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キャバリア・スラップスティック  作者: シベリウスP
違う時空の昔物語編
50/153

Tournament50 Fiends hunting:Part10(魔神を狩ろう!その10:覇王)

ネルコワたちと合流したジンは、今後の方針を決めるため精霊覇王エレクラの神殿へと向かうが、途中で魔物の軍勢と遭遇する。

ジンたちはエレクラと会うことができるか?

【主な登場人物紹介】


■主人公ジン・ライムが5千年前の世界で出会った人たち


♡ウェカ・スクロルム 15歳 金髪碧眼の美少女。弓が得意なアタシっ子。5千年前の時空のカッツェガルテンというまちで出会った。貴族の娘だが弱い者に対する同情と理解が深い。ジンを運命の相手として慕っている。


♤ザコ・ガイル 22歳 茶髪碧眼のオーガの青年。大剣をぶん回す俺っち戦士。ウェカと同じくカッツェガルテンに住んでいた。鍛冶屋の息子だがウェカの同志的存在。戦術的才能があり、ウェカに乞われてスクロルム家の私兵を率いている。


♡マル・セロン 22歳 黒髪黒眼のエルフの美女。剣の腕も確かだが本職は書記で、カッツェガルテンの民政を引き受けている。性格は冷静で、ウェカを妹のように可愛がっている。ザコとは幼馴染である。


♡ネルコワ・ヨクソダッツ 13歳 茶髪で黒い瞳を持つヴェーゼシュッツェンの後継者。父の戦死と家臣団の離反で殺されそうになっていたところを、従姉の忠臣アーマ・ザッケンに救われ、カッツェガルテンに従妹のアーカ・ザッケンを遣わして救援要請した。


♡ジビエ・デイナイト 17歳 赤髪灼眼の17歳。オーガ族長の長女でジンの能力に惹かれ、異世界での仲間となる。巨大な棍棒を揮って戦うアタイっ子猛将。


♤サリュ・パスカル 17歳 金髪碧眼の美男子でユニコーン族長の長子。ジンの異世界に興味を持ち、ジビエに誘われる形で仲間になった。レイピアを持つが智謀と魔力に優れた参謀役。


♡サラ・フローレンス 精霊王アクエリアスの神殿に仕えるエルフの神官で、金髪碧眼の17歳。魔物に襲われ孤立した神殿にいたところをジンたちに助けられて仲間になる。精霊王との共感能力に優れ、数々の危機を予言する。回復魔法の達人。


   ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


 ネルコワとジビエは、ラウシェンバッハの村でジンと10日振りに再会した。


 その間、ジンの采配は光っていた。オップヴァルデン北側山地を隠密に行動するネルコワ・ジビエ部隊4百はただの一度も魔軍と遭遇することもなく、3日で山地を踏破してラウシェンバッハに入ったが、ジンは副将のレンとともに4百の部隊を縦横無尽に動かし、延べ1万に近い魔軍を翻弄して完全に拘束し続けたのだ。


『公子殿とオーガの部隊を収容しました』


 その知らせをリンから受けたとき、ジンは魔軍5千に追跡され、他の5千ほどの魔軍も各地でジンを捕捉するため行動している最中だったが、


「ラウシェンバッハに戻る。追跡してくる魔軍の鼻っ柱をぶっ叩け!」


 ジンはそう言うと、夜陰に紛れて部隊を旋回させると疾風のように魔軍を襲い、敵の混乱に乗じてサッと距離を開くとともに進路を変えて撤収を始めた。


 面白いことに、このとき急襲を受けた魔軍はジンの撤退路を完全に誤認し、いもしない方向にジンの部隊を探し求めたという。


 結局ジンは4百の手勢を連れて敵地を往来すること5日間。その間に隊長級の魔物や魔族6人を討ち取り、延べ1万人を超える魔軍を振り回して、ネルコワやジビエを南オップヴァルデンに収容するという目的を達成した。


 ウェカの側でカッツェガルテンの主力を預かるザコ・ガイル将軍も、その知らせを受けて


「胡散臭い奴だと思っていたが、なかなかやるじゃないか。お嬢様の目は確かだったな」


 とジンに一目置くようになる。


 ともあれジンは、副将として活躍したレンや自警団長のカーンにそれぞれ兵2百を託してラウシェンバッハ村登り口の守備に残し、ウェカの親衛隊長であるリンとともにネルコワやジビエに会いに行った。



「ジン様、あんたのおかげで助かったぜ。それにしても魔軍1万をたった4百でキリキリ舞いさせた挙句、一人も失わずに軍を退くなんて凄いな。アタイは惚れ直したぜ」


 ジビエさんは僕を見た瞬間、赤髪の下の灼眼に喜悦の色を浮かべて僕を褒めそやす。面と向かってそんなに褒められたら、嬉いけれどこそばゆい。


「いや、副将のレンさんが優秀だったし、ビギナーズラックってやつさ」


 僕はそう言うと、気になっていることを訊いた。


「怪我人は出ていないかい? ネルコワさんやサラさんはどうしている?」


 すると、ジビエ隊の後ろの方から、


「ご心配なく、私はこのとおり何事もございません」


 そう言いながら、青い外套トガを着た金髪碧眼の女性が歩いてきた。彼女は僕の側まで来ると、両手を胸の前で組み、水の精霊王アクエリアス様に祈りを捧げる。


「アクエリアス様、あなたのお導きと勇敢なる戦士たちの働きで、私は新たな道を拓くことができました。どうかジン様はじめ戦士たちをお守りくださらんことを」


 そんなサラさんを見ながら、ジビエさんが僕に目配せをした。


「ジン様、おちびちゃんが会いたがってますよ。早く行って差し上げたらどうです?」


 それは僕も一番気になっていたことだ。ネルコワさんは聡明で気が強い女の子ではあるが、何といってもまだ13歳にもなっていないし、存外繊細なところもある。


(いや、繊細っていえば、ウェカもジビエさんもそうだよな)


 僕はそう思いながら、ジビエさんにうなずくとネルコワさんの部隊へと足を向けた。



「よくおいでくださいました。魔軍の牽制はまことに見事だったと姉も言っていました」


 僕はアーカさんに迎えられ、ネルコワさんのいる幕舎へと案内される。アーカさんの後ろにいる軍装に身を包んだアーマ将軍が、軽くうなずきながら付け加えた。


「公子様は昨日13歳になられました。心覚えまでに申し上げます」


「ネルコワ様、ジン様がおいでです」


 アーカさんが幕舎の外から声をかけると、


「入っていただいて。アーマとアーカは悪いけれど外で誰も入らないように見張っていてくれないかしら?」


 そう言うネルコワさんの声が聞こえた。心なしか弾んだ声に聞こえるのは気のせいだろうか?


「承知いたしました。さ、ジン様、お入りください」


 僕はアーカさんに促されて、幕舎の中に足を踏み入れた。


 幕舎の屋根の中央部には、晴天時に明り取りと煙を逃がすための穴が開いている。薄暗い幕舎の中で、その穴から差し込む光が机に座っているネルコワさんを照らしていた。


「お久しぶりです、ジンさま。わずかな兵で脱出したわたくしでしたが、ヴェーゼシュッツェンを取り戻すという目標が絵空事ではなくなってきました。これもジンさまのおかげだと感謝しています」


 静かな声でネルコワさんが言う。僕は微笑んで答えた。


「いや、僕はただ、自分の運命を切り拓こうとしている君に協力したいだけだ。それよりネルコワ、13歳になったんだって? お誕生日おめでとう」


 ネルコワさんも微笑むと、ゆっくり首を横に振って言う。


「ありがとうございます、やっとわたくしも大人の仲間入りができました。それも嬉しいですが、今回のことでジン様がウェカさまにのめり込んでわたくしのことを忘れたんじゃないと分かったことも嬉しいです。ジン様、わたくしは今後、ジン様がどうされるのか、それをお聞きしたいのですが」


 うん?『ウェカにのめり込む』?


