Tournament38 Load of the Void hunting:part3(魔境の主を狩ろう!その3)
ジンたちは『組織』の手下たちとの戦闘に突入した。
そのころ『宝物庫』にいたフェンは、指揮官を水の精霊王アクアに引き継ぐ。
激烈な戦いの後、ジンはついに『宝物庫』へと向かうことになるが……。
【主な登場人物紹介】
■ドッカーノ村騎士団
♤ジン・ライム 17歳 ドッカーノ村騎士団の団長。ケンカにはめっぽう弱く、女性に好感を持たれやすいが、女心は分からない典型的『鈍感系思わせぶり主人公』
♤ワイン・レッド 17歳 ジンの幼馴染みでエルフ族。結構チャラい。槍を使うがそれなりの腕。お金と女性が大好きな『やるときはやる男』
♡シェリー・シュガー 17歳 ジンの幼馴染みでシルフの短剣使い。弓も使って長距離戦も受け持つ。ジン大好きっ子だが報われない『負けフラグヒロイン』
♡ラム・レーズン 18歳 ユニコーン族の娘で『伝説の英雄』を探す旅の途中、ジンのいる村に来た。魔力も強いし長剣の名手。シェリーのライバルである『正統派ヒロイン』
♡ウォーラ・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造った自律的魔人形。ジンの魔力で再起動し、彼に献身的に仕える『メイドなヒロイン』
♡チャチャ・フォーク 13歳 マーターギ村出身の凄腕狙撃手。村では髪と目の色のせいで疎外されていた。謎の組織から母を殺され、事件に関わったジンの騎士団に入団する。
♡ジンジャー・エイル 20歳 他の騎士団に所属していたが、ある事件でジンにほれ込んで移籍してきた不思議な女性。闇の魔術に優れた『ダークホースヒロイン』
■トナーリマーチ騎士団『ドラゴン・シン』
♤オー・ド・ヴィー・ド・ヴァン 20歳 アルクニー公国随一の騎士団『ドラゴン・シン』のギルドマスター。大商人の御曹司で、双剣の腕も確かだが女好き。
♤ウォッカ・イエスタデイ 20歳 ド・ヴァンのギルド副官。オーガの一族出身である。無口で生真面目。戦闘が三度の飯より好き。オーガの戦士長、スピリタスの息子。
♡マディラ・トゥデイ 19歳 ド・ヴァンのギルド事務長。金髪碧眼で美男子のような見た目の女の子。生真面目だが考えることはエグい。狙撃魔杖の2丁遣い。
♡ソルティ・ドッグ 20歳 『ドラゴン・シン』の先鋒隊長である弓使い。黒髪と黒い瞳がエキゾチックな感じを醸し出している。調査・探索が得意。
♤テキーラ・トゥモロウ 年齢不詳 謎の組織から身分を隠して『ドラゴン・シン』に入団した謎の男。いつもマントに身を包み、ペストマスクをつけている。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
「ジン・クロウ、あなたのお相手がセレーネでは不足だと言われるのでしょうか? 心外ですね」
ビョンッ!
カーン!
僕の動きに虚を突かれたセレーネは、一瞬動きが止まったが、すぐに両手の剣を取り直して攻撃をかけて来た。
「別に君を軽んじているわけじゃないさ……やっ!」
ブンッ!
キーン!
僕がそう言って振り向きざまに斬り下げた『払暁の神剣』を、セレーネは双剣をぶっちがいにして受け止め、
「それを聞いて安心いたしました。セレーネはあなたの相手をして差し上げろとフェン・レイ様から命令を受けておりますので、どうかセレーネのこと以外を見られないようお願い申し上げます」
そんなヤンデレかメンヘラ属性の女の子みたいなセリフと共に、にっこりと笑いかけて来る。ワインが相手していたら、こんなセリフにもきっと秀逸な切り返しをしていたことだろう。
けれど残念なことに僕にはそんな才能もないし、そんなことを考えている暇もなかった。セレーネが続けてこう言ったからだ。
「……もっとも、嫌でもセレーネ以外のことは考えられなくして差し上げますけれどね?」
そうニヤリと笑って言ったセレーネは、その身体をパッと紅蓮の炎で覆って僕の剣を押しのけるように力を込めると、剣を振り上げて襲い掛かって来た。
「さあ、ジン団長。あなたのすべてをセレーネに見せてくださいっ!」
シュンッ、ボワッ!
斬撃が炎と共に襲い掛かって来る。僕は間一髪でその軌跡から逃れた。
「くそ、さっきより一段と速くなっていやがる」
僕は出来るだけセレーネの側から離れるように移動しながら、思わずそうつぶやく。変化したのは攻撃速度だけではなく、魔力が斬撃に乗っているので攻撃範囲が広くなっており、おまけに軌道上の炎にもしばらくダメージ判定が残っているので、刃の下をかいくぐって攻撃する……なんてことが難しかったのだ。
「ジン・クロウ様、あなたは何のためにシールドを張っていらっしゃるのですか? 逃げてばかりじゃセレーネにダメージを与えられませんよ?」
セレーネは挑発して来るが、妙案もない僕は、
(とにかく、攻撃を回避し続けるんだ。そのうちに隙ができるだろうからな)
そう自分に言い聞かせながら、セレーネの双剣や魔法を避けることに専念した。
一方、ジンの警護をオー・ド・ヴィー・ド・ヴァンから命じられた『ドラゴン・シン』の遊撃隊長ソルティ・ドッグは、執事姿の男二人を相手に奮戦していた。
本来、彼女の得物は弓だが、距離が取れないということと二人を相手にしているという不利から、剣での戦いを余儀なくされていたのだ。
「はっ!」
ビュンッ!
「甘いわ!」
カンッ!
真っ向から斬り付けて来た執事20号の剣を左手の弓で打ち払うと、
「はっ!」
ヒョンッ!
