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キャバリア・スラップスティック  作者: シベリウスP
アルクニー公国編
5/137

Tournament5 Strong Enemy hunting(強敵を狩ろう!)

国主から首都に招待されたジンたち『騎士団』の面々。

それを聞いた(自称)アルクニー公国随一の騎士団を率いるオー・ド・ヴィー・ド・ヴァンは、ジンたちに練習試合を申し込む。

初めての対外試合、ジンたちは果たして……。

 ボクの名は、オー・ド・ヴィー・ド・ヴァン。アルクニー公国一の騎士団である『ドラゴン・シン』のギルドマスターだ。


 何が公国一かって? そりゃあ、ボクは血筋も良く容姿端麗で頭脳明晰、そしてブルジョワな男だ。他人と比較して勝る点は多々あれど、劣る点などありはしない。


 ボクは他人より優れている、これは既定の事実だ。

 だから、ボクが公国一の騎士であることも既定の事実といえよう。

 よって、僕が率いる騎士団も公国一なのである。Q.E.D.証明終わり。



 そんなボクは、今日もボクの騎士団『ドラゴン・シン』の事務所で、優雅にお茶を飲んでいた。昼下がりの紅茶は至福のひと時だ。


「団長、今年の『ドラゴン・シン提供、騎士団選抜競技大会』はどうしますか? 例年どおりの開催なら、そろそろ町長と話をしておかないと予算が付きませんよ?」


 ボクの有能な秘書であるマディラ・トゥデイがそう訊いてくる。ボクはチラリとカレンダーを見て、微笑んで答えた。


「そうだね。去年はなかなかいい団員たちを確保できた。今年もぜひやろうじゃないか。マディラ、基本的な線は昨年どおりでいいが、会場周囲の出店と会場整理については、我が騎士団で請け負うことにしよう。そのつもりで町の担当者と下ごしらえをしてくれないか?」


「分かりました。けれど会場の整理についてはともかく、出店までウチで受け持つのはちょっと経験が不足していますが」


 マディラが首をかしげるのに、ボクは形のいい右手の指で金髪をかき上げながら言った。


「ふふ、別にボクたちで店を構える必要はない。要するに出店の胴元として出店者からお金がいただければいいのさ。店の区画割とその受け付け、抽選、決定などをウチですればいい」


「なるほど、いつもなら町の財源になる部分をごっそりいただこうってわけですね? けれど町の財政担当がイヤな顔をするでしょうね?」


 可笑しそうに言うマディラに、ボクはそっけなく言う。


「ふん、ボクの父上がどれだけこの町に貢献していると思う? それを考えれば、たかだか数十万ゴールドの上がりくらい、前途有為な我が騎士団の実入りにしても罰は当たらないさ」


 そんな話をしているところに、わが騎士団の副官、ウォッカ・イエスタデイがのそりと入って来て言う。


「団長、聞きましたか?」


 彼は2・5メートルの長身を屈めて訊く。オーガである彼は武骨で、あまり口を利かないが、それにしたって単に『聞きましたか?』と訊かれても困る。


「何のことだい? ウォッカ」


 ボクが訊くと、ウォッカは石色の瞳に凄味を利かせてぼそりと言う。


「隣村の『騎士団』のことです」

「どういうことだい?……ってか隣村に騎士団なんてものがあったのかい?」


 ボクの問いに、ウォッカはうなずいて答えた。


「その騎士団が、アルクニー公から首府に招待されました」


 そう聞いても、そもそもボクには隣村の騎士団の存在自体が初耳だった。ボクが知らないのだからどうせ弱小騎士団で、子どもの遊びみたいなものだろうとは想像できたが、そいつらがアルクニー公から首府に招待されるとはどういうことだ?


「順序良く、分かるように話してくれないかウォッカ。アルクニー公が誰を首府に招待したんだい?」


 するとそれまで黙っていたマディラが、手に持った書類をめくって言う。


「ああ、ありました。ドッカーノ村騎士団は去年、村のジン・ライムという少年が立ちあげたみたいです。団員はシェリー・シュガーというシルフと、ワイン・レッドというエルフですね。ワインの父は団長もご存知のヌーヴォー・レッド様ですよ」


「なるほど、やはりワインが気まぐれでつくったお遊び集団だな。で、そいつらが何のご褒美でアルクニー公から招待されたんだ? 仮にも一国の主が辺鄙な村の弱小騎士団を呼び出す理由が分からないな」


 ボクが言うと、マディラは驚くべきことを言った。


「しばらく前に首府で銀行を襲ったフリント・ロック率いる盗賊団を捕まえたらしいですね。アルクニー公が非常にお喜びで今回の招待となったと聞いています」

「何だって?」


 ボクはびっくりして思わず叫んだ。ジンという男は知らないが、ワインのことなら良く知っている。金と女性に目がないワインは、お世辞にも強いとは言い難い。そいつが盗賊団を捕まえただって?


