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キャバリア・スラップスティック  作者: シベリウスP
リンゴーク公国編
21/153

Tournament21 The Chimera hunting(キマイラを狩ろう!)

国境付近の山賊を討伐したジンたち『騎士団』の前に、またしても妖魔が。

偵察に出たシェリーやチャチャ、そしてラムまでもがその毒に当てられてしまう。

ジンとワインは、妖魔キマイラを倒せるか?

【主な登場人物紹介】


■ドッカーノ村騎士団


♤ジン・ライム 17歳 ドッカーノ村騎士団の団長。ケンカにはめっぽう弱く、女性に好感を持たれやすいが、女心は分からない典型的『難聴系主人公』


♤ワイン・レッド 17歳 ジンの幼馴染みでエルフ族。結構チャラい。槍を使うがそれなりの腕。お金と女性が大好きな『やるときはやる男』


♡シェリー・シュガー 17歳 ジンの幼馴染みでシルフの短剣使い。弓も使って長距離戦も受け持つ。ジン大好きっ子だが報われない『負けフラグヒロイン』


♡ラム・レーズン 18歳 ユニコーン族の娘で『伝説の英雄』を探す旅の途中、ジンのいる村に来た。魔力も強いし長剣の名手。シェリーのライバルである『正統派ヒロイン』


♡ウォーラ・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士によって造られた自律的魔人形エランドール。ジンの魔力マナによって復活した。以降、ジンを主人と認識している。


♡チャチャ・フォーク 13歳 マーターギ村出身の魔獣ハンター。村では髪と目の色のせいで疎外されていた。謎の組織から母を殺され、事件に関わったジンの騎士団に入団する。


 ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


「ジン・ライムたちはリンゴーク公国にいるだと⁉」


 アルクニー公国ドッカーノ村に置かれた『賢者会議』の本拠地で、大賢人マークスマンが報告を持ってきた四方賢者の一人、賢者ハンドにそう訊く。


「はい、マーターギ街道に巣食った人狼の山賊たちを討伐して、現在はエーリンギーにいます」


 ハンドの返事を聞くと、大賢人は白いひげを左手でなでながら何か考えていたが、


「……よし、とにかくジン・ライムから目を放すな。彼とスナイプが接触したら、すぐに私に知らせるとともに、二人ともここに連れて来るのだ」


 そうハンドに命令する。


「承りました。けれど、賢者スナイプ様……もとい、スナイプがジンに会いに来るでしょうか? 今頃はホッカノ大陸にいるのでは?」


 ハンドはマークスマンの冷たい視線を受け、慌てて言い直しながら訊く。


 マークスマンは確信を持っているようにうなずいて答えた。


「会いに来る。ジン・ライムはスナイプにとって特別な存在だからな。スナイプが抵抗したら、『賢者会議』の名のもとに、その場で始末してもよい。ただし、ジンだけは生かして連れて来るのだ」


 冷厳な大賢人の命令に、賢者ハンドはうなずいて退出した。


「ふん、スナイプ……いや、エレーナ・ライムよ、そなたのおかげで私の計画もすっかり狂ってしまったではないか。まったくエウルアと言い、エレノアと言い、そしてエレーナと言い、どうしてライムの一族は我々リー一族と相性が悪いのだ」


 誰もいなくなった大賢人の部屋で、マークスマンは窓の外を眺めながらそう苦々し気につぶやいた。




 僕たち『騎士団』は、『ドラゴン・シン』の皆さんより早く宿を発ち、エーリンギーの町をほっつき歩いていた。


「これからどうする、ジン?」


 右隣を歩いている我が『騎士団』の事務総長、ワイン・レッドが、ご自慢の手槍を肩に担ぎながら訊いて来る。


「そうだなあ、最終的にはラムさんの故郷にお邪魔することになるけれど、せっかく旅に出たんだし、それまでいろいろな国を見て回りたいな」


 僕が答えると、左前を歩いている金髪のポニー・テール女子、シルフのシェリーが僕を振り向いて賛成する。彼女とワインは、僕と同じドッカーノ村出身で、僕が『騎士団』を立ち上げた時からの仲間であり、幼馴染だ。


「アタシも賛成! せっかく村を出てきたんだし、こんな旅って一生に何度もできないかもしれないから、いろんなところを見て回りたいな。ねっ、チャチャ?」


 そう言うと、僕の左隣を歩いていた少女が、顔を赤くしてボソッとつぶやく。


「あ、あたしは、シェリーお姉さまと一緒ならどこにでも行く」


 彼女は僕の『騎士団』最年少の団員、チャチャ・フォークちゃんと言って、狩人の村マーターギ出身だ。母親を悪い厨二病女に殺されて、僕たちと共に旅をすることになった。


 まだ13歳だが狙撃魔杖の腕は一人前で、人狼の山賊討伐では山賊の親分を遠距離狙撃で仕留めている。


「ふっふ~ん、チャチャ、君はずいぶんとシェリーにほれ込んだようだね? そのまま妹にしてもらったらどうだ?」


 僕の前を歩くラムさんが、振り向いてチャチャちゃんをそう言ってからかう。


 ラム・レーズンさんは、額に白い角を持つユニコーン族の戦士だ。緋色の髪を首の後ろでくくり、赤い戦袍の上から革鎧を着込み、下は黒いズボンに革のブーツ、背中には彼女のトレード・マークである長剣といういでたちで、僕たちの中では最も戦士らしかった。


 年端も行かないチャチャちゃんにとって、ラムさんからはとてつもない威圧感を感じているらしい。チャチャちゃんは赤くなって


「え、で、でも、そんな、いいかも……」


 と口ごもる。


「こら、ラム。チャチャをからかわないの。ほら、困っているじゃ……」


 シェリーがラムさんにそう言ってチャチャちゃんを見ると、チャチャちゃんは熱い視線をシェリーに向けてボーっとしていた。


「お、おねえさま……シェリー姉さまがおねえさまって……いいかも……」


 そんなことをつぶやいているチャチャちゃんを見て、ラムさんはニヤリと笑ってシェリーに言った。


「ふふ、シェリー。こんな純真な子の心を奪うなんて、君は本当に罪作りな女性だな。観念してチャチャの気持ちを受け止めてやるといい。なに、ジン様のことなら心配するな。私が一生添い遂げて幸せにして差し上げるから」


