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キャバリア・スラップスティック  作者: シベリウスP
リンゴーク公国編
24/153

Tournament24 Insect User hunting:part3(蟲使いを狩ろう!後編)

『払暁の神剣』の力で何とか危機を脱したジンとシェリーたち『騎士団』は、いよいよ妖魔化したグンタイアリを操る魔導士、キュラソーとの戦いに臨む。

その頃マジツエー帝国に逃れた賢者スナイプは、謎の男ヴィクトールから20年前の話を聞かされていた。

【主な登場人物紹介】

■ドッカーノ村騎士団

♤ジン・ライム 17歳 ドッカーノ村騎士団の団長。ケンカにはめっぽう弱く、女性に好感を持たれやすいが、女心は分からない典型的『難聴系思わせぶり主人公』

♤ワイン・レッド 17歳 ジンの幼馴染みでエルフ族。結構チャラい。槍を使うがそれなりの腕。お金と女性が大好きな『やるときはやる男』

♡シェリー・シュガー 17歳 ジンの幼馴染みでシルフの短剣使い。弓も使って長距離戦も受け持つ。ジン大好きっ子だが報われない『負けフラグヒロイン』

♡ラム・レーズン 18歳 ユニコーン族の娘で『伝説の英雄』を探す旅の途中、ジンのいる村に来た。魔力も強いし長剣の名手。シェリーのライバルである『正統派ヒロイン』

♡ウォーラ・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士によって造られた自律的魔人形エランドール。ジンの魔力マナによって復活した。以降、ジンを主人と認識している。

♡チャチャ・フォーク 13歳 マーターギ村出身の魔獣ハンター。村では髪と目の色のせいで疎外されていた。謎の組織から母を殺され、事件に関わったジンの騎士団に入団する。


     ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


 ホッカノ大陸は、ヒーロイ大陸の遥か東にある。


 昔、『日が昇る方向に、太陽が憩う場所がある』という言い伝えを信じた若き冒険者、ドン・ペリー提督とその仲間たちによって発見された新大陸であり、発見から5百年ほどしか経っていなかった。


 現在、この大陸の南西部にはマジツエー帝国という国があり、国の北と東は人跡未踏の地、いわゆる『暗黒領域』と言われる地域となっている。


 帝国の東にはティンドル山脈とオルター山脈が北から南に連なり、現在のところここが帝国の領域限界だった。

 そのオルター山脈の南端、ブラウフラウエン山の麓をゆっくり歩く男がいた。


 男は銀の髪を肩口まで伸ばし、灰色のマントを身に纏っている。


「20年前に来たときは、マジツエー帝国の東の境界はドリルフィン山脈の東端だったはずだが、あれから4百キロ近くも『暗黒領域』を探索したのか……」


 男はつぶやくように言うと、翠の瞳でブラウフラウエン山の頂を見つめる。


「……しかし、マジツエー帝国がどれほどの力を持っていようと、魔王が封印されている『風の障壁』の場所まではたどり着けないだろうな」


 男はそう独り言ちると、再び歩き始める。一見、目的もなくさまよっているように見える男だが、その瞳は遥か彼方の空を見つめていた。


 男の名は、バーボン・クロウ。20年前には『マイティ・クロウ』と呼ばれ、魔王の降臨を阻止するために戦った英雄だった。


 彼はその後、3日ほど歩き続けた。休むこともせず、歩き詰めに歩いていたが、不思議と疲れの色は見られない。


 やがて彼は、高い断崖の縁に出る。遥か彼方に切り立った台地が見え、そこまで続く平原はごつごつとした岩だらけの大地が広がっている。ここは20年前に、彼とその仲間たちが魔王の大軍と激しい戦いを繰り広げた場所だった。


「スリングがいる場所に行くためには、あの台地にたどり着く必要があるみたいだな」


 バーボンはそう言うと、崖を飛び降りようとした。けれど不意に自分の背後で空間が歪む気配を察し、崖から10メートルほど離れた場所に移動する。


「……『賢者会議』の奴らか?」


 バーボンが身体から黄金色の魔力を沸き立たせた時、空間の歪みから金髪碧眼で20代後半の女性が姿を現した。


「……エレーナ、お前とはもう二度と会うことはないと思っていたが……」


 バーボンが言うと、エレーナはニコリと微笑み、右手に持った剣を差し出した。


「はい、これ。下にはまだ魔物たちがうじゃうじゃいるわ。いくら昔日の英雄でも丸腰じゃキツイでしょう?」


「……それでわざわざ剣を届けてくれたのか……うん? この剣は……」


 苦笑して剣を受け取ろうとしたバーボンが驚きの声を上げる。エレーナは真面目な顔でうなずいて言った。


「ええ、もともとあなたの剣、そしてジンくんが佩いていたものよ。あなたのお望みだった『魔族の剣』ってやつかしら?」


 バーボンは留めていた手を伸ばして剣を受け取ると、黙ってそれを腰に佩く。心なしか彼の顔には幸せそうな表情が浮かんでいた。


「世話になった」


 ただ一言そう言って踵を返すバーボンに、エレーナは


「たったそれだけ? ジンくんには何もないの? ジンくんのことは気にならないの?」


 そう、非難するような声で言う。


 バーボンは立ち止まると、後ろ向きのまま答えた。


「ジンの剣がここにあるということは、『払暁の神剣』はジンのことを認めたということだ。それにジンの側にはお前がいてくれるからな」


「私は今、『賢者会議』から指名手配されている身よ。ジンくんの側には仲間たちしかいないわ。バーボン兄さま、一目でいいからジンくんと会ってあげて。彼にあなたが魔王との戦いに出発したことを告げたら、彼、泣いていたわよ」


 腕を組んで言うエレーナに、バーボンは振り向いて言った。


「……そうか……俺はいい父親ではなかったな。7年もジンのことをほっぽっておいて、ナイカトルから出た後も、ただ魔王を倒すことしか考えていなかった。大賢人スリング……エウルアやエレノアとの約束を果たすことしかな……」


 辛そうな顔だった。エレーナはうなずいて先を促す。


「そんな俺だ。最後までどうしようもない父親のままで終わろうと思う。ジンにはただ、俺が剣を受け取って喜んでいたと伝えてくれ。お前の剣から感じる力は、お前の成長を物語っていたとな」