隙を狙って後ろに回った執事19号を牽制するように右手の剣を奔らせる。
執事19号は一跳びで5ヤードほど間合いを空けると、
「これは意外に強いお方ですね。18号や21号も連れて来るべきでした」
白刃を弄びながら薄ら笑いを浮かべる。
「私たちを相手にこれほど持ちこたえたのは初めてですね」
ソルティの後ろに回った20号も感心したような声を上げる。
ソルティは前と後ろ、二人の敵に気を払いながらも、
(やっぱりこいつらは自律的魔人形ね。それもジン団長の側にいるウォーラとかいうエランドールに匹敵するわ。19号が『21号も連れて来るべきだった』というからには、こんな奴が少なくとも21体はあるってことね……)
「……厄介ね」
ソルティがそうつぶやいた時、
「さて、お嬢さん。私たちも早く任務を遂行して、我が麗しのフェン・レイ様のもとに戻りたいからね」
19号がそう言って赤い瞳を光らせ、魔力を開放すると、
「ですから、次で決めさせてもらいますよ?」
20号もそれに合わせるように身体を紅蓮の炎で包む。
二人の魔力がさっきまでとは段違いに増大したことを感じ取ったソルティは、目をつぶって剣を自分の顔の前に立てた。
「無駄無駄、今さらどんな魔法を使っても無駄ですよ!」
「あなたが天国に逝けるよう、私たちも祈って差し上げますよ!」
19号と20号は、ソルティをあざ笑いながら前後から剣を回して襲い掛かった。
「ジン・クロウ様、逃げてばかりじゃセレーネにダメージを与えられませんよ?」
セレーネが何度目かのセリフと共に斬撃を放ってくる。僕はシールドを張りながらそれを避ける。彼女は僕を挑発し続けているが、僕はそれを無視し、回避に専念した。
僕が敢えて攻撃を仕掛けなかったのは、彼女に隙が無かったからというのもあるが、それだけではない。僕だって少しは魔法も使える、その気になれば攻撃ができないこともなかった。
けれど、彼女がもしエランドールだとしたら、フェンの奴の命令次第では話し合いの余地がないとも思えない。現に彼女は魔力を開放して、初見より攻撃力は格段にパワーアップしているが、それでもどこか手加減している様子が垣間見えたのだ。
「どうしても攻撃をなさらないとおっしゃるなら……やっ!」
「おっと!」
セレーネは左手の剣を僕に投げつける。僕は身体を傾けることでそれを避けたが、次の瞬間、
「うふふ、つかまえた♡」
「えっ!?」
シャリン、バチイイッ!
何と彼女は投げた剣のところに瞬間移動すると、僕が振り向く間もなく斬撃を放ってきた。僕はとっさに彼女の右手から繰り出された斬撃をいなしたが、続けて襲い掛かって来た左手の剣は払うことが出来なかった。
「ジン・クロウ様ったら、団員にはあんなに可愛い子や美人さんを集めているくせに、セレーネにちっとも構ってくださらないのはあんまりですよ?」
彼女は右手の剣を鞘に戻し、左手の剣を受け止めている僕の左手首をつかむと、見た目の割にはあどけない笑顔を向けて言う。
「君の言う『構って』ってのが『話し合い』って意味なら、僕は喜んでお受けするけど?」
僕が訊くと、セレーネは罪の意識なんか欠片もないような笑顔で答えた。
「セレーネはフェン様から『甚九郎くんにできるだけ魔法を使わせなさい』という命令を受けました。話し合いでは任務を達成できません。ですからジン・クロウ様と戦うことにしたのです。ジン・クロウ様が構ってくださらないと、セレーネはデータを集めることができません」
僕は彼女が余りにも正直に目的をしゃべったことに驚いた。とともに、彼女がエランドールであることを確信してうなずく。考えてみたらこの純粋さはウォーラさんそっくりじゃないか。
「よく分かったよ、それじゃあ……」
僕がセレーネにいったんの休戦を持ち掛けようとした時、僕の目の端にソルティさんが崩れ落ちる姿が映った。
「ソルティさん!」
僕は無意識に、魔力を開放した。
ソルティは、目をつぶって剣を自分の顔の前に立てた。
「無駄無駄、今さらどんな魔法を使っても無駄ですよ!」
「あなたが天国に逝けるよう、私たちも祈って差し上げますよ!」
19号と20号は、ソルティをあざ笑いながら前後から剣を回して襲い掛かる。そのとき、ソルティは目を開けて叫んだ。
「我、破邪のため力を尽くすことを天に誓う!『新生風域』!」
「おおっ!?」「何だ!?」
19号と20号は、突如ソルティの周囲に翠色の空間が広がるのを見て驚く。その空間は清浄で、一番外側は一見するとガラスのようであった。
「20号、怯むな。こんなものただのこけおどしだ!」
19号はそう叫んで空間の外壁を剣で斬り裂こうとした。
スカッ。
「手ごたえがない!? ぐっ!」
19号は物質のように見えた外壁に手ごたえがないことに驚き、続いてソルティの展開した風域に突入するとき、自分の魔力の一部が拡散してしまうのをはっきりと感じ、二度驚いた。
「うっ! 19号、ここは常時拡散が起こる風域だ。ここにいればいるほど、私たちはスリップダメージを食らってしまうぞ!」
遅れて突入してきた20号は、ソルティの風域の恐ろしさを一目で見抜いてそう叫ぶ。
「風域から出よう。ここにいては不利だ。うおっ!」
バスンッ!
19号が風域の外に出ようと外壁の方を向いた時、その横腹に1条の矢が突っ立った。
「19号!」
「くっ、傷は浅い。心配するな」
19号はそう言いながら矢を引き抜く。驚いたことに矢じりは19号の胴体の外板を射抜いていた。
「悪いけれど、ここから出すわけにはいきません」
ソルティの声が風に流れて来る。そして風が運んだのは声だけではなかった。
ヒョンッ! ドスッ!
「うっ!?」
シュッ! ドムッ!
「がっ!」
声に振り向いた19号と20号の背中に、それぞれ矢が突き立つ。それだけではない、二人はさらにたくさんの矢が自分たち目がけて飛んで来るのを見て、剣をふるって矢を斬り払い始める。
しかし、
ドンッ!「くおっ!」
バスン!「ぐっ!」
風域の中に吹く風は風速も方向も一定ではないらしく、矢は通常では信じられないような軌跡を描いて二人に降り注いだ。
「くそっ、痛くもかゆくもないが、うっとうしいな」
「そうだな、あいつは並行宇宙の管理者たるフェン様にお仕えする我らを馬鹿にしている。お仕置きが必要だね」
二人は横殴りの雨のような矢をひとしきりその身で受け止めていたが、やがて二人とも我慢の限界に達したか、
「「うおおおーっ!」」
ドウンッ!
