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キャバリア・スラップスティック  作者: シベリウスP
違う時空の昔物語編
53/153

Tournament53 Fiends hunting:Part13(魔神を狩ろう!その13:奪還)

ジンたちは魔軍に占拠された町の解放に動き出したが、目標となったヴェーゼシュッツェンでは、北方魔軍の大将が町の放棄を決断を下していた。

魔物たちの動きを察知したジンたちの戦いの結末は?

【主な登場人物紹介】


■主人公ジン・ライムが5千年前の世界で出会った人たち

♡ウェカ・スクロルム 15歳 金髪碧眼の美少女。弓が得意なアタシっ子。5千年前の時空のカッツェガルテンというまちで出会った。貴族の娘だが弱い者に対する同情と理解が深い。ジンを運命の相手として慕っている。


♤ザコ・ガイル 22歳 茶髪碧眼のオーガの青年。大剣をぶん回す俺っち戦士。ウェカと同じくカッツェガルテンに住んでいた。鍛冶屋の息子だがウェカの同志的存在。戦術的才能があり、ウェカに乞われてスクロルム家の私兵を率いている。


♡マル・セロン 22歳 黒髪黒眼のエルフの美女。剣の腕も確かだが本職は書記で、カッツェガルテンの民政を引き受けている。性格は冷静で、ウェカを妹のように可愛がっている。ザコとは幼馴染である。


♡ネルコワ・ヨクソダッツ 13歳 茶髪で黒い瞳を持つヴェーゼシュッツェンの後継者。父の戦死と家臣団の離反で殺されそうになっていたところを、従姉の忠臣アーマ・ザッケンに救われ、カッツェガルテンにアーマの妹アーカを遣わして救援要請した。


♡ジビエ・デイナイト 17歳 赤髪灼眼の17歳。オーガ族長の長女でジンの能力に惹かれ、異世界での仲間となる。巨大な棍棒を揮って戦うアタイっ子猛将。


♤サリュ・パスカル 17歳 金髪碧眼の美男子でユニコーン族長の長子。ジンの異世界に興味を持ち、ジビエに誘われる形で仲間になった。レイピアを持つが智謀と魔力に優れた参謀役。


♡サラ・フローレンス 精霊王アクエリアスの神殿に仕えるエルフの神官で、金髪碧眼の17歳。魔物に襲われ孤立した神殿にいたところをジンたちに助けられて仲間になる。精霊王との共感能力に優れ、数々の危機を予言する。回復魔法の達人。


   ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


 サリュが率いるユニコーン族・オーガ族連合軍2万は、彼我の戦闘部隊で最初に動き出した。


 本来ならば、ラウシェンバッハの村を出撃するジンたちと同時に動き始めても、十分敵を牽制することはできるが、


「ジンの部隊やザコ将軍の部隊は、人間にしては動きが機敏だ。彼らと同時に出撃したらどちらも同時に捕捉されてしまう恐れがある。

 そうなると敵はボクの部隊には抑えを置いて、残り全力でジンたちを叩きにかかるだろう。それは避けたい。ボクたちは絶対にジンたちより先に敵の目を引き付ける必要があるんだ」


 サリュはそう考えて、ジンたち南部同盟軍の2日前に行動を開始したのだ。


 しかし、先に述べたとおり、この夜ヴェーゼシュッツェンにいる魔軍北部方面軍の指揮官・偽善の魔神ザカリアは、指揮下の1万を連れてウンターヴァルデンのドッペルンへと転進する準備にかかったところだった。


 この絶妙な巡り合わせが、その後の両軍の行動に大きく関わって来る。


 ともあれ、サリュは2点(午後11時)にホルストラントの宿営地を発し、4点半(午前3時)、無事に2万の軍をヴェーゼシュッツェン北西5マイルの地点に到着した。ここまでが第一段階の成功である。


 ここでサリュは、マトンとビーフが率いるオーガ隊に休息を与え、副将のエリンには5千を預けて陣地構築を、同じく副将のレーヴェには3千を与えてその護衛を命じ、自らは2千を率いてヴァルデン川を遡行し始めた。


 サリュは星の運行を測りながら、


「今は5点(午前4時)だ。ヴェーゼシュッツェンには、ちょうど朝食時に到着できるだろう。起き抜けの魔軍の肝を冷やしてやろうじゃないか」


 そう兵士たちに話をしていた。



 やがて、東の空にうっすらと光が差す頃、サリュは何組かの斥候を前方に放った。


「巡回中の警戒部隊なら百か2百の単位だから別段怖くもないが、できればヴェーゼシュッツェンの城壁前に突然出現したいからね」


 サリュは奇襲的行動で魔軍の度肝を抜き、戦いの主導権を握ろうと考えていたのだ。


 しかし、斥候を放って半時(1時間)もしないうちに、何組かの斥候が慌てた様子で戻って来た。


「サリュ様、一大事です」


 蒼い顔で斥候が口を開くが、サリュは碧眼を細めると、あくまで落ち着いて訊く。


「どうしたんだい? 軍中でむやみに『一大事』なんて言うものじゃないよ。まずは水でも含んで落ち着きたまえ」


 斥候は差し出された水筒から水を一口含むと、息を整えて報告する。


「前方5マイルに敵影があります。数はおよそ3千です」


 それを聞いて、サリュは意外そうに言った。


「ほほう、それほどの部隊がヴェーゼシュッツェンから出るのも久しぶりだね。それがカッツェガルテンとは反対方向へというのも興味深い。

 その敵軍、ヴァルデン川沿いに進んでいたか、それとも街道沿いに進んでいたか?」


「街道沿いに進んでいました」


「後続の部隊はあったかい?」


「それは未確認です」


 サリュは少し考えると、再び斥候に訊いた。


「敵兵は輜重を伴っていたかい?」


「はい。騎兵、弓兵、歩兵、輜重、歩兵の行軍順序でした」


 それを聞いて、サリュは謎が解けたような顔をして斥候に命じる。


「そうか。奴らは別の場所での作戦行動を計画しているのかもな。少なくともボクたちが見つかったわけではなさそうだ。

 すまないがその敵に触接して、その行動を逐一知らせてくれないか? 敵の意図が分かったら、それに応じた対策を講じる必要があるからね」



 それからもサリュのもとには斥候からの報告が相次ぎ、サリュはヴェーゼシュッツェンにいる魔軍の将帥が何を考えているのか、おおよそのところを推察した。


「3千の軍の後から3千の部隊が城を出た。そしてまた3千が城を離れた。どの隊も輜重を連れていたのであれば、長距離の移動をするか本拠地を移すかのどちらかだ。

 おそらく敵はジンの行動から人間とボクたちとの協力を見抜き、ボクたちの出撃を警戒してヴェーゼシュッツェンから本拠を移すつもりだろう。ヴェーゼシュッツェンはホルストラントからの横殴りの攻撃を受ける地点にあるからね」


 陣地に戻ったサリュは、指揮官たちを集めてそう言った。


「では、敵が捨てたヴェーゼシュッツェン、ありがたくいただくとしますか?」


 ビーフが訊くと、サリュは頭を横に振った。


「ヴェーゼシュッツェンにはまだ少なくとも1千はいるはずだ。ボクらが行けば魔軍は十中八九籠城するよ。そうなってはネルコワ殿が心配している状況になってしまう可能性が高い。残存部隊の処理はジンに任せた方がいいだろうね。