 エレーナは一つため息をついて言った。


「はぁ……カッコつけずに親子の対面をしてあげればいいのに……どうせあなたが魔王と戦うことができるのは、まだ少し先なんだから」


 その言葉に、バーボンは翠の瞳を持つ眼を細めたが、


「ふむ……エウルアが褒めていたお前の先を見る力だ。そのとおりなんだろうな。

 けれどそうだとしても、俺はエウルアやエレノアがいる場所に少しずつでも近づきたい。あのエウルアは俺のせいで20年も魔王を封印し続けているし、エレノアはジンの側を離れざるを得なかった。それを想うと、俺は戦っていないと気が休まらないんだ」


 そう言って、乾いた笑いを見せた。


 エレーナはじっとバーボンを睨みつけていたが、やがて哀しい顔をして言った。


「……それが、クロウ一族の定めかしら?」


 バーボンは笑みを浮かべたままうなずくと、


「どうもそうらしい、俺の親父も帰って来なかったからな。ジンを俺と同じような目にあわせるつもりはなかったが、ジンがその息子に同じ思いを味わわせなくても済むようにしてやりたい」


 そう言って、エレーナに別れを告げた。


「では、俺は行くよ。ジンのことはくれぐれも頼んだぞ」


 そう言って、振り返りもせずにバーボンが崖を飛び降りた後、残されたエレーナは沈痛な顔をしてつぶやいた。


「……バーボン兄さま、あなたが魔王を倒せない限り、私はずっとジンくんの側にいるという約束なんてできないわ」


   ★ ★ ★ ★ ★


 ドアがぶち破られる音で、僕はハッと意識が戻った。『払暁の神剣』の力で胸の傷はふさがっていたとはいえ、少しの間、気を失っていたのだろう。


「ジン様、どこですか?」


「ご主人様、大丈夫ですか?」


 僕を探すラムさんとウォーラさんの声が聞こえる。僕は何気なく返事をしようとして、今の自分の状況に気付いた。


 座っている僕の隣には、シェリーが気を失って倒れているのだ。しかも下着だけというあられもない格好で……。


(こんな場面を見られたら、二人がどんな誤解をするか分からないぞ)


 そう思った僕は、シェリーの肩を優しくゆすって言う。


「シェリー、シェリー、起きて服を着てくれ」


 部屋の外では、二人があちこち探し回っている物音が聞こえ、


「いないな……ウォーラ、君の生体反応探知機には何も反応はないのか?」


「そうでした! ええと、あっ、奥の部屋です。ご主人様とシェリーさんの生体反応があります!」


 そう言い合っている二人の声が聞こえてきた。


「シェリー、早く起きてくれ」


 僕は少し声を大きくしてシェリーを揺すぶる。するとシェリーはゆっくりと目を開き、


「……あ、ジン……アタシ生きてるんだ……」


 そう、ぼうっとした声で言う。その左目には、何か赤いものが眼球の代わりに納まっていた。僕はびっくりしたが、まずはこの状況をどうにかするのが先だ。


 僕はうなずくと、


「詳しいことは後から話す。だからまず服を着てくれ」


 そう言ったのがマズかった。


「へ?……」


 シェリーは眠気も吹っ飛んだような顔で目を丸くすると、自分が下着姿……しかも上は大きく斜めに裂けている……でいることに気付き、慌てて飛び起きると僕に背中を向けて叫んだ。


「な、何してんのよジン! オンナノコが気を失っている時にこんなことするなんてサイテー!」


 僕は慌てて釈明した。


「い、いや、だって、服を脱いだのは君じゃないか。アリに身体を乗っ取られていたんだろう? 自分でそう言ったよ、覚えていないのか?」


 僕たちの声を聞いて、ラムさんたちが部屋の外までやってきてしまった。


「ジン様、ご無事ですか⁉ おや、鍵がかかっているぞ」


「どいてください、こんなドアなんかぶち破って差し上げます!」


 そんな声が聞こえてきたので、僕は慌てて言った。


「わっ、待った! 少し時間を……」

 ドズバンッ!


 僕の叫びも空しく、ウォーラさんの大剣がドアを粉々にした。


 もうもうと立ち込めたほこりが収まった後、僕が見たのは、


「……ご主人様、フケツですっ!」


 顔を赤くして目を覆うウォーラさんと、


「ジン様……この大変な時にシェリーを手籠めにするとは……見損ないました」


 赤い髪を帯電で青く光らせ、頬をひくひくさせて僕を見下ろすラムさんの顔だった。



「あーっはっはっはっ♬ それは大変だったねぇジン。でも誤解が解けてよかったじゃないか」


 ワインが他人事だと思って大笑いして言う。まったく、いい気なもんだ。


「笑い事じゃないよワイン。僕は一瞬、二人からどんな目にあわされるかって寒気がしたんだからな。床の血だまりと僕の服の血痕がなければ、ラムさんやウォーラさんが僕の話を信じてくれたかどうか大いに疑問だよ」


 実際、ラムさんは僕の襟首を引っ掴むところまで行ったのだ。けれど(ここはさすがに故国で『獅子戦士』と言われるだけはあるが)僕の服にある真新しい血痕に気付き、


『ジン様、この血は?』


 そう言うと、ゆっくりと床を見回して、


『……血だまりがある。ジン様、一体何が起こったんですか?』


 そう、冷静になってくれたので助かったのだ。


 僕がシェリーに会ってからのことを話すと、シェリーもそのことを思い出したように赤い顔でうなずき、


『そう言えば、頭の中にジンを殺して自分も死ねって声が聞こえてきたから、どうせ死ぬならジンにアタシの掟を破ってもらおうって考えてたような気がする……ジンになら見られても構わないし』


