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キャバリア・スラップスティック  作者: シベリウスP
摂理の黄昏編
171/171

Tournament171【最終回】Universe hunting:6(世界を狩ろう!その6:VS筆頭精霊王ウェンディ)

【キャバスラ、遂に最終回】ウェンディは戦いの中で『予言』の意味と自分の思いをジンに伝える。ウェンディの思いとは? そして『新たな世界』とは? キャバリア・スラップスティック、5年を経て遂に完結です。

【前回のあらすじ】


ジンは遂に精霊覇王エレクラと雌雄を決することになった。『最強の四神』エレクラの攻撃に翻弄され、一時は勝利を諦めかけるほど追い詰められたジン。しかし、エレクラの隙をついて時空魔法で勝利する。ただ、エレクラの最後の言葉と眼差しが、ジンの心に傷を残していた。


     ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


 ウェンディは強かった。いつか彼女自身は、


『ボクは四神の中でも最弱だよ♪ てへっ♡』


 そう言っていたが、本気になったウェンディはいつもの軽口も、どことなく投げやりな態度も一切消し去り、笑顔になっても目は笑っていなかった。


「さて、団長くん♡ 最初は斬り合いとしゃれこもうじゃないか♪」

 シュンッ!


 風の音を残してウェンディの姿が消える。


漆黒ひかりはかくれる


 そのため、僕もシールドを展開しながら隠形した。

 だが、


「甘い甘い♪」

 ジャリイィィンッ!

「くっ!?」


 背後への斬撃がまともに決まって、僕は前方へとたたらを踏む。


 ウェンディは、真剣な眼差しで僕を見て、


「今のが『深淵の魔力』の術式だね? なるほど、ちょっと構造が特殊なんだ」


 そう言いながら大剣を構え、そして姿を消す。

 その時、僕の全身が総毛だった。ウェンディの魔力が、僕の予想をはるかに超えていたからだ。『圧倒的』という言葉でも表現としては控えめだった。


暁星よるにひかる

 バゴオオンッ!

 ジャランッ!


 僕の目の前で魔力が弾け、火花と火焔が迸る。同時に僕が後ろ手に薙ぎ払った魔剣パラグラムは、ウェンディの大剣を間一髪で弾いていた。


「おやおやおやぁ? 団長くんは後ろにも目があるのかなぁ? ボクの風の楽譜(ウィンドスコア)は使用禁止にしているハズだけれど」


 『風の楽譜』はパッシブスキルで、自身の周囲にある魔力や生命力などを常時監視する術式だ。そうか、『風の楽譜』を持つウェンディに、隠形は意味がないのか。


 そう思った僕は、別のアプローチでウェンディに対抗することにした。


貪欲な濃霧(ドレインミスト)


 途端に、ウェンディの周りに紫紺の魔力が立ち込める。これは瘴気でもあり、魔力を吸い取るものでもある。


「ムダムダムダ♪ 風の発散(アウスストレメン)だよん☆」

 バフッ!


 『風の発散』は僕も、賢者スナイプ様も使っていた術式だ。けれど風の精霊王が使うと、この術式の威力は一味も二味も違った。瘴気と魔力吸収の霧はかなり広い範囲に広がっていたのだが、それをただ1発で、しかも完全に吹き飛ばしてしまった。


風の旋刃(テンペスト)


 ウェンディが術式を展開する。僕の周囲を、風の刃を含んだ旋風が取り囲んだ。


自己愛幻覚ナルシスポイズン


 ウェンディが展開した術式が、僕が知っている『風の螺旋刃(ヴィルヴェルヴィンド)』という術式と似たようなものなら、この旋風は中に術者が入っているか、術者が動かさない限り不規則に動き続ける。


 だから動向に気を付ける必要はあるものの、自分から相手にする必要はないと割り切って、ウェンディへの攻撃を行うことにした僕だったが、その決断をすぐに後悔することになる。


「ふぅ~ん、団長くんって『異体』を自分で作れるのかぁ……」


 自分を取り囲んだ何人もの僕を見て、ウェンディはヒュウ♪ と口笛を吹くと微笑み、


「……でもさぁ、ボクの『風の旋刃』を『風の螺旋刃』と勘違いしていないかなぁ?」


 そう言うと、パンッ! と手を打ち鳴らした。その途端、ゆっくりと不規則に動いていた旋風は、急に向きを変え、速度を上げて僕に迫って来た。


「!? まさかっ!?」


 僕は慌てて旋風に向き直る。何人かの『異体』が勇猛果敢に旋風に挑み、


 ブシャシャッ!


 血煙と共にズタズタになって消し飛んだ。思ったより厄介な術式らしい。


「ざーんねん☆ ボクの『風の旋刃』はホーミング機能付きなんだ♪ 忠告だけど、早いところ処理した方がいいよ?」


 ……思ったよりも厄介な術式だった。


完全な虚空(ヴァーニティ)


 僕は『風の旋刃』をごっそり空間規定魔法で囲い込み、消滅させる手を選んだ。この術式はウェンディへの止めに使いたかったが、他に即効性のある対応策が浮かばなかったのだから仕方がない。


「へぇ~、空間規定魔法かぁ~。それもかなり念の入った編み込み方をしているねぇ?

 それって、たぶんマロンが手伝って編み込んだ奴だよね? マロンの癖が出ていて面白いね♪」


 案の定、ウェンディは一目見ただけで、『完全な虚空』の立体構造を把握したらしい。

 こうなると、彼女はすぐに弱点や欠点を見抜いて対策を講じるだろう。今後この術式は、ここぞという場面で使わない限り効果は少ないと見なければならない。


「団長くんって、やっぱり独特のセンスを持っているよね? こうやって囲まれているのも嬉しいけれど、ボクは君自身と勝負したいんだ♡ 悪いけれど『異体』のみんなには消えてもらうね?」


 幾人かの『異体』と切り結びながら、可愛らしい笑顔でそう言うウェンディだったが、展開した術式はえげつないものだった。


風の十字路(ウィンドクロス)♪」


 ウェンディの術式は、『本体以外の僕』を正確に判別していた。『異体』たちは痺れたように動かなくなり、


 ドシュッ! ブシャアアァァッ!


 四肢を引き裂かれ、魔力の拡散とともに消えていった。


(……ウェンディは完全に『僕自身』だけに照準を合わせている。そして隠形や魔力による目晦ましは効かない……普段はうすらボーッとしていたけれど、実際はこんなに強かったのか)


「ウェンディ、君が『四神最弱』なんて嘘だろ!? 少なくとも今の君は、エレクラ様より厄介だ。さすがは風の精霊王だなって見直しているよ」


 僕が言うと、ウェンディは嬉しそうに頬を染めて、愛くるしい笑顔を咲かせた。


「そうかい? 惚れ直してくれてもいいんだよ♡ ついでに『摂理の調律者(プロノイア)』様へのお使いを放棄してくれたら、なお嬉しいんだけれど?」


「悪いけど、それはできないかな。僕は『新たな摂理が織り上げる未来』に、かなり期待しているんでね?」


「ありゃりゃ、即断かい? これでもボクは、『繋ぐ者』になった君と素敵な未来予想図を描いていたんだけれどなー」


 残念そうに言うウェンディだったが、すぐに真顔に戻り、


「……まぁ、それでこそ団長くんかな。じゃ、ちょっとギアを上げさせてもらうね?」


 そう言うとウェンディは、翠色に光り始めた。



 その頃、ジンとウェンディが戦っている場所から20ヤードほど離れた場所で、金髪をポニー・テールにした少女アタシが、深い眠りについていた。戦闘の音や衝撃はここまで届いているが、アタシは幸せな夢を見ており、まだ目覚める気配はない。


 アタシの名前は、シェリー・シュガー。シルフの一族だけれど、アルクニー公国のドッカーノ村で生まれて、17歳まで母と共に過ごした。


 ドッカーノ村は面白い村だった。普通は人間なら人間同士、シルフならシルフ同士、エルフならエルフ同士と、種族ごとに村を形成するものなんだろうけれど、ドッカーノ村は人間だけでなくシルフもエルフも、何ならオーガですらごく自然に一緒にいた。


 だから父母に連れられて祖父母が暮らす『シルフの集落』を訪れるまで、ドッカーノ村みたいな集落が普通だと思っていた。


 アタシには、種族が違う幼馴染が二人いた。


 一人はワイン・レッド。手広く商売をやっているお金持ちの家の坊ちゃんだった。

 彼は幼い時から利発で、気が利いて、そしてスケベだった。彼の周りにはいつも複数人の女の子がいて、その輪の中で鼻の下を伸ばしているような奴だった。


 ただ、どんな種族の女の子に聞いてみても、彼に好意を向ける理由は『お金持ちだから』とか『カッコいいから』とかではなく、『優しくて、頭がいいから』という理由だったのは意外だった。