 それより、魔軍が本拠地を後退させたということは、補給を受けて戦力を充実させるつもりなんだろう。ボクたちはそれを阻止すべきだね」


「では、魔軍の主力を?」


 マトンが白髪の下の碧眼を輝かせる。サリュはそれに微笑んで答えた。


「ああ、音に聞こえたオーガの勇猛さを思い知らせてやるといい」


 サリュの一言が、魔軍との本格的な戦いの号砲となった。ユニコーン族・オーガ族連合軍は、それから半時(1時間)もしないうちに、ビーフを先鋒として風を巻いて魔軍の追跡を開始した。


「ビーフ、マトン殿、敵影を見たら右側から攻めかかりたまえ。もうすぐ激しい雨が降るから、それを利用して接敵するといい。足元がぬかるむはずだから気を付けて、敵をヴァルデン川に追い落としてやりたまえ」


 サリュは先行するオーガ隊にそんな伝令を送ると、自らはエリンとレーヴェを両翼に魔軍を包み込むような陣形を組んだ。



 こちらは『偽善の魔神』ザカリアである。彼女は心ならずもヴェーゼシュッツェンの魔軍を率いて、後方の拠点であるドッペルンのポリスへと足を向けた。


 魔軍の総帥たる存在からの転進命令とあっては、きかん気で鳴らすザカリアも従わざるを得ない。彼女は夜通しかけて部隊の準備を進め、朝日が昇るのももどかしくヴェーゼシュッツェンを後にしたのだ。


 もちろん、彼女も部隊の将兵も一睡もしていないため疲れ切っていたが、


「命令が下った以上、ここに長居は無用だよ。早いとこドッペルンに行って攻勢準備を進めるんだ。お前たちも着いてからゆっくり眠りな」


 霧が深いために出発を遅らせるよう進言した部下の言をそう言って突っぱね、ザカリアは移動を強行した。


 そのザカリアが自軍以外の存在に気付いたのは、彼女が指揮する本隊が城を出てしばらく経ってからである。先鋒の将は触接隊にまったく気付いていなかったことを考えると、さすがにザカリアは『魔神』と自他ともに称するだけはあった。


「何か変な気配がするよ。ひょっとしたらホルストラントの馬鹿者たちかもしれない。周囲を探索してみよ!」


 ザカリアはそう命令するとともに、先鋒のレプティリアンの部将にも、


「オーガやユニコーン族が出て来ている可能性があるよ。前方や側方に十分注意して進撃するんだよ。妙なものが見えたらすぐに知らせな」


 そう言い送った。


 レプティリアンの将は、


「ザカリア様がそうおっしゃるなら、案外近くに敵がいるかもしれない。周囲をよく警戒するんだ」


 そう部隊に命令する。


 レプティリアンは長距離の探索こそ苦手だが、短距離の警戒は得意である。それは彼らが眉間に物体の熱を感知する器官を持っていたからである。


「この能力さえあれば、3百メートル以内の敵は逃げも隠れもできないさ」


 レプティリアン隊長は、そうたかをくくっていた。



「前方2マイル(この世界で約3・7キロ)に敵影が見えます。物音からレプティリアンだと思います」


 全軍の先頭に立って魔軍を追いかけていたオーガのビーフ隊は、レプティリアンが彼を偵知するより早く、目指す敵を発見していた。


 オーガの身体能力は魔軍の想像を超えていた。なにせオーガは個体差はあるものの、闇夜でも最大10マイル(約18・5キロ)先の人影を発見することができるのだ。木々や林に遮られていたとはいえ、ビーフ隊の斥候はレプティリアンの赤外線探知能力の遥か先から敵影を捉えた。


 この瞬間、オーガ隊、いやサリュが戦場の主導権を握ったと言っても過言ではない。


 ビーフはサリュから言われていたとおり、部隊の進路を右に振り、自隊とヴァルデン川でレプティリアン隊を挟み込むような態勢に持って行った。


 一方でサリュは、マトンから『敵発見』の報を受けると、即座に主将がいるはずの中央部隊の位置を推察し、その方面に偵察隊を放っていた。


「本隊を見付けたら、攻撃は仕掛けずに位置を報告してくれ」


 サリュが偵察隊にそう言いつけるのを聞いたエリンは


「敵主将を仕留めたら、大陸の北方から魔軍をいっぺんに駆逐できるのでは?」


 そう訊いたが、サリュは首を振って答えた。


「ふふ、戦ってのはそんなに甘くないよ。敵が東西南北の四方面軍を組織しているってことは、それを統括する司令部が存在するってことだ。主将一人を倒しても、すぐさま次の指揮官を指名してくるさ。

 今の指揮官は愚将とは言えないにしても凡将だ。下手に討ち取って、もっといい将帥に出て来られても困る。まずは魔物の数をどんどん減らしていこうじゃないか」



 そして、折からの豪雨を利用してレプティリアン隊の間近まで接近していたビーフは、雨が少し弱まったとき、5千の部隊に突撃命令を出した。


「よし、突っ込め!」

 うおおおおっ!


 5千のオーガたちは、待ちに待った命令に、それぞれの得物を振り上げてレプティリアン隊に襲い掛かった。


「何だあっ!? 敵はいつの間に、こんな近くに来てやがったんだ?」


 レプティリアン隊長にとって、この突撃は完全な奇襲だった。自分たちの誰も敵影を認めなかったので、ザカリアからの警報は虚報だったのかもしれないとさえ思い始めていたのだ。


 しかし、レプティリアン自慢の赤外線探知能力にも弱点はあった。それは対象の熱源が冷えている場合、極端に探知が難しくなるということだった。雨で冷えたオーガの体熱が検知されづらくなることを、サリュは知っていた。


「おりゃあっ!」

 ザシュッ!

「ぐへっ!」


「だあっ!」

 ドムッ!

「ぎゃっ!」


 オーガの魔力と膂力は半端ではない。下手な剣や槍では傷一つ付けられないほどレプティリアンの皮膚は硬いが、それを鎧ごと易々とぶった斬っていく。奇襲と思いもよらぬ強敵、これがレプティリアンたちの士気を低下させ、態勢の立て直しを難しくした。


「くそっ、下がるな! 陣形を乱すな!」


 隊長は声をからして兵たちを鼓舞するが、雨音とオーガの怒号、レプティリアンたちの悲鳴にかき消されてしまう。


 隊長とその側近たちは、なんとか総崩れを食い止めようと奮戦していたが、最後の止めを刺すように、マトンが率いる5千が攻撃に参加した。


「よし、魔軍は一兵残らず討ち取れ!」


 マトンは白いあごひげを震わせて、大声で兵士たちに檄を飛ばした。


   ★ ★ ★ ★ ★


「サリュたちは一足先にホルストラントを出発したってさ。きっと敵軍の目をアタイたちから完全に逸らすためだね」


 ラウシェンバッハの崖の上から北部オップヴァルデンの平野を眺めながら、ジビエさんが機嫌よく言う。仲間であるサリュのことを完全に信頼しきった態度だった。


「相手にも戦の駆け引きが分かる者がいるでしょう。あまりに早くヴェーゼシュッツェンに突っかかったら、陽動だってことがバレちまいませんかね?」


 ウェカの下でカッツェガルテンの全軍を預かっているザコ・ガイル将軍が、別に心配もしていなさそうな声でジビエさんに訊く。ザコ将軍とジビエさんは同じオーガでもあり、面識もあるらしく、お互い気さくに話をしているみたいだった。


