表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キャバリア・スラップスティック  作者: シベリウスP
リンゴーク公国編
23/153

Tournament23 Insect User hunting:part2(蟲使いを狩ろう!中編)

グンタイアリの退治に向かったシェリーたちを追うジン。その前に賢者スナイプが現れ、『払暁の神剣』を手渡す。そのころワインは、シェリーに不審なものを感じていた。

ジンたち『騎士団』は蟲使いを倒せるのか?

【主な登場人物紹介】

■ドッカーノ村騎士団

♤ジン・ライム 17歳 ドッカーノ村騎士団の団長。ケンカにはめっぽう弱く、女性に好感を持たれやすいが、女心は分からない典型的『難聴系思わせぶり主人公』

♤ワイン・レッド 17歳 ジンの幼馴染みでエルフ族。結構チャラい。槍を使うがそれなりの腕。お金と女性が大好きな『やるときはやる男』

♡シェリー・シュガー 17歳 ジンの幼馴染みでシルフの短剣使い。弓も使って長距離戦も受け持つ。ジン大好きっ子だが報われない『負けフラグヒロイン』

♡ラム・レーズン 18歳 ユニコーン族の娘で『伝説の英雄』を探す旅の途中、ジンのいる村に来た。魔力も強いし長剣の名手。シェリーのライバルである『正統派ヒロイン』

♡ウォーラ・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士によって造られた自律的魔人形エランドール。ジンの魔力マナによって復活した。以降、ジンを主人と認識している。

♡チャチャ・フォーク 13歳 マーターギ村出身の魔獣ハンター。村では髪と目の色のせいで疎外されていた。謎の組織から母を殺され、事件に関わったジンの騎士団に入団する。


     ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


 ホッカノ大陸アルカディア・イム・オルフェ。

 新大陸にあって、魔物の襲撃もなく、人々が平和に暮らす村。


 北にはマジツエー帝国の境界であるギュンター山脈があり、その最高峰ポリフラン山が万年雪を白く輝かせながら巍然としてそびえたっている。


 村には山から湧きだした冷たく澄んだ水が流れ、牧草地にはヤギや羊が群れていた。

 そんなのどかな光景を見下ろしながら風に吹かれていた美女が、風で乱れた金髪を整えながらつぶやく。


「……静かだわ。ここは静かすぎて怖いくらい……」


 そこに、


「またここに居たのか、エレーナ・ライム」


 そう言いながら、白髪でアンバーの瞳をした青年が姿を現す。彼は見た目は27・8歳で、漆黒の詰襟の上着を着て同じく漆黒の細身のズボンを穿いている。そして印象的なのは、手袋と靴は汚れ一つない純白だったことだ。


「よほどこの場所が気に入ったようだな」

「あ、ヴィクトールさん」


 エレーナはそう言うと立ち上がり、淡い翠のワンピースと緑青色の裾の詰まったズボンに付いた枯れ草を払って、


「そうね、この場所は静かだから、気持ちを落ち着けるのにはぴったりよ」


 そう静かに言う。ヴィクトールがそんな彼女を見て、


「ふむ、『風の宝玉の欠片』か。お前が気にしているジン・クロウも、その欠片を持っているのだな?」


 と訊くと、エレーナは小さくうなずいて言う。


「ええ、今は失われてしまったと言われるエウルア姉様の能力の源泉……私も賢者になってからあちこち探してみたけど、結局見つかったのは半分足らず。残りの半分はジン君が持っていると信じたいわね」


「プロノイアの話によると……」


 ヴィクトールがそう口に出すと、エレーナはびっくりしたように彼の顔を見る。ヴィクトールは真面目な顔で、静かに続けた。


「……ジン・クロウの持つ欠片はまだ少数だそうだ。欠片がそろった時、彼は天命を受けるのだろうな」


 エレーナは腕を組むと、碧眼を細めて訊く。


「ヴィクトールさん、私はあなたをここ数日見ていて不思議に思うことがあるけれど、あなたいったい何者? 摂理の調律者(プロノイア)様と知り合いなんて言わないでしょうね?」


 ヴィクトールはその問いには答えず、


「私がお前を大賢人の魔力に引っ掛からないようにしてやろう。お前が持っている『払暁の神剣』、どうやらジン・クロウにはそれが必要になるようだ。届けて来るといい。ただし、渡したらすぐに戻ってくるんだ。彼もお前も、まだ時が来ていないようだからな」


 そう言うと、眼前に広がる草原を見つめたまま薄く笑った。


 エレーナが転移魔法陣で消えた後、


「彼女を団長くんのところに行かせて良かったのかい? ヴィクトール」


 そう言いながら、どう見ても13・4歳の少女が姿を現して訊く。彼女は黒い髪を長く伸ばし、翠のマントの下には白い服を着て、革の半ズボンを穿いていた。


「ウェンディ、お前の言う『盟主様』は何の用事だった?」


 するとウェンディは、イタズラっぽい目をして答える。


「ふふ、『盟主様』かい? ボクはてっきり怒られるのかと思っていたけれど、質問が一つ、命令が一つだったなあ。どんな質問だったと思う?」


 ヴィクトールは興味なさげに言う。


「私はただ悠久の時の中で、生きとし生けるものの営みを見守り続けるだけだ。俗世の些事には、お前たちのように余り関わり合いになりたくないな」


 するとウェンディはうなずいて言う。


「じいさんは昔からそう言っていたね? だからボクは『盟主様』からの『土の精霊王(エレクラ)の居場所』に関する問いにも、知らないって答えたんだ」


 ヴィクトールはウェンディを見て静かに訊く。静かだが、怒りのこもった声だった。


「……『盟主様』とやらの命令は?」


「ヤだなあ、怒らないでよ? 『盟主様』はエレクラの居場所が分からないなら、ラントス・ミュールに『盟主様』に協力するように働きかけろってさ」


 それを聞くと、ヴィクトールは表情を和らげて


「ふむ、それなら心配ない。ラントスは土の精霊王の命令がない限り、自分勝手に判断はしない男だからな」


 そう言って笑った。


   ★ ★ ★ ★ ★


「ご主人様、起き上がれるようになったばかりで余り無理をしないでください。まだご主人様は完調じゃないのですから」


 白い髪にアンバー色の瞳をして群青色のメイド服を着た美少女、ウォーラさんがそう言って心配してくれるが、僕は黙々と歩き続ける。


 僕たち『騎士団』は、リンゴーク公国のマッシュ・ルーム公から、ナメーコの町の異変を調査するクエストを受けた。そして偵察の結果、その町にはアカグンタイアリと呼ばれる獰猛な食人アリが巣食っていると思われた。


