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キャバリア・スラップスティック  作者: シベリウスP
アルクニー公国編
3/138

Tournament3 Mysterious Traveler hunting(謎の旅人を狩ろう!)

賢者会議からの依頼をクリアしたジンたち『騎士団』の面々は、今日も通常運転だった。

彼らは、林道の間伐クエスト中に出会った不思議な少女戦士ラムと、不本意な戦闘に巻き込まれ……。

「何だい、るってのかい?」


 深い山の中、峠道の途中で、一人の戦士が周りを囲んでいる十数人の男たちに静かに問いかける。その戦士は燃えるような赤い髪と燃えるような赤い瞳を持っていた。


 身長160センチ足らずで華奢きゃしゃに見えるが、緋色の戦袍せんぽうに革鎧、そして底の厚い革製のブーツを身にまとい、背中には身長に余る長剣を負っている。


 ちょっと目には旅の剣士に見えるが、ひときわ異彩を放つのは生え際に生えた一本の細い角だった。その角は白く輝き、赤い瞳と見事なコントラストをなしている。


「おうよ、ここらは俺たちの縄張りだ。おとなしく通行料を払いさえすれば手荒な真似はしねえよ、()()()()


 山賊の頭らしい男がそう言うと、彼女はムッとした様子で言い放った。


「そうか、命は要らぬらしいな」


 彼女がそう言った途端、その姿が消えた……と、その場にいた全員が思ったほど、彼女の攻撃は素早く、すさまじかった。


 バシュッ!


「ぐわっ!」


 まず、頭目が首と胴を異にする。続いて、


 ズバン、ドムッ、バシュッ、ザシュッ!


