Tournament17 Poison Killer hunting:part1(毒殺魔を狩ろう! 前編)
マーターギ村を救った騎士団にまたも事件が。村の水源に毒が投げ込まれ、川魚が斃死しているらしい。
依頼を受け村の西の里に向かうジンたちは、無事事件を解決することができるのか?
【主な登場人物紹介】
■ドッカーノ村騎士団
♤ジン・ライム 17歳 ドッカーノ村騎士団の団長。ケンカにはめっぽう弱く、女性に好感を持たれやすいが、女心は分からない典型的『難聴系主人公』
♤ワイン・レッド 17歳 ジンの幼馴染みでエルフ族。結構チャラい。槍を使うがそれなりの腕。お金と女性が大好きな『やるときはやる男』
♡シェリー・シュガー 17歳 ジンの幼馴染みでシルフの短剣使い。弓も使って長距離戦も受け持つ。ジン大好きっ子だが報われない『負けフラグヒロイン』
♡ラム・レーズン 18歳 ユニコーン族の娘で『伝説の英雄』を探す旅の途中、ジンのいる村に来た。魔力も強いし長剣の名手。シェリーのライバルである『正統派ヒロイン』
♡ウォーラ・ララ 謎の組織の依頼でマッドな博士によって造られた自律的魔人形。ジンの魔力によって復活した。以降、ジンを主人と認識している。
■トナーリマーチ騎士団『ドラゴン・シン』
♤オー・ド・ヴィー・ド・ヴァン 20歳 アルクニー公国随一の騎士団『ドラゴン・シン』のギルドマスター。大商人の御曹司で、双剣の腕も確かだが女好き。
♤ウォッカ・イエスタデイ 20歳 ド・ヴァンのギルド副官。オーガの一族出身である。無口で生真面目。戦闘が三度の飯より好き。オーガの戦士長、スピリタスの息子。
♡マディラ・トゥデイ 19歳 ド・ヴァンのギルド事務長。金髪碧眼で美男子のような見た目の女の子。生真面目だが考えることはエグい。狙撃魔杖の2丁遣い。
♡ソルティ・ドッグ 20歳 『ドラゴン・シン』の先鋒隊長である弓使い。黒髪と黒い瞳がエキゾチックな感じを醸し出している。調査・探索が得意。
♤テキーラ・トゥモロウ 年齢不詳 謎の組織から身分を隠して『ドラゴン・シン』に入団した謎の男。いつもマントに身を包み、ペストマスクをつけている。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
トロールのフォッデンからマーターギ村の危機を救った僕たち『騎士団』は、ガン・スミス村長の好意もあって2・3日の間、村で身体を休ませてもらうことにした。
僕は、時々意識が飛んで、そんなときにはとんでもない魔法を使ってとんでもない敵を始末しているらしいのだが、その後はどっと疲れが出て2・3日の間動けなくなることが常だったからだ。
しかし、不思議と今回に限って、僕がどんな立場で何をし、どんな魔法を使ったかは、その結果も含めてはっきりと覚えていたし、その後の疲労もたいしたことはなかった。
だから、ワインが調べ物をするという名目でデ・カイマーチに行っていなければ、早々にマーターギ街道を使ってリンゴーク公国へと向かっていたに違いない。
「ワインは何を調べに行ったって?」
朝食の席で、僕は右隣に座るシェリーに訊く。シェリーは首を振って、
「さあ?『少し調べたいことがある』ってしか言っていなかったわ。結構マジメな顔していたから、ガールハントなんてしてはいないでしょうけど」
そう言ってイノシシの肉にかぶりつく。朝から肉なんて豪勢だが、ここは狩人の村だ。それに山や沢もあり、山菜やヤマメなどの川魚もとれるらしい。ただ、耕地が極端に少ないので、穀物などが貴重だということだった。
「……毎食肉ばかりって言うのも栄養のバランス的にはどうかな? たまには野菜も食べたくなるが」
左隣に座るラムさんはそう言いながら、付け合わせのカブの漬物を食べている。そう言えばラムさんはどれだけ肉が目の前にあっても、必要以上には食べようとしなかった。さすがは故国で『獅子戦士』と呼ばれただけあって、自分のコンディションとパフォーマンスを常に最高に維持することを忘れていないらしい。
「……アミノ酸、グルタミン酸、リノール酸、αリノレン酸……ご主人様、βカロチンとビタミンCが足りません。お野菜の方もお食べください」
僕の向かい側では、ウォーラさんがアンバーの瞳を輝かせて僕が口に運ぶ食べ物を見ながら、そう注意して来る。彼女は自律的魔人形だから、食事を摂取する必要はない。
「ああ、ありがとうウォーラさん」
僕がそう言って山菜にフォークをぶっ刺すと、
「あっ、私が食べさせてさしあげます……はい、あーん♡」
と、自分の前に置いてあったスプーンで山菜をすくい、僕の前に突き出してくる。
「こらっ、ウォーラ! アタシの目の前で何やってんのよ!」
案の定、シェリーが反応して椅子から立ち上がる。
「何って、ご主人様のお世話ですけれど。私はご主人様からマナを与えていただいたエランドールですから、ご主人様のお世話をするのは当然です」
「ジンはそんなことしなくても自分で食べられるし、自分で食べるわよ。ねえ、ジン?」
シェリーが僕を見てそう凄む。
ハッと背後に殺気を感じて振り向くと、ラムさんまで緋色の瞳を光らせ、おどろおどろしい気配を漂わせている。やべぇ、『自分でできることまでウォーラさんにしてもらうのは、騎士道の精神に反する!』……きっと二人ともそう思って怒っているに違いない。
僕は慌ててウォーラさんに言った。
「ウォ、ウォーラさん、気持ちはありがたいけれど、僕は自分で食べられるから……何かの時にはお願いするよ」
それを聞いてウォーラさんは残念そうに、
「そうですか……ご主人様がそうおっしゃるなら」
そう、シュンとしてスプーンを下に置いた。
ドンドンドンドン!
