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キャバリア・スラップスティック  作者: シベリウスP
リンゴーク公国編
36/153

Tournament36 Load of the Void hunting:part1(魔境の主を狩ろう!)

領主となったジンたちは、ついにトオクニアール王国に入った。

そこで、昔大陸を統一していた国の最後の王に関する『秘宝』とトレジャーハンターに起こった不可解な事件を耳にする。

ジンたちは事件に『組織』が絡んでいるとにらみ、被害者に会いに行くが……。

【主な登場人物紹介】

■ドッカーノ村騎士団

♤ジン・ライム 17歳 ドッカーノ村騎士団の団長。ケンカにはめっぽう弱く、女性に好感を持たれやすいが、女心は分からない典型的『鈍感系思わせぶり主人公』

♤ワイン・レッド 17歳 ジンの幼馴染みでエルフ族。結構チャラい。槍を使うがそれなりの腕。お金と女性が大好きな『やるときはやる男』

♡シェリー・シュガー 17歳 ジンの幼馴染みでシルフの短剣使い。弓も使って長距離戦も受け持つ。ジン大好きっ子だが報われない『負けフラグヒロイン』

♡ラム・レーズン 18歳 ユニコーン族の娘で『伝説の英雄』を探す旅の途中、ジンのいる村に来た。魔力も強いし長剣の名手。シェリーのライバルである『正統派ヒロイン』

♡ウォーラ・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造った自律的魔人形エランドール。ジンの魔力マナで再起動し、彼に献身的に仕える『メイドなヒロイン』

♡チャチャ・フォーク 13歳 マーターギ村出身の凄腕狙撃手。村では髪と目の色のせいで疎外されていた。謎の組織から母を殺され、事件に関わったジンの騎士団に入団する。

♡ジンジャー・エイル 20歳 他の騎士団に所属していたが、ある事件でジンにほれ込んで移籍してきた不思議な女性。闇の魔術に優れた『ダークホースヒロイン』


   ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


 ヒーロイ大陸、トオクニアール王国シュバルツハウゼン。

 この村は人口こそ千人ほどの小さな村だが、リンゴーク公国のマーイータケ街道とアルクニー公国のヘンジャーからリンゴーク公国のエノーキーを結ぶ街道が交差する村でもあった。


「そう言う意味では、ドッカーノ村と似た立ち位置にある村だ。けれどドッカーノ村と決定的に違っているのは、この村は宿場として発展して来たってことさ」


 僕たち『騎士団』は、箱庭のようなシュバルツハウゼン村のメインストリートを歩きながら宿を探していた。リンゴーク公国にある僕たちの所領、ショーロ村を7点(午前8時)に出て来たにも関わらず、国境の峠を越えたのは昼下がりであり、シュバルツハウゼンに到着する頃にはお日様はすっかり西に傾いていた。


「だからこんなに宿屋が多いのね。これだけ多かったらどこに泊まったらいいか迷っちゃうわね」


 確かにシェリーの言うとおり、大通りの両側にはずらりと宿屋が並び、それぞれの店の前では呼び込みの兄さん姉さんが声を張り上げている。


「ワイン、君だってこの大陸では押しも押されもせぬ商家の息子だろう? ド・ヴァンのように贔屓にしている宿屋とかないのか?」


 客寄せの騒がしさに辟易しているのだろう、ラムさんがワインに訊く。ワインはキザったらしく肩をすくめると、


「ないこともない。だが恐らくそこはド・ヴァンの定宿と被るだろうね。それでもいいなら案内するよ」


 そう言うとラムさんはホッとしたようにうなずいてワインを急かす。


「ああ、私はこの客引きってのがどうも苦手でね? この騒がしさから離れられるのなら多少のことはガマンするさ。さっ、案内してくれ」


「ジン、先に言っておくがボクやド・ヴァンが定宿とするからにはそれなりの格式がある宿だ。当然それに比例してお値段も張る。それに見合う価値はあるけれど、一応覚悟はしておいてくれたまえ」


「ああ、分かったよ。何事も経験だし、一度くらいそんな宿に自腹で宿泊したって罰は当たらないだろうしね」


 僕が笑って言うと、ワインも苦笑しながら


「じゃ、ご案内いたしますよ。ついて来てください、お嬢様方」


 そう言って大通りをずんずんと北へと進んでいった。



 やがて僕たちは、村を見下ろす小高い丘の上にある洋館の門前にやって来た。


 門は花の装飾が施された鋳鉄製で、高さは3メートル以上あった。もちろん門扉や塀も鋳鉄製の鉄格子で、必要以上に厳めしくならないよう星座の装飾が施されている。


 これだけでもかなり手の込んだ造りだが、問題は門の先に見える洋館そのものだった。


 まず、門から遠い。目測だがたっぷり5百メートルはあるだろう。それだけ離れていても、まさに『白亜の殿堂』というに相応しい重厚な姿が見えるから、あの洋館は5階建て以上だろう。


 そんな白い殿堂がまるで鳳翼のように広がっている。いやはや宿泊定員は何人だよって突っ込みたくなる豪華さだった。


「……なんか、圧倒されるな」


 その洋館を一目見た僕たちは、その佇まいに息を飲んだ。ラムさんだからこそ、つぶやくようにではあるが感想を口にできたんだろう。


「本来ならば事前の予約が必要だ。この手のホテルはそれが一般的だからね。

けれど今はシーズンオフだし、何とかなるかもしれない。ボクが交渉してみるが、万が一断られても悪く思わないでくれたまえよ?」


 ワインはそう言って、門扉を開けて敷地内に入ると僕たちを振り返り、


「ついて来るといい。この庭園の造りはトオクニアール王国建国時に流行っていたものだよ。仮にここに宿泊できなかったとしても、この庭園を眺めるだけでも坂道を上って来た価値はあるってものさ」


 朗らかに言って歩き出した。


 ホテルの玄関まで随分と歩き、立派なホールが見えて来たとき、ワインが目ざとく何かを見つけて


「おや? あれはマイケル君のところの調査員じゃないか。どうしてこんなところに?」


 そうつぶやいて立ち止まる。


「本当だ、確かブルー・ハワイさんって言ったっけ?」


 僕もワインの視線の先にいる人物を見てそうつぶやく。その時ブルーさんは僕たちを見つけたのだろう、満面の笑顔で近づいて来ると僕たちに話しかけてきた。


「これはドッカーノ村騎士団の皆さん、お久しぶりですね。今夜はここにお泊りですか?」


「ええ、ワインの行きつけのホテルがあるというので、いい経験になるかなと思いまして。

ところでブルーさんこそなぜここに? ド・ヴァンさんはシュッツガルテンにいらっしゃるんじゃなかったんですか?」


 僕が訊くと、ブルーさんは急に辺りを窺うように見回すと、声を潜めて言った。


「団長はあの後、ベニーティング城からシュッツガルテンに向かわれました。その途中で変な噂を聞き込まれたので、わたしがその調査に遣わされたんですよ」


「変な噂? 山賊や妖魔の噂は聞いていないが?」


 ラムさんが言うと、ワインも形のいいあごに手を添えて、


「ボクもバトラーから特別気になるような報告は受けていない。いったいどこで、何が起こったっていうんです?」


 眉を寄せて訊く。彼が自慢する超優秀な執事の報告に漏れがあったとは信じられないのだろう。


 ブルーさんは慰めるように笑うと説明してくれた。


「噂とはいってもごくごく一部、トレジャーハンターの中でも特に凄腕の者たちの間で話題になっているものですから、皆さんがご存じないのは無理もありません。団長やマディラさんだって最初はご存じありませんでしたしね」