「こらーっ! 勝手にジンと添い遂げるなんて決めるなーっ! アタシだってジンと……うえっ⁉ こら、チャチャ、抱きつかないの~!」


「シェリーおねえさま~ん♡」


 ラムさんに何か異議申し立てをしようとしたシェリーは、後ろからチャチャちゃんに抱き着かれて困惑の声を上げる。


 シェリーとチャチャちゃんはあまり身長の差もなく(シェリーは150センチ、チャチャちゃんは145センチだ…ジン注)、二人ともポニー・テールだから、知らない人は二人が姉妹だと言われれば信じてしまうだろう。


 チャチャちゃんはしっかりとシェリーに抱き着いて甘えている。う~ん、実に微笑ましい光景だ。


「ちょっとジン、『実に微笑ましい光景だ』なんてのんきなこと言ってないで、チャチャを何とかしてよ」


 シェリーが明らかに困り顔で僕に言ってくる。ということは、彼女は本当に困惑しているらしい。僕は念のためにシェリーに訊いた。


「えっと、シェリー。ひょっとしてマジで困ってるのか?」


 するとシェリーはこくこくこくとうなずき、僕に手招きをする。


 僕が彼女のすぐそばまで近寄ると、シェリーはぴとっとひっついているチャチャちゃんに聞こえないくらいの声で言った。


「当たり前じゃない、アタシは別にレズっ気はないわよ。でも邪険にしちゃチャチャが傷つくし……だから何とかして」


 僕はどうしたものかと考えたが、すぐに名案が閃いた。


「チャチャちゃん、せっかくお姉さんに甘えているところ悪いけれど、一つ任務がある。シェリーと一緒にこの道の様子を偵察して来てくれないか?」


 僕がそう言うと、チャチャちゃんはハッとした顔でシェリーから離れる。そしてシェリーに、


「副団長、あたしは何をすればいいですか?」


 そう、肩にかけた狙撃魔杖をチェックしながら訊いた。


 その時、団員の最後の一人、ウォーラさんが僕に訊いて来る。


「ご主人様、この先で道は二つに分かれます。どちらの道を進まれるおつもりですか?」


 彼女は肩までの白い髪を揺らし、アンバー色の瞳で僕を見て首をかしげた。その様はメイド服を着ていることもあってとても可愛らしい。


 と言っても彼女は人間ではなく、魔力マナを動力源とする機械だ。自律的魔人形エランドールと言って見た目は人間そっくりで、しかも感情や思考能力も備えている。さらには戦闘ではマナを使いこなして攻撃能力や防御力を高めることすらできる優れモノだった。


「そうだね、右へ行けばマーイータケの町からターカイ山脈の切通しを抜けてトオクニアール王国のシュバルツハウゼンに着く。左に行けばシメジーノの村を経てこの国の首府、ベニーティングだよ。各国の首府は見ておいた方がいいんじゃないかな?」


 例によって大陸の地理や歴史にめっぽう詳しいワインがそう教えてくれる。


「では、リンゴーク公国の首府、ベニーティングを視察したら、エノーキーからトオクニアール王国のシュッツガルテンを経由して王都フィーゲルベルクに行こうじゃないか」


 ラムさんがそう言うと、シェリーはうなずいてチャチャちゃんに言った。


「聞いた? 左側の道を偵察するわよ。アタシから離れないでね?」


「はい、副団長!」


 二人はそう言って、僕たちから先行する形になった。




 1時間ほど歩き、シメジーノの村も通り過ぎた時、偵察隊からチャチャちゃんが走って戻ってくるのが見えた。かなりのスピードを出しているし、必死の形相をしている。


(これは前方に何かマズいものがあるな)


 僕はそう思うと、ワインを見る。ワインもうなずいて言った。


「確かにチャチャちゃんは発育がいいな。胸なんかシェリーちゃんより大きいんじゃないか?」


「いや、見るべきところはそこじゃないだろ⁉ あんなに必死で走ってくるんだ。前方に何かあるに違いないぞ」


 僕が言うと、ワインは葡萄酒色の髪を形のいい手でかき上げ、片方の眉を器用に上げて流し目で僕に訊く。


「そうかい? キミだって女性の揺れるバストはキライじゃないくせに」


「それはそうだが……」


 僕はそう言うと、走ってくるチャチャちゃんを改めて見た。たしかに、シェリーが全然揺れないところが揺れている……って違うだろ!


 そう思った僕は、ヒヤリとした殺気を覚えて振り向くと、腕を組んでジト目で僕を見ているラムさんと、同じく哀しそうな目で僕を見て、背中の大剣の柄に手を伸ばしているウォーラさんが見えた。


「はあ……朱に交われば赤くなるとはよく聞きますが、私はジン様がワインと同列の男性だとは思っていませんでした。哀しいです……」


 ラムさんは『哀しい』と言っているが、赤い髪は電荷を帯びて膨らみ、パシッ、パシッと辺りに放電が明滅している。実は怒っているんだよね、ラムさん……。


「ああ、ご主人様がHENTAIだったなんて……私は女性の敵は許せません……でも、なぜでしょう? ご主人様を斬るためになんて両手剣を抜きたくないって、ここが言っています」


 ウォーラさんは右手を大剣の柄にかけ、哀しそうに顔を伏せて、左手を『ここ』と言いながら自分の胸に当てた。


 僕が思わずウォーラさんの胸のふくらみに目をやった時、ウォーラさんはアンバー色に光る瞳を僕に向けて言った。


「視線探知装置が私の〇PPAIに向けられたご主人様の視線を探知しました。ご主人様をHENTAI(おんなのてき)と認定します」


 そしていきなり、躊躇せず、情け容赦もなく、ウォーラさんは大剣を居合のように抜き打ってきた。


「やっ!」「うわっ!」

 ガイーン!