魔力を開放して、身体中に突き立った矢を吹き飛ばすと、魔力の噴出をそのままシールド代わりにしてソルティのいる中心部へと歩き出した。
「ほう、あれがフェン・レイが製作したエランドールの本気ですか。矢をすべて焼き尽くすとは尋常な魔力じゃないですね」
ソルティは、自分が放つ矢が一つ残らず二人に命中するが、一つ残らず彼らを覆った火焔で消滅するのを見て、
(ここらが潮時ですね。しかし風域を解いたら奴らが自由に動けるようになってしまう。ジン団長の方のケリがつくまで、何とか私が踏ん張らないと)
ソルティの戦士としての直感や経験則は即時の撤退を示唆していたが、ド・ヴァンからの命令が彼女に適切な行動を取らせなかった。ソルティは苦戦を覚悟でその場に踏み止まることにしたのだ。その決断は彼女に大きな対価を要求することになる。
「私たちに矢が効かないことを承知で踏み止まるとは、なかなか見どころがありますね」
「まったくです。しかし個人的には撤退をお勧めいたします。私たちが指呼の間に入る前に風域を解き剣を納めれば、ここから出て行くことを見逃しましょう」
19号と20号はそう言いながらソルティに近寄ってくる。しかしソルティは無言のまま弓を肩にかけ、剣を抜いた。
「どうやら私の提案は受け入れていただけないようですね」
20号がやれやれと言った顔で肩をすくめると、19号は薄く笑って
「仕方ない。20号、行くぞ!」
そう叫んで飛び掛かる。20号も見事な連携で滑るように剣を奔らせて来た。
二人の連携攻撃の見事さは十分に理解していたソルティは、攻撃の焦点に踏み止まることを避け、後に跳びながら魔力を開放する。
「食らえっ!『竜如風刃』!」
ドバンっ!
ソルティの身体を中心に、半月形の魔力の刃が周囲に無数に飛び出す。19号と20号は矢と違って無視はせず、剣を振り回して弾き返す。
カン、カン、カン、ドシュッ!
「むっ!?」
「おっ!」
19号も20号も、いくつかの魔刃が炎のシールドを貫通して腕に突き立ったのを見て、小さく驚きの声を上げる。
「これは驚いたな。では20号、あれをやるぞ」
19号が言うと、20号もうなずいて
「仕方ありませんね」
そう同意して、二人は再びソルティに突進する。
「何度でも来なさい!『ドラゴンブレイド』!」
ソルティには再び魔力を開放したが、20号は19号の後ろに隠れるように位置を変え、19号は魔力を込めた剣を身体の前に立ててシールドの代わりにした。
カンカンカンカンカン!
ソルティの魔刃は甲高い音と共に次々と弾かれて行く。その間にも19号と20号の突進は止まらなかった。
19号たちが10ヤードほどまで迫った。ソルティはあと数歩で二人の攻撃範囲に入るというその瞬間に、三度目の攻撃を仕掛けた。
「今度こそ食らいなさい!『ドラゴンブレイド』!」
ズバンっ! カカカカカカカカッ! ピーン!
(しめた、シールドが削れた)
至近距離からの『ドラゴンブレイド』はさすがに19号のシールドにダメージを与えたが、
ドムッ!
「ぐっ!?」
ソルティは右胸から突き出した剣先を、信じられないものを見るような目で眺めた。
「いい攻撃でした。でも隙が多すぎますね」
いつの間に回り込んだのか、20号が静かな声でソルティに語りかける。勝利を確信した落ち着いた声だった。
「いつの間に?」
両手をだらんと下げたソルティが力なく訊く。すでに『新生風域』の風域は消え去っていた。
20号は首を振って言う。
「単なる時間差攻撃ですよ。19号の後ろからあなたの頭の上を、魔力の間隙をぬって跳び越えただけです……さて、この剣を抜いたらあなたの命は出血多量で危なくなるでしょう。外に出たいとおっしゃるのなら、剣はそのままにして城の入口まで運んで差し上げますが?」
「抜いたらどう? 早くフェンの所に行きたいんでしょ? 下手な情けをかけて敗者を辱めないことね」
ゆがめたくちびるの端から血を流しながらソルティが言うと、黙って聞いていた20号はうなずいて、
「あなたがそういうお積りなら、お望みに従いましょう」
そう言いながら剣を引き抜いた。
ブシャッ
「ゔっ!」
ソルティの呻き声とともに、傷口から噴き出した鮮血は、鎧や衣服を見る見るうちに真っ赤に染めていく。ソルティはしばらくの間ゆらゆらと立っていたが、やがて力尽きたように膝から地面に崩れ落ちた。
★ ★ ★ ★ ★
シュバルツハウゼン古城の南東にある岩石地帯では、ワインが難しい顔をして眼下の煙を眺めていた。
この場所のどこかに、シュバルツハウゼン古城の地下につながる道があるはずと確信しているワインだったが、火山性のガスが漂う場所では探索も進まない。
「ワイン、本当にこちらの方面に地下道なんてあるのか? ド・ヴァン殿たちはもっと北を探索しているみたいだぞ」
ラムがじれったそうに言うが、ワインは首を横に振った。
「この谷は、東の方面ではケワシー山脈を最も楽に越せる街道につながっているし、西の方面は港町エノーキーへの街道に直結している。ここで勝ったらすぐにアルクニー公国に攻め込めるし、負けてもエノーキーからヒーロイ大陸を脱出できる。
古城の北は森林地帯だし、どこにも逃げ場はない。だからド・クサイが退却路を求めるとしたらこの谷しかないんだ」
