Tournament27 Ghost hunting:part1(亡霊を狩ろう! その1)
マーイータケの町に入ったジンたち騎士団は、3年前に起こった事件に関わりがあると誤解され逮捕されてしまう。
司直から謎の人物レボルツィアの暗号を見せられたワインは、それがマーイータケを騒がせている幽霊と妖魔騒ぎに関係があると看破して……。
【主な登場人物紹介】
■ドッカーノ村騎士団
♤ジン・ライム 17歳 ドッカーノ村騎士団の団長。ケンカにはめっぽう弱く、女性に好感を持たれやすいが、女心は分からない典型的『難聴系思わせぶり主人公』
♤ワイン・レッド 17歳 ジンの幼馴染みでエルフ族。結構チャラい。槍を使うがそれなりの腕。お金と女性が大好きな『やるときはやる男』
♡シェリー・シュガー 17歳 ジンの幼馴染みでシルフの短剣使い。弓も使って長距離戦も受け持つ。ジン大好きっ子だが報われない『負けフラグヒロイン』
♡ラム・レーズン 18歳 ユニコーン族の娘で『伝説の英雄』を探す旅の途中、ジンのいる村に来た。魔力も強いし長剣の名手。シェリーのライバルである『正統派ヒロイン』
♡ウォーラ・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士によって造られた自律的魔人形。ジンの魔力によって復活した。以降、ジンを主人と認識している。
♡チャチャ・フォーク 13歳 マーターギ村出身の魔獣ハンター。村では髪と目の色のせいで疎外されていた。謎の組織から母を殺され、事件に関わったジンの騎士団に入団する。
■トナーリマーチ騎士団『ドラゴン・シン』
♤オー・ド・ヴィー・ド・ヴァン 20歳 アルクニー公国随一の騎士団『ドラゴン・シン』のギルドマスター。大商人の御曹司で、双剣の腕も確かだが女好き。
♤ウォッカ・イエスタデイ 20歳 ド・ヴァンのギルド副官。オーガの一族出身である。無口で生真面目。戦闘が三度の飯より好き。オーガの戦士長、スピリタスの息子。
♡マディラ・トゥデイ 19歳 ド・ヴァンのギルド事務長。金髪碧眼で美男子のような見た目の女の子。生真面目だが考えることはエグい。狙撃魔杖の2丁遣い。
♡ソルティ・ドッグ 20歳 『ドラゴン・シン』の先鋒隊長である弓使い。黒髪と黒い瞳がエキゾチックな感じを醸し出している。調査・探索が得意。
♤テキーラ・トゥモロウ 年齢不詳 謎の組織から身分を隠して『ドラゴン・シン』に入団した謎の男。いつもマントに身を包み、ペストマスクをつけている。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
アルクニー公国一番の騎士団と言えば、それはボクたち『ドラゴン・シン』となることは誰もが認めるところである。
けれど、ヒーロイ大陸とホッカノ大陸通じて『最強の騎士団』となると、なかなか難しい問題になってくる。
まず、騎士団の『強さ』を比べる指標は一つではないということだ。
昔は騎士団同士での戦いもあったらしいが、今は余程頭のネジが緩んだギルドマスターが率いていない限り、他の騎士団にケンカを売ろうなんて考える者はいない。総力を挙げて潰し合ったら、たとえ勝ったとしても後の戦力低下は避けられないからだ。
そこで、御前試合の結果を騎士団の強さの指標として捉える人が多数派だ。
だが、ボクは正直言って、試合の結果はあまり重視していない。
いい例が、3年ほど前まで存在していた騎士団『ヘルキャット』だ。
この騎士団は、リンゴーク公国の団長“マイティ”フランク・フッドが率いていたが、トオクニアール王国主催の御前試合、『大陸騎士選抜競技大会』騎士団部門では上位入賞の常連で、優勝数も歴代2位を誇っていた。
しかし、3年前、リンゴーク公直々の指名で『マーイータケ一揆』の討伐に向かい壊滅してしまった。実戦を経験している団員がほとんどいなかったことが主な原因だと思われる。
ちなみに、その『一揆』のことはよく覚えている。なにせ我が『ドラゴン・シン』の名が大陸でも知られるようになった契機が、その討伐戦だったからだ。
ボクはこの騎士団を立ち上げるに当たっては、傭兵隊としても活躍できることを目指していた。だからウォッカやマディラ、ソルティなど、幹部級の人士にはそれに相応しい人たちをボク自身がスカウトしたのだ。
ボクは騎士団の『強さ』とは、高難易度のクエストをどれだけクリアしたかで判断することにしている。
「……その意味では、団長くんたちの騎士団は文句なしにAランクだ」
ボクは王都フィーゲルベルクへの途中にあるシュッツガルテンという風情ある町で一息つきながら、ワインとの話を思い出していた。
ワインから聞いた情報は、概ね次のとおりだ。
・ワインは『魔王の降臨』が近いと感じている。その理由としては、各地で生き物が妖魔化するという事件が起きていること。これはワインによれば『魔王の降臨』を待ち望む者たちか、あるいは『魔王の降臨』を引き起こすことによって何かを企んでいる者たちの仕業と判断しているらしい。
・『組織』は間違いなく団長くん……つまりジン・ライムという存在を狙っている、又は非常に興味を持っているということ。その理由としては、やはり彼の父が20年前の英雄、マイティ・クロウだからだろうということだった。
・『賢者会議』には、近ごろきな臭いものを感じているとのことだった。その理由としてワインは、賢者スナイプとまったく連絡が取れなくなったことを挙げている。ボクが噂ではあるが賢者スナイプは四方賢者を罷免され、『賢者会議』から指名手配されていることを話したら、かなり驚いていた。
(ワインはさすがにいいところを見ている。彼は『賢者会議』と『組織』のつながりまで視野に入れている)
ボクはそう考えながら、冷めてきた紅茶を飲み干すとマディラを呼んだ。
「マディラ、ちょっと来てくれないか?」
「何のご用事でしょうか?」
ボクの声を聞いて、金髪碧眼でちょっと目には美貌の少年に見えるエルフの女性……マディラ・トゥデイが部屋に入ってくる。彼女はボクの忠実かつ有能な秘書だ。