 そう言った後、慌ててラムさんたちに釈明する。


『こ、これはアリの奴が悪いのよ! アタシだって身体を乗っ取られていなければ、自分から脱ぐようなハシタナイ真似はしないわよ!』


 とにもかくにも、その場はそれで収まったのだった。


「しかし、噂には聞いていたが、『払暁の神剣』は凄いじゃないか。その剣のおかげでキミもシェリーちゃんも助かったというわけだ」


 ワインが僕の腰にある剣を見て言う。僕も『払暁の神剣』の鞘を触って、


「そうだね。そして久しぶりに僕の頭の中に『あの声』が聞こえてきた。今までと違うのは、その声が聞こえたにもかかわらず、僕の意識が飛ばなかったことだ。ワインはこれをどう思う?」


 そう訊くと、ワインは首を振って


「さてね、ボクにも見当がつかない。ただ、『払暁の神剣』がキミのところに廻って来たということは、キミはやはり『繋ぐ者』として魔王を倒さねばならない運命だったってことさ」


 そう言うと、不服そうな僕に片方の眉を上げる仕草をして、


「それより、蟲使いをどうするかだ。キミとシェリーちゃんが戦線復帰してくれたおかげで作戦が立てやすくなった。みんなでそのことについて話し合おうじゃないか」


 そう提案した。



 作戦会議が終わり、僕が焚火の側で不寝番していると、シェリーが側に寄って来た。彼女は失ってしまった左目に眼帯をはめている。『払暁の神剣』の魔力といえども、アリにむしばまれた左目を元通りにすることはできなかったみたいだった。


 けれどボクはそのことには触れず、


「シェリー、まだ起きていたのかい? 君は結構疲れているはずだからしっかり休まないといけないよ」


 僕が焚火に木の枝を放り込みながら言うと、


「あの、ジン。言いそびれていたけれど、アタシを助けてくれてありがとう」


 シェリーは僕の隣に座ってそう言う。その顔が赤いのは、焚き火の照り返りのせいだろうか。


「……あの時僕は、君を失ってしまうことを覚悟した。『払暁の神剣』の力がなければ、僕は君を斬ったことを一生後悔して生きることになっただろうな」


「ジン……」


 シェリーは首を振って言う。


「アタシも死にたくはなかったわ。いつかジンと……そ、その、家族になるのがアタシの夢だから。でも、頭の中で蟲がぞわぞわ動くのを感じて、アタシも『もうダメだ』って覚悟した。それで、ジンにアタシをぜーんぶ見てもらってから死のうって思ったの」


「シェリー……」


 僕の顔を見て、シェリーは赤い顔で残念そうに言う。


「でも、へへっ。あとちょっとでジンにアタシの掟を破ってもらえたのにな。死なないって分かっていたら、思い切ってぜーんぶ脱いじゃえばよかったなぁ~」


 僕はわけもなく慌てて言う。


「じょっ、冗談キツイぞシェリー。それより、目は大丈夫かい?」


 僕が訊くと、シェリーはニコリと笑って答えた。


「もう、ジンったら、アタシは本気なんだけれどな……目は大丈夫だよ。なぜだかアタシが持っていた魔法石マナストーンが左目になっちゃって、見た目はアレだけれど見えることは見えるし、火の魔力も使えるようになったからラッキーって感じかな?」


 そして眼帯をつけた方を僕に向けて、


「それに、なんか歴戦の戦士みたいじゃない?」


 そう、屈託なく笑って言った。


   ★ ★ ★ ★ ★


 僕たちは作戦会議で決まったとおり、ナメーコの町を素通りし、その南東にあるキノコノコという村に入った。


 この村はグンタイアリに襲われていないらしく、キノコを育てる石室があちこちに点在し、一見のどかで平和な雰囲気が漂っていた。


 けれど、すぐ隣のナメーコで起こった事件については知っているようで、僕たちが着いた時も村人総出で村の周りに環濠を掘っている最中だった。


 それを見たチャチャちゃんは、


「グンタイアリはあまり深いところまでは穴を掘らないから、あれだけの深さがあれば一時しのぎにはなると思います。でも、奴らは身体を寄せ合って橋を造るから、どうやっても村には侵入されるでしょう」


 そう言う。


 ワインはうなずくと、何カ所かに造られた櫓を指さして言う。


「そこは考えているみたいだよ。あの櫓には油入りの壺と火種が準備してあるみたいだ。アリたちが堀を渡り始めたら、焼き討ちにする作戦らしいね」


 そして僕たちを振り返って言った。


「ボクたちもあれを見習おう。アリそのものはラムさんとシェリーちゃん、そしてチャチャちゃんの火焔攻撃に頼るほかない。ボクたち二人は火属性の魔法を使えないからね。キミたちのシールド役はボクに任せてくれたまえ」


「あれっ、シールド役はジンじゃないの?」


 シェリーが訊くと、ワインはうなずいて僕を見て言う。


「ああ、ジンには蟲使いの始末を頼みたい。ヤツとは一度会ったが、明らかに瘴気のような特別な魔力の持ち主だった。ひょっとしたら魔族かもしれない。だからあいつの相手はジンしかできないと思う」


「魔族か……今まで魔族を相手にして戦ったことがないけれど……そもそも魔族って今の時代に生き残っているのか?」


 僕は、自分が魔族の末裔だということは知っている。けれどそれを認めたくない自分がいた。

 博識なワインなら、『今の時代、魔族なんていないさ』と、僕の危惧することをきっぱりと否定してくれるかもしれない……そんな少しの期待があった。


 僕の言葉を聞いて、ワインは意外な顔をして少し何かを考えていたが、やがて言いにくそうに口を開いた。


「ジン、ボクはキミが自分の一族のことについてはご母堂から聞いているものだとばかり思っていた。キミの母上たるエレノア様は、この間話したとおり白魔女の正統、ライム一族のお方だが、クロウ一族は魔族を生み出した一族として知られている。言いにくいが、キミ自身が魔族の血を引いていてもおかしくないんだ」


 僕はサッとシェリーやラムさんの顔を見る。ワインから衝撃的な言葉が出たにしては、二人ともイヤに落ち着いていた。


「……その話、いつから知っていたんだ?」


 僕が訊くと、シェリーが明るく答えた。


「えっ? アタシが物心ついたころ、お母さんはアタシが寝るまでいろいろ昔話をしてくれてたけど、その中にクロウ一族の話もあったよ。だからアタシはずっとジンには魔族の血が混じってて、そのおかげで時々『絶対強者』みたいになるんだ、カッコいいなあって思っていたけど?」