「ふむ、君の考えは至極賛成できるが、それでも毒ガスの中に突っ込んでしまっては元も子もないだろう。何か仕掛けがあるのなら別だが」
ラムも、どよんと毒ガスが垂れ込める谷を見下ろして言う。
「仕掛け……」
ワインはそうつぶやくと、眉間にさっきよりさらに深いしわを寄せて考え込んだ。
(そう言えばド・ヴァン君の側近,マディラさんは『私は彼の口から直接、『ユグドラシル山西麓の地下、シュバルツハウゼン古城の地下室から百ヤードほど離れた地点に『ド・クサイの秘宝』があること。そこには人間離れした魔力を持つ者が秘宝を守っていること』を聞き出しました』って言っていたな。
とすると地下への入口がある場所は限られてくるな……)
ワインがそう考えていると、
「あれっ?」
同様に谷を見つめていたウォーラが、何に気付いたのか小さな声を上げる。
「どうした、ウォーラ?」
その声を聞きとがめたラムが訊くと、ウォーラはアンバー色の瞳を持つ眼でじっと谷を凝視し、
「毒ガスの噴出が弱くなってきています。このままの状態で推移したら、およそ5分後にはガスの噴出が完全に止まります」
それを聞いたワインは、ハッとしたようにウォーラを見て、
「ウォーラさん、その観測の精度は? どのくらいの自信がある?」
そう訊くと、ウォーラはちょっとの間目を閉じたが、すぐに目を開けて
「非体感性の微動をここに来てからかなりの頻度で観測していましたが、急に頻度が落ちました。地下活動に一定のリズムがあるものと思われます。
ですから、83%の確率で5分後にガス噴出が止まると予想します。10分後なら94%の確率でも請け合います」
そう自信に満ちた態度で答える。ワインはそれを聞いてニコリと笑い
「どのくらいの間、噴出が止まっているか予測可能かい?」
そう訊くと、ウォーラは言下に、
「5分後に止まるなら30分から40分程度、10分後なら45分から1時間程度と予想いたします」
そう答えた。
ワインは、折から吹き始めた東風を感じながら、
「ド・クサイはこの付近の地形や気象、火山に詳しい人物に古城の建設を任せたに違いない。この風速なら10分後には谷のガスは吹き散らされているはずだ。みんな、風上に回り込んでもう一度谷に降りてみよう」
明るい顔でそう言った。
そのころ、『ド・クサイの秘宝』が隠されている地下室で、緩くカールがかかった赤毛の少女が、青い髪の青年と何やらもめていた。
「フェン・レイ、約束が違うではないか! ジン・クロウを城の地下室におびき寄せた後はオレの出番じゃなかったのか?」
青年は襟元と袖口に刺繍がある青い服を着ていた。腰には短剣を吊るしただけの軽装である。彼の後ろでは白髪碧眼の知的な女性が黙ってフェンを睨んでいた。
フェンは緋色の瞳を持つ右目をまん丸くして、さも心外そうに言う。
「あら、やって来るなりご挨拶ですわね? ワタクシはちゃんと約束は守るわよ?」
「だったらすぐお前の部下を撤収させろ! あのジン・クロウはオレがこの手で首を刎ねるつもりで来たんだ。邪魔するな」
目を据えて言う青年に、フェンは駄々っ子に言い聞かせるような口調で
「まあお待ちなさいな、アクア。ワタクシもあなたの部下がせめてあと二人いたら、セレーネ・マリア・フォン・ルーデンドルフ・インゲボルク・ヨハンナ・フォン・ヘルヴェティカだけを連れて来て、ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク19号と20号はオオカミの巣に置いてきたわ。
でもヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルクのオリジナルの話では、あなたもいろいろあって部下をあちこちに散らしているって言うじゃない? そちらのお嬢さんとたった二人じゃ、甚九郎くんに逃げられる可能性も考えられたから、あなたのために甚九郎くんだけをここにご案内するように手配したの。ワタクシの厚意よ?」
そう滔々とまくし立てた。
フェンの言い分を聞いて、アクアは少し機嫌を直したが、後ろにいる女性が口を挟む。
「アクア様は、フェン様のご厚意はありがたく頂戴すると申しております。ではあとどのくらいでジン・クロウはここにやって来て、フェン様の部下の皆さんはいつ頃ここを離れられますか?」
フェンは、アクアの後ろから挑戦的な目を向けている女性をじろっと見ると、肩をすくめて答えた。
「あなた、確かブラウ・ヴェッサーとか言ったかしら? 並行宇宙の管理者たるワタクシ、火の精霊王フェン・レイに直接話をするなんていい度胸じゃない? ま、ワタクシも次の仕事があるから今回だけは見逃してあげるわ。
甚九郎くんは今、セレーネ・マリア・フォン・ルーデンドルフ・インゲボルク・ヨハンナ・フォン・ヘルヴェティカと戦っているみたいだけれど、これは彼の実力を測るためのものだから、彼を傷つけないようにセレーネ・マリア・フォン・ルーデンドルフ・インゲボルク・ヨハンナ・フォン・ヘルヴェティカには命令しているわ。
そうねえ、あと30分もすればここに案内して来るんじゃないかしら?」
「分かった。ではジン・クロウがこの部屋に入ると同時に、お前の部下たちはこの城から撤収すると考えて良いな?」
アクアがじれったそうに訊くと、フェンは鷹揚にうなずいて、
「そう考えてもらってもよくってよ? じゃ、ワタクシは一足先に帰るわね?