「君はこの間ボクとワインとの話を聞いていただろう? 『組織』がどの程度各国の首脳部に食い込んでいるか、その後ソルティからの報告はないかい?」
ボクが訊くと、マディラは手に持った分厚い手帳をめくりもせずに答えた。
「まだその後の進展はないようです」
「……各国ともなかなかガードが固いようだね、それは想定内だ。それじゃマディラ、君に一つ調査を頼みたい」
「かしこまりました。いかなる事項でしょう?」
マディラは決して感情を露わにしない。いつも冷静な顔をしている。それがこの秘書の素晴らしい所だ。
「時間はどれだけかかっても構わないが、危険な調査になるかもしれない。身の危険を感じたらその時点で調査を打ち切ってもいいと先に言っておく」
ボクが言うと、マディラは少し顔を青くしてうなずく。ボクはできる限りさらりと
「君に頼みたいのは、『賢者会議』と『組織』の関係だ。君も聞いていたとおりワインはこの二つの組織にはつながりがあると見ている。ボクも同感だ……」
そう言うと、ボクは立ち上がってマディラに近くに寄れと手招きする。マディラは音もなく近づきボクの側で耳を澄ました。
「……テキーラはおそらく『組織』に関係がある。彼を使って『賢者会議』との関係を調べてみるといい」
ボクがそうささやくと、マディラはうなずいて答えた。
「かしこまりました」
ボクは満足してソファに腰かけると、いつもと変わらない声でマディラに
「そう言うことだ。マディラ、紅茶のお代わりがほしいな。君も一緒に飲むといい」
そう言うと、マディラは珍しく笑顔を見せて
「いくらお酒じゃないとはいえ、紅茶も飲み過ぎると身体に毒ですよ、団長」
そう言いながらも、次の紅茶を準備しに部屋を出て行くのだった。
★ ★ ★ ★ ★
僕たち『騎士団』は、リンゴーク公国でも指折りの大きな町、マーイータケに入った。この町はユグドラシル山の麓近くにあり、少し東に行くと登山道につながるので、シーズンには登山客が多いらしい。
けれど、登山客たちを相手にするコテージが多い東側と、平地にある西側とでは、町の雰囲気が少し違っていた。東側は新しい家が多く、空き地も目立つ。その空き地のほとんどは、明らかに燃え落ちたものと思われる建材やがれきが積まれている所が多かった。だから、昼間は結構活気があるが、夜間は少し物寂しい雰囲気になる。
対して西側は、古くから建っていると思われる屋敷や石造りの重厚な建物が多く、落ち着いた雰囲気を醸し出している。
僕たちは町の西側にある宿屋で馬車を降りる。御者と馬丁は
「私共は近くの馬車ギルド会館にいます。出発されるときは少なくとも1時間前にお知らせください。では、ごゆっくり」
そう言うと、2台の馬車は町の中心部へと走り去った。
「町の雰囲気が西と東でずいぶんと違うだろう?」
ワインが言うと、シェリーが僕の隣に歩いて来て
「うん、東側に比べて西側って落ち着いた雰囲気だよね? それに東側には空き地が目立ったけど、まだ開発途中なのかな?」
そう訊くと、ラムさんも僕の側に歩いて来てシェリーとは反対側に位置を占め、
「だが空き地のほとんどにはがれきが積まれていたぞ。何か大きな災害でも起こったのかもしれないな」
そう言う。
「ラムさんは鋭いね。実はこの町では3年ほど前、大きな事件があった」
例によって大陸の地理や歴史にはめっぽう強いワインが、葡萄酒色の髪を形のいい指でいじくりながら言う。
「3年前? その時私は15歳か。何があったんだ?」
ラムさんが緋色の瞳を持つ眼を細めて訊くと、ワインはちらりと僕を見て答えた。
「この町では市民たちが立ち上がってリンゴーク公に楯突いた事件が起こったんだ。事件の名は『マーイータケ一揆』。ひょっとしたらジンは聞いたことがあるかもしれない」
僕はその言葉をどこかで聞いたことがある気はしていたが、思い出せなかった。
「うーん、思い出せないな。どういう事件だ?」
僕が言うと、ワインは意味ありげに笑って
「宿についたら話してあげよう」
ただそう言った。
宿はコテージ風の一軒家が何棟かつながった形をしていて、1棟の定員は2名。コテージの中にトイレと風呂はついていた。
僕たちは3棟借りて、真ん中の棟にボクとワインが、両隣にはシェリーとチャチャちゃん、ラムさんとウォーラさんが泊まることになった。
ただ、各々が料理をしてもつまらないから、真ん中の僕たちの棟で全員が食事を摂ることにし、そのついでにワインから『一揆』の話を聞くことにしたのだ。
「一口に『一揆』と言っても、『マーイータケ一揆』はその規模が大きかった。一揆に参加した市民はざっと10万人と言われているし、多数の死者や負傷者も出ている。いわば『暴動』とか『革命』に匹敵するレベルの騒動だったんだ」
ワインはそう前置きして話しだした。
……リンゴーク公国の主要産業は栽培農業、特産はキノコ類だ。特にマツタケやシイタケ、シメジ、エノキ、そしてヒラタケやマイタケは大陸では合計で50%以上のシェアを誇っている。
中でもマイタケの産地として全国的にも有名なのが、このマーイータケの町だった。この町で生産されるマイタケは、両大陸で5割のシェアを持っていたんだ。
3年前、財政難で困っていたリンゴーク公は、特産キノコの生産者に税金を課すことにした。本当はそんなことをしたらキノコの値段が上がって、他の国との取引の時に競争力を落としかねないんだが、背に腹は代えられなかったんだろうね。
その時、マツタケと共に最も高い税金がかけられたのがこの町の特産、マイタケだったのさ。町の人間は公が決めた税率に納得せず、税率を下げてもらおうといろいろ努力したようだが、公は聞き入れなかった。それで町の人たちは団結して立ち上がり、武力に訴えても税率の減少をつかみ取ろうとしたんだな。最初に立ち上がったのは……
トントントン……
ワインがそこまで話をしたとき、コテージのドアが静かにノックされた。
「あ、私が出ます」
