表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キャバリア・スラップスティック  作者: シベリウスP
リンゴーク公国編
28/153

Tournament28 Ghost hunting:part2(亡霊を狩ろう! その2)

ジンは、ついに謎の手紙の差出人・ノヴァと会うことに成功するが、彼女はジンとの共闘を拒否する。

一方、ノヴァの手紙を見たド・ヴァンは、急ぎマーイータケへと向かうのだった。

『組織』の影が見え隠れする中、物語は思わぬ方向へ。

【主な登場人物紹介】

■ドッカーノ村騎士団

♤ジン・ライム 17歳 ドッカーノ村騎士団の団長。ケンカにはめっぽう弱く、女性に好感を持たれやすいが、女心は分からない典型的『難聴系思わせぶり主人公』

♤ワイン・レッド 17歳 ジンの幼馴染みでエルフ族。結構チャラい。槍を使うがそれなりの腕。お金と女性が大好きな『やるときはやる男』

♡シェリー・シュガー 17歳 ジンの幼馴染みでシルフの短剣使い。弓も使って長距離戦も受け持つ。ジン大好きっ子だが報われない『負けフラグヒロイン』

♡ラム・レーズン 18歳 ユニコーン族の娘で『伝説の英雄』を探す旅の途中、ジンのいる村に来た。魔力も強いし長剣の名手。シェリーのライバルである『正統派ヒロイン』

♡ウォーラ・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造った自律的魔人形エランドール。ジンの魔力マナで再起動し、彼に真摯に仕える『メイドなヒロイン』。

♡チャチャ・フォーク 13歳 マーターギ村出身の魔獣ハンター。村では髪と目の色のせいで疎外されていた。謎の組織から母を殺され、事件に関わったジンの騎士団に入団する。


■トナーリマーチ騎士団『ドラゴン・シン』

♤オー・ド・ヴィー・ド・ヴァン 20歳 アルクニー公国随一の騎士団『ドラゴン・シン』のギルドマスター。大商人の御曹司で、双剣の腕も確かだが女好き。

♤ウォッカ・イエスタデイ 20歳 ド・ヴァンのギルド副官。オーガの一族出身である。無口で生真面目。戦闘が三度の飯より好き。オーガの戦士長、スピリタスの息子。

♡マディラ・トゥデイ 19歳 ド・ヴァンのギルド事務長。金髪碧眼で美男子のような見た目の女の子。生真面目だが考えることはエグい。狙撃魔杖の2丁遣い。

♡ソルティ・ドッグ 20歳 『ドラゴン・シン』の先鋒隊長である弓使い。黒髪と黒い瞳がエキゾチックな感じを醸し出している。調査・探索が得意。

♤テキーラ・トゥモロウ 年齢不詳 謎の組織から身分を隠して『ドラゴン・シン』に入団した謎の男。いつもマントに身を包み、ペストマスクをつけている。


   ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


 ワインは、手紙の差出人に会ってみたいという僕の意見を難しい表情で聞いていたが、やがてふっと頬を緩め、


「分かった、ジンが納得するように動いてみようじゃないか」


 そう言ってくれた。


「ただし、会って話をするだけだよ? この件に関して手を出せるかどうかは、その後に判断することでいいかい?」


「ああ、僕もそのつもりだよ」


 僕が答えると、ワインはすぐに愛用の葡萄酒色のマントと手槍を取って、


「じゃ、行こうか。まずはこの話をブルー・ハワイさんに伝えて、二人で教会跡に深夜の散歩としゃれこもうじゃないか。ボクたちの行き先はここに書いておこう。シェリーちゃんたちを危ない目にあわせたくはないだろう?」


 そう言うと、葡萄酒色の瞳を持つ眼に微笑を浮かべた。


 僕たちが馬車組合のギルド会館を訪ねたのは真夜中過ぎだったが、ブルー・ハワイさんはまだ起きていて僕たちの話を聞くとびっくりして言った。


「それはいけません! 3年前の事件は結構根深いものだと団長から聞いています。すぐに団長に知らせますから、この事件のことは私たち『ドラゴン・シン』にお任せくださいませんか?」


 ワインはその意見に賛成の色を浮かべていたが、何しろ僕たちの旅に付きまとってきた『人為的な妖魔』の手がかりになるかもしれない事件だ、僕はブルー・ハワイさんの申し出を丁寧に断った。


「ありがたいお言葉ですけれど、僕たちも妖魔を前にしては知らんふりはできません。ただ手紙の人物から話を聞くだけですから」


 そう言うと僕は、慌てているブルー・ハワイさんを残して、


「ワイン、行こう」


 ワインと共に、手紙が指定した『東地区の教会跡』へと歩き出した。


「……ドッカーノ村騎士団の皆さんは、団長が特に気にしておられる方々だ、捨ててはおけない」


 ジンたちが闇に消えた後、ブルー・ハワイはそうつぶやき、もう一人の団員を叩き起こすと、


「ジン団長殿とワイン殿がこの場所に向かっている。3年前の事件に関係があるそうだ。私はこれからすぐに団長にこのことを知らせてくるから、そなたは夜明けまでにジン団長たちが宿舎に戻っておられない場合、司直を連れてこの場所に向かえ」


 そう指示して、転移魔法陣を描くとその中に消えて行った。



 東地区の教会跡は、先ほど、男の人を助けた山小屋からしばらく登山口を登ったところにあった。

 ここはもうユグドラシル山に差し掛かっている場所だ。針葉樹がうっそうと茂って月の光も届かないので、足元がおぼつかない。


 けれど、明かりを灯して僕たちの所在を相手に知らせることはできない。相手が何者なのか、僕たちの味方なのか敵なのか、皆目判っていないのだから。


「あそこだよ、ジン」


 ワインが指し示す闇の先を目を凝らして見てみると、うっすらと教会の建物が見えてきた。石造りの教会だから建物自体はしっかりと残っているけれど、焼き討ちにあっているからだろう、窓枠なんかは全部焼け落ちているようだった。