行くわよ、ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルクのオリジナル」
そう言って踵を返すフェンに、ヴォルフは
「お嬢様、お帰りになったらすぐ、マジツエー帝国の大司空殿に会いに行かれませんと。あの者たちは放っておいたらいつまでも返事を引き延ばすつもりです故」
そう言いながら、二人は時空の歪みに消えた。
「フン、フェンは出しゃばるところはあるが、気はいい女みたいだな」
フェンたち主従が消えた空間を見つめてアクアが言うと、ブラウはまだ気を許していないような顔で
「……とにかく、人質を取り返せないようにしておく必要がございます。ジン・クロウとの交渉は私に任せていただけますか?」
そう訊くと、アクアは鷹揚にうなずいて言った。
「ああ、せいぜいジン・クロウの心を乱してやるといい。奴が混乱して手も足も出ない様子を想像すると、笑いが込み上げて来るな」
「目を開けなさい。死んだふりをしても無駄です」
ブラウは、部屋の隅でぐったりと横たわっているオキロに声をかける。オキロはどこか痛むのか顔を歪ませてうめき声を上げながら眼を開いた。
「……ああ、俺はもう終わりか。あのフェンとか言う奴のほかにも仲間がいたなんてな」
オキロがそうつぶやくと、ブラウはニコリと不思議な笑みを湛えて、オキロに顔を近づける。
「トレジャーハンターにしては諦めが早いのね? あなたが助かる方法はまだあるし、私はそれを教えて上げようと思っているんだけど、聞きたくないのかしら?」
するとオキロは、泥と血で薄汚れた顔を上げて、
「そんな方法があるってんのなら、ぜひ聞きたいものだぜ」
胡散臭そうな顔でブラウに言う。ブラウは碧眼を光らせて
「まだ皮肉を言う元気は残っているようね? だったらあなたには、あなたを助けに来る男に、精一杯救いを求めることね。恥も外聞も忘れて、ね?」
そう言うとブラウは、オキロを水球に閉じ込めた。
「おい、何をする!? ここから出せ!」
驚いて叫ぶオキロの姿を心地よさげに眺めながら、ブラウは怪しく笑って言った。
「そう、その調子よ。いつもと違って中は水を詰めてないから息はできるわよね? その調子で救援に来た男に泣き叫んでちょうだいね」
アクアはその様子を見て、サディスティックな笑みを浮かべていた。
ブシャッ
「ゔっ!」
ソルティさんの呻き声が聞こえた。僕がセレーネと戦いながら目の端で捉えたソルティさんは、傷口から鮮血を噴き出し、鎧や衣服を見る見るうちに真っ赤に染めながらしばらくの間ゆらゆらと立っていたが、やがて力尽きたように膝から地面に崩れ落ちた。
「ソルティさん!」
僕はセレーネとの戦いの最中であることも頭から吹っ飛んで、無意識に魔力を開放していた。
「あっ! ジン・クロウ様、またセレーネをほっぽり出すおつもりですの?」
セレーネは僕がソルティさんの方に駆けだすのを見て、非難するような声を上げたが、
「あら、面白い魔力ですこと。ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルクたちにどんな魔法を使うのか、ちょっと見物させていただきましょう」
そうつぶやくと、僕を追いかけるのを止めた。
「ではお嬢さん、お望みどおりラクにして差し上げますね?」
執事20号はそう言うと、振り上げた剣を今にもソルティさんの首筋に振り下ろそうとした。
「やめろっ!『貪欲な濃霧』っ!」
僕は『払暁の神剣』を左手に持ち替え、右手から紫紺の魔力を迸らせた。その魔力は執事20号を捉えた。
「うっ!? この魔法は?」
紫の霧に包まれた執事20号は、自分から急速に魔力が抜けていくのを感じ、
「19号、これはドレインだ! それもとてつもなく強……」
そこまで叫んだものの、魔力が切れたのだろう、糸が切れたマリオネットのように不自然な恰好でガシャンと地面に倒れ込んだ。
紫の霧は、続いて意識を無くしかけているソルティさんをゆっくりと包み込んだ。
「20号!」
突然の出来事に、さしものエランドールでも混乱したのだろう、19号は一瞬何が起こったか理解に苦しむようだったが、すぐに立ち直って剣を構え直した。
その時間は本当に2・3秒といったごく短いものだったが、それでもソルティさんを保護し、僕が19号のいる場所に駆け付けるには十分だった。
「……ジン・クロウ、あなたには手を出すなと我が敬愛する主人は申しておりましたが、仲間がやられては黙ってはおれませんな」
執事19号は緋色に輝く瞳を僕に向けると、冷え冷えした声でそう言ったが、僕も負けず劣らず刺々しい声で答えた。
「そうか、黙っておれないならかかってくるがいい……」
執事19号は明らかに気分を害したようで、それまでの丁寧な物腰と打って変わって、荒々しい態度で
「後悔するなよっ!」
そう叫ぶと、僕に突進してきた。
しかし、その突進はわずか4・5歩のことだった。
「お前もな、『崩壊不可避』」
僕が紫紺の炎を上げている右手の指を鳴らすと、19号の周囲が紫色の立方体に切り取られ、
「なっ!? 何だこの空間は? うわあああっ!」
19号は捕らわれた空間の中で引きちぎられ、引き裂かれ、バラバラになり、そして最後は目に見えないほど小さな粒子にまで分解されていった。
僕はふうとため息を一つつくと、地面に横たわっているソルティさんに目を向けた。紫の霧は見る見るうちに消え去り、やがてすっかり止血されたソルティさんが現れる。
今思うと不思議だったが、僕は自分の魔法がどれほどのもので、どんな効果を持っているか知っていた。初めて使ったにもかかわらずだ。
そして僕の知識の中にあるとおり、ソルティさんから命の危険がとりあえず去ったことを確認した僕は、ゆっくりと目をセレーネに向け、皮肉たっぷりに言った。
「悪かったなセレーネ、寂しかっただろう? 邪魔者はいなくなったから心置きなく二人きりでじゃれ合えるぞ?」
するとセレーネは、桜色に染まった頬にえくぼを浮かべて首を振り、
「いえ、セレーネはいいものを見せていただきました。おかげでフェン様に復命できます。
ジン・クロウ様、その女性はもう大丈夫でしょうから、これからオキロ・マクラガスキーの所にご案内いたします。ついておいでください」
そう言うと、続けて、
「ああ、それと姿は見えませんがあと二人、この場にいらっしゃるようですね? 一度もセレーネたちの邪魔をしなかったので約束違反については不問にいたしますが、これ以上セレーネたちの後をついて来るというのなら話は別です。
その女性を介抱して、地上に連れ帰った方がいいかと思いますし、セレーネはそうされることをお勧めいたします」
笑いながら言ったが、その目は笑っていない。僕が困っていると、シェリーがチャチャちゃんを連れて姿を現し、ペロッと舌を出して言った。
「えへっ♡ 見つかっちゃったか。ゴメン、ジン、心配だったからついてきちゃった」
そして僕が何か言うより早く、