「信じられない。あのがめつくてスケコマシのワインが?」


 ボクはそうつぶやいたが、ドッカーノ村からデ・カイマーチに行くには、この町を通らねばならないことを思い出した。


「……ではワインにお祝いの言葉でも言ってやらないとな。ウォッカ、すまないが街道をやって来るはずのドッカーノ村騎士団の皆さんを出迎えてくれないか? ワインたちを騎士団本部にご招待してあげようじゃないか」


 ボクは笑ってそう言った。


   ★ ★ ★ ★ ★


「や〜っとトナーリマーチよ。あ〜あ、くたびれた」


 アルクニー公から招待された僕たち『騎士団』は、ドッカーノ村を出発した日の午後、隣町のトナーリマーチに着いた。


「ワイン、宿はどうしようか?」


 僕が訊くと、ワインは目深にかぶっていたチロリアンハットを指で弾き、その端正な顔をほころばせて答えた。


「ラムさんやシェリーちゃんのために、この町で一番いい宿を予約している。足代まで面倒見てくれるなんて、アルクニー公は太っ腹じゃないか」


 そう言うとワインは僕たちを連れてトナーリマーチの西地区へと向かう。この町の人口は1万人程度、主な産業は僕たちが住んでいるドッカーノ村と同様に農業だが、他にも窯元がいくつかあり、独特の風合いをした作品で知られている。


 西地区には、そんな窯元が何件も並んでいて、自然の中にあるちょっとこじゃれた街並みだった。そして風光明媚で、南にはカーミガイル山が見えている。


 僕たちが泊まるのは、『ムジーク』という品のいい宿だった。宿と言ってもどでかい建物があるわけではなく、数人が泊まれるバンガロー風の建物が林の中に点在する、分宿形式の宿だ。


「ボクとジンが相宿で、シェリーちゃんはラムさんと同じ建物だ。お風呂は各建物にもついているらしいが、本棟にも露天風呂があるらしい。そして食事は本棟にあるビュッフェで摂ることになる。0点(午後6時)から利用できるらしいから、それまでは荷物を部屋に入れて自由時間としよう」


 本棟で受付を済ませて来たワインはそう言うと、部屋の鍵をみんなに渡す。自由行動ができるようにとの配慮らしい。


「分かったわ。じゃ、ジン、アタシたちは2刻(30分)後にここに来るわね。一緒にゴハン食べよう」


 そう言うと、シェリーはラムさんと共に僕たちの隣(といっても50メートルは離れているが)の建物に向かって歩いて行った。



「ジン、キミはこの町の『ドラゴン・シン』という騎士団を知っているかい?」


 部屋に入ってそれぞれの荷物を広げている時、いきなりワインがそう訊いて来る。


「ああ、名前は聞いたことがあるよ。結構大きい騎士団だそうだね?」


 僕がレギンスを外しながら言うと、ワインはこちらを見てチロリアンハットをポンと投げ、壁のフックに引っ掛けた。


「団員は5百人いると聞いている。おそらく今ではこの国で一番大きいんじゃないかな。団長はこの町の資産家で商社を経営しているミヒャエル・ヤマダという人物の一人息子だ」


 ワインの言葉に、僕は笑って言う。


「君と同じような立場の人物ってことだね?」


 するとワインは機嫌を損ねたように、


「ふん、ボクを一緒にしないでくれないか? このギルドマスター、オー・ド・ヴィー・ド・ヴァンと名乗っているが、こいつは金と女性に目がない男だし、お世辞にも強いとは言い難い。そんな男が5百人もの団員を集めて何をしたいんだろうかって思うよ」


 そう言う。僕は笑って謝る。


「ゴメン、ド・ヴァンって人のことは良く知らないんだから、君と比べることはできなかったね。ただ良いところの出身って聞いたので、君に境遇が似ているなって思っただけだから、気にしないでくれ」


「まあ、話だけ聞けばそうだろうね。ボクもつい感情的になってしまった、悪かったよ。ところでそろそろ夕食の時間だよ?」


 ワインが気を利かしたのだろう、そう言ってくれたので、少し早いが僕たちは外に出て本棟へと行くことにした。



「あーあ、普通ならばオンナノコたちが露天風呂に入っている図は、男のロマンの恰好な標的だけれど、相手がシェリーちゃんじゃそうもいかないね?」


 歩きながらワインがそう言うと、


「それ、どういうイミ?」


 そう、おどろおどろしい声が背後からした。


「わっと! シェリーちゃん、もうここに来ていたの?」


 ワインがびっくりして訊くと、シェリーは腰に手を当て、碧眼を細めて再び訊く。マズい、シェリーは短剣ダガーを抜く構えだ。


「アタシが相手じゃロマンがないって言いたいの?」


 けれどさすが口八丁手八丁のワインだ、ニコリと優雅に笑うと僕を見て言った。


「他意はないさ。シェリーちゃんには『シルフの掟』があるから、ジンならともかくボクが覗くわけにはいかないなって言っただけさ」


 途端にシェリーはゴキゲンになって言う。


「なによ、分かっているじゃない。ちなみにラムさんのも覗いちゃダメだよ?」


 するとワインはチラッとラムさんを見て言う。


「まあ、ボクには『ユニコーン侯国の獅子戦士』のハダカを覗く度胸はないね。ジンもそうだろう?」

「度胸以前のモンダイだけれどね」


 僕はそう言って笑った。その時、ラムさんが10ヤードほど先の木立に向かって鋭く叫んだ。


「そこの木陰にいる3人、黙って見ていないで出てきたらどうだ?」


 僕とワインは、剣を左手でつかむと、さっとシェリーをかばうように位置を変える。ラムさんが誰何した先の木陰から、3人の男女が姿を現した。


 真ん中の男は、身長180センチほどの男だった。金髪でややうるさげな前髪は、はらりと白い額にほつれかかり、その下にある碧眼は油断ならない光を放って僕らを見ていた。通った鼻筋、引き結ばれた形の良い唇と、どこを取っても非の打ちどころのない容姿である。