「ちょっと気色悪いな」


 僕は、ぽっかりと開いた窓の跡の黒さが、髑髏の眼窩のように見えて思わずそう言うと、


「まあね、あそこで何人もの死人が出たと思うと余計に気持ちはよくないな」


 ワインもいつもに似合わずそんなことを言う。


「よせよ、そんなこと言うと、うん?」


 僕は、何か薄い膜を突き破ったような感じを覚えて思わず立ち止まる。ワインも同じ感覚を味わったのだろう、鋭い顔つきで立ち止まり、槍の鞘を払った。


「ワイン、今の感覚は」


 僕も剣の鞘に手をやりながら訊くと、ワインは小さくうなずいて油断なく闇を見透かしながら答えた。


「ああ、誰かの結界だよ。所在を知られているのに廃墟の中に飛び込むような真似はしない方がいいね。ここでこうしていたら、あちらさんからお出ましになるさ」


 僕らは念のために下枝が茂ってひときわ暗い所へと移動する。するとしばらくして、教会の廃墟から一人の女性が出て来るのが見えた。


 女性は豊かな金髪を後ろで大きく三つ編みにしている。手に持っているのは槍のようだが、それにしては穂先がゆるりと弧を描いているように見えた。


 女性は、僕たちの隠れている場所を知っているかのように、こちらを向いて静かに声をかけてきた。少し中性的だが、やわらかい声だった。


「そこの二人、あちきに用があるのなら、遠慮せずに出て来てください」


「ボクが話をしてみる。キミは念のためにまだ姿を隠しておきたまえ」


 ワインはそう言うと、僕が止める間もなく茂みから出て行く。


 女性は微笑んでワインに声をかける。


「ふふ、用心深いですね。もう一人いるはずだけれど姿を現さないなんて」


「キミたちも二人いるけれど、キミしかこの場には出ていないじゃないか。このくらいの用心は許してくれたまえ」


 ワインがそう言うと、女性は青い瞳を持つ眼を丸くして、感心したように言う。


「ほう、なかなか鋭いですね。さすがはオー・ド・ヴィー・ド・ヴァン殿だけあります」


 ワインは肩をすくめて、


「ちょっと待ってくれ。ボクはワイン・レッド、ドッカーノ村騎士団の事務総長だ。あんな女好きでチャラい男とは一緒にしないでもらいたいものだな」


 そう言うと、


「さて、ボクは名乗った。差し支えなければあなたの名前を聞かせてほしい。ボクが思うに、少なくともキミは『ノヴァ』と署名にあった人とは違うはずだからね」


 すると金髪の女性は慌てたようにワインに訊く。


「ちょっと待ってください。あなたはド・ヴァン殿ではないのですか? ではなぜあなたがここに居るのです?」


「それは僕たちが乗って来た馬車にお誘いのお手紙が入っていたからさ。ノヴァという署名入りのね?」


 ワインは肩をすくめて言うと、葡萄酒色の瞳を女性に向けて


「ボクもこの町で3年前に起こった出来事を知らないわけじゃない。そして現在この町で起こっていることもね? さらに言うと、『フッドは死んでいない』という文言も気になるからここに来たというわけさ」


 そう言う。女性はワインの言葉を注意深く聞いていたが、うなずいて言う。


「なるほど、あの暗号を解いて内容を読んだわけですね?」


 声に剣呑な響きが混じっている。僕は思わず茂みから出ようとしたが、ワインが手を振って止めたのと、


「ああ、内容については平文を本来の受取人であるド・ヴァンくんに届けておいたよ。ボクたちは『ドラゴン・シン』と関係がないわけじゃないからね」


 その言葉を聞いた女性の身体から殺気が消えたのを見て思い止まった。


「馬車に誰が乗っていたのかを確かめずに手紙を投げ入れたのはこちらの手違い、ド・ヴァン殿につないでいただけたのなら、暗号を解いたことは忘れて差し上げましょう。あなたも、隠れているお仲間もこのことは忘れて旅を続けられるのが良いでしょう」


 そう言うと、くるりと踵を返して闇の中に消えて行こうとした。


 僕は、このチャンスを逃したらあの手紙の差出人とは会えない気がしたので、急いで茂みから飛び出して言った。


「ちょっと待ってくれ、僕はドッカーノ村騎士団団長のジン・ライム。よければ『ノヴァ』という方に会わせてくれないか?」


 すると金髪の女性はこちらを振り向いて僕を見て、一つうなずくと名乗った。


「ご丁寧に……あちきは騎士団『スーパーノヴァ』の事務長、アメリア・リーフ。そして……」


「あたいが突撃隊長のアンナ・ボニータさ」


 そう僕の背後から声がした。振り向くと茶髪で茶色の瞳をしたツインテ―ルの女性が、大剣を担いで突っ立っている。


「ふうん、最初からこちらの位置はバレバレだったってことか」


 ワインが言うと、アメリアさんは薄く笑って言う。


「悪く思わないでくださいね? 何しろうちの団長は敵が多いもので。念には念を入れているのです」


 そして僕を見て、


「ジン団長様、せっかく名乗っていただきましたが、ご依頼には添いかねます。ジン団長様はこの国の人ではございませんし、何より3年前の事件に関係がない方々を巻き込むわけには参りませんから」


 そう言うと、踵を返そうとする。僕は彼女の拒絶の言葉を聞いて、無理かもしれないとは思ったものの、もう少し粘ることにした。


「待ってくれ、確かに僕は3年前の事件とは関係がないが、今この町で起きている人為的な妖魔の件について見過ごせないんだ。ひょっとしたら『組織ウニタルム』が関わっているかもしれないから」


 僕がそう言うと、アメリアさんの顔色が変わった。そして碧眼に鋭い光を込めて僕を真っ正面から見つめてきた。


「今、『組織』とおっしゃいましたか? ジン団長様と『組織』との関りとは?」


 アメリアさんの問いに、僕は今までのこと……ヒラータケ村のカマイタチやナメーコのアカグンタイアリ、そしてアルクニー公国での出来事……を包まず話した。


 僕の話を注意深く聞いていたアメリアさんは、しばらくして言ってくれた。


「……そう言うことでしたら、今回の事件でも私たちの力になっていただけそうですね。分かりました、団長のところにご案内いたします」


 しかし彼女はワインを見てさらにこう付け加えた。


「ただし、一緒においでいただくのはジン団長様だけです。それでいいですか?」


 ワインはそれを聞くと肩をすくめて答える。


「おいおい、ボクからは何とも返答できないな。ジン一人を行かせたことが騎士団うちの女性陣にバレたら、ボクはどんな目にあわされるか分かったものじゃないからね」


 僕は、アメリアさんやアンナさんを観察していたが、どちらも嘘をつくような女性じゃないと思われたので、ワインに笑って言った。


「大丈夫だ、ワイン、彼女たちを信じよう。僕一人で行ってくるから、シェリーやラムさんたちには心配しないよう言っておいてくれ」


 僕の言葉を聞いて、僕を引き留めることができないと悟ったんだろう、ワインは再び肩をすくめて言った。


「ふむ、キミの性格じゃ止めても無駄だろうね。キミのことだから万が一のことがあっても切り抜けられるだろうが、一応忠告しておくよ。求めて難題に首を突っ込むんじゃないよ?」


   ★ ★ ★ ★ ★


 そのころ、トオクニアール王国のシュッツガルテンにある高級ホテルのスペシャルスイートに陣取っていたオー・ド・ヴィー・ド・ヴァンは、時ならぬブルー・ハワイの報告に心配の色を浮かべていた。


