Tournament18 Poison Killer hunting:part2(毒殺魔を狩ろう! 後編)
何とか危機を乗り切ったジンは、合流したワインたちとともに事件の調査を再開した。
しかし、犯人と目された女性には『組織』の影が見えて……。
ジンたちは事件の真相に迫れるのか?
【主な登場人物紹介】
■ドッカーノ村騎士団
♤ジン・ライム 17歳 ドッカーノ村騎士団の団長。ケンカにはめっぽう弱く、女性に好感を持たれやすいが、女心は分からない典型的『難聴系主人公』
♤ワイン・レッド 17歳 ジンの幼馴染みでエルフ族。結構チャラい。槍を使うがそれなりの腕。お金と女性が大好きな『やるときはやる男』
♡シェリー・シュガー 17歳 ジンの幼馴染みでシルフの短剣使い。弓も使って長距離戦も受け持つ。ジン大好きっ子だが報われない『負けフラグヒロイン』
♡ラム・レーズン 18歳 ユニコーン族の娘で『伝説の英雄』を探す旅の途中、ジンのいる村に来た。魔力も強いし長剣の名手。シェリーのライバルである『正統派ヒロイン』
♡ウォーラ・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士によって造られた自律的魔人形。ジンの魔力によって復活した。以降、ジンを主人と認識している。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
【前回のあらすじ】
マーターギ村の西の里で、川に毒が投げ込まれて魚が大量死するという事件が起きた。村長たちから請われて調査に参加したジンとラムとウォーラだったが、里のつり橋が落とされるという事件まで起こる。
橋を落とした仕掛けに『火のマナ』を使ったことを里長ワルツに話したジンだったが、その後の食事に毒山菜を盛られて人事不省になる。
ウォーラの献身的な努力によって何とか最悪の事態を避けられたジンだったが、ウォーラはマナ切れとなってしまった。
ラムだけが側にいる状態で、この危機をどう乗り切るのか。調べ物のためにデ・カイマーチに行ったワインや、ワインとの連絡のためにマーターギ村に残したシェリーの合流が待たれる状況なのであった。
「……って、【前回のあらすじ】に書いてあったから、シェリーちゃんと一緒に急いでここに来たよ。大丈夫かいジン?」
ベッドに横になる僕に、ワインが葡萄酒色の瞳に心配そうな光を湛えて訊いて来る。そして隣のベッドで横になっているウォーラさんを見ると、
「ふむ、ウォーラさんに添い寝してもらっていたとはね、君も隅に置けないな。シェリーちゃんにはなんて説明するつもりだい? 彼女はキミから心配してもらっちゃったって上機嫌だったって言うのに」
そう、薄笑いと共に言う。まあ、ワインのことだから分かっているとは思うが、万が一分かっていなかった時が怖いから、僕はいつものとおり釈明した。
「いや、ウォーラさんはマナ切れでそこに寝かせてあるだけだ。僕の介抱に自分のマナを使いつくしてしまったらしい。早く良くなって再起動してあげないと」
すると、ワインはうなずいて、
「もともとキミのマナだからね。なるほど、その手があったか……」
そうつぶやくと、僕に優しい顔で笑って言ってくれた。
「早く良くなって、再起動してあげるんだね。キミはとてもいい仲間を手に入れたと思うよ。シェリーちゃんがキミに会いたくてうずうずしているだろうから、ボクはラムさんと共に事件の調査に当たるよ。今度はシェリーちゃんから存分に介抱してもらうといい」
そう言うと、ワインはドアを開けてシェリーを呼んだ。
「お待たせシェリーちゃん。ジンから必要なことは聞き取ったから、彼のお世話は任せるよ。まだ少し身体に痺れがあるらしいから、ジンから目を離さないでくれよ」
するとシェリーが
「当たり前じゃない! それにしてもジン、大変だったわね? 食材に毒山菜が紛れ込んでいるなんて信じらんない!」
そう言いながら僕のベッドの側にやって来た。
そして、隣のベッドに寝かされているウォーラさんを見て、しおらしい声で
「……ラムに聞いたわ。ウォーラってば自分のマナをずっとジンに送り続けてくれたんでしょう? それにすごくジンのお世話にも手が届いていたって。だからアタシ、ジンを膝枕していたことは許してあげようと思うの」
そう言うと、僕の目をのぞき込んで笑って言った。
「アタシ、ウォーラに負けないように頑張るね、ジン」
「……ジンとシェリーちゃんを二人きりにして、ラムさんは平気かい?」
ワインが家の外で待っていたラムにそう訊くと、ラムは顔を赤らめてうなずく。
「う、うん……シェリーには言えなかったけれど、私も、その、ジン様を膝枕しちゃったから……。い、今思い出すととても恥ずかしいわ……」
「そうかい。親友を介抱してくれてお礼を言うよ、ラムさん」
顔から火が出るほど恥ずかしがっているラムに、ワインは敢えてそれだけを言った。
するとラムは、不思議そうにワインに言う。
「いつもなら私がこんな風にしていると何かといじってくるのに、今日はいやに紳士的じゃない。どうしたのワイン?」
ラムはすっかり女の子に戻ってしまったらしい。言葉遣いすらいつもの彼女ではなくなってしまっていた。ワインはそのことに苦笑しながらも、
「いや、ジンが人事不省だった時のラムさんたちの心境を思ったら、軽々しく茶化したりはできないからね。それにジンはボクにとっても大事な親友だ。その彼の受難をギャグにはできないさ」
そう言うと、感激の面持ちで自分を見ているラムに、難しい顔をして言った。
「それより僕は気になることがある。ジンから聞き取ったことの中で不自然な点がいくつかあるんだ。そのことについて、ちょっと力を貸してもらえるかい?」
するとラムは、ニコリと笑ってうなずいた。