「じゃ、マイケル君はその噂を誰から聞き込んだのかな?」


 ワインが興味津々といった感じで問いかけると、ブルーさんは少し胡散臭そうな顔をして言った。


「テキーラ・トゥモロウ……そう言ったら、後は察していただけますね?」


 僕とワインは思わず顔を見合わせた。


 テキーラさんといえば、以前マーターギ街道に巣食った人狼山賊団を討伐したとき、共に戦ったことがある。ペストマスクを付けて正体不明の不思議な人物だったが、少なくとも僕は彼に対してさほど怪しさを感じていなかった。


「そういえばマイケル君は、テキーラなる人物を『組織』からの回し者と疑っていたね。彼がどんな噂をマイケル君に吹き込んだんだい?」


 ワインの問いに、ブルーさんは


「立ち話もなんですから、皆さんがお部屋を取られた後、わたしの部屋で話しましょう」


 そう言うと、部屋の番号を告げて足早にホテルの中へと入っていった。



 僕たちは運よく同じフロアに部屋が取れた。二人一部屋で僕とワイン、シェリーとチャチャちゃん、ラムさんとウォーラさんという鉄板の部屋割りだった。


 ジンジャーさんだが、僕たちがフロントに行った時、なぜか姿を消していた。ウォーラさんの生体反応探知機や魔力探知機ですら、彼女を探し出すことができなかった。


 心配しながらも仕方なく僕たちは部屋にチェックインし、ブルーさんのいる最上階のスペシャルスイートに向かうことにした。


 だが、僕が部屋を出ると、驚いたことにそこにジンジャーさんが待っていた。


「じ、ジンジャーさん!?」


 ジンジャーさんは僕の唇を柔らかい指で押さえると、


「お静かに。わたしは耳が良いほうですから」


 妖艶と言っても過言じゃない笑顔でささやく。僕も思わずつられて小さな声で


「いきなり姿を消すからみんな心配したんだよ。いったいどこに行ってたんだ? すぐに君の部屋も押さえないと」


 そう慌て気味に言うと、ジンジャーさんは薄く笑いながら


「心配おかけしてすみません。でもわたしは自分で宿を押さえましたから大丈夫です。

敵である『組織』のことを考えると、わたしの存在は秘密にしておいた方が良いと思いますから」


 そう答え、続けて


「わたしはつかず離れず、ジンさまのことをお守りいたします。姿は見えなくても、ジンジャーは常にジンさまのお側にいます。ご安心ください」


 そう言うと、影が薄れるように姿を消した。魔力も気配もまったく感じさせない、完璧な隠形だった。


「ジン、どうしたんだい? 誰かいたのかい?」


 やや遅れて部屋から出てきたワインから問いかけられた僕は、なぜだかとっさに


「何でもないよ。ブルーさんは一人で宿泊するのにスペシャルスイートなんて豪勢だなって考えていたんだ」


 そんな返答をした。


 ワインは2・3秒ほど僕を見ていたが、すぐに笑って言った。


「マイケル君は理由もなく部下たちに贅沢をさせる男じゃない。きっと必要があれば彼自身も調査に加わるつもりなんだよ」



 僕たちが最上階のスペシャルスイートを訪ねると、ブルーさんはにこにこ顔で部屋に招き入れてくれた。


「団長も後から調査に加わられる予定ですが、それまでこんな広い部屋に一人でいるのも味気なかったんですよ」


 ブルーさんは僕たちに腰かけるよう身振りで示しながら、居心地悪そうな顔で言う。確かに、どれだけ豪華でも20人はゆったり寝られそうな部屋に一人きりってのは心細くもなるだろう。


「さっそくで悪いのですが、テキーラさんが言っていた噂の話をお聞かせ願えませんか?」


 僕が訊くと、ブルーさんは


「ジン団長殿は、『ド・クサイの秘宝』の噂をお聞きになったことはありますか?」


 そう、一見噂と関係ないことを訊いてきた。


 けれど一見どれだけ無関係に見えても、実は問題の本質に関わっている場合もある。僕は首を振って、話はワインに振った。


「いえ、初耳です。ワイン、君なら聞いたことがあるんじゃないか?」


 大陸の地理や歴史、文化にめっぽう詳しいワインは、僕から話を振られるとうなずいて


「ケルナグール王国滅亡時に独裁者ド・クサイが隠したと言われる軍用金のことだね?

今まで5百年もの間、何万人ものトレジャーハンターが手を尽くして探しているが影も形も見つからないから、界隈では都市伝説扱いになっていると聞いているよ。

夢を見る分にはいいが、それで人生を実質的に終了させた何人もの話を聞いたことがある。まったく、そんな暇があったら堅実に働けばいいんだ」


 そう言って肩をすくめる。


 ブルーさんはくすくす笑いながら、


「まあ、時価8百億ゴールドのお宝って伝わっていますからね。一山当てようって人間が何人も出てきてもおかしくはありませんよ」


 そう言うと、シェリーが目を輝かせてワインに訊く。


「8百億ゴールド!? それってば国家予算以上じゃない! ね、ワイン、本当にまだ見つかってないの?」


「……シェリー、ワインの話を聞いたか? 何百年にわたって延べ何万ってトレジャーハンターが探して見つけ出せないんだぞ? 僕は『ド・クサイの秘宝』なんてものはないって思うよ」


 僕が苦笑交じりに言うと、シェリーはふくれた。


「むう~、ジンのイジワル。アタシだって可能性は限りなくゼロに近いことくらい解ってるわよ。でもひょっとして、万が一、まかり間違ってそのお宝を見つけ出せたら、アタシとジンは一生ラクして暮らせるじゃない。ちょっとは夢を見させてよ」


「ああ、悪かったよ。確かに誰も見つけていないだけで、お宝はどこかに眠っているってこともあり得るからね」


 僕がシェリーをなだめるように言った言葉に、なんとブルーさんがうなずいて


「ジン団長殿、実は噂の一つは、そのお宝の在処が分かったということです」


 驚くべきことを言ってくれた。


「本当!? ジン、こうしちゃいられないわ。早くアタシたちも8百億ゴールドを探そう!」


 シェリーが右目をキラキラさせて言うのを、僕はやっとこさ押さえて


「ちょっ、シェリー。まずは詳しい話を聞かないと、探す場所の見当さえつかないよ。まずは落ち着いてブルーさんの話を聴こう」


 そう言い聞かせると、ブルーさんに先を促した。


「ブルーさん、『噂の一つ』って言うからには、噂は複数あるのでしょう? まずはざっと聞かせてくれませんか?」


「さすがはジン団長殿です。実はですね……」


 ブルーさんはニコリと笑うと、僕たちにいくつかの噂について話をしてくれた。


   ★ ★ ★ ★ ★


 ヒーロイ大陸の中央には、ユグドラシル山という山がある。

 標高1万メートルを超えるこの山の頂は、トオクニアール王国やアルクニー公国、そしてリンゴーク公国の境界となっている。


 昔、まだヒーロイ大陸をケルナグール王国が統一していたとき、その麓に位置するシュバルツハウゼンの村には王家の避暑宮が置かれていた。


「伝承によると、ド・クサイはこの森に隠れているところをジュリアン・マペットに見つかって成敗されたようだ。けれどジュリアンが森中をいくら探しても、ド・クサイがため込んでいたといわれるお宝は見つからなかった。