 彼は、ブルーが手渡した手紙を見てハッとした顔をすると、すぐに中身を検める。そして手紙を読むと


「ブルー、これは原本じゃないね? 原本は暗号で書いてあったはずだが、それは持って来なかったのかい?」


 そう訊く。


「いえ、原本はどうやら間違って町の司直の手に渡ったらしいのです。それでジン団長殿たちが何かの嫌疑で詰所に引っ張られるという一幕もありました。その手紙はワイン殿から団長にと言付かったものです」


 ブルーの答えを聞いて、ド・ヴァンは薄く笑うと訊く。


「なるほど、ワインなら暗号を解くのも容易かっただろうな。それで、彼らは『ノヴァ』に会いに行ったということだったね?」


「はい、お止めしたのですが、『話をするだけだから』とおっしゃって」


 そう答えるブルーに、ド・ヴァンはさらに訊いた。


「マーイータケで変わったことは起きていないかい? 例えば妖魔が出没するとか」


 するとブルーはうなずいて言う。


「はい、ここしばらく妖魔の類や幽霊などが、特に町の東側に集中して出没するそうで、ジン団長殿たちもその調査に加わっていたようです」


 ド・ヴァンは笑いを含んだ顔でうなずくと、すぐに真顔になって、


「ふむ、団長くんらしいな。けれどこの事件には深い闇がある。団長くんたちをそれに巻き込みたくないから、ボクはすぐにマーイータケに行こう。ブルー、ご苦労だった」


 そう言うと、サッと立ち上がる。


 話を聞いていたマディラはド・ヴァンが何か言うより早く、


「では、必要な手配をいたします」


 そう言うと部屋を出て行った。


 ド・ヴァンは肩をすくめて笑うと、残っているウォッカに、


「ふう、さすが我が『ドラゴン・シン』が誇る事務長だ、仕事が早いな。さて、ウォッカ、君はこのことをソルティとテキーラに知らせてくれないか?」


 そう命令すると、ウォッカは首をかしげて


「ソルティには連絡がつくでしょうが、テキーラの奴とはここしばらく音信不通です。何をやっているんでしょうか?」


 そう言う。


 ド・ヴァンはニタリと笑うと、


「ふふ、やはり彼は『組織』と何かのつながりがあるのだろうね。まあいい、テキーラには、連絡がついたらこのことを知らせておいてくれ」


 そう言うと、南の空を見つめてつぶやいた。


「ふむ、レボルツィア・アナーキーか……それにマイティ・フッド……やれやれ、3年前の亡霊たちが今になって何をしでかそうというのかな?」



 ヒーロイ大陸の中央にあるユグドラシル山。標高1万メートルを越えるこの山の6合目付近に、石造りの立派な建物があった。


 こんな空気の薄いところに、どのくらいの労力をかけたら出来上がるのかと不思議に思うくらいの建物であるが、その所有者はどこの国でもない。この辺りは人が住むには過酷で、これといった資源もなく、領有する旨みがほとんどないため、『賢者会議』の主導によってどこの国にも属さない真空地帯となっている。


 どこの国の所有でもないということは、どこの国の主権も及ばないということであり、いわゆる『何でもあり』の地帯でもある。そんなところに拠点を置く者たちが、ただ者たちであるはずがなかった。


 建物の中で、身長180センチを超える金髪碧眼の男と、それを上回る190センチほどの上背があるペストマスクを被った男が、何やら話をしていた。


「そうか、ウェンディ様はもうここの責任者ではないのか」


 途方に暮れたような声で言うペストマスクの男に、金髪の男は沈んだ声で言う。


「ああ、さらに後任はあのアクア・ラングだ。だから私は、お前がこちらの手の者であることはまだアクアには話していない」


「……それはありがたいな。あの男は自分の部下だと分かった途端、どんな無理難題を吹っかけて来るか分からないからな。感謝する、ウェルム」


 ペストマスクの男が言うと、ウェルムは薄く笑って、


「ところでテキーラ、今日は何の用事だ? ウェンディ様への報告か何かだったのか?」


 そう訊くと、テキーラはうなずいて、


「うむ、マジツエー帝国にいるバーディーからの依頼でな、マイティ・クロウの行方を追っていたんだが、彼はすでに『約束の地』に向かって旅に出たようだ」


 そう言うと、少し声を落として


「それで、ウェンディ様にお知らせしたかったことは、どうやらジン・ライムが『風の宝玉の欠片』を持っているらしいということだ。他の欠片を賢者スナイプが持っていることはウェンディ様もご存知だったが、ジンがそれを持っているかどうかについては確証を得られていなかったらしい」


 そう言う。


「ふむ……いいことを知らせてくれた」


 ウェルムが碧眼を光らせて言うと、テキーラは少し慌てて言いかける。


「おい、まさかそのことをアクアに……」


 ウェルムは破顔一笑して、テキーラの言葉を遮るように言う。


「まさか、そんなことはしない。アクアがそのことを知ったら『魔王の降臨』を阻止する奴がいなくなってしまうからな、私の胸に納めておくさ。ところでテキーラ、私からもお前に一つ情報を提供しよう」


「くれるというなら、ありがたく受け取っておくぞ。それで、どんな情報だ?」


 テキーラが訊くと、ウェルムは顔を振って、


「いい話ではない。お前が所属している『ドラゴン・シン』が探している自律的魔人形エランドールの件だ」


 そう言うと、テキーラはうなずいて、


「ああ、イーグルに譲ってやったあれか。あれがどうした?」


 そう訊く。ウェルムは一つため息をついて、


「エランドールPTD11、コードネーム『お姉さま』だが、アクアの魔力で再起動した。今、ガイア・ララと名乗ってジンたちの後を追っている。そのことをお前に知らせておきたくてな」