 団長たる僕はいろいろあってケガをしてしまい、数時間人事不省だったが、その間に副団長のシルフ、シェリー・シュガーが、事務総長でエルフのワイン・レッド、先鋒隊長でユニコーン氏族のラム・レーズンさん、そして狙撃手のチャチャ・フォークちゃんを率いて討伐に出てしまっていたのだ。


 僕がウォーラさんから強制的に眠らされ、起きた時にはみんな出発してしまった後だった。


「相手が悪いんだ。ウォーラさん、なぜ僕が目覚めるまでシェリーたちを引き留めてくれなかったんだ?」


 歩きながら僕が訊くと、ウォーラさんはすまなそうに


「すみません。シェリーさんたちは私にも告げずに出発されていたんです」


 そう言って頭を下げる。


「シェリーのやつ、無茶しやがって」


 そう言うことならウォーラさんを責めても仕方ない。僕はシェリーが立ち去る時に感じた不吉な予感を、頭を振って払いのけながらそう言った。


 僕はかなり不安そうな顔をしているのだろう、ウォーラさんはことさらに明るい声で僕に話しかけて来る。


「でも、あの、ワインさんやラムさんがいらっしゃいますから、きっと皆さん大丈夫ですよ。チャチャさんも齢の割にはしっかり者ですし」


 そう言えば、この話を嫌に自信たっぷりに引き受けるよう勧めてきたのはラムさんだった。彼女は故国から『獅子戦士』という称号を受けているほど腕が立ち、戦闘センスは二つ名の『ステルス・ウォーリアー』どおり水際立っている。


 それにワインは僕たち『騎士団』の参謀的立ち位置で、日ごろの行いはともかくとして知識量と作戦のセンスについては軍事の玄人はだしだ。


(あの二人がいて、僕抜きで作戦決行を決めたのも、それなりの目算があるはずだ……けれど、どうしてこんなにシェリーのことが心配なんだろう?)


 そう思いつつ歩く僕の目に、衝撃的なものが飛び込んできた。シェリーからの報告で聞いてはいたが、道の真ん中にいくつもの骸骨が転がっていたのだ。


「……ご、ご主人様。あれはニンゲンのですか?」


 ウォーラさんが僕の背中にくっついてきて訊く。

 彼女は索敵・戦闘に特化した自律的魔人形エランドールではあるが、同時に感情や思考能力も持ち合わせている。道の真ん中に骸骨が転がっているという不気味な光景に、薄気味悪さと不吉さを感じているのだろう。


「……そうらしい。アカグンタイアリの痕跡は視えないかい?」


 僕が訊くと、ウォーラさんはアンバーの瞳を光らせて辺りを見回していたが、


「……かなり薄くなっていますが、ギ酸の痕跡がございます。それにアリ特有の行進フェロモンも残っています。ちょっと不思議なところもございますが……」


 そう答えた。


「不思議なところ?」


 僕が訊くと、ウォーラさんはうなずいて、


「はい、アリたちはそのまま街道を北上して次の町まで行けるはずなのに、なぜかここでUターンしています。グンタイアリは巣を持たないと聞いていますが、それなら巣に戻るわけでもなくUターンしたのは何故でしょう?」


 そう首をかしげながら、道を凝視していた。


「……ここにも、ここにもUターンした痕跡がございます。みんな示し合ったかのようにある地点から引き返しています……あっ!」


 不思議そうにつぶやいていたウォーラさんは、何かに思い当たったかのように大きな声を上げた。


「どうしたんだい、何か分かったのかい?」


 僕が訊くと、ウォーラさんは可愛らしい顔を僕に向けて言う。


「はい、アリたちは町の境界線上でUターンしています。不思議ですけれど、アリたちはナメーコの町の境界を知っているようです」


 それを聞いて、僕は直感した。アリが人間の決めた境界を知っているはずがない。それなのにアリたちがナメーコの町を出ないようにしているということは、


(このアリたちは、誰かが妖魔化させたものだ)