 ラムさんもうなずいて、


「マイティ・クロウ様が魔族の血が混じった英雄であることは、彼が行方知れずになった時に世間の噂として広がったものです。私はジン様に魔族の血が混じっているかどうかは知りませんが、そうだとしても私自身が亜人だから別に気にもしませんよ?」


 そう言って笑うし、ワインも


「キミが魔族であることと、ボクがエルフ、いわゆる亜人の一種であることは、本質的な問題じゃないと思うな。ボクはキミがいいやつだから友だちでいるんだ。キミが生粋の人間だったとしても、いやなヤツだったら金輪際友情なんて芽生えないと思うよ?」


 そう言ってくれる。僕は三人の言葉を聞いて、胸の中でモヤモヤしていた不安が消えていくのを感じていた。


「団長さんって魔族なんですか? あたし魔族に憧れているんです。だって魔族って竜族の派生なんでしょう? 空を飛べるってかっこいいし、気持ちいいだろうなぁ~」


 チャチャちゃんまで目をキラキラさせて僕を見ている。う~ん、何だか自分一人で悩んで悲愴な覚悟を決めていたことが滑稽に思えるなぁ。


 けれど、みんながみんな、僕が魔族でも受け入れてくれるってことが分かって、僕は心から安心した。それと共に、


(僕はいい友だちを持ったな)


 そう思いつつ、


「分かった、蟲使いは僕に任せてくれ」


 そう、胸を張って言った僕だった。



 キノコノコの村の西の外れに、とても深い洞窟がある。


 もともとここは、岩塩が採れていた自然の坑道だったらしいが、それが枯渇してからは誰からも顧みられることもなくうち捨てられていた。


 キノコの共同栽培場にしようという話もあったらしいが、何しろ縦横に地下を掘りまくっているので、いつ坑道が落ちるのかも分からず、危険だということで沙汰止みになってしまった。それ以来、絶えて人が近づくこともなく、子どもたちにも


「危ないからあの洞窟には入るな。迷子になってしまうか坑道が崩れて土砂の下敷きになってしまうぞ」


 大人たちはそう言い聞かせているのだ。


 そんな洞窟の中に、一人の少女が無数のグンタイアリに囲まれていた。


 彼女は身長130センチ程度。見た目10歳ほどで、身に纏ったぼろぼろのマントのフードの下から黒い瞳をのぞかせている。


 その瞳はグンタイアリの大群を恐れる色も見せず、自分の前に立つ男のことをまっすぐ見つめていた。


「ふん、それでエルフとユニコーン族、そして人間のガキは取り逃がしたというのだね? 何たる失態だ、キュラソー、いつものお前には似合わないな」


 男は身長170センチ程度。水色の髪にアクアマリンのような瞳を持つ見た目17・8歳の美青年であるが、その秀麗な顔を皮肉そうに歪めて続ける。


「オレはお前が一級のアサシンだと思ってわが『組織ウニタルム』で面倒を見ることにした。それがたかだか5・6人の騎士団に手を焼くとはね……まったく使えない女だよお前は」


 キュラソーは、青年の棘を含んだ言葉にも表情一つ動かさなかった。ただ、いつもの声色で


「……確かに、わしが油断していた。戦士なら逃げるはずがない、とな。安心してくれアクア様、次は失敗なぞせぬ」


「ふん、そう願いたいものだね」


 アクアはそう嘲るように言うと、水の膜に覆われて消えていった。


「ふむ、後はあのシルフがジンとか言う魔族を始末できたかどうかじゃな。どれ、あの廃屋に行ってみるか」


 キュラソーはそうつぶやくと、アリの群れと共に地面に吸い込まれるように消えた。



「ふむ、結構な血痕じゃが……」


 ジンがシェリーから刺された廃屋に現れたキュラソーは、黒く固まった床の血痕を目ざとく見つけてつぶやく。


「ドアは壊されてまだ二日と経っておらんようじゃな。アリたちが戻らぬのはジンとシルフが相討ちとなったのか、それともジンがシルフを始末したのか……」


 キュラソーは少し考えたが、


「うむ、ジンは生きておると考えた方が怪我がないのう。シルフは役に立たんかったか。まあ、奴らの戦力を一人削っただけでも良しとしよう」


 そうつぶやくと、殺意に満ちた笑いを浮かべた。



 僕たちは、蟲使いが根拠としているかもしれない洞窟の近くまでやって来た。


「思っていたより坑口は狭いな」


 洞窟を望見してワインが言うと、


「あの洞窟は、私の調べでは数年前まで岩塩の採掘場所として使われていたそうだが、そのほとんどを掘りつくしたことと、採掘中に大きな落盤事故が起こったことで完全に放棄され、その後の再利用計画も断念されている。中は縦横に坑道が走っていて、その全体像を把握している人も少ないそうだ。そんなところで戦うのはいただけないな」


 ラムさんがそう言う。


「そうね。アタシが生存者がいないか確認するためキノコ栽培の洞窟に足を踏み入れたとき、上からいっぱいアリが降ってきたの。きっとその時、身体を乗っ取られちゃったんだと思うわ。アタシも、頭の上に土がある状況はマズいと思う」


 シェリーはその時のことを思い出したのだろう、身震いしながら言う。確かに、何百匹というアリが頭上から不意に降ってきたら、そのすべてを払いのけるのは困難だろう。


「ふむ、岩塩坑だったらしいから、もっと整備されて広いものだとばかり思い込んでいたよ。これではシェリーちゃんやチャチャちゃんの遠距離攻撃という特性が生かせなくなるね。少し計画を変更する必要がありそうだ」