 けれど、確かに彼は女の子に甘いだけじゃなく、自分の将来というものをしっかりと見据えていて、自身がすべき努力は怠らない人ではあった。口では


「いやぁー、ボクってモテるでしょ? 休日は忙しくってたまらないよ☆」


 とか言いながら、その実、休日は女の子とのデートをしているのではなく、自分の興味が赴くまま、さまざまな勉強に時間を費やしていたのを覚えている。


 もう一人はジン・ライム。父親は厳格だが優しく、母親はそれ以上に優しい家庭で育った、素直で律儀で、そして不思議な正義感を持つ少年だった。アタシとジンの家は近くだったので、物心ついた時には一緒に遊んでいた仲でもある。


 いろんな種族が住んでいると言っても、ドッカーノ村を構成する村人の大半は人間で、中にはアタシたちシルフやエルフ、オーガのことを『亜人』とか言って露骨に差別したり、毛嫌いしたりする人間が多かった。


 当然と言っていいかどうかは判らないけれど、成長するに連れて親の影響を受け、アタシたちと距離を置き始める子どもも多かったけれど、ジンはそうじゃなかった。


「ねぇジン、アタシと遊んでいたら人間の友達から仲間外れにされない?」


 アタシたちが12・3歳の頃、アタシはジンにそう訊いてみたことがある。ちょうどその頃は友達の間でも様々なグループができ始めていたころだった。


 ジンはどんなグループにも属さず、一人で本を読んだり、野山を駆け回って遊んだりしていた。

 けれどそれは決して彼がコミュ障とか陰キャとか人嫌いだというわけではなく、どんなグループからでも誘われれば……それがジンの『正義』に悖ること以外は……結構一緒に楽しく遊んでもいた。


 孤高だけれど人懐っこい彼のことは、出会った最初っから気になっていた。気が付いた時には恋に落ちていたといってもいい。


 アタシの問いに、ジンは笑って答えた。


「別に、仲間外れなんて気にしていない。友達って、種族でなるもんじゃないだろ?」


「じゃ、じゃあさ。こ、恋人……とかはどう? やっぱり同じ種族じゃないとイヤ?」


 アタシが精一杯の勇気を振り絞って訊くと、ジンはキョトンとして訊き返してきた。


「……友達と恋人って、何か違いがあるか?」


 この時だったかな、ジンが『鈍感系思わせぶり主人公』だって気が付いたのは。


「ちっ、違うよ! ぜんぜん違う! 逆にジンって、友達や恋人ってどんなもんだと思ってんの!?」


 アタシが訊くと、ジンは目をパチクリしながら答えた。


「え? 仲良しなのが『友達』で、もっと仲良しなのが『恋人』じゃないの?」


「それはそうだけど、そうじゃないの!『恋人』って、『友達』じゃできないことができるの」


「え、そうなの? どんなことができるの?」


「……そ、そんな恥ずかしいこと、女の子に言わせないでよ! ジンのばかっ!」


 ……ジンってば、その後1時間くらいアタシにご機嫌取りしていたなぁ。



 でも、ジンのこの言葉でアタシは機嫌が直ったし、ジンとの恋に希望を見いだせたのも確かだったんだ。


「そう言えば、シェリーは恋人は同じ種族がいいかって訊いてたね? 僕はさ、別に種族で恋をするもんじゃないだろ?……って思うよ。だから僕は、僕のことを好きで、僕が好きになった人を恋人にしたいなぁ」


 お母さんは、ジンのお父様……バーボン・クロウが何者かを知っていて、アタシに話してくれたこともある。それによると、ジンは『伝説の英雄』の息子で、魔族の血が流れている、とのことだった。


「ジンくんがみんなに優しいのは、『魔族の祖』の血がそうさせるのかもしれないわね」


 お母さんはそう言ったけれど、アタシは、たとえジンが魔族じゃなかったとしても、みんなに優しい人間になっていたと思う。だって、ジンが自分のことを魔族だって知ったのは、旅に出てからのことだったもの。


(ジンは、ジンだから優しいんだ……。そんなジンと旅ができてよかった)


 旅の空の下、ジンの寝顔を見ながら、アタシは何度そう思って微笑んだだろう。『新しい摂理の世界』でも、アタシはジンと恋をして、ジンと一緒に暮らせればいいな……そんな思いに包まれながら、アタシは眠り続けている。


   ★ ★ ★ ★ ★


「……まぁ、それでこそ団長くんかな。じゃ、ちょっとギアを上げさせてもらうね?」


 そう言うとウェンディは、翠色に光り始めた。

 と、同時に、僕とウェンディのいる空間が、翠の風の壁で切り取られた。


 僕はチラリとシェリーの所在を確認する。よかった、シェリーはこの空間の中にはいない。ウェンディはあくまで僕個人と雌雄を決するつもりであり、シェリーを盾にするとか、人質に取るというような考えはないみたいだ。


 僕の動きを見て、何を考えているのか判ったんだろう、ウェンディは上機嫌に語りかけて来た。


「あはは、団長くんの大事な『乙女』には、指一本ふれはしないさ。君を倒せば、幼馴染さんは『乙女』じゃなくなるからね。そうなったら幼馴染さんは、言い方は悪いが部外者だ。関係ない人物を巻き込むつもりはサラサラないよ」


「……それはいい心がけだね。ウェンディらしいと思うよ、ありがとう」


 僕が礼を言うと、ウェンディはニコニコしながら


「お礼なんていいさ。じゃ、始めさせてもらうからね? 投降も一つの手だよ? 言ってくれればいつだって、ボクは術式発動を止めるから」


 そう言うと、真剣な顔になり、胸の前で手を合わせて目を閉じた。


「D’e quintos arubareta, siene saruvatos om innguram ici, L’quplle ‘est vanita…」


 ウェンディが呪文を詠唱するのも初めて見る。僕はふと、エレクラ様の姿を思い出した。


『……我が最高の弟子は、最高の敬意をもって葬ってやる……』


 エレクラ様はそう言った。たぶんウェンディも同じ気持ちなのだろう。


「今だっ!」


 僕はウェンディが目を閉じると、チャンスだとばかりに斬りかかろうとする。だがウェンディはそれを許すほどうっかりとはしていなかった。


 ゴゴゴゴゴ……


 空間が揺れるほど強大な魔力が噴き出し、風は周囲のものを吹き飛ばすほどの強さでウェンディのもとに集まり始める。これは相当ヤバい術式を使うに違いない。


「くっ!」


 僕は魔剣パラグラムを地面に突き刺し、吹き飛ばされないようにするのがやっとだ。

 動くことができない状態だが、気を抜けばあっという間に空中に持ち上げられ、ウェンディのいい的にされてしまう。そんなことになるよりはマシかもしれない……といって、このままいても今発動準備をしている術式に捉えられたら、結果は同じだが。


「…Asumosu de…………」


 ……呪文詠唱が進んでいる。このままではなすすべなくやられてしまうだろう。


 それにしても、ウェンディの魔力がこれほどのものとは思わなかった。正直、他称『四神最強』のエレクラ様を倒したことで、自称『四神最弱』の彼女を舐めていたところはあると認めざるを得ない。


 その時、僕はこの状態から生き残る考えがひらめいた。うまく行くか、間に合うかどうかは別として、方法があるならやってみない手はない。急げ、僕!


時の錨鎖(クリティカルアンカー)


 ガキッ!……時空に僕をつなぎとめるアンカーが力強く打ち込まれる。


「……la Dekeito Wendi Blossom……」


 ウェンディの呪文詠唱が終わりに近づいた。


時の抱擁(オールホールド)イム、マイン」


 ふわっとした感覚が僕を包み、時空魔法が僕だけを対象に発動する。


「……alle Explosion! 届け、我が摂理を守護する祈りよ!……」


 いよいよ術式宣告だ、間に合うか!?


捕捉不可能アンリミットパーシュート!」

「……風の大団円(オール・オーバー)!」

 バスウウーンッ!



 ……それは恐ろしいほどの魔力の炸裂だった。空間を切り取る壁がミシッという音を発して軋み、空間内の温度と圧力は一気に数万倍に跳ね上がる。


 そして、まともに受けたら身体を文字どおり雲散霧消させるほどの爆風が、空間内を駆け巡った。

 けれど、ウェンディは目を細めて空間を凝視し、ムスッとした顔で僕に呼びかける。


「……団長くん、空間規定魔法と時空魔法はボクの十八番おはこだ。それを使ってボクの奥義から逃げるなんてズルいんじゃないかなぁ?」


 僕は『時の抱擁』を解いて『捕捉不可能』で作った空間を抜け出す。


「……君が四神としての任務を大事にしているように、僕も『あのひと』からの依頼には全力で応えたいからね?」


風の通い路(ウィンドコリドー)っ!」


 僕の答えに被せてウェンディが術式宣告を行う。僕はサッと振り向いて、


 ヂィィィィンッ!