そこで俺たちトレジャーハンターの先輩方は『シュバルツハウゼンの森にお宝はない』と結論づけて、ユグドラシル山や王都だったハンエルン周辺をずっと探していたわけさ」


 シュバルツハウゼンの薄暗い森の中を、そんな話をしながら歩く二人連れの男たちがいた。二人とも裾の詰まったズボンに革の長靴を穿き、上着は長袖のシャツの上からポケットがたくさんついた袖無しジャケットを羽織っている。絵に描いたようなトレジャーハンターの恰好だった。


「けれど兄貴、『ド・クサイの秘宝』は今もって所在の手がかりすらないんだろう? こんな森の中で兄貴は何をしたいんだ?」


 先に立って森の中を歩く金髪碧眼の男に、同じく金髪の男が訊く。『兄貴』と言うようにこの二人は兄弟なのだろう、顏や雰囲気がどことなく似ていた。


 弟から問いかけられた兄は、立ち止まると振り返り、


「ネムイ、俺は今まで暇さえあればオタカ・ラ・ミツケール師匠の話を聞いてきた。知ってのとおり師匠も『ド・クサイの秘宝』をここ数十年追い求めておられたお方だ。

ミツケール師匠もある程度当たりを付けて探されたらしいが、シュバルツハウゼン付近にはお宝はないと思っていらっしゃるようだった。俺にも『ド・クサイの秘宝』のことは諦めて、別のお宝にチャレンジしろと勧められたくらいだしな」


 そう言うと、弟のネムイは呆れたように


「だったら余計にこんなところをほっつき歩いている意味が分かんねえ。無駄足じゃないか、兄貴?」


 そう訊くが、兄はニヤリと笑うと


「それが、俺は気づいてしまったんだ。まだ誰も、ミツケール師匠すら探していない場所があるってことにな」


 そう言うと、何か訊きたそうなネムイに笑いかけた。凄味のある笑いだった。


「ネムイ、お前は弟だが昔から口が軽かった。だから本当は俺が発見した場所に連れていくつもりはなかったが、なにしろお宝の数は多いし二人っきりの兄弟だ。場所を黙っていると約束できるのなら、手伝ってもらった方が俺も楽だからな」


 それを聞いたネムイは、びっくりしたように目を見開いて


「えっ! じゃ兄貴は『ド・クサイの秘宝』を……」


 そう言いかけるのを兄は目顔で制して言った。


「他言無用だぞ? なにせ量が多いから回収に結構な時間がかかりそうなんだ。途中で横取りなんかされちゃたまらないからな」


 そうしてマクラスキー兄弟は、『ド・クサイの秘宝』が眠っているという場所へと向かって行った。



「それでオキロ・マクラスキーは何らかの事件に巻き込まれて、這う這うの体でシュバルツハウゼンの村に戻って来たというわけなんだね。それがついこの間のことってわけか……弟はどうしたんだろう?」


 一通り話を聞いた後、ワインがブルーさんに訊く。


「オキロたちは結構名の通ったトレジャーハンターです。山賊やスライム程度の妖魔なら相手にもしないでしょう。

その彼が、弟の安否を気遣う余裕すらなく逃げ帰って来たのですから、よほどのことが起こったに違いないのですが、肝心のオキロが何もしゃべろうとしないのです」


 ブルーさんが本当に困ったような顔で言う。


「ふむ、トレジャーハンターのギルドは有名なお宝について個々のトレジャーハンターに所有権を認めていない。発見したお宝はギルドへの報告を義務付けている。トレジャーハンターは発見報告を出してはじめてお宝に対する先取権を認められるんだ」


「発見者の先取権は3割から5割といったところだから、ある程度のお宝を黙って回収しようとしたんでしょうね。それをギルドから突っ込まれるのを恐れて、口をつぐんでいるんでしょう」


 ワインとブルーさんがそんな話をしているが、僕はふと気になったことを口にした。


「弟さんが何らかの事件に巻き込まれたというのに、ずいぶんと冷淡に見えるな。まさか弟を始末したってことはないだろうね?」


「へえ、ジン、キミにしてはうがった考え方をするじゃないか。ボクもブルーさんの話を聞いてすぐにそのことが頭に浮かんだ。案外、オキロが遭遇した事件ってのは彼の心の中にある深淵なんじゃないかってね? ブルーさん、そこのところはみんなどう言っているんだろうか?」


 ワインが感心したように言う。うん? 僕はバカにされたのか?


 僕がそう思っていると、ブルーさんは首を振って


「団長もそれを疑っていらっしゃるようですが、証拠は何もありませんし、そもそもオキロが何もしゃべりませんからね」


 肩をすくめて言う。


 そんなブルーさんにワインは笑って言った。


「つまり、ボクたちにその噂を確かめてほしいというわけだね? ド・ヴァン君の差しがねかい?」


 するとブルーさんはズルそうな笑みを浮かべて答えた。


「まあ、そこはご想像にお任せしますよ。まずはオキロに会ってもらえませんか?」



 その日はチェックインしたばかりでもあるし、『ド・クサイの秘宝』の噂は一つじゃなかったので、僕たちはブルーさんからいろいろな話を聞き込んでから部屋に戻った。オキロとの面会は明日朝イチでってことになったのだ。


「ジン、キミはさっきの話、どう思う?」


 部屋に戻ってからずっと何かを考えていたワインが僕に訊くが、はっきり言って僕にはすべてが五里霧中で、考えの取っ掛かりすら見つけることができなかった。


「うーん、まずはオキロって人に会ってみないことには何とも言えないなあ。そもそも『ド・クサイの秘宝』が本当にあったとしても、そこで起こったことがどんな意味を持つのか、僕にはイマイチ想像がつかないし」


 僕が正直に言うと、ワインは片方の眉だけ器用に上げて、


「ふん、確かにキミの言うとおり、オキロたちが遭遇した事件と『ド・クサイの秘宝』に何の関わりがあるかはよく分からない。けれど彼の話が本当だとしたら、『組織ウニタルム』の奴らがそこに関わっていないか気にならないかい?」


 そう、きな臭そうな顔で言う。


「……確かにそのとおりだ。『ド・クサイの秘宝』がブルーさんの言葉どおり800億ゴールドもの価値を持っているならなおさらだね。けれどまずは話を聞かないとはっきりしないことが多すぎるよ」