 さすがにワインも、当初の、火属性魔法が使える三人を先鋒として突入する計画の無理を悟ったらしい。


「坑道を潰してしまうか、水で埋めてしまうのはどうかな?」


 僕が言うと、ワインはうなずいて


「その方法がいいだろうね。少し時間はかかるが」


 そう言うと、目を閉じて呪文を唱えだす。


 しかしすぐに目を開けて、首を振って言った。


「ダメだジン、【悲報】この近くには地下に水脈がない件について、だ。考えてみたらこの村はカルデラの中にある。マグマだまりはあるだろうが水脈が通っていないみたいだ」


 その時、


『ふふ、簡単に潰される場所を根拠地に選ぶと思うか? 今度こそぬしたちの命はいただくぞ』


 そんな、真冬の快晴の日の空気のような、透き通ってはいるが冷たい声が響き、僕たちの周りに数百万匹ほどのアカグンタイアリの群れが現れた。


 アリの群れは僕たちを遠巻きにしてもぞもぞと動き回っている。こうして見るとまるで血のじゅうたんのようだった。


大地の護り(ラントケッセル)!」


 僕は全員にシールドを付与する。まずはあいつらを一匹たりとも取りつかせないことが先決だからだ。


 そして僕は、声が聞こえた方向に叫んだ。


「卑怯だぞ! 姿くらい見せたらどうなんだ!」


 すると、声の主は僕を認識したのだろう、少し意外そうに言う。


『そなたが、アクア様が言われていた『繋ぐ者』か? 魔族だとは聞いていたが、まさかそれほどの魔力を秘めているとはな……』


 そして、相手の姿を探してキョロキョロしている僕をあざ笑うかのような、


『じゃが、しょせんはまだ子どもじゃ。アリに食われて死ぬがよい』


 その声と同時に、アリたちは一斉に僕たちに向かって突進し始めた。


 ワインはサッと辺りを見回すと、


「シェリーちゃんとチャチャちゃんは、遠距離から援護してくれ!」


 そう言うと、二人をどこかへと強制的に転移させてしまう。そして自分は槍を構えて僕に言った。


「ジン、キミは蟲使いを探して叩いてくれ。それまではボクたちがアリンコたちと遊んでいるから」


 そう言うと、ワインはラムさんやウォーラさんと共にアリの群れへの攻撃を開始する。


「来るなっ! 『灼熱の鳳翼(フレイムフリューゲル)』っ!」


 振り抜いたラムさんの長剣から、炎の翼が意志あるもののように飛び立ち、その進路上にいるアリたちを残らず焼き払う。


「ご主人様に仇なす蟲は、一匹残らずお掃除いたしますっ!」


 ウォーラさんは土の魔力をまとわせた大剣で、アリたちを蹂躙し始める。


「まずいな、やっぱり水魔法じゃこいつらには不利みたいだ」


 ワインが最も苦戦しているようだった。


 その時、


 ヒュンッ! ドカッ!

 パーン! ボウッ


 火矢と魔弾が飛んできて、それぞれ着弾点で大きく燃え上がる。シェリーとチャチャちゃんが援護射撃を始めたに違いなかった。


 けれど、見ているとアリたちはあとからあとから地面から湧きだしてその数を増してくる。ラムさんの火焔攻撃やシェリーたちの援護では焼け石に水といった状態になりつつあった。


 僕は焦った。ラムさんやウォーラさんはともかく、ワインはあのままではいつかアリの餌食になってしまう。いや、シェリーたちの援護があるとはいえ、ラムさんの魔力だって無尽蔵ではない。このままじゃじり貧で、ラムさんやウォーラさんの奮戦も空しいものになりそうだった。


(あいつはあの洞窟の中にいるに違いない。けれど勝手が分からない洞窟の中で戦うのは絶対的に不利だ。何とかアイツをいぶりだせないか……)


 その時、僕は少し前自分が言った言葉を思い出した。


『坑道を潰すか、水で埋めればいいんじゃないか?』


(そうだ、出て来ない奴はその場で生き埋めにしてやればいい)


 僕は『払暁の神剣』を抜くと、ドンと地面に突き刺して言った。


「俺の血を流させた償いは、貴様の血で償ってもらう! ステージ4・セクト2、大地の激怒(ラントクイーク)!」


   ★ ★ ★ ★ ★


 ヒーロイ大陸とホッカノ大陸で活躍する魔導士や魔法使いは、『賢者会議』の指令の下に動いている。


 その『賢者会議』は、大賢人のもと四人の賢者たちによって構成され、魔法を使う者たちの育成や能力の認定、魔法の研究などを通じて大陸の平和と安定の維持をその任務としていた。


 現在の大賢人はマークスマン。アルクニー公国の生まれで、大賢人となってから20年間、ドッカーノ村に『賢者会議』を置き、大陸の平和に心を砕いてきた。


 その大賢人は、不意に訪れた客人と話をしていた。その客人は2メートル近いたくましい体躯を革鎧で包み、黄色いマントを翻している。

 さすがに剣は後ろに回していたが、それでも男が放つ圧力は周囲を圧倒していた。


「大賢人、いつぞや話をしたが、そなたは何故『組織ウニタルム』の奴らを野放しにしているのだ? 奴らは『賢者会議』を邪魔者としていることは明白で、少なからぬ魔導士や魔戦士たちも彼らの仲間となっているのだぞ?」


 大賢人マークスマンは、白い髭を左手でなでながら答える。


「ラントス殿、私はその問いにはその時答えているはずだ。機を見ているとな」


 するとラントスは、イライラした様子で


「いいか、『組織』は私たち土の眷属に対して『協力か消滅かどちらかを選べ』と言ってきた。明らかに脅しであり、我が土の眷属への挑戦だ。この件で『賢者会議』が動かないのであれば、土の眷属としては独自に動かざるを得んぞ?」


 そう言う。マークスマンは目を細めてうなずくと、


「ふむ……しかし土の精霊王たるエレクラ殿が行方不明の今、勝手なことはできまいぞ」


 そう、ラントスに釘を刺すように言う。


 しかしラントスは首を振り、


「いや、先日エレクラ様が戻られ、『土の眷属』は『組織』には協力するなと申された。強いて協力を依頼して来るようなら『賢者会議』を動かせ、『賢者会議』が動かぬようなら独自で行動せよともおっしゃったのだ」


