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キャバリア・スラップスティック  作者: シベリウスP
リンゴーク公国編
22/153

Tournament22 Insect User hunting:part1(蟲使いを狩ろう!前編)

ホッカノ大陸に渡ったウェンディは、スナイプを謎の男性と引き合わせていた。

そのころ、キマイラを倒したジンたち『騎士団』は、リンゴーク公からある事件の真相究明を依頼される。

ジンの一族に関する秘密が明かされる3部作の第一弾です。

【主な登場人物紹介】

■ドッカーノ村騎士団

♤ジン・ライム 17歳 ドッカーノ村騎士団の団長。ケンカにはめっぽう弱く、女性に好感を持たれやすいが、女心は分からない典型的『難聴系主人公』

♤ワイン・レッド 17歳 ジンの幼馴染みでエルフ族。結構チャラい。槍を使うがそれなりの腕。お金と女性が大好きな『やるときはやる男』

♡シェリー・シュガー 17歳 ジンの幼馴染みでシルフの短剣使い。弓も使って長距離戦も受け持つ。ジン大好きっ子だが報われない『負けフラグヒロイン』

♡ラム・レーズン 18歳 ユニコーン族の娘で『伝説の英雄』を探す旅の途中、ジンのいる村に来た。魔力も強いし長剣の名手。シェリーのライバルである『正統派ヒロイン』

♡ウォーラ・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士によって造られた自律的魔人形エランドール。ジンの魔力マナによって復活した。以降、ジンを主人と認識している。

♡チャチャ・フォーク 13歳 マーターギ村出身の魔獣ハンター。村では髪と目の色のせいで疎外されていた。謎の組織から母を殺され、事件に関わったジンの騎士団に入団する。


     ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


「……どういうことだ? まさか『風の宝玉』は俺と共鳴しているのか?」


 ジンがそう言った途端、『風の宝玉の欠片』がジン目がけて飛んできて、


 ドムッ!

「ぐあっ⁉」


 ジンの胸に深く突き刺さった。


「ぐ……なんで……」


 ジンは欠片がめり込んだ胸を押さえ、それを取り除こうとする。けれど風の宝玉の欠片は、そのままズブズブとジンの胸にめり込んでいく。そしてその度に、ジンの心臓は激しく鼓動を打ち、身体中が引き裂かれるような振動が襲う。


「ぐああっ!」


 ジンはその痛みの中で気を失った。



『風は、すべての命を吹き込み、そして奪い去る……だから風のエレメントを持つ者は、大切な者を失うのだ』


 僕は、遠くから聞こえる声にゆっくりと意識を取り戻す。


 ハッと目を開けると、突き抜けるような空が見えた。群青で、雲一つなく、そして頬をなでる風は清浄で暖かかった。


 僕はゆっくりと上体を起こした。胸の痛みはなく、欠片が突き立った場所に目を向けても、不思議なことに傷一つついていなかった。


『風と土の申し児よ、我がもとに来るがよい』


 遠くから、そんな声がまた聞こえた。僕はゆっくりと立ち上がると周囲を見回す。


(なにもないな……ここはあの世って所か?)


 見渡す限り平らな世界だった。目の届く限り遠くを見回しても、山も谷も見えないし、木々も見えない。ただ白く薄い霧が、地面を這うように彼方まで流れているだけだった。


『どうした、早く我がもとに来るがよい』


 またあの声が聞こえる。僕は何が何やら分からないまま、ただその声に導かれるように歩き出した。


 空は透き通るくらいに透明なのに、地面に流れる薄い霧は歩くたびに小さな渦を作る。僕がその単調さに苦痛さえ覚え始めた時、初めて遠くの方に人影が見えた。


(あれが、僕を呼んでいる人物だな)


 僕がそう思って駆けだすと、


『そんなに急がなくてもよい。わしはそなたの側にいるからのう』


 そんな声と共に、僕の10ヤードほど先に、白髪を長く伸ばし、アンバー色の瞳をした少女が姿を現した。少女は白いワンピースを群青色の細いベルトを三重巻きにして止め、同じく白い裾の詰まったズボンを穿いている。


 少女は、僕の姿を上から下まで眺めた後、一つうなずいて言った。


『よく来た、魔族の貴公子よ』


「魔族? よく間違えられるけれど、僕は魔族じゃなくて人間だが?」


 僕が言うと、不思議な少女は首を横に振る。見た目にそぐわない大人びた笑顔だった。


『そなたはバーボン・クロウの息子じゃろう? だったら魔族じゃ。それも魔族の中でも最高の魔力を誇る一族。まさかそなた、自らの一族の血の歴史を知らぬわけではあるまいな?』


 そう言われても、僕には何が何やらだった。だいたい父も母も、クロウ一族やライム一族のことなんて一切、僕には語ってくれなかったのだ。母が所属したライム一族が、とてつもない白魔女の一族だったらしいことですら、ワインが教えてくれるまで知らなかったくらいだ。


 僕の頭の中を読んだのだろう、少女はふうと小さなため息をつき、仕方がないと言ったような表情で話し始める。


『……そなたは本当に何も知らないようじゃな? クロウ一族は遠い昔、魔王をはじめとした妖魔たちを生み出した魔の一族なのじゃ。アルケー・クロウ、それがそなたの一族の祖の名前じゃ』


「……僕の一族が魔王や妖魔たちを生み出したとしたら、僕の父が魔王の降臨を阻止しようとしたのは、一族の皮肉って奴なのか?」


 僕は、自分の遠い遠いご先祖様が、魔王や妖魔たちを生み出した存在であることを知っても、そんなに動揺はなかった。むしろ心のどこかでそれを納得している自分がいることが不思議だった。


 僕の言葉に、少女は再び微笑と共に首を振る。


『そなたの一族には、妖魔たちに掟を定めて厳格に守らせようとする立場の者と、妖魔を狩り秩序を保とうとする立場の者が時々生まれてきた。

 その者たちはみな『魔王の降臨』の際に生まれ合わせ、その降臨を阻止してきた。その者たちは例外なくわしと『風と土の誓約』を結んだ。そなたの父もそうじゃ』


 彼女はそう言うと、アンバーの瞳をひたと僕に当てて、


『そなたとも、その誓約を結ぶ必要がある。ただし今ではない、そなたの胸にあるその欠片がすべてそろった時になる』


 そう言う。僕は思わず自分の胸を見てみた。あの欠片が突き刺さったところに、淡い翠の光が見える。


『そなたの中には宝玉の欠片がある。それがそなたを他の欠片のもとに導くだろう。そなたが風と土の申し子として『導く者』となるか、魔族の貴公子として生きるのか、わしはここから見ているぞ、ジン・クロウよ』