「ぐえっ‼」「ごっ‼」「がっ‼」「がはっ‼」


 あっという間に、五人もの山賊が斬り伏せられた。その間、彼女の姿を一瞬でも目に捉えられた者は、いない。


 彼女は、長剣に血振りをくれると、再び構えながら燃えるような瞳で男たちを見つめて名乗った。


「……まだ闘るかい? 私はユニコーン侯国の『獅子戦士シールトゥルク』ラム・レーズンという者だ」


 それを聞いて、男たちの中の年かさの一人が言った。


「ユニコーン侯国のラム……『ステルス・ウォーリアー』だっ! 逃げろっ!」


 その叫びと共に、男たちは一人残らず逃げ散った。


「……ふん、ふがいない奴らめ」


 彼女はそう言って剣を鞘に納めると、


「……まだ、私は女を捨てきれていないのか……これでは『伝説の英雄』に会えぬ」


 そうつぶやくと、再び峠道を下り始めた。


 彼女は、峠を下り終えると、そこにあった関所で山賊たちを成敗したことを報告し、死体の処理を頼んだ。山賊とはいえ人間、無残に山の獣の餌にすることは憚ったのだ。


「……では、頼んだぞ」


 彼女は一応の取り調べに応じ、いきさつを話した後そう笑って関所を立ち去った。


「あれが長剣遣いのラムか。さすがに堂々としていたな」


 関所の男たちは、彼女の後姿を見送りながら、そうささやいていた。



「さて、次はどちらに向かおうか……」


 彼女は歩きながらそう考えていたが、今いるところがアルクニー公国であることを思い出し、


「せっかくここまで来たんだ。『賢者会議』の皆様にご挨拶して行こう」


 そうつぶやくと、街道を南へと歩き始めた。


   ★ ★ ★ ★ ★


「ジンおにいちゃ~ん、つぎはおにいちゃんがサンゾクね」


 子どもたちからそう言われた僕は、剣を構えるふりをして子どもたちに、


「よ~し、『おれは山賊だぞ、金をよこせ!』」


 そう言うと、子どもたちは口々に叫び声を上げながら


「きゃ~、サンゾクよ~」


「リン、ぼくがまもってあげるよ!」


「わるいサンゾクめ、こうしてやるっ!」


 などと、ある子は笑いながら逃げ惑い、ある子は女の子をかばい、そしてある子は僕に木剣を向けてくる。


「やっ!」


「うわっ! やられたー(棒)」


 僕は、年かさの子が振り下ろした木剣に合わせ、少々オーバーアクションで地面に倒れる。それを見た子どもたちは、


「わーい、サンゾクをやっつけたぞー!」


「セイギはかならずかつんだー!」


 などと大喜びである。


 そこに、


「リュート、ごはんよ~」


「リン、お昼よ」


 子どものお母さんたちが広場にやって来て言う。子どもたちはその声を聞くと口々に、


「は~い。ジンおにいちゃん、またあそんでね~」


「ばいばーい、ジンおにいちゃん」


 そう、手を振りながらお母さんと共に帰っていくのだった。


「……ジンってさ、子どもの扱いが上手いわよね。いいお父さんになりそう」


 地面に座ったまま手を振る僕に、幼馴染のシェリーがそう言って笑う。


「まったくだよ、キミの才能には感心するね。ボクは子どもの相手は苦手だな」


 そう言うのは、同じく幼馴染のワインである。


「キミのおかげで、ボクら『騎士団』はすっかり子どもの預かり所や道路清掃係になっているけれど、次のクエストは何だい?」


 ワインは、束ねた雑草の山をドサッと投げ出しながら訊く。


「次は、フアンさんの依頼で、セー・セラギ川の清掃だね。夏も近いから子どもたちが遊んでも危なくないようにしてくれってさ」


 僕が言うと、ワインは肩を落として、


「はあ、せっかく前回の依頼をこなして『賢者会議』の皆様方からボクたちの実力が認められたっていうのに、キミは本当にお人好しだねえ?」


 そう言う。そんなワインに、いつものとおりシェリーがかみついた。


「あら、大きな事件っていつもいつも起こるわけじゃないわよ? 普段から小さなことでもコツコツとこなしていけばこそ、皆の信頼も手に入れられるものよ?」


「それは分かっているが、毎日毎日道路清掃や子どものお世話じゃ腕が鈍ってしまうよ。たまには『騎士団選抜競技』なんかに出場したらどうだい?」


 ワインの言う、『騎士団選抜競技』とは、この国の首都であるデ・カイマーチで半年に1回、春と秋に開かれる。試合はトーナメント方式で、ステージは勝ち抜き戦だ。


 この競技に優勝すれば、『アルクニー公国一の騎士団』という栄誉が得られるし、勝ち抜き戦で10連覇すれば、その戦士は『公国騎士』になることも可能だ。いわば全国の騎士を目指す若者の登竜門と言ったところだった。


 僕だって、競技に出場したいのはやまやまだった。チャンスがあれば、そこで父の噂の一つも聞けるかもしれないからだ。だが、一つ大きな障害があった。それは、


「ワイン、競技の出場条件は知っているよな?」


 僕が訊くと、ワインは片眉を上げて肩をすくめると、


「……まあ、4人集まるまでは仕方ないね」


 そう言う。


 そう、僕たちの『騎士団』は、出場要件の一つ、『メンバーが4人以上のこと』にひっかかって出場できないのだ。


「それって悔しいわよね。アタシが先鋒で出て、相手の先鋒を必ず負かせぱいいだけのことじゃない」


 シェリーがそう言って腕をなでる。確かに彼女は僕らの中では一番腕が立つ。シルフらしく弓を扱わせては超一流だし、両手にダガーを持った無双技もド迫力だった。


 ワインも、槍の腕はそこらの戦士に引けを取らないだろう。ただ、団長たる僕が剣士としてイマイチなだけだ。


「あら、ジンの剣だってそんなに捨てたものじゃないと思うな。ジンは優しいから相手に斬り込んで行かないだけで、どんな剣でも必ず弾き返すじゃない。防御特化の剣術って珍しいけど、アタシはジンらしくて好きだな」


 シェリーはそう言ってくれるが、要するに僕は血を見るのが嫌いなのだ。だから相手の攻撃を弾き返しながら、相手が諦めるか、体力が枯渇するまで耐える……でもこんな戦い方じゃそのうち通用しなくなることは分かっている。


「……四人目の団員が入るまでには、攻撃もできるようになっておかないとね」


 僕はそう言って笑った。


   ★ ★ ★ ★ ★


「久しぶりだな、ユニコーンの『獅子戦士』よ。『名誉の獅子戦士』殿はご息災かな?」


 ドッカーノ村の北にあるカーミガイル山の中腹、そこに大陸の全魔法使いたちを統べる『賢者会議』が存在していた。


 『賢者会議』の主宰者は、大賢人マークスマン。アルクニー公国の生まれで、大賢人となってすでに20年が過ぎていた。


 大賢人マークスマンの向かいに座っているのは、あの赤髪の美剣士、ラム・レーズンだった。彼女は少し緊張しながらも、笑顔で答える。


「はい、1年前、旅に出て以来会ってはいませんが、元気にしているようです」


「ふむ、ユニコーン族はオーガ族と双璧をなす戦闘種族。わざわざ武者修業とは感心なものだな。故国くににはいつ戻る予定だね?」


 賢者アサルトが言うと、ラムは首を振って答えた。


「実は、私は父から特命を受けて国を出ました。その命令を果たさぬうちは帰国できません」


「ふうん、愛娘たるそなたにそのような使命を与えるとは、シール殿も辛かったでしょうね。どのような命令なのか、差し支えなくば話してみない? 我らで役に立てるかもしれないから……」