「大丈夫、その人もジンに手出しはしないみたいだから、アタシたちはソルティさんを地上に連れて行くね? さっ、チャチャちゃん、行くわよ」
「……分かりました、シェリーお姉さま」
二人は気を失ったソルティさんを両側から抱えて立ち上がり、よろよろと地上への階段へと向かう。
セレーネは油断ならない目で二人を見ていたが、シェリーたちが階段を登って行くのを見届けると、
「……ではジン・クロウ様、こちらにおいでください」
そう言うと、入口から見て右側の壁に近づくと、そこに人が通れるくらいの穴を開けた。
★ ★ ★ ★ ★
「ここに違いない」
ワインは東風が毒の噴煙を吹き飛ばすまで待たず、風上から谷に降りて周囲を注意深く観察していたが、遂に横穴がある地隙にたどり着いた。
「ワイン、今までも同じような地隙はたくさんあった。どうして君は、こここそ『ド・クサイの秘宝』につながる地隙だと断定できるんだ?」
ラムが念のため、といった感じで訊く。ワインは葡萄酒色の髪を形のいい手でかき上げ、片方の眉を器用に上げて答えた。
「うん、確かに同じように横穴が開いている地隙はいくつかあった。けれど周りに下に降りようとした形跡がなかった。しかしこの地隙には……」
ワインは地隙から5メートルほど離れた場所で立ち枯れている大木の切り株まで足を運び、たくさんのこすれた様な跡を指で示して
「見てのとおり、この切り株はかなり表面が削れている。つまりここに、壁面を降下するためのロープか何かを固定したってことだよ」
そう言いながらロープを取り出すと、切り株にしっかり固定する。
「おい、ワイン。ド・ヴァン殿の言ったことを覚えているか?『入口を見つけても突出せず、一緒に突入しよう』って言ってなかったか?」
ワインが横穴に入る準備をしていると見て取ったラムが注意すると、ワインは鋭い目を北の方に向け、
「覚えているよ。ボクもそうしたいが、この地隙からいつまた毒ガスが噴き出て来るか分からない。噴出が再開したら次に止まるまで一日、悪くすると数日かかる恐れもある。
悪いがウォーラさん、この地隙のことをド・ヴァン君に知らせてくれないか? 君は彼らと一緒に後から来てもらえればありがたいが」
そう言うと、ウォーラはぷくっと頬を膨らませて言う。
「お断りします。私はエランドール、ご主人様の危機にはお側にいる義務がございますのに、離れ離れになるだけでなく合流も遅れるだなんて我慢できません」
するとワインは苦笑しながら再び頼んだ。
「ジンと別行動させて悪いと思っているよ。けれどウォーラさん、この谷がまた毒ガスに覆われたら、ラムさんじゃこの位置を見つけ出すのも苦労すると思う。
キミならド・ヴァン君たちを速やかに、間違いなくここに誘導できると思ったからお願いしたんだ。仲間が多ければそれだけジンの危険も少なくなる。ぜひ、引き受けてほしい」
ウォーラはムスッとした顔でワインの言うことを聞いていたが、周囲の状況からワインの意見ももっともだと思ったのだろう、渋々ながらうなずいた。
「……分かりました、お引き受けいたします。その代わり、私が合流するまでご主人様をお願いいたしますよ?」
「もちろんだ。ジン様は私が命に代えても守り抜いてみせる。ウォーラこそ気を付けて、無茶するんじゃないぞ」
ラムが背中の長剣の位置を確認しながら言うと、ウォーラは安心したように笑って、
「では、私は『ドラゴン・シン』の皆さまを誘導いたします。ワインさま、ラムさん、お気をつけて」
そう言うと、一目散に北の方角に向かって駆けて行った。
「……よし、これで何があっても大丈夫だ」
ワインは薄く笑って独り言ちると、すぐに真顔になってラムに
「さて、ちょっと気味は悪いが、『ド・クサイの秘宝』を拝みに行こうじゃないか。壁面は火山性ガスで結構もろくなっているだろう。ラムさん、気を付けて続いてくれたまえ」
そう言うと、地隙を下り始めた。
僕はソルティさんをシェリーとチャチャちゃんに任せた後、セレーネの後について地下道を進んでいた。
松明の明かりで見る地下道は、幅5メートル、高さは3メートルほどで、つるはしの跡が残る素掘りだったが、形にムラがなく、床もほぼ平坦に仕上がっていたことから、組織的に掘られたものであることがうかがわれた。
歩き始めるとすぐに、
「つかぬことをお伺いいたしますが、ジン・クロウ様の側にはウォーラ・ララというエランドールがいると聞いています。彼女もアイザック・テモフモフ博士に造られたのでしょうか?」
そうセレーネが訊いて来る。僕はうなずくと、
「そう聞いているよ。ひょっとして君もテモフモフ博士に?」
そう訊き返す。
「はい、私はPTD9、コードネーム『踊り子ちゃん』です。あなたが戦ったヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク19号と20号の基になったエランドールがPTD8、コードネーム『執事』で、フェン・レイ様のお屋敷にヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク0号として保管されています」
セレーネはそんなことを話してくれる。
僕はセレーネが自分の手の内をさらすようなことを言うのにびっくりするとともに、僕に内情をしゃべったことがバレたら、フェンの奴から酷いことをされないかと彼女が心配になった。
「ねえ、セレーネさん」
「あら、ジン様ったら水臭いですわね。一度は命のやり取りをした仲じゃないですか、セレーネのことは呼び捨てにしてくださってもいいんですよ?」
振り返ってクスリと笑う彼女に、なぜだかドキッとしてしまった僕は、顔が赤くなるのを必死に無視して言った。
「フェンの戦力が分かるのは僕にとって喜ばしいことなんだろうけれど、僕にいろいろしゃべったことで君がフェンから怒られたりしないのかい?」
するとセレーネは立ち止まると振り返り、嬉しそうな顔で
「嬉しいですわ、ジン様ったらセレーネのことを心配してくださるのですか? 本当にあなたは噂どおりのお方ですね?」
そう言う。
「噂?」
僕がどぎまぎしながらオウム返しに言うと、セレーネは笑顔でうなずき、
「はい、ウェンディ様の部下にイーグル・アルバトロスという者がいますが、彼があなたのことを『エランドールを人間と同じように扱う不思議な人物』と言っていました。それを聞いた時からセレーネはジン様のことが気になって仕方がなかったのです」
そんなことを言ってくれる。
どうもこのセレーネさんって、気に入った相手には天然か計算ずくかは知らないけれど妙に思わせぶりな言い方をする。まあ、もともとが『踊り子』の特性を与えられて造られたんであれば分からないことはないけれど。
僕が彼女の言葉にどんなリアクションをすべきかと考えていると、セレーネさんは不意に真面目な顔になって、
「今から話すことは、フェン様のご命令でお話しすることですから心配されなくて結構ですよ?