 その声を聴いた時、僕はとてつもない睡魔に襲われて、その場に倒れ込んでしまった。



 僕が目を覚ました時、僕は木陰で寝ていた。


「やあ、お目覚めかい?」


 声がする方を見てみると、ワインが葡萄酒色のウザったく伸びた髪を風に揺らしながら僕のことを見下ろしていた。


「ああ、ワイン。大丈夫か?」


 僕がそう言いながら起き上がると、ワインは腕を組んで流し目をキメながら答える。


「おかげでね? やはりあれは瘴気などではなく、魔力による状態異常だったようだ。キミがあのキメラを倒してくれたから良くなったよ。それに……」


 そう言うと、彼は僕に直径5センチくらいの球体をいくつか見せて言う。


「例によって例の如く、この魔法石マナストーンがキミの作ったクレーターのあちこちに散らばっていた。ただし、今度の魔法石はちょっと手が込んでいる」


「手が込んでいる? どういうふうにだ?」


 僕が立ち上がって訊くと、ワインは葡萄酒色の瞳を持つ眼を細めて答えた。


「この魔法石には、風、土、水、火の属性と共に、磁の属性がコーティングされていた。つまりこれらの魔法石は互いに引き寄せ合うようになっている。そのため、こいつをうっかり飲み込んだ動物たちは引き寄せられて魔力によって融合してしまったのだろう」


「……どこのどいつが、そんな手の込んだ真似をしてまで妖魔を生み出しているんだ?」


 僕がそうつぶやくと、ワインは首を振って


「分からない。『組織ウニタルム』の仕業って言うのが最もそれらしいけれど、確証があるわけではない。ひょっとしたら各国の上層部がそれに手を貸しているかもしれないしね?」


 ワインの言葉に、僕は黙り込んだ。否定したい気持ちはあったが、ウミベーノ村に現れたリヴァイアサンが、実は人為的に妖魔化されたシャチだったと聞いてもさほど驚かず、そのことを深く訊いても来なかったアルクニー公のことを思い出したからだ。


「……これは、急いでラムさんのお父上やオーガ侯国の戦士長殿の話を聞いた方がいいかもしれないな」


 僕がそう言った時、


「あっ、あそこにいるわ! ジン、大丈夫だった?」


 そう言いながら、シェリーとチャチャちゃんがこちらに駆けてくるのが見えた。


   ★ ★ ★ ★ ★


 ヒーロイ大陸の遥か東に、もう一つの大陸がある。


 ホッカノ大陸と名付けられたこの大陸には、その発見当初から住み着いた人たちの手で建てられた国、マジツエー帝国があった。


 マジツエー帝国はホッカノ大陸ただ一つの国ではあるが、大陸全土を支配しているわけではない。北と東にはまだどのくらいの広さがあるか分からないほどの土地が広がっていて、そこには毒を持った生物の他に、魔神や妖魔、そして得体のしれない生物が跋扈しているのだった。


「レイピア、今度の探検隊は首尾よく入植適地を探し当ててくれるといいな」


 帝都シャーングリラの東門の上で、隊列を組んで遠ざかって行く部隊を眺めながら、精悍な男性が傍らに立つ中年の女性に言う。


「そうですね。前回の探検で、国の東にそびえる山脈中央にはかなり広い鞍部があることが分かりましたから、もう少し東側まで探索できるものと思います」


 レイピアという女性がそう答えると、若者は


「帝国の人口もかなり増え、あちこちに都市や町ができるようになって久しい。そろそろ新たな入植地を探さないと、先帝陛下の時のように勝手に暗黒領域を探索する不埒者が出て来るとことだからな」


 そう言って、部隊が見えなくなるとレイピアを振り向いて言った。


「レイピア、諸卿を集めろ。朕は今日こそはあの無礼な『盟主様』とやらからの提案をどうすべきか、決定したいからな」


 そう言うと、お供に守られながら城門を降り始る。レイピアはそれに続いた。


 若者の名はマチェット・イクサガスキー、マジツエー帝国の第56代皇帝である。

 先帝ダガーから帝国を受け継いで3年。今年25歳の彼は、長年係争関係にあったヒーロイ大陸の諸国と和解し、ホッカノ大陸の探検事業に力を入れていた。


「初代ナイフ様から数えて5百年、その間わが帝国は着実に領土を広め、国力を増大してきた。何を考えているのか分からない正体不明の『盟主』とやらの下風に立つわが帝国ではない」


 皇帝マチェットは憤然とした眉のまま、大道に待っていた馬車に乗り込むと、


「レイピア、そなたは先帝陛下の妹として長く先帝陛下を補佐してきた。今までに『組織ウニタルム』と名乗る者たちが帝国に何か言ってきたことはあるか?」


 そう、向かいに座ったレイピアに訊く。


 レイピアは首をかしげていたが、ふと思い当たったように


「そう言えば、先帝陛下の許にはたびたび正体不明の訪問者が訪れていたような覚えがございます。その者とは先帝陛下と皇太后様のお二人でお会いになっていたようでございます」


 そう言う。皇帝マチェットは腕を組んで、


「ふむ、母上も亡くなって久しい。この世に在られるときには『組織』のことなど、一言も朕に話されたことはなかったが……」


 そう考えこむように言うと、すぐに顔を上げて


「……まあよい。先帝陛下が『組織』に対しどんな返事をしておられようと、朕は朕の信じる道を行くだけだ」


 そうつぶやいて、遠くを見る顔をした。



 事の起こりは半月ほど前、フェン・レイと名乗る乙女が現れて、政策立案を担当している大司空のシールド・ヘイワガスキーに


『ワタクシの名は、フェン・レイ。光輝ある『盟主様』第一のしもべにして並行宇宙の管理者です。『組織』を代表して、先帝ダガーと約束した件について確認しに来たわ』


 と言い出したことから始まる。


 大司空シールドは、フェンがどう見ても15・6歳にしか見えなかったことと、前任の大司空からも先帝からも『組織』の名やフェン・レイのことなど何も聞かされていなかったため、


『お嬢ちゃん、大人をからかうものじゃないぞ。まったく、取次ぎの者は何をしているんだ? まだ子どもじゃないか』


 そう言って追い返そうとしたが、フェンはまるで大人の女性のような妖艶な笑みを浮かべ、そして魔力を開放した。


『むっ、この魔力は……そなたは何者だ?』


『あら、ワタクシは最初に名乗ったはずですわ? 我が名はフェン・レイ、並行宇宙の管理者だとね? 大司空シールド、謹んでワタクシの話を聞きなさい』


 フェンはそう言うと、身体の周りに燃え立たせている魔力をさらに強くする。


 大司空シールドは魔力をある程度扱える男だった。フェンと名乗る乙女の魔力の質と量に驚いた彼は、とりあえずフェンの話を聞くことにした。


(この魔力の強さは、この女性、ひょっとしたら『賢者会議』の関係者かもしれない)