 賢者スナイプがそう言うと、ラムは瞳を輝かせて言った。


「それは助かります。私はトオクニアール王国やリンゴーク公国を回りましたが、まだ父の言う『伝説の英雄』の影も形もつかめていません。実は『賢者会議』の皆様なら、何かヒントを与えてくれないかと期待してここに参りました故」


 ラムの言葉に、大賢人マークスマンが反応した。


「待て、ラム殿。そなたは『伝説の英雄』を探しているのか? それがシール殿の命令なのか?」


 鋭い瞳で訊くマークスマンに、ラムはその眼光に気圧されることなく答えた。


「はい、私がユニコーン侯国戦士長シール・レーズンから受けた命令は、『伝説の英雄を探し出し、侯国にお連れせよ』でした。その理由は説明がありませんでしたが、父の様子ではかなり重大な理由があるようです」


「ふむ……」


 大賢人マークスマンは考え込んだ。他の賢者たちも表情を硬くしている。


「……ユニコーン侯国の戦士長は、代々、魔王降臨の際はオーガ侯国の戦士長と共に『伝説の英雄』の下で『勇士の軍団』を統率している。右鳳軍団の長となるべきシール殿が、そなたにその命を与えたのは何故か?」


 大賢人マークスマンはそうつぶやくと、ラムに静かな声で言った。


「我ら『賢者会議』で議したいことがある。そなたは我らの呼び出しがあるまでドッカーノ村にしばらく滞在するとよい。宿の手配は村長のジークフリートに命じておくゆえ、まずは村長の所に行ってみるがよい」


「はい、お世話になります」


 ラムはそう言って頭を下げた。



 セー・セラギ川はドッカーノ村の東を、北から南に流れている。


 川幅は30ヤードだが、流れは緩やかで、深い所でも2メートルほどしか水深はない。水はあくまでも澄んでいて、一番深い所でも川底を見ることができた。


「思ったよりも危ないものはあるんだねえ。この川岸はきれいだと思っていたけれど」


 ワインが流木や陶器のかけらをひとまとめにして言う。


「こないだの雨で、上流からけっこうなゴミが流れてきているからね。早めに掃除ができてよかったな」


 僕も流木を引きずってきて答えた。


「お疲れ様。二人ともお茶をれといたわよ」


 流木の薪でお湯を沸かしていたシェリーが、紅茶の入ったコップを僕たちに手渡してくれる。僕は汗をぬぐって紅茶を口に含んだ。そんなに熱くはない。


「おお、シェリーちゃんは気が利くねえ。喉が渇いているから飲み物は一息に飲みたいものだが、これだけぬるい紅茶なら火傷しなくて済むよ」


 ワインがそう言いながら、紅茶をあおって、


「次はもう少し熱い紅茶かな?」


 そう催促する。シェリーは笑って言った。


「ワインにはかなわないわね。はい、少し熱めの紅茶よ。ジンにもあげるね?」


「ありがとう。生き返るよ」


 僕はそう言って、次のコップを受け取った。


「ところで、キミたちは『ユニコーン侯国のラム』という剣士を知っているかい?」


 ワインが唐突に訊く。


「いや、僕は知らない。シェリーは?」


 僕が訊くと、シェリーは肩をすくめてワインに言う。


「いくら『大人の事情』とはいえ、唐突に話題を変え過ぎよ。もっと自然な導入って考えられなかったの?」


 おおっと、シェリーがとてもメタい発言をした! 僕はどうなることかと思ってワインを見たが、彼はシェリーのメタ発言を華麗にスルーした。


「まあ、知らないのもムリないか。彼女はユニコーン族の若手で一番のホープだ。トオクニアール王国の『国際戦士選抜競技会』に15歳から出場し、16歳、17歳と3年連続で優勝した戦士だ。故国では『獅子戦士』の称号を得ているが、その彼女がこの国に来ているらしい」