 それを聞くと、テキーラはしばらく黙っていたが、やがて首を振って言った。


「むむ……まあいい、その時はド・ヴァンにはそれらしい説明をするとしよう。よく教えてくれた、感謝するぞ」


 そして、沈痛な顔をしているウェルムに、いつもの静な声で


「ウェンディ様がいないのであれば、俺は退散しよう。お前とは必要な時に連絡を取りたいが、どうすればいい?」


 そう訊くと、ウェルムは彼にしては珍しく、イタズラっぽい顔をして答えた。


「ふむ、それではお前が賢者スナイプと逢引きをした店はどうだ? あそこならアクアも気付かないだろうからな」



 オー・ド・ヴィー・ド・ヴァンは、いったんこうと決断すると行動は素早い。彼はブルーの報告を受けたその日のうちに、マーイータケで最も高級なホテルに陣取って、


「……ふう、難しい宿題を解くには、まずは考えをまとめないとね」


 そう言いながら、紅茶を嗜んでいた。


 そこに、ウォッカが姿を現して報告する。


「団長、ジン・ライム殿はまだ宿に戻っていないようです」


 それを聞いて、ド・ヴァンは口元まで持って行ったカップを戻し、確認するように訊く。


「戻っていない? 団長くんだけがかい?」


 ウォッカはうなずくと、ドッカーノ村騎士団が宿泊するコテージを訪れた時のことを話しだした……。


 ……


 ワインが町の東にある教会跡にジンを残して宿に戻ると、シェリーやラムたちが二人がいないことを知って騒いでいるところだった。


 ウォーラは、ワインが戻ってくるのを最も早く察知して、


「ワインさまの魔力を捉えました。今、宿から東200メートルのところです。ゆっくりこちらに向かっています」


 そう言うと、ラムが緋色の瞳を持つ目を細めて訊く。


「待て、ワインだけか? ジン様の魔力は感じないのか?」


 するとウォーラは、アンバーに光る瞳を闇の中に向けていたが、


「……はい、ワインさまだけです。ご主人様の魔力も、お姿も確認できません」


 そう心配そうに答えた。


「じれったいわね、アタシがワインに訊いて来る!」


 シェリーはそう言うと、金髪のポニー・テールを揺らしながらワインの方へと駆けて行った。


「やあ、シェリーちゃん。どうしたんだい、こんな夜更けに? しっかり寝ないと美容に悪いよ?」


 ワインはシェリーが駆けて来るのを見て一瞬困ったような顔をしたが、すぐにそう彼の方から声をかけてきた。


「どうしたんだいって、それはアタシのセリフよ! こんな時間にジンと二人で町の東側みたいな薄気味悪い所に行くなんて、一体何があったの?」


 シェリーは青い右目をワインに向けて訊く。その表情には心配と怒りと、好奇心がありありと浮かんでいた。


 ワインは薄く笑うと、


「みんなも起きているみたいだね? じゃ、宿に戻ってそこでみんなに話してあげるよ」


 そう言うと、シェリーが何か言うより早く、コテージの方へと歩き出す。


「待って! ジンはどうしたの?」


 ワインを追いかけながらシェリーが訊くと、ワインは立ち止まりもせずに答えた。


「ああ、ジンは『ノヴァ』に会いに行った。彼女たちは確かに腕が立つが、それだけじゃない。信頼できるとジンが判断したから、彼の言うことを信じてボクはいったん戻って来たんだ」


 ワインの言葉に、シェリーは耳ざとく訊いた。


「彼女たち? アンタたちが会いに行った『ノヴァ』って、まさか女の子だったの?」


 ワインは、しまったという顔をしたが、すぐに首を振って、


「いや、『ノヴァ』がもしマーイータケ一揆を主導したといわれるレボルツィアなら確かに女性だが、その正体は今のところ不明さ。ただ、その使いとみられる戦士二人が女性だったってことさ」


 そう言う。


 シェリーはムッとしてワインに噛みついた。


「ちょっとワイン。そんな危ない所にジンと二人だけで行ったことも許せないのに、得体の知れない女たちのもとにジンだけ残してくるなんて、アンタ何考えてるの⁉」


 ワインは微笑を浮かべながら答える。


「シェリーちゃん、キミがジンの心配をするのは解る。けれどあの場合、事件の真相に迫るためにはジンの言うとおりにするほかなかったと思う。それにこの後のことを考えていないわけじゃない、安心してくれたまえ」


 シェリーは右目でワインを睨みつけていたが、


「分かった、ここで押し問答しても仕方ないし。けれどアンタの考えが外れた場合は、ただじゃ置かないからねっ⁉」


 そう言うと、プイッと横を向いた。


 ワインはため息と共に肩をすくめたが、コテージを見るとにんまりとして言った。


「シェリーちゃん、ボクの考えたとおりに舞台は回っているようだ。ここ数時間のうちに、少なくとも事件の裏側が分かるかもしれないな」


 シェリーはびっくりしたようにワインを見て訊く。


「どういうことよ?」


 するとワインは、コテージを指さして言った。


「見てごらん、あの手紙のもともとの受取人になるはずだった人物からの使者だ」


「あれは、ウォッカさん?」


 シェリーは、コテージの側にたたずむ身長2メートルを優に超える男を見てつぶやいた。


 ……


「……その後、ワイン殿から東の教会跡での出来事を詳しく聞きましたが、ジン殿はアメリアとアンナと名乗る女戦士と共に『ノヴァ』のもとに向かったといいます」


 ウォッカが話し終えると、ド・ヴァンは閉じていた眼を開いて言った。


「よく分かった。ご苦労だったウォッカ」


 そして、後に佇立しているソルティに声をかける。


「そう言うことなら、ボクもお邪魔させていただく必要があるな。団長くんが余り事件のことを彼女から深く聞きださないうちにね? 行こうか」


   ★ ★ ★ ★ ★


 僕はアメリアさんたちに案内されて、問題の手紙の差出人、『ノヴァ』のもとへと向かっていた。


「ずいぶんと歩くんですね?」


 僕たちはまず、教会跡の北側に広がっている森の中に入った。そして真っ暗闇に近い森の中を5分ほど歩くと、アメリアさんが灯した魔法光の先に薄暗い洞窟の入口が見えた。


 僕はその洞窟の奥に『ノヴァ』という人物がいるのかと勝手に思い込んでいたが、どうやら違うらしい。というのは、洞窟から入って少し進むと、アメリアさんは急に右の壁に転移魔法陣を描き、


「こちらにおいでください。亜空間酔いは余り出ないと思います」


 そう言うと、魔法陣の中に消える。


 僕も思い切って魔法陣をくぐったが、その時少し胸やけがした程度で、アメリアさんが言うとおり亜空間酔いにはならなかった。ワインの転移魔法陣を何度も利用してきた感覚では、転移元と転移先は遠くて2マイル(この世界で約3・7キロ)ってところだろう。


 転移先は、どうやら地下通路らしかった。外の光は全く入らず、ただ5メートルほどの幅がある通路の壁の両面に、等間隔で松明が灯っている。気温は低くはなく、湿度はかなり高かった。


 僕の目を奪ったのは、壁際にたくさんの丸太が井桁状に組んであったことだ。その丸太は両側の壁に沿うように、かなりの数が置いてある。そしてカビの匂いというか、一種独特の匂いが立ち込めている。


「こちらです」


 周りをキョロキョロ観察していた僕に、アメリアさんがそう言って歩き出す。僕は慌てて彼女の後を追いながら訊いた。


「ここは?」


 答えは、予想もしていないものだった。


「あちきたち騎士団が運営している、キノコの栽培場です」


「キノコ栽培? 騎士団にキノコに詳しい人が居るんですか?」


 僕の問いに、今まで黙っていたアンナさんが後ろから可笑しそうに言う。


「あたいたちはマーイータケの出身だよ? 小さい時からキノコは見慣れているからね」


「なるほど、騎士団としての仕事がない時はキノコ栽培をしているってことですね?」


「ああ、あたいたちも何十人かの部下がいるし、そいつらを食わせていかなきゃならないからね。騎士団の仕事もそうそう転がっているわけじゃないしさ。特にウチみたいなところはね?」


 アンナさんって、口調の割に人はいいみたいだ。ほとんど初対面の僕に、そんなことをあけすけに語ってくれた。


 そんなことを話しているうちに道は上り坂になり、やがて大きな樫の扉に行きついた。


 アンナさんが重い引き戸を力任せに引くと、樫の扉は叫ぶような音を立てて開く。


 キャキャキャキャーッ!