 そう考えを改めたからである。


『分かった、とにかく話を聞こう。こちらに座りたまえ、フェン殿』


 シールドが言うと、フェンはフンと鼻を鳴らして、シールドを見下ろすような視線で見つめながら、勧められた椅子に座る。フェンの執事らしき黒髪で黒曜石のような瞳を持つ美青年がその後ろに立った。


『早速だが、どういうことか聞かせていただきたい』


 差し向かいで椅子に座ったシールドが単刀直入に訊くと、フェンはクスリと笑って答えた。その内容はシールドを慌てさせるに十分なものだった。


『ふふ、単刀直入に訊くのね? それじゃワタクシも簡潔に答えるわ。ワタクシは先帝陛下との約束に基づき、この国の領土の半分を要求するわ』


 シールドは一瞬、フェンが何を言ったか分からなかった。そしてフェンの要求内容を理解した時、彼は思わず苦笑してしまった。


『はは、いやはや……フェン殿、先帝陛下はそなたに領土の割譲を約束されていたというのか? 初耳だ』


 するとフェンは厳かに頭を振る。


『ワタクシにではなく、『盟主』様に割譲を誓われたのです。シールド、3年前のことです。そなたもすでに閣内にいたはず。それを忘れるほどそなたは歳を取ってはいないはずでしょう?』


『そう言われても、私にはとんと記憶がございません。そもそもどう言う経緯でそんな約束をされたと思っているのでしょうか?』


 シールドが汗を拭きながら訊く。フェンは見下すような視線で説明した。


『3年前、この国を蟲が襲ったことがあるでしょう? それを『盟主』様がお鎮めになった。その対価として先帝のダガー陛下は、ワタクシたちの『盟主』様に領土の割譲を約束してくださった……そういうことよ』


『……フェン殿、この件は私の一存で返答できない。陛下に事情を説明し、陛下のお許しがなければ同意できない事項だ。少し時間をくれないか?』


 やっとのことでそう答えたシールドに、フェンは冷たい視線を投げると立ち上がり、


『ふん、マチェットの坊やにちゃんと説明してあげることね。一月したらまた来るわ、帰るわよ、ヴォルフガング・ガイウス・フォン・ローゼンバッハ・ヨハン・ダヴィデ・フォン・ヘーゼルブルク』


『はい、お嬢様』


 そう言って、フェンは執事と共に時空の歪みの中に消えた。



「先帝陛下がそのような約束をしていることを知っている者はいないか?」


 皇帝マチェットは、居並ぶ臣下にそう問いかける。けれど誰一人として、先帝と『盟主様』と呼ばれる人物との約束について知っている者はいなかった。


 大宰相レイピアも、3年前の蟲の大災厄のことは覚えていたが、突然それが鎮まった経緯はよく知らなかった。


「あの災厄は農作物に甚大な被害を及ぼし、何万もの国民が餓死しました。蟲を鎮めたのがフェンという女性の言うとおり『盟主』という人物ならば、その功績についての対価は支払われるべきです。けれどそれが領土の割譲という形で支払われていいものとは私も思いません」


 レイピアの言葉に大きくうなずいた皇帝マチェットは、不思議そうに訊いた。


「その『盟主』や『組織』とはどういうものなのだ? 何か調べはついているか?」


 レイピアは愁いを帯びた瞳で首を振った。


「いえ、鋭意調査中ですが、この2週間で調査員が10名ほどいなくなっています。『組織』に囚われたのか、それとも始末されたのかは分かりませんが……そう言うことでなかなか調べが進みません」


 それを聞いた皇帝マチェットは、大司空シールドに


「シールド、そのフェンという女性との折衝役はそなたに任せる。交渉を引き伸ばし、その間にできる限り詳しい情報を聞き出してくれ」


 そう命令するとともに、大司馬メイス・ダンゴスキーに対して、


「大司馬、そなたの役目は軍事と警察だ。その『盟主』とやらの部下がそれほどの魔力を持つ者であれば、最悪実力行使もあり得る。『組織』について調べるとともに、そいつらと刃を交えざるを得なくった場合のことも想定して、軍の方も準備しておいてくれ」


 そう命令を下した。


   ★ ★ ★ ★ ★


 ホッカノ大陸は、未探査の領域が残されている大陸である。


 現状では、最高峰はマジツエー帝国東の境界に位置するティンドル山脈にあるブロック山で、標高は9千174メートルである。


 マジツエー帝国で一番長い河川、アインクライン河はその山脈に源流を発し、大陸の北西海岸へと流れている。

 その河と帝国の北の境界を形作るギュンター山脈の間に、アルカディア・イム・オルフェという町があった。帝都シャーングリラから直線距離で1千2百キロほど離れたこの町は、いわゆる辺境の町であったが、魔物の襲撃もない比較的住みやすい町であった。


 その町の北の外れ、ギュンター山脈最高峰のポリフラン山の麓に、その家はあった。

 ちょっと見た目には、山小屋のように見える。質素で、目立たなくて、どこにでもあるような小屋だった。


 その小屋を二人の女性が訪れていた。一人はどう見ても13・4歳にしか見えない少女で、黒い髪を肩まで伸ばし、黒曜石のような瞳を持つくりくりとした目が印象的だ。緑のマントの下には白いシャツと革の半ズボン、素足に革のブーツといういでたちで、彼女の身長をはるかに超える両手剣を背負っている。


 もう一人は20歳をいくつか超えているだろう。長身に背中まで伸ばした金髪と、瑠璃色の瞳が特徴で、淡い翠のワンピースと緑青色の裾の詰まったズボンを穿き、足には木靴をつっかけていた。


「ヤッホー、ボクだよ、ウェンディだ。いないのかい?」


 少女が玄関のドアを叩きながらそう言うと、部屋の中で誰かが動く気配がして、ややあってゆっくりとドアが開かれる。


 出てきたのは、他人の心を射抜くような目と厳しい顔つきをした長身の男性だった。見た目は27・8歳と言ったところで、白髪を長く伸ばして後ろでくくり、白いシャツに漆黒のズボンを穿いている。


