Tournament4 Band of robbers hunting(強盗団を狩ろう!)
新団員を加えて通常運転のジンたち『騎士団』。
新入りのラムは、ジンの父親の秘密を語る。
そして彼らに、銀行強盗団を捕まえろとの依頼が入ったのだった。
「ジン団長、ジン団長。もう朝です。起きてください」
僕はそんな声を夢うつつに聞きながら、布団の中でごろごろしていた。
「……起きないんですか? それじゃ、実力行使しかありませんね」
そんな言葉とともに、僕の布団は乱暴に引っぺがされる。
バサッ!
「うわっ!」
「きゃあっ!」
僕はびっくりして跳び起きたが、もっとびっくりした顔をしているのは僕を起こした人物の方だった。僕が上半身ハダカで寝ているとは意外だったらしい。
彼女は顔を真っ赤にすると、
「団長、朝練ですよ! 早く着替えてください」
そう突っかかるように言って部屋を出て行く。
僕はぼーっとした頭でゆっくりと寝床を出ると、もそもそと上着を着てズボンをはく。ふと窓の外を見ると、うっすらと山際がオレンジ色に染まるところだった。
「……今、何時だ?」
僕は眠気も吹っ飛んで、慌てて寝室から出る。そこには完全武装したラムさんが赤い瞳を持つ眼を輝かせて待っていた。
ラムさん……ラム・レーズンは額に1本の角を持つユニコーン族の戦士で、何でも父親は戦士長らしい。その家柄に相応しく、彼女は長剣を軽々と操り、トオクニアール王国の武闘大会では3年連続で優勝しているという逸材だ。
眼に見えないほど素早い攻撃を繰り出すことから『ステルス・ウォーリアー』の異名を持つ彼女が、ひょんなことから僕の騎士団に入団して1週間、このところ毎日彼女は僕を朝練に誘って来るのだった。
「団長、朝練♡ですよ」
いや、『朝練♡』って、この人はどんだけ練習が好きなんだ。しかもまだ辺りは暗い。振り回す剣先すら見えないじゃないか!
「……ラムさん、今何時?」
僕が訊くとラムさんはニコリとして答えた。
「もう5点半(午前5時)です。私はいつも5点(午前4時)から朝練を開始していましたから、半時(1時間)も遅れています。急ぎましょう」
そう言うとラムさんは壁に掛かっている僕の剣と剣帯を手渡してくる。僕は一応それを受け取り、身支度をしたが、
「まだ外は暗いよ? 剣を振り回すのは危ないんじゃないか?」
そう、空しい抵抗をする。
けれどラムさんは、
「何を言っているんですか? 有事の際は夜中でも戦わねばならない時もあります。常在戦場、それが私のモットーです」
こうして僕は、今日も朝練に付き合わされるのだった。
「ふう、やはり早起きして身体を動かすのはいいもんですね~」
5点半から6点半(午前7時)までみっちり2時間、僕は彼女の練習に付き合わされたが、彼女にとってはこのくらいまさに『朝飯前』のようで、元気いっぱいだった。
けれど僕は、もうすでにへとへとだ。足を引きずりながらやっとのことで家まで帰ってきた。
「あっ、ジン、おはよう。今日も朝練? 大変だね。ご飯作っておいたよ」
家に入ると、エプロン姿のシェリーがそう言って迎えてくれる。金髪をボニーテールにし、碧眼がくるくるとして可愛い彼女だが、僕の後から続いて入って来たラムさんを見て途端に不機嫌になる。
「なに、ジン。その人と二人っきりで朝練? 何の練習をしていたのかしら?」
すると僕が何か言うより早く、ラムさんがにこやかに答えた。
「さすがに団長の(魔力シールド)は固いですね。それに団長の(斬撃や)突きも激しくて、私、もうちょっとで悲鳴を上げちゃうとこでした」
「こらっ! 大事な部分を端折るなっ! 勘ぐって聞けばものすごくイヤラシく聞こえるじゃないかっ!」
僕は慌てて言うが、既にシェリーは『そっちの意味』にとらえてしまったらしく、碧い目を据えて僕を見ている。
