Tournament41 Fiends hunting:Part1(魔神を狩ろう! その1:転移)
水の精霊王アクアが消滅したことで、『組織』が、そして主人を失ったエランドール・ガイアが、ジンを狙って動き出した。
そのころジンは、王都を目指す途中、ゾンビが現れるという古代遺跡を訪れる。その遺跡でジンの身に降りかかった出来事とは……。
【主な登場人物紹介】
■ドッカーノ村騎士団
♤ジン・ライム 17歳 ドッカーノ村騎士団の団長。ケンカにはめっぽう弱く、女性に好感を持たれやすいが、女心は分からない典型的『鈍感系思わせぶり主人公』
♤ワイン・レッド 17歳 ジンの幼馴染みでエルフ族。結構チャラい。槍を使うがそれなりの腕。お金と女性が大好きな『やるときはやる男』
♡シェリー・シュガー 17歳 ジンの幼馴染みでシルフの短剣使い。弓も使って長距離戦も受け持つ。ジン大好きっ子だが報われない『負けフラグヒロイン』
♡ラム・レーズン 18歳 ユニコーン族の娘で『伝説の英雄』を探す旅の途中、ジンのいる村に来た。魔力も強いし長剣の名手。シェリーのライバルである『正統派ヒロイン』
♡ウォーラ・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造った自律的魔人形。ジンの魔力で再起動し、彼に献身的に仕える『メイドなヒロイン』
♡チャチャ・フォーク 13歳 マーターギ村出身の凄腕狙撃手。村では髪と目の色のせいで疎外されていた。謎の組織から母を殺され、事件に関わったジンの騎士団に入団する。
♡ジンジャー・エイル 20歳 他の騎士団に所属していたが、ある事件でジンにほれ込んで移籍してきた不思議な女性。闇の魔術に優れた『ダークホースヒロイン』
■トナーリマーチ騎士団『ドラゴン・シン』
♤オー・ド・ヴィー・ド・ヴァン 20歳 アルクニー公国随一の騎士団『ドラゴン・シン』のギルドマスター。大商人の御曹司で、双剣の腕も確かだが女好き。
♤ウォッカ・イエスタデイ 20歳 ド・ヴァンのギルド副官。オーガの一族出身である。無口で生真面目。戦闘が三度の飯より好き。オーガの戦士長、スピリタスの息子。
♡マディラ・トゥデイ 19歳 ド・ヴァンのギルド事務長。金髪碧眼で美男子のような見た目の女の子。生真面目だが考えることはエグい。狙撃魔杖の2丁遣い。
♡ソルティ・ドッグ 20歳 『ドラゴン・シン』の先鋒隊長である弓使い。黒髪と黒い瞳がエキゾチックな感じを醸し出している。調査・探索が得意。
♤テキーラ・トゥモロウ 年齢不詳 謎の組織から身分を隠して『ドラゴン・シン』に入団した謎の男。いつもマントに身を包み、ペストマスクをつけている。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
そこは霧の世界だった。
白くしっとりとした霧は視界を完全に奪い、それだけでなく音さえも籠って遠くには届かない。ゆったりと流れる霧を見ていると、時間の概念すら忘れそうだった。
その霧の中、まるで影絵のように動くものがある。
それらが動くたび霧は渦を巻き、わずかに視界が開けるのだった。
その視界に映るのは、頭からローブをまとった四人の人物である。もしこの世界に誰かがいて、その四人に近寄ることができたなら、彼女たちは霧の中をできるだけ急いでどこかに向かっているのだと知れただろう。
彼女たちの目の前に、ねじくれた幹を持つ巨木が現れる。深い霧の中、視程はわずかに10ヤード(約9・3メートル)もなかったため、唐突と言っていい現れ方だった。
彼女たちは幹を巡り、大きなうろを見つけると一人ずつその中に入って行く。どうやらこの巨木は別の世界への結節点となっているらしい。
実際、うろの先は幹の中ではなく、どこまでも続く草原だった。ただ、日差しは明るいが暖かさは感じられず、目の前の草は風を受けて揺れているが風は感じられず、どことなく存在感を欠いた世界だった。『原寸大の箱庭』と言ったら、感覚的に近いだろうか。
『カトル枢機卿、いったい何事?』
箱庭の空から声が響く。この世界をのぞき込んでいる誰かが上から声をかけて来たように思えたが、空には雲が流れているだけでもちろん誰もいない。
「水の精霊王アクアが消えました」
白いローブを被った女性が言うと、空の声には不思議そうな響きが混ざった。
『アクアはどうして消えたの?』
白いローブの女は何か言いかけて口をつぐむ。何と説明すべきか考えているようだ。
『ヘルプスト、アクアはどうして消えたの?』
重ねての問いに、さすがに何かしらの答えを口にせねばならないと思ったのか、ヘルプストはゆっくりと説明した。
「それは、『盟主様』の理想を邪魔する悪者と戦って力及ばなかったからです」
『悪者? ヘルプスト、キミはいつも言っていたね?『正しい者は負けない』って。なのになぜアクアが悪者に負けたの?』
心底不思議そうな声の響きに、ヘルプストは
(よかった、『盟主様』はさほど怒ってはおられない)
そう考えつつ、
「それはアクアに『盟主様』を信じる心が足りなかったからです。『盟主様』のお力を信じ、その理想実現を強く願えば、邪念を抱く者はたとえ神であろうとひれ伏したでしょう」
ひざまずいてそう答えたヘルプストだった。
空の声は、残念そうな響きとともに、
『そうかあ、アクアもお菓子をくれたりして優しかったけどなあ。今度はウェンディみたいにおもしろくて、おもちゃもたくさんくれる人が来てくれるといいなあ』
そんなことを言う。やんちゃな子どもが目をキラキラさせているような言葉に、ヘルプストは苦笑を隠しきれず、
「ふふ、次の水の精霊王は穏やかな女の子だそうです。さっそく『盟主様』にお仕えするよう働きかけてみましょう」
そう言ったのだった。
ホッカノ大陸の南西には、マジツエー帝国がある。
その帝都シャーングリラの北、うっそうとした森の中に、うち捨てられた古城がある。
この城はまだ帝国の版図がインター川の西とガリル川の左岸程度だったとき、最前線の護りの拠点の一つとして建築されたものだった。
やがて国境が前進するにつれ後方の拠点となったが、補給拠点も別の場所に移された今では歴史的価値すら忘れられ、手入れもされずに放置されていたのである。
この城をマジツエー帝国から二束三文で買い受けたのが『組織』のフェン・レイであり、彼女はここを『ヴォルフスシャンツェ』と名付けて自分の世界に没入し、ときに悪だくみを巡らせていた。
赤い髪をサイドテールにした彼女は、珍しくも真っ赤なシルクのドレスを身にまとい、豪勢なソファに腰かけて紅茶を楽しんでいる。
彼女が紅茶を楽しんでいると、ドアが静かにノックされる。
トントン、トントン
「入りなさい、ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルクのオリジナル」
フェンが声をかけると、ドアを開けて黒髪に黒い瞳を輝かせた執事が入って来た。
「ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルグのオリジナル、甚九郎くんとアクアの件はどうなったかしら?」
チョコレートをつまみながらフェンが訊くと、ヴォルフは目を細めて、