 それ以外に考えられなかった。


「ウォーラさん、アリの痕跡の他に魔力は視えないかい?」


 僕はそう言うとともに、魔力視覚を発動する。右目がまだふさがっているので塩梅悪いことおびただしいが、それでも見えることは見える。


 そして、僕はその見えたものが何だろうかと考えこんだ。これは普通の魔力ではない。強いて言えば瘴気に近い。そんな魔力を持つ者っているのだろうか。


 考え込んでいる僕に、ウォーラさんが言いにくそうに言う。


「あの、ご主人様? 私はこの魔力に見覚えがございます」


「え⁉ ホント? どこで見たことがあるんだい? 教えてくれ」


 僕がそう言うと、ウォーラさんは本当に言いにくそうに、目を伏せて顔を横に向け、


「あの……お気に触りましたら謝りますが……この魔力はご主人様の魔力に似ています」


 そう言う。僕はびっくりして


「え?」


 そう言ったが、ウォーラさんはうなずいて、今度はしっかりと僕を見て言った。


「はい、ご主人様が『組織』のフェン・レイと名乗る女と対峙した時に、ご主人様が放っていた魔力に似ています」


 そう言われて、僕はいつか夢の中で不思議な少女から言われた言葉を思い出した。


『クロウ一族は魔族の中で最も魔力が高い一族。そしてその祖であるアルケー・クロウが魔王や妖魔を創り出した』


 あの少女はそう言っていた。あれは夢なんかじゃなかったんだ! それなら僕が魔族の血を引いているということも……。


「僕が……魔族?」


 僕は自分の両手を見てそうつぶやく。僕の中に流れる血が、妖魔たちと同じもの……少なくとも似たものとは思いたくなかった。


「あらジンくん、そんなに深刻にならなくてもいいわよ? 深刻に考えても、事実は事実として変わりはしないものだから」


 そこに、賢者スナイプ様が唐突に姿を見せる。助かった、唐突だろうと何だろうと、僕はいろいろなことを考えすぎて、頭がパンクしそうになっていたのだ。


「スナイプ様、僕は魔族なんですか? 僕は……」


 テンパってそう言う僕の口を、スナイプ様はそっと人差し指で押さえる。やわらかくていい匂いがする指だった。


 スナイプ様は、僕を優しく見つめると、クスリと笑って言った。


「あらあら、そんな顔しちゃダメじゃない。せっかくのいいオトコが台無しよ? ところでジンくん、このお嬢さんは?」


 そう、ウォーラさんを見つめて訊く。ウォーラさんはニコリと笑ってスカートの裾をつまみ上げ、


「初めまして、私はウォーラ・ララと申します。ご主人様にお仕えする自律的魔人形エランドールで正式型番PTD12、コードネームは『妹ちゃん』です」


 そう、元気よく言った。


 スナイプ様はうなずいてウォーラさんに訊く。


「そう、だから魔力しか感じなかったのね? ジンくんのマナはいかがかしら?」


「はい、ご主人様のマナは、あったかくて、優しくて、とても心が温まります。それにとっても頼り甲斐がありそうで、私はご主人様のマナが一番です」


 ウォーラさんの答えを聞いて、スナイプ様は僕に微笑みかけて言った。


「聞いた、ジンくん? マナはその人の真実を映すわ。このお嬢さんの言うとおり、あなたはあったかくて、優しくて、人の心を温める子よ。それはあなたが魔族であろうとなかろうと関係ないわ。ジンくんはジンくんなのよ?」


「スナイプ様……」


 僕は泣きそうになった。自分が魔族だと知った瞬間、シェリーやワインやラムさんたちと一緒にいてはいけない存在だと思ってしまっていたのだ。


 スナイプ様は強くうなずいて、


「人間の魔導士でも、冷酷なマナを持つ者もいる。冷酷な人間と優しい魔族、どちらが人に好かれ、頼りにされるかしら?」


 そう言うと、虚空から一振りの剣を取り出して言った。


「……ましてやあなたは、この『払暁の神剣』を持つべき英雄。この剣であなたの中にある『風の宝玉の欠片』を集めなさい。そしてあなたが魔王を封じるのよ」


 僕はスナイプ様が差し出した剣を手に取る。見た目より軽くて、扱いやすそうな剣だったし、それを持った瞬間、何か身体にみなぎる力を感じられた。


 僕の様子を注意深く見守っていたスナイプ様は、ほっと溜息をついて言う。


「よかった、神剣はあなたのことを認めたわ。神剣をその手に取るべきではない者が握ると、やけに重く感じたり、力が抜けたり、場合によっては拒絶反応が起こる場合があるのよ。

 やっぱりあなたは私が見込んだとおり、『導く者』としてみんなを救う運命を持っているのね」


 それを聞いて、僕は当惑した。スナイプ様の言葉に当惑したのではなく、『導く者』や英雄として魔王を封じねばならないと聞かされて、素直に納得している自分に当惑したのだ。まるでそれが既知の運命でもあったかのように……。


 その時、僕はハッと気づいた。


「スナイプ様、父上は? 父上はどうされたのですか?」


 するとスナイプ様は、一瞬痛ましそうな顔をして僕の問いには答えずにこう言った。


「ジンくん、あなたの剣をもらってもいいかしら?」


「え? それは構いませんが……」


「じゃ、私にジンくんの剣をちょうだい」


 いぶかしげに言う僕に、それ以上何も言わせないタイミングでスナイプ様が催促する。僕はとりあえず自分が佩いていた剣を外してスナイプ様に手渡した。


 僕が剣帯に『払暁の神剣』をはめている時、スナイプ様はこう言った。


「マイティ・クロウは魔王との戦いに出かけたわ。『払暁の神剣』をあなたに届けてと私に託してね?」


「えっ⁉ じゃ、父上は丸腰で?」


 驚いて言う僕に、スナイプ様は微笑んで首を振った。


「違うわ、丸腰じゃないわよ。彼はこう言ったの『魔族は魔族の剣で戦う』と。きっとあなたの剣で戦いたかったのね。私に対する謎掛けだったのよ」


 呆然とする僕に、スナイプ様は


「私はこれを彼のもとに届けるわ。彼も喜ぶでしょうね、ずっと心配していた自分の息子が、自分の跡を継いで英雄となり、その息子の剣で最後の戦いができるなんて」


 そう言って消えていこうとする。


「待ってください! 僕も連れて行ってください! 僕はまだ父上に会っていないし、父と共に戦いたいんです!」


 僕が慌ててそう言うと、スナイプ様は哀しそうな顔で首を振り、そして真剣な顔になって僕にこう告げた。


「あなたの時はまだ来ていません! 今は仲間を守り、『風の宝玉の欠片』を集める時期です。シェリーちゃんを見殺しにしないであげて」


「……くそっ!」


 僕はスナイプ様が消えてしまった後、地面に崩れ落ちた。この『騎士団』を立ち上げたのも、父を探すことが一番の目的だったのに、その父は僕の知らないところで最後の戦いに出発していた。


(もう、父上にも母上にも会えない……)


 そのことが、僕を絶望させていたのだ。


 けれどウォーラさんは、地面に突っ伏して泣いている僕に、


「ご主人様、お気持ちは判ります。でもあのお方が言っておられた『シェリーさんを見殺しにしないで』という言葉が気になります。ご主人様、私だけでもシェリーさんたちの様子を見に行ってはいけませんか?」


 そう言う。その言葉に、僕はハッとして顔を上げた。


(そうだ、シェリー。それにワインやラムさんやチャチャちゃん……父に会えなくなったとしても、僕にはまだ仲間がいる。みんなを助けないと!)