ウォーラさんがすぐに席を立ってドアに向かう。ドアを開けると、そこには若い司直が立っていた。金髪で碧眼、鼻筋も通っていて結構美人の部類だ。けれどその目には何やら油断ならない光が灯っているように思えた。
「……貴様たちはドッカーノ村騎士団だな?」
のっけから威圧的にそう言うと、僕たちが返事もしないうちに後ろを振り返り、
「こいつらをひっ捕らえろ!」
そう大声で命令すると、4・5人の部下たちがどっと室内へと乱入してきた。ラムさんとウォーラさんがすぐに反応して、僕をかばうように前に立ち、
「……無礼だぞ! まず私たちを捕まえる理由とやらを聞かせてもらおうじゃないか」
「ご主人様に無実の罪を着せる者は、たとえ司直でも容赦はいたしません」
そう二人で凄んだ。
ラムさんは緋色の髪を逆立て、周辺は放電で青白く光っているし、ウォーラさんも身体を黄金色の魔力で包んでいた。こうなった二人には、並の司直や戦士では刃が立たない。
それは司直たちも分かっているのだろう、彼らはラムさんたちから5・6ヤード離れた場所でこちらの隙を窺っている。
「よかろう、貴様たちを確保する理由を話してやる」
僕たちに命令を下した女性はそう言うと、司直の列を割って前に出てきた。
「貴様たちは馬車でこの町に入って来たな?」
金髪の女性がそう訊いたので、僕も前に出て答えた。シェリーとワインが僕のすぐ後ろで僕を守るように立っている。
「僕はこの騎士団の団長、ジン・ライムです。あなたのお名前は?」
僕が訊くと、金髪の美女は虚を突かれたような顔をして答える。
「私はマーイータケ南区の司直長、セイラ・フッドだ。貴様たちは馬車を使ってこの町に入って来たな?」
「はい、そうですが。それが何か?」
「2頭立ての四輪馬車2台、それで間違いないな?」
「ええ、間違いありません。それで、馬車と僕たちの拘束がどう関係するのでしょう?」
不思議に思った僕が訊くと、セイラ司直長は思いもかけないことを言った。
「貴様たちは3年前の『一揆』の首謀者レボルツィア・アナーキーの信奉者だ。貴様たちの馬車からレボルツィアの手紙が見つかった、それが動かぬ証拠だ」
それを聞いて僕はキョトンとした。何しろ『レボルツィア・アナーキー』という名を聞くのは初めてだったからだ。
「詰所で詳しいことを話してもらおう。よし、こいつらを引っ立てろ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。レボルツィアなんて人は知らないし、そんな手紙を受け取ったこともないんだ!」
僕は慌ててそう叫んだが、そうこうしているうちに僕の身体に縄が打たれてしまう。
「団長は知らないと言っているだろう! 濡れ衣だ!」
ラムさんが今にも爆発しそうな顔色でセイラ司直長に抗議する。セイラ司直長はそれを歯牙にもかけず、シェリーやチャチャちゃんに縄を打とうとした司直を
「まて、女性には縄を打つな。この男二人にも騎士としての誇りはあるだろうからな」
と、縄でぐるぐる巻きにされた僕とワインを見て命じる。
「ほう、騎士道精神は知っているようだな。だったら団長やワインの縄も解いてもらえないか? 私たちには後ろ暗いところはない、団長だって逃げ隠れはしないはずだ」
ラムさんが言うと、セイラ司直長はムッとした顔でラムさんに問う。
「何だ貴様は? 同じ女性だと思って甘やかすとつけあがりやがって、貴様にも縄を打ってもいいんだぞ」
「私はユニコーン侯国獅子戦士ラム・レーズン。お前たちの腕で私に縄を打てるものなら打ってみるといい!」
売り言葉に買い言葉、ついにキレたラムさんがそう言い放って背中の長剣を抜く。
「ユニコーン侯国獅子戦士……そなた、『ステルス・ウォーリアー』か⁉」
セイラ司直長が驚いた顔で言うと、ラムさんは緋色の瞳に剣呑な光を湛えて答える。
「私の名は知っているようだな? 真の戦士は真の戦士を知るという。貴様も真の戦士のつもりなら、団長の縄を解け!」
セイラ司直長はしばらくラムさんとにらみ合っていたが、
「ラムさん、もういい。この人も仕事でやっていることだ。ここは我慢して剣を納めてくれないか?」
僕がそう言うと、
「……分かった。二人の縄を解け」
そう、命令したのだった。
★ ★ ★ ★ ★
僕たちはセイラ司直長たちと共に近くの詰所に出かけ、問題の手紙を見せてもらった。
「これだ、これがそなたたちの馬車の中に落ちていた。宛先も差出人の名も書かれていないが、筆跡は確かにレボルツィアのものだ」
セイラ司直長がそう言って差し出してきたのは、何の変哲もない白い封筒だった。表面にも裏面にも何も書かれていない。
「中を見てもいいかな?」
ワインがそう言うと、セイラ司直長は
「何を知らんふりをしている? 内容はとっくの昔にご存知だろうが」
そう悪態をつきながらも許可してくれた。
便箋はかなり高級なものだった。表面はなめらかだし、薄いし、そして花びらが漉き込んであったのだ。
「ふん、この便箋は一締め10ゴールドは下らないな」
ワインが便箋を手に取ってそう言うと、興味なさそうな顔で僕に手渡しながら
「ジン、キミの『魔力視覚』ではどう見える? ボクには何かの暗号のようにしか見えないが」
そんなことを言ってくる。僕は便箋と封筒を受け取ると、まずは通常視覚で検めた。
封筒は何の変哲もない紙製のもので、宛名も差出人も書いていない。
便箋には、流れるような美しい筆致で次のような文章が認められていた。
『3年前の亡霊は、今もマーイータケをさまよっている。非命に倒れた民衆の恨みや憎しみをその身に集めながら』
「……3年前……一揆のことを言っているのだろうな」
僕はそうつぶやき、『魔力視覚』で改めて封筒と便箋を見てみた。
「……これは?」
僕はびっくりして思わず声を上げた。何しろ封筒には表に『我が親愛なるマイケル・ヤマダ殿、フッドは死んでいない。0t@dy3eu.je:.?7jq@s@k<2Zs@fdyw@eue>』と、裏面には『ノヴス・オルド・k4@r?6.s@?セクロールム』と書いてあったからだ。
(マイケル・ヤマダ……何か聞いたことがある名前だけれど? それにしてもその後の記号は何なんだ?)