「もちろんよ。ジン様をあんな目にあわせたヤツをとっちめるためなら、私はできる限りのことはするわ」
ワインはまず、つり橋のロープを調べに行った……のではなく、キー・レイナー川右岸でジンが不自然に立ち止まった場所に来ていた。
「橋のことは調べないでいいの?」
ラムが訊くと、ワインは片方の眉を器用につり上げて、
「ラムさんとウォーラさんが調べたことだ。間違いはないから大して調べる価値はない。それより、ジンがどうしてここでいったん立ち止まったかだ。その時のジンはどういう感じだったのか覚えていないかい?」
そう訊く。ラムは細いあごに形のいい手を当てて考えていたが、
「……何かの気配を感じていたんだと思うわ。とっても鋭い瞳だったから。けれどしばらくあっちの方向を見つめていたけれど、何も感じなかったんでしょうね。橋の方へ向かって歩き出されたわ」
ワインは、ラムが指さした方向をチラッと見つめると、
「ラムさんにも、何も感じられなかったんだね?」
そう訊く。ラムはこくりとうなずいた。その答えを見て、ワインはラムが指さした方へと歩き出す。
「なに、何かあるの?」
ラムは慌ててワインの側まで駆け寄ってくる。ワインは歩調を緩めずに、地面を見ながら言う。
「何もないはずだよ。けれど、それはおかしいことなんだ」
「どういうこと?」
ラムが不思議そうに訊くが、ワインは黙ったまま歩き、そしてもといた場所から30ヤードほど離れた場所で立ち止まった。夏の終わりの太陽で草いきれが強かったが、その場所は直径10ヤードほどの範囲で草が枯れてしまっている。
「……ここだな、ジンが感じ取った何かがいた場所は」
ラムは相変わらず呑み込めない顔でいる。それを見てワインは薄く笑って言った。
「ここには、半径5ヤードで生命力というものが何もない。それはおかしいことだ、そう思うだろう?」
それを聞いて、ラムは合点が言ったようにうなずいて
「そう言うことか! それに生命力を円形に吸い取るとは……まるであの時のジン様みたいだ」
そう、妖魔ハリネズミの毒に冒されたジンが、紫色の瘴気に似た『異質の魔力』に包まれる情景を思い出して言った。
(おや、事件の核心に触れる事態になったら、いつものラムさんが復活したようだね)
ワインはそう思い、笑って言う。
「そう、ボクはジンから『橋は火の魔力によってじわじわとロープが焼き切られたから落ちた』という話を聞いた時、違和感を覚えた。
火の魔力も使うラムさんなら分かるだろうけれど、魔力を込めて小出しにその魔力を使うためには、かなりの技量が必要だ。いっぺんに開放する方がまだ簡単だからね。
他には魔法石を使う方法もあるけれど、今回のロープにはそれは使えない。変なものが取り付けてあったら目立つからね」
ワインの言葉に、ラムは一応うなずいた。そして
「付着させた魔力を小出しにすることの難しさは同意する。けれどそれ以外の方法が何かあるのか?」
そう訊く。ワインは肩をすくめるとラムに頼んだ。
「ラムさん、ラムさんは雷属性、そして魔法石で魔力転換して火属性の攻撃を使うよね? それをここでやってくれないかい?」
「な、何だ急に。それが事件解決の役に立つのか?」
ラムが言うと、ワインは真剣な顔でうなずいて言った。
「うん、しかもそれで犯人が特定できるかもしれないんだ。僕の言う手順でやってもらえないかい?」
それを聞いて、ラムはうなずいて背中の長剣を抜き放つ。
「よし、いつでも指示をくれ」
ラムがそう言うと、ワインは至極簡単に、
「まずは、いつもの手順で攻撃を放ってくれないかい?」
そう言う。ラムはうなずいて長剣を構え、
「行けっ! 『灼熱の鳳翼』っ!」
そう叫んでラムが振り抜いた長剣は、まとった炎をまるで意志のある翼のように前方の空間へと飛ばした。
「それで、次はどうすればいいんだ?」
ラムが訊くと、ワインは
「さっきの技は、雷属性の表面に火属性をまとうことで、過負荷を起こして炎を吹き飛ばすって技だ。その逆をやってくれればいい。魔法石を先に発動して剣にまとわせた炎を、雷属性でシールドして振り放つんだ。あの木に向かって放ってもらえるかい?」
そう言う。ワインの言うことを真剣に聞いていたラムは、
「やってみよう」
そう一言言うと、長剣を構えた。そして剣がパッと炎をまとった瞬間、雷属性の魔力がその炎を包み、青い炎となった。
「行けーっ!」
ラムがその剣を振り抜くと青い炎が意志ある翼のように木を直撃した。そしてパッと青白い空電が走り、炎の翼は消える。
「……何も起こらないじゃないか?」
ラムが言うと、ワインは首を振って木に近づき、
「巻き込まれないように気を付けて」
そう言いながらラムの技が空電を飛ばした部分より上を軽く押した。
メキメキ、ドスン。
「……なん、だと?」
ラムは信じられないものを見たようにそうつぶやく。技が直撃した部分は、内部から熱を持ってくすぶっていたのだ。
「これを水属性と共にやったらどうなると思う?」
ワインが言うと、ラムはハッとして言った。
「じわじわと蒸発反応が内部で起こる。そしてそれは火も煙も立たせない」
ワインは手を叩きながら言う。
「ご名答、ラムさんたちが視た火のマナは、その残りなんだ。つまり橋を落とした犯人は火属性の魔力を持つ者じゃない。水属性の魔力を持つ者だ」
「そうか、すぐにジン様に知らせよう。それにしてもワイン、君はどうしてそのカラクリに気が付いたんだ?」
そう言うラムに、ワインは薄く笑って答えた。
「それは企業秘密さ」
★ ★ ★ ★ ★
「それじゃ、あなたの娘のアリバイは取れないわね。サルサ、チャチャは今どこにいるのかしら?」
西の里の長の家では、30歳くらいの女性が長のワルツと向かい合っていた。その女性は黒い瞳に反発の色を込め笑って言う。