 僕がそう言ったとき、部屋のドアが静かにノックされた。


「? 誰だろう今頃」


 僕がいぶかしく思いながらドアを開けると、そこにはメイド服を着た黒髪がエキゾチックな女性が黒い瞳に心配そうな光を湛えて立っていた。


「ジンジャーさん。どうしたんだい、こんな時間に?」


 僕が驚いた声を上げると、ジンジャーさんは僕の横をすり抜けて部屋の中に入り込み、ワインの顔を見て安心したようにため息をついた。


「ミス・ジンジャー、キミも『ド・クサイの秘宝』について思うところがあるようだね? ぜひ、キミの考えを聞かせてくれないかい?」


 ワインはジンジャーさんを見てそう言う。そんなワインに微笑みを返し、ジンジャーさんは僕を振り返って言った。


「ふふっ、ワインさんはわたしの行動をお見通しのようですね? ジン様、わたしは『ドラゴン・シン』の偵察隊長が話した事件に聞き覚えがございます」


「えっ! 詳しく話してもらえるかい?」


 僕がびっくりして言うと、ジンジャーさんは頷いて


「もちろんです。お話しするためにここに来たのですから」


 そう言うと、僕が勧めた椅子に音もなく腰かけた。



「わたしが『ド・クサイの秘宝』を見つけたトレジャーハンターの噂を聞いたのは、まだわたしがノヴァさま……もといレミー・マタンさまの騎士団『スーパーノヴァ』にいたときでした。ですからほぼ2か月前のことです」


 ジンジャーさんは僕が勧めた椅子に腰を下ろすと、ゆっくりと話し始める。僕は造り付けの机の前に、ワインは自分のベッドにジンジャーさんと差し向かいで座っていた。


 ジンジャーさんは黒い瞳を真っ直ぐ僕に向けて、衝撃的なことを聞かせてくれた。


「ただ、わたしが聞いた話では、事件に巻き込まれたのはオタカ・ラ・ミツケールと言うトレジャーハンターでしたけれど」


「オタカ・ラ・ミツケールはトレジャーハンターのギルドでも指折りの有名人だ。宝探しでは百戦錬磨と言っていい彼が、どんな事件に巻き込まれたって言うんだい?」


 さすがのワインも驚いたようだ。話の途中だと言うのに咳き込むようにジンジャーさんに訊いたのがその証拠だ。


 ジンジャーさんはうなずくと、


「これはミツケールが自身で『スーパーノヴァ』に依頼して来た時に話したことです。若干の誇張はあるかもしれませんが、大筋では真実起こったことでしょう。では、その時彼が話したことを一言一句変えずにお話しいたします」


 そう前置きして語り出した。



 オタカ・ラ・ミツケールは今年60歳。マジツエー帝国の南東部にあるタンバリンシューと言う町に生まれた。


 タンバリンシューは今でこそそれなりの町に成長しているが、彼が生まれた時は帝国の東部境界にある、いわゆる『辺境の村』で、魔物や妖魔の襲撃にあうことは日常茶飯事だったようだ。


 彼はそんな村で15歳になると自警団の一員となり、帝国の軍隊とともに『暗黒領域』の探索を日課とする暮らしを始めた。生きるか死ぬかと言う緊張の中で新しい土地を切り拓く日々は彼のあふれ出る冒険心をくすぐるものだったらしく、20歳を迎える頃にはマジツエー帝国では知らぬ者はない冒険者となっていた。


 彼がトレジャーハンターの第一歩を踏み出したのは、20歳の時アロハ群島のどこかに眠っていると有名だった『タメコムカラニ女王の秘宝』を発見したときだった。


 彼は伝承をもとに綿密な考証と調査を行い、オウフ島に狙いを定めると1年で王宮跡や祭祀場跡を発掘し、遂に時価1億ゴールドといわれる秘宝を見つけ出したのだ。


 以来40年、『幻の』という接頭辞を付けて語られていたいくつもの秘宝や史跡を発見し、『最高のトレジャーハンター』の名をほしいままにした彼が『最後のライフワーク』と公言して本格的に調査にかかったのが、『ド・クサイの秘宝』だった。今から10年も前のことになる。


 その10年間、彼はド・クサイが最期を迎えたシュバルツハウゼンの村や郊外の森を精力的に調査したが得るものはなかった。そこで彼は視点を変えてケルナグール王国の王都だったハンエルンや古都アルトルツェルンも調査範囲に加え、積極的に革命当時の資料や伝承を収集し、考察に考察を重ねた。


「伝承はいくつかあるが内容は様々で、そこから導き出される答えも考え方や他の伝承との組み合わせ次第で千差万別だ。文献資料がないに等しいことも、『ド・クサイの秘宝』が難易度最高といわれる所以だな」


 ミツケールはギルドの会合では、彼と同じく『ド・クサイの秘宝』探しにチャレンジしている後進たちと情報交換をしながらそう言っていたという。


 そんな彼が『あること』に気付いたのは、今年のまだ春も浅い時期だったそうだ。


 そして山から雪が消えやらぬうちに、彼はシュバルツハウゼンの村にやって来て、森の東側、ユグドラシル山にかかる地帯を綿密に調べ始めた。



「彼は何に気付いたんだろうね?」


 話の途中でワインが言うと、ジンジャーさんは


「伝承がささやかれている場所と、それぞれの伝承が指し示す方向に注目したとき、不思議にもシュバルツハウゼンの東側には何もなかったの。そもそもシュバルツハウゼンの東側には伝承もないし、残った伝承の中にも東を指し示すものが何もない……『何もないということは、何かを隠しているのじゃないか』、ミツケールはそう思ったそうです」


 そう答えた。


「まあ、文献が何も残っていないお宝だ。所在を探すにしてもノーヒントじゃキツイ。それでも自分の行動や性格を正確に分析できる者が現れたら、ノーヒントでも見つけ出すかもしれない……ド・クサイはそう考えてフェイクの情報を伝承として残したってことか」


 ワインの言葉に、僕もうなずいて言う。


「探すきっかけが伝承以外にないのだったら、誰だって伝承にこだわるだろうしね。ということはミツケールは『ド・クサイの秘宝』を見つけたんだね?」


 ジンジャーさんは、皮肉な笑いを浮かべながら首を横に振った。そして僕とワインを見て感情のない声で


「ミツケールが見つけたのは、正確には『ド・クサイの秘宝』が隠されていると思われる洞窟です。彼はその洞窟を探検したそうですが、そこが想像だにしない場所……彼の言葉で言えば『地獄』だったみたいです」


 そう言う。


「ふん、ド・クサイがそのねじ曲がった性根のようにいやらしいギミックでも仕掛けていたのかな?」


 ワインがあながち冗談じゃなさそうな顔をして言うと、ジンジャーさんは驚くべきことを言った。


「罠だったら、まだ手に負えたでしょうね。ミツケールは場数を踏んだトレジャーハンターですから。でも、その洞窟で彼を待ち構えていたのが『組織ウニタルム』の奴らだったとしたら、どう思われますか?」


「ちょっと待ってくれ。『組織』の奴らが絡んでいるかもしれないってのはさっきワインとも話をしていたところだけれど、まさか本当に奴らが一枚かんでいたなんてすぐには信じられない。何かはっきりとした証拠はあるのかい?」


 僕が訊くと、ジンジャーさんはまるでその質問を予期していたかのようにすらすらと答えた。


「はい、ミツケールが語ったところによると、そこには赤い髪に緋色の瞳を持つ法器使いが待ち構えていたそうです。傲慢で高飛車、それでいて目を見張るほど鋭い攻撃を繰り出す女性だったとか……確かフェン・レイと名乗ったそうです」


「あの女か……確かに彼女は厨二病で独特の世界に生きている感じだった。ボクははっきり言って、ああいった言葉が通じて話が通じなさそうなタイプは苦手だな」


 ワインが葡萄酒色の髪をかき上げながら言う。たいていの戦士や魔導士なら苦も無く倒せるほどの実力を持つワインはそう言うが、僕としてはラムさんやチャチャちゃんのためにぜひともこの手で倒したい相手の一人だった。