「ウェンディか。相変わらず騒々しい奴だな。おかげで朝のまどろみの時間が台無しだ」


 彼はそう言うと、ウェンディに入れとアンバーの瞳を持つ目で合図する。

 ウェンディはニコリと笑うと、


「朝のまどろみって言っても、もうお日様はあんなに高いよ? ボクが来て目を覚ましたんなら、ちょうどよかったんじゃないの?」


 そう言うと、男の視線が自分の後ろに立つ女性に向けられたのを見て、ウェンディはうなずく。


「ああ、このはエレーナ・ライムと言って、ちょっと訳アリの女の子なんだ。キミのところで少しの間匿ってもらいたいんだけれど、迷惑かな?」


 ウェンディの言葉を聞いて、男はびっくりしたように言う。


「エレーナ・ライム……ライム一族の白魔女だな、どこかで聞いたことがある名前だが……ひょっとしてこの女性は、四方賢者のスナイプではないか?」


「半分正解♬ ついこの間までは四方賢者のスナイプ様だったんだけれど、今はただのエレーナ・ライムさんさ」


 ウェンディの言葉に、エレーナもうなずいた。

 それを見た男は、厳しい表情でエレーナを見つめていたが、


「……まあいい、とにかく中に入るといい」


 そう言うと、二人を家の中に招き入れた。


「ふーん、すっかり君も一人暮らしには慣れたようだね、ヴィクトール?」


 ウェンディは勧められもしないのに椅子にどっかりと座ると、部屋の中を無遠慮に眺め回して言う。あまり広い家とは言えなかったが、床はチリ一つなく拭かれており、広い窓もピカピカに磨き上げられていた。

 部屋の真ん中には丸い樫のテーブルと、質素ではあるが年代物と思われる樫の椅子があり、そして部屋の隅にはどっしりとした長机が置かれている。


「17年も暮らしていると、自然に様々なことが身について来る。お前は相変わらずのようだな、ウェンディ」


 ヴィクトールは不愛想にそう言うと、サッと隣の部屋に引っ込む。一つ一つの動作がきびきびとして、訓練された兵士か機械のようだった。


「……あの、ウェンディ。彼は何者? とても人間とは思えない魔力よ?」


 エレーナが小声で訊くと、ウェンディはクスリと笑って


「まあ、彼のことは彼から聞くといいよ。ボクは彼について何も話す権利を持っていないからね。ただ、彼はいい人物だ、それは保証するよ」


 そう言っているところに、ヴィクトールが湯気の立つポットを持って戻ってきた。いつの間にか彼は白いシャツの上から漆黒の詰襟の上着を着ていた。


「紅茶だ。朝の一杯にはちょうどいい」


 ヴィクトールはそう言いながら白い磁器のカップに茶色の液体を注ぐ。


「ミルクや砂糖は?」


 ヴィクトールがエレーナを見て訊くと、ウェンディはニコニコしながら言う。


「ボクはブランデーがいいなぁ」


「お前には聞いていない。私はこのお嬢さんに聞いているんだ」


 ヴィクトールはにべもなく言い放つ。


「うん、知ってた」


 ぺろりと舌を出して言うウェンディ。二人はいつもこんな感じのやり取りをしているのだろうか……エレーナはそう思うと、笑みが自然とこぼれてきた。


「何かおかしいことを言ったか?」


 ヴィクトールが面食らったように訊くと、エレーナは首を振って答えた。


「いえ、ごめんなさい。ただ、あなたたちを見ていたら心が温まって来ただけよ。二人ともとてもいい友達なのね?」


 それを聞いてウェンディはニコニコ顔でうなずいたが、ヴィクトールは嬉しそうな顔一つせず、


「ふん、腐れ縁という奴だな。この呑兵衛娘は、たまにここに来たと思ったら酒ばかりかっ食らって寝ているからな。今日みたいにまだ一滴も飲んでいないことの方が珍しい」


 そう言うと、エレーナを見て訊いた。


「ところで紅茶にはミルクや砂糖はいるか?」


「いいえ、そのままいただくわ。ごちそうさま」


 エレーナはそう言うと、カップを両手で持ち、温かさを楽しむようにして紅茶を口にする。それを見てウェンディとヴィクトールもカップを手にした。


 やがて三人のカップが空になった時、ヴィクトールはエレーナに訊いた。


「賢者スナイプ、お前はこの呑兵衛娘が『組織』の者だということは知っているのか?」


 エレーナはニコリとしてうなずく。


「ええ、私も『組織』にはお世話になったクチよ。もっとも、『組織』そのもののことは私もよく知らないけれど」


 それを聞いて、ヴィクトールはポツリとつぶやく。


「ふむ、お前もエウルアに似て向こう見ずなところはあるな。やはりライム一族の血というべきかな」


 耳ざとくそれを聞きつけたエレーナが、


「あら、ヴィクトールさんって私の姉をご存知なのね?」


 そう言うと、ヴィクトールが何か言うより早く、ウェンディが笑って言った。


「そりゃあ、この()()()()が知らないことを探す方が難しいさ」


 ヴィクトールはウェンディをじろりと睨むと、


「呑兵衛娘、彼女が『賢者会議』から追われている訳を話してくれ。私のことをじいさんと言っている暇があるのならな」


 そう冷たい声で言う。


 しかしウェンディはぜんぜん堪えていないようで、


「何だよ、ボクのことを何度も『呑兵衛娘』って言っているくせに。お互い様だよ」


 そう反撃すると、真面目な顔になって


「それはそうと、なぜ彼女が『賢者会議』から追われる立場になったかってことだね? ボクも詳しくは知らないけれど、マイティ・クロウやその息子の件が大きいと思うよ?」


 そう言うと、エレーナの顔を見る。エレーナはうなずいて


「ええ、ウェンディの推察どおりよ。私はマイティ・クロウからすでに天命は去り、新たな天命はジン君に降りると見ているけれど、『賢者会議』のみんなはジン君をマイティ・クロウみたいに監禁するつもりでいるわ。そんなことしたら、誰が『魔王の降臨』を阻止するのかしら?」


 そう言った。


 ヴィクトールは目を閉じ、腕を組んでエレーナの話を聞いていたが、そのままの姿勢で訊いた。


「二つ訊きたい。一つはマイティ・クロウは今どうしているかということだ。彼が持っているはずの『風の宝玉』の行方も含めてな」


 エレーナはチラリとウェンディを見て答えた。


「マイティ・クロウは魔王との戦いに旅立ったわ。負けるかもしれないけれど、エウルア姉様やエレノア姉様がいるから、最後には魔王を封印できるだろうって言って。

 『風の宝玉』の件については、私は詳しくは知らないけれど、今はいくつかの欠片となってこの世界のどこかに散っているって話だったわ」


 ヴィクトールは『風の宝玉』が欠片となってしまったことを聞くと、びくりと眉毛を動かしたが、そのままの姿勢を崩さずに訊いた。


「二つ目は、なぜ『組織』と手を組んだのだ? 手を組んだという言い方が悪ければ、なぜ『組織』を頼ったのだ? 知ってのとおり『組織』は『賢者会議』を否定している。そして『浄化作戦』というとんでもない計画を持っている奴らだが?」