「さあ? あの子は里の皆から嫌われているから、いつも自分の食い扶持は自分で手に入れているのよ。今朝だって早くに家を出たし、今どこにいるかって聞かれても困るわね」
ワルツは、一つため息をついて、
「サルサ、あなたの気持ちは判るけれど、これはあの子のためなのよ? 今、この里で起こっていることは知っているでしょう?」
そう言うと、サルサは皮肉を込めて答える。
「もちろんよ。みんながあの子のことを疑っているってことも含めてね?」
「それは、あの子だけが『火の魔力』を使えるからよ。ドッカーノ村騎士団の皆さんの報告は聞いているわよね? だから、あの子が関係ないことをみんなの前で証明しないと、あの子はいつまでもみんなから変な目で見られ続けるのよ?」
ワルツはそう、真剣にサルサを説いたが、
「そう言ってあの子を捕まえて罰するつもりでしょう? 去年の落ちアユの時もそうだったわよね? あの子はただ岸に飛び出したアユを拾っただけなのに、みんなしてあの子を袋叩きにしたじゃない」
サルサは憎悪と不信に満ちた目でワルツを見ると、
「あの子は出頭させないわ。あの子の無実は、母親である私が一番良く知っているもの」
そう言い捨てて席を立った。
「……母親としてかばいたい気持ちは判りますが……」
サルサが去った後、衝立の後ろに隠れていたタンゴが顔を出して言う。ワルツはうなずいて、
「チャチャは変わった子だけれど、村に迷惑をかけたことはない子よ。ただ、この村の因習が父親の分からないあの子を不憫な目にあわせているだけ……ところでイレグイ川の他の水源はどうだったかしら?」
そう訊く。
「ロックとジルバが回りました。あと5カ所で毒物を見つけましたが、それらは不思議なことに水源から離れた位置に捨てられたように置いてあったということです」
タンゴが答えると、ワルツはホッとした顔をして言う。
「そう、それは良かったわ」
その時、衝立の後ろからワインとラムが顔を出した。
「ああ、ドッカーノ村騎士団の皆さん。彼女の話を聞いていかがでしたか?」
タンゴが訊くと、ワルツもワインたちの顔を見る。
ワインは、碧眼を細めてタンゴに逆に訊いた。
「毒物があれ一つだったとして、それでイレグイ川からキー・レイナー川本流にかけて、あれほどの被害が出るでしょうか? 僕はジンが調理されたドクヤマビャクゴウをたったひとかじりしただけで人事不省になったということは知っていますが、実際問題としてどうでしょう?」
タンゴはうなずいて答えた。
「ドクヤマビャクゴウの毒は即効性で、ほんのひとかじりでも人を殺します。団長さんは運がよかったのでしょう。私はあれだけの量があれば一袋だけでも今回の被害を出すのには十分だと思います。ましてや六つとも水源に置かれていたとしたら、なおさらです」
ワインはうなずいてさらに訊く。
「その、チャチャというお嬢さんは、どんな見た目をされていますか?」
その問いには、ワルツが答えた。
「この村には珍しく、銀髪で赤い瞳をしています。サルサが若い頃の過ちでつくった子ですが、その見た目や『火の魔力』を使えることから、村では山の神との子だと忌み嫌われているのです」
「銀髪って、それじゃ……」
ラムは、ワインの目配せでその後の言葉を飲み込み、それを取り繕うように訊いた。
「それじゃ、その他の村人の魔力の種類はどうなんでしょう?」
「この里では、ほとんどが『土のマナ』を持っています。家系的に『水のマナ』を使える家もありますが、その者たちは下流に住んでいて、この近くではサルサ一人です」
それを聞いて、ワインは薄く笑ってワルツに言った。
「ありがとうございます、大変参考になりました。近いうちに橋を落とした犯人と、今回の事件を起こした犯人をお知らせいたしますよ」
「おお、それはありがとうございます」
タンゴがそう言うと、ワルツは静かな声でワインに訊いた。
「あの……騎士団の皆さんも、あの子が犯人だと思っていますか?」
ワインは微笑を含んだまま首を振り、
「それはまだいくつかの謎が解けないと何とも言えません。けれど、よそ者がこう言うと叱られるかもしれませんが、チャチャさんを因習から解き放ってあげるべきではないかと思いますよ?」
そう言うと、黙りこくってしまったワルツとタンゴをそこに残したまま、ワインとラムは里長の家を出た。
「ワイン、君はだいたいの目星はついたんだろう? 君の考えを聞かせてくれ」
黙って歩くワインに、興味津々でラムが訊く。しかしワインは笑って答えた。
「さっきも言ったろう? ボクはまだ最後の一ピースを探し当てていない。それを探す前にいったんジンの様子を見てみよう。彼が復活していたら、彼にも協力してもらいたいことがあるからね」
ワインとラムが、ジンが静養している家のドアを開けた時、
「あっ、ワインさん、ラムさん、お疲れさまでした」
そう、元気のいいウォーラの声が聞こえてきた。
「あ、ウォーラ、もう再起動してもらったんだね? ジン様の介抱はお世話になったね」
ラムが喜びを表して言う。
「いいえ、いついかなる時でもご主人様にご奉仕するのが、私たち自律的魔人形の使命ですから。ラムさんこそお疲れさまでした」
ウォーラはそう言った後、急に困ったように顔をして、
「ところで、帰って来られて早々にすみませんが、シェリーさんがご機嫌斜めなのです。どうしたものでしょう?」
そう言う。ラムはハッとして訊く。
「まさか、君は私がジン様に膝枕して差し上げたことを……」
「はい、私のマナが切れた後のことをシェリーさんに訊かれましたので、ラムさんに膝枕を引き継いだことをお知らせしたら急に……」
「うっわ! それはシェリーには済まないことをした」
ラムは顔を手で覆い、ワインはくすくす笑いを浮かべる。