(ヴェーゼシュッツェンに魔軍が残っていたときは、僕やジビエさんとザコ将軍の連携が大事になってくるけれど、この分では心配はいらないみたいだな)


 ザコ将軍は攻撃部隊の半数、8百人を率いてヴェーゼシュッツェンに迫る予定だ。その隣を進むのが僕とジビエさんの4百で、僕たちがいわゆる『残党狩り』を行うことになっている。ネルコワさんとカーン将軍が率いる4百は、ヴェーゼシュッツェン確保と攻撃部隊の予備といった意味合いが強い。


「ジンさま、今さらですが、わたくしはジンさまと一緒に進撃したかったです」


 白銀の鎧に身を固めたネルコワさんが、副官のアーカさんとやって来て言う。後陣とはいえ今度は戦闘が起こる公算が高い。いつも強気なネルコワさんも、さすがに緊張で顔色が紙のように白かった。


 僕はネルコワさんの恐怖や緊張を取り除くために、そっと彼女の髪を撫でた。ジビエさんが事前にアドバイスをくれていたのだ。


『ジン様、おちびちゃんはきっと、緊張で声も出ないほどカチンコチンになっちまってますよ。そのまま出撃したら思わぬ不覚を取るかもしれません。

 そん時ゃ、ジン様がおちびちゃんの頭でも撫でてやることですね。そのうえで、カーン将軍が信頼するに足るお人だってことを言い聞かせておあげなさいな』


 僕がそのアドバイスに従うと、ネルコワさんはドギマギした様子で、


「え? ジンさま、いきなりどうされたんですか?」


 慌てたような声で言う。ここにはアーカさんだけではなく、カーン将軍もザコ将軍も、そしてジビエさんもいる。衆人環視の中で僕がそんなことをするとは意外だったらしい。


 僕も実際、少し恥ずかしかったが、ネルコワさんの頬に赤みが差すのを見て、


「緊張していたら周囲が見えなくなるよ。それに君の周りにはアーマ将軍やアーカさんっていう頼れる仲間がいるじゃないか。何も心配することはない」


 そう優しく言うと、カーン将軍を見て訊いた。


「カーン将軍、君が見通したこの作戦の推移を話してもらえないかな?」


 するとカーン将軍は、苦み走った顔に笑みを浮かべて言った。


「ジビエ殿からお聞きしたことを信じれば、ホルストラントのユニコーン・オーガ部隊は首尾よくヴェーゼシュッツェンの魔軍本隊を撃破するでしょう。

 今日の午後は天気が崩れます。サリュ殿というユニコーン族の若者は兵法に優れていると聞きますので、天象地形を余すところなく活用するでしょうから、今日の午後遅くには大勢が決しているかもしれません。

 ですから、ジン様やザコ将軍は、行軍を急いだ方がよいでしょう」


 カーン将軍の『予言』は、驚いたことに一言一句違わず的中することになる。


 同じような予見をしていたジビエさんやザコ将軍は、カーン将軍の言葉に大きくうなずくと、僕を見て攻撃開始の合図をせっついた。


「ジン様、せっかくカーン将軍がアタイたちの出陣を寿いだんだ。この流れに乗って作戦開始を号令しちゃってくださいよ」


「そうだな、『先んずれば即ち人を制す』だ。さっさと出発して、ヴェーゼシュッツェンの魔物に目にもの見せてやりましょうぜ」



 僕たち攻撃部隊がラウシェンバッハの崖を降りたとき、サリュから


『ヴェーゼシュッツェンの魔軍は拠点を移そうとしている模様。魔軍の大部分が城外にありて北に向かいつつあり。我、これを追撃撃破せんとす』


 という驚くべき報告が入った。


 大きな状況の変化であるため、僕はいったん進発を遅らせ、各隊長を集めて作戦の修正を協議する。


「サリュが魔軍の主力を叩くんなら、アタイたちでヴェーゼシュッツェンを守っている魔軍を引きずり出して叩くべきだ」


 ジビエさんが真っ先に口を開いてそう言う。もとより僕たちに異存はない。ただどうやって敵を引きずり出すのか、そこが問題だった。


「城内に残った魔軍はおよそ1千。そいつらを城外におびき出すには、慢心してもらわなきゃいけません。討ち取ったら手柄となる将が、少なくもなく多くもない絶妙な兵力で寄せる必要があります」


 これはカーン将軍の意見だった。カーンは続けて言う。


「討ち取ったら手柄となる将は、私を除き4人。『渓谷の鬼王』ザコ将軍、『煉獄の獅子』ジビエ・デイナイト殿、ヴェーゼシュッツェンの執政官・ネルコワ様、そして……」


 そこで僕を見て言う。


「恐らく魔軍が最もつけ狙っているはずの『伝説の英雄』ジン・ライム様。

 このうちザコ将軍が8百を連れて寄せたら、敵は恐らく籠城します。それはジビエ殿が寄せてもそうでしょう」


「しかしネルコワを囮にはできないから、消去法で僕とカーン、まずは二人で攻め寄せようって言うんだね?」


 僕が言うと、カーンは左頬の刀傷を指で掻きながら、


「まあ、そういうことです。『伝説の英雄』と言っても率いる兵は2百。そして無名の将に率いられた兵が2百……敵の目の前に現れたのがそんな部隊なら、魔軍の守備隊は城から出て来ます。そこをザコ将軍とともに叩きましょう」


 そう献策してきた。


「ちょっと、アタイたちはどうすればいいんだい? おちびちゃんの護衛だけってんなら怒るからね?」


 ジビエさんが巨大な棍棒を肩に担ぎながら訊く。カーンは薄く笑うと、ジビエさんに答えた。


「いえ、ジビエ殿とネルコワ様の部隊には、この決戦を制する重要な役割を果たしてもらいます。それは……」


 カーンがジビエさんとネルコワさんの側で何かささやくと、ネルコワさんは黒曜石のような瞳を持つ眼を丸くし、ジビエさんも、


「え!? たったそんなことで、敵は崩れるって言うのかい?」


 とびっくりしている。


 カーンは自信たっぷりにうなずくと、


「はい、敵はすべての望みが失われたことを思い知るでしょう」


 凄絶な笑いを浮かべてそう言った。



 僕たちは、当初の作戦計画を変更し、三つの部隊は同時に出発した。ただし、左右のザコ部隊、ネルコワ・ジビエ部隊が万が一にも敵に見つからないように、僕とカーンの部隊はヴァルデン川の流れを使って水路で進むことにした。


「ヴァルデン川はヴェーゼシュッツェンの南2マイルの地点で大きく左に湾曲します。我々はそこで水路から離れ、街道沿いにヴェーゼシュッツェンを目指しましょう」


 カーンがそう言う。


 街道沿いに進めば、僕たちはヴェーゼシュッツェンの城壁とヴァルデン川の間の狭い草原に陣を構えることになる。


「カーン、君の作戦を信頼していないわけじゃないが、川を背に布陣するのはマズいんじゃないか? 城から出て来た魔軍に押し負けたら、僕たちは川に追い落とされるぞ?」


 僕がそう訊くと、カーンは涼しい顔で


「敵もそう思うし、味方もそう感じるでしょうな。それでいいんです」


 そう答えると豪快に笑った。


(まあ、カーンは場数を踏んでいるからな)