 僕は間一髪でウォーラさんの大剣を弾く。


「ちょ、ちょっと待ってくれウォーラさん」


「聞く耳持ちませんっ! はっ、やっ、たあーっ!」

「くっ、はっ、とっ!」

 チンチン、カイーン!


 僕はだんだんと速くなる彼女の斬撃を弾くだけでいっぱいいっぱいになって来た。


 ウォーラさんはさっと後ろに跳んで大剣を構え、なぜか顔を真っ赤にして言う。


「さすがHENTAI、斬撃を弾く音すらヒワイです。それに『いっぱいおっ〇い』だなんて、よくもそんな恥ずかしいことを言えたものですね? ご主人様がそこまでのHENTAIだったなんて……ぐっ!」


 そんな訳の分からないことを言っていたウォーラさんは、後ろからラムさんの手刀を首筋に受けて気絶?した。


「……あ、ありがとうラムさん。ウォーラさんがこうなるなんて思ってもいなくて、正直どうしようって困っていたんだ」


 僕がそう言って剣を納めると、ラムさんはラムさんで顔を赤くして、


「いえ……焼きもちを焼くウォーラを見ていたら、何か自分を見ているみたいで急に恥ずかしくなって……すみませんジン様、ジン様はよこしまな心で女性を見るお方じゃないって知っていながら取り乱してしまって」


 そう言ってくれた。


 そこに、


「やあジン、もう誤解は解けたかい?」


 そう爽やかに笑いながら、諸悪の元凶であるワインがこちらにやって来た。


「ワイン、もとはと言えばお前が!」


 僕は文句の一つも言ってやろうと詰め寄ったが、ワインは鷹揚に


「まあまあ、誤解が解けたなら何よりじゃないか。それよりチャチャちゃんからの報告だが、キミが心配したとおりちょっとマズいことになっているらしいよ? とりあえずシェリーに撤収して来るよう、チャチャちゃんを伝令として返しておいた」


 そう言う。


 そう言われたら、団長たる僕としてはそれ以上彼を怒るわけにはいかない。


「どんなことが起こっているのだ?」


 ウォーラさんに活を入れながらラムさんが訊くと、ワインは肩をすくめて答えた。


「まあ、シェリーちゃんの報告を聞いてみようじゃないか。すべてはそれからだよ」


   ★ ★ ★ ★ ★


 ヒーロイ大陸の中央には、ユグドラシル山という高い山がある。


 5合目から上は、万年雪を頂いているその山には、誰がどうやって建てたのか不思議に思うほどの立派な建造物がある。


 その中心近くの部屋で、水色の髪にアクアマリンのような瞳を持つ美青年が立派な椅子に腰かけていた。青年は見た目17・8歳で、水色の詰襟服に身を包み、目の前に立つ二人の男性を凝視している。


「オレがここに来たからには、前任のチャランポランが上司だった時みたいにラクをしようとは思わないでくれよ? ウェルム、イーグル」


 男が鼻にかかったキザっちい声で言うと、金髪碧眼の男が表情も変えずに答える。


「アクア様が後任としておいでになることはウェンディ様から聞いております。早速ですが現状のご報告をさせていただきます」


「聴こう」


 アクアがそうふんぞり返って言うと、金髪の男は隣に立つ白髪の男をチラリと見る。白髪の男はうなずいて口を切った。


「まず、『伝説の英雄』の件です。バーボン・クロウはナイカトルに収容されていましたが、わが『組織ウニタルム』が救い出して本部で保護していました。ただいまは魔王との戦いのために『約束の地』に向かっているところです」


「イーグル、『約束の地』とは? それに『盟主様』はバーボン・クロウをできるならご自分のもとに連れてこいとおっしゃっていたはずだ。誰の命令で勝手に彼を解放した?」


 アクアが蒼い目を光らせて訊く。イーグルは言葉に詰まったが、


「ウェンディ様のご判断です。バーボン・クロウと魔王を戦わせるのも一興だと申されまして……」


 ウェルムがそう言いかけるのを、アクアは鋭い声で遮った。


「それは越権行為だ! お前たちがついていながら、なぜあのチャラポラ娘を諫めなかった⁉」


 イーグルは聞いていて背筋が寒くなったが、ウェルムは落ち着いた様子で答えた。


「ウェンディ様の調査により、バーボン・クロウから『英雄としての天命』が去っていると確認されたからです。彼にはもう『風と土の誓約』も関係がないとご判断され、一個の戦士として魔王と戦うというバーボンの決意を尊重されたものと拝察しています」


 しかし、アクアは明らかに気分を害した様子で、冷たい瞳を二人に当てて言う。


「それはお前の勝手な推測だ。ウェンディが何を考えてそうしたのかは、後からオレが直接あのチャラポラ娘に聞いておく……」


 そして彼は口元を歪めて


「いいか、覚えておけ。オレはオレの指示がない限りお前らが勝手に判断して動くことは許さない。分かったな?」


 そう吐き捨てるように言う。ウェルムとイーグルは黙って頭を下げた。


「……さて、バーボンの件は仕方ないとして、彼は今どこにいる?」


 アクアの問いに、イーグルが答える。


「現在、ホッカノ大陸に渡航中です。帝都シャーングリラにバーディーが行っています。バーボンが到着したら連絡があるはずです」


「分かった、連絡があったらすぐにオレに知らせろ。その他には?」


 そう訊くアクアに、ウェルムは無表情で答えた。


「各国の中枢にいる同志には、アクア様の着任を知らせております。要人とお会いになられますか?」


 するとアクアはすっと立ち上がって言った。


「ああ、彼らは大事な駒だ。時が来るまではご機嫌を取っておかないとな。ウェルム、案内してくれ。それからイーグル、ウェンディから聞いているがバーボンの息子に面白いヤツがいるそうだな?」