「……まあ、ボクがちょっと二人と話してみよう。それより大切なこともあるし、ラムさん、ついて来てくれたまえ」
ワインはそう言って家に入った。
「ふーん、ウォーラにラム、二人に膝枕してもらっちゃって、たいそういい気分だったんじゃない? そのまま天国に逝っちゃえば良かったのよ」
ワインたちが部屋をのぞいた時、シェリーが頬をふくらませてジンにそう言っていた。
さすがにジンもたまりかねたのか、静かな言い方ではあったがシェリーに反駁する。
「シェリー、それは言い過ぎだよ。二人は僕のことを心配してベストと思うことをしてくれたんだ。おかげで僕は大したことがなくて済んだんだよ? シェリーが何に怒っているのかは分からないけれど、二人に対して失礼だとは思わないか?」
シェリーはジンの言葉を聞いて、カチンとした様子で言い返す。
「アタシはジンの『何に怒っているのか分からない』っていう鈍感さがアタマに来るの! ジンがどれだけ『難聴系主人公』って言っても限度があるわ。ジン、ひょっとしてワザと知らないふりしてない?」
その時、僕にとっては天の配剤かのように、ワインがくすくす笑って入って来た。
「何がおかしいのよワイン⁉」
すかさずシェリーがワインに噛みつくと、ワインは笑顔はそのままに、優しい声でシェリーに言った。
「すまないね、でもジンの鈍感さにはボクも呆れて何も言えないくらいだ。ラムさんやウォーラさんが加わって、少しはジンもオトメゴコロが解るようになったかと思っていたけれど……」
何だ? ワインの言い草では僕が諸悪の元凶みたいじゃないか?……そう思っている僕に、ワインは目配せしながら言う。
「ジン、いつか言ったろう? キミは少しオトメゴコロをベンキョウした方がいいって。その件はボクが別の機会にとっくりと話をしてあげることにして、今は事件のことだ。キミにちょっと力を借りたい」
「ちょっとワイン、ジンはやっと動けるようになったばかりよ? もう少し休ませてあげなさいよ」
シェリーが言うと、ワインは片方の眉を上げてシェリーに
「おや、なんだかんだ言ってもやっぱりキミはジンが心配なんだね? 良かったよ、ジンのことを嫌いになったのかと思って心配したんだ」
そう言うと、シェリーは思わず口走る。
「そんなことあるわけないじゃない! アタシはずーっとジンのことがス……」
そこまで行って、自分が何を言おうとしているのかに思い至ったシェリーは、顔を真っ赤にして言った。
「だーっ! 何言わせようとしてんのよワイン! もう、勝手にジンと一緒に調べ物でもしたらいいのよ、ふんっ!」
するとワインはニコニコしながらシェリーに言った。
「すまないけれどそうさせてもらうよ。無理をさせるつもりはないから、その後はジンのお世話を頼むよ、シェリーちゃん。あっ、ウォーラさん、キミはシェリーちゃんと一緒にいてもらってもいいかな? 不審なことがあれば必ずシェリーちゃんと二人で行動するんだよ」
それを聞いて、僕はこの話を聞いた当初に感じた悪い予感を思い出し、念のためにウォーラさんに言う。
「ウォーラさん、ワインの指示に従ってくれ。どんなことがあってもシェリーと離れ離れにならないように、いいね?」
「はい、ご主人様のご命令には従います」
僕はその答えを聞いて安心し、ワインやラムさんと共に事件の核心へと迫る調査に出発した。
「さすがにワインだ、鮮やかなものだったな」
ラムさんが感心したようにワインに言うと、ワインは笑って、
「いや、幼馴染だからね? こんなやり取りを何度やったと思う?」
そう言うと、僕に
「そう言えばキミに頼みたいことって言うのは、『魔力視覚』を使ったことなんだ。ボクはラムさんと事件のことについていろいろ調べたが、あと一つ探したいものがある。ボクが探してもいいが、より魔力視覚に優れているジンに頼んだ方が早いと思ったから、悪いがキミを連れ出したんだ」
そう言う。僕はホッとして答えた。
「いや、いいところで連れ出してくれたよ。あのままいたら僕は余計にシェリーを怒らせていたかもしれないからね」
「ふむ、それはどうかな? キミはシェリーちゃんが何を言おうと、最終的には困ったような笑いを浮かべて彼女の言葉を受け止めただろうし、それでシェリーちゃんも気が済んだはずだ」
ワインがそう言う。そう言われてみれば、僕とシェリーがケンカになっても、彼の言うとおりの経過をたどって仲直りするのが常だった。不思議だ、どうして彼はそんなことが分かるのだろう。
そう思っていると、ワインは急に眉をひそめて、ラムさんには聞こえないくらいの声で僕に言った。
「……今まではそうだった。けれど、これから先は分からないよ。なにせシェリーちゃんはラムさんやウォーラさんと比べて後手に回ったからね。これから苦労するな、ジン」
「……どういう意味だ?」
僕が訊くと、ワインは不届きにもそれには答えず、
「キミ自身で考えたまえ。それで今までボクたちが調べたことっていうのは……」
そうして彼は、今までの調査結果を簡潔に話してくれた。
「それじゃワイン、君が探しているものってのは……魔法石だね?」
話を聞いた僕がそう言うと、ワインは肯定してつぶやく。
「ああ、それも『火のマナ』が込められたやつだ。ボクの直感が正しいとすれば、それはあの家にある」
僕たちはいつの間にかキー・レイナー川をさかのぼり、大きな支流との合流点も過ぎていた。里の中心からほぼ1時間、2キロは離れている。
ワインが指さす先には、何件かの家が見えた。彼の指先はその中で特に他の家からぽつんと離れた一軒家を指していた。
「あの家は?」
僕が訊くと、ワインは
「さっき話した、チャチャさんの家だ。キミが橋のたもとで感じた視線の主だろうな」
そう答える。僕は、あの時感じた視線や目に映った残像が錯覚ではなかったことを悟った。