「ミツケールは必死で戦って、何とか死地を脱したようです。彼が洞窟を出る際、その女から『命が惜しければ二度とここに近づくな』と警告されたそうです」


「それほどの目に遭いながらレミー・マタン殿の騎士団に助けを求めたってことは、よっぽど『ド・クサイの秘宝』が魅力的ってことか……ところでミツケールさんは『ド・クサイの秘宝』について何か具体的なことを言ってましたか? たとえば金貨だとか、宝石だとか、はたまた古い書籍だとか」


 僕が訊くと、ジンジャーさんは薄く笑って首を横に振った。


「いいえ、ただ『ド・クサイの秘宝を見つけたが、悪者に邪魔されて確保が難しいので助けてほしい』という依頼内容だったと覚えています。ですからレミー・マタン殿も何か裏がありそうな話だとして断ったんです」


「まあ、ボクがレミー殿だったとしても受けなかったろうね。相手に『組織』がいるんじゃ、断って正解だったと思うよ?」


 ワインはそう言うとジンジャーさんと僕に笑いながら言った。


「ありがとうございました、とても重要な情報でした。

さて、ジン、例によって例の如く、今度の事件も『組織』の奴らと出っくわす可能性が高い。明日、ブルー殿とランデヴーする前に我が女性陣にもこの素晴らしいお知らせを伝えておかなきゃいけないね。

無論、奴らが関係していたからってキミがこの話から手を引くとは思えないからね。そうだろう?」


 ワインは何でもお見通しみたいだった。


   ★ ★ ★ ★ ★


 ジンたちが言う『組織』とは、ヒーロイ大陸とホッカノ大陸にまたがる組織で、そのトップは『盟主様』と呼ばれているらしい。


 ヒーロイ大陸の活動はウェンディ・リメンと名乗る少女が指揮を執っていたようだが、いつの間にかアクア・ラングと言う青年に代わっているらしく、ウェンディ時代にも増してジンたちにちょっかいをかけて来るようになっていた。


 ジンジャーの話に出たフェンと言う女性は、どうやら普段はホッカノ大陸を管轄しているようだが、何かの折にヒーロイ大陸の責任者とも協力するらしい。ジンがフェンと最初に刃を交えたのは、まだ彼らがアルクニー公国のマーターギ村に滞在していた時だった。


 そのフェンは、ユグドラシル山の中腹にある大理石造りの建造物の中で、水色の髪にアクアマリンのような瞳を持つ見た目17・8歳の美青年と顔を合わせていた。もちろん、その青年とはアクアのことだ。


「それで、フェン殿はオレに何をしてほしいと?」


 アクアは豪勢なひじ掛け椅子に座り、フェンと言う少女を胡散臭げに見やってぶっきらぼうに訊く。


 フェンの方はそんなアクアの様子などまるで頓着していないように、赤い髪をかき上げて笑う。髪の奥に、蝶を模ったアイパッチが見えた。


 フェンは両手を腰に当て、赤い蝶ネクタイをしたタキシードの胸を張って言う。15・6歳と言う見た目の割にはすらっとした胸だった。


「あら、そんなに警戒しなくてもよくってよ? ワタクシはただ、せっかく見つけた『ド・クサイの秘宝』をこのまま眠らせておくのは惜しいって思っているんだから。

あなたの方で使い道に困っているのなら、ワタクシが有効活用して差し上げましょうってことよ?」


「……あいにくだが、オレはその申し出は受けられない。『ド・クサイの秘宝』についてはウェンディ(チャランポラン娘)が報告を上げていて『盟主様』もご存知だそうだが、『めったなことでは手を付けるな』と言うご意向だったそうだからな」


 青く冷めた瞳で自分を見つめてそう言うアクアに、フェンは緋色の瞳を当てて笑って言った。


「オホホホ、それはたまたま秘宝を管轄していたのがウェンディだったからじゃないかしら? ワタクシはここに来る前に今回の件についてフェーデル様にお伺いを立ててみたの。そしたら何てお返事だったと思う?」


「まさか……」


 いやな予感がしたのか顔を歪ませるアクアを、負け犬を見るような蔑んだ目で見下げながら、フェンは心地良さそうに言葉を吐いた。


「あら、坊ちゃんのくせにカンがいいじゃない? そう、フェ-デル様はワタクシに『ド・クサイの秘宝』の使用を認めてくださったのよ」


 そう言うと、斜に構えて再び髪をかき上げ、


「そう言うことだから、さっさとあなたの部下を呼び戻しなさい。ワタクシが責任持って有効活用させていただくわ」


 そう決めつけるように言うと、不意に右目を細めて笑顔を作り、悔しさに顔を歪ませているアクアの耳元に唇を近づけてささやいた。


「そんなに悔しがらないでね? ワタクシだってものの道理というものは理解しているつもりよ。『ド・クサイの秘宝』で甚九郎くんを捕まえるのはワタクシがやるけれど、手柄を独り占めするつもりはさらさらなくってよ?」


 思いがけない言葉にアクアがハッとして顔を上げると、フェンは愛くるしい笑顔を向けて続けた。


「ワタクシたちは『盟主様』の大いなる世界創造に魅せられた同志、荘厳なる新世界の実現と『盟主様』の降臨に向けて力を合わせるのは当然のことでしょう?」


「……それでオレはフェン殿にどんなお礼をしたらいい? タダほど怖いものはないと聞いているぞ?」


 ようやく思考を取り戻したアクアが訊くと、フェンはころころと鈴を鳴らすような声で笑い。


「あははは、確かにワタクシはタダ働きなんてまっぴらだけれど、新世界の神にワタクシが引き続き並行宇宙の管理者であることを認めてもらえればそれでいいのよ。

あなたの夢は『偉くなりたい』……そう、土の精霊覇王エレクラの跡を継ぎ、四神筆頭になること、そうでしょう? その夢が叶ったら、ワタクシのことを『盟主様』に引き立ててもらえればいいわ。ワタクシは並行宇宙の管理で手いっぱいで、精霊覇王なんて重たいだけのものには興味ないから」


 そう言うと、空間を歪ませてそこに消えて行った。


「……火の精霊王フェン・レイか……オレにもまだチャンスは残っていたってことか」


 アクアはそうつぶやくと低い笑いをもらす。その笑いはだんだんと大きくなり、彼のいる大広間にこだました。



 フェンが姿を現したのは、シュバルツハウゼン村の近くにある壊れた砦の中だった。


 この砦は、ヒーロイ大陸のあちこちに残っているケルナグール王国滅亡時のもので、多くは手入れもされずに打ち捨てられている。


 見た目には荒廃の度が酷く、地元の人間も薄気味悪がって余り近づかないため、彼女をはじめとする『組織ウニタルム』の者はこの手の廃墟を一時的な拠点としてよく利用していた。


 この砦も、ご多分に漏れず荒廃の極みといった塩梅だったが、フェンの部下には家政において右に出るものはない凄腕の執事がいたため、たったの2日で砦の中は一流のホテルに見まがうほど整備されていた。