その時、ドアが忙しなく叩かれた。みんなハッとしてドアの方を見る。
「ドッカーノ村騎士団の皆さん、もうお食事は終わられましたか?」
どうやらドアを叩いているのはフロントさんという、この村でも指折りのハンターのようだ。ウォーラさんが僕を見たので、僕はうなずいた。ウォーラさんはすぐに席を立ってドアを開ける。そこにいたのはやはりフロント・サイトさんだった。
フロントさんは僕たちの顔と、まだ食べかけの食事が置かれているテーブルを見て、
「すみません、朝からお騒がせします。けれど緊急に皆さんのお力をお借りしたいことが起こったので、村長の遣いとしてきました」
そう言う。僕はうなずいて答えた。
「分かりました。じゃ、あちらの部屋でお聞きします。シェリー、ラムさん、ウォーラさん、いいよね?」
シェリーたちがうなずくのを見て、僕たちは次の部屋に移動する。ウォーラさんは飲み物を準備するつもりだろう、厨房の方に歩いて行った。
「ほんの2日前にお世話になったばかりで大変心苦しいのですが、我々の手には負えそうにない出来事ですので」
椅子に座ると、フロントさんはそう言って依頼の内容を話し始めた。
「ご存知のとおり、この村の人たちは狩りの他には山菜や川魚を取って生計を立てています。特に川魚は、この辺の環境がいいおかげで大きな獲物がたくさん獲れるので、それを主な生業として暮らしている村人もかなりいます」
僕は、朝食に出されたアユを思い出した。長さは30センチ近くあり、ドッカーノ村のセー・セラギ川で獲れるものとは大きさも味も雲泥の差だった。
「あれだけの魚が獲れるのならそうでしょうね」
僕が言うと、フロントさんは眉を寄せて言った。
「ええ、うちの村のウリの一つですからね。ですから魚獲で生計を立てている世帯は協力して山の整備や谷川の清掃などにも力を入れています。けれど、今朝早く、その里から緊急事態を知らせてきました。川の魚がたくさん死んでいると」
「何ですって? 被害はどのくらいですか?」
僕は驚いてそう訊く。フロントさんは首を振って答えた。
「被害の大きさはまだ分かりません。けれどその原因は分かっています。川に毒が流れ込んでいたのです」
「毒? どんな毒ですか?」
と僕は聞いたが、僕だって毒や薬に詳しいわけじゃない。ワインでもいたらかなり役に立つのだろうけれど。
それはフロントさんたちも同じだったらしく、
「それも現地を見てみないことにはどうとも……私とリア様とで現地に行くことになりましたが、皆さんにもついて来ていただきたいのです」
「分かりました。けれどワインが戻ってきた時が困るから、シェリー、君にここに残ってほしいけれど」
僕が言うと、シェリーはムッとして言う。
「何? 幼馴染のアタシが邪魔なの?」
実は僕は、この話を聞いた瞬間いやな予感がしていた。今の時点では、いつ、どこで、誰に何が起こるのかは全く想像もつかないが、そんな予感がすることは今まで結構あったし、そして当たっていた。その予感が僕に『シェリー、ここに残ってくれ』と言わせたのだ。僕は自分の予感に従うことにした。
「邪魔なんかじゃない。けれどワインが戻ってきた時、誰かがいなきゃ彼も戸惑うだろうし、毒物が絡んでいるのならウォーラさんの知識やラムさんの経験が役に立つだろう。君が役立たずってわけじゃないから……」
僕がそう一生懸命説得するが、シェリーのどこかを逆なでしたのだろう、彼女は余計に意固地になって言った。
「そーなんだ、アタシは役立たずなんだ。ジンってアタシのことを役立たずって思っているんだ。へぇ~」
僕はため息をついた。こうなってはシェリーのご機嫌は直りそうもない。
「……分かった、君にもついて来てもらうよ。フロントさん、ワインに僕たちの居場所が伝わるように手配していただけませんか? 彼はこんなことにはめっぽう詳しいので、戻り次第協力してもらいたいから」
「分かりました。出発は1時間後になります。村の西端にある『崖の道』でお待ちしています」
フロントさんはそう僕たちに告げると、そそくさと立ち去って行った。
僕は彼を見送ると、ラムさんとウォーラさんに準備を頼み、シェリーを家の外の人目につかない場所に引っ張って行った。
「な、何よ、こんな所に引っ張ってきて……」
シェリーはツンツンして言うが、その顔は何故か赤い。そして僕の真剣なまなざしを見て、彼女は急におとなしくなった。
「も、もう、仕方ないなあ。ジンがしたいのなら、アタシはイヤとは言わないよ?」
上目遣いにそう言ったシェリーは、目を閉じて顔を上げる……ん? シェリーは何を勘違いしているんだ?
僕はそう不思議に思いながらも、真剣な声で言った。
「シェリー、僕はイヤな予感がしているんだ。その予感にはどうも君が関係している気がしてならない」
「……へ?……」
シェリーが気の抜けたような声を上げて目を開ける。何か言いたそうだが、僕の真剣な顔を見て、言葉を飲み込んだ。
「君も知っていると思うけれど、僕のこんな予感は残念なことに良く当たる。だから君をワインとの連絡のためにここに残しておこうと思ったんだ」
僕の顔色を見て、僕の言葉に嘘偽りがないことを見抜いたのだろう。シェリーは急に優しい目をして僕を見て言う。
「……そうだったんだ。アタシのこと心配して言ってくれてたんだ。ごめんねジン、意固地になっちゃって」
「信じてもらえるかい?」
僕が訊くと、シェリーはえくぼが出る可愛い笑顔で言ってくれた。
「うん、アタシが何年ジンの幼馴染やってるって思ってるの? ジンが言うことがウソかホントか、アタシにはよく分かるんだよ?」
それを聞いて、僕もホッとして笑顔が出た。よかった、これで少なくともシェリーを危ない目にはあわせずに済む。
「安心した。じゃあ、ワインとの連絡係を引き受けてくれるかい?」