「見て分かるだろうが、あの家には『火の魔力』の残滓がある。それがチャチャさんのものか、魔法石のものかは分からないけれどね」
ワインが言う。僕は魔力視覚を発動して答えた。
「両方だね。ただ、その子の魔力はかなり薄くなっている。ここ2・3日家には戻っていないみたいだな」
それを聞くと、ワインは感心したように言う。
「さすがはジンだ。ボクはそこまで判別できない。けれどおかしいな……」
ワインは何かを考えていたが、急にハッとして僕に訊いた。
「ジン、魔法石の跡はたどれるかい?」
「ああ、結構はっきりと残っている。ついさっき誰かが持ち出したみたいだな」
そう答えると、ワインは
「じゃあすまないが跡をたどってくれるかい? それとラムさん、いつでも戦闘に入れるよう心づもりしていてくれ」
そう言う。僕はうなずいて魔力の痕跡をたどって歩き出し、ラムさんも背中の長剣の位置を確かめた。
★ ★ ★ ★ ★
そのころ、西の里の北東にそびえる峰の中腹を、一人の女性が険しい顔をして登っていた。
その女性は30歳前くらい、黒髪を首の後ろで束ね、緑色の丈の短いワンピースに同色の裾の詰まったズボンを穿き、腰には山刀というのか、真っ直ぐで身幅が広く、重ねが薄い短かめの刀を差している。
「まったく、あの騎士団の団長、うすらぼーっとした見た目の割には頭が切れるようね。つり橋の仕掛けを見抜かれるなんて思ってもいなかったわ」
女はそんなことをつぶやきながら、中腹にある洞穴へと入っていく。洞穴とはいっても入口は大きく、そんなに深い横穴でもなかった。入口に庇がかけてあるところを見ると、自然にできたものではなく、人の手で掘られたもののようだった。
「チャチャ、おとなしくしていたかしら?」
女はそう言うと、縄でぐるぐる巻きにされてさるぐつわをかまされた少女に笑いかけ、膝まづくとさるぐつわを取った。
「お母さん、あたしを放して!」
少女が懇願するように言うと、女は……いや、サルサは、困ったように眉をひそめて、
「ダメよ、ワルツが里長を辞めて、あの村の連中が改心するまで、あなたをあんな村に置いておくわけにはいかないのよ。もうちょっと我慢してね?」
そう言いながら、チャチャに持ってきたパンを食べさせる。
「この間みたいに、勝手にここから抜け出されても困るから、かわいそうだけれど縄を解くわけにはいかないのよ」
「でも、お母さん、あたしトイレに行きたい」
チャチャが顔を赤くして言うと、サルサは諭すように言う。
「チャチャ、これがあればワルツをはじめとして里を火の海にできるのよ。今夜のことだからそれまで我慢してちょうだい?」
チャチャは、赤く輝く魔法石をうっとりと眺めながら言う母を目の前にして身震いが出た。先に毒で魚を殺したのは、単に村を困らせようとしているのだと信じたい気持ちでいっぱいだったチャチャだが、サルサの態度でその希望が打ち砕かれた気持ちだった。
(お母さんをヒトゴロシにしたくない!)
そう思ったチャチャは、泣きべそをかきながらサルサに訴えた。
「ヤダ、あたし13にもなっておもらしはヤダ!」
じたばたして泣くチャチャを持て余したのか、サルサはため息をついて言う。
「あなたも女の子だから仕方ないわね。おとなしくしてちょうだいね?」
サルサがそう言ってチャチャの縄を解く。チャチャは強張った手足をうんと伸ばして、ニコリとサルサに笑いかけた。
「ありがとうお母さん。お母さんはやっぱり優しいね」
チャチャの笑顔につられて、サルサも笑って、
「さっ、早くすましちゃいなさい」
そう言った時、チャチャはサルサの手から魔法石を奪い取り洞窟の外へと駆けだした。
「あっ! 何するのチャチャ、それを返しなさい!」
慌てて追いかけるサルサに、チャチャは走りながら叫んだ。
「お母さん、あたし、お母さんにヒトゴロシなんてしてほしくない!」
サルサはチャチャの逃げる先に断崖があることを思い出して、顔を青くしながら叫び返した。
「分かったわ、分かったから走らないで! あっ!」
「うえっ⁉ うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
チャチャはサルサの眼の前で、足を踏み外して断崖から落ちていった。
「チャチャ!」
サルサは顔色を無くして断崖まで駆け寄り、こわごわ下を見てみた。高さは50メートル以上あるだろう。しかし、こんもりと茂った森があって、チャチャがどこに落ちたかここからは確認できなかった。
サルサは茫然としてぺたりとその場に座り込んだ。そしてしばらくの間、
「チャチャ……チャチャ……」
そうつぶやいていたが、やがて顔に血の気を蘇らせると、
「……チャチャがこうなったのも、里の奴らのせいだ……絶対に許さない……」
そう、虚空を睨んで立ち上がり、ふらふらと麓へと降りて行った。
「……なかなか険しいな」
僕たちは魔法石の痕跡を追って、里の北西にある峰の中腹まで来ていた。魔法石と共に水のマナを感じていたため、そのことをワインに話すと、
「それはチャチャさんの母親の魔力だろう。この里では彼女だけが水の魔力を扱えるそうだから……でも、これで十中八九サルサさんが犯人だと決まったな」
ワインはそう言って、苦い顔をした。
僕は、ワインがそんな顔をした気持ちが分かる。自分の娘が理不尽に村の人たちから仲間外れにされるのは、親として怒りが湧いて来て当然だ。それが自分に向けられた仕打ちならば、まだ自身の責任として我慢もできるだろう。けれど、子どもには罪はないじゃないか。
それを思うと、父がいなくなり、母も亡くなって一人ぼっちになった僕を、1年もの間親身になって助けてくれたドッカーノ村の人たちはみんな優しい人たちばかりだったと、その温かさが身に染みる。
「ジン様、何を考えておられるのですか? ひょっとして身体の調子が悪いとか?」