「ジン、アンタって人は幼馴染のアタシという者がありながら、知り合ってまだ1週間かそこらのオンナに手を出すなんて……」
「待て待て、話を聞いてくれ。本当に真剣に剣や魔法の練習をしていただけなんだよ。気になるなら明日からシェリーも一緒にどうだ? 朝練」
「そうですね。シェリーさんやワインさんも加わっていただければ、対多人数や2対2、フォーメーションの練習もできますしね。ぜひ参加してください」
ラムさんがそう言うと、シェリーはジト目で僕を見て言う。
「ジンのイジワル。アタシが朝弱いの知ってるくせに」
けれど、ラムさんは屈託なく笑って
「ははは、私も最初は朝起きが苦手でしたけれど、これって慣れですよ。1週間も続ければシェリーさんだって早起きできるようになります。一緒に朝練しましょう」
そう熱心に口説いたので、遂にシェリーも
「じゃ、ワインも道連れね」
そう渋々うなずいたのだった。
次の日の早朝、僕たちは眠い目をこすりながら、ラムさんたちとセー・セラギ川の辺に来ていた。
「うぅ~、眠いよぉ~」
シェリーはぶつくさ言っている。
けれど不思議なことに、『練習』なんてものにはトンと興味がなさそうなワインが、珍しくニコニコしてラムさんを見ていた。
「何よワイン。アンタなんでそんなにニコニコしているのよ?」
するとワインは、腕を組みながら流し目をシェリーにキメて、
「そりゃあ、ラムさんと言えば大陸でも名の通った戦士だ。その戦士の訓練を間近で見ることができるなんて、騎士団員としては願ってもない幸運だからね」
そう言う。けれどシェリーはニコリと笑ってワインに
「で、ホンネは?」
そう訊くと、ワインはポロリと本音をもらした。
「そりゃあ、あれだけの美人でスタイルも抜群の女性だよ? 律動する身体の動きやしなやかなボディラインは見ていて飽きないよ。ぐへへへへへ(ニチャア」
「ふーん、君は私のことをそんな目で見ていたんだ?」
おおっと、いつの間にかラムさんがワインの後ろに来てジト目で見ている。
ただ見ているだけではない。彼女の身体は青い空電で包まれていて、赤い髪は帯電してふわりと膨らんでいる。それを見てワインはサーッと顔から血の気が引いた。
人間、血の気が引くと青くなるっていうけど、ワインの場合は顔が真っ白になった。よく貧血で倒れなかったものだと感心する。
けれどさすが(?)わが『騎士団』が誇る口八丁手八丁のワインだ。すぐに話題を切り替える。
「そういえば、ラムさんはユニコーン種族。本来は雷属性なのに、前回ジンと勝負した時火の属性攻撃を行ったよね? ひょっとしてラムさんはダブル属性なのかな?」
するとラムさんはニコリとして、
「ああ、そのこと? 君もなかなか隅に置けないね。私の属性について質問してきたのは君が二人目だ」
そう言うと、首にかけた銀の鎖を取り外し、胸元から直径3インチほどの緋色に輝く石を取り出した。
ラムさんは、その石を手のひらに載せ、僕たちに見せながら説明する。
「これは、火属性のマナが封印されている魔法石だ。私の故郷、ユニコーン侯国には魔力を封印できる石が採れる鉱山がある。多くは炊飯用の点火薬や狙撃魔杖の薬室充填剤に使われるけれど、訓練によって魔法石に込められた属性の魔法も使えるようになるのさ」
「それじゃ、水のマナが封じられた魔法石を持っていれば感電が起こせるってわけだね? 凄いじゃないか。誰が魔法石を使って属性変換を起こそうなんて考えたんだろう?」
ワインが言うと、ラムさんは首を振って答える。
「それは分からないな。ただ、私が持っている程度の高い魔法石は、とても数が少なくなっている。それに、これだけの魔力が封じられた魔法石は、素人が使えば逆に自分の魔力を吸い取られる恐れもある。だから安易に魔法石を手に入れて属性変換を起こそうなんて考えない方がいいよ」
そう言いながら魔法石を胸元にしまうのを見たワインは、よせばいいのにポツリと言った。