 誤解を恐れずに言えば、彼は、美しかった。ワインもかなりの美男子だが、彼はまた違った美しさを放っている。


 その後ろには、同じく金髪碧眼の女性と亜麻色の髪を持つガタイのいい男が付き従っていた。女の方は耳の形からエルフだと思われたし、男の方は2メートルをはるかに超える身長から、まごうことなきオーガであろう。


「我が町へようこそ、ドッカーノ村騎士団の皆さん」


 男が優雅に笑いながら言う。その次の言葉に、僕はびっくりしてしまった。


「……君たちがアルクニー公に招待されたと聞いて、お祝いを言いに来たよ、ワイン」


「ワイン、知り合いか?」


 するとワインは、ニコリと笑って答えた。


「わざわざお祝いを言ってくれてうれしいよ。他人の成功を素直に喜べるようになったんだね、マイケル・ヤマダくん」


 するとマイケルは、むすっとした顔で言う。


「君もイジワルだね? その名はもうボクとは関係がないんだ。ちゃんとオー・ド・ヴィー・ド・ヴァンと呼んでいただきたいね」


「マイケル・ヤマダ……」


 僕の後ろでシェリーがこらえきれずに噴き出す。それはラムさんも同様だった。


「し、失礼。あまりに見た目とチグハグな感じがしたので……確かにそなたにはオー・ド・ヴィー・ド・ヴァンの名が似合う」


 ラムさんが間髪入れずにそう言ったため、マイケルは機嫌を直し……


「待ちたまえ、まだ地の文(ナレーション)で『マイケル』と呼んでいるじゃないか? そこも改めてもらおうか」


 ……機嫌を直していなかっただけでなく、地の文にまで干渉するというメタいことをしでかしやがった。

 とにかく、ド・ヴァンは僕たちに言った。


「こほん……とにかく、君たちのこれからをボクたち『ドラゴン・シン』も祝福したい。ついては明日、騎士団同士の友好を深めるために練習試合をしないかい?」


「……それは、去年この町で行われたような相手の騎士団には剣のみを認め、自分たちは弓や槍で戦う……みたいな試合かい? そう言う試合ならご遠慮したいよ」


 ワインがにこやかに言う。確かに、そんな試合ならゴメンこうむりたい。


「失礼だね、君は。うちの団長になんて口の利き方だい?」


 女性が言うが、ド・ヴァンは軽くそれを制して言う。


「待て待て、マディラ。ふむ、そんな風に伝わっていたとは心外だ。ボクはそれぞれの騎士団に自分が最も得意とする武器を選んでもらっただけだ」


「負けたら自分の騎士団に編入する……そんな条件も付していたと聞いているよ? そこはどうかな?」


 ワインの問いに、ド・ヴァンは涼し気な眼差しで答えた。


「そんなことはないよ。確かに、試合後にボクの騎士団に入団した団員がいることは事実だが、彼らはみんな、ボクの騎士団に入ることを望んだんだよ? そこは誓っていいよ」


 なんか、ワインもド・ヴァンも笑顔ではあるが、彼らの間に見えない火花が飛び散っているようだ。非常に場の雰囲気が気まずくなっていくのを感じた僕は、


「とにかく、わざわざお祝いの言葉をかけてくれたことは感謝するよ。練習試合については、僕たち『騎士団』は今までそう言う機会がなかったからありがたいと思っている。胸を借りるつもりでお受けしたい」

「おい、ジン。奴らを信じるつもりかい?」


 僕の言葉に驚いたワインが言うが、僕はうなずいて答えた。


「ド・ヴァン殿は僕たちより先輩の騎士だ。その彼がワインの疑問について明確に否定しているのであれば、それを信じるのが騎士としての在り方だと思う」


 するとド・ヴァンは、機嫌よく笑って言った。


「あっはっはっ、さすがは団長さんだね。ボクもああ言った手前、約束は守るよ。では明日、8点(午前10時)に町の広場で待っている。楽しみにしているよ、ドッカーノ村騎士団の皆さん」



「ふっふっふっ、なかなか面白そうな人たちだったね。ワインは相変わらずだったけど」


 帰り道、ご機嫌でそう言うド・ヴァンに、マディラが


「団長、のんきにしている場合じゃないです。ワタシたちに気が付いて声をかけて来た女は『ユニコーン侯国の獅子戦士』ラム・レーズンですよ?」


 そう言ったので、ド・ヴァンは思案顔になった。


「ふむ、それだけの人物があんな弱小騎士団に入っているのは不思議だね。ワインに心酔するはずがないし……とすると、あのジン・ライムとか言う団長がよっぽど強いか、それだけの魅力があるんだろうね。ともかくも、面白い騎士団だ」