黙りこくってしまった僕を心配して、ラムさんがそう声をかけてくる。
「いや、僕は幸せだったなと思ってね」
僕の境遇を知っているラムさんは、ハッとした顔をしたが、すぐに慈しみの色を瞳に湛えて言う。
「……里から因習が消えればいいですね?」
「そうだね、うん?」
僕がうなずき返した時、
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
女の子の悲鳴が天から聞こえてきた。
「ジン、あそこだ!」
ワインが指さす方向を見ると、誰かが崖から足を踏み外して落ちていくところだった。ヤバい、あの高さじゃ落ちたらまず助からない。
「大地の護り!」
僕は間髪を入れず、落ちていく女の子にシールドを付与した。これで身体への直接のダメージは軽減されるはずだが、効果のほどは自分で試したことがないから分からない。
「水の奔流!」
その子が森の高さまで落ちてきた時、ワインが水魔法で水流を噴き上げる。うまい、その水流は彼女を支え切ることはできなかったものの、ほぼノーダメで着地させた。絶妙な力加減だった。
「うまいぞワイン、すぐに助けに行こう」
僕はそう言うと、二人の先に立ってその子のもとへと駆け出す。
着地場所はすぐに分かった。ワインの水魔法で周囲の木々がぽたぽたと水滴を降らせていたからだ。
「あそこだ」
僕は、20ヤードほど先にシールドのきらめきを見つけ、一散に駆け寄った。
「この子が、問題のチャチャさんかな?」
僕はシールドの中で気を失っている女の子を見て言う。銀の髪はばさばさで、ウグイス色の上着や浅葱色のズボンはもとより、白い顔にも土がこびりついていた。
「そうでしょうね、魔法石を持っていますから。ジン様、シールドを解いてください」
僕がシールドを解くと、ラムさんはその子の側に膝をついて、ゆっくりと首筋に手を当てる。そして
「大丈夫です。気を失っているだけです」
そう言うと、その子の顔をぬらしたタオルで優しく拭いてやる。泥が落ちたその子は、まつげも思ったより長く、整った顔立ちをしていた。
「う……うーん……」
少女がゆっくりと目を開ける。しばらく僕たちをぼーっとした目で眺めていたが、不意にバッと身を起こして、
「お母さん! お母さんは?」
そう僕たちを見回して叫んだ。
「キミのお母さんっていうのは、西の里のサルサさんのことだね?」
ワインが優しく訊くと、女の子はうなずいて、
「うん、あたしのお母さんが、これで里の皆の家を燃やしてやるって言ったんだ。あたしのためって言うけど、あたしはお母さんにヒトゴロシなんてしてほしくなかったからこれを奪って逃げたんだ……えっと、お兄さんたちは司直の人?」
少女は一息にしゃべると、少ししゃべり過ぎたと思ったのか僕たちを疑わしげに見て訊いて来る。母親を逮捕しに来たと思っているのだろうか。
「いや、僕たちは里の事件の調査に来た騎士団だ」
僕が言うと、少女は僕の顔を見て、目を丸くして言った。
「お兄さんは、つり橋のところにいた人だね? なんだ、司直の人じゃなかったんだ。でも、調査しに来たっていうのなら、あたしのお母さんをタイホするの? それだけはやめて! お母さんはあたしのためにやったことだから、毒だってあたしがぜーんぶ袋を捨てといたから! だからお母さんをタイホしないで!」
「……なるほど、水源の近くに捨てられていたってのは、やはりそういうことか」
ワインがつぶやくのを聞きながら、僕は少女を落ち着かせるために言った。
「違う違う、僕たちはマーターギ村の村長さんから依頼を受けて調査しに来ただけだ。調査結果をワルツさんやフロントさんたちに知らせはするが、お母さんを逮捕したりしないよ。僕たちにはそんな権限はないから」
僕は笑顔でそう言う。少女は緋色の瞳を持つ眼をウルウルさせながら、僕の顔をじっと見ていたが、
「お兄ちゃん、それホント?」
そうポツリと訊く。僕は強くうなずいて言う。
「本当さ。君のお母さんと話をさせてもらっていいかな? 事情を話してもらったら、それも含めてワルツさんに報告するから」
「お兄ちゃんたち、お母さんを助けてくれる?」
少女が必死になってそういう気持ちが分かるのか、ラムさんが側から答えてくれた。
「ええ、お姉さんたちができる限りワルツさんに頼んでみるわ」
少女は、額に白い角を生やしたラムさんの姿を見てびっくりしたようだったが、ラムさんはそれに気づいて笑って言った。
「ふふ、この辺じゃ私のようなユニコーン族は珍しいからね? 私はユニコーン侯国のラム・レーズン。こちらのお兄さんが騎士団の団長さんよ」
「だんちょーさん?」
「うん、ジン・ライムって言うんだ。よろしく」
「ボクはワイン・レッド。よろしく頼むよ」
僕とワインが自己紹介すると、少女はやっと気づいたように、
「あっ、あたしはチャチャ、チャチャ・フォークです。よろしくお願いします」
そう言って頭を下げたのだった。
★ ★ ★ ★ ★
サルサは、西の里に向けて走っていた。
(ちくしょう、私のチャチャをあんな目にあわせた里の奴ら、37564にしてやる)
その時、サルサの前に一人の少女が現れた。身長は160センチくらいで、年の頃は15・6歳。白いシャツに黒いズボンを穿き、黒いマントを肩にかけている。
透けるような白い肌に緋色の髪と瞳をしていて、それが首に巻いた緋色のネクタイとよく調和していた。
「……いけませんね、37564は」
少女は緋色の瞳をサルサに当てて静かに言う。
「あなたは……魔法石をくれた……」
立ち止まったサルサがそう言うと、少女は薄く笑ってうなずき、
「はい、ワタクシはそんなことのために魔法石をあなたにあげたのではありません。あくまでもアナタがあの里の長になるために差し上げたのです。何かマズいことでも起きましたか?」