 エレーナは碧眼を細めて訊き返す。


「私はただ、『組織』の目的が正しければ手を結べるかもしれないって思っただけよ。それに『浄化作戦』って何? 私は初めて聞いたけれど」


 するとウェンディは慌てた様子で答えた。


「ああ、それは『組織』の根幹に関わる作戦だからボクも詳しくは知らないけれど、その名のとおり世の中を浄化するって計画なんじゃないかな~」


 しかし、ヴィクトールは目をつぶったまま、冷たい声で言った。


「ウェンディ、誤魔化すんじゃない。現在のところお前がその『浄化作戦』の責任者じゃないか。

 魔力を持つ人間たちの手によって『魔王降臨』を阻止することと、魔族の血を持つ者やエルフ、シルフ、オーガなど人間に友好的な種族も含めて『人外の者』を排除し、人間……それも魔力が覚醒した人間だけの世界をつくる……それが『浄化作戦』だと私は聞いているぞ?」


 ウェンディは頭を抱えて恨めしそうな声でヴィクトールに言った。


「あ~あ、言っちゃった。じいさんひどいよ~」


 けれどエレーナは、『浄化作戦』の詳細を聞いて顔色を変えた。


「ウェンディ、あなたがその責任者なの? ジン君をどうするつもりなの? 彼もまた魔族の血を持つ英雄よ?」


 ウェンディは辛そうな顔をしてエレーナを見ていたが、ポツリと言った。


「ボクが受けた命令は、『魔族の英雄は、利用価値が無くなったら排除せよ』だったよ。もちろん、ボクはその命令に素直に従うつもりはなかったんだけれど、『盟主様』にはお見通しだったんだろうね。ボクがその作戦遂行の責任者から外されてしまったのは」


 それを聞いて、エレーナは立ち上がると


「ウェンディ、『組織』の本部のありかを教えて? 『盟主様』って人もそこにいるんでしょ?」


 そう言うと、ウェンディは力なく首を振って言う。


「本部の場所なら教えないこともない。けれど『盟主様』に用があるのなら、本部の場所を教えても仕方ないんだ。なぜなら『盟主様』の『御座所』は別にあって、そこがどこだかボクにも分からないから」


 その様子を聞いていたヴィクトールは、初めて目を開けて腕組みを解き、二人に向かって言った。


「ウェンディの話は本当だろうな。私も『盟主』とやらのことは少し調べてみたが、その容姿、年齢、性別、そして居所すべてが不明だった。ウェンディは足を踏み入れすぎているから今さら『組織』を裏切れとは言わないが、お嬢さんには『盟主』の情報を少しでもつかんでから動くことをお勧めする。その間、この家は勝手に使うといい」


   ★ ★ ★ ★ ★


 キマイラを倒した僕たち『騎士団』は、元気を取り戻したシェリーやラムさん、チャチャちゃんと共に旅を再開し、リンゴーク公国の首府ベニーティングに足を踏み入れた。


「リンゴーク公国には洞窟が多い。多くは自然に形成されたものだが、中には岩塩採掘によって洞窟となったものもある。この国ではその洞窟を使ってキノコなどの栽培や加工が行われているんだ。

 洞窟とキノコがこの国にもたらした影響は産業だけではなく、美術や建築様式にまで及んでいる。家々の屋根が丸いことや、柱も上が細く、下が太くなっているのもそうだよ。こうして見てみると、まるでおとぎの国にいるみたいじゃないか」


 例によってワインが、そのうんちくを語ってくれる。彼の知識は該博で、大陸の地理や歴史に詳しいことは知っていたが、まさか建築様式や美術まで守備範囲にしているとは思わなかった。


 僕たちはワインの講釈を聞きながら、一風変わった建物が並んでいるベニーティングの町を当てもなく歩いていた。


「ところで、今日のお宿はどうしようか? ここのところ『ドラゴン・シン』の皆さんと一緒の旅が続いていたから、高級志向に染まっちゃわないかと心配しているけれど」


 僕が言うと、ラムさんが額の白い角をなでながら言う。


「確かに、私も少しぜいたくに慣れてしまった気がする。騎士たる者、それではいけないと思うから、今夜は久しぶりに野宿しませんか、団長?」


 ラムさんはユニコーン氏族の戦士で、真紅の瞳と髪が印象的な美女だ。

 故国では『獅子戦士』の称号を持っていて、『伝説の英雄』を探せとの命令を受け、たった半ソブリン(約5円相当)を餞別にもらっただけで1年間大陸を旅していたという強者だ。


「えー、野宿じゃお風呂に入れないし、おちおち身体も拭けないじゃない。アタシは安くてもいいからお風呂に入れるところに泊まりたいよう」


 金髪碧眼でポニー・テールのシルフ、シェリーがラムに反対意見を述べる。彼女はエルフのワインと共に僕の幼馴染で、僕が『騎士団』を立ち上げた時からのメンバーだ。


 彼女はきれい好きで、ドッカーノ村にいた時は日に一回のお風呂を欠かしたことがなかった。さすがに旅に出てからは毎日とまではいかなかったが、それでも一日おきには身体を拭いたり水浴びをしたりしていた。

 シルフの掟で裸を見られたらその相手と結婚しなきゃいけないそうなので、彼女の意見もむげには否定できない。


「これは賛成多数で決めないといけないかな?」


 僕はそう言ってチャチャちゃんを見る。僕の『騎士団』で最年少、13歳の彼女は銀髪をシェリーと同じポニー・テールにして、肩には狙撃魔杖を担いでいる。


 彼女は狩人の村、マーターギ村出身で、母親を『組織』のフェンとか言う厨二病女に殺されてしまった。村でもいろいろ辛いことがあったようで、僕たちと共に旅をすることになった子だ。


 チャチャちゃんは僕の視線を受けて、


「あ、あたしはシェリーお姉さまと同じです」


 そう、シェリーの腕をつかんで言う。彼女の騎士団入りに際して、一番力を尽くしたのがシェリーだったこともあり、二人は実の姉妹のように仲がいい。


 僕はさらにもう一人の女性、ウォーラさんを見た。

 彼女は白髪にアンバーの瞳を持ち、メイド服を着て両手剣を背負っている。


「ご主人様、私は基本的にはご主人様のご意見に従いますが、今夜の降水確率は0%ですし、気温も夜中最も低い時で華氏76度の予想ですので、野宿によるスキル向上はお勧めです。半径5マイル以内には私の魔力探知装置に反応するものもいませんし」


 ウォーラさんは野宿賛成派のようだ。

 ちなみに彼女は人間ではなく、自律的魔人形エランドールという機械だ。魔力マナを動力源とする彼女は、見た目は人間とちっとも変わらない。思考能力もあるし感情も持っていて、そして何より戦闘においては攻撃・防御の両面で無類の強さを誇る。