僕が首をかしげていると、ワインがさりげなく言った。
「マイケル・ヤマダはオー・ド・ヴィー・ド・ヴァンの本名だ。けれど問題はそこじゃない。便箋の方を見てくれ」
それで僕は慌てて便箋を検める。
『2Zs@t@edzuj-4edw@jai2hd(4d94sdwe.?qr:w-de』
普通に読める文字の下に、そんな文字列が見えた。
「……確かにこれは暗号なんだろうな。それにしてもどうやって解読すればいいのか皆目分からないな」
僕が音を上げると、ジリジリした風にセイラ司直長が口を挟んだ。
「おい、『魔力視覚』とか暗号だとか、私に分からない話をするんじゃない! 何を考えている?」
するとワインが葡萄酒色の髪を形のいい手でかき上げて、流し目をキメながら答えた。
「ああ、すまない。ボクたちは魔力が使えるから、通常の人とは違い魔力で書かれた文字列を見ることができるんだ。ここに見えた文字列を書き出してみよう」
そう言うと、手近にあった紙にさらさらと文字列を書き出した。
セイラ司直長は、封筒に書かれた文字を見て一瞬、顔を強張らせたが、
「……マイケル・ヤマダ? どこかで聞いたことがある名だが……」
いや、セイラ司直長もそこを気にするの⁉
僕が危うく突っ込みの言葉を飲み込むと、セイラ司直長は胡散臭そうにワインを見て言う。
「信じがたいな。私が魔力を使えないことに乗じて、変な企みはしていないだろうな?」
ワインはニコリと笑ってセイラ司直長に言う。
「不躾だけれど、そこに書いてあるフッドとは、3年前に一揆鎮圧に失敗した騎士団『ヘルキャット』のギルドマスター、マイティ・フッドのことだね? そして彼はキミの兄かな?」
それを聞いて、セイラ司直長はびっくりした顔でワインを見て言う。
「なぜ、何故そんなことが判るんだ?」
ワインは肩をすくめて言う。
「キミの視線が2行目を見た時、キミは明らかに動揺した。死んだと言われるフッドが死んでいないと書いてあったからだが、それで動揺するってことはキミはフッドの関係者ってことさ。姓もフッドだったしね」
するとセイラ司直長は、ため息を一つついて、
「ふう、鋭いな君は。確かにフランク・フッドは私の兄だ。その兄は君の言うとおり3年前の一揆で殺された、だからレボルツィアは私の不倶戴天の敵だ。その敵が書いたと思われる手紙が君たちの乗っていた馬車から出てきたんだ。私が君たちを疑ってもしょうがないだろう?」
そう言うと、不意に表情を緩めて
「……だが、今までのやり取りでキミたちがシロなのは分かった。そこで相談だが、ここに書いてある暗号みたいなものを解読してほしいのだ」
そう言ってきた。
ワインは自分で書いた紙を僕に見せながら言う。
「そうだね、でも暗号だけではボクだって解きようがない。何か鍵になるものは他に書いてなかったかい、ジン? ボクはノヴス・オルド・セクロールムの文字の間が不自然に空いているのが気になるんだが……」
僕がその紙を見ると、封筒に書いてあった文字の後の不思議な文字列が抜けている。ひょっとしたらワインには見えない魔力の波長で書いてあるのかもしれない。
僕がそう思って封筒を再びよく検めると、確かに宛名や『ノヴス・オルド・セクロールム』の部分と、不思議な文字列とは波長が違っていた。
「ワイン、波長が違うから君には見えなかったかもしれないが、ここにはこんな文字列が書いてある」
僕がその文字を、彼が書いた文字の下に書くと、ワインはひったくるようにしてその紙をじっと眺めた。
そして5分もしないうちに、彼は驚いているセイラ司直長に向かってこう訊いた。
「セイラ司直長さん。これはちょっとややこしい問題になりそうだよ? この町で近ごろ幽霊騒ぎや妖魔による事件は起こっていませんか?」
「あ? ああ、そう言えばここ半月ほど、東地区で幽霊に襲われたとか、妖魔化した獣が人を襲うという事件が多発している。そのことと関係があるのか?」
セイラ司直長が訊き返すと、ワインはうなずいて答えた。
「この手紙は、それらの事件の真相を知っている人物からの手紙だ。それがレボルツィアって人かどうかは分からないけれどね?」
「便箋の暗号はなんて書いてあるんだ?」
セイラ司直長が訊くと、ワインは首を振って静かに訊く。
「キミはショックを受けるかもしれない。それでも知りたいかい?」
「当たり前だ、私はこの町の司直だぞ? それに兄が関係しているのかもしれないのならなおさらだ」
そう真剣な顔で言うセイラ司直長を見て、ワインはうなずいて『謎解き』をし始めた。
「ジンが封筒の文字列を書いてくれたおかげで、便箋の文字列がだいたい分かった」
ワインはまずそう言うと、
「封筒の宛名やスローガンのようなものに混ぜて書かれていた文字列は、明らかに便箋の暗号の鍵だ。ボクはまず『@』は『濁音記号』、『?』は『区切り記号』だと仮定した。すると音節の数が一致したから、そこから文字と記号を対応させた。判っている記号を文字に置き換えると、暗号はこうなる」
そう言いながら、紙に
『ふっと゛か゛いしzなま-ういして゛まaiふhし(うし9うとしている・たすけて-しい』
と書いた。
「『フッド』の2文字目は『Z』、全体の9文字目は『z』だ。仮に大文字と小文字が同じ文字の大小を表していると仮定すると、『z』は『つ』になる」
そう言って文字列を書き換える。さらに、
「『たすけて-しい』は、普通に考えると『助けてほしい』だ。すると『ま-ういし』は『魔法石』と読めないかい?」
そう言うと、文字列を次のように書き換えた。
『フッドが いしつな魔法石で まaiふhし(うし9うとしている・助けてほしい』
それを見て僕はハッと閃いた。
「ワイン、前半は『フッドが異質な魔法石で』だ。妖魔化した動物たちが増えているのなら、そうとしか考えられない」