 僕は立ち上がると、涙をぬぐってウォーラさんに言った。


「行こう、シェリーたちを助けないとね」


   ★ ★ ★ ★ ★


 シェリーたち四人は、周囲を警戒しながらナメーコの町に入った。


「この町は、リンゴーク公国の中でもキノコ類の栽培が盛んなところだ。あちらこちらに見えるのは栽培のための石室だよ」


 ワインが、石の扉があって盛り土がされている建物を見て言う。


「石室? それなら中に人が生き残っているかもしれないぞ。いかにアカグンタイアリの顎が強いと言っても、石に穴はうがてないだろう」


 ラムがそう言って石室に近づく。ワインは首を振って言った。


「それはどうかな? 石室は湿度や温度の調節のために、石組みの間には適度な隙間があるからね」


 それを聞いてもラムは諦められないらしく、石室の扉の前に立つと、


「おーい、中に誰もいないのか? 今はアリたちはいないぞ、この町から逃げるなら今しかないぞ」


 そう声をかける。


「……誰もいないのか?」


 ラムはそう言いながら、重たい石の扉を開く。そして薄暗い中をのぞき込むと、


「うっ!」


 そう一言言い、ゆっくりと扉を閉めた。


 ラムは、その様子を見守っていたワインたちのところまで戻ってくると、ゆっくりと首を振る。


「……ワインの言うとおりだった。中には骸骨しかなかったよ。家族だったんだろうな、みんなしっかりと抱き合っていた」


 そうつぶやくように言うと、


「これが自然の出来事なら誰も恨みようがないが、シェリーやワインの言うとおり人為的なものだとしたら、そいつはイカレている。見つけ出してたたっ斬ってやる」


 緋色の瞳に闘志を燃やして言うラムだった。


 ラムの言葉に、ワインがうなずいて言う。


「ボクだって気持ちは同じさ。ましてやシェリーちゃんが言うようにこれがジンをおびき出すためだったらさらに許せない。

 しかしまずは情報を手に入れないと、こちらがこの町の人たちみたいになってしまう。余り希望は持てないが、まずは生存者がいないかを確かめよう」


 シェリーはこの町に入って以降、周囲に散らばる骸骨を見て言葉をなくしていたが、ワインの言葉を聞いて我に返ったかのように


「そうね、まず誰かいないかを確かめましょう」


 そう言うと、一人でさっさと歩き出す。


「おい、シェリー、単独行動は危険だぞ!」


 ラムが叫ぶが、シェリーは何も聞こえないかのように歩みを緩めない。それをじっと見ていたワインは、チャチャに


「チャチャちゃん、すまないがシェリーちゃんと行動してくれ」


 そう言うと「はい!」と元気よく答えて走り出そうとするチャチャを押し留め、


「ちょっと待って。いいかい、シェリーちゃんに少しでも不審な様子が見えたら、すぐにこれを吹いてボクを呼んでくれ。いいね?」


 そう言って銀色のホイッスルを手渡す。


「不審なところ? ワインお兄ちゃんはシェリーお姉さまを疑っているの?」


 チャチャが訊くと、ワインは碧眼に鋭い光を湛えて言う。


「チャチャちゃんには心外な言葉だろうけれど、そうだと答えるしかない。いいかい、シェリーちゃんにいつもと違うものを感じたら、躊躇せずにこれを吹くんだ。でないとキミを助けられなくなるかもしれない」


 ワインの表情と意外な言葉に、チャチャは気を飲まれて


「う、うん。あたし、ちゃんとするよ」


 そう答える。ワインは優しく笑ってチャチャの頭をなでると、


「頼むよ。シェリーちゃんを助けられるかどうかは、キミにかかっているからね」


 そう言うと、チャチャを送り出した。


 その様子を見ていたラムは、厳しい顔でワインに訊く。


「ワイン、君はたまに突拍子もないことを言いだすことがあるが、その観測は正確だ。そこで訊きたい、君はシェリーの何を疑っているんだ?」


 するとワインは、哀しそうな顔で首を振ると、


「偵察はボクがすべきだったと反省している。ボクはチャチャちゃん並みにはアカグンタイアリの習性を知っているつもりでいるからね」


 そう言うと、ラムを見てずばりと言った。


「シェリーちゃんは、恐らくアカグンタイアリに乗っ取られている。ボクたちを拠点におびき寄せて始末するためにね?」


「どうしてそう思ったんだ? 何か証拠でもあるのか? シェリーは他ならぬ君の幼馴染だぞ?」


 立て続けに訊くラムに、ワインは真剣な顔でうなずいた。


「残念だが、証拠はあるんだ。君は作戦会議の時のボクとシェリーちゃんのやり取りを覚えているかい?」


「作戦会議の時の?」


 ラムは緋色の瞳を持つ目を細めて、その時のことを思い出した。


『きっとあたしたちが行くところ行くところ、先回りしていろんな動物を妖魔化させてきた奴がいるはずよ。アタシはそいつを見つけ出して、なぜそう言うことをするのかをとっちめてやりたいの。ジンがいない今だからこそ、この作戦をやりたいの』


……シェリーはそう言ってジン様抜きの作戦決行を主張した。


『……ジンがいたら、そいつは本気になるってわけか。けれどジンがいなければ、そいつは姿を現さないかもしれないが……』


……ワインがそう言った時、シェリーは


『以前ならそうだったかもしれないわ。でも今は、ジンが『風の宝玉の欠片』を持っているから、姿を現さないってことはないはず』


……確かそう答えた……。

「うん?」


 何かに気付いたように声をもらすラムに、ワインはうなずいて言う。


「うん、僕も最初覚えた違和感の理由が分からなかった。でもここまで来るうちに気付いたんだ。なぜシェリーちゃんは、ジンが『風の宝玉の欠片』を持っているなんて言ったんだろうかってね?」


「それだ! ワイン、『風の宝玉の欠片』とは何だ?」


 ラムが訊くと、ワインは上着のポケットから一冊の古びた本を取り出して言う。


「これは、『魔王と勇者の書』という作者不明の伝記だ。中には20年前の魔王降臨とその際のマイティ・クロウや『賢者会議』の皆さんの動きが書いてある。『風の宝玉』とは、この中に登場する大賢人スリング様が扱っていた宝玉のことだ」


「……シェリーもその本を読んだということはないのか?」


 ラムが念のため、と言った感じで訊く。ワインは即座に首を振り、


「ここだけの話だが、この本は17年前に『賢者会議』によって発禁処分を受けている。本来なら所持しているだけで重罪になる本だ。シェリーちゃんがこの本を読んでいるとは思えない」


 そう言うと、本をしまって続ける。


「それに、この本には『風の宝玉』と書いてあって、それが大賢人スリング様の行方と共に不明となったことが述べられているだけだ。宝玉がその後どうなったか、ましてやその欠片のことは一切言及がない。