「ああ、ボクはあの魔法石になりたい。ラムさんの谷間に挟まれたい」
それを聞いたラムさんは、顔を赤くしてワインをキッと睨むと、
「君は煩悩が多すぎる。少し訓練で発散させてあげよう」
そう言って、ワインに町内10周のマラソンを言いつけたのだった。
★ ★ ★ ★ ★
アルクニー公国の首都、デ・カイマーチ。
ここには、国主であるハッシュ・ポトフ公をはじめ、国の偉い人たちが住んでいる。
偉い人だから、家にはたくさんの使用人がいる。だからデ・カイマーチはでかい町であった。
デ・カイマーチの人口は約8万人程度。アルクニー公国があるヒーロイ大陸ではそんなに多い数ではなかったが、なんにしても一国の首都であるから、そこには商店や職人の店や、そして銀行もあった。
銀行の中でも大手のポトフ銀行は、その名のとおり国主ハッシュ・ポトフ公の妹であるミート・ポトフ伯が手掛ける銀行で、大陸ではそれなりに名の通った銀行である。
その銀行の本店の地下室で、何人かの男たちがうごめいていた。
みんな、黒ずくめの服に黒い覆面をしている。男たちは音を立てないように、金塊を次々と手渡しで壁にぽっかりと開いた穴へと運んでいる。
そう、彼らは銀行強盗で、地価の金庫室に地下道から入り込んで、金目のものを運び出している途中なのであった。
「兄貴、うまくいきましたね」
金塊を手渡ししている男が、穴の前で指揮を執っている男に言う。
「ジェニー、気を抜くな。喜ぶのはアジトに着いた後だ」
「へいへい」
ジェニーと呼ばれた男は、指揮官の言うことを聞いて再び黙々と金塊を運ぶことに専念した。
「さて、有難く頂戴して行くぜ」
男は、運び出せるだけの金塊を運び出すと、ほぼ空になった金庫を見てニヤリと笑い、何か石のようなものを投げ捨てると薄暗い穴の中に消えて行った。
ポトフ銀行本店の支配人が金塊を盗まれたことを知るのは、次の日の朝であった。
「それで、犯人の行方は皆目つかめないのですね?」
朝も早くに叩き起こされ、数十億ゴールドもの被害を聞かされたミート・ポトフ伯は不機嫌そうに訊く。それはそうであろう、頭取のブル・ストロガノフから『銀行の金庫にあった金塊が消えました』と聞かされた彼女は、最初は何の冗談かと思って思わずカレンダーを見つめたほどだ。
そして今日が4月1日でないことを確かめた彼女は、一瞬気が遠くなった。
けれど、気丈な彼女はすぐにストロガノフに、毅然として命令を下した。
「すぐに犯人をつかまえなさい! 私はこの事件のことをお兄さまのお耳に入れて、善後策を協議してきます」
そして彼女はその足でハッシュ公を訪ねた。
事件のことはすでにハッシュ公も聞き知っていたらしく、
「よく来た。今回は大変な目にあったな」
そう妹を優しく迎え入れた。
「被害総額は分かっているのか?」
ハッシュ公が訊くと、ミート伯は涙を浮かべて答える。
「確認中ですけれど、20億ゴールドは下らないわ。ミート泣きたい、お兄さま、なんとかして」
ハッシュ公も難しい顔で腕を組んだが、可愛い妹が25歳にもなってしょぼんとしているのが可哀そうでたまらないらしく、
「分かった。お前の銀行は大陸全土に大勢の顧客がいる。決済時は何とか僕の資産から資金を供給してあげるし、犯人の捜索も警邏隊に厳しく申し付けておくから、お前は顧客の信用不安を広げないように努力するんだよ。いいね?」
そう言うと、ミートはぱあっと顔を輝かせて、
「うれしい! お兄さま、ありがとう!」
そう、元気を取り戻して公の部屋を出て行った。
「……やれやれ、しかしそれほどの金塊を手もなく盗み去るとは、手強い窃盗団だな」
ハッシュ・ポトフ公はそうつぶやくと、犯人たちの追捕を命じるため、法務班長と警邏隊長を呼び出した。
その頃、まんまとポトフ銀行から金塊をせしめた窃盗団は、話の都合上ドッカーノ村方面に逃げていた。