 その音を聞いて、何人かの武装した一団が駆け寄ってくる。よく見ると、みんな女性だった。


「なんだ、事務長と突撃隊長ですか。てっきり誰かの悲鳴かと思いましたよ」


「この引き戸にも油を注しとかないといけないですね。毎回、肝をつぶしますから」


 アメリアさんとアンナさんを見た彼女たちは、ほっとした表情で口々にそう言う。そのうちの一人が僕に気付き、


「あら、突撃隊長、その殿方は? 男嫌いの突撃隊長にもついに春が来ましたか?」


 するとアンナさんは豪快に笑って言う。


「がっはっはっはっ♬ あたいに限ってそんなことはないよ。この方はドッカーノ村騎士団の団長さんさ。オー・ド・ヴィー・ド・ヴァンの旦那の友だちで、うちの団長に話があるってことだからご案内しただけさ」


 すると、それを聞いた黒髪を無造作に束ねた乙女が、黒曜石のような瞳を僕に向けて言った。


「ドッカーノ村騎士団ということは、ナメーコの事件を解決してマッシュ・ルーム公からメダルを頂いた方々ですね? 噂は聞いていました」


 それを聞いて、アンナさんがびっくりしたように少女に言う。


「何だい新入り、よくそんなこと知っているな?」


「この騎士団に入る直前に、ヒラータケ村で聞きました。なんでもヒラータケ村を襲っていた妖魔使いも退治なさったらしいですね?」


 黒髪の女性が僕を見つめて言う。僕もびっくりして答えた。


「いや、ヒラータケ村の件は『ドラゴン・シン』の皆さんとの共闘だよ。でもよくそんなことを知っているね?」


 黒髪の乙女が何か答えようとしたが、アメリアさんが


「まあ、その話は後から聞くことにしましょう。ジンジャー、お客さんが着いたことを団長に知らせて来て」


 そう言ったので、ジンジャーという女性は僕にぺこりと頭を下げて、廊下の向こうにある階段を駆け上がって行った。


ジンジャー(あいつ)はどことなく食えないオンナだけれど、ジン殿にはえらく好意的な目を向けていたね? アメリアはどう思う?」


 アンナさんが訊くと、アメリアさんは興味なさそうに答えた。


「さあ? そんなことはどうでもいいことよ。早くジン殿を団長に引き合わせましょう」



 僕たちは3階分の階段を登って、『ノヴァ』と名乗る人物がいる部屋の前に来た。ちなみにここは建物としては3階で、僕たちが到着した樫の扉がある階層は地下1階だった。


「団長、お客様をお連れしました」


 マホガニーでできた分厚いドアをノックして、アメリアさんが声をかけると、中から澄んだ声が聞こえた。


「連絡は受けています。入ってください」


 僕たちが部屋に入ると、その先に大きな机があり、机の向こう側には銀髪を肩まで伸ばした女性が後ろ向きに立っていた。群青色のコートが印象的だった。


「お知らせしたドッカーノ村騎士団のジン・ライム団長です」


 アンナさんがそう言ってくれたので、僕は一歩前に進んで丁寧にあいさつした。


「初めまして、ジン・ライムです。アルクニー公国でドッカーノ村騎士団の団長をしています」


 するとその人物はゆっくりとこちらを振り返る。年の頃は20代半ばみたいで、賢者スナイプ様よりは若いかもしれなかった。白い顔に翠の瞳をした切れ長の目が光っており、通った鼻筋や引き結ばれた唇など、かなりの美人だった。


「わたしは『スーパーノヴァ』の団長、ノヴァ・カサノヴァです。聞くところによるとジン団長殿はオー・ド・ヴィー・ド・ヴァン殿と知り合いとか。ここに何の用事でおいでになったのでしょう?」


 ノヴァさんが不思議そうに訊く。教会跡での出来事を思い出した僕は、警護が厳重なことを感じ取って、ノヴァさんに危険が迫っているのではないかと想像していたが、それにしては見ず知らずの僕のことは微塵も疑っていない感じだった。


「実は、あなたがド・ヴァンさんに出された手紙の中で、気になるところがありましたのでお話を伺いに来ました」


「気になるところ?」


「はい、僕は詳しいことは知りませんが、あなたは手紙の中に3年前のマーイータケ一揆を鎮圧しようとしたマイティ・フッドが生きているとか、彼がこの町に恨みを持ち、町を壊滅させようとしているなどと書いておられましたね? 実際、町には妖魔がはびこっているみたいでした。僕にはそれが見過ごせなかったのです」


 僕がそう言うと、ノヴァさんはうっすらと笑みを浮かべて答えてくれた。


「なるほど、そう言うことですか。確かにこの町では妖魔を使う者たちが町の人たちを襲い、不安を掻き立てようとしています。

 けれどご安心ください、そんな輩を叩くためにわたしたちがいます。ご心配はありがたいことですが、ジン殿が首を突っ込まれることではございません」


 実に明確な拒絶だった。こう言われたら僕たち『騎士団』の出番はないのだが、僕としてはそう言いながらもどことなく不安そうなノヴァさんの顔色が気になった。


「あなたは、誰かに狙われていませんか?」


「えっ⁉」


 僕が訊くと、明らかにノヴァさんは動揺する。僕はうなずいて続けた。


「実は、僕も『組織』と名乗る者たちから狙われています。それに旅に出てからというもの、行く先々で妖魔化したモノたちに襲われてもいます。ひょっとしたらこの町で活動している奴らが、それに関係する者ではないかと思って、お話を伺ったんです」