僕が言うと、シェリーはうなずいてくれたが、上目遣いに僕を見ながらこう言った。
「いいけど、ラムやウォーラには手を出さないでね? そんなことしたら隠してもすぐにバレるんだからね?」
僕は笑いながらうなずいた。シェリーは、女の子には手を上げないという僕の性格を知っているくせに、変なこと言うなぁと思いながら。
結局、僕たちはフロントさんとリアさんの案内のもと、僕とラムさんとウォーラさん合わせて5人で、問題の里を目指し出発した。
なんでもその里は村でも一番西にあり、ケワシー山脈の6合目辺りにあるらしい。ちなみにケワシー山脈は、その辺りから傾斜が急に増して、尾根付近はほとんどオーバーハング状態になるらしい。
「獣道しかありませんから、足元には十分気を付けてください」
フロントさんから事前に注意を受けていたけれど、その道は思ったほど過酷ではなかった。もともとマーターギ村に着くまでの道が、クリア不可能と思えるほど難易度が高すぎたおかげだろう。
現に僕の後ろに続くラムさんとウォーラさんは、
「……それにしてもあんなについて来たがっていたシェリーが、よくジン様の言うことを聞いたわね」
「そうですね。見送りの時もニコニコして手を振っていましたし。不思議です」
「……そうだな、いやにゴキゲンがよかったし、か、可愛かったな」
「はい、なんだか、旦那様を見送る若奥様みたいでしたね?」
「若奥様……ひょっとしたら、シェリーってばジン様と……うわあああ!」
「どうされたんですかラムさん⁉ 急に叫びだしたりして。それに顔がとても赤いです。熱でもおありになるのですか?」
「な……何でもない。ついヘンな想像をして心が乱れてしまった……はあ、はあ……」
「ヘンな想像……ですか?」
そこで絶妙な間を開けるラムさん。
「……私たちが準備をしていた時、ジン様とシェリーはどこにいたんだ?」
「……はい、宿舎の南20メートルの林の中です。私の生命反応探知機にはそう出ていました」
「何っ? 二人きりで人目に付かない場所に? 何で教えてくれなかったんだウォーラ」
「でも、ご主人様がとても真剣な顔でシェリーさんを呼び出しておられましたから、てっきり大切なご用事なのかなと思いまして……」
「真剣な顔で……二人きりで人目に付かない場所に?……そして大切な用事……シェリーの機嫌が突然よくなった……その意味するところは……うわあああ!」
「どうされたんですかラムさん⁉ また叫びだしたりして。それにさっきから顔がとても赤いです。本当に熱はないのですか?」
そんなことを話している。
(まあ、話をしながら歩けるってことは、二人の体力的な心配はあまりしなくてもいいかな)
僕はそう考えながら、行き先で待ち受けている事件について思いをはせた。
★ ★ ★ ★ ★
「……ふむ、そなたほどの術者がそう簡単に欺かれるわけはないと思うが……本当にジンの家にいたスナイプがコピーだと気づかなかったのか?」
アルクニー公国ドッカーノ村。カーミガイル山の麓に所在する『賢者会議』の本拠で、大賢人マークスマンは四方賢者見習いの賢者ライフルにそう問いかけた。
「大賢人様、こう言うと言い訳になりますが、賢者スナイプ様は私なんかよりずっと力のある魔術師。まさかアルトルツェルンから自らのコピーを操っているなど、思いもしませんでした」
ちょっと見た目には少女のような賢者ライフルは、茶色の髪の下の青い目をまん丸くして答える。
「アルトルツェルンで燃え落ちた家から、確かにスナイプ殿の魔力を感じました。スナイプ殿は隠れ家の存在を我々にも隠していたようですね」
賢者スラッグが言うと、賢者アサルトが赤髪をかき上げ翠色の瞳を光らせて言う。
「ふん、我らにも内緒で、何を企んでいたのだろうかな」
「何を企むことがあるんですかね? だいたいスナイプ様はこと『魔王の降臨』に関することでは隠し事なんてしない人でしたけれど」
賢者ハンドはスラッグほどスナイプを疑っていない。すぐにそう言ってスナイプをかばった。
しかし、賢者アサルトは大賢人マークスマンを横目で見ながら、
「分かるもんか。だいたい最初のうちはジン・ライムと自分が親族だってことすらしらばっくれていたじゃないか。最初大賢人様からジン・ライムの父がマイティ・クロウと聞かされた時の、あの白々しい驚き方はどうだ。スナイプはまだ何かを隠している。それも重大なことをな」
そう反駁すると、マークスマンを見て言った。
「スナイプを放っておけば何をしでかすか分かりません。直ちに捕縛してナイカトル送りにすべきです」
すると、ハンドが反対する。
「ナイカトルにはマイティ・クロウがいます。それこそスナイプ様の思う壺では? それにスナイプ様はまだ何も世界に不利になるようなことはしでかしておられませんが?」
それにはスラッグも小さくうなずく。
「……こと世界の平穏に関わることです。何かしでかしてからでは遅いという賢者アサルト様のご意見には反対いたしません。けれど、スナイプ殿の処遇については一足飛びに封印処置まで行くのはいかがかと」
「大賢人様はすでに一度、スナイプには『ドッカーノ村からの他出禁止』という処分を下されている。それすら守れなかったスナイプだ。すぐに捕縛し、処置する必要がある」
アサルトも譲らない。
みんなの意見を聞いていた大賢人マークスマンは、縮こまっている賢者ライフルに訊いた。
「ライフル、そなたもスナイプの職責を代行する身だ。この件について意見はないか?」
ライフルは、そう訊いてきたマークスマンの心を測りかねた。人の心を読むことにかけて天才的な才能を持つ彼女だが、マークスマンが一瞬垣間見せた心の内は、大賢人とは思えないほどとても禍々しく、憎悪と哀しみ、そして後悔と邪心に満ちて見えたのだ。
(なんだ、この心象風景は? 私が視ているのは真実、大賢人様なのか?)