僕がそう言うと、ワインもうなずいて言った。
「ボクも同感だ。それに中盤はよく分からないが、自然な流れで読むと後半は『しようとしている。助けてほしい』だと思うよ」
「ふむ、『フッドが異質な魔法石でまaiふhし(うしようとしている。助けてほしい』か……」
セイラ司直長は、そうつぶやいて何かを考えていたが、顔を上げると僕たちに言った。
「内容は分からないが、兄が何か悪いことをしようとしているのならば、司直としても妹としても見逃せない。司直隊として捜査するので、君たちはしばらくこの町に留まってほしいのだが」
僕はワインやシェリーたちの顔を見た。トオクニアール王国ではオー・ド・ヴィー・ド・ヴァンさんが僕たちを待っていることは分かっていたが、何やら放ってはおけない気持ちだったからだ。
「ジンのことだから、放ってはおけないんでしょうね? いいわ、この町も結構素敵な雰囲気だし、しばらくここにいてもアタシは構わないわよ?」
シェリーが言うと、ラムさんも
「乗り掛かった舟だ。必要とあらば力を貸すぞ」
そうセイラ司直長さんに言い、ウォーラさんとチャチャちゃんはいつものとおり
「私はご主人様の決定に従います」
「あたしはシェリーお姉さまの言うとおりにします」
そう言って笑ったのだった。
★ ★ ★ ★ ★
マーイータケのまちは、夜になると西側と東側では見せる顔が違う。
重厚な石造りの建物が並ぶ西側は、昼と同様に長い歴史を感じさせながらも、どこかけだるげでゆったりとした時間が流れる空間を作り上げる。
松明の光に照らされた石畳の道は、馬車のわだちがくっきりと浮かび上がり、夜の散歩もこの町の風情を感じられてなかなかに乙なものだといえよう。
しかし、ひとたび東側に足を踏み入れれば、吹く風の色から変わってきて、まばらな街並み、家々の間に散見される崩れ落ちた建物の残骸が、どことなくゴースト・タウンを思わせる凄惨なものに変わるのだ。
「くそう、忘れ物をするなんてついていないぜ」
すっかり日が暮れた東区の一角にある山小屋の鍵を探りながら、若い男がつぶやく。男はびくびくしながら辺りを見回しながらポケットを探っていたが、鍵の束を取り出すとドアの鍵穴に差し込んだ。
その時、男は背後から
『リンゴーク公を許さないぞ……』
しわがれた声が響くのを聞いて、鍵の束を取り落として振り向いた。
「ひっ⁉ だ、誰だっ⁉」
男は、恐怖に引きつった顔で夜の闇を見つめながら叫び、その視界にぼんやりとした光を見つけて腰を抜かした。
『リンゴーク公、許せない……』
光の中には、血まみれの男性がいてこちらを見ていた。
それだけではない、次から次へとむごたらしい姿の人々が現れては、
『私たちの生活をめちゃくちゃにして……』
『傭兵まで雇って弾圧しやがって……』
などと、口々に恨みの言葉を吐き出すのだった。
「あ、あわわわわ……」
男は腰を抜かしながらも、這うようにしてその場から離れ、亡霊たちの放つ光から百メートルほど離れたところでやっと立ち上がると、
「た、助けてくれーっ!」
叫びながら夜の町を駆け出すのだった。
「……ふむ、まさに鬼哭愁々とはこういう感じかな」
ワインが鞘を払った槍を片手に言うと、
「確かに、西側の街並みと比べると荒廃の程度がひどいな。なぜ、復興に力を入れないのだろうか」
ラムさんも緋色の瞳を持つ眼を細めながらそうつぶやく。
「あのセイラとか言う司直長さんの話を聞くと、復興どころの話じゃないと思うなあ。なにせ亡霊がさまよっている町なんでしょ?」
薄気味悪そうにシェリーが言って、辺りをキョロキョロと見回す。
そう、セイラ司直長さんから聞いた話では、このマーイータケではここ半月ほど、東地区に幽霊や魔物が出るとの話でもちきりなのだそうだ。
『私自身が出くわしたことはないが、何でもボロを着た民衆から襲われそうになったとか、赤い目をした野犬から襲われたという報告がたくさん上がっている。部下にパトロールはさせているが、誰もそんなものに出くわしたことはない。それでも市民が困っているなら何とかしないといけないと思っていたところなのだ』
そう話すセイラさんに僕たちは協力を申し出て、夜の東地区をパトロールしているわけだ。
「亡霊がさまよっているかは知らないが、妖魔が出るのならば知らんふりはできないからね」
僕が言った時、夜の闇をつんざくような悲鳴が聞こえてきた。
「助けてくれーっ!」
それを聞いた瞬間、シェリーやチャチャちゃん、そしてラムさんまでもが一瞬、身体を固くした。
「誰かが助けを求めている。行こう!」
僕が駆け出すと、
「あっ、ご主人様。一人では危険ですっ!」
ウォーラさんも続いて駆けだした。
「……現れたのが亡霊だろうが妖魔だろうが、少なくとも生きた人間が一人いる。ジンたち二人だけを行かせるわけにはいかないよ?」
ワインが言うと、ラムさんとシェリーもハッとしてうなずいた。
『……リンゴーク公の圧政は許せない……』
亡霊たちはそうつぶやきながら山小屋の方へと近づいていく。その時、背後の暗闇から一人の女性が姿を現した。
その女性は銀髪を夜の風に揺らし、翠色の瞳をした目を細めて亡霊たちを見つめていたが、不意に鋭い顔をして肩から長弓を外すと、
「亡霊の後には妖魔……フッドめ、何がしたいのだ?」
そうつぶやくと、闇の中にひょうと矢を放った。
ドスッ! ギャンッ!
その矢は狙い過たず、闇から飛び出して女性に躍りかかろうとした何者かを射抜く。正体不明の物体は悲鳴を上げ、地面に転がる。禍々しい魔力が噴出すると、そこには眉間に矢が突っ立った野良犬の死体が残っていた。
「! やっ!」
ヒョンッ、ドズッ!
「たっ!」
ヒュンッ、ドムッ!