 彼女は『組織』の息がかかったMADな博士によって造られ、なんやかんやあって僕の魔力で再起動したため、以降は僕のことをご主人様と呼んでいる。


「ボクはどっちでもいいよ」


 僕の視線を受けて、ワインがニコリと笑って言う。くそっ、ワインめ、僕に決定を押し付けやがったな。


 僕は迷った。騎士たる者、窮乏に耐えて心身を鍛錬することは大事だ。けれどシェリーのように様々な制約がある団員のことをまるっきり無視もできない。


 ラムさんやシェリーの視線が痛いほど刺さる中、僕が考えあぐねていると、天の救いかのように美々しく武装した男が僕たちのところに走って来た。司直かもしれない。


「何だ? 司直に誰何される理由は思い当たらないが」


 ラムさんがそう言いながら、背中の長剣に手を伸ばしながら僕たちの前に出る。


「ご主人様に仇なす者は、私が許しません」


 ウォーラさんも同様にアンバーの瞳を光らせてラムさんと並んで立った。


 そこで立ち止まった司直のような男は、敬礼しながら僕たちに言った。


「ドッカーノ村騎士団の方々ですか? 私はリンゴーク公の遣いで参りました秘書官のオーツ・カイマンと申します」


 どうやら僕たちを不審者と思って近づいてきたようではないようだ。それにしても公の呼び出しとはただ事ではない。僕は前に出てうなずくと自己紹介した。


「ええ、僕が団長のジン・ライムです。リンゴーク公の使いとおっしゃいましたが、僕たちに何かご用事でも?」


 僕が訊くと、オーツさんは真剣な顔でうなずいた。


「はい、この国の危機を救っていただきたいんです」



 僕たちは、オーツさんに連れられてベニーティングの中央にあるお城までやって来た。


「……ねえジン、このお城の形、どこかで見たことない?」


 後ろを歩くシェリーが小声で僕に話しかけて来る。


「うん、僕もそう思った。どこかで見たことあるんだよな~。何だったっけ?」


 僕も小声で返す。


 僕たちのひそひそ話が聞こえたんだろう、チャチャちゃんがシェリーにささやいた。


「シェリーお姉さま、このお城ってマイタケみたいですよね?」


「そうよ、それ!」


 シェリーは思わず大声でそう言ってしまい、何事かと立ち止まってこちらを振り返ったオーツさんに、顔を赤くして釈明する。


「あ、いえ、何でもないんです。ちょっと思い出したことがあって。えへへ」


「そうですか」


 オーツさんはニコリと笑うと、そう言って再び僕たちを先導して歩き出した。


 シェリーは顔を赤くしたまま小さくなっていたが、僕が


「シェリー、行こう。公を待たせるわけにはいかないよ」


 そう言うと、ワインもニコリとして


「まあ、この城の形が気になるのは仕方ないことさ。先に言っておけばよかったが、リンゴーク城はキミたちの想像どおりマイタケをもとにしたデザインになっているんだ。この国一番の特産品だからね」


 そう言うと、


「シェリー、オーツ殿もああやって困っていらっしゃる。副団長たるキミが歩きださないと、ボクやラムさん、ウォーラさんも歩くことができない。ジンの言うとおり先に進んでくれないかい?」


 と、こちらを振り向いて待っているオーツさんを指さして言った。



「よく来てくれた。リンゴーク公国はそなたたちを歓迎するぞ、ドッカーノ村騎士団の勇者たちよ」


 接見の間に通された僕たちは、型通り二列横隊になってリンゴーク公国の国主、マッシュ・ルーム公と対面した。


 マッシュ公は30歳くらい、丸顔に優しい目をしていた。


「君たちの噂は聞いている。マーターギ村ではトロールたちを鎮圧し、我が国の商人たちを悩ませていた人狼の山賊たちも退治してくれたようだな。国主として礼を述べさせてもらうぞ」


 マッシュ公からそう言われると、何か気恥しい気がする。僕は首を振って答えた。


「いえ、マーターギ村でのことは騎士として見過ごしにできなかったことですし、人狼の山賊たちの討伐に当たっては、『ドラゴン・シン』の皆さんの方が活躍されていました」


 それを聞いて、マッシュ公はふくよかな身体を揺らして笑い、


「はっはっはっ、それが騎士の謙譲というものかな? 実に奥ゆかしく、頼りになりそうな若者たちだ。これ、マツタ秘書官長、あれをこの勇者たちに」


 そう、傍らにいる眼鏡をかけた生真面目そうな男性に声をかける。


 男性は、


「はっ」


 と一礼し、きびきびした動作で僕の前までやってくると、


「公からの授与品です。謹んでお受けください」


 そう言いながら、銀のメダルを僕に手渡す。


「これは?」


 僕が訊くと、マツタという秘書官長が答えるより早く、マッシュ公が


「我がリンゴーク公国の栄誉騎士メダルだ。山賊の討伐について感謝の気持ちを表したもの。ぜひ受け取ってくれたまえ」


 そう、猫なで声で言う。


「おい、ジン。ちょっとこの流れはアルクニー公国でのことと似てないか?」


 左隣にいるワインが、小声でささやく。僕も何だか薄気味悪くなってきた。確かに山賊たちは人狼というヤバい奴らだったけれど、『ドラゴン・シン』の皆さんのおかげで難なく退治できた。そのことはさっきちゃんと言ったはずなのに、厚遇過ぎる気がしたのだ。


 けれど、僕たちを案内してくれたオーツさんが頼むような目でこちらを見ている。そう言えば彼は、公からの依頼があると言っていた。


 僕はそのことを思い出し、メダルを受け取らずに公に言った。


「使いの方からは、僕たちに何かご用事があると伺いました。栄誉の品を受け取る前に、その依頼についてお聞かせ願えませんか?」


 するとマッシュ公は、眉をひそめて心配そうに言う。


「メダルは受け取ってくれないのか? 先に言っておくが、余の感謝の印を受け取ったからと言って、余が依頼する件を絶対に受けよとは言わぬぞ」


 そうだったのか……けれど、それを聞いてさらに受け取りづらくなった。


「どうでしょう、ご依頼の件を伺ってから受け取らせていただくと言うのは。僕たちに手に負えない依頼であれば、受章はご辞退いたしますが」


 僕が言うと、隣のワインも葡萄酒色の髪をかき上げながら


「名誉は努力の後からついて来る……ボクたちはそう思っております。人狼たちの討伐は我が騎士団独力で行ったものではございません。公に置かれましてはそこをご考慮いただき、ボクたちに騎士の美徳を辱めないようにさせていただきたいのです」