ライフルは凍えるような心でそう思い、一瞬言葉に詰まった。けれど大賢人はそれをライフルの謙譲と見て重ねて言う。
「立場のことは気にしなくてもいい。見習いとはいえそなたは四方賢者の一席を預かっている身だ。『賢者会議』では四方賢者と大賢人すべての者の意見を徴して決定せねばならぬことは知っているだろう」
その時、ライフルは大賢人の心の闇を視た。それは他言できない性質のもので、おそらくそのことを知っているのは先代の大賢人スリングと……
(……おそらく、マイティ・クロウ。そしてスナイプ様も気付かれているのかもしれぬ)
そう感じたライフルは、静かに頭を下げて言った。
「スナイプ様の話をお聞きしてみる必要がございます。その意味で、私はスナイプ様をできるだけ早く見つけ出さねばと思っています」
その時、マークスマンは意外そうな顔をした。それは、ライフルならスナイプを徹底的にかばうだろうと期待していたことを意味するのだろうか……。
(恐らくそうではない。大賢人様の心にはもっと深い闇がある……できるならスナイプ様を見つけ出す前に、その闇を引きずり出したいものだが……)
ライフルはそう思いながら、『賢者会議』が四方賢者スナイプの捕縛命令を出すことを決定する場面を、冷ややかな目で見ていた。
★ ★ ★ ★ ★
そのころワインは、アルクニー公国の首府デ・カイマーチで自分の父が経営する『ヌーヴォー・ルーン製作所』を訪れていた。
「坊ちゃま、お言いつけどおりのものをお持ちしました」
事務所の奥で優雅に紅茶を嗜んでいたワインのもとに、白髪をきれいになでつけて白い口髭をピンと生やした執事が現れて言う。
「ああ、バトラー、手間をかけたねえ」
ワインはそう言うと、ティーカップをわきによけて、執事の後ろから大きな荷物を抱えて入って来た男に言う。
「その荷物はここにおいてくれたまえ……やあ、ご苦労。重かっただろう? バトラー、この方にも相応の手間賃を支払ってやってくれ」
「かしこまりました」
バトラーはそう言うと、男と共に静かに部屋から出る。ワインはさっそく荷物を開封して、中にあるものを検め始めた。
「ふむ、『全国魔術師名鑑』のバックナンバーだけでもかなりのものだね。それにうちの製作所の納品記録と輸送に関する調書、航海日誌……おや、これは!」
ワインは梱包から次々と冊子を取り出すと、種類分けして山積みにしていく。そして何を見つけたのか非常に驚いた顔で立ち上がると、机の上にあった呼び鈴を鳴らした。
チリリン……
澄んだ音色の響きが消えやらぬうちに、
トントントン
ドアがノックされる。
「入ってくれ」
ワインが言うと、先ほどの執事が穏やかな表情をして入って来た。
「バトラー、一つ訊きたいことがあるんだが」
ワインが言うと、バトラーは片方の眉を上げて、
「はて、お言いつけのものはすべて取りそろえたつもりでおりましたが、何か不備でもございましたか?」
そう訊く。ワインは薄く笑って首を振ると、
「いや、いつもながらキミの手腕には満足している。ボクがこの依頼をしたのは昨日の昼だ。わずか一日足らずでこれほど完璧にそろえてもらえるとは、正直思っていなかった。さすがだよバトラー」
そう言う。
「恐れ入ります。それで、何かご不満でも?」
バトラーの問いに、ワインは葡萄酒色の髪を形のいい手でかき上げると、
「不満ではない、訊きたいことだ。確かにボクが頼んだものはすべてそろっていたが」
そう言うと、一冊の古びた本を取り上げて訊いた。
「この『魔王と勇者の書』は『賢者会議』から発禁処分を受け、所持しているだけでも重罪になるはずだ。ボクはよもやこの本がこの世に残っているとは思ってもいなかった。どこから手に入れた?」
「……坊ちゃまのご質問ですが、私は答える資格を持ち合わせておりません。私たち執事には様々なつながりがございますので、その中で偶然手に入れたものとお考えいただければ、と……」
バトラーは優しい目でワインを見ながら、静かな、そしてあくまで丁寧な言葉でそう答えた。ワインはため息をついて肩をすくめると、ニコリとして言った。
「よく分かったよバトラー。けれどボクの想像を言うと、この本は賢者スナイプ様から手に入れたものじゃないかな? そうだとしたら、ボクは……というよりジンは、とてつもなく重いものを背負わされたことになる」
ワインは、自分の想像を聞いたバトラーの目に驚きの色が浮かぶのを見逃さなかった。
「……ありがとうバトラー、この本は他の資料すべてをひっくるめても、それ以上の価値がある。お疲れだったね、下がっていいよ」
「……失礼いたします」
バトラーは、ワインが『魔王と勇者の書』を読み始めたのを見て、静かに部屋を出た。そして首を振ってつぶやいた。
「坊ちゃまはますます旦那様に似てきていらっしゃる。マイティ・クロウのご親族と知り合いになられたのも、運命の必然というものかもしれない」
ワインは、それから半日以上もの間、部屋から出て来なかった。
彼はうずたかく積んだ様々な資料を次から次へと読み漁り、時にはメモをし、時には前読んだ資料を再びパラパラとめくり、時にはため息をついた。それはまるで、何本もの複雑に絡んだ糸を、一本一本ほぐしていくような作業だった。
トントントン
ドアがノックされる。ワインは資料に埋もれながら
「入って構わないよ」
そう答える。その声を聞いたバトラーは、食事を積んだワゴンを押すメイドたちと共に入って来て、静かに笑って言う。
「坊ちゃま、既に日が落ちています。明かりを点けさせましょう」
彼がそう言うと、メイドの一人がロウソクに火を点け、それで部屋中の明かりを点灯して回る。夕暮れの闇が漂っていた部屋に、パッと光の妖精がやって来たような輝きが満ちた。
「ああ、もうそんな時間だったか。道理で文字が見えづらいと思ったんだ」
そう言うワインの顔には、疲れと共に満足そうな、そして痛ましそうな感情がじっとりと滲み出していた。
「何事も根を詰められるとよくございません。坊ちゃまは昼もお食べになっておられませんから。シェフが腕によりをかけて作った品々です。どうかお上がりください」
バトラーがそう言っている間にも、メイドたちは書類や冊子、帳簿をさっさと片付け、そしてワインの前に料理を置いて行く。
「……そう言われてみれば、お腹が空いていなくもない。ありがとうバトラー、それからボクの可愛いキミたち。キミたちが運んできてくれたから、シェフの腕以上に美味しく食べられそうだ」
メイドたちはそんなワインの言い方には慣れているのか、みんなニコニコしながら食事を準備すると、一礼して部屋を出て行った。
「……お探し物は、見つかりましたか?」
バトラーが訊くと、ワインはスープを口に運んで答えた。
「まあね、これ以上はいわゆる『レベルが足りません』ってところかな? でもまあ、とりあえず何をすればいいかは分かった。ボクはこの本だけを持って行くけれど、後片付けも頼んでいいかな?」
「もちろんでございます、坊ちゃま」
バトラーは丁寧に頭を下げて答えた。
★ ★ ★ ★ ★
ヒーロイ大陸のほぼ中央に、大陸最高峰のユグドラシル山がある。この山は海抜が1万メートルを超え、5合目以上は人が居住することが困難なため、どの国の領土にも編入されていない。