「ジン・ライムのことですね?」


「ああ、そう言う名前だったな。何でもフェンがしっぽを巻いて逃げ帰ったそうじゃないか。彼にも会いたいから、動向を探っていてくれ」


「承知いたしました」


 イーグルがそう言って頭を下げると、アクアは満足そうにウェルムを見て、


「よし、これから駒たちに会いに行くか」


 そう言って笑った。ひどく酷薄そうな笑いだった。




 その数日前……。


 『組織』の本部に身を隠している賢者スナイプのもとを、どう見ても13・4歳の黒い髪をした美少女が訪れた。


「ヤッホー、賢者スナイプ。ここの暮らしには慣れたかい?」


 するとスナイプは、金色のウェーブがかかった髪をかき上げると、ニッコリと笑って答える。


「おかげさまでね? ここはなーんにも心をすり減らすことがないから退屈だわぁ。おかげで少し太っちゃったわ」


 窓から景色を眺めていたスナイプはそう言うと、部屋の中央にあるテーブルへと歩み寄り、椅子に座って言った。


「ウェンディ、あなたと会うのも久しぶりね? どうしたの、何か変わったことでも起こったのかしら? まあ座ったら?」


 ニコニコとして突っ立っているウェンディにスナイプが椅子を勧めると、ウェンディは首を振って言った。


「君とこうして話すこともしばらくはできなくなりそうだな。ボクはここの責任者をクビになっちゃったんだ」


 するとスナイプは、眉をひそめて訊く。


「どういうこと? あなたがいなくなっちゃったら、私はどうなるの?」


 するとウェンディは、漆黒の瞳に優しさを込めてスナイプを見つめ、


「そのことだよ。ボクは君がここに居ることは誰にも言っていない。もちろん、『盟主様』にもね? だって『盟主様』は君たち『賢者会議』の面々がキライだからね……まあ、君はもう『賢者会議』のメンバーじゃないけれど……」


 そこで一息ついて目を伏せたウェンディだったが、やがて眼を開けると


「後任のアクア・ラングは少し性格が酷薄だ、君とは反りが合わないだろう。そこで提案だけれど、ボクと一緒にホッカノ大陸に来ない? ホッカノ大陸にはボクのマブダチがいるんだ。そこに君のことを預けてあげられる。残念ながら、あの団長くんとはしばらく会えなくなるけれどね?」


 そう言うと、考え込んだスナイプを見てうなずいて続ける。


「君があの団長くんのことを好きなのは知っている。ボクとホッカノ大陸に行きたくないって言うのなら、思い切って団長くんと行動を共にするのもいいかもしれないな。こちらはずいぶんと大きな賭けにはなるけれどね?」


 スナイプは突然の話に戸惑った。賢者会議から追われている身としては、ウェンディという『組織』でも主だった人物の庇護を受けられれば心強い。けれどその間、ジンと会えなくなるということは、彼女にとって二つの意味で辛いことだった。


 一つは、


(……私はお姉さま方から希望を託された。ジン君がお姉さま方の希望だとすれば、私はその側にいて、彼を守ってあげる必要がある)


 という、『ライム一族としての使命』から来る感情と、もう一つは、


(ショタコンって言われても構わない。甥叔母の関係だけれど、私にとってそんなことどうでもいい。私はジン君が好き)


 という、一人の女性としての感情だった。


 けれど、ジンの側にいたら、彼も『賢者会議』から追われる立場になりかねない。次の『伝説の英雄』はジンだと信じているスナイプにとって、彼がこの先成長していく中で、可能な限りリスクを負わせたくないという気持ちもあったのだ。


 ウェンディは、スナイプの葛藤を見透かしているように、


「ボクは明日、ここを発つよ。ついて来てくれるのなら、ホッカノ大陸のアインシュタットって言う町の波止場で会おう」


 そう言うと、静かに部屋から消えた。


 スナイプは、しばらく茫然とテーブルを見つめていたが、


「……お姉さま、私はどうすればいいのでしょう?」


 そうつぶやくと立ち上がり、再び窓から外を眺めた。


 ユグドラシル山の中腹にあるこの建物からは、青い霞の中に遠くヒーロイ大陸の東端が見えている。その向こうには広い海があり、海原の向こうにはホッカノ大陸がある。


 スナイプは、その海や空を見つめていたが、やがてくすくすと笑いだした。




 ホッカノ大陸は、ヒーロイ大陸にいた人々によって発見された『新しい大陸』である。


 もともとヒーロイ大陸には『日が昇る先には、太陽が力を蓄えるために休息する土地がある』という伝承があった。


 今から5百年前、その伝承を信じて大海原に乗りだして行った冒険者の一団がいた。


 その団長の名はドン・ペリー〝提督〟。当時10代の後半だったと言われる。


 彼は仲間たちと共に悪戦苦闘を重ね、数か月もの航海と漂流の末、新たな大地に上陸を果たした。


 彼らは、その大陸に自分たちと同じ人間が住んでいるのを発見した。ただ、そこにいた人々は魔法も使えず、身体も動物の皮や植物の繊維を編んだ粗末なもので覆い、そしてこん棒や石器が主要な道具だったのだ。


 ドン・ペリーは、彼らに


『この土地の名前は?』


 と聞いたところ、彼らは


『ホ・カノ』


 と答えたそうだ。後日判明するところでは、『ホ・カノ』とは『塩辛い水』という意味だったらしい。


『分かった、この土地を我らはホッカノ大陸と命名する!』


 ドン・ペリーの宣言が、ホッカノ大陸開拓の第一歩となった。


 その後、彼ら冒険団は上陸した場所をアインシュタットと名付けて町を興し、ヒーロイ大陸からの入植者を募った。


 入植者が5百家族に達したころ、ドン・ペリーは団長の地位をナイフ・イクサガスキーに譲り、イクサガスキーは入植者たちを連れて、さらに入植に適した土地を求めて大陸の奥地へと進むことになる。


 ドン・ペリーは冒険団をイクサガスキーに託した後は、魔法と『クオリアス理論』を研究するために単身で大陸の奥地に進み、冒険団とは半年後に今のオルトリラ近郊で再会することになる。