「はい、アクア様は残念ながらジン・クロウに討ち取られたようです。それと、執事19号と20号も破壊されてしまいました」
そう、事務的に答えた。
フェンは苦笑しながら、
「そ~う、ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク19号と20号まで……なかなかやるわね」
冷たい響きと共につぶやくと、ヴォルフに命令した。
「ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルクのオリジナル、ワタクシも甚九郎くんにご挨拶に伺おうかしら。すぐに彼の居場所を特定して?」
ヴォルフはその不穏な命令に対しても、一応は
「かしこまりました、お嬢様」
と答えたが、
「お嬢様、ジン・クロウの居場所特定の後、彼の仲間たちについて若干気になることがございますので、それの調査を引き続き行ってもよいでしょうか?」
そう伺いを立てる。フェンは右目に明らかな侮蔑の色を浮かべて、
「ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルクのオリジナル、ワタクシは『できるだけ早く甚九郎くんと会いたい』って言わなかったかしら? 何が気になってワタクシの行動を止めようとするのかしら?」
そうジンの能力をバカにしたように訊く。
ヴォルフは一つため息をつくと、逆に訊き返した。
「お嬢様、アクア様が居なくなった今、『組織』はどう動くとお思いですか?」
「そりゃあ、彼の代わりにワタクシをヒーロイ大陸の責任者として言ってくるでしょうね。ウェンディは何故か『組織』と音信不通になっているみたいだし」
フェンが薄い胸を反らせて言うと、ヴォルフは静かに首を振って言う。
「残念ですが私はそう思いません。
なぜならお嬢様はマジツエー帝国と領土の問題を協議中でございます。そのことはカトル枢機卿もご存知ですので、その重要な役を別人に任せるとは思えません。
ウェンディ様は『組織』から何らかの別命を受けて秘密裡に活動されているのかもしれませんし、その任務が終わったら再びウェンディ様がヒーロイ大陸の指揮を執られるのだと思います」
それを聞いたフェンは、チョコレートをくわえると
「……まあいいわ。ずいぶんと回りくどいけど、ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルクのオリジナル、あなたはマジツエー帝国との問題を先に処理した方がいいって言いたいのね?」
薄笑いと共にそう言うと、ヴォルフはニコリとして頷いた。
「さすがはお嬢様です。お嬢様がマチェットに領土を割譲させれば、『盟主様』もお嬢様の願いをむげにはされないと思います」
水の眷属は、先々代の精霊王アクエリアスが作った『アクアリウム』という世界を本拠としていた。大きな湖を中心とした明るい世界である。
湖に浮かぶ島の中央には碧い葉を茂らせた巨木があり、そのすぐ横に白亜の建築物がある。決して大きくはないが、清々しい空気が満ちているその建物は単に『水の館』と呼ばれ、水の精霊王の居館であり、このアクアリウムを統べる場でもあった。
『水の館』の中央で、少女と青年がクリスタルのテーブルを挟んで話をしている。
「わたしはつつがなく摂理の調律者様から精霊王に認められました。あなたのお口添えのおかげでしょう。感謝いたします、エレクラ様」
そう話す少女は身長150センチ程度。深い海の色をした髪と瞳を持つ、落ち着いた雰囲気の美少女だった。見た目15・6歳だが、どことなく翳のある表情が少女を年齢不詳にしている。
「我々精霊王はプロノイア様の委託を受け、摂理を監視し世界の平穏を守るのが務めだ。プロノイア様がその任に相応しいのはマーレ殿だと認められただけだ。私が何と言おうと、そなたに適性がなければ首を縦に振るプロノイア様ではない」
エレクラと呼ばれた青年はアンバーのような瞳をマーレに当てて言う。透き通ったその瞳は相手の思考を読み取るように鋭い光を放ってはいたが、その言葉はひどく静かで優しげだった。
「痛み入ります。プロノイア様のご期待に沿えるよう精進いたします。ところでエレクラ様、わたしは『組織』について一つ懸念がございますが」
幼い顔に心配の色を浮かべて言うマーレに、エレクラは目を細めて言った。
「アクアがジン・ライムに討たれたのを知れば、『組織』はマーレ殿を後任にしようと話を持ってくるだろう。そのとき『組織』が何を目的にし、どんな条件を出してくるかを見極めて返事をするといい」
「エレクラ様のところに『組織』は話をしに来ないのですか?」
「私は現在、公式には『ラント』にいないことになっている。ラントスが何度か奴らとコンタクトを取ったようだが、彼の報告を聞く限り私は奴らのことを信じられない。
しかし、ウェンディやアクアが奴らと手を握ったのも、それなりにうなずけるものがあったからかもしれない。マーレ殿に対して奴らが何と言うかは分からないが、『盟主様』とやらの真意は奈辺にあるかをよく見極めて返事をするといいだろう」
マーレはエレクラの言葉を意外に思った。エレクラは『組織』のことを「信じられない」と公言している。アクアの件も含め、てっきり「協力を拒否せよ」と言われると思っていたのだ。
不思議そうな顔をしたマーレに、エレクラは笑いながら言う。
「私が『組織』への協力を止めると思っていたみたいだが、そこはそれぞれの精霊王の判断で決めることだと考えている。協力せよともするなとも私が無理強いするべきものではない。そのことはプロノイア様の了解を得ている」
そして笑いを消して、
「ただ、プロノイア様は『盟主様』という存在についてとても気になさっておいでだ。マーレ殿なら直接会うことが難しくても、『盟主様』の正体に迫れる情報を手に入れられるだろう……プロノイア様はそうもおっしゃっていた」
そう、斬り込むような視線でマーレを見つめてきた。
マーレはそのとき、エレクラやプロノイアが自分に何を期待しているかを理解した。
「分かりました。『組織』がここに来たら、わたしも精霊王として世の平穏を第一に考えて返事をいたしましょう。ウェンディ様やフェン様も『組織』の側だと思っていいのでしょうか?」
エレクラはうなずくと眉毛一つ動かさずに言った。
「彼女たちのほかに、『賢者会議』や各国の首脳も取り込んでいると思う。状況は私たちが想像するより進んでいるかもしれない。必要なら我が眷属相手でも遠慮せずにかかってくるがいい。私もラントスたちにはそう伝えておく」
顔を強張らせるマーレを見て立ち上がったエレクラは、屈託のない笑顔でこう言った。
「四神が正しい心を持っているのであれば、古の『摂理の黄昏』に勝る試練も乗り切れよう。私はいつもマーレ殿を気にかけている。無茶は禁物だぞ?」
★ ★ ★ ★ ★
アクアを倒した僕は、どうやらそのまま気を失ってしまったらしい。気が付いたとき僕は、ホテルの一室で横になっていた。
(アクアめ、よくも罪のない人を……)
僕は水の精霊王アクアを倒したことや、そこに至るまでの出来事は全部覚えていた。これまでは自分が何をしてどんなことを言ったかはすっかり記憶から吹っ飛んでいることが多かったが、どうもマーターギ村でトロールたちと戦ったとき以降、僕の何かが変わってきているみたいだ。