その『空白地帯』に、その建物はあった。空気が薄いその場所に、どれほどの労力をかければ建造できるのかと思うほど、堅牢で荘厳な建物だった。
その中の一室で、どう見ても13・4歳の少女が、目の前で笑っている金髪碧眼の美女に問いかけた。
「ずいぶんとびっくりさせられたよ。いきなり君が訪ねてくるなんて想像もしていなかったなぁ、賢者スナイプ」
「あら、私は結構あなたたちのことは気に入っているのよ? 特にあなたが引き合わせてくれたテキーラだっけ? 彼ってかなり男前で話も分かる人だったわよ」
スナイプはそう言うと、窓の外に広がる紫に近い空を眺めて言う。
「それに、ここには悪い思い出もないしね? マイティ・クロウはもう出発しちゃったかしら?」
すると少女はうなずいて答えた。
「うん、ボクたちはもう少し待った方がいいっては言ったけれど、彼は一刻も早くケリをつけたいみたいだね。まあ、彼がボクたち『組織』の勢力圏から出るまでは、こっそり見守っているつもりだけれどね?」
そう言ってニコッと笑う少女の顔は、黒曜石のような瞳のおかげで少年のようにも、そして長い黒髪のおかげで乙女のようにも見えた。
「彼が魔王と戦うまでには、まだしばらく時間があるわ……というより、まだ彼が魔王と戦うときは来ていない、って言った方が正しいけれど」
スナイプが言うと、少女は興味深げに訊く。
「君が未来を見通しているかもしれないってことは、テキーラからの報告で聞いている。だから君の言うことは信じるけれど、どうしてそう思うのかってことだけは聞いていいかな?」
するとスナイプは、ニコリと笑って答えた。
「簡単なことよ。次の『導く者』はジン君。彼が準備を整えるまでは、マイティ・クロウと魔王を戦わせない……それが私たちの使命だもの」
「君の言う『私たち』とは、君と、前の大賢人スリングと、君の姉でジン・クロウの母エレノア殿のことだね?」
少女が言うと、スナイプは目を細めてうなずいた。
「さすがによく調べているわね、風の精霊王ウェンディ……」
すると少女は、びっくりした目でスナイプを見て、スナイプの笑顔につられるように笑いだした。
「うふふふ、ボクとしたことが、どこで正体を見抜かれるようなヘマをしちゃったかなぁ~。それとも、それも君の『風の宝玉の欠片』の力かい?」
ウェンディが言うと、スナイプは肯定も否定もせずに
「マイティ・クロウは魔王には勝てない……今のところ、そこまでは既定の事実よ。その後のことは私にも分からないわ。いくつかのビジョンは見えているけれど……」
そう言うと、真っ直ぐにウェンディの目を見て、
「後は何故、あなた方四神が『賢者会議』を是としていないのか、そもそもあなた方を誰が動かしているのか……それを知らないことにはね? すべての未来を視るためには」
そう目を細めて言った。
「……君は何がしたいんだい?」
しばらくして、ウェンディは目をそらさずに訊く。スナイプも視線を外さずに答えた。
「何にも……だって私はただの人間だもの。けれど、未来を視ることが許されているのなら、自分の気になる人の将来は視て、できることなら助言はしたいものよ?」
そのまま、二人は言葉も交わさずに見つめ合っていたが、やがてウェンディはため息と共に言った。
「ふう……ボクってどうしてこう、お人好しなのかなぁ? 分かったよスナイプ、君のことはボクたち『組織』で面倒を見るよ。その代わり……」
スナイプは後を言わせずに笑って言った。
「……視えたことは教えてあげるわよ。それにあなたたちのすることに対して、原則として何も干渉しないわ」
それを聞いて、ウェンディは笑って答えた。
「ふふ、『原則として』ね? 大丈夫だよスナイプ、君の大事な団長くんには手出ししたりしないから。ボクとしても彼にはけっこう期待している部分があるんだよ。君と同じかどうかまでは分からないけれどね?」
★ ★ ★ ★ ★
歩くこと2時間、僕たちはやっと事件が起きたという西の里に着いた。
「あっ、リア様、フロントさん、お待ちしていました」
村は澄んだ渓流を望む山肌を切り拓かれた場所にあり、つり橋の向こう側にあった。そのつり橋のこちら側で、漆黒の瞳を輝かせた20歳くらいの女性が、僕たちを見つけて手を振ってくる。
「ジルバ、出迎えありがとう。さっそくだけれど、ワルツさんのところに連れて行ってくれないかしら?」
リアさんがそう言うと、ジルバと呼ばれた女性は僕たちに目を向けて、
「そちらが、トロールから村を救ってくださったという騎士団の方々ですね? 私はジルバ・ビートと言います。よろしく」
そう、笑顔を向けてくる。僕たちも自己紹介を兼ねたあいさつを交わした。
「被害の状況はどう?」
リアさんが訊くと、ジルバさんは首を振って答える。
「いま、タンゴさんと兄さんが調べて回っているけれど、キー・レイナー川は支流が多いから手間取っているみたい。現在のところ、本流だけでも千匹を超える魚の死骸を回収したみたいです」
「……想像していたより酷いな。本流の上の方や支流でも特に魚が多いイレグイ川の被害が大きくなければいいが」
フロントさんが眉をひそめて言う。
「とにかく、里長のところにご案内します」
そう言ってつり橋を渡ろうとするジルバさんに、悪い予感がした僕は何気なく訊いた。
「先に川の状況を近くで見てみたいんですが、つり橋以外の方法はありますか?」
するとジルバさんは、
「釣り人たちのための木橋がありますよ。今は川も増水していないので渡れます。けれどいったん川岸まで降りるので、里長の所に行くのに少し時間がかかってしまいますが?」
そう答えた。僕は自分の予感に従って、
「フロントさん、リアさん、先に川の状況を確認しておきましょう。話を聞くのに時間がかかれば、ヒントになるものが無くなってしまうかもしれません」
そう二人に勧める。ラムさんとウォーラさんも、
「そうだな。団長の言うとおり、現場確認を後回しにするのも考えものだ」
「なくなりやすい証拠も、現場検証が早ければ保全できることもありますからね」
そう、僕の意見を後押ししてくれたので、リアさんたちもそれに同意してくれた。
「これが釣り人用の橋です。ぬれて滑りやすいから気を付けてください」
川面から50センチほどの高さに架けられたその橋は、長さ10メートルほどの杉の丸太を横に三つ並べ、かすがいで留められていた。そういったものがいくつも作られ、中洲や川の中にある大きな岩を伝うように配置されている。
「これを使えば漁の時にいちいちつり橋まで上がって対岸に行かなくても済むのですが、大雨で流されるたびに設置し直さなきゃいけないのが珠に瑕ですね」
ジルバさんが器用に渡りながら言う。良く見ると橋のユニットは近くに深く打ち込まれた太い杭にしっかりとロープでつながれているが、川の勢いによってはロープがちぎれたり、杭ごと流されたりすることもあるらしい。
「うっ、酷い匂いだな」
川風が吹きつけてきた時、僕の後ろでラムさんがそうつぶやく。僕もその腐臭に顔をしかめた。なるほど、無風だったからあまり気が付かなかったが、確かにこの強烈さはとても10や20の死骸ではきかないだろう。
キイーッ、キキーッ!