「……そのジン・ライムですが、見た目ほどのほほんとはしていないようですな。実力はかなりあると思います」


 ウォッカがぽつりと言うのを聞いて、ド・ヴァンはまたまた面白そうに笑って言った。


「そうかい。うちの副官兼親衛隊長である君が言うのならそうなんだろうね。ボクは彼らにがぜん興味がわいてきたよ」


「明日の練習試合、誰が出ますか?」


 マディラが訊いてきたので、ド・ヴァンはめんどくさげに答えた。


「ボクと君とウォッカ、そしてソルティでいいんじゃないか?」

「遊撃隊長のソルティですか……うちの腕利きばかりですね?」


 マディラが言うのに、ド・ヴァンは


「相手は弱小とはいえ、『ユニコーン侯国の獅子戦士』やウォッカも認める人物がいるんだ。それなりの敬意は表さないとね? ソルディにはマディラから話をしておいてくれ」


 そう言って、一瞬鋭い瞳をした。



「おい、ジン、大丈夫か? あいつは腹黒い奴だから、こちらが敗けたらきっとラムさんを自分の騎士団に入れようとするぞ」


 心配げなワインに対し、ラムさんがニコニコ笑って言う。


「大丈夫だ。あいつらも確かにそれなりの強さは持っているが、まだ私の敵じゃない。どんな奴が出てくるか分からないから油断はしないが、仮に負けても私はジン団長のお側を離れはしないわ」


 ラムさんが頬を染め、熱い瞳で僕を見つめて言う。普通は男言葉で毅然とした態度のラムさんだが、時々ラムさんって妙に乙女チックになるときがあるなあ、なぜだろう?


「とにかく、明日はうちの騎士団にとっては最初の試合よ。誰からどの順番で出ればいいの?」


 シェリーがラムさんの視線をさえぎるように、僕とラムさんの間に割って入って訊いて来る。


「ジンは団長だから大将枠だね。普通に考えたら副将枠にラムさん、次鋒にボクで先鋒がシェリーってところかな?」


 ワインが言うと、ラムさんが


「総当たり戦か勝ち抜き戦かで違って来るな。総当たり戦ならワインが言うラインナップでいいが、勝ち抜き戦ならぜひ、私を先鋒にしていただきたい。私一人で勝ちを決めて見せるから」


 そう、静かな闘志を燃やして言う。


「ありがたい申し出だけれど、僕はせっかくの練習試合だからみんなに出場のチャンスを与えたいんだ。ド・ヴァンも僕たち全員の力量を見たいだろうから、総当たり戦ってことになると思うよ?」


 僕が言うと、ワインもうなずく。


「ド・ヴァンは常に強い者を自分の騎士団に入れたがっている。おそらくジンの言うとおり総当たり戦ってことになるだろうね。だからこちらのラインナップは最初言ったとおりがいいと思う」


「大丈夫よ。仮に勝ち抜き戦でもアタシが一人で勝負を決めて見せるから。だからジンは大船に乗ったつもりでいてね?」


 シェリーが言うと、競うようにラムさんまで


「そのとおりだ。仮にシェリーが敗けても、私の所ですべて撃破する。ジン団長を引っ張り出させないから安心して?」


 そう言ってニコリと笑う。その笑顔をシェリーが面白くない顔で見ていた。

 なんか、明日の試合が心配だなぁ。


   ★ ★ ★ ★ ★


 そして次の日、僕たちは指定の時間に町の広場に到着する。驚いたことに広場は派手派手しく飾り付けられ、人ごみでごった返していた。周囲には店まで出ている。ちょっとしたお祭り騒ぎだった。


「……なにこれ。アタシたちの試合は見世物じゃないのよ? こんなたくさんのギャラリーの前で戦うなんて、緊張するじゃない」


 シェリーがつぶやくと、ワインがうなずいて、


「それがマイケルの狙いだね。彼らはこの雰囲気の中で戦うことに慣れているけれど、ボクたちみたいに駆け出しの騎士団はそうじゃない。雰囲気に呑まれて実力を出せなかった騎士たちもいただろうね」


 そう言う。


 けれどラムさんは落ち着いたもので、


「これくらいのギャラリー、御前試合ほどじゃないな。むしろ少しくらい緊張した方が心は高揚するものさ」


 そう言って笑っている。さすがはその名が知られた『ユニコーン侯国の獅子戦士』だと僕は感心した。


 そうこうしているうちに、ド・ヴァンが僕たちの所に来て、笑顔で言った。


「やあ、皆さんお揃いかな? 今日の練習試合を見ようと町の人たちもたくさん集まってくれたよ。いい試合をしようじゃないか。ところでやり方だが、総当たりで行く? それとも勝ち抜き戦で行くかい? 君たちで選んでいいよ」