実はこの先の『宝物庫』にはフェン様はおいでになりません。代わりに水の精霊王アクア・ラング様がブラウ・ヴェッサーという魔剣士と共にあなたを待ち受けています」
と、これまた驚くべきことを教えてくれる。
「なぜそのことを僕に? フェンもアクアも『組織』に属している仲間なんだろう? しかも二人とも精霊王なのに」
僕は当然の疑問をセレーネにぶつけてみた。ひょっとしたらこれは罠かもしれないし、本当のことかもしれない。けれど裏事情が分からなければその判断なんてできっこない。
セレーネは眉を寄せて、哀しそうな顔で言った。
「そうですね、お二人とも精霊王で『組織』の管理職。本来なら力を合わせられるのが至当なのでしょうが、どうやら我が主フェン・レイ様とアクア様は求めるものが違っておられるようなのです。フェン様に言わせるとアクア様は『貪欲で軽薄、傲慢で冷酷』なのだとか。それでフェン様は、あなたとアクア様を戦わせて、あわよくば相討ちになってくれることを望んでいらっしゃいます」
「それで? 続きがあるんだろう? 相討ちを狙っているのなら、わざわざ僕にアクアの存在を教えなくてもいいはずだ」
僕が言うと、セレーネは薄く微笑んでうなずいた。
「さすがです、ジン様。さっきの話を平常心で聞いてくださって感謝いたします。
フェン様が相討ちを望んでいらっしゃるのは確かですが、いずれか一方が生き残るのなら、あなたに生き残っていただきたいとも考えていらっしゃいます。ですからセレーネが遣わされました。アクアの弱点をお伝えするために」
「まったく、よく考えてあるよ。この地下道を作った人物は、相当この辺りの地質や地下活動に詳しいんだろうな」
地隙の岸壁を降り、ぽっかりと開いた横穴に足を踏み入れたワインは、ラムが続いて横穴に降り立ったのを見てそう言う。
ラムも、ぐるりと周りを見回してみた。横穴の中は入口から想像できないくらい広く、特に入口は側面や上半分をレンガで覆っていた。人の手が加えられているのは一目瞭然だった。
「この大きさだと、王の側近や親衛隊なら一度にここを通れるだろうな。ということはワイン、君の言うとおりド・クサイはまだまだ戦うつもりだったんだな」
松明に火を点けたあと上り坂になっている洞窟を歩きながらラムが言うと、ワインも
「ジュリアン・マペットが率いる反乱軍の主力は、ターカイ山脈の『ヘンジャー峠の戦い』で名将ヤバイホッド・オ・レッツエーに苦戦していたからね。
ケワシー山脈を目指したデュクシ・ポトフの軍は1万にも満たなかったし、側近のタマゴ・タルケが裏切らなかったらド・クサイは反乱を鎮圧していたかもしれないな」
「史書にも『タマゴ・タルケがデュクシ・ポトフと手を結んだため、ジュリアン・マペットは『ヘンジャー峠の戦い』の指揮をホウム・ルームに任せ、主力の大部分をケワシー山脈方面からシュバルツハウゼンへと突入させた』とあるからな。ド・クサイにとっては不本意だったろうな」
そんな話をしていると、二人は横穴の端までやって来た。
「行き止まりじゃないか」
ラムが言うと、ワインは慌てもせずに松明で天井を照らして、
「いや、ここで毒ガスが吹き込んでくる勢いを弱めようとしたんだろう。この壁を登ろう」
そう言うと、身軽に壁をよじ登る。
「ふん、城から逃げるのなら重量物でも投げ落とせば済むってことか。確かにこの地下道を考えたのはただ者じゃないな」
ラムが上によじ登ってみると、四つの壁面にひとつずつ開いた洞窟をワインが調べているところだった。
「何だ? どっちに進めばいい?」
「おそらく、こっちだろうね」
ワインは四つの横穴を調べた後、下の洞窟とは左に垂直に開けられた洞窟へと足を踏み入れる。
「こっちが正解って判断した根拠は?」
ラムが後を追ってきながら訊くと、ワインはこう配が急で崖のようになっている道を登りながら、
「こっちの道だけが上りこう配だった、後の三つは下りだ。恐らくここまで毒ガスが来ることを想定して、あの部屋でガスを分散させる意図だろう」
そう言って、平らに近い所まで来るとラムに手を差し伸べた。
「なるほど、考え抜かれているってわけか。あ、ありがとう」
ラムはワインから引き上げてもらいながら、しきりと感心している。
「どういたしまして。さて、ボクの感覚が正しいなら、『ド・クサイの秘宝』があるって言われている場所までは15分とはかからないだろう。ラムさん、ここからはいつでも戦闘に入ってもいいよう準備をお願いするよ」
ワインはそう言うと、松明を手槍の鞘に括り付けた。
「じゃあ、ワインは君を伝令に立てて、自分はラムさんと二人で団長くんの所に向かったって言うんだね?」
ウォーラがド・ヴァンの所在を探し当てるのはさして難事ではなかった。彼女は自律的魔人形である。魔力探知装置ですぐにド・ヴァンたちを探し当てた。
「おや、君はウォーラさんじゃないか? ワインたちと一緒じゃなかったのかい?」
ド・ヴァンはウォーラを見ると、ワインたちに何かあったのかと心配したらしいが、ウォーラの報告を聞いて目を閉じた。
そして目を開けると、ウォーラに優しく訊く。
「ウォーラさん、ワインが見つけた入口は、ここからどのくらい離れている?」
「南南西に半マイル(この世界で約930メートル)、急いで5分ってところですね」
「君はボクたちの所までどのくらいで来た?」
「谷でしたので魔力の探知に少し時間がかかりました。ワインさまのところを出て20分くらいでしょうか」
ウォーラの答えを聞いて、ド・ヴァンは隣にいたマディラとウォッカに
「今から入口に行っても、恐らくまた毒ガスが噴出し始めるだろう。入口から入るにはタイムアウトだ。それよりシュバルツハウゼン古城の方が近い。城内に罠が仕掛けてある可能性は高いが、まったく進めないよりはましだ。ボクらは正面からお邪魔しよう」
