来い!」


 そう言うと、数名の将校だけを連れて先遣隊へと馬を走らせる。


 突然やって来たセノの姿を見た先遣隊の隊長は驚いて、


「セノ様、いったい何事が起こったのです?」


 そう訊くと、セノは薄く笑って答えた。


「サリュ様やエリン様の見立ては神のようだな。今からゼンブルグに全速で近づくぞ、僕に遅れるなよ、カストール」


 そう言うと、馬の速度を上げる。カストール隊長は何が何だか分からなかったが、セノを少人数で接敵させるわけにもいかず、


「セノ様に続け!」


 と、先遣隊の行軍速度を速めた。


「やはり思ったとおりだ」


 セノは、遥かに見えて来たゼンブルグの城門が開かれ、町の人々が自由に出入りする様子を見てホッとしたような、若干残念そうな顔をしてつぶやく。


「どういうことですか?」


 追い付いてきたカストール隊長が訊くと、セノはゼンブルグを指差して答えた。


「見てみたまえ。ゼンブルグの城頭に魔軍の旗がない。それに城門も開かれ、住民たちの動きの中にはどことなくホッとした雰囲気が流れている。

 つまり魔軍はこの町から撤退したってことだ。早く町に入って住民たちを安心させてやろうじゃないか」


「しかし、それが魔軍の罠だとしたら、私たちは大損害を受けますが?」


 カストールが心配して言うと、セノは薄く笑って


「ああ、その心配は確かにある。だから僕が先頭で町に入るし、町までは通常の進撃速度ではなく攻城戦を想定した接敵をしよう。カストール、準備をお願いする」


 そう命令すると、側にいた将校に、


「サリュ様に伝令だ。『ゼンブルグに敵影なし。今後の指示を請う』とエリン様に伝えてくれたまえ」


 と、サリュ隊へ伝令を出した。


「ゼンブルグを確保したら、民政を安定させよとのサリュ様のご指示じゃなかったんですか?」


 カストールが訊くと、セノは首を振って、


「確保せよとは聞いているが、民政の安定までは指示事項になかった。

 もちろん住民が何らかの不安や不便を抱えているのなら、その解決には尽力すべきだけれど、僕たちは軍隊だ。軍隊は作戦を遂行すべきで、政治をやるもんじゃないよ」


 そう笑って言った。



 そのころ、ルツェルン郊外の浜辺に、白髪で緋色の瞳をした男と黒髪翠眼の男がたたずんでいた。


「……ザカリアはヘマをしたようだね。ウンターヴァルデンまでは調子よかったようだが、ロゴス、君がいつか言っていたジン・ライムか? 彼が現れてからは連戦連敗だ。作戦の重点をディモスの兵団に移した方がいいかもしれないな」


 白髪の男が言うと、ロゴスと呼ばれた黒髪の男は


「ザカリアは捲土重来を期すため、補給が受けられるルツェルンまで下がりましたが、アルケー様はそんなザカリアを見殺しにしろと?」


 落ち着いてはいるが非難の響きがこもった声で訊く。


 アルケーと呼ばれた男は、ロゴスの非難など気にする風もなく、冷ややかに答える。


「君の話では、ジンはクロウ一族に違いないとのことだったが、だとしたら我が血を受けた者がどうして『摂理の黄昏』に抗うのかが気になるんだ。

 魔族は魔族の掟、つまり俺に従わねばならないはずなのに、彼は明らかに自らの意思で僕に刃向かっている。それが許せないし、それ以上に不思議なので、ザカリアには彼の正体を探るための礎になってもらわねばならないんだ」


「では、援軍と補給物資はいかがいたしましょう?」


 ロゴスが訊くと、アルケーは東の海原を眺めながら


「ザカリアには1週間分の物資を送れ。援軍は東部のディモスに3万、南部のヴェルゼに2万、西部のルシフェに1万を送るといい。ホルストラントの亜人たちをルシフェに抑えさせておいて、ディモスとヴェルゼでジンを叩くんだ」


 そんな指示を出すと、忽然と姿を消した。


 ロゴスは首を振って、仕方なさそうにつぶやいた。


「アルケー様の真意は、四神が手を出す前に今後の脅威になる存在は排除しておきたいということか……とにかく、ザカリアが自暴自棄にならないよう、物資は少し多めに配分しておかねばならないかな」



 ロゴスはその足でルツェルンを訪ねた。


 ザカリアの北部軍は1万弱まで消耗していたが、彼の観るところでは兵士たちの顔に悲壮感はあまりなく、士気も心配するほど落ちてはいないようだった。ザカリアの統率はまだ生きているのだ。


「これはロゴス様!」


 彼の姿を見たザカリアが驚いて駆け寄って来る。劣勢下の戦線にどうして彼が? と不気味に感じているようだった。


(まあ、ザカリアの印象は間違ってはいない。俺はこれから、彼女にとっては絶望的な話をするのだからな)


 ロゴスはアルケーの命令を残念に思いながら、ザカリアに話しかける。


「ザカリア、ジンたちは想定よりも手強かったようだな。まあ、この状況ではルツェルン近郊まで戦線を整理するのも仕方がなかろうな」


 ロゴスの思いがけない言葉に、ザカリアは面食らった。てっきりゼンブルグ放棄についての責任を追及されるものと思っていたからだ。


「どうした、何を呆けている? 俺はお前が掴んでいるジンたちの状況と、今後の見込みを訊きに来たんだ。アルケー様も北部戦線の推移には気を揉まれている。お前がルツェルン地域をどのように守り抜くのか、計画を聞かせてくれ」