目を閉じると、僕に助けを乞いながら消滅した人質の姿や、憎悪の瞳を燃やして僕を睨みながら虚空に還ったアクアの顔が脳裏にちらついた。
途端に僕の身体を紫紺の瘴気に似た魔力が包む。今までこんなことはなかったのに、やはり僕の中で何かのタガが外れてしまったのかもしれない。
びっくりした僕が魔力を引っ込めると、偶然なのか僕の様子をみていたのかは知らないが、ワインが部屋に入ってきた。
「やあジン、目が覚めたかい?」
にこにこして言うワインに、僕は少しぶっきらぼうに答える。
「ああ、みんなは?」
ワインは肩をすくめると、困ったような顔で僕に言う。
「みんな無事さ。ド・ヴァン君が感心していたよ、精霊王を倒すとは信じられないってね」
そしてむっつりとしてしまった僕に、気の毒そうに続けた。
「いろんな人が何があったか詳細を知りたがっている。特にマクラガスキーの行方と『ド・クサイの秘宝』についてをね? もしキミが構わないのなら、古城で何があったかを説明してもらってもいいかい?」
それを聞いて、僕はゆっくりとうなずく。
そもそも一連の出来事は、ド・ヴァンさんたちと『ド・クサイの秘宝にまつわる事件』解決のために動いた結果だ。オキロ・マクラガスキーの行方を知っているのはあの場にいた僕とジンジャーさんだけだが、ジンジャーさんは自身の存在を隠すため表立った行動はしないだろう。
「分かった。思い出すのも胸糞悪いけれど、関係者の皆さんには何があったか知る権利があるからね。どこに行けばいい?」
僕が立ち上がると、ワインは片目をつぶって答えた。
「スペシャルスイートだ。ド・ヴァン君もキミの話を聞きたがっているからね。それにマクラガスキー兄弟の師匠であるオタカ・ラ・ミツケール殿も来ている。ひょっとしたら『組織』の話が聞けるかもしれないな」
僕がド・ヴァンさんたちの待つスペシャルスイートに入ったとき、そこにはワインから聞いていたように60歳くらいだが筋骨たくましい男性がいてド・ヴァンさんと談笑していた。彼が噂に高いトレジャーハンター、オタカ・ラ・ミツケールさんに違いない。
「やあ団長くん、もう具合は大丈夫かい? ソルティの件は世話になったね、おかげで命には別条なかったよ」
僕が入ってくるのを目ざとく見つけたド・ヴァンさんが、屈託のない顔で笑いかけて来る。僕も思わず微笑んで、
「そうですか、それは良かったです。ただ、マクラガスキーには残念な結果になってしまいましたが」
そう言うと、ド・ヴァンさんは優しい目で頷いて
「まあ、詳細は後からお聞きするよ。こちらはトレジャーハンターのオタカ・ラ・ミツケール殿、マクラガスキー兄弟の師匠に当たるお人だ。
ミツケール殿、彼が先ほど話していたドッカーノ村騎士団団長のジン・ライム殿です」
と、僕とミツケールさんを引き合わせてくれた。
「あ、初めまして。ジン・ライムです」
僕があいさつすると、ミツケールさんは鋭い眼差しを僕に向けて、
「初めまして、オタカ・ラ・ミツケールです。早速ですがオキロ・マクラガスキーのことをお尋ねしてもよろしいですかな?」
そう、握手とともに訊いてきた。
僕うなずくと、オキロの最期……ブラウという女に消滅させられたことを包まず話した。
ミツケールさんもド・ヴァンさんも目を閉じて僕の話を聞いていたが、
「……そう言うことで、オキロさんを助けることができませんでした。僕の力不足です」
僕がそう言って話を締めくくると、ミツケールさんは僕を見つめて言った。
「……いえ、お話を伺う限り何人もオキロを救うことは不可能だったと思います。むしろオキロの仇を討っていただいたことを感謝せねばならないでしょう。
それよりもわしは、水の精霊王が何ゆえに『ド・クサイの秘宝』を手にし、人質を取ってまであなたを狙ったか、その二つの方が気になりますな」
その言葉には、ド・ヴァンさんも頷く。
「ボクもミツケール殿と同意見だ。どのみち奴らはオキロを解放なんてしなかっただろうからね。マクラガスキー兄弟には気の毒だが、彼らは『ド・クサイの秘宝』を見つけた時点でこうなる運命にあったんだと思うほかはない」
ド・ヴァンさんはそう言った後、改めてミツケールさんを見て訊く。
「ミツケール殿、ここでボクたちが注目しなければいけないのは、世の中の摂理といったものを管轄し、平穏を守ることを旨とする精霊王たる存在が何故『組織』という奴らと手を結んだかってことです。
あなたは数十年にわたって各地を旅した方、もちろん『組織』という名は聞かれたことがおありでしょう?」
ド・ヴァンさんの問いに、ミツケールさんは白いひげを触りながら答える。
「わしが初めて『組織』という名を聞いたのは、20年ほど前になりますかな。
その頃わしはマジツエー帝国の依頼を受けてコロリン諸島で海賊キャプテン・キックの財宝を探していたのですが、余り気にしてはいませんでした。
ただ、わしが『ド・クサイの秘宝』を標的にしはじめた後は、行く先々で『組織』の名を聞きましたな。余り頻繁にその名を聞くものですから、トレジャーハンター協会にそんな名のパーティーがあるのか問い合わせたのでよく覚えていますよ」
「トレジャーハンター協会は何と?」
顔の前で手を組んだド・ヴァンさんがすかさず訊くと、ミツケールさんは苦々し気に首を振り、
「該当するパーティーなし、でしたな。おそらく無届けの集団だろうから、特に発掘現場で出会った場合は注意するよう言われましたよ。欲に目がくらんだ素人集団は無茶もしますし、時に信じられないことをしでかすものですからな」
そう答えて笑う。
ド・ヴァンさんは頷いて再び質問した。
「そうでしょうね。それで『組織』の奴らとは『ド・クサイの秘宝』を見つけた時に最初に遭遇したってことですか?」
「……まあそうです。奴らはわしが見つけるより5年も早く『宝物庫』を探り当てていました。わしの完敗ですが、どうやって『宝物庫』を見つけたのか訊いたとき、こう言ったんです。『それは君たち人間が知ってもしょうがないよ』と。
その時わしは『組織』とはとんでもない者たちの集まりだと気づいたんです」
怖気をふるうように言うミツケールさんに、ド・ヴァンさんは薄く笑って訊く。
「その人物は、見た目13・4歳で黒髪の少女じゃなかったですか? もっと言うなら翠のマントをして大剣を背負った」
その言葉に、ミツケールさんはびっくりしたが、聞いている僕たちも驚いた。翠のマントをした黒髪の少女……それってウェンディのことじゃないか!?
「そ、そうです! 人懐っこい感じこそすれかなりの魔力を秘めた少女でした。どうして分かったんです?」
思わず立ち上がって訊くミツケールさんに、ド・ヴァンさんは優雅に笑って答えた。
「まあ、ちょっと思い当たることがありましてね? ところでミツケール殿、本日は非常に興味深い話を聴かせていただきました。
今後もし『組織』の者がコンタクトを取って来たら、速やかに近くの『ドラゴン・シン』出張所か『エクリプス商会』支店にご連絡いただけますか? 何かしらのお力にはなれると思いますので」
ミツケールさんがその場を辞した後、ド・ヴァンさんは新たなお茶とお菓子を運ばせて、
「団長くん、ワイン、とても面白い話だったとは思わないかい?