 背後を取ったウェンディが振り下ろす大剣を、魔剣パラグラムでがっしりと受け止める。


「ちぇっ、カンのいい団長くんは素敵だねぇ♡」


 ウェンディは舌打ちしながらも、ニコニコしてそう言う。


逃走不可能パープルプリズン

「ははっ☆ 風の発散(アウスストレメン)!」

 バフンッ! パアアンッ!


崩壊不可避デスキューブ

「おっとぉ! 風の通い路(ウィンドコリドー)

 バフウゥンッ! バァァァーンッ!


 ウェンディは、僕の続けざまの攻撃を歯牙にもかけずといった調子で撥ね退けて、顔の前で人差し指を振って見せる。


「団長くん、その系統の術式はボクに効かないよ?」


完全な虚空(ヴァーニティ)

(フルフト)(・ナーハ・)逃避(フォルン)!」


 魔族の時空魔法で最強の術式も、彼女はするりと抜け出して見せた。


「だからぁ~、時空魔法や空間規定魔法はボクの領分なんだって♪」


 呆れたように言うウェンディを見ながら、僕は


(……エレクラ様と同じか。やはり『深淵の魔力』で決着を付けないといけないんだな)


 そう考えていた……それが不覚にも隙を生んだのだろう。そしてウェンディは、その隙を見逃すような甘ちゃんでもなかった。


風の次元環(ウィンドトランス)!」

 ドスッ!

「がっ!?」


 ウェンディは大剣を右側の空間に伸ばしていた。しかし、その剣先は円い次元の穴に消えている。そして僕の背中からは彼女の大剣が突き出ていた。


「……く、空間を歪めたのか……」


 僕は目の前を凝視する。時空の穴はどこにも見えない。


 ウェンディが僕に向けて大剣を突き出したのなら、僕は早く反応できたのだろう。しかし彼女は自分の右側に時空の穴を開け、それを僕の恐らく腹部の皮膚の上に開き、剣を突き出した……ウェンディは狡猾だったと言える。


 ウェンディはニコニコしながらうなずき、


「せいかーい♪ これくらい出来なきゃ、時空魔法の遣い手を名乗っちゃいけないよ?……ところで、団長くんに取引を申し込みたいけど?」


 そう言う。この状況で満面の笑みを浮かべているのだから、実はウェンディはかなりのサイコパスではなかろうか?


「……伝言の依頼は……放棄しないぞ?……」


 僕は肩で息をする。お腹が、というより身体中に灼けるような痛みが走っていて、息をするのもしゃべるのも一苦労だった。


 ウェンディはニチャアと不気味に笑い、


「……団長くん、ボクがまだ何も頼んでいないうちにソッコーで断るんだね? そんな悪い団長くんにはぁ……」


 そう言って、右手の大剣を少しひねった。


 ブシュッ!

「ぐううっ!!」


 途端に内臓をえぐる痛みが全身に走り、血が噴き出る。


 ウェンディはそんな僕を見つめながら、再び訊いてきた。そしてその言葉は、あまりにも意外なものだった。


「どう? 幼馴染さんじゃなく、ボクを『乙女』にしてくれないかい?」



 『乙女』……それは水の精霊王アクエリアス・レナウン様が予言した存在である。

 アクエリアス様によれば、『乙女』は『摂理の黄昏』の時に現れ、『伝説の英雄』と行動を共にして彼を助け、彼と結ばれ新たな世界を招く。


 しかし『摂理の黄昏』を止めた後に、彼女は悲惨な最期を遂げる運命にある……らしい。現に5千年前の『摂理の黄昏』では、カッツェガルテンという都市国家の執政であった少女、ウェカ・スクロルムが『乙女』として、僕と共に『摂理の黄昏』を止めたが、ドラゴンの群れに襲われて最期を遂げている。


 そんな『乙女』に自らなりたいっていうウェンディの申し出だが、はっきり言って僕にはその真意が理解できない。


「摂理は四神にも平等に働きかけるはずだ。となると『乙女』を望むのは悲惨な最期を迎えることに同意したも同然だ。そこまでの覚悟があるとしたら、ウェンディ、君は何故、何を望んで『乙女』になりたいんだ?」


 僕が訊くと、ウェンディはうっすらと笑って言う。


「団長くん、『乙女』については、木々の精霊王キャロット・トスカーナ様も予言しているよね? 君がアロハ諸島ニイハオ島のキャロット神殿跡で見つけた『予言詩』、その内容はどうだった?


 その予言には、

 『昼と夜があるように、始まりには終わりがあるように、物事には善と悪がある/

 昼と夜は繰り返すように、終わりの先に始まりがあるように、善と悪には境界はない/


 だから生きとし生けるものは二面性がある/

 それは季節の移り変わりのように、いつの間にか移ろう/


 一つの極みに到達すれば、繋ぐ者は破壊する者になり/

 逆の極みに至れば、破壊する者も繋ぐ者になる/


 一つを選べば英雄は皆に迎えられ、いつか来る破滅の道を進む/

 逆を選べば英雄は孤独となるが、新たな世界を迎える者となる/


 一人を選べば英雄は仲間と共に闇へと進み/

 乙女を選べば孤独の中で光を差し招く』……とあっただろう?」


 僕は黙ってうなずく。いつの間にか、ウェンディは僕に軽くヒールをかけていたようだ。お腹の傷の痛みは少なくなり、血も止まっている。


「大事なことは、『繋ぐ者』と『破壊者』、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことだ。そして、『乙女』を選んだ英雄はどうなると言っている?

 『孤独』にはなるが『光を差し招く』とあるだろう?


 そしてオアシスにあった『虚空ヌル』の予言、『われは摂理の外から繋ぐ者を生んだ』『われの親は我の子孫、掟に従う破壊者である(繋ぐ者は破壊者だが、逆はそうとも限らない)』を考えると、団長くん、君は単なる『破壊者』じゃない。『繋ぐ者』でもある『破壊者』なんだ」


「……単なる『破壊者』と『繋ぐ者』でもある『破壊者』の何が違うんだ?」


 僕にはまだよく解らない。『破壊者』に『繋ぐ者』の特徴を宿すなど、そんな両取りみたいな状態がありえるのだろうか?


 そんな僕に、ウェンディは笑って答えた。


「うん、君がアルケー・クロウだったってことがミソさ♪ 君は『虚空ヌル』の予言どおり『摂理の外から』生まれた『繋ぐ者』だ。


 そして『一つの極み』に達して『繋ぐ者は破壊者だが、逆はそうとも限らない』の言葉どおり、『繋ぐ者でもある破壊者』になったんだ。


 この場合、『一つを選んだ』君は『いつか来る破滅への道』を歩くはずだが、君は同時に『乙女』を選んでいるから『光を差し招く』んだ。『英雄』と『乙女』、『孤独』な二人がね?」


「……『乙女』はいなくなるから、『英雄』が『孤独』になるんじゃないのか?」


 僕が最も気にしている部分を口にする。しかしウェンディの解釈は違っていた。


「団長くん、気付いていたかい?『一人を選んだ』場合と『乙女を選んだ』場合の主語の違いに。

 『一人を選んだ』場合は、ちゃんと『英雄は』とあるが、『乙女を選んだ』場合にはそれがない。


 ボクは、『乙女を選んだ』場合に『孤独』になるのって、『英雄と乙女の二人』だと思うな。

 だから今の団長くんと一緒なら、『乙女』は死ぬことはない。


 ボクは君と共に、新たな世界を招来したいんだ……ダメかな?」


 ウェンディの言うことが正しいなら、シェリーは死なないで済むことになる。


 だが僕はどうしても、5千年前のウェカのことが頭から離れない。あの時の僕と今の僕、同じ人間だから違いはないはずだ。


 その疑問が顔に浮かんででもいたのだろうか、ウェンディが真剣な顔で言った。


「5千年前の君は、()()()()()()()()()()()()()

 つまり、『われは摂理の外から繋ぐ者を生んだ』という前提がない状態なんだ。だから君は普通に『繋ぐ者』になった。


 しかも、摂理を逆行して5千年前に行ったから、君は『破壊者』でもあった。

 『破壊者でもある繋ぐ者』の場合、予言の文章で言えば『逆を選んだ』状態だから、君はあの世界では『孤独』になった……そう考えるとつじつまは合わないかい?」


   ★ ★ ★ ★ ★


 僕はウェンディの予言解釈はある程度理解した。だが、最も重要な疑問について、ウェンディはまだ答えていない。


「ウェンディ、『乙女』が死なないで済むから『乙女』になりたい……君がそんな浅薄で卑怯な理由で『乙女』の立場を望むとは思えない。何か別の理由があるんだろう?