「武者修行かな? 感心なことだね」


 僕が言うと、ワインはうなずいて


「ジン、これはチャンスだ。彼女に勝てないとしても、ユニコーン侯国の『獅子戦士』と戦ったことがあるってだけでも一応のステータスにはなる。人間、向上心は必要だよ?」


 そう言う。僕はうなずきながらも


「でも、それほどの戦士がこんなポンコツ騎士団を相手にしてくれるかな?」


 そう言うと、シェリーが怒ったように言う。


「ジン、自分で『ポンコツ』なんて言わないの! 自分の騎士団でしょう? もっと自信と誇りを持ってよ。アタシたちは『賢者会議』の皆さんからも認められたのよ?」


 僕はシェリーに笑って言った。


「そうだね、シェリーの言うとおりだ。さて、次は村長さんからの依頼で、カーミガイル山の間伐だよ。トナーリマーチへの間道がふさがれそうなんだってさ」


   ★ ★ ★ ★ ★


「なかなかいい景色ね」


 私は、宛がわれた宿から出て、カーミガイル山に散策に出かけた。そんなに高い山でもなく、運動にはちょうどいいと思えたのだ。


 春も盛りで、山には様々な花が咲いている。武辺者で自然にはあまり興味がない私だったが、可憐に咲く花や鳥の声を聞くと、やっぱり心は安らかになる。


「気持ちいい所ね……いけない、私は女を捨てねばならなかったんだ」


 私は思わず口を突いて出た女言葉に、自分を恥じてそうつぶやく。


 私は、父から厳しく育てられた。


 私の家は、ユニコーン侯国で代々、戦士長を務める家柄だ。その長子として生まれた私は、一族の期待を一身に背負っていた。


 その期待は、弟のエールが生まれても変わらなかった。弟は嫡男として厳しく育てられたが、常に私と比較され、歯を食いしばって父のしごきに耐えていた。


 思えば、今まで自分を女だと意識したことは全くと言っていいほどない。常に私は『戦士』であり、同年代の子どもたちと普通の遊びすらしたことがなかったのだ。


 私は一族の期待に応え、15歳の時に大陸で最も権威ある武闘大会に出場し、史上初の3連覇を飾った。そんな私が父に呼び出されたのが、去年の夏前である。



『父上、ご用事でしょうか?』


 父は、碧く厳しい目で私を見て命令した。


『ラム、一族の大事だ。そなたに我が種族の命運をかけた使命を与えたい』


 私はその言葉に、身体を固くした。今朝も、いや昨日も一昨日も、ユニコーン侯国はいつもと変わらぬ日常だった。そんな我が国にいったい何事が起こったというのだ?


『どんなご用命でしょう? 私は父上のご期待に背かない心づもりです』


 私が言うと、父は少し微笑した。父の笑顔は宝玉よりも希少だ。私はその父の微笑が好きだった。戦士たるもの、このような笑いでなければならない……私は常々そう思っていたのだ。


 その父が私に微笑みかけてくれた……私はそれだけで、『どんな困難な使命でも必ず果たしてみせる』と思えた。


『実は、大陸のどこかに『伝説の英雄』が現れたという噂が入った。『伝説の英雄』は魔王の降臨を阻止する存在で、我がユニコーン族は代々『伝説の英雄』とともに軍団を率いて魔王と戦う使命を帯びている。そなたに『伝説の英雄』を探し出してここに連れてきてほしいのだ』


 『伝説の英雄』! 私はその響きだけで心が躍った。どんなお方だろう、そしてどれほど強いのだろう……私の憧れの先にある強さ、その強さを『伝説の英雄』は見せてくれるものと期待した。


『分かりました。私はすぐに発ちます。父上、心覚えにお聞きします。『伝説の英雄』とは何という名で、どのようなお姿をしていらっしゃいますか?』


 すると父は、なぜだか少しうろたえたが、すぐに威厳を取り繕って教えてくれた。


『そのお方は、身に寸鉄も帯びずに天地の理を駆使し、異形の者どもも従えるという……そのようなお方と出会ったら、この国に連れて参るのだ。よいな?』


『分かりました。吉報をお待ちください』


 そうして私は、この困難な旅に出かけたのだ。



 思えば、勇躍して国を出て早1年が経過しようとしている。その間にトオクニアール王国やリンゴーク公国をつぶさに見て回ったが、『伝説の英雄』らしき人物はいなかった。


 強いと噂を聞いて出かけてみても、私よりも弱い男どもばかりで話にならなかったし、人格にも難があるものが多すぎた。


「……このアルクニー公国でも見つけられなければ、『伝説の英雄』はヒーロイ大陸にはいないのかもしれない。そうなったらホッカノ大陸へと足を延ばすか。あそこを治めている皇帝は強いと聞くし……」