 僕は彼の笑い顔を見て、彼がどんな策を心に秘めているのか興味を掻き立てられた。


「ふうん、あれだけ突出すれば魔軍の注意はジン殿たちに向くだろうが、余り前に出過ぎて不測の事態が起こっても困る。ジン殿に何かあったら、ウェカ様が悲しまれるからな」


 西の街道の側を密かに前進するザコは、ジン隊の予想を超えた進撃速度に慌てていた。


「とにかく、明日の明け方までにはヴェーゼシュッツェンの北西でヴァルデン川を渡河しておかなければならない。もう少し日が傾いたら速度を上げるぞ」


 ザコは左右の幕僚にそう言うと、馬の首筋をなでた。


「おちびちゃん、あんたはどう思う? ホントにこんなことで魔軍が戦意を喪失すると思うかい?」


 東のネルコワ隊と行動を共にすることになったジビエが、不思議さと若干の不満を現してネルコワに訊く。ネルコワはうなずくと、ジビエを見つめて答えた。


「ええ、わたくしは魔軍がヴェーゼシュッツェンに突入して来たときのことを忘れることができません。おとうさまもおかあさまもお討ち死にされ、側にいてくれるのはアーマ将軍やアーカだけで心細さを覚えていました。

 そんな時、味方の旗が倒されたのです。おとうさまに忠誠を誓っていた臣下たちが裏切ったのはその時でした。きっと旗が無くなったことでわたくしの運命を見限ったのでしょう。だからわたくしはカーン将軍の策は当たると信じています」


 辛そうに、しかし凛としたものを秘めてネルコワが言うと、ジビエは黙ってうなずいた。



 ここで、ヴェーゼシュッツェンの城内に目を向けてみる。


 ザカリアから守備隊1千の指揮を任された人形遣いの魔道士は、


「南オップヴァルデンから、4百ほどの軍がこの城を目指して進んで来ています。アルゲ様、いかがいたしましょうか?」


 という見張りの報告を聞いて眉をひそめた。


「敵将は誰だか分かるか?」


 アルゲが報告に来た斥候に訊くと、斥候は


「はい、一人はこの間我々をてこずらせたジン・ライムです。もう一人は聞いたこともない名前でした」


 そう答える。アルゲは首を傾げた。


「敵はこの城に万を数える軍がいると思い込んでいるはずだ。いかに『伝説の英雄』といえど、そこに数百の兵で攻め寄せて勝算があるとは思わないはずだ。左右の街道に敵影はないのか? なければただの威力偵察の可能性が高い」


「東街道はうち捨てられて久しく、修理もされていないため荒れ果てています。こちらの方面からの進撃は難しいと思います」


 アルゲの後ろにいる男が言うと、


「ふーん、それじゃあ西側の街道に注意を払うべきだな。すぐに西側を捜索させるんだ」


 アルゲはそう命令を下す。


 その命令を遮るように、アルゲの後ろにいる男が


「お待ちください。アルゲ様、『伝説の英雄』が無名の将とともに、わずか4百の兵力でやって来るのは、絶好の機会ではありませんか? 西街道の捜索を行いながらジン・ライムを迎え撃たれてはいかがでしょう?」


 そう意見を述べた。


「ルスカ、この城はザカリア様から守備を仰せつかった要衝だ。万が一にも敵に取られたら申し訳が立たないぞ?」


 アルゲが振り返ってそう言うと、ルスカという参謀は胸を張って答えた。


「ご心配には及びません。この城の守りは私が50の兵で承ります。50で西街道を捜索し、アルゲ様は9百をもって『伝説の英雄』を討ち取りなさいませ。そうすればザカリア様の覚えもめでたくなりますぞ」


「ふむ、確かに4百程度なら物の数ではないな。仮に西街道を敵の主力が進撃しているのなら、こちらは急いで引けばいいだけのことだ」


 ザカリアの軍では人狼やレプティリアンら人外の種族が重用され、魔族はいい目を見ていない。自分だって、見方によれば最前線にうち捨てられたにも等しい状況ではないか……アルゲの心の中にくすぶっていたそんな思いもあって、彼はルスカ参謀の進言を取り上げる気になった。


「よし、ルスカ、それで行こう。すぐに準備を整えてくれ」


   ★ ★ ★ ★ ★


「ウォーラさん、ウォーラさん。目を開けてくださいってば!」


 ウォーラは、耳元で轟音を立てる風の音の中に、チャチャの声を聞いた気がした。


(この声は、チャチャさんですね。ひどく慌てた様子ですが、いったい何事でしょう?)


 ウォーラがそう思ったとき、誰かが身体をゆすっているのに気が付いた。どうやらいつの間にか地面に倒れ込んでしまっていたらしい。


 そこでウォーラの意識は水面から顔を出すように浮かび上がった。目を開けると、緋色の瞳をもつ眼を真っ赤にしたチャチャが目に入った。よほど心配していたようだ。


 ウォーラはにこりと笑顔を作ると、チャチャに


「すみません、ご心配おかけしたみたいですね? でも私は何ともありませんから」


 そう言いながらゆっくり起き上がる。


 チャチャは、はあっと大きなため息をつき、肩を落として地面にぺたりと座り込んだ。


「びっくりしました。急にウォーラさんが膝をついて地面に倒れ込むんですから。『影の少女』の呪いに捕まっちゃったかと思いました」


 チャチャが胸を押さえて言うのを聞いて、ウォーラは先ほど見た幻影をはっきりと思い出した。


(シェリーさんに似た女の子は、ご主人様のことを待ち続けていたみたいでした。私が見た光景が、ご主人様のいらっしゃる時空での出来事なら、ご主人様はとんでもなく危険な出来事に巻き込まれていらっしゃるみたいですね……)


 そう感じたウォーラだったが、それはすぐに絶望に変わる。


(……そうは言っても、ご主人様がいらっしゃる時空に行く術も持たない私たちに、何が出来るというわけでもありません。私たちに出来ることは、ご主人様のご無事を祈るだけです……)


 唇をかむウォーラの悔しそうな顔を見て、チャチャは恐る恐る声をかける。


「あの、ウォーラさん……何かあったのですか?」


「えっ? あっ、いえ。私が感じ取ったイメージについて、どのように判断したものかと思って……とにかく急いで戻って、ラムさんに相談してみましょう」


 ウォーラは立ち上がりながらそう言った。



 ウォーラが宿屋に戻ると、ラムとシェリーが何かを言い争っていた。


「シェリー、おかしな考えはよせ! ことここに至っては、私たちに待つこと以外、何ができるって言うんだ!?」


「ラム、あなたも聞いたでしょ!? ジンが時空を超えて声を届けることが出来るなら、アタシたちがジンのいる時空に行くことだって出来るはずよ? ウェンディに頼んでアタシたちもジンのところに送ってもらえばいいのよ」


「術式的には可能かもしれないが、私たちが合流することで因果律に変な歪みが生じたらどうするんだ? 場合によっては、みんなこの世界に戻れなくなってしまうかもしれないんだぞ?」