 いずれにせよ、入植者たちの旺盛な好奇心と不屈の精神に支えられたイクサガスキーの部隊は、やがてマジツエー帝国となって今も膨張し続けているのである。




 そのマジツエー帝国にとって記念すべき第一歩となった土地、アインシュタットは、今でもこの大陸への玄関口として機能している。


 玄関口とは言っても、港としての機能はあまり大きくはない。むしろこの大陸唯一の貨客船が着く港としては小さい方だ。ただ、それにしては国境の検問所に当たる入国検査所は、物々しい雰囲気に包まれていた。


 それもそのはず、何千カイリという荒波を越えてこの大陸に来たいと考える人物は、冒険者か、よほどの変わり者か食い詰め者、あるいは犯罪者と相場が決まっている。その中で最も多いのが犯罪者や夜逃げして一旗揚げようとここに来る者たちだったため、特に入国の審査は厳重だった。


 その波止場の真ん中付近に、身長150センチくらい。髪と目の色は漆黒で、ちょっと目には13・4歳の美少女が、潮風に翠のマントを翻しながら突っ立っていた。


 少女はしきりと太陽の位置を気にしている。彼女がここに現れたのは2時間ほど前、もうすぐ太陽は中天にかかろうとしていた。


「……そろそろお昼か。あんまりここに突っ立っていると、警備の兵士たちに不審がられちゃうなぁ」


 彼女、ウェンディ・リメンはそうつぶやくと、チラリと太陽を見て、


「……まあいいか、スナイプが団長くんといたいって言うんなら、ボクにはそれを止める権利はないしね」


 そう言って、すたすたと入国審査所へと歩き出す。


 審査所にいた兵士や審査官たちも、突然現れて2時間も波止場に突っ立っていた少女がこちらに歩いて来るのを見て、にわかにざわめきだす。ウェンディは自分の身長をはるかに超える両手剣を背負っていたのだから無理もない。


 ウェンディは、機先を制して審査官たちに手を振った。


「ヤッホー、こんにちは。用事があってマジツエー帝国にお世話になりに来たよ。入国の手続きをお願いできないかな?」


 すると審査官らしい抜け目のなさそうな目をした精悍な男が、低い声で訊く。


「名前、年齢、そしてヒーロイ大陸での住所と、入国する目的と滞在期間を確認したい。話してもらいましょう」


 するとウェンディは、何も言わずにマントの中から手を出して、黒い手帳を審査官に提示する。審査官は黒革の手帳につけられた紋章を見て、ハッとした顔になり、


「……あなた、エントシュリーディゲン・ズィー・ヴィッテ様の?」


 そう小声で訊く。ウェンディはニコニコしてうなずくと、


「そう♬ ちょっとこちらに呼び出されてね? ところで君、君は『組織』に関係があるのかい?」


 そう訊く。審査官はニコとしてうなずいた。


 それを確認すると、彼女はとたんに真剣な顔で


「わが『盟主様』の名をみだりに口にするんじゃない。しかも正確に発音するなんてもってのほかだ。以後気を付けたまえ」


 そう小声で叱責する。審査官はウェンディの魔力を察知して青くなって、


「すみませんでした、ウェンディ様。ところで……」


 謝りつつ、彼はウェンディの後ろを指さして訊く。


「あのお方も、ウェンディ様のお知り合いの方ですか?」


 そう訊かれてウェンディは振り向く。そして歩いて来る女性が誰であるかを認めると、彼女に手を振った。


「やあ、やっぱり来てくれたね? ボクは君の決断を後悔させないよ」


 そう言うと、入国管理官を振り向いて言った。


「彼女はエレーナ・ライム。ボクの協力者さ。彼女の入国手続きも頼むよ」


   ★ ★ ★ ★ ★


 僕たち『騎士団』は、とりあえずシメジーノの村まで引き返すと、そこでシェリーの話を聞くことにした。


「シェリーちゃん、ボクはチャチャちゃんからあらましを聞いたが、ジンやラムさん、ウォーラさんはまだ内容を把握していない。できるだけ簡潔に話してくれないかい?」


 ワインが言うと、僕の隣に座ったシェリーはただ一言言った。


「この先の街道には、キマイラが巣をつくっているらしいわ」


 う~ん、完結……もとい簡潔。


「概要は分かった。もっと詳しい情報はつかんでいないか?」


 僕が訊くと、シェリーは首を振る。


「詳しく話すと混乱しちゃうと思うわ。アタシも最初何が何やら分からなかったから。だからアタシとチャチャで偵察してみたの、どんな奴がいるのかって」


「えっ⁉ 二人で得体のしれない奴を?」


 僕が驚いて言うと、シェリーはぎゅっと目をつぶって、


「ごめんなさいっ! アタシもできるなら危険なことはしたくなかったんだけれど、どうしても相手のことを知っておかなくちゃって思って。勝手なことしてごめんなさいっ!」


 そう叫ぶように言う。強張った僕の顔が怒っているように見えたのだろう、チャチャちゃんもシェリーの真似をして頭を下げ、


「ごめんなさい団長さん! シェリーお姉さまを怒らないであげてくださいっ!」


 そう僕を祈るような目で見つめて言う。


 僕は慌てて両手を振り、


「い、いや、びっくりしただけで怒っちゃいないさ。それでもシェリー、偵察行動の前に一言知らせてほしかったな。何かあった時が心配だから」


 そう言うと、シェリーはホッとした顔で肩から力を抜き、


「うん、これからそうする。ごめんジン、心配させちゃって」


 そう笑顔で言うと、すぐに真顔に戻って


「それでキマイラのことだけど……」


 そう言いながらダンプポーチから地図を取り出し、テーブルに広げながら


「アタシたちが今いるのはここ、シメジーノ村だけど、旅人の話ではキマイラが出始めたのがここ数日、出没範囲はこの辺りよ」


 そう、シメジーノ村と首府ベニーティングとの中間辺りを指さした。


「どんな奴なんだ?」


 僕が訊くと、シェリーは


「キマイラを見たって人たちにいろいろ聞いてみたけれど、聞くたびに答えが違うの。ある人は頭部がライオンでドラゴンの翼を持ち、胴体と尻尾はヘビで手足はオオカミみたいって言っていたわ」