 今思うと、僕は余りに真っ正直だったのかもしれない。けれど僕は町に跳梁する妖魔たちのことに加えて、ノヴァさんの力になれたらと本気で思っていたのだ。


 僕の話を聞いて、アメリアさんやアンナさんはノヴァさんに何か言いたそうだったけれど、ノヴァさんはそれより早く


「あなたのお立場はよく分かりました。それに気にかけていただいたことも感謝いたします。けれどわたしのことを心配されるのであれば、この事件に首を突っ込まず早くこの町を出て、わたしのことを忘れていただくことをお勧めいたします」


 そうはっきりと言うと、


「ド・ヴァン様にわたしの手紙をお届けいただき、誠にお世話になりました。この事件は3年前の出来事に関わりがあった者たちで解決すべきだと考えていますので、悪く思わないでくださいね?」


 そう言って、女神のような微笑を浮かべた。



 結局僕はアメリアさんに送られて、来た道を逆にたどり、町の東にある教会跡に戻って来た。


 アメリアさんは、ずっと何かを言いたそうにしていたが、僕との別れ際に


「ジン団長様、うちの団長はああ言いましたが、あちきとしては、仲間は多ければ多いほどいいと思います。ですから勝手なお願いですが、あちきと連絡を取っていただけませんか? あちきはきっとジン団長様のお力を借りねばならない事態が来ると思いますので」


 僕の目を見て思い切ったように言う。


 僕も、ノヴァさんの顔に浮かんだ不安そうな顔が頭から離れなかったので、大きくうなずいて言った。


「分かりました。僕もこのまま手を引くのは納得がいかなかったのです」


 するとアメリアさんは、嬉しそうに僕の手をしっかりと握って言う。温かくて、やわらかくて、いい匂いがした。


「恩に着ます。では、うちのジンジャーに連絡係を頼みます。あの子は入団して間もないので使いっぱしりが多いから、誰も不審には思わないでしょうから」


 僕は顔が赤くなるのを感じながらも、


「分かりました」


 そうやっと答える。アメリアさんは僕の手を離すとニコニコしながら


「よかった、今までド・ヴァン様だけが唯一の味方でしたが、あなたのようなお方とも仲間になれれば、きっと団長も昔のしがらみから解放されるでしょう」


 そう言って、森の奥に消えた。


   ★ ★ ★ ★ ★


 そのころ、シェリーやラムたちは宿で心配そうに話していた。


「うう、ジンのことが心配だよう。一人で得体の知れないオンナたちとどこかに行くなんて、いつものジンらしくないし……」


 シェリーが何十回目かのつぶやきをもらす。


 長剣の手入れをしていたラムは、それを聞いて剣を鞘にしまうと慰めるように言った。


「確かに心配だが、ウォッカさんの話ではド・ヴァン殿が何とかしてくれるということだ。『ドラゴン・シン』は3年前の事件にも関わりがあったらしいし、ここはウォッカ殿の言うことを信じて待つしかないだろう。ワインもそう言っていたし」


「そのワインはどこ行っちゃったのよ? またあいつは一人で勝手に何かしているに違いないわ。ジンのことが心配じゃないのかしら?」


 シェリーが行き場のない不安をぶちまけるようにワインの悪態をつく。それにウォーラは元気よく言った。


「ワインさまは、何か調べ物があるということで図書館に向かわれました。ご主人様のことを一番理解しているワインさまのことです。きっと何かお考えがあるに違いありません」


「そうだよ、シェリーお姉さま。ワインお兄ちゃんはアクマみたいに頭が切れるから、きっと今度の事件のカギになることを調べに行っているんだよ。団長さんだってとっても強いし、心配要らないよ」


 チャチャもそう言ってシェリーを慰める。


「はあ、本当ならとっくにトオクニアール王国のシュッツガルテンに着いているはずなのに、変な出来事ばかり立て続けに起こるから……だからアタシは転移魔法陣で移動したらって言ったのよ」


 シェリーのボヤキに、ラムも笑って言う。


「はは、まあ、ジン様は『難聴系思わせぶり主人公』ってだけでなく、『厄介ごと吸引機能付き』だからな。それもまた『伝説の英雄』になるべきお方の宿命かもしれないが」


 そう言うラムに、シェリーはため息と共に言った。


「はあ……そう言えばジンのお母さんが言ってらしたわ。『ジンは父親のバーボンに似て少し変わったところがあるけれど、よろしく頼むわねシェリーちゃん』って……今思えばあのころからジンのお母さんは、こうなることを覚悟してらしたのかしら」



 マーイータケ町の図書館は、町の西側にある。歴史的な厚みを感じさせる建築物が多い西地区の中でも、役場と並んでとりわけ重厚な建物だった。


 ワインが壮麗な彫刻が施してあるドアを開けると、そこには白髪で鼻の下に白いひげを蓄えた初老の人物が待っていて、丁寧にワインに呼び掛けてきた。


「坊ちゃま、お待ちしておりました」


「ああ、バトラー。急に君を呼び出して面倒なことを頼んで済まないね?」


 ワインが葡萄者色の髪を形のいい手でかき上げながら言うと、バトラーはニコリと微笑んで答えた。


「とんでもございません。旦那様からも坊ちゃまのことをしっかりと手助けするようにとご指示を賜っておりますので。早速ですが、この図書館は明日まで貸し切りで、夜間の使用許可も得ております」


 ワインが何か言いたそうに口を開けるが、バトラーは心笑顔で付け加えた。


「もちろん、機密文書も含めてすべての文書の閲覧と必要な部分の書き写しについても許可を頂いております。さらに司書に依頼して、坊ちゃまが指定された本はすでに準備し、関連文書まで取り揃えてございます」


 するとワインは満足そうに笑って言った。


「完璧だよバトラー。この短時間でそこまでしてくれるとは、本当にキミは素晴らしい」


「恐れ入ります。では、私はドアの外で誰も邪魔が入らないように見張りをしておきますので、ごゆっくりお調べ物をなさってください」


 バトラーはお辞儀をしてそう言うと、音もなく部屋を退出した。


「さて、ジンにああ言った手前、この国の闇を暴き出すかもしれないことをするのは気が引けるが……」


 ワインはうずたかく積まれた本や資料を見てそうつぶやくと、さっそくそれらの文書と取っ組み合いを始めた。


 ワインの信条は、『歴史書には必ず真実と嘘が書かれている』というものである。そして、『同じ出来事を複数の視点から見ると、真実の影が見える』とも思っていた。


(今の事件にマイティ・フッドが関わっているのなら、その原因は3年前の一揆にある。そして一揆の謎が解ければ、今回の事件の青写真くらいは解るだろう)


 そう思った彼は、地域の歴史が最もよく残っているところ……つまり図書館で、関係する文書や資料、読み物や記事のまとめなどを調査することにしたのである。



 ワインは基本的に粘着質ではないが、大事な部分では驚異的な集中力と推理力、そして粘り強さを発揮することがある。


 今回も、彼はどっさりと積まれた書籍の類を半日以上かけてじっくりと読み、そして時間が経つのも忘れて手に入れたピースを組み合わせることに熱中していた。


 ワインの知りたいことは、マーイータケ一揆の発端や経過から次のようなことだった。


 まず、一揆の発端は、国の財政事情を好転させるために特産品であるキノコ類に新たに税金を課したことだったが、ではなぜ、何が財政状況の悪化を招いたのか。


(ふむ、リンゴーク公国の財政事情は7・8年前から悪化していたみたいだな。数年は単年度赤字5百万ゴールド程度で推移しているが、4年前一気に7千8百万ゴールドの赤字が出ている。何があったんだ?)