 それを聞かせてくれない限り、シェリーが『乙女』であるってことは変わらない」


 僕がそう言うと、ウェンディは困ったような顔でしばらく考えていたが、とんでもないことを言った。


「う~ん、あんまり本音は言いたくないんだよね。ボクが君のことを好きだから……って理由じゃダメかい?」


「いや、『本音を言いたくない』ってことは、君が僕のことを好きだって言うのは取って付けた理由ってことだろう? 君のことだ、もっと世界の根源的なところに関わるような理由を隠しているはずだ」


 僕はそう決めつける。ウェンディはおちゃらけているが、根は真面目で抜け目がない。おまけに四神という立場でもある。僕のことが好き、などというふざけた理由で『乙女』の立場にこだわるはずはない。


「えぇ~♡ そんな事なぁいよぅ♡ ボクは本当に君のことがスキ♡なんだけどぉ?」


 目をキラキラさせて言うウェンディだが、そこは『目をウルウルさせる』場面じゃないのか?……と心の中で突っ込む僕だった。


「……話さないのなら仕方ない。僕はシェリーを『乙女』に選んだし、シェリーだって予言にある最期を覚悟のうえで『乙女』となる運命を受け入れてくれた。

 そんなシェリーに、今さら『乙女』を降りてくれなんて言えないな」


 僕がきっぱりとそう言うと、ウェンディは眠っているシェリーをじっと見つめていた。


「……ウェンディ、何をするつもりだ?『シェリーには手を出さない』って自分で言っただろう?」


 難しい顔でシェリーを見ているもんだから、てっきりウェンディがシェリーに何か手を出すつもりかと身構えてしまう。


 だが、ウェンディは僕に手を挙げて、そのままじっと動かずにシェリーを見続けていた。約束は守るつもりらしい。


「……そうか、それが幼馴染さんの……。だったらいいか」


 やがてウェンディは小さく何かをつぶやくと、何かに満足した顔を僕に向けて笑った。


「団長くん、前言は撤回するよ。『乙女』はやはり幼馴染さんが相応しいね♪ ボクは四神の立場に戻って、君をプロノイア様に会わせないように力を尽くすとしよう」


 ブシャッ!

「ぐわっ!?」


 ウェンディはいきなり僕の腹から大剣をひねりざま引き抜いた。



「ぐぐぐ……」


 想像を絶する痛みと出血で、気が遠くなる。


「次は心臓を狙うよ! 風の次元環(ウィンドトランス)!」

「くそっ!」

 ブジュッ!


 間一髪でウェンディの攻撃を避ける。傷口からは鮮血が噴き出て来た。


貪欲な濃霧(ドレインミスト)


 一瞬だけ考えて、僕は魔族の魔法体系に属する『貪欲な濃霧』をヒールに選んだ。

 『深淵の魔力』である『諒闇やみはいだく』の方が強力だが、ウェンディにこれ以上魔力特性のパターンを把握させないため、ギリギリまで『深淵の魔力』は使わないことにしたのだ。


「君はこの術式の恐ろしさを知っているよね!?  風の憧憬(ウィンドゼーンズフト)っ!」

 バシュンッ!

「くっ! 自己愛幻覚ナルシスポイズンっ!」


 『風の憧憬』は、精神をかく乱する術式だ。相手の記憶を鮮明にし、恐怖を煽ったり戦意を削いだりして、最終的には魔力を使えなくしてしまう効果があったと記憶している。


 だが、精霊王が使う術式だから、隠されていた効果があるかもしれないし、効き方も激烈だろう。僕は好むと好まざるとにかかわらず、勝負を急がざるを得なくなったのだ。


 だから僕はムダだと知りつつも、『自己愛幻覚』でウェンディの気を散らせる手に出た。


「うん、ボクの気を散らせるつもりだね? 確かに、時間が少ない団長くんは、そうせざるを得ないよね?」


 小憎らしいことに、ウェンディはわざわざそんな解説までした後、術式を展開する。


風の十字路(ウィンドクロス)!」

 ブシャッ! メリッ! ゴリッ!


 あちこちで僕の『異体』が、四肢をもがれたり、首をもがれたりして消えていく。


 だが、それは想定内だし、ウェンディがこちらの意図を推察しているのも想定内だ。僕はただ、ウェンディの攻撃を避けながら、できるだけ肉薄するしか、今のところ取るべき手はない。


 その時、僕にある天啓が降りて来た。それに従い、僕はあえて同じ攻撃パターンで、空間規制魔法による攻撃を試みる。


逃走不可能パープルプリズン

「おや? 風の発散(アウスストレメン)!」

 バフンッ! パアアンッ!


崩壊不可避デスキューブ

「なるほど、風の通い路(ウィンドコリドー)

 バフウゥンッ! バァァァーンッ!


 ウェンディは、さっきと同じように、僕の続けざまの攻撃を次々と撥ね退ける。ただ、この同一パターンの攻撃にいぶかしいものを感じているらしく、僕の考えを読むようにじっと見つめて来た。


「団長くん、その系統の術式はボクに効かないって言ったはずだよ?」


 僕はその言葉を無視して攻撃を仕掛ける。


完全な虚空(ヴァーニティ)

(フルフト)(・ナーハ・)逃避(フォルン)!」


 やはり彼女はするりと抜け出して見せた。『時空魔法と空間規定魔法はボクの領分』というだけあって、完璧ともいえる対応だった。



「団長くん、何を企んでいるんだい? 打つ手をなくしたからといって漫然と攻撃をするような君じゃないはずだよね?」


 探るような目で僕に言うウェンディを見ながら、僕は一見意味のない攻撃を展開した。


捕捉不可能アンリミットパーシュート


 まずは彼女の肉眼から消えた。


自己愛幻覚ナルシスポイズン


 そして、三度みたび僕の『異体』を、今度はやや多めに、そして広範囲に展開する。


「君の考えることが解らなくなって来たよ。風の十字……」


 そして、僕の『異体』がウェンディの術式に捕まる前に、次の魔法術式を展開した。


貪欲な濃霧(ドレインミスト)

「何ッ!?」


 すべての『異体』が瘴気を含んだ霧に包まれるのを見て、ウェンディは術式発動を中断する。『風の十字路』は拡散術式だ。これで『異体』を下手に始末したら、ウェンディの周囲は瘴気に包まれることになる。


(まあ、彼女は一度、『風の発散(アウスストレメン)』で『貪欲な濃霧』をきれいさっぱりと吹き飛ばして見せているから、時間稼ぎにしかならないだろうが、『深淵の魔力』術式につなぐ別の道筋が見えるかもしれない)


 僕が期待していたのは、ただそれだけだった。自ら『時空魔法と空間規定魔法は得意』と言っているウェンディだ。四神でもある彼女を、彼女が得意とする術式で倒せると思うほど、僕も能天気じゃない。


風の通い路(ウィンドコリドー)


 ウェンディは瞬間移動魔法を使った。想定内の行動だ。そして彼女がどこに出て来るか、これもいくつか想定していた。


逃走不可能パープルプリズン


 僕は自分の前面に捕獲のための術式を展開し、とっさに横に跳びながら魔剣パラグラムを振り抜く。


 ジャンッ!

「ちぇっ、読まれていたか……」


 ウェンディは大剣を振り抜いて肩に担ぐと、舌打ちをして僕を見る。僕が使っている術式は戦闘開始当初と変えていない。それだからこそ、ウェンディは僕の考えが読めずに疑心暗鬼が萌しているのだろう。


 それに、彼女はエレクラ様の最期を見ている。当然、僕の『深淵の励起(エクスプロージョン)』や『漆黒ひかりはかくれる』、『暁星よるにひかる』を観察し、それが『深淵の魔力』につながる魔法術式で、しかもそれぞれの立体構造がぜんぜん違うことにも気付いているはずだ。まだ見ぬそれ以外の『深淵の魔力』の術式群に対する警戒もあると思われる。


 だから僕は、ウェンディが焦って勝負を急ぐように仕向けているのだ。僕だって彼女の『風の憧憬』の影響が出始めている。だがそれを悟られてはいけない。

 僕とウェンディの戦いは、神経戦の様相を呈してきた。



(おかしい、団長くんはボクの『風の憧憬』を受けている。魔力や気力、戦意が尽きる前に勝負を決めたいはずなのに、効果が薄いと分かり切っている時空魔法や空間規定魔法を多用しているのは何故だろう?)


 ウェンディの方は、ジンの読み通り少し混乱してきていた。精霊覇王エレクラですら倒した強力な『深淵の魔力』に裏打ちされた術式を持ちながら、まだジンはそれらしい術式をさほど使っていない。


(『深淵の励起』とか言ったっけ? あれが団長くんの必殺技のはずだ。じいさんのおかげでどんな構造をしているかおおむね分かっているけれど、『漆黒』や『暁星』とは全然立体構造が違っていた。

 わざと基本構造が違う術式に編み上げているとしたら、他にどんな構造を持つ術式があるのか見当もつかない)


 ウェンディもある理由から勝負を急ぎたかった。ただ、『深淵の魔力』の不気味さと、『待っていれば、いずれはジンの魔力が尽きる』という確信があるため、決定的な一歩を踏み出せないでいたのだ。


 そこにまたまた、


逃走不可能パープルプリズン


 ジンの空間規定魔法による攻撃が来た。


「……風の発散(アウスストレメン)!」

 バフンッ! パリィィンッ!