 それなのにシェリーちゃんは、はっきりと『風の宝玉の欠片』と言った。だからボクは、きっと宝玉のその後のことをある程度知っている人間が、アカグンタイアリを使ってシェリーちゃんの身体を乗っ取っているんだろう、と考えたんだ」


 しばらくの沈黙の後、ラムは静かにワインに訊いた。


「……もしそうだったとして、シェリーはどうなるんだ?」


 ワインは沈痛な顔をして答えた


「分からない……できることなら救ってあげたいが、うん?」


 ワインはハッと顔を上げてシェリーとチャチャが消えた方向を向いて言った。


「チャチャちゃんの合図だ。どうなるかは分からないが、まずはチャチャちゃんを救わないと!」


 そう言って駆けだす。


「待て、私も手伝おう!」


 ラムもワインの後を追って駆けだした。


   ★ ★ ★ ★ ★


(ワインお兄ちゃんは、シェリーお姉さまを疑っている。シェリーお姉さまがみんなを裏切るなんてこと、あるはずがないわ)


 チャチャはシェリーに追いつこうと必死で駆けながらそう思う。マーターギ村でみんなから疎外されていた自分を、温かく騎士団に入れてくれ、なにくれとなく世話を焼いてくれるシェリーのことを姉のように慕うチャチャにとって、ワインの言葉は衝撃だった。


(ワインお兄ちゃんはアタマが良すぎるんだ。だからちょっとしたことを気にしているだけなんだ)


 チャチャはそう思うことにして先を急いだ。何しろ相手は獰猛なアリだ。単独行動しているシェリーが心配だったし、骸骨があちらこちらにごろごろしている町中を駆けていることもあって、不気味さからの不安もあったのだ。


「あっ、いた! シェリーお姉さまーっ!」


 チャチャは、前方にゆっくりと歩くシェリーを見つけてそう叫ぶ。シェリーにその声が届いたのか、彼女はこちらを振り返り、立ち止まってチャチャを待っているようだった。


「シェリーお姉さま、はあ、はあ、一人で行動したら危ないですよ」


 チャチャはシェリーの側まで駆け寄ると、息を整えてそう言う。シェリーは困ったような顔で、


「チャチャ、どうしてここに? アタシは誰も……」


 そう言いかけて口をつぐむ。チャチャの目にはそれが強制的に誰かから言葉を遮断されたように映った。


「シェリーお姉さま、単独行動は危ないってワインお兄ちゃんも言っていました。生きている人を探すのなら二人で探しましょう?」


 チャチャの言葉に、シェリーはニコッと笑って言った。


「そうね。チャチャ、心配してくれてアリガト。じゃあ、二人で生存者を探そう。チャチャが前を歩いて?」


 チャチャは最初シェリーの様子を見て「あれっ?」と思わないでもなかったが、いつもの元気な優しい笑顔でそう言われて、


(やっぱりいつものシェリーお姉さまだ。ワインお兄ちゃんは考え過ぎなんだよなー)


 そう安心して、


「うん!……じゃなかった、はい、副団長!」


 そう元気よく言うと、狙撃魔杖を構えてシェリーの先に立ち歩き出した。

 その時である。


「ぐえっ⁉」


 チャチャはいきなり後ろから首を細い棒のようなもので押さえられ、上に引き上げられる。安心していたチャチャは一時の混乱が収まると、


(これは、矢? シェリーお姉さまがどうしてあたしを?)


 シェリーが後ろから自分の首に矢を引っ掛けているのだと知り、そう思うと同時に、


「シェリーお姉さま、どうしたんですかっ⁉」


 そう、矢に指をかけて激しく抵抗する。


「……お前の次は、あの優男だ。じたばたするんじゃないわよ!」


 シェリーはそう言ってなおもチャチャを吊り上げようとするが、二人の身長差が5センチほどしかないのがチャチャの幸運だった。


「お姉さま、やめてっ!」


 チャチャは苦しい息の下でそう叫ぶと、思いっきり右のエルボースマッシュをシェリーに叩き込む。シェリーはその一撃で


「ぐえっ」


 変な悲鳴を上げて矢を引き上げる力を抜いた。


 チャチャはその隙にシェリーから離れ、落としていた狙撃魔杖を拾いシェリーに狙いを定める。


「お姉さま、どうしたんですか?」


 動揺したままチャチャはシェリーに訊くが、シェリーはいつもの彼女からは想像もつかないようなサディスティックな笑みを浮かべて、弓を肩から外して言った。


「失敗だったわ、ベルトでやれば良かったわね」


 そして弓に矢をつがえて引き絞る。


「シェリーお姉さま、いつも優しいお姉さまが何で⁉ やめて、あたしは引き金を引きたくない!」


 そう叫ぶチャチャをあざ笑うかのように、シェリーは弓を引き絞る。チャチャは目をつぶって引き金を引いた。


 カチッ


 チャチャにとって不幸なことに、不発だった。一瞬、ほっとするとともに茫然としたチャチャに向かって、シェリーは容赦なく矢を放つ。


 ヒョンッ!

「はっ!」


 野生児チャチャは、飛ぶ魔弾や矢の呼吸を肌で知っていた。わずか5ヤードという至近距離で放たれたシェリーの矢を、チャチャは間一髪で避けて後ろへと跳ぶ。


「やるわね」


 シェリーは次々と矢を放つが、チャチャは距離を取りつつすべての矢を見事にかわし、ワインから貰ったホイッスルを吹いた。


 ヒョオオオオッ!