彼の話から分かったことは二つある。一つは『組織』の連中は少なくとも20年前から行動を起こしていたこと。
もう一つは奴らが『ド・クサイの秘宝』を手に入れた時期は5年前だってことだ。
これはアイザック・テモフモフ博士が自律的魔人形研究所を大拡張したのが5年前だというマディラの調べや、3年前のマーイータケ一揆で30万ゴールドもの資金がヒーラー・タルケに提供されたことと矛盾しない」
優雅に紅茶の香りを楽しみながら言う。
「しかし、8百億ゴールドもの財宝が奴らの手に渡ってしまっていたのか。それがエランドールのような装備だけに使われたとは思えないな」
ワインがつぶやくように言うと、ド・ヴァンさんはニヤリとして、傍らに座っているマディラさんに
「ふふ、ワインもそう思うかい? ボクもそう思うよ。マディラ、ソルティの報告を団長くんたちに聞かせてあげてくれ」
そう命令する。マディラさんはポケットから分厚い手帳を取り出すと、
「これは時が来るまで秘密にしていただかなければなりません。そのつもりでお聞きください」
そう前置きして話しだした。
「ソルティはド・ヴァン様の命を受け、『組織』が各国の首脳部にどのくらい食い込んでいるかを調査していました。詳しい証拠を提示する前に、各国がどのような状態かをまとめてお伝えします」
マディラさんはそう言うと手帳に目を落とし、いつにも増して感情を込めない声で
「まず、ホッカノ大陸ですが、現皇帝のマチェット・イクサガスキーと『組織』の間には何か軋轢があるようです。ここ数か月で何度か『組織』の者がシャーングリラを訪れたようですが、大司馬のメイス・ダンゴスキーが軍や警察をしきりに動かしています。ひょっとしたらマジツエー帝国は『組織』と一戦交えることも辞さないつもりかもしれません」
そんな驚くべきことを言う。
僕は思わずド・ヴァンさんを見た。彼は金髪をいじりながら僕の視線を受け止めて笑う。居ながらにして遠く離れたマジツエー帝国の状況を手にするなんて、やはりド・ヴァンさんは底の知れない人物だった。
「トオクニアール王国では、大宰相オセロ・ブリッジと大蔵尚書ラナ・キール、治部尚書ニーナ・キャビン、中書尚書ジョリー・ボートが『組織』と気脈を通じていると思われます。主に秘書官長テイク・ラダーが連絡を取っているようです」
「ふん、国王ロネット・マペット様はまだ若いが聡明で、バランス感覚に秀でていらっしゃると聞く。めったなことでは立場を鮮明になさらないはずだ。おそらく財政支援を名目として国政に食い込んだんだろうな」
ワインが言うと、ド・ヴァンさんも頷いて
「そのための『ド・クサイの秘宝』だろう。『組織』側もトオクニアール王国に直接不利になるようなことはしないはずだ。時が来るまではね」
そう言うとマディラさんに笑いかける。
「ああ、報告を途中でさえぎってすまない。マディラ、続けてくれ」
マディラさんはうなずくと、手帳をめくって
「アルクニー公国が最も憂慮すべき事態のようです。臣下が『組織』と接触している場面は確認できませんでしたが、マッシュ・ポトフ公とショコラ公妃、そしてミート・ポトフ伯は少なくとも月に1度、『組織』の者と会合をお持ちのようです。その時は臣下の誰もその場への出席は許されないことも分かっています」
そう言うと
「最後にリンゴーク公国ですが、『組織』とべったりだったタルケ一族が没落しましたし、マッシュ・ルーム公は『組織』の計略で国を奪われるところでしたので、特に『組織』の者への追及を厳しくされています。当面の間は『組織』も付け入ることは困難でしょう」
そう締めくくって着座する。
ド・ヴァンさんは気の毒そうに僕を見て、
「団長くん、聞いてのとおりだ。『組織』はボクらが思った以上に各国に食い込んでいる。
狙われている君の立場を考えると、リンゴーク公国の所領でじっとしているか、早いとこユニコーン侯国に入国してしまうのがベストだと思う」
そう言うと肩をすくめて続けた。
「……ベストだとは思うが、君という人物を観れば、あるいはロネット様も反『組織』の旗幟を鮮明にされるかもしれない。最初は単に君を王様に引き合わせるだけのつもりだったが、トオクニアール国王はヒーロイ大陸の代表者だ。ロネット様のお気持ち如何では君がこの大陸を『組織』の魔の手から救えるかもしれない。今までのことを考えると、奴らがいいことを計画しているとは到底思えないからね」
「確かに。『浄化作戦』一つを取ってみても、ド・ヴァンさんの意見に同意です」
僕が言うと、ド・ヴァンさんは満足そうな笑みを浮かべて、
「団長くんならそう言ってくれると思っていたよ。
ではボクは先に王都フィーゲルベルクに行っておくよ。君と王様が謁見できるよう手配しておくから、速やかに王都に来てくれたまえ。
ブルー、君は団長くんたちをシュッツガルテンに送り届けたら、急いでリンゴーク公国に引き返して首都ベニーティングで別命を待て」
そうブルーさんに命令すると立ち上がり、
「団長くん、アクアを倒してもまだ『お姉さま』が君を狙っているだろう。ウォーラさんを見ていたら、アクアを失ったガイアは自らのすべてを擲って襲って来るだろうと容易に想像できる。ウォーラさんには悪いが、生け捕りなどと生温いことは考えないことだ」
僕にそう言い、ウォーラさんに一礼して部屋を出て行った。
★ ★ ★ ★ ★
ユグドラシル山の中腹、6合目の辺りに白亜の殿堂が聳え立っている。空気が薄いこの場所に、どうやってこれほどのものをこしらえたのか不思議に思うほど重厚な建物だった。
建物の中はしんとして、人の気配がまったく感じられない。高山植物さえまばらな荒涼とした斜面に、強い風を受けながら建っている様は不気味ですらあった。
その建物の地下で、金髪碧眼の男が白髪碧眼の美少女に真剣な顔で何かを言い聞かせていた。
「いいかガイア、アクア様は配置転換命令でホッカノ大陸に転任されたのだ。いくら君がエランドールだといっても、新たな指揮官の言うことを聞いてくれないと困る」
ガイアと呼ばれた美少女は、激しく頭を振ると白く長い髪の下に見える碧色の瞳を燃え立たせて男に詰め寄った。
「ブラウ殿もライン殿も居らぬのは、二人とも旦那様とともに新任地に行ったということ。なぜ我だけ置いて行かれねばならなかったのだ!? 旦那様はもう我を必要としていないということか? ウェルム殿、教えてくれ」
ウェルムは困った顔をした。
そもそもガイアがアクア最期の出撃に参加できなかったのは、ジンを襲撃した際にウォーラとの戦いで左腕を斬り飛ばされたからだ。
もちろん、ウェルムはガイアやアクアの意向もあって超特急で修理を行ったが、左手は回収していたものの損傷が激しく、前腕部はほぼ総取換えとせざるを得なかった。
(ところが予備の部品がないときたものだ。おかげでテモフモフの研究室を引っかき回す羽目になったが、ウェンディ様の忠告どおりガイアを戦線から離脱させられた。そこは思いどおりだったが、まさか精霊王たるアクアがジンに討ち取られるとは)