 そう言うと、今まで余裕すら感じさせていた大賢人は慌てたように立ち上がり、


「なに、エレクラ殿が? それでエレクラ殿は今どこに?」


 そう訊く。


 ラントスは目を細めてマークスマンの様子を見つめていたが、


「それだけを指令された後、再びどこかに出かけられた。どこにいるかは知らぬが、我々のことはしっかりと見ていてくださっていることは分かった。それで十分だ」


 そう静かに言うと、鋭い瞳でマークスマンを見て、


「そう言うことだ。そなたたちが動かなければ、土の眷属はエレクラ様のご指示に従い、独自に動く。それは了承していただこう」


 そう宣言するように言い、消えていった。


 マークスマンはしばらく茫然としていたが、やがて身体の力が抜けたように椅子に座り込むと、


「エレクラが動いただと? 四柱の精霊王中最強のエレクラを敵に回すと、非常にまずいことになるぞ……」


 そうつぶやき、鋭い瞳で虚空を睨みつけた。


 一方でラントスの方も、


(大賢人のあの慌てよう……確かにあいつはエレクラ様のお考えのとおり、何か大事なことを隠している。これは眷属たちにあいつを見張らせておいた方がいいかもしれんな)


 そう考えながら、エレクラから指定された場所へと急いでいた。



 ホッカノ大陸、マジツエー帝国。


 その北にある町、アルカディア・イム・オルフェの郊外に、粗末な小屋が建っている。


 その小屋の中で金髪碧眼の女性が、一心に本を読みふけっていた。


「ヤッホー、エレーナ。一緒に一杯やらない? って、お勉強中だったかな?」


 そこに、開いていたドアからどう見ても13・4歳の黒髪を長く伸ばした少女が入って来て、エレーナという女性に話しかけた。少女は白い服に革の短パンを穿き、素足に革のブーツという格好で、両手いっぱいにワインの瓶を抱えている。


「あら、ウェンディ。どうしたの? そんなたくさんのお酒」


 エレーナはウェンディにそう問いかける。ウェンディは楽しそうにくすくす笑いながら


「ふふっ、じいさんったらボクに呑まれないように隠していたんだよ、ご丁寧に地下室にさ。ぜーんぶ10年以上は寝かしてある上物だよ?

 こんないいお酒、一人で味見するのはもったいないから、君がヒマしてたら一緒にどうかなって誘いに来たんだけれど……」


 そう言いながらウェンディは本をチラッと見て、


「ふーん、『魔王と勇者の書』だね? ボクの記憶が正しければ、その本は『賢者会議』が発禁処分にしたもので、今やどんな書店も扱っていないはずだけれど、どこで手に入れたのかな?」


 そう訊く。エレーナはクスリと笑って目の前の書棚を指さした。


「ヴィクトールさんから、この部屋の本は好きに読んでいいって許可をもらっているわ。私もこの本は持っていたんだけれど、ちょっとある人に譲ってしまってね? 気になる部分があったから読み返していたのよ」


 するとウェンディはニコニコ笑いながら言う。


「なーるほど、じいさんが持っていたのか。それで気になるところって?」


 エレーナは本に目を落として答える。


「この本は初版みたいね。私が持っていたものと細かいところが違っているし、私が所持していた物には大賢人様の動きについては詳しく書かれていたけれど、特に当時の四方賢者筆頭のマークスマン様の動きについてはほとんど何も書かれていなかった……」


 そう言った後、ウェンディを見て


「それでも、私の本にもマークスマン様が四柱の精霊王を訪ねたことは書いてあったわ。あなたのところにも来たはずよ、ウェンディ」


 そう言うと、ウェンディは黒い瞳を持つ眼を細めて


「ボクのところに何をしに来たかを知りたいんだね? いいよ、別に秘密でも何でもないし話してあげるよ。でもその前に……よっと!」


 そう言うと、ワインのコルクを器用に抜き取って、戸棚の中からグラスを取ってきてワインを注ぐ。


「君もどう?」


 そう誘うウェンディに、エレーナは笑って


「私はまだいいわ。あなたの話を聞いた後、必要ならいただくことにするわ」


 そう断った。ウェンディはニコリと笑って、


「そう? じゃ先にボクはいただくよ?……うん、いい香りだぁ~。こんないい酒を独り占めしようなんて、じいさんったら人が悪いよね?」


 そう、香りを楽しんだ後にワインを一口含み、幸せそうな顔をしてグラスを置く。


「ボクはお酒が好きなんだぁ~。この幸せに浸れる感じが何物にも代えがたくてね? でも、記憶があいまいになるのが悪いクセ……だから君に必要な話をしてからたっぷり飲むことにするよ」


 そう前置きをすると、エレーナの目をじっと見て言った。


「マークスマンがボクのところに来たのは、魔王の降臨の前じゃない。その後……正確にはマイティ・クロウが魔王と対峙した後のことだ。そして彼がボクに聞いたのは、『風の宝珠』の件だ」


「『風の宝玉』? マークスマン様のエレメントは『土』よ。それがなぜ『風の宝玉』の件についてあなたに?」


 エレーナはびっくりして訊く。ウェンディもうなずいて、


「ボクも不思議に思ったよ。『風の宝玉』はボクが『風』のエレメントを持つ魔法使いのために造ったもので、宝珠自身が認めた者のところに現れるもの。それ以外の者は持っていても宝の持ち腐れだよって言ったら、とても渋い顔をして戻って行った……。

 ここだけの話、彼は食わせ者だ。ボクが『組織』に力を貸すことにしたのも、今の『賢者会議』の主宰が彼だから、ってのもあるんだ。言い訳にはなるけれど」


 そう、頭をかきながら言う。


「ウェンディ、あなたそんなでも風の精霊王なんでしょ? マークスマンがその他の精霊王のところに何をしに行ったのか聞いていない?」


 エレーナの問いに、ウェンディはがっくりと額をテーブルにつけて、


「そんなでも、は酷いなァ。ボクだってやるときはやるんだからね?」


 そう抗議するように言うと、顔を上げて


「うーん、でも火の精霊王フェン・レイは厨二病語で話すからよく分からなかったし、水の精霊王アクア・ラングはその時はまだ水の筆頭精霊だったから、マークスマンが精霊王になんて言ったか知らなかったなぁ」