 そう言うと、マッシュ公も渋々ながら、それでも感心したように言う。


「ふむ……それほどまでに言うなら、お礼もせずに依頼をするのは余の信条に反するが、話をさせてもらおう。それにしてもそなたたちは若さに似合わずよく出来た騎士たちだ。余は感心したぞ」


 そして、畏まる僕たちに、真剣な顔をして『国の大事』を話しだした。


「そなたたちは、3年前ホッカノ大陸で起きた『大蝗害』は存じておるか?」


 僕は知らなかったが、こんなことには詳しいワインがうなずいて答える。


「はい、聞いたことはございます。なんでも虫が大発生して、1年近くにわたりマジツエー帝国の領土内を暴れ回ったらしいですね。餓死者も相当な数が出たと記憶しています」


 マッシュ公はうなずいて、


「うむ、マジツエー帝国はその詳細を公表してはいないが、新たな皇帝マチェットがその後すぐにヒーロイ大陸の諸国と和平を結んだ状況から鑑みるに、相当な打撃を受けたことは想像に難くない。

 我が国の調べでは虫によって命を落としたものとその後の飢饉で亡くなった者の数は、マジツエー帝国の人口の4割近くに及ぶと試算している」


 そう言う。一国の人口が半分近くになるなんて、たかが虫と笑い飛ばすには余りにも巨大な数字だ。


「この国でも、その虫が大発生しているとでも言われるのでしょうか?」


 僕の後ろからラムさんが訊くと、マッシュ公は首を振って言う。


「いや、まだ大発生はしていない。けれどその兆候はあるのだ。我が国の南東にナメーコという町があり、そこからの音信がここ半月ほど途絶えている。軍を派遣したがまだ帰って来ず、状況がよく分からんのだ」


「……ナメーコはこの国でも周囲をカルデラで囲まれた地形。街道が何かの拍子で通れなくなっているということはございませんか?」


 大陸の地理に詳しいワインが訊くと、マッシュ公は深刻な顔をして答えた。


「それなら、軍は何故帰って来ないのかが気になるところだ。それに一人としてナメーコからの旅人がいないことも気にかかる。何か悪いことが起こっているに違いないのだ」


「その『悪いこと』と『大蝗害』を結び付けて考えられた理由を聞かせていただけませんか?」


 僕が問うと、マッシュ公の代わりにマツタ秘書官長が眼鏡を押し上げながら言った。


「その点につきましては、私からご説明いたします。実はナメーコ街道を管理している者たちから、虫の死骸がたくさん送られているのです。その虫は、ホッカノ大陸で大発生したと言われるアカグンタイアリです」


 アカグンタイアリ! 僕はそれを聞いて事態の深刻さを理解した。このアリは数年に一度大発生して巣分かれのための移動を行う。その進路上にあるものすべてを食らいつくしながらだ。しかし……


「……グンタイアリはこの大陸にはいないのではないのですか?」


 シェリーが不思議そうに訊く。


 マツタ秘書官長も不思議そうに答えた。


「はい、グンタイアリという種はこの大陸の固有種ではございません。おそらくホッカノ大陸から何かの形で運ばれてきたものだと思います」


 僕はワインとシェリーの顔を交互に見る。二人とも難しい顔で考えている。

 まあ、相手は小さいとはいっても獰猛で、しかも数が多い。5・60匹叩き潰す間に目や鼻や耳から体内に侵入されたらそこで一巻の終わりだ。慎重にならざるを得ない。


 けれど、後ろでラムさんはチャチャちゃんに何か小声で聞いていたが、不意に僕に明るい声で言ってきた。


「団長、何とかなるかもしれません。この国の危機を救えるのなら救いましょう!」


   ★ ★ ★ ★ ★


 僕たちは、マッシュ公の話を聞いてすぐ城を後にし、凶暴なアカグンタイアリがいるかもしれない……というかいることはほぼ確定しているナメーコへと出発した。


「アタシ、虫は苦手なのよね」


 シェリーがぼそりと言うと、ラムさんが同意して言った。


「私も虫は苦手だ。けれど父上にはそんなこと言えなかった。言えば虫嫌いを克服するまで虫で一杯の部屋に監禁されただろうからな」


「えっ、それって虐待じゃん。アタシそんなことされたら気絶しちゃう」


 シェリーが怖気をふるう。


 そんなシェリーに、チャチャちゃんが瞳をキラキラさせて言う。


「シェリーお姉さま、ご安心ください! あたしがお姉さまをお守りいたしますっ!」


 それを聞いて、ラムさんがニヤニヤしながらシェリーとチャチャちゃんを冷やかす。


「ほほう、シェリー、君は本当にチャチャから好かれているんだな。今はジェンダーフリーの時代だ。チャチャの求愛を受け入れてあげたらどうだ? なに、ジン様のことは心配するな。私がちゃんと一生添い遂げて幸せにして差し上げるから」


「だ~か~ら~、勝手に添い遂げようとしな~い! アタシだってジンのことがス……」


 ラムさんに抗議しようとしたシェリーが、突然口を閉ざして僕を見る。そして顔を赤くして訊いてきた。


「ジン、アタシが何を言おうとしたか分かる?」


 突然話を振られた僕は、慌ててシェリーが何を言いたかったのかを推測する。


 そして恐る恐る言った。


「シェリー、お前ひょっとして『ジンのことガスバス爆発』って言おうとしたか? がはっ!」


 そして僕は、シェリーからウエスタンラリアットを食らって吹っ飛ばされた。


「何よジンったら、信じらんない!」


 シェリーはぷりぷり怒って僕にそう言うと、


「チャチャ、早く行くわよ!」


 チャチャちゃんにそう言うと、二人で偵察に出かけた。



「……さま、ご主人様。聞こえていますか? 聞こえたら返事してください」


 地面で伸びている僕に、懐かしく優しい声が心配そうに呼びかけてくる。その声がはっきりと耳に聞こえて来て、僕は意識を取り戻した。目を開けようとしたが何か重くて冷たいものがまぶたを塞いでいる。


「……なんだこれ?」


 僕がそう言って手を動かそうとすると、


「あっ、ご主人様、まだ動かないでください。ご主人様は3時間も気を失っていたんですから、動く前に私がバイタルチェックをいたします」


 そう、ウォーラさんの声がする。


 確かに、後頭部が痛いし、ラリアットをもろに食らった顔面も痛い。僕はおとなしくウォーラさんの言うことに従った。


「……脳幹部には異常ありませんし、頭蓋骨にもひびや骨折は見当たりません。ただ、打撲でまぶたが腫れているのと眼球がうっ血していますので、もう少し冷やした方がいいと思います。吐き気とかはございませんか?」


 僕の身体をスキャンしていたのだろう、しばらくするとウォーラさんがホッとしたように言う。僕は


「うん、特に吐き気とかはないが、後頭部と顔面が痛い」


 そう答えた。思えばこれはウォーラさんが、僕がちゃんとしゃべれるかをチェックしたんだろう。とすると、僕はかなり激しく転倒したってことだろうな。


「それは仕方ありません。ご主人様の後頭部にはかなり大きなこぶができていますから。でもご主人様の頭ってとても硬いんですね? 首の方には違和感はございませんか?」


 ウォーラさんがくすくす笑いながら訊いて来る。僕はもぞもぞと首を動かしてみて、


「……少し、痛いかな」


 そう答える。ウォーラさんはうなずいて、


「むち打ちに近い症状が出ると思います。けれど首の骨には異常はございませんから、あまり心配は要りませんよ?」


 そう僕の髪を撫でながら言ってくれた。うん? ウォーラさんが僕の髪を撫でている?