 私はそんなことを考えながら、ふらふらと山の中をさまよっていた。


 と、目の前に不思議な生物が現れた。身体はウサギだが、ツノがある。


(きゃあ、可愛い。話には聞いていたけれど、ジャッカロープって本当にいたのね)


 私がそう思っていると、ジャッカロープたちは鼻をヒクヒクさせながらしゃべった。


「あれ、オンナノコがいる」


「ほんとうだ。オンナノコがいる」


「ごはんもっているかな?」


 ジャッカロープたちは口々にそう言いながら、私の周りに集まって来た。


「ねえ、ごはんもってない?」


「もってたらすこしわけて?」


「ボクにもボクにも」


 私はあまりの可愛さに胸がキュンキュンしてしまった。


 実は、私の母は私がどんどん女の子らしくなくなっていくのを心配し、父に黙って私にぬいぐるみを買ってくれていた。私もぬいぐるみ、特にうさちゃんのぬいぐるみはとても気に入って、暇を見ては抱きしめていた。


 もちろん父に見つかったら捨てられてしまうので、母の部屋に置いてもらっていたのだ。そのぬいぐるみのうち最も気に入ったものは、この旅に帯同している。


「や~ん、かわいい~♡」


 私は誰も見ていないことを確かめると、腰に付けたダンプポーチから堅パンを取り出し、


「ほ~ら、ゴハンですよぉ~☆」


 と、ジャッカロープたちに分け与えた。


「わーい、ごはんだ」


「ごはんだ、ごはんだ」


 ジャッカロープたちは押し合いへし合いして、パンを食べている。その様がまた可愛くて可愛くて、思わず頬が緩むのを禁じえなかった。


 その時、ガサッ! と大きな音がして木の枝が揺れたかと思うと、体長は優に3メートルはあると思われるイノシシが姿を現した。身体の周りには紫色の瘴気をまとっているので、妖魔化した獣であるに違いない。


 私はとっさに、そのイノシシがこの可愛いジャッカロープたちを狩りに来たのだと思い、サッと立ち上がると長剣を抜いた。


 すると妖魔イノシシは、私を見て


「ユニコーン族の娘か。ここはわが座所だ。そのような物騒な物は仕舞って里へ下りろ」


 そう言ってきた。


「騙されないぞ。貴様はこのジャッカロープたちを食べようというのだろう。人間や罪なき獣たちを困らせる妖魔め、ユニコーン侯国『獅子戦士』ラム・レーズンが相手だ!」


 私はそう叫ぶと、長剣を回して妖魔イノシシに斬りかかった。



「よし、後はこの辺の下枝を伐採すれば、『賢者会議』の屋敷に続く道とつながるよ」


 ワインがそう言って槍を揮うと、結構高い所から枝がバサッ、バサッと落ちてくる。彼の槍は穂先が異様に長く、こんな時にとても役に立つ。


「さすがはワインの高枝切りばさみだわね」


 シェリーがそう言って茶化すと、ワインは少し心外そうに、


「嫌だな、この槍はおじい様の形見なんだ。そんなテレフォンショッピングに出てくるようなものと一緒にしないでくれないか?」


 そう言ったかと思うと、不意に表情を引き締めて言う。


「今何か聞こえなかったかい?」


「えっ!? 何よ藪からスティックに。脅かそうなんてしても無駄よ?」


 シェリーが驚いて言うのをワインは、


「しっ! ほら、また聞こえた」


 そう言う。僕は耳を澄ましてみたが、何も聞こえない。


「……何も聞こえないぞ。空耳じゃないか?」


「いや、確かにオンナノコの声だ。こっちから聞こえる」


 ワインはそう言うと、槍を抱えてさっさと歩きだした。僕とシェリーは顔を見合わせたが、仕方なく彼について行った。



 10分ほど歩くと、先に歩いていたワインが急に身を沈めて草むらに隠れた。僕たちもとっさに態勢を低くしたが、ワインが手招くのを見て急いで彼のいる草むらまで行くと、


「……あの子だ。さっきからボクの耳に聞こえていた声は」


「……さすが女ったらしのクズエルフだわね。変態的な聴力だわ」


 シェリーがぽつりとつぶやく。まあ、僕らがもといた場所からワインが指さすオンナノコまではゆうに500メートルはあったから、シェリーが変な具合に感心したのも無理はない。


 その女の子は、身長160センチ程度で、燃えるような赤い髪を首元でざっくりと切っている。額の生え際には白い一本の角があるところを見るとユニコーン族らしい。


 いでたちは赤い戦袍に革鎧、革のブーツでいかにも戦士らしく、特に目を引くのが背中に負った長剣だった。刃渡りは1メートルはあるだろう。ツヴァイヘンダーほど長くもごつくもないが、通常の剣よりははるかに長い。