 どうやらシェリーは、何とかしてジンのいる世界に行こうと考えているらしい。彼女はドアを開けて入って来たウォーラとチャチャを見て、力を得たように、


「あっ、チャチャちゃんにウォーラ、いいところに戻って来てくれたわ。ジンがいる世界に行けるなら行きたいわよね!?」


 そう問いかける。


「待てシェリー、これは多数決なんかで決められるものじゃないんだぞ?」


 ラムが慌てて言う。ラムとしては、チャチャやウォーラが安易に賛成しても困ると思ったのだろう。


 しかし、チャチャが何か言うより早く、ウォーラがはっきりと反対の意思表示をする。


「シェリーさん、気持ちは解りますが、ここはラムさんの言うとおり待つことに徹したほうが良いと思います。私たちが介入しても因果律が変わらないのであれば別ですが、何らかの動きは必ず結果を生じ、その結果は次の動きの原因になります。

 ご主人様はこの世界で何らかの役割を果たすべきお方です。ご主人様が戻って来られなくなるリスクが少しでも生じるなら、その行動は取るべきじゃないと思いませんか?」


 シェリーは一瞬、虚を突かれたような顔をした。ジンを心配することにかけては自分と同じくらいだと思っていたウォーラから、こうもきっぱりと反対されるとは意外だったらしい。シェリーはむっつりとしてチャチャに訊く。


「チャチャちゃん、あなたもウォーラと同意見? それともアタシに賛成してくれる?」


 チャチャは目をつぶると、大きく深呼吸して答えた。


「あたしはシェリーお姉さまについて行く。けど、この世界に戻れなくなるのは嫌だ」


 チャチャの答えを聞き、シェリーは考え込んだ。確かに術式的には、四神の協力が得られれば時空転移も可能だろう。


 だが、ジンと違って自分たちは完全な『異世界からの転移者』になる。異質な存在が時空に何かしらの影響を及ぼすとき、世界の構造や自分たちの運命に何も影響を与えないとは言い切れない……冷静に考えると、それはラムの言うとおりだった。


 シェリーはどうしたらいいか分からなくなった。ジンと離れ離れになって1週間、しかもジンは何らかの試練を受けているらしい……そのことがシェリーから冷静さを欠き、彼女をいつにも増して情緒不安定にしていた。


「もういい! みんなジンのことが心配じゃないんだ! アタシだけでもジンのところに行くからいい!」


「あっ、シェリー!」


「シェリーお姉さま!」


 顔を真っ赤にしたシェリーは、みんなが止めるのに構わず部屋を飛び出そうとした。



 ドスン!


「おっと。これは失礼……ってシェリーちゃん、いったいどうしたんだい?」


 シェリーは、ちょうど折よく部屋に入ってきたワインと正面からぶつかってしまった。


 ワインは、俯いたシェリーの頬からしずくが落ちるのを見て取って、ラムやチャチャ、ウォーラを見回し、全員に優しい声で言った。


「気持ちは解るよ、みんなジンに会いたいんだね? しかし、ウェンディかエレクラ様に頼めば何とかなるって思っちゃいないかい?」


 シェリーが顔を上げて訊く。涙で潤んだ右目が痛々しかった。


「四神に頼むなんてこと、やっぱり無茶なのかな?」


 ワインはシェリーをゆっくりと椅子の方へ誘導しながら答えた。


「いや、無茶とは思わないさ。でも、ウェンディやエレクラ様は今それどころじゃないみたいだ。より正確に言うと、ジンのことは気にはかけつつ、彼が戻って来た後のことを考えているらしい」


「ジンが戻って来た後のこと?」


 シェリーがオウム返しに訊くと、ラムがハッと気付いたように


「それが『賢者会議』宛てに出された質問状か!」


 そう言う。ワインは拍手をしながら、


「そう、エレクラ様がやったことは前代未聞だ。『賢者会議』の間違いを指摘し、『伝説の英雄』マイティ・クロウを幽閉していたことを公にし、『組織』とのつながりについて暗に非難している。これらは四神が『賢者会議』を信頼していないと言ったに等しい」


 そう言うと、シェリーを見て


「四神は、というよりエレクラ様は、『魔王の降臨』が近いことを察し、ジンに経験を積ませると同時に、邪魔になりそうなものたちを排除することを決心されたんだと思う。

 シェリーちゃん、それが意味するところは分かるだろう?」


 流し目をキメて訊く。


 シェリーは不機嫌そうに顔を横に振って答えた。


「分かんないよ。アタシはアンタみたいにアタマが良くないから」


 ワインは苦笑交じりに


「そんなに拗ねなくてもいいじゃないか。エレクラ様はジンが戻って来ることを前提に準備をしているんだから。これはウェンディから直接聞いたことだから間違いはないよ」


 そう言うと、シェリーはもとより、ラムやチャチャ、そしてウォーラも目を丸くする。


「おい、ワイン。君はいつの間にウェンディとコンタクトを取っていたんだ?」


 ラムが訊くと、ワインはウザったく伸びた前髪に形のいい指を絡ませながら答えた。


「ああ、ちょっと用事のついでにね? そのときウェンディが言ったことを話してあげよう。きっとみんな、ジンの帰還をただ便々と待つだけじゃダメだってことを分かってくれるだろうからね」



 話は三日ほど前に遡る。ワインはどうやってウェンディとコンタクトを取ろうかと考えた挙句、


(そう言えば、すっかり廃墟になったと聞くが、『風の精霊王の神殿』ってのがあったっけ。確かキミントンの東、ノースプーンだったかな?)


 四神の神殿のことを思い出したワインは、バトラーが準備した60年物のワインを携えて、デ・カイマーチからノースプーンへと転移魔法陣を使って移動した。


 ノースプーンはウミベーノやナベトガと同じ、海辺の村である。そこは3か所とも共通していたが、ウミベーノは漁師が多く、ナベトガはヒーロイ大陸を周回する航路やホッカノ大陸への航路の起点となっていて貨客船が多く寄港するのに対し、ノースプーンは造船所が多いことで有名だった。


 そんなノースプーンを見下ろす岬の突端に、ウェンディの神殿は忘れ去られたように建っていた。神殿とはいっても風の精霊王を祀る場所らしく、風車の形をした建物だった。


「へえ、まだ神殿を手入れする人もいるのか。四神への崇敬の念はかなり薄くなっているから、すっかり廃墟になっているかと思ったが、存外ウェンディも人々に人気はあるのかもな」


 神殿の前に立ったワインがそう言うと、


「酷いなあ、ボクだってちゃんとやるときはやるんだからね? ボクを信じる人たちを、一度だって失望させたことはないと自負しているんだよ?」


 そう言いながら、虚空からどう見ても13・4歳の少女が長い黒髪を揺らしながら姿を現す。白いシャツに革の半ズボン、白のハイソックスに革のブーツといったいでたちで、背中には彼女の身長を優に超える大剣を負ぶっていた。


 ワインは彼女が突然現れたにも関わらず、少しも驚いた顔を見せずに微笑した。


「これは風の精霊王たるウェンディ・リメン様。ボクの訪問を察知して顕現遊ばされるとは、非常に光栄なことであります」


 ウェンディはワインのバカ丁寧なあいさつを聞き、こちらも苦笑しつつ言う。


「ワイン君、型通りのあいさつなんて君らしくないよ。今日はボクにどんな用事があるんだい? やっぱり団長くんのことかな?」


「ええ、ボクは四神を信頼しているから、ジンがあちらの世界でもきっとうまくやっていると思っているけれど、我が騎士団の女性陣はちょっと違っていましてね?」


 ワインはそう言いながら、荷物の中からワインボトルを取り出し、ウェンディに渡しながら、


「我が麗しの風の精霊王ウェンディ様に、レッド一族からのささやかな捧げものです。どうかお受け取りを」


 笑顔を見せるワインだった。


 ウェンディは上機嫌な声で


「うふふ、このワインは大陸でも数本しかない逸品だね。気を遣わせちゃって悪いね?