その時、谷に響き渡るような甲高い鳴き声というか叫び声が響いた。それも一つや二つではない。最初の声に誘われるように、
キイーッ! キイイーッ!
キャッキャッキャッ!
何十という声が聞こえてきた。
「……何だ?」
僕は辺りを見回して、声の主を探すが、少なくとも川岸付近には何もいない。
「ご主人様、あちらです。3時の方向、仰角17度。つり橋から聞こえます」
ウォーラさんがそう言ってつり橋を指さす。つり橋は僕たちのいる場所から下流2百メートルほどのところにある。渡り板までの高さは60メートルほどだ。
確かに、つり橋にはたくさんの生き物がいて、こちらを威嚇するように叫んだり、飛び跳ねたりしているが、距離がちょっとあって何の生き物かは僕の目では分からない。
「……サルですね。生体反応は2百ほどあります」
ウォーラさんがつり橋を眺めて言う。すると先頭にいたジルバさんが
「そうです。サルたちはたまに村人の釣果を盗んだり、畑を荒らしたりしています。冬の餌が少ない時に集団で現れることはあるのですが、こんな時期にあれだけの数がそろうのは初めてですね」
そう不思議そうに言う。
キイーッ!
サルたちは、何にエキサイトしているのか、橋にいるほとんどのものが飛び跳ねたり、ロープにぶら下がって橋をゆすったりしている。橋は目で見てわかるほどに激しく揺れていた。
「あんなに興奮しているのも初めてです……あっ!」
ジルバさんが思わず声を上げた。それは僕たちも同じだった。
激しく揺さぶられていたつり橋のロープが切れ、ゆっくりと川面へ落下する。それに伴ってサルたちが悲鳴を上げながら、まるでゴマ粒のように宙を舞って、そして川面に叩きつけられた。
音のないスローモーションのようなその光景は、現実として受け入れるには余りにも衝撃的だった。
ドバシャーン! ドドーン!
キイイイーッ!
少し遅れて、激しい破壊音が僕たちの耳に届いた。
あの高さじゃ、川面に叩きつけられたら例えサルとは言え助からない。仮に息があったとしても、あの辺りは川幅も狭く激流で、しかもここからは下流だ。どう力んでも助けられるものではない。
「ウォーラさん、サルたちの生体反応は?」
僕が訊くと、ウォーラさんはアンバーの瞳を哀しげに伏せながら、ポツリと言った。
「……ありません。全部消えました」
橋が落ちるというアクシデントのため、僕たち『騎士団』は急いでその現場へと向かうことになった。なにしろ西の里と村をつなぐたった一つの常用できる橋だったのだ。
「すみません、こちら側には恐らく村の人たちが詰めていると思いますので、右岸の方を調べてみてください。皆さんのことは私から里長に伝えておきますので」
ジルバさんはすまなそうにそう言うと、リアさんとフロントさんと共に左岸にある西の里に向かって川を渡って行った。
「さて、ここまで来たけれど仕方ない。あっちに戻って橋が落ちた原因を調べてみよう」
僕たちは、来た道をたどって、ジルバさんが待っていてくれた地点まで戻った。
その時僕は、何か視線を感じてハッと振り返る。その目の端に、銀の髪をした少女が身を隠すのが見えた気がした。
「団長、どうかしましたか?」
「何かおかしな気配でもしましたか? ご主人様」
僕の挙動を見て、ラムさんとウォーラさんが心配して訊いて来る。
僕は銀色の何かが消えた方向をじっと見つめていたが、別にヘンな魔力も気配も感じない。事件が事件なために気が立っていて、幻影を見たのかもしれない……僕はそう思うことにした。
「いや、何でもない。行こう」
僕がそう言って歩き出すと、ラムさんとウォーラさんは顔を見合わせていたが、
「団長、私が先に立ちます。ウォーラ、後方の警戒を頼む」
「了解いたしましたっ!」
ウォーラさんも僕の後ろに位置を占めた。
そしてつり橋があったところまで行くと、急にラムさんが
「団長は近づかないでください。私が調べてみます」
そう言うと、つり橋を支えていた4本のロープを、特にちぎれた部分を丹念に調べ始め……たと思うと、ただ一瞥しただけでウォーラさんを呼んだ。
「ウォーラ、ちょっと来てくれないか?」
「何でしょう?」
ウォーラさんはすぐに駆け寄る。ラムさんは黙ってロープのちぎれた部分をウォーラさんに見せた。
「……これは、火のマナですね?」
ウォーラさんが言うと、ラムさんはうなずいて僕に手招きする。僕はラムさんのところに駆け寄った。
「何か分かったかい?」
僕が訊くと、ラムさんはさっきのように僕に切れ端を示した。ロープの切れ端にはしっかりと『火のマナ』が残っている。それを視て僕は橋が落ちた原因が分かった。
「誰かが魔力でロープを焼き切ったんだね? それも火も煙も立たないようにじっくりと時間をかけて」
ラムさんはうなずくと、
「はい。あの時ジルバさんの言うとおりこの橋を渡っていたら、私たちも今頃……」
そう言って、少しおいて僕に訊いた。
「……団長は、この危険を察知したから下の道を行こうと提案されたのですか?」
「うん、何か今度の事件は話を聞いた瞬間から嫌な予感がして堪らないんだ。この橋を示された時も、何か渡りたくないという気持ちから自然にあんな言葉が出ていた」
僕が言うと、ラムさんは何か考え込むような顔になったが、すぐに顔を上げて
「とにかく、故意に橋が落とされたということは里長にも伝えなければなりません。里へ行ってみましょう」
そう言った。
「橋は誰かが魔法で落とした、ですって?」
里長であるワルツさんは、賢者スナイプ様くらいのお歳で、非常な美人だった。彼女は僕たち『騎士団』が今度の事件の調査のため里に来たことを喜んでいるようだったが、つり橋が落ちた原因を聞いた時、はっきりと不快な表情をした。
「はい。つり橋を支えていたロープに、火のマナが残っていました。誰かがじわじわとロープを焼き切ったんです」
相手が不快な顔をしても、事実は事実だ。まげて伝えるわけにはいかない。
「こちら岸のロープには何もなかったって報告がありました。年数が経って劣化したところにサルが集団で揺らしたので、ロープが耐えきれなくなったということでしたが?」
ワルツさんがそう言う。けれど僕たちは念のために左岸のロープも確認し、こちら岸のロープも『火のマナ』によって焼き切られたという証拠を見つけていた。橋を支える4本が4本とも、両側で焼き切られたら、確かにあんな落ち方をするだろう。
「ワルツさん、僕たちは事実を申し上げただけです。ロープは誰かの魔力によって守られていました。そのままなら50年や百年は十分にもちます。けれど守りの呪文を剥がして火のマナを付着させたのなら、ある程度魔法を訓練した人物でしょう」