そう訊く。サルサはうなずいて答えた。
「どっかの騎士団がしゃしゃり出てきて、私の計画をぜーんぶ台無しにしてくれたのよ。それにチャチャも……ああ、チャチャがいなくちゃ、私が里長になっても意味がないじゃない!」
取り乱して言うサルサの言葉を憫然として聞いていた少女は、
「なるほど、どっかの騎士団……ドッカノ騎士団……ああ、ドッカーノ騎士団、ですか。その名前なら聞いたことがございますわ……」
そうつぶやくと、取り乱して地面に突っ伏しているサルサの側に歩み寄り、その肩にそっと手を置いて言う。
「取り乱してはいけません。本来ならもっと平和的にワルツから里長の座を奪うべきですが、ワタクシの策を看破するような敵が現れたのなら、背に腹は代えられませんね。アナタはワルツを56し、今までの罪を彼女になすりつけるのです。分かりましたか?」
すると、サルサはぴたりと泣くのをやめ、ぼうっとした顔を上げてニカリと不気味な笑いを浮かべて答えた。
「わかりました、フェン・レイさま」
そのころ、僕たちはチャチャさんに案内されて、彼女が母親から軟禁されていた洞窟を調査していた。
「……いないな……」
ワインがそう言って首をかしげる。あちらではチャチャさんとラムさんがサルサさんの名を呼んで探しているのが聞こえる。
「チャチャさんが落ちた場所を探しているんじゃないか?」
僕が言うと、ワインは首をかしげたまま答える。
「いや、ボクは彼女がワルツさんと話をするのを聞いていた。彼女は結構根に持つタイプで、しかも感情的になりやすい。ひょっとしたらチャチャさんが墜落するのを見て、里の人たちを逆恨みしている可能性があるな」
「なら、一刻も早く里に戻ろう。少なくともチャチャさんを送り届けてあげれば、サルサさんの眼に留まる可能性だってある」
僕が言うと、ワインはうなずいて、右手の人差し指を青く光らせながら言った。
「そうしよう。今回は一刻を争うから、悪いけどこいつを使わしてもらうよ? ラムさんとチャチャちゃんを呼んでくれ」
そう言うとワインは、空間に転移魔法陣を描き始めた。
「すごい、ホントに一瞬で里に戻れた!」
転移魔法陣を抜けたチャチャさんは、目を丸くしてそう叫ぶ。心配していた亜空間酔いも、移動距離が2キロ程度だったので、幸いにして一瞬だけ、ぐっとこみ上げる不快感を覚える程度で済んだ。
「あっ、ジン、お帰り。その子は?」
そこに、シェリーとウォーラさんが家から出てきた。
僕は一緒に連れて来た女の子がチャチャさんということ、一連の事件にはチャチャさんの母親が関係していること、その母親がこの里に向かっているかもしれないことをかいつまんで話した。
「彼女はチャチャさんが死んだと勘違いしている。場合によっては戦闘になるかもしれないから、準備をお願いするよ」
僕が言うと、シェリーは弓に弦をかけ、ウォーラさんもアンバーの瞳を輝かせて索敵態勢に入った。
「ご主人様、サルサさんの魔力の質は何でしょう?」
そう訊いて来るウォーラさんに、
「水だ」
そう答えると、ウォーラさんは西の方角を向いて言った。
「捕まえました。火の魔力と共にワルツさんの家を目指しています。時速10マイル(この世界で約18・5キロ)、距離は直線で半マイルです」
ということは、サルサさんが里長の家に到着するまで3分ほどしかない。ここから里長の家までは500メートルはある、走っても間に合わない。
「ワイン、里長の家まで転移したい。みんな、もう一度転移するぞ!」
僕がそう叫ぶと、ワインはすぐに転移魔法陣を描き始め、チャチャさんたちはワインの側に駆け寄った。
サルサは、里長ワルツの家の前にぬっと立った。
夏の終わりらしく、うだるような昼下がりで、ヒグラシもまだ鳴いていない。
地面は陽炎が立つほど熱せられていて、標高の高いこの里でも珍しい暑さだった。
サルサは辺りを見回すと、誰もいないことを確認する。川での漁や山での狩りを主体として暮らしているこの里で、この時間に出歩くものはあまりいない。
「ワルツ、私の恨みを晴らさせてもらうわ」
サルサはそうつぶやくと、里長の敷地へと足を踏み入れる。里長と言っても特権階級ではないので、護衛が付いているということはない。ワルツ自身も土の魔法を使えるが、その魔力もサルサほどではない。奇襲さえできれば簡単に討ち取れる相手だった。
「里の人たちは困っているというのに、のんきに昼寝の時間かしら。いい気なものね」
サルサはそう皮肉を言いながら、ゆっくりとワルツの家に入り込む。辺りの気配を探るが、何も感じない。
「ふん、どこにいるのかしら?」
サルサがそう言ってさらに一歩を踏み出した時、はっと閃くことがあった。
(何も感じないのは、誰もいないから?)
その時、サルサの後ろから
「そう言うことです。おとなしくしてください、サルサさん」
そんな声がして、ジンが姿を現した。
「あなたは……⁉」
サルサが絶句していると、
「誰かに恨みをぶつけても、何も解決しはしないですよ?」
ワインがそう言いながら背後に姿を見せ、
「そうです、まずは話し合いをしてください」
右手からはそう言いながらウォーラが、
「……でないと、チャチャちゃんが悲しむよ?」
左手からはラムが姿を現す。
「チャチャ? チャチャは死んだのよ? この里の奴らのせいで」
サルサがそう、呻くように言うと、
「お母さん、あたしは無事だよ! ヘンなことは止めて!」
シェリーに連れられて、チャチャが家へと入って来た。
「チャチャ! あなたよく無事で……」
思わず口元を覆うサルサの左手首に、魔法石がぶら下がっていることをジンは見逃さなかった。
「ラムさん!」
ジンが声をかけると、ラムも魔法石の存在を確認していたのだろう、
「はい! 紫電一閃!」
パキーン!