 僕はハッとして訊いた。


「ウォーラさん、ひょっとして今、膝枕状態? まさかまた、僕に自分のマナを?」


 するとウォーラさんは笑いながら答えた。


「はい、ちょっとくすぐったいですね。でも今回は、マナを補充しなきゃならないほどの重篤な状態ではなかったので、ただこうやってご主人様をお見守りしていただけです」


 それを聞いて、僕はホッとした。またウォーラさんに無茶をさせたんじゃないかと心配したのだ。


 そこに、


「あの……ジン、ごめんなさい。まさかこんな酷いことになるなんて思わなかったの」


 しおらしいシェリーの声がする。僕は笑って答えた。


「ゴメンって謝らなきゃいけないのは僕の方さ。シェリーが言いたいことが本当に想像できなくて、つい寒いギャグを飛ばしてしまった」


 するとシェリーは呆れたのだろう、泣きそうな声から一転、何かを諦めたかのようなため息をつき、


「はあ……ジンが難聴系思わせぶり主人公って知っていたけれど、ここまで重症とは思わなかったわ。こんな設定にした作者を恨むしかないわね」


 そう、訳の分からないことをつぶやくと、


「アタシとチャチャは、偵察してきたことをもとにワインやラムと作戦会議をするから、ジンはそこでウォーラの膝枕を堪能してて。ウォーラ、ジンを頼んだわよ?」


 そう、ウォーラさんに言う。その声は心なしか少し優しく聞こえた。


「待てシェリー、リンゴーク公国のクエストに関することなら僕はこうしちゃいられないんだ。ウォーラさん、ちょっと手を貸してくれ」


 僕がそう言って起きようとすると、シェリーははっきりと優しい声で言った。


「もう、ジンったら、アタシにこれ以上心配かけないって約束したじゃない。団長に不慮の事故がある場合、『騎士団』を動かすのは副団長たるアタシの仕事よ? ウォーラ、ジンを押さえてて」


「承知いたしました」


「ちょっと待てって! 相手が相手なんだ。ウォーラさん、僕に手を貸してくれ」


 シェリーが歩き去る足音が聞こえる。僕はそれを聞いて、なぜか悪い予感に襲われながらも、ウォーラさんに押さえつけられて動けなかった。



「ジンは?」


 ワインたちのもとに戻ったシェリーは、その問いにニコリとして答える。


「大丈夫。ただの打撲みたいよ? 目がふさがっているから戦闘は無理みたいだけど」


 するとラムは、緋色の瞳をシェリーに向けて言った。


「今回のクエストは、今までの妖魔退治とは違った危険がある。相手が圧倒的多数で、しかも死を全く恐れないということだ。私は団長が回復するまで作戦の実施は反対する」


 ラムの意見に、ワインが賛成する。


「シェリーちゃん、ボクもラムさんの意見に賛成だ。今回の作戦にはジンのシールドは不可欠だ。

 キミ自身偵察報告で言ったじゃないか、街道はいたるところ骸骨が散らばっていたって。一匹でも皮膚を食い破って体内に侵入したらアウトなんだ。ボクはこのアリも十中八九、妖魔化していると見ている」


「……チャチャ、あなたは?」


 シェリーが碧眼をチャチャに向ける。チャチャは緋色の瞳に脅えの色を見せて答えた。


「あ、あたしはシェリーお姉さまが心配です。団長さんもすぐに回復すると思うから、ラムさんやワインさんの言うとおり、それまで偵察に徹した方がいいと思います」


 シェリーは三人の意見を聞いて、一つうなずくと言った。


「アタシも、ワインの言うとおりあのアリたちは妖魔化していると思うわ。恐らくナメーコの町には、生きているものはアリたちしかいないはず。それなのにまだ町中に留まっているのは不思議だと思っていたけれど、さっきジンに会ってきて分かったの。あいつらの狙いはジンだって」


「それじゃシェリー、君はあのアリたちを妖魔化してこの大陸に持ち込んで、ジン様を狙っている奴がいるって、そう思っているんだね?」


 ラムが訊くと、シェリーは薄く笑って答えた。妙に自信に満ちた顔だった。


「うん、きっとあたしたちが行くところ行くところ、先回りしていろんな動物を妖魔化させてきた奴がいるはずよ。アタシはそいつを見つけ出して、なぜそう言うことをするのかをとっちめてやりたいの。ジンがいない今だからこそ、この作戦をやりたいの」


「……ジンがいたら、そいつは本気になるってわけか。けれどジンがいなければ、そいつは姿を現さないかもしれないが……」


 ワインが言うと、シェリーは


「以前ならそうだったかもしれないわ。でも今は、ジンが『風の宝玉の欠片』を持っているから、姿を現さないってことはないはず」


 そう答えて、ワインに訊く。


「ワイン、ナメーコの近くに、そう言う奴が身を隠せそうな場所って心当たりない?」


 すると、葡萄酒色の瞳を持つ眼を細めて何かを考えていたワインは、ハッとしたように顔を上げて言う。


「あ、ああ。ナメーコの南東にキノコノコ洞窟があるが、そこは内部が入り組んでいてそんな奴が隠れるのには絶好の場所だ」


 するとシェリーはニコリと笑って言った。


「さすがワインね。それじゃ、明日の朝、その洞窟に攻撃をかけましょう。それまでに準備しておいてね?」


 そう言って立ち去るシェリーの後姿を見送りつつ、ワインは


「何だろう、この違和感は? ボクは何か大事なことを見落としている気がする……」


 そうつぶやいていた。


   (Tournament23 蟲使いを狩ろう!中編へ続く)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

ジンが魔族の血を引く一族ということは、今後の物語に……というかギャグにどんな影響を与えるのか、作者としても気になるところです。

そしてウェンディがスナイプを引き合わせたヴィクトール、彼も何か大きな秘密を抱えているみたいで、ワクワクしながら書いています。

次回は、ジンとシェリーに災いが? どうぞお楽しみに。

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