ウェルム自身も困惑していたのだ。
そんなウェルムに、ガイアはさらに噛みつく。
「それに旦那様はジン・クロウを討伐するために作戦を展開されていた。それも中途半端なまま転任というのもおかしい。ウェルム殿、そなたは『組織』でも主要な立場にいる。
教えてくれ、『組織』とはそんなにご都合主義の集団なのか?」
これにはウェルムも何も答えられなかった。その時、
「うふふ、さすがのウェルムも美少女相手じゃ分が悪いかな?」
そう満面の笑みを浮かべた少女が亜空間から姿を現した。その少女はどう見ても13・4歳。黒い髪を長く伸ばし、翠色のマントの下には白いシャツと革の半ズボン、素足にブーツといういでたちで、自身の身長をはるかに超える大剣を背負っている。
「これはウェンディ様、なぜここに? まさか」
突然のウェンディ出現に、ウェルムは驚きと嬉しさ、そしていぶかしさを抑えきれないように訊く。
ウェンディはチラリとガイアを見て、ウェルムの言葉に頷いた。
「ああ、新たに水の精霊王になったマーレ嬢ちゃんが『盟主様』のお誘いを断ったらしいんだ。それでボクが古巣の指揮を執ると同時にマーレ嬢ちゃんの説得を仰せつかったってワケさ。ところでそっちは『お姉さま』かい? なるほど団長くんとこにいる『妹ちゃん』とうり二つだね?」
ウェンディは明るくそう言いながらガイアを見たが、ガイアの表情が見る見る険しくなっていくのと、ウェルムが頭を手で押さえるのを見て、キョトンとした顔で彼に訊く。
「あ、あれっ? ボク何か余計なこと言っちゃった?」
「ガイアには、アクア様は転任されたと説明しているのです」
ウェルムの恨めしそうな声を聞き、ウェンディは手のひらで自分の顔をぴしゃりと叩きながら言った。
「あちゃ~っ、ボクとしたことがまたやっちゃった☆」
そんなウェンディに、ガイアがおどろおどろしい雰囲気を背負って訊いてきた。
「ウェンディさま、ですか? 水の精霊王は旦那様のはず。新たな精霊王とはどういうことでしょうか? 旦那様はどうされたのですか?」
静かではあるがとてつもない圧を感じたウェンディは一瞬たじろいだが、すぐに腹をくくったように真剣な顔をしてガイアに向き直った。
「ウェルムはキミのために嘘をついたんだから、彼を悪く思っちゃいけないよ? 実はアクアは作戦中に戦死したんだ、ブラウもそうだけどね」
ウェンディの言葉を聞き、ガイアは最初キョトンとした。言葉は届いているが意味がつかめないといった感じだった。
やがて、ウェンディが発した言葉が自分の聞き間違いではなく、その言葉の意味を彼女の中央制御装置が理解したとき、ガイアはポロリと涙をこぼした。彼女が再起動してから初めてのことだった。
「……そんな、旦那様が? 旦那様がもういらっしゃらないなんて……」
茫然自失のガイアに、ウェンディは気の毒そうに言葉をかける。
「エランドールは魔力を与えた者に絶対的な忠誠心を持っていることは知ってるよ。アクアの敗死は同じ精霊王として残念でたまらないが、今考えるべきは今後のキミの身の振り方だ」
ガイアは哀しそうな顔で碧色の瞳をウェンディに向けた。
「我の?」
ガイアがぽつりともらした言葉にウェンディは頷いた。
「そう、キミは今後、次の三つの道を選ぶことができる。一つは新たに誰かのマナを受け入れる道、もう一つは今のマナが切れるまで活動を続ける道、最後は今すぐスクラップになる道さ。ボクは最初の道を勧めたいけど、あくまで選ぶのはキミだからね。キミの選択を尊重するよ」
ガイアはウェンディの言葉を黙って聞いていたが、
「……旦那様を討ったのはジン・クロウで間違いありませんね?」
彼女は何かを思いつめたような顔でウェンディに訊く。
「その認識で間違いはないけど、キミ一人で彼を狙うのは止めたがいいよ? もし彼に仕返ししたいのなら、ボクたちと一緒に行動しない?」
ウェンディが水を向けると、ガイアは首を振って答えた。
「ありがたいですがお断りします。我はエランドール、旦那様以外の命令は受け付けませんし、たとえジン・クロウたちに敵わなくとも、戦いに散るのは我らの運命ゆえ」
一礼して部屋を出て行こうとするガイアに、ウェンディは微笑んで声をかけた。
「分かったよ、さっきも言ったけどキミの選択を尊重するよ。でも、もし何か困ったことがあったら遠慮なくボクたちを頼ってくれていいんだよ?」
その言葉に、ガイアはもう一度深々とお辞儀をして、後は振り返りもせず部屋を出て行った。
「ウェンディ様、いいんですか? ガイアは貴重な戦力ですし、今後何かと役に立つでしょうけれど」
ガイアを見送ったウェルムが訊くと、ウェンディは案外さばさばした顔で笑って答えた。
「うふふ、エランドールにはエランドールの価値観があるのさ。ボクたちがそれをとやかく言うのは野暮ってもんじゃないかな?」
★ ★ ★ ★ ★
「では、私はここでお別れします。ジン団長はじめドッカーノ村騎士団のみなさんのご活躍をお祈り申し上げます」
僕たちをシュッツガルテンの町まで送ってくれたブルー・ハワイさんが、四輪馬車の上でそう言って手を振る。僕たちも
「こちらこそ、いろいろお世話になりました。ブルーさんもお元気で、またどこかでお会いしましょう」
そう言って、リンゴーク公国に戻るブルーさんを見送った。
「さてジン、とりあえず宿を探さなきゃいけないよ。特にこの町は夜中に出歩くのはお勧めしないからね。ド・ヴァン君の好意じゃなきゃ、ボクはいっそハンエルンかハーノバーまで足を延ばすことを勧めたんだが」
ブルーさんの馬車が曲がり角に消えたとき、ワインが僕を振り返ってそう言う。
「おいおい、ハンエルンはここから東に10日行程、ハーノバーなんてここから北に2週間行程じゃないか。いったいこの町の何がお勧めできないんだ? 私には特に危険は感じられないが」
ラムさんが不思議そうに訊く。
ラムさんの言葉に、ウォーラさんやチャチャちゃんも同意の眼差しを向けるが、シェリーだけは何やら不穏な空気を読み取ったらしく、
「ワイン、それってオバケやオカルトが関係してるんなら、アタシに聞こえないところで説明してよね?」
そうワインを青い右目で睨みつけた。
まあワインはヒーロイ大陸の地理や歴史にめっぽう詳しい。その彼がわざわざこの町をすっ飛ばしたかったって言うのだ。きっと何かわけがあるに違いないし、知っていて損はしないはずだ。
「ワイン、何か気になることがあるんなら話してくれないか?」
僕が言うとシェリーが耳を塞ぐ。ワインはそんなシェリーを見て苦笑しながら、
「このシュッツガルテンは古くから冶金が盛んな土地だが、それは北東にあるドッペル山に鉄の、南東のターカイ山脈支脈には銅の鉱脈があるからなんだ。けれど学術的にはもっと興味深いものがある」
そう言うと、北の方角を指さす。そんなに遠くない所に、巨大な切り株に似た丘がある。その頂上はすっぱりと何かで斬られたように水平になっている。
「あそこには古代のまちの痕跡がある。おそらくヒーロイ大陸で最も古い集住遺跡だ。だから学者の皆さんがかなり注目している」