そう言うと転移魔法陣を描き始める。
ド・ヴァンのこんな時の決断は素早い。彼は火山活動が間もなく毒ガスの噴出を再開させると判断し、マディラやウォッカにウォーラを連れてすぐさまシュバルツハウゼン古城に移動したのだった。
彼の判断は的確だった。というのは、ド・ヴァンたちが古城の正門に到着した時、シェリーとチャチャが人事不省のソルティを地下室から運び上げて来たところだったからだ。
「やあ、シェリーさんとチャチャさんだったね? ソルティを助けてくれて感謝するよ。ところで団長くんはどうしている? 君がここにいるからには、敵にやられてはいないようだが」
ド・ヴァンはソルティの状態を見て一瞬眉をひそめたが、すぐにシェリーたちにねぎらいの言葉をかけ、
「マディラ、すぐにソルティに応急処置を施し、病院に連れて行ってくれ」
マディラに命令する。マディラは命令があることを予期していたのだろう、腰の袋から何種類かの薬草を取り出し、
「分かりました」
言葉少なに答えると、シェリーたちと苦労してソルティを横にして手当てを始めた。
「どうだ?」
ド・ヴァンの問いに、マディラは驚いたような声で答える。
「傷は深いですが、血は止まっています。誰かが応急処置を施してくれたのでしょう。けれど傷がふさがっているわけじゃありませんから、一刻も早く治療が必要です」
「分かった、すぐに病院へ連れていけ。医者には『費用はいくらかかっても構わないから必ず仲間を治してくれ』とボクが言っていたと伝えるんだ」
ド・ヴァンは厳しい声でそう言うと、シェリーに向かって頼んだ。
「シェリーさん、悪いがボクたちを地下室まで案内してもらえないだろうか? 城内に罠が仕掛けてあるだろうから、ルートを知っている君に協力してもらえると助かるが」
ド・ヴァンの依頼をシェリーは快諾して言った。
「お安い御用よ。アタシも最初ッからジンのところに戻るつもりだったから。チャチャちゃん、マディラさんを手伝ってソルティさんを病院へ連れて行ってもらえないかな? ソルティさんのあの様子じゃ、一人で病院へ連れて行くのは厳しいと思うわ」
シェリーから言われて、チャチャは素直にうなずく。
「分かりました。シェリーお姉さまも気を付けてください」
二人のやり取りを聞いていたド・ヴァンは、
「ご協力感謝する。ウォッカ、相手はソルティすらあんな目にあわせるほどの戦士だ、冷静に頼むよ。それではシェリーさんとウォーラさん、行きましょうか?」
そう言いながら城の中へと歩を進めた。
「団長くんがソルティを助けてくれたんだろうな」
とつぶやきながら……。
松明の明かりを頼りに地下道を進んでいた僕は、不意に心をざわつかせるような魔力を感じて思わず立ち止まった。今まで感じたことのないその魔力は、『不吉な』という言葉が最もしっくりくる感じだった。
僕が立ち止まるのを見て、セレーネは緊張した面持ちでうなずいて言った。
「お感じになられたのですね? ご想像どおり、これがアクア・ラングの魔力です」
僕はそれには答えずに、腰の『払暁の神剣』に左手でそっと触れる。僕の顔はひどく強張っていたんだろう、セレーネさんはフッと笑って訊いて来た。
「相手は精霊王です、怖いですか?」
「……相手が何者だろうと、戦うってのは怖いさ。でも、精霊王は僕たちの世界をよくするために存在するんじゃないのか? そんな存在がどうして人質を取ったり、国を乗っ取ろうとしたりするんだ? 僕はそれが許せないし不思議だからアクアと話をしに行くんだ」
僕の言葉を聞いて、セレーネさんは心底不思議そうな顔をした。
「ジン様は本当に不思議な方です。普通、こんな魔力を少しでも感じたら、足が震えて歩けなくなるものなのですが、ジン様は『怖い』とおっしゃりながらも心はちっとも動揺されていません。
それに、精霊王を特別な存在とは思ってらっしゃらないフシがございますね? セレーネたちエランドールも人間扱いされているのと通じる気がします」
僕はセレーネさんに首を振って言った。
「いや、怖いのは本当さ、『暴力ハンタイ』が僕のモットーだからね。でも僕は父の言葉を思い出すと、こんな話を黙って聞いていられなくなるんだ。
僕は父のことをあまり覚えていないけれど、この言葉だけは覚えている。『正しいことは誰がやっても正しく、間違ったことは誰がしたとしても間違いだ』ってね」
セレーネさんは優しい瞳で僕の言うことを聞いていたが、ふうとため息を一つつき、残念そうな声でこう話してくれた。
「それがジン様の信念だとしたら、あなたの歩む道は茨の道になるでしょうね。行為者が誰であるかで物事の善悪が容易くひっくり返る世の中ですもの。
ジン様、あなたの信念には反するかもしれませんが、セレーネからも一つ、言葉をお贈りいたします。
以前、風の精霊王ウェンディ様とお話しした時、彼女はこうおっしゃっていました。『正しいことが正解とは限らないよ』と」
それを聞いて、僕は黙ってうなずいたが、実は
(ウェンディって、風の精霊王だったのか!? あんな不真面目そうな奴なのに?)
そのことにびっくりしていたのだ。
僕の沈黙をなんて思ったのかは知らないけれど、セレーネさんはまた真面目な顔に戻って、
「では、セレーネはアクアにジン様の到着を知らせてきます。アクアの弱点をお忘れなく。ご武運をお祈り申し上げますね」
そう言って、地下室の方へと歩いて行った。
(Tournament38 魔境の主を狩ろう! その4へ続く)
最後までお読みいただき、ありがとうございます。それと今年一年、拙作を読んでいただき感謝いたします。
さて、セレーネの態度を見る限り、フェンは何かを考えているようですね。『宝物庫』ではどんな戦いが繰り広げられるのでしょうか?
次回は明日、元日投稿の予定です、お楽しみに。それでは皆様、よいお年をお迎えください。
では皆様