 そして一度自分たちの陣地を振り向いて、


「ボクたち『ドラゴン・シン』は、先鋒として遊撃隊長のソルティ・ドッグから出す。次鋒が事務長のマディラ・トゥデイ、副将は副官兼親衛隊長のウォッカ・イエスタデイさ」


 そう言う。僕はみんながうなずくのを確認して答えた。


「せっかく胸をお借りするんだ、総当たり戦で行きたいと思う」


 するとド・ヴァンはニコリと笑って


「そう言ってくれると思っていたよ。では、5分後に先鋒戦を開始しよう。得物は約束どおり自由だ。頑張ってくれたまえ」


 そう言うと、踵を返して仲間たちの所に戻って行った。



 敵の先鋒ソルティは、シェリーと同じ弓使いのようだった。黒髪を長く伸ばし、黒曜石のような瞳をしていて、やや浅黒い肌が特徴的な戦士だった。


 今日は周りにギャラリーがいるが、『ドラゴン・シン』の法器使いが四人、四隅に立ってシールドを張っている。好きなだけ飛び道具を使ってもいいということだろう。


「ならアタシも、まずは弓で行ってみるわ」


 シェリーはそう言うと、弓弦を張りながら試合場に出る。


「第1試合、ドッカーノ村騎士団、副団長シェリー・シュガー。『ドラゴン・シン』、遊撃隊長ソルティ・ドッグ」


 シェリーたちは5ヤード程度の距離で向かい合った。審判役だろう、身体の周りにシールドを張った法器使いが二人を紹介する。


「はじめまして。いい試合をしたいわね?」


 ソルティがそうにこやかに言うと、シェリーも


「そうね。でも手加減なしよ?」


 そう笑って言った。


「試合、始めっ!」


 審判の宣言と同時に、ソルティは矢を放つ。ほぼゼロ距離から一挙動での素早い射撃だった。


「なっ!?」


 シェリーは辛くもそれを避けたが、ソルティは肉薄しながらの連続射撃を放って来る。シェリーはいきなり先手を取られて防戦へと回ってしまった。


「逃げてばかりじゃ、主導権を取り戻せないわよ?」

「くっ!」


 シェリーは弓を諦め、左肩に滑らせるように掛けるとともに両手で短剣ダガーを抜き放つ。至近距離の敵にシェリーの捨て身の攻撃が炸裂した。


 カーン、カキーン!

「えっ?」

「そこまでっ! 勝負ありっ!」


 シェリーは、ソルティの弓でダガーを弾き飛ばされ、体勢を崩して右ひざを地面に着いた。そのシェリーの顔面に、ソルティの矢はぴたりと照準をつけている。これが実戦ならシェリーはよくて大けが、最悪ほぼ即死だったろう。


「……ダガーの抜きは素早かったわ。でも、まだまだね」


 ソルティがそう言って自分の仲間たちの所に戻る。シェリーはショックでしばらく動こうとしなかった。


「シェリー、気にするな」


 僕はシェリーに近寄るとそう言ったが、決して弱くはないシェリーがまるで刃が立たなかったことで、


(さすがは公国一を自称するだけある。良い団員がいるな)


 そう気を引き締めていた。


「……悔しいけど、アタシは誰にも負けない強さを手に入れて見せる」


 ややあって、ショックから立ち直ったシェリーは、硬い表情でそうつぶやきながら自陣へ戻った。



 次鋒戦はワインの番だが、彼はシェリーの勝負を見て何か思うところがあるらしく、愛用の槍を持つと彼にしては真剣な表情で試合に臨んだ。


「第2試合、ドッカーノ村騎士団、事務総長ワイン・レッド、『ドラゴン・シン』事務長マディラ・トゥデイ」


 マディラは見慣れない武器を持っていた。法器でも短剣でもない、僕にとっては初めて見る武器だった。


 けれどワインは、葡萄酒色の瞳を持つ目を細めると、薄く笑って言う。


「ふーん、そんなに短い狙撃魔杖とは珍しいな」


 するとマディラは狙撃魔杖を両手でくるくると回しながら、


「そうでしょ? アタシの狙撃魔杖は結構威力があるから注意することね」


 そう言う。


 二人の試合は一瞬で終わった。


「試合、始めっ!」


 審判は、そう宣言してすぐ、


「それまでっ!」


 慌てたようにそう叫ぶ。


 二人は20ヤード離れて立っていた。その距離なら狙撃魔杖の方が絶対的に有利だ。ワインの槍は届かないが、狙撃魔杖の魔弾は0・1秒もせずにワインを撃ち倒せるはずだからだ。


 案の定、マディラは試合開始直後、両手の狙撃魔杖から魔弾を発射した。


 けれどその魔弾が届く前に、ワインは姿を消し、次に姿を現したときは彼はマディラの眼前2ヤードで、すでに槍の石突はマディラの心臓を狙っていた。


 ワインが槍を突き出した瞬間、慌ててマディラは狙撃魔杖の狙いをワインの心臓と眉間に定めた。


 審判が試合の終了を宣言したのは、まさにその瞬間だった。一瞬でも遅れたら、二人ともその場で即死していただろう。判定は相討ちだった。


「……アンタをバカにしていたけれど、見損なっていたよ」


 マディラが悔しげに言うと、ワインも鋭い表情でうなずいて答えた。


「ボクもだ。少なくとも『ドラゴン・シン』はお遊びの集団じゃないってことだけは理解したよ」



 次鋒戦で、場の雰囲気は単なる『練習試合』とは違う、張り詰めたものに変わった。


「すみません団長。勝てませんでした」


 マディラがド・ヴァンに謝るが、ド・ヴァンは首を振って言った。


「謝ることはない。ボクだってワインがあれほどの腕とは知らなかったからね。これはいよいよ団長くんとの戦いが楽しみになって来たよ」



 副将戦はラムさんの番だった。ラムさんは今までの戦いを真剣な顔で見ていたが、相手のウォッカとか言うオーガが場に出たのを見て静かに笑うと、


「では団長、行ってきますね?」


 そう言ってオーガから10ヤード程度の所に立った。


「第3試合、ドッカーノ村騎士団、獅子戦士ラム・レーズン。『ドラゴン・シン』、副官兼親衛隊長ウォッカ・イエスタデイ」


 審判の選手呼び上げが終わると、二人とも同時に長剣を抜いた。ウォッカは刃渡り3メートルはあるツヴァイヘンダーで、ラムさんは彼女のトレード・マークである刃渡り1メートルもある片手剣だ。


「そなたが『ユニコーン侯国の獅子戦士』か。一度手合わせしてみたかったぜ」


 ウォッカが言うと、ラムさんも


「そなたはオーガ侯国国主、スピリタス殿のご子息だな。『不落の鉄壁』とは私も手合わせしてみたかったところだ」


 そううなずく。ラムさんの周囲には蒼い空電が走り始めた。


「試合、始めっ!」

「速戦即決!」


 審判が試合開始を宣言するや否や、ラムさんの姿が消え、一瞬の後にはウォッカの背後で長剣を叩きつけるように斬り下げる。


「甘いぞ」

 ジャリンッ!