 僕はその言い回しが気になったが、それを口にする前にネルコワさんが訊いてきた。


「首尾よくヴェーゼシュッツェンを奪回したら、引き続き魔物を駆逐する戦いになると思いますが、そのときジン様はどこを拠点としてお考えですか?」


 僕は不意に、ウェカが


『ジンがカッツェガルテンを選んでくれて嬉しい』


 満面の笑みとともにそう言ったことを思い出した。


 ワインが知ったら驚くかもしれないが、僕はそんなウェカの言葉に僕への特別な感情を感じ取っていた。そしてネルコワさんが同じようなことを僕に訊くのも、僕に対しウェカと同じような感情を持っているのだろうということも、薄々は分かるようになっていた。


 ではそんな彼女たちに、僕はどう接したらいいだろう?


 そればかりは、まだ僕にとって未知数な部分が多かったが、少なくとも優しいだけじゃダメってことは分かっていた。


「それは戦況しだいさ。それにまずはエレクラ様のお告げを受けてみないことには何とも言えないな」


 僕の答えはネルコワさんを満足させられなかったようだが、彼女は何か言いかけた口を閉じ、ややあって自分を納得させるようにうなずいて言った。


「そうですね。少なくとも、ジン様が恒久的にウェカさまの所を拠点にすることはないってことだけでも、わたくしにとっては朗報ですわ。それでジン様、エレクラ様の所にはいつ出発なさいますか?」



 ネルコワさんやジビエさんと話した後、僕たちは今後の作戦行動を協議するため、いったんカッツェガルテンに向かった。魔物と戦うにしても、今のところカッツェガルテンの千2百が僕たちが動かせる戦力の大部分だったのだ。


 もちろん、ジビエさんたちオーガ族やサリュのユニコーン族はそれぞれ1万を出してくれることにはなっていたが、その段階に進むためにはもう一つやらなきゃいけないことがある。大陸の中央にある土の精霊覇王エレクラ様の神殿に行くことだ。


「エレクラ様の神殿には、大神官バウム様が居られます。私たちのことはすでにお知らせしておりますので、速やかに出発いたしましょう」


 水の精霊王アクエリアス様の神殿に仕えていた神官長のサラさんが言うが、ウェカは首を縦に振らなかった。


「エレクラ様のお告げをいただく必要性は理解するわ。でも神殿までの道がどうなっているのか、現時点では皆目見当がつかない状況よ。

 今、ザコ・ガイル将軍に東南方面を探索してもらってるの。その報告を受けてから行動した方がいいと思うわ。ね、ジン?」


 何故かウェカが僕に同意を求める。まあ、ウェカが言うことは理に適っているので、誰であっても反論などはないはずだ。


「うん、僕もウェカが言うとおり、ザコ将軍の報告を聞いてから行動を起こす方がいいと思う。エレクラ様の神殿に連れて行けるのはせいぜい5・6百だ、敵情をはっきりさせてから動くべきだからね」


 僕がウェカの意見に同意すると、ウェカは満足そうな顔でネルコワさんに言う。


「ヴェーゼシュッツェンの公子様、そういうことですからしばらく時を待っていただけないかしら?」


「わたくしはそれでも構いません。ヴェーゼシュッツェンの奪還も大事ですが、それよりもジン様がおっしゃった『人間や亜人の団結による魔物の駆逐』の方がさらに大事ですもの。そのためなら、待つことは苦痛じゃありません」


 ネルコワさんはウェカの目を真っ正面から見て、誇らしげに胸を張るとそう言う。ウェカはそんなネルコワさんの態度を見て一瞬顔を強張らせたが、すぐに微笑んで頷くと、


「さすがはネルコワ様、そう言ってもらえるとアタシも安心するわ。では、ザコ将軍が戻ったらすぐにお知らせいたしますから、それまではゆっくりと疲れを癒してください」


 そう言うとマルさんにネルコワさんを宿舎へと案内させ、僕を振り返って


「ジン、ちょっと話があるの。アタシについてきてくれない?」


 有無を言わせぬ様子で先に立って歩き出す。僕はその後に続きながら、


「ウェカ、僕はネルコワさんやジビエさんから物資補給について相談を受けているんだ。そちらを先に済ませて、後から君の部屋にお邪魔するわけにはいかないかい?」


 そう話しかけるが、ウェカは前を向いたまま答えた。


「それはマルに任せたわ。ジンはアタシの側に居て!」


「……ウェカがそうしてくれって言うなら、僕はそのとおりにするけど。いったいどうしたんだい? 僕が気に障るようなことをしたのかな?」


 僕が訊くと、ウェカは黙って首を横に振った。金髪のポニー・テールが揺れる。


 二人とも無言のまま、屋敷の中央にあるウェカの居住空間に入る。門衛の女性兵士が微笑みながらウェカに敬礼をした。


「ジンと大事な話があるの。マルとザコ以外は誰も通さないで」


 ウェカはぶっきらぼうにそう命令する。僕らは門衛の


「承知いたしました」


 という返事を背中で聞きながら、部屋の中へと入った。



 ウェカの部屋は相変わらず質素で整頓されていた。ただ、お香を替えたのか、前回お邪魔したときより甘い香りがする。


「そこに座ってて」


 ウェカは僕と目を合わせず、硬い顔でそう言うと、サッと衝立の向こうに消える。


(ウェカが何を気にしているのかは、話を聞いてみないと分からないな)


 僕はそう考えると、勧められた椅子に腰かけ、今後のことについて思いを巡らせた。


 ウェカの方は衝立の側に立ち、目の前の寝台の上に広げられたシルクのドレスを見ながら顔を赤くしていた。彼女はネルコワが真正面から自分の目を見つめてきたとき、


(ああ、やっぱりネルコワさんもジンのことが好きになっちゃったんだ)


 そう見抜いたのだった。想定していたこととはいえ、その現実を突き付けられると衝撃が大きかったし、不安も増してきた。


(大丈夫、ジンはアタシだけしかそうゆうことする対象にはならないって言ってくれたじゃない)


 そう自分に言い聞かせても、すぐに心の中で


(でも、ネルコワさんはアタシより可愛いし、頭もいい。アタシがジンでも、やっぱりネルコワさんを選ぶんじゃないかな)


 そんな思いが頭をもたげてくる。


 しかし、ジンをいつまでも待たせては置かれないと気付いたウェカは、思い切ったようにポニー・テールを結んでいた紐をほどいて髪をおろすと、革鎧と麻の服を脱いだ。


「ジン、お待たせしました」


 考え事をしていた僕は、ウェカからふいに話しかけられてびっくりする。


「え!? ああ……」


 僕はウェカを見てもう一度びっくりして、不覚にも言葉を無くした。そこには最初僕に自己紹介したときのように、薄くて青いシルクのドレスを着たウェカが立っていた。


 僕がびっくりしたのは、ウェカがいつものポニー・テールじゃなく髪をおろしていたからだ。ウェーブがかかった金髪が白い額にほつれかかり、ウェカを15歳という年齢以上に大人びて見せていた。