女性が続けざまに矢を放ち、闇から湧いて出る赤い瞳を輝かせた魔物を仕留めていく。
誰も見ていない中、女性は魔物たちを矢で射続けていたが、一匹として彼女の側まで肉薄できる魔物はいなかった。
彼女は弓に矢をつがえ、辺りの気配を探るように目を閉じて神経を研ぎ澄ましていたが、怪しい気配が消えたのか、目を開けると闇を透かすようにゆっくりと辺りを見回し、
「ふん、消えたわね。今度こそ誘き出してやりたかったけれど……」
そう静かな声で言うと、弓を肩にかけて闇の中に歩き去った。
僕たちは、闇の中で腰を抜かしている男の人を見つけると駆け寄って訊いた。
「大丈夫ですか?」
男の人はビクンと肩を震わせると、僕たちを見て安堵したようなため息と共に
「はあ、あんたらは人間みたいだな。ひどい目にあった」
そう力が抜けたように言うと、不意に笑いだした。
「極度の緊張が解けると、笑いたくなくても笑ってしまうものさ。落ち着くまで放っておいていいと思うよ。それよりあちらの地面に何か転がっている。ジン、まずはそれを調べよう」
ワインがそう言うので、僕は男の人の世話をシェリーとチャチャちゃんに任せ、ラムさんとウォーラさんを連れて足を進めた。確かにワインが言うとおり、山小屋の前の地面にいくつもの黒い影が盛り上がっている。
近づくにつれてそれは、眉間を矢で射抜かれた野犬の死体だということが判った。
けれどそれはただの野犬ではないことはすぐに分かった。かなりの魔力の残滓が死体にまとわりついていたためだ。
「……ワイン、こいつらが問題の妖魔だろうな」
僕が言うと、ワインもそれに賛意を示す。
「同感だよ。そしてこいつを見てくれ」
ワインはそう言いながら身をかがめ、野犬の首輪についていた魔法石を手に取った。
「例によって例の如く、さ。話に出て来る妖魔って奴も、誰かが故意に妖魔化させているみたいだね。何が狙いかは知らないけれど」
そしてさらに、僕の顔を見て難しい顔で言った。
「問題はもう一つある。誰がこの妖魔を退治したかだ。あの男の様子から、こいつらを片付けたのはあの男じゃない。とすると、この場に妖魔を操る奴の他に少なくとも一人、誰かがいたことになる」
「妖魔を退治しているところを見ると、そいつは妖魔化させた人物の味方ではないみたいだね。ひょっとしたらあの封筒でド・ヴァンさんに助けを求めていた人かもしれない」
僕が言うと、ワインは肩をすくめてうなずき、
「まあ、その線がかなり濃厚かな? とにかくあの男に話を聞いてみよう。ひょっとしたらこいつらをやっつけた人物を見ているかもしれないし」
そう言うのだった。
男の人の話は、正直あまり参考にはならなかった。彼が覚えていたのは亡霊が現れたことと、その亡霊たちがリンゴーク公を恨む言葉を発していたことだけだったし、その後に妖魔化した犬が現れたことや、それを退治した人物のことは何一つ見ていなかったからだ。
「それでも、住民の通報が本当だと分かったし、人為的な妖魔化だということも分かった。あの手紙の件は気にはなるが、とりあえず悪質な悪戯として捜査をすることにしよう」
セイラ司直長さんは男から事情を聞き取った後、僕たちにそう言うと、
「お世話になった。君たちも先を急ぐ旅だろう? 引き留めてしまったことは謝る。そして捜査に協力してもらったことについても深く感謝する。いい旅を」
そうして、僕たちは司直詰所から宿へと戻ることになった。
「ああ、放免されたんですね。よかったよかった」
僕たちが宿に戻ると、なぜかド・ヴァンさんが寄越してくれた馬車の御者たちが来ていて、そう僕たちに声をかけてくれた。
ワインはうなずくと、如才なく御者に訊く。
「キミたちは『ドラゴン・シン』の団員だろう? ボクたちの馬車に見知らぬ手紙が入っていたことには気づいていなかったのかな?」
すると御者の一人は笑って
「さすがは団長が認めた騎士団のお方ですね。わたしはブルー・ハワイ、『ドラゴン・シン』の遊撃隊長です」
そう名乗ると、困ったような顔で打ち明けた。
「実は、件の手紙は私たちが雇っていた馬丁が持っていたものと思われます。その馬丁はこの町に着いてすぐに姿を消してしまいました。今、ド・ヴァン様に状況を報告して指示を待っているところです」
「つかぬことを聞くが、キミはレボルツィア・アナーキーって名に聞き覚えはないかい?」
するとブルーはうなずいて答える。
「ああ、レボルツィア・アナーキーは3年前の『マーイータケ一揆』の首謀者と言われていますね。『ドラゴン・シン』がその一揆を鎮圧したんですよ。確かレボルツィアはうちの団長が討ち取ったはずですが」
「ふむ、噂では聞いていたが、やはりそうだったんだね? では、『ノヴス・オルド・セクロールム』という言葉は?」
ワインが訊くと、ブルーは首を振って
「え? 『ノヴス・オルド・セクロールム』? 直訳すれば『時代の新秩序』となるが……それがどうかしましたか?」
そう答える。ワインは意味ありげに笑うと
「いや、ご存じなければそれでいいんだ。ところでジン、明日になればまた何かが判るかもしれない。それまで夢の中で英気を養うこととしないかい?」
そう僕に言う。僕も少し疲れて来ていたところだったので、
「そうしようか。シェリー、ラムさん、ウォーラさんにチャチャちゃん、明日はまた忙しくなるかもしれない。ゆっくり休んでくれ」
そう言うと、ワインと共に中央のコテージへと入った。
★ ★ ★ ★ ★
マーイータケの東区は、一揆の際に主な戦場となった。
税金に不満を持った人々がデモをした、というレベルではない。何しろ群衆の数は一時10万人を数えたというのだ。傭兵隊や騎士団までが加わっていたため、まさに『戦闘』というに相応しい場面が繰り広げられたという。
マーイータケの町の人たちにとっては生活がかかっていたし、このどさくさに紛れてリンゴーク公国を揺るがしてやろうという輩もいた。そういう連中に加えて、武功を挙げようという騎士団や報酬目当ての傭兵隊が加わったことが、悲劇の最たるものだったろう。
リンゴーク公国公式発表では、市民の死者2百名、負傷者2千名を超え、検挙された人数は5千人に上ったという。公国側の被害としては騎士団、司直隊に数十名の死者と百名を超える負傷者が出たという。