 そう思って調べてみると、キノコノコ洞窟に大きな落盤事故があり、岩塩坑としては放棄されたのがちょうどそのころだったことが判った。


(それに、エーリンギーでも長らく続いていた銀鉱山が廃鉱になっているな。なるほど、主要産業の一つである鉱業に打撃があったから、急に国庫が厳しくなったのか……)


 この疑問については、おおよその答えが得られたと感じたワインは、次の疑問、『なぜマイタケの税率だけが不自然に高かったのか』について考えていた。


 国庫の危機を回避するために、期限を設けて特産品にも税をかける……いい手とは言えないにしても為政者としては普通に考えつく手ではある。


(けれど、マツタケやトリュフの15%に次ぐ、12%もの税をマイタケだけにかけたのは何故だろう? シイタケやナメコ、シメジなどと同率の3パーセントではなぜいけなかったのか?)


 そこにずっと引っ掛かっていたワインだった。


(待てよ、製品としてのマイタケではなく、生産者としてのマイタケを見てみたら、何か分かるかもしれない)


 そう気づいたワインが調べてみると、リンゴーク公国でキノコ栽培に関わっている農家のうち、マイタケは70%もの栽培農家が栽培していることが判った。これは2位のナメコの35%を大きく突き放し、3位のシメジ30%、4位のエリンギ25%とは比較にならない数字だ。


(マーイータケの生産農家のほとんどはマイタケしか育てていない。そんなところでマイタケを狙い撃ちにすれば、それこそ一揆みたいなことが起こるのは目に見えているはずだ。それに気づかないリンゴーク公とその側近でもなかろう。これだけじゃマイタケを標的にする理由としては弱いな)


 そう考えたワインだったが、ふといつかジンと話したことを思い出した。


 ……


『なあ、ワイン。そもそもキノコを作る農家はこの通達に反発しなかったのか? 今までにない税金がかかるんだったら、農家が挙げて反対してもおかしくないはずだけれど』


 ジンが訊くと、ワインは薄く笑って答えた。


『ふふ、その視点は悪くない。もちろん、農家たちの反発はひどかったようだ。でないと一揆に10万もの人数は集まらないはずだからね』


『じゃ、一揆に参加した人は、この町の人たちだけじゃないんだね』


『無論そうさ。マーイータケの人口は当時8万だ。そして8万人が全部キノコ農家ってわけでもない。さらに言うと、キノコ農家すべてが一揆に参加したわけでもないだろう。ボクが見るところ、10万の内訳はこの町のキノコ農家2万、他のキノコ農家2・3万、残りはすべてサクラだろう』


『サクラ?』


 ジンの怪訝な顔を見ながら、ワインはさらりと言った。


『ああ、この事件を単なるデモに終わらせないようにするため誰かに雇われた連中だよ』


 ……


(そうか! 一揆を起こしてほしい者がいたとしたら? そして一揆の件をリンゴーク公は全く知らなかったとしたら?)


 そう気づいたワインは、ある資料を再び丹念に調べ始めた。そしてしばらくすると疲れたような顔を上げ、ニヤリと笑うと独り言を言う。


「ふふ、これはボクたちだけで手に負える事件じゃない。ド・ヴァンに任せた方がいいけれど、『組織』が関わっているとしたらジンも黙っちゃいないだろうな」


 ワインは、側にあった銀の鈴を鳴らす。


 チリリン……


 涼し気な響きが消えないうちに、


 トントントン


 ドアが静かにノックされる。


「入ってくれバトラー、至急頼みたいことがあるんだ」


 ワインの声を聞いて、バトラーは静かにドアを開け、音もなくワインの側に寄って来た。


「どんなご用事でしょうか? 坊ちゃま」


 バトラーが顔を緩めて訊くと、ワインは薄く笑って言った。


「ああ、すまないがレボルツィア・アナーキーという女性について調べてほしいんだ。特に彼女が一揆以前にも有名だったのか、一揆当時どこにいたのかをね。彼女の現状が分かるならそれに越したことはないが、公式には死んだことになっているからそこはあまり期待していない。よろしく頼むよ」


 バトラーはワインの驚くべき依頼にも顔色一つ変えず、


「かしこまりました、お急ぎでしょうか?」


 そう訊く。


「ああ、超特急で頼むよ。いつまでかかる?」


 ワインの問いに、バトラーは片方の眉を上げて答えた。


「超特急……かしこまりました。明日にはご報告申し上げます」


   ★ ★ ★ ★ ★


 ジンをアメリアと共に送り出したノヴァは、待ちに待った人物の訪問を受けていた。オー・ド・ヴィー・ド・ヴァンである。


「お待ちしていました、オー・ド・ヴィー・ド・ヴァン殿。少し手違いはありましたが、おいでいただいて感謝します」


 ノヴァは、ゆっくりとソファに腰かけて紅茶を嗜むド・ヴァンにそうお礼を言う。


 ド・ヴァンは、


「ああ、キミの淹れる紅茶は、うちのマディラが淹れる紅茶に引けを取らない。どちらも繊細で、馥郁とした香りを楽しませてくれる。キミが同業者なのがとても残念だよ」


 そう、香りを楽しむように言うと、紅茶を一口含み、カップを置いて訊く。


「ボクの友だちがお邪魔したそうだね? 彼はどうだった?」


「どうだった、と言いますと?」


 ノヴァが面食らって訊き返すと、ド・ヴァンはくすくす笑いながら言う。


「ふふ、君ともあろう戦士が、団長くんを見て何も感じなかったはずはない。彼はボクが知る中でも超一流の魔戦士だからね。見た目からはそうは思えなかったろうが」


 するとノヴァは首を振って言う。


「いえ、確かにかなり鋭かったですし、純粋でした。それに何と言っていいか分かりませんが、独特の波動がありました。味方にすれば心強いかとも思いましたが、この事件に下手に首を突っ込んでほしくありませんでしたから、この町から早く出て行くように忠告してお帰りいただきました」