崩壊不可避デスキューブ

風の通い路(ウィンドコリドー)

 バフウゥンッ! ボファァァーンッ!


 ウェンディは、さっきと同じように、ジンの続けざまの攻撃を次々と撥ね退ける。ただ、


(団長くんは何を狙っている?『深淵の魔力』での攻撃パターンに入るきっかけを作ろうとしているのか?)


 ジンの表情を眺めながら、そう考えている。


(同一パターンの攻撃はいぶかしいが、もしも『深淵の魔力』発動に『魔族の術式』を前提とする、といったような制約があるのなら、団長くんの一見無駄に見える攻撃の意味も変わってくるな……)


 そう思ったウェンディは、あえてジンに語りかけた。


「団長くん、『深淵の魔力』を使わないのかい?」


 ジンはその言葉を無視して攻撃を仕掛ける。


完全な虚空(ヴァーニティ)

(フルフト)(・ナーハ・)逃避(フォルン)!」


 ジンの攻撃から抜け出したウェンディは、今の一連のやり取りから、彼女なりの結論を出した。


(やはり、団長くんは『深淵の魔力』による決着を望んでいて、そのタイミングを計っている。そして『深淵の魔力』は、『魔族の魔力』をトリガーにして発動される)


 ……と。


「……だったら……」


 ウェンディはニヤリとしてつぶやく。


「……『深淵の魔力』は魔族の術式と切り離しては使えないはずだ。だから、初撃に『深淵の魔力』の術式は来ない確率が高い」


 ウェンディの『深淵の魔力』による術式に対する見立てはこうだった。


 まず、ジンが考えている必殺技は範囲攻撃ではない。範囲攻撃なら、さっさと魔法を撃って勝負を決めればいいのだが、そうでないためウェンディの動きを止める必要がある。


 ウェンディの動きを止めることが、ジンの『深淵の励起』を撃つために必要だということは、現在ジンが使っている魔族の魔法術式がすべて空間規定魔法であることで裏付けられる。考えてみれば、ジンは最初っからウェンディを『閉じ込めよう』としていた。


 だから、『深淵の魔力』には『閉じ込める』形式の術式は存在しないのだろう。ジンは空間規定魔法でどうやってウェンディの動きを止めるかを試しているのだと思われる。


(……だったら無駄なことだよ団長くん♪『オーバードライブ』がかかっている今のボクに、ボクの得意とする空間規定魔法が通用するはずはないんだ。君はボクを止める前に、ボクの『風の憧憬』で魔力切れになるのさ)


 ウェンディは少し余裕を持てた。ジンが自分を捕まえる方法を四苦八苦して模索しているのなら、自分はそれに付き合ってやればいい。どうせ同じことの繰り返しになるのだから……ウェンディのその余裕は、本来の彼女の性格を引き出してしまった。


逃走不可能パープルプリズン


 何度目かの、ジンの空間規定魔法による攻撃が来た。だが、今度のウェンディは、さっきまでの対応とははっきり違っていた。


風の刃(ウィンドソード)!」

 ジャリンッ!! パリィィンッ!


崩壊不可避デスキューブ

風の刃(ウィンドソード)!」

 ジャガンッ! ボファァァーンッ!


 ウェンディは、さっきと同じように、ジンの続けざまの攻撃を次々と撥ね退ける。そこは一緒だった。ただ違うのは、『風の刃』だけでその攻撃を破砕しているところだ。


(さて、団長くん。ボクが君の術式をたった1種類の術式で撥ね退けたら、自信を失っちゃうんじゃないかな?)


 ジンの表情を眺めながら、そう考えている。


(ボクの『風の憧憬』は、そろそろ団長くんの精神を疲弊させている頃だ。ここで団長くんが手を上げてくれさえすれば、ボクも『オーバードライブ』を解いていいかな?)


 そう思ったウェンディは、


完全な虚空(ヴァーニティ)

風の刃(ウィンドソード)!」

 ジャガゴオォォンンッ! バフェーンッ!


 すべての空間規定魔法の攻撃を『風の刃』だけで乗り切って、ジンにドヤ顔を向けた。


「どうだい団長くん。君程度の空間規定魔法じゃ、まだまだボクを捕まえることなんてできないってことが解ったかい?」


 ウェンディは余裕の表情でジンに語りかけた……そう、それが彼女の『油断』だった。


 ジンはこの時を待っていた。少しでもウェンディが動きを止める時……それも魔力をすぐには術式として使えない状態にして……それはウェンディとの交流の中で


(ウェンディが僕にドヤ顔で言う時だ。その時ウェンディの魔力は準備状態にあって、戦闘時の発動よりも数秒遅れる)


 ……そのことを知っていたのだ。


諒闇やみはいだく!」


 ジンの『深淵の魔力』がウェンディを捉えた。


   ★ ★ ★ ★ ★


 プロノイアは、つぶっていた目を開ける。自分を閉じ込めていた結界が解かれたのを感じ取ったのだ。


「……決着が付いてしもうたか……エレクラもウェンディも、『本質』の前には敵わなかったと見える」


 プロノイアがそうつぶやいた時、群青色の空の下、不意に銀髪翠眼で黒い服に身を固めた青年と、金髪をポニー・テールにした女性が現れる。二人はプロノイアの姿を見つけると、ゆっくりと歩み寄って来た。


「……来たか、『虚空ヌル』の使者よ。我はそなたを何と呼べばいい? ジン・ライムか? ジン・クロウか? はたまたアルケー・クロウか?」


 青年が10ヤードほどまで近づいた時、プロノイアは背中を向けたままそう尋ねる。ややあって、青年が静かな声で答えた。


「……『真実の月』が照らす名前はアルケー・クロウですが、ずっと名乗っていた名前、ジン・ライムって呼んでもらいましょうか。プロノイア様」


 それを聞いて、プロノイアは自嘲気味に言う。


「ジン・ライム……我は『摂理の調律者』としては失格じゃったようだ。まさか、また摂理を止める日が来ようとは思わなんだが……」


 そこでため息をつき、


「……まぁ、これも運命というものだな。『虚空ヌル』から預かった伝言、話すとよい」


 そう、力ない声で言った。


 だがジンは目をつぶってプロノイアに訊く。


「プロノイア様、一つお聞きします。『新たな世界』は、どういった世界になるのでしょうか?」


 ジンの問いに、プロノイアはしばらく何も言わなかったが、


「……難しい問いをするものだな。我は今の摂理を止めるだけ、止めたら今までのことをすべて忘れるだけだ。『新たな世界』がどうなるかは、『虚空ヌル』がいかなる摂理を立て、命あるものたちがその摂理をいかに大事にするかで決まる……我はそれ以外の答えを持たぬ」


 ゆるく首を横に振りながら答えた。


 ジンはクスリと笑う。その笑いをプロノイアが聞きとがめた。


「我は何かおかしいことを言うたか?」


 するとジンは、笑いを収めて答える。


「いえ、すみません。笑ったのではなく、思い出したのです。ウェンディも、プロノイア様と同じようなことを言っていたなと」


「ウェンディが?」


 プロノイアが興味深げに訊く。ジンはうなずいて、


「はい。ウェンディはこう言っていました。

 マロン様がずっと後悔していたのは、四神は『人間のためになりすぎた』ってこと。

 精霊王は精霊の王であって、人間の王じゃない。精霊王たちが司る自然の摂理を守ることこそが第一義であって、摂理に対して人間が有利になるような情報は与えてはいけなかった……と」


「……『人間のためになりすぎた』か。確かにそうかもしれんの……」


 プロノイアがぽつりとつぶやく。


 ジンは続けて、


「そしてさらにこうも言っていました。

『結局、人間は知りすぎたんだ。知らなくてもいいことを。知らなくても世界は回り、摂理はボクらを支配している。踏み込んじゃいけない領域に踏み込んだのなら、それを忘れるか、少なくとも摂理に挑戦しちゃいけない……その禁忌を人間は犯した。なら、『虚空ヌル』が人間を見限っても仕方ない……それがボク個人の意見さ』……と。