「ゔえっ!」


 その甲高い音にシェリーは弓を捨て、耳を抑えてうずくまる。


「シェリーお姉さま」


 チャチャが心配そうに言うと、シェリーは哀しそうな顔をして立ち上がり、


「アタシは誰も犠牲にしたくなかったのに……チャチャ、ごめんなさい」


 そう言うと、弓も拾わずに駆け出した。


「シェリーお姉さま、理由を話してください!」


 チャチャはそう言ってシェリーを追ったが、見失ってしまった。


 そこに、


「チャチャちゃん。無事だったか?」


 そう言いながら、ワインとラムが駆け付ける。


 チャチャは半べそをかきながら


「あっ、ワインお兄ちゃん。シェリーお姉さまがヘンになっちゃったの。怖かったよう」


 そう言う。ワインは唇をかみしめて辺りを見回す。何が起こったかは明白だった。


「……シェリーが君を襲ったんだな?」


 ラムが訊くと、チャチャはこくりとうなずいて、


「でも、あたしのことはちゃんと判ってくれたから、完全におかしくなっちゃったんじゃないと思う。お願い、シェリーお姉さまを何とかしてあげて」


 そう必死の面持ちで言う。


 ワインは笑顔を見せてうなずくと、


「もちろんボクたちもそのつもりだ。それでシェリーちゃんはどうしたんだい?」


 そう訊く。チャチャは


「あっちに、すごいスピードで逃げていったの」


 そう、ベニーティングの方向を指さした。


「いかん、あっちにはジンがいる。シェリーちゃんがアリに乗っ取られたことをジンは知らないから、不意を突かれると危ない」


「では、急いでジン様のところに戻ろう」


 ワインたちがそう言って駆けだそうとした時、


「そうはいかんのう、そちたちはわしと遊んでくれないかのう?」


 そう言う声と共に、三人の周りを無数のアカグンタイアリの群れが取り囲んだ。



 僕たちがナメーコの町まであと2・3キロまで到達した時、横を歩いていたウォーラさんがアンバーの瞳を光らせて言った。


「ご主人様、前方から誰かが凄いスピードでこちらに向かっています。敵意は今のところ感じませんが、一応ご注意を」


 彼女は僕たち一人一人の魔力は解析済みで、個別に識別できる。その彼女が『誰か』というからには、『騎士団』の人間ではない。


「分かった。ここでそいつを待とう」


 僕はそう言って立ち止まった。敵味方不明の人物を迎えるのなら、アカグンタイアリがいるかもしれないナメーコからなるべく遠い地点にいることが望ましいからだ。


 やがて僕の目にも、こちらに駆けてくる人物の姿が映った。


「あれは、シェリーじゃないか?」


 僕が言うと、ウォーラさんは目を細めて見ていたが、不思議そうに答えた。


「はい、確かにシェリーさんですが、私の魔力探知機でとらえた魔力は、ちょっといつものシェリーさんとは違うようです。ノイズが入った感じがします」


「そうか。まあ体調や精神状態によってはいつもと違うこともあるだろうし、あんなに急いでいるのなら、何か突拍子もない事態が起こったのかもしれないな」


 僕がそう言っているうちに、シェリーは僕たちの姿を認めたのだろう、少しスピードを落として手を振って来た。


「ジン、大事な報告があるの」


 シェリーは僕の側まで来ると、息を整えてそう言った。彼女は弓も持たず、後ろに回している箙から矢も何本かなくなっている。これは戦闘が起こったに違いない。


 だとすると、この場にいないワインやラムさん、それにチャチャちゃんのことが気になる。僕はうなずいて訊いた。


「戦闘が起こったのかい? ワインたちはどうしている?」


 シェリーは辺りを見回して、


「ここじゃちょっと……。ジン、あの中で話さない?」


 と、崩れかけた廃屋を指さして言う。


「大変なことが起こっているのなら一刻を争う。ここじゃダメかい?」


 僕が訊くと、シェリーは何故だか頬を染めてうなずき、


「うん。相手が相手だから、地形や状況を詳細にジンに伝えようと思って」


 そう言う。シェリーの言葉にも一理あると思った僕は、


「分かった、急いで話をしてくれないか?」


 そう言って、彼女が指さした廃屋へと足を向けた。


 家の前まで来ると、シェリーは僕を先に中に入れ、続いて入ってこようとしたウォーラさんに、


「ウォーラ、悪いけれど外を警戒していてくれない? アカグンタイアリの群れはあの町の中にいるの。変わったことが起きたら知らせてほしいんだけれど」


 そう言う。ウォーラさんは心配そうな目で僕を見たが、


「ウォーラさん、頼む」


 僕がそう言ったので、仕方なく


「かしこまりました。ご主人様、ご用心を」


 そう言って家に入るのを控えた。



「うん、理想的♡」


 シェリーは家の内部に入り込むと、一番奥の部屋へと向かい、そこが外からのぞき込めない造りになっていることを確認すると、ニッコリとして僕に言う。


「さっ、ジン、入って」


 そして僕の後から部屋に入ると、なぜか鍵をかけてドアの前で微笑んで言う。


「アタシ、ジンに見てほしいものがあるの」


「あれ、ナメーコの状況報告とか作戦行動について話すんじゃなかったのか?」


 僕が言うと、シェリーは何故か必死の面持ちで、


「それは後でちゃんと話すし、アタシがどうしてこうするかも説明するから、まずはアタシが見せたいものを見て? お願い」


 そう言いながら、両手を首の後ろに回して、チョーカーを止めているボタンを外した。


 僕が唖然としている間に、シェリーは剣帯を外し、ズボンとワンピースを脱ぎ捨ててしまった。後は上下とも薄い下着だけしか身に着けていない。


 僕はハッとして目を覆いながら、シェリーに言った。


「シェリー、止めてくれ。君には『シルフの掟』があるんだろう?」


 シェリーたちシルフは、種族の掟によって15歳を過ぎたら最初にハダカを見られた異性と結婚しなければならない。


 恥ずかしがり屋のシェリーは、その掟もあって人前でなくても服を脱ぐことにはかなりの抵抗感を持っていたはずだ。それがなぜ、いまこんなことを?


 けれどシェリーは、泣きそうな声で


「ジンになら、見られても構わないもん。もうすぐお前は死ぬのだから」


 え?