「あたしが訊いた人は、頭部が角のあるヤギで胴体がオオカミ、手足と尻尾がワイバーンだったってことです」


 チャチャちゃんが付け加える。


「それに、オオカミとコウモリとトカゲとライオンがごちゃ混ぜになった感じだって言う人もいたし、正体がつかめなかったの」


 ため息と共に言うシェリーに、僕はうなずいて


「それで、相手を直接その目で見る方が早いと思ったんだね?」


 そう訊くと、シェリーは不快な物事を思い出したように顔をしかめて、


「うん。でもこれからは勝手なことはしないわ。あんなおぞましいものを見るなんて判っていたら、今度も無理して偵察なんてしなかったわ」


 そう言う。チャチャちゃんも青い顔をしてうなずいている。


「それで、結局相手のキマイラはどんな姿をしていたのだ?」


 ラムさんが緋色の瞳を持つ目を細めて訊いて来る。偵察しているのなら、どんなにおぞましいことを思い出したとしても、それを伝える義務がある……ラムさんは言外にそう言っているようだった。


 シェリーは一言「よし」と気合を入れて、自分が見たものを僕たちに話そうとした時、


「ゔえっぷ、げろげろげろげろ……」


 チャチャちゃんが盛大に戻した。思い出しただけで吐くなんて、よっぽどすさまじい姿をしていたのだろう。


「大丈夫ですか? 気持ちが悪いなら横向きに寝てください。頭を少し上げましょう」


 ウォーラさんがチャチャちゃんを介抱する。それを見ながら、僕はシェリーを促した。


「そいつの姿は……一定の姿じゃなかったの」


 シェリーのいう意味がよく分からなかったので、僕はラムさんやワインを見てみた。二人とも要領を得ない顔をしているところを見ると、僕と同じようにシェリーの言葉から具体的なイメージをつかめないでいるらしい。


「……それは、次から次へと姿を変えたという意味か?」


 ややあって、ラムさんがそう訊くと、シェリーは大きくうなずいて言う。


「あっ、そういう言い方したらよかったんだ。そうなの! ヤツは身体のパーツを次々と変化させていたの。どうりで目撃者によって姿が違っていたはずだわ。アタシが見ていた時だけで何十回と姿を変えたの」


「そもそも『キマイラ』とは同一の固体内に異なる遺伝情報を持つ細胞が存在する個体のことだ。嵌合体ともいう。それでもそれほどの遺伝子情報がごちゃ混ぜになるシャッフルが起こるとは考えにくいな……」


 ワインはそう言いかけ、何かハッとした顔をしたが、すぐに首を振って


「……いや、それは99パーあり得ない」


 そうつぶやくように言う。


「ワイン、何が99パーあり得ないんだ?」


 僕が訊くと、ワインは片方の眉を上げて答えた。


「確率のモンダイさ。少ない確率のものは排除しなくちゃね? とにかくジン、まずはそいつを見てみよう。シェリーちゃんたちの話で大まかなことは分かったが、もっと詳しいことが知りたい。キミとボクで強行偵察としゃれこもう」


「えっ⁉ 僕とお前だけでか?」


 僕が言うと、ラムさんとウォーラさんもこちらに顔を向けて、


「危険です、私もついて参ります」


「そうですご主人様。こんな時のためにエランドールは造られたのです。連れて行ってください」


 そう頼んでくる。あれ、シェリーは?


 僕はこんな時には一番に名乗りを上げて来るシェリーが何も言わないのをいぶかしく思った。それで隣に座るシェリーを見てみると、彼女は赤い顔をして目を閉じ、身体をゆらゆらと揺らしている。まるで熱が出ている時みたいに……。


「シェリー?」


 シェリーは僕の声を聞いても返事もせず、ゆらゆらと身体を揺らしている。悪い予感がした僕がシェリーの額を触ってみると、


「熱っ! ひどい熱だ」


 シェリーはひどく高い熱を出していた。ふと見ると、チャチャちゃんも同じように赤い顔をしてふらふらしているかと思うと。


「め、目が回ります~」


 そう言って地面に伸びてしまった。


「ウォーラさん、チャチャちゃんに熱は?」


 僕が訊くと、ウォーラさんはアンバー色に瞳を光らせて答えた。


「チャチャちゃんの体表温度華氏105度、体内深部温度華氏107度、シェリーさんの体表温度華氏106度、体内深部温度華氏107・5度です」


「……ゴメン、摂氏に変換してくれないか?」


 僕が言うと、ウォーラさんは言い直した。


「チャチャちゃんの体表温度摂氏40・56度、体内深部温度摂氏41・67度、シェリーさんの体表温度摂氏41・11度、体内深部温度摂氏41・94度です」


 えっ、それは大変な熱だ。特にシェリーの体深部の熱は身体が耐えられる限界に近い。


「……キマイラの魔力に当てられたんだな……しかしおかしい、なぜ私までこんなに熱っぽいのだ?」


 ラムさんがそうつぶやくのが聞こえた。僕がラムさんを見ると、ちょうど彼女は目を閉じて地面に崩れ落ちるところだった。


「ラムさんっ!」


 僕が叫ぶと、ラムさんはうっすらと目を開けて、無理に笑いをつくろうとしながら、か細い声で言う。


「大丈夫です、ジン様……」


「ウォーラさん、ラムさんは?」


「ラムさんは体表温度41・5度、体深部温度42・8度です。タンパク凝固限界に近いです。凝固反応開始まで推定約8分」


「ウォーラさん、彼女たちの身体を冷やしてあげてくれ。できれば首筋や太ももなどの大きな血管がある所がいい」


 ワインがそう言うと、ウォーラさんはうなずいて、


「分かりました。お任せください」


 そう答えて、てきぱきと処置にかかる。


「具合が悪かったのはキマイラの姿が衝撃的だったからじゃなく、本当に体調がおかしかったからか」


 僕が言うと、ワインはうなずいて、


「ああ、ラムさんが言ったようにキマイラの持つ何かに当てられたんだろうと思う。その『何か』が魔力なら奴を倒せばみんな良くなるだろうし、魔力でないにしても回復のためのヒントは手に入るはずだ。ジン、どうする? あまり時間がないぞ」