 ウェンディには、彼女なりの『新たな世界』が見えていたのかもしれません」


 そう言うと、ウェンディとの戦いを振り返った。



 ウェンディは、すべての空間規定魔法の攻撃を『風の刃(ウィンドソード)』だけで乗り切って、ジンにドヤ顔を向けた。


「どうだい団長くん。君程度の空間規定魔法じゃ、まだまだボクを捕まえることなんてできないってことが解ったかい?」


 彼女がそう言い終わった瞬間だった。


諒闇やみはいだく!」


 ジンの『深淵の魔力』がウェンディを捉えた。


「うぇっ!?」


 『深淵の魔力』による呪縛術式で身体を硬直させられたウェンディは、一瞬信じられないものを見るようにジンを睨みつけると、苦笑いをした。


「あちゃ~☆ ボクとしたことが、油断しちゃったなぁ♪ まさかこの段階で『深淵の魔力』が来るとは思わなかったよ」


 そう言った後、少しの間目を閉じて、


「ふむ……これは、『本質』から生まれ出た魔力だね。ボクが思うに、恐らく『深淵の魔力』とは、『虚空が持つ性質』そのものなのだろうね。

 なるほど、『本質』を相手に戦いを挑んで勝てるわけがないね。じいさんが負けたのも分かる気がするよ……」


 そうつぶやくと目を開けて、さばさばした顔でジンに言う。


「君の作戦勝ちだよ、団長くん。ボクは『深淵の魔力』の術式は、魔族の魔力術式と連動しないと発現できないんじゃないかと読んでいたんだ。

 ボクには効かないはずの空間規定魔法を、判っていながらあんなに連発していたのは、ボクにミスリードさせるためでもあったんだね?」


 ジンはゆっくりとうなずいた。


「それもあるけれど、君は得意になると戦闘中でも動きを止め、魔力の準備状態で一息つく時がある。

 その状態の君は、術式展開にほんの2・3秒だけど遅れが出るんだ。僕はその状態を作り上げたかった」


 それを聞いて、ウェンディはくすくす笑い、


「うふふふ、君って、そんなにボクのことを見ていてくれたんだね♡ こりゃあ、ボクが君に負けたのも仕方ないかなぁ。

 でさ、そんな君に一つ訊きたいことがあるんだ。ボクの『風の憧憬』をまともに受けていたけど、よくこんなに長い間意識を保っていられたね? ボクは即熟睡レベルの強さで撃ったつもりだったんだけど」


 そう訊いてきた。


 ジンは薄く笑い、


「正直に言えば、僕も限界だったよ。あの空間規定魔法3連撃は、後1・2回しか撃てなかったと思うし……だから君がもう少し冷静だったら、僕は負けていた」


 そう白状する。ウェンディは顔中を口にして笑った。


「あははっ! それは本当に惜しかったんだなぁ♪ でも、負けは負け(´・ω・`)

 さあ団長くん、ボクに止めを刺して、早くプロノイア様のところに行くといい」


 だがジンは、首を振って言った。


「死に急がなくていいじゃないか。どうせ摂理が止まったらみんな『虚空ヌル』に還るんだ。それに、僕はせめて君だけは、一緒に『新たな世界』を見てほしいんだが?」


 するとウェンディは、真面目な顔で言った。


「それは無理だね。ボクたち精霊王は、『今の摂理の守護者』だ。だから新たな摂理の邪魔になる。それがたとえ同じ摂理だったとしてもだ。


 だから君は、どっちみちボクに止めを刺さなきゃいけないんだよ。それが『摂理の破壊者』にして『繋ぐ者』に課せられた運命だからね?」


 ジンはその言葉を聞いても、剣を鞘に収めたままだった。


「……いいかい団長くん。君の気持は解るが、もはや精霊王は誰も残っていない。この世界の摂理を整える役割を持ったものは、もう誰もいないんだ。


 ボクはね、次の『新たな世界』では、人間がその役割を果たしてくれればいいなって思っている。君もさ、『繋ぐ者』として、生きとし生けるものみんなを繋いでおくれよ。そんな世界になるよう祈っておいてよ。君には『乙女』がいるじゃないか!」


 その言葉を聞いて、ジンは少し離れたところで眠っているシェリーを見る。その視線を追うように、ウェンディがシェリーを見て言った。


「幼馴染さんはさ、君と二人で暮らす夢を持っている。でも、その世界はさ、人間も精霊も、そのほかの生きとし生けるものすべてが解りあっている世界なんだ。


 そのことを知ったから、ボクは『乙女』になりたいって希望を引っ込めたんだよ? だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からさ」


 ウェンディの言葉を聞いて、ジンはびっくりしたような視線を彼女に向ける。ウェンディは少しはにかんだ顔で続けた。


「うん、『乙女』がいれば、新たな世界は『乙女』の望みに引っ張られる。いなけりゃ『虚空ヌル』が勝手に決めるんだけれどね?」


 そこでウェンディは言葉を切った。いつの間にかずいぶん顔色が悪くなっていた。ほとんど土気色だ。


「ウェンディ、具合でも……」


 心配して言いかけたジンの言葉にかぶせるように、ウェンディは弱々しく笑って言う。


「えへっ☆……ボクも白状するね?『最弱の四神』であるボクが、あれだけ君と戦えたのは、事前に『オーバードライブ』を発動していたからなんだ。まあ、すべての魔力をいっぺんに使っちゃうって奴だけれどね?


 で、ボクはすでにその使用限界を超えちゃっているんだ☆ だからさ、君に止めを刺してほしい。情けなくチリとなって消えるような、四神に相応しくない最期を君に見せたくないんだ……だって……」


 それを聞いて、ジンはウェンディに低い声で訊いた。


「……ウェンディ、君を救う方法は他にはないのか? 僕の魔力を分けてもダメか?」


 するとウェンディは、首を横に振る。


「……ムダだよ。君の手に掛かって逝かせてくれないかい? じいさんたちが待っているはずだし……それに……」


 ジンはそれを聞くと、目をつぶったまま、震える手で魔剣パラグラムを抜き放つ。そして


 ズシュッ!


 ……ウェンディの胸に魔剣パラグラムを差し込んだ。


「……君のこと、スキ、だったから……」


 ウェンディはジンの耳元でそんな言葉を残し、サッと風になって消えていった。



「……そうか。ウェンディは『新たな世界』についてそう言っておったか……」


 話を聞き終わったプロノイアは、肩を震わせていた。そして、ジンを振り返る。その頬は濡れていた。


「プロノイア様……」


 そこに、ジンとその後ろに立っている碧眼で金髪をポニー・テールにした女性が声をかけてくる。プロノイアはアンバーの瞳で彼女を見て、微笑むと訊いた。


「そなた、確かシェリー・シュガーと言ったか?『乙女』の役割を全うしてほしいものだな。それで、我に何か訊きたいことでも?」


 するとシェリーは、真剣な顔でうなずいて訊いた。


「あのっ、プロノイア様は『新たな世界』がどうあってほしいですか? それに、ラムやチャチャちゃんとか、旅の中で出会った仲間たちは、みんな消えちゃうんですか?」


 プロノイアは、静かな瞳でシェリーを見て訊き返した。


「質問に質問で答えて悪いが、『乙女』としてはどうあってほしいのかな?」


「アタシは、新しい世界でもジンやみんなと一緒に居たいです! だって、種族を超えて分かり合えた仲間たちですから。みんなで手を取り合い、話し合いながら……それができる世界がいいです!」


 シェリーの答えに、プロノイアは小さくうなずいた。


「……難しいかもしれん。夢物語で終わるやもしれん。だが、『乙女』の望む『新たな世界』の未来図に我も同意するぞ。


 それと、仲間たちの件だが、安心せい。『新たな世界』に行けば、すぐに出会えるだろう。今度の世界では、全員人間としてな」


 そう言うと、ジンに視線を向けて、


「……ジン・ライム。『虚空ヌル』から預かった言葉を聞こう」


 プロノイアは決然としてそう言う。その言葉や態度には、もう後悔や躊躇いというものはなかった。


「……お伝えします。『虚空ヌル』は『書き換え』を望む……それがお預かりした言葉です」


 プロノイアはそれを聞くと、ジンとその後ろに立っているシェリーに視線を向けた。


「分かった。ジン・ライムとシェリー・シュガー……『繋ぐ者』と『乙女』よ、我にもっと近う寄れ」


 ジンとシェリーが近寄ると、プロノイアは両手でジンの左手とシェリーの右手を取り、二人に手をつなぐよう促す。


 そして三人が手をつなぐと、プロノイアは


「我は祈る、摂理の向こうに至るために。我は求む、命の秘密を知る術を。我は願う、虚影の空に真実の月が輝かんことを!