「どうしたの、ジン。アタシの顔に何かついてる?」


 ウェカがふわりと隣の椅子に腰かけながら訊く。かすかな風が、甘酸っぱい香りを運んで来た。


「いや、別に。髪をおろすと雰囲気が違うなと思ったんだ」


 僕の慌てぶりをどういうふうに捉えたのか、ウェカはクスクス笑って僕の顔をのぞき込んだ。


「ジン、アタシはね、あなたがアタシよりネルコワさんの方が気に入っちゃったかと思ってたの。だってネルコワさんってアタシより可愛いでしょ?」


「そんなことはないよ。ウェカはすごく可愛いと思うし、ネルコワさんと同じでみんなのことをよく考えていると感心しているよ」


 僕が言うと、ウェカはえくぼが出る笑顔を湛えて、


「ホント? ジンからそう言ってもらえるとすごく嬉しい。アタシね、父様と母様が死んでから、ジンに会うまで毎日が不安だったんだ。アタシはこのカッツェガルテンを守っていけるのかなって」


 一瞬、寂しそうな顔をしたウェカだったが、すぐにまた笑顔に戻って言った。


「でも、ジンが来てくれた。アタシはジンが別の世界の人間でも一向に構わない。だってジンはジンだもの。アタシ、こんなに人を好きになったことって今までなかったけれど、好きになった相手がジンで本当によかったって思ってる」


「ウェカ……」


 僕は何とも言えない気持ちで胸が一杯になった。僕の方こそ、突然5千年前の世界、それも『摂理の黄昏』なんていう『終末の日』みたいな世界に放り出されて戸惑っていたが、ウェカがそれを救ってくれたのだ。


 その意味では、ウェカが僕との出会いを『運命』と言ったけど、僕もそこに運命的な何かを感じざるを得なかった。


「ジン……」


 潤んだ瞳で僕を見ていたウェカは、唐突に目を閉じて顔を少し上げる。今の僕は、ウェカがキスをしてほしがっていることくらい分かった。


(でも、僕はいつかシェリーたちがいる時空に戻らねばならない。ウェカの未来に責任を持てないんだ)


 そう考えていると、ウェカが目を開けて言った。


「ジン、アタシ待ってるのに、どうしてしてくれないの? 何考えてるの?」


 ウェカがその先を言おうとした時、


「ウェカ様、ネルコワ様とジビエ様が至急ウェカ様と話がしたいとお見えです」


 不満そうな彼女の言葉は、ドアの向こうから聞こえて来たリンさんの声で遮られ、ウェカは渋い顔で僕の胸を軽く叩いて言った。


「ジンの意気地なし。せっかくのチャンスだったのに」


   ★ ★ ★ ★ ★


 四神アルコーン……土の精霊覇王エレクラ、火の精霊王フレーメン、水の精霊王アクエリアス、そして風の精霊王ウェンディ……が詰める神殿は、人間たちが住まう大陸とは少し違う世界に存在する。


 もちろん、四神やその関係者、特別に縁がある者以外は、その場所に行き着くことは叶わない。


 その神殿の中央、淡い光を放つ巨大な水晶玉の前で、白髪を長く伸ばし首の後ろでくくった男が、一心に何かを考えていた。


「エレクラ様」


 その部屋に、ウェーブがかかった青い髪を持つ女性が入って来て、男に話しかける。エレクラは腕組みを解いて目を開けると、女性の方に向き直って


「何だ、アクエリアス。何か変わったことでも起こったか?」


 そう訊くと、アクエリアスは上機嫌でうなずいて答えた。


「ふふ、そうですわね。エレクラ様、いつか私がお話しした『大地磔刑ゴルゴダ』の件は覚えておいでですか?」


「ああ、例のワイバーン5百頭が一度に始末されたという話だな。覚えているぞ」


 エレクラがうなずくと、アクエリアスはさらに問いかける。


「エレクラ様は、ご自分の術式について、誰にもお力を分けたことはないとおっしゃいましたね?」


 その問いにもエレクラはうなずき、


「確かにそう言った。しかしアクエリアス、なぜそんなことを訊く?」


 訝しげに言う。


「より正確に言うと、私は土のエレメントが開いた人間には無条件でステージ0は使用を認めている。それ以上は人によってステージ1から3までの能力を付与しているが、ステージ4以上の魔法は与えていない」


「けれど、『大地磔刑』は確かステージ4じゃありませんか? あのワイバーン、エレクラ様が処置なさったものでないのなら、誰がステージ4の魔法を使って処置したのでしょう? そこが不思議でたまりませんでした」


 アクエリアスが笑顔で言うと、その意を悟ったエレクラも薄い笑みを浮かべて訊く。


「それで、その『誰か』が分かったと言うのだな、アクエリアス?」


 アクエリアスは大きくうなずくと、


「ええ、私の神殿に現れました。魔力はとても強大で、ひょっとしたら私たちに匹敵するかもしれません。けれど興味深い部分が他にもあって……」


 そこまで一息に言うと、一つため息をついて黙り込む。まるで適当な言葉を探しているようだった。


 エレクラはアクエリアスの様子を見てそれと察し、琥珀色の瞳を持つ眼を細めて訊く。


「……言い難いようだな。その人物はもしかしてクロウ一族か?」


 アクエリアスは、イタズラが見つかった子どものような顔で深いため息をつくと、肩をすくめて笑って言う。


「エレクラ様には何も隠せませんね? はい、ジン・ライムと名乗る少年でしたが、クロウ一族であることは確かです。ただ、ジン本人はむしろ『摂理の黄昏』を阻止することを目的としているようでした」


 エレクラは目を閉じて聞いていたが、ややあって目を開け、


「面白いな。クロウ一族は初代のアルケーが魔族や魔神を創り上げた後、世の平穏を乱すような活動しかして来なかったが、その流れを汲む男が真逆のことを願っているとは……アクエリアス、私もそのジンとやらに会ってみたいが、何か方法はあるか?」


 そう訊く。アクエリアスはうなずくと


「私の所にお告げを受けに来たくらいです、きっとエレクラ様の神殿にも助言を受けに姿を見せるでしょう。それもそう遠くないうちだと思います。だって彼らは人間たちと精霊たちが力を合わせたら『摂理の黄昏』を阻止できると信じているみたいですから」


 そう言うと小さな声でつぶやく。


「そうであってほしいですが」


 エレクラはそんな彼女に優しい目を向けて、力強く言った。


「そうであるべきだ、と私も思う。では私は神殿で彼の到着を待つとしよう」



 ネルコワさんとジビエさんがやって来た理由は分かっている。僕たちはこの後エレクラ様の神殿に向かい、今後の方途を判断するための宣託を受けることにしていた。


 その旅程とその間の動きについては、ホルストラントに残ったサリュたちユニコーン族やオーガの軍団ともしっかりと打ち合わせしておく必要がある。神殿に向かう僕たちとホルストラントをつなぐための役割を託せる人物はウェカ以外にいないし、ウェカにもジビエさんやサリュの気持ちを誤解なく受け止めてもらう必要があるのだ。


「……そういうことで、アタイは一刻も早くエレクラ様の神殿に向けて出発することを勧めるぜ。でないとアタイたちの最初の目標、ヴェーゼシュッツェンを魔物から救うってことが難しくなるからね」