 そう、思い出すような目で答えた。


「土の精霊王エレクラ様は?」


「あのじい……彼は何も言わなかったな。すんごい不機嫌な顔をしていたから、マークスマンがした話が彼の信条である『安泰と平和』にそぐわないものだったことは想像に難くないけれど」


 ウェンディがそう答えた時、


「彼がエレクラのところを訪ねたのは、『風と土の誓約』について詳しく訊くためだったそうだ」


 そう言いながら、長身の男性が入って来た。白い髪を長く伸ばし、それを肩のところでくくっていて、アンバー色の瞳をした青年だった。


 年の頃は27・8歳だろうか。上下とも黒い服を着て、手袋と靴は汚れ一つない純白のものである。


「じいさん! どこ行ってたのさ? 勝手に君の秘蔵酒はいただいているよ?」


 ウェンディが言うと、ヴィクトールは厳しい目で彼女を見つめ、その腰元に積まれたワインの瓶を見てため息をつき言った。


「どうやらお前には酒精探知機がついているようだな。それでも、お嬢さんにヒントを与えてくれたようだから、それで1本分くらいは勘弁してやる」


「やたっ♬ じゃこの1本はエンリョなく~」


 グラスにワインを注ぐウェンディをしり目に、ヴィクトールはエレーナの方を向いて言った。


「詳細を知りたいだろう? 私が聞いた限りでいいなら話をしてやろう」


   ★ ★ ★ ★ ★


(そうだ、出て来ない奴はその場で生き埋めにしてやればいい)


 ジンは『払暁の神剣』を抜くと、ドンと地面に突き刺して言った。


「俺の血を流させた償いは、貴様の血で償ってもらう! ステージ4・セクト2、大地の激怒(ラントクイーク)!」


 すると、ジンの身体が淡い黄色の光を放ち、その光はあっという間に半径5キロの円形に広がった。


 そしてその中にいるすべての者は、ぞわりとする、心臓を撫でるような感覚を味わって一瞬、動きを止める。


 その不気味な感覚に最初に反応したのはワインだった。


「いけない、この円の外に跳ぶぞ! ウォーラさん!」

「はい!」


 ワインは逃走手段を持たないウォーラの側まで跳ぶと、その場で転移魔法陣を発動する。二人は一瞬で魔法陣の中に消えた。


雷楔転移スパークムーヴ!」


 ラムも、空中に魔力の楔を打ち込み、その場へと瞬間移動した。


 三人の姿が地上から消えたまさにその瞬間、


 ズズ……ズドドーン!


 まるで爆発のような音と共に地響きが轟き、地面が激しく揺れ出した。


 ゴゴゴゴゴゴ……


 揺れはますます激しくなり、


 ドーン! ガラガラガラ……


 洞窟の入口が音を立てて崩れ落ち、地面のあちこちが陥没していく。地下の坑道が揺れに耐え切れずに崩れていっているのに違いなかった。陥没した場所には、激しい揺れで周囲の土砂が崩れ落ちて穴を埋めていく。


 そんな激しい揺れの中、ジンは『払暁の神剣』の柄頭を両手で押さえ、緋色の瞳を輝かせて微動だにせず立っていた。


 やがて揺れが収まっても、アリの群れは動こうとしない。先ほどの揺れによって彼らを指揮する人物の信号が一時的に途切れているのかも知れず、あるいは生物が持つ本能によって、危険が全くないと判断するまで動きを止めているのかもしれない。


 ジンは、何かを待つように一点を見つめて立っている。


 すると、しばらくして地面から黒い影がゆらゆらと立ち上がり、そこに黒い瞳と黒い髪をした少女が姿を現した。彼女はボロボロのマントから土を払い落とすと、感心したような顔でジンを見て言った。


「拙はぬしを過小評価しておった。拙も本気を出させてもらうぞ」


 少女がそう言った時、ジンは薄く笑って言う。


「俺もそうするさ。ステージ4・セクト1、大地磔刑ゴルゴダ


 ズドムッ!

「ぐばっ!」


 少女は、突然足元から生えてきた土の杭に串刺しにされて吼える。そこに、ジンの追撃が炸裂した。


「アリたちと共にラクになれ、ステージ3・セクト2、大地の怒り(ラントメテオ)


 すると天から燃え盛る隕石が落ちてきて、磔刑にかけられてもがく少女に直撃した。


 ズ、ドドーン!


 隕石は大爆発を起こし、アリの群れはその爆発と共に一匹残らず消滅する。


 しかし、


「……ほう、俺のラントメテオに耐えるとはな」


 ジンは、串刺しになって地上から2メートルの高さまで持ち上げられた少女が、身体中から血を噴き出しながらもまだ息があるのを見て、ゆっくりと歩み寄った。


 少女は爆風によってマントは引きちぎれ、その下には何も来ていなかったのだろう、ほぼ裸体だった。


 ジンは少女の瞳に憎悪と羞恥の色が浮かぶのを見て、自分のマントを脱ぐと少女の身体にそれをかけ、


「貴様も女性、そのままでは恥ずかしかろう。俺には敗者を辱める趣味はない。あの世に着ていくといい」


 そう言うと、表情を緩めて言った。


「蟲使い、俺はジン・クロウという者だ。貴様の魔力に興味がある。話を聞かせてくれ」


 少女はどんよりとした瞳でジンを見て、薄く笑って答えた。


「魔族の貴公子……なるほど、ぬしはただの魔族ではなかったということか。ならば拙が力及ばなかったのもうなずける。ぬしは拙に勝った。拙は何も言うことはない、早く拙を殺せ」


「死に急ぐことはない。貴様の魔力ならまだ2時間は生きられるだろう。早く楽になりたいなら、俺の質問に答えることだ」


 少女は眉に怒りの色を現したが、すでに怒るということすら大変な力を必要とする行為だったらしく、首を緩く振って言う。


「敗者を辱める趣味はないが、敗者をいたぶる悪趣味は持っているようじゃな。拙の名はキュラソー・クロウ。ぬしと同じ魔族でクロウ一族の傍流じゃ」


 喘ぐように言うキュラソーに、ジンは緋色の瞳を持つ目を細めて訊いた。


「貴様は誰に頼まれて、今回のことを仕組んだ? 狙いは俺だったのか?」


 キュラソーはフンと鼻を鳴らし、自分を嘲るように笑って言った。


「アサシンは依頼者のことは秘密にするべきじゃが、ぬしは他ならぬクロウ一族。同族のよしみで答えよう。拙の雇い主は『組織』のアクア・ラングという水の精霊王じゃ。そして依頼はそなたを消すことじゃった」