「お嬢様、アクア様との対談のご首尾はいかがでしたか?」


 フェンが紫紺のマントを外し、大きなテーブルの横にあるふかふかのソファに腰かけた時、隣室から黒髪で黒い瞳をした若い男性が音もなく入ってきて訊く。


「ああ、ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルクのオリジナル。久しぶりに外に出たから疲れちゃった。お茶を頂けないかしら?」


「承知いたしました。直ちに準備させます」


 フェンがそう言うことを予想していたのか、男が手を鳴らすと


「お疲れさまでした、お嬢様」

「新たに仕入れたばかりの茶葉でお淹れした紅茶でございます、お嬢様」

「お疲れの時は甘いものを。トオクニアール王国製のチョコレートでございます、お嬢様」


 と、最初に入って来た執事とうり二つの若者たちが、お茶やお菓子を満載したカートを押して入って来た。


「あら、ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルクのオリジナル、なかなか気が利くじゃない。ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク1号やヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク2号、そしてヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク3号と共に誉めて遣わすわ」


 フェンが相好を崩してそう言うと、後から入って来た男たちはお茶やチョコレートをテーブルの上に置き、


「ありがとうございます、お嬢様」

「とんでもございません。私めはこの世で最も気高く愛らしいお嬢様のために存在するのです」

「世界で最も高貴で美しいお嬢様からお褒めいただき、恐懼の極みでございます」


 口々にそう言いながら退出して行った。


「ほほほ、若くて見目麗しい男性から本当のことを言われるのって気持ちいいものですわね。ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルクのオリジナル、あなたも1号たちみたいにもっと素直になってワタクシを讃えたらいかがかしら?」


 フェンはチョコレートをつまみながらそう言ってご満悦である。ヴォルフガング・ガイウス・フォン……


「ああ、私のことはヴォルフでいい。冗長にフルネームで表記する必要はない」


 ヴォルフはそう言うと、フェンに向き直ってため息と共に訊いた。


「はあ……自律的魔人形エランドールに囲まれて悦に入るなど、近ごろお嬢様の悪趣味はますます酷くなって来ておりますな。

ところでアクア様とのご会談はいかがでしたか?」


 ヴォルフの棘がある物言いに、フェンはちょっとムッとしたようだったが、


「お嬢様のことです、うまくアクア様のご協力を取り付けられたものとは思いますが、今後の準備もございますので状況を教えていただければ幸いです」


 そうヴォルフが丁寧に訊くと機嫌を直し、チョコレートケーキにフォークを入れながら答えた。


「坊やは聞きわけよく『ド・クサイの秘宝』をこちらに引き渡してくれたわ。もうそろそろ例のダンジョンから坊やの部下は撤収するはずよ。

それを確認したら、その後のことは罠の設置から甚九郎くんをおびき寄せるまで、ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルクのオリジナル、あなたに任せるわ」


 それを聞いてヴォルフはゆっくりとお辞儀をしながら


「承りました。すぐに現地に向かい準備を進めますが、セレーネを帯同して構わないでしょうか?」


 そう訊くと、フェンはフォークをくわえたまま何かを考えていたが、ぶるぶると頭を振って、


「大丈夫、あの子はエランドールじゃない。ワタクシは何を心配しているの」


 そうつぶやき、ヴォルフが自分の答えを待っていることに思い至ると、威儀を正して言った。


「オ、オホン……セレーネ・マリア・フォン・ルーデンドルフ・インゲボルク・ヨハンナ・フォン・ヘルヴェティカの帯同を許可します。ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルクのオリジナル、あなたには注意するまでもないとは思いますが、セレーネ・マリア・フォン・ルーデンドルフ・インゲボルク・ヨハンナ・フォン・ヘルヴェティカに変なちょっかいを出して彼女の任務を妨害しないように。以上よ」


 フェンのツンツンした物言いには慣れているのか、ヴォルフは彼女の命を受けると再び丁寧に頭を下げ、


「十分に分かっております。準備が完了したらお知らせいたしますので、それまでごゆるりとお過ごしくださいませ、お嬢様」


   ★ ★ ★ ★ ★


 『ド・クサイの秘宝』を見つけたといわれるトレジャーハンター、オキロ・マクラスキーは僕たちが宿泊している宿のさらに北、シュバルツハウゼン村のホントのホントに外れの位置に住んでいた。


「若いトレジャーハンターは基本的に家を持たない。年がら年中お宝を探して諸大陸を往来しているからね。ある程度お宝を見つけて一財産出来たら身を落ち着ける冒険者もいるけれど、流浪の中で生涯を終えたという者も多い。トレジャーハンターに限らず、『冒険者』といわれる人たちあるあるだね」


 ワインの言葉をブルーさんが引き取って続ける。


「その点、マクラスキー兄弟は数少ない『恵まれた』冒険者と言えるでしょうね。確か本拠地はマジツエー帝国にあったと記憶しています」


「それがわざわざ家を借り切ってホッカノ大陸に来ているんだ。彼らの『ド・クサイの秘宝』にかける情熱が偲ばれるな。あながち『ド・クサイの秘宝』を発見したってのも真実かもしれないな」


 ラムさんが腕を組みながら言う。彼女はそれが何であるかを問わず、何かに一生懸命になっている人にはそれなりの敬意を払う女性だった。


「見つけたんだとしても、何か不具合が起こったんでしょ? 弟さんの消息も不明だって言うし……昨日ブルーさんが話していた『ド・クサイの呪い』って、本当にあるんじゃないの?」


 心配そうな、というか心底怖そうな顔をしてシェリーが言う。彼女は気が強いくせに怖がりで、お化けや呪いといったオカルティックな話題は大嫌いだ。


「まあ、ケルナグール王国最後の王であるド・クサイと言えば、5百年後の僕たちですら『暴君』『独裁者』として認識しているくらいに悪名高い王様だからね。反乱の中で領民にすら見捨てられ、最後は部下の裏切りによってジュリアン・マペットに討ち取られたんだ。いまだに怨念が残っていたって不思議じゃないさ」


 僕が言うと、シェリーは耳を塞ぎながら、


「もう、ジンのバカ。せっかく怖さが薄れていたのに、また怖くなってきちゃったじゃない! 今夜も眠れなかったらジンのせいだからねっ!?」


 叫ぶように言って、僕のことを恨めしそうに睨んだ。


「ごめんごめん、悪かったよ。でもオキロ・マクラスキーがどんな話をするのか分からないから、心の準備はしておいた方がいいと思うよ?」


 僕が苦笑しながら言うと、助け舟を出すかのようにチャチャちゃんがシェリーにしがみついて言った。


「大丈夫ですシェリーお姉さま。何が現れようと、あたしがお姉さまを守って差し上げます!」


「ちょ、ちょっとチャチャちゃん。お願いだから何かあるごとにしがみつくのは勘弁してちょうだい」


 じゃれ合うシェリーとチャチャちゃんの心温まる光景を苦笑とともに見ていたワインは、


「さて、ブルーさんの話ではオキロの家も近いようだ。ジン、どういった話が聴けるか楽しみだね」


 僕に小声で言って笑うのだった。



 オキロ・マクラスキーが『ド・クサイの秘宝』を捜索するために拠点としていたのは、農作業に使う管理小屋だった。


 すっかり荒れ果てているのは、この場所はシュバルツハウゼン村からかなりの距離があり、通いでの耕作が困難だったためだ。前の持ち主はこの小屋に泊まり込んで畑をいじっていたのだが、この土地を相続した息子は遠すぎるこの畑の耕作を放棄したため、自然と小屋も手がかけられなくなってしまった。