 しかし、さすがは地上最強の戦闘種族と言われるオーガである。ラムさんの気配を察して振り向きざまに後ろに跳ぶと同時に、大剣を盾にして斬撃を弾く。


「はっ!」

「むっ」

 ガインッ!


 続いて繰り出したラムさんの斬撃もウォッカは難なく弾くと、


「一撃で仕留められねば、俺には勝てん!」


 ラムさんの斬撃の後を追うように、ウォッカの大剣が空を斬った。


「はあっ!」

「はっ!」

 シャランッ!


 今度はラムさんの方が受け身に回る。大剣は重たさゆえに大振りになりがちだが、ウォッカはオーガの特性を生かし、大剣をまるで片手剣でもあるかのように軽々と振り回している。


はやい! これが達人同士の戦いというものか)


 僕は秀でた二人の戦士の戦いぶりに、思わず見とれてしまう。それほど二人の戦いはすさまじく、そして目を奪われるものがあったのだ。


 二人はまるで戦うことが目的かのように、手に汗握り、息もつかせぬ攻防を繰り返していたが、


 パーン!


 鋭い音と共にラムさんの長剣が中ほどから折れた。


「勝機!」


 ウォッカはそれを見て、勝負を一気につけようと大剣を振りかぶる。


 しかしラムさんは慌てもせずに、空中で旋回している剣先に折れた長剣を叩きつけた。


 パーン! ザシュッ!

「ぐっ!?」

「そこまでっ! 勝負ありっ!」


 ウォッカの左腕にラムさんの折れた剣先が突き立ったと同時に、審判は試合を止めた。


「……くっ、俺は未熟だな。折れた剣先を攻撃に使うとは考えもしなかった」


 剣先を腕に突き立てたまま、ウォッカは清々しい表情でラムさんに言う。


「私も未熟さを痛感した。いい試合をさせてもらい感謝する。私ももっと精進させてもらおう」


 ラムさんもそう言うと、ウォッカに一礼して僕たちの所に戻って来た。



「凄い戦いだったよ。お疲れ様」


 僕が言うと、ラムさんは赤い瞳を伏せて首を振った。


「お恥ずかしいところをお見せしました。団長もお気をつけて」


 そう言えば、次は僕の番だった。僕は急に喉がカラカラに乾いているのを意識する。


「う、うん。頑張るよ」


 僕はやっとそう言ったが、声がどこから出ているのか分からない。足もふらついて、地面に足がついていないみたいだった。


「団長?」


 ラムさんが僕に言うが、僕は喉が張り付いたようになって声が出ない。そんな僕の様子を見て、ラムさんはうなずくと僕の側に来て、


「団長、心配要りませんよ?」


 そう言いながら僕の手を取り、自分の胸に押し当てた。


「!?」


 僕は慌てて手を引っ込めようとするが、ラムさんは力を込めて僕の手を放さない。僕の手に、ラムさんの温かくて弾力のある、丸っこいものの感触が脳に伝わり、僕の顔はみるみる赤くなっていった。


 僕の顔を見て、ラムさんはくすっと笑ってうなずくと、ようやく僕の手を放す。


「よかった。団長、やっといつもの顔色に戻った」


 ラムさんはそう言うと、頬を染めたまま言ってくれた。


「いつもの団長なら、勝てます」

「……ありがとう」


 僕はそう言って、試合場で待つド・ヴァンの方へと歩き出した。



「さーて、楽しませてもらおうかな」


 ド・ヴァンは、ニコニコしながら言う。


「いい試合にしたいですね」


 僕もそう言ってうなずいた。


「最終試合、本日のメインエベント、ドッカーノ村騎士団、団長ジン・ライム。『ドラゴン・シン』団長オー・ド・ヴィー・ド・ヴァン」


 審判の言葉が終わると、僕もド・ヴァンも剣を抜く。ド・ヴァンは斜に構えて左手を身体の後ろに回し、剣を顔の前に立てて言った。


「さーて、ろうか? 団長くん」


 僕もうなずいて答えた。


「よろしくお願いします」


「試合、始めっ!」


 僕は、ド・ヴァンの先制攻撃を予期していた。彼はああ見えてかなりの腕だ……それはワインにも言えることだが、彼の見せるチャラさは、彼の闘志を韜晦する手段だと感じたのだ。『能ある鷹は爪を隠す』っていうではないか。


「兵貴拙速!」


 思ったとおり、ド・ヴァンは試合開始宣言と同時に僕にダッシュして斬り付けて来た。速さはラムさんに敵わないとはいえ、気を抜いていたらそこで勝負が決まりそうな迅速さだった。


「やっ!」

 カンッ!


 僕の剣とド・ヴァンの剣がぶつかり火花が散る。


「とおっ、やあっ、はっ、どうだっ!」

 カンッ、パーン、チィンッ、シャリンッ!


 僕は無言のまま、ただド・ヴァンの剣を弾き続けることに専念した。こちらから攻撃するなんて考えもしなかったし、彼の攻撃には付け入るスキがなかったのも事実だ。


「ふーん、君の剣は防御の剣だね。手堅くて重厚だし筋もいい。ボクの剣をこれほどまで完璧に受け止められるとは意外だったよ」

 パーン、シャリンッ、バンッ、チーンッ!