「あら、それってロマンがあるじゃない? どのくらい昔の遺跡なの?」
怖い話ではないと思ったのか、シェリーが興味深そうにワインに訊くと、ワインは形のいい手で葡萄酒色の前髪をかき上げてキザったらしく説明する。
「うん、どうも5千年から1万年前の集落があるらしい。その中でも学者が注目しているのは通称『シャッテンガルテン』と言われる一角だ。『影の庭』ってイミだね」
「なにそれ!?『影の庭』ってミステリアスなんだけど?」
シェリーが食いつくように言うと、ワインは薄ら笑いを浮かべて、
「まあ、怖いものが苦手なシェリーちゃんにはちょっと刺激が強いかもしれないが、その『影の庭』はだいたい5千年前の地層に広がっていて、その地層からはかなりの人骨が出土しているんだ。それに建物の跡には人の影がくっきりと残っているし、どうも高温の何かが町の上空で爆発したって考える学者もいるみたいだ」
そう言うと、シェリーは薄気味悪そうに
「えっ? じゃあその町はそれで滅んじゃったって言うの? 何が起こったのかしら」
ぶるっと身を震わせて言う。お化けの話とはちょっと違うから興味をそそられるらしく、気味が悪いだけで怖くはないみたいだ。
僕がそう思って見ていると、ワインはさらに思わせぶりに言う。
「まあ、それがあの町が衰退した一因ではあるだろうね。でもここ最近はまた別の話で注目を浴びているんだよ」
「何よ、気になるじゃない。何で注目されているっていうのよ?」
シェリーが眉をひそめながらも興味津々といった様子でワインをせっつく。それを見て僕は
(なるほど、これが『好奇心、猫を殺す』ってことか)
と、一人で納得した。
「我が優秀な執事、バトラーが報告してきたが、あの遺跡で学者がゾンビに襲われるといった事件が頻発しているらしい。最初の事件が起こったのはひと月ほど前で、ほぼ毎日目撃されていたそうだ。ここ数日は鳴りを潜めているようだけどね?」
ワインが言うと、ラムさんがそれに反応した。
「ふむ、起こり始めた時期やここ数日事件が発生していないことを見ると『組織』、とりわけアクアとの関係が深いみたいだな」
それは僕も真っ先に気付いたことだ。僕はワインに向かって訊いた。
「ワイン、その事件、詳しく調べてみる必要はないかな?」
ワインは僕の問いに、ため息とともに肩をすくめて答える。
「やれやれ、この話をしたらキミがきっとそう言うだろうと思っていたよ。
けれどジン、ボクたちは王都フィーゲルベルクにド・ヴァン君を待たせている。明白な危機があるならともかく、これ以上旅を遅らせるわけにはいかないと思うが?」
「アタシもワインに賛成。あっちこっちで次から次へとトラブルに巻き込まれていたら、いつまで経ってもユニコーン侯国に行きつけないわよ? その先に何が待ってるのかも分からないのに、時間を無駄にはできないと思う」
「そうですね。仮にそのゾンビと『組織』に関係があるとしても、ジン様がアクアを討ち取った今はさほど心配はいらないでしょう。アクアがいなくなったころからゾンビの目撃が途絶えているのがその証拠です」
シェリーやラムさんもそう言って来る。僕は何か心に引っ掛かるものはあったが、明日史跡を見学してその足でフィーゲルベルクに向かうことにした。
「うわあ~っ、すごい眺めね。圧倒されそう」
次の日は快晴だった。僕たちは後学のために『シュッツガルテン北部遺跡』といわれる古代の町跡に来ていた。
この遺跡ではまだ発掘作業が続いているため、本来なら学者などの関係者以外は立ち入り禁止なのだろうが、そこはワインのコネと『一級騎士団』の威光で現場監督さんをうまく丸め込んだらしい。僕たちは作業の邪魔にならないよう遺跡を見渡せる足場からの見学を許可された。
それにしても広い。この町が見つかった切り株状の丘そのものが、麓にあるシュッツガルテンとほぼ同じ広さを持っているのだが、遺跡はその広場のいたるところから見つかっているようだ。
「今、眼下にあるのが『影の庭』だ。その北側区画が1段低くなっているのは、『影の庭』より古い地層に埋まっていた街並みを調査しているからだそうだ」
こんな時にはワインの知識が特に役に立つ。僕らは彼の説明を聞きながら、5千年ほど前に突如滅びたという奇妙なまちを眺めていた。
「でも、ちょっと気味悪いですね。なんであんなにくっきりと影が家の壁に焼きついちゃったんでしょうか?」
チャチャちゃんがつぶやくように言う。確かに、ここから見える崩れた壁や塀には、まるで壺に描かれた絵のように、さまざまな人影が浮かび上がっている。
それらはただ突っ立っているだけの男性、走っている兵士、子どもを連れて歩いている女性、追いかけっこしている子どもたちなどであり、影たちが人間から離れて独りでに活動しているような不気味な錯覚さえ覚えた。
「なんか、落ち着かないな……」
僕はそのまちから何とも言えない波動を感じていた。強いて言うなら、背中を多数の虫がはいずり回っているような感じだ。
「え? 何かおっしゃいましたか、ご主人様?」
僕の隣でアンバー色の瞳を光らせて周囲を警戒していたウォーラさんが訊いてきたが、僕はその言葉すら上の空だった。
「くっ!」
僕は突然耳をつんざくような甲高い音が聞こえて来て、思わず耳を押さえてうずくまる。
「どうしました!? ご主人様!」
「ジン、どうしたの!?」
「ジン様!」
「ジン!」
皆が心配している声が聞こえるが、僕の耳にはそれよりもずっと大きく、はっきりとした声が聞こえていた。
『来たな、魔族の貴公子、魔王の落とし児よ。お前が招いた『摂理の黄昏』で、いかに多くの命が消え果てたか、その目でしっかりと見るがいい!』
「くっ!」
僕は暗闇の中、どこまでも落ちてゆく感覚に包まれ、気が遠くなっていった。
★ ★ ★ ★ ★
アルクニー公国ドッカーノ村。
この村は主人公であるジンや、その幼馴染であるシェリー、ワインの故郷であり、北にはカーミガイル山が鎮座し、東にはセー・セラギ川が流れ、南にはスンダー池が一年中冷たく澄んだ水を湛えている。
自然環境が豊かなだけでなく、西には首府デ・カイマーチから国内を縦断する街道が通っていて、人口こそ5百人程度とこぢんまりとしていたが、人の往来は結構多い村だった。
だが、この村がその規模に似合わないほどその名が知られていたのは、ひとえにこの村に『賢者会議』が置かれていたからに他ならない。
『賢者会議』とは、ヒーロイ大陸とホッカノ大陸に住むすべての魔法使いを統括・監督する機関で、大賢人と四人の『四方賢者』からなる合議体である。両大陸に住まう『魔法使い』と名乗る者は、すべて『賢者会議』が指定する魔導士や魔戦士に一定期間弟子入りし、その能力や人柄を師匠や『賢者会議』に認められた者でなければならない。
そんな絶対的な権威を持つ『賢者会議』は、慣習として大賢人の出身地に置かれてきた。そのため今の大賢人マークスマンがアルクニー公国出身であることからドッカーノ村に『賢者会議』が置かれているのである。