「なぜ、アサシンなどになった? 貴様の魔力なら人助けも十分に可能だっただろう?」


 少しの怒りを込めてジンが訊くと、キュラソーはぼんやりとした目で、ジンに駆け寄ってきたワインやラム、ウォーラたちを見つめ、笑って答えた。


「魔族であることは生きづらいことじゃった。ぬしのように仲間に恵まれた者は運がいいやつじゃ。拙は生まれ落ちたその瞬間から、世間の人々の憎悪と好奇、そして嘲笑の中で生きてきた。ぬしには分かるまい」


 それを聞いて、ジンはチャチャのことを思い出した。チャチャもまた、閉鎖的な集落の中で、因習に捕らわれた村人たちからの心無い仕打ちを耐え続けてきた少女だ。


「もう質問はないか? なければ早く拙を殺せ。それが騎士としての情けであろうが」


 苦し気に言うキュラソーに、ジンは静かに問いかけた。


「そなた、『組織』を抜ける気はないか?」


「死ねば『組織』とは関係なくなる。早く殺せ」


 つぶやくように言うキュラソーは、ジンの次の言葉に思わず顔を上げた。


「そうではない、俺たちと共に生きて人生をやり直す覚悟はないかと聞いている」


「拙はもう助からぬ、気休めはいい。それに拙を治すとぬしを又狙うかもしれんぞ?」


 ジンは笑って言った。その言葉にキュラソーは胸をきゅんとさせた。


「構わぬ。襲って来るなら今度こそ返り討ちにするまでだ。ステージ3・セクト3、大地の慈愛(ホルスト・カリタス)


「やぁんっ⁉」


 キュラソーは身体中を突き抜ける優しい感覚に、思わず変な声を上げた。しかしそれも一瞬のことで、彼女はジンのマントに身を包み地上に立っていた。


「……なぜ、拙を助けた? 後ろにいるぬしの仲間たちも不服そうにしておる。拙はぬしの命を狙い、ぬしの恋人の身体を乗っ取り殺そうとしたのじゃぞ?」


 ジンはゆっくりと首を振って答えた。


「そなたが、人の温かさを知らずにあの世に行くのはもったいないと思ったからだ。そなたほどの術者なら、『組織』に頼らずとも真っ当に生きて行けるだろう。それに俺たちは魔王を倒す旅をしている。一緒に来ないか?」


 それを聞いてキュラソーは唖然とした顔をしたが、やがてクックッと笑いだして


「ふふふ、笑うのも久しぶりじゃ。それに魔王を倒すなぞという大それた目的を持った人物に会ったのも面白い。じゃが、拙はそなたとそなたの恋人に償えないほどの罪を犯しておる。助けてもらった身で断るのもはばかられるが……」


 そう言うと、


「拙はもう悪いことはしないと誓おう。そしてしばらくはそなたたちとは離れて同行させてもらう。拙に命令できるのはジン殿、そなただけじゃ」


 そう言う言葉を残し、サッと姿を消した。



「助けたぁ⁉ 何てことするのよジン。あんなやつを野放しにしたら、また命を狙われるじゃない! ジンのお人好しにもほどがあるわよ⁉」


 合流したシェリーは、キュラソーの処置についてワインから話を聞いてお冠だった。


「……そう言えばキュラソーは、シェリーのことを僕の恋人って言っていたな」


 僕が言うと、シェリーは怒っていた顔を緩めて


「えっ⁉ な、なかなか分かっている奴じゃない……そ、そこは認めてあげてもいいわ」


 そう掌をひっくり返した。


 その様子を見て笑っていたワインは、


「ジン、ボクも基本的にはシェリーちゃんと同意見だ。確かにキミが『絶対強者』タイムにある時ならば、彼女程度は()じゃないことも認めるが、優しさは時に身を滅ぼす。それだけは覚えておいてほしいな」


 ワインも、責めはしないものの僕にそう言う。


 けれどチャチャちゃんは、立場が近いキュラソーの気持ちが分かるのか


「あたしは団長さんがそう言ってくれたこと、とても嬉しいです。キュラソーって人も、真人間になってあたしたちに力を貸してくれる日が来ることを信じています。団長さんの真心はきっと届きます」


 そう、うるんだ瞳で言うし、ラムさんもうなずいて


「騎士は敗者にいたわりを持つべきです。勝負がついた後は敵味方はありません。キュラソーも敵としては立派でした。味方となってくれればいい戦力になるでしょう」


 そう言ってくれる。


「私は、ご主人様に危害を加えず、ご主人様のことを大事にする方ならば仲間としてもいいと思います。キュラソーさんには最後はご主人様に対する敬意が芽生えていました。私としてはフクザツですが、仲間として加わってくれるのであれば、そしてご主人様がそれをお望みならば、エランドールとして反対する権利はございません」


 ウォーラさんもそう言ってくれた。


 僕はそれぞれの顔を見る。シェリーやワインは、幼馴染で僕のことをよく知っているから、余計に心配して言ってくれているのだろうし、チャチャちゃんやラムさんは自らの経験や信条に基づいた意見を言ってくれている。


 そしてウォーラさんも、自分の機能を最大限に使って相手のことを観察した結果に基づいた意見を述べてくれた。僕はキュラソーの言うとおり、いい仲間に恵まれているのだろう。


「とにかく、マッシュ公からのクエストはクリアだ。すぐにベニーティングに戻って報告し、必要な処置をしていただこう」


 僕がそう言うと、全員がうなずいた。


   (Tournament24 蟲使いを狩ろう! 完)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

『組織』は本格的にジンのことを狙い始めたみたいです。いろいろな秘密を知ったジンが、この後どのように育っていくのかが楽しみな半面、運命の絡み合いをどういう風に書いていくか、頭を悩ませるところです。

次回もお楽しみに。

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