 けれど、その子がジャッカロープたちに見せる顔は、戦士とは到底言えない、可愛らしいものだった。


「いや~ん、かわいい~♡ ほ~ら、ゴハンですよぉ~☆」


 とても可愛い声でそう言いながら堅パンをあげる姿は、どう見ても普通の女の子だった。


「ワイン、あの子がさっき言っていた『獅子戦士』かな?」


 僕が言うと、ワインは自信なさげに答える。


「そうだと思うけれど……ちょっとイメージと違うな」


 しかし、その感想を覆す出来事がすぐに起こった。


 この山の主が姿を現したのだ。


 彼女は、妖魔イノシシを見るとすぐに立ち上がり、長剣を抜いた。その姿を見て、僕もワインも、そしてシェリーも、その女の子が『ユニコーン族の獅子戦士』であることを納得した。


「ヤバいぞ、妖魔イノシシを怒らせたらまたややこしいことになる」


 ワインがハラハラしながらそう言うが、彼は前に妖魔イノシシには手ひどくやられているため、出て行く勇気がわかないみたいだった。


 すると、女の子は長剣を振り上げて妖魔イノシシに突進する。


(ダメだ、戦わせたらどちらも傷付く)


 僕はそう直感した。そして直感が身体を走るのと、剣を抜いて草むらを飛び出すのが同時だった。


「あっ、ジン!」


 シェリーの言葉が僕の耳に届くより先に、


「妖魔め、覚悟ッ!」


 ビュンッ!


「小賢しい小娘め!」


 グワッ!


「ちょっとタンマっ!」


 カーン! ガッ!


 僕は抜いた剣で女の子の長剣を、魔力を集めた左拳で妖魔イノシシの牙を、すんでの所で止めて言った。


「ちょっとどちらも待ってくれ。まずは話し合いしよう」


「坊主、ちょうどいい所に来たな」


「な、なんだ貴様は?」


 僕は、そう言う二人を左右に分けると、駆け寄って来たシェリーやワインと共に自己紹介する。


「初めまして。僕はこのドッカーノ村の騎士団団長、ジン・ライムです」


「アタシは騎士団副団長のシェリー・シュガー」


「ボクは事務総長のワイン・レッド。以後よろしく、『ユニコーン族の獅子戦士』、ラムさん」


 それを聞いて、ラムさんはひとまず剣を引いて言う。


「ご丁寧にどうも。私のことを知っているようだね? 私はユニコーン侯国獅子戦士、ラム・レーズン。よろしく、騎士団の皆さん」


 そして、剣で妖魔イノシシを差して訊く。


「このイノシシは、妖魔ではないのか? 何故この妖魔を退治するのを邪魔した?」


 僕は、妖魔イノシシと村の経緯を説明したが、かえって逆効果だったようだ。ラムさんはうなずくと赤い瞳を火が灯ったように輝かせて言った。


「そうか、村人を困らせる妖魔め、私が退治してくれる!」


 ビュンッ!


「ちょっと待って! なんでそうなるの?」


 カーン!


 僕は慌ててラムさんの剣を止めると、


「ワイン、シェリー、妖魔イノシシをどこかに」


 そう言った。ワインとシェリーは心得顔で、


「そう言うことだ。悪いがどこかにバックレてくれないか?」


 そう妖魔イノシシに言うと、イノシシはうなずいて、


「迷惑かけてすまんな」


 そう言って消えて行った。


「ジンとか言ったな? なぜ、奴を逃がした? さては貴様、妖魔とつるんで悪だくみをしているな」


 ラムさんがそう言って僕に斬りかかってくる。シェリーとワインは呆れ顔で、それでも必死に説得しようとする。


「違うのよ、あのイノシシとはもう話はついているの。お互いにテリトリーを侵さないって……ちょっと聞いてよ!」


「ダメだな……思い込みが激しい女の子だ。きっとヤンデレになるぞ」


「呆れている場合じゃないでしょ? 何とかしなきゃジンが危ないわよ」


 ラムさんの剣は速かった。


(この長剣をこれだけのスピードで扱えるのは凄いな)


 僕は何とか彼女の斬撃を弾きながら、頭の片隅でそう感心していた。


 そこに、


「ジン、加勢するわ!」


「ラムさん、悪く思わないでくれ」


 シェリーとワインが、ダガーと槍で戦いに参加する。


「貴様たちもやはり仲間か! まとめて相手してやるぞ!」


 なんとラムさんは、僕たち三人をまとめて相手にして、息一つ切らさない。むしろワインやシェリーが押され気味だ。シェリーも必死の形相でダガーを揮うが、2本のダガーでも隙を作れない。


 そのうちに、


「やっ!」


 カイーン! ドムッ!