 君が心配しているのは幼馴染さんとエランドールのことかな? 確かに団長くんはモテそうだもんね?」


 そう言いながら、探るような視線をワインに向ける。


 ワインは相変わらずニコニコして


「ジンが消えてから1週間が経った。そのうち女性陣からは、四神にお願いしてでもジンの後を追おうとする者が出て来るかもしれない。そうなったらあなたも困るんじゃないかな? 祈る者の願いは聴かねばならないし、かと言ってジンが経験すべきことを邪魔されたら、彼を5千年前の世界に送った意味がない」


 そう言ってまた肩をすくめて見せた。


 ウェンディは油断ならない光を黒曜石のような瞳に宿し、


「ワイン君、君は『摂理の黄昏』についてある程度のことは知っているみたいだね?

 だったらはっきり言っておくよ。団長くんがいる世界は『摂理の黄昏』を乗り越え損ねた時空だ。そんな時空に、この世界の摂理を守る運命を背負った君たちを送り込むなんてこと、じいさんが許可するはずはないよ」


 そうきっぱりと言った。


「……ウェンディさん、ボクはジンこそ次の『伝説の英雄』で、『魔王の降臨』を阻止すべき星の下に生まれて来たと信じているが、その認識で間違いはないかな?」


 ウェンディの言葉を聞いてしばらく考えていたワインがそう訊くと、ウェンディはにへらっと笑い、


「うふふ、ボクも、そしてエレーナもそう信じているけれど、じいさんはそれを確かめるために団長くんをあの時空に連れて行ったんだと思うよ?

 団長くんが戻って来たら、マイティ・クロウは『約束の地』に到着するはずだ。それが何を意味するか、そしてボクたちがその時までに終わらせねばならない宿題のことも、君ならよく分かっているよね?」


 ワインに片目をつぶって見せる。


 ワインは碧眼を細めてうなずくと、


「ボクたちに何か出来ることはないかな? このままジンを待っていたら、きっといつかは暴発する者が出て来る。ジンのために何かすべきことがあれば、彼女たちも気を紛らわせることができるからね」


 そう訊く。ウェンディは少し考えていたが、


「それじゃあ、一度『賢者会議』の賢者ライフルに会ってみるといい。ライフルはエレーナの後輩で、大賢人失脚の鍵を握っているボクたちの味方だ。

 ただ、彼女は大賢人に気に入られているから、彼女の立場を疑わせないようにしながら連携してくれないかな?」


 そう、お日様に温められた春の風のような笑顔で言った。



「……ということだ。ウェンディはエレクラ様の指示どおりに動いていることが分かったろう? だからボクたちはジンのために四神や賢者ライフル様たちと手を結び、『組織』と『賢者会議』のつながりを断ち切らねばならないと思うんだ」


 ワインの話を聞いて、シェリーが真っ先に賛成する。


「分かったわ。それがジンのためになるんなら、アタシはどんな危ないことだってやってみせる」


 シェリーの気迫に圧され、ウォーラとチャチャも


「私はエランドール、ご主人様のために尽力するのが務めです」


「あたしは、どこまでもシェリーお姉さまと一緒だよ」


 と、ワインの意見に賛成する。


「ワイン、君の意見に賛成するが、ウェンディの話では賢者ライフル様を大賢人に疑わせないようにする必要がある。世界の魔法使いを統べる大賢人相手に、気付かれないよう賢者ライフル様とコンタクトを取るのは至難の業じゃないか? どうするつもりだ?」


 ラムがいつものように、逸るシェリーたちを押し留めるためワインに質問する。


 ワインは片目をつぶって、ラムに答えた。


「大丈夫さ。その方法も考えたし、すでに手配も済ませているよ」


   ★ ★ ★ ★ ★


「ジン様、ヴェーゼシュッツェンの守将が出撃しました。兵力は約1千です」


 ヴェーゼシュッツェンまで10マイル(この世界で約18・5キロ)まで迫ったとき、前を行くカーン隊から伝令が来て報告してくれた。カーンが見通していたように、敵は僕たちがわずか4百しかいないと知り、城をほぼ空にして決戦を挑むようだ。


「カーンの予言どおりの展開になってきているな。それじゃ僕たちは速度を上げて、カーン隊と合流しよう」


 僕はそう言って、直率する2百の兵とともに、先鋒のカーン隊2百と合流した。


「カーン、君の言うとおり敵は引っ掛かってくれたみたいだね。これからどう動く?」


 僕がカーンに訊くと、彼は鉄の鎧をきらめかせながら


「このまま進み、ヴェーゼシュッツェン正門前まで寄せましょう」


 そう、驚くべきことを言う。1千の敵を一旦無視し、狭い場所に決戦の場を求めると言うのだ。しかもそこに布陣すれば、ヴァルデン川を背にすることになる。


 カーンからこの布陣を聞かされたとき、僕は『川を背にするのは圧倒的に不利だ』と注意した。しかしカーンは


「敵はこちらを見くびり、味方の兵は逃げ道が無くなったと青くなるでしょうな。しかし、それこそ俺が狙っていることです」


 悠然としてそう言われたら、彼の長い実戦経験を信じるしかない。


 僕はカーンの目を真っ正面から見つめた。カーンの黒い瞳は澄んでいて、自分の計略に絶対の自信を持っているようだった。


「分かった、前進しよう」


 僕はカーンを信じ、4百の兵士たちと前進を開始した。



 一方、ヴェーゼシュッツェンを出撃したアルゲは、まだジンたちの正確な位置をつかんでいなかった。彼の眼は、西の街道に居るに違いないまだ見ぬ『敵の本隊』に注がれていたのだ。


「どれほど『伝説の英雄』が強かろうと、わずか4百でヴェーゼシュッツェンを落とせると自惚れてはいないはずだ。敵の本隊は必ずいる、しっかり探せ!」


 アルゲは西街道に放った50の偵察隊に、しきりに伝令を送っては叱咤した。


 しかし、偵察隊がどれほど目を皿のようにして見張っても、魔力が強い者を斥候に送り出しても、『敵の本隊』は影も形も見えなかった。それもそのはず、ザコ将軍率いるカッツェガルテン隊8百は、すでにヴァルデン川を下り、ヴェーゼシュッツェンを北西から望む位置に達していたのだ。