 ザカリアは、せっつくようなロゴスの声に我に返り、


「わ、分かりました。こちらにおいでください」


 ロゴスを司令官室へと案内するとともに、側にいた将校に、


「クラッグを司令官室に連れておいで。ロゴス様がお見えだから同席してってね」


 参謀役のヘルゴート、クラッグを呼び出した。


「さて、ザカリア、お前の計画を聞かせてくれ」


 部屋に入ると、ロゴスは勧められた椅子に座るなりそう言ってザカリアを促した。ザカリアは一つ息をして、おもむろに話し出す。


「前回、ロゴス様のご指示でヴェーゼシュッツェンを放棄し、ドッペルンに戦略的後退を行いましたが、敵の思わぬ急追に損害が続出し、ゼンブルグに目標を変更せざるをえませんでした。ドッペルンを失ったのは申し開きの言葉もありません」


 ザカリアは恐る恐るロゴスの顔を見る。ドッペルン失陥についても、責任を追及されたら良くて司令官を更迭、悪くすると処断もありえるだけに、ザカリアは生きた心地がしなかった。


 しかし、ロゴスは眉一つ動かさずに彼女の話を聞いていた。どうやらこの局面を乗り切るまでは、ザカリアに北部戦線を任せるつもりかもしれない。


 ザカリアはそう考えると少し気持ちが落ち着いた。


「残存兵力がジン・ライム側を下回りましたので、戦線を縮小して守備を鉄壁にしつつ、増援と補給を得た後に反攻を開始する心づもりです。

 ジンたちはルツェルンの南と西側から、それぞれ1万程度の部隊で進撃してきています。

 ワタシとしては、奴らがルツェルンの城壁にとりつく前に補給を得たいと考えていますが、ロゴス様、増援部隊と補給品の到着はいつごろになるのでしょうか?」


 すがるようなザカリアの視線を外しながら、ロゴスは感情を押し殺した声で答えた。


「そのことだがザカリア、残念ながらアルケー様のご指示で作戦の重点を東部戦線に移すことになった。だから北部戦線には現状を支えるだけの物資しか送られない。

 お前はルツェルンを墨守するのが今後の任務だ。ディモスの部隊が解放しに来るまで、しっかりと奴らを釘付けにしておくんだ」


 ザカリアはロゴスの言葉の意味が分からないという顔をしたが、それを理解すると憤怒の形相でロゴスに食って掛かった。


「はあ!? 増援は来ないだって!? ふざけるんじゃないわよ。このポリスにいる部下たちは増援が来ることを信じて士気を保ってるんだよ!

 仮にディモスの部隊がジン・ライムにやられちまったら、アタシたちはどうなるんだい?『援軍のない籠城は負け確定』っていうじゃないか!」


「ザカリア様、落ち着かれてください」


 今まで無言でロゴスの話を聞いていたクラッグが、ザカリアを押し止める。そう言う彼も内心は穏やかでないらしく、上気した顔をしていた。


「ロゴス様、方面軍の参謀が意見する資格はないことは重々承知しておりますが、敢えて申し上げます。

 ディモス様の部隊がここに来るには、ターカイ山脈を越えねばなりませんし、峠や鞍部には敵も兵を配置していることでしょう。ことによればディモス様の部隊は前進を止められる恐れがございます。

 ザカリア様に増援部隊を指揮していただいて、ジンたちを北の海に叩き込む作戦の方が現実味があるとはお考えになりませんか?」


 クラッグが言うと、ロゴスはうなずいて答えた。


「お前の説にもうなずけるところはある。しかしこれはアルケー様が決定され、すでにその方向で動き始めているのだ。物資は十分に届けさせるから、ルツェルンを守ることだけに集中したまえ。失った占領地を取り戻すのはそれからでも遅くはない」


「しかし……」


 諦め悪くクラッグが口にするのを振り切るように、


「重ねて言う、これは決定事項だ。ザカリア、俺は決してお前のことを見限ったわけじゃない。戦には相性や運がある。お前はたまたま相性が悪い相手と、幸運の波が引いた時にぶつかっただけだ。また活躍できる機会もあるはずだから、今はおとなしく俺の言うことに従っておけ」


 切り口上に言うと、スッとその場からかき消すように消えた。


「……屈辱だ……アタシはこんな悔しい思いをしたのは初めてだよ」


 ロゴスが消えた空間を睨みつけながらザカリアが唇をかむ。


「ザカリア様、とにかく補給は受けられるようですので、ロゴス様のご指示どおりルツェルンをエサにジンたちを引き付けましょう。クロエとシロエにも大至急陣地の増設や保塁の整備を行わせますので」


 クラッグがなだめるように言うと、ザカリアはひきつった笑いを浮かべて命令した。


「ああ、頼むよクラッグ。それに機を見て出撃できるような仕掛けも作っておいてもらいたいね。ジンやサリュなどというふざけた奴らに一泡吹かせたいんだ」


(魔神を狩ろう その16へ続く)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

ヴェーゼシュッツェンに続いて主要な町を奪還したジンたちですが、北方魔軍もまだ勝負を投げていませんし、他にも方面軍がいる限り平穏な暮らしには程遠いようです。

今後、ジンたちや四神、そして何より魔軍の総帥アルケーがどう動くか? 事態は予断を許しません。

次回もお楽しみに。

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