 ド・ヴァンはそう言いながらも剣を叩きつけてくる。余裕があるように見えて、それ以上に隙が無い。やはり、この男はただの坊ちゃんではなかった。


 と、ド・ヴァンは何を考えたのか剣を引き、サッと指呼の間から外れて言う。


「君の剣は分かった。次は君の魔法を見せてくれないか?」


 そう言うド・ヴァンの周りに、真っ青な魔力が沸き立つのが見えた。彼の属性は『水』らしい。


「明鏡止水!」


 不意に彼は剣を閃かせた。それは僕の意表に出る。互いに指呼の間から外れていると油断していた僕は、彼の魔力による斬撃をまともに受けて吹っ飛んだ。


 ザシュッ!

「ぐはっ!」


「団長!」「ジンッ!」


 僕は、5メートルほど空を飛び、地面に嫌というほど叩きつけられた。


「ぐへっ!」


「おやおや、ちゃんと防御をしていないとダメじゃないか。これでも手加減したんだよ」


 僕は、爽やかに言うド・ヴァンの言葉を聞きながら気が遠くなっていった。


 その時、


『やれやれ、あいつとの練習だけなら手出しはしないつもりだったが、もっときな臭い奴らがいる。ステージ3まで解放してやるからそいつらを片付けろ、ジン』


 そんな声が聞こえ、僕は息を吹き返した。



「おっ、まだやれるかい? さすがは団長くんだよ」


 立ち上がったジンを見てド・ヴァンが嬉しそうに言うが、ジンの緋色の瞳は彼を見ていなかった。ジンの瞳はもっと遠くを、そう、ド・ヴァンの向こう、人ごみに紛れて彼を弓で狙っている人影を捉えていた。


 ジンがその男を捉えた時、そいつは矢を放った。


「『大地の護り(ラントケッセル)』」


 ジンが魔力を解放すると、ド・ヴァンの周りにシールドが現れる。一瞬遅れて飛来してきた矢が弾かれ、甲高い音を立てた。


 カーン!


 その音で事態を悟ったド・ヴァンは、サッと振り向くと人混みへと駆けだす。ジンもそれを追って走り出した。


「待て、せっかくの楽しみを邪魔するとは、どういう了見だい?」


 ド・ヴァンは、弓を捨てて剣を抜いた男にそう問いかける。男はニヤリと笑うと答えた。


「俺はテメェのせいで2年も臭い飯を食った。その恨みを晴らさせてもらうぜ」


 そう男が言うと、ド・ヴァンの周囲から数人の男たちが手に手に武器を持って襲い掛かる。


「しまった! 油断した!」


 ド・ヴァンは慌てて下がろうとしたが、そこに雨あられと矢が降り注ぐ。シールドがなければその時点でド・ヴァンの命は尽きていたかもしれない。


 その時、ジンの魔法が炸裂した。


「ステージ3・セクト1、『大地の刃(ラントソード)』」

「ぐはっ!」「ぬぐおっ!」「ぶへっ!」


 男たちは地面から噴出する無数の刃に、身体中をズタズタにされて倒れた。


「な、なんだ……今の魔法は……」


 ド・ヴァンを狙っていた男は、一瞬にして地面にくずおれた仲間を目の当たりにして呻く。そこに緋色の瞳を輝かせたジンが現れた。


「自らの罪を棚に上げて、ド・ヴァンを逆恨みするのは許せないな。仲間と共にあの世に行くか、それとももう一度臭い飯を食うか、この場で決めろ」


 ジンの迫力に、男は一も二もなく、


「わ、分かった、悪かったから許してくれ」


 そう哀願する。


「心底悔い改めているのなら、なぜまだ武器を捨てない?」


 ジンが鋭く言うと、男は慌てて武器を投げ出して、


「こ、これでいいか? 助けてくれ、死にたくない」


 そう地面に突っ伏す。


「……だそうだが。ド・ヴァン、君がこの男に縄を打つといい」


 ジンが言うと、ド・ヴァンはニコリと笑って男に縄をかけ、非難するような目でジンに言う。


「団長くん、助けられた身で言うのもなんだが、あいつらはもう助からないだろう。ボクを狙っただけであそこまでひどい目に遭わせる必要はなかったと思う」


 それを聞くとジンもうなずいて、


「そなたもそう思うか? では、大地の慈悲であいつらにも臭い飯を食うルートに進んでもらおう。ステージ3・セクト3『大地の慈愛(ホルスト・カリタス)』」


 すると、血まみれで転がって虫の息でいた男たちは、ぱあっと明るい光に包まれ、その光が消えると不思議にも怪我が治癒し、茫然と地面に座り込んでいた。


「すごいな……団長くん、どういう魔法だい?」


 目を丸くしているド・ヴァンに、ジンは静かに言った。


「大地の魔法だ。やがて来る時のために、俺はカンを取り戻さねばならない」

「待て、それはどういう意味だ?」


 すたすたと歩き出したジンに、ド・ヴァンは慌てて訊くが、ジンはそれには答えずシェリーたちの所に戻る。


「凄いやジン、いつの間にあんな魔法を?」


 そう訊いて来るシェリーを茫然と見つめたジンは、


「疲れた……」


 そう一言つぶやくと地面に崩れ落ちた。


「あっジン、ジン、しっかりしてジン」

「ジン、気をしっかり持て!」

「団長!」


   ★ ★ ★ ★ ★


(あれ……ここは僕の家じゃないぞ)


 僕が目覚めた時、そこが見慣れた僕の部屋ではないことに気が付いた。


 ぼーっとする頭で前後のことを思い出そうと努力するが、頭の中にモヤがかかったようで、自分がアルクニー公に招待されてデ・カイマーチに行く途中であることを思い出すまで、目覚めてからたっぷり30秒はかかった。


(そうか、ここはトナーリマーチの宿屋だった。けれどどうしてこんなに身体が重いんだ?)