一揆勃発当初、その鎮圧を任されたのが大陸にその名を轟かせていた騎士団、『ヘルキャット』だった。
マイティ・フッドとあだ名された団長、フランク・フッドは、5百人もの団員を揃えてマーイータケの町に向かったが、その際にリンゴーク公マッシュ・ルームは
『町の住民たちの気持ちはよく分かる。まずは人々の不満を利用して騒ぎを大きくしている奴らを討伐してほしい。町の住民たちをなだめるのはその後でもいい。住民に被害を出さないように気を付けてくれ』
そうフランクに言ったという。
そのためフランクも
『まずは話し合いだな』
そのつもりで、マーイータケの中央広場に陣取った群衆に、自ら話し合いを呼び掛けたという。
しかし、幹部隊員だけを連れて陣前に出たフランクに対し、一揆勢の中から銀髪の女性が現れ、
『みんな、こいつらはリンゴーク公から遣わされた討伐隊だ! こいつらの言うことは信用するな!』
と叫んだため、ただでさえ殺気立っていた群衆はたちまち暴徒と化した。
フランクは、手に手に鎌や鋤鍬などの農具や、中には剣や槍を持って押し寄せて来る群衆に、
『待て、誤解だ! 俺たちはまず話し合いのために公から遣わされた騎士団だ!』
と、大声で説得を試みていたが、群衆が身辺10メートルほどまで迫った時、
『仕方ない、降りかかる火の粉だ。みんな、戦闘開始!』
遂に剣を抜いてそう命令せざるを得なかった。
結局、この激突が端緒となり、町のあちこちで一揆勢とそれを鎮圧する司直や騎士団との争いが起こることとなってしまった。
フランクは、最初の混乱を何とか生き延びたが、リンゴーク公の願いをかなえられずに一揆勢の暴発を招いたことをひどく気に病んでいたらしい。その後の彼は精彩を欠き、一揆勢との最大の決戦となった『登山口の戦い』で戦死したと伝わっている。
そして最後まで彼は、この事態を招いた銀髪の女性、一揆の首謀者の一人であるレボルツィア・アナーキーを恨んでいたと言われている……
シェリーたちが部屋に引き取った後、僕とワインは『マーイータケ一揆』のことをさらに詳しく調べてみた。
「そのレボルツィアが仮にあの手紙の差出人だとして、二つ疑問がある」
僕が言うと、ワインはうなずく。
「そうだね。死んだと言われる彼女が、なぜド・ヴァンに、それも助けを乞うような手紙を送ったかということと、一揆勢と話し合いを考えていたのなら、なぜリンゴーク公は配下ではなくマイティ・フッドを使者に指名したか、だろう?」
「さすがはワインだ。レボルツィアは『ドラゴン・シン』に討ち取られたって話だけれど、セイラ司直長は手紙の筆跡は確かに彼女のものだという。
とするとレボルツィアは死んでいないことになるし、そのレボルツィアがどうしてマイティ・フッドが死んでいないことを知っているのか、さらには何故彼女がド・ヴァンさんに協力を依頼する手紙を出したのか、謎だらけだ」
僕が言うとワインも肩をすくめて言った。
「ボクだって分からないさ。想像をたくましくすればいろんな仮定はできるけれどね?」
「何だ? お前の仮定ってのを聞かせてくれないか?」
僕が頼むと、ワインは片方の眉を器用に上げて
「まあ、あくまで仮定の話だが、リンゴーク公が一揆勢と話し合いをするためにマイティ・フッドを送ったのは、一つは一揆があれほどの大事になっているとは知らなかった可能性がある」
そう言う。
「……つまり、ワインはマッシュ・ルーム公の臣下の誰かがそうさせたと言うのか?」
僕が訊くと、ワインはうなずいて逆に訊いてきた。
「なぜ一揆が起きたか覚えているかい?」
「特産品のキノコに追加の税金をかけたからだろう?」
僕の答えに、ワインは笑いながら拍手をする。
「よく覚えていたね。そこで考えなきゃいけないのは、何故特産品の競争力が落ちるにもかかわらず追加の税をかけねばならないほど財政がひっ迫していたかということと、何故マーイータケだけで暴動が起こったのかということだ」
「マイタケの税率が高かったからじゃないのか?」
僕が訊くと、ワインは胸ポケットから手帳を取り出して言った。
「司直詰所にあった当時の調査記録から、通達を書き写してきた。これを見ると一番税率が高いのはマツタケ、トリュフの15%、次はマイタケの12%だ。逆に安い方はシメジ、ナメコの3%、ヒラタケやシイタケもこの分類だ」
僕は表を見て首をかしげた。マツタケやトリュフはいわゆる高級食材として認知されているから、税率が高いのは理解できる。
けれどなぜマイタケだけが他のキノコたちの4倍もの税金がかかっているのか、その理由がよく分からなかった。
「なあ、ワイン。そもそもキノコを作る農家はこの通達に反発しなかったのか? 今までにない税金がかかるんだったら、農家が挙げて反対してもおかしくないはずだけれど」
僕が訊くと、ワインは薄く笑って答えた。
「ふふ、その視点は悪くない。もちろん、農家たちの反発はひどかったようだ。でないと一揆に10万もの人数は集まらないはずだからね」
「じゃ、一揆に参加した人は、この町の人たちだけじゃないんだね」
「無論そうさ。マーイータケの人口は当時8万だ。そして8万人が全部キノコ農家ってわけでもない。
さらに言うと、キノコ農家すべてが一揆に参加したわけでもないだろう。ボクが見るところ、10万の内訳はこの町のキノコ農家2万、他のキノコ農家2・3万、残りはすべてサクラだろう」
「サクラ?」
僕の怪訝な顔を見て、ワインは驚くようなことをさらりと言った。
「ああ、この事件を単なるデモに終わらせないようにするため誰かに雇われた連中だよ」
「誰かって、誰だ?」
僕が訊くと、ワインは笑い顔で答える。
「ジン、最初からこの話は仮定の上だと言っているじゃないか。まあボクの想像が当たっていたとしても、黒幕が誰なのかは分かりようもない。ただ言えるのはリンゴーク公の側近か、侯国に良くないことを仕掛けようとしている連中か、ってことだけさ」
ワインは笑って言うが、こいつの家は大企業で、しかも彼自身も顔が広く、大陸の情報には詳しい。それだけでなく彼はかなり頭もいい。『仮定』とか言いながら、案外真実に近い所を衝いているんじゃないか? だとすると、リンゴーク公国に何が起こっているんだろう?