 不意にシェリーの声が変わり、僕の胸にとてつもなく熱い衝撃が走った。


 僕は目を覆っていた手を放し、自分の胸を見てみた。まぎれもない、シェリーの短剣ダガーが、僕の胸に深々と突き立っている。


「ぐっ!」


 僕の口からは生臭くて温かいものがあふれて来る。僕はシェリーの顔を見ながら、ゆっくりと両ひざを床に落とした。


 そんな僕をシェリーは茫然として見ていた。驚いたように見開かれた碧眼には、涙が一杯たまっていた。


『どうした、幼馴染さん? おぬしの想い人じゃろう? 一緒にあの世に連れてはいかんのか?』


 どこからともなく、年齢も性別もよく分からない、透き通った、それでいて冷たい声が響く。シェリーは耳を覆ってその場にしゃがみこみ、激しく首を振って言う。金髪のポニー・テールが、差し込んでくる日の光を反射したのが、僕の目に強く焼き付いた。


「いやっ、アタシはジンを殺さないっ!」


『そうか、それならおぬしの命もここまでじゃな。蟲に食われて死ぬがよい』


 声が響くと、シェリーはビクンと飛び上がり、哀しそうな目で僕を見て言った。


「ジン、ゴメンね。アタシ、蟲に取りつかれちゃったの。アタマの中に蟲がいて、アタシが思ってもいないことを……」


 そうだったのか……。だからウォーラさんはシェリーの魔力に『ノイズがある』と言っていたんだな……。


 僕がそう思いながら、やっとのことで立ち上がると、シェリーは


「蟲がアタシを食べているの。ジンの目の前で蟲に食われてグロい姿で死ぬのはイヤ。だからジン、アタシを斬って」


 そう、涙をポロポロこぼしながら言う。


 僕は首を振った。そんなことができるわけがない! シェリーは物心ついた時から、ずっとそばにいてくれた仲間だ。幼い時には一緒にゴハンを食べ、一緒に遊び、長じてからは一緒に剣や弓の訓練に明け暮れ、そして騎士団を立ち上げたんだ。


(僕はまだ動ける。動ける限りは何とかしてやらないと……)


 僕の胸にそんな思いが芽生え、火が灯ったような感じがした。それと同時に『払暁の神剣』が細かく振動し始める。


「あっ!」


 シェリーの声が響く。どうしたのかと僕が顔を上げると、シェリーの左目がポロリと外れ、そこからいやらしい赤いアリと鮮血がサッと頬を伝い落ちた。


「見ないで!」


 シェリーが叫びながら顔を覆う。そしてそのままくぐもった声で、


「見ないで、ジン。アタシはジンの中にあるアタシの姿のままで覚えていてほしいの。だから早くアタシを斬って!」


 そう叫ぶように言うと、静かな、諦めきった声でつぶやいた。


「どうせアタシはもう助からないから……ジン、ラムと幸せになってね」


 『払暁の神剣』はますます激しく振動する。それはまるで、僕に早くシェリーを斬れと急かしているようだった。


『どうした、ジン。早くしないと手遅れになるぞ。あの子の望みどおり神剣を揮え。そして彼女の中の邪悪を討ち払え!』


 僕の頭の中に、久しぶりにあの声が響いた。僕はその声を聞いて、ゆっくりと『払暁の神剣』の鞘を払う。神剣は真っ青な地鉄に真っ白で清冽な刃を備えていた。


 剣を構えた僕を見て、シェリーは微笑と共に目を閉じて両手を広げる。安らかで、僕が知る中で一番きれいで神々しい顔だった。


「だあああーっ!」


 僕は精いっぱいの哀しみと共に、シェリーに『払暁の神剣』を叩きつけた。今まで生きてきた中で、一番つらい瞬間だった。


   ★ ★ ★ ★ ★


『おぬしたちには、ここでわしと遊んでもらおう』


 年齢不詳で透き通った、けれど冷たい響きがある声と共に、ワインたちの周囲にアカグンタイアリの群れが地面から湧き出してきた。


「……まずいな、赤いじゅうたんみたいだ。数万匹じゃきかない数だぞ」


 ワインがチャチャを背にかばいながらそうつぶやく。


 ラムもワインと背中合わせにチャチャを守りながら、背中の長剣を抜いた。


「ふん、隠れてアリだけに戦わせるとは卑怯な奴め。姿を見せたらどうなんだ!」


 ラムの叫びに、冷たい声はあざけりの色を込めて答える。


『何とでも言うがいい。これが拙の戦い方なんじゃ。三人とも骨になるまでアリたちにしゃぶりつくされるがよいわ!』


 その言葉と共に、アリたちは一斉に包囲網を縮めてきた。


「猪口才なっ!」


 ラムが長剣を振り上げ、魔法を発動しようとする。チャチャも狙撃魔杖を構えた。


 その時ワインは二人を止めると、


「待て、二人とも! 不時遭遇戦でこれだけのアリを相手にはできない。逃げるぞ!」


 そう言うと、ラムやチャチャも一緒に『水のシールド』で包み、その場から消えた。


『ちっ! まさか逃げるとは。拙やアリへの対抗策を持っていたようじゃったが……。まあ良い、いったん拙たちも退くぞ』


 アリたちは目標を見失って動きを止めたが、冷たい声がそう言うと、すぐに一匹残らず地面へ潜ってしまった。

 そして、その場に身長130センチ程度。見た目10歳ほどの少女が姿を現した。


 彼女は身に纏ったぼろぼろのマントのフードの下から黒い瞳をのぞかせ、


「ふん、この程度のことでは手の内を明かさんか……アクア様のおっしゃるとおり、なかなかの奴らじゃな。これはジンとか言う魔族と戦うのが楽しみじゃ」


 そうほくそ笑んで言うと、地面に消えていった。



 ワインたちは、アリに襲われた場所から優に5キロは離れた場所に転移した。


「ワイン、どうして逃げ出した? アリは火に弱い。私の『灼熱の鳳翼(フレイムフリューゲル)』とチャチャの焼夷弾『魔竜の吐息(ドラゴンブレス)』で一網打尽にしてやれたのに」


 シールドを解くと、ラムが不服そうにワインに言う。


 ワインは、これも不本意そうに狙撃魔杖の薬室から魔法石を抜き取るチャチャを見て、首を振って


「確かにあの場にいたアリは退治できたかもしれない。けれどあれですべてだとは言い切れないし、何より蟲使いの奴を倒さないと同じことの繰り返しだ。いや、キミやチャチャちゃんの技を見て対応策を考えられると、ちょっとやそっとじゃ倒せない敵になるかもしれない」


 そして自分に言い聞かせるように、キッパリと言った。


「だから、必ず蟲使いを倒せる作戦を考えなきゃいけないし、その作戦にはジンやシェリーちゃん、ウォーラさんの力がいる。まずは蟲に取りつかれたシェリーちゃんを探すことが先決だ」