 するとド・ヴァンは、大きくうなずいて言う。


「うん、それで正解だったと思うよ? 彼は確かに強いし、側にいるワインは頭が切れる。けれど彼らは目立ちすぎるんだ。せっかくマイティ・フッドの亡霊が町を騒がせているおかげで、君の偽者を操っていた奴らをいぶりだせそうなのに、下手をするとまた逃げられることにもなりかねないからね」


「そうですね」


 ノヴァが翠色の瞳を持つ目を細めてうなずく。そんな彼女に、ド・ヴァンは機嫌よく言った。


「ねえレミー、君だっていい加減自分の名を取り戻したいだろう? 相手は誰にせよ、リンゴーク公の側にいる誰かだというところまでは突き止めているんだ。もう少し我慢してくれれば、黒幕をその野望と共に白日の下にさらして見せるよ」


「私の名前……」


 ノヴァは遠い目をしてそうつぶやくと、ゆっくりと頭を振った。


「そう、君の名前さ。君はいつの間にかレボルツィア・アナーキーという名の女傑にされ、あの一揆と言う茶番の引き回し役にされていた。それで多くの人が傷つき、それを仕組んだ者はのうのうと我が世の春を謳歌している。当て馬にされたマイティ・フッドでなくても、化けて出たくなるってものさ」


 ド・ヴァンはゆっくりと立ち上がりながらノヴァに、


「ボクの美意識に反する事象は、ボクの手で変えたい。君は今までどおりマイティ・フッドのことを調べてくれ。その居場所がつかめたら、一気に事件を解決しよう」


 そう言うと、


「ボクはちょっと団長くんたちの気を逸らさないといけないから失礼するよ。明日にでもまた話し合おうじゃないか。マディラ、ウォッカ、行くぞ」


 二人を連れてノヴァの部屋から出て行った。


「……団長」


 物思いにふけるノヴァにアメリアが声をかけると、ノヴァはハッとしたように顔を上げて、アメリアとアンナに言った。


「この3年、いろいろなことがあったけれど、やっと決着がつきそうですね。やはりあの時ド・ヴァン殿の言うことを聞いていてよかったと思います」



「団長、本当にリンゴーク公国とドンパチかますお積りですか?」


 ノヴァの隠れ家であるマーイータケ北部にある農場から歩き去りながら、マディラが心配そうに訊く。


 ド・ヴァンはウザったく伸びた金髪をかき上げながら、碧眼の流し目をキメて答えた。


「ふふ、何事にも手順ってものがある。相手はこの国でも重きをなす方々だ、ちゃんとした証拠をそろえ、あの事件の経緯を理解したうえでないと、リンゴーク公も信じてはくださらないだろうからね」


「じゃ、団長はその証拠を握ってらっしゃるんですね?」


 ウォッカが訊くと、意外にもド・ヴァンは首を横に振った。


「いや、状況証拠はいくつもあるが、はっきりと相手に突き付けられそうなものはない。だからボクは、マイティ・フッドの亡霊って奴に期待しているんだ。奴が何を考えているにしろ、3年前の事件と全く関係がないってことはないはずだからね」


「団長が嗅ぎまわっていることを、相手は知らないんでしょうか?」


 マディラがつぶやくように言うと、ド・ヴァンは即座に言った。


「それはないと思う。ボク自身がこの件で直接乗り出すのは一揆の鎮圧時以来だ。それまではブルーにこの件について調べてもらっていたからね。彼が『ドラゴン・シン』のメンバーだってことは、団員たちも知らないはずだ」


 けれどすぐ、少し眉を寄せて


「ただ、マイティ・フッドの亡霊が町を騒がし始めたことで、相手が警戒していることは十分に考えられる。脛に傷を持っているなら余計にね? 始末したはずのマイティ・フッドが生きていたってことだけで何か行動を起こしてはいるはずなんだが、今のところその動きが見えない。だからボクも慎重になっているんだ」


 そうつぶやく。


「じゃあ、とりあえずノヴァの調べに期待するしかないですね?」


 ウォッカが言うと、ド・ヴァンはうなずいて、


「そう言うことだ。さて、それでは団長くんたちに会いに行こうか? 彼らには深く関わってほしくない事件だから、どうやって彼の気を逸らせるかを考えながら行こう」


 そう言った彼は、不意に立ち止まると50メートルほど先にたたずむ人影を見て


「ほう、たいした魔力だ」


 そうつぶやき、ゆっくりと歩き出す。


 ド・ヴァンのつぶやきと、その視線の先にある人影が放つ魔力の禍々しさに気付いたウォッカとマディラは、共に長剣や狙撃魔杖に手をかけながらド・ヴァンの斜め前に占位した。


 その人影は、自分がド・ヴァンたちに察知されたことを知ったのだろう、そして恐らく逃げ切れないことも悟ったに違いない。そいつもまたゆっくりとド・ヴァンたちの方に向かって歩み始めた。


「あれは、自律的魔人形エランドールじゃないか?」


 彼我の距離が20メートルほどに近づいた時、ド・ヴァンはそうつぶやいた。相対している相手は黒いメイド服を着ていたし、何よりその容貌がジンたちのもとにいるウォーラに酷似していたからである。


「そのようですね。けれどジン・ライムのもとにいるお嬢さんとは違うみたいです」


 マディラが言う。


「だとすると、『組織ウニタルム』が再起動したんだな。厄介な事になった……」


 ド・ヴァンが首を横に振りながらため息と共に言う。


 その時、相手が呼びかけてきた。ウォーラと同じ声だったが、優しさや温かさといった感情が消えたような不気味さがあった。


「あなたは、ジン・クロウの仲間ですね?」


「甚九郎? ああ、ジン・クロウか。それはひょっとしてジン・ライム君のことかな?」


 ド・ヴァンがすっとぼけたように訊き返すと、相手はニコリともせず、


「あなたはジン・クロウの仲間ですね?」


 再びそう言った。ド・ヴァンたちとジンの交流について知っている様子だった。


「ああ、団長くんは確かにボクたち『ドラゴン・シン』の良き友だ。ボクはギルドマスターのオー・ド・ヴィー・ド・ヴァン。君の名前を聞いてもいいかな?」


 ド・ヴァンがそう答えると、メイド服の女性は青い瞳を光らせ、槍をゆっくりと構え、


「我はガイア・ララ。ジン・クロウの仲間なら、この世界から排除します」


 そう言うとともに、激流のようにド・ヴァンに突きかかって来た。


(Tournament28 亡霊を狩ろう! その3へ続く)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

事件は単なる幽霊騒動と妖魔騒ぎから、何やらきな臭い感じがする方向へ進んでいます。

ノヴァの正体やド・ヴァンとの関係は? ワインは何に気づいたのか? 謎は深まるばかりですね。

次回もお楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