 人目に付きにくい場所にあり、ちょっと手を入れさえすれば住むには支障がないという辺り、マクラスキー兄弟には願ってもない物件だったろう。


 その小屋の中で、オキロ・マクラスキーはベッドに潜り込んで震えていた。目をつぶればあの時の光景が生々しく脳裏に蘇ってくるのだ。彼はここ1週間というもの満足に寝ていなかった。


「あいつらは、何者なんだ。なぜ俺たちより先に『ド・クサイの秘宝』を見つけ出せたんだ?」


 歯の根が合わないほどの恐怖の中、彼の意識はまたあの『悪夢』の中に落ちていった。



『他言無用だぞ? なにせ量が多いから回収に結構な時間がかかりそうなんだ。途中で横取りなんかされちゃたまらないからな』


 オキロはそう言いながら、ちょっと目には何の変哲もない枯れた大木の根を回り込む。そこには差し渡し10メートルほどの大きな地面の割れ目があった。ネムイは恐る恐る割れ目を覗き込んだが、底が見えないほど深く、ツンと硫黄の匂いが鼻を衝いた。


 しかしオキロは恐れる様子もなく、大木の切り株にロープを結び付けると穴を降りる準備を始める。


『兄貴、これは火山性ガスを噴き出す穴だぜ。下手に近寄ったら危ねえ』


 弟のネムイが二の足を踏むが、オキロはそんな泣き言を吹き飛ばすように笑って言った。


『ああ、危ねえさ。今の時刻以外だったらな』


 オキロはそう言いながらロープをしっかり握りながら割れ目の縁に立つと、ネムイに


『ネムイ、急げ。この通り道を使えるのはほんの四半時(約30分)だ。今を逃すとまた一日待たないといけないからな』


 そう言って割れ目の中に消える。


 ネムイは兄がそう言うのを聞いて、おっかなびっくり割れ目を覗き込む。オキロは地面から10メートルほど下に小さな横穴が口を開けているのを見た。オキロはそこに入って行ったらしい。


『分かったよ、兄貴。置いて行かないでくれよ』


 ネムイは慌ててロープを腰に巻き付けると、兄の後を追って断崖を下り始めた。


『あ、兄貴、この洞窟は?』


 横穴は入口こそ人が一人やっと通れるほどの大きさだったが、入ってみると案外天井が高く、床の部分は平らだった。ネムイは持ち前の冒険者としての好奇心が沸き起こり、怖さも忘れて周囲を観察する。一見して自然がつくった洞窟ではないと分かったからだ。


 オキロは腰に差していた松明を抜き取ると、火を灯しながら言う。


『ここが、『ド・クサイの秘宝』が眠っている洞窟さ……というより、『宝物庫への裏道』と言った方がいいかな』


 そう言うと、言葉を無くしたネムイに、


『ついて来い。あと少ししたらここも火山ガスが充満する。それまでに安全地帯に行かなきゃイチコロだぞ』


 そう声をかけると、洞窟の奥へすたすたと歩き出す。20メートルほど行くと、洞窟は行き止まりになっていた。


『行き止まりだぜ、兄貴』


 ネムイが慌てたように言う。無理もない、この横穴がつながっている地面の割れ目から火山性のガスが噴き出せば、逃げ場がないからだ。


 横穴は上り坂になっており、火山性ガスは空気より重いから洞窟の中にガスが溜まることはないが、それでも勢いよく噴き出してくるガスはあっという間にここまで到達して二人を窒息させるだろう。


『安心しろ、ここを作った奴は本当に抜け目がない奴だ。吹き込んでくるガスへの対策もしっかり考えてある』


 オキロはそう言うと、天井を指さす。2メートルほどの高さの天井にぽっかりと穴が開いていた。


『さあ、冒険はこれからだぜ?』


 オキロはニヤリと笑うと壁をよじ登ってその穴に消える。後を追ったネムイが出たところは、5メートル四方はある大きな空間だった。四つの壁それぞれに先へ続く横穴が口を開けている。


『こっちだ。ほかの道は下り坂になっていて、進むと行き止まりだ。おまけにガスを溜める部屋に出る。吹き込んできたガス圧をここで弱めると共に侵入者へのトラップも兼ねているんだ』


 そう言うと傾斜のきつい道をよじ登るようにして進む。5メートルほど上ると道は再び水平に近くなった。


 緩い上り坂を5百メートルも進んだろうか、二人は明らかにレンガでできた壁の前に到着した。


『兄貴、また行き止まりだぜ?』


 ネムイが疲れた声で言うと、オキロは豪快に笑って言った。


『あっはっはっは、行き止まり? 違うぞネムイ、この壁の向こう側に『ド・クサイの秘宝』があるんだ。ここはゴール前なんだよ』


『なんでそう言い切れるんだ?』


 ネムイの問いにオキロは答えず、ゆっくりと壁に近寄ると目の前のレンガを一つ、無造作に取り外して見せた。


『このとおり、この壁の中央部に積まれたレンガには目地がない。つまり単に積み上げられているに過ぎないんだ。だからこうして一つずつ取り外していけば部屋に入れる。手伝ってくれ』


 そう言われてネムイも壁に近づき、レンガを取り除き始めた。


『兄貴、こんなことしなくても、ぶっ壊しゃ済むだろうに。何でご丁寧にこんなこと』


 ぶつぶつ言うネムイに、オキロは呆れたように答える。


『お宝には敬意を払わねえとな。お前だって別嬪の家を訪ねる時、いきなりドアを蹴破ったりはしないだろう?』


 レンガを取り除いて現れたのは石造りの階段だった。それを上ると目の前は大理石の壁で、右に通路が続いている。


『すげえな、まるで城の地下室みたいだ』


 お宝の匂いを嗅ぎつけたネムイが目を輝かせると、オキロはうなずいて


『ああ、この通路がつながっている部屋は、別の地下道でシュバルツハウゼンの古城の地下室に繋がっているんだ。俺が調べたところ、城の地下室の壁にぶち当たったからな。城の方の壁はしっかりとした造りをしていたから、緊急時には壁をぶち破ってここに逃げる算段をしていたみたいだな。用意周到な男だよ、ド・クサイって奴は』


 そう説明する。


『兄貴はどうやってここを見つけたんだ?』


 興味津々といった様子でネムイが訊くが、オキロはいたって普通のことのように答えた。


『最初は俺も、お宝はハンエルンかアルトルツェルンにあると思っていた。けれどここ数か月、ミツケール師匠がシュバルツハウゼンの辺りを調査していることを知ってな、考え方を変えてみたんだ』


『考え方を?』


『ああ。今まで俺は『俺だったらどこにお宝を隠すか』って考えていた。特に『ド・クサイの秘宝』については文献資料が全然と言って良いほどない。だからこのやり方しかないと思っていた』


 オキロはそう言うと少し立ち止まった。


『だが、ミツケール師匠が捜索し尽くされたシュバルツハウゼンの付近を綿密に調査されていることを知って、俺は不思議に思った。『師匠はなぜ、手あかのついた場所を再び調査する気になられたんだろう?』ってな。その時、俺はド・クサイの気持ちになって考えるという方法に思い至っていなかったことに気付いた』