 ジビエさんは今後の行動について概略をウェカに説明する。ウェカは僕と共にエレクラ様の神殿へ行くつもりだったらしく、カッツェガルテンに居残ることに少々不満げだったが、


「ウェカさま、カッツェガルテンは今のところわたくしたちに残された数少ない拠点の一つです。大陸の状況が皆目分からない今、決して魔物の手に委ねていい場所ではありません。お願いですから、しっかりとここを守っていただくわけには参りませんか?」


 ネルコワさんが辛そうな顔でそう言ったのと、


「ウェカ様、周囲を見ても、魔物たちはいつ何時、どこから南オップヴァルデンになだれ込んで来ても不思議じゃありません。ザコ将軍がエレクラ様の神殿があるデュクシ地方を偵察しましたが、まったく気が抜けない状況だったと聞きました。こんな状態だからこそ、わたくしたちがしっかりとカッツェガルテンを守らないと、ここに住む人たちはどうなるとお思いですか?」


 マルさんも硬い表情で言うので、ウェカは渋々ながらも僕たちとのデュクシ地方行きは諦めたようだった。


「分かったわ。ネルコワさんやマルの言うとおり、この町を魔物の好きにさせるわけにはいかないわね」


 ウェカはキリッと口を引き結ぶとそう言い、マルさんに訊く。


「ザコは今どうしているかしら?」


「主力を率いてラウシェンバッハに駐屯しています。魔物側に隙が出来たら攻め込むつもりのようですが、それは引き留めています」


 ザコ将軍の進退を見たことはないが、ジビエさんやサリュの話を聞く限り、かなりの戦上手のようだ。気性も激しく、闘志満々の顔つきをしているから、魔物の隙を見つけたら攻勢をかけることはあり得そうだった。


 おまけに、ラウシェンバッハにはカーン・シンという油断のならない強者もいる。思慮深い彼ならザコ将軍と気が合うかもしれないし、正直、彼らの戦いぶりを見てみたい気もする。けれどここはマルさんの言うとおり、僕たちがデュクシ地方から戻るまでは作戦行動に移らない方が良さそうだ。


「それでザコが止まるかしら? アタシがちゃんと釘を刺しておこうか?」


 ウェカの言葉にマルさんは微笑んでうなずいた。


「そうしてもらえると助かります。わたくしが言っても余り効き目はないみたいですから」


 するとウェカは僕を見て、にっこりと笑った。それは、僕のことを心から信頼している笑いだった。


「ジン、聞いてのとおりアタシはラウシェンバッハに行って来るわ。ジンも道中気を付けてね? 前にも言ったけど、あなたっていう太陽がいなくなったら、アタシは輝きを無くしちゃうわ」


 ウェカの言葉を聞いて、ネルコワさんもジビエさんも僕の顔を見る。きっとウェカは二人を牽制するために、わざとみんなの前で僕を呼び捨てにしたのだ……それがウェカの心配と、僕のことを独り占めしたいっていう気持ちから出たことは、今の僕には何となく理解できた。ワインがいたらびっくりするかもしれない。


「分かった。君も気を付けるんだぞ? 魔物をヴァルデン地方から追い出すまでは油断しちゃダメだ」


 僕がそう答えると、ウェカは可愛らしく微笑んで


「ありがとう。それじゃアタシは出る準備をしなきゃ。ジンもすぐに出るんでしょ? エレクラ様によろしくね」


 そうおどけたように言った。



 エレクラの神殿はユグドラシル山の中腹、5合目辺りにある。


 それは大理石をふんだんに使い、四隅に尖塔を持つ四角い基礎の上に建てられていた。


 いったいどれほどの人間が、どれほどの労力を注ぎ込めば、これほど重厚で荘厳な建築物が出来上がるのか……空気も薄く、高所に慣れない人間なら酸欠で立ち眩みを起こしそうな場所にあることが、この神殿をさらに厳かに見せていた。


 薄い酸素と強い風、そして草木も育たない風土、人が住まうことを拒否するようなこの場所にも、人間たちはいた。いや、『居らざるを得なくなっていた』と言った方が正しいだろう。


 強風に吹き曝される神殿の中では、粗末な服を着た数十人の人々が、薄っぺらいゴザや麻の布にくるまって震えていた。みんな、住んでいた町や村が魔物に蹂躙されて命からがらここまで逃げて来たのだ。


 けれど、神殿に避難した人々は口々に、


「ここはエレクラ様のおかげで魔物の襲撃がない。ゆっくりと今後のことを考える時間ができただけでも幸せだ」


「それに神官たちもみな親切で、とりあえず食べるものには困らない。空気が薄いことだけが難点だけれど、死ぬよりはましだ」


 そう励まし合っていた。


 神殿を統括する大神官のバウム・フローレンスは、避難民を見て心を痛め、


「避難して来た人たちには十分に注意を払うように。特にここは空気が薄い。高山病を発症している人は麓の遥拝所まで護衛して下山させるように」


 神官たちにそんな指示を下していた。


「避難民の話を聞くと、彼らはデュクシ地方だけでなくセンターヴェルク地方やシーサイド地方、ルツェルン地方などかなりの広範囲から逃げて来ている。それだけ魔物の跳梁が激しいということだ。他の神殿との連絡は取れるか?」


 バウム大神官が訊くと、部下の一人が答える。


「はい、アルック地方のウェンディ神殿やナメーコ地方のフレーメン神殿とは連絡が取れています。どちらにもかなりの数の避難民がいるようです。ただ、ホルストラントのアクエリアス神殿とは連絡が取れない状況が続いています」


 それを聞いてバウム大神官は、沈痛な面持ちで言う。


「そうか、レードもシンシアも頑張っているようだな。しかしサラは力及ばなかったか……是非もないな」


「大神官様……」


 思わず沈痛な声を上げた側近に、バウムはどこか諦めが混じった笑顔を向けて言う。


「そう悲しげな声を上げるものじゃない。このような艱難に際し、神殿に拠って人々を守ることこそ我々神官に与えられた宿命だ。サラもきっとフローレンス家の名に恥じない奮戦をして散ったと信じている。もっと心を落ち着けて、私のことより避難民の安全に万全を期してくれ」


「はい、分かりました」


 バウムは立ち去る側近の後姿を見送りながら、


「これほど長期間にわたり広範囲に魔物が暴れたなどという話は聞いたことがない。サラが言っていたアクエリアス様の予言は本当に起こりつつあるのかもしれない」


 そうつぶやくと、自らが祀るエレクラの託宣を得るため、一人神殿の奥に向かった。



 エレクラの神殿は特殊な造りをしている。


 まず、他の四神のそれと違い、エレクラの像などは一切置かれていない。これはエレクラ自身が


『私の姿に似せた像や絵を置くことは禁ずる。私は常に万民のもとにあり、見えざる手で万民を守っているからだ』


 初代の大神官にそんな託宣を下したからだという。


 そのため、天に届くほどの高塔の真下に当たる『精霊覇王の間』には、尖塔の頂点まで吹き抜けた空間に、豪華な椅子がただ1脚置いてあるだけだった。神官が誠心誠意エレクラに祈れば、エレクラはその椅子に座って様々な助言を与えてくれるという。


 バウム自身は、エレクラの降臨を目撃したことはなかったが、その椅子に何とも言えない厳かな雰囲気や、何者かが座っているという感覚を味わったことなら何度もあった。それゆえ彼は四神の存在について疑ったことは一度もない。