 そう訊いて来るが、僕の答えは決まっていた。


「行こう、そのキマイラをシバいて、三人を救うんだ」




 僕とワインは、それぞれの得物を持って街道を西に向かう。太陽は中天を過ぎて西に傾きだしていた。


「暗くなる前に見つけられればいいが……」


 僕はそれだけを心配していた。暗くなったら戦いに不利なだけでなく、相手に逃げられでもしたら目も当てられない。


 シェリーもラムさんもチャチャちゃんも、生命維持ギリギリの高熱に耐えているのだ。体力の消耗も激しいことだろう。決着をつけるのは早ければ早いほどいい。


「ワイン、そっちにはいないか?」


 僕たちは相手の魔力を引っ掛けるため、50ヤードほど離れて索敵していた。ワインは槍を振って


「こっちにはまだ反応はない」


 そう知らせてくる。


「くそっ、探している時には出てきやがらない」


 僕が焦りのあまりそうつぶやいた時、ワインから合図があった。見つけたのだ。


「ワイン、奴はどこだ?」


 僕が、草の茂みに身を隠して先を窺っているワインのところに到着して訊くと、ワインは無言で指さして首を振って見せる。どういうことだ、キマイラは見つかったんじゃないのか?


 僕はワインのジェスチャーを不審に思って、彼の指さす方向を見た。


 キマイラの居場所は、割とすぐに分かった。


 けれど絶望的なことに、キマイラはその周囲を50ヤードほどの瘴気で厳重にガードしていたのだ。魔力視覚を発動していたからかすかにでも瘴気の波動が見えたが、シェリーは魔力視覚が使えないから、うっかりあの瘴気のシールドの範囲に踏み込んでしまったに違いない。


「ジン、あれは『風の瘴気』だ。僕らのエレメントじゃ無効化できない。何かいい方法を考えよう」


 ワインがそう言ってくる。けれどあれ? それじゃ風のエレメントを持つシェリーはなぜ無効化できなかったんだ?


 僕がそれを訊くと、ワインは残念そうに首を振って答えた。


「『エレメントの瘴気』は該当するエレメント以外のエレメントに反応する。シェリーちゃんは風のエレメント持ちだから本来無効化されるはずだが、彼女は火の魔法石マナストーンを持っていた。それに反応してしまったんだろう」


「でもそれじゃ、あの瘴気に触れてもいないラムさんまで具合が悪くなったのは何故だ? 瘴気が伝染するのなら、僕たちがピンピンしているのはどうしてだ?」


 混乱して訊く僕の額を、ワインはその形のいい指で弾く。


「いてっ!」


 僕は鋭い痛みに、不思議と頭の中のモヤモヤが消えていくのを感じていた。ワインは僕の顔色を見て、その秀麗な顔をほころばせて


「手荒な真似をして済まない。けれど落ち着いて訊いてほしいことがあるんだ」


 そう言うと、彼は葡萄酒色のマントの下から古びた本を取り出して言う。


「これは『魔王と勇者の書』といって、作者不明の魔導書兼伝記だ。内容は主に魔王が使う魔法と、勇者が使う魔法の体系図、そして20年前の『魔王の降臨』の時の勇者や『賢者会議』の皆さんの戦いの記録だ。ジン、キミの父上の話だよ」


 僕はそれを訊いて、その本をひったくるようにして中を読んでみた。


 確かに『勇者マイティ・クロウ』とあるし、その従者『酔いどれスコッチ』や麾下軍団の『スピリタス・イエスタデイ左竜軍団長』『シール・レーズン右鳳軍団長』そして『ガン・スミス遊撃隊長』の名前を見つけることができた。そして『大賢人スリングことエウルア・ライム』の名も……。


「エウルア・ライム?」


 僕はその名前に確かに聞き覚えがある。僕の母の名はエレノア・ライム、そして……。


「ボクも調べさせてもらった。エウルア・ライムとはキミの母上のお姉さまだ。生来魔力が強く、『白魔女の正統』と呼ばれるライム一族の中でもずば抜けた魔力を誇っていた方らしい。12歳で四方賢者となり、わずか16歳で大賢人になられた逸材だ。前任の大賢人シャープ様の強い意向での大賢人就任だったとある。『魔王の降臨』が近いことが判っていたからだろう」


 ワインがそう言って続ける。僕にとっては初めて聞く話ばかりだった。母も、もちろん父も、こんなことは一言だって話してくれなかったのだ。


「前任の大賢人シャープ様が身まかった年、『魔王の降臨』が起こった。そのとき大賢人スリング様は25歳、キミの母上エレノア様が17歳、そしてエレーナという妹さんが7歳だった。このエレーナさんが賢者スナイプ様だったんだ」


「うそ、だろ……スナイプ様がかあさまの妹?」


 これもまた、衝撃の事実だった。じゃ、スナイプ様はすべてを知っていて、僕たちを旅に出したというのか……いったい何のために?


 混乱する僕に、ワインはさらに教えてくれた。それは聞いてもにわかには信じられないことだった。


「詳細は省略する。けれど結果から言うと、20年前の『魔王の降臨』阻止は失敗しているんだ」


「失敗? 父上が失敗? けれど魔王なんてどこにもいないぞ?」


 僕の顔は悲愴たったんだろう、ワインは気の毒そうな顔をして、


「落ち着いてくれ。確かに魔王はいない。大賢人スリング様が『風の障壁』という魔法で魔王を封印しているからだ。いや、封印し続けているからだ。けれど、20年前マイティ・クロウは魔王に止めを刺せなかった。その理由は分かっていない」


 そう教えてくれた。僕ががっくりと肩を落とすと、ワインはさらに言った。


「ただ、その理由の一つは判明している。大賢人スリング様の宝玉がその手から奪われ、そして『風の宝玉』はいくつかの欠片となってこの世界に存在しているらしい。その力は欠片といえども強大で、妖魔を強大化させ、その周囲に風の魔障壁をつくるらしい」


 それを聞いて、僕はハッとした。今目の前にいるキマイラ、ヤツも風の魔障壁を持っている。ひょっとしたら……。


 そんな顔色を読んだのか、ワインはうなずいて言う。


「ボクはその可能性は99パーないと思っていた。いくらなんでもそんな都合よく風の宝玉の欠片を持つヤツと出くわすはずはないってね。けれど残りの1パーだったようだ。ヤツを倒せば、風の宝玉の欠片を手に入れ、三人は良くなる」


「そうか、けれどどうやってヤツを倒せばいい?」


 僕が訊くと、ワインは器用に肩をすくめて答えた。


「分からない。けれどボクは幼い頃からキミを見ている。キミの魔力は時に非常識なくらいぶっ壊れていたし、今もそうだ。キミならアイツを倒せるんじゃないかな?」


「じょっ、冗談言うなよワイン! いくらなんでもそれは……」


「危ない、ジンっ!」

 ドン! ズシャッ!