「……確かに、あの橋が架けられた時、私の父が守りの魔力を込めていました。騎士団の皆さんは、そんなことまで分かるのですね……」
ワルツさんはそう言うと、困ったような顔をして僕たちに言った。
「……分かりました、ご協力に感謝します。もうすぐ調査に出ていた二人も戻ると思いますので、魚の大量死の件についてもご協力をお願いいたします」
僕たちはそこで退席したが、ワルツさんがぽつりと言った、
「……『火のマナ』といえばあの子しかいないではないですか……困ったこと……」
そんな言葉が、いやに耳に残った。
★ ★ ★ ★ ★
状況は思ったよりも深刻だった。
「キー・レイナー川の本流を水源まで遡ってみましたが、水源地は毒に冒されている兆候はありませんでした。一番大きな支流であるイレグイ川との合流点より下流では、まだ魚の被害が出ていますので、毒はイレグイ川に投げ込まれたと思われます」
タンゴさんという、真面目を絵に描いたような人が、地図を示しながら話してくれた。続いて、ちょっとワインをほうふつとさせるロックさんという人が説明する。
「俺がイレグイ川を調べたところ、水源の一つからこんなものを見つけたよ」
そう言うと、何かがたくさん入った網を机の上に置いた。中には球根のようなものがぎっしりと入れられている。
「これは?」
僕が訊くと、ロックさんはにかっと笑って
「ふふ、これはワンパングリズリって言う毒草さ。これを一個でも食べたら、あのグリズリですらワンパンでイチコロって言われるほどの猛毒なんだ」
「正式にはドクヤマビャクゴウといいます。食用になるタカラヤマビャクゴウととても似ているため、山に慣れた者でも間違ってしまうこともあります」
タンゴさんがそう補足してくれた。
「明日、俺たちはイレグイ川の水源を全部回ってみるが、毒の量からしてあと数カ所、悪くすれば10カ所以上には設置してあるんだろうな」
ロックさんがそう言ってため息をつく。
「しかし、橋の件と違って毒物ならば、誰でも水源に置くことができる……里の人を疑いたくはないが、そいつを捕まえない限りいたちごっこになるぞ」
フロントさんがそう言って首を振る。
「フロント、西の里の人たちはみんな一族みたいなものよ? みんなで力を合わせて生きているのに、それをぶち壊すようなことをする人が居るわけないじゃない」
リアさんがそう言うと、タンゴさんとロックさんがバツの悪そうな顔をした。
「……誰か、思い当たる人物がいるんだね? ロック」
フロントさんが訊くと、ロックさんは首を振って答えた。
「まあ、最初この事件が起こってすぐに村人たち全員が頭に浮かんだ名前だからね。それにそちらの『騎士団』の皆さんから、橋を落とす方法として火のマナを使ったって聞いてその疑いがさらに濃くなったヤツがいるんだ」
「ああ、具体的な名前はいい。でもそれなら早くそいつを調べてみればいいじゃないか」
フロントさんが言うと、生真面目なタンゴさんが、小声で言った。
「その人物とは、里長の親友の娘です。その娘はある理由で里の者たちから避けられていますし、その子の家はイレグイ川合流点より上流にあります。そこらの集落は2・3軒ほどしかありませんから、こっそり何かをしても気付かれにくいですからね」
それを聞いて、僕たちが橋が落ちた原因は火のマナによるものだと報告した時、なぜ里長が苦い顔をしたのかが分かった気がした。けれど、僕にはまだ何か釈然としないものがある。
「団長、タンゴさんが言っていた人物が怪しいですね」
ラムさんが言うが、僕は首を振った。
「話だけを聞いたらそうだ。動機も条件もある。でも、僕は何かが引っ掛かるんだ。お昼でも食べてから、もう少し情報を集めよう」
僕たちは与えられた休憩室で、遅い昼食を摂ることにした。ここに着いたのが朝の10時ごろで、それからなんやかんやで今は午後3時過ぎだ。
「皆さん、お疲れさまでした。遅くなりましたが昼食をどうぞ」
そう言いながらジルバさんが三人分の食事をもって来てくれた。ウォーラさんはエランドールだから食事を摂る必要はないが、そのことを伝え忘れていたのだ。
「うわあ、美味しそうな山菜ですね。こちらは何ていうんですか?」
僕は目の前に置かれた皿を見てそう質問する。美味しそうな肉と山菜がてんこ盛りになって、これはボリュームといいバランスといい文句なしだ。
ジルバさんはニコリと笑って、
「我が里の特別な料理です。シカ肉とバッタラの芽、グルグル、タカラヤマビャクゴウ、ミールの木の甘皮です。このご時世ですから川魚はございませんが、お気に召していただけると思います」
そう料理を紹介し、
「17時から明日の調査の件で話し合いがあります。また呼びに参りますね?」
そう言って出て行った。
「うむ、美味しそうだ……くう~っ、この燻製の具合がたまらないな」
ラムさんはまずシカ肉から手を付けた。美味しそうに食べる幸せそうな彼女の顔を見ながら、僕はまずバッタラの芽を食べてみる。ほんの少しだけ苦みがあるが、その食感と素朴な塩味がとてもいい。
「美味しいな。ドッカーノ村とはまた違った温かさを感じる」
僕はそうつぶやいて、ミールの木の甘皮を食べてみた。さっと湯通ししただけのものだが、ほんのりとした甘みと舌の上で溶けていくようなはかなげな食感は病みつきになるかもしれない。
そして僕が素揚げにされた丸っこいタカラヤマビャクゴウの球根を口に持っていった瞬間、それまで自分の前に置かれた皿を見つめて
「……アミノ酸、グルタミン酸、リノール酸、αリノレン酸、セルロース、アコニチン、ビタミンC……えっ⁉」
料理に含まれる成分を分析していたウォーラさんがなぜか驚きの声を上げて僕を見て、
「ご主人様、それを食べないでください!」
そう叫んだ。
「えっ?」
僕は、ガリっと球根の素揚げをかじったところで、口の中に燃えるような苦さが広がった。
「ぶはっ!」
僕は慌ててそれを吐き出すとともに、すぐに水で口をゆすぐ。
「あっ、ご主人様っ! 水でゆすがないでください」
「がはっ!」
僕は、口の中に苦みが広がり、ただれたような痛みを感じ、すぐに水を吐き出した。
「どうしたんですか!」
ラムさんも食事どころではなく、僕の側に飛んでくる。ウォーラさんがそれに答えた。
「食材の中に毒草がありました。この丸いやつです」
その時、僕はタンゴさんの言葉を思い出した。
『ドクヤマビャクゴウは食用になるタカラヤマビャクゴウととても似ているため、山に慣れた者でも間違ってしまうこともあります』
(ドクヤマビャクゴウの球根だったのか……故意だとしたら、誰が、何のために?)