「摂理の守護者たる精霊覇王エレクラ様、大陸は未曽有の危機に陥っております。どうかあなたの民に慈悲をお垂れください」


 バウムは『精霊覇王の椅子』の前に跪いて一心に祈る。今まで飢饉のときも、大きな災害が発生したときも、エレクラ様は託宣を下ろし、その卓越した御業で人々を救ってくださったのだ。人間が滅ぶかもしれない大きな災いを前に、エレクラ様が私たちを見捨てるはずはない……バウムはそう信じていた。


 そして、バウムの祈りは聞き届けられた。


『大神官よ、『摂理の黄昏』の話は知っている。その他に何を私に訊きたいのだ?』


 虚空から響く柔らかな声に、バウムは額を床に擦り付けるほど身を屈めた。彼は今までエレクラの託宣を幾度となく乞うてきたが、これほどはっきりとエレクラの声を聞いたのは初めてだったのだ。バウムはその身が震えるほど感激して、


「エレクラ様、私はエレクラ様に仕える人間として、これほどの災難に何も出来ないのかと非力を痛感しております。どうかエレクラ様のお力をもって、苦難にあえぐ人々をお救いください」


 そう懇願する。


 バウムの悲痛な願いに応えるように、エレクラの春風のような声が響いた。


『大神官よ、自分を卑下する必要はない。そなたは出来る限りのことをやっている。『摂理の黄昏』についても、それを阻止する『伝説の英雄』がアクエリアスの神官長とともにもうすぐここにやって来るはずだ。そのとき、私と英雄を二人きりにしてもらえるとありがたい。希望を捨てずに毎日を生きるよう、みなにしっかりと言い聞かせてくれ』


 エレクラの託宣を聞き、バウムはパッと顔を輝かせた。『伝説の英雄』が現れること、そして彼を案内して来るのがアクエリアスの神官長、すなわちサラであることが、バウムの心に希望の火を灯したのだ。


「ありがとうございます。けっしてエレクラ様のご期待には背きません」


 決意を眉宇に表して顔を上げたバウムの目に、白髪で琥珀色の瞳をした青年が『精霊覇王の椅子』から立ち上がり、微笑んで消えていくのが映った。


(あれが、精霊覇王エレクラ様……すでに何万年と生きておられるにしては、若々しく崇高なお姿であった)


 バウムは初めてエレクラの姿を目の当たりにし、希望に満ちた託宣と合わせて感激で涙すらこぼれて来た。


   ★ ★ ★ ★ ★


「エレクラ様の神殿は、ユグドラシル山の南麓中腹にあります。高度が高く空気が薄いですので、本当は少しずつ身体を慣らしながら登った方がいいんですが……」


 僕たちの道案内をしてくれるサラさんが、困ったように眉を寄せて言う。確かに高山病はかなり苦しいと聞くし、場合によっては命の危険もあるらしいから、サラさんの言うとおり身体を順応させながら登って行くのが望ましくはある。


 けれど、


「身体を慣らすって、どのくらいのペースで登って行きゃいいんだい?」


 ジビエさんの問いに、サラさんは首をかしげて、


「3合目と4合目でそれぞれ1週間、慣らしの期間を持って、後は5合目まで1週間ほどかけて登るのが、最も一般的な参拝者のペースです。もちろん、人によって多少の違いはありますが」


 そう答える。ということは、神殿の間近まで3週間もかかるってことだ。


 僕たちは単にエレクラ様の託宣を頂くわけじゃない。一刻も早くヴェーゼシュッツェンを奪還し、その後には魔物の駆逐、『摂理の黄昏』の阻止、そしてひょっとしたら魔王との戦いも控えているのだ。あまり時間はかけられない。


 ジビエさんも同じ気持ちだったんだろう、渋い顔でサラさんに訊く。


「合計で3週間!? それはちょっと遅すぎやしないかい? アタイたちはその後しなきゃいけないことがごまんとあるんだよ? なんとかさっさと登って下りることは出来ないのかい?」


 ネルコワさんも口にこそ出してはいないものの不満そうだ。サラさんは助けを求めるように僕の顔を見た。いや僕だって、最速で登る方法があるのならそれに越したことはないんだけれど……。


 そう思いながらも、サラさんの心配も分かる。ジビエさんやネルコワさんが高山病になったらその後の行動にも事欠くことになりかねない。


「速く登れるのならそれがいいに決まってるが、それで高山病を発症しちゃったら意味がない。サラさん、みんなの体調を見ながら出来るだけ速く登る方法はないかな?」


 僕が言うと、サラさんはネルコワさんやジビエさんだけでなくアーマさんやアーカさん、そしてポークさんを一通り見回して、仕方なさそうに言った。


「分かりました。あまりお勧めはしませんが、5合目まで5日かけてゆっくり登ってみましょう。けれど、体調がおかしくなったら全員がその場に最低3日は逗留します。それが条件です」


 僕らはサラさんの意見に同意して、ユグドラシル山を登り始めた。



 5千年前のユグドラシル山は、僕がいた世界とはちょっと違った風貌を見せている。


 例えば、僕の世界のユグドラシル山は標高1万メートルジャスト。南麓から西麓にかけては疎林があるが、途中には火山活動による荒涼とした景色が広がる場所もある。


 3千メートルから4千メートルまではあちらこちらで高山植物を確認できるが、それ以上登るとごつごつとした岩場となり、風も強くなる。


 しかし、僕たちが進む道は樹木が頭の上にまで枝を広げ、お日様の光が余り届かない。言ってみればベロベロウッドの森のような山道が続いている。僕たちはそんな見通しの利かない道を道案内としてサラさんを連れた僕の部隊、ネルコワさんのヴェーゼシュッツェン隊、ジビエさんのオーガ隊の順で進んでいた。


「ジン様、もうすぐオップヴァルデンを出ます」


 先鋒を任せた副将のレンさんがそう伝えて来る。


「ザコ将軍の話では、オップヴァルデンを過ぎたらいつ魔物と出会っても不思議じゃないそうだ。気を付けて進んでくれ」


 僕はレンさんにそう言い送ると、伝令を使って同じ言葉をネルコワ、ジビエの両隊にも伝えさせた。


 相変わらず森は続く。もう少し視界が良ければ奇襲を食らう確率も減るのだが、森の木をむやみに切り倒して進むわけにもいかない。これは見張りを厳にするしか手はない。


「ジン様、アタイたちオーガは耳も目もいい。アタイたちが先鋒を承ろうか?」


 森の中に開けた集落跡らしき所で小休止したとき、ジビエさんがそう提案して来た。考え込む僕に、ジビエさんは重ねて


「ジン様はアタイたちのすぐ後を進めばいい。おちびちゃんたちを殿軍しんがりにすれば安全だろう?」


 そう提案して来る。


 しかし、僕は妙な胸騒ぎがした。というのも、オップヴァルデンを出てからずっと、僕たちは何者かに見張られているような感じがしていたのだ。恐らくジビエさんもそれに気が付いて僕への献策となったに違いない。