男たちは全部で5人。スキンヘッドでしゃくれたあごに傷がある男が、どうやら頭目らしく、その特徴的なあごのとおり他の四人をあごで使っていた。
「……ここまで逃げれば、しばらく追手は来ないだろう。おい、馬車を停めろ」
男が言うと、御者台にいた男が馬の手綱を引いた。2頭の馬はすっかり汗をかき、息も絶え絶えといった風情だった。
「兄貴、俺は馬たちに水を飲ませて来まさぁ。ちっとは労わってやんないと、この先リンゴーク公国まではもたねぇですからね」
赤毛の男はそう言うと、手際よく馬を荷車から外し、近くの小川へと曳いていった。
「おう、そいつらも大切な仲間だ。しっかり世話を頼むぜジョニー。さて、俺たちはここらでお宝を確認だ。手当たり次第に持ってきたが、どのくらいの価値があるかを調べねぇとな」
男はそう言いながら、荷車の荷物にかけてある布をはぎ取った。
「おおっ」「すげえぜ」
そこに積まれた金塊を見て、男たちは欲望の眼差しで声を上げる。
「ふん、10ポンド(約4・5キロ)の延べ棒が100本か」
男が延べ棒を手にしながら言うと、一番年の若い男が訊いた。
「親分、これ全部でどれくらいの価値があるんすかねぇ?」
「まあ、少なくとも20億ゴールドくらいかな」
髭を生やした精悍な男が言うと、若い男は興奮した面持ちで叫んだ。
「すげえ! 5人でわけても4億ゴールド以上だなんて! たった一晩で大金持ちだ!」
すると、髭の男はちらりと頭目を見る。頭目は無言でうなずいた。
その途端、
「静かにしねえか!」
ズバンっ!
「がはっ!?」
髭の男の刀が一閃し、若い男の肩口から斜めに血がほとばしる。
「ぐ……俺は使い捨てってか?」
若い男はそう呻くと、地面にどさりと倒れた。
「……うるさいんだ。静かにしてもらっただけだよ」
その時には、頭目はもう一人の男を始末し、その男の服で剣の血をぬぐっているところだった。
「これで俺が60本、お前が30本でジョニーが10本だ。ジョニーが戻ってきたら、ここを立ち去るぞ」
頭目は斬り捨てた男の死体を川へ蹴り落とすと、そう言って笑った。
そこに、ジョニーが慌てて駆け戻って来た。馬は連れていない。
「フリントの兄貴、大変だ」
「どうした、何を慌てている。馬はどうしたんだ?」
フリントと呼ばれたスキンヘッドの頭目は、剣をしまいながら訊く。しかし、ジョニーが言った言葉は、彼が想像もしていなかったことだった。
「馬が、馬がイノシシに襲われたんです。2頭ともやられちまった」
「……んだとぅ? たかがイノシシになぜ馬がやられるんだ。てめえはどうしていた? なぜ黙ってイノシシに襲わせたままにしていた?」
怒りに顔を赤くするフリントに、ジョニーは震えながら言った。
「あ、あれはきっとこの山の主だ。5メートル以上もあって、身体中を瘴気で覆っていたから、きっと山の神だ」
「何をバカな!」
フリントは一笑に付したが、金塊をそのままにしておくわけにもいかない。彼は舌打ちすると、
「とにかく、馬を手に入れなきゃどうしようもない。それまでこの荷物はどこかに隠しておかねばな……」
フリントはそう言うと辺りを見回す。おあつらえ向きに、崩れかけたあばら家を見つけた彼は、
「ジョニー、手前の不始末だ。荷車をあのあばら家まで曳いて来い」
そう言うと、すたすたと歩きだした。
「ロック窃盗団だと?」
こちらはデ・カイマーチ、ハッシュ公の屋敷である。彼は、警邏隊長からポトフ銀行の金庫を破った窃盗団の正体を聞かされてそう叫んだ。
「公にはご存知でしたか?」
警邏隊長のコンテ・ペコリーノが訊くと、ハッシュ公は即座に
「いや、全然知らぬ。どういう奴らだ」
と答える。ペコリーノは
「フリント・ロックと名乗る男を中心とした窃盗団です。正規のメンバーは2・3人のようですが、行く先々で手下を雇って荒仕事をし、仕事の後はその手下を始末するという剣呑な男です。トオクニアール王国で盗みを働いていましたが、ついに我が国にまで足を延ばしてきたのでしょう」