 僕はそう思って、身体を動かそうとしたが、途端に激痛が全身を走った。


「ぐえっ!」


 その声が聞こえたのだろう、ワインが心配そうな、けれどどこかほっとしたような顔をして近づいて来ると、


「目覚めたかい? キミはもう3日も眠っていたんだ。シェリーちゃんやラムさんも心配している。話はできそうかい?」


 僕は驚いてワインに言う。


「3日!? 冗談だろ? なんだってそんなことに」


 するとワインはうなずいて言う。


「その様子だったら、シェリーちゃんたちとも話はできそうだね。ボクたちが『ドラゴン・シン』と練習試合をしたことは覚えているかい?」


 その言葉で、僕が意識を失う寸前までの記憶が一気に戻って来た。僕はオー・ド・ヴィー・ド・ヴァンの魔法斬撃を受けて吹っ飛んだのだった。


「僕はド・ヴァンの攻撃を受けて気を失ったんだね? 僕たちは負けたのか」


 するとワインはびっくりした顔で僕に言った。


「いや、キミとド・ヴァンの試合は流れた。ド・ヴァンを殺そうとした奴らのせいでね。キミが彼を救ったんだ、覚えていないのかい?」


 そう言われても、僕にはその記憶がなかった。これは以前シェリーを救ったときも、ラムさんと戦った(らしい)ときも、その時の記憶がないのと同じだ。


「……残念だが、僕には覚えがない」


 そう言うと、ワインはしばらく僕の顔を見て黙っていたが、


「……まあいいさ。シェリーちゃんたちを呼んでくるよ」


 そう言うと、部屋を出て行った。


(僕がド・ヴァンを救った?……そんな覚えはないけれど、このところ僕は記憶が飛んでいることが多い。何が僕に起こっているんだ?)


 僕がベッドの上でそう思っていると、ドアが開いてシェリーとラムさんが心配そうな顔で入って来た。


「ジン、大丈夫? 凄い魔法を使ったから疲れたんだよ。アタシが側にいられれば、精のつくものをちゃんと食べさせてあげるんだけれど」


 ワインが言うと、ラムさんもうなずいて、


「うん、あれほどの魔法は、そんじょそこらの魔法使いでは使いこなせないわ。団長、あなたはいつ、誰から魔法の手ほどきを受けられたんですか?」


 そう訊いて来る。


「いや、別に僕は今まで誰からも魔法を教わっていはいない……」


 そう言いかけた僕の脳裏に、誰かの影が一瞬浮かんで消えた。懐かしくも、この胸を不安に似た思いでいっぱいにさせるイメージだった。


「どうしたのジン? 気分悪い?」


 黙り込んでしまった僕を心配して、シェリーがそう訊いて来る。僕はハッと我に返ると


「……何でもないよ。早く良くならないとアルクニー公をお待たせしてしまうな。宿の代金も心配だし」


 僕がそう言うと、ラムさんが笑って言った。


「そのことなら心配要りません。ド・ヴァンが命の恩人である団長のことを気に入って、静養のための宿代は全部『ドラゴン・シン』持ちってことにしてくれましたから」



「……では、ジンくんは今までのことを少しも覚えていないのね?」

「そのようですね。と言って彼が誰かに憑依されているとか、無意識の状態で戦っているわけではないことは判ります」


 ジンの部屋の外で、ワインは誰かと話をしていた。その人物は妖艶な瞳を持つ、四方賢者の一人、賢者スナイプだった。


「ご存じのとおり、ジンは優しい男です。人を傷つけるのを嫌い、人と争うことを極力避ける性格です。けれどあの時のジンはまるで『絶対強者』であるかのようでした」

「ふう〜ん、『絶対強者』ねぇ……」


 ワインの言葉に、賢者スナイプは腕を組んで考え込む。そんな彼女に、ワインは


「これはド・ヴァンから聞いた話ですが、ジンはド・ヴァンに『やがて来る時のために、カンを取り戻さねばならない』と言ったそうです。どういうことでしょう? まさか魔王降臨の時期が近づいてるってことはないですよね?」


 そう訊く。賢者スナイプはその言葉を聞いた時、一瞬目を細めて鋭い視線を虚空に向けたが、すぐにいつもの彼女に戻って言った。


「うふふ、そこは心配しなくてもいいわよ? そのために私たちがいるんだから。それよりジンくんのことは頼んだわよ? 何かあったらすぐに知らせてね」

「かしこまりました」


 ワインは薄く笑って頭を下げた。


(Tournament5 強敵を狩ろう! 完)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

こんな物語では、主人公たちに次から次へとハプニングが起こるのがお約束です。

そしてハプニングの最初には『永遠のライバル』に出会うのも、お約束の一つですよね?

でも、もっとギャグセンスを磨かないとなあ……。

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