『ド・クサイの気持ち?』


 ネムイも立ち止まり、不思議そうに訊き返す。オキロはうなずいて熱を込めた口調で説明する。


『ああ、ド・クサイは自分の評判が悪いことをよく知っていた。だからシュバルツハウゼンに離宮を造ったんだ。あの離宮が竣工した時期がジュリアン・マペットの乱の前年であることがそれに信ぴょう性を付与している』


 そう言うと、オキロはネムイの目を直視しながら訊いた。


『あの離宮は表向きには避暑のためとなっている。だがそれにしては周囲の堀は深いし立地も不便すぎる。そうは思わないか?』


『た、確かに……』


 ネムイはオキロの気迫に圧されてそう言った。


『とすると、ド・クサイは決して権力を手放すつもりはなかった。言い換えればこの城に拠ってジュリアンたちの軍を迎え撃ち、勝利する予定でいた。だったらその元手となる財宝を自分の側に置いておきたいはずだ』


『兄貴、俺もその意見に同意するぜ。ド・クサイはがめつくて猜疑心が強いって噂だったからな。そんな男が他人に財産の管理を委ねるはずがない』


 ネムイが言うと、オキロは大きくうなずいて続けた。


『ああ、それにド・クサイは用心深かった。万が一、自分が敗けた時のことも考えていたはずだ。負けたらどうする? 一番確実なのは財産と共に逃げることだ。次の手は財産を見つからず、運び出しやすい所に隠しておくことだ』


『地下室が最適だよな』


 ネムイが言うと、オキロは薄く笑って答えた。


『地下室? ああ、地下はいい。けれどジュリアンだってそれは想定内だろう。だからド・クサイは地下室を造って、さらにそこから抜け道を兼ねた通路を造り、途中に財宝を隠した。出口側はさりげなく、人目についても誰もそこに行こうと思わない場所を選んでな。だから俺は城から離れすぎず、近すぎない場所で一見危険な場所に何かないかを探したんだ。そしてあの地隙を見つけた』


 そして苦労の日々を懐かしむように目を細めて


『ド・クサイは狡猾だったよ。奴は付近にある地隙でいかにもそれらしい罠をいくつも仕掛けていた。一般人は……いや、場数を踏んだ冒険者すら決して気にも留めないように偽装しながら、万が一自分の思考にたどり着いた冒険者ならうっかり踏み抜いてしまいそうな罠をな。俺も何度か死にかけた。運も俺の味方をしてくれたんだろう』


 そう言った時、


『確かに、運も実力のうち、と言いますからね?』


 そう言って、白髪に碧眼を冷たく輝かせた女性が姿を現した。


 オキロは振り返り、驚いたように目を見開いて叫んだ。


『ネムイっ!』

 ドバッ!

『うぐえっ!?』


 女性は抜く手も見せぬ居合で、ネムイの首を斬り飛ばす。ネムイの頭はびっくりした顔のまま宙を舞い、鈍い音を響かせて地面に落ちた。光のない目でオキロを見つめながら……。


「うわああっ!」


 オキロは自分の叫び声で目が覚めた。ガバッと跳ね起きるとキョロキョロと辺りを見回す。前髪は滴る汗で額にべったりと張り付いていた。


 オキロはしばらく肩で息をしていたが、窓の外から聞こえるのは鳥のさえずりだけだと気づいて、ふうっと大きく息を吐いた。


「くそっ、ミツケール師匠の言うとおり、『ド・クサイの秘宝』なんかに手を出すんじゃなかったぜ」


 オキロが低い声でそう言った時、


「残念ですね、いったん秘密を知ってしまったからには、我が『組織』の手から逃れることはできませんよ?」


 虚空から響く冷え冷えとした声に、オキロは雷に打たれたようにベッドから飛び降りる。そのままどこかへ駆け出して行きたかったのだろうが、オキロは戸口に立った女性を見てすべてを諦めたようにその場に崩れ落ちた。



「あそこです、オキロ・マクラガスキーがヒーロイ大陸で根城にしている家は」


 僕たちが宿泊したホテルから歩くことたっぷり4時間、やっと到着したのはターカイ山脈から派生した稜線の中腹にある、けっこうな段々畑を見上げる場所だった。


「ふむ、前の持ち主はここで小麦やジャガイモを栽培していたようだね」


 石で区切られた段々畑の真ん中にある狭い道を登りながら、ワインが左右を見て言う。確かに、あちこちに早い秋の気配を感じたジャガイモが、薄紫の花を咲かせていた。


「ちゃんと手入れしたら、たくさん収穫できそうですが。もう野生に戻りかけているかもしれませんね」


 僕の後ろを歩くウォーラさんはジャガイモ畑を見てそうつぶやいたが、次の瞬間彼女は


「ご主人様、前方の小屋から不穏な魔力を感じます。注意してください」


 そう言うと、背中の大剣に手を伸ばした。


 ちょうどその時、ブルーさんが小屋の戸をノックした。


「オキロ、わたしだ。ブルー・ハワイだ。寝ているのか?」


「お留守なのかな?」


 ワインがつぶやくと、ブルーさんは首を振ってそれを打ち消した。


「いえ、彼は事件以来この小屋から出ていません。いつも何かに怯えていましたから。たまに畑の草を刈り取ったりしていましたが、それも彼に言わせると『奇襲を避けるため』だそうです」


「ふむ、それなら畑にでも出ているのだろうか? それにしてはここから姿が見えないのは面妖だね」


 僕がワインたちに追いついたのは、ブルーさんが再びドアをノックし始めた時だった。


「ワイン、どうした? 何かあったのか?」


 僕が訊くと、ワインは肩をすくめ、片方の眉を器用に上げて


「オキロが部屋にいないみたいだ。畑に誰かの生体反応か魔力を感じないかい、ウォーラさん?」


 そう言うと、ウォーラさんはアンバーの瞳を光らせてざっと段々畑を見回した。


「どうだい、ウォーラさん?」


 僕が訊くと、ウォーラさんは硬い表情で答えた。


「生体反応はありませんが、酷く不穏な魔力の残滓を感じます。ここから立ち去ってまだ30分ってところでしょうか」


 それを聞いた瞬間、ブルーさんとワインは剣や槍を構えて小屋の戸をぶち破った。


 バーン!


 二人は躊躇なく小屋に飛び込む。僕やウォーラさん、そしてシェリーまでそれに続いて小屋に足を踏み入れた。


 小屋の中は空だった。質素なベッドは毛布が乱雑にまくり上げられ、恐らくオキロのものと思われる剣は剣帯とともに壁にかけられたままだった。


「……冷たい。ウォーラさんの言うとおり、ついさっき起きたってわけじゃなさそうだな」


 ベッドを触ったワインがそうつぶやくと、ブルーさんが


「ジン団長殿、これがテーブルの上に」


 そう言いながら、僕に一枚の紙切れを差し出す。


 そこに書かれている文章を見て、僕は思わず声を上げた。


「くそっ! 『組織ウニタルム』の奴らの仕業か」


   (Tournament36 魔境の主を狩ろう! その2へ続く)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

今回のエピソードは、前回までの『炎使いを狩ろう!』に引き続き、水の精霊王アクアとの決戦、そしてジンの『英雄』としての運命に関わるものになります。

長めのエピソードになりますが、よろしくお付き合いください。

次回をお楽しみに。

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