 そんなことも知らず、アルゲがジリジリしながら『発見報告』を待っていると、彼が望んだものとは違う『発見報告』が、まったく予期しない方向から寄せられた。


「アルゲ様、ただいま斥候から敵発見の報告が寄せられました!」


 慌てた様子で駆け付けた部将に、アルゲは眉を寄せて訊く。


「何を慌てている? 西街道に敵の本隊がいるだろうことは先刻承知のことじゃないか。

 それで、敵将は誰で、兵力はどれほどだ? すぐに出発するぞ」


「いえ、西街道ではなく、ジン・ライム率いる4百がいつの間にかヴェーゼシュッツェンに迫っているのです。ルスカ参謀殿からの急報がありました」


 部将の言葉を聞いても、アルゲは最初それが何を意味しているのか、すぐにはピンと来なかったようだ。


 しかし、ヴェーゼシュッツェンを守っているのはわずか50人に過ぎないことを思い出したアルゲは、血相を変えて立ち上がった。


「それはマズい! くそっ、ジン・ライムめ、いつの間に回り込みやがった?」


 アルゲはそう叫ぶと、部将に


「これでは敵の本隊どころじゃない。まずはジン・ライムたちを血祭りに挙げ、敵の本隊はそれからだ。ヴェーゼシュッツェンを守るぞ!」


 そう命令し、取るものも取りあえずヴェーゼシュッツェンを目指して行軍を開始した。



 その頃、ヴェーゼシュッツェンを守っていた魔軍の参謀ルスカは、城壁の上で南の空を眺めていた。


「まさかたった4百でここを攻めるなんて、ジン・ライムとやらはとんでもない男のようだな。アルゲ様の救援が間に合えばいいが……」


 ルスカはそうつぶやくと、すぐに頭を振って


「俺は何を気弱なことを考えているんだ。アルゲ様の部隊がジンの後ろを叩けるよう、城を持ちこたえていればいいだけのことだ」


 そうワザと大きな声で、自分を奮い立たせるように言う。


(ふん、奇襲でこの城を落とそうとでも考えているのかもしれんが、戦はそう簡単なものではないぞ。魔軍の恐ろしさを思い知らせてやる)


 ルスカはそうか決心すると、城門のうち南門と北門には鉄のかんぬきを掛け、その内側にありとあらゆる重量物を積み上げて、門を開かなくした。わずかな兵力で守らざるを得ない以上、多少の不便は甘受したのだ。


 そのうえで、攻め易い東門に40人を詰めさせ、大手門である西門にはわずか10人を置いた。大手門の2百メートルほど先にはヴァルデン川が流れている。川を背にする不利な陣形を取るはずがないとの思い込みからだった。


 しかし、ルスカはジンたちが迷いもなく大手門の方に進撃して来て、ヴァルデン川を背に野戦陣地を造り始めたとき、口をあんぐりと開けてわが目を疑った。


「……川を背にして逃げ場を無くすとは、ジンという男は『伝説の英雄』と思えないほどの兵法オンチだな。しかも攻城戦を仕掛けて来るでもなし、あれではアルゲ様のいい標的ではないか」


 ルスカはそう上機嫌で言うと、東門から部隊を移動させ始めた。



「カーン、陣地構築をしている兵たちは、川を背にすることをいぶかしがったり、不安視したりしているぞ。本当にこのままここで時間を潰していいのか?」


 僕が訊くと、カーンは左手で軽く剣の鞘を叩き、笑って答えた。


「この陣地は我らの最後の砦です。ちょっとやそっとじゃ壊れぬよう、しっかり普請する必要があります。さもないと魔軍の本隊を押さえ切れぬでしょう。

 我らはここで少なくとも1時間は、敵の猛攻を凌がねばなりませんからね」


「分かった。けれど最初からここに立てこもって戦うわけじゃないだろう? いつ出撃するんだ?」


 僕が重ねて訊くと、カーンは義手である右手の状態を確認しながら答えた。


「ここに来る途中に、何人か斥候を置いています。彼らがこの城の守将が戻って来るのを確認したら、ジン様はそいつを叩きに出撃してください。私は城攻めに掛かりますから」


 そんな不思議なことを言う。


 9百の敵が戻ってくる前に城攻めに掛かるかと思ったら陣地を構築するし、その9百の敵が戻って来たら全軍で相手をするのかと思いきや戦力を分散して城を攻めるという。


 どうもカーンのやり方は戦のセオリーからは外れているらしいことは、門外漢の僕でも薄々察せられた。その真意は、敵に僕たちの実力を軽んじさせるためなんだろうと推測できたが、それがどんなことを期待してなのかまでを推察することは、その時の僕には少し荷が重かった。


 ともあれ、カーンを信頼して、9百の敵が現れたらその矢面に立つだけだ……僕はそう決心すると、『払暁の神剣』と剣帯を無意識のうちに手で確認していた。



「ジンの奴は城攻めに掛かっているか?」


 急ぎに急いでヴェーゼシュッツェンの間近まで戻って来たアルゲは、ヴェーゼシュッツェンの状況を訊く。もしジンが城攻めに掛かっていたら、時を措かずに突進して後ろから突き崩すつもりだった。


 しかし、彼が物見から受けた報告は、


「ジン・ライムが2百の兵力でこちらに向かっています!」


 というものだった。


「バカな! たった2百で俺の精鋭を迎え撃つつもりか? こっちは4倍以上の兵力なんだぞ? 何かの見間違いじゃないのか、よく見張れ!」


 アルゲは、最初、その報告を信じなかったが、


「見間違いではありません。確かにジン・ライムはこちらに向かっています」


「このままでは狭隘路で敵と激突します」


 次々に入って来る報告に、アルゲは


「うむ、城攻めを進めるため、隘路で俺たちを迎え撃つつもりだな。そこなら兵力差は致命的な要因にはならないからだろうな。

 よし、急いで前進し、ジンが出口を塞ぐ前に隘路を抜けるぞ。急げ!」


 そう決断し、疲れている兵の休息もそこそこに、再び突進を開始する。おかげで彼らはジンと激突する前に隘路を抜けることが出来た。


 しかし、その代わりに


「ヴェーゼシュッツェンの占領者たちが来たぞ。一人残らず討ち取って、酷い目に合わされたヴェーゼシュッツェンの人たちの恨みを雪げ!」

 おおうっ!


 アルゲの部隊は、陣形を整える前にジン部隊の吶喊を受けた。


「勇気を出して戦うんだ。『大地の護り(ラントケッセル)』!」


 ジンが全軍にシールドを付与する。2百の兵たちはジンのシールドの硬さをよく知っているため、安心して数倍の敵に突っ込んで行く。


「それっ!」

 ザシュッ!


「思い知れっ!」

 ズバンッ!


 ジン部隊の兵たちは数人で魔道士一人に掛かり、着実に仕留めて行く。魔道士たちも魔力を振り絞って戦うが、その攻撃はすべてジンのシールドに阻まれる。


 しかし、ジンはアルゲ部隊が少しずつ陣形を整えるのを見て取って、『払暁の神剣』を振り上げて号令を発した。


「よし、頃合いだ。敵が陣形を整える前に離脱して、陣地までゆっくり退くぞ!」



 その頃、ヴェーゼシュッツェンの城攻めに掛かったカーンは、


「俺たちの本番はもう少し後だ。それまで無理に攻めかかるな」


 そう命令し、攻めあぐねたふりをしていた。


「しめしめ、やはり名もない将ではこの程度か。ジンがアルゲ様の方に向かったようだが、9百対2百では鎧袖一触だろう。あと少し踏ん張れば、敵の断末魔が見られるぞ」


 カーンの冴えない指揮ぶりを見て、ルスカはにんまりとしてつぶやく。一時はどうなることかと肝を冷やしたが、こうも拍子抜けするような相手じゃ心配するほどのものでもなかったな。