 ワインの言うことを聞いたラムは、


「……確かにそうだ。まずはシェリーを何とかしないと……」


 そう言うと、緋色の瞳で辺りを見回して言う。


「シェリーが逃げて行った方向はどっちになるんだ?」


 するとチャチャは、再び魔法石を薬室に詰め込んで、


「ワインお兄ちゃんはお姉さまが逃げて行った方向に転移してくれてるみたいです。だから、ナメーコの方向かその逆方向を探すといいんじゃないかと思います……」


 同じく辺りを見回してそう言っていたが、


「あっ、ワインお兄ちゃん、あれはウォーラさんじゃないですか?」


 そう、手をかざしてベニーティング方向を指さす。


「どれどれ……うん、あれは確かにウォーラさんだ。何をしているんだろう?」


 ワインは、胸騒ぎと共にそう言う。


「ジン様はどうされたんだ? 一緒じゃないのか?」


 ラムも、ウォーラが崩れかけた家の前でぽつねんとたたずむのを見て、いぶかしげに言うと、


「とにかく行ってみよう」


 そう言って駆けだす。


 そのころにはウォーラの方もワインたちの出現を認識していて、


「あっ、ラムさん、ワインさん、チャチャさん。ご主人様たちはこちらです」


 そう手を振って教えてくれた。


「ウォーラさん、ジンはどうしている?」


 ワインはウォーラのところにたどり着くと、真っ先にそれを聞く。ウォーラはニコリと笑って答えた。


「この家の中で、シェリーさんと今後の作戦について打ち合わせされています」


 途端にラムが血相を変え、


「何ッ⁉ シェリーは今、グンタイアリに身体を乗っ取られているんだぞ! ジン様が危ない」


 そう言うと、背中の長剣を抜き放った。


 ウォーラも、ラムの言葉を聞いて驚き、背中の大剣を抜いて言う。


「えっ⁉ 道理でシェリーさんの魔力にノイズがかかっていたんですね? どいてください、私がそのドアを叩き壊します!」


 その剣幕に驚いたラムがドアの前をどくと、


「えーいっ!」

 ドバン!


 ウォーラの気合と共に振り下ろされた大剣は、朽ちかけていた分厚いドアを木っ端みじんに砕いた。


「ジン様っ!」「ご主人様っ!」


 ラムとウォーラは、得物を構えたまま家の中に突入する。


 チャチャもそれを追って家に入ろうとして、さっきから動こうとしないワインを振り向いて訊いた。


「ワインお兄ちゃん、入らないの?」


 するとワインは、鋭い目で家の中を睨みつけていたが、不意に表情を緩めると、


「……ジン、キミも辛かったろうな……」


 そうつぶやき、チャチャにいつもの変わらぬ顔で言った。


「ボクはここに残るよ。全員家の中にいるところをグンタイアリに襲われたらアウトだからね。誰かが外を見張っていないと。ジンのことはあの二人に任せるさ」


 ワインの答えを聞いて、チャチャもうなずくと、


(アタマのいいワインお兄ちゃんがそう言うなら、お姉さまも団長さんも無事に違いないわ)


 と考え、


「そうですね。じゃ、あたしもワインお兄ちゃんと一緒に外を見張っています」


 そう言って笑った。



 僕は、ドアがぶち壊される大きな音でハッと我に返った。


『ジン、アタシはジンの中にあるアタシの姿のままで覚えていてほしいの。だから早くアタシを斬って!』


 『払暁の神剣』はますます激しく振動する。それはまるで、僕に早くシェリーを斬れと急かしているようだった。


『どうした、ジン。早くしないと手遅れになるぞ。あの子の望みどおり神剣を揮え。そして彼女の中の邪悪を討ち払え!』


 僕は頭の中に響いた声を聞いて、ゆっくりと『払暁の神剣』の鞘を払う。神剣は真っ青な地鉄に真っ白で清冽な刃を備えていた。


 剣を構えた僕を見て、シェリーは微笑と共に目を閉じて両手を広げる。安らかで、僕が知る中で一番きれいで神々しい顔だった。


「だあああーっ!」


 僕は精いっぱいの哀しみと共に、シェリーに『払暁の神剣』を叩きつけた。今まで生きてきた中で、一番つらい瞬間だった。


 ドムッ! パーン!


 僕の手に肉を断つ手応えが伝わり、鈍い音と鉄の鎖を引きちぎるような甲高い音が同時に部屋の中に響き渡った。


『ありがと、ジン……』


 シェリーの声が僕の耳に届く。僕はつぶっていた眼を開けてシェリーを見た。シェリーは幸せそうな微笑を浮かべ、傷口から瘴気のような魔力を噴き出しながら、僕の方に倒れかかって来た。


 僕がシェリーを抱きしめると、シェリーは耳元でつぶやくように訊いてきた。


『アタシ、きれい?』


 僕はうなずいて答えた。


『ああ、とても……とてもきれいだ』


『……そう、よかった……』


 シェリーはそうつぶやくと、がっくりと僕にしなだれかかってくる。彼女の命の灯もあと数秒、僕が数回息をする間に消えてしまうだろう。


 僕はそう考え、息を止めた。まるでそうすれば時を止められるかのように。


 その時、僕の右手に持った『払暁の神剣』が温かくまばゆい光を放ち、その光は僕がしっかりと抱き留めているシェリーをすっかり覆ってしまった。


 良く見ると、シェリーの身体から噴き出す瘴気に似た魔力は、その光の中でまるで浄化されるように薄くなっていき、やがて薄い翠……シェリーの魔力の色となっていく。


(これは、神剣の力か?)


 僕はその様子を見て、『シェリーは助かるのではないか』と、かすかに希望の光が灯る思いがしてきた。


 そして光がシェリーの身体に吸い込まれるように消えた時、魔力の噴出も止まった。


(まだ、温かい……シェリーは助かったんだ)


 僕は、腕の中にいるシェリーの体温を感じ取って、なぜかそう確信し、気が遠くなっていった。


   (Tournament23 蟲使いを狩ろう! 後編に続く)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

ジンが自分の秘密の一端を知り、物語はいよいよギャグから遠くなってきました。まあ、こうなるかなーって思ってはいましたが。

ギャグ路線でもそうでなくても、あたり前のことですがそれぞれ登場人物の魅力をしっかり出して行きたいと思っています。次回もお楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