僕はそう思いながらも、
「ぐっ!」
「あっ、ジン様!」「ご主人様っ!」
僕は、余りの息苦しさに気を失ってしまった。
ぼんやりと視界が明るくなる。焦点が合っていないからだろうか、すりガラスのような視界はとても眩しく感じる。
(気持ち、いいな……)
僕は、背中に温かいものを感じ、そして鼻腔をくすぐる甘い香りで気持ちがだんだんとしっかりしてくる気がしていた。この温かさと優しさは、いつか幼い日に感じたものと同じような気がする。僕は思わず、
「かあさま……」
そう小さくつぶやく。すると、聞き慣れた優しい声が聞こえてきた。
「ジン様、よかった。気が付かれたんですね?」
その声で、僕の意識ははっきりとした。そして目の焦点が合ってくる。ピンクがかったワンピースに、細い革で3重巻きにしたベルトが見える。
「ラム……さん?」
僕が言うと、ラムさんは今まで聞いたことがないような優しく甘い声で、
「はい、心配しました。ずっと目を覚まさないから」
そう、僕の背中をさすりながら言う。
僕は、頬にラムさんの膝の弾力を感じながら訊く。
「……僕は、どのくらい眠っていた?」
「1日半ですよ」
「じゃ、ずっとラムさんが膝枕を?」
するとラムさんは静かに顔を振って言う。どことなく哀し気な声だった。
「いえ、私がこうしてさしあげてからはまだ2時間くらいです。それまでずっとウォーラがジン様を膝枕していました。自分は食事をする必要はないからって」
「ウォーラさんが? そう言えば彼女はどこに?」
僕が訊くと、ラムさんは哀しそうにうつむいて言った。
「今はマナ切れで、ベッドの上にいます」
「マナ切れ⁉ いったいどうして?」
僕は驚いて、思わず起き上がろうとする。けれどまだ手足にしびれが残っていたのか、うまく力が入らずにまたラムさんの膝の上に崩れ落ちた。
「くっ……」
「あっ、ジン様。まだ無理しないでください。せっかくウォーラが自分の身を犠牲にしてジン様にマナを送り続けたんですから」
ラムさんがそう言う。『マナを送る』ってどういうことだ?
僕の疑問に答えるように、ラムさんはうなずいて話してくれた。
「私はジン様のために何がしてあげられるか、全く分かりませんでした。けれどウォーラは違いました。すぐにジルバさんを呼んでこの部屋を手配し、ジン様を運び込みました」
『ラムさん、ジルバさんや里長さんとの話し合いはお任せします。ご主人様については私にお任せください』
自信持って言うウォーラに、ラムは心配そうに訊く。
『ジン様、ジン様はこのまま死んだりはしないですよね?』
するとウォーラはニッコリと微笑んで言ったそうだ。
『大丈夫です。私がこの身に代えてもご主人様を救って見せます』
それからウォーラは、ジンを膝枕して横に寝かせ、背中をなで続けた。その手がアンバー色の光を放っていることにラムが気が付いたのは、随分と時間が経ってからのことだったそうだ。
ラムは、ジンの食事にドクヤマビャクゴウが混ぜられていたことをジルバや里長に報告し、原因の究明を強く迫った。
その間もウォーラは、ジンを介抱し続けた。ジンが嘔吐すればそれを処置し、汗をかけばそれを拭く。かいがいしく世話をするウォーラを見て、ラムも
(私じゃあんなに役に立てなかったかもしれない……私ももっと女子力を上げないと)
そう思ったりもしたという。
やがて、1日が過ぎ、ジンの呼吸も顔色も危機を脱したことが分かるほど改善したが、その代わりウォーラはラムが見て心配するほど憔悴していた。
『ウォーラ、無茶はするな。私が少し代わろう。君は休むといい』
たまりかねたラムがそうウォーラに言うと、ウォーラはニコリと笑って驚くべきことを言った。
『いえ、あなたではご主人様のマナに合いません。ご主人様のマナをいただいた私だからこそ、ご主人様にマナを送れるのです』
その時、ラムは非常なショックと共に理解した。驚愕の表情と共に、ラムは一語一語を絞り出すように訊く。
『ウォーラ、君はまさかジン様に、自分のマナを……』
ウォーラはただうなずいただけだったそうだ。
そして2時間ほど前、ウォーラがラムを呼んだ。
やっと交替してくれる気になったかと喜んでラムがウォーラのいる部屋に行くと、ウォーラは静かに言った。
『私のマナはあと数分で切れます。ご主人様はもう大丈夫ですから、あなたにご主人様をお願いします。そこに座ってください』
『えっ?……』
『早くお座りください』
ラムは茫然としながらも、ウォーラと差し向かいに正座する。するとウォーラは名残惜しそうにジンの顔を見て、
『ご主人様、私はご主人様の役に立てたでしょうか?』
そうつぶやいてジンの髪をそっと撫で、
『では、ご主人様をお願いします。もしご主人様が苦しそうにされたら、背中をさすってお上げください。長くてもあと3時間ほどでお目覚めになるはずです』
そう言いながらジンの頭をラムの膝の上へと移し、ゆっくりと立ち上がると、
『くれぐれも、ご主人様をお願いしますね?』
そう笑って、ゆっくりとベッドへと歩いて行き、横になった途端、マナが切れたのだという。最後の言葉の後にラムに向けた笑顔は、まるで聖母のようだったそうだ。
「……そうか、じゃあ早く体調を戻して、ウォーラさんを再起動させてあげないと」
僕がそう言うと、ラムさんはいつもに似合わず素直にうなずいて言った。
「ええ、そうしてあげてください。やっぱりウォーラのご主人様はジン様でないと、彼女も哀しく思うでしょうから」
(Tournament17 毒殺魔を狩ろう!―前編 完)
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
ワインは結構書いていて楽しいキャラですし、シェリーも微笑ましいですね。ラムやウォーラもそれぞれの味があって、みんなの魅力を引き出して行ければいいなと思います。
次回もお楽しみに。