 ルスカはカーンを完全に見くびった。それは彼が出した次の命令に現れている。


「敵将はたいしたことはない。アルゲ様が到着したら、俺たちも討って出るぞ」


 ルスカがカーン隊の監視を兼ねて大手門から南東にかけてを見張っていると、やがて遠くの方に土煙が上がった。


「アルゲ様の部隊と敵がぶつかったな。ジンたちはたかだか2・3百しかいないから、すぐに敗れてこちらに逃げてくるはずだ」


 ルスカがそう言って戦況を眺めていると、30分もする頃にはジン隊は退却を始めたのだろう、喚声が聞こえなくなった。


「やはり、ジン・ライムは『伝説の英雄』ではないようだな」


 ルスカが目を凝らして眺めると、ジン隊はゆっくりとではあるがヴェーゼシュッツェンに向かって退却しているらしい。


 そしてカーンは、ジン隊の苦戦に気付いたのか、すぐさま城の包囲を解くと、ジンを助けるため南東に動き始めた。


 ルスカは、東門を守っていた10人も大手門へ呼び寄せると、


「敵軍がアルゲ様の部隊に掛かったら出撃して、敵の背後を襲う。奴らに我々の恐ろしさを思い知らせてやるんだ」


 部下50人全員に、自信満々な顔で命令した。



「さて、そろそろ陣地に逃げ込む頃合いかな?」


 僕は目の前に追いすがってくる魔道士たちを、シールドと魔弾で適当にあしらいながらそうつぶやく。後ろから


「ジン様、ご加勢申し上げますぞ!」


 というカーンの野太い声が聞こえて来たからだ。


 カーンの2百が加わって、敵軍を押さえる圧力は確かに増大した。


 彼は僕の隊を包み込もうと左に広がりつつあった敵右翼を、たった1回の鋭い攻撃で委縮させた。その指揮ぶりは、派手さはないがいぶし銀のような玄人感に溢れている。


「さすがは自警団で鳴らしただけはあるな」


 隊伍を整えて後退してきたカーンに僕が言うと、彼は左頬の刀傷を歪めて笑い、


「陣形の濃淡や戦の呼吸は、場数を踏めばある程度飲み込めてきますよ。ま、その前に死なないことが大事ですがね?」


 そう凄味のある言葉を吐き、


「さっ、これから奴らを罠にハメてやろうじゃありませんか。全速で陣地まで退きますから、遅れないよう願いますぜ」


 そう言って、ちょうど寄せてきた敵の動きに合わせるように、絶妙なタイミングで後退命令を出した。


「おおーい、野郎ども。陣地まで退くんだ、急げっ!」


 カーンの命令に合わせるように、僕も『払暁の神剣』で敵を一薙ぎして


「僕たちも退くぞ、遅れるな!」


 2百の兵士たちと一緒になって、カーンの後を追った。



「よし、敵が崩れたぞ。このまま圧して行って、一人残らずヴァルデン川に叩き落とせ!」


 アルゲは、カーン隊の戦列参加で一時戦線を突破されそうになったが、何とか持ちこたえて態勢を立て直した。


 その時、カーン隊が力尽きたように後退を始めるのを見て、勝利を確信した。押されて崩れた戦線を立て直すことは、どんな名将でも困難だ。ましてや敵将は小僧と名も知らぬ将だ、このまま行水させてやる……アルゲはそんな冗談が頭に浮かぶほど余裕を取り戻していた。


 しかし余裕は取り戻したが、逃げるジンたちを追いかけることに集中した余り、周囲への警戒が疎かになったのは否めない。しゃにむに追撃してきたアルゲ隊は、ジンとカーンが逃げ込んだ陣地に引っ掛かってしまった。


「こんな柵などぶっ壊せ! 敵将はすぐそこにいるんだぞ!」


 アルゲは部下たちにはっぱをかけるが、


「野郎ども、後は川だ。死にたくなければ柵を守り切るしかないぞ!」


 カーンの声が響き、兵士たちは死に物狂いになった。


 そもそも、ジンやカーンが率いていた兵士は、武器を持ったことすらない者たちが大多数で、訓練だってひと月も受けていない者がほとんどだった。


「そんな兵士たちを生き延びさせるには、絶体絶命の状況に放り込むしかありません。中途半端に安全確保なんかすると、兵たちは助かりたいがあまり統率を乱します。

 そうなっては、かえって貴重な兵士たちを殺してしまうことになります」


 とは、この戦いが終わった後、カーンがジンに語ったことだ。


 ともあれ、カーンの陣頭指揮と背水の陣は、アルゲ隊の攻撃を跳ね飛ばし続けた。


「アルゲ様、もうひと押しです!」


 そこに、ルスカが城兵を率いてアルゲの部隊に加わった。


「おう、ルスカ。見てのとおり忌々しい陣地だ。どうやってこれを潰す?」


 アルゲはルスカの顔を見て、もどかしそうに訊く。勝利の女神がすぐそこで微笑んでいるのに、それを邪魔する陣地が憎くてたまらないようだった。


「そうですね。相手は逃げ場もなく、死に物狂いになっています。攻めれば攻めるほど、相手は頑強に抵抗するでしょう。

 そうなってはこちらの損害も大きくなります。すぐ上流をせき止めて陣地ごと水没させるのがいいでしょう……おや?」


 献策するルスカは、ふと城壁の異変に気付き声を上げる。


「どうした? うっ!?」


 つられて城壁を見たアルゲも、思わず声を上げる。城頭に立ち並んでいた自分たちの旗が一本残らずなくなり、代わりにヴェーゼシュッツェンの執政ヨクソダッツ家の旗がへんぽんと翻っていたからだ。


「どういうことだ?」


 まるで魔法を見ているかのように、信じられないといった表情でアルゲがつぶやく。そのつぶやきに答えるかのように、城頭に小さな影が現れた。


「わたくしはヴェーゼシュッツェンの執政、ネルコワ・ヨクソダッツ。『伝説の英雄』ジン・ライム様のお力添えにより、ふるさとヴェーゼシュッツェンを取り戻したことを宣言いたします。

 汝ら魔王に傅く者どもよ、速やかに武器を捨てジン様の軍門に降りなさい。さもなくばその命、わたくしには保証いたしかねます」


 ネルコワの叫びに、アルゲは怒り心頭に発し大声で吼えた。


「笑わせるな! 魔道士たる我々に対して降伏せよとは笑止千万。小娘、そこを動くな。すぐに城を取り戻し、お前も父母のもとに送ってやるからな!」


 そうしてアルゲが部隊の向きを変え、城門に突進しようとしたとき、ヴェーゼシュッツェンの大手門が大きく開かれ、そこから2百の軍勢がなだれを打ってアルゲ隊に襲い掛かった。


「アタイはオーガ族長ヴォルフの娘でジビエ・デイナイト。大陸を騒がせる奴らは見逃せないな。大人しく降伏しやがれ!」


 ジビエが偉大な棍棒を振り上げて叫べば、


「やっと俺たちの出番だぜ。みんな、穂先を揃えて突進だ!」


 密かにヴァルデン川を渡っていたザコ・ガイル将軍率いるカッツェガルテン隊主力の8百が、最後の止めを刺しに突撃してきた。


「くそっ! 罠だったかっ!」


 アルゲは悔しげに叫ぶと、魔杖を振り上げて部下たちに最後の命令を下した。


「こんな所で死ぬんじゃない! お前たちは何としても生き延びろ!」


 そしてアルゲは、押し寄せるザコ将軍の部隊へと突進して行った。


   (魔神を狩ろう その14へ続く)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

ついに魔軍と正面からぶつかることになったジンたちですが、ヴェーゼシュッツェン奪還と幸先がいいスタートを切りました。

今後はどんな動きをするのか、そして他の方面の魔軍がどう反応するのか、目が離せなくなっていきますね。次回もお楽しみに。

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