 『乙女』よ、汝の望む新たな世界が、新たな摂理の中で実現せんことを我は祈る! 『虚空ヌル』の名において、『摂理の調律者』が命ずる。『摂理永久停止いちどきりのあやまち』を!」


 その瞬間、すべてが真っ白い光に包まれ、光の後には漆黒の闇が広がった。


   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


【エピローグ】


 それから長い長い時が流れた。

 いつしかホッカノ大陸が人々の生活圏となり、ヒーロイ大陸は『母なる大陸』として伝説のように語られるようになっていた。


 ホッカノ大陸には人間と精霊、そして魔物が棲んでいた。そして人間の中には、精霊と交感し、その力を使って『魔法』という超自然的な力を使える者もいた。


 『魔術師』と言われた者たちは、人々を率いて魔物を討伐し、『炎の闇の13日間』という受難の時期を乗り越え、『暗黒領域』と言われた地域のヘルヴェティア地方に、一つの国を建てた。


 白魔術師の国であるヘルヴェティア王国というこの国は、人口こそ少ないが、自然豊かで住民も心優しく、平和な国であった。

 そして、人々はそこから『ゲルマニア諸邦領』、『イス王国』、『アングリア連邦』、『カステラ王国』、『アンダルシア王国』、『ゴート王国』などの国々を建国していった。


 ヘルヴェティア王国は、代々女王が国政を統括していて、国土は女王がいる『風の谷』をはじめ、『花の谷』、『上の谷』、『下の谷』そして『ウーリの谷』という五つの地域からなっていた。


 『風の谷』を除くそれぞれに四つの地方の君主であり、王国の枢機卿を兼ねているロードたちが存在し、左右の重臣である大賢人、大元帥、そして国内の勇者たちのリーダーである12人の軍団長マスターとともに、女王の施政を助けていた。


 王国の暦で言うと新暦458年に当たる今年も、干ばつなどの異常気象はあるものの、王都シュヴィーツはいつものとおり平和だった。


 晴れ渡った空に、白い雲が浮かんでいる。

 太陽の暖かな光をいっぱいに浴びて、広い野原一面にレンゲソウが咲き誇っている。

 そんな陽気に誘われたか、見回せばあちこちで、たくさんの人がお弁当を広げている。


「……さすがに、いい天気だと人が多いですね」

「そだね♪ でも綺麗な風景だし、来たかいがあったよ。ハシリウスも飛行絨毯フライマットの運転、疲れたでしょ? お弁当準備するから待っててね♡」


 金の長髪に銀の瞳をした少女が言うと、ブルネットのショートカットで碧眼をした少女が、相槌を打ちつつ金髪に翠の瞳をした少年をねぎらう。3人とも、王立ギムナジウムの制服を着ていた。


 翠の瞳を持つ少年の名は、ハシリウス・ペンドラゴン。ギムナジウムの2年生で、この国の建国に大きな功績があった伝説の魔術師、ヴィクトリウス・ペンドラゴンの直系の子孫であり、祖父は大賢人を務め、星読師として偉功を立てたセントリウス、父は王宮で魔術師長をしているエンドリウスである。


 ブルネットの活発な女の子は、ジョゼフィン・シャイン。同じくギムナジウムの2年生であり、ハシリウスとは姉弟同然に育った。6歳の頃、魔物に両親を殺され、ハシリウスの家に引き取られたのだ。だからハシリウスとは気持ちが通じ合っていて、ものいう言葉にも遠慮というものがない。


 そして最後に、銀の瞳を持つおとなしそうな少女の名は、ソフィア・ファン・ヘルヴェティカ。ギムナジウム2年生で、このヘルヴェティア王国女王エスメラルダ3世の娘であり、王位継承権第1位のお姫様である。

 『花の谷』で育てられ、6歳の頃にハシリウスが住んでいた『ウーリの谷』の乳母の家に引っ越してきた折、ハシリウスが最初の友だちになったこともあり、ジョゼも含めて『幼馴染3人組』としてハシリウスたちと行動を共にしてきた。


 その3人は、学校が長期休暇ということもあり、『花の谷』を訪れていた。シュヴィーツ東のギムナジウムの寮から飛行絨毯フライマットで飛んで12時間ほどの距離である。

 途中、キャンプで1泊し、次の日のお昼近くに『花の谷』で最も風光明美な場所に着いた3人は、さっそくお昼の準備に取り掛かる。


 ジョゼフィンは、お弁当の包みを取り出すと、何やら本を取り出して読みふけっているハシリウスに、


「ほら、ハシリウス。お弁当広げるからちょっと場所を開けてよ。本ばっかり読んでいないでさ!」


 と、呆れた声で言う。すると、ハシリウスは、


「あ、ごめんジョゼ。すぐ退くよ」


 そう言って本を閉じた。

 ジョゼと共にお弁当を準備していた金髪の少女は、その本のタイトルを見て、目を輝かせながらハシリウスに聞く。


「ハシリウス、その『ヒーロイ大陸神話集』、どこで手に入れましたか? 私、その本をずっと探しているんですが、ついぞ見つけられなくて」


「ああ、確かにソフィアなら、この本に興味を持つだろうね。おじいさまが持っていたのを譲ってもらったんだ」


「そうですか、セントリウス様が……私にも読ませていただけませんか?」


 そう言いながら、ソフィアはお弁当そっちのけでハシリウスにすり寄っていく。


「あーっ、ハシリウス! ソフィアにイヤラシイことしようとしているでしょ!?」


 ジョゼはそう言ってハシリウスを睨むと、右手に魔力を集める。それを見て慌てたのがハシリウスだ。


「ちょ、ジョゼさん!? 僕は別にヘンなことなんて考えておりませんが!? ソフィアの方が身体を寄せて来たんですが!?」


「うっさい! どーせその本でソフィアを釣ろうって思ってたんでしょ? ハシリウスの汚痰股儺捨!」


「え?……汚痰股儺捨?……あ~『オタンコナス』ね。しかしジョゼ、お前ってすんげー難しい漢字知っているよな?」


 ハシリウスが言うと、ソフィアも目を丸くして、


「そうですね。漢字って私たちがいるホッカノ大陸のずーっと東にある島国で使われている文字ですよね? さすがジョゼ、雑学王ですね♪」


 そう言うと、ジョゼはちょっと得意げに胸を反らし、


「へへん! 一般教養のないどこかのハシリウスとは違うのさ。ところでソフィア、『ヒーロイ大陸神話集』って?」


 そう訊くと、ソフィアはにっこりと笑って答える。


「はい、私もまだ読んだことがないので詳しい内容は知りません。

 でも聞いたところによると、ヒーロイ大陸とは、現在『母なる大陸』として知られている大陸のことで、そこで人間や魔族は生まれたと言われています。


 その昔、精霊王という存在がいたと言われる頃、ヒーロイ大陸では『魔王の降臨』や『摂理の黄昏』という現象が起こっていて、それを最終的に鎮めて今の世界に組み替えた英雄のお話が載っているということですが……ハシリウス、それで合っていますか?」


 ソフィアの問いに、ハシリウスはびっくり顔でうなずく。


「おおむねそのとおりだよ。すごいなソフィア、読んでもいない本のことをそこまで知っているなんて。さすがはヘルヴェティア王国次期女王様だな」


「それほどでも……確か、ヘルヴェティア王国の地は『暗黒領域』の中にあって、その頃から花が咲き乱れる至福の地という伝説があったと記憶しています。だから私、その本を読んでみたかったんです」


 キラキラした目で言うソフィアの圧に押されたか、ハシリウスは苦笑しながら本を差し出し、


「よ、読む? 僕はもう読んでしまったから、ソフィアに貸してあげるよ」


 そう言うと、ソフィアは


「本当ですか!? ありがとうございます!」


 そう言うが早いか本を受け取って読み始める。


「あーあ、これでソフィア、しばらく動かないよ? それにお昼もまだなのに……ソフィア、本を読むなら、昼食後にしようよ」


 ジョゼが言うが、ソフィアはその声も聞こえぬように、真剣な顔で本を読み進めている。どうやら彼女にとって、とても興味を引かれる部分を、たまたま開いてしまったらしい。

 その様子を見てハシリウスは、ジョゼに困ったような顔で微笑みかける。


「……ジョゼ、こうなったらソフィアには何も聞こえないよ。まだ正午まで時間もあるし、僕たちも花でも眺めていようよ」


「むぅ~。アタシはちょっとお腹が減っているんだけどな~。

 でも、お弁当を作ってくれたのはソフィアだし、アタシたちだけで食べるってのも気が引けるよね。

 しかたないなぁ、気は乗らないけどハシリウスに付き合ってあげるよ」


 ハシリウスの言葉に、しぶしぶと言った顔で同意するジョゼだった。


 ソフィアは、気になる部分を読み終えると本を閉じて、ちょっと空想に浸り始める。


(このジンって主人公、どことなくハシリウスに似ていますね。それに『摂理の黄昏』という災厄があるところも、『大いなる災い』が起ころうとしているこの国に似ています。

 案外、ほとんどの神話で言われているように、このジン・ライムの物語も、実際にあった出来事なのかもしれないですね。遠い遠い昔に……)


 ソフィアはそう思って、ハシリウスを見る。彼女の眼には、『大君主』に擬されているハシリウスが、『伝説の英雄』とされたジン・ライムと重なって見えた。


(キャバリア・スラップスティック 完)