「ぐわっ!」


 ワインが槍を弾き飛ばされ、右肩に突きを食らって戦線を離脱する。


「大丈夫? ワイン……きゃっ!」


 カーン! バスッ!


 続いてシェリーも、ダガーを二つとも弾かれ、太ももを刺されて倒れた。


「ふんっ、妖魔と手を組む不埒者め、次はお前だっ!」


 ビョンッ! カキーンッ!


「ハッ!」


 僕は剣を弾かれたが、とっさの機転で後ろに跳ぶ、その僕をラムさんの長剣は執拗に追いかけて来た。


(くそっ、もっと冷静に話し合いたいのにっ!)


 僕がそう思った時、


「隙ありっ!」


 バスンッ!


「がっ!」


 僕の胸に熱いものがはしる。そして、口からは生臭くて温かいものが溢れて来た。


「がはっ……」


「いやあああっ、ジン!」


 シェリーの叫び声を聞きながら、僕は気が遠くなっていったが、


『やれやれ、思い込みが激しい娘も困りもんだな。相手もなんだし、ステージ2かな? 思い切ってやれ、ジン』


 そんな声が聞こえて、僕は息を吹き返した。



「止めだっ!」


 ラムの剣がジンの心臓目がけて突き出されたが、ジンは慌てずに


大地の護り(ラントケッセル)


 そうつぶやいてシールドを張る。


 カーン!


 ラムの剣は、固いシールドに阻まれた。


「……やるな、それが貴様の本気ってわけだな」


 ラムはそうつぶやくと、ニヤリと笑って


「じゃ、私も本気を出させてもらうか」


 そう言うと同時に、ラムの身体を蒼い魔力が覆い、赤い髪は電荷を帯びて膨らむ。その周囲にはパシッ、パシッと放電が光っていた。


「確かに、ユニコーン族は雷属性だったな」


 ジンはそうつぶやくと、両手をだらりと垂らした。


「私に対してノーガード戦法とは、甘く見てくれたものだな!」


 そう言うとともに、ラムの身体が消えた……ように見えた。それほど素早く彼女は動いたのだ。シェリーやワインも、その姿を見ることはできなかった。


「……す、『ステルス・ウォーリアー』……」


 ワインはそうつぶやいて唇をかむ。ジンがあんなのに敵うわけがない。


 けれど、シェリーはジンの変化に気付いていた。ジンの瞳がいつもの翠から緋色に変わった時……それはここ数年でめったに見たことはなかったが……ジンは『絶対強者』ともいうべき能力を見せることを。


(大丈夫、ジンなら勝てる。だってアタシのジンだもの)


 シェリーは、うずく足を引きずってジンの邪魔にならないところに退避しながら、そう考えていた。


「だあああっ!」


 ガン、キーン、ガキン、カーン!


 ラムは畢生の剣を揮うが、それはことごとくジンの『大地の護り(ラントケッセル)』に阻まれる。


「どうした、守ってばかりで攻撃してこないのか?」


 忌々しげにラムが言う。攻撃するためにはあのシールドを解かねばならないのだろう。解いた時が勝負だ……ラムはそう考えていたが、ジンはシールドを解こうとしない。


「それなら力ずくで引っぺがしてやる」


 ラムはそう言うと、


「食らえっ! 『炎の円舞曲(フレイムロンド)』っ!」


 ラムは、電荷が乗った長剣に炎をまとわせると、それでジンのシールドを思い切り斬り下げる。


「むっ!?」


 パーン!


 ジンが後ろに下がると同時に、『大地の護り(ラントケッセル)』のシールドが割れた。


「勝機!」


 炎の長剣を振り上げて迫ってくるラムを、微笑と共に見つめていたジンは、


「ステージ2・セクト1、『大地の花弁(ラントボイメ)』」


 そうつぶやいた。


 ドババババッ! ザシュッ!