 びっくりしてそう言いかけた僕を、ワインが突き飛ばす。僕は地面を転がりながら、不吉な音を聞いた。


 そしてサッと立ち上がると、ワインがいるはずの場所を見る。そこには葡萄酒色のぼろぞうきんが、朱に染まっていた。


大地の護り(ラントケッセル)! ワインっ!」


 僕は二人にシールドを張ると、ワインのもとに駆け寄る。ワインはゆっくりと身体を起こすと、青白い顔でかすかに笑って言った。


「ジン、キミならできるさ……がくっ」


 ワインはそう言いながら、首を横に倒した。って『がくっ』?


 僕は苦笑いしながら、彼にヒールをかける。いかなるケガも状態異常も速攻で治癒する土の治癒魔法の最高峰だ。


「ふざける力があるなら大丈夫だな。死んだって生き返らせてやるが。ステージ3セクト3、大地の慈愛(ホルスト・カリタス)!」


 すると、地面から湧き上がった金色の光がワインを包み、その光が収まった時、ワインはシールドの中でピンピンしていた。


「やあジン、キミがいるとどうも防御や回避が苦手になるな。某ゲームの某キャラクターみたいだな、同じ土に関する属性だし」


 ワインがそう言うので、僕は苦笑しつつ答えた。


「止めてくれ。僕は戦闘の難易度選択じゃないぞ」


 そこに、キマイラの第二撃が来た。


 ガインッ!


 もちろん僕のシールドはびくともしない。けれど、急にぐらりと身体が揺れ、目の前が一瞬暗くなった。


(いかん、なんか変だ!)


 僕はそう思と、すぐにワインに


「ワイン、ここから逃げろ!」


 そう言って駆けだそうとした。けれどなぜだか身体に力が入らない。走っているつもりなのに、へなへなと座り込んでしまうのだ。


 後ろを見るとワインも同様の状態だった。そしてワインは苦しそうに僕に言った。


「ジン、やられた。これは貫通攻撃だ」


 貫通攻撃! シールドがあろうがなかろうが相手に何らかの状態異常を引き起こす攻撃のことだ。話には聞いていたが、出会ったのは初めてだった。


(くそっ、油断した……まさか貫通攻撃を使う妖魔がいるなんて……)


 僕は、二人を仕留めるためにゆっくりと近づいて来るキマイラを見ながら、気が遠くなった。




 キマイラの失敗は、倒れている二人に急いで止めを刺さなかったことだろう。動かなくなった二人を見て、キマイラは簡単にシールドを割って止めを刺せるものと安心してしまった。


 しかし、次の瞬間、ジンが立ち上がり、銀色の髪の下に緋色の瞳を持つ眼を輝かせて言った。


「兵は拙速を尊ぶという。俺に時間を与えたのが貴様の運の尽きだったな」


 ガアアッ!


 キマイラは今さらながら慌てて口からドラゴンブレスを吐く。けれどそれはジンのシールドで完全に阻まれる。


 火焔に包まれながら、ジンはキマイラを睨みつけて言った。


「貴様の貫通攻撃のせいで俺には時間がない。遊んでやれないから覚悟しろ。ステージ4セクト1、大地磔刑ゴルゴダ!」

 ドムブジャッ!


 ギエエエエッ!


 キマイラは、地面から突き出してきた土の柱で串刺しにされる。


 ギエエッ、ギエエッ!


 苦し紛れに身体を動かして、自分を磔にした柱から逃れようとするが、その度に


 ブシャッ、ドバッ


 大量の血液や体液が噴き出す。


「見苦しいぞ、覚悟の準備はしていなかったのか? ステージ3セクト2・大地の怒り(ラントメテオ)!」


 ジンがそう言って緋色の瞳を輝かせる。すると天から燃え盛る隕石が落ちてきて、


 ズ、ド、ドドーン!


 キマイラを直撃し、一瞬にして消し炭にしてしまった。


「あれは?」


 ジンは、大きく開いたクレーターの底に、何か翠色でキラキラするものを見つけて目を細める。魔力視覚で見てみても、怪しい輝きはない。むしろ清浄で、力強い光だった。


「ふむ。あれが『風の宝玉の欠片』か」


 ジンはそう独り言ちると、急いでその場に駆け寄った。大賢人スリングがその魔力の源としていた『風の宝玉』。その欠片であれば一片たりとも誰にも渡すわけにはいかないからだ。


「むっ?」


 ジンは、近づくにつれて『風の宝玉の欠片』が振動を強めるのを感じた。そしてなぜ自分の身体もそれに合わせて振動していくことも。


「……どういうことだ? まさか『風の宝玉』は俺と共鳴しているのか?」


 ジンがそう言った途端、『風の宝玉の欠片』がジン目がけて飛んできて、


 ドムッ!

「ぐあっ⁉」


 ジンの胸に深く突き刺さった。


(Tournament21 キマイラを狩ろう! 完)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

『賢者会議』も『組織』も、こんなにジンのことを気にするのは、彼が英雄の息子だからという理由だけではなさそうです。

ウェンディの後任、アクアがどんな動きを見せるか、そしてウェンディや賢者スナイプは今後どうするのか。

すっかり『ギャグ』であることを忘れそうな作者ですが、実は何にも考えていません(ドヤァ)。

次回もお楽しみに。

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