抜く手も見せないラムの居合斬りで、サルサの魔法石は両断された。
「ジンお兄ちゃんたちが助けてくれたの。それでワインお兄ちゃんがあたしをここまで送ってくれたんだ。お母さん、あたしのために悪いことをするのはもうやめて、あたしはお母さんがいればそれでいいんだから」
「チャチャ……」
サルサは大粒の涙をこぼしながらチャチャをしっかりと抱きしめると、銀色の髪をなでながら何度もうなずいた。
そして涙を拭き、ニッコリと笑いながらチャチャの目を見て、
「お母さんの独りよがりだったのかもね。チャチャ、お母さんは里長さんたちに事件のことを話して、みんなの決定に従うわ」
そこまで言った時、急にサルサの瞳が凍り付き、
「……ぐっ……」
サルサは顔を赤黒く変色させて呻く。その唇からどす黒い血があふれて来た。
「お母さん、どうしたのお母さん!」
「マズい!」
ワインは、サルサの身体から瘴気のような魔力がほとばしるのを見て、必死になってサルサを揺すぶっているチャチャに飛びつき、
「離れるんだ!」
「あっ、ワインお兄ちゃん、何するの離して!」
そう叫ぶチャチャを強引にサルサから引きはがした。
「……チャ、チャ……」
苦し気に呻くサルサの身体は、噴き出してくる瘴気でだんだんと崩れ落ちていく。
「お母さん!」
「見ちゃいけない!」
サルサの側に行こうともがくチャチャを、ラムがしっかりと胸に抱いて押し留める。
そこに、癇に障る笑い声が響いたかと思うと、崩れていくサルサの向こう側に赤い髪と緋色の瞳をした少女が姿を現した。
「あーっはっはっはっ、いい気味だわ。ワタクシの命じたことを遂行できない役立たずには、すべからく並行宇宙のどこにも居場所なんてないんだから」
それを見て、ジンとウォーラは抜剣し、ワインも槍の鞘を払う。ラムはチャチャを胸に抱いたまま鋭い瞳でその少女を睨みつけ、シェリーはその後ろで弓に矢をつがえていた。
「……凄い魔力だ、ジン、気を付けろ」
ワインが小さな声で言うと、ジンはうなずいて少女に問いかけた。
「僕はドッカーノ騎士団団長、ジン・ライム。貴様は誰だ⁉」
すると少女はニタリと笑った。15・6歳の見た目とはかけ離れた醜悪な笑いだった。
「ふん、アナタがウェンディがご執心の団長くんね? ワタクシはフェン・レイ、万物の初源たる『盟主様』に仕える身にして、並行宇宙の管理人よ。ワタクシの降臨を崇めなさい、坊や」
「ふざけやがって!」
フェンの名乗りを聞いたラムは、いきなり長剣を抜いてフェンに斬りかかる。その動きはさすが『ステルス・ウォーリアー』と呼ばれるだけあって、誰も彼女を止められなかった……フェンを除いては。
「うふふ、トロくてよ?」
フェンはラムの神速の斬撃を難なくかわした。
ボムッ!
「あがっ!」
何をどうしたのか、ラムの身体が一瞬火を発し、ラムはその場で身体から煙を立てながら失神する。
「ラムさん!」「ラム!」
ワインとシェリーがラムに駆け寄るが、ラムはぐったりとして動かない。
「大丈夫、心配しなくてもよくてよ? 殺したりはしていないから……」
フェンはワインとシェリーを見て勝ち誇ったように言うと、続けて
「……もっとも、身体に大やけどを負った娘なんて、誰も相手にしてくれないでしょうけれどね? あーっはっはっはっ」
そう高笑いする。耳障りな笑いだった。
「……耳障りだ……」
ジンはそうつぶやくと、ゆっくりと歩き出す。その右手には剣が提げられたままだ。
「あっ、ご主人様!」
ウォーラは、ジンを止めようとしたが、
「ウォーラ、チャチャを頼む」
ジンからそう言われて、ただうなずくしかなかった。
(……ご主人様が怒っている。今まで聞いたこともない声だった)
ウォーラはそう思うと、気を失ってしまったチャチャをしっかりと抱きしめた。
「よせ、ジン!」「止めてジン!」
ワインとシェリーは、自分たちの前を横切ってフェンに近づくジンにそう言って息を飲む。ジンの瞳は緋色に輝いていた。
「あら、まだ身の程を知らないお方がいるようね? どこからでもかかって来なさい、坊や。ワタクシ並行宇宙の管理者が、アナタに自分の実力ってやつをたーっぷりと思い知らせてあげますわ」
フェンは、近づいて来るジンを見て、緋色の瞳を細めて笑うと言う。その笑いにはサディスティックな響きがたっぷりとこもっていた。
「どこからでも、か……」
ジンはうつむいたままそうつぶやいたが、次の瞬間キッと顔を上げてフェンを睨みつけて笑って言う。
「その言葉、嘘はないな?」
その瞬間、ジンはフェンの後ろにいた、剣を振り上げたまま。
「げっ⁉」
バムッ!
ジンの挙動はあまりにも素早かった。ジンの剣がフェンを斬り裂く音が後から聞こえてきたほどだった。
フェンは目を見開き、自分の脾腹にぱっくりと開いた傷を震える手で押さえ、その手を目の前に持ってくると、
「きゃーっ!」
そう叫ぶ。そしてジンを振り返って喚いた。
「アナタ、アナタごときが並行宇宙の管理者たるワタクシに傷を負わせるなど、ワタクシは認めませんっ!」
その喚きに、ジンは斬撃で答えた。
バシュッ!
「あがッ!」
悲鳴を上げるフェンに、ジンはこの上もなく冷たい声で言い放った。
「宇宙の初源だろうと、並行宇宙の管理者だろうと、俺は俺の『掟』に従わせるだけだ。血の償いは血で……とな」
フェンは、そう言うジンの身体から噴き上がる魔力を見ていたが、不意に驚愕の表情を浮かべて、
「そ、そなたは……ふん、道理でウェンディがご執心のはずですわ。アナタはジンとか言ったわね? 覚えていらっしゃい、いつかワタクシが必ずアナタの息の根を止めて差し上げますわ。ウェンディに渡しはいたしませんことよ?」
そう言うと、虚空へと消え去った。
ジンは、フェンの気配が消えてからもしばらく虚空を見つめていたが、やがて剣を収めてつぶやいた。
「並行宇宙の管理者か……いつから四神たちはそんなに厨ニになった」
そして、固い顔をしているシェリーやワインたちを振り返ると、いつものジンに戻り、真剣な顔で言った。
「ワイン、シェリー、ラムさんを医者に。それからウォーラさん、チャチャちゃんを連れて僕と一緒に来てくれ」
「はい、ご主人様」
ウォーラが最初にそう答えて、チャチャを抱いて立ち上がると、
「分かったわジン。ワイン、ラムさんに肩を貸してあげて」
シェリーに言われてワインも我に返り、
「分かった。ボクは右から支えるから、シェリーちゃんはそっちを支えてくれ」
そう言って、ウォーラと共に先を行くジンを見つめた。
(Tournament18 毒殺魔を狩ろう! 後編 完)
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
少し間が空きましたが、後編です。
今年は作品をバラけて投稿することにしました。よって、他の作品の投稿は、次週になります。
書き遅れましたが、明けましておめでとうございます。
今年もみなさんにとっていい年でありますように。