そう答えた。
「よくそいつらの仕業だと分かったな?」
公の問いに、ペコリーノは
「フリントのロック窃盗団は盗みに入ったところに火打石を残していくそうです。銀行の金庫からも火打石が見つかりましたので、奴らの可能性が高いです。今、本部でトオクニアール王国の刑部吏院に問い合わせています。私は引き続き捜査を指揮します」
そう言って公の前を辞した。
★ ★ ★ ★ ★
「団長、団長の『騎士団』はいつもこんなことやっているんですか?」
ラムさんが草をむしりながら訊くので、
「うん、『騎士団』は村の皆の役に立つことなら、基本、何でも引き受けるよ。あっ、シェリー、そのまま持っててくれ」
僕はシェリーと共に、池の上に張り出した道板に釘を打ちながら答える。
「その他にも、道路の清掃や川辺のゴミ拾い、子どもたちのお世話やお遣い代行なんてのもあるよ」
ワインが、池の周りに生えている木の枝を、槍で払いながら言う。
「……確かに、村の人たちからは感謝されるでしょうけれど、こんなことばかりしていて身体がなまりませんか?」
ラムさんが抜き取った草を集めながら訊くと、我が意を得たりとばかりにワインが
「そうだよ。ボクもジンにはそう言っている。けれどジンやシェリーは今のままでも結構満足そうなんだ。ラムさん、キミの知り合いで何か大きな仕事をあっせんしてくれる人なんて知らないかい? 」
そうラムさんに訊いた。
「ちょっとワイン、アタシだっていつかはジンのお父さんを探しに旅に出るつもりでいるわよ? 勝手なこと言ってラムさんに迷惑かけるんじゃないわよ」
シェリーがそう言うと、ラムさんは集めた草に火を点けながら訊いた。
「団長のお父様? そう言えば団長って一人暮らしでしたね? 訊くのもぶしつけかと思っていましたが、ご両親は今どこに? ご挨拶したいのですが」
僕はニコリと笑うと、ラムさんに明るく答える。
「僕の母は去年亡くなった。父は僕が幼い時に村を出て行って以来、どこにいるのか分からない。だから僕は村の人への恩返しと、父を探すためにこの『騎士団』を立ち上げたんだ」
ラムさんは急にすまなそうな、哀しそうな顔になって慌てて僕に謝る。
「えっ? そ、そうだったんですか……立ち入ったことをお聞きしてすみませんでした」
僕も慌ててラムさんに言う。
「あ、気にしなくていいよ。僕にはシェリーやワインがいるし、村の人たちも優しいからね。気にしなくていいんだよ」
そしてふと気が付いて、
「そう言えばラムさんは、この大陸を1年間旅していたんだよね? それなら訊きたいことがある。僕の父の噂をどこかで聞かなかったかい? 父の名はバーボン・クロウというんだ」
そう訊いてみた。
すると、ラムさんはびっくりした顔で僕に訊き返す。
「え? バーボン・クロウ? 団長のファミリー・ネームはライムでしたよね?」
「うん。本名はジン・クロウなんだけれど、それじゃ『甚九郎』みたいでこの作品がファンタジーっぽくなくなるから、母方の姓を名乗っているんだ」
「団長は、お父様のことはどの程度ご存知ですか?」
ラムさんの問いに、僕は少し考えこんだ。
……父がいなくなったのは7年前、僕が10歳の時だった。朝目覚めたら母が僕に
『お父様はご用事で旅に出かけられました』
ただ一言そう言っただけで、どこに、何のために旅に出たのかは一切知らないし、母も死ぬまでそのことについては何も語らなかった。
はっきり言って、父の面影すら今は思い出すのが難しい。けれども父がとても優しかったことと、母が時折父にもらしていた、
『バーボンって、ヤンチャな子どもみたいだわね』
という言葉だけを何故かはっきりと覚えている……。
結局僕にとって父の想い出は曖昧模糊としていて、具体的なエピソードは何一つない。それは母が僕に、父がどういう人物だったのかを話してくれなかったことも一因だろう。