カーミガイル山の南麓、セー・セラギ川が見張らせる場所にある『賢者会議』の屋敷で、大賢人マークスマンはある人物を待っていた。
彼は20年前の『魔王の降臨』を阻止して行方が知れなくなった大賢人スリングの後任として『賢者会議』を主宰してきた。多少強引なところはあったが、若い時分には魔物を倒して大陸を回ったという武勇伝とバランス感覚に富んだ施策を行っていたことで、彼に対して悪く言う者はほとんどいない。
その彼は、窓から見えるセー・セラギ川の川面に見入ったり、忙しなく室内を歩き回ったりと、どことなく不安を抱えて焦っているように見受けられた。
マークスマンがとてつもない魔力を感じて振り向くと、ちょうど歪んだ空間から蒼いローブに身を包んだ何者かが出て来るところだった。
ローブの人物がフードを上げると、ショートカットにした翠の髪を持つ女性が現れた。彼女は碧の瞳で真っ直ぐにマークスマンを見て、
「待たせたね、大賢人マークスマン。『盟主様』からの言伝を持ってきたよ」
そう言うと、マークスマンは
「急なお運びで少し困惑しておりますが、いったい何事でしょうか?」
低いが丁寧な言葉遣いだった。
女性はゆっくりと首を横に振り、
「ちょっと困ったことが起こってね? アクアが討ち取られたんだ」
そうさほど重大ではないかのような口ぶりで言う。
しかし、マークスマンは言葉が内包する恐るべき意味に気がついて目を細めた。
「四神が一枚岩ではない、または精霊王すら敵わぬ存在が我らの敵になった、という理解でよろしいか、フェーゲル殿?」
フェーゲルと呼ばれた女性は、くすりと笑うと碧の瞳をマークスマンに当てて、
「きみはまだまだ甘いね、マークスマン。四神が一枚岩じゃないことは精霊覇王エレクラが『盟主様』のお誘いを受け付けないことからぼくたちの積年の課題だったし、精霊王を超える存在にしたってきみ自身よく知っていたはずだよ?」
そう言うと、怒りの色を見せたマークスマンを叱りつけるように続ける。
「ぼくたちは最初から警告していたはずだ、『伝説の英雄』は伝説の中に還すべきだと。マイティ・クロウを宝の持ち腐れにしているもんだから、彼が最も活躍できる時期を外してしまった。彼なら『盟主様』の思いのままにできたはずなのに、今ではもっと厄介な人物が羽ばたこうとしている」
「……ジン・クロウですな?」
フェーゲルの詰問に言葉を無くしていたマークスマンは、顔色を青くしつつもやっとのことで声を絞り出すように言った。
フェーゲルはマークスマンの問いに直接答えず、
「この世に摂理は二つもいらない。『盟主様』が目指されるのは正義の中での永遠だ。現在の『偽の真実』が蔓延する世界から『仮存在』を排除し、『純粋な真実』のみでできた世界を創る……マークスマン、きみは魔族の血を引いてはいるが、そんなきみでさえ『盟主様』の世界が実現したら『真存在』になれるんだ。忘れたわけではないよね?」
そう、マークスマンを見下すように言う。
マークスマンは『魔族』と呼ばれたとき一瞬カッとしたが、
(鎮まれ、相手は私では敵うはずもない存在。その存在と肩を並べ、摂理の大綱を理解する千載一遇の機会ではないか)
そう言い聞かせることで自分を抑えた。
フェーゲルはそんなマークスマンの葛藤を見透かすように、秀麗な顔を小悪魔的に歪ませて言った。
「ちょっとしゃべりすぎたね、『盟主様』の御意向を伝えるよ。
きみには全国の魔導士や魔戦士を使って『繋ぐ者』を見つけ出してほしい。見つけてくれさえすれば、英雄の天命を再びマイティ・クロウに戻すことはさして難事じゃないからね。
しっかり頼んだよ、大賢人マークスマン」
マークスマンは、フェーゲルが消えた空間をいつまでも睨みつけていたが、部屋の外から何者かがフェーゲルとのやり取りを聞いていたことに気付かなかった。
★ ★ ★ ★ ★
『来たな、魔族の貴公子、魔王の落とし児よ。お前が招いた『摂理の黄昏』で、いかに多くの命が消え果てたか、その目でしっかりと見るがいい!』
「くっ!」
僕は暗闇の中、どこまでも落ちてゆく感覚に包まれ、気が遠くなっていった……。
……気が付くと僕は『シャッテンガルテン』の街中に立っていた。僕の横をたくさんの人たちが通り過ぎて行くが、誰一人として僕に気付く者はいない。
『魔族の貴公子、こちらに来い。時空転移の終了時にこちらの世界の存在と重複するとまずいからな』
僕はその声がする方に急いで移動する。まだ頭は混乱しているが、とにかく道の真ん中でボーッとしていてはいけないことは分かった。
僕が築地を回って広場みたいなところに入ると、
『そこはまだ危ない。こちらの茂みの中に来い』
そう頭の中に響く声に導かれるように、僕は茂みをかき分けて木立に囲まれた空間にたどり着いた。
「よく来たな。お前に知っておいてほしいことがあったので、こちらの世界に来てもらった。いきなり呼びつけたことは謝る」
そこにいたのは、見た目は27・8歳の実直で真面目を絵に描いたような男性だった。黒の詰襟の上下の下からは白いシャツを着込んでいて、身長180センチを超えているだろう。白髪を長く伸ばして首の後ろでくくっているのが印象的だった。
僕は彼のアンバーの瞳を持つ眼を見て、この人とはどこかで会った気がしていた。いったいどこだっただろう……そんなことを考えている僕に、彼は僕をさらに混乱させる一言を放った。
「ここはお前がいた時空から5千年を遡った場所だ。お前が見学していた『シャッテンガルテン』がまだ滅ぶ前の姿だ。まだ栄えていたころの名はカッツェガルテンと言う」
それを聞いた僕は、慌てて彼に問いかける。
「ちょ、すみません。ここが5千年前の時空ってどう言うことですか?」
すると彼は『さっき説明しただろう?』と言わんばかりの冷たい視線を僕に投げ、
「どうもこうもない。ここは確かに5千年前に栄えたカッツェガルテンと言う町だ。お前に知っておいてもらいたいことがあったので来てもらったのだ」
僕はさっき道で見かけた人たちの姿を思い出した。確かに僕たちが着ているものと比べて簡素で質素なものを着ている人たちが多かったようだ。それに背丈もずいぶんと低かったような……。
(とすると、この人が言うようにここは本当に5千年前の世界なんだろうな)
僕は釈然としないながらも、そのことは現実として受け止めることにした。
「えっと、あの」
「私はヴィクトール・アーセルだ」
僕はヴィクトールさんに次の質問を投げかけた。
「ヴィクトールさん、僕が知っておかねばならないことって何でしょうか?」
するとヴィクトールさんはわずかに頬を緩めて、
「お前には、5千年前に起こった『摂理の黄昏』がどういうものだったかをその目で直に見ておいてほしいのだ」
そう答えると、僕が何かを問うより早く、
「この世界が当たり前のように日常を過ごせるのは、世界の動きが摂理に則っているからだ。『摂理の黄昏』とは、そんな摂理を根本から作り直そうとするものたちとの戦いのこと。摂理の調律者や四神たちは、世界の平穏のために戦ったが、それは人間たちも同様だった」