 案の定、ジビエさんは僕に顔を寄せ、低い声で


「ジン様なら気付いているだろうけど、何かがアタイたちを尾行けて来てるよ。恐らくこの先で待ち伏せてやがると思うのさ」


 そう言う。僕はそれを聞いてうなずいた。


「分かった、そうしよう。ジビエさん、悪いが一働きしてもらうよ」


 するとジビエさんは、爽やかな笑顔を見せて腕を撫しながら言った。


「はっはっ、いいってことよ。アタイたちはジン様の役に立つために里を出てきたんだよ? 敵とのどつき合いは任せておくれよ」


 僕はそんなジビエさんに目配せをする。ジビエさんはその意を悟って僕に近づき、耳を澄ませた。



 半時(1時間)ほどの小休止の後、僕たちは再び山を登り始める。出発時に隊を入れ替えたため、行軍順序はジビエ隊、ネルコワ隊そして僕の隊となっていた。


 ジビエさんは僕の隊を中軍にすればいいと言ったが、僕はある理由でネルコワさんを中軍とし、僕は殿軍の位置に下がった。僕の直感が正しければ、その方がネルコワさんも安全だからだ。


「さて、魔物たちがいるのは確かだけれど、どんな風に攻めて来るのかな?」


 僕はレンさんとの連携を切らさないために彼女を側に呼び寄せて、前を行くネルコワさんの隊を眺めていた。



「まったく、エレクラの神殿に逃げ込まれるなんてツイてないぜ」


 ジンたちがカッツェガルテンを出発したころ、魔物たちの一隊がケワシー山脈の西側でボヤいていた。


「まったくですぜ。途中じゃウェンディの神殿やフレーメンの神殿に逃げ込みやがる奴らもいましたし、人間って奴は弱っちいくせに妙に小賢しくっていけませんな。大将」


 ヤギの頭をした男が、同じくヤギの頭部を持つ男に言う。二人とも軍装をして人語を話しているところをみると、魔物の一種と思われた。


 大将と呼びかけられた魔物は、他の誰よりも太く巻き上がった角を振り立てるようにして嘲るように答えた。


「まあ、おかげで神殿攻囲戦をしなきゃならないかと覚悟したが、我が崇高な南部指揮官様は俺に北上を命じられ、かったるい攻囲戦から外していただけた。まったく話せるお方だよ、背徳の魔神ヴェルゼ様は」


「そうですね、これで人間どもをもっと殺戮できたら、言うことはありませんけどね」


 もう一人のヤギ頭が言うと、大将ヤギはふんと鼻を鳴らし、


「まあ待て。何人か斥候に出しているから、そいつらが何か見つけてくるかもしれねえ……おっと、噂をすればってやつだぜ」


 そう言いながら、稜線を超えてこちらに向かって駆けて来る影を見つけて笑う。


 その影たちが目の前にやってくると、大将ヤギは


「どうだ兄弟、目ぼしい獲物は見つかったか?」


 そう大声で訊いた。


 斥候の一人が、しゃっちょこばって答える。


「はい、オップヴァルデンから5・6百の軍がこちらに向かっています」


 それを聞いて、大将ヤギは目を輝かせた。


「何? そいつは近ごろ珍しい獲物だな。まともな殴り合いなんて久しぶりじゃないか。そいつらは全員人間だろうな?」


「いえ、殿軍の2百ほどはオーガです」


「何、オーガ? なぜオーガが人間なんかとつるんでやがるんだ?」


 大将ヤギはそうつぶやいたが、やはり見逃すには惜しい獲物と思ったのだろう、斥候に大声で命令した。


「よし、お前にその軍への触接を命じる。俺たちは人間たちを襲ったらオーガが出て来る前に退却する。途中で奴らが陣形を変えたらすぐ知らせろ。間違ってもオーガなんぞとのぶっ叩き合いなんて御免だからな」


 こうして、大将ヤギが率いる5百ほどの軍勢はジンたちを奇襲するために出発した。彼らはヒーロイ大陸南部に突如として現れ、ケワシー山脈付近に所在する集落を次々と襲いながら北上を続ける南部部隊の先鋒だったのだ。



「ふん、思ったとおり行軍の順序を変えやがったな」


 大将ヤギは進撃の途中で、触接の兵から


『敵は先頭をオーガに替えました』


 との報告を受けて笑う。そしてすぐに自分の部隊に命じた。


「奴らの後ろに回り込む。オーガには間違っても手を出すなよ!」


 ヤギ部隊がジンたちの後ろに回り込んだのは、太陽が西の山際にほど近くなったころだった。日没を待ち、ジンたちが野営の準備に忙殺されているところを狙うという方法もあったが、


「オーガと離れているところを狙う方がいい。それに夜になったらオーガたちの独壇場になる。オーガとは戦いたくないからな」


 大将ヤギはそう言うと、即座に突撃を命じた。


「突撃だ! オーガが戻って来る前にできるだけ引っ掻き回せ!」


 大将ヤギの命令とともに、魔軍5百は喚きながら目の前の『人間』たちを八つ裂きにしようと我先に突進を開始した。


「来たな。レンさん、君は魔軍がネルコワさんの部隊にかからないよう牽制してくれ」


 ジンは魔軍の襲来を見ると、落ち着いてレンに指示を出し『払暁の神剣』を抜き放って、直率の百人に命じた。


「怯むな! 君たちには四神の守りがあるんだ。『大地の護り(ラントケッセル)』!」


 ジンは叫ぶとともに全軍にシールドを付与する。一度ジンとともに戦って、そのシールドの硬さを知り抜いている兵士たちは勇気百倍、得物を持ち直して魔軍を迎え撃った。


 大将ヤギの誤算は、ジンの部隊に真っ向から飛び込んだことだろう。北部部隊を統べる偽善の魔神ザカリアから南部部隊指揮官の魔神ヴェルゼにジンの情報が届いていれば、あるいは大将ヤギも注意をしたかもしれないが、いかんせん魔神たちは東西南北の4軍がそれぞれ独立して作戦を遂行していたので、横の連絡はないに等しかった。


 いずれにしても、ヤギ部隊は求めて罠に飛び込んだようなものだった。


「動くなっ!『天使の手招き(エンジェルズ・ハンド)』!」

「おわっ!」「うおっ!?」「何だっ!?」


 レンの声が響き、魔物たちは地面からわき出てきた腕に足をつかまれ、つんのめる者が続出する。

 そこに、


「飛んで火に入る夏の虫とはお前たちのことだ! 食らえっ!『大地の弾幕(ラントカーペット)』!」

 ズドドドドドドド!