それに村人に父のことを訊いても、誰も父のことを詳しく知る人はいなかった。ただ分かったことは、父は元どこかの国の戦士で、母と知り合って僕が生まれた後、母の里であるこのドッカーノ村に来たらしいってことだけだ……。
僕がポツリ、ポツリとそう言うことをラムさんに説明すると、ラムさんはうなずき、
「そう言うことだったんですね。だから団長はお父様のことを何も知らないと……」
そしてラムさんは、僕に驚くべきことを告げた。
「団長のお父様は、20年前にこの大陸に魔王が降臨しようとした時、それを阻止した伝説の英雄です。私の父は団長のお父様の指揮のもと、魔王と戦ったと聞いています」
そして僕を憧れの目で見つめて笑うと、
「道理で、私が敵わなかったはずです。団長、私と共にユニコーン侯国に来てくださいませんか? そうすればお父様のことがもっと詳しく聞けると思います」
そう言ってなぜか頬を染めた。
「……そう言えば、20年前の『魔王降臨』の時に活躍した英雄の名は『マイティ・クロウ』だったと聞いたことがある。『マイティ・クロウ』とキミの父上を結びつけなかったボクは、なんてうっかりしていたんだろう」
ワインはそうつぶやくと、
「ジン、せっかくの話だ。わが『騎士団』はユニコーン侯国に行ってみるべきだと思う。一つはキミの父上の所在を知るために、もう一つはボクらの見聞を広めるために」
そう、僕に勧めるのだった。
「ジン、アタシもワインの意見に賛成よ。今まで手掛かり一つなかったのに、こうしておじさまと一緒に戦ったっていう人が現れたってことは、ジンとおじさまが再会する時期が来たってことだわ」
シェリーも僕に勧めてくる。
僕も、正直ラムさんの言葉を聞いて心が揺れた。想い出は茫漠としていても、母亡き今は父が僕の最後の肉親である。その父を知っている人の話が聞けるのであれば、僕の父に対する理解も深まるし、捜索のヒントにもなるだろう。
けれど、ユニコーン侯国はこの大陸の北西の端にある。アルクニー公国からはかなり遠く、リンゴーク公国経由の道で早くて4・5か月、トオクニアール王国経由では半年はかかる。
「……少し、考えさせてくれないか」
僕はそう答えた時、賢者スナイプさんがこの場に現れた。
「あら、今日は皆さん、スンダー池の整備をしていたのね。感心だわぁ」
「あっ、賢者スナイプ様、ちょうどいい所に。実は僕の父の件でお聞きしたいことがございます」
僕が言うと、賢者スナイプ様は人懐っこい笑みを浮かべて、
「『マイティ・クロウ』のことね? 話してあげてもいいけれど、その前に一つ、クエストを頼まれてくれないかしら?」
そう言う。僕はうなずくと訊いた。
「どういうクエストでしょうか?」
その問いに対する答えは、またしても僕の意表を突くものだった。
「カーミガイル山に迷い込んだ盗賊団退治よ。首都で大仕事をしてここまで逃げてきているらしいの。ハッシュ公のお声がかりだから、報酬も大きいと思うわ。そう、ユニコーン侯国までの旅費くらい十分ねん出できるでしょうね」
★ ★ ★ ★ ★
「くそっ、馬を手に入れるにはチョロい村かと思ったが、この村はまずかったかもしれんな」
カーミガイル山の麓で、ドッカーノ村を眺めながら、盗賊団の頭目であるフリント・ロックはそうつぶやく。
「どういうことですかい、兄貴?」
赤毛の男ジョニーが聞くと、髭の男が冷たい声でつぶやいた。
「……この村は『賢者会議』が置かれている村だ。そんなところで荒仕事はできぬ」
その言葉に、フリントはうなずく。
「仕方ない、一旦別の町で馬を手に入れてから、お宝を取りに来ようか」
フリントがそう言って踵を返した時、
「お宝があるんだって? ぜひともそのお宝を拝ませてもらいたいものだね」
という声が響き渡った。
「誰だっ!?」