そう言いながら茂みから出て行く。僕もそれに続いたが、そのとき初めて、頬に触れる風や雑踏のざわめきを感じた。
「この時空では『摂理の黄昏』はもう始まっている。そのうち魔神たちがこのまちを襲うだろう。そのときその場にいた人々が何を思い、何を願ったか……『繋ぐ者』としてそれを知っていれば、今後どのような試練がお前に振りかかろうと、お前は正しい道を選べるはずだ」
不思議だったのは、僕がヴィクトールさんの言うことをすごく素直に聞けたことだった。今の状況だって普通に考えたら理不尽にもほどがあるが、なぜかこれが僕に課せられた運命とすら思っていた。
落ち着いてきた僕を見てヴィクトールさんは満足そうにうなずくと、
「魔族の貴公子よ、私はお前に期待している。次にお前と会うときは、『繋ぐ者』と呼びたいものだな」
そう言うと、虚空に融けるように姿を消した。
「ちょ、待ってくださ……」
僕は慌ててヴィクトールさんを呼び止めようとしたが、彼は委細構わずどこかに行ってしまった。時代がぜんぜん違う場所に、詳しい知識もないまま、僕は一人で放り出されてしまったのだ。
「……仕方ない、出たとこ勝負ってことで腹をくくるしかないか」
こんなときワインやシェリー、ラムさんやウォーラさんがいたらどんなに心強いだろうか。けれどこうなってしまったからには泣き言を言っても始まらない。僕はとにかくこのカッツェガルテンと言うまちがどんな状況にあるのか、まずはそれを知るべきだと思ったので、ゆっくりと大通りの方へと歩き出した。
僕が大通りに出ると、ちょっとした騒ぎが巻き起こった。
さっきと違い今度は僕の姿が見えるらしく、道行く人は僕を見ると誰もがびっくりした顔で道を譲ってくれた。中には恐怖に近い表情を浮かべている女性もいた。
(まあ、この世界じゃ僕は結構身長が高い方みたいだし、みんなが驚くのも無理はないか)
実際、この世界の人たちは男性で160センチ、女性で150センチもあればかなり高いみたいだ。平均で言えば男性150センチで女性140センチってところかもしれない。
市場が開かれている広場に到着したころは、なんか皆が僕に注目してへんな人だかりまで出来上がっていた。
「あの、すいません」
「ひっ!」
僕はこの町のことを尋ねようと手近にいる男性に声をかけたが、彼は顔を引きつらせて僕から離れて行ってしまった。困った、これじゃ何も情報を得られない。
僕が困り果てた顔で周囲を見回していると、
「はい、ちょっとごめんなさい。道を開けて」
そんな声とともに、人混みをかき分けて一人の少女が僕の方へと歩いて来た。
少女は金髪碧眼で身長140センチ足らず、そして肩に長弓を引っ掛けている。
「なるほどね。確かに騒ぎになるはずね」
少女は僕の真ん前に立つと、上から下まで僕を眺めまわし、感心したようにつぶやくと、
「一つ訊くけど、アンタってオーガなの? それともまさか人間?」
そう、ポニー・テールにした髪を揺らし好奇心ありありって感じで訊いてくる。
僕は彼女のあけすけな態度と、見た目や雰囲気がシェリーに似ていたことから、微笑んで答えた。
「僕はジン・ライム、人間です。道に迷って困っていたんです」
すると彼女は僕の『払暁の神剣』を見て、
「そう、それは大変ね? アタシはウェカって言うんだ。ところでアンタは戦士なの? もしそうだったらちょっと相談があるから、アタシについてきてもらってもいいかな?」
そんなことを言って来た。
僕が何と返事をしようかと考えていると、少女は小首をかしげて再び訊いてくる。けっこう押しが強いようだ。そんなところもシェリーに似ている。
「このまちの安全に関わることなんだ。ジンって言ったっけ? お願いだから相談に乗ってくれない?」
僕がそれに答えようとしたとき、不意に遠くの方で鐘が打ち鳴らされ、それを聞いた広場にいる人たちは恐怖におののいた顔でどこかに散って行った。
いや、周囲の人たちだけでなく、僕に話しかけて来たウェカという少女も、
「ちぇっ、こんなときに襲って来なくてもいいだろうに。ジン、行くわよ!」
そう言いながら肩にかけた弓を外し、鐘が鳴っている方へ駆け出した。
「待ってくれ、いったい何が起こったんだ?」
僕も彼女たちの後を追って走りながら訊くと、ウェカは鋭い顔で前を見つめたまま言った。
「ゾンビの集団よ。よければアタシたちを手伝ってくれないかしら? お礼はちゃんとするから」
急な展開だが仕方ない。彼女の他にはまともに取り合ってくれそうな人はいなかったし、何より目の前に危機が迫っているのなら僕には協力する以外に選択肢はない。だって僕は騎士だからだ。
「分かった」
僕がそう答えるころには、まちを囲む城壁を過ぎ、城外に敷かれた陣地にたどり着いていた。ウェカは僕を連れてずんずんと陣内を進み、やがて茶髪碧眼で身長175センチくらいの青年に声をかけた。青年は革の胸当をし、背中に大剣を負っている。額に角があるところを見るとオーガだろう。
「ザコ、迎撃準備はできた?」
すると青年は爽やかに笑うと、僕を見て眉をひそめて答えた。
「はい。ところでお嬢様、その人物は?」
ウェカはクスッと笑って簡潔に答える。
「ジンって言うの。アタシたちを手伝ってくれるそうよ。ザコも仲良くしてあげてね」
「お嬢様、正体不明の男を信用されては危険ですが?」
ザコという青年は、僕を監視するような目で見ながら注意する。
しかし少女は、男の注意を一笑に付して、
「ふふ、ザコってば心配症ね。大丈夫、この人はいい人だよ。だってアタシのカンがそう言っているもの」
そういうと、陣前を指差して
「それよりジン、あれが敵のゾンビよ。動きが遅いから迎撃準備の時間が取れるのはいいけれど、とにかくバカ力で弱点が頭しかないから厄介なの。アンタも戦士なら先刻承知でしょうけれど」
そう真剣な顔で言う。
僕は彼女が指差す方に視線を向けた。なるほど青黒く生気が失せた顔をした奴らがずらりと並んで、ゆっくりとこちらに歩いて来る。数はざっと2千ってところだろうか。
僕は次に陣内に視線を向けた。みんな緊張の色はあるものの恐怖におののいている者はいない。全員、こんな経験は多少なりともあるみたいだった。
ただいかんせん数が少ない。ゾンビの集団を待ち受けているのは百人に満たないし、弓を携えているのはウェカを含めて10人ほどだ。
(ゾンビは整列して歩いて来ている。うまくすれば一網打尽にできそうだな)
そう考えた時、僕の身体を紫紺の魔力が包み、意識が飛んだ。
(Tournament41 魔神を狩ろう!その2へ続く)
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今回から、本章のメインである異空間でのエピソードになります。
ここではジンの運命や摂理、そして魔王や魔族のことなどについて語って行きたいと思います。
一つ一つのエピソードは長めになりますが、どうかお付き合いのほどを。
次回もお楽しみに。