「うわっ!」「ぎゃっ!」「ぐへえっ!」


 ジンの魔弾が、たたらを踏んで立ち止まった魔物たちの身体を容赦なく粉砕する。二人の魔法だけで、ヤギ部隊はその半数を失った。


「くそっ! こいつらはただの人間じゃなく魔戦士部隊だったのか!」


 大将ヤギが歯噛みしたとき、


「みんな、魔物は一匹として生かして帰すんじゃないよ!」


 打ち合わせどおり、ジビエがオーガ部隊を率いて突っ込んでくる。


「げえっ! なんでオーガたちまで!?」


 慌てる大将ヤギの目の前に『払暁の神剣』を引っ提げたジンが現れた。


「お前が指揮官か?」


 ジンが『払暁の神剣』を大将ヤギの喉元に当てて訊く。緋色の瞳は冷たく輝いていた。

大将ヤギは顔を引きつらせながらも虚勢を張った。


「おうっ! 俺様が南部部隊の先鋒部隊長、ガンダー・ゴートだっ。小僧、降参するなら今のうちだぞっ!」


「周りを見てみろ。それは俺のセリフだってことが解るだろう?」


「くっ……」


 ジンが冷笑とともに言うと、ガンダーは悔しそうに黙り込む。すでにオーガ部隊やジンに続いて突っ込んで来た戦士たちにより、ヤギ部隊は四分五裂になっていたのだ。


「さて……」


 ジンは剣の切っ先をガンダーに押し当てながら訊いた。


「貴様は南部部隊の先鋒隊長だと言ったな。南部部隊の指揮官を教えてもらおうか」


「……」


 上目遣いにジンを見て黙り込むガンダーに、ジンは冬の朝のような声で続ける。


「どうした。俺の問いにすべて答えたら、命は取らないでやってもいいんだぞ?」


 するとガンダーは、疑わしそうに訊く。


「その言葉、本当だろうな?」


「当たり前だ。魔物相手に嘘をつくほど、俺は落ちぶれちゃいない」


 ジンの言葉にカッとしたガンダーだったが、ジンの身体を包む黄金色の魔力を感じ取り、またもや悔しそうに


「……南部部隊は背徳の魔神ヴェルゼ様の指揮下にある」


 それだけを吐き捨てるように言った。


「兵力は?」


「は?」


「聞こえなかったのか? 南部部隊の兵力を訊いたんだ」


 ジンが眉をピクリともさせずに訊くと、ガンダーは観念したように答えた。


「さ、3万だ」


「南部部隊があるということは、東部や西部、北部の部隊もあるんだろう? それぞれの指揮官と兵力を教えてもらおうか?」


 ジンが魔力を『払暁の神剣』に込めると、剣は黄金色の魔力を沸き立たせた。


 ガンダーはそれを見て青くなったが、哀願するように言う。


「た、確かにお前の言うとおり、東西南北の4個部隊でヒーロイ大陸に上陸することは知っているが、それ以上のことは現場指揮官である俺ごときが教えてもらえるはずがないだろう? 頼む、助けてくれ。本当に知らないんだ!」


 するとジンと剣を包んでいた魔力が緋色の瘴気のような禍々しいものに変わり、炎のように燃え立つ。


 ジンは唇を歪め、


「俺のすべての問いに答えられなかったな……」


 そう言うと、ゆっくりと『払暁の神剣』を振り上げる。


 ガンダーは脂汗を垂らしながら、


「分かった、分かった。東は絶望の魔神ディモス様、西は恐怖の魔神ルシフェ様、南は背徳の魔神ヴェルゼ様、そして北は偽善の魔神ザカリア様が指揮官で、兵力はそれぞれ3万だ。頼む、これだけしゃべったんだから助けてくれ!」


 そう恥も外聞もなく喚いた。


「最初から素直にしゃべれば良かったんだ。下手な嘘で手間を取らせやがって」

 ヒュンッ! バムッ!

「あぐああっ!」


 ジンが振り下ろした『払暁の神剣』は、ガンダーの両脚を膝から切断していた。痛みにのたうち回るガンダーに、ジンは冷たく言い放って『払暁の神剣』を鞘に納めた。


「約束だから命は取らない。だが手間を取らせた報いは受けてもらった。助かるかどうかは貴様の運に賭けるんだな」


   ★ ★ ★ ★ ★


 四神が集う神殿パンテオンは、人間たちが訪れることは叶わない世界にある。そこは澄み切った空と清浄な大地が広がる温暖な場所であり、穏やかな風に吹かれているだけで心も身体も活力を取り戻していくようであった。


 四神は四六時中ここにいるわけではない。彼ら、彼女らには自身が治めるべき『世界』があり、地上を見回る義務もある。


 しかし、精霊覇王として人間たちが住まう世界の摂理を守り、平穏を維持することに責任を持っているエレクラは、パンテオンに居ることが多かった。


(ステージ4の土の魔法を使う男か。クロウ一族だというが、恐らくその男はこの世界の人間ではなかろう。いったい誰が何のためにわざわざジン・ライムという人物をこの世界に送り込んだのだろうか?)


 エレクラがそう考え込んでいたとき、パンテオンにアクエリアスがやって来た。


「あら、エレクラ様ってばやっぱりここにいらっしゃったのね」


「私に何の用だ、アクエリアス?」


 エレクラが振り返って訊くと、アクエリアスは呆れたように両手を腰に当てて言う。


「あら、お忘れですか? ジン・ライムがエレクラ様の神殿に向かって出発しました。彼とお会いしたいのなら、このチャンスを逃すって手はございませんよ?」


「そうだったな。では、私は神殿に行ってみよう」


 エレクラがそう言って歩き出そうとすると、アクエリアスはにこっと笑って


「エレクラ様、実は南に展開している魔物の一部は、ジン・ライムたちの側まで来ています。恐らく両者は衝突するでしょうが、エレクラ様は彼がどんな戦い方をするか興味はございませんか?」


 そう、謎をかけるように言う。


 エレクラは困ったように笑うと、真面目な顔に戻り、


「アクエリアスは以前、彼が『摂理の黄昏』を阻止することを望んでいるようだと言ったな? 今でもその観測に変わりはないか?」


 そう訊くと、アクエリアスもまた真面目な顔で答えた。


「はい、もちろんです。彼がオーガの部隊と行動を共にしているのがその証拠です」


「ふむ、オーガたちと……ならば彼と話し合いをすることは可能のようだな」


 エレクラは独り言をつぶやくと、


「アクエリアス、ジン・ライムがいる場所は判っているか? お前の言うとおり、彼がどんな戦い方をするか、まずはそれを見てみよう」


 そう言って、アクエリアスの返事も待たずに歩き出した。



 それから数分後、エレクラとアクエリアスはジンたちの部隊が長い隊列を組んで歩いているのを見つけた。


 エレクラは、レンやサラと話しながら歩くジンを遠くから見て、


「あれがジン・ライムか。見た目は普通の少年のようだが、身にまとった雰囲気は歴戦の戦士に劣らないな。それにオーガと見紛うような体格をしているのは、やはり彼がこの世界の者ではないからだろう」


 そう感想を述べる。アクエリアスはそれを聞いて訊いた。


「エレクラ様も、彼が何らかの理由で他の世界から紛れ込んだとお考えなんですね?」


 エレクラはうなずくと、アクエリアスを横目で見て


「そうだ。そしてアクエリアス、『も』と言うからにはお前もそう考えているということだな? どうしてそう思った?」


 そう疑問を口にする。


 アクエリアスは神妙な声で、逆にエレクラに訊き返した。


「エレクラ様、もし『摂理の黄昏』が起こったとして、今の人間や精霊たちにそれを乗り越えるだけの能力があると思われますか?」


 エレクラは不審そうに答える。


「あると思うぞ? 現に2千年前の『摂理の黄昏』は乗り切れたからな。お前は今の人間たちでは乗り切れないと思うのか?」


 エレクラの問いに、アクエリアスはひどく厳しい顔付きをして答えた。白い顔には少し青い翳が差し、いつもの穏やかな彼女からは想像もできない表情だった。


「はい、あの頃はエレクラ様はじめ四神や人間、精霊たちが心を一つにして艱難に立ち向かいました。

 けれど今はどうでしょう? 人間たちは自分たちのことばかり考える者が増え、精霊たちと心を通わせる者はめっきり少なくなりました。オーガやエルフ、ユニコーン族など精霊の血をひくものたちを『亜人』などと呼ぶようになったではありませんか。