フリントたちが剣を抜いて構えると、
「そうじゃないでしょ、ワイン? それじゃまるでアタシたちが泥棒の上前はねるみたいじゃない」
そんな声と共に、ずらずらと『騎士団』の面々が姿を現す。
「……何だテメェら? どこから湧いて出やがった」
フリントは、目の前に並んだ四人を見て訝しそうに言う。まあ、全員が剣や槍を持ってはいるが、鎧も着ない平時の服装だったから仕方ない。
「どこから湧いて出たとはご挨拶だね? ボクたちはこの村の『騎士団』。ボーフラじゃないからそこは間違えないでくれたまえ」
ワインが槍を右手に持って言えば、
「君たち、デ・カイマーチの銀行を襲ったんだって? そんな悪いことをした人たちを許すことはできないな」
ジンも剣の鞘に左手を当てて言う。
しかしフリントは、腹を抱えて笑った。
「はっはっはっ、こりゃ面白い。お前たちみたいな坊ちゃん嬢ちゃんたちが俺たちを何をするって言うんだい?」
「もちろん、おとなしく捕まってデ・カイマーチの警邏隊に突き出されれば良し。そうでなければ痛い目にあうことになるが?」
ラムが一歩前に出ると、涼しい顔でそう言い放った。
「へっ、おとなしくしていりゃ付け上がりやがって! 野郎ども、坊ちゃん嬢ちゃんを畳んじまえ!」
フリントがそう叫び、ジョニーやひげ面の男も剣を抜いて構えた。
しかし、そこで終わりだった。
「がっ!」
「うえっ?」
「むっ?」
フリントは首筋にラムの長剣を突きつけられ、ジョニーはワインから剣を弾き飛ばされて石突で腹を突かれ、髭面の男はシェリーの矢で両足を地面に縫い付けられていた。一瞬の出来事だった。
「……こういうことだ。おとなしく捕まってくれるよね?」
ジンが言うと、フリントは青い顔をして訊く。
「テメェら、何者だ?」
「ただの騎士団さ。でも、キミの相手をしているのはユニコーン侯国の獅子戦士、ステルス・ウォーリアーだけれどね?」
ワインが気絶してしまったジョニーに縄を打ちながら言う。
「なん……だと……」
驚愕するフリントに、ラムが冷たく言い放った。
「剣を捨てろ! さもないとどうなるかは分かっているな?」
「わ、分かった、分かったよ」
フリントは剣を地面に転がすと、諦めたように両手を頭の後ろに組んだ。
「あなたもよ!」
シェリーが髭面の男にぴたりと照準をつけて言う。
「くっ……好きにすると良い……」
髭面の男も、剣を地面に投げ捨てた。
「僕たちの提案を受け入れてくれて感謝するよ」
ジンは縄でぐるぐる巻きにされ、一か所に座らされたフリントたちを見て、そう言って笑った。
フリント一味を捕縛したジンたちの名前は、アルクニー公にも知らされた。
「うむ、そんな勇士たちがドッカーノ村のような場所にもいるとは、まさに『野に遺賢あり』というところだな」
ハッシュ・ポトフ公はそう言うと、ジンたち『騎士団』をデ・カイマーチに招待することにした。
その招待状は、『賢者会議』の知るところとなる。
「ふむ、『マイティ・クロウ』の息子がアルクニー公の目に留まったか」
大賢人マークスマンがつぶやくと、賢者アサルトは
「運命が動き始めたのかも知れません。我らも次の『魔王降臨』に備えるべきかと思います」
そう言う。
そんな賢者アサルトに対して、大賢人マークスマンは静かに訊いた。
「そなたの故国でも、何か動きがあったようだな?」
すると賢者アサルトは、苦虫を噛み潰したような顔になり、
「前の皇帝陛下は、帝国の存在意義は諸国の安定にありとの信念をお持ちでした。現在のマチェット陛下は皇太子時代にとかく好戦的との噂が髙かった人物。ホッカノ大陸に騒乱が起これば、それがこのヒーロイ大陸にも波及する恐れがございます。その意味でも、我ら『賢者会議』は万が一の備えを疎かにしてはならないと存じます」
そう言って頭を下げる。