「すまないねジン、妄想話をしたから夜も遅くなってしまった。もう寝よう」
考え込んでいる僕にワインがそう言った時、ドアが静かに叩かれた。
「こんな時間に誰だ?」
ワインが油断なく身構えて、ドアの外に声をかける。すると外から御者であり『ドラゴン・シン』遊撃隊長でもあるブルー・ハワイさんの声がした。
「夜分すみません。実はまた、馬車に封筒が投げ込まれていたんです。早い方がいいだろうと思って持って参りました」
★ ★ ★ ★ ★
マーターギの西地区は、町の中心となる機能が集まっている。
町の役場をはじめ、ポトフ銀行の支店や司直隊本部、各種の協同組合の事務所などが軒を連ね、宿屋の類も集まっていた。
現にジンたちが泊まっている宿屋も西地区の南の一角にある。
そしてそこからほんの5百メートルほどの所に、1棟のアパルトメントが建っていた。
それは町の中央街にある高級なものと比べると見劣りはするものの、かなりの年代を経た落ち着いた建物で、町の雰囲気には相応しい優雅さを備えていた。
そのアパルトメントの最上階で、窓から外を見つめる女性がいた。
その女性は年齢は20代の半ばだろう、銀髪を夜の風に揺らし、翠色の瞳をした目を細めてつぶやく。その声にはかすかに焦燥の念がこもっていた。
「オー・ド・ヴィー・ド・ヴァン、私の依頼は届いているはずなのに、なぜ返事をくれないのかしら」
そこに、金髪碧眼の女性と茶髪茶眼のツインテ―ルにした女性が連れ立って部屋に入ってくる。
「ノヴァ様、お言いつけどおり手紙をド・ヴァン殿の馬車に置いて参りました」
金髪で髪を三つ編みにした女性が言うと、ノヴァは振り返って
「あの律儀なド・ヴァン殿が、私の手紙になんの返事も寄越さないのはおかしいです。アンナ、前回の手紙はちゃんとド・ヴァン殿に届いているのでしょうね?」
そう訊く。茶髪のツインテ―ル女性は慌てた様子で答えた。
「は、はい。あたいは今日のアメリアと同様、ちゃんと馬車に置いてきました。ただ、手元に届いているかは確認できませんでしたが」
「ノヴァ様、宛名も差出人も書いていない手紙です。ド・ヴァン殿やその幹部たちが見つけたのならともかくとして、普通の人間が見つけてもただの悪戯としか思わないのではないでしょうか?」
金髪の女性、アメリアもアンナをかばうように言う。
ノヴァは、翠の瞳を持つ眼を伏せて少し考えていたが、
「……確かに……しかし、ド・ヴァン殿の部下たちは魔力が使えるはず。単なる白い封筒として見過ごすことはしないはずですが……」
そう困ったような顔で言う。
アメリアたちも顔を見合わせていたが、
「まあ、亡霊騒ぎのせいで司直たちが動き回っていますから、ノヴァ様が表立って動くことは危険です。必要なことはあちきらにお任せください」
アメリアが言うと、ノヴァは首を振って
「マイティ・フッドの動きがきな臭くなってきました。今度の手紙にも返事が来ないようであれば、私が自分でド・ヴァン殿の所に出向きましょう。アメリア、アンナ、ド・ヴァン殿の宿舎を急いで特定して」
そう命令した。
「今度はどんな暗号だい?」
ブルーから封筒を受け取った僕に、ワインが興味ありげに訊く。僕はいくつかの属性で封筒や便箋を丹念に調べ、そこに書いてあった文字を紙に書き写した。
「封筒の表には、『親愛なるド・ヴァン殿に』、裏には『ノヴァ』とだけ書いてあるな」
僕が言うと、ワインは目を輝かせて
「ふむ、『ノヴァ』か。1通目の手紙に書いてあった『ノヴス・オルド・セクロールム』に通じるな。少なくともこれが差出人のコードネームだろうな」
そう言うと、僕の言葉を待っている。
「便箋には、こう書いてある。一つ目と二つ目の文字列は同じ魔力で書いてあった」
『フッドは明らかにリンゴーク公国に騙されたらしいとの町の噂です。2Zs@f3gotilyb@¥hb4bhtoq@jx;qodeskjak40xw@r>』
『jakvt@dahi3.g)4te3sw@jZwejr>』
それを見て、ワインは目を細めて言う。
「ふむ、一つ目の文章が二つ目の暗号の鍵だね。1通目の手紙で判っている個所を平文に直してみよう」
そう言うと、ワインは二つ目の文字列の下に
『まakvt゛しahiあるg)うかいあとて゛まっていまr。』
と書き、首を振った。
「これじゃまるで意味が取れない。今回の鍵を当てはめてみよう」
そう言うと、その下に
『まちのvか゛しちくにあるg)うかいあとて゛まっています。』
と書いて、フンと鼻を鳴らした。
「ふん、用心深い人だ。肝心な部分は想像で補えってか? それともド・ヴァンならこれを見たら待ち合わせの場所が想像つくのか?」
「確かに『町の東地区にあるg)うかい跡で待っています。』とはなるが、判らない二文字は僕には『教会』って気がするな」
僕が言うと、ワインはハッとしたように言う。
「そうだよ、ジン、キミの言うとおり教会だ。3年前の一揆で最も激しかった『登山口の戦い』で一揆勢が拠点にしていたのは教会なんだよ。そこを指定するからには、差出人の『ノヴァ』という人物は『レボルツィア・アナーキー』という人物と同一か、少なくとも関りがある人物だ」
僕はうなずくと、ワインに気が付いたことを話す。
「ワイン、今気が付いたんだが、1通目のメッセージを覚えているか?」
するとワインも、僕が言いたかったことを察知したらしい。すぐに便箋に
『フッドがいしつな魔法石でまaiふhし(うし9うとしている・助けてほしい』
そう書き加え、判らない文字を変換して言った。
『フッドがいしつな魔法石でまちにふくし(うしようとしている・助けてほしい』
「ふん、素直に読めば『フッドが異質な魔法石で町に復讐しようとしている・助けてほしい』ってことか……
ジン、2通目の鍵を含んだ文章といい、これはボクたちが思っている以上に根深いものかもしれないよ?
ボクはこの件についてはバックもあり、こんなことに慣れているド・ヴァンに報告して、彼に対処してもらうことをお勧めするが」
僕もワインの言うことは分かった。この話は3年前の一揆に繋がり、その裏には想像もつかないドロドロしたものがあるのかもしれない。まだ世間ってヤツをよく知らない若造である僕たちには手に余るものだろうとは容易に想像がついた。
けれど、この町で起きている亡霊騒動や妖魔たちのことを考えると、それに『異質な魔法石』が関わっていることも含めて、僕には見過ごせない問題に思えたのだ。
僕は長いこと考えて、ワインに言った。
「このことはブルー・ハワイさんからド・ヴァンさんに伝えてもらおう。けれどこの町の事件に一度関わった僕たちだ、見過ごすこともできない気がする。この『ノヴァ』って人に会って話を聞いてみたい」
ワインは、難しい表情で僕の意見を聞いていたが、やがてふっと頬を緩め、
「分かった、ジンが納得するように動いてみようじゃないか」
そう言ってくれた。
「ただし、会って話をするだけだよ? この件に関して手を出せるかどうかは、その後に判断することでいいかい?」
「ああ、僕もそのつもりだよ」
僕が答えると、ワインはすぐに愛用の葡萄酒色のマントと手槍を取って、
「じゃ、行こうか。まずはこの話をブルー・ハワイさんに伝えて、二人で教会跡に深夜の散歩としゃれこもうじゃないか。ボクたちの行き先はここに書いておこう。シェリーちゃんたちを危ない目にあわせたくはないだろう?」
そう言うと、葡萄酒色の瞳を持つ眼に微笑を浮かべた。
(Tournament27 亡霊を狩ろう! その2へ続く)
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今度の事件は、いろいろな過去が絡んできますので、4・5回に分けてお送りすることにしています。ド・ヴァンや『組織』との絡みがありますので、何話分使うかは未定です。
ただ、今後のジンたちの運命に大きく関わりますので、かなりの話数になりそうです。
次回もお楽しみに。