 そんな状態であの苛烈な『摂理の黄昏』を乗り切れるとは、私には到底思えません」


 はっきりそう言い切ったアクエリアスを驚いた顔で見つめていたエレクラだが、すぐに琥珀色の瞳を持つ目を細めて何かを考え始める。


 ややあって、エレクラは首を振りながらため息混じりに言った。


「……アクエリアスの言うとおりかもしれない。確かに人間と精霊との絆は年々弱くなっていた。それに手を打たなかった私の責任でもある。

 けれどアクエリアス、お前は滅び行く私たちの世界を救うため、誰かがジン・ライムを送り込んでくれたと考えているんだな?」


 アクエリアスは無言でうなずく。エレクラはそれを見て視線をジンたちの隊列に戻し、


「では、私たちはジン・ライムを全力で守り、助けねばならないな」


 そう、強い光を瞳に込めて言った。



 ジンのことを『異世界からの救世主』と認めたエレクラとアクエリアスは、なおもジンたちのことを見守っていたが、二人の姿勢はやや違っていた。


 ゆっくりと小休止しているジンたちの近くに、ヘルゴートの軍団が忍び寄って来ているのを発見したアクエリアスは、


「このままではジン・ライムが危ないです。ヘルゴートが近くにいることを教えてあげましょう」


 と、ジンに危険を知らせることを望んだが、エレクラは泰然として、


「彼が『異世界からの救世主』……お前の言い方では『伝説の英雄』だとしたら、この程度は危機のうちには入らないはずだ。まずは彼がどうするかを見ておくといい」


 そう言ってジンたちに近寄っていくヘルゴートたちを愍然と眺めていた。


 アクエリアスは内心ハラハラしていたが、小休止を終えたジンたちがそれまでとは違った順序で行軍を再開したのを見て、


「行軍の順序を入れ替えましたね。ヘルゴートが自分たちを狙っているのに気づいたんでしょうか?」


 思わず独り言をもらす。


 エレクラはそれに可笑しそうな顔で答えた。


「先頭をオーガにしてジン・クロウは殿軍に回った。ヘルゴートが配置の入れ替えに気付いていようがいまいが、奴らにとっては可哀そうな結果になりそうだな」


「どうしてですか? 真ん中を襲えばいいじゃないですか」


 アクエリアスは不思議そうに訊く。どうやら気持ちに余裕ができたようだな……エレクラはそう思って笑いながらアクエリアスに答えた。


「いかに強いヘルゴートといっても、オーガと正面切って戦いたくはないはずだ。中軍を襲えば先鋒のオーガがすぐに引き返してくる公算が高い。それは避けたいだろうから、もしヘルゴートが配置の入れ替えに気付いているなら、十中八九奴らはジン・クロウの隊に襲い掛かるだろう。その戦いぶり、じっくり見せてもらおう」



 ヘルゴートたちはエレクラの予言どおり、あっという間に笑止なほどもろい壊滅を遂げた。遠くからそれを見守っていたアクエリアスは安どの胸を撫で下ろしたが、逆にエレクラは厳しい目でジンを見つめていた。


「エレクラ様、ジン・ライムと話しはされないのですか?」


 ジンの『強さ』を見て、彼こそ『伝説の英雄』だとの確信を強めたアクエリアスは、弾んだ声でエレクラに問いかける。


 しかしエレクラは、何かに思い当たったようにハッとした顔で


「……いや、その可能性は限りなく低いが、確かめてみなければな」


 そうつぶやくと、アクエリアスに視線を向けて言った。


「そうだな、少し確かめたいこともあるし、話をしてみよう。アクエリアス、ジン・ライムと引き合わせてくれ」


 そのころジンはジビエやネルコワと、襲撃してきた魔物について話をしていた。


「こんなヤギみたいな魔物は初めて見ました。今まで見たこともない魔物がこうやって目の前に現れるなんて、ジン様、やっぱり『摂理の黄昏』が近いんでしょうか?」


 ネルコワさんが、地面に累々と横たわるヤギ型の魔物たちの亡骸をみて怖気をふるいつつ訊いて来る。


「こいつはヘルゴートっつってな、普段は海の向こうにあるって伝わる幻の大陸に棲んでいるって話さ。結構魔力は強いって話を聞いていたけど、ジン様にかかっちゃガキんちょ同然だったね。さすがはアタイの旦那だぜ」


 僕が答えるより先に、ジビエさんが口を挟んでくる。一言多いジビエさんの説明にネルコワさんが文句を言い、ジビエさんがその文句をどこ吹く風と受け流す……それがいつものテンプレだ。まったくこの二人は、仲が良いんだか悪いんだか……僕がそう思っていると、やはりネルコワさんが頬を膨らませて


「ちょっと! 勝手にジンさまを旦那様認定しないでいただけます?『伝説の英雄』は、みんなのものでないといけないんじゃありませんこと?」


 そう抗議すると、ジビエさんはツンとした顔でチラリと僕を見て


「ああ、それはおちびちゃんの言うとおりだと思うな。『伝説の英雄』はみんなのもの……けれど誰かさんはジン様にモーションかけまくっちゃいないか?」


 そう言うと、なんとネルコワさんまで僕をジト目で見て言う。


「そうですわね。せめて『摂理の黄昏』を阻止してからモーションかけてほしいですわ」


 うん? どういうことだ?……僕の頭に『?マーク』が浮かんだ刹那,僕は彼女たちがウェカのことを言っていることに気付いた。マズい、ウェカとネルコワさん、ジビエさんの三人は、今後のことを考えると仲良くしてもらう必要がある。きっと僕とウェカの距離が自分たちと比べて近すぎると感じているのだろう。


(これは、ウェカともちゃんと話をして、変な確執が三人に生じないようにしないとな)


 僕はそう決めると、ネルコワさんとジビエさんの話は聞こえないふりをした。


 この状況では、僕がウェカとのことを説明しても彼女たちがそれで納得してくれるか疑問だ。それよりは僕の『鈍感系思わせぶり主人公』の肩書を利用した方がいいと判断したのだ。


 僕はさりげなく、ジビエさんとネルコワさんに、


「ジビエ、ネルコワ、早く行軍を再開しよう。ここに留まっていて新たな敵を呼び込んでもつまらないからね」


 そうワザと呼び捨てで言った。案の定、二人は一瞬キョトンとした顔をしたが、僕が重ねて


「どうしたんだい? 早く行軍を再開しなきゃ。聞こえなかったのかい、ジビエ、ネルコワ?」


 そう言った。恥ずかしさに顔が赤くなるのを無視して、務めて平静を装っていたのだが、二人はそんな僕の様子に気付く前に舞い上がってくれた。


「ジ、ジンさま。みんなの前でわたくしを呼び捨てにされるなんて、どうした風の吹き回しですの? は、恥ずかしいじゃありませんか」


「アタイのことを面と向かって呼び捨てにするなんて、ジン様ったらいい度胸じゃないか。そんなことされたら、アタイだってジンって呼びたくなっちまうじゃないか」


 二人とも、猛烈に照れながらそんなことを言っている。


 そこに、おずおずとサラさんが顔を見せて、僕に驚くべきことを告げた。


「あの、ジン様。精霊王アクエリアス様が、ぜひジン様と引き合わせたい方をお連れしたと訪ねておいでです」


(魔神を狩ろう その11へ続く)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

いよいよジンたちはヴェーゼシュッツェンの奪還に向けて行動を開始しました。

それとともに、彼を巡ってはウェカ、ネルコワ、そしてジビエの三人が水面下で駆け引きを始めたみたいです。

ジンを巡る人間関係や状況の移り変わりがどうなるか、本当に楽しみです。

では、次回もお楽しみに。


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