「……そなたの故国のことではあるが、心中察するぞ。それではアサルトにはホッカノ大陸の件を任せよう。賢者スラッグ、そなたは賢者アサルトを助けて大陸に騒乱が起こらぬように心を砕いてくれ」
「分かりました。支度が済み次第、ホッカノ大陸へと向かいます」
賢者スラッグはそう言って立ち上がると、
「ふむ、『疾風怒濤の時代』に生まれ合わせるとは、賢者冥利に尽きるな」
そうつぶやいて、賢者アサルトと共に部屋を出て行った。
「賢者スナイプ、そなたは最初からジンたちと関りがある者。ジンたち『騎士団』のことはそなたに任せてもよいか?」
大賢人マークスマンがそう言うと、賢者スナイプは笑って答えた。
「ご心配なく、大賢人様。『マイティ・クロウ』とのことは今さら蒸し返したりはしませんことよ?」
それを聞くと大賢人マークスマンはうなずいて、
「それは解っておる。そなたに異存がないのであれば、『騎士団』の面々についてはそなたに任せよう」
そう言った後、鋭い目で付け加えた。
「ただし、ジンが『マイティ・クロウ』の側に立つときは、分かっておるな?」
賢者スナイプは、一瞬、瞳を冷たく輝かせたが、すぐに温和な顔に戻り、
「分かっていますって。ご心配なく」
そう妖艶な笑顔と共にその場から姿を消した。
「……スナイプはまだ『マイティ・クロウ』とのことを気にしていると思われる。いいかハンド、そなたはスナイプから目を離すなよ」
大賢人マークスマンは、一人残った賢者ハンドにそう言うと、ゆっくりと椅子から立ち上がる。
「大賢人様、どちらへ?」
すると大賢人マークスマンは、長いひげを右手でしごきながら笑って言った。
「私も少し心配性が過ぎるかもしれん。だが、前回の『魔王降臨』の際に、前の大賢人スリング様がどれだけ苦労されたかを知っているから、つい念が入ってしまった。案外、ジンはものの役に立つ若者かもしれぬ。それを確かめたい」
★ ★ ★ ★ ★
僕たちは、アルクニー公からの招待状とご褒美をいただき、有頂天になった。
「ジン、ボクたちもこれでいっぱしの騎士団だ。大きな仕事も舞い込んでくるぞ。そしたら大金持ちだ」
ワインが言うと、シェリーはジト目で彼を見つめて、
「あのさぁワイン。アタシたちはお金のために仕事をしているんじゃないわよ? ジンがいつも言ってるでしょ?『困っている人は助けなきゃ』って」
そう言う。ラムさんも腕を組んでうなずいている。
「だいたい君は、お金やらオンナノコやらと煩悩が多すぎる。騎士に最も不似合いだぞ」
ラムさんの言葉に、ワインは肩をすくめて僕にぼやいた。
「やれやれ、お金とオンナノコはこの世になくてはならないものだよ? お金は生活を豊かにし、オンナノコは心を豊かにする……ジン、キミなら分かってくれるよね?」
僕は苦笑しながらうなずいて言う。
「まあ、ワインが言うことも間違いじゃないと思うよ? 確かに、シェリーやラムさんがいることで僕の『騎士団』も華やかだ」
するとシェリーとラムさんは、二人とも顔を赤くしてデレた。
「え? 、え?……もう、ジンったらぁズルいんだからぁ。そう言われたらワインをいじめられないじゃない」
「ジ、ジン殿は、私もオンナノコとして見てくれているのか? 私の日頃の信念とは食い違うが、なぜか……う、嬉しいぞ……」
僕はそんな二人を見ながら、胸を膨らませて言った。
「さあ、デ・カイマーチに出発だ!」
これが僕たち『騎士団』の、長く不思議な旅の始まりだった。
(Tournament4 強盗団を狩ろう! 完)
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
いやー、ギャグってどこに行ったんでしょうね(遠い目)
でも、ジンの父親のとんでもない秘密が出てきましたね。
でも、願わくば、この物語がシリアスにならないようにと願っています。
だって、シリアスの作品を何本も書くのは、正直疲れますからね。