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。


 5年かかりましたが、『キャバリア・スラップスティック』も何とか最終回まで書き続けることができました。

 これもひとえに、読んでくださった皆さんのおかげです。1話2万字程度と、決して気楽に読める文章量ではないにもかかわらず、毎回投稿のたびにPVが付くのは、作者としてとてもありがたく、うれしく思いながら作品に向かっていました。


 最初は、『軽いノリで、ドタバタ劇を』のつもりで書き始めた『キャバスラ』。最終的に『魔王の降臨』は起こるにしても、ジンたちの『ノリ』で解決しましたぁ~……みたいな方向にするつもりだったのが、ウェンディが出て来た辺りから、昔書いていた作品を思い出し、その世界観に繋いでみようという考えが浮かびました。


 まぁ、『青き炎のヴァリアント』でも書いたような覚えがありますが、結局ぼくは同じテーマを、作品を変えながら訴え続けているんでしょうね。


 それで、途中からギャグ要素は残しつつも、『星読師ハシリウス』の世界線に繋がるように軌道を修正したんです……『摂理の黄昏』は、ハシリウスの息子であるサジタリウスの物語で出て来た概念でしたので。

 なお、同じような世界線上にあるのは、『六花の乙女たち』と『青き炎のヴァリアント』です(『六花……』は『ヴァリアント』の約50年前という設定です)……。


 さて、以後の予定ですが、とりあえず常時連載として『青き炎の魔竜騎士ドラグーン』を再開する予定です。『六花の乙女たち』と迷いました(『六花……』はすでにラストまでネームが決まっていますし、『魔竜騎士』より短いので……)が、やはりこれは順番どおりかなと。

 『魔竜騎士』にも『摂理の黄昏』や『摂理の調停者・・・』が登場しますが、こちらの『摂理の黄昏』は、『キャバスラ』のそれとは成り立ちも性質も、当然結果も違います。その辺りの書き分けというか、理論武装をもっとしっかりしたいなと思っています。


 それに加えて『無常堂夜話』を不定期に投稿しつつ、『デレ神様と修羅場と僕』を今のようにクール制で書いて行こうかなぁと……そんな予定を考えています。


 先ずは、『デレ神』の第2クールを投稿しますので、お楽しみに!


   ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


【主な登場人物紹介】


■ドッカーノ村騎士団

♤ジン・ライム 18歳 ドッカーノ村騎士団の団長。典型的『鈍感系思わせぶり主人公』だったが、旅が彼を成長させてきた。いろんな人から好かれる『伝説の英雄』。だが、ワインとスナイプの死によって『破壊者』として覚醒し始めており、マロンの死によって真の『魔族の祖』であることを自覚した。現在、彼の根源である『深淵の魔力』によって摂理の外にいる存在となった。


♡シェリー・シュガー 18歳 ジンの幼馴染みでシルフの短剣使い。弓も使って長距離戦も受け持つ。ジン大好きっ子で負けフラグをへし折った『幼馴染ヒロイン』。魔王との決戦で魔王の罠に嵌り殺されたが、マーリンの秘薬『諸刃の韻律』で復活し、後にエピメイアの時空魔法で消滅したかに見えたが、魔族の魔力によって生き延びていた。


♡ラム・レーズン 19歳 ユニコーン族の娘で『伝説の英雄』を探す旅の途中、ジンのいる村に来た。魔力も強いし長剣の名手。シェリーのライバルである『正統派ヒロイン』。魔王との決戦で負傷し、チャチャと共に後送されている。


♡チャチャ・フォーク 14歳 マーターギ村出身の凄腕狙撃手。謎の組織から母を殺され、事件に関わったジンの騎士団に入団する。シェリーが大好きな『百合っ子ヒロイン』。負傷したラムと共に後送されている。


♡アイリス・ララ 『PTD10・ドール』を名乗り、ジンを瀕死に追い込むほど善戦した自律的魔人形エランドール。ジンの魔力マナで再起動し、新たに仲間となった。ラムを守るためにシェリーの命令で『ドラゴン・シン』の集積所に後送されている。


■退場した仲間たち(退場順)

♡レイラ・コパック 博識で氷魔法の使い手。スナイプのスカウトでジンの騎士団に加入した。『PTD5・法律家』を倒すも『PTD3・道化』に止めを刺された。享年17歳。


♡ガイア・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士が造ったエランドールでウォーラの姉。後にジンの騎士団に所属して『PTD1・学生』と対峙したが、相討ちとなって果てた。


♡ウォーラ・ララ ジンの魔力マナで再起動した自律的魔人形エランドール。彼の騎士団に所属して献身的に仕えたが、『PTD2・戦士』との戦いで相討ちとなった。


♡マディラ・トゥデイ 騎士団『ドラゴン・シン』事務長。金髪碧眼で美男子のような女の子。『魔王親衛隊』のオデッシアが召喚したゴーレムに叩き潰された。享年20歳。


♡ソルティ・ドッグ 『ドラゴン・シン』の先鋒隊長である弓使い。調査・探索が得意。『魔王親衛隊』のオデッシアが召喚したゴーレムに握り潰された。享年21歳。


♤ブルー・ハワイ 『ドラゴン・シン」の遊撃兼偵察隊長である槍使い。記憶力と変装に優れ、情報を分析する能力に長ける。魔王親衛隊クン・バハと対峙し善戦したが、隙を衝かれて敗死した。享年25歳。


♤ウォッカ・イエスタデイ 『ドラゴン・シン』の副官兼親衛隊長。オーガの戦士長、スピリタスの息子で無口・生真面目な性格。大陸武闘大会で3連覇を果たすほどの戦士だったが、魔王親衛隊クン・バハに止めを刺しつつも力尽きる。享年21歳。


♤オー・ド・ヴィー・ド・ヴァン アルクニー公国随一の騎士団『ドラゴン・シン』のギルドマスター。大商人の御曹司で、頭も切れ双剣の腕も確かだが女好き。ジンと永遠の友情で結ばれ、さまざまな場面でジンとドッカーノ村騎士団を助けて来た。最期は『約束の地』直前で襲来した魔王親衛隊隊長ファルカロスを倒したが力尽きた。享年21歳。


♡ジンジャー・エイル 本名キュラソー・マッケンロウ。ジンの命を狙ったが許されてドッカーノ村騎士団に所属し、『PTD4・幽霊』を倒す。魔王の眷属と化したエレノアに挑み勝利するが、同じく眷属になった賢者スリングに殺された。享年21歳。


♤テキーラ・トゥモロウ 『ドラゴン・シン』団員で本名テキーラ・マッケンロウ。父はバーボンの異母兄コニャックでジンジャーは実妹。魔王親衛隊オデッシアに止めを刺した後、ジンの許に急行し、魔王の眷属・賢者スリングと相討ちになって果てた。享年24歳。


♤ダイ・アクーニン ドッカーノ村騎士団所属。賢者ストックの息子で卓越した知力と魔法を誇る弓使い。仲間のコア・クトーやシロヴィン・ボルドーの仇を討つため魔王と戦い善戦するが力及ばず敗死した。作戦ミスで魔王を完全復活させてしまった。享年28歳。


♤ワイン・レッド ジンの幼馴染みでエルフ族。水の槍使いで博学多才、智謀に長ける。『PTD7・淑女』と共に『PTD6・ナルシスト』を倒した。実は11年前に事故死していたが、父母の依頼でエレノアが復活させていたという秘密がある。復活したスリングたちを摂理に戻すマロンの魔法で、彼も摂理に戻ってしまった。享年18歳


♡エレーナ・ライム(賢者スナイプ)『賢者会議』の一員だった才媛。ジンに自身が人工生命体ホムンクルスであることを明かし『風の宝玉の欠片』を譲る。『PTD3・道化』を倒した時、『道化』が残した瘴気に侵されてしまったが、マーリンの秘薬『諸刃の韻律』によって命は救われた。視力を失っていたが、ジンの魔力で取り戻した。エピメイアの『箱庭』を自らの犠牲によって破壊し、ジンたちを救い出した。享年28歳。


♡メロン・ソーダ 年齢不詳 元は木々の精霊王マロン・デヴァステータ。エピメイアと行動を共にしたため、その地位を剥奪された。アルケー・クロウを追ってジンの騎士団に入り、『暗黒領域』ではダイと共にドッカーノ村騎士団別動隊を率いたが、後にアルケーと行動を共にする。エピメイアとの戦いで戦死したが、エピメイアの奥義を封印し、真の『魔族の祖』アルケー・クロウを覚醒させた。


♤アルケー・クロウ 年齢不詳 7千年前にエピメイアがジンの素材を使って錬成した最初のホムンクルス。マロンと共に摂理や世界の謎を追い、魔族を生み出した。マロンと共にエピメイアを封印したが、魔力を失って眠りについていた。5千年前に『異体』として目覚め、ジンとの確執を生む。その後、マロンの執り成しによりジンと共にエピメイアに挑み敗死した。ただし、その魔力はすべてジンに引き継がれ、ジンを覚醒させている。

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