「ぐああっ!」


 ラムは、ジンを中心に大地から飛び出した12本の魔力の刃のうち1本に彼女の右腕を刺し貫かれて呻いた。そこに続けてジンは追撃を放つ。


「ステージ2・セクト2、『大地の嘆き(ラントドレイン)』」


「ぐあああっ!」


 ラムの足元にぽっかりと穴が開き、そこにラムの魔力が吸い取られて行く。やがてラムの体を覆う魔力が消えた時、地面には真っ白な花が咲き乱れた。


「ぐうっ」


 ドサッ


 ラムは、薄れていく意識の中で、


「暴力ハンタイ」


 そんなジンの声を聞きながら、白い花の上に倒れ込んだ。


   ★ ★ ★ ★ ★


「ラムさんはどうしているかしら?」


 ラムとジンが壮絶な戦いを展開した2日後、『騎士団』の事務所……つまりジンの家……に賢者スナイプが訪ねて来た。


「あっ、賢者スナイプ様。ちょうどいい所においでくださいました」


 ドアを開けたジンが、そう救われたように言う。スナイプは家に入るとクスリと笑った。


 ラムが、椅子に座っていたのだ。


 いや、ただ椅子に座っていたのではなく、彼女は向かいに座るシェリーと何やら言い合いをしていたらしく、二人とも頬は紅潮していた。


「だから、私はしばらくジン殿の所に居候させてもらいたいのだ。私は女を捨てている。そなたのジン殿を寝取ろうなんてことは考えてもいないから安心しろ」


 ラムが澄ましてそう言うと、シェリーは


「そんなこと信じられるもんですか。いっくらジンが難聴系主人公でも、()()()()()()()ってなるに決まっているじゃない! そんなにジンが気になるなら『賢者会議』の屋敷にでも居候すればいいのよ」


 そう言って譲らない。


 賢者スナイプはコホンと咳払いすると、


「あー、ちょっといいかしら?」


 そう言って二人の間に座る。そしてシェリーにすまなそうに言う。


「お嬢ちゃん、『賢者会議』の屋敷は宿屋ではないし、いろいろと機密もあるの。そうおいそれと部外者を泊めるわけにはいけないのよ、悪いけど」


 そう言って今度はラムに訊く。


「あなた、ジンくんのどこに惹かれたの?」


 するとラムはパッと顔を赤くして、しどろもどろになって言う。


「えっ……そ、それはやはり、私より強いし、か、彼のようになりたいなと……そうです! 私は彼の騎士団に入りたいんですっ!」


 それを聞いて、スナイプはニコリと笑った。見る人を蕩かすような妖艶な笑みだった。


「そう、じゃあ別にジンくんと一緒に住まう必要はないわよね? この家の向かいの家が空き家だから、そこに住まわせてもらったらどう? シェリーちゃん、それならいいわよね?」


 シェリーは、それでもジンとラムの距離が近すぎると思ったが、少なくとも一緒に住むよりは受け入れやすいし、何より賢者スナイプのお声がかりである。渋々同意した。


「よかった。ラムさん、あなたのことはお父さまに連絡しておいたから心配しないでね。早く『伝説の英雄』と共に国に帰ってあげられる日が来ると良いわね?」


 賢者スナイプはそう笑って去って行った。



「首尾はどうだった? スナイプ」


 大賢人マークスマンが訊くと、スナイプはくすくす笑いをしながら答える。


「可愛らしかったわぁ三人とも。ラムちゃんもオンナノコしてたし、シェリーちゃんの焦り顔も、ジンくんの困り顔も。ホント、大賢人様に見せてあげたかった」


「……にしても、シール殿も娘可愛さに変なことを考えられたものですな。『伝説の英雄』探しにかこつけた婿探しとは……」


 賢者スラッグが言うと、賢者ハンドが笑って言う。


「まさに、『自分より強い男』に出会って、さしもの『ユニコーン侯国の獅子戦士』も女性に戻ったってところですかな? シール殿もさぞ安心されることでしょうな」


 しかし賢者アサルトはふふんと笑って、


「どうかな? 今のシール殿の立場を考えると、ユニコーン侯国で何かが起こっても、魔王の降臨の際に支障が出ないよう保険をかけた……そうも思えますな」


 そう言う。


 その言葉に、大賢人マークスマンは薄く笑って言った。


「まあ、時の経過を見ておこう。そなたの見立てが正しいのなら、それは取りも直さず『マイティ・クロウ』の息子が魔王の降臨の際に重大や役割を果たすことを意味しているのかも知れんからな」


(Tournament3 謎の旅人を狩ろう! 完)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

いや〜、ギャグってどこに行ったんでしょうね?

なんかジンたちの日常の裏で、とんでもないことが動きつつあるようで、書いている私も「これ、ギャグだよな?」と自問自答の日々です。

兎にも角にも、ラムという女の子の登場で、『騎士団』の活動が変わっていくことを祈るばかりです。

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